(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-17
(45)【発行日】2022-03-28
(54)【発明の名称】銅合金板材およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/06 20060101AFI20220318BHJP
C22C 9/02 20060101ALI20220318BHJP
C22C 9/04 20060101ALI20220318BHJP
C22C 9/00 20060101ALI20220318BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20220318BHJP
H01B 5/02 20060101ALI20220318BHJP
H01B 1/02 20060101ALI20220318BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220318BHJP
【FI】
C22C9/06
C22C9/02
C22C9/04
C22C9/00
C22F1/08 B
H01B5/02 Z
H01B1/02 A
C22F1/00 622
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 686B
C22F1/00 691A
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
(21)【出願番号】P 2021535177
(86)(22)【出願日】2021-03-02
(86)【国際出願番号】 JP2021007905
(87)【国際公開番号】W WO2021199848
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2021-06-17
(31)【優先権主張番号】P 2020062622
(32)【優先日】2020-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100114292
【氏名又は名称】来間 清志
(72)【発明者】
【氏名】秋谷 俊太
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 宏和
(72)【発明者】
【氏名】樋口 優
(72)【発明者】
【氏名】川田 紳悟
(72)【発明者】
【氏名】檀上 翔一
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-162782(JP,A)
【文献】特開2016-176106(JP,A)
【文献】特開2013-104068(JP,A)
【文献】国際公開第2020/004034(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00-9/10
C22F 1/00;1/08
H01B 1/02;5/02;13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下、ならびにSiを0.05質量%以上1.50質量%以下含有し、Siに対するCoおよびNiの含有割合(Co+Ni)/Siが2.50以上6.00以下であり、残部がCuおよび不可避不純物である合金組成を有し、
中性子小角散乱測定で得られる、CoおよびNiの少なくともいずれか一方の元素を含有するSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が5nm以下であ
り、
前記中性子小角散乱測定で得られる前記Si系化合物粒子の粒度分布曲線における前記ピークの粒子径が1nm以上14nm以下であることを特徴とする銅合金板材。
【請求項2】
前記中性子小角散乱測定で得られる前記Si系化合物粒子の粒度分布曲線における前記ピークの粒子径が1nm以上10nm以下である、請求項1に記載の銅合金板材。
【請求項3】
前記合金組成は、さらに、Mg、Sn、Zn、P、CrおよびZrからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0.10質量%以上1.00質量%以下含有する、請求項1または2に記載の銅合金板材。
【請求項4】
前記合金組成は、Coを0.50質量%以上2.50質量%以下含有する、請求項1~3のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項5】
前記合金組成は、Niを2.00質量%以上5.00質量%以下含有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項6】
前記銅合金板材の板厚が50μm以上500μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の銅合金板材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の銅合金板材の製造方法であって、
銅合金素材に、鋳造工程[工程1]、均質化処理工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、面削工程[工程4]、冷間圧延工程[工程5]、溶体化熱処理工程[工程6]および時効熱処理工程[工程7]をこの順に施し、
前記熱間圧延工程[工程3]では、熱間圧延開始温度が900℃以上1000℃以下、熱間圧延終了温度が500℃以上900℃以下の温度範囲で圧延材をリバース圧延し、
前記冷間圧延工程[工程5]では、圧延材の板厚の長手方向における標準偏差が10μm以内であり、
前記溶体化熱処理工程[工程6]では、25℃から600℃までの第1昇温速度が80℃/s以上、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度が20℃/s以下、最高到達温度から300℃までの冷却速度が100℃/s以上で圧延材を熱処理し、
前記時効熱処理工程[工程7]では、300℃以上550℃以下の温度範囲で、1時間以上10時間以内で圧延材を保持することを特徴とする銅合金板材の製造方法。
【請求項8】
前記溶体化熱処理工程[工程6]と前記時効熱処理工程[工程7]との間に、中間冷間圧延工程[工程A]をさらに有する、請求項7に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項9】
前記時効熱処理工程[工程7]の後に、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]および調質焼鈍工程[工程B2]をこの順でさらに有する、請求項7または8に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、銅合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器用のコネクタなどに使用される銅合金板材は、一般に減肉や打ち抜きなどのプレス加工が施される。近年の電子機器の小型化に伴い、プレス加工品の形状均一性がより求められるようになっている。
【0003】
プレス加工品の形状均一性は、銅合金板材の結晶粒径や析出状態に影響されることが知られている。銅合金板材の組織制御によって、プレス加工品の形状均一性の向上が試みられている。
【0004】
例えば、特許文献1には、第2相粒子の個数密度、圧延直角方向の板幅、板厚、最大クロスボウ、圧延方向の耐力などが所定範囲内である銅合金薄板材が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、Cr:0.15~0.4%、Si:0.01~0.1%、並びにTiおよびZrよりなる群から選択される少なくとも1種の元素:合計で0.005~0.15%を含み、残部が銅および不可避不純物からなり、且つ、X線小角散乱法で測定された析出物の粒度分布の平均粒子直径が2.0nm以上7.0nm以下であると共に、前記粒度分布の規格化分散が30~40%の範囲である銅合金が記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、質量で、Ni2.0~3.5%及びSi0.5~1.0%を含み、前記Ni/Si比が3.5~4.5であり、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅合金材であって、小角散乱法を用いて評価した析出物は、その平均直径が2.0~3.5nm及び直径の個数分布における規格化分散が40%以下であり、W曲げ試験で割れが発生しない曲げ最小半径Rを板厚tで除した値(R/t)が1.0以下である高強度銅合金材が記載されている。
【0007】
特許文献1の銅合金薄板材では、Cu-Ni-Co-Si系合金の第2相粒子の個数密度や板材の平坦度を制御することで、小型の機械部品に組み込まれている導電ばね部材の高強度化と加工する際の寸法精度を向上している。特許文献1では、プレス加工材の寸法精度、すなわちプレス加工性の向上のために様々な材料特性の制御が試みられている。しかしながら、近年のコネクタやリードフレームの端子の狭ピッチ化が進む中で、特許文献1の銅合金薄板材は要求されている高い寸法精度を満足していない。
【0008】
特許文献2の銅合金では、Cu-Cr-Si系合金におけるナノメートルオーダーの析出物の粒度分布をX線小角散乱法で測定した粒度分布に基づいて制御することで、強度、導電性、曲げ加工性、耐応力緩和特性を向上している。しかしながら、特許文献2では、銅合金に対するプレス加工後の寸法精度には着目しておらず、特許文献2の銅合金はプレス加工時の高い寸法精度を満たすことはできないと考えられる。
【0009】
特許文献3の銅合金材では、Cu-Ni-Si系合金の析出物の粒度分布を制御することで、強度、導電率、曲げ加工性を向上している。Cu-Ni-Si系合金の析出物の粒度分布は、X線小角散乱法で測定している。ここで、X線小角散乱法では、サンプルである銅合金材が厚くなるほど、X線の透過量が減り、信頼性のあるデータが得られにくいという特徴がある。特許文献3では、厚さ0.2mmのサンプルを機械的・化学的に厚さ35μmまで薄くし、片表面あるいは両表面を除去した状態で銅合金材の測定を行っている。そのため、特許文献3の銅合金材では、プレス加工性に重要な板厚全体に亘って析出状態が均一化できているとは限らない。また、特許文献3の製造方法から、溶体化熱処理での冷却速度が1~100℃/sであり、冷却中や、その後の時効熱処理で析出物が生じるため、析出物の粒度を均一化できていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第6573503号
【文献】特開2016-211054号公報
【文献】特開2012-162782号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本開示の目的は、強度および導電性のバランスに優れると共に、プレス加工性に優れた銅合金板材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
[1] CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下、ならびにSiを0.05質量%以上1.50質量%以下含有し、Siに対するCoおよびNiの含有割合(Co+Ni)/Siが2.50以上6.00以下であり、残部がCuおよび不可避不純物である合金組成を有し、中性子小角散乱測定で得られる、CoおよびNiの少なくともいずれか一方の元素を含有するSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が5nm以下であることを特徴とする銅合金板材。
[2] 前記中性子小角散乱測定で得られる前記Si系化合物粒子の粒度分布曲線における前記ピークの粒子径が1nm以上10nm以下である、上記[1]に記載の銅合金板材。
[3] 前記合金組成は、さらに、Mg、Sn、Zn、P、CrおよびZrからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0.10質量%以上1.00質量%以下含有する、上記[1]または[2]に記載の銅合金板材。
[4] 前記合金組成は、Coを0.50質量%以上2.50質量%以下含有する、上記[1]~[3]のいずれか1つに記載の銅合金板材。
[5] 前記合金組成は、Niを2.00質量%以上5.00質量%以下含有する、上記[1]~[4]のいずれか1つに記載の銅合金板材。
[6] 前記銅合金板材の板厚が50μm以上500μm以下である、上記[1]~[5]のいずれか1つに記載の銅合金板材。
[7] 上記[1]~[6]のいずれか1つに記載の銅合金板材の製造方法であって、銅合金素材に、鋳造工程[工程1]、均質化処理工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、面削工程[工程4]、冷間圧延工程[工程5]、溶体化熱処理工程[工程6]および時効熱処理工程[工程7]をこの順に施し、前記熱間圧延工程[工程3]では、熱間圧延開始温度が900℃以上1000℃以下、熱間圧延終了温度が500℃以上900℃以下の温度範囲で圧延材をリバース圧延し、前記冷間圧延工程[工程5]では、圧延材の板厚の長手方向における標準偏差が10μm以内であり、前記溶体化熱処理工程[工程6]では、25℃から600℃までの第1昇温速度が80℃/s以上、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度が20℃/s以下、最高到達温度から300℃までの冷却速度が100℃/s以上で圧延材を熱処理し、前記時効熱処理工程[工程7]では、300℃以上550℃以下の温度範囲で、1時間以上10時間以内で圧延材を保持することを特徴とする銅合金板材の製造方法。
[8] 前記溶体化熱処理工程[工程6]と前記時効熱処理工程[工程7]との間に、中間冷間圧延工程[工程A]をさらに有する、上記[7]に記載の銅合金板材の製造方法。
[9] 前記時効熱処理工程[工程7]の後に、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]および調質焼鈍工程[工程B2]をこの順でさらに有する、上記[7]または[8]に記載の銅合金板材の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本開示によれば、強度および導電性のバランスに優れると共に、プレス加工性に優れた銅合金板材およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、プレス加工性の評価方法を説明するための斜視図である。
【
図2】
図2は、プレス加工性の評価方法におけるせん断面の比率を説明するための図である。
【
図3】
図3は、プレス加工性の評価方法におけるダレを説明するための断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、実施形態に基づき詳細に説明する。
【0016】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、従来よりも高いプレス加工材の寸法精度の要求に鑑みて、銅合金板材の板厚全体に亘って析出物の状態を測定できる中性子小角散乱測定を用い、中性子小角散乱測定の測定値に基づいて、銅合金板材の板厚全体に亘ってSi系化合物粒子の粒度分布を制御して均一化することによって、強度および導電性のバランスに優れると共に、プレス加工性に優れた銅合金板材が得られることを見出し、かかる知見に基づき本開示を完成させるに至った。
【0017】
実施形態の銅合金板材は、CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下、ならびにSiを0.05質量%以上1.50質量%以下含有し、Siに対するCoおよびNiの含有割合(Co+Ni)/Siが2.50以上6.00以下であり、残部がCuおよび不可避不純物である合金組成を有し、中性子小角散乱測定で得られる、CoおよびNiの少なくともいずれか一方の元素を含有するSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が5nm以下である。
【0018】
まず、銅合金板材の合金組成について説明する。
【0019】
上記実施形態の銅合金板材は、CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下、ならびにSiを0.05質量%以上1.50質量%以下含有し、Siに対するCoおよびNiの含有割合(Co+Ni)/Siが2.50以上6.00以下であり、残部がCuおよび不可避不純物である合金組成を有する。
【0020】
<CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下>
Co(コバルト)およびNi(ニッケル)は、銅合金板材の強度を高める元素である。CoおよびNiの合計が0.10質量%以上であると、銅合金板材の強度を増加できる。また、CoおよびNiの合計が5.00質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できることに加えて、鋳塊における粗大な晶出物の発生が抑制されるため、後述の溶体化熱処理工程[工程6]後に粗大な晶出物が未固溶のまま残存することによって発生する、粗大な晶出物がプレス加工時のクラックを誘発する現象が抑制されて、銅合金板材のプレス加工性を向上できる。そのため、CoおよびNiを合計で0.10質量%以上5.00質量%以下含有する。銅合金板材の強度を増加する観点から、CoおよびNiの合計は、好ましくは0.80質量%以上、さらに好ましくは1.40質量%以上である。また、銅合金板材の導電率の低下を抑制させると共にプレス加工性を向上する観点から、CoおよびNiの合計は、好ましくは4.00質量%以下、さらに好ましくは3.50質量%以下である。
【0021】
また、CoおよびNiの上記効果に加えて、Coは、Niに比べて、時効熱処理工程[工程7]でのSi系化合物粒子の析出を促進させて銅合金板材の導電率を高める効果がある。そのため、合金組成は、Coを、好ましくは0.50質量%以上、より好ましくは0.80質量%以上含有し、好ましくは2.50質量%以下、より好ましくは2.00質量%以下含有する。
【0022】
また、CoおよびNiの上記効果に加えて、Niは、溶体化熱処理工程[工程6]時に銅に対する固溶度をCoよりも高くできるため、時効析出により銅合金板材の強度を高めるのに効果的である。そのため、合金組成は、Niを、好ましくは2.00質量%以上、より好ましくは3.60質量%以上、さらに好ましくは3.70質量%以上含有し、好ましくは5.00質量%以下、より好ましくは4.80質量%以下含有する。
【0023】
また、上記範囲において、CoおよびNiはいずれも含有量が多いほど、銅合金板材の強度を高める効果がある。銅合金板材を高強度化する観点から、Coのみの高濃度化に比べて、Niのみを高濃度化することが好ましい。その理由として、Coに比べて、Niは、Si系化合物粒子の析出強化量を高めるために重要な溶体化熱処理工程[工程6]の熱処理温度を低下できるからである。
【0024】
<Si:0.05質量%以上1.50質量%以下>
Si(ケイ素)は、NiやCoとSi系化合物粒子を形成し、銅合金板材の強度を高める元素である。Siが0.05質量%以上であると、銅合金板材の強度を増加できる。また、Siが1.50質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できることに加えて、鋳塊における粗大な晶出物の発生が抑制されるため、溶体化熱処理工程[工程6]後に粗大な晶出物が未固溶のまま残存することによって発生する、粗大な晶出物がプレス加工時のクラックを誘発する現象が抑制されて、銅合金板材のプレス加工性を向上できる。そのため、Siを0.05質量%以上1.50質量%以下含有する。銅合金板材の強度を増加する観点から、Siは、好ましくは0.07質量%以上、さらに好ましくは0.10質量%以上である。また、銅合金板材の導電率の低下を抑制させると共にプレス加工性を向上する観点から、Siは、好ましくは1.25質量%以下、さらに好ましくは1.00質量%以下である。
【0025】
<(Co+Ni)/Si:2.50以上6.00以下>
Siに対するCoおよびNiの含有割合(Co+Ni)/Siは、2.50以上6.00以下である。(Co+Ni)/Siが2.50以上であると、Siの含有量がCoおよびNiの合計量に対して過剰でないため、時効熱処理工程[工程7]時に母相中のSiの残存量が増加することによって発生する、銅合金板材の導電率の低下が抑制される。また、(Co+Ni)/Siが6.00以下であると、CoおよびNiの合計量がSiの含有量に対して過剰でないため、銅合金板材の導電率の低下が抑制される。銅合金板材の導電率を良好にする観点から、(Co+Ni)/Siは、好ましくは3.00以上、より好ましくは3.30以上であり、好ましくは5.00以下、より好ましくは4.70以下である。
【0026】
<銅合金板材の副成分:0.10質量%以上1.00質量%以下>
銅合金板材の合金組成は、さらに、Mg、Sn、Zn、P、CrおよびZrからなる群より選択される1種以上の元素を合計で0.10質量%以上1.00質量%以下含有することができる。すなわち、銅合金板材は、上記の基本成分に加えて、任意成分である副成分として、さらに、Mg、Sn、Zn、P、CrおよびZrからなる群より選択される1種以上の成分を合計で0.10質量%以上1.00質量%以下含有することができる。副成分の含有量が0.10質量%以上であると、銅合金板材の強度を向上できる。また、副成分の含有量が1.00質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できると共にプレス加工性を向上できる。
【0027】
以下に、各副成分についてそれぞれ説明する。
【0028】
<Mg:0.10質量%以上0.30質量%以下>
Mg(マグネシウム)の含有量が0.10質量%以上であると、銅合金板材の耐応力緩和特性を向上できる。Mgの含有量が0.30質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できる。このため、Mgの含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0029】
<Sn:0.10質量%以上0.30質量%以下>
Sn(スズ)の含有量が0.10質量%以上であると、銅合金板材の耐応力緩和特性を向上できる。Snの含有量が0.30質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できる。このため、Snの含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0030】
<Zn:0.10質量%以上0.50質量%以下>
Zn(亜鉛)の含有量が0.10質量%以上であると、Snめっきやはんだめっきの密着性やマイグレーション特性を改善できる。Znの含有量が0.50質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できる。このため、Znの含有量は、0.10質量%以上0.50質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0031】
<P:0.10質量%以上0.30質量%以下>
P(リン)の含有量が0.10質量%以上であると、粒界上のSi系化合物粒子の析出を抑制し、銅合金板材の強度を増加できる。Pの含有量が0.30質量%以下であると、銅合金板材の導電率の低下を抑制できる。このため、Pの含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0032】
<Cr:0.10質量%以上0.30質量%以下>
Cr(クロム)の含有量が0.10質量%以上であると、溶体化熱処理工程[工程6]時の結晶粒の粗大化を抑制できる。Crの含有量が0.30質量%以下であると、鋳造工程[工程1]時における粗大なCr含有晶出物の生成が抑制されるため、粗大なCr含有晶出物がプレス加工時のクラックの起点となることを抑制できる。このため、Crの含有量は、0.10質量%以上0.30質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0033】
<Zr:0.10質量%以上0.20質量%以下>
Zr(ジルコニウム)の含有量が0.10質量%以上であると、溶体化熱処理工程[工程6]時の結晶粒の粗大化を抑制できる。Zrの含有量が0.20質量%以下であると、鋳造工程[工程1]時における粗大なZr含有晶出物の生成が抑制されるため、粗大なZr含有晶出物がプレス加工時のクラックの起点となることを抑制できる。このため、Zrの含有量は、0.10質量%以上0.20質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0034】
<残部:Cuおよび不可避不純物>
上述した成分以外の残部は、Cu(銅)および不可避不純物である。なお、不可避不純物は、製造工程において不可避的に混入するもので、不可避的に含まれうる含有レベルの不純物であり、銅合金板材の特性に影響を及ぼさないため許容されている不純物成分である。不可避不純物の含有量は少ないほど好ましい。不可避不純物としては、例えば、Bi(ビスマス)、Se(セレン)、As(ヒ素)、Ag(銀)などの元素が挙げられる。不可避不純物の含有量の上限は、上記元素毎に0.03質量%であることが好ましく、上記元素の総量で0.10質量%であることが好ましい。
【0035】
次に、銅合金板材の板厚について説明する。
【0036】
後述する実施形態の銅合金板材の製造方法では、板厚が厚くなるほど、溶体化熱処理工程[工程6]での第1昇温速度および冷却速度が遅くなり、熱処理後に残存する第2相化合物であるSi系化合物粒子が多くなるため、銅合金板材のプレス加工性が低下する傾向にある。プレス加工性の低下を抑制する観点から、銅合金板材の板厚は、好ましくは500μm以下、より好ましくは400μm以下、さらに好ましくは300μm以下である。また、剛性などの強度を満足するためには、銅合金板材の板厚は、好ましくは50μm以上である。板厚が上記数値範囲内である銅合金板材は、電子部品の実装密度の高密度化などにより、厚さの薄くなる傾向にあるコネクタやリードフレームなどの電子接点部品として好適に使用される。
【0037】
次に、銅合金板材に対する中性子小角散乱測定について説明する。
【0038】
銅合金板材に対して、中性子小角散乱法による測定を行う。まず、小角散乱法は、中性子やX線を測定物であるサンプルに照射し、10度以下の小さな角度で散乱される中性子やX線を解析することにより、サンプル中の微細構造の平均情報を取得する手法である。小角散乱法では、サンプルに含まれる第2相の平均サイズや配向性の情報が得られる。
【0039】
実施形態では、従来よりも高いプレス加工材の寸法精度の要求に鑑みて、銅合金板材の板厚全体に亘って析出物の状態を評価する。この観点から、例えば50μm以上の厚さの銅合金板材を透過することができる線源であると、銅合金板材の板厚全体に亘って精度の高い測定を行うことができる。そのため、実施形態では、中性子小角散乱法を用いる。
【0040】
中性子小角散乱法は、X線小角散乱法に比べて、厚いサンプルの平均情報が得られる。例えば、Cu線源のX線であると、X線の入射エネルギーは8.04keVである。このX線を用いて、銅合金板材の小角散乱測定を実施する場合、十分なX線の透過率を確保するために、銅合金板材を20μm以下の厚さに加工する必要がある。銅合金板材を薄く加工して得られるサンプルの情報は、銅合金板材の一部(20μm以下)のみであり、銅合金板材の全体を反映していない。すなわち、X線小角散乱測定は上記の銅合金板材の解析には不十分である。そのため、実施形態では、1000μm以上の板厚を十分に透過することができる中性子を用いて、中性子小角散乱測定を行う。
【0041】
中性子小角散乱測定は、大強度陽子加速器施設J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)内にあるBL20に設置された茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を用いる。板厚40μm以上120μm以下の複数の銅合金板材を重ねて、合計厚みが約2mmの銅合金板材を測定する。中性子のビーム径は10mmとする。測定時間は20分である。中性子小角散乱測定で得られた小角散乱プロファイルから粒度分布に変換する解析は、アルゴンヌ国立研究所のJan Ilavsky氏が開発したソフトウェアであるIrenaで行う。解析は、球形モデルを用いてフィッティングを行い、第2相の粒度分布を求める。
【0042】
次に、銅合金板材の中性子小角散乱測定で得られるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅について説明する。
【0043】
銅合金板材の中性子小角散乱測定で得られる、CoおよびNiの少なくともいずれか一方の元素を含有するSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅は5nm以下である。中性子小角散乱法により測定される第2相化合物であるSi系化合物粒子が5nm以下であると、Si系化合物の粒度分布の均一性が向上するため、プレス打ち抜き材のクラックの発生と伝播の挙動が均一化する。クラックの挙動が均一化すると、プレス打ち抜き破面の形状自体が均一化することに加えて、プレス打ち抜き材の内部歪が均一的に開放されるため、プレス加工材の寸法精度が向上する。
【0044】
中性子小角散乱測定で得られるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が5nm以下であると、コネクタやリードフレームなどの電子接点部品に求められるプレス加工材の寸法精度が得られる。上記ピークの半値幅が小さいほど、プレス加工材の寸法精度は向上する。
【0045】
次に、銅合金板材の中性子小角散乱測定で得られるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの粒子径について説明する。
【0046】
銅合金板材の中性子小角散乱測定で得られるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの粒子径は、好ましくは1nm以上10nm以下である。上記ピークの粒子径が1nm以上であると、Si系化合物粒子が析出強化をもたらす整合析出物に成長するため、銅合金板材の強度をさらに増加できる。上記ピークの粒子径が10nm以下であると、銅合金板材の強度の低下をさらに抑制できる。上記ピークの粒子径が3nm以上であると、銅合金板材の強度がさらに向上する。上記ピークの粒子径が8nm以下であると、銅合金板材の強度の低下がさらに抑制される。
【0047】
次に、銅合金板材の引張強さについて説明する。
【0048】
銅合金板材は、高い引張強さを有する。銅合金板材の引張強さは、JIS 13B号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に基づき、引張試験を行うことによって測定することができる。銅合金板材の引張強さは、圧延平行方向の引張強さとする。銅合金板材の引張強さは、500MPa以上、好ましくは600MPa以上、より好ましくは700MPa以上、さらに好ましくは800MPa以上である。
【0049】
次に、銅合金板材の導電率について説明する。
【0050】
銅合金板材は、高い導電率を有する。銅合金板材の導電率は、端子間距離を100mmとし、20℃(±0.5℃)に保たれた恒温槽中で、4端子法により比抵抗を計測して算出することができる。銅合金板材の導電率は、30%IACS以上、好ましくは40%IACS以上、より好ましくは50%IACS以上、さらに好ましくは60%IACS以上である。
【0051】
次に、銅合金板材のプレス加工性について説明する。
【0052】
プレス打ち抜き後の銅合金板材のプレス破面において、破断面に対するせん断面の比率の差が小さく、ダレの大きさの差が小さいことが好ましい。せん断面の比率の差が小さく、ダレの大きさの差が小さい銅合金板材は、プレス加工後の寸法精度が優れている。
【0053】
上記の銅合金板材は、強度と導電率のバランスおよびプレス加工後に高い寸法精度が求められている電気・電子機器用のコネクタやリードフレームなどの電気接点部品に好適である。特に、製造工程中に微細なピッチでのプレス打ち抜き加工が組み込まれる電気接点部品などに好適である。
【0054】
次に、実施形態の銅合金板材の製造方法について説明する。
【0055】
実施形態の銅合金板材の製造方法は、銅合金素材に、鋳造工程[工程1]、均質化処理工程[工程2]、熱間圧延工程[工程3]、面削工程[工程4]、冷間圧延工程[工程5]、溶体化熱処理工程[工程6]および時効熱処理工程[工程7]をこの順に施し、熱間圧延工程[工程3]では、熱間圧延開始温度が900℃以上1000℃以下、熱間圧延終了温度が500℃以上900℃以下の温度範囲で圧延材をリバース圧延し、冷間圧延工程[工程5]では、圧延材の板厚の長手方向における標準偏差が10μm以内であり、溶体化熱処理工程[工程6]では、25℃から600℃までの第1昇温速度が80℃/s以上、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度が20℃/s以下、最高到達温度から300℃までの冷却速度が100℃/s以上で圧延材を熱処理し、時効熱処理工程[工程7]では、300℃以上550℃以下の温度範囲で、1時間以上10時間以内で圧延材を保持する。
【0056】
鋳造工程[工程1]では、合金成分を溶解し、鋳造することによって、所定形状の銅合金鋳塊を得る。例えば、溶解は高周波溶解炉を用いて大気下で行う。合金成分の種類、鋳造条件などは適宜設定される。
【0057】
均質化処理工程[工程2]では、鋳造工程[工程1]で得られた銅合金鋳塊に対して、所定の加熱条件(例えば1000℃以下で1時間)で均質化処理を施す。均質化処理工程[工程2]は、例えば大気下で行う。
【0058】
熱間圧延工程[工程3]では、熱間圧延開始温度が900℃以上1000℃以下、熱間圧延終了温度が500℃以上900℃以下の温度範囲で圧延材のリバース圧延を行う。リバース圧延を行うことで、圧延材の変形組織が均一化し、溶体化熱処理工程[工程6]および時効熱処理工程[工程7]を経て、Si系化合物粒子のサイズの析出状態が均一化する効果がある。
【0059】
熱間圧延開始温度は、900℃以上1000℃以下である。熱間圧延開始温度が900℃未満であると、固溶度が少なく、溶体化熱処理工程[工程6]時にSi系化合物の残留量が増加し、銅合金板材の強度が低下すると共に、プレス加工材の寸法精度が低下する。熱間圧延開始温度が1000℃超であると、銅合金の融点より高いため、圧延材の形状を維持することが困難になる。銅合金板材の強度およびプレス加工性の向上の観点から、熱間圧延開始温度は、好ましくは950℃以上、より好ましくは990℃以上である。
【0060】
熱間圧延終了温度は、500℃以上900℃以下である。熱間圧延終了温度が500℃未満であると、Si系化合物の析出が進行し、溶体化熱処理工程[工程6]時にSi系化合物の残留量が増加し、銅合金板材の強度が低下すると共に、プレス加工材の寸法精度が低下する。また、熱間圧延開始温度が900℃以上1000℃以下であるため、熱間圧延終了温度が900℃以下であると、熱間圧延工程[工程3]の温度制御などの作業性が容易である。銅合金板材の強度およびプレス加工性の向上の観点から、熱間圧延終了温度は、好ましくは600℃以上、より好ましくは700℃以上である。
【0061】
面削工程[工程4]では、熱間圧延板の表面から所定の厚さ(例えば2.5mm以上5.0mm以下)の面削を行い、酸化膜を除去する。
【0062】
冷間圧延工程[工程5]では、冷間圧延で得られる圧延材の板厚の長手方向における標準偏差が10μm以内である。溶体化熱処理工程[工程6]における昇温中および冷却中の圧延材全体の温度変化の均一化を図るため、冷間圧延工程[工程5]では、圧延材の板厚を均一化する。
【0063】
従来では、一般的に、本工程のような比較的上工程で行われる冷間圧延における板厚の精度は、下工程で行われる板厚を決定する仕上げの冷間圧延よりも低く、板厚のばらつきが大きい。もし、従来の冷間圧延のように、冷間圧延工程[工程5]での圧延材の板厚のばらつきが大きいと、溶体化熱処理工程[工程6]における圧延材全体の温度変化のばらつきが増大する。そのため、冷間圧延工程[工程5]における圧延材の板厚の長手方向の標準偏差は10μm以内とする。圧延材の板厚の上記標準偏差が10μmより大きいと、板厚のばらつきが増大するため、銅合金板材のプレス加工性が低下する。
【0064】
溶体化熱処理工程[工程6]では、25℃から600℃までの第1昇温速度が80℃/s以上、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度が20℃/s以下、最高到達温度から300℃までの冷却速度が100℃/s以上で圧延材を熱処理する。溶体化熱処理工程[工程6]における圧延材は、前工程までに生じている晶出物や析出物を十分に固溶させるため、2段階の昇温を行う。
【0065】
第1段階において、25℃(室温)から600℃までの第1昇温速度は、80℃/s以上とし、昇温中の析出を抑制する。第1昇温速度が80℃/s未満であると、析出が進行し、プレス加工性が低下する。
【0066】
次いで、第2段階において、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度は、20℃/s以下とし、固溶を促進させる。第2昇温速度が20℃/s超であると、固溶が不十分であり、プレス加工性が低下する。固溶を促進させるため、750℃以上1000℃以下の温度範囲で、10秒以上180秒以内保持することが好ましい。
【0067】
次いで、最高到達温度から300℃までの冷却速度が100℃/s以上で冷却を行う。冷却速度が100℃/s未満であると、冷却中に析出物の量が増加し、時効熱処理工程[工程7]で析出する析出物との粒度差が生まれるため、プレス加工材の寸法精度が低下する。一方で、750℃以上1000℃以下の温度から冷却速度150℃/s超の急速な冷却を行うと、高い熱応力が発生することで、圧延材に塑性変形による欠陥が生じやすい。そのため、上記冷却速度の上限値は150℃/sが好ましい。
【0068】
時効熱処理工程[工程7]では、300℃以上550℃以下の温度範囲で、1時間以上10時間以内で圧延材を保持する。圧延材の保持温度が300℃未満および550℃超であると、銅合金板材の強度が低下する。そのため、圧延材の保持温度は、450℃以上であることが好ましく、520℃以下であることが好ましい。
【0069】
このように、熱間圧延工程[工程3]、冷間圧延工程[工程5]、溶体化熱処理工程[工程6]、時効熱処理工程[工程7]の条件を上記のように設定すると、銅合金板材の中性子小角散乱測定で得られるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が5nm以下になる。
【0070】
また、上記実施形態の銅合金板材の製造方法は、溶体化熱処理工程[工程6]と前記時効熱処理工程[工程7]との間に、中間冷間圧延工程[工程A]をさらに有することが好ましい。時効熱処理工程[工程7]の前に行う中間冷間圧延工程[工程A]は、銅合金板材の強度をさらに増加する。
【0071】
また、上記実施形態の銅合金板材の製造方法は、時効熱処理工程[工程7]の後に、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]および調質焼鈍工程[工程B2]をこの順でさらに有することが好ましい。時効熱処理工程[工程7]の後に行う仕上げ冷間圧延工程[工程B1]は、銅合金板材の強度をさらに増加する。また、中間冷間圧延工程[工程A]および仕上げ冷間圧延工程[工程B1]を行うと、銅合金板材の強度がいっそう増加する。また、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]を行う場合には、残留応力を低減するために、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]の後に調質焼鈍工程[工程B2]を行う。
【0072】
仕上げ冷間圧延工程[工程B1]では、目的の強度に応じて、加工率を適宜選択することができる。銅合金板材の強度および耐応力緩和特性を向上する観点から、仕上げ冷間圧延工程[工程B1]の加工率は5%以上60%以下であることが好ましい。加工率が5%以上であると、銅合金板材の強度向上の効果が大きい。加工率が60%以下であると、残留応力が低下して、銅合金板材の耐応力緩和特性が増加する。
【0073】
調質焼鈍工程[工程B2]では、目的の強度や耐応力緩和特性に応じて、加熱温度および加熱時間を適宜選択することができる。銅合金板材の強度および耐応力緩和特性を向上する観点から、加熱温度は300℃以上600℃以下であることが好ましく、加熱時間は10秒以上1時間以内であることが好ましい。
【0074】
以上説明した実施形態によれば、銅合金板材の板厚全体に亘って析出物の状態を高精度で測定できる中性子小角散乱測定を用い、中性子小角散乱測定の測定値に基づいて、熱間圧延工程[工程3]、冷間圧延工程[工程5]、溶体化熱処理工程[工程6]、時効熱処理工程[工程7]の条件を所定範囲内に設定しながら、銅合金板材の板厚全体に亘ってSi系化合物粒子の粒度分布を所定範囲内に制御することによって、強度および導電性のバランスに優れると共に、プレス加工性に優れた銅合金板材を得ることができる。
【0075】
以上、実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本開示の概念および特許請求の範囲に含まれるあらゆる態様を含み、本開示の範囲内で種々に改変することができる。
【実施例】
【0076】
次に、実施例および比較例について説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0077】
(実施例1~22および比較例1~11)
大気下で高周波溶解炉により、各合金成分を溶解し、これを金型モールドで鋳造して、表1に示す合金組成の銅合金鋳塊を得た。次に、大気中、1000℃、1時間の均質化熱処理工程を行った。次に、熱間圧延工程[工程3]では、表2に示す熱間圧延開始温度および熱間圧延終了温度の条件で、リバース圧延を行った後、面削工程では、熱間圧延材の表面を面削して、酸化膜を除去した。次に、冷間圧延工程[工程5]では、冷間圧延を行って、圧延材の板厚の長手方向における標準偏差を表2に示す値とした。次に、溶体化熱処理工程[工程6]では、表2に示すように、25℃から600℃までの第1昇温速度、600℃から最高到達温度までの第2昇温速度、最高到達温度、最高到達温度から300℃までの冷却速度で、圧延材を熱処理した。次に、時効熱処理工程[工程7]では、表2に示す加熱温度および加熱時間で、圧延材を保持した。こうして、銅合金板材を製造した。
【0078】
【0079】
【0080】
[測定および評価]
上記実施例および比較例で得られた銅合金板材について、下記の測定および評価を行った。結果を表3~5に示す。
【0081】
[1] 中性子小角散乱法およびX線小角散乱法の信頼性
実施例11で得られた銅合金板材に対する、中性子小角散乱測定用の中性子の透過率とX線小角散乱測定用のX線の透過率の結果を表3に示す。中性子は波長0.7nm、X線はCuKα(8.04keV)であった。中性子の場合、板厚1000μmの銅合金板材でも、中性子を十分に透過していた。そのため、中性子小角散乱法の信頼性が高いことが示唆された。一方で、X線の場合、板厚50μm以上の銅合金板材では、X線の透過率は非常に小さかった。そのため、X線小角散乱法は、板厚30μm以下の銅合金板材に対しては使用できるものの、それより厚い銅合金板材に対しては低い信頼性であることが示唆された。さらには、板厚100μm以上の銅合金板材に対しては、X線をほとんど透過していないため、X線小角散乱法の使用が困難であることが示唆された。各小角散乱法の信頼性について、以下のランク付けをした。
【0082】
○:透過率が25%以上
△:透過率が5%以上25%未満
×:透過率が5%未満
【0083】
[2] 中性子小角散乱測定
上記実施例および比較例で得られた銅合金板材に対して、大強度陽子加速器施設J-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)内にあるBL20に設置された茨城県材料構造解析装置(iMATERIA)を用いて、中性子小角散乱測定を行った。板厚120μmの複数の銅合金板材を重ねて、合計厚みが約2mmの銅合金板材を測定した。中性子のビーム径は10mmとした。測定時間は20分とした。中性子小角散乱測定で得られた小角散乱プロファイルから粒度分布に変換する解析は、アルゴンヌ国立研究所のJan Ilavsky氏が開発したソフトウェアであるIrenaで行った。解析は、球形モデルを用いてフィッティングを行って、第2相の粒度分布を求めた。そして、Si系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅および粒子径を得た。
【0084】
[3] 引張強さ
上記実施例および比較例で得られた銅合金板材に対して、JIS 13B号試験片を3つ(n=3)用いて、JIS Z 2241:2011に基づき、引張試験を行い、3つの測定値を平均することで、引張強さを算出した。銅合金板材の引張強さは、圧延平行方向の引張強さとした。500MPa未満は、引張強さが不良である。
【0085】
[4] 導電率
上記実施例および比較例で得られた銅合金板材に対して、端子間距離を100mmとし、20℃(±0.5℃)に保たれた恒温槽中で、4端子法により比抵抗を計測することによって、導電率を算出した。30%IACS未満は、導電率が不良である。
【0086】
[5] プレス加工性
上記実施例および比較例で得られた銅合金板材に対して、以下のプレス加工性を評価した。まず、
図1に示すように、圧延平行方向に沿ったクリアランスdを銅合金板材1の板厚の5%、圧延垂直方向の長さを20mmとし、無潤滑で、銅合金板材1をプレス打ち抜きした。プレス打ち抜き後の銅合金板材1のプレス破面2において、破断面に対するせん断面の比率とダレの大きさとをそれぞれ測定した。
【0087】
プレス破面2におけるせん断面3の比率(λ)は、下記式(1)から算出した。式(1)において、a
1およびa
2は、
図2に示すように、それぞれ、圧延垂直方向のある位置における、せん断面3の板厚方向の長さ、および破断面4の板厚方向の長さを表す。そして、せん断面3の板厚方向の長さa
1が最も長いλ
maxとせん断面3の板厚方向の長さa
1が最も短いλ
minとをそれぞれ測定し、λの差(Δλ=λ
max-λ
min)を算出した。この測定を3つの銅合金板材に対して行った。そして3つのΔλの平均値(Δλ
av)をせん断面の比率とした。
【0088】
λ=100×a1/(a1+a2) ・・・式(1)
【0089】
ダレbの大きさは、
図3に示すように、プレス破面2の圧延平行方向の断面から測定した。具体的には、圧延垂直方向に沿って4mm間隔の4つの断面でそれぞれダレbを測定し、4つのダレbのうちの最大と最小との差(Δb)を算出した。この測定を3つの銅合金板材に対して行った。そして3つのΔbの平均値(Δb
av)をダレの大きさとした。
【0090】
プレス加工性について、以下のランク付けをした。×ランクは、プレス加工性が不良である。
【0091】
◎:Δλavが10%以下、かつΔbavが5μm以下
○:Δλavが10%以下またはΔbavが5μm以下
×:Δλavが10%超、かつΔbavが5μm超
【0092】
【0093】
【0094】
【0095】
(実施例23~25)
板厚を変更した以外は、実施例2と同様にして、銅合金板材を製造し、銅合金板材の測定および評価を行った。結果を表6~9に示す。
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
表1~9に示すように、実施例1~25では、合金組成、板厚、粒度分布曲線のピークの半値幅が所定範囲内であったため、引張強さ、導電率、プレス加工性がいずれも良好であった。特に、実施例2~4では、熱間圧延工程[工程3]の熱間圧延開始温度と熱間圧延終了温度、溶体化熱処理工程[工程6]の第1昇温速度、第2昇温速度、冷却速度が好適範囲内であり、第2相粒子であるSi系化合物粒子の粒度分布曲線におけるピークの半値幅が小さかったため、プレス加工性が優れていた。また、実施例4では、Co、Co+Ni、Co+Ni/Siが好ましく、特に強度と導電率のバランスも良好であった。実施例8では、時効熱処理工程[7]の時効温度が好適範囲よりやや高く、上記ピークの粒子径が大きく、強度がやや低くなった。実施例9では、上記ピークの粒子径が適切なため、実施例8よりも強度が向上した。実施例10では、実施例9よりも、さらに時効温度が好ましく、強度が向上した。実施例22では、実施例20や21よりもNi濃度がより好ましく、強度が高かった。
【0101】
また、板厚の影響について、実施例2、23~25の中性子小角散乱測定では、粒度分布曲線のピークの半値幅および粒子径が同等であった。実施例2のX線小角散乱測定では、X線の透過率が低いため、上記ピークの半値幅および粒子径は、実施例23のX線小角散乱測定や実施例2、23~25の中性子小角散乱測定とは大きく異なっていた。また、実施例24~25のX線小角散乱測定では、X線をほとんど透過していないため、測定不可であった。そのため、実施例で製造した銅合金板材におけるSi系化合物の粒度分布の測定では、中性子小角散乱法が良好であり、X線小角散乱法は採用できないことがわかった。
【0102】
一方、比較例1~11では、引張強さ、導電率、プレス加工性の少なくとも1つ以上が不良であった。比較例1では、CoおよびNiの含有量が多く、粗大な晶出物を多く生じ、プレス加工性が不良であった。比較例2では、CoおよびNiの含有量が少なく、Siの含有量が少なく、強度が不良であった。比較例3では、(Co+Ni)/Siが高く、強度が不良であった。比較例4では、(Co+Ni)/Siが低く、導電率が不良であった。比較例5では、熱間圧延工程[工程3]の熱間圧延開始温度が低く、熱間圧延完了時点で、粗大なSi系化合物粒子が多く存在し、溶体化熱処理工程[工程6]時にSi系化合物が固溶しきれず、粒度分布曲線の上記ピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例6では、熱間圧延工程[工程3]の熱間圧延終了温度が低く、熱間圧延完了時点で、Si系化合物粒子の析出が進行し、溶体化熱処理工程[工程6]時にSi系化合物が固溶しきれず、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例7では、溶体化熱処理工程[工程6]の第1昇温速度が遅く、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例8では、溶体化熱処理温度が比較的低く、Si系化合物粒子が十分に固溶しきれず、残存するSi系化合物粒子の量が増え、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例9では、溶体化熱処理工程[工程6]の第2昇温速度が速く、固溶が阻害され、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例10では、冷間圧延工程[工程5]の圧延材の板厚の標準偏差が大きく、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。比較例11では、溶体化熱処理工程[工程6]の第1昇温速度および冷却速度が遅く、粒度分布曲線のピークの半値幅が大きくなり、プレス加工性が不良であった。
【符号の説明】
【0103】
1 銅合金板材
2 プレス破面
3 せん断面
4 破断面
a1 せん断面の長さ
a2 破断面の長さ
b ダレ
d クリアランス