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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-01
(45)【発行日】2022-03-09
(54)【発明の名称】プラテンシマイシンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/26 20060101AFI20220302BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20220302BHJP
【FI】
C12P19/26
C12N1/20 A
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2018036077
(22)【出願日】2018-03-01
(65)【公開番号】P2019149945
(43)【公開日】2019-09-12
【審査請求日】2020-10-08
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年9月7日、第32回(2017年度)日本放線菌学会大会講演要旨集にて、尾仲 宏康、浅水 俊平、河合 盛進が発明した「Analysis of combined-culture induced specialized metabolites with antibiosis from Streptomyces sp.HOK021」に関する研究について公開した。 平成29年9月7日~8日、第32回(2017年度)日本放線菌学会大会にて、尾仲宏康、浅水 俊平、河合 盛進が発明した「Analysis of combined-culture induced specialized metabolites with antibiosis from Streptomyces hygroscopicus HOK021」に関する研究について公開した。
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02560
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-257
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000241500
【氏名又は名称】トヨタ紡織株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】特許業務法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】尾仲 宏康
(72)【発明者】
【氏名】浅水 俊平
(72)【発明者】
【氏名】河合 盛進
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-528639(JP,A)
【文献】特開2008-054637(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第105002106(CN,A)
【文献】第32回(2017年度)日本放線菌学会大会講演要旨集,2017年09月07日,P18, 111
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00 - 41/00
C12N 1/00 - 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
受託番号NITE P-02560のストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株と、ツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)TP-B0596株を混合して培養する工程と、
得られた培養液からプラテンシマイシンを搾取する工程と、を含むプラテンシマイシンの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プラテンシマイシンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医療現場におけるメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus;以下、「MRSA」と略称する)の蔓延は、感染防御能が低下した患者等に重篤な病態を引き起こす懸念があり、臨床的に重大な問題となっている。また、MRSAに有効なバンコマイシンに対して耐性を獲得したバンコマイシン耐性腸球菌(Vancomycin-resistant Enterococcus ;以下、「VRE」と略称する)も出現している。このため、MRSA、VREのような多剤耐性菌に対して有用な生理活性物質を産生する能力をもった微生物の探索が広く行われている。
【0003】
このような状況下において、南アフリカの土壌に存在する放線菌の一種であるストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)から抗生物質プラテンシマイシン(platensimycin)が発見された(非特許文献1)。
【0004】
プラテンシマイシンは、細菌の脂肪酸合成を行う酵素(FabF)を阻害することで抗生作用を示し、耐性菌が出現しにくく、MRSA、VREにも有効である。また、プラテンシマイシンは、MRSA、VREを含むグラム陽性菌に対して広範な抗菌スペクトルを示すとされている。なお、プラテンシマイシンを立体選択的に合成する化学合成法も知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Wang J.et al., Nature, 441, 358-361, 2006
【文献】Matsuo,J.et al.,Org. Lett. ,10, 4049-4052, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
微生物からプラテンシマイシンを得る方法は、工程数が多く特殊試薬や高温、高圧等の過酷条件が必要とされる化学合成法に比べ、有利な点が多い。しかし、微生物を南アフリカの土壌に存在する放線菌ストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)のみに求めるのは、供給源の安定化を図る観点からして好ましくない。このため、ストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)以外にプラテンシマイシンを産生する微生物を見出すことが望まれる。
【0007】
もっとも、プラテンシマイシンは、メルク社の研究グループが25万個以上の天然物をスクリーニングして発見したという経緯がある。したがって、純粋培養株を使用する従来のスクリーニングをこれ以上行っても、プラテンシマイシンを産生する微生物を見つけるのは極めて難しいことが予想される。
【0008】
一方、本発明者は、放線菌とミコール酸含有菌を共培養(混合培養)することで、微生物の二次代謝産物産生能力が活性化され、純粋培養では確認できなかった二次代謝産物を得ることができることを見出した。この混合培養法を用いて、微生物の潜在的な二次代謝を誘導することにより、従来の純粋培養法では発見できなかった、プラテンシマイシンを産生する微生物を見出し、該微生物を利用して、プラテンシマイシンを効率的に生産することが期待される。
【0009】
本発明は、プラテンシマイシンの新たな供給源を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、プラテンシマイシンの製造方法であり、
受託番号NITE P-02560のストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株と、細胞壁にミコール酸を含有する微生物を混合して培養する工程と、
得られた培養物からプラテンシマイシンを採取する工程と、を含む。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、細胞壁にミコール酸を含有する微生物を用いた混合培養法により、ストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株からプラテンシマイシンを生産することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を詳細に説明する。本実施形態のプラテンシマイシン(platensimycin)は、ミコール酸含有菌と被検菌を混合して培養した培養物から得られる二次代謝産物として製造される。
【0013】
ミコール酸含有菌は、細胞壁にミコール酸を含有する微生物であって、被検菌の二次代謝産物生産を誘導する能力を有する。本発明で使用されるミコール酸含有菌は、ツカムレラ(Tsukamurella)属に属する微生物であり、好ましくは、ツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)に属する微生物である。ツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)に属する微生物は、好ましくは、ツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)TP-B0596株である。ツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)TP-B0596株は、ストレプトマイセス・リビダンス(Streptomyces lividans)の色素産生を誘導する能力をもった微生物である。
【0014】
被検菌は、日本国内(北海道富良野市)の土壌試料から分離され、本発明者がHOK021株と命名した放線菌である。HOK021株の16S rDNA塩基配列は、ストレプトマイセス(Streptomyces)属のそれに対して高い相同性(相合率99.6%)を示した。よって、HOK021株は、ストレプトマイセス(Streptomyces)属に属する微生物である。
【0015】
被検菌となるストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターに、受託番号NITE P-02560として寄託されている(受託日:2017年10月17日)。なお、以下の説明においては、特に必要がない限り、ストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株を、「被検菌」または「HOK021株」と称する。
【0016】
混合培養は、被検菌を単独で培養する場合に好適な培養条件下で行うことができ、好ましくは、好気的条件下で行われる。培地の種類や培養条件(培地栄養源、培養時間、温度、pH等)は、一般の微生物による抗生物質の製造において通常使用される場合に準じ、また、ミコール酸含有菌や被検菌の性質を考慮して適宜決定される。ミコール酸含有菌と被検菌は、いずれも生菌の状態で混合培養される。
【0017】
プラテンシマイシンは、ミコール酸含有菌と被検菌を混合培養した培養物から回収され、単離精製される。単離精製方法としては、微生物からの二次代謝産物を取得するのに通常用いられる方法を採用することができる。例えば、培養物の培養後、濾過、遠心分離等の公知の手法によって菌体と上清とを分離し、上清を有機溶媒等で溶媒抽出した後、種々の分離方法で単離精製して、プラテンシマイシンを採取することができる。分離方法としては、ODSカラム等の逆相カラムクロマトグラフィー、逆相カラムクロマトグラフィーを用いたHPLCによる分取等を行うことができる。さらに、結晶化、減圧濃縮、凍結乾燥等の手段を単独で、または適宜組み合わせて用いることができる。最終的にプラテンシマイシンが得られる方法であれば、いかなる単離精製方法であるかを問わない。
【0018】
HOK021株とミコール酸含有菌とを混合培養し、その培養物から回収される二次代謝産物は、プラテンシマイシンのみならず、エンテロバクチン(Enterobactin)、ENT447(N,N'-bis(2,3-dihydroxybenzoyl)-O-(α-aminoacryloyl)-O-serylserine)等があり、さらに新規な化合物を含む。この新規な化合物については抗菌活性を示すことを確認している。
【0019】
<実施例>
1.製造方法
[HOK021の分離]
東京大学大学院農学生命科学研究科付属演習林(北海道演習林、北海道富良野市)において採取した土壌から希釈フェノール法及びISP4培地(培地成分:1% Soluble starch, 0.1% K2HPO4, 0.1% MgSO4, 0.1% NaCl, 0.2% (NH4)2SO4, 0.2% CaCO3, 0.0001% FeSO4, 0.0001% MnCl2, 0.0001% ZnSO4, 2.0% agar.)を用いて放線菌を分離した。分離放線菌HOK021株の部分16S rDNA配列をPCRにより増幅し、サンガー法により塩基配列を決定したところ、基準株であるStreptomyces hygroscopicus subsp. glebosus(遺伝子登録番号AB184479)と99.6%(1463/1469)の相同性を示した。HOK021株をストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus) HOK021株と命名した。
【0020】
[HOK021とTP-B0596の培養]
Streptomyces hygroscopicus HOK021株の胞子液グリセロールストック(-80℃保存)をISP2寒天培地(培地成分:0.4% Yeast extract, 1% Malt extract, 0.4% glucose, 2.0% agar.)に植菌し、30℃で5日間静置培養を行った。ミコール酸含有菌であるツカムレラ・プルモニス(Tsukamurella pulmonis)TP-B0596の菌体グリセロールストック(-80℃保存)をISP2寒天培地に植菌し、30℃で3日間静置培養を行った。K-1型フラスコに100mlのV-22培地(培地成分:1% Soluble starch, 0.5% Glucose, 0.3% NZ-case, 0.2% Yeast extract, 0.1% Tryptone, 0.1% K2HPO4, 0.05% MgSO4, 0.3% CaCO3(pH 7))を入れた培地に、寒天培地に生育したHOK021株菌体を植菌し、3日間(30℃、200rpm)前培養を行った。K-1型フラスコに100mlのV-22培地を入れた培地に、寒天培地に生育したTP-B0596株菌体を植菌し、2日間(30℃、200rpm)前培養を行った。HOK021株の前培養液を3ml、TP-B0596株の前培養液1mlを、K-1型フラスコに100mlのA-3M培地(培地成分:2% Soluble starch, 2% Glycerol, 1.5% Pharmamedia, 0.5% Glucose, 0.3% Yeast extract, 1% Diaion(登録商標)HP-20(pH 7))を入れた培地に同時に植菌し、その後8日間(30℃、200rpm)本培養を行った。
【0021】
[プラテンシマイシンの抽出]
本培養液(合計10.8L)を等量の酢酸エチル(10.8L、Wako 特級試薬)を用いて一回目の撹拌抽出(約1時間)を行い、遠心分離によって酢酸エチル相と水相を分離し、酢酸エチル相を回収した。残った水相に対し、さらに等量の酢酸エチル(10.8L)を用いて二回目の撹拌抽出(約1時間)を行い、遠心分離によって酢酸エチル相と水相を分離し、酢酸エチル相を回収した。回収した一回目と二回目の酢酸エチル相を合わせ、エバポレーターによる減圧下、酢酸エチルを留去し、約8.8gのクルード抽出物を得た。
【0022】
[プラテンシマイシンの精製(1)]
最初に、移動相にアセトニトリル(Wako特級試薬)とmilliQ(登録商標)水を用いた中圧ODSカラムを使用し、クルード抽出物の粗精製を行った。クルード抽出物一回のカラムにつき約0.6gをDMSOにより0.1g/ml濃度に溶解し、20%アセトニトリル溶媒に置換したODSカラム(4i.d.×24cm、約300ml)に添加した。20%アセトニトリル溶媒、40%アセトニトリル溶媒、60%アセトニトリル溶媒、80%アセトニトリル溶媒、100%アセトニトリル溶媒、それぞれ300mlを用いて溶出した。分取した60%アセトニトリル溶媒の前半150mlにプラテンシマイシンを含む画分を得た。エバポレーターを用いてアセトニトリルを留去し、残った水相を-80℃ディープフリーザー中で凍結させ、凍結乾燥により残った水相を留去し、152mgの粗精製物を得た。
【0023】
[プラテンシマイシンの精製(2)]
次に、移動相にアセトニトリル(Wako特級試薬)と0.1%ギ酸緩衝液を用いたC18カラムを使用し、HPLC精製を行った。粗精製物152mgをDMSOにより約50mg/ml 濃度に溶解し、45%アセトニトリル溶媒に置換したXTerra(登録商標)カラム(5μm、10i.d.×150mm、Waters)に、一回に20μLずつ注入した。流速3.0 ml/min、アイソクラティックで溶出し、保持時間14.0分に溶出したピークを分取し、プラテンシマイシンを含む画分を得た。エバポレーターを用いてアセトニトリルを留去し、残った緩衝液相を-80℃ディープフリーザー中で凍結させ、凍結乾燥により残った水相を留去し、粗精製物を得た。
【0024】
[プラテンシマイシンの精製(3)]
次に、移動相にアセトニトリル(Wako特級試薬)と0.1%ギ酸緩衝液を用いたC18カラムを使用し、粗精製物からプラテンシマイシンのHPLC精製を行った。精製物をDMSOにより約50mg/ml 濃度に溶解し、65%アセトニトリル溶媒に置換したCOSMOSIL(登録商標)5PE-MSカラム(5μm、10i.d.×250mm、ナカライ)に、一回に20μLずつ注入した。流速3.0ml/min、アイソクラティックで溶出し、保持時間11.7分に溶出したピークを分取し、プラテンシマイシンを含む画分を得た。エバポレーターを用いてアセトニトリル及び緩衝液相を留去し、3.8mgの精製物を得た。
【0025】
精製物は、逆相HPLCで単一ピークになることを確認した。このピークは、HOK021とTP-B0596のそれぞれの純粋培養では確認されなかった。精製物は、プラテンシマイシンと同定される。よって、プラテンシマイシンは、HOK021とTP-B0596の混合培養によって初めて確認されたものである。
【0026】
2.構造決定
[プラテンシマイシンの精製(3)]で得られた精製物の物理化学的特性を以下に示す。
(A)外観:淡黄色粉末
(B)分子量:442.48
(C)分子式:C24H27NO7
(D)HR QTOF ESI MS(ポジティブ):実測値442.1860 [M+H]+
計算値442.1860 (for C24H28NO7 +)
精製物のH-NMRデータを表1に示す。なお、表1中の「No.」欄の数字は、[化1]に示すプラテンシマイシンを構成する炭素の位置番号に対応している(IUPAC命名法に従うものではない)。化学シフト(δ)は、ppmで表現され、H-NMRは500MHzで分析され、重溶媒として、ピリジン-d5を用いた。
【0027】
【0028】
【化1】
【0029】
上記MS及びNMR等の測定結果は、[プラテンシマイシンの精製(3)]で得られた精製物が、プラテンシマイシンであることを示すものであった。
【0030】
以上のことから、ストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株が混合培養により産生する二次代謝産物の一つは、既知の抗生物質であるプラテンシマイシンと同定された。
【0031】
プラテンシマイシンは、グラム陽性菌の脂肪酸合成を選択的且つ強力に阻害する抗生物質であるが、これを微生物から得るには、これまではストレプトマイセス・プラテンシス(Streptomyces platensis)の培養液から単離する純粋培養法に頼らざるを得なかった。
【0032】
本発明は、ミコール酸含有菌を用いた混合培養法により、日本国内の土壌に存在するストレプトマイセス・ハイグロスコピカス(Streptomyces hygroscopicus)HOK021株がプラテンシマイシンを産生する能力を有することを見出し、プラテンシマイシンの新たな供給源を提供するものであり、その有用性は高いと考えられる。特に、今回の混合培養法は、純粋培養法に比べ、生産性が高くなることを確認しており、大量生産も期待できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、プラテンシマイシンを提供することができるという産業上の利用可能性を有している。
【受託番号】
【0034】
NITE P-02560