(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-29
(45)【発行日】2022-04-06
(54)【発明の名称】細胞製造装置
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220330BHJP
C12M 1/42 20060101ALI20220330BHJP
C12N 13/00 20060101ALN20220330BHJP
C12N 15/02 20060101ALN20220330BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M1/42
C12N13/00
C12N15/02 Z
(21)【出願番号】P 2018068090
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】岡野定 雅弘
(72)【発明者】
【氏名】武田 志津
(72)【発明者】
【氏名】オケヨ ケネディ オモンディ
(72)【発明者】
【氏名】鷲津 正夫
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-506674(JP,A)
【文献】特表2008-538283(JP,A)
【文献】岡野定雅弘 ほか,細胞初期化に向けた電界集中型細胞融合による細胞核交換,平成29年電気学会全国大会講演論文集,2017年,pp. 173-174
【文献】山田真澄 ほか,細胞の分離・選抜のためのマイクロ流体デバイス,生物工学,2014年,Vol. 92,pp. 153-156
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 15/02
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の細胞の細胞核を有し、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞の製造装置であって、
第1の流路及び第2の流路と、
第1の流路の一端に接続する第1の細胞供給部と、
第2の流路の一端に接続する第2の細胞供給部と、
第1の流路の壁と第2の流路の壁との間に設けられ、第1の流路及び第2の流路を貫通させる孔
であり、前記第1の細胞の細胞核の径より小さい最大幅、又は最大径を有する前記孔と、
前記孔を挟んで設けられた電極と、
第1の流路及び第2の流路の他端に設けられたポンプと、
前記孔に対して電圧を印加するための直流交流信号発生装置と、
第1の流路内と開口部を通じて連通し、第1の流路に平行な第3の流路と、
第3の流路の前記開口部と逆側の端に接続する細胞回収部と、
第1の流路内及び第2の流路内に設けられたピラーと、
を備え
、
複数の前記ピラーが、第1の流路内では、第3の流路側の第1の流路の壁に平行に列をなして並び、第2の流路内では、第3の流路側の第2の流路の壁に平行に列をなして並ぶ、装置。
【請求項2】
第3の流路と連通して前記開口部を越えて延在する第4の流路をさらに備える、請求項1に記載の装置。
【請求項3】
前記孔を含み、第1の流路の壁及び第2の流路の壁に設けられた細胞保持部をさらに備える、請求項1または2に記載の装置。
【請求項4】
前記ピラーは、第1の流路内では、第1の流路の当該壁に平行に、第2の流路内では、第2の流路の当該壁に平行に、複数の列をなして並ぶ、
請求項1に記載の装置。
【請求項5】
第1の流路の当該壁と、第1の流路の当該壁に最も近い前記ピラーの列との第1の間隔、及び第2の流路の当該壁と、第2の流路の当該壁に最も近い前記ピラーの列との第2の間隔は、前記ピラーの列同士の第3の間隔と同じか、第3の間隔より広い、
請求項4に記載の装置。
【請求項6】
前記ピラーの列同士の第2の間隔は、使用する細胞の直径と同一か、前記直径より広い、
請求項5に記載の装置。
【請求項7】
前記ピラーの列内におけるピラー同士の第4の間隔がほぼ一定である、
請求項1~6に記載の装置。
【請求項8】
第1の流路の第3の流路側の壁に最も近いピラーの列における前記ピラー同士の第4の間隔と、前記開口部の開口幅と、前記細胞保持部の開口幅は同一か、この順で小さくなる、
請求項1~6に記載の装置。
【請求項9】
前記ピラーが、前記開口部に対向して設けられている、
請求項8に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ある細胞の細胞核を別の細胞の細胞質内へ移植する核移植は、細胞の性質を変える方法として、医療や産業に重要な役割を果たしている。
【0003】
例えば、細胞核を除去した受精卵に、別個体の体細胞由来の核を移植した後、受精卵を子宮に戻すことでクローン個体を産出する方法や、子宮に戻さず体外で胚盤胞へ発生させて胚性幹細胞 (Embryonic Stem cells: ES細胞) を樹立する体細胞由来胚性幹細胞 (nuclear transfer Embryonic stem cells: NtES細胞) 樹立方法などがある。こうして得られ
たクローン個体やNtES細胞は、畜産や再生医療に発展する基礎研究に寄与している。
【0004】
細胞の性質を変える技術には、細胞核移植以外にも、センダイウイルス法やプロトプラスト-ポリエチレングリコール法、電気的細胞融合法、電界集中細胞融合法などの細胞融
合技術がある。これは、2つ以上の細胞を融合させ、1つの細胞を形成する技術である。この方法では、細胞融合後の1つの細胞内には2つ以上の細胞に由来する細胞核と細胞質が存在する。この融合細胞は、2つ以上の融合した細胞核を有するため、医療応用が制限される。
【0005】
細胞融合技術の内、電界集中型細胞融合法は、2つの細胞を、細胞核の直径以下の幅や径のスリットや孔 (オリフィス) を介して接触させ、スリットやオリフィスでパルス的に電界を集中させることで、2つの細胞膜の接点で電気的に細胞膜が部分的に破壊され、復元する過程で細胞を融合する方法である(例えば、特許文献1、2参照)。この方法では、オリフィスや流路の最大径や最大幅が細胞核径より小さいことにより、細胞核の混合を防ぐことが可能である(例えば、特許文献1、2参照)。近年、Polydimethyl siloxane (PDMS)を使用して作製された様々な流路を用いて細胞融合法が検討されている。例えば、PDMSで製造された2つの平行流路間をオリフィスのみで繋ぎ、各流路末端に細胞供給口と吸引口をそれぞれ設けた流路を用い、オリフィスで細胞対を形成後、細胞融合させる方法がある。例えば、細胞供給口にJurkat細胞または樹状細胞を導入し、吸引口方向へ流路上で細胞を移動させ、オリフィスでJurkat細胞と樹状細胞を融合させ、Jurkat細胞の細胞質を樹状細胞へ移動させた後、界面活性剤を添加し、Jurkat細胞側の流路に流れを生じさせて両細胞を切り
離すことで、細胞質が移動できるようになった(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2009-178105号公報
【文献】特開2007-174901号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Cytoplasmic transfer without nuclei mixing between dendritic cells and tumor cells achieved by one to-one electrofusion via micro-orifices in a microfluidic device. 18th International Conference on Miniaturized. Systems for Chemistry and Life Sciences. October 26-30, 2014, San Antonio, Texas, USA
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した電界集中型細胞融合法を基に細胞質交換法が開発された。細胞質交換法では、標的体性細胞とiPS細胞を用いた場合、次の(1)と(2)の手順を経て体性細胞の細胞質をiPS細胞の細胞質へ交換する。(1) 標的体性細胞と1個目のiPS細胞を電
界集中型細胞融合(1回目)後、iPS細胞のみを切り離すことで、体性細胞の細胞質を
除去する。(2) 新たな2個目のiPS細胞と、切り離し元の標的体性細胞の電界集中型
細胞融合(2回目)後、体性細胞を切り離すことで、iPS細胞の細胞質を体性細胞へ導
入する。
【0009】
この方法では、細胞質交換細胞は、PDMSで作製された流路内の第一と第二の2つの細胞供給流路からそれぞれ供給された体性細胞とiPS細胞を使用して、細胞質交換部で2回の電界集中型細胞融合後に作製される。作製された細胞質交換細胞は、第3の細胞回収流路を経て流路外へ回収可能である。
【0010】
細胞供給流路は、供給される細胞の凝集による流路の閉塞を防ぐため、複数の細胞が流せる広い流路幅を有することが好ましい。一方、細胞回収流路は、核交換細胞以外の未融合の細胞が流入することを抑制するため、核交換細胞のみを流せる程度の狭い流路幅であることが好ましい。
【0011】
このように細胞供給流路と細胞回収流路の幅の差を大きくした場合、細胞を移動させるためにポンプによって流体を移動させる際、圧力損失差が大きくなることで、想定している流体移動の方向とは異なる流体の流れが発生し、細胞を所定の位置に移動させる事が困難となることがある。しかしながら、細胞を所定の位置に移動させるために過度に電圧を上昇させると、細胞にダメージを与えてしまう。
【0012】
そこで、本発明は、細胞供給流路2つと細胞回収流路1つを含む細胞製造装置において、細胞供給流路にピラーを設けることによって、流路内の逆流を抑制し、細胞を所定の位置に移動させ、細胞核を交換することが容易になる細胞製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意研究を行い、以下の発明を完成した。
【0014】
本発明の一実施態様は、第1の細胞の細胞核を有し、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞の製造装置であって、第1の流路及び第2の流路と、第1の流路及び第2の流路の一端にそれぞれ接続する細胞供給部と、第1の流路の壁と第2の流路の壁との間に設けられ、第1の流路及び第2の流路を貫通させる細胞せん断流路と、孔を挟んで設けられた電極と、第1の流路及び第2の流路の他端に設けられたポンプと、前記孔に対して電圧を印加するための直流交流信号発生装置と、第1の流路内と開口部を通じて連通し、第1の流路に平行な第3の流路と、第3の流路の前記開口部と逆側の端に接続する細胞回収部と、第1の流路内及び第2の流路内に設けられたピラーと、を備える装置である。第3の流路と連通して前記開口部を越えて延在する細胞せん断流路をさらに備えてもよい。また、前記孔を含み、第1の流路の壁及び第2の流路の壁に設けられた細胞保持部をさらに備えてもよい。
【0015】
上記装置において、複数の前記ピラーが、第1の流路内では、第3の流路側の第1の流路の壁に平行に並び、第2の流路内では、第3の流路側の第2の流路の壁に平行に並んでもよい。前記ピラーは、第1の流路内では、第1の流路の当該壁に平行に、第2の流路内では、第2の流路の当該壁に平行に、複数の列をなして並んでもよい。第1の流路の当該壁と、第1の流路の当該壁に最も近い前記ピラーの列との第1の間隔、及び、第2の流路
の当該壁と、第2の流路の当該壁に最も近い前記ピラーの列との第2の間隔、は、前記ピラーの列同士の第3の間隔と同じか、第3の間隔より広くてもよい。前記ピラーの列同士の第3の間隔は、使用する細胞の直径と同一か、前記直径より広くてもよい。前記ピラーの列内におけるピラー同士の第4の間隔がほぼ一定であってもよい。第1の流路の第3の流路側の壁に最も近いピラーの列における前記ピラー同士の第4の間隔と、前記開口部の開口幅と、前記細胞保持部の開口幅は同一か、この順で小さくなってもよい。前記ピラーが、前記開口部に対向して設けられていてもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によって、流路間の逆流の発生を抑制することができるようになった。そのため、核交換細胞以外の不要な細胞が第3の流路内へ流入することを抑制でき、電圧を過度に上昇させることなしに誘電泳動力によって細胞を所定の位置に容易に誘導できる細胞製造装置を提供することができるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る細胞の製造工程を示した模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る細胞製造装置の全体的な構成を示した模式図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る細胞製造装置の流路部分を拡大した模式図である。
【
図4】本発明の一実施例において、細胞供給部から細胞を供給し(A)、ポンプで流路内を陰圧にすることで、細胞を流路に引き入れた(B)ときの写真である。
【
図5】本発明の一実施例において、ピラーを有しない装置(A)とピラーを有する装置(B)において、細胞を細胞供給流路へ移動させた時の細胞の挙動を比較した結果を示す写真である。
【
図6】本発明の一実施例において、実際に細胞質の交換を行った実験において、各段階での細胞の様子を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、実施例を挙げながら、本発明の実施形態を詳細に述べる。
【0019】
本発明の目的、特徴、利点、及びそのアイデアは、本明細書の記載により、当業者には明らかであり、本明細書の記載から、当業者であれば、容易に本発明を再現できる。以下に記載された発明の実施の形態及び具体的に実施例などは、本発明の好ましい実施態様を示すものであり、例示又は説明のために示されているのであって、本発明をそれらに限定するものではない。本明細書で開示されている本発明の意図並びに範囲内で、本明細書の記載に基づき、様々な改変並びに修飾ができることは、当業者にとって明らかである。
【0020】
==細胞質の交換方法==
本発明の一実施形態に係る第1の細胞の細胞質の交換方法は、第1の細胞の細胞質を除去する第1の工程と、第2の細胞の細胞質を第1の細胞へ導入する第2の工程を含む、細胞質の交換方法であって、
(1)第1の工程の後で第2の工程が行われる、または
(2)第1の細胞の細胞質の40%~60%と、第2の細胞の細胞質の40%~60%とが交換される第1の細胞質交換工程によって、第1の工程と第2の工程が同時に行われる、方法である。
【0021】
(2)の場合、細胞質交換工程後の第1の細胞の細胞質の40%~60%と、新たな第2の細胞の細胞質の40%~60%とが交換される第2の細胞質交換工程がさらに行われてもよく、この第2の細胞質交換工程がさらに1回以上行われてもよい。この工程を繰り
返すことによって、第1の細胞の細胞質が第2の細胞の細胞質に交換される割合が高くなる。
【0022】
本発明の一実施形態に係る細胞質の交換方法を用いて、第1の細胞の細胞核を有し、第2の細胞の細胞核を有さず、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞を製造することができる。
【0023】
こうして製造された細胞において、第1の細胞の細胞膜の割合は特に限定されないが、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、80%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0024】
また、第2の細胞の細胞質の割合は特に限定されないが、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、80%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0025】
以下、上記交換方法を用いて、細胞を製造する一実施態様を詳細に説明する。
【0026】
<実施形態I>
ここでは、
図1を用いて、上記交換方法(1)を用いて行われる、本発明の一実施形態に係る細胞の製造方法を具体的に説明するが、本発明は本実施形態に限定されない。本実施形態では、第1の流路と第2の流路を備え、第1の流路の壁と第2の流路の壁は孔で連通している流路を用い、第1の細胞の細胞核を有し、第2の細胞の細胞核を有さず、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞を製造する。
【0027】
第1の工程として、まず、第1の流路にあって、残したい細胞核1010と、除去したい細胞質1020と、細胞膜1025と、を有する第1の細胞1030と、第2の流路にある中間体1040を、流路中の溶液の流れ1050によって、両方の流路の壁を貫通して設けられた孔1080の入り口を構成するそれぞれの孔近傍に誘導する(
図1-1)。必要に応じて交流1060電界を発生させ、その中で細胞を誘導してもよい。流路の壁1070は絶縁体で構成されるのが好ましい。第1の流路内の流れ1050と第2の流路内の流れ1050の方向は特に限定されないが、実質的に平行であることが好ましい。溶液は、細胞を生きた状態で操作できるものであれば特に限定されず、例えば生理食塩水や細胞培養用培地などを例示できる。中間体は特に限定されず、対になった細胞と融合して細胞の細胞質を受け入れられるものであればよいが、具体的な例としては、細胞やリポソームが例示できる。細胞である場合、第1の細胞または第2の細胞と同じ種類であっても異なる種類であってもよい。孔1080の形状は特に限定されず、スリット状、円状、長円状であってもよく、壁の厚みと同じ深さを有するため、厚い壁の場合は流路状であってもよい。
【0028】
第2の工程として、誘電泳動力により、孔1080を挟んで第1の細胞1030と中間体1040の第1の対を形成させる(
図1-2)。誘電泳動力は、交流1060印加による電界集中により流路の壁で生じる。
【0029】
第3の工程として、第1の対に電圧を印加1090することで、第1の細胞1030と中間体1040とを融合して第1の融合細胞1100を作製する (
図1-3)。この時印
加する電圧は、従来細胞融合に用いられることが知られている強さとすることができるが、0.1~50Vであることが好ましく、0.5V~20Vであることがより好ましく、1~10Vであることがさらに好ましく、1~3Vであることがさらに好ましく、約2V
であることがさらに好ましい。また印加する時間は、特に限定されないが、1μsec~1msecであることが好ましく、1μsec~500μsecであることがより好ましく、1μsec~100μsecであることがさらに好ましいが、可能な限り短い時間であることがより好ましい。中間体1040が細胞である場合、本工程では、細胞融合後、第1の細胞1030と中間体1040の細胞質がお互いに混入する。
【0030】
第4の工程として、第1の細胞1030の細胞質1020を中間体1040へ移動させる(
図1-4)。この細胞質1020の移動は、例えば、第2の流路内の流れ1120の速度を、第1の流路内の流れ1110の速度より大きくし、その流速差を利用することにより行うことができる。このとき、第1の流路内の流れ1110の流速は0、つまり第1の流路内に流れのない状態であってもよい。第1の流路内の流れ1110と第2の流路内の流れ1120の方向は特に限定されないが、実質的に平行であることが好ましい。ここで、孔1080の最大幅または最大径を、第1の細胞の核の径より小さくしておくことにより、第1の細胞1030の細胞核1010は、孔1080を通過できずに第1の流路内に残る。具体的には、孔1080の最大幅または最大径は、第1の細胞1030の種類によって適宜調整すればよいが、20μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、6μm以下であることがさらに好ましい。なお、移動させる細胞質の割合は特に限定されないが、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、80%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0031】
第5の工程として、第1の細胞1030と中間体1040を切り離す(
図1-5)。第1の細胞1030を孔1080の入り口で保持しながら、細胞質1020を受け取った中間体1040を切り離すのが好ましい。この切り離しは、例えば、第2の流路内の流れ1120の速度を、第1の流路内の流れ1110の速度より大きくし、その流速差を利用することにより行うことができる。第1の流路内の流れ1110の流速は0、つまり第1の流路内に流れのない状態であってもよい。
【0032】
このように、本実施形態では、第1の工程から第5の工程までの工程において、中間体を用いることにより、第1の細胞の細胞質を除去することができる。
【0033】
第6の工程として、第1の細胞1030に移植したい細胞質1130と、必要のない細胞核1140を有する第2の細胞1150を、流れ1050により、孔1080の入り口を構成する、第2の流路側の孔近傍に誘導する (
図1-6)。必要に応じて交流1060
電界を発生させ、その中で細胞を誘導してもよい。
【0034】
第7の工程として、誘電泳動力により、孔1080を挟んで第1の細胞1030と第2の細胞1150の第2の対を形成させる (
図1-7)。誘電泳動力は、交流1060印加
による電界集中により流路の壁で生じる。
【0035】
第8の工程として、第2の対に電圧を印加1090することで第1の細胞1030と第2の細胞1150を融合して第2の融合細胞1160を作製する (
図1-8)。この時印
加する電圧は、従来細胞融合に用いられることが知られている強さであればよいが、1~10Vであることが好ましく、2Vであることがさらに好ましい。また印加する時間は、100μsecであることが好ましく、100μsec以下で可能な限り短い時間であることがさらに好ましい。
【0036】
第9の工程として、第2の細胞1150の細胞質1130を第1の細胞1030へ移動させる (
図1-9)。この移動は、例えば、第1の流路内の流れ1110の速度を、第2
の流路内の流れ1120の速度より大きくし、その流速差を利用することにより行うことができる。第2の流路内の流れ1120の流速は0、つまり第2の流路内に流れのない状態であってもよい。ここで、孔1080の最大幅または最大径を、第2の細胞の核の径より小さくしておくことにより、第2の細胞1150の細胞核1140は、孔1080を通過できずに第2の流路内に残る。具体的には、孔1080の最大幅または最大径は、第2の細胞1150の種類によって適宜調整すればよいが、20μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、6μm以下であることがさらに好ましい。なお、移動させる細胞質の割合は特に限定されないが、50%以上であることが好ましく、60%以上であることがより好ましく、70%以上であることがさらに好ましく、80%以上であることがさらに好ましく、90%以上であることがさらに好ましく、95%以上であることがさらに好ましい。
【0037】
第10の工程として、第1の細胞1030を、第2の細胞1150から切り離す (
図1-10)。こうして、第1の細胞1030の細胞質1020を、第2の細胞1150の細
胞質1130に交換することによって、第1の細胞1030の細胞核1010を有し、第2の細胞1150の細胞核1140を有さず、第1の細胞1030の細胞膜1025と第2の細胞1150の細胞質1130とを含む細胞1170の製造が完了する。
【0038】
このように、第6の工程から第10の工程までの工程によって、第2の細胞の細胞質を第1の細胞へ導入することができる。
【0039】
本方法において、第1の細胞1030と第2の細胞1150の細胞種は特に限定されないが、第1の細胞1030は体細胞であることが好ましく、線維芽細胞または血球細胞であることがさらに好ましい。また、第2の細胞1150は幹細胞であることが好ましく、iPS細胞、ES細胞、神経幹細胞、上皮幹細胞、肝幹細胞、生殖幹細胞、造血幹細胞、間葉幹細胞、骨格筋幹細胞からなる群から選択されるのがさらに好ましい。第1の細胞1030は体細胞とし、第2の細胞1150を幹細胞とすることにより、例えば、幹細胞の細胞核を体細胞の細胞核に交換したことと同様の効果が得られる。
【0040】
<実施形態II>
ここでは、上記交換方法(2)を用いて行われる、本発明の一実施形態に係る細胞の製造方法を具体的に説明するが、本発明は本実施形態に限定されない。本実施形態では、第1の流路と第2の流路を備え、第1の流路の壁と第2の流路の壁は孔で連通している流路を用い、第1の細胞の細胞核を有し、第2の細胞の細胞核を有さず、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞を製造する。第1の工程から第3の工程は、実施形態Iに準じるが、中間体として、第2の細胞を用いる。第3の工程終了後、第1の細胞と第2の細胞の細胞質がお互いに混入する。このように、本実施形態では、第1の細胞の細胞質を除去する第1の工程と、第2の細胞の細胞質を第1の細胞へ導入する第2の工程が同時に行われる。この際に、第1の対を融合させたままで、長時間放置すると、第1の細胞と第2の細胞の間で細胞質が均一になるが、交換される細胞質の割合は特に限定されず、第1の細胞の細胞質の10%~25%と、第2の細胞の細胞質の10%~25%とが交換されることが好ましく、第1の細胞の細胞質の25%~40%と、第2の細胞の細胞質の25%~40%とが交換されることがより好ましく、第1の細胞の細胞質の40%~60%と、第2の細胞の細胞質の40%~60%とが交換されることがさらに好ましい。そして、その後、第1の細胞と中間体とを切り離す第5の工程を行う。第5の工程の詳細は、実施形態Iに準じる。
【0041】
さらに、第2の流路において新たな第2の細胞を、前記孔に誘導する第11の工程と、誘電泳動力により、前記孔を介して、第1の細胞と第2の細胞との新たな第1の対を形成させる第12の工程と、第1の細胞と第2の細胞とを融合する第13の工程と、第1の細
胞と第2の細胞とを切り離す第14の工程と、を行ってもよい。第11~14の工程の詳細は、実施形態Iの第1~3、5の工程に準じる。
【0042】
この後、第11~14の工程をさらに1回以上、繰り返してもよいが、1回繰り返すことが好ましく、2回以上繰り返すことがより好ましく、5回以上繰り返すことがさらに好ましい。それによって、交換される細胞質の割合を高めることができるようになる。
【0043】
==細胞質を交換するための装置==
以下、上記の方法を実行することができる本発明の装置の一実施態様を、
図2を用いて詳細に説明する。本発明の装置は、細胞の細胞質を交換するための装置であって、第1の流路2030及び第2の流路2040と、第1の流路2030及び第2の流路2040のそれぞれ接続する、第1の細胞の細胞供給部である第1の細胞供給部2010と第2の細胞及び中間体の細胞供給部である第2の細胞供給部2020と、第1の流路の壁と第2の流路の壁との間に設けられた孔2050と、孔2050を挟んで設けられた電極2080と、第1の流路2030及び第2の流路2040の流速を調節するポンプ2011と、直流交流信号発生装置2090と、備える。装置の一要素として、顕微鏡(図示せず)を備えても良い。第1の流路2030及び第2の流路2040は、細胞質を交換する孔2050の近傍において実質的に平行に走っていることが好ましい。
【0044】
細胞の選別を容易にするための追加の第3の流路を設けてもよい。第3の流路は、第1の流路に開口部を有し、その開口部で、第1の流路と連通する。第3の流路は、開口部の反対側の端に細胞回収部を備える。以下、第3の流路を有する実施形態を具体的に説明するが、本発明は、この実施形態に限られないことは言うまでもない。
【0045】
図2に示すように、孔2050の近傍に開口部2330を有する第3の流路2310を、第1の流路2030に沿って設けることができる。開口部2330は第1の細胞の細胞核を有し、第1の細胞の細胞膜と第2の細胞の細胞質とを含む細胞(以下、細胞質交換細胞と称する)が通過できる大きさであって、その最小幅または最小径は、細胞質交換細胞の大きさによって適宜調整すればよいが、例えば、6μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがより好ましく、20μm以上であることがさらに好ましい。開口部2330の最小幅または最小径は、細胞質交換細胞が通過できるのであれば、細胞質交換細胞の直径よりも小さくてもよい。実際、開口部2330の最小幅また
は最小径を細胞質交換細胞の直径よりも若干小さくしておき、第3の流路2310内の溶液の流速を早くすることによって、細胞を歪ませて第3の流路2310内へ細胞を導入するようにすると、一旦第3の流路2310に入った細胞質交換細胞は流路外に逆流しにくくなる。第3の流路2310は、もう一端で細胞回収部2340に接続されており、孔2050を通じて作製された細胞質交換細胞を、第3の流路2310に送り込んで、細胞回収部2340で回収することにより、細胞質の交換処理をされていない細胞や処理途中の細胞から、細胞質交換細胞を分離して回収することが容易になる。
【0046】
第1の流路内及び第2の流路内に、ピラーを設けてもよい。
図3を参考にしながら、ピラーを設けた装置の実施形態を詳細に説明する。
【0047】
図3に示すように、本実施形態の装置には、第1の流路3060と、第2の流路3140内に、それぞれピラー3100を設ける。それによって、流路間の逆流の発生を抑制することができる。また、本実施形態の装置は、第3の流路としての細胞回収流路3020と、それに連通して開口部3120を越えて延在する第4の流路としての細胞せん断流路3010をさらに備える。
【0048】
ピラー3100は複数存在し、第1の流路3060内では、細胞回収流路3020側の
第1の流路3060の壁に平行に複数の列をなして並び、第2の流路3140内では、細胞回収流路3020側の第2の流路3140の壁に平行に複数の列をなして並ぶ。これらのピラーの構成により、第1の流路3060または第2の流路3140と、細胞回収流路3020との間の、流体の移動に伴う圧力損失の差は小さくなり、第1の流路3060または第2の流路3140と細胞回収流路3020間で生じる不要な逆流の発生を抑制できるので、安定して、効率よく、細胞を孔3070に誘導できる。
【0049】
ここで、ピラーのうち、細胞回収流路3020側の第1の流路3060の壁及び細胞回収流路3020側の第2の流路3140の壁に最も近いピラー3080だけ、他のピラー3100と異なる形態で設けてもよい。それによって、細胞回収流路3020側に細胞回廊3090を構築することができる。細胞回廊3090内で、他のピラー3100間より流体を流れやすくすることで、細胞は主に細胞回廊3090を通過する。その結果として、細胞を孔3070へ集めやすくなる。例えば、
図2-2に示すように、ピラー3080
の第1の流路3060及び第2の流路3140の長手方向の幅をピラー3100より長くしてもよい。また、細胞回収流路3020側の第1の流路3060の壁と、当該壁に最も近いピラー3080の列との第1の間隔(すなわち、第1の流路3060内の細胞回廊3090の幅)、及び細胞回収流路3020側の第2の流路3140の壁と、当該壁に最も近いピラー3080の列との第2の間隔(すなわち、第2の流路3140内の細胞回廊3090の幅)は、ピラー3080、3100の列同士の第3の間隔と同じか、第3の間隔より広くしてもよい。列内のピラー3080、3100同士の間隔は限定されないが、ピラー3080同士、およびピラー3100同士でほぼ等しいことが好ましい。
【0050】
細胞回収流路3020の幅は、細胞せん断流路3010の幅と同一が望ましく、それによって、細胞質を交換する際に細胞を細胞回収流路3020と細胞せん断流路3010間で均等な流れで導入することが容易になる。すなわち、細胞回収流路3020から細胞せん断流路3010、または、細胞せん断流路3010から細胞回収流路3020の流れは、両流路の縦幅が同じである事から、均一な流れを生じやすく、細胞回収の際、細胞回収流路以外への不要な逆流が発生しにくくなる。
【0051】
細胞せん断流路3010は、細胞回収流路3020と反対の端で、第1の流路3060に対して開口部を有し、その開口部で第1の流路3060に連通する。この開口部に、隔壁3040を設けてもよい。この隔壁3040によって、圧力緩衝部3030に滞留した2種類以上の細胞が、細胞せん断流路3010へ流入することを抑制する。また、隔壁3040近傍の細胞せん断流路3010は、細胞維持部3050の役割を有する。上述した第5の工程で、第1の流路3060側の孔3070で作製した細胞質を除いた細胞は、孔3070から離れた後、均等な流れに乗って、細胞せん断流路3010を通り、細胞維持部3050に捕捉され、再び均等な流れに乗って、細胞せん断流路3010を通ることで、孔3070へ戻ることができる。また細胞せん断流路301の壁には、第1の流路3050に開口し、細胞せん断流路301が第1の流路3060に連通するための圧損緩衝部3003を設けてもよい。この圧損緩衝部3003を設けることで、第1の流路3060から細胞せん断流路3010に流れを生じさせることができる。
【0052】
図3-4に示すように、細胞せん断流路3010は、細胞回収流路3020が開口部3120を越えて延在することで構成される。開口部3120の近傍の、第1の流路3050と第2の流路3140を隔てる壁には孔3070が存在するが、孔3070を挟んで細胞保持部3110を設けてもよい。細胞保持部3110は、第1の流路3050と第2の流路3140のそれぞれの壁に設けられた窪みであって、孔3070を通じて二つの細胞が融合する際、細胞が安定して存在するためのものである。窪みの形状は特に限定されず、例えば、孔3070の位置での横断面がおわん型であってもよいが、孔3070から壁表面までの傾斜は、シグモイド状であることが好ましい。
【0053】
ここで、細胞保持部3110の開口の幅(すなわち、前記断面における開口の幅)と、開口部3120の開口の幅と、列内のピラー3080同士の間隔は、同一か、または、列内のピラー3080同士の間隔>開口部3120の開口の幅>細胞保持部3110の開口の幅の順で狭くなる方が望ましい。横幅が狭いほど、電界集中が生じやすく、結果として同じ電圧印加の下で誘電泳動力が強くなる。従って、細胞回廊3090を通る細胞は、ピラー3080間よりも、開口部3120へ移動しやすく、開口部3120内へ移動した細胞は、細胞保持部3110へ移動して、孔3070へ吸引されやすい。
【0054】
また、細胞回廊3090の幅と、列内のピラー3080同士の間隔は、同じか、列内のピラー3080同士の間隔>細胞回廊3090の幅の順で狭いほうが望ましい。それによって、細胞回廊3090を通過する細胞は、列内のピラー3080同士の間隔の近傍を通過する際に、誘電泳動力の強い細胞回廊3090を通過しやすくなる。
【0055】
==細胞質を交換するための装置の使用方法==
以下、
図1(細胞質交換の際の孔の近傍の図)と
図2(装置の全体構成図)と
図3(細胞流路の詳細図)を参照しながら、上述の装置を用いた具体的な細胞質の交換方法について、さらに詳しく説明する。
【0056】
まず、
図2で示すように、ポンプ2011を用いて、第1の細胞供給部2010内の第1の細胞1030と、第2の細胞供給部2020内の中間細胞1040を、第1の流路2030と第2の流路2040内へ移動させる。
【0057】
細胞質交換へ使用できる細胞は、第一の流路2030と第二の流路2040間に設けられた孔2050近傍にいる細胞である。従って、細胞は、第一の流路2030と第二の流路2040間の壁に沿って流れることが好ましく、例えば、細胞が流れるときの壁からの距離としては、120μm程度以内が好ましく、40μm以内が最も望ましい。
【0058】
図3-1で示すように、ピラーを設けた装置では、第1の細胞3150と中間細胞3016は、第1の流路3060と第2の流路3140内で全面に広がって移動せず、相対的に圧力損失が小さい細胞回廊3090内を概ね移動する。一方で、各ピラーの列同士の間隔と、細胞回収流路の幅及び細胞せん断流路の幅との差は、ピラーを設けていない場合の第1の流路の幅及び第2の流路の幅と、細胞回収流路の幅及び細胞せん断流路の幅との差と比べて、圧倒的に小さいため、逆流による意図しない細胞の移動は抑制される。
【0059】
図3-4で示すように、逆流が抑制された条件で、電圧を印加すると、ピラー3080間<細胞回廊3090<開口部3120<細胞保持部3110<孔3070の順序で誘電泳動力が強くなるため、第1の細胞3150は、細胞回廊3090から細胞誘導路3120を経て細胞保持部3110へ移り孔3070に吸引される。中間細胞3016は細胞回廊3090から細胞保持部3110へ移り孔3070に吸引される。この工程は、
図1-1で示す第1の工程に準ずる。
【0060】
第2の工程と第3の工程は、
図1-2と
図1-3の説明に準ずる。
【0061】
第4の工程では、第1の細胞融合に関わらない第1の細胞と、中間細胞は、細胞回廊3090を経て、細胞誘導部3120へ入らず、圧力緩衝部3030へ抜ける。
【0062】
第5の工程~第8の工程は、
図1-5~
図1-8の説明に準じる。
図1-5で示す第5の工程の途中で、第1の細胞1030が孔1080から抜けて、中間細胞1040と共に移動しても、
図3-1で示すように、第1の細胞は、細胞せん断流路3010を経て、細胞
維持部3050で捕捉されるため、再び、細胞せん断流路3010を経て孔3070へ戻すことができる。
【0063】
第9の工程中で、第1の細胞は、細胞せん断流路3010からの流れにより、細胞回収流路3020へ導入される。この工程の途中で、圧力緩衝部3030の第2の細胞融合に関わらない第1の細胞と中間細胞は、隔壁3040により細胞せん断流路3050へ直接流入することが抑制され、流路幅が相対的に広い細胞回廊3090を通り、圧損緩衝部3003や細胞誘導部3120内へ入る事無く、第1の細胞供給部や、第2の細胞供給部へ戻る。
【0064】
第10の工程で、第1の細胞は、細胞回収流路3020へ入り、細胞回収流路3020を通って、
図2で示すように、細胞回収部2340へ達し、流路外へ回収可能になる。
【実施例】
【0065】
本実施例では、ピラーを有する装置を用いて、Jurkat細胞の細胞質を、細胞質を除去した別のiPS細胞内へ移植する。用いた装置は、以下の通りである。
【0066】
・ファンクションジェネレーター
交流印加条件:周波数1MHz、電圧5V
パルス印加条件:時間100μs、電圧10V
・デジタルオシロスコープ
・バイポーラ電力増幅装置
・位相差・蛍光顕微鏡
また、蛍光染色試薬は、以下のものを用いた。
【0067】
・使用蛍光染色試薬:
・Calcein, AM - Special Packaging (Excitation/Emission (nm): 494/514 C3100MP、サーモフィッシャーサイエンティフィック社、マサチューセッツ・米国)、細胞質を緑色染
色する
・CellTraceTM Calcein Red-Orange, AM - Special Packaging (Excitation/Emission (nm): 577/590、C34851、サーモフィッシャーサイエンティフィック社)、細胞質を赤色染色する
・CellstainR Hoechst 33342 solution (Excitation/Emission (nm): 350/461、346-07951、(株)同仁化学研究所、東京・日本)、細胞核を青色染色する
Jurkat細胞懸濁液(1x106個/mL、DMEM+10%FBS)とiPS細胞懸濁液(1x106個/mL、mTeSRTM1)を1mLずつ2本の15mL遠心管に加え、一方の遠心管AにCalcein AM 1μL、もう一方の遠心管BにはCalcein red-orange 1μLとHoechst33342 1μLを加えて、37℃で3分間インキュベーションして細胞質と細胞核を染色した。余分な染色試薬を除くため、遠心管をそれぞれ600rpmと1000rpmで2分間遠心した後、上清を除去した。
【0068】
沈殿した細胞に対して、細胞融合用緩衝液(200mMソルビトール、1mM酢酸カルシウム、0.5mM酢酸マグネシウム、1mg/mL牛血清アルブミン)1mLを加えて混合した。再び遠心管を上記と同条件で遠心して、生細胞を沈殿させ、上清を1mL除去した。この細胞洗浄工程をさらに2回繰り返した。最後に、細胞融合緩衝液を150μL加えて混合して、細胞融合用細胞懸濁液とした。以下、
図6の写真を参考にしながら、各工程を説明する。
【0069】
<細胞融合1回目>
図2に示したようなPDMSデバイスであって、
図3に示したようなピラーを有する装
置上の細胞供給口Aへ遠心管Aの細胞懸濁液(細胞A含有)を加え、細胞供給口であるサンプリングポートBへ遠心管Bの細胞懸濁液(細胞B含有)を加えた。ポンプとしてピペットマンで流路を陰圧にし、細胞懸濁液を細胞供給口から細胞供給流路へ移動させると、
図4Aに示したような液体の流れが生じ、細胞が流路内を流れるようになる。
【0070】
図5は、ピラーを有しない装置(A)とピラーを有する本発明の装置(B)において、細胞を細胞供給流路へ移動させた時の細胞の挙動を比較した結果である。ピラーを有しない装置(A)では、細胞供給口から導入された細胞は流路全体に広がってしまう。しかし、実際には、400μmの流路幅に対して、壁から40μm以内の細胞しか使用できないため、細胞供給口から供給された細胞のうち多くとも10%程度の細胞しか孔へ誘導できない。望ましい距離から離れた細胞を利用するためには、交流電圧を高くする必要があり、その場合、細胞へ高い電圧負荷が掛かって細胞が破裂したり、細胞の形が保たれていても、細胞膜が健康に維持されている細胞が少なくなったりするので、核交換の成功率が減少する。また、流路内へ大量の細胞を供給することによって、流路の壁近傍に、数多くの細胞を供給すると、細胞が流路内で凝集し、流路を閉塞することがあり、こうした場合、核交換の成功率が下がるだけでなく、流路自体の使用ができなくなることがある。
【0071】
一方、ピラーを有する本発明の装置(B)では、細胞供給口から供給した細胞の80%程度が細胞回廊を移動するため、利用できる細胞の割合が著しく高くなった。そのため、また流路内へ多量の細胞を供給する必要がなくなり、細胞の凝集による流路の閉塞の危険性が著しく減少した。
【0072】
この後、交流印加による誘電泳動力により細胞Aを細胞回廊から細胞保持部へ導き、また、細胞Bを細胞保持部へ導き、細胞保持部間の細胞融合のための孔を挟んで細胞AとBの対を形成させた(
図6-1:位相差;
図6-2:蛍光視野)。パルスを1回以上印加しながら、パルス印加過程を位相差と蛍光視野で観察して、細胞融合による蛍光色素の移動を確認した(
図6-3)。
【0073】
<細胞核の回収>
交流印加を停止して、ピペットマンで流路を陰圧にすることで、細胞Aの細胞質を細胞Bへ移動させた(
図6-4)。引き続きピペットマンで流路を陰圧にすることで細胞Aから細胞Bを分離する一方、再び交流を印加することで、細胞Aの核を孔に維持した(
図6-5)。
【0074】
<細胞融合2回目>
再びピペットマン1で細胞懸濁液を吸引し、別の細胞Bを細胞保持部近傍へ導いた。交流印加による誘電泳動力により細胞Bを細胞保持部内へ導いて、孔を挟んで細胞AとBの対を形成させた(
図6-6:位相差;
図6-7:蛍光視野)。パルスを1回以上印加しながら、パルス印加過程を位相差と蛍光視野で観察し、細胞融合による蛍光色素の移動を確認した(
図6-8:蛍光視野;
図6-9:位相差)。
【0075】
<細胞質の移植>
交流印加を停止して、ピペットマンで流路を陽圧にして、細胞Aへ細胞Bの細胞質を移動させた(
図6-10)。引き続きピペットマンで流路を陽圧にして、細胞Aを細胞Bから分離した。分離した細胞Aは、細胞回収流路を経て細胞回収口へは移動し、細胞Aは細胞回収口から流路外へ回収可能となった。これにより、細胞Aの細胞核は、細胞質との関係において、細胞Bの細胞質内へ移植したのと同様の効果が得られた。
【0076】
なお、ピラーを有しない装置と比較し、ピラーを有する装置における核交換の成功率は、全体として3倍以上改善された。
【符号の説明】
【0077】
1010 第1の細胞の細胞核
1020 第1の細胞の細胞質
1025 第1の細胞の細胞膜
1030 第1の細胞
1040 中間体
1050 溶液の流れ(第1の流路と第2の流路で流速が同じ場合)
1060 交流
1070 壁
1080 孔
1090 電圧印加
1100 第1の融合細胞
1110 第1の流路における溶液の流れ
1120 第2の流路における溶液の流れ
1130 第2の細胞の細胞質
1140 第2の細胞の細胞核
1150 第2の細胞
1160 第2の融合細胞
1170 細胞質を交換した細胞(細胞質交換細胞)
2010 第1の細胞供給部
2011 ポンプ
2020 第2の細胞供給部
2030 第1の流路
2040 第2の流路
2050 孔
2080 電極
2090 直流交流信号発生制御装置
2310 第3の流路
2330 開口部
2340 細胞回収部
3003 圧損緩衝部
3010 細胞せん断流路
3016 中間細胞
3020 細胞回収流路
3030 圧力緩衝部
3040 隔壁
3050 細胞維持部
3060 第1の流路
3070 孔
3080 壁に最も近いピラー
3090 細胞回廊
3100 ピラー
3110 細胞保持部
3120 開口部
3140 第2の流路
3150 第1の細胞