(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-01
(45)【発行日】2022-03-09
(54)【発明の名称】音響信号用の制御器設計装置及びプログラム
(51)【国際特許分類】
H04S 7/00 20060101AFI20220302BHJP
H04R 3/00 20060101ALI20220302BHJP
【FI】
H04S7/00 300
H04R3/00 310
(21)【出願番号】P 2018043189
(22)【出願日】2018-03-09
【審査請求日】2021-02-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000004352
【氏名又は名称】日本放送協会
(74)【代理人】
【識別番号】100121119
【氏名又は名称】花村 泰伸
(72)【発明者】
【氏名】松井 健太郎
【審査官】渡邊 正宏
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-052082(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04S 1/00- 7/00
H04R 3/00- 3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
信号が観察される所定数の制御点と前記所定数の制御点へ信号をそれぞれ提示する所定数の2次音源とを含む制御対象についての逆システムであって、前記所定数の2次音源へ信号を出力する前記逆システムの特性と、前記所定数の制御点へ信号をそれぞれ提示する所定数の仮想音源を含む目標システムの特性とを合わせた制御器を設計する音響信号用の制御器設計装置において、
前記制御器が、第1遅延器、仮制御器及び第2遅延器を備え、
前記制御対象を、前記所定数の2次音源から提示される第1信号と前記所定数の制御点にて観察される第2信号との間の関係について、直達項を持たない状態空間モデルで表し、
前記目標システムを、前記所定数の仮想音源から提示される第3信号と前記所定数の制御点にて観察される第4信号との間の関係について、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合に、
前記第1信号、前記第2信号、前記第3信号及び前記第4信号に基づいて、前記制御対象及び前記目標システムを同定する同定部と、
前記第1信号及び前記第2信号に基づいて、前記制御対象から遅延時間を分離し、当該遅延時間を分離した分離制御対象を求めると共に、前記第3信号及び前記第4信号に基づいて、前記目標システムから遅延時間を分離し、当該遅延時間を分離した分離目標システムを求める遅延時間分離部と、
入力信号を前記第3信号とし、出力信号を、前記仮制御器のゲイン、及び前記分離制御対象と前記分離目標システムとの間の出力追従誤差とし、前記ゲインと前記出力追従誤差との間のバランスを定めるパラメータをバランス係数として、前記入力信号を入力する前記仮制御器、前記仮制御器により出力された信号を入力する前記分離制御対象、前記仮制御器により出力された信号に前記バランス係数を乗算し、乗算結果を前記ゲインとして出力する演算器、前記入力信号を入力する前記分離目標システム、及び、前記分離制御対象により出力された信号から前記分離目標システムにより出力された信号を減算し、減算結果を前記出力追従誤差として出力する減算器からなる全体システムを構成するシステム構成部と、
前記システム構成部により構成された前記全体システムのH∞ノルムが最小となるように、前記仮制御器のパラメータを決定するパラメータ決定部と、
前記遅延時間分離部により分離された前記遅延時間に基づいて、前記第3信号を入力する前記第1遅延器の遅延時間を算出すると共に、前記第1信号を出力する前記第2遅延器の遅延時間を算出する遅延時間算出部と、を備え、
前記全体システムを、直達項を持つ状態空間モデルで表し、前記全体システムの伝達関数をHall(z)、前記全体システムの係数行列をAall、入力側の係数行列をBall、出力側の係数行列をCall及び直達項の係数行列をDallとし、
前記仮制御器を、直達項を持つ状態空間モデルで表し、前記仮制御器の係数行列をA0、入力側の係数行列をB0、出力側の係数行列をC0及び直達項の係数行列をD0とし、
遅延時間を分離した前記制御対象である遅延分離制御対象を、直達項を持たない状態空間モデルで表し、前記遅延分離制御対象の係数行列をAw#、入力側の係数行列をBp#、出力側の係数行列をCw#とし、
遅延時間を分離した前記目標システムである遅延分離目標システムを、直達項を持たない状態空間モデルで表し、前記遅延分離目標システムの係数行列を前記Aw#、入力側の係数行列をBt#、出力側の係数行列を前記Cw#とし、
前記バランス係数をαとして、以下の数式:
で表される場合に、
前記パラメータ決定部は、
前記全体システムHallのH∞ノルムを最小化する条件の数式:
を線形行列不等式で表したときに、パラメータγが最小となるように、前記仮制御器の係数行列A0、前記入力側の係数行列B0、前記出力側の係数行列C0及び前記直達項の係数行列D0を、前記パラメータとして決定する、ことを特徴とする制御器設計装置。
【請求項2】
コンピュータを、請求項1に記載の制御器設計装置として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響信号用の制御器を設計する技術に関し、特に、制御対象内の制御点に、スピーカ再生により所望の音響信号を提示するための制御器を設計する制御器設計装置及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、音響システムにおいて、ある制御位置に所望の音響信号を提示する方法が知られている。
図19は、音響システムの例を説明する概略図である。この音響システムは、音場である制御対象Gpの逆システムHinv、5台のスピーカ101-1~101-5及び2台のマイクロホン102-1,102-2により構成される。
【0003】
マイクロホン102-1,102-2の位置が制御位置であり、スピーカ101-1~101-5は、2つの制御位置に所望の音響信号を提示するための音響信号を再生する音源である。マイクロホン102-1,102-2の位置を制御点といい、スピーカ101-1~101-5を2次音源という。
【0004】
制御対象Gpは、制御点に所望の音響信号を提示するための制御が行われる音場であり、2次音源から制御点までの音響伝達関数によってモデル化される。
図19の例では、制御対象Gpの音響伝達関数は、制御点の数(2)×2次音源の数(5)の音響伝達関数行列として表される。制御対象Gpは、2次音源を入力端、制御点を出力端とする状態空間モデルとして表されることもある。
【0005】
状態空間モデルの一般形は、入力ベクトル(入力信号)をu、出力ベクトル(出力信号)をyとして、以下の式にて表される。
【数1】
{A,B,C,D}は、それぞれシステムの係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)、直達項の係数行列である。
【0006】
図20は、前記式(1)で表す状態空間モデルをブロック線図で表した図である。
図20において、A,B,C,Dで表した各ブロックは、入力信号と係数行列との積演算が行われる乗算器であり、Z
-1で表したブロックは、1サンプル分の遅延(サンプルシフト)が行われる遅延器である。
【0007】
また、このブロック線図には、Bで表したブロックの出力信号とAで表したブロックの出力信号との加算演算が行われる加算器が含まれる。さらに、Cで表したブロックの出力信号とDで表したブロックの出力信号との加算演算が行われる加算器が含まれる。
【0008】
図19に戻って、制御点に所望の音響信号を提示するためには、制御対象Gpの逆システムHinvを適切に設計した上で、逆システムHinvの入力端に所望の音響信号を入力すればよい。逆システムHinvは、制御対象Gpと逆の特性を持つシステムである。制御対象Gp及び逆システムHinvを音響伝達関数行列及び状態空間モデルで記述する場合、その関係は以下の式にて表される。
【数2】
Iは単位行列である。
【0009】
図21は、仮想音源から制御点に所望の音響信号を提示する音響システムの例を説明する概略図である。この音響システムは、2次音源とは別の位置にある音源であるスピーカ103から、所望の音響信号を再生することを模擬するシステムである。この音源を仮想音源という。仮想音源から制御点までの音響伝達関数及び状態空間モデルによってモデル化される音場を目標システムGtとする。
【0010】
図22は、目標システムGtの入力端に音響信号を入力する音響システムの例を説明する概略図である。
図22に示すように、制御対象Gpの逆システムHinvと目標システムGtとを直列に接続し、目標システムGtの入力端に音響信号を入力することにより、仮想音源からの音響信号の再生を模擬することができる。
【0011】
図23は、制御器Hを備えた音響システムの例を説明する概略図である。
図23に示すように、この音響システムは、
図22に示した逆システムHinvの特性と目標システムGtの特性とを合わせた制御器Hを備えている。この音響システムでは、制御器Hに対し、逆システムHinv及び目標システムGtの両者の処理を行わせることが可能である。
【0012】
制御器Hは、以下の式を満たすように設計される。
【数3】
前記式(3)は、以下の式に変換される。これにより、仮想音源からの音響信号の再生が模擬される。
【数4】
【0013】
このような音響システムにおいて、制御点を聴取者の両耳鼓膜位置に定めた再生法をトランスオーラル再生法という。トランスオーラル再生法は、ある音響信号に所定の信号処理を施し、スピーカから音響信号を再生することにより、そのスピーカが置かれていない別の位置から音響信号が再生されているかのように、聴取者に知覚させる技術である。
【0014】
図24は、トランスオーラル再生法を実現する音響システムの例を説明する図である。聴取者104の両方の耳105-1,105-2における鼓膜位置が所望の音響信号を提示する制御位置であり、両方の耳105-1,105-2の位置は制御点である。音響信号を再生するスピーカ101-1~101-5の音源は2次音源である。音響伝達関数は、スピーカ101-1~101-5から両方の耳105-1,105-2の鼓膜位置までの伝達関数であり、特に、頭部伝達関数と呼ばれる。
【0015】
図24の例では、音場である制御対象Gpは、制御点の数(2)×2次音源の数(5)の頭部伝達関数行列、または5入力2出力の状態空間モデルとして表現される。目標システムGtも同様に、頭部伝達関数行列または状態空間モデルとして表現される。
【0016】
図22に示した音響システムと同様に、
図24に示す音響システムでは、制御対象Gpの逆システムHinvを適切に設計した上で、逆システムHinvと目標システムGtとを直列に接続し、目標システムGtの入力端に音響信号を入力する。
【0017】
これにより、仮想音源からの音響信号の再生を模擬することができ、聴取者104に対し、仮想音源から音響信号が再生されているかのように、知覚させることができる。
【0018】
図25は、制御器Hを備えた、トランスオーラル再生法を実現する音響システムの例を説明する概略図である。
図25に示すように、この音響システムは、
図24に示した逆システムHinvの特性と目標システムGtの特性とを合わせた制御器Hを備えている。
【0019】
トランスオーラル再生法においても、
図23に示した音響システムの場合と同様に、制御器Hに対し、逆システムHinv及び目標システムGtの両者の処理を行わせることが可能である。
【0020】
制御器Hは、前記式(3)を満たすように設計される。前述のとおり、前記式(3)は前記式(4)に変換されるから、仮想音源からの音響信号の再生を模擬することができる。
【0021】
従来、制御器Hを設計する手法として、制御対象Gp及び目標システムGtを状態空間でモデル化し、前記式(3)を満たす制御器Hも同様にモデル化する手法が提案されている(例えば、非特許文献1を参照)。
【0022】
この手法は、制御器HのH∞ノルムを評価関数として制御器Hのゲインを定量化し、その値が最小となるように、制御器Hを設計するものである。詳細については、非特許文献2,3、本件特許出願の出願人及び発明者によりなされた、本件特許出願時に未公開の特願2017-35517号、及び、本件特許出願の出願人等及び発明者等によりなされた、本件特許出願時に未公開の特願2017-172035号に記載されている。
【0023】
制御器Hのゲインは、制御器Hの入力信号及び出力信号の大きさの比であり、前述の音響システムのような系の摂動及び外乱は、このゲインに応じて増幅される。したがって、このゲインを小さくすることができれば、摂動及び外乱の影響を小さく抑えることができる。
【0024】
音響システムの摂動及び外乱は、例えば、スピーカ101-1~101-5の向きまたは位置がずれる状況、マイクロホン102-1,102-2の向きまたは位置がずれる状況により生じる。また、聴取者104が別の者に代わる状況、外部からノイズが混入する状況等によっても生じる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0025】
【文献】松井他、“Design Method for Transaural Reproduction Controller Based on H-Infinity Norm Constraint”、Proceedings of the SICE Annual Conference 2016 Tsukuba Japan ISBN978-4-907764-50-0、公益社団法人計測自動制御学会、September 20-23,2016
【文献】松井他、“出力追従制御を応用したトランスオーラル再生制御器の設計”、日本音響学会誌73巻5号(2017)、p.281-290
【文献】松井他、“出力追従制御を応用したトランスオーラル再生制御器の緩和処理法”、2017年秋季日本音響学会研究発表会講演論文集CD-ROM、1-P-31、2017、p.729-730
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0026】
前述のとおり、制御対象Gp、目標システムGt、及び前記式(3)を満たす制御器Hを、前記式(1)に示した状態空間モデルで表すことにより、制御器Hを設計することができる。この手法は、前記式(2)~(4)の関係が成立することを前提としている。
【0027】
しかしながら、一般的な音響システムにおいては、様々な要因から、前記式(2)~(4)の関係が成立しなくなることが多い。例えば、スピーカ101-1~101-5の向きまたは位置、マイクロホン102-1,102-2の向きまたは位置が僅かにずれるだけでも、その間の音響伝達関数が変わるからである。
【0028】
また、
図25において、聴取者104が別の者に代わると、頭部及び耳105-1,105-2の形状が変わるため、頭部伝達関数も変わる。また、音場での反射または残響、2次音源以外の音源から発せられる音(雑音)は外乱となる。
【0029】
前記式(2)~(4)に従って厳密に設計された逆システムHinv及び制御器Hは、これらの系の摂動及び外乱が勘案されておらず、変化に対して脆弱である。音響システムの場合、例えば
図19からわかるように、制御点では、2次音源から再生される音響信号の重ね合わせにより、観察される音響信号が合成される。
【0030】
系の摂動または外乱によって音響伝達関数が変わり、その位相が反転する場合、加算されるはずの音響信号が相殺され、または相殺されるはずの音響信号が加算増幅される等の問題が生じることになる。特に、振幅の大きな音響信号を逆相で相殺している場合、系の摂動または外乱によって位相が反転した結果、大きな振幅同士が加算され、大きな誤差とノイズが発生することになる。
【0031】
一般に制御器Hは、そのゲインが小さいほど、系の摂動及び外乱に対して頑健となる。しかし、前記式(2)~(4)の関係が成立しなくなる場合があり、前述の非特許文献1の手法では、ゲインを十分に小さくすることができない場合があり得る。
【0032】
前述の非特許文献1の手法は、前記式(3)が満たされるように、仮想音源からの再生が制御点にて完全に再現されることを条件として、その条件の下でゲインを最小化している。この場合、前記式(3)を条件とすると、ゲインを十分に小さくする解が得られないことがあるという問題があった。
【0033】
そこで、本発明は前記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、制御性能の低下をある程度許容することで、制御器のゲインを小さくすることが可能な制御器設計装置及びプログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0034】
前記目的を達成するために、請求項1の制御器設計装置は、信号が観察される所定数の制御点と前記所定数の制御点へ信号をそれぞれ提示する所定数の2次音源とを含む制御対象についての逆システムであって、前記所定数の2次音源へ信号を出力する前記逆システムの特性と、前記所定数の制御点へ信号をそれぞれ提示する所定数の仮想音源を含む目標システムの特性とを合わせた制御器を設計する音響信号用の制御器設計装置において、前記制御器が、第1遅延器、仮制御器及び第2遅延器を備え、前記制御対象を、前記所定数の2次音源から提示される第1信号と前記所定数の制御点にて観察される第2信号との間の関係について、直達項を持たない状態空間モデルで表し、前記目標システムを、前記所定数の仮想音源から提示される第3信号と前記所定数の制御点にて観察される第4信号との間の関係について、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合に、前記第1信号、前記第2信号、前記第3信号及び前記第4信号に基づいて、前記制御対象及び前記目標システムを同定する同定部と、前記第1信号及び前記第2信号に基づいて、前記制御対象から遅延時間を分離し、当該遅延時間を分離した分離制御対象を求めると共に、前記第3信号及び前記第4信号に基づいて、前記目標システムから遅延時間を分離し、当該遅延時間を分離した分離目標システムを求める遅延時間分離部と、入力信号を前記第3信号とし、出力信号を、前記仮制御器のゲイン、及び前記分離制御対象と前記分離目標システムとの間の出力追従誤差とし、前記ゲインと前記出力追従誤差との間のバランスを定めるパラメータをバランス係数として、前記入力信号を入力する前記仮制御器、前記仮制御器により出力された信号を入力する前記分離制御対象、前記仮制御器により出力された信号に前記バランス係数を乗算し、乗算結果を前記ゲインとして出力する演算器、前記入力信号を入力する前記分離目標システム、及び、前記分離制御対象により出力された信号から前記分離目標システムにより出力された信号を減算し、減算結果を前記出力追従誤差として出力する減算器からなる全体システムを構成するシステム構成部と、前記システム構成部により構成された前記全体システムのH∞ノルムが最小となるように、前記仮制御器のパラメータを決定するパラメータ決定部と、前記遅延時間分離部により分離された前記遅延時間に基づいて、前記第3信号を入力する前記第1遅延器の遅延時間を算出すると共に、前記第1信号を出力する前記第2遅延器の遅延時間を算出する遅延時間算出部と、を備え、前記全体システムを、直達項を持つ状態空間モデルで表し、前記全体システムの伝達関数をHall(z)、前記全体システムの係数行列をAall、入力側の係数行列をBall、出力側の係数行列をCall及び直達項の係数行列をDallとし、前記仮制御器を、直達項を持つ状態空間モデルで表し、前記仮制御器の係数行列をA0、入力側の係数行列をB0、出力側の係数行列をC0及び直達項の係数行列をD0とし、遅延時間を分離した前記制御対象である遅延分離制御対象を、直達項を持たない状態空間モデルで表し、前記遅延分離制御対象の係数行列をAw#、入力側の係数行列をBp#、出力側の係数行列をCw#とし、遅延時間を分離した前記目標システムである遅延分離目標システムを、直達項を持たない状態空間モデルで表し、前記遅延分離目標システムの係数行列を前記Aw#、入力側の係数行列をBt#、出力側の係数行列を前記Cw#とし、前記バランス係数をαとして、以下の数式:
で表される場合に、前記パラメータ決定部が、前記全体システムHallのH∞ノルムを最小化する条件の数式:
を線形行列不等式で表したときに、パラメータγが最小となるように、前記仮制御器の係数行列A0、前記入力側の係数行列B0、前記出力側の係数行列C0及び前記直達項の係数行列D0を、前記パラメータとして決定する、ことを特徴とする。
【0035】
さらに、請求項2のプログラムは、コンピュータを、請求項1に記載の制御器設計装置として機能させることを特徴とする。
【発明の効果】
【0036】
以上のように、本発明によれば、制御性能の低下をある程度許容することで、制御器のゲインを小さくすることが可能となる。したがって、従来技術では制御器のゲインを小さくすることができない場合に、本発明では、制御器の設計に多少の誤差は生じるが、ゲインを小さくすることができ、結果として、系の摂動及び外乱に対して一層頑健な制御器を設計することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】本発明の実施形態による制御器設計装置のハードウェア構成を示す概略図である。
【
図2】制御器を含む音響システムの構成例を示す図である。
【
図3】制御対象Gpを、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合のブロック線図である。
【
図4】制御部の機能構成例を示すブロック図である。
【
図6】制御器H0を、直達項を持つ状態空間モデルで表した場合のブロック線図である。
【
図7】制御部の処理例を示すフローチャートである。
【
図8】制御対象Gp及び目標システムGtを結合した結合システムGwを説明する図である。
【
図9】遅延時間を分離した制御対象Gp#を説明する図である。
【
図10】遅延時間を分離した目標システムGt#を説明する図である。
【
図11】全体システムHallの構成例を示すブロック線図である。
【
図13】制御部の他の例(第1構成例)を示すブロック図である。
【
図14】第1構成例の制御部により設計された制御器の適用例1を示すブロック図である。
【
図15】第1構成例の制御部により設計された制御器の適用例2を示すブロック図である。
【
図16】制御部の他の例(第2構成例)を示すブロック図である。
【
図17】第2構成例の制御部により設計された制御器の適用例1を示すブロック図である。
【
図18】第2構成例の制御部により設計された制御器の適用例2を示すブロック図である。
【
図19】音響システムの例を説明する概略図である。
【
図20】式(1)で表す状態空間モデルをブロック線図で表した図である
【
図21】仮想音源から制御点に所望の音響信号を提示する音響システムの例を説明する概略図である。
【
図22】目標システムGtの入力端に音響信号を入力する音響システムの例を説明する概略図である。
【
図23】制御器Hを備えた音響システムの例を説明する概略図である。
【
図24】トランスオーラル再生法を実現する音響システムの例を説明する図である。
【
図25】制御器Hを備えた、トランスオーラル再生法を実現する音響システムの例を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、本発明を実施するための形態について図面を用いて詳細に説明する。本発明は、所定の全体システムのH∞ノルムを評価関数として、制御器Hのゲイン及び誤差を定量化し、制御器Hの誤差をある程度許容するように、H∞ノルムを最小化する制御器Hのパラメータを決定する。
【0039】
これにより、従来技術では制御器Hのゲインを十分に小さくすることができない場合に、制御器Hの制御性能の低下をある程度許容することにより、制御器Hの設計に多少の誤差は生じるが、ゲインを小さくすることができる。
【0040】
〔ハードウェア構成〕
まず、本発明の実施形態による制御器設計装置のハードウェア構成について説明する。
図1は、本発明の実施形態による制御器設計装置のハードウェア構成を示す概略図である。この制御器設計装置1は、制御器Hを設計する装置である。制御器設計装置1は、CPU11と、プログラム及びテーブル等を記憶するROM及びRAMからなる記憶部12と、アプリケーションのプログラム、テーブル及びデータ等を記憶する記憶装置(例えばハードディスク装置)13と、当該制御器設計装置1のオペレータによるキーボード及びマウス等の操作に伴い、所定のデータを入力制御する操作/入力部14と、オペレータに対しデータ入力操作等を促すための画面情報を表示器に出力する表示出力インタフェース部15と、インターネット等のネットワークを介してプログラム及びデータの送受信を行う通信部16と、を備えて構成され、これらの構成部はシステムバス17を介して相互に接続される。
【0041】
記憶装置13には、制御器設計装置1の基本的な機能を提供するOS(オペレーティングシステム)プログラム、制御器設計プログラム、及び、制御器設計プログラムにて使用する各種テーブル及びデータ等が記憶されている。
【0042】
制御器設計プログラムは、制御対象Gpの逆システムHinvの特性と、所望の特性を付与する目標システムGtの特性とを合わせた制御器Hを設計するためのプログラムである。具体的には、制御器設計プログラムは、制御対象Gpを、直達項を持たない状態空間モデルで表現することを前提に、所定の全体システムのH∞ノルムを評価関数として、制御器Hのゲイン及び誤差を定量化し、制御器Hの誤差をある程度許容するように、H∞ノルムを最小化する制御器Hのパラメータを決定する。
【0043】
尚、制御器設計プログラムは、当該制御器設計装置1が処理を行うときに、CPU11により記憶装置13から記憶部12のRAMに読み出されて実行される。また、各種テーブル及びデータは、制御器設計プログラムの実行に伴い生成され、CPU11によって記憶部12のRAMから記憶装置13へ書き込まれ、また、制御器設計プログラムの実行に伴い、CPU11によって記憶装置13から記憶部12のRAMに読み出される。
【0044】
ここで、OSプログラムは、CPU11により実行され、制御器設計装置1の基本的な機能として、記憶部12、記憶装置13、操作/入力部14、表示出力インタフェース部15及び通信部16を管理する。そして、このOSプログラムがCPU11によって実行された状態で、前述の制御器設計プログラムが実行される。
【0045】
制御部10は、CPU11及び記憶部12により構成され、CPU11が記憶装置13に記憶された制御器設計プログラムを記憶部12に読み出して実行することにより、制御器設計装置1全体を統括制御する。
図1は、制御器設計プログラムが記憶装置13から記憶部12に読み出された状態を示している。このように、制御器設計装置1は、
図1に示したハードウェア構成により、制御部10が制御器設計プログラムに従って各種処理を行う。
【0046】
〔制御器H〕
次に、
図1に示した制御器設計プログラムにより設計される制御器Hについて説明する。
図2は、制御器Hを含む音響システムの構成例を示す図である。この音響システムは、制御器H、及び音場である制御対象Gpにより構成される。
【0047】
制御器Hは、制御対象Gpの逆システムHinvの特性と、所望の特性を付与する目標システムGtの特性とを備えている。制御器Hは、m2個の音響信号(仮想音源信号)u2-1~u2-m2を入力し、m1個の音響信号(2次音源信号)u1-1~u1-m1を生成し、m1個の音響信号u1-1~u1-m1を2次音源であるスピーカ101-1~101-m1へ出力する。m2個の音響信号u2-1~u2-m2は、後述する仮想音源であるスピーカ103-1~103-m2が出力する信号に相当する。
【0048】
制御対象Gpには、m1個のスピーカ101-1~101-m1が配置され、聴取者104の耳105-1,105-2の位置が制御点である。この制御点において音響信号が観察される。制御対象Gpの入力点であるスピーカ101-1~101-m1の位置が提示点であり、当該提示点から制御点へ音響信号が提示される。制御対象Gpは、制御器Hからm1個の音響信号u1-1~u1-m1を入力し、スピーカ101-1~101-m1から耳105-1,105-2へ音響信号u1-1~u1-m1を提示する。これにより、耳105-1,105-2にて音響信号y1,y2が観察される。
【0049】
目標システムGtには、仮想音源であるm2個のスピーカ103-1~103-m2が配置される。スピーカ103-1~103-m2からのm2個の音響信号u2-1~u2-m2により、聴取者104の耳105-1,105-2の位置である制御点において音響信号が観察される。目標システムGtは、所望の音響信号を再生することを模擬するシステムであり、m2個の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、音響信号u2-1~u2-m2に対し、耳105-1,105-2の位置である制御点にて実現したい所望の音響特性が観察される。
【0050】
このように、制御器Hは、制御対象Gpの逆システムHinvの特性と、所望の特性を付与する目標システムGtの特性とを備え、逆システムHinvが請け負う処理と、目標システムGtが請け負う処理とを一括して行う。
【0051】
〔制御対象Gp〕
本発明の実施形態では、制御対象Gpは、直達項を持たない状態空間モデルとして表現する。
【0052】
図3は、制御対象Gpを、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合のブロック線図であり、本発明の実施形態にて想定するモデルである。
図20に示した直達項を持つ状態空間モデルとこの
図3の状態空間モデルとを比較すると、
図20では直達項の係数行列Dが存在するのに対し、
図3では直達項の係数行列Dが存在しない点で相違する。その他は同じである。
【0053】
直達項を持たない状態空間モデルの一般形は、以下の式にて表される。
【数5】
前記式(5)は、直達項を持つ状態空間モデルの前記式(1)と異なり、直達項の係数行列Dと入力信号uの乗算結果Du(k)が存在しない。
【0054】
図3に示すように、入力信号uと出力信号yとの間に、1サンプル時間の遅れを生じさせる遅延器(Z
-1)が存在する。このため、入力信号uのサンプル時間と出力信号yのサンプル時間とが同じではなく、この状態空間モデルは、1サンプル時間の遅延を有することとなる。
【0055】
〔制御器設計装置1の制御部10〕
次に、
図1に示した制御器設計装置1の制御部10について説明する。
図4は、制御部10の機能構成例を示すブロック図であり、当該制御部10が制御器設計プログラムの処理を実行する際の機能構成を示している。この制御部10は、同定部20、遅延時間分離部21、システム構成部22、パラメータ決定部23及び遅延時間補償部(遅延時間算出部)24を備えている。
【0056】
図2に示した二次音源であるm1個のスピーカ101-1~101-m1から出力される音響信号u1-1~u1-m1、仮想音源であるm2個のスピーカ103-1~103-m2から出力される音響信号u2-1~u2-m2、及び制御点の耳105-1,105-2に提示される音響信号y1,y2が測定され、制御部10は、これらの信号を測定信号として入力する。
【0057】
制御部10は、これらの測定信号である音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定して出力する。制御器Hのパラメータは、制御器(仮制御器)H0の係数行列A0,B0,C0,D0、遅延器(第1遅延器)Rdの遅延時間Rd1~Rdm2、及び遅延器(第2遅延器)Rcの遅延時間Rc1~Rcm1である。これらのパラメータの詳細については後述する。
【0058】
制御部10により決定されたこれらのパラメータを用いて構成される制御器Hは、
図2に示したとおり、音響信号u2-1~u2-m2を入力し、音響信号u1-1~u1-m1を出力する。つまり、これらのパラメータは、入力信号である音響信号u2-1~u2-m2から出力信号である音響信号u1-1~u1-m1を生成するためのデータである。
【0059】
図5は、制御器Hの構成例を示すブロック図であり、
図6は、制御器H0を、直達項を持つ状態空間モデルで表した場合のブロック線図である。
図5を参照して、この制御器Hは、遅延器Rd、制御器H0及び遅延器Rcを備えている。
【0060】
遅延器Rdは、m2個の遅延器30-1,30-2,・・・,30-m2により構成される。遅延器30-1は、音響信号u2-1を入力し、音響信号u2-1を遅延時間Rd1だけ遅延させ、遅延後の音響信号u2-1を制御器H0に出力する。遅延器30-2は、音響信号u2-2を入力し、音響信号u2-2を遅延時間Rd2だけ遅延させ、遅延後の音響信号u2-2を制御器H0に出力する。同様に、遅延器30-m2は、音響信号u2-m2を入力し、音響信号u2-m2を遅延時間Rdm2だけ遅延させ、遅延後の音響信号u2-m2を制御器H0に出力する。
【0061】
制御器H0は、遅延器Rdから遅延後の音響信号u2-1,u2-2~u2-m2を入力し、
図6のブロック線図に示す処理(前記式(1)の処理に相当、後述する式(11)の処理)を行う。そして、制御器H0は、m1個の遅延前の音響信号u1-1,u1-2~u1-m1を生成して遅延器Rcに出力する。
【0062】
図6を参照して、制御器H0は、乗算器40,43,44,45、遅延器42及び加算器41,46を備えている。乗算器40は、入力信号uである音響信号u2-1~u2-m2(u2)を入力し、音響信号u2に係数行列B0を乗算し、乗算結果を加算器41に出力する。加算器41は、乗算器40から乗算結果を入力すると共に、乗算器43から乗算結果を入力し、両方の乗算結果を加算し、加算結果を遅延器42に出力する。
【0063】
遅延器42は、加算器41から加算結果を入力し、加算結果を1サンプル分遅延させ、1サンプル遅延後の加算結果xを乗算器43,44に出力する。乗算器43は、遅延器42から加算結果xを入力し、加算結果xに係数行列A0を乗算し、乗算結果を加算器41に出力する。
【0064】
乗算器44は、遅延器42から加算結果xを入力し、加算結果xに係数行列C0を乗算し、乗算結果を加算器46に出力する。乗算器45は、音響信号u2を入力し、音響信号u2に係数行列D0を乗算し、乗算結果を加算器46に出力する。
【0065】
加算器46は、乗算器44から乗算結果を入力すると共に、乗算器45から乗算結果を入力し、両方の乗算結果を加算し、加算結果を遅延前の音響信号u1-1,u1-2~u1-m1(u1)である出力信号yとして遅延器Rcに出力する。
【0066】
図5に戻って、遅延器Rcは、m1個の遅延器31-1,31-2,・・・,31-m1により構成される。遅延器31-1は、制御器H0から遅延前の音響信号u1-1を入力し、遅延前の音響信号u1-1を遅延時間Rc1だけ遅延させ、音響信号u1-1をスピーカ101-1へ出力する。遅延器31-2は、制御器H0から遅延前の音響信号u1-2を入力し、遅延前の音響信号u1-2を遅延時間Rc2だけ遅延させ、音響信号u1-2をスピーカ101-2へ出力する。同様に、遅延器31-m1は、制御器H0から遅延前の音響信号u1-m1を入力し、遅延前の音響信号u1-m1を遅延時間Rcm1だけ遅延させ、音響信号u1-m1をスピーカ101-m1へ出力する。
【0067】
図6に示した制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0は、制御部10のパラメータ決定部23により決定され、
図5に示した遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1は、制御部10の遅延時間補償部24により決定される。
【0068】
〔制御部10の処理〕
図7は、制御部10の処理例を示すフローチャートである。以下、制御部10の処理例について詳細に説明する。前述のとおり、制御部10は、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータ(制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1)を決定する。
【0069】
(制御対象Gp及び目標システムGtを同定:ステップS701)
制御部10の同定部20は、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御対象Gp及び目標システムGtを同定する(ステップS701)。
【0070】
これにより、制御対象Gp及び目標システムGtを状態空間モデルで表した場合の係数行列が得られる。
【0071】
図8は、制御対象Gp及び目標システムGtを結合した結合システムGwを説明する図である。制御対象Gpにおける2次音源であるスピーカ101-1~101-m1の数はm1であり、目標システムGtにおける仮想音源の数はm2であり、制御点である耳105-1,105-2の数はp=2である。
【0072】
制御対象Gp及び目標システムGtを結合したシステムを結合システムGwと定義すると、結合システムGwは、m1+m2入力及びp出力のシステムとなる。結合システムGwにおいて、第1番目~第m1番目の入力を制御対象Gpの入力とし、第m1+1番目~第m1+m2番目の入力を目標システムGtの入力とする。
【0073】
具体的には、まず、同定部20は、直達項を持たない状態空間モデルで表した結合システムGwに対し、既存の手法を用いて、結合システムGwの係数行列Aw,Bw,Cwを求める。
【0074】
例えば、2次音源の音響信号u1-1~u1-m1、仮想音源の音響信号u2-1~u2-m2、及びその応答である制御点の音響信号y1,y2が測定(収音)されるものとする。同定部20は、これらの測定信号である音響信号を入力し、2次音源及び仮想音源と制御点との間のインパルス応答を算出する。そして、同定部20は、インパルス応答に基づいて、特異値分解法により、係数行列Aw,Bw,Cwを求める。尚、同定部20は、これらの測定信号である音響信号を入力し、部分空間法により、係数行列Aw,Bw,Cwを求めるようにしてもよい。
【0075】
尚、特異値分解法及び部分空間法は既知であるから、ここでは詳細な説明を省略する。特異値分解法及び部分空間法は一例であり、他の手法を用いるようにしてもよい。音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2の伝搬にはむだ時間が含まれるため、直達項の係数行列Dwはゼロとする。
【0076】
直達項を持たない状態空間モデルで表した結合システムGwは、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数6】
{Aw,Bw,Cw}は、それぞれ結合システムGwの係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)である。ここで、係数行列Bwの1~m1列をBpとし、m1+1~m2列をBtとする。
【0077】
直達項を持たない状態空間モデルで表した制御対象Gpは、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数7】
{Aw,Bp,Cw}は、それぞれ制御対象Gpの係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)である。
【0078】
直達項を持たない状態空間モデルで表した目標システムGtは、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数8】
{Aw,Bt,Cw}は、それぞれ目標システムGtの係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)である。
【0079】
このように、同定部20により、制御対象Gpについて、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合の係数行列Aw,Bp,Cwが得られ、目標システムGtについて、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合の係数行列Aw,Bt,Cwが得られる。
【0080】
(制御対象Gp及び目標システムGtから遅延時間を分離:ステップS702)
制御部10の遅延時間分離部21は、音響信号u1-1~u1-m1,y1,y2に基づいて、制御対象Gpの遅延時間を求め、制御対象Gpから遅延時間を分離し、制御対象(分離制御対象)Gp#を求める。また、遅延時間分離部21は、音響信号u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、目標システムGtの遅延時間を求め、目標システムGtから遅延時間を分離し、目標システム(分離目標システム)Gt#を求める(ステップS702)。
【0081】
これにより、制御対象Gp#及び目標システムGt#を状態空間モデルで表した場合の係数行列が得られる。
【0082】
具体的には、遅延時間分離部21は、制御対象Gpに対し、第i(i=1,・・・,m1)番目の音響信号u1-iを入力してから、出力信号である音響信号y1,y2のうちのいずれかから非零の値が出力されるまでの間の時間を求める。そして、遅延時間分離部21は、当該時間から1サンプル時間減算し、減算結果の時間を第i番目の音響信号u1-iの遅延時間とする。
【0083】
図9は、遅延時間を分離した制御対象Gp#を説明する図である。制御対象Gpは、入力した信号を遅延時間分遅延させる遅延器Rp、及び遅延時間を分離した制御対象Gp#を備えて構成される。
【0084】
遅延器Rpは、音響信号u1-1~u1-m1のそれぞれに対応した遅延時間(遅延要素)を対角成分に持つ伝達関数行列にて表される。つまり、遅延器Rpのi行i列の要素は、制御対象Gpのi番目の入力に対応する遅延器である。
【0085】
遅延時間を分離した制御対象Gp#は、直達項を持たない状態空間モデルで表され、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数9】
{Aw#,Bp#,Cw#}は、それぞれ制御対象Gp#の係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)である。
【0086】
また、遅延時間分離部21は、目標システムGtに対し、第i(i=1,・・・,m2)番目の音響信号u2-iを入力してから、出力信号である音響信号y1,y2のうちのいずれかから非零の値が出力されるまでの間の時間を求める。そして、遅延時間分離部21は、当該時間から1サンプル時間減算し、減算結果の時間を第i番目の音響信号u2-iの遅延時間とする。
【0087】
図10は、遅延時間を分離した目標システムGt#を説明する図である。目標システムGtは、入力した信号を遅延時間分遅延させる遅延器Rt、及び遅延時間を分離した目標システムGt#を備えて構成される。
【0088】
遅延器Rtは、音響信号u2-1~u2-m2のそれぞれに対応した遅延時間(遅延要素)を対角成分に持つ伝達関数行列にて表される。つまり、遅延器Rtのi行i列の要素は、目標システムGtのi番目の入力に対応する遅延器である。
【0089】
遅延時間を分離した目標システムGt#は、直達項を持たない状態空間モデルで表され、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数10】
{Aw#,Bt#,Cw#}は、それぞれ目標システムGt#の係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)である。
【0090】
このように、遅延時間分離部21により、遅延時間を分離した制御対象Gp#について、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合の係数行列Aw#,Bp#,Cw#が得られる。また、遅延時間を分離した目標システムGt#について、直達項を持たない状態空間モデルで表した場合の係数行列Aw#,Bt#,Cw#が得られる。
【0091】
(全体システムHallを構成:ステップS703)
制御部10のシステム構成部22は、制御器H0、ステップS702にて遅延時間が分離された制御対象Gp#及び目標システムGt#、減算器並びにバランス係数αを用いて、全体システムHallを構成する(ステップS703)。
【0092】
図11は、全体システムHallの構成例を示すブロック線図である。この全体システムHallは、制御器H0、制御対象Gp#、目標システムGt#、演算器αI及び減算器47を備えている。全体システムHallの入力信号uは音響信号u2-1~u2-m2であり、出力信号y1は制御器H0のゲインにより増幅される信号であり、制御器H0のゲインに比例する。出力信号y2は、制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差である。バランス係数αは、2つの出力である制御器H0のゲインにより増幅される信号と制御対象Gp#及び目標システムGt#の出力追従誤差との間のバランスを決定するためのパラメータである。
【0093】
制御器H0及び目標システムGt#は、入力信号uを入力する。演算器αIは、制御器H0により出力された信号にαIを乗算し、乗算結果である制御器H0のゲインにより増幅される信号を出力信号y1として出力する。Iは単位行列である。制御対象Gp#は、制御器H0により出力された信号を入力する。減算器47は、制御対象Gp#により出力された信号から目標システムGt#により出力された信号を減算し、減算結果である制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差を出力信号y2として出力する。
【0094】
制御器H0は、直達項を持つ状態空間モデルで表され、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数11】
{A0,B0,C0,D0}は、それぞれ制御器H0の係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)、直達項の係数行列である。
【0095】
図11に示した全体システムHallは、出力信号y1,y2(制御器H0のゲインにより増幅される信号、及び制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差)を共に小さくすることが目的となる。
【0096】
このように、システム構成部22により、入力信号uを音響信号u2-1~u2-m2とし、出力信号y1,y2を、制御器H0のゲインにより増幅される信号、及び制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差とし、係数行列A0,B0,C0,D0で表される制御器H0、係数行列Aw#,Bp#,Cw#で表される制御対象Gp#、係数行列Aw#,Bt#,Cw#で表される目標システムGt#、減算器47及びバランス係数αを用いた全体システムHallが構成される。
【0097】
(バランス係数αの初期値を設定:ステップS704)
制御部10のパラメータ決定部23は、制御器H0のゲインにより増幅される信号と制御対象Gp#及び目標システムGt#の出力追従誤差との間のバランスを決定するためのバランス係数αの初期値として、予め設定された十分に小さい任意の値を設定する(ステップS704)。
【0098】
バランス係数αが大きいほど、制御器H0のゲインにより増幅される信号に比重が置かれ、バランス係数αが小さいほど、制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差に比重が置かれる。
【0099】
(パラメータ(係数行列A0,B0,C0,D0)を決定:ステップS705~S709)
パラメータ決定部23は、バランス係数αを用い、ステップS703にて構成した全体システムHallのH∞ノルムを評価関数として、制御器H0のゲイン、及び制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差を定量化し、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定する(ステップS705)。
【0100】
ここで、H∞ノルムとゲインとは、H∞ノルムが大きいほどゲインの上限が大きくなり、H∞ノルムが小さいほどゲインの上限が小さくなる関係にある。制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定する処理の詳細については後述する。
【0101】
ステップS705及び後述するステップS706~S709により、出力追従誤差をある程度許容しながら(大きくしながら)、ゲインが小さくなるように、制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0が決定される。
【0102】
パラメータ決定部23は、ステップS705から移行して、制御器H0のH∞ノルムであるゲインを算出する。例えば、パラメータ決定部23は、制御器H0の全周波数について特異値を算出し、周波数毎の特異値の中から最大値を特定し、当該最大値を制御器H0のH∞ノルムとする。制御器H0のH∞ノルムを算出する処理は既知であるから、ここでは詳細な説明を省略する。そして、パラメータ決定部23は、制御器H0のH∞ノルムが予め設定された閾値以下であるか否かを判定する(ステップS706)。
【0103】
パラメータ決定部23は、ステップS706において、制御器H0のH∞ノルムが予め設定された閾値以下でないと判定した場合(ステップS706:N)、バランス係数αに予め設定された定数(正の実数)を加算することで、バランス係数αが少し大きくなるように設定する(ステップS707)。そして、パラメータ決定部23は、ステップS705へ移行し、新たなバランス係数αのときの係数行列A0,B0,C0,D0を決定する。
【0104】
パラメータ決定部23は、ステップS706において、制御器H0のH∞ノルムが予め設定された閾値以下であると判定した場合(ステップS706:Y)、ステップS708へ移行する。
【0105】
パラメータ決定部23は、ステップS706から移行して、全体システムHallのH∞ノルムであるゲインを算出する。例えば、パラメータ決定部23は、全体システムHallの全周波数について特異値を算出し、周波数毎の特異値の中から最大値を特定し、当該最大値を全体システムHallのH∞ノルムとする。全体システムHallのH∞ノルムを算出する処理は既知であるから、ここでは詳細な説明を省略する。そして、パラメータ決定部23は、全体システムHallのH∞ノルムが予め設定された閾値以下であるか否かを判定する(ステップS708)。
【0106】
パラメータ決定部23は、ステップS708において、全体システムHallのH∞ノルムが予め設定された閾値以下でないと判定した場合(ステップS708:N)、バランス係数αから予め設定された定数(正の実数)を減算することで、バランス係数αが少し小さくなるように設定する(ステップS709)。そして、パラメータ決定部23は、ステップS705へ移行し、新たなバランス係数αのときの係数行列A0,B0,C0,D0を決定する。
【0107】
パラメータ決定部23は、ステップS708において、全体システムHallのH∞ノルムが予め設定された閾値以下であると判定した場合(ステップS708:Y)、ステップS710へ移行する。
【0108】
ここで、ステップS707にてバランス係数αが大きくなるように設定されることにより、ステップS705にて、新たなバランス係数αを用いて制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0が決定される。そして、ステップS706にて算出される制御器H0のH∞ノルムであるゲインは、以前よりも小さくなる。
【0109】
これは、
図11を参照して、バランス係数αが大きくなると、出力信号y1である制御器H0のゲインにより増幅された信号は、出力追従誤差y2と比較して全体システムHallのH∞ノルムの大きさへの寄与が大きくなる。新たな制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0は、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する方向で決定され、結果として全体システムHallのH∞ノルムへの寄与の大きい新たな制御器H0のゲインが抑制されるからである。つまり、バランス係数αが大きくなるほど、制御器H0のゲインは小さくなる。その一方で、出力追従誤差y2は相対的に大きくなり、全体システムHallのH∞ノルムも大きくなる。
【0110】
一方、ステップS709にてバランス係数αが小さくなるように設定されることにより、ステップS705にて、新たなバランス係数αを用いて制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0が決定される。そして、ステップS706にて算出される制御器H0のH∞ノルムであるゲインは、以前よりも大きくなる。つまり、バランス係数αが小さくなるほど、制御器H0のゲインは大きくなる。その一方で、出力追従誤差y2は相対的に小さくなり、全体システムHallのH∞ノルムも小さくなる。
【0111】
このように、パラメータ決定部23により、制御対象Gp#と目標システムGt#との出力追従誤差をある程度許容しながら(大きくしながら)、制御器H0ゲインが小さくなるように、制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0が決定される。これにより、
図5に示した制御器Hのパラメータのうち、制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0が決定される。
【0112】
(遅延時間を補償:ステップS710)
遅延時間補償部24は、ステップS702にて制御対象Gp及び目標システムGtから分離した遅延時間を補償するため、当該遅延時間に基づいて、
図5に示した制御器Hに含まれる遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1を算出する(ステップS710)。
【0113】
これにより、ステップS702にて制御対象Gp及び目標システムGtから分離した遅延時間を補償するための遅延器Rd,遅延器Rcが構成される。
【0114】
具体的には、遅延時間補償部24は、ステップS702にて目標システムGtから分離したそれぞれの遅延時間(音響信号u2-1~u2-m2に対応するそれぞれの遅延時間)のうち、最小時間をβとする。遅延時間補償部24は、最小時間βから、ステップS702にて制御対象Gpから分離したそれぞれの遅延時間を減算し、遅延器Rcを構成する遅延器31-1~31-m1のそれぞれの遅延時間を求める。
【0115】
遅延時間補償部24は、ステップS702にて目標システムGtから分離したそれぞれの遅延時間(音響信号u2-1~u2-m2に対応するそれぞれの遅延時間)から、最小時間βを減算し、遅延器Rdを構成する遅延器30-1~30-m2のそれぞれの遅延時間を求める。
【0116】
ただし、遅延時間補償部24は、遅延器Rcを構成する遅延器31-1~31-m1の遅延時間のうち、いずれかの遅延時間が負値rとなった場合、当該遅延時間が0となるように、それぞれの遅延時間に絶対値|r|を加算する。これにより、遅延器Rcを構成する遅延器31-1~31-m1の全ての遅延時間が0以上の値となる。
【0117】
このように、遅延時間補償部24により、ステップS702にて制御対象Gp及び目標システムGtから分離した遅延時間を補償するための遅延器Rd及び遅延器Rcが構成される。これにより、
図5に示した制御器Hのパラメータのうち、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1が決定される。
【0118】
以上のように、制御器設計装置1の制御部10により、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hが設計され、制御器Hのパラメータ(制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1)が決定される。
【0119】
〔制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0の決定処理(ステップS705)〕
次に、
図7のステップS705に示した、パラメータ決定部23による制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0の決定処理について詳細に説明する。
【0120】
この手法は、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する条件式を、線形行列不等式(LMI)の制約のもとでの最適化問題で表し、当該最適化問題を求解することで、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定するものである。
【0121】
図11に示した全体システムHallは、直達項を持つ状態空間モデルで表され、入力信号をu、出力信号をy、状態変数をxとして、以下の式にて表される。
【数12】
さらに、y1及びy2を以下の式で表す。
【数13】
【0122】
そうすると、
図11は
図12のように簡単化される。
図12は、
図11を簡単化したブロック線図である。
図12に示したブロック線図から、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定する。
【0123】
この制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0の決定には、線形行列不等式の制約のもとでの最適化問題を用いる。全体システムHallについて、H∞性能を特徴づける線形行列不等式を記述することができれば、既存の計算アルゴリズムを適用することにより、係数行列A0,B0,C0,D0の数値解を得ることができる。
【0124】
そのために、全体システムHallを表す前記式(12)(すなわち後述する式(14))を、後述する式(16)に代入し、当該式(16)が、係数行列A0,B0,C0,D0及び後述する正定行列Pについて線形行列不等式となるように、当該式(16)を式変換する。
【0125】
これにより、当該式(16)は、全体システムHallのH∞性能を特徴づける線形行列不等式として記述することができるから、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定することができる。
【0126】
以下、具体的に説明する。前記式(12)を参照して、全体システムHallの伝達関数Hall(z)を以下の式にて表記することにする(ドイルの記法)。
【数14】
{Aall,Ball,Call,Dall}は、全体システムHallの係数行列(システム行列)、入力側の係数行列(入力行列)、出力側の係数行列(出力行列)、直達項の係数行列である。
【0127】
ここで、全体システムHallのH∞ノルムを評価関数として、その最小化問題は、以下のように定式化することができる。
【数15】
前記式(15)は、全体システムHallのH∞ノルムがパラメータγよりも小さいという条件の下で、パラメータγを最小化する制御器H0を求める、すなわち、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0を求めることを示している。
【0128】
しかしながら、前記式(14)のままでは、前記式(15)に基づいて全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定することができない。そこで、以下に示すように、等価変換と変数変換により前記式(14)を線形行列式に変換し、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する条件式である前記式(15)を半正定値計画問題に置き換えることで、制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定する。
【0129】
既存の定理より、前記式(15)の小なり条件に係る制約は、以下の式を満たす正定行列Pが存在することと等価である。
【数16】
【0130】
しかしながら、前記式(14)を代入した前記式(16)は、{P,A0,C0}について双線形項を含む双線形行列不等式であるため、数値的な求解が困難である。そこで、前記式(16)を、線形行列不等式に変換する。
【0131】
パラメータ決定部23は、前記式(16)が変換された線形行列不等式を用いて、正定行列Pが存在し、かつ{Aall,Ball,Call,Dall}を算出することを前提に、パラメータγを最小化することができる。すなわち、パラメータ決定部23は、前記式(16)が変換された線形行列不等式を用いて、パラメータγが最小となるように、係数行列A0,B0,C0,D0を算出することができる。
【0132】
以下、前記式(16)が、係数行列A0,B0,C0,D0及び正定行列Pについて線形行列不等式となるように、式変換する。
【0133】
まず、正定行列Pを、正定行列Y,V及び正則行列Nを用いて、以下の式のように分割する。
【数17】
【0134】
次に、前記式(17)の逆行列P
-1を、正定行列X,W及び正則行列Mを用いて、以下の式のように表す。
【数18】
【0135】
さらに、以下の式のとおり、行列Π
1,Π
2,Πを定義する。
【数19】
【0136】
前記式(19)を使用して表す以下の式は、前記式(16)と等価である。
【数20】
【0137】
次に、以下の式のとおり、新たな係数行列A0$,B0$,C0$,D0$を定義する。
【数21】
【0138】
これにより、前記式(20)の要素であるΠ
1
TPΠ
1,Π
1
TPAallΠ
1,CallΠ
1,Π
1
TPBallは、以下の式にて表される。
【数22】
【0139】
これにより、前記式(22)のΠ
1
TPΠ
1,Π
1
TPAallΠ
1,CallΠ
1,Π
1
TPBallを要素とする前記式(20)は、以下の式で表される設計パラメータに関して線形となる。
【数23】
尚、前記式(20)の要素であるΠ
1
TAall
TPΠ
1,Π
1
TCall
T,Ball
TPΠ
1は、それぞれΠ
1
TPAallΠ
1,CallΠ
1,Π
1
TPBallの転置であり、これも同様の変換によって、前記式(23)で表される設計パラメータに関して線形となる。
【0140】
つまり、パラメータ決定部23は、前記式(20)の要素であるΠ1
TPΠ1,Π1
TPAallΠ1,CallΠ1,Π1
TPBall及びその転置であるΠ1
TAallTPΠ1,Π1
TCallT,BallTPΠ1を前記式(21)及び前記式(22)の変数行列及びそれらの転置行列で置き換えることにより、線形行列不等式として記述した前記式(20)について、正定行列V,Wが存在する条件の下で、パラメータγが最小となるように、係数行列A0$,B0$,C0$,D0$を決定する。
【0141】
決定された係数行列A0$,B0$,C0$,D0$から、制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0は、以下の式で計算される。
【数24】
【0142】
ただし、M,Nは、以下の式を満たす任意の正則行列である。
【数25】
【0143】
このように、前記式(15)と等価である前記式(16)は、全体システムHallのH∞性能を特徴づける線形行列不等式として記述することができることから、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定することができる。
【0144】
以上のように、本発明の実施形態の制御器設計装置1によれば、制御対象Gpを、直達項を持たない状態空間モデルで表現することを前提に、制御器Hのパラメータを、全体システムHallのH∞ノルムを評価関数として、制御器Hのゲイン、及び制御対象Gpと目標システムGtとの間の出力追従誤差を定量化し、出力追従誤差をある程度許容して、ゲインを小さく抑えるように、制御器Hのパラメータを決定する。
【0145】
具体的には、同定部20は、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御対象Gp及び目標システムGtを結合した結合システムGwの係数行列Aw,Bw,Cwを求め、結合システムGwの係数行列Aw,Bw,Cwから、制御対象Gpの係数行列Aw,Bp,Cwを求め、目標システムGtの係数行列Aw,Bt,Cwを求めることで、制御対象Gp及び目標システムGtを同定する。
【0146】
遅延時間分離部21は、音響信号u1-1~u1-m1,y1,y2に基づいて、制御対象Gpの遅延時間を求め、制御対象Gpから遅延時間を分離し、制御対象Gp#を求める。また、遅延時間分離部21は、音響信号u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、目標システムGtの遅延時間を求め、目標システムGtから遅延時間を分離し、目標システムGt#を求める
【0147】
システム構成部22は、制御器H0、制御対象Gp#、目標システムGt#、減算器47及びバランス係数αを用いて、入力信号uを音響信号u2-1~u2-m2とし、出力信号y1,y2を、制御器H0のゲインにより増幅される信号、及び制御対象Gp#と目標システムGt#との間の出力追従誤差とする全体システムHallを構成する。
【0148】
パラメータ決定部23は、バランス係数αを用い、全体システムHallのH∞ノルムを評価関数として、制御器Hのゲイン、及び制御対象Gpと目標システムGtとの間の出力追従誤差を定量化し、全体システムHallのH∞ノルムを最小化する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0を決定する。
【0149】
遅延時間補償部24は、制御対象Gp及び目標システムGtから分離した遅延時間に基づいて、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1を求める。
【0150】
これにより、制御器Hのパラメータを、制御器Hのゲインを指標とする最適化問題として決定することができ、制御器Hの制御性能の低下をある程度許容することで、制御器Hのゲインを小さくすることができる。特に、従来技術では制御器Hのゲインを十分に小さくすることができない場合に、本発明の実施形態では、制御器Hの設計に多少の誤差は生じるが、ゲインを小さくすることができる。したがって、制御器Hのゲインを陽に抑制するため、系の外乱及び制御器H自身の摂動に対して高い頑健性を持つ制御器Hを設計することが可能となる。
【0151】
〔制御部10の他の構成例〕
次に、制御器設計装置1に備えた制御部10の他の構成例について説明する。第1構成例は、音響信号を複数の周波数帯域に分割した場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定する例である。第2構成例は、音響信号を複数の周波数帯域に分割し、さらに音響信号のサンプルの間引きを行った場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定する例である。
【0152】
(第1構成例:帯域分割後の音響信号にて制御器Hを設計)
まず、制御部10の他の例として第1構成例について説明する。前述のとおり、第1構成例は、音響信号を複数の周波数帯域に分割した場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定する例である。
【0153】
図13は、制御部10の他の例(第1構成例)を示すブロック図である。この制御部10-1は、帯域通過フィルタ50、及び
図4に示した制御部10を備えている。
【0154】
帯域通過フィルタ50は、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力し、音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に対し、所定のカットオフ周波数にて帯域通過フィルタ処理を行う。そして、帯域通過フィルタ50は、帯域通過フィルタ処理後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を制御部10に出力する。
【0155】
制御部10は、帯域通過フィルタ50から帯域通過フィルタ処理後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力する。そして、制御部10は、帯域通過フィルタ処理後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定して出力する。
【0156】
これにより、制御部10-1にて、所定周波数の帯域に対する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1が決定される。
【0157】
図14は、
図13に示した第1構成例の制御部10-1により設計された制御器Hの適用例1を示すブロック図である。このシステムは、音響信号の周波数帯域を2分割した例であり、帯域通過フィルタ51-1,51-2及び制御器H-1a,H-1bを備えている。
【0158】
尚、
図14は、音響信号を図示しないスピーカ101-1~101-m1へ出力する際には、D/Aコンバータ及びアンプを用いるが、これらの基本的な構成部は自明なものとして省略してある。後述する
図15、
図17及び
図18についても同様である。
【0159】
帯域通過フィルタ51-1は、
図13に示した帯域通過フィルタ50に対応し、音響信号u2-1~u2-m2を入力し、音響信号u2-1~u2-m2に対し、予め設定された第1のカットオフ周波数にて帯域通過フィルタの処理を行う。そして、帯域通過フィルタ51-1は、第1のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を制御器H-1aに出力する。
【0160】
制御器H-1aは、
図13に示した制御部10-1により設計され、決定されたパラメータにて構成された遅延器Rda、制御器H0a及び遅延器Rcaを備えている。遅延器Rda、制御器H0a及び遅延器Rcaは、
図13に示した帯域通過フィルタ50の周波数として、帯域通過フィルタ51-1と同じ第1のカットオフ周波数を用いた場合に得られたパラメータにて構成される。
【0161】
制御器H-1aは、帯域通過フィルタ51-1から第1のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、
図5に示した制御器Hと同じ処理を行い、音響信号u1a-1~u1a-m1を生成して出力する。これにより、第1のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1a-1~u1a-m1が出力される。
【0162】
帯域通過フィルタ51-2は、
図13に示した帯域通過フィルタ50に対応し、音響信号u2-1~u2-m2を入力し、音響信号u2-1~u2-m2に対し、予め設定された第2のカットオフ周波数(第1のカットオフ周波数とは異なる周波数)にて帯域通過フィルタ処理を行う。そして、帯域通過フィルタ51-2は、第2のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を制御器H-1bに出力する。
【0163】
制御器H-1bは、
図13に示した制御部10-1により設計され、決定されたパラメータにて構成された遅延器Rdb、制御器H0b及び遅延器Rcbを備えている。遅延器Rdb、制御器H0b及び遅延器Rcbは、
図13に示した帯域通過フィルタ50の周波数として、帯域通過フィルタ51-2と同じ第2のカットオフ周波数を用いた場合に得られたパラメータにて構成される。
【0164】
制御器H-1bは、帯域通過フィルタ51-2から第2のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、
図5に示した制御器Hと同じ処理を行い、音響信号u1b-1~u1b-m1を生成して出力する。これにより、第2のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1b-1~u1b-m1が出力される。
【0165】
そして、第1のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1a-1~u1a-m1と第2のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1b-1~u1b-m1とがそれぞれ加算され、加算された音響信号がスピーカ101-1~101-m1へ出力される。この場合、音響信号u1a-1~u1a-m1のみがスピーカ101-1~101-m1へ出力されるようにしてもよいし、音響信号u1b-1~u1b-m1のみがスピーカ101-1~101-m1へ出力されるようにしてもよい。スピーカ101-1~101-m1が再生周波数帯域の異なる複数のスピーカユニットを備える場合には、音響信号u1a-1~u1a-m1が、当該音響信号u1a-1~u1a-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。また、音響信号u1b-1~u1b-m1が、当該音響信号u1b-1~u1b-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。
【0166】
図15は、
図13に示した第1構成例の制御部10-1により設計された制御器Hの適用例2を示すブロック図である。このシステムは、音響信号の周波数帯域を2分割した例であり、帯域通過フィルタ51-1,51-2、制御器H-1a及び他の制御器を備えている。このシステムには、本発明の実施形態にて設計された制御器H-1aと従来技術にて設計された他の制御器とが混在している。
【0167】
帯域通過フィルタ51-1,51-2及び制御器H-1aは、
図14に示した帯域通過フィルタ51-1,51-2及び制御器H-1aと同じであるから、ここでは説明を省略する。
【0168】
他の制御器は、前述の非特許文献1等の従来の制御器設計装置により設計された制御器であり、帯域通過フィルタ51-2から第2のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、音響信号u1’-1~u1’-m1を生成して出力する。
【0169】
これにより、制御器H-1aから第1のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1a-1~u1a-m1が出力され、他の制御器から第2のカットオフ周波数の帯域における音響信号u1’-1~u1’-m1が出力される。そして、音響信号u1a-1~u1a-m1と音響信号u1’-1~u1’-m1とが加算され、加算された音響信号がスピーカ101-1~101-m1へ出力される。この場合、音響信号u1a-1~u1a-m1及び音響信号u1’-1~u1’-m1のうちのいずれかがスピーカ101-1~101-m1へ出力されるようにしてもよい。スピーカ101-1~101-m1が再生周波数帯域の異なる複数のスピーカユニットを備える場合には、音響信号u1a-1~u1a-m1が、当該音響信号u1a-1~u1a-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。また、音響信号u1’-1~u1’-m1が、当該音響信号u1’-1~u1’-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。
【0170】
以上のように、本発明の実施形態による制御器設計装置1の制御部10-1によれば、音響信号を複数の周波数帯域に分割した場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定するようにした。
【0171】
これにより、前述の制御部10と同様の効果を奏する。すなわち、帯域通過フィルタ50にてフィルタ処理がなされた所定の周波数帯域の音響信号について、制御器Hの制御性能の低下がある程度許容され、設計に多少の誤差は生じるが、ゲインを小さくすることができる。
【0172】
制御部10-1により第1のカットオフ周波数の帯域にて設計された制御器H-1aは、帯域通過フィルタ51-1にてフィルタ処理がなされた第1のカットオフ周波数の音響信号u2-1~u2-m2に対し、ゲインが陽に抑制され、系の外乱及び制御器H-1a自身の摂動に対して高い頑健性を得ることが可能となる。
【0173】
尚、
図14及び
図15は、音響信号の周波数帯域を2分割した例であるが、音響信号の周波数帯域を3以上の周波数帯域に分割するようにしてもよい。この場合の制御器H-1a等は、周波数帯域毎に、当該周波数帯域の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて設計される。
【0174】
また、
図13に示した制御部10-1は、測定した音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力し、帯域通過フィルタ50にて、所定のカットオフ周波数による帯域通過フィルタの処理を行うようにした。これに対し、所定のカットオフ周波数により帯域制限された音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2が測定された場合、制御部10-1は、当該所定のカットオフ周波数により帯域制限された音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を直接入力するようにしてもよい。この場合、制御部10-1は、帯域通過フィルタ50を備えていない。
【0175】
(第2構成例:帯域分割及び間引き後の音響信号にて制御器Hを設計)
次に、第2構成例について説明する。前述のとおり、第2構成例は、音響信号を複数の周波数帯域に分割し、さらに音響信号のサンプルの間引きを行った場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定する例である。
【0176】
図16は、制御部10の他の例(第2構成例)を示すブロック図である。この制御部10-2は、帯域通過フィルタ50、間引き部52及び
図4に示した制御部10を備えている。
【0177】
帯域通過フィルタ50は、
図13に示した帯域通過フィルタ50と同じであるからここでは説明を省略する。
【0178】
間引き部52は、帯域通過フィルタ50から帯域通過フィルタ処理後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力する。そして、間引き部52は、帯域通過フィルタ50のカットオフ周波数に応じて、帯域通過フィルタ処理後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に対しサンプルの間引き(ダウンサンプリング)を行う。間引き部52は、間引き後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を制御部10に出力する。
【0179】
これにより、間引き後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2のサンプリング周波数が低い場合、制御部10及び後述する制御器H-1cにおけるモデルの次数を低く抑えることができ、信号処理量を削減することができる。
【0180】
制御部10は、間引き部52から間引き後の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力し、
図13に示した制御部10と同じ処理を行う。
【0181】
これにより、制御部10-2にて、所定周波数の帯域に対する制御器H0の係数行列A0,B0,C0,D0、遅延器Rdの遅延時間Rd1~Rdm2及び遅延器Rcの遅延時間Rc1~Rcm1が決定される。
【0182】
図17は、
図16に示した第2構成例の制御部10-2により設計された制御器Hの適用例1を示すブロック図である。このシステムは、音響信号の周波数帯域を2分割した例であり、帯域通過フィルタ51-1,51-2、間引き部53-1,53-2、制御器H-1c、他の制御器及び増幅器54-1,54-2を備えている。このシステムには、本発明の実施形態にて設計された制御器H-1cと従来技術にて設計された他の制御器とが混在している。尚、本発明の実施形態にて設計された制御器H-1cと制御器H-1dとを並べて構成するようにしてもよい。
【0183】
帯域通過フィルタ51-1,51-2は、
図14に示した帯域通過フィルタ51-1,51-2と同じであるから、ここでは説明を省略する。
【0184】
間引き部53-1は、帯域通過フィルタ51-1から第1のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を入力する。そして、間引き部53-1は、帯域通過フィルタ51-1の第1のカットオフ周波数に応じて、
図16に示した間引き部52と同様に、帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2に対しサンプルの間引きを行う。そして、間引き部53-1は、間引き後の音響信号u2-1~u2-m2を制御器H-1cに出力する。
【0185】
制御器H-1cは、
図16に示した制御部10-2により設計され、決定されたパラメータにて構成された遅延器Rd、制御器H0及び遅延器Rcを備えている。遅延器Rd、制御器H0及び遅延器Rcは、
図16に示した帯域通過フィルタ50のカットオフ周波数及び間引き部52の間引き間隔として、帯域通過フィルタ51-1と同じ第1のカットオフ周波数、及び間引き部53-1と同じ間引き間隔を用いた場合に得られたパラメータにて構成される。
【0186】
制御器H-1cは、間引き部53-1から間引き後の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、
図5に示した制御器Hと同じ処理を行い、増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を生成して増幅器54-1に出力する。
【0187】
増幅器54-1は、制御器H-1cから増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を入力し、間引き部53-1の間引き量に応じて、増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を増幅し、音響信号u1c-1~u1c-m1を生成して出力する。
【0188】
間引き部53-2は、帯域通過フィルタ51-2から第2のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2を入力する。そして、間引き部53-2は、帯域通過フィルタ51-2の第2のカットオフ周波数に応じて、
図16に示した間引き部52と同様に、帯域通過フィルタ処理後の音響信号u2-1~u2-m2に対しサンプルの間引きを行う。そして、間引き部53-2は、間引き後の音響信号u2-1~u2-m2を他の制御器に出力する。
【0189】
他の制御器は、前述の非特許文献1等の従来の制御器設計装置により設計された制御器であり、間引き部53-2から間引き後の音響信号u2-1~u2-m2を入力し、増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を生成して出力する。
【0190】
増幅器54-2は、他の制御器から増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を入力し、間引き部53-2の間引き量に応じて、増幅前の音響信号u1-1~u1-m1を増幅し、音響信号u1’-1~u1’-m1を生成して出力する。
【0191】
これにより、増幅器54-1から第1のカットオフ周波数の帯域における間引き及び増幅後の音響信号u1c-1~u1c-m1が出力され、増幅器54-2から第2のカットオフ周波数の帯域における間引き及び増幅後の音響信号u1’-1~u1’c-m1が出力される。そして、音響信号u1c-1~u1c-m1と音響信号u1’-1~u1’-m1とが加算され、加算された音響信号がスピーカ101-1~101-m1へ出力される。この場合、音響信号u1c-1~u1c-m1及び音響信号u1’-1~u1’-m1のいずれかがスピーカ101-1~101-m1へ出力されるようにしてもよい。スピーカ101-1~101-m1が再生周波数帯域の異なる複数のスピーカユニットを備える場合には、音響信号u1a-1~u1a-m1が、当該音響信号u1a-1~u1a-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。また、音響信号u1’-1~u1’-m1が、当該音響信号u1’-1~u1’-m1の通過帯域を再生周波数帯域に含むスピーカユニットへ出力されるようにしてもよい。
【0192】
図18は、
図16に示した第2構成例の制御部10-2により設計された制御器Hの適用例2を示すブロック図である。このシステムは、音響信号の周波数帯域を2分割した例であり、帯域通過フィルタ51-1,51-2、間引き部53-1,53-2、制御器H-1c、他の制御器、補間及びLPF部55-1,55-2、増幅器54-1,54-2及び加算器56を備えている。このシステムには、本発明の実施形態にて設計された制御器H-1cと従来技術にて設計された他の制御器とが混在している。尚、本発明の実施形態にて設計された制御器H-1cと制御器H-1dとを並べて構成するようにしてもよい。
【0193】
図17に示したシステムと
図18に示すシステムとを比較すると、
図18のシステムは、
図17に示したシステムに加え、さらに、制御器H-1cと増幅器54-1との間に補間及びLPF部55-1を備え、他の制御器と増幅器54-2との間に補間及びLPF部55-2を備え、加算器56を備えている点で相違する。
図18において、
図17と共通する部分には
図17と同一の符号を付し、その詳しい説明は省略する。
【0194】
補間及びLPF部55-1は、制御器H-1cから音響信号u1-1~u1-m1を入力し、音響信号u1-1~u1-m1に対し、間引き部53-1による間引きとは逆の処理である補間(アップサンプリング)を行う。これにより、元のサンプリング周波数に戻すことができる。そして、補間及びLPF部55-1は、補間後の音響信号u1-1~u1-m1に対し、帯域通過フィルタ51-1と同じ第1のカットオフ周波数のLPF処理を施し、LPF処理後の音響信号u1-1~u1-m1を増幅器54-1に出力する。
【0195】
これにより、補間処理により生じる折り返し歪は、帯域通過フィルタ51-1と同じカットオフ周波数を用いる帯域通過フィルタのLPF処理により削除することができる。
【0196】
補間及びLPF部55-2は、他の制御器から音響信号u1’-1~u1’-m1を入力し、音響信号u1’-1~u1’-m1に対し、間引き部53-2による間引きとは逆の補間を行う。これにより、元のサンプリング周波数に戻すことができる。そして、補間及びLPF部55-2は、補間後の音響信号u1’-1~u1’-m1に対し、帯域通過フィルタ51-2と同じ第2のカットオフ周波数のLPFを施し、LPF後の音響信号u1’-1~u1’-m1を増幅器54-2に出力する。
【0197】
これにより、補間処理により生じる折り返し歪は、間引き部53-2と同じカットオフ周波数を用いる帯域通過フィルタのLPF処理により削除することができる。増幅器54-1,54-2の処理は、
図17にて説明したとおりである。
【0198】
加算器56は、増幅器54-1から増幅後の音響信号u1c-1~u1c-m1を入力すると共に、増幅器54-2から増幅後の音響信号u1’-1~u1’-m1を入力し、音響信号u1c-1~u1c-m1及び音響信号u1’-1~u1’-m1を加算し、加算後の音響信号u1d-1~u1d-m1を出力する。
【0199】
以上のように、本発明の実施形態による制御器設計装置1の制御部10-2によれば、音響信号を複数の周波数帯域に分割し、さらに音響信号のサンプルの間引きを行った場合の帯域毎に、制御器設計プログラムの処理にて制御器Hを設計することで、制御器Hのパラメータを決定するようにした。
【0200】
これにより、前述の制御部10と同様の効果を奏する。すなわち、帯域通過フィルタ50によりフィルタ処理がなされた所定の周波数帯域の音響信号について、制御器Hの制御性能の低下がある程度許容され、設計に多少の誤差は生じるが、ゲインを小さくすることができる。
【0201】
制御部10-2により第1のカットオフ周波数の帯域にて設計された制御器H-1cは、帯域通過フィルタ51-1及び間引き部53-1にて生成された第1のカットオフ周波数及び間引き後の音響信号u2-1~u2-m2に対し、ゲインが陽に抑制され、系の外乱及び制御器H-1c自身の摂動に対して高い頑健性を得ることが可能となる。
【0202】
尚、
図17及び
図18は、音響信号の周波数帯域を2分割した例であるが、
図14及び
図15と同様に、音響信号の周波数帯域を3以上の周波数帯域に分割するようにしてもよい。この場合の制御器H-1c等は、周波数帯域毎に、当該周波数帯域の音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2に基づいて設計される。また、分割した全ての周波数帯域のそれぞれについて、制御部10-2により設計された制御器Hを用いるようにしてもよい。
【0203】
また、
図16に示した制御部10-2は、測定した音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を入力し、帯域通過フィルタ50にて、所定のカットオフ周波数による帯域通過フィルタ処理を行い、間引き部52にて間引き処理を行うようにした。これに対し、所定のカットオフ周波数かつ間引き処理がなされた音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2が測定された場合、制御部10-2は、当該音響信号u1-1~u1-m1,u2-1~u2-m2,y1,y2を直接入力するようにしてもよい。この場合、制御部10-2は、帯域通過フィルタ50及び間引き部52を備えていない。
【0204】
図5に示した制御器Hのハードウェア構成は、制御器設計装置1と同様に、通常のコンピュータを使用することができる。制御器Hは、CPU、RAM等の揮発性の記憶媒体、ROM等の不揮発性の記憶媒体、及びインタフェース等を備えたコンピュータによって構成される。制御器Hに備えた遅延器Rd、制御器H0及び遅延器Rcの各機能は、これらの機能を記述したプログラムをCPUに実行させることによりそれぞれ実現される。これらのプログラムは、前記記憶媒体に格納されており、CPUに読み出されて実行される。また、これらのプログラムは、磁気ディスク(フロッピー(登録商標)ディスク、ハードディスク等)、光ディスク(CD-ROM、DVD等)、半導体メモリ等の記憶媒体に格納して頒布することもでき、ネットワークを介して送受信することもできる。
図14及び
図15に示した制御器H-1a、
図14に示した制御器H-1b、並びに
図17及び
図18に示した制御器H-1cについても同様である。
【符号の説明】
【0205】
1 制御器設計装置
10 制御部
11 CPU
12 記憶部
13 記憶装置
14 操作/入力部
15 表示出力インタフェース部
16 通信部
17 システムバス
20 同定部
21 遅延時間分離部
22 システム構成部
23 パラメータ決定部
24 遅延時間補償部(遅延時間算出部)
30,31,42 遅延器
40,43,44,45 乗算器
41,46 加算器
47 減算器
50,51 帯域通過フィルタ
52,53 間引き部
54 増幅器
55 補間及びLPF部
56 加算器
101,103 スピーカ
102 マイクロホン
104 聴取者
105 耳
Gp 制御対象
Gp# 遅延時間が分離された制御対象(分離制御対象)
Hinv 逆システム
Gt 目標システム
Gt# 遅延時間が分離された目標システム(分離目標システム)
Gw 結合システム
Hall 全体システム
H 制御器
H0 制御器(仮制御器)
Rd 遅延器(第1遅延器)
Rc 遅延器(第2遅延器)