(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-25
(45)【発行日】2022-04-04
(54)【発明の名称】低酸味発酵乳の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/123 20060101AFI20220328BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20220328BHJP
【FI】
A23C9/123
C12N1/20 A
(21)【出願番号】P 2017028318
(22)【出願日】2017-02-17
【審査請求日】2020-02-14
【微生物の受託番号】IPOD FERM BP-19638
【微生物の受託番号】NPMD NITE BP-02411
(73)【特許権者】
【識別番号】000006138
【氏名又は名称】株式会社明治
(74)【代理人】
【識別番号】100116850
【氏名又は名称】廣瀬 隆行
(74)【代理人】
【識別番号】100165847
【氏名又は名称】関 大祐
(72)【発明者】
【氏名】柏木 真理
(72)【発明者】
【氏名】井上 暢子
(72)【発明者】
【氏名】長岡 誠二
【審査官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/005601(WO,A1)
【文献】特開2015-159749(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192905(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/068790(WO,A1)
【文献】NAGAOKA S. et al.,Improvement effect of the viability for probiotic Bifidobacterium adolescentis KH96 in a yogurt that,Milk Science,2015年,vol.64 no.3,p.201-206
【文献】XU Z. et al.,Influence of Different Acidifying Strains of Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus on the Qual,Food Science and Technology Research,2015年,21(2),p.263-269
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23C
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料ミックスに乳酸菌スタータを添加して発酵乳基材を得る工程と,
前記発酵乳基材を35℃~50℃で発酵させる発酵工程と,を含み,
前記乳酸菌スタータは,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株(寄託受領番号:NITE ABP-02411),並びにStreptococcus thermophilus OLS3290株(寄託番号:FERM P-19638)又はOLS3615株(寄託番号:NITE BP-01696)を含み,
前記発酵工程において,前記発酵乳基材のpHが4.6から4.4にまで低下するまで3時間以上
かけて前記発酵乳基材を発酵させる
発酵乳の製造方法。
【請求項2】
前記発酵工程において,前記原料ミックスに前記乳酸菌スタータを添加してから前記発酵乳基材のpHが4.6に到達するまでの所要時間は,9時間以内である
請求項1に記載の発酵乳の製造方法。
【請求項3】
前記乳酸菌スタータは,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株(寄託受領番号:NITE ABP-02411)及びStreptococcus thermophilus OLS3290(寄託番号:FERM P-19638)を含む
請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株(寄託受領番号: NITE ABP-02411)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,発酵乳の製造方法に関する。具体的に説明すると,本発明は,発酵中の酸味の上昇を抑制した発酵乳の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
発酵乳は,日本の「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」(以下「乳等省令」という)において,乳又はこれと同等以上の無脂乳固形分を含む乳等を乳酸菌又は酵母で発酵させ,糊状又は液状にしたもの又はこれらを凍結したものをいうと定義されている。発酵乳の例は,セットタイプヨーグルト(固形状発酵乳),ソフトタイプヨーグルト(糊状発酵乳),及びドリンクタイプヨーグルト(液状発酵乳)である。セットタイプヨーグルトは,主に容器に充填した後に原料ミックスを発酵させ,容器内で固化させることにより得られる。ソフトヨーグルトは,原料ミックスを発酵させた後にカードを破砕し,必要に応じて果肉やソースなどと混合してから容器に充填することにより得られる。ドリンクヨーグルトは,原料ミックスを発酵させた後に均質機などで液状とし,必要に応じて糖液や果肉ソースなどと混合してから容器に充填することにより得られる。
【0003】
また,日本の乳等省令の成分規格において,発酵乳は,無脂乳固形分が8.0%以上であって,総乳酸菌数が1.0×107cfu/g以上でなければならないと定められている。さらに,FAO/WHOによるヨーグルトの国際規格においても,最終製品中には,微生物(ブルガリア菌,サーモフィルス菌)が多量に生存していなければならないと規定されている。
【0004】
このように,発酵乳は,乳酸菌などの生菌を多量に含むものである。一般的に発酵乳が安定した組織となるpH4.6以下となった後に,例えば発酵乳を濃縮するために,発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)で長時間保持した場合,乳酸菌が生成する乳酸などによってpHが低下して,酸味が強くなってしまう。このように,発酵乳を発酵促進温度域で長時間保持した場合,濃縮開始直後のものと比べて,経時によりpHが低下することとなるため,発酵乳の風味や品質を長期間一定に保つことが困難であるとされていた。
【0005】
そこで,例えば,嗜好性の高い高濃度ヨーグルトを製造するために,発酵前に乳を濃縮するか,あるいは乳に乳成分粉体を添加して濃厚ヨーグルトミックスを調製した後に発酵させる製造方法が知られている(特許文献1)。また,発酵後のヨーグルトを膜処理や遠心分離により濃縮し,濃厚感を付与したヨーグルトの製造方法も知られている(特許文献2)。その他の方法としては,酸生成能力の低い乳酸菌スタータを用いる方法も考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-14707号公報
【文献】特開2005-318855号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら,特許文献1に開示された方法では,乳原料由来のミネラル分や乳成分粉体自体の風味により,粉っぽさや苦味や塩味が強まるという課題がある。また,特許文献2に開示された方法では,発酵に使用する乳酸菌スタータによっては濃縮工程中に酸味が上昇してしまい,最終的に得られる濃縮ヨーグルトの嗜好性が低下する場合がある。
【0008】
さらに,酸生成能力の低い乳酸菌スタータを用いる場合,発酵時間が長く工業的な大量生産に適さなかったり,pH4.6から4.4まで低下する経過時間が短く,速やかに冷却しなければ品質(特に酸味)の程度にバラツキが生じる問題がある。すなわち,発酵乳を工業的に大量生産する場合において,その製造効率を考えると,pH6.6~pH4.6程度までの発酵前半期においては,原料ミックスの発酵速度を速く(発酵時間を短く)することが望ましい。しかし,発酵速度を速くすると,乳酸等が早期に産生されることとなるため,発酵乳を発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)で長時間保持したときに,発酵後半期においてpHがより低下し,酸味の程度が強くなるという問題がある。この問題に対して,発酵前半期における発酵速度を発酵乳の大量生産に適した速度に維持しつつ,発酵後半期におけるpHの低下を効率的に抑制することのできる技術は未だ提案されていない。
【0009】
また,特にギリシャヨーグルトを代表とする濃縮発酵乳では,発酵乳を静置して軽液(ホエイ)と重液(濃縮発酵乳)とに分離する濃縮工程に数時間を要するため,その間にさらに発酵が進むことで,最終的に得られる製品の酸味がより強くなるという課題がある。このような課題の対策として,濃縮工程において,濃縮前の発酵乳の温度を下げることで発酵を抑制することもできるが,軽液と重液の分離効率が極めて低下する。また,その他の対策として,酸生成能力が低い乳酸菌スタータを用いるという方法もあるが,発酵時間が長くなり濃縮発酵乳の工業的な生産には適さないという問題がある。このため,濃縮発酵乳の工業的生産を考えた場合,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌などの一定の酸生成能力を持つ乳酸菌スタータを使用し,濃縮工程において発酵乳の温度を40℃前後に維持することが望ましい。しかし,このような条件では濃縮工程において発酵乳の発酵が進行してしまい,やはり最終製品(濃縮発酵乳)の酸味が強くなる。このように,濃縮発酵乳の酸味や発酵臭の抑制は困難であるとされている。
【0010】
そこで,本発明は,基本的に,特に発酵後半期においてpHの低下を効果的に抑制することのできる発酵乳の製造方法及び乳酸菌スタータの菌株を提案することを目的とする。また,本発明は,例えば濃縮発酵乳を製造するにあたり,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌などの一定の酸生成能力を持つ乳酸菌スタータを使用し,濃縮工程において発酵乳の温度を40℃前後に維持する場合であっても,濃縮工程においてpHの低下を抑制し,酸味や発酵臭が抑制された濃縮発酵乳を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1の側面は,発酵乳の製造方法に関する。本発明に係る製造方法は,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加して発酵乳基材を得る工程と,この発酵乳基材を35℃~50℃で発酵させる発酵工程とを含む。ここで,発酵工程において,発酵乳基材のpHが4.6から4.4にまで低下するまでの所要時間は,3時間以上である。
【0012】
上記のように,pHが4.6~4.4に低下するまでの所要時間を3時間以上とすることで,例えば濃縮発酵乳を製造する場合であっても,濃縮工程においてpHの低下を抑制し,酸味や発酵臭が抑制された濃縮発酵乳を得ることができる。なお,本発明は,発酵乳の製造方法全般に適用することができ,濃縮発酵乳の製造方法に限定されるものではない。
【0013】
本発明に係る発酵乳の製造方法において,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加してから発酵乳基材のpHが4.6に到達するまでの所要時間は,9時間以内であることが好ましい。pH4.6に到達するまでの所要時間は,8時間以下であることがより好ましく,7.5時間以下であることが特に好ましい。
【0014】
上記のように,乳酸菌スタータ接種完了時からpH4.6に達するまでの時間を9時間以下とすることで,発酵乳の製造効率が低下するのを回避できる。すなわち,発酵前半期においては発酵乳の発酵速度を維持しつつ,発酵後半期においてはpHの低下を効果的に抑制することができる。具体的には,発酵乳の冷却条件を緩和することができるため,設備投資の圧縮や省エネ化が図れる。また,製造トラブル等が起こっても,発酵乳の過発酵による品質低下を抑制できる。また,過度の急冷による粘度低下や乳酸菌数低下を防ぐことができる。さらに,ギリシャヨーグルトといった濃縮発酵乳を製造する場合において,濃縮効率の高い製造条件(例えば発酵温度35℃~50℃)にて,酸味の抑制された製品を調製できる。
【0015】
本発明に係る発酵乳の製造方法は,特定の菌学的性質を有するブルガリア菌及びサーモフィルス菌を含む乳酸菌スタータを使用することが好ましい。具体的に説明すると,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌は,それぞれ,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で12時間単菌培養したときに,当該培地の乳酸酸度が0.8以上1.0未満となる菌学的性質を有することが好ましい。さらに,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌は,同測定条件下において,培地のpHが4.1以上4.6以下となる菌学的性質を有することが好ましい。なお,乳酸菌スタータは,上記のブルガリア菌及びサーモフィルス菌のみからなるものであってもよい。
【0016】
上記のように,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌の中から上記の培養条件を満たす菌株を選択して原料ミックスに接種することにより,乳酸菌スタータ接種完了時からpH4.6に達するまでの時間を9時間以下に維持しつつ,発酵乳基材のpHが4.6から4.4にまで低下するまでの所要時間を3時間以上とすることが可能である。すなわち,上記単菌培養後の乳酸酸度が0.80以上であれば,発酵開始よりpH4.6に到達するまでの所要時間がより短くなり,生産性をさらに高めることができる。また,上記単菌培養後の乳酸酸度が1.0未満であれば,発酵後半期におけるpH低下(酸度上昇)をより効果的に抑制できる。また,本発明では,特定の菌株のブルガリア菌及びサーモフィルス菌を乳酸菌スタータとして使用すれば,発酵後半期における発酵乳のpH低下を抑制できるため,発酵工程において特殊な処理を行う必要がなく,発酵乳を大量生産するにあたり生産性を維持することができる。
【0017】
本発明に係る発酵乳の製造方法において,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌及びサーモフィルス菌は,脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で混合培養したときに,9時間以内にpHが4.6以下に低下する菌株の組み合わせから選択されることが好ましい。また,乳酸菌スタータは,このようなブルガリア菌及びサーモフィルス菌の菌株の組み合わせのみからなるものであってもよい。
【0018】
本発明に係る発酵乳の製造方法において,ブルガリア菌は,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株(寄託番号:NITE BP-02411)であることが好ましい。また,サーモフィルス菌は,Streptococcus thermophilus OLS3290株(寄託番号:FERM BP-19638)又はOLS3615株(寄託番号:NITE BP-01696)であることが好ましい。特に,ブルガリアは,OLL205013株であり,サーモフィルス菌は,OLS3290株であることが好ましい。乳酸菌スタータは,これらの特定の菌株のブルガリア菌及びサーモフィルス菌の組み合わせからなる。
【0019】
後述する実施例に示したとおり,本発明者らは,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株とStreptococcus thermophilus OLS3290株(又はOLS3615株)を組み合わせた乳酸菌スタータを使用することで,本発明の効果をより顕著に発揮できることを見出した。
【0020】
本発明の第2の側面は,乳酸菌スタータに含まれる乳酸菌(ブルガリア菌)の菌株に関する。本発明の乳酸菌は,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013株(寄託番号:NITE BP-02411)である。なお,このOLL205013株は,以下の菌学的性質を持つ。
a)OLL205013株は,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で12時間単菌培養したときに,当該培地の乳酸酸度が0.8以上1.0未満となる。
b)OLL205013株は,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で12時間単菌培養したときに,当該培地のpHが4.1以上4.6以下となる。
c)OLL205013株は,脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で他のサーモフィルス菌と混合培養したときに,9時間以内にpHが4.6以下に低下する。
【0021】
後述する実施例に示したとおり,本発明者らは,上記のOLL205013株を用いることで,汎用的に,発酵前半期における発酵速度を高め,発酵後半期におけるpHの低下を抑制できることを見出した。すなわち,ブルガリア菌とサーモフィルス菌を混合した発酵乳製造用のスタータを生成するにあたり,ブルガリア菌にOLL205013株を利用すれば,サーモフィルス菌にある程度どのような菌株のものを利用したとしても,発酵前半期における発酵速度を高めつつ,発酵後半期におけるpHの低下を抑制することができることが,本発明者らの研究により明らかになった。従って,本発明の特徴的な効果は,OLL205013株がその中核をなしているものであると推察される。
【発明の効果】
【0022】
本発明は,発酵後半期においてpHの低下を効果的に抑制することのできる発酵乳の製造方法及び乳酸菌スタータを提供する。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下,図面を用いて本発明を実施するための形態について説明する。本発明は,以下に説明する形態に限定されるものではなく,以下の形態から当業者が自明な範囲で適宜変更したものも含む。
【0024】
本願明細書において,「寄託番号:FERM…」とは,ブダペスト条約上の国際寄託当局である独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターにおける寄託番号を意味する。また,「寄託番号:NITE…」とは,ブダペスト条約上の国際寄託当局である独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センターにおける寄託番号を意味する。
【0025】
本願明細書において,「A~B」とは,特に断りのない限り「A以上B以下」であることを意味する。
【0026】
本願明細書において,「原料ミックス」とは,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分を含む液体であり,スタータ添加工程前の状態のものを意味する。ここで,生乳とは,例えば,牛乳などの獣乳をいう。原料ミックスには,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分の他に,その加工品(例えば,全脂粉乳,全脂濃縮乳,脱脂粉乳,脱脂濃縮乳,練乳,ホエイ粉,バターミルク,バター,クリーム,チーズ,ホエイタンパク質濃縮物(WPC),ホエイタンパク質単離物(WPI),α-ラクトアルブミン(α-La),β-ラクトグロブリン(β-Lg)など)を含むことができる。また,「発酵乳基材(ヨーグルトベース)」とは,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加した後の状態のものを意味する。また,「発酵乳」とは,発酵乳基材を発酵させることにより得られる,発酵工程終了後の状態の製造結果物を意味する。
【0027】
本発明は,発酵乳の製造方法に関する。発酵乳の例は,ヨーグルトである。発酵乳は,セットタイプヨーグルトやソフトタイプヨーグルトであってもよいし,ドリンクタイプタイプヨーグルトであってもよい。また,本発明によって製造された発酵乳を,フローズンヨーグルトの材料として用いることも可能である。また,本発明によって製造された発酵乳を,チーズの材料として用いることも可能である。本発明において,発酵乳とは,乳等省令で定義される「発酵乳」,「乳製品乳酸菌飲料」,「乳酸菌飲料」などのいずれであってもよい。
【0028】
本発明に係る発酵乳の製造方法は,基本的に,原料ミックスの調製工程,加熱殺菌工程,一次冷却工程,スタータ添加工程,加温工程,発酵工程,及び二次冷却工程を含む。
【0029】
発酵乳の製造にあたり,最初に,原料ミックス調製工程が行われる。原料ミックス調製工程は,発酵乳の材料となる原料ミックスを調製する工程である。原料ミックスは,ヨーグルトミックスとも呼ばれる。本発明において,原料ミックスには,公知のものを用いることができる。例えば,原料ミックスは,生乳のみからなるもの(生乳100%)であってもよい。また,原料ミックスは,生乳,全脂乳,脱脂乳,ホエイなどの乳成分の他に,その加工品(例えば,全脂粉乳,全脂濃縮乳,脱脂粉乳,脱脂濃縮乳,練乳,ホエイ粉,バターミルク,バター,クリーム,チーズ,ホエイタンパク質濃縮物(WPC),ホエイタンパク質単離物(WPI),α-ラクトアルブミン(α-La),β-ラクトグロブリン(β-Lg)など)を混合して調製したものであってもよい。また,原料ミックスには,乳成分の他にも,豆乳,砂糖,糖類,甘味料,香料,果汁,果肉,ビタミン,ミネラル,油脂,セラミド,コラーゲン,ミルクリン脂質,ポリフェノールなどの食品,食品成分および食品添加物などを含むことができる。また,原料ミックスには,必要に応じて,ペクチン,大豆多糖類,CMC(カルボキシメチルセルロース),寒天,ゼラチン,カラギナン,ガム類などの安定剤,増粘剤,ゲル化剤などを含むことができる。原料ミックス調製工程では,原料ミックスを均質化する均質化工程により,原料ミックスに含まれる脂肪球などを微硫化(粉砕)することが好ましい。この均質化工程により,発酵乳の製造過程や製造後において,原料ミックス,発酵乳基材,発酵乳の脂肪分が分離することや浮上することを抑制や防止できる。
【0030】
加熱殺菌工程は,原料ミックス調製工程後に行われる。加熱殺菌工程は,原料ミックスを加熱して殺菌する工程である。例えば,加熱殺菌工程では,原料ミックスの雑菌を殺菌できる程度に,加熱温度及び加熱時間を調整して加熱処理すればよい。本発明において,加熱殺菌工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,加熱殺菌工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,スチームインジェクション式加熱装置,スチームインフュージョン式加熱装置,通電式加熱装置などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。そして,加熱殺菌工程では,ヨーグルトがプレーンタイプやハードタイプやソフトタイプの場合などにおいて,高温短時間殺菌処理(HTST)などの加熱処理を行えばよく,ヨーグルトがドリンクタイプの場合などにおいて,超高温殺菌処理(UHT)などの加熱処理を行ってもよい。さらに,例えば,加熱殺菌工程では,高温短時間殺菌処理(HTST)は,原料ミックスを80℃~100℃に,3分~15分間程度で加熱する処理であればよく,超高温殺菌処理(UHT)は,110℃~150℃に,1秒~30秒間程度で加熱する処理であればよい。
【0031】
一次冷却工程は,加熱殺菌工程後に行われる。一次冷却工程は,加熱殺菌処理された原料ミックスを,所定温度に冷却などする工程である。一次冷却工程では,原料ミックスを発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)よりも低温になるまで冷却する。本発明において,一次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,一次冷却工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,真空(減圧)蒸発冷却器によって冷却処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。なお,具体的に,一次冷却工程では,原料ミックスが15℃以下まで冷却されていることが好ましい。そして,一次冷却工程では,原料ミックスが1℃~15℃に冷却されていることが好ましく,3℃~10℃に冷却されていることがより好ましく,5℃~8℃に冷却されていることがさらに好ましい。
【0032】
また,一次冷却工程では,加熱殺菌工程で温度が上昇した100℃程度の原料ミックスを低温(15℃以下)まで急速に冷却することが好ましい。そして,例えば,一次冷却工程では,殺菌工程が加熱処理の場合において,その殺菌工程で温度が上昇した100℃程度の原料ミックスを15℃まで冷却する時間は,10分間以内であることが好ましく,5分間以内であることがより好ましく,1分間以内であることがさらに好ましく,30秒間以内であることが特に好ましい。この冷却工程により,原料ミックスにおいて,タンパク質が過度に変性することや糖質が褐変化することを抑制や防止できる。
【0033】
スタータ添加工程は,冷却工程後又は冷却工程中に行われる。スタータ添加工程は,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加(混合)して,発酵乳基材を得る工程である。すなわち,加熱殺菌工程後に,原料ミックスが所定温度まで低下した後に,乳酸菌スタータを添加してもよいし,加熱殺菌工程後の原料ミックスが所定温度まで低下している最中に,乳酸菌スタータを添加してもよい。本発明において,スタータ添加工程には,公知の方法を用いることができる。ただし,本発明において,乳酸菌スタータには,少なくとも,ブルガリア菌とサーモフィルス菌が含まれることが好ましい。すなわち,「ブルガリア菌」とは,ラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)であり,「サーモフィルス菌」とは,ストレプトコッカス・サーモフィルス(Streptococcus thermophilus)である。また,本発明において,スタータ添加工程では,ブルガリア菌とサーモフィルス菌の他に,公知の乳酸菌を添加(混合)してもよい。例えば,スタータ添加工程では,ガセリ菌(ラクトバチルス・ガッセリ(L. gasseri)),ラクティス菌(ラクトコッカス・ラクティス(L. lactis)),クレモリス菌(ラクトコッカス・クレモリス(L. cremoris)),ビフィズス菌(ビフィドバクテリウム(Bifidobacterium)など)を添加(混合)してもよい。なお,乳酸菌スタータは,乳酸菌として,ブルガリア菌とサーモフィルス菌のみからなるものが特に好ましい。一方,乳酸菌スタータの添加量は,公知の発酵乳の製造方法において採用されている数量であればよい。
【0034】
本発明において,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌とサーモフィルス菌は,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で12時間単菌培養したときに,当該培地の乳酸酸度が0.8以上1.0未満(1.0を除く)となる性質(以下「第1の性質」という)を持つことが好ましい。特に,同条件の培地の乳酸酸度は,0.8~0.98であることが好ましく,0.8~0.95であることがより好ましい。「脱脂粉乳培地」とは,脱脂粉乳と水からなる培地であり,特に,脱脂粉乳:10重量,水:90重量%からなるものを意味する。また,「酵母エキス」とは,具体的にはビール酵母エキスであり,脱脂粉乳培地100重量%に対して,0.1重量%で脱脂粉乳培地に含有される。また,「単菌培養」とは,ブルガリア菌とサーモフィルス菌が分離された状態で,同種の乳酸菌を1つの培地内で培養する培養方法である。また,本願明細書において,培地の「酸度」(乳酸酸度)は,乳等省令の「乳等の成分規格の試験法」に従って測定する。具体的には,試料の10gに,炭酸ガスを含まないイオン交換水を10mlで添加してから,指示薬として,フェノールフタレイン溶液を0.5mlで添加する。そして,水酸化ナトリウム溶液(0.1mol/L)を添加しながら,微紅色が消失しないところを限度として滴定し,その水酸化ナトリウム溶液の滴定量から試料の100g当たりの乳酸の含量を求めて,酸度(乳酸酸度)とする。なお,フェノールフタレイン溶液は,フェノールフタレインの1gをエタノール溶液(50%)に溶かして100mlにフィルアップして調製する。
【0035】
さらに,本発明において,ブルガリア菌とサーモフィルス菌は,脱脂粉乳培地において,37℃~43℃で混合培養したときに,9時間以内にpHが4.6以下に低下する性質(以下「第2の性質」という)をもつ菌株の組み合わせから選択されることが好ましい。「混合培養」とは,ブルガリア菌とサーモフィルス菌とを混合した状態で,両種の乳酸菌を1つの培地内で培養する培養方法である。本願明細書において,「pH」は,次の方法に従って測定する。すなわち,ガラス電極式pH計(HM-30R,東亜ディーケーケー製,温度校正機能付き)を用い,試料100gにガラス電極を差し込み,値が一定となった段階で測定値を読み取り,試料のpHとする。
【0036】
本発明では,上記した第1の性質及び第2の性質を持つブルガリア菌とサーモフィルス菌が混合された乳酸菌スタータを,発酵乳の製造に用いることが好ましい。これにより,後述する実施例で示したとおり,原料ミックスに前記乳酸菌スタータを添加してから発酵乳基材のpHが4.6に到達するまで期間(発酵前半期)の所要時間を9時間以内に維持しつつ,発酵乳基材のpHが4.6から4.4にまで低下するまで期間(発酵後半期)の所要時間を3時間以上とすることができる。
【0037】
上記した第1の性質及び第2の性質を持つブルガリア菌としては,Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus OLL205013(寄託番号:NITE BP-02411)が挙げられる。また,第1の性質及び第2の性質を持つサーモフィルス菌としては,Streptococcus thermophilus OLS3290株(寄託番号:FERM BP-19638)及びOLS3615株(寄託番号:NITE BP-01696)が挙げられる。従って,本発明において,乳酸菌スタータは,ブルガリア菌であるOLL205013,並びにサーモフィルス菌であるOLS3290株又はOLS3615株を混合したものを用いることが好ましい。特に,ブルガリア菌としてOLL205013を選択し,サーモフィルス菌としてOLS3290株を選択することで,本発明の効果がより顕著に発揮される。
【0038】
また,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌とサーモフィルス菌の菌数(生菌数)は,公知の発酵乳の製造方法において採用されている数値であればよい。そして,例えば,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌の菌数とサーモフィルス菌の菌数の比率では,1:4~1:5が一般的である。なお,具体的に,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるサーモフィルス菌の菌数を1(基準)としたときのブルガリア菌の菌数の比率(ブルガリア菌の菌数/サーモフィルス菌の菌数)は,0.01~0.8であればよく,0.05~0.7であることが好ましく,0.1~0.5であることがより好ましく,0.2~0.4であることがさらに好ましい。一方,スタータ添加工程では,乳酸菌スタータに含まれるブルガリア菌とサーモフィルス菌の菌数(生菌数)は,予め,サーモフィルス菌の菌数よりもブルガリア菌の菌数を多く含ませることもできる。例えば,乳酸菌スタータに含まれるサーモフィルス菌の菌数に対するブルガリア菌の菌数の比率は,1.0~5.0,又は1.5~4.0などであってもよい。なお,乳酸菌の菌数は,公知の方法に従って測定すればよい。
【0039】
加温工程は,スタータ添加工程後に行われる。加温工程は,乳酸菌スタータを添加できる程度(1℃~15℃)まで冷却されていた発酵乳基材を,発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)まで加温する工程である。ここで,「発酵促進温度域」とは,微生物(乳酸菌など)が活性化して,発酵乳基材の発酵が進行や促進される温度を意味する。本発明において,加温工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,加温工程では,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器などによって加熱処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって加熱処理を行ってもよい。そして,例えば,乳酸菌の発酵促進温度域では,30℃~50℃が一般的である。なお,具体的に,加温工程では,発酵乳基材が30℃以上まで加温されていることが好ましい。さらに,加温工程では,発酵乳基材が30℃~50℃に加温されていることが好ましく,33℃~48℃に加温されていることがより好ましく,35℃~46℃に加温されていることがさらに好ましい。
【0040】
また,加温工程では,一次冷却工程で温度が低下した発酵乳基材を発酵促進温度域まで所定時間で(比較的に短時間で)加温することが好ましい。例えば,加温工程では,低温保持工程で温度が低下した10℃程度の発酵乳基材を発酵促進温度域まで加温する時間は,1時間以内であることが好ましく,30分間以内であることが好ましく,10分間以内であることがさらに好ましく,1分間以内であることが特に好ましい。なお,加温工程では,温度が低下している発酵乳基材を,そのまま30℃~50℃程度の室温に設定された発酵室に移動させて,発酵室内で徐々に昇温させながら加温処理を行うこともできる。
【0041】
発酵工程は,加温工程後に行われる。発酵工程は,発酵促進温度域に加温された発酵乳基材を,この発酵促進温度域に保持しながら発酵させる工程である。具体的に,発酵乳基材の発酵は,35℃~50℃の温度域で行われる。発酵工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,発酵工程では,発酵室などによって発酵処理を行えばよく,ジャケット付のタンクによって発酵処理を行ってもよい。さらに,例えば,発酵工程では,発酵室内の温度(発酵温度)を30℃~50℃に維持し,その発酵室内で発酵乳基材の温度を35℃~50℃に維持して,発酵乳基材を発酵させる処理であってもよい。また,ジャケット付のタンク内の温度(発酵温度)を30℃~50℃に維持し,そのタンク内で発酵乳基材の温度を35℃~50℃に維持して,発酵乳基材を発酵させる処理であってもよい。ここで,発酵工程では,発酵乳基材を発酵させる条件を,原料ミックスや乳酸菌の種類や数量,発酵乳の風味や食感などを考慮して,発酵温度や発酵時間などを適宜調整すればよい。なお,具体的に,発酵工程では,発酵乳基材が35℃以上で保持されていることが好ましい。さらに,発酵工程では,発酵乳基材が35℃~50℃に保持されていることが好ましく,37℃~48℃で保持されていることがより好ましく,40~46℃で保持されていることが特に好ましい。また,具体的に,発酵工程では,発酵乳基材が発酵促進温度域の状態に,1時間以上で保持されていることが好ましい。そして,発酵工程では,発酵乳基材を保持する期間(発酵時間)は,3時間~30時間であることが好ましく,6時間~25時間であることがより好ましく,10時間~20時間であることがさらに好ましい。なお,本発明において,発酵工程中の発酵乳基材の温度は,35℃~50℃の範囲で一定に維持すればよく,温度を上昇させたり下降させたりする必要はない。
【0042】
発酵工程は,発酵前半期と発酵後半期を含む。発酵前半期は,原料ミックスに乳酸菌スタータを添加してから発酵乳基材のpHが4.6に到達するまでの期間である。この発酵前半期の時間が短いほど,発酵乳の生産効率が高まるといえる。本発明において,発酵乳基材の温度を35℃~50℃に維持した温度条件下において,発酵前半期の所要時間は,9時間以内となる。また,発酵前半期の所要時間は,8時間以内であることが好ましく,7時間以内であることがより好ましい。発酵前半期の所要時間の下限は特に限定されないが,例えば4時間以上,5時間以上,又は6時間以上であることが好ましい。
【0043】
発酵後半期は,発酵乳基材のpHが4.6から4.4にまで低下するまでの期間である。発酵後半期の時間が長いほど,その発酵乳は発酵促進温度域(例えば,30℃~50℃)で長時間保持されていても品質(特に酸度)のバラつきが生じにくいといえる。本発明において,発酵乳基材の温度を35℃~50℃に維持した温度条件下において,発酵後半期の所要時間は,3時間以上となる。また,発酵後半期の所要時間は,3.5時間以上であることが好ましく,4時間以上であることがより好ましく,4.5時間以上であることがさらに好ましい。発酵後半期の所要時間の上限は特に限定されないが,例えば10時間以下,8時間以下,又は6時間以下であることが好ましい。
【0044】
また,本発明によれば,発酵工程において,発酵乳基材の酸味の上昇を抑えつつ,長期の発酵が可能である。このため,本発明は,酸味を抑えた濃縮発酵乳の製造に適している。そこで,発酵工程では,発酵乳基材を静置して,この発酵乳基材を軽液(ホエイ)と重液(濃縮発酵乳)とに分離する濃縮工程を行ってもよい。分離工程の後,発酵乳基材から軽液を除去することで,乳成分が濃縮された発酵乳(濃縮発酵乳)を得ることができる。なお,ここにいう「静置」とは,発酵乳基材を撹拌したり混合したりせず,自然状態で質量の軽い軽液と質量の重い重液とに分離できる程度に,発酵乳基材に外圧を加えず静かに置いておくことを意味する。このような濃縮工程を行う場合には,発酵工程における発酵乳基材の温度を30℃~50℃(好ましくは35℃~50℃)の発酵促進温度域とし,発酵時間を9時間以上(好ましくは10時間以上)とすることが好ましい。発酵工程において発酵乳基材の温度を例えば10℃以下に冷却することもできるが,その場合には軽液と重液の分離速度が著しく遅くなるため好ましくない。なお,本発明において濃縮工程は必須の工程ではなく,濃縮工程を経ない通常の発酵乳(ヨーグルト)を製造することも可能である。
【0045】
二次冷却工程は,発酵工程後に行われる。二次冷却工程は,発酵工程で得られた発酵乳(特に濃縮発酵乳)を冷却する工程である。二次冷却工程において,発酵乳の温度を低下させることで,発酵の進行が抑制される。このとき,二次冷却工程では,発酵乳を発酵促進温度域よりも低温になるまで冷却する。本発明において,二次冷却工程には,公知の方法を用いることができる。例えば,二次冷却工程では,冷蔵室,冷凍室によって冷却処理を行えばよく,プレート式熱交換器,チューブ式熱交換器,ジャケット付のタンクによって冷却処理を行ってもよい。なお,具体的に,二次冷却工程では,発酵乳が15℃以下まで冷却されていることが好ましい。そして,二次冷却工程では,発酵乳が1℃~15℃に冷却されていることが好ましく,3℃~10℃に冷却されていることがより好ましく,5℃~8℃に冷却されていることがさらに好ましい。この二次冷却工程により,発酵乳を食用に適した温度に冷却することで,発酵乳の風味(酸味など)や食感(舌触りなど)や物性(硬さなど)が変化することを抑制や防止できる。二次冷却工程後の発酵乳は,冷蔵庫などに格納して3℃~10℃の低温で長期間保存することができる。
【実施例】
【0046】
以下,実施例を用いて,本発明を具体的に説明する。ただし,本発明は,以下の実施例に限定されることなく,公知の手法に基づく様々な改良を加えることができるものである。
【0047】
[マザースタータの調製]
脱脂粉乳:10重量%,ビール酵母:0.1重量%,水:89.9重量%を混合した脱脂粉乳培地を,121℃にて7分間殺菌した後に,室温まで冷却した。本培地で,ブルガリア菌及びサーモフィルス菌の各種菌株を3回賦活培養した。その後,賦活培養後の各種菌株を,上記と同様に調製した別の脱脂粉乳培地に1重量%ずつ接種し,37℃にて12時間単菌培養したものをマザースタータとした。ブルガリア菌としては,OLL1222株,OLL205013株(寄託番号:NITE BP-02411),及びOLL1171株(寄託番号:NITE BP-01569)を培養し,サーモフィルス菌としては,203P1株,OLS3290株(寄託番号:FERM BP-19638),及びOLS3615株(寄託番号:NITE BP-01696),203P2株を培養した。各種菌株について,単菌培養の発酵性を調べるために,上記マザースタータを上記培地に1重量%ずつ接種し,37℃にて12時間単菌培養した。単菌培養後の培地の酸度及びpHの測定結果を,以下の表1に示す。
【0048】
【0049】
[バルクスタータの調製]
脱脂粉乳:10%重量,水:90%重量を混合した脱脂粉乳培地を,加熱殺菌した後に37℃まで冷却し,バルクベースを調製した。このバルクベースに,上記表1に示したブルガリア及びサーモフィルス菌のマザースタータをそれぞれ1種ずつ,各1重量%で接種した後に混合した。その後,37℃で,このバルクベースのpHが4.5以下に到達するまで培養した後に,5℃まで冷却しバルクスタータを得た。
【0050】
[ヨーグルトの調製]
脱脂粉乳:10%重量,水:90%重量を混合し,95℃達温まで加熱(殺菌)した後に,10℃まで冷却してヨーグルトベースを調製した。このヨーグルトベースに,上記のバルクスタータ(ブルガリア菌とサーモフィルス菌の混合スタータ)を2%重量で接種した後に,43℃にて発酵させた。その際の発酵開始(バルクスタータの接種時)からpH4.6到達までの所要時間(発酵時間)を,以下の表2に示す。また,pH4.6から4.4までの所要時間を,以下の表3に示す。
【0051】
【0052】
【0053】
表3において,pH4.6から4.4までの所要時間(発酵後半期の所要時間)は,出来るだけ長時間であることが好ましく,少なくとも3時間以上であることが求められる。ここで,ブルガリア菌のOLL1222株及びOLL205013株を使用した例では,サーモフィルス菌の203P1株,OLS3290株,OLS3615株,及び203P1株のいずれと混合した場合であっても,発酵後半期の所要時間が3時間以上となった。他方で,ブルガリア菌のOLL1171株とサーモフィルス菌のOLS3615株の混合スタータを使用した場合,発酵後半期の所要時間が1時間未満(具体的には50分)となり,この所要時間を長くすることができなかった。このため,発酵後半期の所要時間を長く確保することを目的とした場合,ブルガリア菌としてOLL1171株を採用することは好ましくないといえる。なお,上記の表では,比較例となるデータを「*」で示している。
【0054】
表2において,発酵開始からpH4.6までの所要時間(発酵前半期の所要時間)は,出来るだけ短時間であることが好ましく,少なくとも9時間以内であることが求められる。表2に示されたデータでは,すべての組み合わせにおいて発酵前半期の所要時間が9時間以内であった。ただし,表3に示したとおり,ブルガリア菌のOLL1171株とサーモフィルス菌のOLS3615株の混合スタータは,発酵後半期の所要時間が短いため不適とした。
【0055】
また,表2及び表3において,OLL205013株とOLS3290株の混合スタータと,OLL205013株とOLS3615株の混合スタータとに着目する。すると,OLL205013株とOLS3290株の混合スタータは,OLL205013株とOLS3615株の混合スタータと比較し,発酵後半期の所要時間を約40分も長く確保できた上に,発酵前半期の所要時間を約20分も短縮することができた。特に,OLL205013株とOLS3290株の混合スタータは,発酵後半期の所要時間が294分であり,他のどのスタータよりも長い発酵時間を確保できた。このため,本発明においては,OLL205013株とOLS3290株の混合スタータを採用することが最適であるといえる。
【0056】
さらに,表2及び表3に示されるとおり,ブルガリア菌としてOLL205013株を用いることで,汎用的に,発酵前半期における発酵速度を高め,発酵後半期におけるpHの低下を抑制できる。すなわち,ブルガリア菌とサーモフィルス菌を混合した発酵乳製造用のスタータを生成するにあたり,ブルガリア菌にOLL205013株を利用すれば,サーモフィルス菌にある程度どのような菌株のものを利用したとしても,発酵前半期における発酵速度を高めつつ,発酵後半期におけるpHの低下を抑制することができた。従って,本発明の特徴的な効果は,OLL205013株がその中核をなしているものであるといえる。
【0057】
表2及び表3に示されるように,本発明の効果を達成するためには,ブルガリア菌としてOLL1222株又はOLL205013株を選択し,サーモフィルス菌としてOLS3290株又はOLS3615株を選択することが好ましい。ここで,表1に示されるように,これらのブルガリア菌及びサーモフィルス菌の菌株は,いずれも,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において37℃で12時間単菌培養したときに,当該培地の乳酸酸度が0.8以上1.0未満となる性質を持つものであった。これに対して,本発明において不適とされたブルガリア菌OLL1171株は,同条件において単菌培養したときに,培地の乳酸酸度が1.0となる性質を持つものであることが確認された。このため,同測定条件下において,培地の乳酸酸度が0.8以上1.0未満(好ましくは0.95)以下となる性質を持つブルガリア菌とサーモフィルス菌を組み合わせた混合スタータを使用することにより,本発明の効果を汎用的に発揮しうるものと推察される。
【0058】
さらに,表1に示されるように,本発明での利用に適したブルガリア菌及びサーモフィルス菌の菌株は,いずれも,0.1重量%の酵母エキスを含む脱脂粉乳培地において37℃で12時間単菌培養したときに,当該培地のpH4.1~4.6となる性質を持つものであった。これに対して,本発明において不適とされたブルガリア菌OLL1171株は,同条件において単菌培養したときに,培地のpH4.0となる性質を持つものであることが確認された。このため,同測定条件下において,培地の乳酸酸度がpH4.1~4.6(好ましくはpH4.3~4.5)となる性質を持つブルガリア菌とサーモフィルス菌を組み合わせた混合スタータを使用することにより,本発明の効果を汎用的に発揮しうるものと推察される。
【0059】
[他の比較例]
脱脂粉乳:10%重量,水:90%重量を混合し,95℃達温まで加熱(殺菌)した後に,10℃まで冷却しヨーグルトベースを調製した。このヨーグルトベースに,市販スタータ(推奨添加率)およびLB81バルクスターター(2%重量)を接種して混合した後,試験管に分注して43℃の恒温槽にて発酵させた。その際の発酵開始からpH4.6到達までの所要時間(発酵時間),およびpH4.6から4.4までの所要時間は,以下の表4の通りであった。
【0060】
【0061】
表4に示されるように,発酵前半期の所要時間を9時間以内に維持しつつ,発酵後半期の所要時間を3時間以上とすることのできる乳酸菌スタータは,発見されなかった。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造方法に関する。従って,本発明は,ヨーグルトなどの発酵乳の製造業において好適に利用しうる。