(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-24
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】不稔化植物及びその製造方法、ベクター、並びに、ベクターセット
(51)【国際特許分類】
A01H 5/00 20180101AFI20220225BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20220225BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20220225BHJP
【FI】
A01H5/00 A
C12N15/09 Z ZNA
C12N15/09 110
A01H1/00 A
(21)【出願番号】P 2017195370
(22)【出願日】2017-10-05
【審査請求日】2020-06-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【氏名又は名称】西澤 和純
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100154852
【氏名又は名称】酒井 太一
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 克友
(72)【発明者】
【氏名】加星 光子
(72)【発明者】
【氏名】間 竜太郎
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特許第6713166(JP,B2)
【文献】Database GenBank [online], Accession No.KJ463371.1, 11 Jun 2014, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.AY173068, 12 Jan 2003, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.AY173059, 15 Apr 2004, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.AB354249, 17 Apr 2008, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.AB354250, 17 Apr 2008, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.KJ463370, 11 Jun 2014, [検索日 2020.1.14]
【文献】Database GenBank [online], Accession No.AB770474, 04 Apr 2013, [検索日 2020.1.14]
【文献】The Plant Journal, 2003, Vol.34, p.733-739
【文献】Plant Biotechnology, 2008, Vol.25, p.55-59
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H
C12N
C07K
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子を、
前記CAG type1遺伝子の機能が欠損又は抑制される、又は前記CAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されるよう、ゲノム編集技術を用いて改変する改変工程を備え、
前記CAG type1遺伝子の機能の前記欠損又は前記抑制、又は、前記CAG type2遺伝子の機能の前記欠損又は前記抑制により、得られる植物が花粉の生産能を有さないことを特徴とする不稔化植物の製造方法。
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
前記ゲノム編集技術がCRISPR/Casシステムである請求項1に記載の不稔化植物の製造方法。
【請求項3】
前記CRISPR/Casシステムにおいて、以下の(a)~(d)の少なくともいずれか一つのガイドRNA、又は、以下の(e)~(h)の少なくともいずれか一つのガイドRNAを用いる請求項2に記載の不稔化植物の製造方法。
(a)配列番号15で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(b)配列番号16で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(c)配列番号17で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(d)配列番号18で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(e)配列番号19で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(f)配列番号20で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(g)配列番号21で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(h)配列番号22で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
【請求項4】
前記CRISPR/Casシステムにおいて、前記(a)~(d)のガイドRNA、又は、前記(e)~(h)のガイドRNAを用いる請求項2又は3に記載の不稔化植物の製造方法。
【請求項5】
キク科の植物である請求項1~4のいずれか一項に記載の不稔化植物の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法に使用されるベクターであって、
Cas9をコードする核酸と、
以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸と、
を含むことを特徴とするベクター。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【請求項7】
前記ベクターが前記(i)~(iv)の核酸、又は、前記(v)~(viii)の核酸を含む請求項6に記載のベクター。
【請求項8】
請求項1~5のいずれか一項に記載の製造方法に使用されるベクターセットであって、
Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、
以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を含む第2のベクターと、を備えることを特徴とするベクターセット。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【請求項9】
前記第2のベクターが前記(i)~(iv)の核酸、又は、前記(v)~(viii)の核酸を含む請求項8に記載のベクターセット。
【請求項10】
以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されており
(ただし、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、及び、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されている場合を除く。)、
前記CAG type1遺伝子の機能の前記欠損又は前記抑制、又は、前記CAG type2遺伝子の機能の前記欠損又は前記抑制により、花粉の生産能を有さないことを特徴とする不稔化植物。
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項11】
以下の(7)~(8)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(9)のCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されている請求項10に記載の不稔化植物。
(7)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(8)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(9)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
【請求項12】
以下の(10)~(
11)のいずれかの変異型CAG type1遺伝子、又は、以下の(14)~(15)のいずれかの変異型CAG type2遺伝子を有し、花粉の生産能を有さないことを特徴とする
、請求項10又は11に記載の不稔化植物。
(10)配列番号53で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(11)配列番号54で表される塩基配列からなる遺伝
子
(14)配列番号57で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(15)配列番号58で表される塩基配列からなる遺伝子
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不稔化植物及びその製造方法、ベクター、並びに、ベクターセットに関する。
【背景技術】
【0002】
植物の栽培や遺伝情報の拡散を制御するため、植物の不稔化が望まれている。不稔化方法の一例として、例えば、花粉を生産する雄ずいや、花粉を受粉する雌ずいの形成を制御することにより不稔化する方法が試みられている。
キクは、鑑賞用や食用として、世界中で広く栽培される有用な植物である。キクの花器官の形成制御に関して、非特許文献1には、キククラスC遺伝子の1つを単離し、これをターゲットにアンチセンス植物を作出したことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Aida, et al., “Chrysanthemum flower shape modification by suppression of chrysanthemum-AGAMOUS gene”, Plant biotechnology, vol.25, p55-59, 2008.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
非特許文献1で作出されたアンチセンス植物における、花の形態異常は軽微であり、花の形態異常が見られた個体の割合も、103個体中1個体と低い。このように非特許文献1に記載の植物体の不稔化は、実用上必ずしも十分ではない。
また、非特許文献1で作出されたアンチセンス植物では、頭花(多数の小花から構成される)の中のごく一部の小花の雌ずいの花弁化と、雄ずいの根本部分の花弁化とが報告されている。ただし、このアンチセンス植物では、雄ずいからの花粉の生産が確認されている。よって、このアンチセンス植物では、雄ずいの異常は軽微であった。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、雄性不稔性である不稔化植物及びその製造方法を提供する。また、雄性不稔性の植物を製造するためのベクター及びベクターセットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、ゲノム編集技術を用いて、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を切断することで、花粉の生産能を有さない、すなわち雄性不稔性である植物が得られることを見出した。
【0007】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
本発明の第1態様に係る不稔化植物の製造方法は、植物の、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子を、ゲノム編集技術を用いて改変する改変工程を備える方法であり、得られる植物が花粉の生産能を有さない。
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0008】
前記ゲノム編集技術がCRISPR/Casシステムであってもよい。
前記CRISPR/Casシステムにおいて、以下の(a)~(d)の少なくともいずれか一つのガイドRNA、又は、以下の(e)~(h)の少なくともいずれか一つのガイドRNAを用いてもよい。
(a)配列番号15で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(b)配列番号16で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(c)配列番号17で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(d)配列番号18で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(e)配列番号19で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(f)配列番号20で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(g)配列番号21で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(h)配列番号22で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
【0009】
前記CRISPR/Casシステムにおいて、前記(a)~(d)のガイドRNA、又は、前記(e)~(h)のガイドRNAを用いてもよい。
上記第1態様に係る不稔化植物の製造方法において、植物はキク科の植物であってもよい。
【0010】
本発明の第2態様に係るベクターは、Cas9をコードする核酸と、以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸と、を含む。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【0011】
前記ベクターが前記(i)~(iv)の核酸、又は、前記(v)~(viii)の核酸を含んでもよい。
【0012】
本発明の第3態様に係るベクターセットは、Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を含む第2のベクターと、を備える。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【0013】
前記第2のベクターが前記(i)~(iv)の核酸、又は、前記(v)~(viii)の核酸を含んでもよい。
【0014】
本発明の第4態様に係る不稔化植物は、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されており、花粉の生産能を有さない。
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0015】
上記第4態様に係る不稔化植物は、以下の(7)~(8)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(9)のCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されていてもよい。
(7)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(8)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(9)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
【0016】
本発明の第5態様に係る不稔化植物は、以下の(10)~(13)のいずれかの変異型CAG type1遺伝子、又は、以下の(14)~(15)のいずれかの変異型CAG type2遺伝子を有し、花粉の生産能を有さない。
(10)配列番号53で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(11)配列番号54で表される塩基配列からなる遺伝子
(12)配列番号55で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(13)配列番号56で表される塩基配列からなる遺伝子
(14)配列番号57で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(15)配列番号58で表される塩基配列からなる遺伝子
【発明の効果】
【0017】
上記態様の不稔化植物及びその製造方法によれば、雄性不稔性である不稔化植物を得られる。また、上記態様のベクター及びベクターセットによれば、雄性不稔性の植物を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1A】実施例1において作製されたpDeCas9_Kan_CAG type1_4タンデムベクターの基本構成を示す図である。
【
図1B】実施例1において作製されたpDeCas9_Kan_CAG type2_4タンデムベクターの基本構成を示す図である。
【
図2】実施例1において作製された不稔性形質転換体(CAG type1改変体)及び野生型キク(コントロール)の管状花の全体像(上)及びそれぞれの管状花の拡大像(下)である。
【
図3】実施例1において作製された不稔性形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)、並びに野生型キク(コントロール)の管状花(雄ずい)を示す画像である。
【
図4】実施例1において不稔性形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)の集合花(頭花)の全体像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
≪不稔化植物の製造方法≫
本発明の一実施形態に係る不稔化植物の製造方法は、植物の、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子を、ゲノム編集技術を用いて改変する改変工程を備える方法であり、得られる植物が花粉の生産能を有さない。
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0020】
本実施形態の製造方法によれば、雄性不稔性の植物を製造することができる。
なお、一般に、「雄性不稔」とは、植物個体が有する花器官のうち一部又は全部の雄ずい稔性が失われた状態を意味する。雄ずいの不稔化は、植物体における雄ずいの形態観察により調べてもよく、正常個体の雌ずいと掛け合わせにより種子が形成されるかどうかによっても容易に調べることができる。
本実施形態の製造方法により得られる植物体は、雄ずいが正常に形成されず、花粉を生産できない、又は、雄ずいが他の器官(例えば、花弁等)に置き換わり花粉を生産できないことにより雄性不稔性となっている。
そのため、例えば、自家受粉しやすい植物間で交配種を得る場合に、本実施形態の製造方法を用いて、いずれか一方の植物を雄性不稔とすることで、交配種を容易に作出することができる。
また、本実施形態の製造方法を用いて、植物を雄性不稔とすることで、植物の栽培や遺伝情報の拡散を制御することができる。
【0021】
なお、本実施形態の製造方法を用いて得られる不稔化植物としては、植物体のみならず、植物体を作出した場合に不稔化されているものであれば、細胞を包含する意味で用いられる。細胞は、組織又は器官の状態であってもよい。本実施形態の製造方法を用いて得られる不稔化植物とは、それらの後代若しくはクローンの生物又は細胞であってもよい。例えば、前記クローンの植物体としては挿し木または挿し芽等により得られた植物体が挙げられる。
【0022】
<CAG遺伝子>
被子植物の花の発生を説明するモデルとして、ABCモデルが知られている。ABCモデルでは、クラスA遺伝子、クラスB遺伝子、クラスC遺伝子の発現パターンの組合せによって、花器官の発生が制御される。クラスA遺伝子単独の発現領域では、萼が形成され、クラスA遺伝子とクラスB遺伝子の発現領域では、花弁が形成される。クラスB遺伝子とクラスC遺伝子の発現領域では雄ずいが形成され、クラスC遺伝子単独の発現領域では雌ずいが形成される。クラスC遺伝子としてはシロイヌナズナの AGAMOUS (AG)が知られている。
しかし、上記モデルはシロイヌナズナやキンギョソウ等の一部の植物種を対象とした研究で明らかにされたものであり、他のあらゆる植物種においても上記モデルが同様に適用できるか、また、どの遺伝子が各クラスの遺伝子として機能しているかは不明である。
【0023】
キクにおいても、これまでにクラスC遺伝子の一つと考えられる遺伝子が単離され、これをターゲットにアンチセンス植物を作出したことが報告されている。しかし、観察された花の形態異常は、極めて軽微なものであった。
【0024】
発明者らは、栽培ギクであるイエギク(Chrysanthemum morifolium)の『セイマリン』から、AGAMOUSのアミノ酸配列及び塩基配列に基づいてプライマーを設計し、計14の遺伝子をクローニングした。これらの遺伝子は、コードされるアミノ酸配列の相同性に基づき、大きく2タイプに分類可能であり、更に4種類に分類可能であることを明らかにした。上記の2タイプを、CAG type1及びCAG type2と名付け、上記の4種類をCAG type1 short、CAG type1 long、CAG type2 short、及びCAG type2 longと名付けた。単離した14遺伝子の上記分類と、各遺伝子にコードされるアミノ酸配列の配列番号を以下の表1に示す。
【0025】
【0026】
本実施形態の製造方法において、標的となるCAG type1遺伝子は、上述の(1)~(3)のいずれかの遺伝子である。
【0027】
一般に、何らかの生理機能を有するタンパク質は、本来の機能を損なうことなく、1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加可能なことが知られている。
上述の(2)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において、欠失、置換又は付加されていてもよいアミノ酸の数は、1~30個が好ましく、1~20個がより好ましく、1~10個がさらに好ましく、1~5個が特に好ましい。
【0028】
上述の(3)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列との同一性が、90%以上100%未満であることが好ましく、95%以上100%未満であることがより好ましく、98%以上100%未満であることがさらに好ましく、99%以上100%未満であることが特に好ましい。
なお、アミノ酸配列同士の同一性は、公知の各種相同性検索プログラムを用いて求めることができる。本実施形態の製造方法において、アミノ酸配列同士の同一性は、公知の相同性検索ソフトウェアBLASTPにより得られた値を採用できる。本実施形態の製造方法において、アミノ酸配列同士の同一性は、市販の遺伝情報処理ソフトウェアGENETYX等により得られた値を採用できる。
【0029】
本実施形態の製造方法において、標的となるCAG type2遺伝子は、上述の(4)~(6)のいずれかの遺伝子である。
【0030】
上述の(5)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において、欠失、置換又は付加されていてもよいアミノ酸の数は、1~30個が好ましく、1~20個がより好ましく、1~10個がさらに好ましく、1~5個が特に好ましい。
【0031】
上述の(6)の遺伝子がコードするタンパク質では、配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列との同一性が、90%以上100%未満であることが好ましく、95%以上100%未満であることがより好ましく、98%以上100%未満であることがさらに好ましく、99%以上100%未満であることが特に好ましい。
【0032】
上述の(1)~(6)の遺伝子がコードするタンパク質は、転写制御機能を有する。
なお、本明細書において、「転写制御機能」とは、転写因子が有する機能を意味する。タンパク質が転写制御機能を有しているかどうかは、公知の転写因子測定用試薬を用いた手法等により調べることができる。
【0033】
上述の(1)の遺伝子において、配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、当該アミノ酸配列のみからなるタンパク質であってもよく、転写制御機能を有する範囲において、当該アミノ酸配列からなるタンパク質に任意の配列が付加されていてもよい。
上述の(4)の遺伝子において、配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、当該アミノ酸配列のみからなるタンパク質であってもよく、転写制御機能を有する範囲において、当該アミノ酸配列からなるタンパク質に任意の配列が付加されていてもよい。
前記任意の配列とは、例えば、リンカー配列、タグ配列、タンパク質安定化のための修飾配列等が挙げられる。
【0034】
本実施形態の製造方法で標的となるCAG type1遺伝子は、CAG type1タンパク質をコードするものであり、以下の(I)~(III)のいずれかのポリヌクレオチドである。
(I)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
(II)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、転写制御機能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
(III)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、転写制御機能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
【0035】
また、本実施形態の製造方法で標的となるCAG type2遺伝子は、CAG type2タンパク質をコードするものであり、以下の(IV)~(VI)のいずれかのポリヌクレオチドである。
(IV)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
(V)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、転写制御機能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
(VI)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、転写制御機能を有するタンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチド
【0036】
上述の(I)~(VI)に示すポリヌクレオチドがコードするタンパク質としては、上述の(1)~(6)の遺伝子がコードするタンパク質と同様である。
上述の(I)及び(IV)に示すポリヌクレオチドの塩基配列として具体的には、以下に示すとおりである。
【0037】
上述の(I)における配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号39で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号40で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号41で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号8に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号46で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号11に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号49で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号12に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号50で表される塩基配列であってもよい。
上述の(I)における配列番号13に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号51で表される塩基配列であってもよい。
【0038】
前記(IV)における配列番号4に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号42で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号5に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号43で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号6に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号44で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号7に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号45で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号9に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号47で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号10に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号48で表される塩基配列であってもよい。
前記(IV)における配列番号14に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号52で表される塩基配列であってもよい。
【0039】
<改変工程>
後述の実施例に示すとおり、ゲノム編集技術を用いて、上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子を改変することで、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物を作出できることを見出した。
【0040】
なお、本実施形態において、ゲノム編集の対象となる植物としては、標的遺伝子である上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子を有するものであればよい。
前記植物としては、被子植物であることが好ましく、キク科(Asteraceae)の植物であることがより好ましい。キク科の植物としては、例えば、キク、ガーベラ、アスター、ヒマワリ等を挙げることが出来る。好ましいキクの種類としては、一般的に栽培ギク(例えば、輪菊、中ギク、小ギク、スプレーギク、ポットマム等)、イエギク等と称されるChrysanthemum morifoliumが挙げられる。
【0041】
また、本実施形態において、ゲノム編集の対象となる植物は、植物個体のみのならず細胞を包含する。細胞は、組織又は器官の状態であってもよい。
本実施形態において、ゲノム編集の対象となる植物は、植物体、植物細胞、植物培養細胞、又はカルスであることが好ましい。
【0042】
また、本明細書において、「改変」とは、標的遺伝子の塩基配列が変化することを意味する。例えば、標的遺伝子の切断、切断後の外因性配列の挿入(物理的挿入又は相同指向修復を介する複製による挿入)による標的遺伝子の塩基配列の変化、切断後の非相同末端連結(NHEJ:切断により生じたDNA末端どうしが再び結合すること)による標的遺伝子の塩基配列の変化(例えば、コーディング領域における1~全塩基の欠失、置換又は挿入等)等が挙げられる。本実施形態の製造方法によれば、ゲノム編集技術を用いることで、標的遺伝子(具体的には、上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子)の改変により、標的遺伝子への変異の導入、又は、標的遺伝子の機能を欠損又は抑制することができる。
【0043】
本実施形態の製造方法では、上述のCAG type1遺伝子及び上述のCAG type2遺伝子のいずれか一方に変異が導入され、又は、機能が欠損又は抑制されることで、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物体を得ることができる。
【0044】
ゲノム編集技術としては、例えば、CRISPR/Casシステム、Transcription Activator-Like Effector Nucleases(TALENs)を用いた方法、ジンクフィンガーヌクレアーゼを用いた方法等が挙げられ、これらに限定されない。中でも、本実施形態の製造方法において用いられるゲノム編集技術としては、標的遺伝子を高効率で改変できることから、CRISPR/Casシステムであることが好ましい。
【0045】
本実施形態におけるCRISPR/Casシステムを用いた不稔化植物の製造方法について、以下に詳細を説明する。
まず、ゲノム編集の対象となる植物に、Cas9及び上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子を標的とするガイドRNAを導入する。
導入方法としては、例えば、アグロバクテリウム属細菌等のバクテリアを介する方法、電気穿孔(エレクトロポレーション)法、ポリエチレングリコール(PEG)法、パーティクルガン法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法等の公知の方法が挙げられる。中でも、導入方法としては、アグロバクテリウム属細菌等のバクテリアを介する方法であることが好ましく、アグロバクテリウム属細菌を介する方法であることがより好ましい。
【0046】
また、アグロバクテリウム属細菌を介する方法により導入する場合には、まず、宿主であるアグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)へCas9及びガイドRNAを組み込む必要がある。
組み込む方法としては、例えば、エレクトロポレーション法、パーティクルガン法、ウィスカー法等の公知の方法が挙げられる。
【0047】
[標的配列]
上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子中の標的配列としては、近傍にCas9によって認識されるPAM配列を有する領域から選定すればよい。
本明細書において、「PAM(proto-spacer adjacent motif)配列」とは、標的遺伝子(具体的には、上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子)中に存在し、Cas9により認識可能な配列を意味し、PAM配列の長さや塩基配列はCas9の由来となる細菌種によって異なる。
例えば、S.pyogenesでは「NGG」(Nは任意の塩基を表す)の3塩基を認識する。
また、例えば、S.thermophilusは2つのCas9を持っており、それぞれ「NGGNG」又は「NNAGAA」(Nは任意の塩基を表す)の5~6塩基をPAM配列として認識する。
【0048】
本実施形態の製造方法において、CAG type1遺伝子中の標的配列として具体的には、配列番号15~18に示す塩基配列が挙げられる。配列番号15~18に示す塩基配列は、CAG type1 short遺伝子及びCAG type1 long遺伝子中の塩基配列である。このことから、配列番号15~18に示す塩基配列の全てを標的配列とすることが好ましい。
【0049】
また、本実施形態の製造方法において、CAG type2遺伝子中の標的配列として具体的には、配列番号19~22に示す塩基配列が挙げられる。配列番号19~22に示す塩基配列は、CAG type2 short遺伝子及びCAG type2 long遺伝子中の塩基配列である。このことから、配列番号19~22に示す塩基配列の全てを標的配列とすることが好ましい。
【0050】
[Cas9]
一般に、「Cas9」とは、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成するCasタンパク質ファミリーの一つであり、外来侵入性DNA中のPAM配列を認識して、その上流で二本鎖DNAを平滑末端になるように切断するエンドヌクレアーゼである。本明細書において、Cas9は、ガイドRNAと複合体を形成し、DNA切断活性を有するものを意味する。
本実施形態の製造方法で用いられるCas9の種類は特別な限定はなく、Cas9のホモログ又は改変体であってもよい。
【0051】
本実施形態の製造方法で用いられるCas9として具体的には、例えば、Streptococcus pyogenes(S.pyogenes)に由来するSpCas9、Streptococcus aureusに由来するSaCas9、Streptococcus thermophilus(S.thermophilus)に由来するStCas9等が挙げられ、これらに限定されない。
【0052】
また、本実施形態の製造方法で用いられるCas9としては、Cas9タンパク質であってもよく、Cas9をコードする核酸であってもよい。Cas9をコードする核酸を導入する場合、Cas9をコードする核酸が発現ベクターにコードされている形であってもよい。上述のタンパク質をコードする核酸が発現ベクターにコードされている形で植物細胞又は植物体に導入する場合、導入後、植物細胞又は植物体内において発現させることができる。
【0053】
発現ベクターとしては、例えば、プラスミド、ファージ、コスミド、ウイルスベクター等を用いることができ、導入される植物細胞や導入方法に応じて適宜選択することができる。発現ベクターとしてより具体的には、例えば、pBR322、pBR325、pUC19、pUC119、pBluescript、pBluescriptSK、pBI系、pPZP系のベクター等が挙げられる。特に、植物細胞又植物体へのベクターの導入法がアグロバクテリウム属細菌を介する方法である場合には、pBI系又はpPZP系のバイナリーベクターを用いることが好ましい。pBI系のバイナリーベクターとして具体的には、例えば、pBIG、pBIN19、pBI101、pBI121、pBI221等が挙げられる。pPZP系のバイナリーベクターとして具体的には、例えば、pPZP100、pPZP200、pPZP500、pPZP3425等が挙げられる。
【0054】
植物内に、Cas9をコードする核酸を導入する場合、当該核酸は少なくとも核酸導入後に植物が再生可能な組織又は未分化細胞を含む組織において発現されることが好ましい。核酸導入後に植物が再生可能な組織として具体的には、例えば、葉等が挙げられる。未分化細胞を含む組織として具体的には、例えば、カルス、メリステム等が挙げられる。
当該核酸を葉若しくはカルス等において発現させる場合、葉若しくはカルス等において特異的に核酸を発現させる転写調節領域によって、核酸を発現させてもよい。又は、葉若しくはカルス等から成長及び分化した植物体全体で核酸を発現させる恒常的プロモーター等の転写調節領域によって、核酸を発現させてもよい。
恒常的プロモーターとしては、例えば、CaMV35S(カリフラワーモザイクウイルス35S)プロモーター、ユビキチンプロモーター、アクチンプロモーター等が挙げられる。
転写調節領域によって核酸を発現させる方法は公知であり、例えば、発現させるべき核酸をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドに、転写調節領域を作動可能に連結されることが挙げられる。
【0055】
なお、本明細書において、「作動可能に連結されている」とは、前記転写調節領域が核酸の発現を調節可能であることを意味する。
また、「転写調節領域」としては、転写開始や転写効率を制御可能な配列であり、例えば、プロモーター、エンハンサー、応答配列等が挙げられる。
また、「葉、カルス又は植物体全体において転写調節可能な転写調節領域」とは、植物体を構成する細胞において核酸の転写を調節可能であることを意味する。より詳しくは、植物体全体において転写調節可能な転写調節領域とは、前記核酸が、植物体の中でも特に、ゲノム編集後に植物体の再生が可能な組織に作用可能なように転写調節可能な転写調節領域である。
葉、カルス又は植物体全体において転写調節可能な転写調節領域としては、ゲノム編集後に植物体の再生が可能な葉、カルス又は植物体全体において遺伝子の発現をもたらし得る転写調節領域が好ましく、葉又はカルスにおいて特異的に核酸の発現をもたらし得る転写調節領域がより好ましい。
【0056】
[ガイドRNA]
一般に、「ガイドRNA(guide RNA;gRNA)」とは、細菌及び古細菌において侵入外来核酸に対する獲得耐性を提供する適応免疫系を構成する、外来配列(ガイド配列)を含む小さなRNA断片(CRISPR-RNA:crRNA)と該crRNAと一部相補的なRNA(trans-activating crRNA:tracrRNA)とを融合させたtracrRNA-crRNAキメラのヘアピン構造を模倣したものを意味する。
本実施形態の製造方法で用いられるgRNAは、ガイド配列(具体的には、標的遺伝子である上述のCAG type1遺伝子又は上述のCAG type2遺伝子中の標的配列)を含むcrRNAとtracrRNAとが融合した状態で合成されたtracrRNA-crRNAキメラであってもよい。又は、ガイド配列を含むcrRNAとtracrRNAとを別々に作製し、導入前にアニーリングしてtracrRNA-crRNAキメラとしたものであってもよい。又は、tracrRNAの必須部分及びcrRNAの融合によって作製される一本鎖RNA(sgRNA)であってもよい。
【0057】
本実施形態の製造方法で用いられるgRNAは、標的遺伝子中のPAM配列の1塩基上流から、好ましくは18塩基以上26塩基以下、より好ましくは20塩基以上24塩基以下までの塩基配列に相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドを5’末端領域に含むものである。さらに、標的遺伝子と非相補的な塩基配列を含み、一点を軸として対称に相補的な配列になるように並び、ヘアピン構造をとり得る塩基配列からなるポリヌクレオチドを1つ以上含んでいてもよい。
【0058】
gRNAは、単離又は合成されたRNAであってもよく、発現ベクター内に組み込まれたRNAの形であってもよい。発現ベクターとしては、上述のCas9において例示されたものと同様のものが挙げられる。
また、gRNAは、gRNAをコードする核酸の形であってもよく、当該gRNAをコードする核酸が発現ベクターにコードされている形であってもよい。
【0059】
本実施形態の製造方法で用いられるCAG type1遺伝子を標的とするgRNAとして具体的には、以下の(a)~(d)の少なくともいずれか一つのgRNAが挙げられる。
(a)配列番号15で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(b)配列番号16で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(c)配列番号17で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(d)配列番号18で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
【0060】
本実施形態の製造方法で用いられるCAG type2遺伝子を標的とするgRNAとして具体的には、以下の(e)~(h)の少なくともいずれか一つのgRNAが挙げられる。
(e)配列番号19で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(f)配列番号20で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(g)配列番号21で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
(h)配列番号22で表される塩基配列に相補的な配列を含むガイドRNA
【0061】
中でも、本実施形態の製造方法で用いられるCAG type1遺伝子を標的とするgRNAとしては、CAG type1遺伝子を高効率で改変し、雄性不稔性を有する植物体を得られることから、上記(a)~(d)のgRNAを全て用いることが好ましい。又は、上記(a)~(d)のgRNAに含まれる塩基配列のうち、共通した塩基配列を含むgRNAを用いることが好ましい。
また、中でも、本実施形態の製造方法で用いられるCAG type2遺伝子を標的とするgRNAとしては、CAG type2遺伝子を高効率で改変し、雄性不稔性を有する植物体を得られることから、上記(e)~(h)のgRNAを全て用いることが好ましい。又は、上記(e)~(h)のgRNAに含まれる塩基配列のうち、共通した塩基配列を含むgRNAを用いることが好ましい。
【0062】
≪不稔化植物≫
本発明の一実施形態に係る不稔化植物は、以下の(1)~(3)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(4)~(6)のいずれかのCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されており、花粉の生産能を有さない。
【0063】
(1)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(2)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(3)配列番号1、2、3、8、11、12、又は13で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0064】
(4)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(5)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列において1~数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
(6)配列番号4、5、6、7、9、10、又は14で表されるアミノ酸配列と同一性が90%以上のアミノ酸配列からなり、且つ転写制御機能を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0065】
本実施形態の不稔化植物は、上述の不稔化植物の製造方法により得られるものであり、CAG type1遺伝子及びCAG type2遺伝子のいずれか一方に変異が導入されることで、機能が欠損又は抑制されている。そのため、本実施形態の不稔化植物は、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物体である。
【0066】
中でも、本実施形態の不稔化植物としては、以下の(7)~(8)のいずれかのCAG type1遺伝子、又は、以下の(9)のCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されているものが好ましい。
(7)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(8)配列番号3で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(9)配列番号4で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
【0067】
本実施形態の不稔化植物において、上記(7)のCAG type1遺伝子の機能が欠損又は抑制されているものとして、より具体的には、例えば、以下の(10)~(11)のいずれかの変異型CAG type1遺伝子を有するもの等が挙げられる。これらは、後述の実施例に示すように、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物体である。
【0068】
(10)配列番号53で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(11)配列番号54で表される塩基配列からなる遺伝子
【0069】
本実施形態の不稔化植物において、上記(8)のCAG type1遺伝子の機能が欠損又は抑制されているものとして、より具体的には、例えば、以下の(12)~(13)のいずれかの変異型CAG type1遺伝子を有するもの等が挙げられる。これらは、後述の実施例に示すように、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物体である。
【0070】
(12)配列番号55で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(13)配列番号56で表される塩基配列からなる遺伝子
【0071】
また、本実施形態の不稔化植物において、上記(9)のCAG type2遺伝子の機能が欠損又は抑制されているものとして、より具体的には、例えば、以下の(14)~(15)のいずれかの変異型CAG type2遺伝子を有するものが挙げられる。これらは、後述の実施例に示すように、花粉の生産能を有さない雄性不稔性の植物体である。
【0072】
(14)配列番号57で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(15)配列番号58で表される塩基配列からなる遺伝子
【0073】
≪ベクター≫
本発明の一実施形態に係るベクターは、Cas9をコードする核酸と、以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸と、を含む。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【0074】
本実施形態のベクターによれば、雄性不稔性の植物を製造することができる。
【0075】
Cas9をコードする核酸は、上述の不稔化植物の製造方法において例示されたものと同様である。
【0076】
上記(i)~(iv)に示す核酸は、CAG type1遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちCAG type1遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
【0077】
上記(v)~(viii)に示す核酸は、CAG type2遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちCAG type2遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
【0078】
よって、本実施形態のベクターを植物内に導入することで、Cas9、及び、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を標的とするガイドRNAが発現する。そのため、CRISPR/Casシステムにより、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子が改変されて、雄性不稔性の植物を作出することができる。
【0079】
植物へのベクターの導入方法等は、上述の不稔化植物の製造方法において例示されたものと同様である。
【0080】
本実施形態のベクターにおいて、上記(i)~(iv)に示す4種類の核酸、又は、上記(v)~(viii)に示す4種類の核酸を含むことが好ましい。これにより、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を高効率で改変し、雄性不稔性の植物を作出することができる。
【0081】
また、本実施形態のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、Cas9をコードする核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(i)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(ii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(iii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(iv)に示す核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0082】
又は、本実施形態のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、Cas9をコードする核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(v)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(vi)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(vii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(viii)に示す核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0083】
また、本実施形態のベクターは、Cas9をコードする核酸、及び、上記(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、上記(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸の他に、薬剤耐性配列等の配列を有していてもよい。
【0084】
本実施形態のベクターは、周知の遺伝子組み換え技術を用いて、Cas9をコードする核酸、及び、上記(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、上記(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を、ベクターに組み込むことで製造可能である。当該核酸を組み込む際には、市販の発現用ベクター作製キットを用いてもよい。
【0085】
≪ベクターセット≫
本発明の一実施形態に係るベクターセットは、Cas9をコードする核酸を含む第1のベクターと、以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を含む第2のベクターと、を備える。
(i)配列番号15で表される塩基配列を含む核酸
(ii)配列番号16で表される塩基配列を含む核酸
(iii)配列番号17で表される塩基配列を含む核酸
(iv)配列番号18で表される塩基配列を含む核酸
(v)配列番号19で表される塩基配列を含む核酸
(vi)配列番号20で表される塩基配列を含む核酸
(vii)配列番号21で表される塩基配列を含む核酸
(viii)配列番号22で表される塩基配列を含む核酸
【0086】
本実施形態のベクターセットによれば、雄性不稔性の植物を製造することができる。
【0087】
Cas9をコードする核酸は、上述の不稔化植物の製造方法において例示されたものと同様である。
上記(i)~(iv)に示す核酸は、CAG type1遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちCAG type1遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
上記(v)~(viii)に示す核酸は、CAG type2遺伝子中の標的配列を含む核酸、すなわちCAG type2遺伝子を標的とするガイドRNAをコードする核酸である。
【0088】
よって、本実施形態の第1のベクター及び第2のベクターを植物内に導入することで、Cas9、及び、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を標的とするガイドRNAが発現する。そのため、CRISPR/Casシステムにより、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子が改変されて、雄性不稔性の植物を作出することができる。
植物へのベクターの導入方法等は、上述の不稔化植物の製造方法において例示されたものと同様である。
【0089】
本実施形態の第2のベクターにおいて、上記(i)~(iv)に示す4種類の核酸、又は、上記(v)~(viii)に示す4種類の核酸を含むことが好ましい。これにより、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を高効率で改変し、雄性不稔性の植物を作出することができる。
【0090】
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、Cas9をコードする核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第2のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、上記(i)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(ii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(iii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(iv)に示す核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0091】
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第2のベクターは、例えば、プロモーター配列を有する核酸、上記(v)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(vi)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(vii)に示す核酸、プロモーター配列を有する核酸、上記(viii)に示す核酸、及びターミネーター配列を有する核酸を含むベクターが挙げられ、これらが上流から順に連結されてなる核酸を含むベクターが好ましい。
【0092】
また、本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクター及び第2のベクターは、それぞれCas9をコードする核酸、及び、上記(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、上記(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸の他に、薬剤耐性配列等の配列を有していてもよい。
【0093】
また、本実施形態のベクターセットは、第2のベクターが上記(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸を含む場合、上記(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を含む第3のベクターを備えていてもよい。
又は、本実施形態のベクターセットは、第2のベクターが上記(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を含む場合、上記(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸を含む第3のベクターを備えていてもよい。
【0094】
本実施形態のベクターセットにおいて、第1のベクター及び第2のベクターは、周知の遺伝子組み換え技術を用いて、それぞれCas9をコードする核酸、以下の(i)~(iv)の少なくともいずれか一つの核酸、又は、以下の(v)~(viii)の少なくともいずれか一つの核酸を、ベクターに組み込むことで製造可能である。当該核酸を組み込む際には、市販の発現用ベクター作製キットを用いてもよい。
【実施例】
【0095】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0096】
[実施例1]
1.ベクターの構築
CAG type1遺伝子及びCAG type2遺伝子において、それぞれ4箇所の標的配列を選定した。CAG type1遺伝子の標的配列をtarget a、b、c、及びdとし、CAG type2遺伝子の標的配列をtarget e、f、g、及びhとして、以下の表2に示す。
次いで、以下の表2に示すそれぞれの標的配列にBbsIサイトが付加された塩基配列からなるオリゴヌクレオチド(target a-1、b-1、c-1、d-1、e-1、f-1、g-1、及びh-1)と、その相補鎖からなるオリゴヌクレオチド(target a-2、b-2、c-2、d-2、e-2、f-2、g-2、及びh-2)とをそれぞれ混合した。次いで、混合物を95℃で5分間熱し、ゆっくりと室温に戻してアニーリングさせた。
【0097】
【0098】
次いで、上記のアニーリングさせた2本鎖オリゴヌクレオチドをそれぞれ、BbsI処理したクローニングベクター(pMR217_pDOR_AtU6gRNAベクター、pMR219_pDOR_AtU6gRNAベクター、pMR204_pDOR_AtU6gRNAベクター、及びpMR205_pDOR_AtU6gRNAベクター)にライゲーションした。
これにより、CAG type1の標的配列を有するクローニングベクターとして、
pMR217_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target a、
pMR219_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target b、
pMR204_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target c、及び、
pMR205_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target dの4種類のプラスミドベクターを得た。
【0099】
また、CAG type2の標的配列を有するクローニングベクターとして、
pMR217_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target e、
pMR219_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target f、
pMR204_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target g、及び、
pMR205_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target hの4種類のプラスミドベクターを得た。
これにより、AtU6promoterの下流に、target a、b、c、d、e、f、g、及びh(配列番号15~22)で表される塩基配列がそれぞれ連結された8種類のベクターが得られた。
【0100】
次いで、CAG type1の標的配列を有する上述の4種類のプラスミドベクター(pMR217_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target a、pMR219_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target b、pMR204_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target c、及び、pMR205_pDOR_AtU6gRNA-CAG type1_target d)をLR反応により、pDeCas9_Kanベクター(pDeCas9;Fauser et al. 2014、の選抜マーカーがハイグロマイシンからカナマイシンに改変されたベクター。)(参考文献1:Fauser F, Schiml S, Puchta H (2014) Both CRISPR/Cas-based nucleases and nickases can be used efficiently for genome engineering in Arabidopsis thaliana. Plant J 79: 348-359)に導入し、pDeCas9_Kan_CAG type1_4タンデムベクターを作製した。
【0101】
また、CAG type2の標的配列を有する上述の4種類のプラスミドベクター(pMR217_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target e、pMR219_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target f、pMR204_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target g、及び、pMR205_pDOR_AtU6gRNA-CAG type2_target h)についても同様に、LR反応により、pDeCas9_Kanベクターに導入し、pDeCas9_Kan_CAG type2_4タンデムベクターを作製した。pDeCas9_Kan_CAG type1_4タンデムベクター及びpDeCas9_Kan_CAG type2_4タンデムベクターの基本構成を
図1A(CAG type1)及び
図1B(CAG type2)にそれぞれ示す。
【0102】
これらのベクターを植物体に導入することで、Cas9と、各標的配列に対するガイドRNAとが植物体において発現し、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子を改変することができる。
【0103】
2.キク形質転換体の製造
次いで、作製したpDeCas9_Kan_CAG type1_4タンデムベクター及びpDeCas9_Kan_CAG type2_4タンデムベクターをそれぞれアグロバクテリウムに導入した。次いで、ベクターを導入したアグロバクテリウムを用いて、アグロバクテリウム法によりイエギクの『セイマリン』に導入し、形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)を作製した。
【0104】
3.キク形質転換体の形質観察
次いで、得られた形質転換体(CAG type1改変体)及びコントロールとして準備した野生型のイエギクの管状花の全体像(上)及びそれぞれの管状花の拡大像(下)を
図2に示す。
図2の管状花の拡大像(下)において、白い矢印は、それぞれの雄ずいにおける花粉の形成有無を示している。
図2から、コントロールである野生型のイエギクでは、雄ずいにおいて花粉が形成されているのが観察された。一方、形質転換体(CAG type1改変体)では、雄ずいにおいて花粉の形成が観察されなかった。
【0105】
また、得られた形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)、並びにコントロールとして準備した野生型のイエギクの雄ずいの形態を比較した画像を
図3に示す。
図3から、コントロールである野生型のイエギクでは、雄ずいにおいて花粉が形成されているのが観察された。一方、形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)では、雄ずいが発達しておらず、花粉の形成が観察されなかった。
【0106】
また、得られた形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)の集合花(頭花)の全体像を
図4に示す。
図4から、得られた形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)において、集合花(頭花)全体で花粉の形成が観察されなかった。
【0107】
以上のことから、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子をゲノム編集技術により改変することで、雄性不稔性の植物を製造できることが明らかとなった。
【0108】
4.変異導入部位の解析
野生型のイエギク及び「2.」で得られた形質転換体(CAG type1改変体及びCAG type2改変体)からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックPCRを行い、CAG type1及びCAG type2のゲノムDNAを得た。なお、ゲノミックPCRに使用したプライマーを以下の表3に示す。
【0109】
【0110】
次いで、得られたゲノムDNAについてシークエンスを行った。その結果、以下の表4に示す3種の変異の導入が確認された。なお、CAG type1改変体では2種の変異型があり、CAG type2改変体では1種の変異型が確認された。なお、表4において、配列番号67は、変異型1のCAG type1における5’末端から353番目から372番目までの塩基配列である。配列番号68は、変異型2のCAG type1における5’末端から598番目から620番目までの塩基配列である。配列番号69は、変異型3のCAG type2における5’末端から401番目から420番目までの塩基配列である。
【0111】
【0112】
CAG type1改変体のうち、変異型1では、CAG type1をコードする遺伝子(配列番号39)の5’末端から368番目及び369番目の塩基が欠損しており、5’末端から372番目の塩基がシトシンからグアニンに置換しており、フレームシフトによるアミノ酸変異が生じていた。これにより、変異導入前は248アミノ酸からなるタンパク質(配列番号1)が、変異導入後はストップコドンが発生し、132アミノ酸からなる短いポリペプチド(配列番号53)となっていた。なお、変異型1のCAG type1の全長塩基配列を配列番号54に示す。
【0113】
また、CAG type1改変体のうち、変異型2では、CAG type1をコードする遺伝子(配列番号41)の5’末端から619番目の塩基がグアニンからアデニンに置換していた。その結果、CAG type1タンパク質(配列番号3)のN末端から207番目のアミノ酸がグリシンからアルギニンとなっており、1アミノ酸変異が生じていた。これにより、CAG type1の機能が欠損又は抑制されたものと推察された。なお、変異型2のCAG type1の全長アミノ酸配列を配列番号55に、全長塩基配列を配列番号56に示す。
【0114】
また、CAG type2改変体である変異型3では、CAG type2をコードする遺伝子(配列番号42)の5’末端から409番目の塩基がシトシンからチミンに置換しており、ナンセンス突然変異が生じていた。これにより、変異導入前は265アミノ酸からなるタンパク質(配列番号4)が、変異導入後はストップコドンが発生し、137アミノ酸からなる短いポリペプチド(配列番号57)となっていた。なお、変異型3のCAG type2の全長塩基配列を配列番号58に示す。
【0115】
以上のことから、本実施形態の製造方法で得られた雄性不稔性の植物では、CAG type1遺伝子又はCAG type2遺伝子に各種変異が導入されていることが確かめられた。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本実施形態の不稔化植物及びその製造方法、ベクター、並びに、ベクターセットによれば、雄性不稔性の植物を得られる。
【配列表】