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特許7044328Ni-Fe基合金粉末、及び当該Ni-Fe基合金粉末を用いる合金皮膜の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-22
(45)【発行日】2022-03-30
(54)【発明の名称】Ni-Fe基合金粉末、及び当該Ni-Fe基合金粉末を用いる合金皮膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 19/05 20060101AFI20220323BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20220323BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220323BHJP
   C23C 4/18 20060101ALI20220323BHJP
   C23C 4/06 20160101ALI20220323BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20220323BHJP
   B22F 7/04 20060101ALI20220323BHJP
【FI】
C22C19/05 B
C22C30/00
C22C38/00 302X
C23C4/18
C23C4/06
B22F1/00 M
B22F1/00 T
B22F7/04 G
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018105987
(22)【出願日】2018-06-01
(65)【公開番号】P2019210499
(43)【公開日】2019-12-12
【審査請求日】2021-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000000239
【氏名又は名称】株式会社荏原製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】308024395
【氏名又は名称】荏原環境プラント株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000208695
【氏名又は名称】第一高周波工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】310010575
【氏名又は名称】地方独立行政法人北海道立総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(74)【代理人】
【識別番号】100146710
【弁理士】
【氏名又は名称】鐘ヶ江 幸男
(72)【発明者】
【氏名】野口 学
(72)【発明者】
【氏名】石川 栄司
(72)【発明者】
【氏名】田中 瑛智
(72)【発明者】
【氏名】林 重成
(72)【発明者】
【氏名】古吟 孝
(72)【発明者】
【氏名】高崎 伸公
(72)【発明者】
【氏名】奥津 賢一郎
(72)【発明者】
【氏名】金澤 昌哉
(72)【発明者】
【氏名】宮腰 康樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 英徳
(72)【発明者】
【氏名】米田 鈴枝
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 隆之
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-176315(JP,A)
【文献】特開2018-076564(JP,A)
【文献】特表昭60-501664(JP,A)
【文献】国際公開第2018/150984(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 19/05
C22C 30/00
C22C 38/00-38/60
B22F 1/00
B22F 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とする、耐食耐摩耗性合金皮膜を形成するためのNi-Fe基自溶合金粉末。
【請求項2】
Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とするNi-Fe基自溶合金粉末を溶射して合金皮膜を形成した後、当該合金皮膜を1070℃以上1140℃以下の温度にて再溶融処理して基材と冶金学的に結合させ、合金皮膜中の気孔率を低減させることを特徴とする耐食耐摩耗性合金皮膜の製造方法。
【請求項3】
前記再溶融処理時の加熱温度の調節により、合金皮膜表面に、被覆率30%以上となるようにこぶ状析出物の生成を制御することを特徴とする請求項2に記載の耐食耐摩耗性合金皮膜の製造方法。
【請求項4】
再溶融処理として高周波誘導加熱を用いることを特徴とする、請求項2または3に記載の合金皮膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni-Fe基合金粉末、及び当該Ni-Fe基合金粉末を用いる合金皮膜の製造方法に関し、特に腐食ならびに腐食摩耗が問題となる高温環境下で、耐環境性に優れた合金皮膜を形成することができるNi-Fe基合金粉末及び当該Ni-Fe基合金粉末を用いる合金皮膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
廃棄物やバイオマスなどを焼却する焼却炉内には、燃料中に含まれる塩素により厳しい高温腐食環境が形成される。特に、雰囲気温度よりも低温である熱交換器の表面には、雰囲気中に含まれていた塩化物が濃縮されて堆積するため、激しい腐食が生じる。さらに流動床式ボイラーの場合、腐食に加え、流動媒体による摩耗が作用することにより激しい減肉が生じる場合がある。これらへの減肉対策として、プロテクターの装着が行われている。プロテクターの装着は有効であるが、熱交換器においては伝熱効率の低下を招く。そのため、減肉対策として、溶射や肉盛溶接などの表面処理が用いられることが多々ある。
【0003】
溶射皮膜の一般的な課題として、皮膜中に気孔が形成されること、及び基材との密着力が弱いことなどが挙げられる。溶射時の粒子速度を高速化したHVOF(High Velocity Oxygen Fuel)溶射などは、プラズマ溶射に比べて皮膜の気孔率を低減させることが可能である。しかし、完全に気孔を無くすことはできず、また基材とも物理的に接合しているのみであって接着力は弱い。そこで、溶射後に皮膜を再溶融することにより、基材との間に冶金学的な反応層を形成させ、かつ溶射皮膜中の気孔を無くすことができ、溶射皮膜の特性を格段に向上させる自溶合金溶射法が用いられている。自溶合金溶射は、再溶融処理により皮膜中の気孔が減少し、腐食性物質の侵入が抑制できるため、優れた耐食性を付与することが知られている。しかし、自溶合金溶射に用いることができる自溶合金粉末の組成は限定されている。自溶合金には、1,000℃以下に融点を有し、液相線と固相線の温度幅が広いことが求められる。融点が高過ぎると溶融が困難になるのみならず、溶融温度まで温度を上げることにより母材に対して熱影響を及ぼすことが懸念される。一方、温度幅が狭いと、再溶融処理時の温度制御が難しくなり、良質な皮膜が出来難くなる。
【0004】
自溶合金粉末として最も一般的に用いられているのがJIS H8303:2010に規定されているSFNi4(2.14A NiCrCuMoBSi 69 15 3 3A)である。SFNi4はCr:12wt%~17wt%、Mo:4wt%以下、Si:3.5wt%~5.0wt%、Fe:5wt%以下、C:0.4wt%~0.9wt%、B:2.5wt%~4.0wt%、Co:1wt%以下、Cu:4wt%以下、残部はNiからなるNi-Cr合金であり、幅広い環境での耐食性を有すると共に、HRCで50~60の高硬度を有するため、耐食性ならびに耐摩耗性に優れる合金である。SFNi4は、施工性(再溶融処理)にも優れるため、幅広い分野で使われている。また、特定の用途に対しては、SFNi4を改良した合金なども提案されている。
【0005】
例えば、Cr:10wt%~16.5wt%、Mo:4.0wt%以下、Si:3.0wt%~5.0wt%、Fe:15.0wt%以下、C:0.01wt%~0.9wt%、B:2.0wt%~4.0wt%、Cu:3.0wt%以下、O:50ppm~500ppm、残部はNi及び不可避的不純物からなり、Si/B:1.2~1.7を満たす、再溶融処理時の湯流れ性を抑えたNi基自溶性合金粉末、及びこのNi基自溶性合金粉末を溶射法により成膜した皮膜を有する耐食性および/または耐摩耗性に優れた部品が提案されている(特許文献1)。
【0006】
また、Cr:12wt%~17wt%、Mo:3wt%~8wt%、Si:3.5wt%~5.0wt%、Fe:5.0wt%以下、C:0.4wt%~0.9wt%、B:2.5wt%~4.0wt%、Cu:4.0wt%以下、O:200ppm以下、残部はNi及び不可避不純物からなり、0ppm≧-20Mo%+100を満たすNi基自溶性合金粉末が提案されている(特許文献2)。
【0007】
さらに、Cr:30.0wt%~42.0wt%、Mo:0.5wt%~2.0wt%、Si:2.0wt%~4.0wt%、Fe:5.0wt%以下、C:2.5wt%~4.5wt%、B:1.5wt%~4.0wt%、残部はNi及び不可避的不純物である溶射用Ni基自溶合金粉末が提案されている(特許文献3)。この溶射用Ni基自溶合金粉末は、アトマイズ法により作製され、粒子内部に粒径5μm以下のクロムカーバイドが均一に析出しており、高温エロージョン性が向上することが開示されている。
【0008】
さらに、Cr:12wt%~17wt%、Mo:4wt%以下、Si:3.5wt%~5.0wt%、Fe:5.0wt%以下、C:0.4wt%~0.9wt%、B:2.5wt%~4.5wt%、Cu:4.0wt%以下を含むNi基自溶性合金よりなる保護皮膜が鉄基金属管の外表面に形成されている熱交換用耐食・耐摩耗性伝熱管が提案されている(特許文献4)。
【0009】
しかし、従来のNi基自溶合金は、腐食と摩耗が同時に生じる耐食耐摩耗(エロージョン・コロージョン)に対して十分な耐環境性を有しているとは言えず、また高価なNiを大量に含むため材料が高コストになる、という欠点を有している。
【0010】
一方、安価なFeを主成分とした場合、合金の融点が上昇するため再溶融処理が難しくなることが知られており、JIS規格においてもFeをベースにした自溶合金は存在せず、Fe基合金は肉盛溶接として用いられることが一般的である。肉盛溶接は施工の際の入熱量が大きく基材に対する熱影響が大きく、変形などが生じる場合がある。
【0011】
Fe基肉盛用合金として、Cr:15~31wt%、Mo:10wt%以下、Si:2.5~4.5wt%、C:0.5~2.0wt%、B:0.5~3.5wt%、Mn:10wt%以下、Cu:7wt%以下、Ni:16wt%以下、Nb+V:8wt%以下、残部が鉄及び不可避不純物からなり、Crと(Si×B)との配合比率が特定の関係式を充足する低炭素-高シリコン-高クロム-ボロン-ニオブ系の鉄基耐食耐摩耗性合金が提案されている(特許文献5)。この合金は、炭化物を析出させることで硬度を上げて耐摩耗性を向上させると同時に、母材中のCrにより耐食性を発揮し、耐摩耗性と耐食性の双方に優れることが特徴である。そしてNi含有量が僅かなため、材料費がNi基合金に比べ安いことも特徴である。ただし、ごみ焼却炉のようなClを含む高温環境では、Niが耐食性向上に寄与することが確認されており、HR11N(28.5Cr-40Ni-1Mo-0.15N)が塩化物/硫酸塩を含む溶融性燃焼スラグが付着するような激しい高温腐食環境における耐食性能を発揮することが期待されると提案されている(非特許文献1)ことと照らし合わせると、Ni含有量が僅かな特許文献5の合金はClを含む高温環境での耐食性は不十分であると予想できる。実際に特許文献5で示される合金は、水溶液中での耐食性を評価しており、Clを含む高温環境では耐食性データは示されておらず、このような高温での耐食性は不十分と考えられる。
【0012】
また耐食性と耐摩耗性について言及されている合金の殆どは、耐食性と耐摩耗性の一方が優れることを謳われており、これらが同時に作用する腐食摩耗環境での特性について述べられているものは殆ど存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2015-143372号公報
【文献】特開2006-265591号公報
【文献】特開2006-161132号公報
【文献】特開2000-119781号公報
【文献】特許第4310368号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】大塚、工藤、名取、「ごみ発電ボイラ用高耐食材料HR11N」、住友金属、Vol.46 No.2、P.99(1994)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、腐食と摩耗が同時に作用する環境であっても、優れた耐環境性を有する合金皮膜を形成することができる自溶合金粉末ならびにその粉末を用いた合金皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明によれば、Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とするNi-Fe基合金粉末が提供される。
【0017】
また、本発明によれば、Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とするNi-Fe基合金粉末を溶射して合金皮膜を形成した後、当該合金皮膜を再溶融処理して基材と冶金学的に結合させ、合金皮膜中の気孔率を低減させることを特徴とする合金皮膜の製造方法が提供される。
【0018】
前記再溶融処理時の加熱温度の調節により、合金皮膜表面のこぶ状析出物の生成を制御することが好ましい。
再溶融処理として合金皮膜の基材側から加熱する高周波誘導加熱を用いることが好ましい。
【0019】
本発明において、「母材」とはNi-Fe基合金のマトリックスを意味し、「基材」とはNi-Fe基合金粉末を溶射して、表面に皮膜を形成する部材を意味する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の合金粉末は、安価なFeを高濃度で含むため、通常のNi基自溶合金に比べ材料費が安く、かつ自溶性を維持することができ、施工時の母材への熱影響を肉盛りに比べ大幅に低減できる。本発明により、廃棄物やバイオマスなどの焼却炉やボイラーなど、塩化物が関与する厳しい高温における腐食環境や腐食摩耗環境で、プロテクターのように伝熱効率を著しく損なうことなしに、伝熱管などの延命化を可能にする。その結果、伝熱管の熱交換効率を低下させることなく、かつ部材の延命化による装置稼動率を高めた焼却炉やボイラーを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】腐食摩耗性を評価するために実施例で用いた小型流動層試験装置の模式図である。
図2】Crを20質量%含むNi-Fe基合金粉末のFe含有量を変化させて腐食減量をプロットしたグラフであり、埋没腐食試験結果に対するFe含有量の依存性を示す。
図3】Crを20質量%含むNi-Fe基合金粉末のFe含有量を変化させて腐食増量をプロットしたグラフであり、気流中腐食試験結果に対するFe含有量の依存性を示す。
図4】Crを20質量%含むNi-Fe基合金粉末のFe含有量を変化させて腐食摩耗量をプロットしたグラフであり、腐食摩耗試験結果に対するFe含有量の依存性を示す。
図5】Feを30質量%含むNi-Fe基合金粉末のSi含有量を変化させて腐食摩耗量及び腐食増量をプロットしたグラフであり、腐食摩耗試験結果に対するSi含有量の依存性を示す。
図6】製造性に対するSiおよびBの影響評価を示す。
図7】再溶融処理によるこぶ状析出物の生成を比較して示す写真である。
図8】再溶融処理の効果を比較して示す写真である。
図9】実機暴露試験結果を比較して示す写真である。
図10】Ni-20Cr-4Fe合金とNi-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金の腐食摩耗試験後の表面写真である。
図11】Ni-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金の腐食摩耗試験後の断面STEM観察写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とする。以下に本発明の合金組成を元素別に説明する。
【0023】
[Cr:15質量%以上35質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Crを15質量%以上35質量%以下、好ましくは18質量%以上22質量%以下含む。Crは高温での耐食性を維持するために不可欠な元素であり、15質量%より少ないと十分な耐食性を発揮することができない。CrはBやCと析出物(Cr硼化物及びCr炭化物)を形成することで皮膜の硬度を上げて耐摩耗性を向上させる。一方、Crの含有量が多過ぎると融点上昇による皮膜施工性の悪化を招くため、35質量%を上限とすることが好ましい。
【0024】
[Fe:10質量%以上50質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Feを10質量%以上50質量%以下含む。Feは一般的にはNiに比べ耐食性が劣り、特に高温塩化腐食特性はNiに大きく劣ることが知られている。しかし、後述する腐食試験結果より、含まれる塩素分圧が低い場合はFeを含む方が耐食性は向上し、Feを10質量%以上含む場合に耐腐食摩耗性が大幅に上昇することを見出した。しかしFeの含有量を増やし過ぎると、高塩素分圧環境での耐食性が著しく低下し、かつ融点上昇により施工性が低下するため、50質量%を上限とすることが好ましい。
【0025】
[Mo:0質量%以上5質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Moを0質量%以上5質量%以下含む。ごみ焼却炉に代表される塩化腐食環境では、Moを9質量%含有するAlloy625が優れた耐食性を発揮することが知られている。しかし、後述する腐食試験を実施した結果、本発明のNi-Fe基合金においては、Moの含有量が7質量%になると耐食性が逆に悪化するこ
とがわかった。さらにMo含有量が増えると施工性も悪化した。一方、耐食耐摩耗性についてはMoの含有量を減らすと若干ではあるが減肉量が抑えられる結果となった。施工性および耐食耐摩耗性を重視する場合はMo含有量を抑えた0質量%以上3質量%以下が好ましく、耐食性を重視する場合は3質量%以上5質量%以下とすることが好ましい。
【0026】
[C:0.3質量%以上0.9質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Cを0.3質量%以上0.9質量%含む。Cは硬いCr炭化物などを形成し、溶射皮膜の硬度を向上させることに用いられることが一般的である。Cr炭化物を中心にした析出相が突出し、Ni-Fe母材が受ける摩耗を緩和することにより耐食耐摩耗性の向上に寄与する。Cの含有量が0.3質量%未満ではCr炭化物相の析出が不十分であるが、0.9質量%を越えるとNi母材中のCrが炭化物として消費され過ぎてしまい、耐食性が劣化する。
【0027】
[B:4質量%以上7質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Bを4質量%以上7質量%以下、好ましくは5質量%以上6質量%以下含む。Bは施工性(再溶融性)に不可欠な元素であると共に、母材の合金中でCr硼化物を形成して合金の硬化に寄与する。Cr硼化物が形成された合金を腐食環境に曝すと、金属である母材上に腐食生成物が形成される。ここで摩耗が関与することにより、腐食生成物が損傷を受け、腐食速度が上昇し、結果として母材の減肉が促進される。その結果、硬く耐摩耗性に優れたCr硼化物が突出し、優先的に流動媒体の衝突を受け、結果として母材が受ける摩耗条件を緩和し、母材の減肉量を抑制すると考えられる。ただしBの含有量が多すぎると、硼化物として消費されるCrが増えるため、母材の耐食性が低下し、かつ母材が硬すぎて脆くなるため、7質量%を上限とすることが好ましい。Cr炭化物も同様の働きであるが、本発明のNi-Fe基合金で主体的な役割を果たすのはCr硼化物である。
【0028】
[Si:0.3質量%以上2.0質量%以下]
本発明のNi-Fe基合金粉末は、Siを0.3質量%以上2.0質量%以下、好ましくは0.5質量%以上1.5質量%以下含む。Siは耐酸化性向上に寄与することが知られている。しかし後述する耐食耐摩耗性試験及び腐食試験の結果、Siの含有量が多すぎると耐食耐摩耗性が低下し、微量塩素含有環境においては耐食性が低下することがわかった。また、Siの含有量を0.3質量%よりも少なくすると、施工性(再溶融処理)が劣り、十分に再溶融せず、十分に緻密な皮膜を形成できないことがわかった。
【0029】
次に、本発明のNi-Fe基合金粉末を用いて形成することができる合金皮膜の特長を説明する。
基材上に合金皮膜を形成させる場合の課題として、基材と合金皮膜の密着性が挙げられる。また合金皮膜中に気孔が存在すると、気孔を介して腐食成分が合金皮膜と基材の界面に侵入し、基材が腐食し、結果として合金皮膜の剥離を引き起こす。これらを改善させる方法として、皮膜となる合金を溶融することが挙げられる。それにより基材と合金皮膜が冶金学的に結合し、密着性を改善することができる。また溶融することにより、気孔を低減させることにも効果がある。
【0030】
図8に溶射皮膜の断面写真を示す。図8左側の写真から、溶射したままの皮膜中には多数の気孔が存在していることがわかる。これらの気孔は三次元的に表面と繋がっており、腐食成分の皮膜内部への侵入を可能にする。一方、図8中央及び右側の写真から、高周波誘導加熱(図8中央)およびガス加熱(図8右側)の何れにおいても、気孔が大幅に低減され、表面と繋がった開気孔は消失している。また基材と溶射皮膜の界面では、溶射のままでは界面の凹凸が激しく冶金学的な結合は見られないが、図8中央及び右側の写真の下部に見られるように、再溶融処理後には冶金学的な反応層が存在していることが確認でき
る。
【0031】
腐食摩耗現象の特徴として、腐食生成物が摩耗により連続的に剥離して減肉が促進されるため、摩耗条件よりも腐食条件が大幅に厳しい場合には、金属表面が腐食生成物に覆われて腐食摩耗速度が緩和されることになる。逆に言えば、摩耗条件を緩和して腐食が主体的に進行する環境にすることにより、腐食摩耗速度を緩和させることができる。合金皮膜の表面に凹凸を設けることにより、表面の凹部では摩耗条件が緩和され、腐食生成物が成長し易くなり、粉砕されて細かくなった流動媒体粒子などが入り込んで付着及び成長することにより合金の表面を保護するため、耐腐食摩耗性を向上させ、減肉を抑制することができる。合金皮膜の表面の凹凸は、後述する再溶融処理により形成されるこぶ状析出物であってもよい。
【0032】
次に、本発明の合金皮膜の製造方法を説明する。
本発明の合金皮膜の製造方法は、Crを15質量%以上35質量%以下、Feを10質量%以上50質量%以下、Moを0質量%以上5質量%以下、Siを0.3質量%以上2質量%以下、Cを0.3質量%以上0.9質量%以下、Bを4質量%以上7質量%以下含み、残部がNi及び不可避不純物からなることを特徴とするNi-Fe基合金粉末を溶射して合金皮膜を形成した後、当該合金皮膜を再溶融処理して基材と冶金学的に結合させ、合金皮膜中の気孔率を低減させることを特徴とする。
【0033】
再溶融処理の方法としては、バーナー加熱や電気炉を使った熱処理などの代表的な手法、及び高周波誘導加熱を制限なく用いることができる。本発明の合金皮膜の製造方法における再溶融処理は、皮膜側からの加熱ではなく、基材側から加熱することが好ましい。皮膜表面側から加熱すると、溶射時に巻き込まれた酸化物などの不純物が溶射皮膜内部に残存することがある。基材側から加熱すると、不純物が表面側に浮き上がり、皮膜内部から除去することができるため、良質な溶射皮膜を形成することが可能になる。基材側から加熱する方法として、高周波誘導加熱を好ましく用いることができる。
【0034】
再溶融処理時の加熱温度の調節により、合金皮膜表面のこぶ状析出物の生成を制御することができる。たとえば、再溶融処理時の加熱温度を1070℃以上1140℃以下に制御することにより、表面にこぶ状析出物を生成させ、表面に凹凸を付けることができる。
【0035】
加熱温度と、生成するこぶ状析出物の比率(こぶ状析出物が表面を被覆する割合)には概ね下記表1に示す関係性がある。
【0036】
【表1】
【0037】
加熱温度が低いと溶融不足になり粒子間の結合が低く、残存気孔が増加する。加熱温度が高すぎると施工が困難になるため、好ましい再溶融処理温度としては、1070℃以上1140℃以下の範囲である。より好ましくは1100℃以上1120℃以下の範囲であ
る。
【0038】
本発明のNi-Fe基合金粉末を溶射する基材としては特に限定されず、通常の合金皮膜を必要とする金属などの基材に適用することができる。特に、厳しい腐食摩耗環境下で使用する伝熱管などを基材として、本発明のNi-Fe基合金粉末を溶射する場合に、優れた耐腐食耐摩耗性を基材に付与することができる。
【実施例
【0039】
図1に示す小型の流動層試験装置を用いて、Ni-Fe基合金粉末の腐食摩耗特性を評価した。流動層試験装置1は、流動媒体による流動層4を形成させる容器2と、容器2の外周に設けられている電気炉3とを具備する。容器2の底部には流動媒体を保持し且つ流動化空気を供給するガラスフィルタ5が設けられている。容器2の上部の試験部6には、流動層4の内部又は上方に試験片Sを保持する試験片ホルダー(水冷銅ブロック)7が設けられている。試験片ホルダー7には冷却水を供給する冷却水導管8が接続されている。
【0040】
流動層試験装置1の試験片ホルダー7に試験片Sを取り付け、電気炉3による外部加熱により容器2内の雰囲気ガスおよび流動媒体を700℃に保ち、試験片ホルダー7に供給する冷却水により間接冷却することによって試験片Sの表面を350℃に冷却し、雰囲気と試験片Sに温度勾配を付け、実機の伝熱管環境を再現した。試験片ホルダー7には一度に3枚の試験片Sをセットすることができる。流動層4の下部から供給する空気により流動層4の流動条件を変化させ、さらに流動媒体中に塩化物を混合させて腐食性の環境を再現した。
【0041】
[実験1]腐食摩耗特性
腐食摩耗挙動を把握するため、流動層試験装置1を用いた腐食摩耗試験を実施し、比較のため腐食試験、硬さ測定を併せて実施した。腐食摩耗試験では、流動媒体としては平均粒径0.45mmの珪砂中に0.5質量%の塩(25wt%NaCl-25wt%KCl-50wt%CaCl混合塩(以下、混合塩1))を添加した。流動層を形成するための空気供給量は25L/minとし、2.5Umf比に相当する空気量を流し、250時間の試験を行った。
【0042】
腐食摩耗量(μm)は、レーザー厚み計を用いて試験前後の試験片厚みを測定し、試験前の試験片厚みと試験後の試験片厚みの差より求めた。
腐食試験では、ガスの移動速度が1mm/secとなるように空気を流した管状炉のガス上流側に混合塩1、下流側に試験片Sを別々に設置し、混合塩1の融点以上である550℃に加熱した。上流側に置いた混合塩1の一部が塩化物蒸気として試験片設置部に到達する環境中で100時間加熱保持し、重量増加量から腐食増量(mg/cm)を求めた。
【0043】
また、ビッカース硬さ測定を併せて実施した。試験片Sは、モデル合金としてNi-20Cr-4Feをベースに、0質量%~7質量%までMo含有量を変化させた合金をアーク溶解で作製した。
【0044】
試験結果の一覧を表2に示す。
腐食摩耗量は、Mo含有量が少ない方が優れる結果となった。一方、腐食増量はMo含有量の増加と共に低下するが、Ni-20Cr-4Fe-5Mo(wt%)で腐食増量が最小化し、Ni-20Cr-4Fe-7Mo(wt%)では逆に腐食増量が増えており耐食性が低下することがわかった。
【0045】
硬さ(Hv)は、Mo含有量が高いものほど硬くなった。一般的に硬い材料ほど耐摩耗
性が優れるため、Mo含有量が高い合金ほど耐摩耗性が優れるといえる。
以上の結果より、耐食性や耐摩耗性はMoを5質量%以上7質量%以下含む方が優れる結果となったが、耐腐食摩耗特性はMoの含有量が少ない方が優れる結果となった。言い換えると、耐腐食摩耗特性に優れる合金と、耐食性および耐摩耗性に優れる合金とは異なる材料特性を有し、耐腐食摩耗性に優れる合金を評価するためには、腐食摩耗そのものの評価を行う必要があるといえる。以上の実験結果から、先行技術文献に開示されている合金の耐食性と耐摩耗性の個別の評価からは、耐腐食摩耗性を評価することができないことは明白である。
【0046】
【表2】
【0047】
[実験2]腐食に対するFeの影響評価
実験1で使用した混合塩1中に試験片Sを埋没させ、混合塩1の融点以下である450℃で400時間、Ni-20Cr-Fe合金の腐食試験を行った。試験片Sに付着した塩を除去する際、腐食生成物も一部同時に除去されるため、腐食試験後に腐食生成物を全て除去し、腐食による重量減少量(腐食減量)を求めた。合金中Fe含有量に対して腐食減量をプロットした結果を図2に示す。Fe含有量が50質量%程度までは腐食減量は0.05mg/mm以下でバラツキの範囲にあるが、Fe含有量が50質量%を超えると腐食減量は0.1mg/mmを超えて急激に増加しており、明らかに耐食性が低下することがわかる。
【0048】
さらにFeの影響を明確にするため、Ni-20Cr-Fe合金を、実験1の腐食試験と同様の方法で耐食性を評価した。結果を図3に示す。図3から、Fe含有量が増えるにつれて腐食増量は減少しており、塩化物蒸気の気流中での耐食性は、Fe含有量が増えるほど向上するといえる。
【0049】
図2(埋没試験結果)と図3(気流中試験結果)を比較すると、雰囲気の塩素分圧が塩化物蒸気の気流中試験では埋没試験に比べて小さいと考えられることから、塩素分圧が低い場合はFe含有量が多いほど耐食性が向上し、塩素分圧が高い場合はFe含有量が50質量%を超えると耐食性に悪影響を及ぼすことが明らかとなった。
【0050】
[実験3]腐食摩耗に対するFeの影響評価
図1の腐食摩耗試験装置を用いて、実験1と同様の条件で、Fe含有量を0質量%、10質量%及び30質量%に変えて、Ni-20Cr-Fe合金の耐腐食摩耗特性を評価した。結果を図4に示す。図4から、Feの含有量が多くなるほど腐食摩耗量が減少してお
り、耐腐食摩耗特性が大幅に向上するといえ、Fe含有量が10質量%を超えるとその効果が顕著になることがわかる。
【0051】
[実験4]腐食及び腐食摩耗に対するSiの影響評価
Ni-20Cr-30Fe合金中のSi含有量を0質量%~4質量%まで変化させ、実験1と同じ条件で、腐食摩耗と前述した塩化物蒸気の気流中で腐食試験を実施した。図5に腐食と腐食摩耗に対するSiの影響を評価した結果を示す。Si含有量が増えるほど腐食摩耗量(丸印で示す)及び腐食増量(四角印で示す)ともに増えており、耐腐食摩耗性及び耐食性が共に低下することがわかった。材料特性の観点からSiは含まない方が望ましいが、溶射皮膜の製造性を確保するため一定量が必要となる。
【0052】
[実験5]Cu、CおよびBの影響評価
Cu、C及びBの影響を評価するため、Cu、C及びBを表3に示す量(質量%)だけ添加したNi-20Cr合金(表3に明記していないが、残部はNi及び不可避不純物である)を用いて、実験1と同じ条件で腐食摩耗試験を実施した。比較材として、JIS-SFNi4を用いた。結果を表3に示す。Cuを添加すると腐食摩耗量が多く耐腐食摩耗性は悪化するが、C又はBを添加すると腐食摩耗量は少なく耐腐食摩耗性が向上することがわかる。C及びBは合金中でCrなどと結合してCr炭化物やCr硼化物などの析出物を形成することが知られており、これらの析出物が耐腐食摩耗性を向上させていると考えられる。
【0053】
またTG-DTA測定によってこれら合金の融点(℃)を測定すると、B含有合金は融点が低く、Bは融点低下にも効果があり製造性向上に寄与することがわかる。本実験により得られる知見はFeの有無によって変動するものではないので、Ni-Fe系合金にも当てはまると考えられる。
【0054】
【表3】
【0055】
[実験6]製造性に対するSiおよびBの影響評価
溶射後に再溶融処理を行う場合、合金融点が高く、液相線と固相線の幅が狭いと、処理が難しくなることが知られ、SiおよびBはこの製造性に影響する。Ni-20Cr-10Fe-0.5C合金中のSiとBの濃度を変化させたNi基合金粉末を製造し、溶射後に再溶融処理を行い、製造性を評価した。Ni-20Cr-10Fe-0.5C-2Si-4Bについての試験結果の外観写真を併せて結果を図6に示す。従来の溶射材と同レベルの材料(4Si-3B)からSiを減らすと製造性が悪化し、2Si-4B合金の結果(Si含有量2質量%、B含有量4質量%の合金の評価は「×」である)に見られるとおり、再溶融処理時に皮膜表面に割れが生じ、健全な皮膜が形成されなかった。しかしSiを減らしても、Bを増やすことにより製造性が改善し、健全な合金皮膜が形成可能なことがわかった。ただし、B量を上げてもSiを添加しないと製造は困難で、0.3質量%程度のSiが必要なことがわかった。
【0056】
[実証試験1]流動層試験装置評価
表4に示す組成の合金(各成分の含有量は質量%で示し、残部はNi及び不可避不純物
である)を製造し、実験1の方法にて腐食摩耗特性を評価した。No.1~10まではアーク溶解で試験片を製造し、No.11~13は粉末を製造して溶射を行い、その後、高周波誘導加熱による再溶融処理を行った。No.11~13の合金粉末は、Feを10質量%未満含むNo.1~8及びFeを50質量%超過含むNo.9に比べて、腐食摩耗量が10μm以下で且つ腐食増量が0.200mg/cm以下と共に低く、優れた耐腐食摩耗性を示すことがわかる。
【0057】
【表4】
【0058】
[製造試験1]再溶融処理方法の検討
No.12の合金粉末を用いて溶射を行い、高周波誘導加熱により再溶融処理を行ったところ、表面にこぶ状析出物が生成し表面が凹凸になる場合があることがわかった。これを詳細に検討し、高周波誘導加熱を用いて温度を1070℃、1120℃及び1140℃に変えて再溶融処理を行った。結果を図7に示す。再溶融処理温度が低い(1070℃)とこぶ状析出物の発生が顕著になり、温度を上げる(1120℃及び1140℃)とこぶ状析出物の生成量が抑えられ、温度条件を制御することにより表面状態を制御することが可能なことがわかった。
【0059】
再溶融処理方法の比較のため、ガス加熱による再溶融処理を行った皮膜の断面写真を図8に示す。溶射したまま(図8左)だと皮膜中に多数の気泡が存在し、また基材と溶射皮膜は物理的に結合しているのみであるが、図8中央及び右に示すように、再溶融処理することで合金化して基材との密着性が向上する。さらに高周波誘導加熱の場合(図8中央)、基材側から加熱することで、皮膜中に気泡などが残存することを防止できる。一方、ガス加熱の場合(図8右)、皮膜側からの加熱となるため、気泡などが皮膜内部に残存する場合が生じる。溶射後の高周波誘導加熱により再溶融処理により、皮膜内部に残存する気泡を顕著に減少させることができ、優れた耐食性を付与できることがわかる。
【0060】
[実証試験2]実機暴露試験
実機の流動層バイオマスボイラの流動層内に用いる熱電対保護管に本発明のNi-Fe基合金粉末(Ni-20Cr-30Fe-0.8Si-5.5B-0.5C)を用いて合金皮膜を形成し、約半年間の暴露試験を行った。合金皮膜は、Ni-Fe基合金粉末を溶射後に高周波誘導加熱を用いて再溶融処理を行った。その結果、表面にこぶ状析出物が発生したため、減肉測定を行う関係上、可能な限りこぶ状析出物を除去し試験を行った。結果を図9に示す。こぶ状析出物が存在しない部分について、ノギスおよび超音波肉厚測定により肉厚の変化を測定した。減肉量は最大で0.1mm程度と軽微であり、実機での長期的な耐久性が確認できた。一方、試験前に存在していたこぶ状析出物の多くは損傷を受けずに減肉も見られなかった。このような表面の凹凸が実機において消失することなく、十分な耐久性を有していることが確認できた。
【0061】
[実験7]こぶ状析出物の評価
実験1と同様の方法で腐食摩耗試験を行った、Ni-20Cr-4Fe合金とNi-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金の試験後の表面写真を図10に示す。減肉量の多いNi-20Cr-4Feは表面がフラットであったのに対し、減肉量が少ないNi-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金は表面に凹凸が見られた。このNi-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金の試験後の断面STEM観察結果を図11に示す。凸部は非常に硬いB化合物などの析出物であり、減肉が進行している凹部はNi-Fe-Crを中心とする母材である。Ni-20Cr-4Fe合金はBやCを含まないためこのような析出物が存在せず、表面に凹凸が形成されず減肉が進行し、Ni-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金は凹凸が形成されることにより減肉が抑制された。実際に、凹部を詳細に観察すると、表面が酸化被膜で覆われていることが確認できた。この酸化被膜が摩耗及び腐食に対し保護的な役割を果たし、減肉を抑制したと考えられる。
【0062】
この凹凸の効果を実証するため、Ni-20Cr-30Fe-1Si-5.5B-0.5C合金の再溶融処理温度を変化させこぶ状析出物の被覆率を変化させた試験片の腐食摩耗試験結果を表5に示す。
【0063】
【表5】
【0064】
こぶ状析出物の被覆率が0%の試験片は、表面を加工して、凹凸を無くしたものである。レーザー厚み計により減肉量を直接測定することはできないため、減肉量は、重量減少量を測定し、こぶ状析出物の被覆率が0%の試験片を1とした相対値(%)で示した。被
覆率が20%程度では十分な効果は得られないが、30%程度で減肉量が2/3程度に減少し、さらに被覆率が増えるに従って減肉量が抑えられ、表面に凹凸を設けることの有効性を確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0065】
以上のとおり、本発明によれば、従来品と同程度以上の耐食性を有し、かつ耐食耐摩耗性に優れたNi-Fe基合金粉末が提供される。本発明のNi-Fe基合金粉末を用いて、バイオマスなど塩素を含む原料を燃料とする流動層ボイラーにおいて、伝熱管などの表面に合金皮膜を施工することにより装置の延命化を図ることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11