(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-02-28
(45)【発行日】2022-03-08
(54)【発明の名称】シリコン試料の炭素濃度評価方法およびこの方法に使用される評価装置、シリコンウェーハ製造工程の評価方法、シリコンウェーハの製造方法ならびにシリコン単結晶インゴットの製造方法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/3563 20140101AFI20220301BHJP
【FI】
G01N21/3563
(21)【出願番号】P 2018197943
(22)【出願日】2018-10-19
【審査請求日】2020-10-20
(73)【特許権者】
【識別番号】302006854
【氏名又は名称】株式会社SUMCO
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】稲田 隆之
(72)【発明者】
【氏名】牧瀬 さやか
(72)【発明者】
【氏名】梅野 繁
【審査官】赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-162667(JP,A)
【文献】特開平09-283584(JP,A)
【文献】特開平06-194310(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0211901(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-G01N 21/01
G01N 21/17-G01N 21/61
C30B 1/00-C30B 35/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
FT-IRにより評価対象シリコン試料の赤外吸収スペクトルである試料スペクトルを得ること、
FT-IRにより置換型炭素Csを実質的に含まない参照シリコン試料の赤外吸収スペクトルである参照スペクトルを得ること、
前記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、
波数領域Qについて、前記試料スペクトルから前記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、
前記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、
前記求められた波数シフト量を前記モデル式の前記シフト量として、前記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、
前記試料スペクトルと前記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、および
前記差スペクトルを用いて置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めること、
を含み、
前記波数領域Qの下限を、589cm
-1以上に設定する、シリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項2】
前記波数領域Qの下限を、589cm
-1に設定する、請求項1に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項3】
前記波数領域Qを、589~645cm
-1の範囲内に設定する、請求項2に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項4】
前記波数領域Qは、
589~590cm
-1の範囲の全領域である第一波数領域と、
620~645cm
-1の範囲の全領域である第二波数領域と、
からなる、請求項3に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項5】
前記波数領域Qを、589~640cm
-1の範囲内に設定する、請求項2に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項6】
前記波数領域Qは、
589~591cm
-1の範囲の全領域である第一波数領域と、
625~640cm
-1の範囲の全領域である第二波数領域と、
からなる、請求項5に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項7】
前記評価対象シリコン試料は、格子間酸素Oiを含む、請求項1~6のいずれか1項に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項8】
前記評価対象シリコン試料の格子間酸素Oiの濃度は、10.0×10
14atoms/cm
3以上である、請求項7に記載のシリコン試料の炭素濃度評価方法。
【請求項9】
評価対象のシリコンウェーハ製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度を請求項1~8のいずれか1項に記載の方法により評価すること、および
前記評価の結果に基づき評価対象のシリコンウェーハ製造工程における炭素汚染の程度を評価すること、
を含む、シリコンウェーハ製造工程の評価方法。
【請求項10】
請求項9に記載の評価方法によりシリコンウェーハ製造工程の評価を行うこと、および
前記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルと判定されたシリコンウェーハ製造工程において、または、前記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルを超えると判定されたシリコンウェーハ製造工程に炭素汚染低減処理を施した後に該シリコンウェーハ製造工程において、シリコンウェーハを製造すること、
を含む、シリコンウェーハの製造方法。
【請求項11】
シリコン単結晶インゴットを育成すること、
前記シリコン単結晶インゴットから切り出されたシリコン試料の炭素濃度を、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法により評価すること、
前記評価の結果に基づき、シリコン単結晶インゴットの製造条件を決定すること、および、
決定された製造条件下でシリコン単結晶インゴットを育成すること、
を含む、シリコン単結晶インゴットの製造方法。
【請求項12】
請求項1~8のいずれか1項に記載の方法に用いられる評価装置であって、
前記試料スペクトルを記憶する手段と、
前記参照スペクトルを記憶する手段と、
前記差スペクトルを算出する手段と、
を含み、
前記差スペクトルを算出する手段は、
前記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、
前記波数領域Qについて、前記試料スペクトルから前記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、
前記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、
前記求められた波数シフト量を前記モデル式の前記シフト量として、前記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、および
前記試料スペクトルと前記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、
を行う評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコン試料の炭素濃度評価方法およびこの方法に使用される評価装置、シリコンウェーハ製造工程の評価方法、シリコンウェーハの製造方法ならびにシリコン単結晶インゴットの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、シリコン試料の不純物の評価方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
半導体基板として使用されるシリコンウェーハには、デバイス特性の低下を引き起こす不純物汚染を低減することが望まれる。近年、シリコンウェーハに含まれる不純物として炭素が注目され、シリコンウェーハの炭素汚染を低減することが検討されている。特許文献1でも、不純物として置換型炭素が挙げられている(特許文献1の請求項5参照)。
【0005】
炭素汚染低減のためには、シリコン試料の炭素濃度を評価し、評価結果に基づき、シリコンウェーハの製造工程やシリコンウェーハを切り出すシリコン単結晶インゴットの製造工程を、製造工程で混入する炭素を低減するように管理することが望ましい。
【0006】
本発明の一態様は、シリコン試料の炭素濃度を評価するための新たな方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様は、
FT-IR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)により評価対象シリコン試料の赤外吸収スペクトル(試料スペクトル)を得ること、
FT-IRにより置換型炭素Csを実質的に含まない参照シリコン試料の赤外吸収スペクトル(参照スペクトル)を得ること、
上記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、
波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、
上記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、
上記求められた波数シフト量を上記モデル式の上記シフト量として、上記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、
上記試料スペクトルと上記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、および
上記差スペクトルを用いて置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めること、
を含み、
上記波数領域Qの下限を、589cm-1以上に設定する、シリコン試料の炭素濃度評価方法(以下、単に「炭素濃度評価方法」または「評価方法」とも記載する。)、
に関する。
【0008】
一態様では、上記波数領域Qの下限を、589cm-1に設定することができる。
【0009】
一態様では、上記波数領域Qを、589~645cm-1の範囲内に設定することができる。
【0010】
一態様では、上記波数領域Qは、589~590cm-1の第一波数領域と、620~645cm-1の第二波数領域と、からなることができる。
【0011】
一態様では、上記波数領域Qを、589~640cm-1の範囲内に設定することができる。
【0012】
一態様では、上記波数領域Qは、589~591cm-1の範囲の全領域である第一波数領域と、625~640cm-1の範囲の全領域である第二波数領域と、からなることができる。
【0013】
一態様では、上記評価対象シリコン試料は、格子間酸素Oiを含むことができる。
【0014】
一態様では、上記評価対象シリコン試料の格子間酸素Oiの濃度は、10.0×1014atoms/cm3以上であることができる。
【0015】
本発明の更なる態様は、
評価対象のシリコンウェーハ製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度を上記炭素濃度評価方法により評価すること、および
上記評価の結果に基づき評価対象のシリコンウェーハ製造工程における炭素汚染の程度を評価すること、
を含む、シリコンウェーハ製造工程の評価方法(以下、「製造工程評価方法」とも記載する。)、
に関する。
【0016】
本発明の更なる態様は、
上記シリコンウェーハ製造工程の評価方法によりシリコンウェーハ製造工程の評価を行うこと、および
上記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルと判定されたシリコンウェーハ製造工程において、または、上記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルを超えると判定されたシリコンウェーハ製造工程に炭素汚染低減処理を施した後に、このシリコンウェーハ製造工程において、シリコンウェーハを製造すること、
を含む、シリコンウェーハの製造方法、
に関する。
【0017】
本発明の更なる態様は、
シリコン単結晶インゴットを育成すること、
上記シリコン単結晶インゴットから切り出されたシリコン試料の炭素濃度を、上記炭素濃度評価方法により評価すること、
上記評価の結果に基づき、シリコン単結晶インゴットの製造条件を決定すること、および、
決定された製造条件下でシリコン単結晶インゴットを育成すること、
を含む、シリコン単結晶インゴットの製造方法、
に関する。
【0018】
本発明の更なる態様は、
上記試料スペクトルを記憶する手段と、
上記参照スペクトルを記憶する手段と、
上記差スペクトルを算出する手段と、
を含み、
上記差スペクトルを算出する手段は、
上記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、
上記波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、
上記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、
上記求められた波数シフト量を上記モデル式の上記シフト量として、上記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、および
上記試料スペクトルと上記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、
を行う、上記炭素濃度評価方法に用いられる評価装置、
に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様によれば、シリコン試料の炭素濃度を評価するための新たな方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】フーリエ変換型赤外分光光度計の構成の一例を示す。
【
図2】実施例1において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図3】比較例1において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図4】実施例2において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図5】比較例2において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図6】実施例3において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図7】比較例3において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図8】実施例4において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【
図9】比較例4において得られたフィッティング後の差スペクトルとフィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
[シリコン試料の炭素濃度評価方法]
本発明の一態様は、FT-IRにより評価対象シリコン試料の赤外吸収スペクトル(試料スペクトル)を得ること、FT-IRにより置換型炭素Csを実質的に含まない参照シリコン試料の赤外吸収スペクトル(参照スペクトル)を得ること、上記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、上記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、上記求められた波数シフト量を上記モデル式の上記シフト量として、上記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、上記試料スペクトルと上記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、および上記差スペクトルを用いて置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めること、を含むシリコン試料の炭素濃度評価方法に関し、上記波数領域Qの下限は、589cm-1以上に設定される。
【0022】
上記評価方法は、評価対象シリコン試料の炭素濃度を、差スペクトルを用いて求める。特開2009-162667号公報(特許文献1)にも、差スペクトルを用いる方法が開示されている(特開2009-162667号公報の請求項1参照)。本発明者らは特開2009-162667号公報に開示されている方法を更に改良すべく鋭意検討を重ねた結果、残差二乗和を定義する際の波数領域の下限を589cm-1以上に設定することを含む上記の新たな評価方法を見出した。この新たな評価方法によれば、差スペクトルを用いる評価方法により得られる評価結果の信頼性を高めることができる。これは以下の理由による。
FT-IRにより得られる赤外吸収スペクトルにおいて、置換型炭素Csのピークは、605cm-1付近の波数に現れる。一方、格子間酸素Oiのピークは、置換型炭素Csのピークの比較的近傍の560cm-1付近の波数に現れる。そのため、格子間酸素を含む評価対象試料について差スペクトルを得るための波数シフト量を求める際、最小二乗法によるフィッティングが格子間酸素のピークの影響を受けると、フィッティングの精度は低下してしまう。これに対し、残差二乗和を定義する際の波数領域の下限を589cm-1以上に設定すれば、格子間酸素Oiのピークがフィッティングの精度に与える影響を低減または排除することができる。その結果、差スペクトルを用いてシリコン試料の炭素濃度を評価する際の評価結果の信頼性を高めることが可能となる。本発明および本明細書において、特記しない限り、「炭素濃度」とは、置換型炭素Csの濃度をいうものとする。
【0023】
以下、上記炭素濃度評価方法について、更に詳細に説明する。
【0024】
<評価対象シリコン試料>
上記炭素濃度評価方法の評価対象とされるシリコン試料は、例えば、シリコン単結晶インゴットから切り出されたシリコン試料であることができる。例えば、シリコン単結晶インゴットからウェーハ形状に切り出した試料、またはこの試料から更に一部を切り出して得た試料を、評価に付すことができる。また、評価対象シリコン試料は、半導体基板として用いられる各種シリコンウェーハ(例えば、ポリッシュドウェーハ、エピタキシャルウェーハ等)であることもできる。また、上記シリコンウェーハは、シリコンウェーハに通常行われる各種加工処理(例えば、研磨、エッチング、洗浄等)が付されたシリコンウェーハであることもできる。シリコン試料は、n型シリコンであってもp型シリコンであってもよい。また、シリコン試料の抵抗率は特に限定されないが、フリーキャリアの影響を考慮すると、1Ωcm以上(例えば1~100000Ωcm)であることが好ましい。
【0025】
評価対象シリコン試料の格子間酸素Oiの濃度(Oi濃度)は、特に限定されるものではないが、例えば、10.0×1014atoms/cm3以上(例えば10.0×1014~30.0×1017atoms/cm3)であることができる。本発明および本明細書におけるOi濃度は、旧ASTM F121-79にしたがい、FT-IRにより測定される値とする。
上記の通り、FT-IRにより得られる赤外吸収スペクトルにおいて、格子間酸素Oiのピークは、置換型炭素Csのピークに比較的近い位置に現れる。そのため、炭素濃度を評価する際に、詳細を後述するようにOiのピークの影響を考慮した処理を行うことにより、置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から得られる炭素濃度の評価結果の信頼性を高めることができる。この点に関して、評価対象シリコン試料が格子間酸素Oiを多く含むほど、赤外吸収スペクトルにおいて置換型炭素Csのピークに比較的近いOiのピークは大きくなるため、Oiのピークの影響を考慮した処理を行わなければ、炭素濃度の評価結果の信頼性はより低下しやすい。これに対し、本発明の一態様にかかる炭素濃度評価方法によれば、詳細を後述するようにOiのピークの影響を考慮した処理を行うことにより、評価対象シリコン試料が格子間酸素Oiを多く含む場合であっても、信頼性の高い炭素濃度の評価結果を得ることができる。
【0026】
<参照シリコン試料>
上記炭素濃度評価方法は、評価対象シリコン試料の炭素濃度を、差スペクトルを用いて求める。差スペクトルを得るためには、試料スペクトルに加えて参照スペクトルを要する。参照スペクトルを得るための参照シリコン試料は、置換型炭素Csを実質的に含まないシリコン試料である。置換型炭素Csを実質的に含まないことは、例えば、放射化分析において炭素が検出されないことによって確認することができる。放射化分析による炭素の検出下限は、一例として、2×1014atoms/cm3であることができる。炭素の検出下限が2×1014atoms/cm3の放射化分析によってシリコン試料を分析して炭素が検出されない場合、そのシリコン試料の炭素濃度は2×1014atoms/cm3未満であると確認できる。なお放射化分析では、置換型炭素とその他の炭素とは区別されない。したがって、放射化分析に関して記載する炭素濃度は、置換型炭素Csの濃度に限定されない。
【0027】
FT-IRにより評価対象シリコン試料について得られる赤外吸収スペクトル(試料スペクトル)も参照シリコン試料について得られる赤外吸収スペクトル(参照スペクトル)も、シリコンのフォノン吸収によるバックグラウンド成分を含む。具体的には、シリコンのフォノン吸収によるバックグラウンド成分の赤外吸収スペクトルは、565~645cm-1の波数範囲にある。そのため、FT-IRにより評価対象シリコン試料について得られる赤外吸収スペクトルでは、上記バックグラウンド成分の赤外吸収スペクトルは、605cm-1付近の波数にピークを有する置換型炭素Csの赤外吸収スペクトルと重なる。しかし、シリコンのフォノン吸収によるバックグラウンド成分を含む参照スペクトルを用いて得られる差スペクトルでは、このバックグラウンド成分の赤外吸収スペクトルが置換型炭素Csのピークにおける吸光度値に与える影響を低減または排除することができる。差スペクトルの取得について、詳細は後述する。
【0028】
参照シリコン試料の格子間酸素Oiの濃度(Oi濃度)は、特に限定されるものではないが、例えば、10.0×1014atoms/cm3以上(例えば10.0×1014~30.0×1017atoms/cm3)であることができる。参照シリコン試料のOi濃度は、評価対象シリコン試料と同程度であってもよく、同程度でなくてもよい。上記評価方法では、格子間酸素Oiのピークがフィッティングの精度に与える影響を低減または排除できるため、評価対象シリコン試料と参照シリコン試料のOi濃度が大きく異なってもかまわない。参照シリコン試料のその他の詳細については、評価対象シリコン試料に関する先の記載を参照できる。
【0029】
<FT-IRによる赤外吸収スペクトルの取得>
評価対象シリコン試料の赤外吸収スペクトル(試料スペクトル)および参照シリコン試料の赤外吸収スペクトル(参照スペクトル)は、市販のフーリエ変換型赤外分光光度計または公知の構成のフーリエ変換型赤外分光光度計を用いて、公知の方法で取得することができる。
図1に、フーリエ変換型赤外分光光度計の構成の一例を示す。フーリエ変換型赤外分光光度計200は、干渉計205、移動鏡206、固定鏡207、半透鏡208、光源210、試料室220、検出器230、A/D変換器(Analog-to-digital converter)240、コンピュータ250を含む。光源210および干渉計205により生成された干渉光が試料室220を通過して検出器230に到達して信号強度が検出されて電気信号となり、A/D変換器240において上記電気信号がデジタル変換され、コンピュータ250を用いてフーリエ変換等の計算処理が実施される。得られる情報は、波数領域における吸光度値(赤外吸収強度)の分布(赤外吸収スペクトル)として出力される。
【0030】
<差スペクトル>
次に、評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めるために用いられる差スペクトルを得るための各種段階について説明する。
【0031】
上記で得られた参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成する。モデル式の一態様について、以下に説明する。
【0032】
参照スペクトルの赤外吸収分光データは、例えば下記式1で表される。参照シリコン試料の赤外吸収分光データは、例えばコンピュータ250(
図1参照)に記憶される。
【0033】
【0034】
式1中、xkは波数、AR(xk)は波数xkでの吸光度値である。
【0035】
試料スペクトルの赤外吸収分光データは、例えば下記式2で表される。測定対象シリコン試料の赤外吸収分光データは、例えばコンピュータ250(
図1参照)に記憶される。
【0036】
【0037】
式2中、AS(xk)は波数xkでの吸光度値である。
【0038】
波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式は、例えば、下記式3-1である。
【数3】
【0039】
式3-1中、
AP(xk):補正参照スペクトルのモデル式
a1:参照スペクトルと試料スペクトルの振幅誤差を補正する差係数
a2:波数シフト補正のためのシフト量[cm-1]
a3:0次ベースラインオフセット
a4:1次ベースラインオフセット
である。モデル式AP(xk)は、具体的には、参照スペクトルAR(xk)を試料スペクトルAS(xk)に近づけるためのものであり、より具体的には、差スペクトルの算出に伴うシリコン単結晶の格子振動による630cm-1付近の歪みを抑圧するためのものである。このためには、モデル式は、波数シフト補正のためのシフト量a2を含んでいればよく、上記式3-1や下記式3-2に限定されない。
【0040】
または、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式は、例えば、下記式3-2である。
【0041】
【0042】
式3-2中、AP(xk)、a1、a2、a3およびa4は式3-1について上記した通りである。a5はピーク強度、a6はピーク中心の波数、a7は半値幅、L(xk,a6,a7)は正規化したローレンツ型ピークシェープである。ローレンツ型ピークシェープは次式で表される。
【0043】
【0044】
波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義する。残差二乗和は、例えば下記式4を用いて定義できる。
【0045】
【0046】
式4中、Dは、試料スペクトルから補正参照スペクトルを差し引いた残差二乗和である。
【0047】
式4中、波数領域Qは、xkについての和を求める波数領域である。上記炭素濃度評価方法では、この波数領域Qの下限を、589cm-1以上に設定する。このことが、差スペクトルを用いて評価対象シリコン試料の炭素濃度を評価する際の評価結果の信頼性を高めることに寄与する。この点の詳細は、先に記載した通りである。
【0048】
波数領域Qの下限は、589cm-1以上に設定され、好ましくは589cm-1に設定される。
波数領域Qの上限は、例えば645cm-1以下に設定することができ、640~645cm-1の範囲に設定することが好ましい。
波数領域Qは、一態様では、589~645cm-1の範囲内に設定することができる。この場合、波数領域Qは、一態様では589~645cm-1の範囲の全領域に設定することができ、他の一態様では589~645cm-1の範囲の一部領域に設定することができる。一部領域に設定する場合には、置換型炭素Csのピークの左右の領域に設定することが好ましく、例えば589~590cm-1の範囲の全領域である第一波数領域と620~645cm-1の範囲の全領域である第二波数領域とからなる波数領域Qを設定することができる。または、例えば589~591cm-1の範囲の全領域である第一波数領域と620~645cm-1の範囲の全領域である第二波数領域とからなる波数領域Qを設定することができる。
また、他の一態様では、波数領域Qは、589~640cm-1の範囲内に設定することができる。この場合、波数領域Qは、一態様では589~640cm-1の範囲の全領域に設定することができ、他の一態様では589~640cm-1の範囲の一部領域に設定することができる。一部領域に設定する場合には、置換型炭素Csのピークの左右の領域に設定することが好ましく、例えば589~591cm-1の範囲の全領域である第一波数領域と625~640cm-1の範囲の全領域である第二波数領域とからなる波数領域Qを設定することができる。または、例えば589~590cm-1の範囲の全領域である第一波数領域と625~640cm-1の範囲の全領域である第二波数領域とからなる波数領域Qを設定することができる。
【0049】
式3-1に含まれる補正のための係数a1、a2、a3、a4は、例えば、公知の最小二乗法を用い、残差二乗和を極小化する次の条件(下記式5-1)から算出することができる。
【0050】
【0051】
式3-2に含まれる補正のための係数a1、a2、a3、a4、a5、a6、a7は、例えば、公知の最小二乗法を用い、残差二乗和を極小化する次の条件(下記式5-2)から算出することができる。
【0052】
【0053】
補正のための係数を決定する手段としては、線形最小二乗法、非線形最小二乗法等の公知の最小二乗法を適宜用いることができる。このように、試料スペクトルおよび参照スペクトルの赤外吸収分光データに基づいて、補正のための係数a1、a2、a3、a4を決定することができる。こうして、上記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めることができる。波数範囲を上記のように設定することにより、この最小二乗法によるフィッティングへの格子間酸素Oiの影響を低減または排除することができるため、フィッティングの精度を高めることができる。そして、ここでのフィッティングの精度が高いことは、差スペクトルを用いて評価対象シリコン試料の炭素濃度を評価する際の評価結果の信頼性を高めることにつながるため好ましい。
【0054】
こうして求められた波数シフト量を上記モデル式の上記シフト量として、上記モデル式から補正参照スペクトルを求めることができる。例えば、上記式3-1に、決定された係数a1、a2、a3、a4を代入した式として、補正参照スペクトルを表す式を得ることができる。または、例えば、上記式3-2に、決定された係数a1、a2、a3、a4、a5、a6、a7を代入した式として、補正参照スペクトルを表す式を得ることができる。
【0055】
評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めるための差スペクトルは、例えば、上記で決定された係数a1、a2、a3、a4の値や係数a1、a2、a3、a4、a5、a6、a7の値を用い、下記式6で表される差スペクトルとして得られる。
【0056】
【0057】
<炭素濃度の評価>
上記炭素濃度評価方法では、以上のように得られた差スペクトルを用いて置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から、評価対象シリコン試料の炭素濃度を求める。置換型炭素Csのピークは605cm-1付近の波数に現れる。したがって、605cm-1付近で最も吸光度値が大きい位置をピーク位置と決定することができる。差スペクトルを用いて評価対象原子のピーク位置の吸光度値から評価対象原子の濃度を求める手法は公知である。例えば、上記で得られた差スペクトルそのものにおける置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から、評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めることができる。または、Csピーク位置の特定の精度を高めるために、差スペクトルを、最小二乗法等の公知の方法によりフィッティングして得られたフィッティング後の差スペクトルにおける置換型炭素Csのピーク位置の吸光度値から、評価対象シリコン試料の炭素濃度を求めることもできる。
【0058】
[評価装置]
また、本発明の一態様によれば、
上記試料スペクトルを記憶する手段と、
上記参照スペクトルを記憶する手段と、
上記差スペクトルを算出する手段と、
を含み、
上記差スペクトルを算出する手段は、
上記参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を作成すること、
上記波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を定義すること、
上記残差二乗和を極小化する波数シフト量を最小二乗法により求めること、
上記求められた波数シフト量を上記モデル式の上記シフト量として、上記モデル式から補正参照スペクトルを求めること、および
上記試料スペクトルと上記補正参照スペクトルとの差スペクトルを得ること、
を行う、上記炭素濃度評価方法に用いられる評価装置も提供される。また、上記の差スペクトルを算出する手段は、算出した差スペクトルを出力する機能を更に備えることができる。上記各種手段における各種データ処理は、コンピュータプログラムを用いて自動的に実施することができる。例えば、コンピュータ250(
図1)においてコンピュータプログラムを実行することにより、自動的に実施することができる。
【0059】
[シリコンウェーハ製造工程の評価方法およびシリコンウェーハの製造方法]
本発明の一態様は、評価対象のシリコンウェーハ製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度を上記炭素濃度評価方法により評価すること、および、上記評価の結果に基づき評価対象のシリコンウェーハ製造工程における炭素汚染の程度を評価すること、を含むシリコンウェーハ製造工程の評価方法に関する。
【0060】
また、本発明の一態様は、上記シリコンウェーハ製造工程の評価方法によりシリコンウェーハ製造工程の評価を行うこと、および、上記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルと判定されたシリコンウェーハ製造工程において、または、上記評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルを超えると判定されたシリコンウェーハ製造工程に炭素汚染低減処理を施した後に、このシリコンウェーハ製造工程において、シリコンウェーハを製造すること、を含むシリコンウェーハの製造方法に関する。
【0061】
上記製造工程評価方法における評価対象のシリコンウェーハ製造工程は、製品シリコンウェーハを製造する一部の工程または全部の工程であることができる。製品シリコンウェーハの製造工程は、一般に、シリコン単結晶インゴットからのウェーハの切り出し(スライシング)、研磨やエッチング等の表面処理、洗浄工程、更にウェーハの用途に応じて必要により行われる後工程(エピタキシャル層形成等)を含む。これらの各工程および各処理はいずれも公知である。
【0062】
シリコンウェーハの製造工程では、製造工程で用いられる部材とシリコンウェーハとの接触等により、シリコンウェーハに炭素汚染が発生し得る。評価対象の製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度を評価して炭素汚染の程度を把握することにより、評価対象のシリコンウェーハ製造工程に起因して製品シリコンウェーハに炭素汚染が発生する傾向を把握することができる。即ち、評価対象の製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度が高いほど、評価対象の製造工程において炭素汚染が発生し易い傾向があると判定することができる。したがって、例えば、あらかじめ炭素濃度の許容レベルを設定しておき、評価対象のシリコンウェーハ製造工程において製造されたシリコンウェーハについて求められた炭素濃度が許容レベルを超えたならば、評価対象の製造工程を、炭素汚染発生傾向が高く製品シリコンウェーハの製造工程としては使用不可と判定することができる。そのように判定された評価対象のシリコンウェーハ製造工程は、炭素汚染低減処理を施した後に製品シリコンウェーハの製造に用いることが好ましい。この点の詳細は、更に後述する。
【0063】
評価対象のシリコンウェーハ製造工程において製造されたシリコンウェーハの炭素濃度は、本発明の一態様にかかる上記炭素濃度評価方法によって求められる。上記炭素濃度評価方法の詳細は、先に詳述した通りである。炭素濃度評価に付すシリコンウェーハは、評価対象のシリコンウェーハ製造工程で製造された少なくとも1枚のシリコンウェーハであり、2枚以上のシリコンウェーハであってもよい。2枚以上のシリコンウェーハの炭素濃度を求めた場合には、例えば、求められた炭素濃度の平均値、最大値等を、評価対象のシリコンウェーハ製造工程の評価のために用いることができる。また、シリコンウェーハは、ウェーハ形状のまま炭素濃度評価に付してもよく、その一部を切り出して炭素濃度評価に付してもよい。1枚のシリコンウェーハから2つ以上の試料を切り出して炭素濃度評価に付す場合、2つ以上の試料について求められた炭素濃度の平均値、最大値等を、そのシリコンウェーハの炭素濃度として決定することができる。
【0064】
上記シリコンウェーハの製造方法の一態様では、上記製造工程評価方法によりシリコンウェーハ製造工程の評価を行い、評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルと判定されたシリコンウェーハ製造工程においてシリコンウェーハを製造する。これにより、炭素汚染レベルが低い高品質なシリコンウェーハを製品ウェーハとして出荷することが可能となる。また、上記シリコンウェーハの製造方法の他の一態様では、上記製造工程評価方法によりシリコンウェーハ製造工程の評価を行い、評価の結果、炭素汚染の程度が許容レベルを超えると判定されたシリコンウェーハ製造工程に炭素汚染低減処理を施した後に、このシリコンウェーハ製造工程においてシリコンウェーハを製造する。これにより、製造工程に起因する炭素汚染を低減することができるため、炭素汚染レベルが低い高品質なシリコンウェーハを製品ウェーハとして出荷することが可能となる。上記の許容レベルは、製品ウェーハに求められる品質に応じて適宜設定することができる。また、炭素汚染低減処理とは、シリコンウェーハ製造工程に含まれる部材の交換、洗浄等を挙げることができる。一例として、シリコンウェーハの製造工程においてシリコンウェーハを載置する部材であるサセプタとしてSiC製サセプタを用いる場合、繰り返し使用されたサセプタの劣化により、サセプタとの接触部分が炭素汚染されることが起こり得る。このような場合には、例えばサセプタを交換することによりサセプタ起因の炭素汚染を低減することができる。
【0065】
[シリコン単結晶インゴットの製造方法]
本発明の一態様は、シリコン単結晶インゴットを育成すること、上記シリコン単結晶インゴットから切り出されたシリコン試料の炭素濃度を、上記炭素濃度評価方法により評価すること、上記評価の結果に基づき、シリコン単結晶インゴットの製造条件を決定すること、および、決定された製造条件下でシリコン単結晶インゴットを育成すること、を含むシリコン単結晶インゴットの製造方法に関する。
【0066】
シリコン単結晶インゴットの育成は、CZ法(チョクラルスキー法)、FZ法(浮遊帯域溶融(Floating Zone)法)等の公知の方法により行うことができる。例えば、CZ法により育成されるシリコン単結晶インゴットには、原料ポリシリコンの混入炭素、育成中に発生するCOガス等に起因して、炭素が混入する可能性がある。このような混入炭素濃度を評価し、評価結果に基づき製造条件を決定することは、炭素の混入が抑制されたシリコン単結晶インゴットを製造するために好ましい。そのために混入炭素濃度を評価する方法として、本発明の一態様にかかる上記炭素濃度評価方法は好適である。
【0067】
シリコン単結晶インゴットから切り出されるシリコン試料の形状等の詳細については、上記炭素濃度評価方法の評価対象シリコン試料に関する先の記載を参照できる。炭素濃度評価に付されるシリコン試料の数は、少なくとも1つであり、2つ以上であってもよい。2つ以上のシリコン試料の炭素濃度を求めた場合には、例えば、求められた炭素濃度の平均値、最大値等を、シリコン単結晶インゴットの製造条件決定のために用いることができる。例えば、得られた炭素濃度が、あらかじめ定めた許容レベルであった場合には、炭素濃度を評価したシリコン試料を切り出したシリコン単結晶インゴットを育成した際の製造条件においてシリコン単結晶インゴットを育成することにより、炭素汚染が少ないシリコン単結晶インゴットを製造することができる。他方、例えば、得られた炭素濃度が許容レベルを超えた場合には、炭素濃度を低減するための手段を採用して決定された製造条件の下でシリコン単結晶インゴットを育成することにより、炭素汚染が少ないシリコン単結晶インゴットを製造することが可能となる。炭素汚染を低減するための手段としては、例えば、CZ法については、下記手段(1)~(3)の1つ以上を採用することができる。また、例えば、FZ法については、下記手段(4)~(6)の1つ以上を採用することができる。
(1)原料ポリシリコンとしてより炭素混入の少ない高グレード品を使用すること。
(2)ポリシリコン融液へのCO溶解を抑制するために引き上げ速度および/または結晶引き上げ時のアルゴン(Ar)ガス流量を適切に調整すること。
(3)引き上げ装置に含まれる炭素製部材の設計変更、取り付け位置の変更等を行うこと。
(4)シリコン原料として、より炭素混入の少ない高グレード品を使用すること。
(5)単結晶製造装置内に導入するガス流量を多くすることによって雰囲気ガスからの炭素の取り込みを抑制すること。
(6)単結晶製造装置に含まれる炭素含有材料製の部材の交換、部材の設計変更、取り付け位置の変更等を行うこと。
【0068】
こうして本発明の一態様によれば、低炭素濃度のシリコン単結晶インゴットおよびシリコンウェーハを提供することができる。
【実施例】
【0069】
以下に、本発明を実施例に基づき更に説明する。ただし本発明は実施例に示す態様に限定されるものではない。
【0070】
1.評価対象シリコン試料および参照シリコン試料の準備
異なる製造条件下でCZ法により育成された3つのシリコン単結晶インゴットからそれぞれシリコンウェーハ(ボロンドープp型シリコン、抵抗率:10~12Ωcm)を切り出した。各シリコンウェーハから2つのシリコン試料を切り出し、1つは下記のFT-IRによる炭素濃度評価に付し、他の1つはFT-IRによるOi濃度測定および放射化分析による炭素濃度測定に付した。測定された酸素濃度を表1に示す。評価対象シリコン試料1、2については放射化分析において炭素が検出されたのに対し、参照シリコン試料については放射化分析において炭素は検出されなかった。ここで行われた放射化分析の炭素の検出下限は、2×1014atoms/cm3である。
【0071】
【0072】
2.FT-IRによる赤外吸収スペクトルの取得
表1に示す各種シリコン試料について、フーリエ変換型赤外分光光度計としてナノメトリクス社FT-IR QS-1200HPを用いて、透過法により赤外吸収スペクトルを取得した。以下、評価対象シリコン試料1について取得された赤外吸収スペクトルを「試料スペクトル1」、評価対象シリコン試料2について取得された赤外吸収スペクトルを「試料スペクトル2」、参照シリコン試料について取得された赤外吸収スペクトルを「参照スペクトル」と記載する。参照スペクトルでは、置換型炭素Csのピークは検出されなかった。
【0073】
3.評価対象シリコン試料1の評価(実施例1、比較例1)
参照スペクトルの赤外吸収分光データを、先に説明した下記式1により表す。
【0074】
【0075】
試料スペクトル1の赤外吸収分光データを、先に説明した下記式2により表す。
【0076】
【0077】
参照スペクトルについて、波数シフト補正のためのシフト量を含む補正参照スペクトルのモデル式を、先に説明した下記式3-2により作成した。
【数12】
【0078】
ここで、
AP(xk):補正参照スペクトルのモデル式
a1:参照スペクトルと試料スペクトル1の振幅誤差を補正する差係数
a2:波数シフト補正のためのシフト量[cm-1]
a3:0次ベースラインオフセット
a4:1次ベースラインオフセット
a5:ピーク強度
a6:ピーク中心の波数
a7:半値幅
L(xk,a6,a7):先に示した式で表される正規化したローレンツ型ピークシェープ
【0079】
波数領域Qについて、上記試料スペクトルから上記モデル式を差し引いた残差二乗和を、先に説明した下記式4を用いて定義した。
【0080】
【0081】
ここで、Dは、試料スペクトル1から補正参照スペクトルを差し引いた残差二乗和である。実施例1では、波数領域Qを、589~590cm-1の範囲の全領域と620~645cm-1の範囲の全領域とからなる領域とし、比較例1では、波数領域Qを、565~590cm-1の範囲の全領域と620~645cm-1の範囲の全領域とからなる領域とした。
【0082】
ローレンツ型のピークシェイプに最小二乗法を用いてフィッティングする際に残差二乗和を極小化する係数a1、a2、a3、a4、a5、a6、a7を、先に記載した下記式5-2から算出した。
【0083】
【0084】
実施例1、比較例1において、それぞれ上記により決定された係数a1、a2、a3、a4、a5、a6、a7を、上記式3-2に代入した式として、補正参照スペクトルを表す式を得た。実施例1において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「補正参照スペクトル1」と記載し、比較例1において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「比較補正参照スペクトル1」と記載する。波数範囲Qの下限を589cm-1以上に設定して得られた補正参照スペクトル1では、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響が低減または排除されている。これに対し、比較補正参照スペクトル1では、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響は低減されていない。
【0085】
実施例1において、先に説明した下記式6により、試料スペクトルと補正参照スペクトル1との差スペクトルを表す式を得た。
【数15】
【0086】
上記式から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングして得られた差スペクトル(以下、「補正差スペクトル1」と記載する。)におけるCsのピーク位置(波数:605cm
-1)での吸光度値から評価対象シリコン試料1の炭素濃度を算出したところ、4.9×10
14atoms/cm
3であった。
また、比較例1において、上記式6により、試料スペクトルと比較補正参照スペクトル1との差スペクトルを表す式を得た。得られた式から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングした後の差スペクトル(以下、「比較補正差スペクトル1」と記載する。)を得た。
図2に、補正差スペクトル1(Difference spectrum)と、フィッティング対象のローレンツ曲線(Lorenz curve)を示す。
図3に、比較補正差スペクトル1と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図2と
図3との対比から、実施例1では比較例1と比べてフィッティング精度が高いことが確認できる。これは、実施例1において差スペクトルを得るための補正参照スペクトルにおいて、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響が低減または排除されていることによるものである。
【0087】
4.評価対象シリコン試料2の評価(実施例2、比較例2)
実施例2では、評価対象シリコン試料2について、実施例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
比較例2では、評価対象シリコン試料2について、比較例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
【0088】
実施例2において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「補正参照スペクトル2」と記載し、比較例2において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「比較補正参照スペクトル2」と記載する。
実施例2において、上記式6から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングして得られた差スペクトル(以下、「補正差スペクトル2」と記載する。)におけるCsのピーク位置(波数:605cm
-1)での吸光度値から評価対象シリコン試料2の炭素濃度を算出したところ、1.07×10
15atoms/cm
3であった。
また、比較例2において、上記式6により、試料スペクトルと比較補正参照スペクトル2との差スペクトルを表す式を得た。得られた式から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングした後の差スペクトル(以下、「比較補正差スペクトル2」と記載する。)を得た。
図4に、補正差スペクトル2と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図5に、比較補正差スペクトル2と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図4と
図5との対比から、実施例2では比較例2と比べてフィッティング精度が高いことが確認できる。これは、実施例2において差スペクトルを得るための補正参照スペクトルにおいて、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響が低減または排除されていることによるものである。
【0089】
5.評価対象シリコン試料1の評価(実施例3、比較例3)
実施例3では、評価対象シリコン試料1について、波数範囲Qを589~591cm-1の範囲の全領域と625~640cm-1の範囲の全領域とからなる領域とした点以外は実施例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
比較例3では、評価対象シリコン試料1について、波数範囲Qを570~585cm-1の範囲の全領域と625~640cm-1の範囲の全領域とからなる領域とした点以外は実施例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
【0090】
実施例3において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「補正参照スペクトル3」と記載し、比較例3において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「比較補正参照スペクトル3」と記載する。
実施例3において、上記式6から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングして得られた差スペクトル(以下、「補正差スペクトル3」と記載する。)におけるCsのピーク位置(波数:605cm
-1)における吸光度値から評価対象シリコン試料1の炭素濃度を算出したところ、4.9×10
14atoms/cm
3であった。
また、比較例3において、上記式6により、試料スペクトルと比較補正参照スペクトル3との差スペクトルを表す式を得た。得られた式から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングした後の差スペクトル(以下、「比較補正差スペクトル3」と記載する。)を得た。
図6に、補正差スペクトル3と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図7に、比較補正差スペクトル3と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図6と
図7との対比から、実施例3では比較例3と比べてフィッティング精度が高いことが確認できる。これは、実施例3において差スペクトルを得るための補正参照スペクトルにおいて、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響が低減または排除されていることによるものである。
【0091】
6.評価対象シリコン試料2の評価(実施例4、比較例4)
実施例4では、評価対象シリコン試料2について、波数範囲Qを589~591cm-1の範囲の全領域と625~640cm-1の範囲の全領域とからなる領域とした点以外は実施例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
比較例4では、評価対象シリコン試料2について、波数範囲Qを570~585cm-1の範囲の全領域と625~640cm-1の範囲の全領域とからなる領域とした点以外は実施例1と同じ方法により差スペクトルを得た。
【0092】
実施例4において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「補正参照スペクトル4」と記載し、比較例4において得られた補正参照スペクトルを表す式から作成される補正参照スペクトルを「比較補正参照スペクトル4」と記載する。
実施例4において、上記式6から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングして得られた差スペクトル(以下、「補正差スペクトル4」と記載する。)におけるCsのピーク位置(波数:605cm
-1)における吸光度値から評価対象シリコン試料1の炭素濃度を算出したところ、1.07×10
15atoms/cm
3であった。
また、比較例4において、上記式6により、試料スペクトルと比較補正参照スペクトル4との差スペクトルを表す式を得た。得られた式から差スペクトルを作成し、作成された差スペクトルをローレンツ型のピークシェイプに非線形最小二乗法を用いてフィッティングした後の差スペクトル(以下、「比較補正差スペクトル4」と記載する。)を得た。
図8に、補正差スペクトル4と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図9に、比較補正差スペクトル4と、フィッティング対象のローレンツ曲線を示す。
図8と
図9との対比から、実施例4では比較例4と比べてフィッティング精度が高いことが確認できる。これは、実施例4において差スペクトルを得るための補正参照スペクトルにおいて、格子間酸素Oiの赤外吸収スペクトルの影響が低減または排除されていることによるものである。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明は、シリコン単結晶インゴットおよびシリコンウェーハの技術分野において有用である。