(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-22
(45)【発行日】2022-03-03
(54)【発明の名称】腺性下垂体又はその前駆組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/079 20100101AFI20220224BHJP
A61K 35/30 20150101ALI20220224BHJP
A61K 35/36 20150101ALI20220224BHJP
A61P 5/10 20060101ALI20220224BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20220224BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20220224BHJP
【FI】
C12N5/079
A61K35/30
A61K35/36
A61P5/10
C12N5/071
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2020098910
(22)【出願日】2020-06-05
(62)【分割の表示】P 2016536000の分割
【原出願日】2015-07-24
【審査請求日】2020-07-02
(31)【優先権主張番号】P 2014152384
(32)【優先日】2014-07-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】笹井 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】大曽根 親文
(72)【発明者】
【氏名】須賀 英隆
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/065763(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/166488(WO,A1)
【文献】Cell Reports, 2013, Vol.5, pp.1387-1402
【文献】Developmental Biology, 2013, Vol.379, pp.208-220
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/079
A61K 35/30
A61K 35/36
A61P 5/10
C12N 5/071
C12N 5/10
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
視床下部神経上皮組織及び腺性下垂体を共に含んでなるヒト多能性幹細胞由来の凝集体であって、表面に該腺性下垂体が存在し、その内側に該視床下部神経上皮組織が存在する、ヒト細胞凝集体。
【請求項2】
凝集体の表面がサイトケラチン陽性の表皮外胚葉組織に被覆され、該腺性下垂体が表皮外胚葉組組織内に形成されている、請求項1に記載の細胞凝集体。
【請求項3】
前記腺性下垂体が、成長ホルモン(GH)産生細胞、フ口ラクチン(PRL)産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、及び黄体化ホルモン(LH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも2種以上の下垂体ホルモン産生細胞を含む、請求項1または2に記載の細胞凝集体。
【請求項4】
前記視床下部神経上皮組織が腹側視床下部組織である、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞凝集体。
【請求項5】
前記腹側視床下部組織が、Rx陽性、Chx10陰性及びNkx2.1陽性である、請求項4に記載の細胞凝集体。
【請求項6】
凝集体内部に1以上の嚢胞を含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の細胞凝集体。
【請求項7】
前記嚢胞中に、下垂体前駆細胞、成長ホルモン(GH)産生細胞、フ口ラクチン(PRL)産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、及び黄体化ホルモン(LH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1以上の細胞が存在する、請求項6に記載の細胞凝集体。
【請求項8】
視床下部神経上皮組織及び腺性下垂体の少なくとも一部が互いに隣接する、請求項1~7のいずれか一項に記載の細胞凝集体。
【請求項9】
前記表面が下垂体プラコード由来の肥厚した構造である、請求項1~8のいずれか一項に記載の細胞凝集体。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか一項に記載の細胞凝集体を含む培養液。
【請求項11】
請求項1~9のいずれか一項に記載の細胞凝集体、当該細胞凝集体から単離した腺性下垂体又はその前駆組織、又は当該腺性下垂体を分散処理した下垂体ホルモン産生細胞を含む、医薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インビトロにおいて、多能性幹細胞から腺性下垂体又はその前駆組織への分化を誘導する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
下垂体は、間脳の下部に接して存在する小さな内分泌器官であり、多様なホルモンの制御中枢として大きな役割を果たす。例えば、生命維持に必須の副腎皮質ホルモンの産生を促す副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、子どもの成長を促す成長ホルモンなどをはじめとする多様な下垂体ホルモンを産生する。そのため、下垂体の機能不全は全身性の重篤な疾患を引き起こす。しかし、下垂体は胚の中で非常に複雑な発生過程を経て形成されるため、これまでES細胞などの幹細胞から下垂体組織を形成することは困難であった。
【0003】
本発明者らは、ES細胞などの多能性幹細胞から神経細胞や網膜細胞を効率良く分化させる方法として確立した無血清凝集浮遊培養法(SFEBq法)を応用し、試験管内において、マウスのES細胞から下垂体を自己組織化させることに成功した(非特許文献1)。この方法においては、マウスES細胞の凝集塊を、SAGを含む無血清培地中で浮遊培養することにより、ヘッジホッグシグナルを活性化し、凝集体内に視床下部及び口腔外胚葉を同時に形成させ、それらの相互作用により、下垂体プラコード形成及びラトケ嚢の自己組織化を誘導している。この方法においては、阻害実験により、内因性のBMP4シグナルが下垂体プラコード形成に必要であることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Nature. 2011 Nov 9; 480(7375): 57-62
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者らは、ヒト多能性幹細胞から下垂体を自己組織化させることをめざし、上記方法をヒト多能性幹細胞に適用したが、マウスほどの効率的な下垂体形成は達成できなかった。
【0006】
そこで、本発明は、ヒト多能性幹細胞から、腺性下垂体又はその前駆組織をインビトロで効率的に誘導する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、まず、マウスの系において、外からBMP4を添加し、その効果を検証した。しかしながら、マウスの系においては、外因性のBMP4シグナルの添加は、表皮外胚葉の形成は促進するものの、細胞凝集塊内部の神経上皮組織(視床下部)の形成にはむしろ阻害的に作用してしまい、表皮外胚葉及び視床下部神経上皮組織の両方を含む細胞凝集塊を形成することは困難であった。しかしながら、意外にも、ヒト多能性幹細胞を用いた系においては、マウスとは異なり、外因性のBMP4により、表面における表皮外胚葉の形成、及び内部における視床下部神経上皮組織の形成の両方が促進されることを見出した。ヒト多能性幹細胞の凝集塊を、BMP4及びSAGを含む培地中で浮遊培養すると、細胞凝集塊内に視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉の両方が同時に形成され、それらの相互作用により、表皮外胚葉内に下垂体プラコードが形成された。下垂体プラコードは内部へ陥入し、ラトケ嚢様の袋状構造を形成した。更に培養を継続すると、下垂体プラコードやラトケ嚢内に、ACTH産生細胞、GH産生細胞及びPRL産生細胞が出現した。この下垂体プラコード又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊は、CRH刺激に応答してACTHを分泌し、当該ACTH分泌は、糖質コルチコイドによりフィードバック抑制されたことから、生体の下垂体と同様に視床下部の刺激や下流標的組織からのフィードバック制御に反応して、下垂体ホルモンの分泌を制御する能力があることが示された。
【0008】
本発明者らは、上記知見に基づき更に検討を加え、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は下記の通りである:
【0009】
[1]ヒト多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することを含む、腺性下垂体又はその前駆組織を含むヒト細胞凝集塊の製造方法。
[2]ヒト多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することにより、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含むヒト細胞凝集塊を得ること、及び得られた視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含むヒト細胞凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養することにより、表皮外胚葉中に下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢の形成を誘導し、1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含むヒト細胞凝集塊を得ることを含む、[1]の製造方法。
[3]更なる浮遊培養に用いる培地がFGF2を更に含む、[2]の製造方法。
[4]1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含むヒト細胞凝集塊を、Shhシグナル経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養することにより、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞への分化を誘導し、腺性下垂体を含むヒト細胞凝集塊を得ることを含む、[2]又は[3]の製造方法。
[5]更なる浮遊培養に用いる培地がFGF2を更に含む、[4]の製造方法。
[6]更なる浮遊培養に用いる培地がNotchシグナル阻害剤を更に含む、[4]又は[5]の製造方法。
[7]Notchシグナル阻害剤がDAPTである、[6]の製造方法。
[8]下垂体ホルモン産生細胞が、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種である、[4]~[7]のいずれかの製造方法。
[9]骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質がBMP4である、[1]~[8]のいずれかの製造方法。
[10]Shhシグナル経路作用物質がSAGである、[1]~[9]のいずれかの製造方法。
[11]視床下部神経上皮組織が腹側視床下部神経上皮組織である、[1]~[10]のいずれかの製造方法。
[12]多能性幹細胞が胚性幹細胞又は誘導多能性幹細胞である、[1]~[11]のいずれかの製造方法。
[13]浮遊培養をフィーダー細胞の非存在下で行う、[1]~[12]のいずれかの製造方法。
[14][1]~[13]のいずれかの製造方法により得られる細胞凝集塊。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヒト多能性幹細胞から、腺性下垂体又はその前駆組織をインビトロで効率的に誘導することができる。ヒト多能性幹細胞の凝集塊内に視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉の両方が同時に形成され、それらの相互作用により、下垂体プラコードやラトケ嚢が自己組織化される。本発明によれば、生体の下垂体と同様に視床下部の刺激や下流標的組織からのフィードバック制御に反応して、下垂体ホルモンの分泌を制御する能力を有するヒト腺性下垂体をインビトロで構築することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ヒト多能性幹細胞からの腹側視床下部と表皮プラコードの立体形成を示す。A:d17の凝集塊。Rx::Venus:緑、E-cadherin:赤、DAPI:青。B:d24の凝集塊。Rx::Venus:緑、Nkx2.1:赤、DAPI:青。C:d24の凝集塊。Rx::Venus:緑、pan-cytokeratin:白、DAPI:青。
【
図2】下垂体プラコードの分化およびラトケ嚢の自己組織化を示す。A:d30の凝集塊。左図、Lim3:緑、Isl1/2:赤、DAPI:青。右図、Pitx1:白、DAPI:青。B:d27の凝集塊。Rx::Venus:緑、Lim3:赤、pan-cytokeratin:白。C:d27の凝集塊。Rx::Venus:緑、Lim3:赤、pan-cytokeratin:白。
【
図3】BMP4非添加条件下での分化誘導を示す。d24又は25の凝集塊の写真である。a及びc:SAGなし。b及びd:d6~25、SAG(200nM)。a及びb:Rx::Venus:緑、FoxG1:赤、DAPI:青。c及びd:Rx::Venus:緑、Nkx2.1:赤、Pax6:白。
【
図4】下垂体プラコードの分化誘導におけるヘッジホッグシグナルの役割を示す。d24の凝集塊の写真である。a及びc:SAGなし。b、d及びe:d6~25、SAG(2μM)。a及びb:Rx::Venus:緑、pan-cytokeratin:白。c及びd:chx10:赤。e:Rx::Venus:緑、Nkx2.1:赤、DAPI:青。
【
図5】下垂体プラコードからのACTH産生内分泌細胞の分化誘導を示す。a:d67の凝集塊。Pitx1:白、DAPI:青。b:d67の凝集塊。ACTH:緑、DAPI:青。c:d70の凝集塊。Rx::Venus:緑、ACTH:赤、DAPI:青。d:d100の凝集塊。Rx::Venus:緑、ACTH:赤、DAPI:青。
【
図6】CRHによるヒト多能性幹細胞由来の下垂体内分泌細胞からのACTHの放出誘導を示す。a:CRH刺激時の培養上清中のATCH濃度(pg/ml)。b:培養上清中のATCH濃度(pg/ml)に対するハイドロコルチゾンの効果。
【
図7】ヒトES細胞由来のACTH産生細胞からのCRHによる生体内でのACTH及び副腎皮質ホルモンの分泌を示す。a:移植14日後のACTH産生細胞。hNuclei:赤、DAPI:青。b:移植14日後のACTH産生細胞。ACTH:緑、DAPI:青。c:CHR負荷後の血漿中ACTH濃度。エラーバーは平均値±s.e.m.を示す。**P<0.01、paired t-test。d:CHR負荷後の血漿中corticosterone濃度。
【
図8】ヒトES細胞由来のACTH産生細胞移植による下垂体摘出マウスの活動性、生存及び体重減少の改善を示す。a:running wheel activity testの結果を示す。b:Home-cage activity testの結果を示す。c:ACTH産生細胞移植による生存性の改善を示す。d:ACTH産生細胞移植による体重減少の改善を示す。エラーバーは平均値±s.e.m.を示す。*P<0.05、**P<0.01、***P<0.001。Student’s t-test (a, b)、log-rank test (c)、Mann-Whitney test (d)。
【
図9】DAPT処理による凝集塊におけるTbx19発現誘導を示す。
【
図10】下垂体プラコードからのGHおよびPRL産生内分泌細胞の分化誘導を示す。a:d67の凝集塊。PRL:緑、ACTH:赤、Pitx1:白、DAPI:青。b:d70の凝集塊。Rx::Venus:緑、Pitx1:赤、GH:白、DAPI:青。
【
図11】ヒト多能性幹細胞からの背側視床下部の立体形成を示す。a:d21の凝集塊。Rx::Venus:緑、Nkx2.1:赤、Pax6:白、DAPI:青。a:d81の凝集塊。Otp:赤、DAPI:青。
【
図12】GRFによるヒト多能性幹細胞由来の下垂体内分泌細胞からのGHの放出誘導を示す。縦軸は、培養上清中のGH濃度(pg/ml)を示す。
【
図13】デキサメサゾンによるGH産生細胞の誘導を示す。(a) デキサメサゾンにより誘導したGH産生細胞からのGRFによるGH放出誘導を示す。n=3, one-way ANOVA, *p<0.05, ***p<0.001。(b) GH放出に対するソマトスタチン処理の効果を示す。n=3, Student’s t-test, ***p<0.001。
【
図14】下垂体プラコードからの内分泌細胞の誘導を示す。a: GH産生細胞、b: PRL産生細胞、c: TSH産生細胞。
【
図15】下垂体プラコードからの内分泌細胞の誘導を示す。a: LH産生細胞、b: FSH産生細胞。
【発明を実施するための形態】
【0012】
(1)多能性幹細胞
「多能性幹細胞」とは、生体を構成するすべての細胞に分化しうる能力(分化多能性)と、細胞分裂を経て自己と同一の分化能を有する娘細胞を生み出す能力(自己複製能)とを併せ持つ細胞をいう。
【0013】
分化多能性は、評価対象の細胞を、ヌードマウスに移植し、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)のそれぞれの細胞を含むテラトーマ形成の有無を試験することにより、評価することができる。
【0014】
多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性生殖細胞(EG細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)等を挙げることができるが、分化多能性及び自己複製能を併せ持つ細胞である限り、これに限定されない。本発明においては、胚性幹細胞又は誘導多能性幹細胞が好適に用いられる。
【0015】
胚性幹細胞(ES細胞)は、例えば、着床以前の初期胚、当該初期胚を構成する内部細胞塊、単一割球等を培養することによって樹立することができる(Manipulating the Mouse Embryo A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1994);Thomson, J. A. et al., Science, 282, 1145-1147 (1998))。初期胚として、体細胞の核を核移植することによって作製された初期胚を用いてもよい(Wilmut et al. (Nature, 385, 810 (1997))、Cibelli et al. (Science, 280, 1256 (1998))、入谷明ら(蛋白質核酸酵素, 44, 892 (1999))、Baguisi et al. (Nature Biotechnology, 17, 456 (1999))、Wakayama et al. (Nature, 394, 369 (1998); Nature Genetics, 22, 127 (1999); Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 14984 (1999))、Rideout III et al. (Nature Genetics, 24, 109 (2000) 、Tachibana et al. (Human Embryonic Stem Cells Derived by Somatic Cell Nuclear Transfer, Cell (2013) in press)。初期胚として、単為発生胚を用いてもよいKim et al. (Science, 315, 482-486 (2007))、Nakajima et al. (Stem Cells, 25, 983-985 (2007))、Kim et al. (Cell Stem Cell, 1, 346-352 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 9, 432-449 (2007))、Revazova et al. (Cloning Stem Cells, 10, 11-24 (2008))。
【0016】
ES細胞と体細胞の細胞融合によって得られる融合ES細胞も、本発明の方法に用いられる胚性幹細胞に含まれる。
【0017】
胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。
【0018】
胚性生殖細胞(EG細胞)は、始原生殖細胞を、LIF, bFGF, SCFの存在下で培養すること等により樹立することができる(Matsui et al., Cell, 70, 841-847 (1992)、Shamblott et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 95(23), 13726-13731 (1998)、Turnpenny et al., Stem Cells, 21(5), 598-609, (2003))。
【0019】
誘導多能性幹細胞(iPS細胞)とは、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞、リンパ球等)へ核初期化因子を接触させることにより、人為的に分化多能性及び自己複製能を獲得した細胞をいう。iPS細胞は、体細胞(例えば線維芽細胞、皮膚細胞等)にOct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycからなる核初期化因子を導入する方法で初めて見出された(Cell, 126: p. 663-676, 2006)。その後、多くの研究者により、リプログラム因子の組み合わせや因子の導入法について様々な改良が進められており、多様な誘導多能性幹細胞の製造法が報告されている。
【0020】
核初期化因子は、線維芽細胞等の体細胞から分化多能性および自己複製能を有する細胞を誘導することができる物質(群)であれば、タンパク性因子またはそれをコードする核酸(ベクターに組み込まれた形態を含む)、あるいは低分子化合物等のいかなる物質から構成されてもよい。核初期化因子がタンパク性因子またはそれをコードする核酸の場合、好ましくは以下の組み合わせが例示される(以下においては、タンパク性因子の名称のみを記載する)。
(1) Oct3/4, Klf4, Sox2, c-Myc(ここで、Sox2はSox1, Sox3, Sox15, Sox17またはSox18で置換可能である。また、Klf4はKlf1, Klf2またはKlf5で置換可能である。さらに、c-MycはT58A(活性型変異体), N-Myc, L-Mycで置換可能である。)
(2) Oct3/4, Klf4, Sox2
(3) Oct3/4, Klf4, c-Myc
(4) Oct3/4, Sox2, Nanog, Lin28
(5) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, Nanog, Lin28
(6) Oct3/4, Klf4, Sox2, bFGF
(7) Oct3/4, Klf4, Sox2, SCF
(8) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, bFGF
(9) Oct3/4, Klf4, c-Myc, Sox2, SCF
【0021】
これらの組み合わせの中で、得られるiPS細胞を治療用途に用いることを念頭においた場合、Oct3/4, Sox2及びKlf4の3因子の組み合わせが好ましい。一方、iPS細胞を治療用途に用いることを念頭に置かない場合(例えば、創薬スクリーニング等の研究ツールとして用いる場合など)は、Oct3/4, Klf4, Sox2及びc-Mycの4因子か、それにLin28またはNanogを加えた5因子が好ましい。
【0022】
自家移植用途にはiPS細胞が好適に用いられる。
【0023】
染色体上の遺伝子を公知の遺伝子工学の手法を用いて改変した多能性幹細胞も、本発明において使用できる。多能性幹細胞は、公知の方法を用いて、分化マーカーをコードする遺伝子に標識遺伝子(例えばGFP等の蛍光タンパク質)をインフレームにノックインすることにより、標識遺伝子の発現を指標として対応する分化段階に達したことを識別可能とした細胞であってもよい。
【0024】
多能性幹細胞としては、例えば温血動物、好ましくは哺乳動物の多能性幹細胞を使用できる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジー等の霊長類を挙げることができる。多能性幹細胞は、好ましくは、げっ歯類(マウス、ラット等)又は霊長類(ヒト等)の多能性幹細胞であり、最も好ましくはヒト多能性幹細胞である。
【0025】
多能性幹細胞は、自体公知の方法により維持培養できる。例えば、臨床応用の観点では、多能性幹細胞は、KnockoutTMSerum Replacement(KSR)などの血清代替物を用いた無血清培養や、無フィーダー細胞培養により維持することが好ましい。
【0026】
本発明において使用される多能性幹細胞は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする細胞や成分以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。「単離されたヒト多能性幹細胞」の純度(総細胞数に占めるヒト多能性幹細胞数の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
【0027】
(2)多能性幹細胞の凝集塊の形成
多能性幹細胞の凝集塊は、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養し(即ち、浮遊培養し)、複数の多能性幹細胞を集合させて凝集塊を形成させることにより、得ることができる。
【0028】
この凝集塊形成に用いる培養器としては、特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。非接着性の条件下での培養を可能とするため、培養器は、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞非接着性となるように人工的に処理されているものや、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないもの等を使用することができる。
【0029】
凝集塊の形成時に用いられる培地は、哺乳動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地およびこれらの混合培地など、哺乳動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。一態様において、IMDM培地及びHam’s F-12培地の混合培地が用いられる。混合比は、容量比で、例えば、IMDM:Ham’s F-12=0.8~1.2:1.2~0.8である。
【0030】
培養に用いる培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。無血清培地とは、無調製又は未精製の血清を含まない培地を意味し、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地は無血清培地に該当するものとする。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。
【0031】
凝集塊の形成時に用いられる培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KSR(knockout serum replacement)(Invitrogen社製)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0032】
凝集塊の形成に用いられる培地は、多能性幹細胞から、下垂体若しくはその部分組織、又はその前駆組織への分化誘導に、悪影響を与えない範囲で、他の添加物を含むことができる。添加物としては、例えば、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
また、凝集塊の形成に用いられる培地は、後述する、第1の培養工程において用いられる培地であってもよい。
【0034】
多能性幹細胞の凝集塊の形成に際しては、まず、多能性幹細胞を継代培養から回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで分散する。多能性幹細胞の分散は、適切な細胞解離液を用いて行われる。細胞解離液としては、例えば、EDTA;トリプシン、コラゲナーゼIV、メタロプロテアーゼ等のタンパク分解酵素等を単独で又は適宜組み合わせて用いることができる。なかでも細胞障害性が少ないものが好ましく、このような細胞解離液として、例えば、ディスパーゼ(エーディア)、TrypLE (Invitrogen)又はアキュターゼ(MILLIPORE)等の市販品が入手可能である。分散された多能性幹細胞は上記培地中に懸濁される。
【0035】
分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤を培養開始時から添加することが好ましい(特開2008-99662)。ROCK阻害剤を培養開始から例えば15日以内、好ましくは10日以内、より好ましくは6日以内添加する。ROCK阻害剤としては、Y-27632((+)-(R)-trans-4-(1-aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide dihydrochloride)等を挙げることができる。浮遊培養に用いられるROCK阻害剤の濃度は、分散により誘導される多能性幹細胞の細胞死を抑制し得る濃度である。例えば、Y-27632について、このような濃度は、通常約0.1~200μM、好ましくは約2~50μMである。ROCK阻害剤の濃度を添加する期間内で変動させてもよく、例えば期間の後半で濃度を半減させることができる。
【0036】
分散された多能性幹細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の多能性幹細胞を集合させて凝集塊を形成する。この際、分散された多能性幹細胞を、10cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養コンパートメント中に複数の多能性幹細胞の凝集塊を同時に形成させてもよいが、こうすると凝集塊ごとの大きさや、中に含まれる多能性幹細胞の数に大きなばらつきが生じ、このばらつきが原因で、多能性幹細胞から、下垂体若しくはその部分組織、又はその前駆組織への分化の程度に、凝集塊間で差が生じ、結果として分化誘導の効率が低下してしまう。そこで、分散した多能性幹細胞を迅速に凝集させて、1つの培養コンパートメント中に1つの凝集塊を形成することが好ましい。このような分散した多能性幹細胞を迅速に凝集させる方法としては、例えば、以下の方法を挙げることができる:
(1)比較的小さな体積(例えば、1ml以下、500μl以下、200μl以下、100μl以下)の培養コンパートメント中に、分散した多能性幹細胞を閉じ込め、該コンパートメント中に1個の凝集塊を形成する方法。好ましくは分散した多能性幹細胞を閉じ込めた後、培養コンパートメントを静置する。培養コンパートメントとしては、マルチウェルプレート(384ウェル、192ウェル、96ウェル、48ウェル、24ウェル等)、マイクロポア、チャンバースライド等におけるウェルや、チューブ、ハンギングドロップ法における培地の液滴等を挙げることができるが、これらに限定されない。該コンパートメントに閉じ込められた分散した多能性幹細胞が、重力にうながされて1箇所に沈殿し、或いは細胞同士が接着することにより、1つの培養コンパートメントにつき、1つの凝集塊が形成される。マルチウェルプレート、マイクロポア、チャンバースライド、チューブ等の底の形状は、分散した多能性幹細胞が1箇所へ沈殿するのが容易となるように、U底又はV底とすることが好ましい。
(2)遠心チューブに分散した多能性幹細胞を入れ、これを遠心し、1箇所に多能性幹細胞を沈殿させることにより、該チューブ中に1個の凝集塊を形成する方法。
【0037】
1つの培養コンパートメント中に播く多能性幹細胞の数は、1つの培養コンパートメントにつき1つの凝集塊が形成され、且つ本発明の方法によって、該凝集塊において、多能性幹細胞から、下垂体若しくはその部分組織、又はその前駆組織への分化誘導が可能であれば、特に限定されないが、1つの培養コンパートメントにつき、通常約1×103~約5×104 個、好ましくは約1×103~約2×104個、より好ましくは約2×103~約1.2×104個の多能性幹細胞を播く。そして、多能性幹細胞を迅速に凝集させることにより、1つの培養コンパートメントにつき、通常約1×103~約5×104個、好ましくは約1×103~約2×104個、より好ましくは約2×103~約1.2×104個の多能性幹細胞からなる細胞凝集塊が1個形成される。
【0038】
凝集塊形成までの時間は、1つのコンパートメントにつき1つの凝集塊が形成され、且つ本発明の方法によって、該凝集塊において、多能性幹細胞から、下垂体若しくはその部分組織、又はその前駆組織への分化誘導が可能な範囲で適宜決定可能であるが、この時間を短くすることにより、目的とする下垂体若しくはその部分組織、又はその前駆組織への効率よい分化誘導が期待できるため、この時間は短いほうが好ましい。好ましくは、24時間以内、より好ましくは12時間以内、さらに好ましくは6時間以内、最も好ましくは、2~3時間で、多能性幹細胞の凝集塊を形成する。この凝集塊形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することで当業者であれば適宜調節することが可能である。
【0039】
また凝集塊形成時の培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
【0040】
更に、同一培養条件の培養コンパートメントを複数用意し、各培養コンパートメントにおいて、1個の多能性幹細胞の凝集塊を形成させることにより、質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団を得ることができる。多能性幹細胞の凝集塊が質的に均一であることは、凝集塊のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集塊間の再現性などに基づき、評価することが可能である。一態様において、本発明の方法に用いる、多能性幹細胞の凝集塊の集団は、凝集塊中に含まれる多能性幹細胞の数が均一である。特定のパラメーターについて、多能性幹細胞の凝集塊の集団が「均一」とは、凝集塊の集団全体のうちの90%以上の凝集塊が、当該凝集塊の集団における当該パラメーターの平均値±10%の範囲内、好ましくは、平均値±5%の範囲内であることを意味する。
【0041】
(3)腺性下垂体又はその前駆組織の誘導
本発明は、多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びソニック・ヘッジホッグ(Shh)シグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することを含む、腺性下垂体又はその前駆組織を含む細胞凝集塊の製造方法を提供するものである。
【0042】
本発明において、腺性下垂体とは、少なくとも1種の前葉又は中葉の下垂体ホルモン産生細胞を含む組織をいう。下垂体ホルモン産生細胞としては、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、黄体化ホルモン(LH)産生細胞等の前葉を構成する細胞;メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)産生細胞等の中葉を構成する細胞が挙げられる。一態様において、腺性下垂体は、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種、好ましくは2種、より好ましくは3種の下垂体ホルモン産生細胞を含む。更なる態様において、腺性下垂体は、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、及び黄体化ホルモン(LH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種、好ましくは2種以上(2、3、4、5又は6種)の下垂体ホルモン産生細胞を含む。
【0043】
本発明において、組織とは、形態や性質が異なる複数種類の細胞が一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をいう。
【0044】
腺性下垂体の前駆組織としては、下垂体プラコード、ラトケ嚢等が挙げられる。下垂体プラコードとは、胚発生の過程で表皮外胚葉の領域に形成される肥厚した構造であって、下垂体前駆細胞マーカーを発現するものをいう。下垂体前駆細胞マーカーとしては、Lim3、Pitx1、Isl1/2等を挙げることができる。下垂体プラコードは、Lim3、Pitx1及びIsl1/2からなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは全ての下垂体前駆細胞マーカーを発現する。ラトケ嚢とは、下垂体プラコードの陥入により形成される、袋状構造をいう。
【0045】
本発明の製造方法は、具体的には、多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養することにより、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を得ること(第1の培養工程)、及び得られた視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養することにより、1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊を得ること(第2の培養工程)を含む。第1の培養工程により、多能性幹細胞から、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化が誘導され、得られた視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を第2の培養工程に付すことにより、表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への更なる分化が誘導される。
【0046】
(3.1)第1の培養工程
第1の培養工程においては、多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養する。
【0047】
多能性幹細胞の凝集塊を「浮遊培養する」とは、多能性幹細胞の凝集塊を、培地中において、培養器に対して非接着性の条件下で培養することをいう。これにより、従来困難であった腺性下垂体又はその前駆組織の効率的な誘導が可能になる。
【0048】
浮遊培養に用いられる培地は、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む。骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質の作用により、多能性幹細胞から視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化が誘導される。
【0049】
本発明において、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、骨形成因子と受容体との結合によってシグナルが伝達される経路を活性化する任意の物質を意味する。骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質の例としてはBMP2、BMP4、BMP7、GDF5などが挙げられる。好ましくは、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質はBMP4である。以下、主にBMP4について記載するが、本発明において使用される骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質はBMP4に限定されない。BMP4は、公知のサイトカインであり、そのアミノ酸配列も公知である。本発明に用いるBMP4は、哺乳動物のBMP4である。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類やウサギ等の実験動物、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の家畜、イヌ、ネコ等のペット、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジー等の霊長類を挙げることができる。BMP4は、好ましくは、げっ歯類(マウス、ラット等)又は霊長類(ヒト等)のBMP4であり、最も好ましくはヒトBMP4である。ヒトBMP4とは、BMP4が、ヒトが生体内で天然に発現するBMP4のアミノ酸配列を有することを意味する。ヒトBMP4の代表的なアミノ酸配列としては、NCBIのアクセッション番号で、NP_001193.2(2013年6月15日更新)、NP_570911.2(2013年6月15日更新)、NP_570912.2(2013年6月15日更新)、これらのアミノ酸配列のそれぞれからN末端シグナル配列(1-24)を除いたアミノ酸配列(成熟型ヒトBMP4アミノ酸配列)等を例示することができる。
【0050】
本発明において、Shhシグナル経路作用物質としては、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。Shhシグナル経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白(例えば、Shh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine、Smoothened Agonist (SAG)(3-Chloro-N-[trans-4-(methylamino)cyclohexyl]-N-[[3-(4-pyridinyl)phenyl]methyl]- benzo[b]thiophene-2-carboxamide)などが挙げられるが、これらに限定されない。なかでも、SAGが好ましい。
【0051】
好ましい骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質とShhシグナル経路作用物質の組み合わせは、BMP4及びSAGである。
【0052】
培地中の骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質の濃度は、細胞凝集塊において、多能性幹細胞から視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化を誘導可能な範囲で、適宜設定することができるが、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質としてBMP4を用いる場合、その濃度は、通常0.01 nM以上、好ましくは、0.1 nM以上、より好ましくは1 nM以上である。視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化に悪影響がない限り、上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 nM以下、好ましくは、100 nM以下、より好ましくは10 nM以下である。一態様において、培地中のBMP4濃度は、通常0.01~1000 nM、好ましくは0.1~100 nM、より好ましくは1~10 nM(例、5 nM)である。外因性の骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、特に、1)表皮外胚葉を積極的に形成させること、及び2)大脳ではなく視床下部の神経上皮組織を細胞凝集塊内に分化誘導すること、に寄与するので、これらの効果を達成し得る濃度で培地に含まれる。
【0053】
骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、第1の培養工程の全ての期間に亘り培地に含まれていなくてもよい。例えば、多能性幹細胞の凝集塊の浮遊培養の開始から2~4日間(例、3日間)は培地に骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を添加せず、その後、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を培地へ添加してもよい。
【0054】
培地中のShhシグナル経路作用物質の濃度は、細胞凝集塊において、多能性幹細胞から視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化を誘導可能な範囲で、適宜設定することができるが、Shhシグナル経路作用物質としてSAGを用いる場合、その濃度は、通常1 nM以上、好ましくは、10 nM以上、より好ましくは100 nM以上である。視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化に悪影響がない限り、上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 μM以下、好ましくは、100 μM以下、より好ましくは10 μM以下である。一態様において、培地中のSAG濃度は、通常1 nM~1000 μM、好ましくは10 nM~100 μM、より好ましくは100 nM~10 μM(例、2 μM)である。外因性のShhシグナル経路作用物質は、特に、神経網膜ではなく視床下部(好ましくは腹側視床下部)の神経上皮組織を細胞凝集塊内に分化誘導する役割を果たすので、この効果を達成し得る濃度で培地に含まれる。
【0055】
Shhシグナル経路作用物質は、第1の培養工程の全ての期間に亘り培地に含まれていなくてもよい。例えば、多能性幹細胞の凝集塊の浮遊培養の開始から5~7日間(例、6日間)は培地に骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を添加せず、その後、Shhシグナル経路作用物質を培地へ添加してもよい。
【0056】
一態様において、多能性幹細胞の凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含まない培地中で2~4日間浮遊培養し、次に得られた凝集塊を骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を含みShhシグナル経路作用物質を含まない培地中で2~4日間浮遊培養し、更に得られた凝集塊を骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉が誘導されるまで培養する。
【0057】
本発明において使用されるBMP4等の骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生された内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。浮遊培養に用いられる培地に含まれる単離された骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、培地中へ外因的に添加されたものである。従って、一態様において、本発明は、第1の培養工程に用いる培地中へ、単離された骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を外因的に添加する工程を含む。
【0058】
第1の培養工程に用いる培地は、分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤を培養開始時から添加することが好ましい(特開2008-99662)。ROCK阻害剤を培養開始から例えば15日以内、好ましくは10日以内、より好ましくは6日以内添加する。ROCK阻害剤としては、Y-27632((+)-(R)-trans-4-(1-aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide dihydrochloride)等を挙げることができる。浮遊培養に用いられるROCK阻害剤の濃度は、分散により誘導される多能性幹細胞の細胞死を抑制し得る濃度である。例えば、Y-27632について、このような濃度は、通常約0.1~200μM、好ましくは約2~50μMである。ROCK阻害剤の濃度を添加する期間内で変動させてもよく、例えば期間の後半で濃度を半減させることができる。
【0059】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、哺乳動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地およびこれらの混合培地など、哺乳動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。一態様において、IMDM培地及びHam’s F-12培地の混合培地が用いられる。混合比は、容量比で、例えば、IMDM:Ham’s F-12=0.8~1.2:1.2~0.8である。
【0060】
培養に用いる培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、好ましくは、無血清培地である。
【0061】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KSR(knockout serum replacement)(Invitrogen社製)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0062】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、多能性幹細胞から、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化誘導に、悪影響を与えない範囲で、他の添加物を含むことができる。添加物としては、例えば、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0063】
一態様において、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化誘導に悪影響を与えない観点から、本明細書において培地に含まれることが特に記載されたもの以外の成長因子を含まない化学合成培地(growth-factor-free Chemically Defined Medium; gfCDM)に、血清代替物(KSR等)を添加したものである。ここにいう「成長因子」には、Fgf;BMP;Wnt、Nodal、Notch、Shh等のパターン形成因子;インスリン及びLipid-rich albuminが包含される。成長因子を含まない化学合成培地としては、例えば、Wataya et al, Proc Natl Acad Sci USA, 105(33): 11796-11801, 2008に、開示されたgfCDMを挙げることができる。
【0064】
細胞凝集塊の浮遊培養における培養温度、CO2濃度、O2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。O2濃度は、例えば約20%である。
【0065】
好ましい態様において、質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養する。質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団を用いることにより、腺性下垂体又はその前駆組織への分化の程度についての凝集塊間での差を最小限に抑制し、目的とする分化誘導の効率を向上することができる。質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団の浮遊培養には、以下の態様が包含される。
(1)複数の培養コンパートメントを用意し、1つの培養コンパートメントに1つの多能性幹細胞の凝集塊が含まれるように、質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団を播く。(例えば、96ウェルプレートの各ウェルに1つずつ、多能性幹細胞の凝集塊を入れる。)そして、各培養コンパートメントにおいて、1つの多能性幹細胞の凝集塊を骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養する。
(2)1つの培養コンパートメントに複数の多能性幹細胞の凝集塊が含まれるように、質的に均一な、多能性幹細胞の凝集塊の集団を1つの培養コンパートメントに播く。(例えば、10cmディッシュに、複数の多能性幹細胞の凝集塊を入れる。)そして、該コンパートメントにおいて、複数の多能性幹細胞の凝集塊を骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で浮遊培養する。
【0066】
本発明の方法を通じて、(1)及び(2)のいずれの態様を採用してもよく、また、培養の途中で態様を変更してもよい((1)の態様から(2)の態様へ、或いは(2)の態様から(1)の態様へ)。一態様において、第1の培養工程においては(1)の態様を採用し、第2の培養工程において(2)の態様を採用する。
【0067】
第1の培養工程は、多能性幹細胞から視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化が誘導されるのに十分な期間実施される。視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉への分化は、例えば、RT-PCRや、視床下部神経上皮組織や表皮外胚葉のマーカー特異的抗体を用いた免疫組織化学により検出することができる。例えば、培養中の細胞凝集塊のうち10%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上の細胞凝集塊が視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含むまで実施される。培養期間は、多能性幹細胞の動物種や、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質の種類に応じて変動し得るので、一概に特定することは出来ないが、例えば、ヒト多能性幹細胞を用いた場合、第1の培養工程は、通常15~20日(例、18日)である。
【0068】
第1の培養工程を行うことにより、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を得ることができる。
【0069】
視床下部神経上皮組織とは、視床下部マーカーを発現する神経上皮組織をいう。視床下部には、腹側視床下部及び背側視床下部が包含される。視床下部マーカーとしては、NKx2.1(腹側視床下部マーカー)、Pax6(背側視床下部マーカー)等が挙げられる。一態様において、腹側視床下部神経上皮組織は、Rx陽性、Chx10陰性、且つNkx2.1陽性の神経上皮組織である。一態様において、背側視床下部神経上皮組織は、Rx陽性、Chx10陰性、且つPax6陽性の神経上皮組織である。第1の培養工程において得られる細胞凝集塊に含まれる視床下部神経上皮組織は、好ましくは、腹側視床下部神経上皮組織である。
【0070】
表皮外胚葉とは、胚発生において、胚の表層に形成される外胚葉細胞層である。表皮外胚葉マーカーとしては、pan-cytokeratinが挙げられる。表皮外胚葉は、一般的には、下垂体前葉、皮膚、口腔上皮、歯のエナメル質、皮膚腺等へ分化し得る。一態様において、表皮外胚葉は、E-cadherin陽性且つpan-cytokeratin陽性の細胞層である。
【0071】
好適には、第1の培養工程において得られる細胞凝集塊においては、視床下部神経上皮組織がその細胞凝集塊の内部を占めており、単層の表皮外胚葉の細胞がその細胞凝集塊の表面を構成する。表皮外胚葉は、その一部に肥厚した表皮プラコードを含んでいてもよい。
【0072】
(3.2)第2の培養工程
第2の培養工程においては、第1の培養工程で得られた視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養することにより、1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊を得る。骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質の作用により、表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への更なる分化が誘導される。
【0073】
骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質の定義は、第1の培養工程の説明において述べた通りである。
【0074】
好適には、第2の培養工程において用いる骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質は、第1の培養工程と同様にBMP4である。好適には、第2の培養工程において用いるShhシグナル経路作用物質は、第1の培養工程と同様にSAGである。
【0075】
好ましい骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質とShhシグナル経路作用物質の組み合わせは、BMP4及びSAGである。
【0076】
培地中の骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質の濃度は、細胞凝集塊において、表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化を誘導可能な範囲で、適宜設定することができるが、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質としてBMP4を用いる場合、その濃度は、通常0.01 nM以上、好ましくは、0.1 nM以上、より好ましくは1 nM以上である。表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化に悪影響がない限り、上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 nM以下、好ましくは、100 nM以下、より好ましくは10 nM以下である。一態様において、培地中のBMP4濃度は、通常0.01~1000 nM、好ましくは0.1~100 nM、より好ましくは1~10 nM(例、5 nM)である。骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質の濃度を添加する期間内で変動させてもよく、例えば第2の培養工程開始時に上述の濃度とし、2~4日間毎に半分の割合で、段階的に濃度を低下させることができる。
【0077】
培地中のShhシグナル経路作用物質の濃度は、細胞凝集塊において、表皮外胚葉から下垂体プラコード又はラトケ嚢への分化を誘導可能な範囲で、適宜設定することができるが、Shhシグナル経路作用物質としてSAGを用いる場合、その濃度は、通常1 nM以上、好ましくは、10 nM以上、より好ましくは100 nM以上である。下垂体プラコード又はラトケ嚢への分化に悪影響がない限り、上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 μM以下、好ましくは、100 μM以下、より好ましくは10 μM以下である。一態様において、培地中のSAG濃度は、通常1 nM~1000 μM、好ましくは10 nM~100 μM、より好ましくは100 nM~10 μM(例、2 μM)である。
【0078】
好ましい態様において、第2の培養工程に用いる培地は、FGF2を含む。FGF2は、表皮外胚葉から下垂体プラコードへの分化を促進する。
【0079】
FGF2は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)とも呼ばれる、公知のサイトカインであり、そのアミノ酸配列も公知である。本発明に用いるFGF2は、通常哺乳動物のFGF2である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。FGF2は、多くの哺乳動物の種間で交差反応性を有するので、本発明の目的を達成し得る限り、いずれの哺乳動物のFGF2を用いてもよいが、好適には、培養する細胞と同一種の哺乳動物のFGF2が用いられる。例えば、げっ歯類(マウス、ラット等)又は霊長類(ヒト等)のFGF2が用いられる。ここで、マウスFGF2とは、FGF2が、マウスが生体内で天然に発現するFGF2のアミノ酸配列を有することを意味する。本明細書中、他のタンパク質等についても、同様に解釈する。マウスFGF2の代表的なアミノ酸配列としては、NCBIのアクセッション番号で、NP_032032.1(2014年2月18日更新)、このアミノ酸配列からN末端シグナル配列(1-9)を除いたアミノ酸配列(成熟型マウスFGF2アミノ酸配列)等を例示することができる。ヒトFGF2の代表的なアミノ酸配列としては、NCBIのアクセッション番号で、NP_001997.5(2014年2月18日更新)等を例示することができる。
【0080】
培地中における、FGF2の濃度は、表皮外胚葉から下垂体プラコードへの分化を促進し得るような濃度である限り特に限定されないが、通常1 ng/ml以上、好ましくは、10 ng/ml以上である。下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化に悪影響がない限りFGF2濃度の上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 ng/ml以下、好ましくは、500 ng/ml以下である。一態様において、培地中のFGF2濃度は、通常1~1000 ng/ml、好ましくは10~100 ng/mlである。
【0081】
本発明において使用されるBMP4等の骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びFGF2は、好ましくは単離されている。第2の培養工程に用いられる培地に含まれる単離された骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及び単離されたFGF2は、培地中へ外因的に添加されたものである。従って、一態様において、本発明は、第2の培養工程に用いる培地中へ、単離された骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質(及び、任意に単離されたFGF2)を外因的に添加する工程を含む。
【0082】
第2の培養工程に用いられる培地は、第1の培養工程に用いられる培地と同様に、哺乳動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地およびこれらの混合培地など、哺乳動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。一態様において、IMDM培地及びHam’s F-12培地の混合培地が用いられる。混合比は、容量比で、例えば、IMDM:Ham’s F-12=0.8~1.2:1.2~0.8である。
【0083】
培養に用いる培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、好ましくは、無血清培地である。
【0084】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KSR(knockout serum replacement)(Invitrogen社製)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0085】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化誘導に、悪影響を与えない範囲で、他の添加物を含むことができる。添加物としては、例えば、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0086】
一態様において、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化誘導に悪影響を与えない観点から、本明細書において培地に含まれることが特に記載されたもの以外の成長因子を含まない化学合成培地(growth-factor-free Chemically Defined Medium; gfCDM)に、血清代替物(KSR等)を添加したものである。ここにいう「成長因子」には、Fgf;BMP;Wnt、Nodal、Notch、Shh等のパターン形成因子;インスリン及びLipid-rich albuminが包含される。成長因子を含まない化学合成培地としては、例えば、Wataya et al, Proc Natl Acad Sci USA, 105(33): 11796-11801, 2008に、開示されたgfCDMを挙げることができる。
【0087】
第2の培養工程における浮遊培養は、好適には高酸素分圧条件下で行われる。高酸素分圧条件下で視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉を含む細胞凝集塊を更に浮遊培養することにより、細胞凝集塊内部への酸素の到達、及び細胞凝集塊の長期間の維持培養が達成され、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への効率的な分化誘導が可能となる。
【0088】
高酸素分圧条件とは、空気中の酸素分圧(20%)を上回る酸素分圧条件を意味する。第2の培養工程における酸素分圧は、例えば、30~60%、好ましくは35~60%、より好ましくは38~60%である。
【0089】
第2の培養工程における培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
【0090】
第2の培養工程は、表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化が誘導されるのに十分な期間実施される。第2の培養工程を実施することにより、表皮外胚葉中に下垂体プラコードが形成される。また、一部又は全部の下垂体プラコードは、細胞凝集塊の内部(即ち、隣接する視床下部神経上皮)へ向かって陥入し、ラトケ嚢を形成し得る。表皮外胚葉から下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化には、表皮外胚葉と、視床下部神経上皮組織(好ましくは、腹側視床下部神経上皮組織)との相互作用が必須であるところ、本発明においては、第1の培養工程により、細胞凝集塊内に、視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉が同時に形成され、好ましい態様において、視床下部神経上皮組織が細胞凝集塊の内部を占め、単層の表皮外胚葉の細胞がその細胞凝集塊の表面を構成する。その結果、細胞凝集塊内において、互いに隣接する表皮外胚葉と視床下部神経上皮組織との良好な相互作用が可能となり、表皮外胚葉における下垂体プラコード形成、下垂体プラコードの陥入、ラトケ嚢の形成等の胚発生における下垂体の自己組織化の過程を、インビトロにおいて再現することができる。下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢への分化は、例えば、下垂体前駆細胞マーカー(例、Lim3、Pitx1、Isl1/2等)に対する特異的抗体を用いた免疫組織化学により、下垂体前駆細胞マーカー陽性のプラコードや袋状構造の形成を検出することにより、確認することができる。例えば、培養中の細胞凝集塊のうち10%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上の細胞凝集塊が下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含むまで、第2の培養工程が実施される。培養期間は、多能性幹細胞の動物種や、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質及びShhシグナル経路作用物質の種類に応じて変動し得るので、一概に特定することは出来ないが、例えば、ヒト多能性幹細胞を用いた場合、第2の培養工程は、通常6日以上、例えば6~12日である。
【0091】
第2の培養工程を行うことにより、1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊を得ることができる。
【0092】
(3.3)第3の培養工程
第2の培養工程で得られた1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊を、Shhシグナル経路作用物質を含む培地中で更に浮遊培養することにより、腺性下垂体を含む細胞凝集塊を得ることができる(第3の培養工程)。第3の培養工程により、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞への分化が誘導され、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢中に下垂体ホルモン産生細胞が生じ、腺性下垂体が形成される。
【0093】
Shhシグナル経路作用物質の定義は、第1の培養工程の説明において述べた通りである。
【0094】
好適には、第3の培養工程において用いるShhシグナル経路作用物質は、第1及び第2の培養工程と同様にSAGである。
【0095】
培地中のShhシグナル経路作用物質の濃度は、細胞凝集塊において、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞への分化を誘導可能な範囲で、適宜設定することができるが、Shhシグナル経路作用物質としてSAGを用いる場合、その濃度は、通常1 nM以上、好ましくは、10 nM以上、より好ましくは100 nM以上である。下垂体ホルモン産生細胞への分化に悪影響がない限り、上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 μM以下、好ましくは、100 μM以下、より好ましくは10 μM以下である。一態様において、培地中のSAG濃度は、通常1 nM~1000 μM、好ましくは10 nM~100 μM、より好ましくは100 nM~10 μM(例、2 μM)である。
【0096】
好ましい態様において、第3の培養工程に用いる培地は、FGF2を含む。FGF2は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞への分化を促進する。
【0097】
FGF2の定義は、第2の培養工程の説明において述べた通りである。
【0098】
培地中における、FGF2の濃度は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞への分化を促進し得るような濃度である限り特に限定されないが、通常1 ng/ml以上、好ましくは、10 ng/ml以上である。下垂体ホルモン産生細胞への分化に悪影響がない限りFGF2濃度の上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 ng/ml以下、好ましくは、500 ng/ml以下である。一態様において、培地中のFGF2濃度は、通常1~1000 ng/ml、好ましくは10~100 ng/mlである。
【0099】
好ましい態様において、第3の培養工程に用いる培地は、Notchシグナル阻害剤を含む。Notchシグナル阻害剤は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞(特に、ACTH産生細胞)への分化を促進する。Notchシグナル阻害剤により、ACTH産生の上流制御をする転写因子Tbx19の発現が上昇する。
【0100】
Notchシグナル阻害剤は、Notchにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されない。Notchシグナル阻害剤としては、例えば、DAPT(N-[N-(3,5-difluorophenacetyl)-l-alanyl]-S-phenylglycine t-butyl ester)、DBZ、MDL28170などの、ガンマセクレターゼ阻害剤が挙げられるが、なかでも、DAPTが好ましい。
【0101】
培地中における、Notchシグナル阻害剤の濃度は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞(特に、ACTH産生細胞)への分化を促進し得るような濃度である限り特に限定されないが、例えばDAPTの場合、通常0.1 μM以上、好ましくは、1 μM以上である。下垂体ホルモン産生細胞への分化に悪影響がない限りDAPT濃度の上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000μM以下、好ましくは、100μM以下である。一態様において、培地中のDAPT濃度は、通常0.1~1000μM、好ましくは1~100μM(例、10μM)である。
【0102】
第3の培養工程においては、培地への骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質の添加は不要である。一態様において、第3の培養工程に用いられる培地は、骨形成因子シグナル伝達経路活性化物質を含まない。
【0103】
本発明において使用されるFGF2は、好ましくは単離されている。第3の培養工程に用いられる培地に含まれる単離されたFGF2は、培地中へ外因的に添加されたものである。従って、一態様において、本発明は、第2の培養工程に用いる培地中へ、単離されたFGF2を外因的に添加する工程を含む。
【0104】
第3の培養工程において、培地に副腎皮質ホルモン類を添加することにより、細胞凝集塊を副腎皮質ホルモン類により処理してもよい。副腎皮質ホルモン類処理により、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢からACTH産生細胞以外の下垂体ホルモン産生細胞(即ち、GH産生細胞、PRL産生細胞、TSH産生細胞、LH産生細胞、FSH産生細胞等)への分化が促進される。副腎皮質ホルモン類としては、ハイドロコルチゾン、酢酸コルチゾン、酢酸フルドロコルチゾン等の天然糖質コルチコイド;デキサメサゾン、ベタメタゾン、プレドニゾロン、メチルプレドニゾロン、トリアムシノロン等の人工的に合成された糖質コルチコイド等を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0105】
培地中における、副腎皮質ホルモン類の濃度は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化を促進し得る限り特に限定されず、また、副腎皮質ホルモン類の種類により適宜設定することができる、例えば、ハイドロコルチゾンの場合、通常100 ng/ml以上、好ましくは、1 μg/ml以上である。下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化に悪影響がない限りハイドロコルチゾン濃度の上限値は特にないが、培養コストの観点から、通常1000 μg/ml以下、好ましくは100 μg/ml以下である。一態様において、培地中のハイドロコルチゾン濃度は、通常100 ng/ml~1000 μg/ml、好ましくは1~100 μg/mlである。副腎皮質ホルモン類として、デキサメサゾンを使用する場合、その培地中の濃度は、ハイドロコルチゾンの1/25程度とすることが出来る。
【0106】
第3の培養工程において、培地に副腎皮質ホルモン類を添加する時期は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化を促進し得る限り特に限定されず、第3の培養工程開始時から培地に副腎皮質ホルモン類を添加してもよいし、第3の培養工程開始後、副腎皮質ホルモン類を添加しない培地中で一定期間培養後、培地に副腎皮質ホルモン類を添加してもよい。好適には、第3の培養工程を開始後、細胞凝集塊中に、ACTH産生細胞の出現が確認された段階で、培地に副腎皮質ホルモン類を添加する。即ち、細胞凝集塊中に、ACTH産生細胞の出現が確認されるまでは、細胞凝集塊を副腎皮質ホルモン類を添加しない培地中で培養し、ACTH産生細胞の出現が確認された後に、副腎皮質ホルモン類を含む培地中で第3の培養工程を継続する。ACTH産生細胞の出現は、ACTHに対する抗体を用いて免疫組織学的染色により確認することが出来る。ヒト多能性幹細胞を用いた場合、一般的に、第3の培養工程開始から37日以降であれば、ACTH産生細胞の出現が期待できるので、一態様において、第3の培養工程開始から37日以降に、培地に副腎皮質ホルモン類を添加する。
【0107】
細胞凝集塊を副腎皮質ホルモン類で処理する期間は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化を促進し得る限り特に限定されないが、通常、副腎皮質ホルモン類非処理群と比較して、副腎皮質ホルモン類処理群において、下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化の促進が確認されるまで、細胞凝集塊を副腎皮質ホルモン類で処理する。処理期間は、通常、7日以上、好ましくは12日以上である。処理期間の上限値は、特に限定されないが、副腎皮質ホルモン類非処理群と比較して、副腎皮質ホルモン類処理群において、下垂体ホルモン産生細胞(但し、ACTH産生細胞を除く)への分化の促進が確認された段階で、培地から副腎皮質ホルモン類を除去してもよい。
【0108】
尚、培地への副腎皮質ホルモン類の添加は、ACTH産生細胞の分化誘導に対しては、フィードバック阻害により、抑制的に作用する。
【0109】
第3の培養工程に用いられる培地は、第1及び第2の培養工程に用いられる培地と同様に、哺乳動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、ハム培地、Ham’s F-12培地、RPMI1640培地、Fischer’s培地、Neurobasal培地およびこれらの混合培地など、哺乳動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。一態様において、IMDM培地及びHam’s F-12培地の混合培地が用いられる。混合比は、容量比で、例えば、IMDM:Ham’s F-12=0.8~1.2:1.2~0.8である。
【0110】
培養に用いる培地は、血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、好ましくは、無血清培地である。
【0111】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物は、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものであり得る。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679記載の方法により調製できる。また、本発明の方法をより簡便に実施するために、血清代替物は市販のものを利用できる。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KSR(knockout serum replacement)(Invitrogen社製)、Chemically-defined Lipid concentrated(Gibco社製)、Glutamax(Gibco社製)が挙げられる。
【0112】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、多能性幹細胞から、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞への分化誘導に、悪影響を与えない範囲で、他の添加物を含むことができる。添加物としては、例えば、インスリン、鉄源(例えばトランスフェリン等)、ミネラル(例えばセレン酸ナトリウム等)、糖類(例えばグルコース等)、有機酸(例えばピルビン酸、乳酸等)、血清蛋白質(例えばアルブミン等)、アミノ酸(例えばL-グルタミン等)、還元剤(例えば2-メルカプトエタノール等)、ビタミン類(例えばアスコルビン酸、d-ビオチン等)、抗生物質(例えばストレプトマイシン、ペニシリン、ゲンタマイシン等)、緩衝剤(例えばHEPES等)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0113】
一態様において、細胞凝集塊の浮遊培養に用いられる培地は、下垂体ホルモン産生細胞への分化誘導に悪影響を与えない観点から、本明細書において培地に含まれることが特に記載されたもの以外の成長因子を含まない化学合成培地(growth-factor-free Chemically Defined Medium; gfCDM)に、血清代替物(KSR等)を添加したものである。ここにいう「成長因子」には、Fgf;BMP;Wnt、Nodal、Notch、Shh等のパターン形成因子;インスリン及びLipid-rich albuminが包含される。成長因子を含まない化学合成培地としては、例えば、Wataya et al, Proc Natl Acad Sci USA, 105(33): 11796-11801, 2008に、開示されたgfCDMを挙げることができる。
【0114】
第3の培養工程における浮遊培養は、好適には高酸素分圧条件下で行われる。高酸素分圧条件下で1)視床下部神経上皮組織、及び2)下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢を含む細胞凝集塊を更に浮遊培養することにより、細胞凝集塊内部への酸素の到達、及び細胞凝集塊の長期間の維持培養が達成され、下垂体ホルモン産生細胞への効率的な分化誘導が可能となる。
【0115】
高酸素分圧条件とは、空気中の酸素分圧(20%)を上回る酸素分圧条件を意味する。第3の培養工程における酸素分圧は、例えば、30~60%、好ましくは35~60%、より好ましくは38~60%である。
【0116】
第3の培養工程における培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
【0117】
第3の培養工程は、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から下垂体ホルモン産生細胞への分化が誘導されるのに十分な期間実施される。第3の培養工程を実施することにより、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、下垂体ホルモン産生細胞への分化が誘導され、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢中に下垂体ホルモン産生細胞が生じることにより、腺性下垂体が形成される。下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から誘導される下垂体ホルモン産生細胞としては、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞が挙げられる。好ましい態様において、当該副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞は、CRH刺激に応答してACTHを分泌し、当該ACTH分泌は、糖質コルチコイドによりフィードバック抑制される。一態様において、下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢から、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種、好ましくは2種、より好ましくは3種の下垂体ホルモン産生細胞への分化が誘導され、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種、好ましくは2種、より好ましくは3種の下垂体ホルモン産生細胞を含む腺性下垂体が形成される。下垂体プラコード及び/又はラトケ嚢からは、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞以外に、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、黄体化ホルモン(LH)産生細胞、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)産生細胞等の他の下垂体ホルモン産生細胞が誘導され得る。即ち、第3の培養工程により形成される腺性下垂体は、成長ホルモン(GH)産生細胞、プロラクチン(PRL)産生細胞、及び副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)産生細胞からなる群から選択される少なくとも1種、好ましくは2種、より好ましくは3種に加えて、甲状腺刺激ホルモン(TSH)産生細胞、卵胞刺激ホルモン(FSH)産生細胞、黄体化ホルモン(LH)産生細胞、メラニン細胞刺激ホルモン(MSH)産生細胞等の他の下垂体ホルモン産生細胞を含み得る。下垂体ホルモン産生細胞への分化は、例えば、下垂体ホルモンに対する特異的抗体を用いた免疫組織化学により、下垂体ホルモン陽性細胞を検出することにより、確認することができる。例えば、培養中の細胞凝集塊のうち10%以上、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上の細胞凝集塊が下垂体ホルモン産生細胞を含むまで実施される。培養期間は、多能性幹細胞の動物種や、Shhシグナル経路作用物質の種類に応じて変動し得るので、一概に特定することは出来ないが、例えば、ヒト多能性幹細胞を用いた場合、第3の培養工程は、通常37日以上、例えば37~70日である。
【0118】
第3の培養工程を行うことにより、腺性下垂体を含む細胞凝集塊を得ることができる。
【0119】
本発明の製造方法を通じ、多能性幹細胞から腺性下垂体又はその前駆組織への分化誘導が可能な限り、フィーダー細胞の存在下/非存在下いずれの条件で凝集塊の浮遊培養を行ってもよいが、未決定因子の混入を回避する観点から、フィーダー細胞の非存在下で細胞凝集塊の浮遊培養を行うのが好ましい。
【0120】
本発明の製造方法において、細胞凝集塊の浮遊培養に用いる培養器としては、特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、ローラーボトルが挙げられる。非接着性の条件下での培養を可能とするため、培養器は、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞非接着性となるように人工的に処理されているものや、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリクス等によるコーティング処理)されていないもの等を使用することができる。
【0121】
細胞凝集塊の浮遊培養に用いる培養器として、酸素透過性のものを用いても良い。酸素透過性の培養器を用いることにより、細胞凝集塊への酸素の供給が向上し、細胞凝集塊の長期間の維持培養に寄与しうる。
【0122】
凝集塊の浮遊培養に際しては、凝集塊の培養器に対する非接着状態を維持できる限り、凝集塊を静置培養してもよいし、旋回培養や振とう培養により凝集塊を意識的に動かしてもよいが、本発明においては、旋回培養や振とう培養により凝集塊を意識的に動かす必要はない。即ち、一態様において、本発明の製造方法における浮遊培養は、静置培養により行われる。静置培養とは、凝集塊を意識的に移動させない状態で培養する培養法のことをいう。すなわち、例えば、局所的な培地温度の変化に伴って、培地が対流し、その流れによって、凝集塊が移動することがあるが、意識的に凝集塊を移動させていないことから、この様な場合も含めて、本発明では静置培養というものとする。浮遊培養の全期間を通じて静置培養を実施してもよいし、一部の期間のみ静置培養を実施してもよい。好ましい態様において、浮遊培養の全期間を通じて、静置培養を行う。静置培養は装置が不要であり、細胞塊のダメージも少ないことが期待され、培養液の量も少なくできる点で有利である。
【0123】
(4)細胞凝集塊、単離された腺性下垂体又はその前駆組織、及び下垂体ホルモン産生細胞の用途
更なる局面において、上記により得られた細胞凝集塊から、腺性下垂体又はその前駆組織(下垂体プラコード、ラトケ嚢等)を単離することができる。また、腺性下垂体を、トリプシン等のタンパク質分解酵素及び/又はEDTA等で処理することにより、下垂体ホルモン産生細胞を単離することができる、本発明は上記本発明の方法により得られる細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、及び下垂体ホルモン産生細胞を提供する。
【0124】
本発明の方法により得られた細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、及び下垂体ホルモン産生細胞は、移植医療のために使用することができる。例えば、腺性下垂体(前葉又は中葉、好ましくは前葉)の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは腺性下垂体(前葉又は中葉、好ましくは前葉)の損傷状態において、該当する損傷部分を補充するために、本発明の方法により得られた細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、或いは下垂体ホルモン産生細胞を用いることができる。腺性下垂体の障害に基づく疾患、又は腺性下垂体の損傷状態の患者に、本発明により得られた細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、或いは下垂体ホルモン産生細胞を移植することにより、腺性下垂体の障害に基づく疾患、又は腺性下垂体の損傷状態を治療することができる。移植部位は、移植した細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、及び下垂体ホルモン産生細胞が、障害された腺性下垂体の代替として機能し得る限り特に限定されないが、例えば、腎被膜下等を挙げることができる。腺性下垂体の障害に基づく疾患としては、汎下垂体機能低下症、下垂体性小人症、副腎皮質機能低下症、部分的下垂体機能低下症、下垂体前葉ホルモン単独欠損症などが挙げられる。さらに、これら腺性下垂体の損傷状態としては、腺性下垂体摘出後の患者、下垂体腫瘍への放射線照射後の患者、外傷が挙げられる。
【0125】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、誘導多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。即ち、好ましい態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、誘導多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の腺性下垂体又はその前駆組織、或いは下垂体ホルモン産生細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0126】
さらに、本発明により得られた細胞凝集塊、腺性下垂体又はその前駆組織、或いは下垂体ホルモン産生細胞を薬物のスクリーニングや評価のために使用することができる。特に、本発明により得られる腺性下垂体又はその前駆組織は、生体における腺性下垂体又はその前駆組織と類似した高次構造を有するので、腺性下垂体の障害に基づく疾患や、腺性下垂体の損傷状態の治療薬のスクリーニング、医薬品の副作用・毒性試験、腺性下垂体における疾患の新たな治療方法の開発などに適用することができる。例えば、上述の腺性下垂体の障害に基づく疾患、特に遺伝性の腺性下垂体の障害に基づく疾患のヒト患者から、iPS細胞を作成し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、腺性下垂体又はその前駆組織を含む細胞凝集塊を製造する。得られた細胞凝集塊に含まれる腺性下垂体又はその前駆組織は、その患者が患っている疾患の原因となる腺性下垂体の障害をインビトロで再現し得る。該障害を有する腺性下垂体又はその前駆組織を含む細胞凝集塊、或いはこれから単離された障害を有する腺性下垂体又はその前駆組織を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した細胞凝集塊、或いは腺性下垂体又はその前駆組織における障害の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、その障害の程度を軽減した被検物質を、当該障害に基づく疾患の治療薬の候補物質として、選択することができる。また、被検物質として医薬としての安全性が確認されている物質を用いることにより、選択された物質の治療的有効量を、スクリーニングに用いた細胞凝集塊、或いは腺性下垂体又はその前駆組織が由来する患者に投与することにより、当該患者における腺性下垂体の障害に基づく疾患を治療し得る。更には、該障害を有する腺性下垂体又はその前駆組織を含む細胞凝集塊、或いはこれから単離された障害を有する腺性下垂体又はその前駆組織を用いて、該障害に基づく疾患に対する医薬品の副作用・毒性試験、新たな治療方法の開発を実施することができる。
【0127】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例】
【0128】
[実施例1] ヒト多能性幹細胞からの腹側視床下部と表皮プラコードの立体形成
(方法)
ヒトES細胞 (KhES-1)を常法によりMEF上で維持培養したものを用いた。視床下部組織への分化誘導をモニターするために、視床下部神経上皮のマーカーであるRxの遺伝子へVenus cDNAをノックインしたKhES-1を利用した。無血清浮遊凝集塊培養法(SFEBq法)によりヒトES細胞を分化させるために、Nakanoら(Cell Stem Cell, 2012)の方法により、ヒトES細胞を酵素により単一細胞へ分散させた上、低細胞接着性のV底96穴プレート(住友ベークライト)を用いて再凝集させた。1穴につき、5,000個の細胞を播種し、次の分化培地で5%CO2下に37℃で培養した。gfCDM培地(growth-factor-free Chemically Defined Medium; Watayaら, PNAS, 2008)+ 5% KSR(Invitrogen)。
播種日を分化培養0日として、0日目から3日目まで20 μM Y-27632(ROCK阻害剤;分散時の細胞死抑制剤:Watanabeら、 Nature Biotechnology, 2007)を添加し、培養3日目および6日目には、Y-27632を含まない分化培地で半量培地交換を行った。培養3日目から18日目までは、BMP4(最終濃度5 nM)を培地に添加した。18日目以降は、3日毎にBMP4を含まない培地で半量培地交換を行った。培養6日目以降はSAG(最終濃度2 μM)培地に加えた。18日目以降は、培養時の酸素分圧を40%とした。組織の分化を蛍光抗体法で解析した。
【0129】
(結果)
上記の方法で培養したヒトES細胞の凝集塊の内部は、分化培養17日目には、Rx::Venus陽性でChx10(網膜マーカー)陰性の視床下部の神経上皮組織で大きく占められており、一方、表面はE-cadherin陽性の表皮外胚葉が1層の細胞層を作っていた(
図1A)。培養24日目には、Rx::Venus陽性の視床下部の多くの部分は、腹側視床下部のマーカーであるNkx2.1を発現していた(
図1B)。表皮外胚葉は表皮外胚葉(口腔外胚葉を含む)のマーカーであるpan-cytokeratinを発現していたが、その一部は肥厚し表皮プラコード(下垂体プラコードを含む)の形態を示した(
図1C)。
【0130】
[実施例2] 下垂体プラコードの分化およびラトケ嚢の自己組織化
(方法)
実施例1の方法で、腹側視床下部組織と表皮プラコードを同時に含むヒトES細胞由来の細胞凝集塊を形成し、同様な条件で培養27日目あるいは30日目まで培養を継続し、蛍光抗体法で解析した。一部の培養では、培養15日目からはFGF2(最終濃度20 ng/ml)を培地に添加した。
【0131】
(結果)
培養27日目および30日目には、pan-cytokeratin陽性の表皮プラコードの肥厚は著明となり、蛍光抗体法による解析では、Lim3、Pitx1およびIsl1/2などの下垂体前駆細胞マーカーを強く発現していた(
図2A)。また、これらのマーカーを発現する肥厚したプラコードの一部は、胎児のラトケ嚢の初期形成と同様に、内部に向かって陥入しており(
図2B)、また他の一部は、嚢胞を形成していた(
図2C)。FGF2の添加により、下垂体プラコードの形成は3割の増加を示した。
【0132】
[実施例3] 下垂体プラコードの分化誘導におけるBMP4の役割
(方法)
実施例1の方法で、BMP4の添加の有無による細胞凝集塊の分化への影響を蛍光抗体法で解析した。
【0133】
(結果)
BMP4を添加しない場合、培養24日目の凝集塊の表面には、表皮外胚葉は形成されず、神経上皮が全体を占めていた。その神経上皮のほとんどはRx::Venusを発現せず、FoxG1陽性であり、大脳組織が生じていたことが判った(
図3a, b)。SAGを添加しない場合は、FoxG1陽性かつPax6陽性の大脳皮質が、SAGを添加した場合は、FoxG1陽性かつNkx2.1陽性の大脳基底核が分化することが判った(
図3a-d)。このように、外因性のBMP4は、1)表皮外胚葉を積極的に形成させること、とともに、2)大脳ではなく視床下部(下垂体プラコードの誘導に必須)の神経組織を凝集塊内に分化誘導する、という2つの役割を同時に行うことが、ヒト多能性幹細胞の浮遊凝集塊培養で明らかになった。
【0134】
[実施例4] 下垂体プラコードの分化誘導におけるヘッジホッグシグナルの役割
(方法)
実施例1の方法で、ヘッジホッグシグナルのアゴニストであるSAGの添加の有無による細胞凝集塊の分化への影響を蛍光抗体法で解析した。
【0135】
(結果)
SAGの添加をしない場合も、添加した場合も、どちらにおいても、培養24日目および27日目の凝集塊の表面には、表皮外胚葉が形成され、内部にはRx::Venus陽性の組織が全体を占めていた(
図4a, b)。培養6日目からSAGを添加した場合には、実施例1,2のように凝集塊内部に腹側視床下部組織(Rx::Venus陽性、Chx10陰性、Nkx2.1陽性)が形成され、表面には下垂体プラコードが形成された(
図4b, d, e)。一方、SAGを添加しない場合は、内部には神経網膜組織(Rx::Venus陽性、Chx10陽性、Nkx2.1陰性)の組織が形成され、表面に下垂体プラコードの形成は認められなかった(
図4a, c)。このように、強いヘッジホッグシグナルを正しいタイミングで作用させることで、神経網膜ではなく、腹側視床下部が効率良く形成されることが明らかになった。
【0136】
[実施例5] 下垂体プラコードからのACTH産生内分泌細胞の分化誘導
(方法)
実施例1、2と同様に、ヒトES細胞の浮遊凝集塊培養で、下垂体プラコードを自己形成させた。培養30日目よりEZ Sphereプレートに凝集塊を移し、40%O2、5%CO2下に37℃での浮遊培養を継続した。培養30日目から45日目は、gfCDM + 10%KSRにSAG (2 μM), FGF2 (20 ng/ml)を添加したものを培地に用いた。培養45日目以降は、同様の培地でKSRの濃度を20%に増加したものを用いて、培養した。内分泌細胞の分化を蛍光体法で解析した。
【0137】
(結果)
培養67日目のサンプルにおいて、Pitx1陽性の下垂体組織に、多数のACTH産生細胞が蛍光抗体法で確認された(
図5a, b)。同様のACTH陽性細胞は、培養70日目および100日目のサンプルでも確認された(
図5c, d)。
【0138】
[実施例6] CRHによるヒト多能性幹細胞由来の下垂体内分泌細胞からのACTHの放出誘導(方法)
実施例5の方法で産生したACTH産生細胞を含む凝集塊を用いて、試験管内のホルモン分泌能を解析した。培養80日目の凝集塊16個を250 μlのHBSS(-)の溶液に入れた1.5 mlのEppendorfチューブを用いて、CRH(1 μg/ml)の存在下あるいは非存在下に37℃、10分間インキュベーションして、培養上清中のACTH濃度をELISA法で定量した。
【0139】
さらに、下流ホルモン(糖質コルチコイド)によるフィードバック抑制能を検討するために、培養80日目の凝集塊16個をハイドロコルチゾン(20μg/ml)の存在下あるいは非存在下に37℃、3時間プレインキュベーションして、CRH処理後のACTHの放出に対する効果を解析した。
【0140】
(結果)
CRH(1 μg/ml)の存在下のインキュベーション後の培養上清には、非存在下のインキュベーション後の培養上清に比して、5倍以上の濃度のACTHが分泌されていた(
図6a)。
【0141】
ハイドロコルチゾン(20μg/ml)の存在下のプレインキュベーション分は、非存在下のプレインキュベーション分に比して、ACTHの濃度は7分の1未満に低下していた(
図6b)。
【0142】
[実施例7] ES細胞由来のACTH産生細胞からのCRHによる生体内でのACTHおよび副腎皮質モルモンの分泌
(方法)
ヒトES細胞を実施例5の方法(ただしFgf2は添加しない)を用いて分化させたACTH産生細胞に分化させた凝集塊を下垂体摘出術が施されたマウスの腎被膜下に移植した。これらのマウスには下垂体摘出術後にCRH負荷試験を行いACTH分泌能が失われていることを移植前に確認した。
【0143】
具体的には,凝集塊を、72から82日間培養した後,ACTH産生細胞が存在する下垂体プラコードを凝集塊から切り出し,マイクロシリンジを用いてそれらを下垂体摘出マウスの腎被膜下に移植した。移植14日後にCRH負荷試験を行い負荷前の血漿ACTH値,負荷後の血漿ACTHおよび副腎皮質ホルモン(corticosterone)値をELISA法で測定した。
【0144】
(結果)
腎被膜下移植したES細胞由来のACTH産生細胞は移植14日後も生着していることが蛍光抗体法で認められた(
図7a, b)。対照群(Sham operation)ではCRH負荷後も血漿ACTH値は3 pg/ml未満,corticosterone値は0.2 ng/ml未満であった。一方,移植群ではCRH負荷後ACTH値は50-60 pg/ml,corticosterone値は19 ng/mlであった(
図7c, d)。また移植群のCRH負荷後ACTH値は負荷前ACTH値の4倍以上であった(
図7c)。
【0145】
[実施例8] ES細胞由来のACTH産生細胞移植による下垂体摘出マウスの活動性,生存および体重減少の改善
(方法)
ヒトES細胞由来のACTH産生細胞を実施例7と同様に,下垂体摘出術を施したマウス(9週齢)の腎被膜下に移植した。移植マウスの生存および体重変化を経過観察し,対照群(sham operation)と比較しマウスの自発運動についても評価した。マウスの自発運動は,ENV-044(MedAssociates, Georgia)を用いて、マウスが自発的にrunning wheelを1日に何回転させたかを計測した(Running wheel activity test)。また,IRセンサー (MDC-W02(Brain Science Idea, Osaka))を用いて、ケージの中でのマウスの自発的移動距離についても計測した(Home-cage activity test)。
【0146】
(結果)
移植群のマウスは,対照群に比し高いレベルの自発的運動を示した(
図8a, b)。
また,対照群では,sham operation施行後64日までに全個体が死亡したが,移植群では,その時点 で83%の個体が生存していた(
図8c)。さらに,移植群は対照群と比べ術後3および4週の体重減少を来しにくかった(
図8d)。
【0147】
[実施例9] Notchシグナル阻害剤によるACTH産生内分泌細胞の分化誘導の促進
(方法)
実施例5の方法で、ヒトES細胞由来の下垂体プラコードを形成し、長期培養した。培養65日目から74日目までの間、Notchシグナル阻害剤のDAPT(10 μM)を作用させて、その効果をqPCR法で解析した。
【0148】
(結果)
DAPT処理分と非処理分をqPCR法で比較すると、培養74日目の凝集塊において、ACTH産生細胞のマーカーであり、ACTH産生の上流制御をする転写因子Tbx19の発現が処理分で8倍以上に上昇していた(
図9)。
【0149】
[実施例10] 下垂体プラコードからのGHおよびPRL産生内分泌細胞の分化誘導
(方法)
実施例5の方法で、ヒトES細胞由来の下垂体プラコードを形成し、長期培養した。培養67日目あるいは70日目に、内分泌細胞の分化を蛍光抗体法で解析した。
【0150】
(結果)
培養67日目のPitx1陽性の下垂体プラコードを解析したところ、ACTH産生細胞に加え、PRL産生細胞が存在していた(
図10a)。培養70日目のPitx1陽性の下垂体プラコードを解析したところ、多数のGH産生細胞も検出された(
図10b)。
【0151】
[実施例11] ヒト多能性幹細胞からの背側視床下部の立体形成
(方法)
分化誘導6日後まで実施例1の培養条件で培養したのち、6日目以降は、3日毎にBMP4を含まない培地で半量培地交換を行い、さらにSAG(最終濃度 1 μM)を6日目から12日目まで培地に加えた。18日目以降は、培養時の酸素分圧を40%とした。組織の分化を蛍光抗体法で解析した。
【0152】
(結果)
上記の方法で培養したヒトES細胞の凝集塊の内部は、分化培養24日目には,背側視床下部の神経上皮(Rx::venus陽性,Pax6陽性,Chx10陰性)が腹側視床下部組織(Rx::venus陽性,Nkx2.1陽性,Chx10陰性)とともに認められた(
図11a)。さらに分化培養81日目には、背側視床下部の後期マーカーであるOtpの発現も認められた(
図11b)。このように実施例1の分化条件よりもBMP4を作用させる期間を短くし、さらにSAGの濃度を下げることで、背側視床下部が効率よく形成されることが明らかになった。
【0153】
[実施例12] GRFによるヒト多能性幹細胞由来の下垂体内分泌細胞からのGHの放出誘導
(方法)
実施例10の方法に加え、培養72日目から84日目までハイドロコルチゾン(1 μg/ml)を含む培地で分化させたGH産生細胞を含む凝集塊を用いて、試験管内のホルモン分泌能を解析した。培養84日目の凝集塊33個をHBSS 500 μlに入れた1.5 mlのEppendorfチューブを用いて、凝集塊をGRF(100 ng/ml)の存在下あるいは非存在下に、37℃、30分間インキュベーションして、培養上清中のGH濃度をELISA法で定量した。
【0154】
(結果)
GRF存在下のインキュベーション後の培養上清には、非存在下のインキュベーション後の培養上清に比し、6倍以上の濃度のGHが分泌された(
図12)。
【0155】
[実施例13] デキサメサゾンにより誘導したGH産生細胞からのGRFによるGH放出誘導
(方法)
実施例10の方法に加え、培養70日目から84日目までデキサメサゾン(40 ng/ml)を含む培地で分化させたGH産生細胞を含む凝集塊を用いて、試験管内のホルモン分泌能を解析した。培養84日目の凝集塊30個を培地 750 μlに入れた1.5 mlのEppendorfチューブを用いて、凝集塊をGRF (0.1, 1, 10 μg/ml)の存在下に37℃、30分間インキュベーションして、培養上清中のGH濃度をELISA法で定量した。
さらに,ソマトスタチンによるGH分泌抑制能を検討するために、培養98日目の凝集塊18個をソマトスタチン(100 ng/ml)の存在下あるいは非存在下に37℃、90分間インキュベーションしてGRF処理後のGHの放出に対する効果を解析した。
【0156】
(結果)
分化培地にデキサメサゾンを加えない場合、培養上清中のGH濃度はGRFでインキュベーションしても極めて低かったのに対し、デキサメサゾンを加えるとGRFに反応して培養上清中のGH分泌が認められた(
図13a)。
ソマトスタチン(100 ng/ml)の存在下のプレインキュベーション分は、非存在下のプレインキュベーション分に比して、GHの濃度は約4分の1に低下していた(
図13b)
【0157】
[実施例14] 下垂体プラコードからのTSH産生内分泌細胞の分化誘導
(方法)
実施例13の方法で84日間培養した内分泌細胞の分化を蛍光抗体法で解析した。
【0158】
(結果)
培養84日目の下垂体プラコードを解析したところ、GH、PRL産生細胞に加え,TSH産生細胞が存在していた(
図14a-c)。
【0159】
[実施例15] 下垂体プラコードからのLH/FSH産生内分泌細胞の分化誘導
(方法)
実施例8の方法に加え、培養72日目から82日目までNotchシグナル阻害剤のDAPT(10 μM)を作用させた下垂体プラコードの分化を蛍光抗体法で解析した。
【0160】
(結果)
下垂体プラコード内にLH産生細胞およびFSH産生細胞が認められた(
図15a, b)。
【産業上の利用可能性】
【0161】
本発明によれば、ヒト多能性幹細胞から、腺性下垂体又はその前駆組織をインビトロで効率的に誘導することができる。ヒト多能性幹細胞の凝集塊内に視床下部神経上皮組織及び表皮外胚葉の両方が同時に形成され、それらの相互作用により、下垂体プラコードやラトケ嚢が自己組織化される。本発明によれば、生体の下垂体と同様に視床下部の刺激や下流標的組織からのフィードバック制御に反応して、下垂体ホルモンの分泌を制御する能力を有するヒト腺性下垂体をインビトロで構築することができる。
【0162】
ここで述べられた特許、特許出願明細書、科学文献を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0163】
本出願は、日本で出願された特願2014-152384(出願日:2014年7月25日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。