(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-07
(45)【発行日】2022-03-15
(54)【発明の名称】半導体装置用ボンディングワイヤ
(51)【国際特許分類】
H01L 21/60 20060101AFI20220308BHJP
【FI】
H01L21/60 301F
(21)【出願番号】P 2019562696
(86)(22)【出願日】2017-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2017047331
(87)【国際公開番号】W WO2019130570
(87)【国際公開日】2019-07-04
【審査請求日】2020-11-20
(73)【特許権者】
【識別番号】595179228
【氏名又は名称】日鉄マイクロメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000006644
【氏名又は名称】日鉄ケミカル&マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小田 大造
(72)【発明者】
【氏名】山田 隆
(72)【発明者】
【氏名】江藤 基稀
(72)【発明者】
【氏名】榛原 照男
(72)【発明者】
【氏名】宇野 智裕
【審査官】西村 治郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/104153(WO,A1)
【文献】特開2017-038062(JP,A)
【文献】特許第5893230(JP,B1)
【文献】特開2017-005256(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu合金芯材と前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、
前記ボンディングワイヤが、Ni,Rh,Irの1種以上(以下「第1合金元素群」という。)と、Pd:0.05質量%以上、の一方又は両方を含有し、第1合金元素群含有量はボンディングワイヤ中の含有量として評価し、Pd含有量はCu合金芯材中のPd含有量に基づいてボンディングワイヤ中の含有量に換算して評価したとき、前記評価した含有量において、第1合金元素群とPdの総計の含有量が0.03~2質量%であり、
さらに、前記ボンディングワイヤが、
以下の元素群:
(i)Li,Sb,Fe,Cr,Co
,Sc,Y
から選択される1種以上;
(ii)0.011質量%以上のCa;
(iii)0.011質量%以上のMg;並びに
(iv)Zn、ただし、ボンディングワイヤ中の前記第1合金元素群とZnの総計の含有量が2.1質量%以上である
から選択される1種以上を総計で0.002~3質量%含
むことを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項2】
前記Pd被覆層の厚さが0.015~0.150μmであることを特徴とする請求項1に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項3】
前記Pd被覆層上にさらにAuとPdを含む合金表皮層を有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項4】
前記AuとPdを含む合金表皮層の厚さが
0.0005μm以上0.050μm以下であることを特徴とする請求項3に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項5】
前記ボンディングワイヤがさらに、Al,Ga,Ge,Inの1種以上を総計で0.03~3質量%含むことを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項6】
前記ボンディングワイヤがさらに、As,Te,Sn,Bi,Seの1種以上を総計で0.1~1000質量ppm(Sn≦10質量ppm、Bi≦1質量ppm)含むことを特徴とする請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項7】
前記ボンディングワイヤがさらに、B,P,Laの1種以上を総計で0.1~200質量ppm含むことを特徴とする請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【請求項8】
前記ボンディングワイヤの最表面にCuが存在することを特徴とする請求項1から請求項7までのいずれか1項に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と外部リード等の回路配線基板の配線とを接続するために利用される半導体装置用ボンディングワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、半導体素子上の電極と外部リードとの間を接合する半導体装置用ボンディングワイヤ(以下、「ボンディングワイヤ」という)として、線径15~50μm程度の細線が主として使用されている。ボンディングワイヤの接合方法は超音波併用熱圧着方式が一般的であり、汎用ボンディング装置、ボンディングワイヤをその内部に通して接続に用いるキャピラリ冶具等が用いられる。ボンディングワイヤの接合プロセスは、ワイヤ先端をアーク入熱で加熱溶融し、表面張力によりボール(FAB:Free Air Ball)を形成した後に、150~300℃の範囲内で加熱した半導体素子の電極上にこのボール部を圧着接合(以下、「ボール接合」という)し、次にループを形成した後、外部リード側の電極にワイヤ部を圧着接合(以下、「ウェッジ接合」という)することで完了する。ボンディングワイヤの接合相手である半導体素子上の電極にはSi基板上にAlを主体とする合金を成膜した電極構造、外部リード側の電極にはAgめっきやPdめっきを施した電極構造等が用いられる。
【0003】
これまでボンディングワイヤの材料はAuが主流であったが、LSI用途を中心にCuへの代替が進んでいる。一方、近年の電気自動車やハイブリッド自動車の普及を背景に、車載用デバイス用途においてもAuからCuへの代替に対するニーズが高まっている。
【0004】
Cuボンディングワイヤについては、高純度Cu(純度:99.99質量%以上)を使用したものが提案されている(例えば、特許文献1)。CuはAuに比べて酸化され易い欠点があり、接合信頼性、ボール形成性、ウェッジ接合性等が劣る課題があった。Cuボンディングワイヤの表面酸化を防ぐ方法として、Cu芯材の表面をAu,Ag,Pt,Pd,Ni,Co,Cr,Tiなどの金属で被覆した構造が提案されている(特許文献2)。また、Cu芯材の表面にPdを被覆し、その表面をAu,Ag、Cu又はこれらの合金で被覆した構造が提案されている(特許文献3)。
【0005】
車載用デバイスは一般的な電子機器に比べて、過酷な高温高湿環境下での接合信頼性が求められる。特に、ワイヤのボール部を電極に接合したボール接合部の接合寿命が最大の問題となる。高温高湿環境下での接合信頼性を評価する方法はいくつかの方法が提案されており、代表的な評価法として、HAST(Highly Accelerated Temperature and Humidity Stress Test)(高温高湿環境暴露試験)がある。HASTによってボール接合部の接合信頼性を評価する場合、評価用のボール接合部を温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境に暴露し、接合部の抵抗値の経時変化を測定したり、ボール接合部のシェア強度の経時変化を測定したりすることで、ボール接合部の接合寿命を評価する。最近は、このような条件でのHASTにおいて100時間以上の接合寿命が要求されるようになっている。半導体装置のパッケージであるモールド樹脂(エポキシ樹脂)には、分子骨格に塩素(Cl)が含まれている。HAST評価条件では、分子骨格中のClが加水分解して塩化物イオン(Cl-)として溶出する。Pd被覆層を有するCuボンディングワイヤであっても、ボールボンディングでAl電極に接合した場合、Cu/Al接合界面が130℃以上の高温下に置かれると金属間化合物であるCu9Al4が形成され、モールド樹脂から溶出したClによって腐食が進行し、接合信頼性の低下につながる。
【0006】
特許文献4~8においては、Pd被覆CuワイヤにNi、Pd、Pt、In、As、Te、Sn、Sb、Bi、Se、Ga、Geからなる群から選択される1種以上の元素を含有することにより、腐食反応を遅らせて高温高湿環境での接合信頼性を向上する発明が開示されている。
【0007】
近年車載用の半導体装置においては、175℃~200℃でのボール接合部の接合信頼性向上が求められている。半導体装置のパッケージであるモールド樹脂(エポキシ樹脂)には、シランカップリング剤が含まれている。より高温での信頼性が求められる車載向け半導体など、高い密着性が求められる場合には「イオウ含有シランカップリング剤」が添加される。モールド樹脂に含まれるイオウは、175℃以上(例えば、175℃~200℃)の条件で遊離する。遊離したイオウがCuと接触すると、Cuの腐食が激しくなる。Cuボンディングワイヤを用いた半導体装置でCuの腐食が生成すると、特にボール接合部の接合信頼性が低下することとなる。
【0008】
半導体装置パッケージで用いるモールド樹脂中にイオウ含有シランカップリング剤が用いられている場合であっても、175℃以上の高温環境でボール接合部の接合信頼性を確保することが求められている。その目的を達成するため、Pd被覆CuボンディングワイヤのCu芯材中に種々の合金元素を含有させる発明が開示されている。特許文献6~9においては、Pd被覆CuワイヤにPt、Pd、Rh、Ni、As、Te、Sn、Sb、Bi、Se、Ni、Ir、Zn、Rh、Inからなる群から選択される1種以上の元素を所定量含有することにより、それぞれ175℃以上の高温環境でのボール接合部の接合信頼性を改善できることが開示されている。
【0009】
Pd被覆Cuボンディングワイヤを用いてボールボンディングを行う際、良好なボール形状を実現するため、またボール接合部のつぶれ形状を改善してボール接合部形状の真円性を改善するため、Pd被覆Cuボンディングワイヤ中に微量成分を含有する発明が開示されている。特許文献4~9では、ワイヤ中にP、B、Be、Fe、Mg、Ti、Zn、Ag、Si、Ga、Ge、Ca、Laからなる群から選択される1種以上の元素を、それぞれ0.0001~0.01質量%(1~100質量ppm)含有することにより、良好なボール形状を実現し、あるいはボール接合部のつぶれ形状を改善している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開昭61-48543号公報
【文献】特開2005-167020号公報
【文献】特開2012-36490号公報
【文献】特許第5893230号公報
【文献】特許第5964534号公報
【文献】特許第5912005号公報
【文献】特許第5937770号公報
【文献】特許第6002337号公報
【文献】特許第5912008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
前述のとおり、半導体装置パッケージで用いるモールド樹脂中にイオウ含有シランカップリング剤が用いられている場合でも、Pd被覆CuボンディングワイヤのCu芯材中に種々の合金元素を含有させることにより、175℃以上の高温環境でボール接合部の接合信頼性向上が実現している(特許文献6~9)。
【0012】
一方、モールド樹脂中のイオウ含有量は、近年において増加する傾向にある。従来は、イオウ含有シランカップリング剤を含む市販のエポキシ樹脂が用いられていた。それに対して、ボンディングワイヤの、リードフレーム、半導体チップに対する密着性を向上し、これにより耐リフロー性を向上する目的で、直近のエポキシ樹脂においては、イオウ含有量が従来よりも増大している。このようにイオウ含有量が増大したエポキシ樹脂を、半導体装置パッケージのモールド樹脂として用いると、特許文献6~9に記載の発明を用いた場合であっても、175℃以上の高温環境でボール接合部の接合信頼性が十分に得られない場合があることを本発明者らは見出した。
【0013】
本発明は、Pd被覆Cuボンディングワイヤを対象とし、半導体装置パッケージで用いるモールド樹脂中のイオウ含有量が増大した場合であっても、175℃以上の高温環境でボール接合部の接合信頼性が十分に得られる、半導体装置用ボンディングワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
(1)Cu合金芯材と前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、
前記ボンディングワイヤが、Ni,Rh,Irの1種以上(以下「第1合金元素群」という。)と、Pd:0.05質量%以上、の一方又は両方(以下「第1+合金元素群」という。)を含有し、第1合金元素群含有量はボンディングワイヤ中の含有量として評価し、Pd含有量はCu合金芯材中のPd含有量に基づいてボンディングワイヤ中の含有量に換算して評価したとき、前記評価した含有量において、第1合金元素群とPdの総計の含有量が0.03~2質量%であり、
さらに、前記ボンディングワイヤが、Li,Sb,Fe,Cr,Co,Zn,Ca,Mg,Pt,Sc,Yの1種以上(以下「第2合金元素群」という。)を総計で0.002~3質量%含み、Ca,Mgを含有する場合はボンディングワイヤ中のCa、Mgの含有量がそれぞれ0.011質量%以上であり、Znを含有する場合は前記第1合金元素群とZnの総計の含有量が2.1質量%以上であることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
(2)前記Pd被覆層の厚さが0.015~0.150μmであることを特徴とする(1)に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(3)前記Pd被覆層上にさらにAuとPdを含む合金表皮層を有することを特徴とする(1)又は(2)に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(4)前記AuとPdを含む合金表皮層の厚さが0.050μm以下であることを特徴とする(3)に記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(5)前記ボンディングワイヤがさらに、Al,Ga,Ge,Inの1種以上(以下「第3合金元素群」という。)を総計で0.03~3質量%含むことを特徴とする(1)から(4)までのいずれか1つに記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(6)前記ボンディングワイヤがさらに、As,Te,Sn,Bi,Seの1種以上(以下「第4合金元素群」という。)を総計で0.1~1000質量ppm(Sn≦10質量ppm、Bi≦1質量ppm)含むことを特徴とする(1)から(5)までのいずれか1つに記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(7)前記ボンディングワイヤがさらに、B,P,Laの1種以上(以下「第5合金元素群」という。)を総計で0.1~200質量ppm含むことを特徴とする(1)から(6)までのいずれか1つに記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
(8)前記ボンディングワイヤの最表面にCuが存在することを特徴とする(1)から(7)までのいずれか1つに記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、半導体装置パッケージで用いるモールド樹脂中のイオウ含有量が増大した場合であっても、175℃以上の高温環境でボール接合部の接合信頼性が十分に得られる、半導体装置用ボンディングワイヤを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。以下において、含有量、厚さ、比率に関連して示す数値は、別途明示のない限り、平均値を表す。
本発明のボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する。このようなPd被覆Cuボンディングワイヤを用いて、アーク放電によってボールを形成すると、ボンディングワイヤが溶融して凝固する過程で、ボールの表面にボールの内部よりもPdの濃度が高い合金層が形成される。このボールを用いてAl電極と接合を行い、高温高湿試験を実施すると、接合界面にはPdが濃化した状態となる。このPdが濃化して形成された濃化層は、高温高湿試験中の接合界面におけるCu、Alの拡散を抑制し、易腐食性化合物の成長速度を低下させることができる。これにより本発明のPd被覆Cuボンディングワイヤは、接合信頼性を向上することができる。また、ボールの表面に形成されたPdの濃度が高い合金層は、耐酸化性に優れるため、ボール形成の際にボンディングワイヤの中心に対してボールの形成位置がずれる等の不良を低減することができる。
【0017】
近年車載用の半導体装置においては、175℃~200℃でのボール接合部の接合信頼性向上が求められている。前述のとおり、半導体装置のパッケージであるモールド樹脂(エポキシ樹脂)には、シランカップリング剤が含まれている。シランカップリング剤は有機物(樹脂)と無機物(シリコンや金属)の密着性を高める働きを有しているため、シリコン基板や金属との密着性を向上させることができる。さらに、より高温での信頼性が求められる車載向け半導体装置など、高い密着性が求められる場合には「イオウ含有シランカップリング剤」が添加される。モールド樹脂に含まれるイオウは、175℃以上(例えば、175℃~200℃)の条件で使用すると遊離してくる。そして、175℃以上の高温で遊離したイオウがCuと接触すると、Cuの腐食が激しくなり、硫化物(Cu2S)や酸化物(CuO)が生成する。Cuボンディングワイヤを用いた半導体装置でCuの腐食が生成すると、特にボール接合部の接合信頼性が低下することとなる。
【0018】
175℃以上の高温環境でのボール接合部の接合信頼性を評価する手段として、HTS(High Temperature Storage Test)(高温放置試験)が用いられる。高温環境に暴露した評価用のサンプルについて、ボール接合部の抵抗値の経時変化を測定したり、ボール接合部のシェア強度の経時変化を測定したりすることで、ボール接合部の接合寿命を評価する。
【0019】
本発明の、Cu合金芯材とCu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいては、ボンディングワイヤが、Ni,Rh,Irの1種以上(第1合金元素群)と、Pd:0.05質量%以上、の一方又は両方を含有する。第1合金元素群の含有量はボンディングワイヤ中の含有量として評価する。Pd含有量はCu合金芯材中のPd含有量に基づいてボンディングワイヤ中の含有量に換算して評価する。即ち、Pd含有量は、Cu合金芯材中のPd含有量を分析し、当該分析値に「(ワイヤ単位長さあたりのCu合金芯材質量)/(ワイヤ単位長さあたりのボンディングワイヤ質量)」を掛け合わせることで算出できる。Pd被覆層中のPdは当該Pd含有量に加算しない。本発明は、このように評価した含有量において、第1合金元素群とPdの総計の含有量が0.03~2質量%であることを特徴とする。半導体装置パッケージで用いるモールド樹脂中のイオウ含有量が、イオウ含有シランカップリング剤を含む従来のモールド樹脂と同程度であれば、前記第1合金元素群とPdの一方又は両方(以下「第1+合金元素群」という。)を上記含有量の範囲で含有することにより、175℃以上の高温環境でのボール接合部の接合信頼性を改善することができる。これは、前述の特許文献6~9に記載のとおりである。さらに、第1+合金元素群を上記含有量範囲で含有することにより、ループ形成性を向上、すなわち高密度実装で問題となるリーニングを低減することができる。これは、ボンディングワイヤがこれら元素を含むことにより、ボンディングワイヤの降伏強度が向上し、ボンディングワイヤの変形を抑制することができるためである。
【0020】
また、第1+合金元素群を上記含有量範囲で含有することにより、温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下でのボール接合部の接合寿命をも向上することができる。本発明のようにPd被覆Cuボンディングワイヤが第1+合金元素群を含有していると、接合部におけるCu9Al4金属間化合物の生成が抑制される傾向にあると考えられる。これら元素が添加されていると、芯材のCuと被覆層のPdとの界面張力が低下し、ボール接合界面のPd濃化が効果的に現れる。そのため、Pd濃化層によるCuとAlの相互拡散抑制効果が強くなり、結果として、Clの作用で腐食しやすいCu9Al4の生成量が少なくなり、ボール接合部の高温高湿環境下での信頼性が向上するものと推定される。
【0021】
Ni,Rh,Ir,Pdからなる第1+合金元素群の含有量の下限は、前述のとおり、ボンディングワイヤ中において総計で0.03質量%とする。より好ましくは、含有量下限が0.05質量%以上、0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、又は0.5質量%以上である。Pdを含有する場合、Pd含有量の下限は0.05質量%である。より好ましくは、Pd含有量の下限は0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、0.4質量%以上、又は0.5質量%以上である。一方、第1+合金元素群の含有量の上限は、前述のとおり、2質量%とする。第1+合金元素群の含有量が2質量%を超えると、FABが硬質化しワイヤボンディング時にチップクラックを誘発しやすいためである。より好ましくは、含有量上限が1.8質量%以下、又は1.6質量%以下である。
【0022】
一方、モールド樹脂中のイオウ含有量が増大すると、上記のように第1+合金元素群を含有したのみでは、175℃以上の高温環境において、ボール接合部の接合信頼性が十分に得られない場合があった。本発明においては、第1+合金元素群の含有に加え、ボンディングワイヤ中にLi,Sb,Fe,Cr,Co,Zn,Ca,Mg,Pt,Sc,Yの1種以上(第2合金元素群)を総計で0.002質量%以上含むことにより、この問題を解決することができた。第1+合金元素群と第2合金元素群を共に含有させたとき、第1+合金元素群含有の効果である、接合部におけるイオウにて腐食されやすいCu9Al4金属間化合物の生成が抑制される傾向が実現することに加え、第2合金元素群を含有することで、封止樹脂から遊離するイオウが接合部のCu9Al4に作用し腐食が進展する際に、第2合金元素群がイオウをトラップ(化合物化)し無害化する。それによりCu9Al4が生成したとしても腐食の進展を抑制することでHTS後の接合強度を維持することができる。第2合金元素群の総計の含有量は、より好ましくは0.005質量%以上、さらに好ましくは0.02質量%以上、0.05質量%以上、0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、又は0.5質量%以上である。また、第2合金元素群のうち、CaとMgについては、それらの含有量が0.011質量%以上において上記効果を発揮することを確認しているので、Ca,Mgを含有する場合は当該Ca、Mg含有量の下限をそれぞれ0.011質量%と定めた。すなわち、ボンディングワイヤがCaを含有する場合はボンディングワイヤ中のCaの含有量が0.011質量%以上であり、ボンディングワイヤがMgを含有する場合はボンディングワイヤ中のMgの含有量が0.011質量%以上である。当該Ca,Mgの含有量の下限はそれぞれ、好ましくは、0.015質量%以上、0.02質量%以上、0.03質量%以上、0.05質量%以上、0.1質量%以上、0.2質量%以上、又は0.3質量%以上である。一方、第2合金元素群の総計の含有量は3質量%以下とする。第2合金元素群の総計の含有量が3質量%を超えると、FABが硬質化しワイヤボンディング時にチップクラックを誘発しやすい。第2合金元素群の含有量は、より好ましくは2.5質量%以下、2質量%以下、1.8質量%以下、又は1.6質量%以下である。なお、第2合金元素群としてZnを含有する場合は、第1合金元素群とZnの総計の含有量が2.1質量%以上であるときに上記効果が得られるとともに、イオウのトラップ効果増大によってさらに腐食の進展を抑制することができる。第1合金元素群とZnの総計の含有量は2.5質量%以上であるとより好ましく、3.0質量%以上、3.5質量%以上であるとさらに好ましい。
【0023】
一実施形態において、本発明のボンディングワイヤは、第2合金元素群として、Sc及びYの少なくとも一方を必須に含む。斯かる実施形態において、本発明のボンディングワイヤは、Sc及びYの少なくとも一方を含み、Li,Sb,Fe,Cr,Co,Zn,Ca,Mg,Pt,Sc,Yからなる第2合金元素群の総計の含有量が0.002~3質量%である。第2合金元素群の総計の含有量、Ca,Mgの含有量の下限、Znを含む場合の第1合金元素群とZnの総計の含有量の好適範囲は上記のとおりであるが、Sc及びYの少なくとも一方の含有量、すなわちSc及びYの総計の含有量は、好ましくは0.002質量%以上、0.005質量%以上、0.02質量%以上、0.05質量%以上、0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、又は0.5質量%以上である。また、斯かる実施形態において、Sc及びYの総計の含有量は、好ましくは2.5質量%以下、2質量%以下、1.8質量%以下、又は1.6質量%以下である。
【0024】
本発明のボンディングワイヤにおいて、Pd被覆層の厚さは、車載用デバイスで要求される高温高湿環境でのボール接合部の接合信頼性をより一層改善する観点、FABの偏芯を抑制して更に良好なFAB形状を得る観点から、好ましくは0.015μm以上、より好ましくは0.02μm以上、さらに好ましくは0.025μm以上、0.03μm以上、0.035μm以上、0.04μm以上、0.045μm以上、又は0.05μm以上である。一方、FABの引け巣を抑制して良好なFAB形状を得る観点から、Pd被覆層の厚さは、好ましくは0.150μm以下、より好ましくは0.140μm以下、0.130μm以下、0.120μm以下、0.110μm以下、又は0.100μm以下である。
【0025】
上記ボンディングワイヤのCu合金芯材、Pd被覆層の定義を説明する。Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定した。Pd濃度が50原子%の位置を境界とし、Pd濃度が50原子%以上の領域をPd被覆層、Pd濃度が50原子%未満の領域をCu合金芯材と判定した。この根拠は、Pd被覆層においてPd濃度が50原子%以上であればPd被覆層の構造から特性の改善効果が得られるためである。Pd被覆層は、Pd単独の領域、PdとCuがワイヤの深さ方向に濃度勾配を有する領域を含んでいても良い。Pd被覆層において、該濃度勾配を有する領域が形成される理由は、製造工程での熱処理等によってPdとCuの原子が拡散する場合があるためである。本発明において、濃度勾配とは、深さ方向への濃度変化の程度が0.1μm当たり10mol%以上であることをいう。さらに、Pd被覆層は不可避不純物を含んでいても良い。
【0026】
本発明のボンディングワイヤは、Pd被覆層上にさらにAuとPdを含む合金表皮層を有していてもよい。これにより本発明のボンディングワイヤは、ウェッジ接合性を更に改善することができる。
【0027】
上記ボンディングワイヤのAuとPdを含む合金表皮層の定義を説明する。AuとPdを含む合金表皮層とPd被覆層の境界は、Au濃度を基準に判定した。Au濃度が10原子%の位置を境界とし、Au濃度が10原子%以上の領域をAuとPdを含む合金表皮層、10原子%未満の領域をPd被覆層と判定した。また、Pd濃度が50原子%以上の領域であっても、Auが10原子%以上存在すればAuとPdを含む合金表皮層と判定した。これらの根拠は、Au濃度が上記の濃度範囲であれば、Au表皮層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。AuとPdを含む合金表皮層は、Au-Pd合金であって、AuとPdがワイヤの深さ方向に濃度勾配を有する領域を含む領域とする。AuとPdを含む合金表皮層において、該濃度勾配を有する領域が形成される理由は、製造工程での熱処理等によってAuとPdの原子が拡散するためである。さらに、AuとPdを含む合金表皮層は不可避不純物とCuを含んでいても良い。
【0028】
本発明のボンディングワイヤにおいて、AuとPdを含む合金表皮層は、Pd被覆層と反応して、AuとPdを含む合金表皮層、Pd被覆層、Cu合金芯材間の密着強度を高め、ウェッジ接合時のPd被覆層やAuとPdを含む合金表皮層の剥離を抑制することができる。これにより本発明のボンディングワイヤは、ウェッジ接合性を更に改善することができる。AuとPdを含む合金表皮層の厚さが0.0005μm未満では上記の効果が十分に得られず、0.050μmより厚くなるとFAB形状が偏芯する場合がある。良好なウェッジ接合性を得る観点から、AuとPdを含む合金表皮層の厚さは、好ましくは0.0005μm以上、より好ましくは0.001μm以上、0.002μm以上、又は0.003μm以上である。偏芯を抑制し良好なFAB形状を得る観点から、AuとPdを含む合金表皮層の厚さは、好ましくは0.050μm以下、より好ましくは0.045μm以下、0.040μm以下、0.035μm以下、又は0.030μm以下である。なおAuとPdを含む合金表皮層は、Pd被覆層と同様の方法により形成することができる。
【0029】
本発明のボンディングワイヤは、さらに、Al,Ga,Ge,Inの1種以上(第3合金元素群)を総計で0.03~3質量%含んでいてもよい。これにより、HAST評価条件である130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下、接合信頼性を向上できるので好ましい。Pd被覆Cuボンディングワイヤが第3合金元素群を上記含有量範囲で含有していると、接合部におけるCu9Al4金属間化合物の生成がさらに抑制される傾向にあると考えられる。ボール接合部のFAB形成時に、ワイヤ中の第3合金元素群はPd被覆層にも拡散する。ボール接合部におけるCuとAl界面のPd濃化層に存在する第3合金元素群が、Pd濃化層によるCuとAlの相互拡散抑制効果をさらに高め、結果として、高温高湿環境下で腐食し易いCu9Al4の生成を抑制するものと思われる。また、ワイヤに含まれる第3合金元素群がCu9Al4の形成を直接阻害する効果がある可能性もある。第3合金元素群の総計の含有量は、好ましくは、0.05質量%以上、0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、0.4質量%以上、又は0.5質量%以上である。
【0030】
さらに、第3合金元素群を所定量含有したPd被覆Cuボンディングワイヤを用いてボール部を形成し、FABを走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で観察すると、FABの表面に直径数十nmφ程度の析出物が多数見られる。析出物をエネルギー分散型X線分析(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)で分析すると第3合金元素群が濃化していることが確認できる。詳細なメカニズムは不明だが、FABに観察されるこの析出物がボール部と電極との接合界面に存在することで、温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境でのボール接合部の接合信頼性が格段に向上しているものと思われる。
【0031】
一方で、良好なFAB形状を得る観点、ボンディングワイヤの硬質化を抑制して良好なウェッジ接合性を得る観点から、ワイヤ全体に対する第3合金元素群の濃度は合計で3質量%以下であり、好ましくは2質量%以下、より好ましくは1.5質量%以下、又は1.2質量%以下である。
【0032】
本発明のボンディングワイヤは、さらに、As,Te,Sn,Bi,Seの1種以上(第4合金元素群)を総計で0.1~1000質量ppm(Sn≦10質量ppm、Bi≦1質量ppm)含んでいてもよい。これにより、HAST評価条件である130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下、接合信頼性を向上できるので好ましい。第4合金元素群を上記含有量範囲で含有すると、接合部におけるCu9Al4金属間化合物の生成がさらに抑制される傾向にあると考えられる。これら元素を所定量含有していると、ボールを形成する際に、芯材のCuと被覆層のPdとの界面張力が低下し、界面の濡れ性が良化するため、ボール接合界面のPd濃化がより顕著に現れる。そのため、HAST評価条件の高温高湿環境において、Pd濃化層によるCuとAlの相互拡散抑制効果がさらに強くなり、結果として、Clの作用で腐食しやすいCu9Al4の生成量が少なくなり、ボール接合部の高温高湿環境での接合信頼性が格段に向上するものと推定される。
【0033】
温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下でのボール接合部の接合寿命を向上させ、接合信頼性を改善する観点から、ボンディングワイヤ全体に対する、第4合金元素群の濃度は合計で0.1質量ppm以上であり、好ましくは0.5質量ppm以上、より好ましくは1質量ppm以上、さらに好ましくは1.5質量ppm以上、2質量ppm以上、2.5質量ppm以上、又は3質量ppm以上である。
【0034】
一方で、良好なFAB形状、ひいては良好なボール接合性を得る観点から、ワイヤ中の第4合金元素群の濃度は合計で1000質量ppm以下であり、好ましくは950質量ppm以下、900質量ppm以下、850質量ppm以下、又は800質量ppm以下である。また、Sn濃度が10質量ppmを超えた場合、または、Bi濃度が1質量ppmを超えた場合には、FAB形状が不良となることから、Sn≦10質量ppm、Bi≦1質量ppmとすることにより、FAB形状をより改善することができるので好ましい。さらに、Se濃度を4.9質量ppm以下とすることにより、FAB形状、ウェッジ接合性をより改善することができるのでより好ましい。
【0035】
本発明のボンディングワイヤは、さらに、B,P,Laの1種以上(第5合金元素群)を0.1~200質量ppm含んでいてもよい。これにより、高密度実装に要求されるボール接合部のつぶれ形状を改善、すなわちボール接合部形状の真円性を改善することができるので好ましい。
【0036】
本発明のようにPd被覆Cuボンディングワイヤが第1+合金元素群を所定量含有している場合、さらにボンディングワイヤの最表面にCuが存在すると、接合部におけるCu9Al4金属間化合物の生成がさらに抑制される傾向にある。この場合、ボンディングワイヤに含まれる第1+合金元素群とCuとの相互作用により、FAB形成時にFAB表面のPd濃化が促進され、ボール接合界面のPd濃化がより顕著に現れる。これにより、Pd濃化層によるCuとAlの相互拡散抑制効果がさらに強くなり、Clの作用で腐食しやすいCu9Al4の生成量が少なくなり、ボール接合部の高温高湿環境での接合信頼性がより一層向上するものと推定される。ここで、最表面とは、スパッタ等を実施しない状態で、ボンディングワイヤの表面をオージェ電子分光装置によって測定した領域をいう。
【0037】
Pd被覆層の最表面にCuが存在する場合、最表面のCuの濃度が35原子%以上になると、ワイヤ表面の耐硫化性が低下し、ボンディングワイヤの使用寿命が低下するため実用に適さない場合がある。したがって、Pd被覆層の最表面にCuが存在する場合、最表面のCuの濃度は35原子%未満であることが好ましい。最表面のCuの濃度が30原子%未満であるとより好ましい。
【0038】
ボンディングワイヤ中に第1~第5合金元素群を含有させるに際し、これら元素をCu合金芯材中に含有させる方法、Cu合金芯材あるいはワイヤ表面に被着させて含有させる方法のいずれを採用しても、上記本発明の効果を発揮することができる。これら成分の添加量は微量なので、添加方法のバリエーションは広く、どのような方法で添加しても指定の濃度範囲の成分が含まれていれば効果が現れる。第1+合金元素群中のPdについては、ボンディングワイヤのPd被覆層と区別する必要があることから、Cu合金芯材中のPd含有量の分析値に基づいてボンディングワイヤ中の含有量に換算して規定することとしている。即ち、Pd含有量は、Cu合金芯材中のPd含有量を分析し、当該分析値に「(ワイヤ単位長さあたりのCu合金芯材質量)/(ワイヤ単位長さあたりのボンディングワイヤ質量)」を掛け合わせることで算出できる。Pd被覆層中のPdは当該Pd含有量に加算しない。
【0039】
Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層の濃度分析、Cu合金芯材中におけるPdの濃度分析には、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってスパッタ等で削りながら分析を行う方法、あるいはワイヤ断面を露出させて線分析、点分析等を行う方法が有効である。これらの濃度分析に用いる解析装置は、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡に備え付けたオージェ電子分光分析装置、エネルギー分散型X線分析装置、電子線マイクロアナライザ等を利用することができる。ワイヤ断面を露出させる方法としては、機械研磨、イオンエッチング法等を利用することができる。例えば、Cu合金芯材がPdの濃度勾配を有する領域を含む場合には、ボンディングワイヤの断面を線分析、点分析し、Cu合金芯材の断面においてPdの濃度勾配を有しない領域(例えば、ワイヤ断面の中心部(ワイヤ直径の1/4の直径の範囲))について濃度分析すればよい。ボンディングワイヤ中のPd以外の第1~第5合金元素群の微量分析については、ボンディングワイヤを強酸で溶解した液をICP発光分光分析装置やICP質量分析装置を利用して分析し、ボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度として検出することができる。
【0040】
(製造方法)
次に本発明の実施形態に係るボンディングワイヤの製造方法を説明する。ボンディングワイヤは、芯材に用いるCu合金を製造した後、ワイヤ状に細く加工し、Pd被覆層、Au層を形成して、熱処理することで得られる。Pd被覆層、Au層を形成後、再度伸線と熱処理を行う場合もある。Cu合金芯材の製造方法、Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層の形成方法、熱処理方法について詳しく説明する。
【0041】
芯材に用いるCu合金は、原料となるCuと添加する元素を共に溶解し、凝固させることによって得られる。溶解には、アーク加熱炉、高周波加熱炉、抵抗加熱炉等を利用することができる。大気中からのO2、H2等のガスの混入を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN2等の不活性雰囲気中で溶解を行うことが好ましい。
【0042】
Pd被覆層、Au層をCu合金芯材の表面に形成する方法は、めっき法、蒸着法、溶融法等がある。めっき法は、電解めっき法、無電解めっき法のどちらも適用可能である。ストライクめっき、フラッシュめっきと呼ばれる電解めっきでは、めっき速度が速く、下地との密着性も良好である。無電解めっきに使用する溶液は、置換型と還元型に分類され、厚さが薄い場合には置換型めっきのみでも十分であるが、厚さが厚い場合には置換型めっきの後に還元型めっきを段階的に施すことが有効である。
【0043】
蒸着法では、スパッタ法、イオンプレーティング法、真空蒸着等の物理吸着と、プラズマCVD等の化学吸着を利用することができる。いずれも乾式であり、Pd被覆層、Au層形成後の洗浄が不要であり、洗浄時の表面汚染等の心配がない。
【0044】
Pd被覆層、Au層形成後に熱処理を行うことにより、Pd被覆層のPdがAu層中に拡散し、AuとPdを含む合金表皮層が形成される。Au層を形成した後に熱処理によってAuとPdを含む合金表皮層を形成するのではなく、最初からAuとPdを含む合金表皮層を被着することとしても良い。
【0045】
Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層の形成に対しては、最終線径まで伸線後にこれらの層を形成する手法と、太径のCu合金芯材にこれらの層を形成してから狙いの線径まで複数回伸線する手法とのどちらも有効である。前者の最終径でPd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層を形成する場合には、製造、品質管理等が簡便である。後者のPd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層と伸線を組み合わせる場合には、Cu合金芯材との密着性が向上する点で有利である。それぞれの形成法の具体例として、最終線径のCu合金芯材に、電解めっき溶液の中にワイヤを連続的に掃引しながらPd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層を形成する手法、あるいは、電解又は無電解のめっき浴中に太いCu合金芯材を浸漬してPd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層を形成した後に、ワイヤを伸線して最終線径に到達する手法等が挙げられる。
【0046】
Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層を形成した後は、熱処理を行う場合がある。熱処理を行うことでAuとPdを含む合金表皮層、Pd被覆層、Cu合金芯材の間で原子が拡散して密着強度が向上するため、加工中のAuとPdを含む合金表皮層やPd被覆層の剥離を抑制でき、生産性が向上する点で有効である。大気中からのO2の混入を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN2等の不活性雰囲気中で熱処理を行うことが好ましい。
【0047】
前述のように、ボンディングワイヤに施す拡散熱処理や焼鈍熱処理の条件を調整することにより、芯材のCuがPd被覆層やAuとPdを含む合金表皮層中を拡散し、ボンディングワイヤの最表面にCuを到達させ、最表面にCuを存在させることができる。最表面にCuを存在させるための熱処理として、上記のように、AuとPdを含む合金表皮層を形成するための熱処理を用いることができる。合金表皮層を形成するための熱処理を行うに際し、熱処理温度と時間を選択することにより、最表面にCuを存在させ、あるいはCuを存在させないことができる。さらに、最表面のCu濃度を所定の範囲(例えば、1~50原子%の範囲)に調整することもできる。合金表皮層形成時以外に行う熱処理によってCuを最表面に拡散させることとしても良い。
【0048】
前述のとおり、ボンディングワイヤ中に第1~第5合金元素群を含有させるに際し、これら元素をCu合金芯材中に含有させる方法、Cu合金芯材あるいはワイヤ表面に被着させて含有させる方法のいずれを採用しても、上記本発明の効果を発揮することができる。
【0049】
上記成分の添加方法として、最も簡便なのはCu合金芯材の出発材料に添加しておく方法である。たとえば、高純度の銅と上記成分元素原料を出発原料として秤量したのち、これを高真空下もしくは窒素やアルゴン等の不活性雰囲気下で加熱して溶解することで目的の濃度範囲の上記成分が添加されたインゴットを作成し、目的濃度の上記成分元素を含む出発材料とする。したがって好適な一実施形態において、本発明のボンディングワイヤのCu合金芯材は、第1~第5合金元素群の元素を、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度がそれぞれ規定の濃度となるように含む。該濃度の合計の好適な数値範囲は、先述のとおりである。
【0050】
ワイヤ製造工程の途中で、ワイヤ表面に上記成分を被着させることによって含有させることもできる。この場合、ワイヤ製造工程のどこに組み込んでも良いし、複数回繰り返しても良い。複数の工程に組み込んでも良い。Pd被覆前のCu表面に添加しても良いし、Pd被覆後のPd表面に添加しても良いし、Au被覆後のAu表面に添加しても良いし、各被覆工程に組み込んでも良い。被着方法としては、水溶液の塗布⇒乾燥⇒熱処理、めっき法(湿式)、蒸着法(乾式)、から選択することができる。
【実施例】
【0051】
以下では、実施例を示しながら、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤについて、具体的に説明する。
【0052】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。芯材の原材料となるCuは純度が99.99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。第1~第5合金元素群は純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。ワイヤ又は芯材の組成が目的のものとなるように、芯材への添加元素である第1~第5合金元素群を調合する。第1~第5合金元素群の添加に関しては、単体での調合も可能であるが、単体で高融点の元素や添加量が極微量である場合には、添加元素を含むCu母合金をあらかじめ作製しておいて目的の添加量となるように調合しても良い。
【0053】
芯材のCu合金は、直径がφ3~6mmの円柱型に加工したカーボンるつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、真空中もしくはN2やArガス等の不活性雰囲気で1090~1300℃まで加熱して溶解させた後、炉冷を行うことで製造した。得られたφ3~6mmの合金に対して、引抜加工を行ってφ0.9~1.2mmまで加工した後、ダイスを用いて連続的に伸線加工等を行うことによって、φ300~600μmのワイヤを作製した。伸線には市販の潤滑液を用い、伸線速度は20~150m/分とした。ワイヤ表面の酸化膜を除去するために、塩酸による酸洗処理を行った後、芯材のCu合金の表面全体を覆うようにPd被覆層を1~15μm形成した。さらに、一部のワイヤはPd被覆層の上にAuとPdを含む合金表皮層を0.05~1.5μm形成した。Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層の形成には電解めっき法を用いた。めっき液は市販の半導体用めっき液を用いた。その後、200~500℃の熱処理と伸線加工を繰返し行うことによって直径20μmまで加工した。加工後は最終的に破断伸びが約5~15%になるようN2もしくはArガスを流しながら熱処理をした。熱処理方法はワイヤを連続的に掃引しながら行い、N2もしくはArガスを流しながら行った。ワイヤの送り速度は20~200m/分、熱処理温度は200~600℃で熱処理時間は0.2~1.0秒とした。
【0054】
Pd被覆層、AuとPdを含む合金表皮層の濃度分析は、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってArイオンでスパッタしながらオージェ電子分光分析装置を用いて分析した。被覆層及び合金表皮層の厚さは、得られた深さ方向の濃度プロファイル(深さの単位はSiO2換算)から求めた。Pdの濃度が50原子%以上で、かつ、Auの濃度が10原子%未満であった領域をPd被覆層とし、Pd被覆層の表面にあるAu濃度が10原子%以上の範囲であった領域を合金表皮層とした。被覆層及び合金表皮層の厚さ及び組成をそれぞれ表1~表6に記載した。Cu合金芯材におけるPdの濃度は、ワイヤ断面を露出させて、走査型電子顕微鏡に備え付けた電子線マイクロアナライザにより、ワイヤ断面の中心部(ワイヤ直径の1/4の直径の範囲)について線分析、点分析等を行う方法により測定した。ワイヤ断面を露出させる方法としては、機械研磨、イオンエッチング法等を利用した。ボンディングワイヤ中のPd含有量は、上記分析したCu合金芯材中のPd含有量分析値に「(ワイヤ単位長さあたりのCu合金芯材質量)/(ワイヤ単位長さあたりのボンディングワイヤ質量)」を掛け合わせることで算出した。ボンディングワイヤ中のPd以外の第1~第5合金元素群の濃度は、ボンディングワイヤを強酸で溶解した液をICP発光分光分析装置、ICP質量分析装置を利用して分析し、ボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度として検出した。
【0055】
(評価方法)
高温高湿環境又は高温環境でのボール接合部の接合信頼性は、接合信頼性評価用のサンプルを作製し、HAST及びHTS評価を行い、それぞれの試験におけるボール接合部の接合寿命によって判定した。接合信頼性評価用のサンプルは、一般的な金属フレーム上のSi基板に厚さ0.8μmのAl-1.0%Si-0.5%Cuの合金を成膜して形成した電極に、市販のワイヤーボンダーを用いてボール接合を行った。ボールはN2+5%H2ガスを流量0.4~0.6L/minで流しながら形成させ、その大きさはφ33~34μmの範囲とした。ボンディングワイヤの接合後、異なる2種類のイオウ含有量のエポキシ樹脂によって封止してサンプルを作製した。低濃度イオウ含有樹脂としては、イオウ含有量が2質量ppmのものを用い、高濃度イオウ含有樹脂としては、イオウ含有量が16質量ppmのものを用いた。エポキシ樹脂中のイオウ含有量評価については、樹脂を粉砕して窒素ガスフロー中で200℃、10時間過熱し、キャリア窒素ガスに含まれる樹脂からのアウトガスを過酸化水素水で捕集し、イオンクロマトグラフィーによってイオウ含有量の評価を行った。
【0056】
HAST評価については、作製した接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露し、7Vのバイアスをかけた。ボール接合部の接合寿命は48時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。高温高湿試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。
【0057】
HAST評価のシェア試験機はDAGE社製の試験機を用いた。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、接合寿命が96時間未満であれば実用上問題があると判断し×印、96時間以上144時間未満であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、144時間以上288時間未満であれば実用上問題ないと判断し○印、288時間以上384時間未満であれば優れていると判断し◎印とし、384時間以上であれば特に優れていると判断し◎◎印とし、表1~表6の「HAST」の欄に表記した。
【0058】
HTS評価については、作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温器を使用し、温度200℃の高温環境に暴露した。ボール接合部の接合寿命は500時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。高温試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。
【0059】
HTS評価のシェア試験機はDAGE社製の試験機を用いた。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、接合寿命が250時間未満であれば実用上問題があると判断し×印、250時間以上500時間未満であれば実用可能であるが改善の要望ありと判断し△印、500時間以上1000時間未満であれば実用上問題ないと判断し○印、1000時間以上2000時間未満であれば優れていると判断し◎印とし、2000時間以上3000時間以下であれば特に優れていると判断し◎◎印とし、表1~表6の「HTS」の欄に表記した。
【0060】
ボール形成性(FAB形状)の評価は、接合を行う前のボールを採取して観察し、ボール表面の気泡の有無、本来真球であるボールの変形の有無を判定した。上記のいずれかが発生した場合は不良と判断した。ボールの形成は溶融工程での酸化を抑制するために、N2ガスを流量0.5L/minで吹き付けながら行った。ボールの大きさは34μmとした。1条件に対して50個のボールを観察した。観察にはSEMを用いた。ボール形成性の評価において、不良が5個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が3~4個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、不良が1~2個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表1~表6の「FAB形状」の欄に表記した。
【0061】
ワイヤ接合部におけるウェッジ接合性の評価は、リードフレームのリード部分に1000本のボンディングを行い、接合部の剥離の発生頻度によって判定した。リードフレームは1~3μmのAgめっきを施したFe-42原子%Ni合金リードフレームを用いた。本評価では、通常よりも厳しい接合条件を想定して、ステージ温度を一般的な設定温度域よりも低い150℃に設定した。上記の評価において、不良が11個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が6~10個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、不良が1~5個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表1~表6の「ウェッジ接合性」の欄に表記した。
【0062】
ボール接合部のつぶれ形状の評価は、ボンディングを行ったボール接合部を直上から観察して、その真円性によって判定した。接合相手はSi基板上に厚さ1.0μmのAl-0.5%Cuの合金を成膜した電極を用いた。観察は光学顕微鏡を用い、1条件に対して200箇所を観察した。真円からのずれが大きい楕円状であるもの、変形に異方性を有するものはボール接合部のつぶれ形状が不良であると判断した。上記の評価において、不良が6個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が4~5個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、1~3個の場合は問題ないと判断し○印、全て良好な真円性が得られた場合は、特に優れていると判断し◎印とし、表1~表6の「つぶれ形状」の欄に表記した。
【0063】
チップダメージの評価では、Si基板上に厚さ1.0μmのAl-0.5%Cuの合金を成膜した電極に200箇所ボールボンディングを行い、ワイヤ及びAl電極を薬液にて溶解しSi基板を露出し、Si基板上にダメージが入っているかどうかを観察することによって行った。ダメージが2個以上入っていれば不良と判断して×印、ダメージが1個であれば問題ないとして○印、ダメージが観察されなければ良好として◎印とし、表1~表6の「チップダメージ」欄に表記した。○と◎は合格である。
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
表1-1~表6-3に結果を示す。表1-1~表5-3の本発明例No.1~127が本発明例であり、表6-1~表6-3の比較例No.1~15が比較例である。本発明範囲から外れる数値にアンダーラインを付している。
【0083】
表1-1~表5-3の本発明例No.1~127は、Cu合金芯材とCu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤであって、ワイヤの成分組成が本発明範囲内に入っており、HAST結果、HST結果(低濃度イオウ含有樹脂、高濃度イオウ含有樹脂いずれも)、FAB形状、ウェッジ接合性、ボール接合部のつぶれ形状、チップダメージのすべての評価項目において、良好な結果を得ることができた。
【0084】
表6-1~表6-3の比較例No.1~15について説明する。比較例No.1~5、12は、第1+合金元素群の含有量が本発明範囲の下限を外れており、HAST、HTS(低濃度イオウ含有樹脂を含め)のいずれも不良であった。
比較例No.6~8、11は、第1+合金元素群の含有量は本発明範囲にあるものの、第2合金元素群の含有量が本発明範囲の下限を外れており、比較例No.9は、Znを含有するとともに第1合金元素群とZnの合計含有量が本発明範囲を外れており、いずれも高濃度イオウ含有樹脂を用いたHTS結果が不良であった。
比較例No.10、13~15は、第1+合金元素群又は第2合金元素群いずれかの含有量が本発明範囲の上限を外れており、チップダメージが不良であった。