(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-21
(45)【発行日】2022-03-02
(54)【発明の名称】ナノ結晶合金磁心の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20220222BHJP
H01F 27/25 20060101ALI20220222BHJP
H01F 1/153 20060101ALI20220222BHJP
【FI】
H01F41/02 C
H01F27/25
H01F1/153 133
(21)【出願番号】P 2020143138
(22)【出願日】2020-08-27
(62)【分割の表示】P 2019136155の分割
【原出願日】2017-09-27
【審査請求日】2020-08-27
(31)【優先権主張番号】P 2016190806
(32)【優先日】2016-09-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017130920
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017130921
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017130922
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017130923
(32)【優先日】2017-07-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101683
【氏名又は名称】奥田 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100155000
【氏名又は名称】喜多 修市
(74)【代理人】
【識別番号】100180529
【氏名又は名称】梶谷 美道
(72)【発明者】
【氏名】萩原 和弘
(72)【発明者】
【氏名】中田 二友
【審査官】井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2018/062310(JP,A1)
【文献】特表2004-509459(JP,A)
【文献】特開平08-085821(JP,A)
【文献】特開2000-328206(JP,A)
【文献】特開平03-107417(JP,A)
【文献】特開平07-278764(JP,A)
【文献】特開平08-153614(JP,A)
【文献】特開平07-272963(JP,A)
【文献】特開昭62-213107(JP,A)
【文献】特開2007-103404(JP,A)
【文献】特開2003-007540(JP,A)
【文献】特開2007-107096(JP,A)
【文献】特開2007-305913(JP,A)
【文献】国際公開第2015/190528(WO,A1)
【文献】特開2019-201215(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
H01F 1/153
H01F 27/25
C22C 38/00
C22C 45/02
C21D 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から前記結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理工程と、
その後に行なう二次熱処理工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、
前記一次熱処理工程における昇温速度は1.0℃/min未満であり、
前記二次熱処理工程は、無磁場中において200℃以上、前記結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する二次温度保持工程と、その後、前記磁心の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する二次降温工程とを有し、
前記アモルファス合金リボンは、Fe基材料からなり、
前記二次熱処理工程後
、100kHzの周波数において、48,000以上のインピーダンス比透磁率μrzを有する、ナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項2】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から前記結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、
その後に二次熱処理工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、
前記一
次熱処理工程において、最高温度は550℃超585℃以下であり、
前記二次熱処理工程は、無磁場中において200℃以上、前記結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する二次温度保持工程と、その後、前記磁心の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する二次降温工程とを有し、
前記アモルファス合金リボンは、Fe基材料からなり、
前記二次熱処理工程後
、100kHzの周波数において、48,000以上のインピーダンス比透磁率μrzを有する、ナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項3】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から前記結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、
その後に二次熱処理工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、
前記二次熱処理工程は、無磁場中において200℃以上、前記結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する二次温度保持工程と、その後、前記磁心の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する二次降温工程とを有し、
前記二次熱処理工程において、磁場を印加する際の最高温度は200℃以上400℃未満であり、
前記アモルファス合金リボンは、Fe基材料からなり、
前記二次熱処理工程後
、100kHzの周波数において、48,000以上のインピーダンス比透磁率μrzを有する、ナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項4】
前記一次熱処理工程における昇温速度は1.0℃/min未満である請求項2または3に記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項5】
前記一次熱処理工程において、最高温度は550℃超585℃以下である請求項1または3に記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項6】
前記二次熱処理工程において、磁場を印加する際の最高温度は200℃以上400℃未満である、請求項1または2に記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項7】
前記二次熱処理工程は、前記磁場を印加しながら少なくとも100℃迄降温する工程を含む請求項1から6のいずれかに記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項8】
前記磁場は、磁場強度50kA/m以上で印加される請求項1から7のいずれかに記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【請求項9】
前記アモルファス合金リボンの厚さは7μm以上15μm以下である請求項1から8のいずれかに記載のナノ結晶合金磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、ナノ結晶合金が巻回された又は積層されたナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
磁心に導線を巻回した磁心ユニットとして、例えば、コモンモードチョークコイルやカレントトランスがある。コモンモードチョークコイルは、ノイズと信号を伝導モードによって区別するフィルターなどに用いられている。カレントトランスは、計測用の電流変成器であり、例えば電流計測器や漏電遮断器などに用いられている。これらは、閉磁路に用いられる軟磁性材料の磁心を有している。これらに用いる磁心として、FeやCo基のナノ結晶合金の薄帯(リボン)から作製した磁心が好適であることが特許文献1に開示されている。ナノ結晶合金はパーマロイやCo基非晶質合金に比べて高い飽和磁束密度を示し、Fe基非晶質合金に比べて高い透磁率を有する。
【0003】
ナノ結晶合金の代表的な組成は、例えば特許文献2等に開示されている。ナノ結晶合金を用いた磁心の製造方法の典型例は、所望の組成を有する原料合金の溶湯を急冷して非晶質合金リボンを生成する工程と、この非晶質合金リボンを巻回してリング状のコア材とする工程と、熱処理によって非晶質合金リボンを結晶化してナノ結晶組織を有する磁心を得る工程とを含む。
【0004】
また、ナノ結晶合金磁心は、熱処理時の温度プロファイルや、熱処理時に磁場を特定の方向に印加することにより、透磁率μや角形比等の磁気特性を大きく変えることができる。例えば、特許文献3には、磁場印加の方向を磁心の高さ方向あるいは径方向にすることにより、透磁率μ(50Hz~1kHz)が70,000以上、角形比が30%以下の高透磁率で低角形比の磁心が記載されている。また上記特許文献3の(0018)には、製造方法として、合金磁心の表面温度を結晶化温度+100℃以下に保ちつつ、ナノ結晶化の一次熱処理を行うことが記載されている。これにより、大型磁心でも優れた軟磁気特性が得られ、多量の磁心を熱処理しても特性ばらつきが小さく、量産性に優れ、優れた軟磁気特性のナノ結晶合金磁心を製造することが可能であるとし、また、この温度範囲を外れると、保磁力の増大等の問題が起こることを指摘している。
【0005】
また、特許文献4には、ナノ結晶合金を用いたパルストランス用磁心において、-20℃および50℃において、比初透磁率が50000以上であるものが開示されている。この磁心の具体的な製造方法として、結晶化のために500℃~580℃、2時間以内で一次熱処理を行い、その後、300℃以上で結晶化の熱処理より低くかつ結晶化により形成するbcc相のキュリー温度より低い温度でさらに二次熱処理を行うことが開示されている。また同文献は、磁場中熱処理を併用することができることが記載され、実施例や
図1、
図2では、二次熱処理において、温度を保持する時点から磁場を印加した磁場中熱処理のプロファイルが記載されている。
【0006】
また、特許文献5は、特許文献4と同様に、ナノ結晶合金磁心に一次熱処理と二次熱処理を行う実施例が記載され、同文献の
図4、
図5(a),(b)、
図6では、温度を保持する時点から磁場を印加した温度と磁場印加のプロファイルが、
図5(c)では、温度を保持せずに降温させ、それと同時に磁場を印加する温度と磁場印加のプロファイルが、記載されている。なお、特許文献5の発明の特徴は、一次熱処理後の冷却速度を規定(400℃まで20℃/min以上で冷却)したことにある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第2501860号公報
【文献】特公平4-4393号公報
【文献】特開平7-278764号公報
【文献】特開平7-94314号公報
【文献】特開平8-85821号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ナノ結晶合金磁心は、1MHz以下での透磁率・インピーダンス比透磁率が高く、また、透磁率の温度変動が小さいという特性をより高めることが求められている。本開示は少なくともこれら2つの特性の少なくとも一方をより高めることが可能なナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の第1のナノ結晶合金磁心の製造方法は、巻回または積層されたアモルファス合金リボンの磁心を、熱処理によりナノ結晶化する、ナノ結晶合金磁心の製造方法であって、前記磁心を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する一次熱処理を行う一次熱処理工程と、その後に行う二次熱処理工程とを有し、前記二次熱処理工程は、無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する二次温度保持工程と、その後、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する二次降温工程とを有する。
【0010】
前記二次温度保持工程において、磁心の温度が磁場の印加を開始する時点での温度に対して±5℃の範囲になった後に、その温度の範囲で保持する時間を1分以上有していてもよい。
【0011】
前記磁場は、磁場強度60kA/m以上で印加されてもよい。
【0012】
前記二次熱処理の保持温度が200℃以上500℃以下であってもよい。
【0013】
前記一次熱処理の保持温度が550℃以上600℃以下であってもよい。
【0014】
前記アモルファス合金リボンは、7μm以上15μm以下の厚さを有していてもよい。
【0015】
前記アモルファス合金リボンは、一般式:(Fe1-aMa)100-x-y-z-α-β-γCuxS
iyBzM’αM”βXγ(原子%)(ただし、MはCo及び/又はNiであり、M’はNb,Mo,Ta,Ti,Zr,Hf,V,Cr,Mn及びWからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、M”はAl,白金族元素,Sc,希土類元素,Zn,Sn,Reからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、XはC、Ge、P、Ga、Sb、In、Be、Asからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、a,x,y,z,α,β及びγはそれぞれ0≦a≦0.5,0.1≦x≦3,0≦y≦30,0≦z≦25,5≦y+z≦30、0≦α≦20,0≦β≦20及び0≦γ≦20を満たす。)により表される組成を有していてもよい。
【0016】
前記二次熱処理の後、さらに樹脂を含浸する工程を有していてもよい。
【0017】
前記二次熱処理において、前記の無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながらこの温度
で保持し、その後、前記の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温してもよい。
【0018】
前記二次温度保持工程において、磁心の温度が降温開始温度に対して±5℃の範囲になった後に、その温度の範囲で保持する時間を1分以上とし、その後、その温度の範囲を保持しつつ磁路に対して直行する方向に磁場を印加してもよい。
【0019】
前記二次熱処理工程において、前記の無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、降温を開始する時点から、前記の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温してもよい。
【0020】
前記磁心の体積は3000mm3以上であってもよい。
【0021】
前記一次熱処理の工程における昇温速度は1.0℃/min未満であってもよい。
【0022】
前記一次熱処理の工程において、最高温度は550℃超585℃以下であってもよい。
【0023】
前記二次熱処理の工程において、磁場を印加する際の最高温度は200℃以上400℃未満であってもよい。
【0024】
前記二次熱処理の工程において、4℃/min以下の平均速度で降温しながら磁場を印加してもよい。
【0025】
本開示の第2のナノ結晶合金磁心の製造方法は、ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、結晶化開始温度未満の温度で磁路に対して直行する方向に磁場を印加する二次熱処理の工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、前記一次熱処理の工程における昇温速度は1.0℃/min未満である。
【0026】
本開示の第3のナノ結晶合金磁心の製造方法は、ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、結晶化開始温度未満の温度で磁路に対して直行する方向に磁場を印加する二次熱処理の工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、前記一次熱処理の工程において、最高温度は550℃超585℃以下である。
【0027】
本開示の第4のナノ結晶合金磁心の製造方法は、ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、結晶化開始温度未満の温度で磁路に対して直行する方向に磁場を印加する二次熱処理の工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、前記二次熱処理の工程において、磁場を印加する際の最高温度は200℃以上400℃未満である。
【0028】
本開示の第5のナノ結晶合金磁心の製造方法は、ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理の工程と、結晶化開始温度未満の温度で磁路に対して直行する方向に磁場を印加する二次熱処理の工程と、を有するナノ結晶合金磁心の製造方法であって、前記二次熱処理の工程において、4℃/min以下の平均速度で降温しながら磁場を印加する。
【0029】
第3から第5のナノ結晶合金磁心の製造方法において、前記一次熱処理の工程における昇温速度は1.0℃/min未満であってもよい。
【0030】
第2、第4および第5のナノ結晶合金磁心の製造方法において、前記一次熱処理の工程における最高温度は550℃超585℃以下であってもよい。
【0031】
第2、第3および第5のナノ結晶合金磁心の製造方法において、磁場を印加する際の最高温度は200℃以上400℃未満であってもよい。
【0032】
第2、第3および第4のナノ結晶合金磁心の製造方法において、前記二次熱処理の工程中、4℃/min以下の平均速度で降温しながら磁場を印加してもよい。
【0033】
前記二次熱処理の工程は、前記磁場を印加しながら少なくとも100℃迄降温する工程を含んでいてもよい。
【0034】
前記磁場は、磁場強度50kA/m以上で印加されてもよい。
【0035】
前記アモルファス合金リボンの厚さは7μm以上15μm以下であってもよい。
【0036】
本開示のナノ結晶合金磁心は、巻回または積層されたナノ結晶合金リボンを含み、周波数f=1kHz、振幅H=0.05アンペア/メートル(A/m)の交流磁場が印加された状態において室温にて測定した透磁率μ(1kHz)が70,000以上であり、角形比Br/Bmが50%以下であり、保磁力が1.0A/m以下である。
【0037】
本開示の他のナノ結晶合金磁心は、巻回または積層されたナノ結晶合金リボンを含み、前記ナノ結晶合金リボンは、Fe基材料からなり、インピーダンス比透磁率μrzが、周波数100kHzで、48,000以上である。
【0038】
前記インピーダンス比透磁率μrzが、周波数10kHzで、90,000以上、周波数100kHzで、48,000以上、周波数1MHzで、8,500以上であってもよい。
【0039】
前記ナノ結晶合金リボンの厚さは、7μm以上15μm以下であってもよい。
【0040】
前記ナノ結晶合金磁心は、樹脂が含浸されていてもよい。
【0041】
前記ナノ結晶合金磁心は、コモンモードチョークコイル用であってもよい。
【0042】
本開示の磁心ユニットは、上記いずれかに記載のナノ結晶合金磁心と、前記ナノ結晶合金磁心巻回された導線とを備える。
【発明の効果】
【0043】
本開示のナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法によれば、透磁率の温度変動を小さくすること、および/または、1MHz以下での透磁率・イン
ピーダンス比透磁率を高めることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】第1の実施形態のナノ結晶合金磁心における、保磁力と透磁率の温度変化率(25℃-100℃)の関係を示す図である。
【
図2】実施例1における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図3】実施例1のナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。
【
図4】比較例1のナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。
【
図5】熱処理炉中に配置された磁心の概要を示す図である。
【
図6】実施例2-1、2-2における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図8】実施例2-1、2-2、2-3で得られたナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。
【
図9】実施例2-3の本実施形態における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図11】実施例3-1における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図12】実施例3-1、3-2で得られたナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。
【
図13】実施例3-2における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図14】実施例4の本実施形態における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図15】実施例4で得られたナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。
【
図16】実施例4のナノ結晶合金磁心における、インピーダンス比透磁率μrzを示す図である。
【
図17】実施例4のナノ結晶合金磁心における、初透磁率周波数特性(複素比透磁率の実数部μ’)を示す図である。
【
図18】実施例4のナノ結晶合金磁心における、初透磁率周波数特性(複素比透磁率の虚数部μ”)を示す図である。
【
図19】実施例5のナノ結晶合金磁心における、樹脂含浸の前後での、B-H曲線を示す図である。
【
図20】実施例5のナノ結晶合金磁心における、樹脂含浸の前後での、初透磁率周波数特性(複素比透磁率の実数部μ’)を示す図である。
【
図21】実施例5のナノ結晶合金磁心における、樹脂含浸の前後での、初透磁率周波数特性(複素比透磁率の虚数部μ”)を示す図である。
【
図22】磁場中熱処理の種類ごとに見た、周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を示す図である。
【
図23】本実施形態における一次熱処理と二次熱処理の温度および磁場強度のプロファイルの例を示すグラフである。
【
図24】昇温速度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、周波数ごとに示した図である。
【
図25】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図26】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【
図27】一次熱処理の最高温度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、測定周波数ごとに示した図である。
【
図28】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図29】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【
図30】周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、磁場を印加する最高温度ごとに示した図である。
【
図31】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図32】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【
図33】周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、降温速度ごとに示した図である。
【
図34】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図35】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【
図36】周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、磁場を印加する最低温度ごとに示した図である。
【
図37】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図38】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【
図39】二次熱処理の磁場強度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、測定周波数ごとに示した図である。
【
図40】周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。
【
図41】周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
ナノ結晶合金磁心の特性をより向上させるために、ナノ結晶合金磁心の製造時における熱処理プロファイルを詳細に検討したところ、透磁率の温度変化を小さくするためには、保磁力を小さくする必要があることが分かった。保磁力を小さくするためには、磁場を印加しながら熱処理を行う場合における磁心内部の温度分布の均一性が関係していることが分かった。また、高透磁率・高インピーダンス比透磁率を得るためには、アモルファス合金のナノ結晶化過程における温度制御が重要であることが分かった。本願発明者はこれら2つの知見に基づき、透磁率の温度変動を小さくすること、および/または、高透磁率・高インピーダンス比透磁率を得ることが可能なナノ結晶合金磁心の製造方法を想到した。
【0046】
(第1の実施形態)
以下本開示の第1の実施形態を説明する。本実施形態は、透磁率の温度変化が小さいナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法に関する。第1の実施形態によれば、高透磁率、低角形比のナノ結晶合金磁心を得るに際し、保磁力Hcが安定的に小さくなる製造方法を確立することができる。この製造方法を適用することで、透磁率μ(1kHz)が70,000以上、角形比Br/Bmが50%以下のナノ結晶合金磁心で、保磁力Hcが1A/m以下のナノ結晶合金磁心を得ることも可能である。
【0047】
従来からカレントトランスやコモンモードチョークコイルに用いるナノ結晶合金磁心は、透磁率μが大きく、角形比が小さいという、高透磁率で低角形比の磁心が要望される。但し、これらの特性以外にも、ナノ結晶合金磁心は、使用温度等の装置の環境の変動に対応させるため、温度変化に対して透磁率の変動が小さいものが必要となる場合もある。
【0048】
上述したように、本発明者らは、透磁率μ(1kHz)が70,000以上、角形比が50%以下の高透磁率で低角形比の磁心を製造するにおいて、透磁率μ(1kHz)の25℃と100℃での温度変化率が15%以下となる特性を求めて、多々検討を行った。その結果、
図1に示すように、透磁率μ(1kHz)の温度変化率と保磁力Hcとは相関しており、透磁率μ(1kHz)の温度変化率を小さくするためには保磁力を小さくする必要があることが分かった。
【0049】
保磁力を小さくする点に関し、特許文献3は、同様の特性である、透磁率μ(1kHz)70,000以上、角形比30%以下の合金磁心を得るものであり、明細書中(0018)には、前記の様に、合金磁心の表面温度を結晶化開始温度+100℃以下に保ちつつ、ナノ結晶化の一次熱処理を行うことで、保磁力の増大を抑制できる旨の示唆がある。なお、特許文献3で開示される磁場中熱処理の方法は、基本的に、ナノ結晶化の一次熱処理の際に磁場を印加するものである。
【0050】
しかし、本発明者らが同様の方法で磁心を製造したところ、その保磁力の増大を抑制できる効果は確認できなかった。これは、ナノ結晶合金はナノ結晶化の際に自己発熱することから、炉内での温度制御が難しいことが原因と考えられる。
【0051】
そこで、本発明者らは、特許文献4や特許文献5のように、磁場を印加するタイミングを、ナノ結晶化のための一次熱処理ではなく、その後の二次熱処理で行う製造方法を用いた。しかしそれでも保磁力を小さくすることは困難であった。
【0052】
これらの検討に基づき、本発明者らは、新規なナノ結晶合金磁心の製造方法を想到した。本開示の第1の実施形態によるナノ結晶合金磁心の製造方法は、巻回または積層されたアモルファス合金リボンの磁心を、熱処理によりナノ結晶化する、ナノ結晶合金磁心の製造方法であり、前記磁心を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する一次熱処理を行う一次熱処理工程と、その後に行う二次熱処理工程とを有し、前記二次熱処理工程は、磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する二次温度保持工程と、その後、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する二次降温工程を有する。
【0053】
なお、本願の二次温度保持工程での「一定の温度で保持」とは、熱処理炉の温度を設定可能な温度制御手段により、一定の温度で保持され、その設定どおりに熱処理炉が温度制御されている状態を指す。なお、温度制御手段が温度を制御する対象は、熱処理炉の内壁の温度でもよいし、被熱処理物の磁心の温度でもよい。温度制御手段は、既知のものを用いることができる。
【0054】
この製造方法を適用することで、保磁力が小さいナノ結晶合金磁心を得ることができる。得られるナノ結晶合金磁心は、例えば、ナノ結晶合金リボンが巻回または積層されたものであって、透磁率μ(1kHz)が70,000以上であり、角形比Br/Bmが50%以下であり、保磁力が1.0A/m以下の特性を持つ磁心を得ることも可能である。また、磁場を印加しながら降温すると、線形性に優れたB-H曲線(ヒステリシスループ)が得られる。
【0055】
また、二次温度保持工程において、磁場を印加した後も、前記の200℃以上結晶化開始温度未満の一定の温度で保持すると、さらに保磁力を小さくできる。具体的には、保磁力が0.9A/m以下の磁心が得られる。一方、磁場を印加した後は、一定の温度で保持することなく降温すると、インピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。インピーダンス比透磁率μrzが高いと、コモンモードチョークコイル用のコアとして好ましい特性が得られる。なお、一定の温度で保持する際、例えば±0.2℃/min程度の温度勾配で保持することは、均等の範囲である。詳細は後述する。
【0056】
上記の製造方法により、保磁力が小さくなる理由は、一旦磁路に対して直交する方向に磁気異方性が付与され、磁区が形成されることにあると推定される。つまり、磁性体の磁化過程は磁気モーメントの回転成分と磁壁移動成分が含まれる。磁気モーメントの回転成分は外部磁場が除去されると磁気異方性のある方向に配向するので理想的には残留磁化や保磁力を持たない。これに対して磁壁移動成分については磁壁の移動が磁性体内部の欠陥や不純物層や面粗さなどでピン止めされるため外部磁化が除去されても有限の残留磁化や保磁力を有する。磁区が磁路に対して直交している場合、磁路に動作磁界が印加された時の磁化過程は各磁区内の磁気モーメントの回転成分が支配的となり、相対的に磁壁移動成分の割合が小さくなる。このことにより磁路に対して直交する方向に磁気異方性が付与された場合、保磁力が小さくなると推定される。さらに、磁心内部での温度分布が少ない状態で二次熱処理を行うことで、磁心の各部で異なる磁気特性となってB-H曲線の直線性が薄れ、保磁力が増大する、という問題が解消されると推定される。
【0057】
なお、本願において、結晶化開始温度は、示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimetry)の測定条件を昇温速度10℃/分で行ったときの、ナノ結晶化の開始による発熱反応が検出される温度として定義される。
【0058】
(一次熱処理)
一次熱処理は、結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する過程を含む。昇温する温度は、510℃以上600℃以下の範囲に設定され得る。熱処理温度が510℃より低いか、あるいは600℃よりも高いと、磁歪が大きくなる。熱処理温度が550℃以上であれば、さらに磁歪を小さくできる。具体的には、磁歪を3ppm以下、さらには2ppm以下、さらには1ppm以下にすることも可能である。550℃以上600℃以下の温度で熱処理を行うと保磁力が増大しやすいが、本実施形態は、2次熱処理において、保磁力が小さくできる磁場中熱処理方法を適用しているので、磁歪と保磁力の両方を低減することができる。これにより、樹脂含浸しても特性変化の小さいナノ結晶合金磁心とすることができる。
【0059】
一次熱処理において、最高到達温度で温度を保持する必要は必ずしもなく、最高温度での保持時間が0分(保持時間無し)であってもナノ結晶化させることができるが、好ましくは、5分以上24時間以下の範囲内に設定する。保持時間が5分以上であれば、コアを構成する合金の全体を均一な温度にしやすいので、磁気特性を均一にしやすい。一方、保持時間が24時間よりも長いと、生産性が悪くなるだけではなく、結晶粒の過剰な成長、または不均一な形態の結晶粒の生成により、磁気特性の低下が起こりやすい。
【0060】
なお、一次熱処理において、結晶化開始温度より低い温度からそれ以上に昇温するが、結晶化開始温度での昇温速度は、0.2~1.2℃/分の緩やかな昇温速度で昇温することで、ナノ結晶化される際に起こる自己発熱による粗大結晶粒径の生成を抑制でき、安定したナノ結晶化を行うことができる。また、磁歪を小さくできるので、樹脂含浸しても特性変化の小さいナノ結晶合金磁心とすることができる。なお、結晶化開始温度よりも20℃低温までは、例えば3~5℃/分の昇温速度で比較的急速に昇温してもよい。
【0061】
また、最高到達温度から二次熱処理の保持温度までは、1~5℃/分の冷却速度で冷却することが好ましい。なお、二次熱処理後は、通常100℃以下となったところで、磁心を大気中に取り出すことができる。
【0062】
なお、結晶化開始温度での昇温速度とは、結晶化開始温度の5℃低い温度と5℃高い温度の間の平均昇温速度、つまり、一次熱処理工程における昇温時の平均昇温速度を指すものとする。
【0063】
(二次熱処理)
二次熱処理の工程のうち、二次温度保持工程の無磁場中で保持する温度は、200℃以上結晶化開始温度未満の温度であるが、200℃以上500℃以下とすることが好ましい。保持温度が高くなる程、透磁率が低下するので、二次熱処理の保持温度を変えることで透磁率の制御が可能となる。ただし、200℃未満の温度では透磁率を変化させる効果が十分に得られない可能性がある。一方、500℃超ではナノ結晶相の結晶粒成長が促進してしまうため保磁力が増大する可能性がある。つまり、200℃以上500℃以下の範囲で磁場を印加することで、保磁力が1.0A/mの磁気特性を得やすい。
【0064】
前記無磁場中で200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持する時間は1分以上であることが好ましい。以下、一定の温度で保持する時間を実保持時間と称する場合
がある。本願において、「実保持時間」とは、磁心の温度が保持設定温度となってから磁場の印加が開始されるまでの時間をいう。より具体的には、磁心の温度が、磁場の印加を開始する磁心の設定温度に対して±5℃の温度範囲に達した時から、磁場の印加が開始されるまでの時間をいう。
【0065】
実保持時間についてさらに説明する。
図2で示される熱処理の温度プロファイルにおいて、プロットされる温度は、温度制御手段により制御される設定温度プロファイルであって、実際の磁心の温度は制御上の温度と異なることがある。特に冷却過程では、磁心の冷却速度は、熱処理炉で設定される冷却速度よりも遅くなりやすい。本発明者らは、磁心の実際の温度に着目した結果、温度制御手段の制御上での温度保持に加え、上記の、「磁心が一定の温度(温度制御手段による磁場の印加を開始する磁心の設定温度に対して±5℃の範囲)になってから磁場の印加が開始されるまでの時間」を、管理目標値として適用することが好ましいことを知見した。なお、本願において、実保持時間を計る際の磁心の温度の測定方法は、磁心に直接熱電対を接した状態で温度を測定した。ただし、本実施形態の製造方法において、常に磁心の温度を直接測定する必要はない。本実施形態の製造方法に従って、熱処理炉における熱処理の温度プロファイルを決定する際に、十分な実保持時間が確保される条件が決定されれば、実際に磁心の温度を測定して製造しなくてもよい。
【0066】
実保持時間を1分以上とすることで、保磁力Hcを十分に小さくできる。実保持時間は、5分以上、さらには10分以上とすることがさらに好ましい。また、実保持時間の上限は特にないが、10時間以下であれば、熱処理に必要な時間を短縮できるので、量産コストが増大する事を抑制できる。
【0067】
保磁力がさらに小さいナノ結晶合金磁心を得たい場合には、二次温度保持工程において、無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持し、磁心の温度が一定(保持温度)になった後に、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながらこの温度で保持し、その後、二次降温工程を行うことが好ましい。磁場を印加する時間が長くなることで、B-H曲線が傾いていくために、保磁力が小さくなるものと思われる。この製造方法を適用する場合、保磁力を小さくするために、二次温度保持工程において、磁心の温度が降温開始温度に対して±5℃の範囲になった後に、その温度の範囲で保持する時間を1分以上とし、その後、その温度の範囲を保持しつつ磁路に対して直行する方向に磁場を印加することが好ましい。また、この保持する時間は、5分以上、さらには10分以上とすることが好ましい。
【0068】
もし、小さい保磁力と高いインピーダンス比透磁率μrzを両立させたい場合は、前記二次熱処理工程において、無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、降温を開始する時点から、前記の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温することが好ましい。
【0069】
なお、用いるナノ結晶合金磁心が大きいほど、磁心の冷却速度は、熱処理炉で設定される冷却速度よりも遅くなりやすい。ナノ結晶合金磁心の体積が3000mm3未満のもの
よりも、それ以上のものを用いた場合の方が、本開示の製造方法による保磁力を小さくする効果が得やすい。体積が5000mm3以上であれば、なお保磁力を小さくする効果が
得やすい。なお、体積は、磁心の外形から算出される体積に占積率を乗じた有効体積であり、有効磁路長と有効断面積の積でも求められる。
【0070】
二次熱処理の冷却過程において印加する磁場は、磁場強度60kA/m以上で印加することが好ましい。角形比Br/Bmを小さくできることから、保磁力Hcをさらに小さくすることができる。具体的には、保磁力Hcを1.0A/m以下にできる。また、実作業条件での誘導磁気異方性の付与が容易である。より好ましい磁場強度の範囲は、100k
A/m以上である。
【0071】
また、磁場強度の上限は特に限定されないが、400kA/mを超えても、誘導磁気異方性がさらに付与されることはないので、400kA/m以下とすることが好ましい。また、磁場を印加する時間は、上記の温度範囲であれば、特に制限はないが、1~180分程度が実用的である。
【0072】
磁場を印加しながら降温する際、保持温度から200℃までの間は、磁場を印加し続けることが好ましい。これにより、B-H曲線が傾き、かつ直線性の高い軟磁気特性を得ることができる。磁場を印加し続ける下限の温度は、150℃までとすることがさらに好ましい。
【0073】
印加する磁場の方向は、磁路方向に対して垂直な方向とする。巻磁心であれば、磁心の高さ方向に磁場を印加する。磁場の印加は、直流磁場、交流磁場、またはパルス磁場のいずれによるものでもよい。
【0074】
この磁場中熱処理により、透磁率が低下するものの残留磁束密度Brが低下して、Br/Bmを小さくでき、偏磁が生じにくい磁心とすることができる。このため、コモンモードチョークコイル用やカレントトランス用の磁心に好適である。なお、本願において、飽和磁束密度Bmは、磁場H=80A/mでの磁束密度B(80)と定義される。
【0075】
一次熱処理および二次熱処理は、非反応性雰囲気ガス中で行うことが好ましい。窒素ガス中で熱処理した場合は十分な透磁率が得られ、窒素ガスを実質的に非反応性ガスとして扱える。非反応性ガスとして、不活性ガスも使用することもできる。また、熱処理を真空中で行ってもよい。具体的には、一次熱処理を酸素濃度が10ppm以下の雰囲気中で行うことが好ましい。保磁力をさらに小さくできる。
【0076】
(ナノ結晶合金磁心)
本開示の第1の実施形態によるナノ結晶合金磁心は、ナノ結晶合金リボンが巻回または積層されたナノ結晶合金磁心であって、周波数f=1kHz、振幅H=0.05アンペア/メートル(A/m)の交流磁場が印加された状態において室温にて測定した透磁率μ(1kHz)が70,000以上であり、角形比Br/Bmが50以下であり、保磁力が1.0A/m以下である。好ましくは、角形比Br/Bmが30%以下である。これにより、透磁率μ(1kHz)の25℃と100℃での温度変化率が15%以下のナノ結晶合金磁心とすることができる。
【0077】
また、本開示の第1の実施形態によるナノ結晶合金磁心は、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが、48,000以上と、インピーダンス特性に優れたものである。また、10kHzでは90,000以上、1MHzでは8,500以上と、広い周波数域で高いインピーダンス比透磁率μrzを得ることができる。さらには、10kHzでは100,000以上、1MHzでは10,000と、広い周波数域で高いインピーダンス比透磁率μrzを得ることができる。さらには、10kHzでは105,000以上、100kHzでは50,000以上、1MHzでは10,500の広い周波数域で高いインピーダンス比透磁率μrzを得ることもできる。
【0078】
このように、本開示のナノ結晶合金磁心のインピーダンス比透磁率μrzが大きい理由は、保磁力が小さいと磁化過程における磁壁移動成分が少ないので、磁壁移動による局所的な異常渦電流損を小さくでき、その結果コアロスが増大することを抑制できるので高周波特性を向上させることができるためであると推察される。
【0079】
上記のインピーダンス比透磁率μrzが高い磁心は、コモンモードチョークコイル用のナノ結晶合金磁心として有用である。コモンモードチョークとして使用される周波数帯域として、低い周波数から高い周波数に対応できる用途、具体的には10kHz帯から1MHz帯に対応できる用途が求められている。
【0080】
コモンモードチョークとしての特性指標は、インピーダンス比透磁率μrzを使用することが多い。インピーダンス比透磁率μrzについては、例えばJIS規格C2531(1999年改正)に記載されている。インピーダンス比透磁率μrzは、以下の式(1)に示すように、複素比透磁率(μ’-iμ’’)の絶対値に等しいものとして考えることができる(例えば、「磁性材料選択のポイント」、1989年11月10日発行、編者:太田恵造)。
μrz=(μ’2+μ”2)1/2 ・・・(1)
【0081】
上記式(1)における複素比透磁率の実数部μ’は、磁界に対して位相の遅れがない磁束密度成分を表し、一般に、低周波数域におけるインピーダンス比透磁率μrzの大きさに対応する。一方、虚数部μ’’は磁界に対する位相の遅れを含む磁束密度成分を表し、磁気エネルギーの損失分に相当する。インピーダンス比透磁率μrzが、広い周波数帯域で高い値であれば、コモンモードノイズの吸収・除去能力に優れていることになる。
【0082】
また、本開示のナノ結晶合金磁心は、樹脂を含浸することができる。ナノ結晶合金磁心はナノ結晶化のための熱処理の際に脆くなるため、機械的特性を高めるために磁心に樹脂が含浸される場合がある。この際、樹脂含浸するとナノ結晶合金薄帯が歪むため、巻き磁心のインピーダンスが変化して顧客の要求に合わなくなるという、特性の設計上の課題がある。特に、コモンモードチョークコイルはインピーダンスの特性が重視される傾向にある。
【0083】
本開示のナノ結晶合金磁心は、樹脂を含浸しても、インピーダンス特性の変化を極力小さくすることができる。また、同様に、B-Hカーブの変化も極力小さくすることができる。含浸させる樹脂として、エポキシ系、アクリル系などのものを適宜使用できる。また、これら樹脂を含浸させる際に用いる樹脂溶剤の容量は、樹脂の重量に対して5wt%~40wt%程度として用いることが一般的である。
【0084】
(磁心ユニット)
本開示の第1の実施形態によるナノ結晶合金磁心は、例えば導線を巻回したり貫通させることで、コモンモードチョークコイル用や、カレントトランス用等の磁心ユニットとすることができる。特にコモンモードチョークコイル用に有用である。
【0085】
(ナノ結晶化合金)
ナノ結晶化可能な非晶質合金としては、例えば、一般式:(Fe1-aMa)100-x-y-z-α-β-γCuxSiyBzM’αM”βXγ(原子%)(ただし、MはCo及び/又はNiで
あり、M’はNb,Mo,Ta,Ti,Zr,Hf,V,Cr,Mn及びWからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、M”はAl,白金族元素,Sc,希土類元素,Zn,Sn,Reからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、XはC、Ge、P、Ga、Sb、In、Be、Asからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、a,x,y,z,α,β及びγはそれぞれ0≦a≦0.5,0.1≦x≦3,0≦y≦30,0≦z≦25,5≦y+z≦30、0≦α≦20,0≦β≦20及び0≦γ≦20を満たす。)により表される組成の合金を使用することができる。好ましくは、上記一般式において、a,x,y,z,α,β及びγは、それぞれ0≦a≦0.1,0.7≦x≦1.3,12≦y≦17,5≦z≦10,1.5≦α≦5,0≦β≦1及び0≦γ≦1を満たす範囲である。
【0086】
前記組成の合金を、融点以上に溶融し、単ロール法により、急冷凝固することで、長尺状の非晶質合金リボン(薄帯)を得ることができる。
【0087】
非晶質合金リボンに、前記の一次熱処理を行うことで、ナノ結晶リボンとすることができる。ナノ結晶化した合金において、少なくとも50体積%以上、好ましくは80体積%以上は、最大寸法で測定した粒径の平均が100nm以下の微細な結晶粒で占められる。また、合金のうちで微細結晶粒以外の部分は主に非晶質である。微細結晶粒の割合は実質的に100体積%であってもよい。
【0088】
微細結晶粒の割合は、各試料のTEM写真に長さLtの任意の直線を引き、各直線が微結晶粒と交差する部分の長さの合計Lcを求め、各直線に沿った結晶粒の割合Ll=Lc/Ltを計算し、この操作を5回繰り返し、Llを平均することにより求められる。ここ
で、微細結晶粒の割合Vl=Vc/Vt(Vcは微結晶粒の体積の総和であり、Vtは試料の体積である。)は、Vl≒Lc3/Lt3=Ll3と近似的に扱っている。
【0089】
本開示のナノ結晶合金磁心の製造方法に用いるアモルファス合金リボンとして、厚さが7μ以上30μm以下のものを用いることが好ましい。7μm未満では、リボンの機械的強度が不十分でハンドリングの際に破断しやすい。30μmを超えると、非晶質状態を安定に得られにくくなる。また、非晶質合金リボンをナノ結晶化後、コアとして高周波用途に使用する場合、リボンには渦電流が発生するが、前記渦電流による損失は、リボンが厚いほど、大きくなる。
【0090】
アモルファス合金リボンのより好ましい厚さは、7μm以上15μm以下である。厚さが15μm以下であれば、高周波用途における渦電流の発生を抑制でき、インピーダンス比透磁率μrzを向上させることができる。また、厚さが7μm以上15μm以下のリボンを用いることにより、保磁力が0.65A/m以下の本開示のナノ結晶合金磁心を得ることができる。
【0091】
ロール冷却により得られる非晶質合金リボンの幅は、コアの実用的な形状から、10mm幅以上が好ましい。広幅の合金リボンをスリットする(裁断する)ことにより低コスト化が可能となるので、広幅が好ましいが、合金リボンの安定した製造には250mm幅以下が好ましい。より安定に製造するためには70mm幅以下がより好ましい。
【0092】
次に、本開示によるカレントトランス用コアの製造方法の実施形態を説明する。まず、上記の組成を有する合金溶湯から、単ロール法、双ロール法などの公知の液体急冷法(超急冷法)により、軟磁性材料層となるリボン状の非晶質合金を形成する。冷却ロールの周速度は、例えば15~50m/秒程度に設定され得る。冷却ロールは、熱伝導が良好な純銅、またはCu-Be、Cu-Cr、Cu-Zr、Cu-Zr-Crなどの銅合金から形成され得る。大量生産の場合、冷却ロールは水冷され得る。冷却速度に応じて合金の非晶質組織の形成に差が生じることがあるので、非晶質合金リボンの形成においては、ロールの温度変化が小さく保たれる。なお、非晶質合金リボンの厚さtは重量換算法にて得られる値である。例えば長尺の非晶質合金リボンから2m(長手方向)×50mm(幅方向)の試料の重量Mを計測し、また、密度d[kg/m3]は、定容積膨張法による乾式密度
測定(例えば島津製作所製アキュピックII 1340 シリーズによる測定)により求めることにより、厚さt[m]=M/((2×50-3)×d)を算出することができる。
【0093】
得られた非晶質合金リボンは、必要によりスリット加工され、所望の幅のリボンにして使用できる。
【0094】
非晶質合金リボンを巻回または積層することにより、リング形状を有する構造物を作製
することができる。このようにして作製されたリング状構造物(コア材)は、複数の非晶質合金層を積層した構造を有している。各非晶質合金層の間に僅かな隙間または他の物質が存在していてもよい。コア材に占める非晶質合金層の体積占積率は、例えば70%~90%程度である。
【0095】
<透磁率>
本願における「透磁率」という用語は、「比透磁率」と同義である。また、周波数f=1kHz、振幅H=0.05アンペア/メートル(A/m)の交流磁場が印加された状態において室温にて測定した透磁率は、μ(1kHz)と表記する。
【0096】
また、インピーダンス透磁率は、μrzと表記する。なお、インピーダンス透磁率は、キーサイト社製のインピーダンス/ゲイン・フェーズアナライザ(型番4194A)により測定した。絶縁被覆導線を、巻磁心の中央部に貫通させて、入出力端子に接続し測定した。
【0097】
以下の実施例では、非晶質合金リボンを巻くことによって形成されたコア材を用いる。しかし、本開示は、このような例に限定されない。
【0098】
(実施例1)
原子%で、Cu:1%、Nb:3%、Si:15.5%、B:6.5%、残部Fe及び不可避不純物からなる合金溶湯を単ロ-ル法により急冷し、幅50mm、厚さ14μmのFe基非晶合金リボンを得た。このFe基非晶合金リボンを、幅6mmにスリット(裁断)した後、外径21.0mm、内径11.8mmに巻回し、巻磁心を作製した(高さ6mm)。磁心の体積は、1421mm3である。示差走査熱量計(DSC)での測定により
、この合金の結晶化開始温度は500℃であった。
【0099】
作製したコアに対して、
図2に示す温度及び磁場印加のプロファイルで、一次熱処理及び二次熱処理を行った。なお、ここで示される温度は、温度コントローラ(チノー社製KP1000C)により制御された熱処理炉内の雰囲気の温度である。制御される対象となる温度は、炉内の外周部分の温度である。
【0100】
一次熱処理は、まず、90分で室温から450℃まで昇温(昇温速度4.8℃/min)し、30分保持した後、240分かけて580℃まで昇温(昇温速度0.5℃/min)する設定とした。その後、580℃で60分保持した後、130分かけて400℃まで降温(降温速度1.4℃/min)する設定とした。
【0101】
その後二次熱処理を行った。まず、熱処理炉の設定は、400℃で90分間保持する設定とした。本願で定義する「実保持時間」(本実施例においては、405℃から磁場の印加を開始(降温を開始)するまでの時間)は、60分であった。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。その後、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、150分かけて150℃まで降温する設定とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわちコアの高さ方向とした。その後は無磁場中で放冷した。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。
【0102】
これにより、本実施例のナノ結晶合金磁心を得た。このナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が100,000であり、角形比Br/Bmが12.7%であった。磁歪は1ppm以下であった。
【0103】
図3は、本実施形態により得られた、ナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。保磁力が1A/m以下(0.64A/m)のナノ結晶合金磁心が得られた。
【0104】
(比較例1)
図4は比較用のナノ結晶合金磁心のB-H曲線を示す図である。用いたナノ結晶合金磁心は、二次熱処理において、熱処理炉の設定として、温度を保持する期間を設けず、それ以外は
図2と同様の温度及び磁場印加のプロファイルで製造したものである。即ち、200℃以上結晶化開始温度以下の一定温度で保持をしなかった以外は、実施例1のナノ結晶合金磁心と同様にして製造したものである。このナノ結晶合金磁心は、B-H曲線が左右に広がり、保磁力は2.19A/mと、実施例1のナノ結晶合金磁心よりも大きいことがわかる。
【0105】
(実施例2-1~2-3)
実保持時間と保磁力との関係を、さらに別の実施形態で調べた。原子%で、Cu:1%、Nb:3%、Si:15.5%、B:6.5%、残部Fe及び不可避不純物からなる合金溶湯を単ロ-ル法により急冷し、幅50mm、厚さ14μmのFe基非晶合金リボンを得た。このFe基非晶合金リボンを、幅20mmにスリット(裁断)した後、外径22mm、内径14mmに巻回し、巻磁心を作製した(高さ20mm)。磁心の体積は、4522mm3である。示差走査熱量計(DSC)での測定により、この合金の結晶化開始温度
は500℃であった。
【0106】
熱処理炉の中に、
図5に示すように、巻磁心を軸方向に複数並べて配置した。磁場中熱処理炉10は、ヒーター4を有する容器3内に、巻磁心6を並べて配置する構成を持つ。容器3の外側にはソレノイドコイル5が設置されている。巻磁心は、内径側の孔に非磁性のホルダー2(SUS304)を通して同軸になるよう並べられる。ソレノイドコイル5は巻磁心の磁路の垂直方向(巻磁心の高さ方向)に磁場をかけることができる。巻磁心を10個連続して配置するごとに、同じ非磁性のスペーサ1が配置されている。端部から5個目と6個目の磁心の間に熱電対を挟み、この両側の磁心の温度を測定した。
【0107】
この状態で、
図6で示す温度及び磁場印加のプロファイルで、一次熱処理及び二次熱処理を行った。細線の破線で示される温度が、熱処理炉の設定温度である。
【0108】
一次熱処理は、まず、100分で470℃まで昇温(昇温速度4.5℃/min)し、30分保持した後、100分かけて560℃まで昇温(昇温速度0.9℃/min)する設定とした。その後、560℃で30分保持した後、40分かけて350℃まで降温(降温速度4.7℃/min)する設定とした。
【0109】
その後二次熱処理を行った。まず、350℃で140分間保持する設定とした。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。その後、53.1kA/mの磁
場を印加しつつ、90分かけて100℃まで降温する設定とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわちコアの高さ方向とした。
【0110】
図6において、実線で示される温度が、実施例2-1の磁心の温度である。
【0111】
図7は、
図6における、熱処理時間が400℃から500℃の範囲の拡大図である。磁場を印加しながら降温を始める温度が350℃からであるが、その25分前に、350℃から5℃高い355℃になる。つまり、本開示で規定する実保持時間は、25分である。これにより得られた巻磁心は、
図8の実線で示されるように、保磁力が1.29A/mと比較的小さい値である。
【0112】
また、磁心の炉内での設置場所を変えた以外は、実施例2-1と同様にして、ナノ結晶合金磁心を製造した。
図6、
図7において、一点破線で示される温度が、本実施形態(実施例2-2)の磁心の温度である。355℃から磁場が印加され、降温が開始されるが、
その7.7分前に、355℃から5℃高い360℃になる。つまり、本開示で規定する、実保持時間が7.7分である。また、
図8の破線で示されるように、この巻磁心の保磁力は2.19A/mであった。また、実保持時間を長くした以外は、実施例2-1と同様にして、ナノ結晶合金磁心を製造した。
図9において、二点破線で示される温度が、本実施形態(実施例2-3)の磁心の温度である。
【0113】
図10は、熱処理時間が400℃から500℃の範囲の磁心の温度を示す図である。磁場の印加を始める温度が350℃からであるが、その45分前に、350℃から5℃高い355℃になる。つまり、本開示で規定する実保持時間は45分である。得られた巻磁心は、
図8の実保持時間が25分のナノ結晶合金磁心のB-H曲線とほぼ重なるものであった。このナノ結晶合金磁心の保磁力は1.17A/mと比較的小さい値である。実保持時間が、7.7分、25分、45分のナノ結晶合金磁心を比較すると、実保持時間が長いほど保磁力が小さくなっている。
【0114】
本実施形態では、印加した磁場の強度が60kA/m未満の比較的低い値であったために、保磁力が1A/m以下になっていないが、それでも上記の様に、実保持時間が長い方が、保磁力が低下する傾向がある。但し、実保持時間が、25分、45分のナノ結晶合金磁心は、保磁力はさほど変わらない上に、
図8に示すように、B-H曲線もほぼ同じであることから、印加した磁場の強度が60kA/m未満であっても、実保持時間を10分以上とすることで保磁力を十分小さくする効果が得られることがわかる。
【0115】
(実施例3)
印加した磁場の強度が60kA/m以上の条件で製造したナノ結晶合金磁心で、実保持時間と保磁力との関係を調べた。原子%で、Cu:1%、Nb:3%、Si:15.5%、B:6.5%、残部Fe及び不可避不純物からなる合金溶湯を単ロ-ル法により急冷し、幅50mm、厚さ14μmのFe基非晶合金リボンを得た。このFe基非晶合金リボンを、幅8mmにスリット(裁断)した後、外径96.5mm、内径88.5mmに巻回し
、巻磁心を作製した(高さ8mm)。磁心の体積は、9294mm3である。示差走査熱
量計(DSC)での測定により、この合金の結晶化開始温度は500℃であった。実施例2と同様に、熱処理炉の中に巻磁心を軸方向に複数並べて配置した。
【0116】
一次熱処理は、まず、100分で室温(25℃)から450℃まで昇温(昇温速度4.3℃/min)し、30分保持した後、240分かけて580℃まで昇温(昇温速度0.5℃/min)する設定とした。その後、580℃で60分保持した後、140分かけて420℃まで降温(降温速度1.1℃/min)する設定とした。
【0117】
その後、二次熱処理を行った。まず、熱処理炉の設定は、420℃で50分間保持する設定とした。本願で定義する「実保持時間」(本実施形態においては、425℃から420℃になるまでの時間)は、
図11に示すように11分であった。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。その後、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、320分かけて室温まで降温する設定とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわちコアの高さ方向とした。その後は無磁場中で放冷した。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。
【0118】
これにより、本実施形態(実施例3-1)のナノ結晶合金磁心を得た。
図12の破線で示すように、B-H曲線は、非常に線形性に優れ、かつ保磁力が小さいものであった。このナノ結晶合金磁心の保磁力は0.71A/mと小さい値である。また、このナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が92,000であり、角形比Br/Bmが10.7%であった。磁歪は3ppm以下であった。
【0119】
また、実保持時間が長くなるよう、ナノ結晶合金磁心を製造した。
【0120】
実施例3-1と同様に、巻磁心に一次熱処理を行った。実施例3-1と同様に、580℃で60分保持する工程まで同じ設定で行った後、90分かけて420℃まで降温(降温速度1.8℃/min)する設定とした。
【0121】
その後、二次熱処理を行った。熱処理炉の設定は、420℃で100分間保持する設定とした。本願で定義する「実保持時間」(本実施形態においては、425℃から磁場を印加(降温を開始)するまでの時間)は、
図13に示すように52分であった。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。その後、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、240分かけて室温まで降温する設定とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわちコアの高さ方向とした。その後は無磁場中で放冷した。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。
【0122】
これにより、本実施形態(実施例3-2)のナノ結晶合金磁心を得た。
図12の実線で示すように、B-H曲線は、非常に線形性に優れ、かつ保磁力が小さいものであった。このナノ結晶合金磁心の保磁力は0.57A/mと極めて小さい値である。このナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が104,000であり、角形比Br/Bmが8.9%であった。磁歪は3ppm以下であった。
【0123】
実保持時間が、11分、52分のナノ結晶合金磁心を比較すると、実保持時間が長い方が保磁力が小さくなっている。本実施形態では、印加した磁場の強度が60kA/m以上の値であったために、実保持時間が11分でも保磁力が1A/m以下(0.71A/m)のナノ結晶合金磁心が得られた。
【0124】
(実施例4)
二次熱処理において、前記の無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながらこの温度で保持し、その後、前記の磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する製造方法を用いて、ナノ結晶合金磁心を製造した。
【0125】
原子%で、Cu:1%、Nb:3%、Si:15.5%、B:6.5%、残部Fe及び不可避不純物からなる合金溶湯を単ロ-ル法により急冷し、幅50mm、厚さ14μmのFe基非晶合金リボンを得た。このFe基非晶合金リボンを、幅6.5mmにスリット(裁断)した後、外径20mm、内径10mmに巻回し、磁心材を作製した(高さ6.5mm)。示差走査熱量計(DSC)での測定により、この合金の結晶化開始温度は500℃であった。
【0126】
作製した磁心に対して、
図14に示す温度及び磁場印加のプロファイルで、一次熱処理を行った。一次熱処理は、まず、90分で450℃まで昇温(昇温速度5.0℃/min)し、30分保持した後、240分かけて580℃まで昇温(昇温速度0.5℃/min)する設定とした。その後、580℃で60分保持した後、130分かけて350℃まで降温(降温速度2.5℃/min)する設定とした。
【0127】
その後、磁心に二次熱処理を施した。まず、350℃で60分間保持する設定とした。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。
【0128】
その後、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、350℃で保持した。保持する時間(以後、磁場中保持時間という)は、0分、20分、40分とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわち磁心の高さ方向とした。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度
が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。なお、
図14に示す温度及び磁場印加のプロファイルは、磁場中保持時間が0分のものに該当する。
【0129】
その後、350℃から室温までの間を、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、1.7℃/minの降温速度で降温する設定とした。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわち磁心の高さ方向とした。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。これにより、本実施形態のナノ結晶合金磁心を得た。
【0130】
図15の実線で示すように、B-H曲線は、非常に線形性に優れ、かつ保磁力が小さいものであった。磁場中保持時間が0分、20分、40分の場合の、ナノ結晶合金磁心の保磁力はそれぞれ、0.92A/m、0.87A/m、0.80A/m、と極めて小さい値である。また、表2は、1kHzから10MHzまでの周波数でのインピーダンス比透磁率μrzの測定値を示すものである。また、
図16は表2に対応する実測結果である。
【0131】
【0132】
【0133】
保磁力Hcは、磁場中保持時間が長いほど小さくなる傾向にある。但し、磁場中保持時間が0分のナノ結晶合金磁心であっても、保磁力Hcは1A/m以下(0.92A/m)と十分に小さいものである。
【0134】
一方、インピーダンス比透磁率μrzは、磁場中保持時間が長いほど小さくなる傾向にある。インピーダンス比透磁率μrzは、前記の様に、複素比透磁率(μ’-iμ’’)の絶対値に等しいものとして考えることができる。
【0135】
図17は、得られたナノ結晶合金磁心の複素比透磁率の実数部μ’を測定した結果であ
る。
図18は、複素比透磁率の虚数部μ’’を測定した結果である。
【0136】
磁場中保持時間が0分~40分の範囲で長くなるほど、10kHz以上における実数部μ’の値が小さくなる傾向がみられる。また、虚数部μ’’の周波数特性は、磁場中保持時間が長くなるほど、そのピークが低周波側にシフトしている。このことが、磁場中保持時間が長くなるほど、本実施形態の100kHzのインピーダンス比透磁率μrzを大きくする主要因となっている。
【0137】
これらの実験結果から、保磁力がさらに小さいナノ結晶合金磁心を得たい場合には、二次熱処理において、無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながらこの温度で保持し、その後、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する製造方法を適用することが好ましいことが判る。
【0138】
また、小さい保磁力と高いインピーダンス比透磁率μrzを両立させたい場合は、二次熱処理において、無磁場中において200℃以上、結晶化開始温度未満の一定の温度で保持した後に、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながらこの温度で保持することなく、その後、磁路に対して直行する方向に磁場を印加しながら降温する製造方法を適用することが好ましいことが判る。
【0139】
(実施例5)
図19~
図21は、本実施形態のナノ結晶合金磁心に樹脂を含浸し、その際の磁気特性への影響を調べたものである。
【0140】
実施例1で得られたナノ結晶合金磁心に、樹脂を含浸した。樹脂は、エポキシ樹脂を用いた。樹脂を有機溶媒で希釈し、磁心を浸漬し、磁心に樹脂を含浸させた。
【0141】
図19は、樹脂を含浸した前後での、本実施形態のナノ結晶合金磁心のB-H曲線を重ねたものである。ほぼ、全てのループにおいてB-H曲線が重なっており、樹脂含浸を行ってもB-H曲線が変化していない。また、残留磁束密度Br、保磁力Hc、角形比の測定値を表3に示す。樹脂を含浸した前後での残留磁束密度Br、保磁力Hc、角形比の変化率は3%前後であり、殆ど変化していないことが分った。
【0142】
【0143】
図20、
図21は、樹脂を含浸した前後での、透磁率周波数特性(複素比透磁率の実数部μ’及び複素比透磁率の虚数部μ”)の測定結果を重ねたものである。また、また、
図20、
図21における、10kHz、100kHz、1MHz、10MHzでの複素比透磁率の実数部μ’及び虚数部μ”の測定値を、表4に示す。
【0144】
複素比透磁率の実数部μ’及び虚数部μ”は、樹脂含浸の前後で、殆ど変化しておらず、10kHzから10MHzのいずれの周波数でも変化率は2%以下である。特に100
kHzの実数部μ’、虚数部μ”は、さらに変化率が小さく、どちらも0.5%以下である。
【0145】
つまり、本実施形態のナノ結晶合金磁心は、樹脂含浸をしても、インピーダンス透磁率の変化率は小さいものである。
【0146】
【0147】
このように、本実施形態のナノ結晶合金磁心は、樹脂を含浸しても、B-H曲線、インピーダンス特性の変化を極力小さくできるので、これらの特性に関する製品設計が容易である。
【0148】
(第2の実施形態)
本開示の第2の実施形態を説明する。本実施形態は、1MHz以下での透磁率・インピーダンス比透磁率が高いナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法に関する。本実施形態によれば、高いインピーダンス比透磁率μrzを持つナノ結晶合金磁心が得られる製造方法を確立できる。また、インピーダンス比透磁率μrzが高いナノ結晶合金磁心を提供できる。このナノ結晶合金磁心は、コモンモードノイズの吸収・除去能力に優れたコモンモードコイル用磁心として適用できる。
【0149】
本発明者らは、先ず、多岐に亘る磁場中熱処理方法を検討した。その結果、次の(1)~(3)の磁場中熱処理パターンを適用することで、高いインピーダンス比透磁率μrzを有するナノ結晶合金磁心を得られる見通しを得た。
【0150】
(1)後段磁場中熱処理
後段磁場中熱処理とは、以下の熱処理のことをいう。
【0151】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理を行い、その後、結晶化開始温度未満の温度で、磁路に対して直行する方向に磁場を印加する二次熱処理を行う磁場中熱処理パターンを有する熱処理。
【0152】
(2)昇温中磁場中熱処理1
昇温中磁場中熱処理1とは、以下の熱処理のことをいう。
【0153】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理を行い、その昇温中に、示差走査熱量計での結晶化開始温度の50℃低温から結晶化開始温度の20℃高温までの温度範囲の少なくとも一部を含み、且つ前記結晶化開始温度の50℃高
温を超えない昇温期間中の温度範囲で、磁路に対して直行する方向に磁場を印加する磁場中熱処理パターンを有する熱処理。
【0154】
(3)昇温中磁場中熱処理2(特許文献3の製法に該当)
昇温中磁場中熱処理2とは、以下の熱処理のことをいう。
【0155】
ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンからなるアモルファス磁心材を、結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温してナノ結晶化する一次熱処理を行い、その昇温中に、結晶化開始温度の25℃高温から結晶化開始温度の60℃高温までに相当する昇温期間中の温度範囲内に限定して、10分以上60分以下で磁路に対して直行する方向に磁場を印加する磁場中熱処理パターンを有する熱処理。
【0156】
次に、インピーダンス比透磁率μrzは、用いるアモルファス合金リボンの厚さにより増減するため、厚さが同じリボン(厚さ18μm)を用いて、上記(1)~(3)の磁場中熱処理パターンでナノ結晶合金磁心を作製し、1kHzから10MHzの周波数で評価した。
【0157】
まず、上記(3)の磁場中熱処理パターンで得られたナノ結晶合金磁心の評価結果を述べる。このナノ結晶合金磁心は、特許文献3で記載されたナノ結晶合金磁心に対して、リボンの厚さが13μmから18μmに変わったものである。リボンの厚さが厚くなった分、インピーダンス比透磁率μrzの値は、特許文献3に記載された値より小さいものであった。具体的には、インピーダンス比透磁率μrzが、周波数100kHzで48,000に満たなかった。
【0158】
次に、上記(1)と(2)の磁場中熱処理パターンで得られたナノ結晶合金磁心の評価結果を述べる。
図22に示すように、(2)の昇温中磁場中熱処理1により得られたナノ結晶合金磁心は、(1)の後段磁場中熱処理により得られたナノ結晶合金磁心のものより、インピーダンス比透磁率μrzが小さいものであった。
【0159】
つまり、上記(1)~(3)の磁場中熱処理パターンの中では、(1)の後段磁場中熱処理により得られたナノ結晶合金磁心は、1kHzから10MHzの周波数で最も大きいインピーダンス比透磁率μrzを示した。
【0160】
この結果を踏まえ、さらに本発明者らは、後段磁場中熱処理を適用する上で、インピーダンス比透磁率μrzを向上させるための技術的ポイントを見極めるために、温度プロファイルを鋭意精査した。その結果、以下の4つの技術手段を見出した。
【0161】
(a:第1の技術手段)後段磁場中熱処理を適用してナノ結晶合金磁心を製造し、かつ、さらに一次熱処理の工程において、結晶化開始温度での昇温速度を1.0℃/min未満とする。この製造方法を適用することで、後段磁場中熱処理によって得られるナノ結晶合金磁心のインピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。なお、本願において、結晶化開始温度での昇温速度とは、結晶化開始温度の5℃低い温度と5℃高い温度の間の平均昇温速度、つまり、一次熱処理工程における昇温時の平均昇温速度を指すものとする。
【0162】
(b:第2の技術手段)後段磁場中熱処理を適用してナノ結晶合金磁心を製造し、かつ、さらに一次熱処理の工程において、最高温度を550℃超585℃以下にする。この製造方法を適用することで、後段磁場中熱処理によって得られるナノ結晶合金磁心のインピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。
【0163】
(c:第3の技術手段)後段磁場中熱処理を適用してナノ結晶合金磁心を製造し、かつ、さらに二次熱処理の工程において、磁場を印加する際の最高温度を200℃以上400℃未満とする。この製造方法を適用することで、後段磁場中熱処理によって得られるナノ結晶合金磁心のインピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。
【0164】
(d:第4の技術手段)後段磁場中熱処理を適用してナノ結晶合金磁心を製造し、かつ、さらに二次熱処理の工程において、4℃/min以下の平均速度で降温しながら磁場を印加する。この製造方法を適用することで、後段磁場中熱処理によって得られるナノ結晶合金磁心のインピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。
【0165】
(a)から(d)の特徴は組み合わせることが可能である。(a)から(d)の特徴を2以上組み合わせることによって、あるいは、(a)から(d)の特徴および第1の実施形態の特徴を2以上組み合わせることによって、さらにインピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。
【0166】
以下に、本開示の第2の実施形態によるナノ結晶合金磁心の製造方法、及びナノ結晶合金磁心を詳述する。
【0167】
(ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボン)
第1の実施形態と同様、ナノ結晶化が可能なアモルファス合金リボンとしては、Fe基のものを用いることができる。
【0168】
Fe基のアモルファス合金リボンとして、例えば、一般式:(Fe1-aMa)100-x-y-z-α-β-γCuxSiyBzM’αM”βXγ(原子%)(ただし、MはCo及び/又はNi
であり、M’はNb,Mo,Ta,Ti,Zr,Hf,V,Cr,Mn及びWからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、M”はAl,白金族元素,Sc,希土類元素,Zn,Sn,Reからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、XはC、Ge、P、Ga、Sb、In、Be、Asからなる群から選ばれた少なくとも1種の元素、a,x,y,z,α,β及びγはそれぞれ0≦a≦0.5,0.1≦x≦3,0≦y≦30,0≦z≦25,5≦y+z≦30、0≦α≦20,0≦β≦20及び0≦γ≦20を満たす。)により表される組成の合金を使用することができる。好ましくは、上記一般式において、a,x,y,z,α,β及びγは、それぞれ0≦a≦0.1,0.7≦x≦1.3,12≦y≦17,5≦z≦10,1.5≦α≦5,0≦β≦1及び0≦γ≦1を満たす範囲である。
【0169】
前記組成の合金を、融点以上に溶融し、単ロール法により、急冷凝固することで、長尺状のアモルファス合金リボンを得ることができる。
【0170】
アモルファス合金リボンに、無磁場中で結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する熱処理を行うことで、アモルファス合金がナノ結晶化される。ナノ結晶化した合金は、その少なくとも50体積%、さらには80体積%が、最大寸法で測定した粒径の平均が100nm以下の微細な結晶粒で占められる。また、合金のうちで微細結晶粒以外の部分は主にアモルファスである。微細結晶粒の割合は実質的に100体積%であってもよい。
【0171】
高いインピーダンス比透磁率μrzを有するナノ結晶合金磁心を得るためには、リボンの薄肉化が重要である。そのため、アモルファス合金リボンの好ましい厚さは、15μm以下である。厚さが15μm以下であれば、高周波用途における渦電流の発生を抑制でき、インピーダンス比透磁率μrzを向上させることができる。さらに好ましい厚さは、13μm以下である。厚さの下限は特に限定されないが、単ロール法でアモルファス合金リ
ボンを製造する上で、7μm以上とすれば、連続鋳造が行いやすく、製造上好ましい。
【0172】
次に、アモルファス合金リボンの製造方法を説明する。まず、上記の組成を有する合金溶湯から、単ロール法、双ロール法などの公知の液体急冷法(超急冷法)により、リボン状のアモルファス合金を形成する。冷却ロールの周速度は、例えば15~50m/秒程度に設定され得る。冷却ロールは、熱伝導が良好な純銅、またはCu-Be、Cu-Cr、Cu-Zr、Cu-Zr-Crなどの銅合金から形成され得る。大量生産の場合、冷却ロールは水冷され得る。冷却速度に応じて合金のアモルファス組織の形成に差が生じることがあるので、アモルファス合金リボンの形成においては、ロールの温度変化が小さく保たれる。なお、アモルファス合金リボンの厚さtは重量換算法にて得られる値である。例えば長尺のアモルファス合金リボンから2m(長手方向)×50mm(幅方向)の試料の重量Mを計測し、また、密度d[kg/m3]は、定容積膨張法による乾式密度測定(例え
ば島津製作所製アキュピックII 1340 シリーズによる測定)により求めることにより、厚さt[m]=M/((2×50-3)×d)を算出することができる。
【0173】
アモルファス合金リボンを巻回または積層することによりアモルファス磁心材とすることができる。アモルファス磁心材は、各合金層の間に僅かな隙間または他の物質が存在していてもよい。アモルファス磁心材に占めるアモルファス合金リボンの体積占積率は、例えば70%~90%である。
【0174】
アモルファス合金リボンに後段磁場中熱処理を行うことで、ナノ結晶化され、透磁率μ(1kHz)が70,000以上であり、角形Br/Bmが30%以下のナノ結晶合金が得られる。
【0175】
なお、第1の実施形態と同様、結晶化開始温度は、示差走査熱量計(DSC:Differential Scanning Calorimetry)の測定条件を昇温速度10℃/分で行ったときの、ナノ結晶化の開始による発熱反応が検出される温度として定義される。
【0176】
以下に、本開示の後段磁場中熱処理について説明する。後段磁場中熱処理は、ナノ結晶化のための一次熱処理と、磁気特性の調整を行うための磁場中で加熱する二次熱処理を有する。なお、第2の実施形態の中で記載する温度は、炉の設定温度を指している。
【0177】
(一次熱処理)
一次熱処理は、結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する過程を含む。一次熱処理での最高温度は、510℃以上600℃以下の範囲に設定され得る。最高温度が510℃より低いか、あるいは600℃よりも高いと、磁歪が大きくなってしまう。磁歪が大きいと、磁心に樹脂を含浸する場合、磁気特性が大きく変化して所望の特性が得られ難い。最高温度で温度を保持する必要は必ずしもなく、0分(保持時間無し)であってもナノ結晶化させることができる。好ましくは、保持時間を5分以上24時間以下の範囲内で設定する。熱処理時間が5分以上であれば、磁心を構成する合金の全体を均一な温度にしやすいので、磁気特性を均一にしやすい。一方、熱処理時間が24時間よりも長いと、生産性が悪くなるだけではなく、結晶粒の過剰な成長、または不均一な形態の結晶粒の生成により、磁気特性の低下が起こりやすい。
【0178】
本発明者らは、この一次熱処理において、上述したインピーダンス比透磁率μrzを向上させることが可能な第1の技術手段を見出した。
【0179】
第1の技術手段は、結晶化開始温度より低い温度から結晶化開始温度以上に昇温する工程において、結晶化開始温度において1.0℃/min未満の緩やかな昇温速度とするこ
とである。なお、本発明において、結晶化開始温度での昇温速度とは、結晶化開始温度の5℃低い温度と5℃高い温度の間の平均昇温速度を指すものとする。以下にこの理由を記載する。
【0180】
結晶化の反応は発熱反応であるため、結晶化開始温度近傍において磁心材の温度が瞬間的に上昇することがある。この時、リボン中にナノ結晶が不均一に粗大化してしまうため、均一な磁気異方性が形成されず磁心のインピーダンス比透磁率μrzが低下しやすい。結晶化開始温度での昇温速度を1.0℃/min未満に低速化することで、かかる瞬間的な温度上昇を抑制し、インピーダンス透磁率を向上することができる。なお、結晶化開始温度よりも20℃低温までは、例えば1.0以上の昇温速度で比較的急速に昇温してもよい。また別の効果として、安定してナノ結晶化を行うことができ、これにより磁歪を小さくできるので、樹脂含浸しても特性変化の小さいナノ結晶合金磁心とすることができる。
【0181】
結晶化開始温度での昇温速度が、0.9℃/min以下、さらには0.85以下であるとインピーダンス比透磁率μrzをさらに向上できる。なお、昇温速度の下限値は特に限定されないが、製造工程を短縮するために、0.1℃/min以上、さらには0.2℃/min以上とすることが好ましい。
【0182】
また、本発明者らは、第2の技術手段として、この一次熱処理での最高温度を、550℃超585℃以下とすることで、インピーダンス比透磁率μrzを向上させることが可能であることを見出した。以下にその理由を記載する。
【0183】
一次熱処理での最高温度が585℃を超える場合、ナノ結晶の結晶粒径が肥大することで磁心材の保磁力が急激に増大する。保磁力が大きい磁心材ではその磁化過程において磁壁移動成分を多く含み、磁壁移動に伴う渦電流(異常渦電流)が発生し、インピーダンス比透磁率μrzが低下すると推察される。逆に一次熱処理での最高温度が550℃以下の場合、磁心材の保磁力は低下するが磁歪が大きくなるため外部からの応力の影響で磁区構造が乱れてインピーダンス比透磁率μrzが低下すると推察される。
【0184】
また、この温度範囲であれば、磁歪を小さくできる効果もある。具体的には、磁歪を3ppm以下、さらには2ppm以下、さらには1ppm以下にすることが可能である。最高温度の下限値は555℃以上とすることが好ましい。また、最高温度の上限値は583℃以下とすることが好ましい。これにより、インピーダンス比透磁率μrzをさらに高めることができる。
【0185】
(二次熱処理)
一次熱処理の後に、結晶化開始温度未満の温度で、磁路に対して直行する方向に磁場を印加する、二次熱処理を行う。磁場の印加は、一定の温度で保持しながら行うこともできるし、昇温・降温させながら行うこともできる。降温させながら磁場を印加した場合、ヒステリシスBHカーブが傾斜し、かつ、傾斜した部分は直線的になるので特に好ましい。
【0186】
印加する磁場の方向は、磁路方向に対して垂直な方向とする。巻磁心であれば、磁心の高さ方向(巻磁心の軸方向)に磁場を印加する。磁場の印加は、直流磁場、交流磁場、またはパルス磁場のいずれによるものでもよい。
【0187】
この磁場中熱処理により、透磁率が低下するものの残留磁束密度Brが低下して、Br/Bmを小さくでき、偏磁が生じにくい磁心とすることができる。このため、コモンモードチョークコイル用の磁心に好適である。
【0188】
なお、磁場を印加する最高温度を200℃以上、結晶化開始温度未満の範囲にすると、
透磁率を変化させやすく、コモンモードチョークコイル用のコイルとして必要な磁気特性を得やすいため、好ましい。結晶化開始温度以上の温度で磁場を印加すると、ナノ結晶相の結晶粒成長が促進してしまうため保磁力が増大する可能性がある。磁場を印加する最高温度を500℃以下(かつ結晶化開始温度未満である)とすることが、さらに好ましい。
【0189】
この場合、磁場中で少なくとも100℃迄降温することが好ましい。これにより、インピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。また、B-H曲線が傾き、かつ直線性の高い軟磁気特性を得ることができる。
【0190】
磁場は、磁場強度50kA/m以上で印加することが好ましい。これにより、インピーダンス比透磁率μrzを高めることができる。より好ましい範囲は、60kA/m以上であり、さらには150kA/m以上である。磁場強度の上限は特に限定されないが、磁場発生コイルに流せる電流量の関係から、500kA/m以下とすることが実用的である。また、磁場を印加する時間は特に制限されないが、1~180分程度が実用的である。
【0191】
一次熱処理と二次熱処理は、連続して行うことができる。つまり、一次熱処理で最高温度とした後、二次熱処理の温度に降温し、そのまま磁場を印加して二次熱処理をすることもできる。
【0192】
勿論、一次熱処理と二次熱処理は、個別に行うこともできる。つまり、一次熱処理を行った後、二次熱処理の温度以下に降温し、その後、二次熱処理の温度に昇温して磁場を印加することもできる。
【0193】
本発明者らは、この二次熱処理において、インピーダンス比透磁率μrzを向上させることが可能な第3の技術手段を見出した。第3の技術手段は、磁場を印加する最高温度を200℃以上400℃未満とすることである。以下にこの理由を記載する。
【0194】
インピーダンス比透磁率μrzは、1kHz近傍の低い周波数では最大値を示し、周波数が高くなるにつれ低下し始めて、最終的にSnoekの限界線に沿って低下する。2MHz以上の周波数では、インピーダンス比透磁率μrzはSnoekの限界線に沿っており、磁場を印加する最高温度には依存しない。しかし、1~100kHz近傍におけるインピーダンス比透磁率μrzは、後述するように、磁場を印加する最高温度により値が変わる。この理由は、磁心材の高さ方向に沿った磁気異方性が変わるため、磁場を印加する最高温度が低いとBHカーブの傾きが大きくなるためである。磁場を印加する最高温度が200℃以上400℃未満であれば、100kHzのインピーダンス比透磁率μrzは十分に高い値を示す。磁場を印加する最高温度は370℃以下とすることが好ましい。インピーダンス比透磁率μrzをさらに向上できる。
【0195】
また、本発明者らは、この二次熱処理において、インピーダンス比透磁率μrzを向上させることが可能な第4の技術手段を見出した。第4の技術手段は、二次熱処理で磁場を印加する際、4℃/min以下の平均速度で降温しながら磁場を印加することである。
【0196】
これによりインピーダンス比透磁率μrzが向上する理由は不明であるが、磁場を印加しながら急激に冷却した場合、熱処理中の磁心材の中において温度の分布に斑が発生するため磁心材の中の場所によって磁気異方性が異なり均一な磁区が形成されない現象がおきるためと推察される。
【0197】
なお、二次熱処理で磁場を印加する際の4℃/min以下の平均速度とは、磁場の印加を始めた時の温度から、100℃まで降温する間の平均速度を指す。
【0198】
なお、100℃での降温速度を4℃/min以下とすることが好ましい。インピーダンス比透磁率μrzをさらに高めることができる。なお、本発明において、100℃での降温速度とは、105℃から95℃の間の平均降温速度を指すものとする。
【0199】
一次熱処理および二次熱処理は、非反応性雰囲気ガス中で行うことが好ましい。例えば、窒素ガス中で熱処理した場合は十分な透磁率が得られ、窒素ガスを実質的に非反応性ガスとして扱える。非反応性ガスとして、不活性ガスも使用することもできる。また、熱処理を真空中で行うこともできる。
【0200】
一次熱処理は酸素濃度が10ppm以下の雰囲気中で行うことが好ましい。得られる磁心の保磁力を小さくできる。
【0201】
(ナノ結晶合金磁心)
本開示のナノ結晶合金磁心は、周波数f=1kHz、振幅H=0.05アンペア/メートル(A/m)の交流磁場が印加された状態において室温にて測定した透磁率μ(1kHz)が70,000以上の磁心にすることができる。
【0202】
また、上記製造方法を適用することで、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが、48,000以上のナノ結晶合金磁心を得ることも可能である。また、10kHzでは90,000以上、1MHzでは8,500以上と、広い周波数域で高いインピーダンス比透磁率μrzを得ることも可能である。さらには、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが49,000以上、さらには50,000以上のナノ結晶合金磁心を得ることも可能である。また、10kHzでは95,000以上、さらには、100,000以上のインピーダンス比透磁率μrzを得ることも可能である。また、1MHzでは、8,800以上、さらには9,000以上のインピーダンス比透磁率μrzを得ることも可能である。
【0203】
(磁心ユニット)
本開示のナノ結晶合金磁心は、例えば導線を巻回したり貫通させることで、コモンモードチョークコイル用の磁心ユニットとすることができる。
【0204】
<インピーダンス比透磁率μrz、複素比透磁率の実数部μ’、虚数部μ’’>
インピーダンス比透磁率μrz、複素比透磁率の実数部μ’、虚数部μ’’の測定は、アジレレントテクノロジー社製HP4194Aを用いて、オシレーションレベル0.5V、アベレージ16の条件で行った。絶縁被覆導線を、トロイダルコアの中央部に貫通させて、入出力端子に接続し測定した。
【0205】
以下、製造方法について、さらに詳細に説明する。
【0206】
(実施例6)
原子%で、Cu:1%、Nb:3%、Si:15.5%、B:6.5%、残部Fe及び不可避不純物からなる合金溶湯を単ロ-ル法により急冷し、幅50mm、厚さ14μmのFe基非晶合金リボンを得た。このFe基非晶合金リボンを、幅6.5mmにスリット(裁断)した後、外径20mm、内径10mmに巻回し、磁心材を作製した(高さ6.5mm)。示差走査熱量計(DSC)での測定により、この合金の結晶化開始温度は500℃であった。
【0207】
作製した磁心に対して、
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルで、一次熱処理及び二次熱処理を行った。一次熱処理は、まず、90分で450℃まで昇温(昇温速度5.0℃/min)し、30分保持した後、240分かけて580℃まで昇温(昇温速度0
.5℃/min)した。その後、580℃で60分保持した後、130分かけて350℃まで降温(降温速度2.5℃/min)した。
【0208】
その後、磁心材に二次熱処理を施した。まず、350℃で60分間保持した。一次熱処理の過程を含め、ここまでの過程は無磁場中で行った。その後、350℃から室温までの間を、159.5kA/mの磁場を印加しつつ、1.7℃/minの降温速度で降温した。磁場の印加方向は合金リボンの幅方向すなわち磁心の高さ方向とした。なお、この磁場中熱処理は、酸素濃度が10ppm以下(2ppm)の雰囲気中で行った。これにより、本実施形態のナノ結晶合金磁心を得た。このナノ結晶合金磁心は、インピーダンス比透磁率μrzが、10kHzで126,524、100kHzで50,644、1MHzで9,938であった。また、透磁率μ(1kHz)が100,000であり、角形比Br/Bmが12.7%であった。
【0209】
(実施例7)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルに対し、450℃から580℃に昇温する際の昇温速度を0.5℃/min~4.4℃/minの範囲で変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。
【0210】
具体的には、450℃から580℃に昇温する時間を240分(昇温速度0.5℃/min)とした以外に、180分(昇温速度0.8℃/min)、120分(昇温速度1.1℃/min)、60分(昇温速度2.2℃/min)、30分(昇温速度4.4℃/min)とした。それ以外は実施例6と同様にして、磁心材に後段磁場中熱処理を施した。
【0211】
図24は、昇温速度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、周波数ごとに示した図である。また、表5はその数値を示したものである。
図24、表5に示される通り、昇温速度を遅く(1.0℃/min未満)とすることで、インピーダンス比透磁率μrzが高まる。100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、昇温速度が0.8℃/minと0.5℃/minの測定値を見ると、どちらも50,000以上であり、ほぼ同じ値である。昇温速度が遅いと製造時間が長くなるので、100kHzで高いインピーダンス比透磁率μrzを得る場合は、0.8℃/min近辺の昇温速度(0.4℃/min以上0.9℃/min以下)で、製造することが好ましい。
【0212】
また、1MHzや10MHzで高いインピーダンス比透磁率μrzを得る場合は、0.8℃/minよりも0.5℃/minのインピーダンス比透磁率μrzが高いことから、
0.5℃/min近辺の昇温速度(0.3℃/min以上0.7℃/min以下)で、製
造することが好ましい。
【0213】
また、昇温速度が0.5℃/minのナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が134,766であり、角形比Br/Bmが29.6%であった。また、昇温速度が0.8℃/minのナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が137,116であり、角形比Br/Bmが32.8%であった。
【0214】
【0215】
図25は、実施例7で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。昇温速度が1℃/min未満(0.5℃/min,0.8℃/min)で得られたナノ結晶合金磁心は、それよりも遅い昇温速度で得られたものに対し、10kHz以上の周波数で、実数部μ’の低下が少ない。なお、昇温速度が0.5℃/minと0.8℃/minの実数部μ’を比較すると、全ての周波数域でどちらもほぼ同じ値を示している。
【0216】
図26は、
図25と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。昇温速度が1℃/min未満(0.5℃/min,0.8℃/min)で得られたナノ結晶合金磁心は、それよりも遅い昇温速度で得られたものに対し、虚数部μ’’のピークが高周波側にある。具体的には、昇温速度が1℃/min未満のナノ結晶合金磁心は、それよりも遅い昇温速度で得られたものに対し、2kHz以上50kHz未満の周波数では虚数部μ’’が小さいが、50kHz以上の周波数では虚数部μ’’がより大きくなる。なお、昇温速度が0.5℃/minと0.8℃/minの実数部μ’を比較すると、全ての周波数域において、どちらもほぼ同じ値を示している。この現象が、450℃から580℃に昇温する際の昇温速度を1.0℃/min未満とすると、本実施形態の100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzを大きくする主要因となっている。
【0217】
また、昇温速度が0.5℃/minと0.8℃/minのナノ結晶合金は、実数部μ’と虚数部μ’’とも、周波数特性がほぼ同じであることから、昇温速度を1℃/min未満とすることで、安定したインピーダンス比透磁率μrzを持つナノ結晶合金を製造しやすいことが伺える。
【0218】
(実施例8)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルにおける最高温度を500℃から600℃の範囲で変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。具体的には、最高温度を500℃、520℃、540℃、560℃、580℃、590℃、600℃とした。それ以外は実施例6と同様にして、磁心材に後段磁場中熱処理を施した。なお、450℃から最高温度までに到達する時間は4時間とした。
【0219】
図27は、一次熱処理の最高温度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、測定周波数ごとに示した図である。また、表6はその数値を示したものである。
図27、表6に示される通り、一次熱処理において、最高温度が580℃として得られたナノ結晶合金磁心は、インピーダンス比透磁率μrzが大きく、その値は、100kHzで50,000以上(50,690)である。次にインピーダンス比透磁率μrzが高いものは、最高温度
を560℃としたナノ結晶合金磁心であり、その値は、49,000以上(49,540)である。
【0220】
さらに最高温度が540℃のものは、インピーダンス比透磁率μrzが、100kHzで48,198であり、560℃のものより若干値が低下する。最高温度が590℃のものは、インピーダンス比透磁率μrzが39,136であり、580℃の値(50,690)に対して急激に低下する。この点から、一次熱処理の最高温度が550℃超585℃以下の範囲であれば、インピーダンス比透磁率μrzが49,000のものが得られやすい。また、555℃以上590℃以下とすれば、インピーダンス比透磁率μrzが49000のものが得られやすい。
【0221】
また、最高温度が560℃のナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が143,248であり、角形比Br/Bmが28.3%であった。また、最高温度が580℃のナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が134,766であり、角形比Br/Bmが29.6%であった。
【0222】
【0223】
図28は、実施例8で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。一次熱処理の工程における最高温度を、550℃超585℃以下(560℃、580℃)として得られたナノ結晶合金磁心は、1kHzから10MHzの範囲で、実数部μ’が大きいものが得られた。
【0224】
図29は、
図28と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。
図28と同様に、最高温度を、550℃超585℃以下(560℃、580℃)として得られたナノ結晶合金磁心は、10kHz以上の範囲で虚数部μ’’が大きいものである。
【0225】
なお、一次熱処理の工程における最高温度を540℃として得られたナノ結晶合金磁心も、
図28に示すように、560℃、580℃として得られたナノ結晶合金磁心と同じく、実数部μ’の値は大きいものとなるが、
図29に示すように、虚数部μ’’の値が、100kHzで、560℃、580℃のものより若干小さいものとなる。この現象が、一次熱処理の工程においての最高温度を550℃超585℃以下(560℃、580℃)とすると、本実施形態の100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが大きくなる主要因となっている。
【0226】
(実施例9)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルに対し、二次熱処理で磁場を印加する温
度範囲を変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。具体的には、二次熱処理で磁場を印加する最高温度を、350℃、400℃、450℃、500℃、とし、磁場を印加しながら室温まで冷却した。また、Fe基非晶合金リボンは厚さ10.6μmのものを用いた。それ以外は実施例6と同様にして、磁心材に後段磁場中熱処理を施した。
【0227】
図30は、周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、磁場を印加する温度範囲ごとに示した図である。また、表7はその数値を示したものである。
図30、表7に示される通り、二次熱処理において、磁場を印加する温度範囲を低い範囲に限定すると、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが高まる。最高温度を350℃としたものは、インピーダンス比透磁率μrzの値が66,003である。なお、100kHz以外の周波数を見ると、2MHz以下では、印加する温度範囲が低いほどインピーダンス比透磁率μrzが高まり、2MHzを超えた周波数では、印加する温度範囲が低いほどインピーダンス比透磁率μrzが低下する傾向がある。
【0228】
また、最高温度を350℃とした本実施形態のナノ結晶合金磁心は、10kHzでのインピーダンス比透磁率μrzは120,000以上(129,625)である。また、1MHzでのインピーダンス比透磁率μrzは13,000以上(13,488)である。また、二次熱処理で磁場を印加する最高温度を350℃としたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が135.998であり、角形比Br/Bmが20.8%であった。
【0229】
【0230】
図31は、実施例9で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。二次熱処理で磁場を印加する際の最高温度を、350℃として得られたナノ結晶合金磁心は、それ以外の最高温度で得られたものに対し、実数部μ’が、100kHz以下では大きい値をとるが、100kHzを超えた周波数では逆に小さくなる。
【0231】
図32は、
図31と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。二次熱処理で磁場を印加する最高温度を、350℃として得られたナノ結晶合金磁心は、それ以外の最高温度で得られたものに対し、虚数部μ’’が大きく、特に、100kHzからそれ以下の周波数にかけて値の差が大きくなる。この現象が、二次熱処理で磁場を印加する際の最高温度を350℃とすると、本実施形態の100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが大きくなる主要因となっている。
【0232】
また、リボンの厚さを薄くすることによるインピーダンス比透磁率μrzへの影響を調
べた。実施例6で得られたナノ結晶合金磁心(薄帯の厚さ14μm、磁場を印加する温度範囲は350℃以下のみ)は、インピーダンス比透磁率μrzが、10kHzで126,524、100kHzで50,644、1MHzで9,938である。それに対し、本実施形態で得られたナノ結晶合金磁心(薄帯の厚さ10.6μm、磁場を印加する温度範囲は同じ350℃以下のみ)は、10kHzで129,625、100kHzで66,003、1MHzで13,488である。1kHz、10MHzの周波数でも、リボン厚さが10.6μmである本実施形態のナノ結晶合金磁心の方が、インピーダンス比透磁率μrzが高くなっている。
【0233】
(実施例10)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルに対し、二次熱処理において、降温しながら磁場を印加し、かつ、その際の降温速度を4.4℃/minから1.0℃/minの範囲で変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。
【0234】
図33は、周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、降温速度ごとに示した図である。また、表8はその数値を示したものである。
図33、表8に示される通り、磁場を印加している最中の降温速度が3.0℃/min、1.7℃/min、1.0℃/minとした本実施形態は、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが50,000以上(50,770、50,690、52,194)である。また、10kHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、降温速度が3.0℃/minのもので134,326と最も高いが、上記3条件のいずれも、11,500以上(134,326、124,167、125,205)である。また、1MHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、いずれも10,000以上(10,041、10,151、10,793)である。
【0235】
また、降温速度を3.0℃/minとしたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が147,915であり、角形比Br/Bmが36.6%であった。また、降温速度を1.7℃/minとしたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が134,776であり、角形比Br/Bmが29.6%であった。また、降温速度を1.0℃/minとしたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が125,205であり、角形比Br/Bmが20.8%であった。
【0236】
【0237】
図34は、実施例10で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。上記の降温速度が4℃/min以下(3.0℃/min、1.7℃/min、1.0℃/mi)で得られたナノ結晶合金磁心は、ほぼ同じ周波数特性を示す。また、これらのナノ結晶合金磁心は、降温速度が4.4℃/minで得られた
ものよりも、5kHz以上の範囲で、実数部μ’の値が大きい。
【0238】
図35は、
図34と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。降温速度が遅くなるにつれ、虚数部μ’’値周波数特性は、そのピークが高周波側にシフトしている、但し、降温速度が3.0℃/min~1.0℃/minで得られたナノ結晶合金磁心は、80kHz辺りから高周波側においてはほぼ同じ周波数特性を示す。
【0239】
磁場を印加しながらの降温速度を4℃/min以下にすると、80kHz以上の周波数での虚数部μ’’の値が大きくなり、このことが本実施形態のインピーダンス比透磁率μrzを大きくする主要因となっている。
【0240】
(実施例11)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルに対し、二次熱処理において、降温しながら磁場を印加し、かつ、磁場を印加する際の最低温度を、100℃~300℃の範囲で変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。具体的には、磁場を印加する際の最低温度を、100℃、200℃、250℃、300℃とした。
【0241】
図36は、周波数とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、二次熱処理の最低温度ごとに示した図である。また、表9はその数値を示したものである。
図36、表9に示される通り、磁場を印加する際の最低温度を100℃として得られたナノ結晶合金磁心は、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが、50,000以上(50,690)である。また、10kHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、12,000以上(124,167)である。また、1MHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、いずれも10,000以上(10,151)である。
【0242】
また、磁場を印加する際の最低温度を100℃としたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が134,766であり、角形比Br/Bmが29.6%であった。
【0243】
【0244】
図37は、実施例11で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。二次熱処理において、磁場を印加する際の最低温度が低いほど、10kHz以上の周波数で、実数部μ’が大きくなる傾向がある。
【0245】
図38は、
図37と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。同様に、磁場を印加する際の最低温度が低いほど、10kHz以
上の周波数で、虚数部μ’’が大きくなる傾向がある。この現象が、二次熱処理において、磁場を印加する際の最低温度が低いほど、本実施形態の100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが大きくなる、主要因となっている。
【0246】
(実施例12)
図23に示す温度及び磁場印加のプロファイルに対し、二次熱処理において、印加する磁場の強度を、39.9kA/mから319.2kA/mの範囲で変え、インピーダンス比透磁率μrzに与える影響を調べた。具体的には、印加する磁場の強度を、39.9kA/m、79.8kA/m、319.2kkA/mとした。
【0247】
図39は、印加磁場強度とインピーダンス比透磁率μrzの関係を、測定周波数ごとに示した図である。また、表10はその数値を示したものである。
図39、表10に示される通り、印加する磁場の強度を大きくするほど、インピーダンス比透磁率μrzが大きくなる傾向がある。79.8kA/mの磁場を印加して得られたナノ結晶合金磁心は、39.9kA/mのものに対して、1kHz、10kHz、100kHz、1MHz、10MHzの周波数で、30%以上のインピーダンス比透磁率μrzの増大がある。一方、79.8kA/mと319.2kA/mの磁場を印加して得られたナノ結晶合金磁心を比較すると、インピーダンス比透磁率μrzの増大はいずれの周波数でも6%以下である。なお、100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzは、79.8kA/mと319.2kA/mのどちらのナノ結晶合金磁心も48,000以上(48,677、50,690)である。これらの点から、印加する磁場の強度は、79.8kA/mあれば十分に高いインピーダンス比透磁率μrzが得られることが判る。
【0248】
また、印加する磁場の強度を79.8kA/mとしたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が132983であり、角形比Br/Bmが32.6%であった。また、印加する磁場の強度を319.2kA/mとしたナノ結晶合金磁心は、透磁率μ(1kHz)が134,766であり、角形比Br/Bmが29.6%であった。
【0249】
【0250】
図40は、実施例12で得られたナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の実数部μ’の関係を示すものである。二次熱処理において、印加する磁場の強度を、50kA/m以上(79.8kA/m、319.2kA/m)として得られたナノ結晶合金磁心は、39.9kA/mで得られたものに対し、1kHzから10MHzの範囲で、実数部μ’が大きくなる。また、印加する磁場の強度が79.8kA/m、319.2kA/mのどちらのものも、ほぼ同じ周波数特性を持つ。
【0251】
図41は、
図40と同じナノ結晶合金磁心の、周波数と複素比透磁率の虚数部μ’’の関係を示すものである。印加する磁場の強度を、50kA/m以上(79.8kA/m、319.2kA/m)として得られたナノ結晶合金磁心は、39.9kA/mで得られたものに対し、10kHz未満での虚数部μ’’は小さいが、10kHz以上での虚数部μ’’が大きくなる。この現象が、印加する磁場の強度が50kA/m以上であれば、本実施形態の100kHzでのインピーダンス比透磁率μrzが大きくなる、主要因となっている。
【産業上の利用可能性】
【0252】
本開示のナノ結晶合金磁心、磁心ユニットおよびナノ結晶合金磁心の製造方法は、コモンモードチョークコイル、カレントトランスなどの磁心として好適に用いられる。
【符号の説明】
【0253】
1 スペーサ
2 ホルダー
3 容器
4 ヒーター
5 ソレノイドコイル
6 巻磁心
10 磁場中熱処理炉