(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-17
(45)【発行日】2022-03-28
(54)【発明の名称】多結晶性マグネシウムシリサイドおよびその利用
(51)【国際特許分類】
H01L 35/20 20060101AFI20220318BHJP
H01L 35/22 20060101ALI20220318BHJP
H01L 35/34 20060101ALI20220318BHJP
H01L 35/26 20060101ALI20220318BHJP
H02N 11/00 20060101ALI20220318BHJP
【FI】
H01L35/20
H01L35/22
H01L35/34
H01L35/26
H02N11/00 A
(21)【出願番号】P 2020019124
(22)【出願日】2020-02-06
(62)【分割の表示】P 2018527540の分割
【原出願日】2017-07-05
【審査請求日】2020-06-30
(31)【優先権主張番号】P 2016137976
(32)【優先日】2016-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】飯田 努
(72)【発明者】
【氏名】近藤 駿介
(72)【発明者】
【氏名】中谷 光伸
【審査官】田邊 顕人
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0360546(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0241689(US,A1)
【文献】特開2011-029632(JP,A)
【文献】特開2013-251387(JP,A)
【文献】特開2005-353753(JP,A)
【文献】特開2012-253229(JP,A)
【文献】特開2011-146644(JP,A)
【文献】特開2011-204835(JP,A)
【文献】特表2012-533177(JP,A)
【文献】特開2010-001506(JP,A)
【文献】特開2006-278784(JP,A)
【文献】特開2005-183528(JP,A)
【文献】特開2002-285274(JP,A)
【文献】国際公開第2008/075789(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 35/20
H01L 35/22
H01L 35/34
H01L 35/26
H02N 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ドーパントとしてシリコンの等電子不純物を含み、該等電子不純物がカーボンのみであり、カーボンが結晶粒内および結晶粒界に分布し、結晶粒内でシリコンと置換して分布するカーボンがドーパントとして機能する多結晶性マグネシウムシリサイド。
【請求項2】
未反応のマグネシウムおよび未反応のシリコンを含まない請求項1に記載の多結晶性マグネシウムシリサイド。
【請求項3】
請求項1
または請求項2に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドから構成される熱電変換材料。
【請求項4】
請求項1
または請求項2に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドを焼結してなる焼結体。
【請求項5】
請求項
4に記載の焼結体から構成される熱電変換材料。
【請求項6】
請求項
3または請求項
5に記載の熱電変換材料から構成された熱電変換部と、前記熱電変換部に設けられた第1電極および第2電極とを備える熱電変換素子。
【請求項7】
請求項
6に記載の熱電変換素子を備える熱電変換モジュール。
【請求項8】
多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法であって、
マグネシウム、シリコンおよびカーボン源を含む組成原料を、還元雰囲気下、1085℃以上1410℃未満の温度で加熱してインゴット状の加熱溶融合成物を作製する加熱溶融工程を含み、
前記加熱溶融工程において、前記カーボン源の加熱分解により生じるカーボンを前記多結晶性マグネシウムシリサイドの結晶粒内および結晶粒界に分布させる多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶性マグネシウムシリサイド、熱電変換材料、焼結体、熱電変換素子、熱電変換モジュール、多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法および焼結体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題の高まりに応じて、各種のエネルギーを効率的に利用する様々な手段が検討されている。特に、産業廃棄物の増加等に伴って、これらを焼却する際に生じる廃熱の有効利用が課題となっている。例えば大型の廃棄物焼却施設では、廃熱により高圧の蒸気を発生させ、この蒸気により蒸気タービンを回転させて発電することにより廃熱回収が行われている。しかし、廃棄物焼却施設の大多数を占める中型または小型の廃棄物焼却施設では、廃熱の排出量が少ないため、蒸気タービン等により発電する廃熱の回収方法は採用できていない。
【0003】
このような中型または小型の廃棄物焼却施設において採用することが可能な廃熱を利用した発電方法としては、例えば、ゼーベック効果あるいはペルチェ効果を利用して可逆的に熱電変換を行う熱電変換材料、熱電変換素子または熱電変換モジュールを用いた方法が提案されている。熱電変換素子は、熱電変換材料を用いた熱電変換部と電極部とから構成され、熱電変換モジュールは、熱電変換素子が複数取り付けられたものである。
【0004】
従来、多くの熱電変換材料が提案されているが、その中でマグネシウムシリサイドが高温領域の熱電変換性能が優れていることに加えて、原材料のマグネシウムおよびシリコンがいずれも資源として豊富に存在しかつ毒性もないことからも注目されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
例えば、Sn、Geから選択される少なくとも1種の元素およびAl、Ag、As、Cu、Sb、P、Bから選択される少なくとも1種の元素をドーパントとして含むマグネシウムシリサイド粉末が知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0006】
また、Sb、P、As、Bi、Alから選択される少なくとも1種のドーパントAでドーピングされたMg2Si1-xSnx中に、遷移金属Bの元素および/または遷移金属Bのシリサイドが分散しているMg2Si1-xSnx・Aa・Bb多結晶体が知られている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2011-29632号公報
【文献】特開2012-190984号公報
【文献】特許5765776号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1~3に記載されているような各種ドーパントが添加されたマグネシウムシリサイドの中でも、アンチモンのみ用いアンチモン以外のドーパントを用いないもの(アンチモンのみが添加されたマグネシウムシリサイドともいう)が、高温領域(600K~900K程度)における熱電変換性能と高温耐久性との点で現在最も優れた熱電変換材料として知られている。
【0009】
アンチモンが添加されたマグネシウムシリサイドは、例えば、特許文献1に記載される方法によって、マグネシウム、シリコンおよびアンチモンからなる原材料混合物を溶融合成してインゴットを作製し、該インゴットを粉砕後焼結して形成される。しかし、アンチモンが添加されたマグネシウムシリサイドは焼結性が約20%と極めて低いために生産性が悪く、かつアンチモンに毒性があることなどが実用上問題点とされている。
【0010】
また近年、低中温領域における熱電変換素子の需要が高まっており、例えば、自動車等の排熱を効率よく電力に変換することが検討されている。そこで、マグネシウムシリサイドについても、低中温領域において実用的に優れた熱電変換性能を有するものの開発が期待されている。
【0011】
さらに、アンチモンをはじめ、マグネシウムシリサイドに従来から用いられているドーパントの多くは、n型不純物であるためにキャリアを放出して電流が多く出てくるので、その結果電気伝導率が向上し電流値が高くなり、発電素子として使用する場合に、必要な電力を賄うためには多くの素子が必要となる。そのため、発生した電力の損失率が高くなると共に、損失が増えた分多くの熱電変換素子が必要となることが考えられるが、これまでにこの問題を取り上げた報告あるいは提案は皆無である。
【0012】
さらに、n型不純物を用いる場合に懸念される上記の問題について説明する。
通常、熱電変換材料の性能を比較するための評価指標として、性能指数(Z)があるが、熱電変換材料の性能は動作温度に依存するため、他にも以下の式(1)で求められる無次元性能指数ZT、すなわち性能指数(Z)と動作温度(T)との積がある。
【0013】
【0014】
式(1)中、Sはゼーベック係数、σは電気伝導率、Tは動作温度(絶対温度)、kは熱伝導率を表す。また、ゼーベック係数Sの2乗と電気伝導率σとの積であるS2σは、出力因子(Power factor)と呼ばれ、マグネシウムシリサイドを用いて製造される熱電変換素子に温度差をつけた際に取り出すことのできる電力量の指標となっており、数値が高い方が出力密度も高くなる。また、熱伝導率kは、キャリア熱伝導率と格子熱伝導率との和に対応する。
【0015】
熱電変換材料の性能向上には上記の式(1)から明らかなように、より高いゼーベック係数S、より高い電気伝導率σ、より低い熱伝導率k、すなわち、より高い出力因子S2σ、より低い熱伝導率kを求める考えが一般的である。
【0016】
すなわち、従来の熱電変換材料等の研究開発は、ドーパントとしてn型不純物を用いて、上記式(1)の電気伝導率を向上させることで出力因子を向上させると同時に、分母の熱伝導率を低下させることで、無次元性能指数ZTの向上を図っている。特に、電気伝導率の向上を図ることを主眼にドーパントとしてn型不純物を用いており、n型不純物の選択あるいはその組み合わせを検討されてきたのが実情である。
【0017】
しかし、n型不純物の選択あるいはその組み合わせには限界があり、しかもn型不純物はキャリアを放出するため、キャリア濃度が変われば、上記式(1)の変数のうち、ゼーベック係数、電気伝導率、キャリア熱伝導率および格子熱伝導率の全てが影響を受けて変化する。このため、n型不純物の濃度を調整してキャリア濃度を最適化し、熱電変換性能を制御することが困難である。
【0018】
本発明は、以上述べた諸問題に鑑みて、下記1)、2)および3)を解決すべき課題としてなされたもので、アンチモンのみが添加された従来のものに替わるより優れた多結晶性マグネシウムシリサイドの創出を狙いとしたものである。
1)毒性が少なく、焼結性が高い多結晶性マグネシウムシリサイド、その多結晶性マグネシウムシリサイドを用いて得られる、熱電変換材料および焼結体ならびに該多結晶性マグネシウムシリサイドおよび該焼結体の製造方法を提供すること、
2)該多結晶性マグネシウムシリサイドを用いた、優れた高温耐久性を有しかつ低中温領域にて優れた熱電変換性能を有する熱電変換素子を提供すること、
3)該多結晶性マグネシウムシリサイドを用いた、発生する電力損失を抑制し、熱電変換素子の数を少なくすることができる熱電変換モジュールを提供すること。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上記課題を解決するために、多結晶性マグネシウムシリサイドに用いるドーパントとしてシリコンの等電子不純物に着目し、鋭意検討を重ねた。
まず、等電子不純物であるゲルマニウムまたはスズを用いた多結晶性マグネシウムシリサイドについて検討した結果、実用上必要な400K~900Kの温度領域において、前者は潮解性および酸化劣化の問題があり、後者は酸化劣化の問題があった。さらに、いずれも高温耐久性が低い結果となった。次に、種々のカーボン同素体について検討し、グラファイトは結合が強固で融点が高いなどの理由で多結晶性マグネシウムシリサイドへの固溶が難しいことがわかり、最終的にフラーレンをカーボン源として作製した多結晶性マグネシウムシリサイドは、潮解性および酸化劣化の問題も発生せず、熱電変換材料として有効であることを確認し、本発明を創出するに至った。
同じ等電子不純物であってもこのような異なる結果となる理由として、ゲルマニウムおよびスズがいずれもシリコンと合金系の固溶体を形成するのに対して、カーボンはシリコンと置換する、あるいは化合物を生成することが考えられる。
本発明の課題を解決するための具体的手段は以下のとおりである。
【0020】
<1> ドーパントとしてカーボンのみを含み、カーボンが結晶粒内および結晶粒界に分布している多結晶性マグネシウムシリサイド。
【0021】
<2> カーボンを0.05at%~3.0at%含む<1>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイド。
【0022】
<3> <1>または<2>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドから構成される熱電変換材料。
【0023】
<4> <1>または<2>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドを焼結してなる焼結体。
【0024】
<5> 523Kにおける出力因子が3.0×10-3Wm-1K-2以上で、かつ523Kにおける性能指数(Z)が0.78×10-3K-1以上である<4>に記載の焼結体。
【0025】
<6> 523Kにおける無次元性能指数(ZT)が0.40以上で、かつ873Kにおける無次元性能指数(ZT)が0.86以上である<4>または<5>に記載の焼結体。
【0026】
<7> <4>~<6>のいずれか1項に記載の焼結体から構成された熱電変換部と、前記熱電変換部に設けられた第1電極および第2電極とを備える熱電変換素子。
【0027】
<8> <7>に記載の熱電変換素子を備える熱電変換モジュール。
【0028】
<9> <1>または<2>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドを製造する多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法であって、
マグネシウム、シリコンおよびカーボン源を混合してなる組成原料を加熱溶融して加熱溶融合成物を作製する工程を含む多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法。
【0029】
<10> 前記カーボン源が、sp2混成軌道を持つ炭素およびsp3混成軌道を持つ炭素で形成されるカーボン同素体である<9>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法。
【0030】
<11> 前記カーボン源が、フラーレンである<9>または<10>に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法。
【0031】
<12> 前記加熱溶融合成物を粉砕して粉砕物を作製する工程をさらに含む<9>~<11>のいずれか1項に記載の多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法。
【0032】
<13> <12>に記載の製造方法により得られる粉砕物を焼結する工程を含む焼結体の製造方法。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、シリコンの等電子不純物であるカーボンが結晶粒内および結晶粒界に分布し、かつ毒性が少なく、焼結性が高い多結晶性マグネシウムシリサイド、その多結晶性マグネシウムシリサイドを用いて得られる、熱電変換材料および焼結体、ならびに該多結晶性マグネシウムシリサイドおよび該焼結体の製造方法を提供することができる。さらに、本発明によれば、該多結晶性マグネシウムシリサイドを用いることによって、優れた高温耐久性を有しかつ低中温領域にて優れた熱電変換性能を有する熱電変換素子を提供することができ、発生する電力損失を抑制し、熱電変換素子の数を少なくすることができる熱電変換モジュールを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【
図5】実施例1および実施例2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体の外観写真および光学顕微鏡写真である。
【
図6】実施例1および実施例2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体のSEM画像およびEPMA測定結果を示す画像である。
【
図7】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体のX線回折の結果を示す図である。
【
図8】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度とゼーベック係数との関係を示すグラフである。
【
図9】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と電気伝導率との関係を示すグラフである。
【
図10】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と出力因子との関係を示すグラフである。
【
図11】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と熱伝導率との関係を示すグラフである。
【
図12】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度とキャリア熱伝導率との関係を示すグラフである。
【
図13】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と格子熱伝導率との関係を示すグラフである。
【
図14】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と無次元性能指数との関係を示すグラフである。
【
図15】実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と性能指数との関係を示すグラフである。
【
図16】実施例1、2および比較例1における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、電気抵抗率の経時変化(0時間~500時間)を示すグラフである。
【
図17】実施例1および実施例2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、電気抵抗率の経時変化(0時間~2000時間)を示すグラフである。
【
図18】実施例1、実施例2および比較例1における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、電流、電圧および出力の関係を示すグラフである。
【
図19】比較例5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、SEM-EDXによる測定結果を示す画像である。
【
図20】比較例1、3~5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と出力因子との関係を示すグラフである。
【
図21】比較例1、3~5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と熱伝導率との関係を示すグラフである。
【
図22】比較例1、3~5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と無次元性能指数との関係を示すグラフである。
【
図23】比較例2~5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体のX線回折の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0036】
〔多結晶性マグネシウムシリサイドの概要〕
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、そのカーボンが結晶粒内に分布し、結晶粒界にも分布するが、主として結晶粒内に分布するカーボンが熱電変換性能に有効に機能するものと考えられる。また、結晶粒界に分布するカーボンが焼結性の向上に寄与しているものと推察される。
なお、結晶内に固溶しまたはSiと置換したカーボンについては、本開示においては粒内に分布しているものとする。
シリコンの等電子不純物であるカーボンのみを結晶粒内に分布させた、当該技術分野において新規の多結晶性マグネシウムシリサイドおよびこれを使用した熱電変換素子あるいは熱電変換モジュールは、従来最も優れているとされるドーパントとしてアンチモンのみが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドと比較すると、次の(1)~(4)に記載の優れた性能および特性を有するものである。
(1)毒性が少なく、歩留まりが約95%以上の高い焼結性および優れた高温耐久性を有する。
(2)多結晶性マグネシウムシリサイドを用いてモジュール化した場合に、発生した電力の損失を抑制して熱電変換素子数を低減できる。
(3)低中温領域において実用的に有効な高い出力因子を有し、高温領域においては同程度あるいはより高値の無次元性能指数を有する。
(4)さらに付け加えれば、ドーパントを一切含めないもの(ノンドープのものとも称する)よりも全温度領域において高い無次元性能指数を有する。
【0037】
なお、本開示における多結晶性マグネシウムシリサイドとは、マグネシウム、シリコンおよびカーボン源を含む組成原料の加熱溶融合成物および当該加熱溶融合成物の粉砕物(粉末)を包含した意味をなす。
【0038】
〔熱電変換材料の性能についての考え方〕
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、ドーパントとしてキャリアを放出しない等電子不純物のみを用いているため、ドーパントの量を変化させても、ゼーベック係数、電気伝導率およびキャリア熱伝導率のそれぞれの値がほぼ変わらず、ノンドープのものの場合とほぼ同じになる。このため、熱電変換性能を調整する際には、例えば、格子熱伝導率1つがなるべく低くなるように制御すればよく、熱電変換性能の調整が極めて容易となる利点がある。
すなわち、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、ドーパントとしてキャリアを放出しない等電子不純物のみを用いているため、ノンドープのものに対して、上記式(1)の分子の出力因子を変化させないで、上記式(1)の分母の格子熱伝導率のみを下げて無次元性能指数ZTを向上させるといった、分子成分と分母成分とを切り離して制御することができる。本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、このような新たな考え方に基づいたものである。
【0039】
本明細書においては、先述したように、従来のn型不純物をドーパントとして含む多結晶性マグネシウムシリサイドを用い、放出するキャリアによって電気伝導率を高めかつ熱伝導率を低めて出力させるものを「電流出力型」と称する。一方、等電子不純物を含む多結晶性マグネシウムシリサイドを用いて格子熱伝導率のみを変化させ、その際、電気伝導率をノンドープのものと同等に抑えながら起電圧を高く確保し、モジュール化した場合に電流値を抑えることによって発生した電力の損失を抑制し、その結果、熱電変換素子の数を低減可能とするものを「電圧出力型」と称する。
本開示において、カーボンを含み、カーボン以外のドーパントを含まない多結晶性マグネシウムシリサイドを用いた熱電変換素子および熱電変換モジュールは、「電圧出力型」である。
【0040】
〔熱電変換性能の評価指数としての出力因子〕
また、熱電変換材料の熱電変換性能については、無次元性能指数ZTによって評価することが一般的であるが、次に説明するように、本開示においては出力因子を評価指数として重視している。
上記式(1)から理解されるように、ZTは出力因子および熱伝導率によって大きく左右されるため、ZTに対して出力因子および熱伝導率のどちらの寄与が大きいのかを検討する必要がある。
一定量の熱量を出し続けるような工業炉などでは、熱電変換素子に温度差を与えるには熱伝導率が低いことを優先的に考える必要がある。一方、ブレーキ時や加速時などの瞬間的に熱が発生する自動車などの場合に、瞬間的に発生する熱を無駄なく取り出すためには、熱伝導率が低いこと以上に出力因子の値が高いことが必要であり、出力因子の値が高いと多くの電力量を取り出せることになる。
従って、本開示のマグネシウムシリサイドを用いた熱電変換素子が、低中温領域において高い出力因子を有していることは、特に発熱温度が中温領域にある自動車などに極めて有用であることを示している。
【0041】
〔カーボンの等電子不純物としての挙動〕
カーボン源のフラーレン量を変化させた複数の多結晶性マグネシウムシリサイドと、ドーパントを含まないノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドとについて、温度を変化させながらゼーベック係数、電気伝導率およびキャリア熱伝導率を測定した場合、両者の値はほぼ同じ値となる。
【0042】
しかし、格子熱伝導率は、フラーレン量を変化させた複数の多結晶性マグネシウムシリサイドで相互に異なる値となり、かつ、その値はノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドよりも顕著に低い値となる。また、フラーレン量を変化させた複数の多結晶性マグネシウムシリサイドについて詳細に観ると、約300K~約600Kの領域で相互に異なる値となり、約650Kから高温になるに従ってほぼ同じ値となる傾向がみられる。
【0043】
これらの結果は、カーボンが等電子不純物として機能していることを示し、さらにこのことからカーボンが粒内に分布していることが分かる。
【0044】
なお、格子熱伝導率の値が低くなる理由は、マグネシウムまたはシリコンとイオン半径の異なるカーボンが粒子内に分布することによって格子が歪み、フォノン散乱が誘発されることによるものと考えられる。
【0045】
一方、ドーパントとしてアンチモンのみを含む多結晶性マグネシウムシリサイドについて同様に測定すると、ノンドープのものに対して、ゼーベック係数は低い値に変化し、電気伝導率は高い値に変化する。また、キャリア熱伝導率および格子熱伝導率は、ノンドープのものに対していずれも低い値となる。このように、全ての値がノンドープのものと異なる結果となり、アンチモンがn型不純物特有の挙動を示すことがわかる。
従って、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、高電圧かつ低電流である電圧出力型として働き、n型不純物を含み、かつカーボンを含まない多結晶性マグネシウムシリサイドは、電気伝導率が向上していることから、低電圧かつ高電流である電流出力型として働く。
【0046】
〔本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドによる電力損失などの抑制効果〕
熱電変換モジュールを稼働させると、複数の熱電変換素子、DC/DCコンバーターおよび外部負荷回路を接続する場合に、インピーダンス整合が取りにくく、電力の損失が発生してしまう。損失が電流値の二乗と抵抗値との積で表されることを考慮すると、高電流である電流出力型の多結晶性マグネシウムシリサイドよりも、低電流である電圧出力型の本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドの方が、損失による出力低下を抑えることができ、有用である。
【0047】
さらに、多結晶性マグネシウムシリサイドを熱電変換部として構成される熱電変換素子を複数個直列につなげた場合、熱電変換素子中の抵抗により電流値が低下し、また、温度差が小さい熱電変換素子により電流値が制限されてしまうことを考慮すると、電流出力型よりも電圧出力型の方が好ましい。
【0048】
〔高温耐久性〕
本開示におけるカーボンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドは、後述の実験結果で示されるように、アンチモンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドよりも優れた高温耐久性を有しており、またカーボンはアンチモンのような毒性がないために環境への負荷がほとんどない。
さらに、焼結体を熱電変換部とし、その両端部に電極を設けた熱電変換素子においても、熱電変換部にカーボンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体を用いた熱電変換素子は、2000時間以上の長時間高温下においても電極が剥離することもなく高い耐久性を有するが、アンチモンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体を用いた熱電変換素子は、せいぜい500時間の短時間内に電極部が剥離しまう。
このようにカーボンを含有する多結晶性マグネシウムシリサイドは、実用化にとって極めて好ましい特性を有するものである。
【0049】
〔焼結性〕
また、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、焼結性が高いため、クラックのない焼結体を容易に得ることができる。
すなわち、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドを用いることで、歩留まりが高く、相対密度が高い焼結体を得ることができる。後述する実施例では、焼結体の歩留まりが100%、相対密度が98%以上で、両者とも極めて高い値である。その理由としては、結晶粒界に分布するカーボンがバインダーの効果を発揮していることが考えられる。
相対密度が高い焼結体には、ボイドなどの欠陥がほとんどないために、熱電変換素子の熱電変換部として安定に高い熱電変換能を発揮すると共に、また、高い物理的強度を有し、風化せず、耐久性に優れて、安定性および信頼性に優れた熱電変換材料として使用できる。
【0050】
一方、アンチモンのみが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドは、焼結体の歩留まりが20%程度であり、焼結性が低い。このため、アンチモンのみが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドは、クラックなどが形成されて、酸化劣化の要因となって耐久性を低下させるため、実用化には向かないものである。
【0051】
〔カーボン源〕
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドにおいては、カーボンが結晶粒内および結晶粒界に分布しさえすれば特に限定されないが、多結晶性マグネシウムシリサイドにおける結晶粒内および結晶粒界に分布するカーボンの全含有量は、熱電変換性能、焼結性などの所期の効果を合わせもたらせるためには、0.05at%~3.0at%であることが好ましく、0.1at%~2.0at%であることがより好ましく、0.5at%~1.5at%であることがさらに好ましく、0.5at%~1.0at%であることが特に好ましい。
このカーボンの全含有量は、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドに含まれる量ばかりでなく、製造する際の原料仕込み量についても意味するものである。
【0052】
カーボン源としては、加熱溶融工程にて多結晶性マグネシウムシリサイドに固溶しやすくし、カーボンを結晶粒内および結晶粒界、特に結晶粒内に好適に分布させる点から、融点が1400K~1500Kであることが好ましく、1425K~1475Kであることがより好ましい。
【0053】
また、カーボン源としては、加熱溶融工程にて多結晶性マグネシウムシリサイドに固溶しやすくし、カーボンを結晶粒内および結晶粒界に好適に分布させる必要性から、炭素間結合が切れやすいカーボン同素体が好ましく用いられる。
特に、炭素間結合が切れやすいsp3混成軌道を持つ炭素を含むフラーレン類が好ましく、sp2混成軌道を持つ炭素とsp3混成軌道を持つ炭素との双方を含むものであることがより好ましい。sp2混成軌道を持つ炭素とsp3混成軌道を持つ炭素との合計に対するsp3混成軌道を持つ炭素の割合は、60%~90%であることが好ましく、60%~75%であることがより好ましい。
【0054】
また、カーボン源としては、フラーレン、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、DLC原料となる固体炭素、コロッサルカーボンチューブ、カーボンナノホーンなどのカーボンナノチューブ類、ナノグラフェン、グラフェンナノリボンなどのグラフェン類、無定形炭素などが挙げられ、特にフラーレンが好ましい。
【0055】
フラーレンとしては、フラーレンC60を用いることができ、他にも、C70、C76、C78、C82、C84、C90、C94、C96等を用いてもよく、これらフラーレンを単独または組み合わせて用いてもよい。
【0056】
フラーレンは、原子内包フラーレン(金属内包フラーレンともいう)であってもよい。原子内包フラーレンとは、フラーレンの中に、ガドリニウム(Gd)、ランタン(La)、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、エルビウム(Er)等の原子が、1個または複数個含まれたものである。
【0057】
フラーレンの平均粒径は、1分子径以上100nm以下であることが好ましい。
【0058】
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドにおいて、結晶粒界に分布するカーボンおよび結晶粒内に分布するカーボンは、例えば、電子線マクロアナライザ(EPMA)を用いた元素分析により確認できる。
【0059】
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドにおいて、カーボンが結晶粒内に分布する割合および結晶粒界に分布する割合は、添加するカーボン源の種類や量、後述する加熱溶融条件、焼結条件などによって調整できる。
【0060】
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、熱電変換材料として好適に使用できるものであり、熱電変換素子または熱電変換モジュールとして実用化するに際して要求される、高い熱電変換性能、高い耐久性、高い物理的強度などの特性を兼ね備えたものである。
【0061】
〔多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法〕
本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、Mgの含有量とSiの含有量との比が原子量比で凡そ2:1であり、Mgの含有量とSiの含有量との比が原子量比で66.17:33.83~66.77:33.23であることが好ましく、66.27:33.73~66.67:33.33であることがより好ましい。
また、ドーパントであるカーボン源の原子量比は、前述のように、0.05at%~3.0at%であることが好ましく、0.1at%~2.0at%であることがより好ましく、0.5at%~1.5at%であることがさらに好ましく、0.5at%~1.0at%であることが特に好ましい。
MgとSiとカーボン源とからなる組成原料を、耐熱容器中で加熱溶融して加熱溶融合成物を作製する工程を含む製造方法により、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドが製造される。
【0062】
原料となるSiとしては、例えば高純度シリコンを利用することができる。ここで、高純度シリコンとは、純度が99.9999%以上のものが好ましく、例えば、半導体や太陽電池等のシリコン製品の製造に用いられるものが挙げられる。なお、原料となるMgとしては、特に限定されず、高純度Mg(例えば、純度99%以上)であってもよく、Mg合金であってもよい。
【0063】
多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法は、好ましくは、Mg、Siおよびカーボン源を混合して組成原料を得る混合工程と、この組成原料を加熱溶融して加熱溶融合成物を作製する加熱溶融工程とを含む。該加熱溶融工程では、組成原料のほぼ全てが加熱溶融して多結晶性マグネシウムシリサイドが合成される。また、多結晶性マグネシウムシリサイドの製造方法は、加熱溶融合成物を粉砕して粉砕物を作製する粉砕工程をさらに含んでいてもよい。
これらの各工程にて得られる、加熱溶融合成物および粉砕物は、それぞれ単独で商品価値を有するものである。
【0064】
(混合工程)
混合工程では、Mg、Siおよびカーボン源を混合して組成原料を得る。
【0065】
(加熱溶融工程)
加熱溶融工程においては、混合工程にて得た組成原料を還元雰囲気下、かつ好ましくは減圧下において、Mgの融点を超えSiの融点を下回る温度条件下で熱処理して多結晶性マグネシウムシリサイドを溶融合成することが好ましい。
ここで、「還元雰囲気下」とは、特に水素ガスを5体積%以上含み、必要に応じてその他の成分として、不活性化ガスを含む雰囲気を指す。
かかる還元雰囲気下で、下記の諸条件を合わせて加熱溶融工程を行うことにより、マグネシウムとケイ素とを確実に反応させることができるので、合成し作製された本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、未反応のマグネシウムおよび未反応のケイ素が含まれないものとなる。
これらの未反応物が残留すると、後工程で酸化マグネシウムおよび酸化ケイ素を生成し、特に酸化マグネシウムはひび割れなどの原因となって、耐熱性、耐久性などの物理的強度が低くなり、実用化に不適当となる。
【0066】
加熱溶融工程における圧力条件としては、大気圧でもよいが、1.33×10-3Pa~大気圧が好ましく、安全性を考慮すれば、例えば0.08MPa程度の減圧条件あるいは真空条件で行うことが好ましい。
また、加熱溶融工程における加熱条件としては、700℃以上1410℃未満、好ましくは1085℃以上1410℃未満で、例えば3時間程度熱処理を行うことが好ましい。
ここで、熱処理の時間は、例えば2時間~10時間であればよい。長時間熱処理することにより、得られる多結晶性マグネシウムシリサイドをより均一化することができる。なお、Mg2Si(ドーパント無し)の融点は1085℃であり、ケイ素の融点は1410℃である。
【0067】
ここで、Mgの融点である693℃以上に組成原料を加熱することによりMgが溶融した場合、Siがその中に溶け込んで反応を開始するが、反応速度がやや遅いものとなる。一方、Mgの沸点である1090℃以上に加熱した場合、反応速度は速いものとなるが、Mgが急激に蒸気となって飛散するおそれがあるので注意して合成する必要がある。
【0068】
加熱溶融工程においては、組成原料を熱処理する際の昇温および降温の温度制御が、所期の加熱溶融合成物を得るために極めて重要である。組成原料を熱処理する際の昇温条件としては、例えば、150℃に達するまでは150℃/h~250℃/hの昇温条件、1100℃(または1105℃)に達するまでは350℃/h~450℃/hの昇温条件を挙げることができる。また、熱処理後の降温条件としては、900℃に達するまでは80℃/h~150℃/hの降温条件、その後は900℃/h~1000℃/hの降温条件を挙げることができる。降温時の温度制御は、組成原料を坩堝に投入して加熱溶融し、加熱溶融合成物を合成した後に、坩堝の下部から上部にかけて温度勾配をつけて加熱溶融合成物を徐冷するように行われる。このように、坩堝の下部から上部にかけて温度勾配をつけて徐冷を行うと、上部にプロセス由来の不純物である酸化アルミニウムや残留シリコンが集まるので、この上部を研磨などによって取り除いて、中間部および下部を純度の高い多結晶マグネシウムシリサイドとして用いることができる。
【0069】
なお、加熱溶融工程を行う際には、開口部とこの開口部を覆う蓋部とを備え、開口部の辺縁における蓋部への接触面と、蓋部における開口部への接触面とが共に研磨処理された耐熱容器中で行うことが好ましい。研磨処理された耐熱容器を用いることで、組成原料の組成比率に近い組成比率を有する多結晶性マグネシウムシリサイドを容易に得ることができる。
これは、蓋部と開口部の辺縁との接触面において隙間が形成されず、耐熱容器が密閉されるため、蒸発したMgの耐熱容器外への飛散を抑制することができるためと考えられる。
【0070】
上記耐熱容器としては、アルミナ、マグネシア、ジルコニア、白金、イリジウム、シリコンカーバイト、ボロンナイトライド、パイロライティックボロンナイトライド、パイロライティックグラファイト、パイロライティックボロンナイトライドコート、パイロライティックグラファイトコート、および石英のいずれかからなる密閉容器を挙げることができる。
また、上記耐熱容器の寸法としては、容器本体が内径12mm~300mm、外径15mm~320mm、高さ50mm~250mmで、蓋部の直径が15mm~320mmのものを挙げることができる。
【0071】
さらに、開口部の辺縁における蓋部への接触面と、蓋部における開口部への接触面とを密着させるため、接触面は、表面うねりRmaxが0.5μm~3μmであることが好ましく、0.5μm~1μmであることがより好ましい。表面うねりRmaxが0.5μm未満の場合、必要以上の研磨を行うこととなり、コスト面で好ましくない。
また、必要に応じて、蓋部の上面を直接または間接におもりにて加圧してもよい。当該加圧の際の圧力は、1kg/cm2~10kg/cm2であることが好ましい。
【0072】
加熱溶融工程を還元雰囲気下において行うために使用するガスとしては、100体積%の水素ガスでもよいが、水素ガス5体積%以上を含む窒素ガスまたはアルゴンガスなど、水素ガスと不活性ガスとの混合ガスを挙げることができる。
このように、加熱溶融工程を還元雰囲気下で行う理由としては、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドを製造するにあたって、前述したように、酸化ケイ素のみならず、酸化マグネシウムの生成を極力避ける必要があることを挙げることができる。
【0073】
(粉砕工程)
粉砕工程は、上述の冷却された加熱溶融合成物を粉砕して粉砕物を得る工程である。
粉砕工程においては、加熱溶融合成物を、微細で、狭い粒度分布を有する粒子に粉砕することが好ましい。微細で、狭い粒度分布を有する粒子に粉砕することにより、これを焼結する際に、粉砕された粒子同士がその表面の少なくとも一部において融着し、空隙(ボイド)の発生がほとんど観察されない程度に焼結することができ、相対密度が98%以上の焼結体を得ることができる。
【0074】
このようにして得られた粉砕物としては、平均粒径が0.1μm~100μm、好ましくは25μm~75μm、より好ましくは0.1μm~0.2μmのものを使用することができる。
【0075】
〔焼結体〕
本開示の焼結体は、上記の本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドを焼結してなるものである。前述したように、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは焼結性が高いため、クラックのない焼結体を容易に得ることができる。すなわち、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドを用いることで、歩留まりが高く、相対密度が高い焼結体を得ることができる。
【0076】
本開示の焼結体の好ましい性能について以下に記載する。
【0077】
ゼーベック係数については、523Kにおける絶対値が170μVK-1以上であることが好ましく、210μVK-1以上であることがより好ましい。
また、873Kにおけるゼーベック係数の絶対値は、210μVK-1以上であることが好ましく、230μVK-1以上であることがより好ましい。
【0078】
電気伝導率については、523Kにおいて1.0×105Sm-1以下であることが好ましく、0.8×105Sm-1以下であることがより好ましい。
また、873Kにおける電気伝導率は、0.7×105Sm-1以下であることが好ましく、0.5×105Sm-1以下であることがより好ましい。
【0079】
出力因子については、523Kにおいて3.0×10-3Wm-1K-2以上であることが好ましく、3.3×10-3Wm-1K-2以上であることがより好ましい。
また、873Kにおける出力因子は、2.6×10-3Wm-1K-2以上であることが好ましく、2.8×10-3Wm-1K-2以上であることがより好ましい。
さらに、327K~600Kにおける出力因子が、2.5×10-3Wm-1K-2以上であることが好ましく、2.8×10-3Wm-1K-2以上であることがより好ましく、3.5×10-3Wm-1K-2以上であることがさらに好ましい。
このような出力因子を有する焼結体であれば、中温領域にて特に優れた熱電変換性能を有するものとなって好ましい。
【0080】
さらに熱伝導率について言えば、523Kにおける熱伝導率が4.5Wm-1K-1以下であることが好ましく、3.0Wm-1K-1~4.0Wm-1K-1であることがより好ましく、3.0Wm-1K-1~3.6Wm-1K-1であることがさらに好ましい。
また、873Kにおける熱伝導率は、2.9Wm-1K-1以下であることが好ましい。
【0081】
また、無次元性能指数ZTは、523Kにおいて0.40以上であることが好ましく、0.45以上であることがより好ましい。
また、873Kにおける無次元性能指数ZTは、0.86以上であることが好ましく、0.90以上であることがより好ましい。
【0082】
さらに、性能指数Zについては、523Kにおいて0.78×10-3K-1以上であることが好ましく、0.90×10-3K-1以上であることがより好ましい。
また、873Kにおける性能指数Zは、0.98×10-3K-1以上であることが好ましく、1.20×10-3K-1以上であることがより好ましい。
【0083】
本開示の焼結体の好ましい一例としては、523Kにおける出力因子が3.0×10-3Wm-1K-2以上で、かつ523Kにおける性能指数Zが0.78×10-3K-1以上であるものが挙げられる。また、本開示の焼結体の好ましい他の例としては、523Kにおける無次元性能指数ZTが0.40以上で、かつ873Kにおける無次元性能指数ZTが0.86以上であるものが挙げられる。
【0084】
〔焼結体の製造方法〕
本開示の焼結体の製造方法は、上記の加熱溶融合成物を粉砕した粉砕物を焼結する工程(焼結工程)を含むものである。
【0085】
焼結体の形状は限定的でなく、柱状体でも角柱体でも適用可能であるが、
図24に示すような治具を用いる場合には円柱体となり、グラファイトダイ10とグラファイト製パンチ11a、11bとで囲まれた空間に、粉砕した多結晶性マグネシウムシリサイド粉末を充填し、その後、放電プラズマ焼結装置を用いて焼結が行われる。
円柱体のサイズ、特に口径は大きいほど熱電変換素子を数多く切り出すことができため好ましいが、所望のサイズに合わせて、グラファイトダイ10の内径を約10mm~50mmに、グラファイト製パンチ11a、11bに充填する粉砕物の高さを約5mm~15mmにして、作製する。
焼結工程における焼結の条件としては、粉砕物を例えばグラファイト製の焼結用冶具内で、加圧圧縮焼結法により真空または減圧雰囲気下で焼結圧力5MPa~60MPa、焼結温度600℃~1000℃で焼結する方法を挙げることができる。
【0086】
焼結圧力が5MPa以上である場合、相対密度が約98%以上の十分な密度を有する焼結体を得ることが容易であり、強度的に実用に供することが可能な焼結体を容易に得ることができる。一方、焼結圧力が60MPa以下である場合、コストの面から実用に適している。
また、焼結温度が600℃以上である場合、粒子同士が接触する面の少なくとも一部が融着して焼成された相対密度の98%以上である焼結体を得ることが容易であり、強度的に実用に供することが可能な焼結体を容易に得ることができる。一方、焼結温度が1000℃以下である場合、焼結体の損傷を抑制でき、Mgが急激に蒸気となり飛散することを抑制できる。
【0087】
焼結工程においては、上記の加熱溶融工程と同様に昇温及び降温の温度制御が、所期の焼結体を作製するのに極めて重要である。実施例にて詳述するが、温度及び時間を数段階に分けて制御することが基本的考えである。例えば、最初に、充填した多結晶性マグネシウムシリサイド粉末の中心部まで熱が十分に行きわたるように、急速に昇温させるような加熱が必要であるが、その後、全体が固溶しないように、速度を1段階又は2段階以上と勾配をつけて落した後、加熱を止めて放置し、その後、時間をかけて冷却する必要がある。これにより、空隙の無い粒界を保ちつつ粒子同士が融着した焼結体が得られる。
【0088】
また、焼結工程において、空気が存在する場合は、窒素、アルゴン等の不活性ガスを使用した雰囲気下で焼結することが好ましい。
【0089】
焼結工程において、加圧圧縮焼結法を採用する場合、ホットプレス焼結法(HP)、熱間等方圧焼結法(HIP)、放電プラズマ焼結法などを採用することができる。これらの中でも、放電プラズマ焼結法が好ましい。
【0090】
放電プラズマ焼結法は、直流パルス通電法を用いた加圧圧縮焼結法の一種で、パルス大電流を種々の材料に通電することによって焼結する方法であり、原理的には金属、グラファイト等の導電性材料に電流を流し、ジュール加熱により材料を加工または処理する方法である。
このようにして作製された焼結体は、歩留まりおよび相対密度が高く、後述する実施例では、20個中20個全てにおいてひび割れなどがなく、歩留まりが100%と極めて高く、かつ98%以上の相対密度を有するもので、熱電変換素子用材料として極めて有効なものが得られた。
【0091】
また、焼結体のサイズが大きくなればなるほど、焼結体にクラックまたはひび割れが発生しやすくなるため、粉砕した多結晶性マグネシウムシリサイド粉末に予め金属バインダーを混ぜてから焼結することが好ましい。これにより、クラックなどの発生を抑えられ、大きなサイズの焼結体を得るのに有用である。これは、溶融した金属バインダーが多結晶性マグネシウムシリサイド粉末の間に入り込んで固化し、粉末同士を強く結合することによるものと考えられる。
金属バインダーとしては、Ni、Zn、Al、Cu、Co、Ag、Auなどの少なくとも一種の金属粉体、またはこれらの元素を含み、かつ、融点が419℃~1455℃の化合物、合金、もしくは金属間化合物を挙げることができる。
【0092】
〔熱電変換素子〕
本開示の熱電変換素子は、上記の焼結工程にて得られた焼結体から構成された熱電変換部と、該熱電変換部に設けられた第1電極および第2電極とを備えるものである。
【0093】
(熱電変換部)
熱電変換部としては、上記の焼結工程にて得られた焼結体を、ワイヤーソー等を用いて所望の大きさに切り出したものを用いることができる。
熱電変換部は、通常、1種類の熱電変換材料を用いて製造されるが、複数種類の熱電変換材料を用いて複層構造を有する熱電変換部としてもよい。複層構造を有する熱電変換部は、焼結前の複数種類の熱電変換材料を所望の順序で積層した後、焼結することにより製造することができる。
複数種類の熱電変換材料としては、少なくとも一つの熱電変換材料が本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドから構成されるものであればよく、また、2種以上の熱電変換材料が本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドから構成されるものである場合、それぞれのドーパント量が異なっていてもよい。本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドから構成される熱電変換材料と、従来公知の他の熱電変換材料との組み合わせであってもよい。
【0094】
(電極)
熱電変換部上に設ける第1電極および第2電極の形成法としては、特に限定されず、メッキ法、導電性ペーストを印刷後焼成する方法、あるいは以下に詳述する焼結法などが挙げられる。これらの形成法では、焼結体上に電極用導電層を設けた後に、ワイヤーソー等を用いて所望の大きさに切り出して、熱電変換部上に第1電極および第2電極が設けられた熱電変換素子が形成される。
焼結法では、多結晶性マグネシウムシリサイドと電極材料を同時に一体にして焼結する。
また、電極材料としてニッケル、アルミニウムあるいは銅などが好ましく用いられるが、電極材料、多結晶性マグネシウムシリサイドおよび電極材料の各粉末をこの順で積層し、加圧圧縮焼結することにより、両端に電極が形成された焼結体を得ることができる。
この際、多結晶性マグネシウムシリサイド粉末に前述の金属バインダー粉末を混合することもできる。
【0095】
加圧圧縮焼結法による電極の形成方法として、2つの方法について説明する。
【0096】
第1の方法は、例えばグラファイトダイおよびグラファイト製パンチからなる円筒型の焼結用冶具内にその底部から順次、SiO2のような絶縁性材料粉末の層、Niのような電極形成用金属粉末の層、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドの粉砕物の層、上記電極形成用金属粉末の層、上記絶縁性材料粉末の層を所定の厚さで積層した後、加圧圧縮焼結を行う。
【0097】
上記絶縁性材料粉末は、焼結装置から電極形成用金属粉末に電気が流れるのを防止し、溶融を防ぐために有効であり、焼結後、形成された電極から該絶縁性材料を分離する。
【0098】
第1の方法においては、カーボンペーパーを絶縁性材料粉末層と電極形成用金属粉末層との間に挟み、さらに円筒型焼結用冶具の側内壁表面にカーボンペーパーを設置しておけば、粉末同士の混合を防止し、また焼結後に電極と絶縁材料層を分離するのに有効である。
【0099】
このようにして得られた焼結体の上下表面の多くは、凹凸が形成されるため、研磨して平滑にする必要があり、その後、ワイヤーソーやブレードソーのような切断機で所定の大きさにカットして、第1電極、熱電変換部および第2電極を備える熱電変換素子が作製される。
【0100】
絶縁性材料粉末を用いない方法によると、電流によって電極形成用金属粉末を溶融させてしまうため、大電流を使用できず電流の調整が難しく、したがって、得られた焼結体から電極が剥離してしまう問題があった。一方、第1の方法では絶縁性材料粉末層を設けることによって、大電流を用いることができ、その結果、焼結体からの電極の剥離を抑制できる。
【0101】
第2の方法は、上記第1の方法における絶縁性材料粉末層を用いないで、円筒型の焼結用冶具内にその底部から順次、Niのような電極形成用金属粉末の層、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドの粉砕物の層、上記電極形成用金属粉末の層を積層し、上記電極形成用金属粉末の層に接する焼結用冶具の上記グラファイトダイの表面に、BNのような絶縁性、耐熱性、かつ離型性のセラミックス粒子を塗布またはスプレーして、加圧圧縮焼結を行う。この場合、第1の方法のようにカーボンペーパーを使用する必要はない。
【0102】
この第2の方法は、第1の方法の利点を全て有する上に、得られた焼結体の上下表面が平滑であるため、殆ど研磨する必要がないという利点を有する。得られた焼結体を所定の大きさにカットして、第1電極、熱電変換部および第2電極を備える熱電変換素子を作製する方法は上記第1の方法と同様である。
【0103】
〔熱電変換モジュール〕
本開示の熱電変換モジュールは、上記の本開示の熱電変換素子を備えるものである。
【0104】
熱電変換モジュールの一例としては、例えば
図1および
図2に示すようなものが挙げられる。
この熱電変換モジュールでは、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドから得られたn型半導体およびp型半導体がそれぞれn型熱電変換部101およびp型熱電変換部102の熱電変換材料として用いられる。並置されたn型熱電変換部101およびp型熱電変換部102の上端部には電極1015、1025が、下端部には電極1016、1026がそれぞれ設けられる。
そして、n型熱電変換部およびp型熱電変換部の上端部にそれぞれ設けられた電極1015、1025が接続されて一体化された電極を形成すると共に、n型熱電変換部およびp型熱電変換部の下端部にそれぞれ設けられた電極1016、1026は分離されて構成される。
【0105】
図1に示す熱電変換モジュールにおいては、電極1015、1025の側を加熱し、電極1016、1026の側から放熱することで、電極1015、1025と、電極1016、1026との間に正の温度差(Th-Tc)が生じ、熱励起されたキャリアによってp型熱電変換部102がn型熱電変換部101よりも高電位となる。このとき、電極1016と電極1026との間に負荷として抵抗3を接続することで、p型熱電変換部102からn型熱電変換部101へと電流が流れる。
【0106】
図2に示す熱電変換モジュールにおいては、直流電源4によってp型熱電変換部102からn型熱電変換部101へと直流電流を流すことで、電極1015、1025において吸熱作用が生じ、電極1016、1026において発熱作用が生じる。また、n型熱電変換部101からp型熱電変換部102へと直流電流を流すことで、電極1015、1025において発熱作用が生じ、電極1016、1026において吸熱作用が生じる。
【0107】
また、熱電変換モジュールの他の例としては、例えば
図3および
図4に示すようなものが挙げられる。この熱電変換モジュールでは、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドから得られたn型半導体がn型熱電変換部103の熱電変換材料として用いられる。n型熱電変換部103の上端部には電極1035が、下端部には電極1036がそれぞれ設けられる。
【0108】
図3に示す熱電変換モジュールにおいては、電極1035側を加熱し、電極1036側から放熱することで、電極1035と電極1036との間に正の温度差(Th-Tc)が生じ、電極1035側が電極1036側よりも高電位となる。このとき、電極1035と電極1036との間に負荷として抵抗3を接続することで、電極1035側から電極1036側へと電流が流れる。
【0109】
図4に示す熱電変換モジュールにおいては、直流電源4によって電極1036側からn型熱電変換部103を経て電極1035側へと直流電流を流すことで、電極1035において吸熱作用が生じ、電極1036において発熱作用が生じる。また、直流電源4によって電極1035側からn型熱電変換部103を経て電極1036へと直流電流を流すことで、電極1035において発熱作用が生じ、電極1036において吸熱作用が生じる。
【実施例】
【0110】
以下に実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって制限されるものではない。
【0111】
<実施例1>
高純度シリコンと、マグネシウムと、フラーレン(C60)とを混合し、組成原料(66.33at%Mg、33.17at%Si、0.5at%フラーレン)を得た。なお、高純度シリコンとしては、MEMC Electronic Materials社製で、純度が99.9999999%の半導体グレード、大きさが直径4mm以下の粒状のものを用いた。また、Mgとしては、日本サーモケミカル社製で、純度が99.93%、大きさが1.4mm×0.5mmのマグネシウム片を用いた。また、フラーレン(C60)としては、SES research社製の純度が99.9%以上(融点:1453K)の粉末状のものを用いた。
【0112】
上記組成原料を、Al2O3製の溶融ルツボ(日本化学陶業社製、内径34mm、外径40mm、高さ150mm;蓋部は直径40mm、厚さ2.5mm)に投入した。溶融ルツボとしては、開口部の辺縁の蓋部への接触面と、蓋部の開口部の辺縁への接触面とが、表面粗さRaが0.5μm、表面うねりRmaxが1.0μmとなるように研磨されたものを用いた。溶融ルツボの開口部の辺縁と蓋部とを密着させて、加熱炉内に静置し、加熱炉の外部からセラミック棒を介して、3kg/cm2となるようにおもりで加圧した。
【0113】
次いで、加熱炉の内部を、ロータリーポンプで5Pa以下となるまで減圧し、次いで拡散ポンプで1.33×10-2Paとなるまで減圧した。この状態で、加熱炉内を200℃/hで150℃に達するまで加熱し、150℃で1時間保持して組成原料を乾燥させた。この際、加熱炉内には、水素ガスとアルゴンガスとの混合ガスを充填し、水素ガスの分圧を0.005MPa、アルゴンガスの分圧を0.052MPaとした。
【0114】
その後、1105℃に達するまで400℃/hのレートで急速に昇温させて組成原料を固溶させ、次いで、組成原料が完全に溶融するように1105℃で3時間保持した。その後、1105℃から900℃まで100℃/hのレートで降温させて微細な結晶粒を析出させ、さらに900℃から室温まで1000℃/hのレートで急速に降温させた。その結果、結晶の粒成長が抑えられ、ボイドのない加熱溶融合成物(インゴット)が得られた。
【0115】
加熱溶融後の試料は、アルミナ乳鉢を用いて25μm~75μmに粉砕し、75μmの篩に通した粉末を得た。そして、
図24に示すように、内径15mmのグラファイトダイ10と、グラファイト製パンチ11a、11bとで囲まれた空間に、粉砕した多結晶性マグネシウムシリサイド粉末2.5gを仕込んだ。粉末の上下端には、パンチへの固着防止のためにカーボンペーパーを挟んだ。その後、放電プラズマ焼結装置(ELENIX社製、「PAS-III-Es」)を用いてアルゴン雰囲気下で焼結を行った。焼結における温度条件は下記のとおりである。
焼結温度:880℃
圧力:50.0MPa
昇温:レート(1) 300℃/min×2min(~600℃)
レート(2) 100℃/min×1.5min(600℃~750℃)
レート(3) 10℃/min×13min(750℃~880℃)
レート(4) 0℃/min×15min(880℃)
冷却条件:レート(5) 真空放冷
雰囲気:Ar 60Pa(冷却時は真空)
【0116】
焼結におけるこの温度条件について、さらに詳しく説明する。
レート(1)では、充填した多結晶性マグネシウムシリサイド粉末の中心部まで熱が伝達するように、600℃に達するまで300℃/minのレートで急速に昇温させ、次のレート(2)では昇温速度を落とし、レート(3)では全体が固溶しないようにさらに昇温速度を落として加熱した後、レート(4)では加熱せずに維持する。その後、レート(5)では時間をかけて冷却して、空隙の無い粒界を保ちつつ粒子同士を融着させる。
【0117】
焼結後、付着したカーボンペーパーをサンドペーパーで除去し、0.5at%のカーボンを含む多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(C(フラーレン)0.5at%添加Mg2Si)を得た。なお、得られた焼結体の形状は、円柱状(上面および底面が直径15mmの円、高さが6.5mm)である。
【0118】
<実施例2>
高純度シリコンと、マグネシウムと、フラーレン(C60)とを混合し、組成原料(66.0at%Mg、33.0at%Si、1.0at%フラーレン)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(C(フラーレン)1.0at%添加Mg2Si)を得た。
【0119】
<比較例1>
高純度シリコンと、マグネシウムと、アンチモンとを混合し、組成原料(66.33at%Mg、33.17at%Si、0.5at%Sb)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(Sb0.5at%添加Mg2Si)を得た。なお、アンチモンとしては、エレクトロニクス エンド マテリアルズ コーポレーション社製で、純度が99.9999%、大きさが直径5mm以下の粒状のものを用いた。
【0120】
<比較例2>
高純度シリコンと、マグネシウムとを混合し、組成原料(66.67at%Mg、33.33at%Si)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(Undoped)を得た。
【0121】
<比較例3>
高純度シリコンと、マグネシウムと、グラファイト(融点:3823K)とを混合し、組成原料(66.6at%Mg、33.3at%Si、0.1at%グラファイト)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(C(グラファイト)0.1at%添加Mg2Si)を得た。
【0122】
<比較例4>
高純度シリコンと、マグネシウムと、グラファイトとを混合し、組成原料(66.33at%Mg、33.17at%Si、0.5at%グラファイト)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(C(グラファイト)0.5at%添加Mg2Si)を得た。
【0123】
<比較例5>
高純度シリコンと、マグネシウムと、グラファイトとを混合し、組成原料(66.0at%Mg、33.0at%Si、1.0at%グラファイト)を得た点以外は実施例1と同様の方法により、多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体(C(グラファイト)1.0at%添加Mg2Si)を得た。
【0124】
<評価>
[外観写真および光学顕微鏡写真]
実施例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体の外観写真および光学顕微鏡写真を
図5に示す。
図5に示す光学顕微鏡写真は、焼結体表面を機械研磨して鏡面を観察したものである。
図5の外観写真および光学顕微鏡写真に示すように、実施例1、2ともにクラックのない焼結体を得ることができた。また、実施例1、2にてそれぞれ20個の焼結体を作成したが、全ての焼結体でクラックがなく、再現性良くクラックフリーの焼結体が得られ、歩留まりが100%であった。
【0125】
[相対密度の算出]
実施例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体の相対密度を算出した。まず、実施例1、2で得られた焼結体の密度をアルキメデス法により算出し、Gas Pycnometer(Micromeritics Instrument社製)を用い、気相(He、ガス)置換法により真密度の測定を行った。そして、真密度に対するアルキメデス法により算出した密度の割合から相対密度を算出した。
なお、実施例1では真密度は2.01g/cm3であり、実施例2では真密度は2.00g/cm3であった。
【0126】
図5に示すように、実施例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体の相対密度は、ともに98%以上であり、緻密な焼結体であった。
従って、真密度および相対密度から、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドの焼結性が高いことがわかる。
【0127】
[SEM画像およびEPMA測定]
実施例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、カーボンの固溶の有無を確認するため、日本電子社製のJXA-8900電子線マクロアナライザ(EPMA)を用い、C、Mg、Siの元素分析を行った。実施例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体のSEM画像およびEPMA測定結果を
図6に示す。
図6に示すように、MgおよびSiと同様に、Cの均一なマッピング結果が得られ、Cが結晶粒界および結晶粒内に分布していることがわかる。
【0128】
[SEM-EDX測定]
比較例5で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、SEM-EDX(走査型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分光法)測定を行った。SEM-EDX測定の結果を
図19に示す。
図19に示すSEM画像から、比較例5で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体では、数十μmのC単体が存在しており、カーボンが粒内に分布しておらず、また、カーボンが結晶粒界にも分布していないことがわかる。
【0129】
[X線回折の結果]
実施例1、2および比較例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、Altima IV(Rigaku社製)を用いてX線回折(XRD:X-Ray Diffraction)を行った。X線回折では、CuKα線を用い、印加電圧40kV、印加電流40mAとした。実施例1、2および比較例1、2におけるマグネシウムシリサイド焼結体のX線回折の結果を
図7に示す。
なお、
図7では、実施例1、2の比較対象として、比較例1(Sb0.5at%添加Mg
2Si)、比較例2(ノンドープMg
2Si)およびMg
2Siの理論ピーク(Calculated)を掲載している。
【0130】
図7にて観察されたピークにより、ドーパントとしてフラーレンが添加された実施例1、2において、Mg
2Siが形成されていることを確認した。
また、
図7では、実施例1、2にて、カーボン(フラーレン)、SiC、MgおよびSiのピークは確認されなかった。
このことからも、添加されたフラーレンに由来するカーボンは、結晶粒界および結晶粒内に分布し、また未反応のMgと未反応のSiとが存在していないことがわかる。
未反応のMgが存在しないと、クラック発生の原因となるMgOが生成されないため、先述したように焼結性が高く、機械的耐久性が優れたものとなる。
【0131】
また、比較例3~5で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体についても、上記と同様にしてX線回折を行った。比較例2~5における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体のX線回折の結果を
図23に示す。
なお、
図23では、比較例3~5の比較対象として、比較例2(アンドープMg
2Si)および多結晶性マグネシウムシリサイドの理論ピーク(Calculated)を掲載している。
【0132】
図23にて観察されたピークにより、ドーパントとしてグラファイトが添加された比較例3~5において、SiCのピークは確認されなかったが、カーボン(グラファイト)のピークが観察された。これにより、添加されたグラファイトに由来するカーボンは、Mg
2Siの粒内に分布していないことがわかる。
【0133】
<評価>
[ゼーベック係数、電気伝導率および熱伝導率の測定]
実施例1、2、比較例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、ワイヤーソーを用いて、縦2mm、横2mm、高さ12mmにカットし、ADVANCE-RIKO社製のZEM-3を用いてゼーベック係数および電気伝導率の測定を行った。
得られたゼーベック係数および電気伝導率により、出力因子を算出した。
同様に、実施例1、2、比較例1、2で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、ワイヤーソーを用いて、縦7mm、横7mm、高さ1mmにカットし、ADVANCE-RIKO社製のTC-1200RHを用いて熱伝導率の測定を行った。
また、該熱伝導率についてはヴィーデマン・フランツ則によって、電子成分の熱伝導率(キャリア熱伝導率)と格子成分の熱伝導率(格子熱伝導率)とを求めた。
さらに、得られた出力因子および熱伝導率より、上記式(1)に従い、無次元性能指数ZTを算出した。なお、各パラメーターについて、測定温度範囲は327K~873Kであり、50K刻みで測定を行った。
【0134】
実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と、ゼーベック係数、電気抵抗率、出力因子または熱伝導率との関係を
図8~11に示す。
また、実施例1、2および比較例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、温度と、キャリア熱伝導率または格子熱伝導率との関係を
図12、13に示す。
【0135】
[ゼーベック係数、電気抵抗率]
実施例1、2では、フラーレンの添加量が異なっているが、
図8、9に示すように、ゼーベック係数および電気伝導率の温度変化に対する挙動に両者の差がほとんど生じておらず、また、比較例2のノンドープのものとの差もみられず、このことはフラーレンに由来するカーボンが等電子不純物として機能していることを示している。
一方、アンチモンが添加された比較例1では、比較例2のノンドープのものとの違いを示しており、ゼーベック係数は低下し、電気伝導率が向上し、明らかにキャリア放出するn型不純物の挙動を示している。
【0136】
[出力因子]
出力因子は、前述のように熱電変換素子に温度差をつけた際に取り出すことのできる電力量の指標となっており、数値が高い方が出力密度も高くなる。
図10に示すように、327K~600Kの低中温領域における出力因子は、フラーレンが添加された実施例1、2では、2.6×10
-3Wm
-1K
-2~3.3×10
-3Wm
-1K
-2であるのに対して、アンチモンが添加された比較例1では、1.9×10
-3Wm
-1K
-2~3.0×10
-3Wm
-1K
-2と低く、特に、自動車用の熱電変換モジュールとして、後者は実用的でない。
また、327Kにおける実施例1、2および比較例1の出力因子を比較すると、実施例1、2では平均値が約2.75×10
-3Wm
-1K
-2、比較例1では約1.9×10
-3Wm
-1K
-2であり、前者が45%程度大きいことが分かる。
327K前後の温度領域で高い出力因子を有するので、家電および事務機(パソコン、プロジェクターなど)の稼働時に生じる熱を発電に活用するのに有効である。
さらに、実施例1、2の出力因子は、327K~600Kの低中温領域においては約2.7×10
-3Wm
-1K
-2~約3.3×10
-3Wm
-1K
-2で、この最大値3.3×10
-3Wm
-1K
-2は、約523Kにおける値であり、実施例1、2における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体が、中温領域において特に優れた熱電変換性能を有していることがわかる。
【0137】
一方、アンチモンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイドの出力因子は、327Kの1.9×10-3Wm-1K-2を起点にして温度上昇と共に徐々に高くなって、中温領域の523Kにおいては約2.7×10-3Wm-1K-2、高温領域の約720Kにおいて最大値の約3.2×10-3Wm-1K-2となる。
中温領域の約523Kにおける出力因子は、本開示のカーボンを含む多結晶性マグネシウムシリサイドがアンチモンドープのものに対して、23%程度大きい値となっている。
このように、本開示のカーボンを含む多結晶性マグネシウムシリサイドが、低中温領域において大きな出力因子を有するもので、多量の電力を取り出せることを意味しており、発熱の多くが低中温領域、特に発熱温度が中温領域の自動車用に極めて有効である。
なお、ノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドを用いた比較例2の場合、出力因子が実施例1,2に比べて低く、特に、低中温領域の場合に顕著である。
【0138】
[熱伝導率]
図11に示すように、熱伝導率を観ると、本開示のカーボンを含む多結晶性マグネシウムシリサイド(実施例1、2)およびアンチモン添加の多結晶性マグネシウムシリサイド(比較例1)に大きな差がなく、450K~650Kにおいて多少前者の方が高い値を示しているが、いずれもノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイド(比較例2)よりも低いことがわかる。
【0139】
また、キャリア熱伝導率を観ると、
図12に示されるように、実施例1、2では、フラーレンの添加量が異なっているにも拘らず、温度変化に対する挙動にほとんど差が生じておらず、また比較例2のノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドの場合との差もみられず、フラーレン由来のカーボンが等電子不純物として機能していることがわかる。
一方、アンチモンドープの比較例1のキャリア熱伝導率は、比較例2のノンドープに比較して、高い値を示しており、アンチモンがn型ドーパントの挙動を示している。
【0140】
一方、格子熱伝導率を観ると、
図13に示されるように、フラーレンを用いた多結晶性マグネシウムシリサイド(実施例1、2)の場合は、ノンドープの多結晶性マグネシウムシリサイド(比較例2)の場合よりも大きく低く変化していることがわかる。
低中温領域(327K~600K)において、実施例1と実施例2とを比較すると、フラーレン添加量が多い方が、格子熱伝導率が多少低下している。この理由として、フラーレン添加量を増加させることによってカーボンが多結晶性マグネシウムシリサイドの粒内に分布する量が増え、それに伴ってフォノン散乱の誘発が増加したためであると推測される。
【0141】
[無次元性能指数ZT]
図14に示すように、873KにおけるZTは、実施例1および実施例2におけるカーボン含有の多結晶性マグネシウムシリサイドの場合がそれぞれ、0.88、0.90であり、比較例1のアンチモンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドが0.92で、ほぼ同程度の値を示している。
また、327K~550Kにおいて、比較例1におけるアンチモンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドと比較すると、実施例2におけるフラーレン1.0at%を用いた多結晶性マグネシウムシリサイドの場合の方が高いZT値を示しており、また、実施例1におけるフラーレン0.5at%を用いた多結晶性マグネシウムシリサイドの場合では、同程度のZT値を示している。
【0142】
[性能指数Z]
なお、無次元性能指数(ZT=S
2σT/κ)は絶対温度Tに比例するため、高温領域よりも低中温領域では見かけのZT値は下がるが、
図15に示される性能指数(Z値)をみると、本開示のフラーレンを用いた多結晶性マグネシウムシリサイドは、500K~900Kにおいてほぼ横ばいの0.8×10
-3(Z)[K
-1]以上の高い値を示し、実施例2のフラーレン1.0at%の場合には、877Kにおいて1.0×10
-3(Z)[K
-1]以上の値を示している。
さらに中温領域の523Kにおける性能指数の値が0.9×10
-3(Z)[K
-1]以上であることは、出力因子の値と共に、アンチモンドープの多結晶性マグネシウムシリサイドより高く、本開示のフラーレンを用いた多結晶性マグネシウムシリサイドが、高温領域よりも低中温領域の方が性能的にすぐれたものであることが、性能指数(Z値)によって一層明らかとなった。
【0143】
以上説明したように、多結晶性マグネシウムシリサイド中に、ドーパントとしてn型不純物を併用せずにカーボンのみ粒内に分布させた実施例1および実施例2においては、該カーボンが等電子不純物として働いて、ゼーベック係数、電気伝導率およびキャリア熱伝導率の各値を、ノンドープのものとほぼ同じで変化させず、格子熱伝導率1つだけ変化させて、所期の性能をもたらしていることが分かる。
すなわち、ドーパントとしてカーボンのみを含有する本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドは、ゼーベック係数、電気伝導率およびキャリア熱伝導率のいずれの値も、ノンドープのものとほぼ同じ値であり、このことは等電子不純物としての挙動を示しており、熱電変換素子数の低減効果をはじめとする所期の諸効果をもたらしている。
仮に、アンチモンドープのものについて言えば、ノンドープのものに比べて2倍~4倍高い値となっている。
【0144】
[グラファイトを用いたマグネシウムシリサイド(比較例3~5)]
次に、比較例3~5で得られた多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、ゼーベック係数および電気伝導率の測定を上記の方法と同様にして行い、得られた結果から出力因子を算出し、さらに、熱伝導率の測定を上記の方法と同様にして行った。
さらに、得られた出力因子および熱伝導率より上記式(1)に従い、無次元性能指数ZTを算出した。結果をそれぞれ
図20~22に示す。
【0145】
比較例3~5では、
図20~21に示すように、グラファイトの添加量に応じて出力因子および熱伝導率が大きく変動していた。そのため、比較例3~5では、グラファイトが等電子不純物として機能していないと考えられる。
また、
図21に示すように、熱伝導率は、グラファイトの添加量が増加するとともに増加し、通常のドーパント添加とは異なる挙動を示していた。さらに、
図22に示すように、グラファイトの添加量が増加するにつれてZTが低下しており、比較例3~5のC(グラファイト)添加Mg
2Siでは、比較例1のSb添加Mg
2Siほどの熱電性能向上は見られなかった。
【0146】
ここで、グラファイトの熱伝導率は、概ね120Wm-1K-1であり、Mg2Siの熱伝導率の約16倍である。このことから、比較例3~5では、グラファイトが固溶していないことが示唆され、熱伝導率の増加の原因は、グラファイトが固溶していないことに起因すると推測される。
【0147】
[高温耐久試験]
実施例1、2、比較例1における多結晶性マグネシウムシリサイドの焼結体について、高温耐久性を以下の方法で評価した。
【0148】
各焼結体から、縦2mm×横2mm×高さ8mmの試料を切り出し、この試料の2mm×2mmの面積の面をサンドペーパーで処理を行い、自動研磨機MA-150(ムサシノ電気社製)で処理を行い、この面の酸化膜を取り除いた。
【0149】
次いで、酸化膜が取り除かれた面を測定面とし、バッテリーハイテスタ3561(日置電気社製)を用いて、試料の抵抗を測定した。
電気抵抗率の測定は、測定面を研磨し、その面にプローブをあてて行った。また、試料により電気抵抗率が異なると、経時劣化が判断できなくなってしまうため、使用する試料は全て熱処理前に電気抵抗率を測定し、管状炉に保持する前の値が同等であることを確認した。
なお、測定面に接触する4本のプローブの間隔は1mmとした。測定の際の電流の条件は30mAまでとした。
【0150】
抵抗率を算出した後、大気中、600℃に保った環状炉に試料を入れた。10時間経過後、環状炉から試料を取り出し、測定面を研磨して、上記と同様の方法で実施例1、2および比較例1における抵抗率を導出した。50、100、200、300、400、500時間経過後についても、同様に実施例1、2および比較例1における抵抗率の導出を行った。
また、実施例1、2については、上記と同様の方法で1000、1500、2000時間経過後の抵抗率を、縦×横×抵抗÷高さの数式により導出した。抵抗率評価結果を
図16、17に示す。
【0151】
アンチモンが添加された多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体は優れた高温耐久性を有することが知られており、
図16に示されるように、アンチモン添加の多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体はカーボン(フラーレン)が添加された多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体と同じく、高温耐久性を500時間までは維持するものの、500時間を超えると徐々に低下する。一方、
図17に示されるように、カーボン(フラーレン)が添加された多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体の場合には、高温耐久性を短くとも2000時間維持するものであることが明らかである。
【0152】
[最大出力時の電流値と電圧値の測定]
次に、実施例1、実施例2および比較例1における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、最大出力時の電流値、電圧値の比較を行った。
まず、各焼結体から、4mm×4mm×6mmを切り出し熱電変換部とし、前述の加圧圧縮焼結(第1の方法)により第1電極(Ni電極)、熱電変換部および第2電極(Ni電極)を備える短絡電流および開放電圧測定用の素子を作製した。各素子について、実起電力測定装置 KTE-HTA-600C(コトヒラ工業社製)により短絡電流および開放電圧を測定した。
【0153】
測定は、測定系には実起電力測定装置(コトヒラ工業社製、KTE-HTA-600c)を用いた。
シンク部に熱源および冷却源に見立てた温度制御用のCu板(厚み4mm、無酸素銅+Niメッキ)と、熱電対および電気測定用の端子接続が可能なT字型Cuブロック(厚み4mm)、Mg
2Si素子、イソウール断熱材を使用した。
熱源側のCu板と高温T字Cuブロックとの界面はホワイティセブン(窒化ホウ素(BN)系耐熱セラミックスコーティング剤、オーデック社製)を充填し、冷却源側と低温T字ブロックとの界面はシリコーンコンパウンド(信越化学工業社製、G747)を熱界面材として使用することによって、接触熱抵抗を減らし、安定かつ純粋な素子形状による温度差の違いが測定できるようにした。
素子とT字Cuブロックとの間は、導電性の銀ペースト(4817N、酢酸ブチル20~30%、デュポン社製)を使用し、界面での接触電気抵抗が含まれないようにした。なお、T字ブロックの使用にあたり4端子法を用いた。
以上の測定系で開放電圧(電流:0A)を測定し、また、負荷電流を1Aごとに5Aまで測定し、I-V特性の外挿線を引き短絡電流(電圧:0V)を算出した。
その結果から、実施例1、実施例2および比較例1における多結晶性マグネシウムシリサイド焼結体について、電流、電圧および出力(電流×電圧)の関係を求めた。結果を
図18に示す。
【0154】
実施例1におけるC(フラーレン)0.5at%添加Mg2Siは、電流8.200A、電圧54.211mVのときに出力が最大となり、その出力は、443.47mWであり、実施例2におけるC(フラーレン)1.0at%添加Mg2Siは、電流8.320A、電圧55.211mVのときに出力が最大となり、その出力は、459.36mWであるので、両者とも電圧出力型(高電圧・低電流)であることがわかる。
一方、比較例1のアンチモン0.5at%添加の多結晶性マグネシウムシリサイドは、電流12.724A、電圧36.398mVのときに出力が最大となり、その出力は、463.12mWであるので、電流出力型(高電流・低電圧)であることがわかる。
【0155】
[電力損失と素子数の比較]
実施例1、実施例2および比較例1における素子では、ほぼ同程度の最大出力が得られており、どちらの素子も5W(5000[mW])程度の出力を得るためには、損失が全く無いと仮定した場合、以下に示すように素子が約11本必要である。
実施例1:5000[mW]÷443.47[mW]=11.275本≒11本
実施例2:5000[mW]÷459.36[mW]=10.885本≒11本
比較例1:5000[mW]÷463.12[mW]=10.796本≒11本
【0156】
しかし、実際には損失がないとは考えにくく、熱電変換素子とDC/DCコンバーター等との抵抗によって損失が発生しているものと想定される。
以下、各熱電変換素子に発生する損失(mW)と、5W程度の出力を得るために実際に必要な素子数について試算した。
【0157】
実施例1、実施例2および比較例1における素子の抵抗値がそれぞれ等しいと仮定し、その値を1mΩとする。
損失を、抵抗値と電流値の二乗の積の数式に基づいて算出すると、下記のような結果となり、素子一本の損失を比較例1の場合と比較すると、実施例1の場合には94.660mW、実施例2の場合には92.678mWそれぞれ低下している。
実施例1:1mΩ×(8.200A)2=67.240mW
実施例2:1mΩ×(8.320A)2=69.222mW
比較例1:1mΩ×(12.724A)2=161.90mW
【0158】
以上により、損失を考慮した際の素子一本の出力は、実施例1と実施例2における素子ではそれぞれ、376.235mW、390.138mW、比較例1における素子では301.22mWとなる。
実際に5W(5000[mW])程度の出力を得るためには、以下に示すように、実施例1と実施例2における素子では約13本、比較例1における素子では約17本必要となり、比較例1の方が4本多く素子が必要であった。
実施例1:5000[mW]÷376.235[mW]=13.290本≒13本
実施例2:5000[mW]÷390.138[mW]=12.816本≒13本
比較例1:5000[mW]÷301.22[mW]=16.599本≒17本
【0159】
前述のように、損失は電流値の二乗と抵抗値の積で表されるため、損失に対する電流値の依存が大きい。
そのため、実施例1および実施例2のように電圧出力型である場合、電圧値が損失に寄与しないため、損失が少なく必要な素子数が少なくなるが、比較例1のように電流出力型である場合、損失が大きくなり必要な素子数が多くなる。
上記のように、電流出力型に比べて、5Wの場合で素子数4本減となることは、通常の電力が5Wよりはるかに大きいことを考えると、電圧出力型による素子数低減効果は、モジュールの実用化に際して極めて大きいものである。
さらに、実施例1と実施例2では比較例1よりもモジュール化する際の素子数を減らして同等の出力が得られるため、素子が故障するリスクなども軽減可能である。
【0160】
実際の多結晶性マグネシウムシリサイドを用いたモジュールの場合には、抵抗値は1mΩより大きく、さらにDC/DCコンバーター等の抵抗を考慮すると損失はさらに大きくなるため、電圧出力型である実施例2は電流出力型である比較例1よりも、より多くの素子数を削減可能であると考えられる。
【0161】
[電極耐久性試験]
熱電変換部とその両端部にNi電極が設けられた熱電変換素子を、電極耐久性試験用に作製した。
実施例1、実施例2および比較例1で作製された多結晶性マグネシウムシリサイドの粉砕物を熱電変換部用としNi粉末を電極部用として、前述の加圧圧縮焼結(第1の方法)によって焼結し、得られた3種類の焼結体からそれぞれ縦2mm、横2mm、高さ10mm(内、両端部の電極部が合わせて2mm)からなる熱電変換素子を5個ずつ切り出して、試料を作製した。
これらの試料を前述の高温耐久性試験で用いたものと同様に、600℃に保たれた環状炉に入れて、10時間毎に観察した。
その結果、比較例1のアンチモンドープ試料は、いずれも30時間経過すると電極が剥離し、100時間で電極部が崩れた状態になった。
一方、実施例1および実施例2のフラーレンを用いた試料については、いずれも300時間経過しても電極に剥離は全く発生せず、かつ電極部は崩れることもない状態であった。
この試験結果は、本開示の多結晶性マグネシウムシリサイドの結晶粒内に分布するカーボンが、多結晶性マグネシウムシリサイドを熱電変換部とした場合に電極部との密着性および結着性を高く向上させる作用を発揮すると共に、98%以上の相対密度を有する焼結体となる要因となって、600℃で300時間の雰囲気であっても全く変化させないものと考えられる。
【0162】
2016年7月12日に出願された日本出願2016-137976の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
【符号の説明】
【0163】
101 n型熱電変換部
1015,1016 電極
102 p型熱電変換部
1025,1026 電極
103 n型熱電変換部
1035,1036 電極
3 負荷
4 直流電源
10 グラファイトダイ
11a,11b グラファイト製パンチ