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特許7036386変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素及びアンブレインの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素及びアンブレインの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/60 20060101AFI20220308BHJP
   C12N 9/88 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 1/15 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 1/19 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220308BHJP
   C12P 7/02 20060101ALI20220308BHJP
   C12N 9/04 20060101ALN20220308BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20220308BHJP
【FI】
C12N15/60
C12N9/88 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12N15/63 Z
C12P7/02
C12N9/04 Z
C12N15/53
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018503412
(86)(22)【出願日】2017-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2017008412
(87)【国際公開番号】W WO2017150695
(87)【国際公開日】2017-09-08
【審査請求日】2020-01-07
(31)【優先権主張番号】P 2016042661
(32)【優先日】2016-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000000387
【氏名又は名称】株式会社ADEKA
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100090251
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 努
(72)【発明者】
【氏名】奥野 琴音
(72)【発明者】
【氏名】竹花 稔彦
(72)【発明者】
【氏名】小池 誠治
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/033746(WO,A1)
【文献】J. Am. Chem. Soc.,2013年,Vol. 135,p. 18335-18338
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00 - 15/90
C12N 9/00 - 9/99
C12P 1/00 - 41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
DXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がシステインに置換している変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素であって
b)配列番号1又は13で表されるアミノ酸配列との同一性が90%以上であり、そして
(c)スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示す、
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素。
【請求項2】
前記変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を構成するポリペプチドが、
(1)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているポリペプチド、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているポリペプチド、
(2)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、
(3)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、
(4)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換されたアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、(5)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、又は
(6)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がシステインに置換しているアミノ酸配列との同一性が90%以上であるアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド
である、請求項1に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
請求項3に記載のポリヌクレオチドを有する微生物。
【請求項5】
ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを更に有する請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
請求項3に記載のポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のベクターを有する形質転換体。
【請求項8】
ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクターを更に有する請求項7に記載の形質転換体。
【請求項9】
請求項1又は2に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をスクアレンに反応させて、アンブレインを得ることを特徴とする、アンブレインの製造方法。
【請求項10】
請求項4又は5に記載の微生物、又は請求項7又は8に記載の形質転換体を培養することを特徴とするアンブレインの製造方法。
【請求項11】
請求項1又は2に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を8α―ヒドロキシポリポダー13,17,21―トリエンに反応させて、アンブレインを得ることを特徴とする、アンブレインの製造方法。
【請求項12】
請求項1又は2に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をスクアレンに反応させて3-デオキシアキレオールAを得ることを特徴とする、3-デオキシアキレオールAの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
龍涎香(ambergris)は、7世紀ごろから世界各地で使用されてきた高級香料であり、漢方薬としても使用されている。龍涎香は、マッコウクジラが食物(タコ、イカ等)の不消化物を消化管分泌物により結石化させ、排泄したものと考えられているが、詳細な生成メカニズムは不明である。龍涎香の主成分はアンブレインであり、龍涎香が海上を浮遊する間に日光と酸素によって酸化分解を受け、各種の香りを持つ化合物を生成すると考えられている。
【0002】
龍涎香の主成分アンブレインは、香料又は薬剤として用いられているが、自然界から大量に入手することは不可能である。このため、種々の有機合成法が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、(+)-アンブレインを簡便かつ安価に効率よく製造する方法として、アンブレノリドから、新規なスルホン酸誘導体を製造し、これにγ-シクロゲラニルハライドの光学活性体をカップリングさせる工程を含む方法が開示されている。
【0004】
また、非特許文献1には、(±)(5,5,8a-トリメチルオクタヒドロ-1H-スピロ[ナフタレン-2,2’-オキシラン]-1-イル)メタノールから合成した2-((1R,2R,4aS,8aS)-2-(メトキシメトキシ)-2,5,5,8a-テトラメチルデカヒドロナフタレン-1-イル)アセトアルデヒドと、(±)メチル 6-ヒドロキシ-2,2-ジメチルシクロヘキサンカルボキシレートから合成した5-((4-((S)-2,2-ジメチル-6-メチレンシクロヘキシル)ブタン-2-イル)スルホニル)-1-フェニル-1H-テトラゾールとを、Juliaカップリング反応によって収束的合成して、アンブレインを得る方法が開示されている。
しかしながら、従来のアンブレインの有機合成法は、多くの合成段階を必要とすることから、反応系が複雑であり、事業化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平10-236996号公報
【文献】国際公開WO2015/033746号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【文献】Tetrahedron Asymmetry, (2006) Vol.17, pp.3037-3045
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem., (1999) Vol.63, pp.2189-2198
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem., (2001) Vol.65, pp.2233-2242
【文献】Biosci. Biotechnol. Biochem., (2002) Vol.66, pp.1660-1670
【文献】J. Am. Chem. Soc., (2011) Vol.133, pp.17540-17543
【文献】J. Am. Chem. Soc., (2013) Vol.135, pp.18335-18338
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、スクアレン-ホペン環化酵素の変異型酵素(D377C、D377N、Y420H、Y420W等)を用いることによって、スクアレンから、単環性トリテルペンである3-デオキシアキレオールAを得る方法が知られている(非特許文献2~4)。
本発明者らは、スクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成可能な変異型スクアレン-ホペン環化酵素をスクアレンに反応させることによって、3-デオキシアキレオールAを得、さらにテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を反応させることによって、アンブレインの製造ができることを見出した(特許文献2)。
しかしながら、特許文献2の方法は多段階反応であり、また収率についても改善の余地があった。
従って、本発明の目的は、簡便にアンブレインを得ることができるアンブレインの製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、アンブレインを効率よく製造する方法について鋭意研究した結果、特定の変異を有する変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素がスクアレンからアンブレインを生成する活性を有することを見出した。このスクアレンからアンブレインの産生は、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素が、スクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成することにより達成されるものである。また、スクアレンからアンブレインの産生は、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素が、2環性の8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインを生成することにより達成されるものである。本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素がこのような酵素活性を示すことは、驚くべきことである。
本発明は、こうした知見に基づくものである。
【0009】
従って、本発明は、
[1]DXDDモチーフの第4番目アミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換している変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素であって、(a)前記変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、前記DXDDモチーフを基準として、N末端側に100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフ、N末端側に10~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ、C末端側に20~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W/Y)モチーフ、C末端側に50~120アミノ酸残基離れた位置にQXXXGXWモチーフ、及びC末端側に120~170アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W)モチーフを有し、そしてC末端側に170アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGXWモチーフを有さず、(b)配列番号1又は13で表されるアミノ酸配列との同一性が40%以上であり、そして(c)スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示す、
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素、
[2]前記変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を構成するポリペプチドが、
(1)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているポリペプチド、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているポリペプチド、(2)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、(3)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、(4)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、(5)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、又は(6)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド
である、[1]に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素、
[3]前記配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸、又は前記配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸が、システイン又はグリシンに置換している、[1]又は[2]に記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素、
[4][1]~[3]のいずれかに記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチド、
[5][4]に記載のポリヌクレオチドを有する微生物、
[6]ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを更に有する[5]に記載の微生物、
[7][4]に記載のポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクター、
[8][7]に記載のベクターを有する形質転換体、
[9]ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクターを更に有する[8]に記載の形質転換体、
[10][1]~[3]のいずれかに記載の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をスクアレンに反応させて、アンブレインを得ることを特徴とする、アンブレインの製造方法、及び
[11][5]又は[6]に記載の微生物、又は[8]又は[9]に記載の形質転換体を培養することを特徴とするアンブレインの製造方法、
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、変異型スクアレン-ホペン環化酵素を併用しなくとも、スクアレンを基質としてアンブレインを1ステップで合成することができる。また、微生物発酵により培養液に含まれる炭素源から効率的にアンブレインを合成することができる。
本発明に用いる変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、スクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成することができる。また、本発明に用いる変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、2環性トリテルペン(8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエン)からアンブレインを生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】変異型スクアレン-ホペン環化酵素及びテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を使用する、スクアレンを基質とした従来のアンブレイン合成経路を示した図である。
図2】本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を用いたスクアレンからアンブレインを生成する2つの経路を示した図である。
図3】スクアレン(A)、3-デオキシアキレオールA(B)、又は2環性トリテルペン(C)を基質として用いて、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を反応させた場合の生成物を示した図である。
図4】本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を、スクアレンを基質として反応させた場合に産生される3-デオキシアキレオールA、2環性トリテルペン、及びアンブレインの量の5日、10日及び15日後の変化を示したグラフである。
図5】本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をスクアレンに反応させた場合の、酵素反応時間の増加に比例して上昇するアンブレイン生成率を示す図面である。
図6】野生型のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子をスクアレンに反応させた場合の生成物を示した図である。
図7】変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を含む酵母形質転換体の生産物をガスクロマトグラフィーにより分析したクロマトグラムを示した図である。変異型TCは、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(D373C)遺伝子を発現させた酵母であり、野生型TCは、野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を発現させた酵母である。単環性プロダクトは3-deoxyachilleol Aであり、二環性プロダクトは8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-trieneである。
図8】野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素及び373番目のアスパラギン酸がシステインに置換した変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列を示した図である。
図9】バチルス・メガテリウム、バチルス・サブチリス、及びバチルス・リケニフォルミスのテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列、並びにアリシクロバチルス・アシドカルダリウスのスクアレン-ホペン環化酵素のアミノ酸配列のアラインメントを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明について詳述する。
[1]変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、DXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換している変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素であって、(a)前記変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、前記DXDDモチーフを基準として、N末端側に100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフ、N末端側に10~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ、C末端側に20~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W/Y)モチーフ、C末端側に50~120アミノ酸残基離れた位置にQXXXGXWモチーフ、及びC末端側に120~170アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W)モチーフを有し、そしてC末端側に170アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGXWモチーフを有さず、(b)配列番号1又は13で表されるアミノ酸配列との同一性が40%以上であり、そして(c)スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示す。
ここで、各モチーフや配列を定義しているアルファベットはアミノ酸の一文字略号を表しており、「X」は任意のアミノ酸を意味する。すなわち、QXXXGX(W/F)モチーフの場合、N末端側からC末端側に向かってグルタミン(Q)、任意のアミノ酸(X)が3つ、グリシン(G)、任意のアミノ酸(X)、さらにトリプトファン(W)又はフェニルアラニン(F)のいずれか、が配列することを示す。また、「DXDDモチーフを基準として、N末端側100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフを有する」とは、DXDDモチーフとQXXXGX(W/F)モチーフの間に100アミノ酸残基以上存在することを意味するものとし、その他モチーフの特定についても同様である。以下、特に記載のない限り同様である。
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の好ましい態様としては、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を構成するポリペプチドが、
(1)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているポリペプチド、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているポリペプチド、
(2)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、
(3)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列からなり、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、
(4)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、
(5)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド、又は
(6)配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換しているアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列を含み、しかも、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチド
である。
また、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の最も好ましい態様としては、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を構成するポリペプチドが、配列番号15で表されるアミノ酸配列からなるBacillus megaterium由来のポリペプチド、又は配列番号16で表されるアミノ酸配列からなるBacillus subtilis由来のポリペプチドを挙げることができる。これらの変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、DXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がシステインに置換している。
【0013】
(テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素)
テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(以下、TCと称することがある)は、片末端に単環を有する3-デオキシアキレオールAを基質として利用し、アンブレインを生成することができる。すなわち、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、3-デオキシアキレオールAを基質として利用すると、3-デオキシアキレオールAの環状化されていない端を選択的に環化させて、両末端環化化合物を生成することができる。
また、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、スクアレンを基質とし、2環性の8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンを生成することができる(非特許文献5)。更に、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、2環性の8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンの環状化されていない端を選択的に環化させて、両末端環化化合物のオノセランオキサイドと14β-ヒドロキシオノセラ-8(26)-エンを生成することができる(非特許文献6)。
【0014】
すなわち、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、EC4.2.1.129に分類され、水とテトラプレニル-β-クルクメンからバチテルペノールAを生成する反応、又は、スクアレンから8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンを生成する反応を触媒し得る酵素である。
テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、例えばバチルス属、ブレビバチルス属、パエニバチルス属、又はジオバチルス属などの細菌が有している。バチルス属の細菌としては、枯草菌(バチルス・サブチルス)、バチルス・メガテリウム、又はバチルス・リケニフォルミスを挙げることができる。テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、DXDDモチーフを基準として、N末端側に100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフ、N末端側に10~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ、C末端側に20~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W/Y)モチーフ、C末端側に50~120アミノ酸残基離れた位置にQXXXGXWモチーフ、及びC末端側に120~170アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W)モチーフを有している。後述のスクアレン-ホペン環化酵素も、前記のモチーフを有しているが、更にDXDDモチーフのC末端側に170アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGXWモチーフを有している。一方、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、前記QXXXGXWモチーフを有していない。更に、スクアレン-ホペン環化酵素は、QXXXGXWモチーフのC末側にGXGFP配列を有し、その4番目のアミノ酸がフェニルアラニン(F)であるという特徴を有する。テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素もGXGFP配列に似たGXGXP配列を有するが、4番目のアミノ酸がフェニルアラニンではなく、例えばロイシン(L)、メチオニン(M)、又はアルギニン(R)などである。
【0015】
(アスパラギン酸の置換)
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(以下、変異型TCと称することがある)においては、例えば配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換、又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換している。アスパラギン酸以外のアミノ酸は、本発明の効果が得られる限りにおいて、限定されるものではなく、アラニン、システイン、グルタミン酸、フェニルアラニン、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、リシン、ロイシン、メチオニン、アスパラギン、プロリン、グルタミン、アルギニン、セリン、トレオニン、バリン、トリプトファン、又はチロシンを挙げることができるが、好ましくはシステイン又はグリシンであり、より好ましくはシステインである。図8にバチルス・メガテリウムの野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素及び373番目のアスパラギン酸がシステインに置換した変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列を示す。
373番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換することによって、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、スクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成することができ、そして8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインを生成することができる。また、バチルス・サブチリスの野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素及び378番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸(特には、システイン)に置換することによって、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、スクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成することができ、そして8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインを生成することができる。
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の由来は、特に限定されるものではなく、全てのテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を用いることができる。すなわち、DXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸(好ましくはシステイン又はグリシン)に置換している変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、本発明の効果を示すことができる。すなわち、DXDDモチーフを基準として、N末端側に100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフ、N末端側に10~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ、C末端側に20~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W/Y)モチーフ、C末端側に50~120アミノ酸残基離れた位置にQXXXGXWモチーフ、及びC末端側に120~170アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W)モチーフを有しており、DXDDモチーフのC末端側に170アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGXWモチーフを有しておらず、DXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸(好ましくはシステイン又はグリシン)に置換している変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、本発明の効果を示すことができる。例えば、バチルス・サブチルスとバチルス・メガテリウムとのポリペプチドのアミノ酸配列の同一性は50%程度であるが、実施例に示すように、本発明の特徴を有することにより、いずれの酵素もスクアレンから3-デオキシアキレオールAを生成することができ、そして8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインを生成することができる。なお、配列番号1に記載のアミノ酸配列は、バチルス・メガテリウムのテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列であり、配列番号13に記載のアミノ酸配列はバチルス・サブチルスのテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列である。
【0016】
図1に記載のように、従来スクアレンからアンブレインを生成する場合、スクアレンを変異型スクアレン-ホペン環化酵素(以下、変異型SHCと称することがある)によって、3-デオキシアキレオールAに変換し、そして3-デオキシアキレオールAを野生型のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素によって、アンブレインに変換することによって製造されていた(特許文献2)。
【0017】
一方、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を用いて、スクアレンからアンブレインを生成する場合、図2に示すように単環性の3-デオキシアキレオールAを中間体とする経路(以下、単環性経路と称することがある)と、8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンを中間体とする経路(以下、2環性経路と称することがある)によって製造される。
【0018】
(単環性経路)
前記単環性経路においては、変異型TCによって、スクアレンから単環性の3-デオキシアキレオールAが生成される。そして変異型TCによって、3-デオキシアキレオールAからアンブレインが生成される。従来の野生型TCは、3-デオキシアキレオールAをアンブレインに変換することができたが、スクアレンを単環性の3-デオキシアキレオールAに変換することはできなかった。本発明の変異型TCは、スクアレンを単環性の3-デオキシアキレオールAに変換することが可能であり、従って図2に示すように、スクアレンから3-デオキシアキレオールAへの変換(図2の反応(a))及び3-デオキシアキレオールAからアンブレインへの変換(図2の反応(b))の2つの反応を1つの酵素によって、行うことが可能になった。
【0019】
(2環性経路)
一方、2環性経路においては、変異型TCによって、スクアレンから8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンが生成される。そして変異型TCによって、8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインが生成される。従来の野生型TCは、スクアレンを8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンに変換することができたが、8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンをアンブレインに変換することはできなかった。本発明の変異型TCは、8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンをアンブレインに変換することが可能であり、従って図2に示すようにスクアレンから8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンへの変換(図2の反応(c))及び8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインへの変換(図2の反応(d))の2つの反応を1つの酵素によって、行うことが可能になった。
【0020】
本発明の変異型TCは、スクアレンからアンブレインを製造する工程において、スクアレンから3-デオキシアキレオールAへの変換(反応(a))、3-デオキシアキレオールAからアンブレインへの変換(反応(b))、スクアレンから8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンへの変換(反応(c))、及び8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンからアンブレインへの変換(反応(d))の4つの反応を1つの酵素で行うことができる。
【0021】
(DXDDモチーフ)
前記のとおり、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素において、例えば配列番号1で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から373番目の置換又は配列番号13で表されるアミノ酸配列におけるN末端側から378番目の置換は、DXDDモチーフと呼ばれる領域に存在する。すなわち、DXDDモチーフは、配列番号1で表されるアミノ酸配列のN末端側から370~373番目、又は配列番号12で表されるアミノ酸配列のN末端側から375~378番目に位置する。N末端側から373番目、又は378番目のアミノ酸の置換は、DXDDモチーフのうち、N末端側から第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に置換されたものである。DXDDモチーフのアスパラギン酸は極めて保存性が高く、通常N末端側から4番目のアミノ酸残基はアスパラギン酸である。本発明は、この保存性の高い特定のアミノ酸を変異させることで、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素が、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を有するようになることを見出したものである。
【0022】
(1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列)
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のポリペプチドは、配列番号1又は13のアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。そして、前記ポリペプチドは、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチドである。すなわち、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示さないポリペプチドは、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のポリペプチドに含まれない。本明細書において、「1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」とは、アミノ酸の置換等により改変がなされたことを意味する。アミノ酸の改変の個数は、例えば1~330個、1~300個、1~250個、1~200個、1~150個、1~100個、又は1~50個であることができ、好ましくは1~30個、より好ましくは1~10個、更に好ましくは1~5個、最も好ましくは1~2個である。本発明に用いることのできる変異ペプチドの改変アミノ酸配列の例は、好ましくは、そのアミノ酸が、1又は数個(好ましくは、1、2、3又は4個)の保存的置換を有するアミノ酸配列であることができる。
【0023】
(アミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列)
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のポリペプチドは、配列番号1又は配列番号13のアミノ酸配列に対してアミノ酸配列との同一性が40%以上であるアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。そして、前記ポリペプチドは、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示すポリペプチドである。すなわち、スクアレンを基質としてアンブレイン生成活性を示さないポリペプチドは、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のポリペプチドに含まれない。より好ましくは該同一性が45%以上であるアミノ酸配列、より好ましくは50%以上であるアミノ酸配列、より好ましくは60%以上であるアミノ酸配列、より好ましくは70%以上であるアミノ酸配列、より好ましくは80%以上であるアミノ酸配列、より好ましくは90%以上であるアミノ酸配列、最も好ましくは該同一性が95%以上であるアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、且つスクアレンからアンブレインを生成する活性を有するポリペプチドからなる変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素である。
【0024】
前記配列番号1又は13のアミノ酸配列において「1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/又は付加されたアミノ酸配列」又は「同一性が40%以上であるアミノ酸配列」は、配列番号1又は13のアミノ酸配列が置換されたものであるが、このアミノ酸配列の置換は、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の機能を維持する保存的置換である。「保存的置換」とは、限定されるものではないが、アミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基で置き換えることを意味する。例えば、ある疎水性残基を別の疎水性残基によって置換する場合、ある極性残基を同じ電荷を有する別の極性残基によって置換する場合などが挙げられる。このような置換を行うことでできる機能的に類似のアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において公知である。非極性(疎水性)アミノ酸としては、例えば、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニンなどが挙げられる。極性(中性)アミノ酸としては、例えば、グリシン、セリン、トレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システインなどが挙げられる。正電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジンなどが挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸などが挙げられる。
【0025】
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素におけるDXDDモチーフの第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸をアスパラギン酸以外のアミノ酸へ変異(置換)させるのは、スクアレンを基質としてアンブレイン生成する活性を付与するための、積極的な置換(変異)であるが、前記保存的置換はスクアレンを基質としてアンブレインを生成する活性を維持するための置換であり、当業者であれば容易に実施することのできるものである。
【0026】
(変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のモチーフ)
図9にバチルス・メガテリウム(配列番号1)、バチルス・サブチリス(配列番号13)、及びバチルス・リケニフォルミス(配列番号17)のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素、並びにアリシクロバチルス・アシドカリダリウスのスクアレン-ホペン環化酵素(配列番号18)のアラインメントを示した。本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素においては、前記DXDDモチーフを基準として、N末端側100アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGX(W/F)モチーフ(以下、本発明においてモチーフAということもある)を有する。好ましくは、前記DXDDモチーフを基準として、N末端側100アミノ酸残基以上離れた位置にモチーフAを2個有する。
また、DXDDモチーフを基準として、N末端側10~50アミノ酸残基の位置にQXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ(以下、本発明においてモチーフBということもある)を有し、前記QXXXX(G/A)X(F/W/Y)がQXXXX(G/A)DWであることが好ましい。
また、DXDDモチーフを基準として、C末端側20~50アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W/Y)モチーフ(以下、本発明においてモチーフCということもある)を有し、前記QXXXGX(F/W/Y)モチーフがQNXXGG(W/F)であることが好ましい。
また、DXDDモチーフを基準として、C末端側50~120アミノ酸残基離れた位置にQXXXGXWモチーフ(以下、本発明においてモチーフDということもある)を有し、前記QXXXGXWモチーフがQXX(N/D)G(S/A)Wであることが好ましい。
また、DXDDモチーフを基準として、C末端側120~170アミノ酸残基離れた位置にQXXXGX(F/W)モチーフ(以下、本発明においてモチーフEということもある)を有し、前記QXXXGX(F/W)モチーフがQXX(D/N)G(S/G)(F/W)であることがより好ましい。
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素においては、DXDDモチーフのほかに上記モチーフA~Eすべてを有するものである。
また、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素においては、前記DXDDモチーフを基準として、C末端側170アミノ酸残基以上離れた位置にQXXXGXWモチーフを有さないものである。
【0027】
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、公知の遺伝子組換え技術などを用いて取得することができる。例えば、バチルス・メガテリウムの染色体DNAを取得し、適当なプライマーを用いて、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を、PCRなどによって増幅する。得られた遺伝子を、適当なベクターに組み込み、遺伝子配列を決定する。DXDDモチーフのうち、N末端側から第4番目のアミノ酸残基がアスパラギン酸である場合は、それ以外のアミノ酸への変異を導入することによって、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードする遺伝子を取得することができる。その遺伝子を、酵母等の宿主に組み込み、発現させることによって、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を得ることが可能である。
またテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、バチルス・メガテリウムの他に、バチルス属等の細菌に存在することが知られており、バチルス・サブチリス由来酵素(アクセッション番号:AB618206),バチルス・リケニフォルミス由来酵素(アクセッション番号:AAU41134)等を取得することも可能である。
【0028】
また、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードする遺伝子は、公知の合成遺伝子の合成方法、例えば、Khoranaらの方法(Gupta et al.,1968)、Narangらの方法(Scarpulla et al.,1982)、又はRossiらの方法(Rossi et al.,1982)によって合成することも可能である。そして、合成された遺伝子を発現させることにより、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を得ることができる。
【0029】
[2]ポリヌクレオチド
本発明のポリヌクレオチドは、本発明のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチドである限りにおいて、特に限定されるものではない。すなわち、DXDDモチーフのうち、N末端側から第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸に変異(置換)されたポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを挙げることができる。
具体的には、本発明のポリヌクレオチドとして、例えばDXDDモチーフの、N末端側から第4番目のアミノ酸残基であるアスパラギン酸がシステインに変異(置換)されたポリペプチドをコードする配列番号2、又は配列番号14で表される塩基配列からなる配列を含むポリヌクレオチドを挙げることができる。
更には、配列番号2で表される塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、しかも、スクアレンからアンブレインを生成する活性を有するポリヌクレオチドを挙げることができる。なお、本明細書における用語「ポリヌクレオチド」には、DNA及びRNAの両方が含まれる。
また、本発明のポリヌクレオチドは、それを導入する微生物又は宿主細胞に合わせて、最適なコドンの塩基配列に変更することが好ましい。
【0030】
[3]微生物
本発明の微生物は、本発明のポリヌクレオチドを有する微生物である。すなわち、本発明のポリヌクレオチドを細胞内に含む限りにおいて特に限定されるものではないが、例えば、大腸菌、枯草菌、ブレビバチルス属菌、放線菌、パン酵母、麹菌、又はアカパンカビを挙げることができる。
【0031】
《ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ》
本発明の微生物は、好ましくはヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ(以下、HMGRと称することがある)をコードするポリヌクレオチドを更に有する。
HMGRはファルネシルピロリン酸の合成経路において、ヒドロキシメチルグルタリルCoAをメバロン酸に変換する酵素である。ファルネシルピロリン酸が2分子結合することにより、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の基質であるスクアレンが生成される。ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼの活性を向上させることによって、微生物におけるスクアレンの生成を促進し、微生物を用いたアンブレインの製造を増加させることができる。
【0032】
前記ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼのポリペプチドは、ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ活性を有する限りにおいて、特に限定されるものではないが、好ましくは(1)配列番号3で表されるアミノ酸配列の514番~1022番のアミノ酸配列、(2)配列番号3で表されるアミノ酸配列の514番~1022番からなるアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列、又は(3)配列番号3で表されるアミノ酸配列の514番~1022番からなるアミノ酸配列との同一性が80%以上(好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上)であるアミノ酸配列或いは(1)配列番号3で表されるアミノ酸配列、(2)配列番号3で表されるアミノ酸配列において、1若しくは複数のアミノ酸が欠失、置換、挿入、及び/若しくは付加されたアミノ酸配列、又は(3)配列番号3で表されるアミノ酸配列との同一性が80%以上であるアミノ酸配列からなるポリペプチドである。
前記のアミノ酸配列からなるヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼは、優れたレダクターゼ活性を示す。従って、配列番号3で表されるアミノ酸配列の514番~1022番のアミノ酸配列を含むポリペプチドは、ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼの膜結合領域を除いたアミノ酸配列であり、ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼの優れた活性を示すものである。配列番号4にヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードする核酸配列(塩基配列)の1つの態様を示す。
【0033】
[4]ベクター
本発明のベクターは、上記変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクターである。すなわち、本発明のベクターは、本発明による前記ポリヌクレオチドを含む限り、特に限定されるものではなく、例えば、用いる宿主細胞に応じて適宜選択した公知の発現ベクターに、本発明による前記ポリヌクレオチドを挿入することにより得られるベクターを挙げることができる。
【0034】
発現ベクターとしては、宿主である大腸菌、パン酵母等において自立複製可能ないしは染色体中への組込みが可能で、外来タンパク質の発現効率の高いものが好ましい。前記ポリヌクレオチドを発現させるための発現ベクターは、微生物中で自立複製可能であると同時に、プロモーター、リボソーム結合配列、前記DNA及び転写終結配列より構成された組換えベクターであることが好ましい。また、プロモーターを制御する遺伝子が含まれていてもよい。
【0035】
より具体的には、発現ベクターとして、例えば、pBTrp2、pBTac1、pBTac2(いずれもベーリンガーマンハイム社より市販)、pKK233-2(Pharmacia社製)、pSE280(Invitrogen社製)、pGEMEX-1(Promega社製)、pQE-8(QIAGEN社製)、pQE-30(QIAGEN社製)、pKYP10(特開昭58-110600)、pKYP200〔Agricultural Biological Chemistry,48,669(1984)〕、pLSA1〔Agric.Biol.Chem.,53,277(1989)〕、pGEL1〔Proc.Natl.Acad.Sci.USA,82,4306(1985)〕、pBluescriptII SK+、pBluescriptII SK(-)(Stratagene社製)、pTrS30(FERMBP-5407)、pTrS32(FERM BP-5408)、pGEX(Pharmacia社製)、pET-3(Novagen社製)、pTerm2(US4686191、US4939094、US5160735)、pSupex、pUB110、pTP5、pC194、pUC18〔gene,33,103(1985)〕、pUC19〔Gene,33,103(1985)〕、pSTV28(宝酒造社製)、pSTV29(宝酒造社製)、pUC118(宝酒造社製)、pPA1(特開昭63-233798号公報)、pEG400〔J.Bacteriol.,172,2392(1990)〕、pColdI、pColdII、pColdIII、pColdIV、pNIDNA、pNI-HisDNA(タカラバイオ社製)等を例示することができる。
【0036】
プロモーターとしては、宿主である大腸菌、パン酵母等の細胞中で発現することができるものであればいかなるものでもよい。例えば、trpプロモーター(Ptrp)、lacプロモーター(Plac)、PLプロモーター、PRプロモーター、PSEプロモーター等の、大腸菌やファージ等に由来するプロモーター、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター等を挙げることができる。またPtrpを2つ直列させたプロモーター(Ptrpx2)、tacプロモーター、letIプロモーター、lacT7プロモーターのように人為的に設計改変されたプロモーター等も用いることができる。酵素法による生産(スクアレンを基質とした酵素反応による生体外での生合成)で酵素を生産するには、強いプロモーターとして機能し、目的タンパク質の大量生産が可能なプロモーターが好ましく、誘導型プロモーターがより好ましい。誘導型プロモーターとしては、例えば低温で発現誘導されるコールドショック遺伝子cspAのプロモーター、誘導剤であるIPTGの添加により誘導されるT7プロモーター等をあげることができる。また発酵生産(グルコースなどを炭素源とした宿主による生体内での生合成)においては、上記プロモーターの中でも組織を問わず常時目的遺伝子を発現させるプロモーター、すなわち構成的プロモーターであることがより好ましい。構成的プロモーターとしては、アルコールデヒドロゲナーゼ1遺伝子(ADH1)、翻訳伸長因子TF-1α遺伝子(TEF1)、ホスホグリセリン酸キナーゼ遺伝子(PGK1)、トリオースリン酸イソメラーゼ遺伝子(TPI1)、トリオースリン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子(TDH3)、ピルビン酸キナーゼ遺伝子(PYK1)のプロモーターが挙げられる。
【0037】
[5]形質転換体
本発明の形質転換体も、本発明による前記ポリヌクレオチドを含む限り、特に限定されるものではなく、例えば、本発明による前記ポリヌクレオチドが、宿主細胞の染色体に組み込まれた形質転換体であることもできるし、あるいは、本発明による前記ポリヌクレオチドを含むベクターの形で含有する形質転換体であることもできる。また、本発明によるポリペプチドを発現している形質転換体であることもできるし、あるいは、本発明によるポリペプチドを発現していない形質転換体であることもできる。本発明の形質転換体は、例えば、本発明による前記ベクターにより、あるいは、本発明による前記ポリヌクレオチドそれ自体により、所望の宿主細胞を形質転換することにより得ることができる。
【0038】
宿主細胞は、特に限定されないが、大腸菌、枯草菌、ブレビバチルス属菌、放線菌、酵母、麹菌、アカパンカビ等取り扱いが容易な菌株が好ましいが、昆虫細胞、植物細胞、動物細胞などを用いることも可能である。しかしながら、酵素法による生産(スクアレンを基質とした酵素反応による生体外での生合成)で酵素を生産するには、大腸菌、枯草菌、ブレビバチルス属菌、麹菌が好ましく、大腸菌が最も好ましい。また発酵生産(グルコースなどを炭素源とした宿主による生体内での生合成)で最も好ましくは酵母である。最も好ましい酵母株としては、清酒酵母が挙げられる。特に好ましくは、清酒酵母協会7号又は701号が挙げられる。協会701号酵母は、協会7号から育種された泡なし酵母で高泡を形成しない特長があるが、他の性質は同じである。
【0039】
発酵生産(グルコースなどを炭素源とした宿主による生体内での生合成)においては、本発明の形質転換体は、好ましくはヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクターを有する。前記ベクターを含むことによって、形質転換体を用いたアンブレインの製造における産生量を増加させることができる。ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼは、前記「微生物」の項に記載のものである。
なお、上記「ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクターを有する」とは、上記「変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクター」にヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAが含まれるようにしてもよく、また「変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクター」と「ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼをコードするポリヌクレオチドを持つDNAを含むベクター」をそれぞれ調製し、形質転換させてもよい。
【0040】
[6]アンブレインの製造方法
本発明のアンブレインの製造方法は、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をスクアレンに反応させて、アンブレインを得ることを特徴とするものである。
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、酵素発現用ベクターを細菌等に導入することによって得られた形質転換体を培養することにより生成できる。形質転換体の培養に用いられる培地は、通常用いられる培地でよく、宿主の種類に応じて適宜選択される。例えば、大腸菌を培養する場合には、LB培地等が用いられる。培地には、選択マーカーの種類に応じた抗生物質が添加されていてもよい。
【0041】
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、前記酵素を発現可能な形質転換体を培養することにより得られた培養液から酵素を抽出し精製したものであってもよい。また、あらかじめ本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のポリペプチドのN末側又はC末側にトリガーファクター(TF)又はHisタグなどを融合させた融合タンパク質として発現させ、精製などを容易にしてもよい。また、培養液中の形質転換体から抽出された酵素を含む抽出液をそのまま用いてもよい。形質転換体からの酵素の抽出方法は、公知の方法を適用してよい。酵素の抽出工程は、例えば、形質転換体を抽出溶媒中で破砕し、細胞内容物を形質転換体の破砕片と分離することを含んでよい。得られた細胞内容物には、目的とする変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素が含まれている。
【0042】
形質転換体の破砕方法としては、形質転換体を破砕して、酵素液を回収可能な公知の方法を適用してよく、例えば、超音波破砕、ガラスビーズ破砕等が挙げられる。破砕の条件は、特に制限はなく、10℃以下及び15分間などの、酵素が失活しない条件であればよい。
細胞内容物と微生物体の破砕片との分離方法としては、沈降分離、遠心分離、濾過分離及びこれらの2つ以上の分離方法の組み合わせ等が挙げられる。これらの方法を用いた分離条件は当業者には公知であり、遠心分離の場合には例えば、8,000×g~15,000×g及び10分間~20分間である。
【0043】
抽出溶媒としては、酵素抽出の溶媒として通常用いられるものでよく、例えば、Tris-HCl緩衝液、リン酸カリウム緩衝液等が挙げられる。抽出溶媒のpHは、酵素の安定性の点で、3~10が好ましく、6~8がより好ましい。
【0044】
抽出溶媒には、界面活性剤が含まれていてもよい。界面活性剤としては、非イオン界面活性剤、両性イオン界面活性等が挙げられる。非イオン界面活性剤としては、ポリ(オキシエチレン)ソルビタンモノオレイン酸エステル(Tween 80)等のポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、n-オクチルβ-D-グルコシド等のアルキルグルコシド、ショ糖ステアリン酸エステル等のショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリンステアリン酸エステル等のポリグリセリン脂肪酸エステル等が挙げられる。両性イオン界面活性剤としては、アルキルベタインであるN,N-ジメチル-N-ドデシルグリシンベタイン等が挙げられる。これら以外にも、トライトンX-100(Triton X-100)、ポリオキシエチレン(20)セチルエーテル(Brij-58)、ノニルフェノールエトキシレート(Tergitol NP-40)等の当技術分野で一般的に用いられる界面活性剤が利用可能である。
抽出溶媒中の界面活性剤の濃度は、酵素の安定性の観点から、0.001質量%~10質量%が好ましく、0.10質量%~3.0質量%がより好ましく、0.10質量%~1.0質量%が更に好ましい。
【0045】
抽出溶媒には、酵素活性の観点から、ジチオスレイトール、β-メルカプトエタノール等の還元剤が含まれていることが好ましい。還元剤としては、ジチオスレイトールが好ましい。抽出溶媒中のジチオスレイトールの濃度は、0.1mM~1Mが好ましく、1mM~10mMがより好ましい。抽出溶媒中にジチオスレイトールが存在することによって、酵素におけるジスルフィド結合等の構造が保持されやすくなり、酵素活性がより上昇する傾向がある。
【0046】
抽出溶媒には、酵素活性の観点から、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等のキレート剤が含まれていることが好ましい。抽出溶媒中のEDTAの濃度は、0.01mM~1Mが好ましく、0.1mM~10mMがより好ましい。抽出溶媒中にEDTAが存在することによって、酵素活性を低下させ得る金属イオンがキレートされるため、酵素活性がより上昇する傾向がある。
【0047】
抽出溶媒には、上記の成分以外に、酵素抽出溶媒に添加可能な公知の成分が含まれていてよい。
【0048】
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素とスクアレンとの反応の条件は、酵素反応が進行可能な条件であれば特に制限はない。例えば、反応温度及び反応時間は、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の活性等に基づいて適宜選択することができる。反応温度及び反応時間は、反応効率の観点から、例えば4℃~100℃及び1時間~30日であり、30℃~60℃及び16時間~20日が好ましい。pH条件は、反応効率の観点から、例えば3~10であり、6~8が好ましい。
【0049】
反応溶媒は、酵素反応を阻害しないものであれば特に制限はなく、通常用いられる緩衝液等を用いることができる。また、例えば、酵素の抽出工程で使用する抽出溶媒と同一のものを用いることができる。また、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を含む抽出液(例えば、無細胞抽出液)を酵素液としてそのまま反応に用いてもよい。
【0050】
アンブレイン生成反応における変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素と、その基質であるスクアレンとの濃度比は、反応効率の観点から、酵素に対する基質のモル濃度比(基質/酵素)として、1~10000が好ましく、10~5000がより好ましく、100~3000がより好ましく、1000~2000が更に好ましい。
酵素反応に用いるスクアレンの濃度は、反応効率の観点から、反応溶媒の全質量に対して0.000001質量%~10質量%が好ましく、0.00001質量%~1質量%がより好ましい。
【0051】
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素とスクアレンとが反応する反応工程は、複数回繰り返してもよい。これにより、アンブレインの収率を高めることができる。反応工程を複数回繰り返す場合には、基質となるスクアレンを反応系に再投入する工程、公知の方法により酵素を失活させた後、反応液中の反応生成物を回収及び精製する工程等を含むものであってもよい。スクアレンの再投入を行う場合には、反応液中の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の濃度、反応液中に残存する基質量等によって、投入する時期、投入量を適宜設定することができる。
【0052】
本発明のアンブレインの製造方法の別の実施態様においては、本発明の微生物又は形質転換体を培養することを特徴とする。
前記微生物又は発現ベクターで形質転換された宿主細胞を培養することによって、アンブレインを製造することができる。例えば、酵母について記載すると、酵母は通常用いられるYPD培地などで培養すればよい。相同組換えにより遺伝子導入された酵母、又は発現ベクターを有する酵母を前培養し、更にYPD培地などに植菌し、そして24~240時間、好ましくは72~120時間程度培養する。培地中に分泌されたアンブレインは、そのまま、又は公知の方法により精製して用いることができる。精製方法としては、具体的には、溶媒抽出、再結晶、蒸留、カラムクロマトグラフィー、及びHPLC等が挙げられる。
【0053】
《作用》

本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素が、前記単環性経路において、スクアレンを単環性の3-デオキシアキレオールAに変換できるメカニズム、及び前記2環性経路において、8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンをアンブレインに変換できるメカニズムは詳細に解析されたわけではないが、以下のように推定される。しかしながら、本発明は以下の推定によって限定されるものではない。 本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素は、前記のとおり、QXXXGX(W/F)モチーフ(モチーフA)、QXXXX(G/A)X(F/W/Y)モチーフ(モチーフB)、QXXXGX(F/W/Y)モチーフ(モチーフC)、QXXXGXWモチーフ(モチーフD)、及びQXXXGX(F/W)モチーフ(モチーフE)を有している。本発明の変異型TCにおいては、DXDDモチーフの第4番目のアスパラギン酸がアスパラギン酸以外のアミノ酸(好ましくは、システイン又はグリシン)に置換された変異型DXDDモチーフが、テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素に広く存在する前記モチーフA~Eと何らかの相互作用により酵素活性が安定的に発揮される可能性がある。
一方で、本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素においては、スクアレン-ホペン環化酵素が有しているQXXXGXWモチーフを有さない。スクアレン-ホペン環化酵素は、前記モチーフA~Eを有しているが、変異型DXDDモチーフに変換しても、本発明の効果は得られないため、スクアレン-ホペン環化酵素が有しているQXXXGXWモチーフは、本発明で得られる酵素活性を抑制的に働いている可能性がある。
【実施例
【0054】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0055】
《実施例1》
本実施例では、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のクローニング及び発現ベクター構築を行った。
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子をpCold-TFベクター(NdeI-XhoI部位)へ導入した。
バチルス・メガテリウム染色体DNAを鋳型として用いて、PCRにより野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素をコードするポリヌクレオチドを取得した。前記ポリヌクレオチドをpCold-TFベクターのNdeI-XhoI部位に挿入した。得られたベクターを鋳型として用いて、373番目のアスパラギン酸がシステインに置換されるように、クイックチェンジ法により部位特異的変異を導入し、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を含む発現ベクターを得た。
続いて、得られた変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を含む発現ベクターにより、大腸菌BL21(DE3)の形質転換体を作製した。
【0056】
《実施例2》
本実施例では、スクアレン、3-デオキシアキレオールA、又は8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンを基質として、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の酵素活性を検討した。
【0057】
実施例1で作製した形質転換体をアンピシリン(50mg/L)含有LB培地(1L)に植菌し、37℃で3時間振とう培養した。培養後、0.1Mのイソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加し、15℃で24時間振とうを行い、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の発現を誘導した。
【0058】
その後、遠心(6,000×g、10分間)によって集菌した菌体を、50mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)で洗浄した後、30mLの緩衝液A[50mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)、0.1v/v%のTritonX-100、2.5mMのジチオスレイトール、1mMのEDTAを含有。]で懸濁し、UP2005 sonicator(Hielscher Ultrasonics, Teltow, Germany)を用いて超音波破砕(4℃、20分間)した。破砕処理後の試料を遠心(12,300×g、20分間)し、遠心後に得られた上清を無細胞抽出液Aとした。
【0059】
スクアレン(250μg)をTritonX-100(5mg)に混合して可溶化した後に緩衝液A(1mL)に添加してスクアレン液を調製した。このスクアレン液の全量を無細胞抽出液A(4mL)に加えて反応液とし、30℃で64時間インキュベートした。反応液において、スクアレン(基質)と変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(酵素)とのモル比(基質/酵素)は、約200であった。
【0060】
インキュベート後に、メタノール(6mL)を反応液へ添加し、酵素反応を停止させた。その後、反応液へn-ヘキサン(5mL)を添加して、反応生成物の抽出を3回行った。
【0061】
得られた抽出物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル=100:20、容量比)に供し、n-ヘキサン:酢酸エチル=100:20画分を得た。得られた画分を濃縮し、GC/MSでの解析結果を図3に示す。
(ただし、「BmeTC D373C」はバチルス・メガテリウム由来のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の373位のアミノ酸をアスパラギン酸(D)からシステイン(C)へ変異させたものであることを示す。また、「SQ」は「スクアレン」を示し、「単環」「単環性プロダクト」は「3-デオキシアキレオールA」を示し、「2環」「2環性プロダクト」は「8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエン」を示す。以下同じ。)
【0062】
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素とスクアレンとを反応させることによって、アンブレインが得られた。また、3-デオキシアキレオールA及び8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンも産生されていた。従って、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素によって、図2に記載の(a)及び(b)の単環性経路、並びに(c)及び(d)の2環性経路によってアンブレインが生成されていると考えられる。また、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素と3-デオキシアキレオールAとを反応させることによって、アンブレインが得られ、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素と8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンとを反応させることによっても、アンブレインが得られた。これらの結果は、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素により、前記単環性経路、及び2環性経路によってアンブレインが生成されていることを支持している。
【0063】
《実施例3》
30℃で64時間インキュベートする代わりとして30℃で5日間インキュベートしたことを除いては、実施例2の操作を繰り返して、アンブレインを製造した。
図4は、5日後、10日後、及び15日後のスクアレン、アンブレイン、3-デオキシアキレオールA、及び8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンの生成物量を示す。経時的に、スクアレンが、3-デオキシアキレオールA、及び8α-ヒドロキシポリポダ-13,17,21-トリエンに変換され、更にそれらがアンブレインに変換されていると考えられる。図5に示すように、酵素反応5日後には、スクアレンに対するアンブレインの生成率は8%であった。酵素反応10日後には、スクアレンに対するアンブレインの生成率は20%まで増加した。酵素反応15日後には、スクアレンに対するアンブレインの生成率はさらに50%まで増加した。
【0064】
本発明の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素によれば、変異型スクアレン-ホペン環化酵素を併用しなくとも、スクアレンを基質としてアンブレインを1ステップで合成することができる。
【0065】
《比較例1》
変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子に代えて、変異を有さないテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を使用すること以外、実施例1~実施例3と同様の操作を行い、変異を有さないテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素であってもスクアレンからアンブレインを生成できるのか検討した。
その結果、図6に示すように、アンブレインを生成できるのはテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素と3-デオキシアキレオールAを反応させた時のみであり、スクアレンを基質としてアンブレインを合成することはできなかった。
【0066】
《実施例4》
本実施例では、酵母にHMGR及び変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を発現させる形質転換体を得るために、HMGR遺伝子および変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子のクローニングを行った。
酵母(Saccharomycopsis fibuligera)を、ML-236Bを含む培地を用いて培養して得られた、ML-236B耐性株からHMGR遺伝子を取得した(配列番号4、以下、該ML-236B耐性株から得られたHMGR遺伝子を「ADK4653」又は「ADK4653遺伝子」と呼ぶこともある)。
【0067】
(1)変異型HMGR(tHMGR)遺伝子(短縮型)のクローニング及び発現ベクターの構築
ML-236B耐性株のゲノムDNAを鋳型として、配列番号5及び6に示したプライマーを用いてPCR法により変異型HMGR遺伝子(短縮型、配列番号4の1540~3066番の塩基配列)を増幅した。
PCR産物は、アガロースゲル電気泳動による確認後に、発現用ベクターpAUR123(タカラバイオ社)に挿入し、ML-236B耐性株の短縮型HMGR(以下、「ADK4653_tHMGR」ということもある)の発現ベクターを取得した。
【0068】
(2)変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子のクローニング
野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子は、当該酵素のアミノ酸配列をもとに、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)にコドンを最適化して合成した。合成した遺伝子は、ベクターpUCF(ファスマック社)のクローニングサイト(制限酵素EcoRVサイト)に挿入した。次に、野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子に対しアミノ酸置換変異を導入した。具体的には、野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素の第373位のアミノ酸をアスパラギン酸からシステインに置換した変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を取得した。
変異を導入したベクターの調製は、PrimeSTAR DNA Polymerase(タカラバイオ社)を使用し、配列番号7及び8に示した変異導入用プライマーを用いて、取扱説明書に従って行った。
【0069】
(3)発現ベクターの構築
発現ベクターの構築には、実施例4(1)で短縮型HMGR(tHMGR)遺伝子をクローニングしたタンパク質発現用のシャトルベクター(pAUR123、タカラバイオ社)を使用した。
先ず出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のホスホグリセリン酸キナーゼ遺伝子(PGK1)プロモーターおよびCYC1ターミネターから構成される発現カセットを上記ベクターpAUR123の塩基配列6982位および1位の間に挿入した。次に本ベクターを鋳型として、PCR法により配列番号9及び10に示したプライマーを用いて変異型HMGR(tHMGR)遺伝子を含む発現ベクター断片を調製した。
【0070】
また実施例4(2)で取得したベクターを鋳型として、同様にして配列番号11及び12に示したプライマーを用いて変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子断片を調製した。
【0071】
PCR産物は、アガロースゲル電気泳動による増幅確認の後に、制限酵素(DPNI)処理を行い、NucleoSpin Gel and PCR Clean-upカラム(MACHEREY-NAGEL社)を使用して精製を行った。目的遺伝子の実施例4(3)で作成したベクターへのクローニングは、In-Fusion HD Cloning Kit(Clontech社)を使用し、ユーザーマニュアルに従って反応を行った。反応液は、そのまま大腸菌コンピテントセル(HST08、タカラバイオ社)による形質転換に使用した。陽性クローンは、コロニーPCRにより目的遺伝子が導入されていることを確認し、発現ベクターを取得した。
【0072】
《実施例5》
本実施例では、実施例4(3)で得られたベクターを用いて、酵母の形質転換体を取得した。その形質転換体を用いて、スクアレン、アンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)の生産を確認した。
【0073】
(1)酵母の形質転換
実施例4(3)で得られた発現ベクターを用いて清酒酵母(Saccharomyces cerevisiae 協会701号)を形質転換した。ベクターは、あらかじめ制限酵素(EcoO65I(BstEII、BstPI)、タカラバイオ社)により耐性マーカー遺伝子内の一箇所で切断し、直鎖状にして使用することで相同組換えによる遺伝子導入を行った。酵母の形質転換は、Frozen-EZ Yeast Transformation II(ZYMO RESARCH社)を使用し、定法である酢酸リチウム法に準じた方法で行った。得られたクローンは、コロニーPCRにより目的遺伝子が導入されていることを確認した。
【0074】
(2)酵母形質転換体によるスクアレン、アンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)の生産
(酵母形質転換体の培養)
短縮型ADK4653遺伝子はアルコールデヒドロゲナーゼ1遺伝子プロモーター(ADH1)により、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子はホスホグリセリン酸キナーゼ遺伝子プロモーター(PGK1)により共に構成的に発現させた。清酒酵母が本来有しているHMGR遺伝子に加え、形質転換により導入されたADK4653遺伝子の過剰発現によりメバロン酸経路が増強されることを、当該経路の代謝産物であるスクアレンを測定することで確認した。また清酒酵母が本来は生産しないアンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)の生産の有無を確認した。
培養は、容量500mLのバッフル付き三角フラスコを使用し、YPD培地50mL(グルコース濃度5%)にYPD培地で24時間前培養した培養液を0.5mL接種し、28℃、250rpmで旋回攪拌しながら培養した。5日後にサンプルを採取し、菌体中に蓄積されたスクアレン、アンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)の分析を行った。
【0075】
《比較例2》
本比較例では、短縮型ADK4653遺伝子および野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子のクローニングを行った。テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子は、変異を導入前の野生型遺伝子を用いて、実施例4(3)と同様の方法でベクターを構築した。
【0076】
《比較例3》
本比較例では、比較例2で得られたベクターを用いて、酵母の形質転換体を取得した。その形質転換体を用いて、スクアレン、アンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)の生産を確認した。(1)酵母の形質転換及び(2)酵母形質転換体によるスクアレン、アンブレイン、単環性化合物又は二環性化合物の生産については、実施例5と同様の方法で行った。
【0077】
(生産物の分析)
前記実施例5及び比較例3で得られた菌体を破砕後にヘキサン抽出して試料を調製した。培養液3mLを遠心して上清を除いた後、菌体にジルコニアビーズ(YTZボール、φ0.5mm、ニッカトー社)を1.5mL容量添加し、ビーズクラッシャー(タイテック社、uT-12)による粉砕(3200rpm/min)を1分間5回繰り返した。破砕液にヘキサン1.5mLを加え、上記ビーズクラッシャーにより1分間の攪拌(1800rpm/min)を3回繰り返しながら抽出し、遠心分離(16000rpm/min)後に、有機層を回収した。抽出物を窒素ガス気流下で乾固し、400uLのヘキサンに再溶解しGC分析に供した。GC分析は、ガスクロマトグラフGC-2014(島津製作所社)により、HP5キャピラリーカラム(30m×0.32mm×0.25um、アジレント・テクノロジー社)、検出器はFIDを使用した。分析条件は、SPL温度300℃、FID温度320℃、スプリット比30.0、全流量25.0mL/min、線速度19.3cm/sec、カラム温度220-300℃(昇温速度1℃/min)、300℃10min保持に設定した。
【0078】
ガスクロマトグラフによる分析結果を図7に示した。実施例4及び5の変異型HMGR遺伝子および変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を同時に発現させた宿主から、スクアレン、アンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)および二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)を検出した(図7)。
変異型HMGR遺伝子(短縮型)を発現させた清酒酵母のスクアレンの生産量は、顕著な増加を示しており、代謝の律速段階として、本来厳密に制御されているメバロン酸経路の増強効果が確認できた。また変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子の同時発現により、本来清酒酵母が生産しないアンブレイン、単環性化合物(3-deoxyachilleol A)又は二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)が生産されることが確認できた。つまり、変異型HMGR遺伝子および変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を同時に発現させた宿主を分子育種することにより、酵母でのアンブレインの生産が可能になることを示している。
一方、比較例2及び3の変異型HMGR遺伝子および野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を同時に発現させた宿主では、スクアレンおよび二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)を検出した。変異型HMGR遺伝子(短縮型)を発現させた清酒酵母のスクアレンの生産量は、顕著な増加を示しておりメバロン酸経路の増強効果が確認できた。また野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子の同時発現により、本来清酒酵母が生産しない二環性化合物(8a-Hydroxypolypoda-13,17,21-triene)が生産されることが確認できたが、アンブレイン、又は単環性化合物(3-deoxyachilleol A)は検出されず、生産されていないことを確認した。つまり野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を発現しても、酵母ではアンブレインは生産されないことを示している。
またメバロン酸経路の酵素の1つであるHMGR(ヒドロキシメチルグルタリルCoAレダクターゼ)として、特定のアミノ酸配列を有する変異型HMGR遺伝子(短縮型)を酵母で発現させることによって、メバロン酸経路の下流の化合物、特にはスクアレンの生産量が飛躍的に増加することが知られている。よって変異型HMGR遺伝子(短縮型)および野生型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子の同時発現することにより、酵母でのアンブレインの生産が可能になる。
【0079】
《実施例6》
本実施例では、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)由来の変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を作成し、アンブレインを製造した。なお、バチルス・サブチリスと、バチルス・メガテリウムのテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸の同一性は50%である。
バチルス・サブチリス由来のテトラプレニル-β-クルクメン環化酵素のアミノ酸配列(GenBankアクセッション番号:AB618206)をもとに変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を合成した。遺伝子は、DXDDモチーフの4番目のアミノ酸であるアスパラギン酸がシステインに置換されるように設計し、大腸菌での発現に最適化して合成し、pCold-TFベクターのNdeI-XhoI部位に挿入した。得られた変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素遺伝子を含む発現ベクターにより、大腸菌BL21(DE3)の形質転換体を作製した。
その後、実施例2と同様に、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を含む無細胞抽出液を得た。
続いて、スクアレン(50μg)をTween-80(1mg)に混合して可溶化した後に緩衝液B[50mMのTris-HCl緩衝液(pH7.5)、0.1v/v%のTween-80、0.1w/v%のアスコルビン酸ナトリウム、2.5mMのジチオスレイトール、1mMのEDTAを含有](1mL)に添加してスクアレン液を調製した。このスクアレン液の全量を無細胞抽出液(4mL)に加えて反応液とし、30℃で64時間インキュベートした。反応液において、スクアレン(基質)と変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素(酵素)とのモル比(基質/酵素)は、約1000であった。
インキュベート後に、15質量%水酸化カリウム含有メタノール(6mL)を反応液へ添加し、酵素反応を停止させた。その後、反応液へn-ヘキサン(5mL)を添加して、反応生成物の抽出を3回行った。
得られた抽出物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(溶媒、n-ヘキサン:酢酸エチル=100:20、容量比)に供し、n-ヘキサン:酢酸エチル=100:20画分を得た。得られた画分を濃縮し、ガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)による分析を行い、アンブレインが生成していることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によれば、アンブレインの生産において、変異型テトラプレニル-β-クルクメン環化酵素を用いることにより、スクアレンを基質として用いて1ステップでアンブレインを製造することができる。本発明によって得られる、アンブレインは、例えば医薬品などの生産の原料として用いることができる。
以上、本発明を特定の態様に沿って説明したが、当業者に自明の変法や改良は本発明の範囲に含まれる。
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【配列表】
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