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特許7036276Zr-Nb系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品
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  • 特許-Zr-Nb系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】Zr-Nb系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品
(51)【国際特許分類】
   C22C 16/00 20060101AFI20220308BHJP
   A61L 31/02 20060101ALI20220308BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20220308BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20220308BHJP
【FI】
C22C16/00
A61L31/02
C22F1/18 E
C22F1/00 602
C22F1/00 621
C22F1/00 625
C22F1/00 630C
C22F1/00 640A
C22F1/00 661Z
C22F1/00 675
C22F1/00 681
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686Z
C22F1/00 691B
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021508012
(86)(22)【出願日】2020-09-29
(86)【国際出願番号】 JP2020036836
(87)【国際公開番号】W WO2021065886
(87)【国際公開日】2021-04-08
【審査請求日】2021-02-16
(31)【優先権主張番号】P 2019182919
(32)【優先日】2019-10-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】田村 慎也
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
(72)【発明者】
【氏名】青野 泰久
【審査官】小川 進
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-075413(JP,A)
【文献】国際公開第2018/047611(WO,A1)
【文献】特開2020-084300(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104818409(CN,A)
【文献】赤堀俊和ら,Nb含有量を変化させた生体用Zr-Nb系合金の機械的性質および生体親和性,日本金属学会誌,第75巻 第8号(2011),p.445-451
【文献】Naoyuki Nomura et al.,Effects of Phase Constitution of Zr-Nb Alloys on Their Magnetic Susceptibilities,Materials Transactions,Vol.50,No.10(2009),p.2466-2472
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 16/00
A61L 31/02
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体用のZr-Nb系合金材であって、
3質量%以上18質量%以下のNbと、
12質量%以下のTiと、
6質量%以下のCrと、
6質量%以下のCuと、
5質量%以下のBiとを含み、
残部がZrおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、
母相のβ相結晶粒内に等温ω相粒子が分散析出しており、
質量磁化率σが2.00×10 -6 cm 3 /g以下であり、
ビッカース硬さHVが300 HV以上であり、
孔食電位V C100 が750 mV以上であることを特徴とするZr-Nb系合金材。
【請求項2】
請求項1に記載のZr-Nb系合金材において、
前記等温ω相粒子は、前記β相結晶粒に比して、前記Zrの含有率が高く前記Nbの含有率が低い化学組成を有していることを特徴とするZr-Nb系合金材。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のZr-Nb系合金材において、
前記化学組成は、
3質量%以上18質量%以下のNbと、
3質量%以上12質量%以下のTiと、
0.5質量%以上6質量%以下のCrと、
6質量%以下のCuと、
5質量%以下のBiとを含み、
残部がZrおよび不可避不純物からなることを特徴とするZr-Nb系合金材。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載のZr-Nb系合金材において、
前記等温ω相粒子は、平均粒径が200 nm以下であることを特徴とするZr-Nb系合金材。
【請求項5】
請求項1乃至請求項のいずれか一項に記載のZr-Nb系合金材の製造方法であって、
前記Zr-Nb系合金材の原料を混合・溶解して溶湯を形成する原料混合溶解工程と、
前記溶湯を鋳造して前記化学組成を有する鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材に対して950℃以上1100℃以下の溶体化処理を施して溶体化処理材を用意する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理材に対して100℃以上450℃以下の時効処理を施して時効処理材を得る時効処理工程と、を有することを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法。
【請求項6】
請求項に記載のZr-Nb系合金材の製造方法において、
前記溶体化処理工程と前記時効処理工程との間に、前記溶体化処理材に対して塑性加工を施して塑性加工材を形成する塑性加工工程を更に有し、
前記時効処理工程を当該塑性加工材に対して行うことを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法。
【請求項7】
請求項に記載のZr-Nb系合金材の製造方法において、
前記鋳造工程と前記溶体化処理工程との間に、前記鋳造材に対して塑性加工を施して塑性加工材を形成する塑性加工工程を更に有し、
前記溶体化処理工程を当該塑性加工材に対して行うことを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法。
【請求項8】
請求項乃至請求項のいずれか一項に記載のZr-Nb系合金材の製造方法において、
前記原料混合溶解工程は、前記原料を混合・溶解して溶湯を形成した後に一旦凝固させて原料合金塊を形成する原料合金塊形成素工程と、
前記原料合金塊を再溶解して清浄化溶湯を用意する再溶解素工程とからなることを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法。
【請求項9】
請求項1乃至請求項のいずれか一項に記載のZr-Nb系合金材の製造方法であって、
前記化学組成となるように調整した付加造形用粉末を用意する粉末用意工程と、
前記付加造形用粉末を用いて所望の三次元形状の付加造形品を形成する付加造形工程と、
前記付加造形品に対して950℃以上1100℃以下の溶体化処理を施して溶体化処理材を用意する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理材に対して100℃以上450℃以下の時効処理を施して時効処理材を得る時効処理工程と、を有することを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法。
【請求項10】
Zr-Nb系合金材を用いた製品であって、
前記Zr-Nb系合金材は、請求項1乃至請求項のいずれか一項に記載のZr-Nb系合金材であり、前記製品は、ステントまたはスプリングガイドワイヤであることを特徴とするZr-Nb系合金製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低磁化率合金に関し、特に、Zr(ジルコニウム)-Nb(ニオブ)系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、医療技術の進歩により、磁気共鳴画像(MRI)検査を利用した診察や手術が普及しつつある。MRI検査は、X線などの放射線を利用しないことから放射線被曝がなく、体の任意の断面で高解像度画像が得られる利点がある。ただし、高磁場を利用することから磁化率の高い金属材からなる体内器具(インプラント)が入っていると、該体内器具が磁場に引き寄せられて移動したり該体内器具の周辺に虚像/障害像(MRIアーチファクトと称される)が生じたりすることがある。そのため、磁化率の高い金属材からなる体内器具を埋め込んだ人に対してはMRI検査を実施できないという弱点がある。
【0003】
一方、MRI検査は、X線検査(例えば、レントゲン検査、コンピータ断層撮影(CT)検査)では発見しづらい不具合も発見可能であることから、より正確な診断および治療のため、ますますの普及・利用拡大が期待されている。これらの観点から、生体用金属材料として好適に利用できる低磁化率合金が求められている。
【0004】
また、体内器具に対しては、長期使用の観点から優れた機械的強度(例えば、耐摩耗性のための硬さ)が求められている。
【0005】
今までに、生体用の低磁化率合金として種々の合金が報告されている。例えば、特許文献1(特開2006-265633)には、Cr(クロム):28~35 mass%およびMo(モリブデン):2~6 mass%を含有し、残部はCo(コバルト)および不可避的不純物の組成になることを特徴とするMRI対応生体用Co-Cr-Mo合金、が開示されている。
【0006】
特許文献1によると、耐摩耗性などの力学特性に優れ、磁化率が3×10-6 emu/g以下でMRI画像の乱れを生じさせないMRI対応生体用Co-Cr-Mo合金を提供することができる、とされている。
【0007】
特許文献2(特開2010-075413)には、Zrを主成分とし、該主成分よりも含有率の少ない副成分として、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Cr、Nb、Mo、Hf(ハフニウム)、Ta(タンタル)、W(タングステン)の少なくとも1種を0.5~15質量%含むことを特徴とする生体用金属材料、が開示されている。
【0008】
特許文献2によると、優れた生体適合性および機械的特性を有し、かつ磁化率が低い生体用金属材料、およびかかる金属材料で構成されMRI診断におけるアーチファクトの発生を抑制できる医療機器を提供することができる、とされている。
【0009】
特許文献3(WO 2013/035269)には、チタンを27 mol%以上54 mol%以下と、ジルコニウムのβ相を安定化させるβ相安定化元素のニオブを5 mol%以上9 mol%以下と、ジルコニウムのω相を抑制させるω相抑制元素のスズおよびアルミニウムの少なくとも1つを、総量で1 mol%以上4 mol%以下と、残部のジルコニウムと、不可避的不純物と、からなることを特徴とする生体用ジルコニウム合金、が開示されている。
【0010】
特許文献3によると、既存のTi-Ni(ニッケル)系合金やTiベースの高弾性合金に比べて、加工性や弾性が更に高い生体用超弾性合金を提供することができる、とされている。また、磁化率が小さいZrを多く含有しているため、合金全体として磁化率が小さくなり、MRIアーチファクトが少なくなることが期待できる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開2006-265633号公報
【文献】特開2010-075413号公報
【文献】国際公開第2013/035269号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述したように、生体機器を構成する金属材(生体用金属材)には、MRI検査の利用性の観点から低磁化率合金が求められる。また、長期使用の観点から優れた機械的強度が求められている。一方、生体用金属材として利用するためには、生体内で腐食による金属イオン溶出の抑制(溶出金属イオンに起因する細胞毒性の抑制)は必要不可欠である。言い換えると、生体用金属材は、低磁化率と機械的強度と耐食性とのバランスが重要である。
【0013】
特許文献1~3に記載の生体用合金は、Tiの磁化率を下回る低磁化率化と良好な機械的強度とが達成されていると言える。しかしながら、特許文献1~3に記載の生体用合金では、耐食性に関する実験・実証がなされておらず、低磁化率と機械的強度と耐食性とのバランスの確認が取れていない。
【0014】
これらのことから、本発明の目的は、低磁化率と機械的強度と耐食性とのバランスに優れたZr-Nb系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(I)本発明の一態様は、Zr-Nb系合金材であって、
3質量%以上18質量%以下のNbと、12質量%以下のTiと、6質量%以下のCrと、6質量%以下のCu(銅)と、5質量%以下のBi(ビスマス)とを含み、残部がZrおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、母相のβ相結晶粒内に等温ω相粒子が分散析出していることを特徴とするZr-Nb系合金材である。
【0016】
本発明は、上記の本発明に係るZr-Nb系合金材(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記等温ω相粒子は、前記β相結晶粒に比して、前記Zrの含有率が高く前記Nbの含有率が低い化学組成を有している。
(ii)前記化学組成は、3質量%以上18質量%以下のNbと、3質量%以上12質量%以下のTiと、0.5質量%以上6質量%以下のCrと、6質量%以下のCuと、5質量%以下のBiとを含み、残部がZrおよび不可避不純物からなる。
(iii)前記等温ω相粒子は、平均粒径が200 nm以下である。
(iv)前記Zr-Nb系合金材の質量磁化率σが2.0×10-6 cm3/g以下であり、ビッカース硬さHVが300 HV以上であり、孔食電位VC100が750 mV(vs. Ag/AgCl)以上である。
なお、本発明では、この特性要件を満たすものを低磁化率と機械的強度および耐食性のバランスが採れているものとみなす。
【0017】
(II)本発明の他の一態様は、上記のZr-Nb系合金材の製造方法であって、前記Zr-Nb系合金材の原料を混合・溶解して溶湯を形成する原料混合溶解工程と、前記溶湯を鋳造して前記化学組成を有する鋳造材を形成する鋳造工程と、前記鋳造材に対して950℃以上1100℃以下の溶体化処理を施して溶体化処理材を用意する溶体化処理工程と、前記溶体化処理材に対して100℃以上450℃以下の時効処理を施して時効処理材を得る時効処理工程と、を有することを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法である。
【0018】
本発明は、上記(II)の本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(v)前記溶体化処理工程と前記時効処理工程との間に、前記溶体化処理材に対して塑性加工を施して塑性加工材を形成する塑性加工工程を更に有し、前記時効処理工程を当該塑性加工材に対して行う。
(vi)前記鋳造工程と前記溶体化処理工程との間に、前記鋳造材に対して塑性加工を施して塑性加工材を形成する塑性加工工程を更に有し、前記溶体化処理工程を当該塑性加工材に対して行う。
(vii)前記時効処理工程の後に、前記時効処理材に対して機械加工を施して機械加工材を形成する機械加工工程を更に有する。
(viii)前記原料混合溶解工程は、前記原料を混合・溶解して溶湯を形成した後に一旦凝固させて原料合金塊を形成する原料合金塊形成素工程と、前記原料合金塊を再溶解して清浄化溶湯を用意する再溶解素工程とからなる。
【0019】
(III)本発明の更に他の一態様は、上記のZr-Nb系合金材の製造方法であって、前記化学組成となるように調整した付加造形用粉末を用意する粉末用意工程と、前記付加造形用粉末を用いて所望の三次元形状の付加造形品を形成する付加造形工程と、前記付加造形品に対して950℃以上1100℃以下の溶体化処理を施して溶体化処理材を用意する溶体化処理工程と、前記溶体化処理材に対して100℃以上450℃以下の時効処理を施して時効処理材を得る時効処理工程と、を有することを特徴とするZr-Nb系合金材の製造方法である。
【0020】
(IV)本発明の更に他の一態様は、Zr-Nb系合金材を用いた製品であって、
前記Zr-Nb系合金材は、上記のZr-Nb系合金材であり、前記製品は、ステントまたはスプリングガイドワイヤであることを特徴とするZr-Nb系合金製品である。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、低磁化率と機械的強度と耐食性とのバランスに優れたZr-Nb系合金材、該合金材の製造方法、およびZr-Nb系合金製品を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の一例を示す工程図である。
図2】本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の他の一例を示す工程図である。
図3】本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の更に他の一例を示す工程図である。
図4A】本発明のZr-Nb系合金材を用いた製品の一例であるステントの一部を示す拡大模式図である。
図4B】本発明のZr-Nb系合金材を用いた製品の他の一例であるスプリングガイドワイヤの斜視模式図である。
図5】本発明の合金材である時効処理材A-3のTEM観察像であり、(a)暗視野像および(b)電子線回折像である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明者等は、ZrおよびNbを必須成分とするZr-Nb系合金材、特にZrを65質量%以上含むZr-Nb系合金材において、化学組成、金属組織形態、質量磁化率、機械的強度および耐食性の関係について鋭意調査検討し、本発明を完成させた。
【0024】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。なお、同義の状態・工程については、同じ符号を付して重複する説明を省略する。
【0025】
[Zr-Nb系合金材の化学組成]
まず、本発明のZr-Nb系合金材の化学組成について説明する。
【0026】
Nb:3質量%以上18質量%以下
Nbは、本発明のZr-Nb系合金材の必須成分であり、本合金材においてβ相を安定化し機械的強度の確保に寄与する。Nbの含有率が3質量%以上であると、Zr-Nb系合金材の機械的強度が十分になる。β相の安定化および機械的強度の作用効果を得るには、Nbの含有率は、3質量%以上が好ましく、5質量%以上がより好ましく、8質量%以上が更に好ましい。一方、Nbの含有率が18質量%以下であると、Zrによる低磁化率化を阻害しにくい。Nbの含有率の上限は、18質量%以下が好ましく、16質量%以下がより好ましく、15質量%以下が更に好ましい。なお、Nbの含有率の上限値と下限値は任意に組み合わせることができる。これは以下の元素についても同様である。
【0027】
Ti:12質量%以下
Tiは、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分(必須成分ではなく、添加してもよいし添加しなくてもよい成分)の1つであり、Nbと共にβ相の安定化に寄与する成分である。また、耐食性の向上にも寄与する。Ti添加による作用効果を得るには、3質量%以上が好ましく、4質量%以上がより好ましく、5質量%以上が更に好ましい。Tiの含有率が3質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られなくなる傾向にある。一方、Tiの含有率が12質量%超になると、Zrによる低磁化率化を阻害する傾向にある。Tiの含有率の上限は、12質量%以下が好ましく、11質量%以下がより好ましく、10質量%以下が更に好ましい。
【0028】
Cr:6質量%以下
Crも、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、β相の安定化および耐食性の向上に寄与する成分である。また、Crは、Tiと共に添加することにより、β相の安定化により寄与する。Cr添加による作用効果を得るには、0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1質量%以上が更に好ましい。Crの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られなくなる傾向にある。一方、Crの含有率が6質量%超になると、粗大な金属間化合物(例えばZrCr2)を形成して機械的強度を低下させると共に、Zrによる低磁化率化を阻害する傾向にある。Crの含有率の上限は、6質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、4質量%以下が更に好ましい。
【0029】
Cu:6質量%以下
Cuは、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、低磁化率化に寄与する成分である。Cu添加による作用効果を得るには、0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1質量%以上が更に好ましい。Cuの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られないだけであり、特段の不具合はない。一方、Cuの含有率が6質量%超になると、粗大な金属間化合物を形成して耐食性が低下する傾向にある。Cuの含有率の上限は、6質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましく、2.5質量%以下が更に好ましい。
【0030】
Bi:5質量%以下
Biも、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、低磁化率化に寄与する成分である。Bi添加による作用効果を得るには、0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1質量%以上が更に好ましい。Biの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られないだけであり、特段の不具合はない。一方、Biの含有率が5質量%超になると、粗大な金属間化合物を形成して耐食性が低下する傾向にある。Biの含有率の上限は、5質量%以下が好ましく、3質量%以下がより好ましく、2.5質量%以下が更に好ましい。
【0031】
残部:Zrおよび不可避不純物
Zrは、本発明のZr-Nb系合金材の主成分(最大含有率の成分)であり、本合金材の低磁化率化に寄与する。低磁化率化の作用効果を得るには、Zrの含有率は、65質量%以上が好ましく、70質量%以上がより好ましく、75質量%以上が更に好ましい。Zrの含有率が65質量%未満になると、Zr-Nb系合金材の低磁化率化が不十分になる傾向にある。一方、Zrの含有率が94質量%超になると、Zr-Nb系合金材の機械的強度(例えば、ビッカース硬さ)が不十分になる傾向にある。Zrの含有率の上限は、94質量%以下が好ましく、90質量%以下がより好ましく、85質量%以下が更に好ましい。
【0032】
本発明のZr-Nb系合金材における不可避不純物としては、Hf、O(酸素)、C(炭素)、N(窒素)、P(リン)およびS(硫黄)が挙げられる。これらの不純物を過度に含有すると、機械的特性や耐食性を劣化させる。このため、合計含有率が0.5質量%以下であって、Hfは0.5質量%未満、O、CおよびNはそれぞれ0.5質量%以下、PおよびSはそれぞれ0.1質量%以下とすることが好ましい。
【0033】
本発明のZr-Nb系合金材では、以下の元素も任意成分として更に含有することができる。
【0034】
Ag:9質量%以下
Agも、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、低磁化率化に寄与する成分である。Ag添加をする場合には、0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1質量%以上が更に好ましい。Agの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られない可能性がある。一方、Agの含有率が9質量%超になると、粗大な金属間化合物を形成して耐食性が低下する可能性がある。Agの含有率の上限は、9質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、2.5質量%以下が更に好ましい。
【0035】
Sn:6質量%以下
Snも、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、低磁化率化に寄与する成分である。Sn添加をする場合には、0.5質量%以上が好ましく、1質量%以上がより好ましく、1.5質量%以上が更に好ましい。Snの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られない可能性がある。一方、Snの含有率が6質量%超になると、粗大な金属間化合物(例えばZrSn)を形成して耐食性が低下する可能性がある。Snの含有率の上限は、6質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、4質量%以下が更に好ましい。
【0036】
Al:3質量%以下
Alも、本発明のZr-Nb系合金材の任意成分の1つであり、低磁化率化に寄与する成分である。Al添加をする場合には、0.5質量%以上が好ましく、0.8質量%以上がより好ましく、1質量%以上が更に好ましい。Alの含有率が0.5質量%未満になると、上記作用効果が十分に得られない可能性がある。一方、Alの含有率が3.0質量%超になると、粗大な金属間化合物(例えばZrAl3)を形成して耐食性が低下する可能性がある。Alの含有率の上限は、3質量%以下が好ましく、2.8質量%以下がより好ましく、2.5質量%以下が更に好ましい。
【0037】
[Zr-Nb系合金材の微細組織]
本発明のZr-Nb系合金材の微細組織(金属組織とも言う)について説明する。
【0038】
Zr-Nb系合金では、主たる構成相としてα相、β相およびω相が挙げられる。α相は、六方最密充填構造を有し、機械的強度が比較的低い。また、α相は、他の元素の固溶限が小さいため、他の元素が添加されると、金属間化合物を形成し易く耐食性が比較的低いという性状がある。β相は、体心立方格子構造を有し、比較的高い機械的強度と良好な耐食性とを示す。ω相は、β相からα相への相変態過程で生じる相であり、六方晶系の構造を有する。また、ω相は、原子配列の関係から磁化率が小さい利点を有するが、耐食性が比較的低いという弱点も有する。
【0039】
なお、ω相には、鋳造工程などの冷却過程(急冷)で形成する非等温ω相(athermal ω phase)と、時効処理などの等温過程で形成する等温ω相(isothermal ω phase)とがある。非等温ω相は、可逆的変態である剪断変形により生成するため、β相結晶粒の粒間に形成され易く、その組成は相変態前のβ相と同じである。一方、等温ω相は、不可逆的変態である原子拡散(原子再配列)により生成および成長するため、β相結晶粒の内部に形成され易く、その組成は相変態前のβ相と異なる。すなわち、非等温ω相と等温ω相とは、その生成過程、形態および組成に明確な差異がある。
【0040】
本発明のZr-Nb系合金材における金属組織は、母相(matrix)となるβ相結晶粒の中に微細な等温ω相粒子が分散析出しているという特徴がある。β相結晶粒を母相とすることから、β相の利点(比較的高い機械的強度、および良好な耐食性)を享受できる。また、β相結晶粒内に微細な等温ω相粒子が分散析出していることから、ω相の利点(低磁化率化)を享受できると共に、機械的強度の向上(例えば、分散析出強化)に寄与する。さらに、β相結晶粒の粒界でのω相粒子の析出ではないことから、耐食性の弱点を最小限に抑えることができる。
【0041】
その結果、本発明によれば、例えば、2.0×10-6 cm3/g以下の質量磁化率(σ)と、300 HV以上のビッカース硬さ(HV)と、照合電極を銀/塩化銀電極とした場合に750 mV(vs. Ag/AgCl)以上の孔食電位(VC100)と、が得られる。なお、孔食電位VC100は、アノード分極曲線において、孔食発生により電流が急に立ち上がり始めてから電流密度100μA/cm2に達した際の電位を測定した。
【0042】
低磁化率化の観点から質量磁化率σは、1.6×10-6 cm3/g以下がより好ましく、1.3×10-6 cm3/g以下が更に好ましい。また、機械的強度の観点から、ビッカース硬さHVは、350以上がより好ましく、400以上が更に好ましい。さらに、耐食性の観点から、孔食電位VC100は、1000 mV以上がより好ましく、1250 mV以上が更に好ましい。
【0043】
等温ω相粒子のサイズに特段の限定はないが、分散析出の観点から平均粒径200 nm以下が好ましく、平均粒径150 nm以下がより好ましく、平均粒径100 nm以下が更に好ましい。平均粒径が200 nmを超えると、析出物の粗大化による機械的特性の悪化や、粒成長に伴うω相のα変態の進行が生じ、耐食性および磁化率特性を悪化させる要因となりうる。一方、磁化率低減の観点から平均粒径10 nm以上が好ましい。平均粒径が10 nm未満となると、磁化低減に有効なω相の析出量確保が困難になる。
【0044】
また、β相およびω相以外の異相(例えば、金属間化合物やα相など)は、本発明のZr-Nb系合金材中に検出されないことが望ましいが、耐食性や機械的特性に特段の悪影響を及ぼさない範囲(例えば、異相の合計占有率が10%以下)ならば許容される。
【0045】
本発明において、等温ω相粒子の平均粒径および異相の占有率は、微細組織観察像に対する従前の画像処理技術で解析・算出される平均粒径および面積占有率(面積%)を採用する。例えば、合金材の断面の光学顕微鏡観察像または電子顕微鏡観察像を画像解析ソフト(例えば、ImageJ、米国National Institutes of Health開発のパブリックドメインソフト)で読み込んで、解析対象となる異相の面積率および等温ω相粒子の平均粒径(等価面積円の直径の平均)を算出することができる。
【0046】
[Zr-Nb系合金材の製造方法-1]
次に、本発明のZr-Nb系合金材の製造方法について説明する。
【0047】
図1は、本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の一例を示す工程図である。図1に示すように、まず、所望の組成(必須成分+任意成分)となるようにZr-Nb系合金材の原料を混合・溶解して溶湯10を形成する原料混合溶解工程(S1)を行う。原料の混合方法や溶解方法に特段の限定はなく、合金材の製造における従前の方法を利用できる。
【0048】
また、合金材中の不純物成分の含有率をより低減する(合金の清浄度を高める)ため、原料混合溶解工程S1が、Zr-Nb系合金材の原料を混合・溶解して溶湯10を形成した後に一旦凝固させて原料合金塊11を形成する原料合金塊形成素工程(S1a)と、該原料合金塊11を再溶解して清浄化溶湯12を準備する再溶解素工程(S1b)とからなることはより好ましい。合金の清浄度を高められる限り再溶解方法に特段の限定はないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)を好ましく利用できる。
【0049】
次に、所定の鋳型を用いて溶湯10を鋳造して鋳造材20を形成する鋳造工程(S2)を行う。なお、上述したように再溶解素工程S1bを行った場合は、鋳造工程S2は、清浄化溶湯12を鋳造して鋳造材20を形成する工程となる。精密鋳造の場合(最終製品形状に近い形状となる鋳造材を得ようとする場合)は、原料混合溶解工程S1で成分調整した溶湯10を一旦鋳造して大型の母合金塊を作製し、該母合金塊を適度な大きさに分割した後、再溶解して、精密鋳造用鋳型で鋳造を行うことがある。その場合、最終製品の機械的特性および耐食性の観点から、凝固時の結晶粒粗大化(粗大な鋳造凝固組織)を抑制できる冷却速度を確保することが好ましい。
【0050】
次に、鋳造材20に対して950℃以上1100℃以下の溶体化熱処理を施して溶体化処理材30を用意する溶体化処理工程(S3)を行う。950℃以上でβ相化が進行し、1100℃以下であれば、成分の酸化が進行したり、成分むらが生じたりすることを抑制できる。熱処理における保持時間は、保持温度および被熱処理材の熱容量を考慮しながら時間長さを適宜調整すればよい(例えば、0.1時間以上20時間以下)。溶体化熱処理を施すことにより、鋳造工程S2の冷却過程で生成した異相(例えば、α相、非等温ω相、金属間化合物相)がβ相に溶体化(相変態および/または固溶化)してβ相への単相化が進行する。微細組織としては、溶体化処理工程S3を行うことにより、再結晶粒が見られる組織(再結晶組織)を示す場合がある。
【0051】
溶体化熱処理における溶体化温度からの冷却方法に特段の限定はないが、微細組織をできるだけ維持する観点から、速い冷却速度を確保できる冷却方法(例えば、水冷、ガス冷)を好適に利用できる。
【0052】
次に、溶体化処理材30に対して100℃以上450℃以下の時効熱処理を施して時効処理材40を用意する時効処理工程(S4)を行う。100℃以上とすることで実質的に成分の拡散が生じて時効効果を得られる。また、450℃以下であればω相変態組織が生じる。熱処理における保持時間は、保持温度および被熱処理材の熱容量を考慮しながら時間長さを適宜調節すればよい(例えば、0.1時間以上50時間以下)。時効熱処理を施すことにより、溶体化処理材30のβ相結晶粒内に微細な等温ω相粒子が分散析出した微細組織を有する時効処理材40が得られる。
【0053】
次に、時効処理材40に対して所望の形状となるように機械加工を施して機械加工材50を形成する機械加工工程(S5)を行う。本発明における機械加工とは、所望形状に成形するために工作機械を用いて行う加工(例えば、切削加工、研削加工、放電加工、レーザー加工、ウォータージェット加工など)を意味するものとする。機械加工工程S5は、必須の工程ではなく、時効処理材40をもってZr-Nb系合金材の完成品としてもよい。
【0054】
なお、図示していないが、機械加工工程S5の後に、必要に応じて機械加工材50に対して仕上加工(例えば、表面研磨)を施してZr-Nb系合金材を完成させる仕上加工工程を行ってもよい。また、仕上加工工程も、必須の工程ではなく、機械加工材50をもってZr-Nb系合金材の完成品としてもよい。
【0055】
[Zr-Nb系合金材の製造方法-2]
図2は、本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の他の一例を示す工程図である。図面の簡素化のため、図1の原料合金塊形成素工程S1aおよび再溶解素工程S1bの記載を省略したが、当然のことながらそれらの素工程を行ってもよい。
【0056】
図2においては、図1の製造方法における溶体化処理工程S3と時効処理工程S4との間に、塑性加工工程(S6)を有する点で異なり、他の工程を同じとするものである。そこで、塑性加工工程S6についてのみ説明する。
【0057】
図2に示した製造方法では、溶体化処理工程S3で得られた溶体化処理材30に対して、塑性加工を施して塑性加工材60を形成する塑性加工工程S6を行う。塑性加工の種類・方法に特段の限定はなく、従前の種類・方法(例えば、鍛造、押出、引抜、圧延、それぞれ熱間、温間、冷間を含む)を利用できる。
【0058】
塑性加工を施すことにより、鋳造工程S2に起因する鋳造凝固組織および/または溶体化処理工程S3に起因する再結晶組織を壊して、溶体化処理材30の結晶粒よりも平均結晶粒径が小さい微細組織を形成し、脆性抑制効果を奏するZr-Nb系合金の塑性加工材60を得ることができる。図2に図示していないが、必要に応じて、塑性加工材60の硬さを調整するための調質熱処理を、塑性加工の後に行ってもよい。
【0059】
以降、塑性加工材60に対して時効処理工程S4を行って時効処理材40を用意する以外は、図1の製造方法と同様の時効処理工程S4、機械加工工程S5および仕上加工工程を行えばよい。
【0060】
[Zr-Nb系合金材の製造方法-3]
図3は、本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の更に他の一例を示す工程図である。図面の簡素化のため、図1の原料合金塊形成素工程S1aおよび再溶解素工程S1bの記載を省略したが、当然のことながらそれらの素工程を行ってもよい。
【0061】
図3においては、図1の製造方法における鋳造工程S2と溶体化処理工程S3との間に、塑性加工工程S6を有する点で異なり、他の工程を同じとするものである。塑性加工工程S6の塑性加工の種類・方法も図2と同じである。言い換えると、図2の製造方法と比較して塑性加工工程S6を行う順序が異なるだけである。
【0062】
鋳造材20に対して塑性加工を施すことにより、鋳造工程S2に起因する鋳造凝固組織を壊して、鋳造材20の結晶粒よりも平均結晶粒径が小さい微細組織を形成し、脆性抑制効果を奏するZr-Nb系合金の塑性加工材60が得られる。また、鋳造材20中の異相(例えば、α相、非等温ω相、金属間化合物相)の結晶粒径も小さくなることから、次工程の溶体化処理工程S3でβ相の単相化を促進する利点もある。
【0063】
以降、塑性加工材60に対して溶体化処理工程S3を行って溶体化処理材30を用意する以外は、図1の製造方法と同様の溶体化処理工程S3、時効処理工程S4、機械加工工程S5および仕上加工工程を行えばよい。
【0064】
[Zr-Nb系合金材の製造方法-4]
本発明に係るZr-Nb系合金材の製造方法の更に他の一例として、付加造形法を適用することができる。例えば、図3におけるS1及びS2工程に代えて、所望の組成を有する原料合金粉末または所望の組成となるように調整した混合粉末を付加造形用粉末として用意する工程と、当該付加造形用粉末を用いて所望の三次元形状の付加造形品を形成する付加造形工程とを実施する。その後、付加造形品に対して、溶体化処理工程S3および時効処理工程S4を実施する。この製造方法であれば、塑性加工によらず目的とする三次元形状部材を製造できる。
【0065】
なお、必要に応じて、熱処理工程の前後で機械加工工程S5を行ってもよい。目的とする部材形状加工後に熱処理工程を施すことにより、形状加工による組織の変質が生じない利点もある。
【0066】
[Zr-Nb系合金材を用いた製品例]
次に、本発明のZr-Nb系合金材を用いた製品例について簡単に説明する。図4Aは、製品の一例であるステントの一部を示す拡大模式図であり、図4Bは、他の製品の一例であるスプリングガイドワイヤの斜視模式図である。
【0067】
図4Aおよび図4Bに示したように、本発明のZr-Nb系合金材は、従来の生体用合金と同等以下の磁化率と、高い機械的強度と耐食性とを有することから、ステント70やスプリングガイドワイヤ80のコア81の構成材として好適に利用できる。
【実施例
【0068】
以下、実施例および比較例により本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されるものではない。
【0069】
(鋳造材C-1~C-7の作製)
下記の表1に示す名目化学組成となるように、原料を混合しアーク溶解法(溶解温度1500℃以上、減圧Ar雰囲気中)により溶解して溶湯を形成した後(原料混合溶解工程S1の後)、水冷銅ハース上で凝固させて鋳造材C-1~C-7を作製した(鋳造工程S2)。得られた鋳造材C-1~C-7からそれぞれ試験片を採取した。
【0070】
【表1】
【0071】
表1において、各成分の含有率(単位:質量%)は、記載の成分の総和が100質量%となるように換算してある。また、表1に列挙した元素以外の不純物(Hf、O、C、N、PおよびS)は、合計含有率が0.5質量%以下であり、「Bal.」の中に含めるものとする。
【0072】
鋳造材C-1は、ZrおよびNbのみからなるZr-Nb系合金の例であり、鋳造材C-2~C-5は、ZrおよびNbの他にTiおよびCrを含むZr-Nb系合金の例である。鋳造材C-6は、ZrおよびNbの他にTi、CrおよびCuを含むZr-Nb系合金の例であり、鋳造材C-7は、ZrおよびNbの他にTi、CrおよびBiを含むZr-Nb系合金の例である。
【0073】
(溶体化処理材S-1~S-7の作製)
鋳造工程S2で用意した鋳造材C-1~C-7に対して、溶体化熱処理(1000℃で30分間保持した後、水冷)を施して溶体化処理材S-1~S-7を作製した(溶体化処理工程S3)。得られた溶体化処理材S-1~S-7からそれぞれ試験片を採取した。
【0074】
(時効処理材A-1~A-7の作製)
次に、溶体化処理工程S3で用意した溶体化処理材S-1~S-7に対して、時効熱処理(400℃で30分間保持した後、空冷)を施して時効処理材A-1~A-7を作製した(時効処理工程S4)。得られた時効処理材A-1~A-7からそれぞれ試験片を採取した。時効処理材A-1~A-7が本発明に係るZr-Nb系合金材となる。
【0075】
(鋳造材、溶体化処理材および時効処理材に対する試験・評価)
(1)微細組織観察
採取した鋳造材C-1~C-7の試験片、溶体化処理材S-1~S-7の試験片、および時効処理材A-1~A-7の試験片の表面を鏡面研磨し、X線回折測定(加速電圧48 kV、管電流28 mA)を行って、各試験片を構成する結晶相を調査した。結果を表2に示す。
【0076】
また、時効処理材A-1~A-7の試験片に対して、透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析装置(TEM-EDX、株式会社日立ハイテクノロジーズ、型式HF-2100 Cold-FE-TEM)を用いて微細組織観察(加速電圧200 kV、倍率×40000)を行って、等温ω相粒子の平均粒径、結晶構造および化学組成を調査した。結果を図5および表3に示す。
【0077】
【表2】
【0078】
表2に示したように、鋳造材C-1~C-7は、X線回折測定によって「α相+β相+ω相+金属間化合物相」が検出された。これに対し、溶体化処理材S-1~S-7では、β相のみが検出され、溶体化熱処理によってα相とω相と金属間化合物相とがβ相に固溶して単相化したことが確認される。
【0079】
一方、時効処理材A-1~A-7では、予想に反してX線回折測定でω相が検出されなかった。これは、時効処理材A-1~A-7で析出する等温ω相粒子が非常に微細であることを示唆する。言い換えると、鋳造材C-1~C-7においては、X線回折測定で検出できる大きさの非等温ω相粒が析出していることを意味する。
【0080】
図5は、本発明の合金材である時効処理材A-3のTEM観察像であり、(a)暗視野像および(b)電子線回折像である。図5(a)の暗視野像に示したように、平均粒径が約60 nmの微細粒子が母相結晶(β相)内に分散析出している様子が確認される。図5(b)の電子線回折像から、体心立方格子構造のβ相とは異なる六方晶構造を有するω相が析出していることが確認される。また、A-3以外の時効処理材についても同様に平均粒径200 nm以下のω相が微細析出していることを確認した。
【0081】
【表3】
【0082】
また、表3に示したように、ω相粒子は、β相母相に比して、Zr含有率が高く、Nb含有率とCr含有率とが低い化学組成を有していることが確認される。なお、本微細組織観察においては、TEM-EDX測定の試料ホルダーとしてTi製ホルダーを使用したことから、化学組成の定量分析からTiの測定を除外している。
【0083】
表3の結果と図5の結果とを考え合わせると、微細分散析出したω相は、等温ω相であることが確認される。また、他の時効処理材(A-1~A-2、A-4~A-7)においても、図5および表3と同様の結果が得られることを別途確認した。
【0084】
次に、溶体化処理材S-1~S-7の試験片および時効処理材A-1~A-7の試験片に対して、磁化特性評価、機械的強度評価および耐食性評価を行った。時効処理材A-1~A-7が本発明の実施例であり、溶体化処理材S-1~S-7が比較例である。
【0085】
(2)磁化特性評価
磁化特性評価として、磁性材料測定装置(理研電子株式会社、振動試料型磁力計BHVシリーズ)を用いて磁化測定を行った。得られた磁化と印加磁場と試料質量との関係から質量磁化率σ(×10-6 cm3/g)を算出した。
【0086】
磁化測定の結果、「2.00<σ」をCグレード、「1.60<σ≦2.00」をBグレード、「1.30<σ≦1.60」をAグレード、「σ≦1.30」をSグレードと評価し、Bグレード以上を合格と判定し、Cグレードを不合格と判定した。結果を表4に示す。
【0087】
(3)機械的強度評価
機械的強度評価として、ビッカース硬さ試験(JIS Z 2244(2009)に準拠)を行ってビッカース硬さ(HV)を測定した。マイクロビッカース硬度計(株式会社マツザワ製、型式:AMT-X7FS)を用いて10点計測し(荷重:200 gf、保持時間:10秒)、該10点のビッカース硬さのうちの最大値と最小値とを除いた8点の平均値を当該試料のビッカース硬さとした。
【0088】
ビッカース硬さ試験の結果、「HV<300」をCグレードと評価し、「300≦HV<350」をBグレードと評価し、「350≦HV<400」をAグレードと評価し、「400≦HV」をSグレードと評価した。Bグレード以上を合格と判定し、Cグレードを不合格と判定した。機械的特性評価の結果を表4に併記する。
【0089】
なお、金属材料において、一般的に、母相結晶粒内に析出粒子が微細分散析出するほど(析出粒子の平均粒子間距離が小さくなるほど)金属材の硬さが高くなることが知られている。このことから、機械的強度評価によるビッカース硬さは、母相のβ相結晶粒内に析出した微細な等温ω相粒子の分散析出の程度を間接的に表していると言える。
【0090】
(4)耐食性評価
耐食性評価として、金属系生体材料のアノード分極試験(JIS T 0302(2000)に準拠)を行って孔食電位を測定した。採取した分極試験片をすきま腐食防止電極に装着し、照合電極を銀/塩化銀電極とし、生理食塩水中(0.9質量%NaCl溶液)でアノード分極して得た分極曲線から電流密度100 mV/cm2となる電位VC100(単位:mV(vs. Ag/AgCl))を求めた。
【0091】
孔食電位測定の結果、「VC100<750 mV」をCグレードと評価し、「750 mV≦VC100<1000 mV」をBグレードと評価し、「1000 mV≦VC100<1250 mV」をAグレードと評価し、「1250 mV≦VC100」をSグレードと評価した。Bグレード以上を合格と判定し、Cグレードを不合格と判定した。耐食性評価の結果を表4に併記する。
【0092】
【表4】
【0093】
表4に示したように、溶体化処理材と時効処理材とを比較すると、溶体化処理材S-1~S-7は、磁化特性、機械的強度および耐食性のいずれかの項目で不合格の特性を示している。これに対し、時効処理材A-1、A-2、A-4は、基の鋳造材を同じにする溶体化処理材と比較すると全ての項目で当該溶体化処理材と同等以上である。また、A-3、A-5~A-7においても、磁化特性および機械的強度における結果と溶体化処理材からの向上具合とから、耐食性の向上を示すと考えられる。
【0094】
これらの結果は、図5および表3の結果と考え合わせると、時効処理材で母相のβ相結晶粒内に微細な等温ω相粒子が分散析出した微細組織を有していることに起因すると考えられる。より具体的に言うと、時効処理材では、β相よりも磁化率が小さい等温ω相が析出したことにより、磁化特性が向上した(質量磁化率が低下した)と考えられる。また、等温ω相粒子が母相のβ相結晶粒内に分散したことにより、ω相に起因する耐食性の弱点を最小限に抑えることができたと考えられる。さらに、微細な析出粒子が分散したことから、ビッカース硬さが向上したと考えられる。
【0095】
上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成による置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0096】
10…溶湯、11…原料合金塊、12…清浄化溶湯、20…鋳造材、30…溶体化処理材、40…時効処理材、50…機械加工材、60…塑性加工材、70…ステント、80…スプリングガイドワイヤ、81…コア。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5