(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-22
(45)【発行日】2022-03-30
(54)【発明の名称】アルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 1/10 20060101AFI20220323BHJP
C22C 1/00 20060101ALI20220323BHJP
C22C 1/02 20060101ALI20220323BHJP
B22D 19/00 20060101ALI20220323BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20220323BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20220323BHJP
【FI】
C22C1/10 F
C22C1/10 G
C22C1/00 R
C22C1/02 503J
B22D19/00 V
B82Y30/00
B82Y40/00
(21)【出願番号】P 2019076177
(22)【出願日】2019-04-12
【審査請求日】2021-01-05
(31)【優先権主張番号】P 2018078482
(32)【優先日】2018-04-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】岡井 誠
(72)【発明者】
【氏名】山浦 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】山根 英也
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-287036(JP,A)
【文献】特開平09-287037(JP,A)
【文献】特開2002-178130(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0275742(US,A1)
【文献】米国特許第9415440(US,B2)
【文献】Yanming Xue et al.,Aluminum matrix composites reinforced with multi-walled boron nitride nanotubes fabricated by a high-pressure torsion technique,Materials and Design,vol.88(2015),pp.451-460
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/10
C22C 1/00
C22C 1/02
B22D 19/00
B82Y 30/00
B82Y 40/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属母相に窒化ホウ素ナノチューブが複合した複合体の製造方法であって
、
前記製造方法は、前記窒化ホウ素ナノチューブの粉末と、
アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる金属母
相溶湯に溶解可能な元素の粉末とを混合して窒化ホウ素ナノチューブおよび金属母相溶解可能元素の粉末混合体を用意する粉末混合工程と、
前記粉末混合体と前記金属母
相溶湯とを混合して窒化ホウ素ナノチューブ混合金属母相溶湯を用意する合金溶湯混合工程と、
前記窒化ホウ素ナノチューブ混合金属母相溶湯を凝固させて前記複合体を得る鋳造工程と、を有
し、
前記粉末混合工程は、前記窒化ホウ素ナノチューブの粉末と有機溶媒とを混合して窒化ホウ素ナノチューブ懸濁液を用意する窒化ホウ素ナノチューブ懸濁液用意素工程と、
前記金属母相溶解可能元素の粉末と有機溶媒とを混合して金属母相溶解可能元素懸濁液を用意する金属母相溶解可能元素懸濁液用意素工程と、
前記窒化ホウ素ナノチューブ懸濁液と前記金属母相溶解可能元素懸濁液とを混合して窒化ホウ素ナノチューブ/金属母相溶解可能元素懸濁液を用意する窒化ホウ素ナノチューブ/金属母相溶解可能元素懸濁液用意素工程と、
前記窒化ホウ素ナノチューブ/金属母相溶解可能元素懸濁液から前記有機溶媒を除去して前記窒化ホウ素ナノチューブ/金属母相溶解可能元素粉末混合体を用意する有機溶媒除去素工程と、からなり、
前記金属母相溶解可能元素の粉末は、不定形粒子および/または鱗片状粒子のケイ素粉末であることを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法。
【請求項2】
請求項
1に記載のアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法において、
前記アルミニウム合金は、アルミニウムを主成分とし、ケイ素、銅、マグネシウムおよびニッケルのうちの一種以上を含む合金であることを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法。
【請求項3】
請求項
1又は請求項
2に記載のアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法において、
前記窒化ホウ素ナノチューブの粉末の比表面積と前記金属母相溶解可能元素の粉末の比表面積との比が10未満であることを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法。
【請求項4】
請求項
1乃至請求項
3のいずれか一項に記載のアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法において、
前記窒化ホウ素ナノチューブの粉末と前記金属母相溶解可能元素の粉末との質量比が「1:2」以上「2:1」以下であることを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法において、
前記合金溶湯混合工程は、前記粉末混合体をアルミニウム箔で包装してアルミニウム包装体を用意するアルミニウム包装体用意素工程を有することを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属と微小繊維状物質との複合体の技術に関し、特に、アルミニウムまたはアルミニウム合金(以下、単にアルミニウムと称する。)の母相に窒化ホウ素ナノチューブが分散した複合体(以下、アルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体と称する)、およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属材の機械的特性を向上させることを目的として、金属母材に微小繊維状物質を添加・混合する技術の研究開発が進められている。例えば、特許文献1(特開2010-196098)には、多数の繊維材が三次元空間内で絡まり、該繊維材で囲まれる空間内に、カーボンナノ材料(カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバ)が表面に付着もしくは内部に包含された金属粉末が捕捉された状態のプリフォームに、溶融金属が含浸され、固化されて成る金属基複合体が開示され、金属粉末および溶融金属としてアルミニウム合金やマグネシウム合金が開示されている。
【0003】
一方、近年、微小繊維状物質として窒化ホウ素ナノチューブが注目されている。窒化ホウ素ナノチューブ(以下、BNNTと称することがある)とは、窒素(N)原子とホウ素(B)原子とが交互に結合したシートが筒状体を形成したナノチューブ(NT)である。BNNTは、炭素(C)原子が結合したシートの筒状体であるカーボンナノチューブ(CNT)と同等の機械的特性を有し、熱的安定性が高いとされている。
【0004】
例えば、非特許文献1(Yanming Xue et al., Materials and Design 88 (2015) 451-460)には、アルミニウム(Al)粉末と窒化ホウ素ナノチューブ(BNNT)とを混合し、5 GPaの高圧力下でねじり加工を加える方法(高圧ねじり加工法)によりアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体(以下、Al/BNNT複合体と称する)を作製した研究が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Yanming Xue et al., “Aluminum matrix composites reinforced with multi-walled boron nitride nanotubes fabricated by a high-pressure torsion technique”, Materials and Design, vol. 88 (2015), pp. 451-460。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1(特開2010-196098)によると、潤滑性、耐凝着性、耐摩耗性、熱伝導性に優れた金属基複合体が提供できるとされている。ただし、現段階では、アルミニウム母相とカーボンナノ材料との界面接合性の不十分さや、アルミニウム母相中でのカーボンナノ材料の均一な分散と化学的安定性の不十分さが新たな問題として浮上している。
【0008】
非特許文献1(Yanming Xue et al.)によると、得られたAl/BNNT複合体は、AlとBNNTとの界面領域に非晶質状の極薄Al(BNO)層(厚さ2~5 nm)が形成され、室温の引張強さが純Al材に比して2倍超(~420 MPa)に向上したと報告されている。これは、Al/BNNT複合体による機械的特性向上の可能性を示しており、大変魅力的な報告と考えられる。しかしながら、非特許文献1の技術は、高圧ねじり加工法という特殊な製造方法を利用しているため、複合体の形状自由度および形状制御性に弱点を有し、構造体として所望の形状に加工する為の製造コストが高くなり易い。
【0009】
Al/BNNT複合体のような新規な材料を実用化する(特に、既存の材料からの置き換えを目指す)には、当該新規な材料の低コスト化は、最重要課題のうちの一つである。もしもAl/BNNT複合体を鋳造法で製造できるとしたら、複合体の形状自由度および形状制御性の弱点を克服できるし、製造コストも大きく低減できると考えられる。なお、Al/CNT複合体の鋳造法による製造は、CNTがAl溶湯と化学反応を起こして炭化物などの化合物を生成してしまうため、適していないと考えられる。
【0010】
したがって、本発明の目的は、形状自由度および形状制御性が高く、低コスト化が可能なAl/BNNT複合体、およびこのAl/BNNT複合体の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(I)本発明の一態様は、上記目的を達成するため、金属母相に窒化ホウ素ナノチューブが複合した複合体であって、
前記金属母相は、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなり、
前記複合体は、前記窒化ホウ素ナノチューブが前記金属母相内に分散し、該金属母相が凝固されてなることを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体、を提供する。
【0012】
本発明は、上記のAl/BNNT複合体(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記Al合金は、Alを主成分とし、ケイ素(Si)、銅(Cu)、マグネシウム(Mg)およびニッケル(Ni)のうちの一種以上を含む合金にすることができる。なお、ここで言う主成分とは、最大含有率の成分のことである。
【0013】
(II)本発明の他の一態様は、上記目的を達成するため、金属母相に窒化ホウ素ナノチューブが複合した複合体の製造方法であって、
前記金属母相は、アルミニウムまたはアルミニウム合金からなり、
前記製造方法は、前記窒化ホウ素ナノチューブの粉末と前記金属母相の溶湯に溶解可能な元素の粉末とを混合して窒化ホウ素ナノチューブおよび金属母相溶解可能元素の粉末混合体を用意する粉末混合工程と、
前記粉末混合体と前記金属母相の溶湯とを混合して窒化ホウ素ナノチューブ混合金属母相溶湯を用意する合金溶湯混合工程と、
前記窒化ホウ素ナノチューブ混合金属母相溶湯を凝固させて前記複合体を得る鋳造工程と、を有することを特徴とするアルミニウム/窒化ホウ素ナノチューブ複合体の製造方法、を提供する。
なお、本発明において、合金溶湯混合工程における金属母相の溶湯は、純アルミニウムの溶湯であってもよいし、アルミニウム合金の溶湯であってもよい。
【0014】
また、本発明は、上記のAl/BNNT複合体の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(ii)前記金属母相溶解可能元素の粉末は、Si粉末にすることができる。
(iii)前記BNNTの粉末の比表面積と前記金属母相溶解可能元素の粉末の比表面積との比は、10未満にすることができる。
(iv)前記BNNTの粉末と前記金属母相溶解可能元素の粉末との質量比は、「1:2」以上「2:1」以下にすることができる。
(v)前記Al合金は、Alを主成分とし、Si、Cu、MgおよびNiのうちの一種以上を含む合金にすることができる。
(vi)前記粉末混合工程は、前記BNNTの粉末と有機溶媒とを混合してBNNT懸濁液を用意するBNNT懸濁液用意素工程と、
前記金属母相溶解可能元素の粉末と有機溶媒とを混合して金属母相溶解可能元素懸濁液を用意する金属母相溶解可能元素懸濁液用意素工程と、
前記BNNT懸濁液と前記金属母相溶解可能元素懸濁液とを混合してBNNT/金属母相溶解可能元素懸濁液を用意するBNNT/金属母相溶解可能元素懸濁液用意素工程と、
前記BNNT/金属母相溶解可能元素懸濁液から前記有機溶媒を除去して前記BNNT/金属母相溶解可能元素粉末混合体を用意する有機溶媒除去素工程と、を含む工程にすることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、形状自由度および形状制御性が高く、低コスト化が可能なAl/BNNT複合体、および該Al/BNNT複合体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明に係るAl/BNNT複合体の製造方法の一例を示す工程図である。
【
図2】実施例1のBNNT/Si粉末混合体の走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。
【
図3】比較例1のAl/BNNT複合鋳造物の表面近傍の断面のSEM観察像である。
【
図4】実施例1のAl/BNNT複合鋳造物の表面のSEM観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[初期検討および本発明の基本思想]
本発明者等は、Al/BNNT複合体の形状自由度および形状制御性の観点から、この複合体を鋳造法で製造する方法について、研究を重ねた。その中で、Al溶湯とBNNTとを単純に混合した後に凝固させた鋳造物を作製し、この鋳造物を調査した。その結果、実験したAl溶湯はBNNTに対して濡れ性が悪く、凝固したAlの母相とBNNTとが容易に分離してしまうことが判った(詳細は後述する)。
【0018】
なお、本発明において、「濡れる」とは、液相(液相が固化した状態のもの(元液相)を含む)と固相(元々固相であったもの)との接触角が90°以下の状態をいう。さらに、本発明でいう「濡れた状態」では、電子顕微鏡観察(例えば、SEM観察、TEM観察)において、BNNTとAl母相とが接触した界面が確認でき、且つその界面に望まない介在物(例えば、BNNTとAlとの反応化合物、ボイド等)が存在しないことが望ましい。
【0019】
以下、鋳造物を例にして本発明の複合体を説明する。
【0020】
本発明者等は、Al溶湯とBNNTとの濡れ性を改善することを目指して、次のような仮説を立てた。Al溶湯とBNNTとの濡れ性を改善するためには、その両方もしくは少なくともAl溶湯に対して親和性の高い成分を添加するのがよいと考えた。
【0021】
具体的には、Al溶湯に対しては、Al溶湯に容易に溶解する成分が好ましいと考えた。Al溶湯に容易に溶解する元素(以下、金属母相溶解可能元素と称す、例えば、Si、Cu、Mg、Ni)の粒子をBNNT粒子の近傍に存在させると、該元素の粒子の溶解の進行とともにAl溶湯とBNNT粒子とが直接接触する機会が増え、その結果、Al溶湯内へのBNNT粒子の分散性を改善する可能性があると考えた。
【0022】
また、窒化ホウ素(BN)に対しては、BNはIII-V族化合物であり化学的性質がIV族の炭素(C)と似ている点が多いと言われているため、IV族元素ならばBNとの親和性が高い(IV族元素融液とBNとの濡れ性が高い)のではないかと考えた。これらのことから、Al溶湯に容易に溶解する成分としてIV族元素が好ましく、なかでもSiが好ましいと考えた。Si成分を添加することにより、Al溶湯とBNNTとの濡れ性および分散性を改善する可能性があると考えた。
【0023】
この仮説を確認するために、BNNTの粉末とSi粉末とを混合した粉末混合体を用意した後に、この粉末混合体をAl溶湯に混合し、これを凝固させて複合体を作製し、この複合体を調査した。その結果、Al母相とBNNTとの濡れ性が改善することが確認された。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0024】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る実施形態を製造手順に沿って説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0025】
[Al/BNNT複合体の製造方法]
図1は、本発明に係るAl/BNNT複合体の製造方法の一例を示す工程図である。
図1に示したように、本発明の製造方法例は、BNNT粉末とSi粉末とを混合してBNNT/Si粉末混合体を用意する粉末混合工程(S1)と、BNNT/Si粉末混合体とAl溶湯とを混合してBNNT混合Al合金溶湯を用意する合金溶湯混合工程(S2)と、BNNT混合Al合金溶湯を凝固してAl/BNNT複合体を得る鋳造工程(S3)とを有する。
【0026】
なお、
図1には図示していないが、鋳造工程S3によって得られたAl/BNNT複合体をマスターインゴットとして用い、他のAl合金溶湯に投入し凝固させてAl/BNNT複合体を得る再溶解・鋳造工程(S4)を行ってもよい。また、鋳造工程S3や再溶解・鋳造工程S4の後に、必要に応じてAl/BNNT複合体の外形を調整するための成形工程(S5)を行ってもよい。
【0027】
以下、本発明に係るAl/BNNT複合体の製造方法の各工程をより具体的に説明する。
【0028】
(粉末混合工程S1)
上述したように、本工程は、BNNT粉末とSi粉末とを混合してBNNT/Si粉末混合体を用意する工程である。本発明で用いるBNNTに特段の限定はなく、市販のBNNT粉末を利用できる。例えば、平均直径が10 nm以下で平均長さがμmオーダのBNNTを用いることができる。また、このBNNTは、単層構造に限定されるものではなく、多層構造(例えば、2~10層)のナノチューブを用いることができる。
【0029】
2種類の粉末を均一に混合するためには、一般的にそれぞれの平均サイズが同程度であることが好ましい。ここで、本発明ではBNNT粉末とSi粉末との混合であり、上述したようにBNNT粉末はアスペクト比(長さ/直径)が102~103程度もある繊維状の形状を有する粉末である。
【0030】
本発明者等が種々検討したところ、BNNT粉末とSi粉末との混合では、2種類の粉末の大きさ選定基準として、平均サイズの代わりに比表面積(単位:m2/g)を採用し、BNNT粉末とSi粉末との比表面積の比が10未満となるように制御することが好ましいことが判った。各粉末の比表面積は、例えば、ガス吸着法(BET理論、BET式)により測定することができる。
【0031】
本発明で用いるSi粉末は、ナノ粒子が有効であり、その比表面積が混合するBNNT粉末の比表面積の1/10超10倍未満であるものが好ましく、1/3以上3倍以下であるものがより好ましい。また、不定形粒子や鱗片状粒子(例えば、厚み10~30 nm程度、直径50~500 nm程度)の粒子形状を有するSi粉末は、BNNT粉末と混合した際に、BNNT粒子の間に介在することによりBNNT粒子同士の絡まりを抑制する効果が期待できる点で好ましい(例えば、後述する
図2参照)。その他には特段の限定はなく、市販のSi粉末を利用できる。
【0032】
さらに、BNNT粉末とSi粉末との混合量に関しては、BNNT粉末の総表面積とSi粉末の総表面積との比が2以下となるように混合するのが好ましく、1.5以下がより好ましい。例えば、BNNT粉末(平均直径4 nm、平均中空径0.84 nm、比表面積400 m2/g)と、Si粉末(平均直径10 nm、比表面積200 m2/g)とを混合する場合、BNNT粉末の総表面積とSi粉末の総表面積とが同等になるように、BNNT粉末の2倍の質量のSi粉末を混合することが好ましく、そりによりBNNT粉末の凝集をより効果的に防ぐことができる。
【0033】
BNNT粉末とSi粉末との混合には種々の混合方法を適用できるが、一例として、次のような素工程(BNNT懸濁液用意素工程(S1a)、Si懸濁液用意素工程(S1b)、BNNT/Si懸濁液用意素工程(S1c)、および有機溶媒除去素工程(S1d))に分けて行うことができる。
【0034】
BNNT懸濁液用意素工程S1aは、BNNT粉末と有機溶媒とを混合してBNNT懸濁液を用意する素工程であり、BNNTの絡まりが解れ易くなる利点がある。BNNT懸濁液用意素工程S1aで用いる有機溶媒に特段の限定はなく、例えば、アルコール類(メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール等)や、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等)を用いることができる。
【0035】
同様に、Si懸濁液用意素工程S1bは、Si粉末と有機溶媒とを混合してSi懸濁液を用意する素工程であり、Si粉末の凝集が解れ易くなる利点がある。Si懸濁液用意素工程S1bで用いる有機溶媒にも特段の限定はなく、例えば、アルコール類(メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール等)や、ケトン類(アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等)を用いることができる。
【0036】
BNNT/Si懸濁液用意素工程S1cは、BNNT懸濁液とSi懸濁液とを混合した混合懸濁液(BNNT/Si懸濁液と称する)を用意する素工程である。なお、最終的な均一混合の観点から、BNNT粉末とSi粉末との質量比が「1:2」~「2:1」となるようにBNNT懸濁液とSi懸濁液とを混合することが好ましく、「1:1.5」~「1.5:1」となるように混合することがより好ましい。
【0037】
有機溶媒除去素工程S1dは、BNNT/Si懸濁液から有機溶媒を除去してBNNT粉末とSi粉末との混合体(BNNT/Si粉末混合体と称する)を用意する素工程である。有機溶媒の除去方法に特段の限定はないが、BNNT/Si懸濁液の有機溶媒量が比較的多い場合は、例えば、ろ過などでおおまかに固液分離した後に、固相分のBNNT/Si粉末混合体を乾燥させる方法を好ましく利用できる。
【0038】
なお、上記ではBNNT/Si粉末混合体を例にして説明したが、前述したように、Si以外のAl溶湯に容易に溶解する他の元素(例えば、Cu、Mg、Ni)の粉末でBNNT粉末との混合体としても同様の効果を得ることが期待できる。なぜならば、これらの元素の金属粉末は、Al溶湯に溶ける際にBNNTの近傍にAl溶湯を浸透させる効果があるからである。
【0039】
(合金溶湯混合工程S2)
本工程は、BNNT/Si粉末混合体とAl溶湯とを混合してBNNT混合Al合金溶湯を用意する工程である。BNNT/Si粉末混合体とAl溶湯との混合方法に特段の限定はないが、粉末混合体の飛散を防止するため、またBNNTをAl溶湯中に確実に埋没させるために、BNNT/Si粉末混合体をAl箔やAl容器で包装し、このAl包装体をAl溶湯中に投入する方法は好ましい。
【0040】
なお、本発明において、ここで用いるAl溶湯は、純Al溶湯であってもよいし、Al合金溶湯であってもよい。純Alとは、純度99.0%以上のアルミニウムと定義する。
【0041】
Al合金溶湯の場合、共晶組織を形成しうる化学組成を有するAl合金が好ましい。例えば、JIS H 5202に規定されるような鋳造用アルミニウム合金(AC1A:Al-Cu系合金、AC1B:Al-Cu-Mg系合金、AC2A,AC2B:Al-Cu-Si系合金、AC3A:Al-Si系合金、AC4A,AC4C,AC4CH:Al-Si-Mg系合金、AC4B:Al-Si-Cu系合金、AC4D,AC8C:Al-Si-Cu-Mg系合金、AC5A:Al-Cu-Ni-Mg系合金、AC7A:Al-Mg系合金、AC8A,AC8B:Al-Si-Cu-Ni-Mg系合金、AC9A,AC9B:Al-Si-Cu-Mg-Ni系合金)を好ましく用いることができる。言い換えると、本工程で用いるAl合金溶湯は、Alを主成分とし、Cu、Mg、SiおよびNiのうちの一種以上を含むAl合金の溶湯である。
【0042】
なお、JIS H 5202に記載されているように、鋳造用アルミニウム合金は、Cu、Mg、Siおよび/またはNiの他に、微量成分として亜鉛(Zn)、鉄(Fe)、マンガン(Mn)、チタン(Ti)、鉛(Pb)、スズ(Sn)およびクロム(Cr)のうちの一種以上を更に含んでいてもよい。
【0043】
(鋳造工程S3)
本工程は、BNNT混合Al合金溶湯を凝固してAl/BNNT複合体を得る工程である。凝固させる鋳造方法に特段の限定はなく、従前の方法を利用できる。
【0044】
以上の工程により、本発明に係るAl/BNNT複合体を得ることができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例により本発明の具体例をより詳細に説明する。
【0046】
[実験1]
(実施例1の作製)
前述した製造方法に沿って、実施例1のAl/BNNT複合体である鋳造物(以下、Al/BNNT複合鋳造物と称する)を作製した。まず、1 gのBNNT粉末(平均直径5 nm、比表面積100 m2/g超)を100 mLのエタノール中に投入し、超音波攪拌を1時間行ってBNNT懸濁液を用意した(BNNT懸濁液用意素工程S1a)。比表面積の測定には、蒸気吸着量測定装置(マイクロトラック・ベル株式会社、BELSORP-maxII)を用いた。
【0047】
同様にして、1 gのSi粉末(平均厚さ30 nm、平均直径400 nmの鱗片状粒子、比表面積100 m2/g超、)を100 mLのエタノール中に投入し、超音波攪拌を1時間行ってSi懸濁液を用意した(Si懸濁液用意素工程S1b)。
【0048】
次に、用意したBNNT懸濁液全量とSi懸濁液全量とを混合し、さらに超音波攪拌を1時間行ってBNNT/Si懸濁液(BNNT粉末1 g:Si粉末1 g、合計200 mL)を用意した(BNNT/Si懸濁液用意素工程S1c)。
【0049】
次に、BNNT/Si懸濁液をろ過し、固相分を乾燥させてBNNT/Si粉末混合体を用意した(有機溶媒除去素工程S1d)。
図2は、実施例1のBNNT/Si粉末混合体の走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。
図2に示したように、BNNT粒子10とSi粒子20とが均一に混合している様子が確認される。また、BNNT粒子10の間にSi粒子20が介在することにより、BNNT粒子同士の絡まりが抑制されている様子が分かる。
【0050】
次に、用意したBNNT/Si粉末混合体をAl箔(市販のアルミホイル)で包装してAl包装体を用意した。次に、黒鉛るつぼ内に用意したAl合金溶湯(AC4CH:Al-7質量%Si-0.3質量%Mg合金、1 kg、700℃)の中へAl包装体を投入し、攪拌混合を1時間行った。その後、黒鉛るつぼごと炉外に取り出して、BNNT/Si混合Al合金溶湯を空冷凝固させて実施例1のAl/BNNT複合鋳造物を得た。
【0051】
(実施例2の作製)
純Al溶湯(A1100、1 kg、700℃)を用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例2のAl/BNNT複合鋳造物を作製した。
【0052】
(比較例1の作製)
BNNT粉末に対してSi粉末を混合しないこと以外は実施例1と同様にして、比較例1のAl/BNNT複合鋳造物を作製した。
【0053】
[実験2]
(Al/BNNT複合体の微細組織観察)
実施例1、実施例2および比較例1のAl/BNNT複合鋳造物のそれぞれについて、鋳造物の表面近傍の微細組織を観察した。
図3は、比較例1のAl/BNNT複合鋳造物の表面近傍の断面のSEM観察像である。
図4は、実施例1のAl/BNNT複合鋳造物の表面のSEM観察像である。
【0054】
図3に示したように、比較例1においては、BNNT粒子10とAl合金母相30とが剥離している様子が確認される。これは、凝固前の段階でBNNT粒子に対してAl合金溶湯が十分に濡れなかったことを示唆している。これに対し、実施例1では、
図4に示したように、BNNT粒子10が一様に分散し、Al合金母相30とよく混合している。特にBNNT粒子10がAl合金母相30の内部に潜り込んで一体化している様子が確認される。また、実施例2についても、実施例1と同様の微細組織が観察された。これは、凝固前の段階でBNNT粒子に対してAl合金溶湯が十分に濡れていたことを示唆している。
【0055】
実施例1および比較例1は、どちらの場合もBNNT粉末を混合するAl合金溶湯として、Si成分を含むAC4CH(Al-Si-Mg合金)を用いている。また、実施例2では、BNNT/Si粉末混合体を投入する前のAl溶湯にはSi成分が含まれていない。これらのことを勘案すると、金属溶湯とBNNTとの濡れ性における上記のような明確な差異が生じた要因をAl/BNNT複合鋳造物中のSi成分の有無だけで論じることはできない。
【0056】
詳細なメカニズムは残念ながら現段階で解明できていないが、少なくともBNNT粉末とSi粉末との混合体(BNNT/Si粉末混合体)を用いて金属溶湯に混合することにより、Si粉末の溶解の進行とともにAl溶湯とBNNT粒子とが直接接触する機会が増え、濡れ性や分散性が改善したと考えられる。このように、本発明は極めて興味深い現象を示していると言える。
【0057】
上述した実施形態や実施例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実施例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0058】
10…BNNT粒子、20…Si粒子、30…Al合金母相。