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特許7049435軟磁性粉末、軟磁性材料、圧粉磁心及び圧粉磁心の製造方法
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  • 特許-軟磁性粉末、軟磁性材料、圧粉磁心及び圧粉磁心の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-29
(45)【発行日】2022-04-06
(54)【発明の名称】軟磁性粉末、軟磁性材料、圧粉磁心及び圧粉磁心の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/00 20220101AFI20220330BHJP
   B22F 1/142 20220101ALI20220330BHJP
   B22F 3/00 20210101ALI20220330BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220330BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20220330BHJP
   H01F 1/20 20060101ALI20220330BHJP
【FI】
B22F1/00 Y
B22F1/142 100
B22F3/00 B
C22C38/00 303S
H01F1/147 166
H01F1/20
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020212037
(22)【出願日】2020-12-22
(62)【分割の表示】P 2019195775の分割
【原出願日】2019-10-29
(65)【公開番号】P2021077894
(43)【公開日】2021-05-20
【審査請求日】2020-12-22
(31)【優先権主張番号】P 2018204136
(32)【優先日】2018-10-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506334182
【氏名又は名称】DOWAエレクトロニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】河内 岳志
(72)【発明者】
【氏名】増田 恭三
(72)【発明者】
【氏名】井上 健一
【審査官】酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-178402(JP,A)
【文献】特開2018-031041(JP,A)
【文献】特開2015-088529(JP,A)
【文献】特開2007-231330(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00-1/18,
C22C 38/00,
H01F 1/147
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Siを含むFe合金で構成される軟磁性粉末であって、
前記軟磁性粉末は、Siを0.1~15質量%含み、
前記軟磁性粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiの原子濃度とFeの原子濃度の比(Si/Fe)が4.5~30であり、
前記軟磁性粉末の、酸素含有量(O)と、レーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)との積(O×D50(質量%・μm))が0.40(質量%・μm)以上8(質量%・μm)以下であり、
前記軟磁性粉末を20kNで加圧したときの圧粉体の体積抵抗率が3.0×10~5.0×10Ω・cmである、軟磁性粉末。
【請求項2】
前記軟磁性粉末が、更にCrを含み、前記Crの含有量が0.1~8質量%である、請求項に記載の軟磁性粉末。
【請求項3】
レーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)が0.1~15μmである、請求項1又はに記載の軟磁性粉末。
【請求項4】
レーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)が0.5~8μmである、請求項1~3のいずれかに記載の軟磁性粉末。
【請求項5】
Feを84~99.7質量%含む、請求項1~のいずれかに記載の軟磁性粉末。
【請求項6】
Siを0.2~10質量%含む、請求項1~のいずれかに記載の軟磁性粉末。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載の軟磁性粉末とバインダとを含む、軟磁性材料。
【請求項8】
請求項1~のいずれかに記載の軟磁性粉末を含む、圧粉磁心。
【請求項9】
請求項1~のいずれかに記載の軟磁性粉末、または請求項に記載の軟磁性材料を所定の形状に成型し、得られた成型物を加熱して圧粉磁心を得る、圧粉磁心の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟磁性粉末、軟磁性粉末の熱処理方法、軟磁性材料、圧粉磁心及び圧粉磁心の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子機器には、例えばインダクタなどの、圧粉磁心を有する磁性部品が取り付けられている。電子機器では、高性能化および小型化のために高周波化が図られており、それに伴って磁性部品を構成する圧粉磁心にも高周波化への対応が求められている。
【0003】
圧粉磁心は一般的に、軟磁性粉末を必要に応じて樹脂などの結合材と複合化したうえで圧縮成型することで製造されている。この圧粉磁心に交流磁束を流すと一部のエネルギーが失われ、発熱するので電子機器において問題となる。このような磁気損失はヒステリシス損失と渦電流損失とで構成される。ヒステリシス損失を小さくするためには、圧粉磁心の保磁力Hcを小さく、透磁率μを大きくすることが求められる。また渦電流損失を低減するために、圧粉磁心を構成する軟磁性粉末の粒子表面に絶縁膜を形成して電気絶縁性を高める、軟磁性粉末の粒子径を小さくするなどの対応が検討されている(以下、軟磁性粉末を含む軟磁性材料から形成された圧粉磁心の磁気損失や磁気特性を、「軟磁性粉末の磁気損失」や「軟磁性粉末の磁気特性」のように言うことがある)。なお渦電流損失は、周波数の二乗に比例するため、使用する交流が高周波化すると渦電流損失が大きくなり、これの低減が特に重要となる。
【0004】
電源用途などに使用される圧粉磁心では、直流重畳特性を改善するために高い飽和磁化が求められる。しかし、前記のような渦電流損失を低減する措置を行うと、非磁性成分が増えるために飽和磁化が低下しやすい。高い飽和磁化と渦電流損失の低減を両立することが課題である。
【0005】
軟磁性粉末としては、高い透磁率を得られることから、Siを含むFeSi合金粉末が提案されている(例えば、特許文献1を参照)。特許文献1では、Siを5~7質量%配合することで、軟磁気特性を向上できることが記載されている。
【0006】
また特許文献2~5には、FeSi粉末、FeSiCr粉末やテトラアルコキシシランで表面処理されたFeSiCr粉末を、水素雰囲気などの還元性雰囲気又は窒素雰囲気などの不活性雰囲気中で400~1100℃程度の温度で熱処理したことが記載されている。このような非酸化性雰囲気(すなわち、実質的に酸素を含まない雰囲気)中での高温熱処理は一般的に、粉末の酸化を防止しつつ、粉末の残留応力や歪みを取るために行われる。粉末の酸化は飽和磁化などの磁気特性の低下につながりうる。また粉末の歪み等を取ることによって磁壁の移動を容易とし、軟磁性粉末の保磁力を低くすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-171167号公報
【文献】特許第4024705号公報
【文献】特開2010-272604号公報
【文献】特許第5099480号公報
【文献】特開2009-88502号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に示されるように、Fe及びSiを含む軟磁性粉末は磁気特性に優れている。そして上述の通り、軟磁性粉末においては、高い飽和磁化と渦電流損失の低減が望まれる。特に高周波領域で使用される軟磁性粉末においては、渦電流損失の低減が強く望まれる。本発明者らが検討したところ、特許文献2~5に開示された、所定雰囲気中での熱処理を行って得られた軟磁性粉末は、飽和磁化は十分であるものの、電気絶縁性が不十分であり、渦電流損失低減の点で懸念があることがわかった。
【0009】
そこで本発明は、Fe及びSiを含む軟磁性粉末において、飽和磁化を従来技術と同等に維持しつつ、優れた電気絶縁性を達成すること、及びそのような軟磁性粉末を製造する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、酸素を微量含む雰囲気中において、Fe及びSiを含む軟磁性粉末を所定の温度で熱処理することによって、飽和磁化が従来技術と同等以上であり、かつ電気絶縁性が十分に高い軟磁性粉末を提供することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち本発明は、以下の通りである。
Siを含むFe合金で構成される軟磁性粉末であって、前記軟磁性粉末は、Siを0.1~15質量%含み、前記軟磁性粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiの原子濃度とFeの原子濃度の比(Si/Fe)が4.5~30である、軟磁性粉末。
【0012】
前記軟磁性粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)が、0.1~15μmであることが好ましく、0.5~8μmであることがより好ましい。
【0013】
前記軟磁性粉末は、Feを84~99.7質量%含むことが好ましく、Siを0.2~10質量%含むことが好ましく、前記軟磁性粉末が、更にCrを含み、前記Crの含有量が0.1~8質量%であることが好ましい。
【0014】
また本発明の軟磁性粉末の熱処理方法は、Siを0.1~15質量%含むFe合金で構成される軟磁性粉末を、酸素濃度1~2500ppmの雰囲気中で450~1100℃で熱処理する熱処理工程を有する。
【0015】
前記熱処理工程において、前記熱処理を10~1800分実施することが好ましい。また、前記熱処理工程に供される前記軟磁性粉末が、更にCrを含み、前記Crの含有量が0.1~8質量%であることが好ましい。
【0016】
本発明の軟磁性材料は、例えば上記の軟磁性粉末とバインダとを含む。本発明の圧粉磁心は、上記の軟磁性粉末を含む。この圧粉磁心は、例えば上記の軟磁性粉末、または前記の軟磁性材料を所定の形状に成型し、得られた成型物を加熱することで、製造することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、飽和磁化を従来技術と同等に維持しつつ、優れた電気絶縁性を有する、Fe及びSiを含む軟磁性粉末が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1と比較例1のESCA測定結果(SiとFeの原子濃度の比)を示す図である。(a)は深さ30nmまでの測定結果を、(b)は深さ300nmまでの測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の軟磁性粉末及びその製造方法(軟磁性粉末の熱処理方法)の実施の形態を説明する。
【0020】
<軟磁性粉末>
本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、Si(ケイ素)を含むFe(鉄)合金で構成される。
【0021】
(合金組成)
前記軟磁性粉末は、Siを0.1~15質量%の範囲で含み、好ましくは主成分としてFeを含む。Feは軟磁性粉末の磁気特性や機械的特性に寄与する元素である。Siは軟磁性粉末の透磁率などの磁気特性を高める元素である。Feについての前記「主成分」とは、軟磁性粉末を構成する元素の中で最も含有率の高いものを示す。軟磁性粉末におけるFeの含有量は、磁気特性や機械的特性の観点から、好ましくは84~99.7質量%であり、より好ましくは88~98.2質量%である。軟磁性粉末におけるSiの含有量は、Feによる磁気特性や機械的特性を損なうことなく、透磁率などの磁気特性を向上させる観点から上記の範囲とされる。また本発明においては後述する通り、Siが軟磁性粉末の粒子表面近傍に局在していることによって、軟磁性粉末は優れた電気絶縁性を有している。この電気絶縁性や磁気特性の観点から、Siの含有量は好ましくは0.2~10質量%であり、より好ましくは1.2~8質量%である。また、軟磁性粉末におけるFe及びSiの含有量の合計は、不純物の含有による磁気特性の悪化を抑制する観点から、好ましくは90質量%以上である。
【0022】
本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、粉末の酸素含有量を低くして飽和磁化等の磁気特性を高め、また粉末の耐酸化性を高める観点から、Cr(クロム)を含むことが好ましい。この軟磁性粉末において、前記の観点から、Crの含有量は0.1~8質量%であることが好ましく、0.5~7質量%であることがより好ましい。またこの軟磁性粉末におけるFe、Si及びCrの含有量の合計は、不純物の含有による磁気特性の悪化を抑制する観点から、好ましくは97質量%以上である。
【0023】
なお、本実施形態の軟磁性粉末は、以上のFe、Si及びCr以外に、本発明の効果を奏する範囲でその他の元素を含んでもよい。その例としては、Na(ナトリウム)、K(カリウム)、Ca(カルシウム)、Pd(パラジウム)、Mg(マグネシウム)、Co(コバルト)、Mo(モリブデン)、Zr(ジルコニウム)、C(炭素)、N(窒素)、O(酸素)、P(リン)、Cl(塩素)、Mn(マンガン)、Ni(ニッケル)、Cu(銅)、S(硫黄)、As(砒素)、B(硼素)、Sn(スズ)、Ti(チタン)、V(バナジウム)、Al(アルミニウム)が挙げられる。これらのうち酸素を除いたものの含有量は、合計で好ましくは1質量%以下であり、より好ましくは10~5000ppmである。
【0024】
本発明の軟磁性粉末の実施の形態において、不可避不純物として含まれる酸素の含有量は、良好な飽和磁化を得る観点から低いことが好ましい。なお、酸素含有量は粉末の粒子径が小さくなるほど大きくなるので、本発明においては粒子径による酸素含有量の変動を補正すべく、酸素含有量(O)と、軟磁性粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)との積(O×D50(質量%・μm))を採用する。前記積(O×D50(質量%・μm))は、軟磁性粉末の良好な飽和磁化を得る観点から、8(質量%・μm)以下であることが好ましく、0.40~7.50(質量%・μm)であることがより好ましい。
【0025】
(粒子表面近傍のSi/Fe原子濃度比)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、その粒子表面近傍にSiが局在しており、これが絶縁膜のように機能して(かつ飽和磁化には悪影響せず)、軟磁性粉末の優れた電気絶縁性を達成しているものと考えられる。Siの局在について、具体的には軟磁性粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiの原子濃度(原子%)とFeの原子濃度(原子%)の比(Si/Fe)が4.5~30である。なお本明細書において、軟磁性粉末の粒子表面から1nmの深さにおける各元素の原子濃度は、以下のようにして測定するものとする(詳細は実施例にて後述する)。
【0026】
測定装置:アルバック・ファイ社製PHI5800 ESCA SYSTEM
測定光電子スペクトル:Fe2p、Si2p
分析径:φ0.8mm
試料表面に対する測定光電子の出射角度;45°
X線源:モノクロAl線源
X線源出力:150W
バックグラウンド処理:shirley法
Arスパッタエッチング速度をSiO換算にて1nm/minとし、最表面からスパッタ時間0~300minまで81点の測定を行う。スパッタ時間1minを粒子表面からの深さ1nmとして、そのときのSiの原子濃度値とFeの原子濃度値を用いて、SiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)を求める。
【0027】
軟磁性粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)が4.5未満では、優れた電気絶縁性を達成することが困難であり、反対にこの比(Si/Fe)が30を超えるものは、製造が困難である。優れた電気絶縁性を達成する観点及び実製造上の観点から、原子濃度の比(Si/Fe)は好ましくは6~28であり、より好ましくは7.6~26であり、更に好ましくは11.5~26である。
また本発明の軟磁性粉末の実施の形態の、粒子表面から300nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)は、粒子内部における偏析等が防止され均一な合金となり良好な磁気特性を達成する観点から、好ましくは0.001~0.5である。なお本明細書において、軟磁性粉末の粒子表面から300nmの深さにおける各元素の原子濃度は、1nmの深さにおける各元素の原子濃度の測定方法と同様にして測定し、スパッタ時間300minを粒子表面からの深さ300nmとして、そのときのSiの原子濃度値とFeの原子濃度値を用いて、SiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)を求めるものとする。
【0028】
ここで、軟磁性粉末におけるSiの分布について説明する。上述したように、本発明の軟磁性粉末の実施の形態では、粒子の表面側にSiが局在している。例えば、後述する図1(の実線)に示すように、原子濃度の比(Si/Fe)は、粒子内部では小さく均一であるが、粒子表面近傍の一定の範囲では、内部よりも明らかに大きい。つまり、Siの比率は、内部よりも表面側で高くなる。
具体的には、粒子表面から深さ2nmまでの領域において、原子濃度の比(Si/Fe)が4.5~30であることが好ましく、粒子表面から深さ2nmより大きく深さ4nm以下の領域において、原子濃度の比(Si/Fe)が1~30であることが好ましい。また表面領域よりも深い内部(粒子表面から深さ100nm以上の領域)においては、原子濃度の比(Si/Fe)が0.001~0.5であることが好ましい。
【0029】
(平均粒子径(D50))
本発明の軟磁性粉末の実施の形態のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は特に限定されないが、微細な粒子とすることで渦電流損失を低減する観点からは、0.1~15μmであることが好ましく、0.5~8μmであることがより好ましい。
【0030】
(BET比表面積)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態のBET1点法により測定した比表面積(BET比表面積)は、粉末の粒子表面への酸化物の発生を抑制して良好な磁気特性を発揮する観点から、好ましくは0.15~3.00m/gであり、より好ましくは0.20~2.50m/gである。
【0031】
(タップ密度)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態のタップ密度は、粉末の充填密度を高めて良好な磁気特性を発揮する観点から、好ましくは2.0~7.5g/cmであり、より好ましくは2.8~6.5g/cmである。
【0032】
(X線回折(XRD)測定における特性)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態をXRD測定した場合において、面指数(1,1,0)において強いピークが観察されやすく、当該ピークは粉末の結晶構造を分析するのに有用である。
【0033】
そのピーク位置は通常2θ=52.40~52.55°の範囲である。
そのピークから求められるd値は通常2.015~2.030Åである。
そのピークの半価幅(FWHM)は、通常0.060~0.110°であり(対応する結晶子サイズは937~1563Åである)、好ましくは0.065~0.105°である(対応する結晶子サイズは984~1485Åである)。XRDでの回折ピークの半価幅がこのように小さいと(すなわち結晶子サイズが大きいと)、軟磁性粉末が磁気特性に優れる傾向がある。
前記ピークの積分幅は、通常0.100~0.160°である。
【0034】
(形状)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態の形状は、特に限定されず、球状や略球状であってもよく、粒状や薄片状(フレーク状)、あるいは歪な形状(不定形)であってもよい。
【0035】
(電気絶縁性)
本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、上述の通りSiが粒子表面に局在しており、電気絶縁性に優れている。具体的には、下記圧粉抵抗試験で求められる軟磁性粉末の圧粉体の抵抗R(体積抵抗率)が、好ましくは3.0×10~5.0×10Ω・cmであり、より好ましくは3.5×10~1.0×10Ω・cmである。
[圧粉抵抗試験]
軟磁性粉末6.0gを粉体抵抗測定システム(三菱化学アナリテック株式会社製のMCP-PD51型)の測定容器内に詰めた後に加圧を開始して、20kNの荷重がかかった時点の、横断面がφ20mmの円形形状の圧粉体の体積抵抗率を測定する。
【0036】
(電気絶縁性と飽和磁化のバランス)
[背景技術]の項にて説明した通り、軟磁性粉末について優れた飽和磁化と低い渦電流損失の両立が求められているが、渦電流損失低減の対応は飽和磁化を低下させてしまうことがある。本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、前記の両立を達成しており、電気絶縁性に優れ、かつ飽和磁化も所定の値を確保している。具体的には、軟磁性粉末の圧粉体抵抗R(Ω・cm)の数値の常用対数(logR)と飽和磁化σs(emu/g)の積(logR×σs)が、好ましくは600(emu/g)以上であり、より好ましくは620~1400(emu/g)である。
【0037】
<軟磁性粉末の熱処理方法>
以上説明した本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、本発明の軟磁性粉末の熱処理方法の実施の形態により得ることができる。この熱処理方法は、所定の軟磁性粉末を、酸素濃度1~2500ppmの雰囲気中で450~1100℃で熱処理する熱処理工程を有する。以下、この熱処理方法について説明する。
【0038】
(原料粉末)
本発明の軟磁性粉末の熱処理方法の実施の形態において、熱処理工程に付される軟磁性粉末(以下「原料粉末」ともいう)は、本発明の軟磁性粉末の実施の形態と組成と形状などは実質的に同じであるが、Siの局在状態が異なる。
【0039】
すなわち、原料粉末は、Siを0.1~15質量%の範囲で含むFe合金で構成され、好ましくは主成分(粉末を構成する元素の中で最も含有率が高い成分)としてFeを含む。原料粉末におけるFeの含有量は、好ましくは84~99.7質量%であり、より好ましくは88~98.2質量%である。Siの含有量は、好ましくは0.2~10質量%であり、より好ましくは1.2~8質量%である。また、原料粉末におけるFe及びSiの含有量の合計は、好ましくは90質量%以上である。また、原料粉末は、Cr(クロム)を含むことが好ましく、その含有量は0.1~8質量%であることが好ましく、0.5~7質量%であることがより好ましい。この場合の原料粉末におけるFe、Si及びCrの含有量の合計は、97質量%以上であることが好ましい。また原料粉末は、本発明の効果を奏する範囲でその他の元素を含んでもよく、その例としては、Na、K、Ca、Pd、Mg、Co、Mo、Zr、C、N、O、P、Cl、Mn、Ni、Cu、S、As、B、Sn、Ti、V、Alが挙げられる。これらのうち酸素を除いたものの含有量は、合計で好ましくは1質量%以下であり、より好ましくは10~5000ppmである。
【0040】
原料粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiの原子濃度(原子%)とFeの原子濃度(原子%)の比(Si/Fe)は、通常0.05~2.5である。また原料粉末の粒子表面から300nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)は、好ましくは0.001~0.5である。
【0041】
原料粉末の酸素含有量とレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)との積(O×D50(質量%・μm))は、8(質量%・μm)以下であることが好ましく、0.40~7.50(質量%・μm)であることがより好ましい。原料粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は、0.1~15μmであることが好ましく、0.5~8μmであることがより好ましい。原料粉末のBET1点法により測定した比表面積(BET比表面積)は、好ましくは0.15~3.00m/gであり、より好ましくは0.20~2.50m/gである。原料粉末のタップ密度は、好ましくは2.0~7.5g/cmであり、より好ましくは2.8~6.5g/cmである。原料粉末の実施の形態をXRD測定した場合において、面指数(1,1,0)におけるピークのピーク位置は通常2θ=52.40~52.55°であり、d値は通常2.015~2.030Åであり、半価幅(FWHM)は、通常0.100~0.180°であり(対応する結晶子サイズは644~1034Åである)、好ましくは0.110~0.160°であり(対応する結晶子サイズは658~937Åである)、積分幅は通常0.160~0.240°である。
【0042】
以上説明した原料粉末は、公知の方法、例えばガスアトマイズ法や水アトマイズ法、プラズマなどを利用した気相法により製造することができ、また市販品として購入することもできる。これらを分級してその粒度分布を調整してもよい。
【0043】
(熱処理工程)
本発明の熱処理方法の実施の形態における熱処理工程では、以上説明した原料粉末を、酸素濃度1~2500ppmの雰囲気中で450~1100℃で熱処理する。このような高温で熱処理することで、[背景技術]で説明した、粉末の残留応力や歪みを取る効果が期待されるが、本発明においては更に、1~2500ppmという微量の酸素が存在する状態で高温熱処理することで、Siが粉末の粒子表面へ局在するようになり、これにより電気絶縁性に優れた軟磁性粉末が得られる(以下、熱処理工程を経た軟磁性粉末を「熱処理後粉末」ともいう)。このメカニズムは明らかではないが、以下のようなメカニズムが推定される。熱処理によって原子拡散が起こるが、微量の酸素の存在は、Siの粒子表面側方向への拡散を促進する。これにより、熱処理後粉末においてはSiが粒子表面に局在する(具体的には、熱処理後粉末の粒子表面から1nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度比(Si/Fe)が4.5~30であり、熱処理前に比べて好ましくは10~40倍の数値となる)ようになると考えられる。
【0044】
なお、酸素が存在すると粉末の酸化も起こることになるが、粉末が酸化すると飽和磁化などの磁気特性の低下につながってしまう。しかし本発明においては熱処理における雰囲気中の酸素が微量であるため、粉末の酸化が最低限に抑えられ、飽和磁化の低下は実質的に起こらない。その結果として、従来技術と同様の、一定程度の飽和磁化を確保することができる。
【0045】
本発明の熱処理方法の実施の形態の熱処理工程において、熱処理の温度は、熱処理後粉末の電気絶縁性を十分に高める観点から、500~1000℃であることが好ましく、550~850℃であることがより好ましい。
【0046】
また、熱処理工程における熱処理は、熱処理後粉末の電気絶縁性を高め、また生産性及び酸化による熱処理後粉末の飽和磁化の低下を防止する観点から、10~1800分実施することが好ましく、60~1200分実施することがより好ましい。
【0047】
前記熱処理工程における前記雰囲気中の酸素濃度は、軟磁性粉末の電気絶縁性を適切に高め、かつ酸化を防止して粉末の飽和磁化の低下を防ぐ観点から、5~1500ppmが好ましく、より好ましくは10~1200ppmであり、さらに好ましくは60~950ppmである。
【0048】
前記熱処理工程における雰囲気は、酸素濃度が上記の範囲であり、原料粉末と反応性を実質的に示さなければ特に限定されるものではない。前記雰囲気は、本発明の効果を好適に奏する観点から、実質的に酸素と不活性元素とのみからなることが好ましい。前記不活性元素の例としては、ヘリウム、ネオン、アルゴン、窒素などが挙げられる。これらの中でも、コストの観点から窒素が好ましい。
【0049】
<軟磁性材料>
以上説明した本発明の軟磁性粉末の実施の形態は、上述の通り電気絶縁性に優れ、かつ飽和磁化が従来技術と同等に維持されている。
【0050】
このような特性から、本発明の軟磁性粉末の実施の形態は軟磁性材料に好適に適用することができる。軟磁性粉末それ自体を軟磁性材料として使用することもできるし、バインダと混合した軟磁性材料とすることもできる。後者の場合、例えば軟磁性粉末をバインダ(絶縁樹脂及び/又は無機バインダ)と混合し、造粒することで、粒状の複合体粉末(軟磁性材料)を得ることができる。この軟磁性材料における軟磁性粉末の含有量は、良好な磁気特性を達成する観点から、80~99.9質量%であることが好ましい。同様な観点から、バインダの軟磁性材料における含有量は、0.1~20質量%であることが好ましい。
【0051】
前記絶縁樹脂の具体例としては、(メタ)アクリル樹脂、シリコーン樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂が挙げられる。前記無機バインダの具体例としては、シリカバインダー、アルミナバインダーが挙げられる。さらに、軟磁性材料(軟磁性粉末単体の場合と、粉末とバインダの混合物の場合の双方)は必要に応じてワックス、滑剤などのその他の成分を含んでもよい。
【0052】
<圧粉磁心>
以上説明した軟磁性材料を所定の形状に成型して加熱することで、本発明の軟磁性粉末の実施の形態を含む圧粉磁心を製造することができる。より具体的には、軟磁性材料を所定形状の金型に入れ、加圧し加熱することで圧粉磁心を得る。
【実施例
【0053】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0054】
[比較例1]
タンディッシュ炉中で、電解鉄(純度:99.95質量%以上)28.2kgとシリコンメタル(純度:99質量%以上)1.1kgとフェロクロム(Fe33wt%、Cr67wt%)0.67kgとを窒素雰囲気下において加熱溶解した溶湯を、窒素雰囲気下(酸素濃度0.001ppm以下)においてタンディッシュ炉の底部から落下させながら、水圧150MPa、水量160L/分で高圧水(pH10.3)を吹き付けて急冷凝固させ、得られたスラリーを固液分離し、固形物を水洗し、真空中、40℃、30時間の条件で乾燥した。
【0055】
このようにして得られた略球状のFeSiCr合金粉末1について、組成(Fe、Si、Crの含有量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗R及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0056】
[組成]
FeSiCr合金粉末1の組成の測定は、以下の通り行った。
Feは、滴定法により、JIS M8263(クロム鉱石-鉄定量方法)に準拠して、以下のように分析を行った。まず、試料(FeSiCr合金粉末1)0.1gに硫酸と塩酸を加えて加熱分解し、硫酸の白煙が発生するまで加熱した。放冷後、水と塩酸を加えて加温して可溶性塩類を溶解させた。そして、得られた試料溶液に温水を加えて液量を120~130mL程度にし、液温を90~95℃程度にしてからインジゴカルミン溶液を数滴加え、塩化チタン(III)溶液を試料溶液の色が黄緑から青、次いで無色透明になるまで加えた。引き続き試料溶液が青色の状態を5秒間保持するまで二クロム酸カリウム溶液を加えた。この試料溶液中の鉄(II)を、自動滴定装置を用いて二クロム酸カリウム標準溶液で滴定し、Fe量を求めた。
【0057】
Siは、重量法により、以下のように分析を行った。まず、試料(FeSiCr合金粉末1)に塩酸と過塩素酸を加えて加熱分解し、過塩素酸の白煙が発生するまで加熱した。引き続き加熱して乾固させた。放冷後、水と塩酸を加えて加温して可溶性塩類を溶解させた。続いて、不溶解残渣を、ろ紙を用いてろ過し、残渣をろ紙ごとるつぼに移し、乾燥、灰化させた。放冷後、るつぼごと秤量した。少量の硫酸とフッ化水素酸を加え、加熱して乾固させた後、強熱した。放冷後、るつぼごと秤量した。そして、1回目の秤量値から2回目の秤量値を差し引き、重量差をSiOとして計算してSi量を求めた。
【0058】
Crは、誘導結合プラズマ(ICP)発光分析装置(株式会社日立ハイテクサイエンス製のSPS3520V)を用いて、分析を行った。
【0059】
酸素含有量は、酸素・窒素・水素分析装置(株式会社堀場製作所製のEMGA-920)により測定した。
【0060】
[粒度分布]
粒度分布については、レーザー回折式粒度分布測定装置(SYMPATEC社製のへロス粒度分布測定装置(HELOS&RODOS(気流式の分散モジュール)))を使用して、分散圧5barで体積基準の粒度分布を求めた。
【0061】
[BET比表面積]
BET比表面積は、BET比表面積測定器(株式会社マウンテック製のMacsorb)を使用して、測定器内に105℃で20分間窒素ガスを流して脱気した後、窒素とヘリウムの混合ガス(N:30体積%、He:70体積%)を流しながら、BET1点法により測定した。
【0062】
[タップ密度]
タップ密度(TAP)は、特開2007-263860号公報に記載された方法と同様に、FeSiCr合金粉末1を内径6mm×高さ11.9mmの有底円筒形のダイに容積の80%まで充填して合金粉末層を形成し、この合金粉末層の上面に0.160N/mの圧力を均一に加え、この圧力で合金粉末がこれ以上密に充填されなくなるまで前記合金粉末層を圧縮した後、合金粉末層の高さを測定し、この合金粉末層の高さの測定値と、充填された合金粉末の重量とから、合金粉末の密度を求め、これをFeSiCr合金粉末1のタップ密度とした。
【0063】
[圧粉体抵抗R]
圧粉体抵抗Rは、以下のようにして測定した。6.0gのFeSiCr合金粉末1を粉体抵抗測定システム(三菱化学アナリテック株式会社製のMCP-PD51型)の測定容器内に詰めた後に加圧を開始して、20kNの荷重がかかった時点の横断面がφ20mmの円形形状の圧粉体の体積抵抗率を測定した。
【0064】
[磁気特性(透磁率、保持力、及び飽和磁化)の測定]
FeSiCr合金粉末1とビスフェノールF型エポキシ樹脂(株式会社テスク製;一液性エポキシ樹脂B-1106)を97:3の質量割合で秤量し、真空撹拌・脱泡ミキサー(EME社製;V-mini300)を用いてこれらを混練し、供試粉末がエポキシ樹脂中に分散したペーストとした。このペーストをホットプレート上で30℃、2hr乾燥させて合金粉末と樹脂の複合体としたのち、粉末状に解粒して、複合体粉末とした。この複合体粉末0.2gをドーナッツ状の容器内に入れて、ハンドプレス機により9800N(1Ton)の荷重をかけることにより、外径7mm、内径3mmのトロイダル形状の成形体を得た。この成形体について、RFインピーダンス/マテリアル・アナライザ(アジレント・テクノロジー社製;E4991A)とテストフィクスチャ(アジレント・テクノロジー社製;16454A)を用い、10MHzにおける複素比透磁率の実数部μ’を測定した。
【0065】
また、高感度型振動試料型磁力計(東英工業株式会社製:VSM-P7-15型)を用い、印加磁界(10kOe)、M測定レンジ(50emu)、ステップビット100bit、時定数0.03sec、ウエイトタイム0.1secでFeSiCr合金粉末1の磁気特性を測定した。B-H曲線により、飽和磁化σs及び保磁力Hcを求めた。なお、処理定数はメーカー指定に従った。具体的には下記の通りである。
【0066】
交点検出:最小二乗法 M平均点数 0 H平均点数 0
Ms Width:8 Mr Width:8 Hc Width:8 SFD Width:8 S.Star Width:8
サンプリング時間(秒):90
2点補正 P1(Oe):1000
2点補正 P2(Oe):4500
【0067】
[X線回折(XRD)測定]
粉末XRDパターンはX線回折装置(株式会社リガク社製、型式RINT-UltimaIII)を用いて測定した。X線源にはコバルトを使用し、加速電圧40kV、電流30mAでX線を発生させた。発散スリット開口角は1/3°、散乱スリット開口角は2/3°、受光スリット幅は0.3mmである。半価幅の正確な測定のため、ステップスキャンにて2θが51.5~53.5°の範囲を測定間隔0.02°、計数時間5秒、積算回数3回で測定を行った。
得られた回折チャートから粉末X線解析ソフトウェアPDXL2を使用して、面指数(1,1,0)におけるピークを解析し、ピーク位置、d値、半価幅(FWHM)、積分幅、結晶子サイズを求めた。
【0068】
[ESCA分析]
得られたFeSiCr合金粉末1について、ESCAにより表面組成比を測定した。測定は以下の条件で行った。
測定装置:アルバック・ファイ社製PHI5800 ESCA SYSTEM
測定光電子スペクトル:Fe2p、Si2p
分析径:φ0.8mm
試料表面に対する測定光電子の出射角度;45°
X線源:モノクロAl線源
X線源出力:150W
バックグラウンド処理:shirley法
Arスパッタエッチング速度をSiO換算にて1nm/minとし、最表面からスパッタ時間0~300minまで81点の測定を行った。スパッタ時間1minを粒子表面からの深さ1nm、300minを深さ300nmとして、そのときのSiの原子濃度値とFeの原子濃度値を用いて、SiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)を求めた。
【0069】
[比較例2]
溶湯調製原料を電解鉄26.9kgとシリコンメタル1.1kgとフェロクロム2.0kgに変更した以外は、比較例1と同様の方法で略球状のFeSiCr合金粉末2を得た。この合金粉末2について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0070】
[実施例1]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで800℃に加温し、800℃で960分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末3を得た。この合金粉末3について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。また、ESCA分析の結果(深さ300nmまでのSiとFeの原子濃度の比)を、比較例1の結果とあわせて図1に示す。
【0071】
[実施例2]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで500℃に加温し、500℃で960分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末4を得た。この合金粉末4について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0072】
[実施例3]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで800℃に加温し、800℃で20分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末5を得た。この合金粉末5について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0073】
[実施例4]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで700℃に加温し、700℃で60分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末6を得た。この合金粉末6について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0074】
[実施例5]
比較例2で得られたFeSiCr合金粉末2に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで700℃に加温し、700℃で60分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末7を得た。この合金粉末7について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0075】
[比較例3]
比較例2で得られたFeSiCr合金粉末2に対して、棚式乾燥機を使用し、大気雰囲気中、150℃で60分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末8を得た。この合金粉末8について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0076】
[比較例4]
比較例2で得られたFeSiCr合金粉末2に対して、棚式乾燥機を使用し、大気雰囲気中、200℃で60分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末9を得た。この合金粉末9について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0077】
[比較例5]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を100ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで400℃に加温し、400℃で960分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末10を得た。この合金粉末10について、比較例1と同様の方法で、組成、酸素含有量、粒度分布、圧粉抵抗及び磁気特性(圧粉磁心の密度を含む)を求め、さらにX線回折測定を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0078】
[比較例6]
比較例1で得られたFeSiCr合金粉末1に対して、実施例1と同様の炉を使用し、CO/CO/N雰囲気中(酸素濃度0.1ppm)、昇温速度10℃/minで800℃に加温し、800℃で960分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末11を得た。この合金粉末11について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0079】
[比較例7]
分級条件を変えて粒度を変えた以外は比較例1と同様の方法で略球状のFeSiCr合金粉末12を得た。この合金粉末12について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求めた。結果は下記の表2及び3に示している。
【0080】
[実施例6]
比較例7で得られたFeSiCr合金粉末12に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を800ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで700℃に加温し、700℃で240分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末13を得た。この合金粉末13について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0081】
[比較例8]
分級条件を変えて粒度を変えた以外は比較例1と同様の方法で略球状のFeSiCr合金粉末14を得た。この合金粉末14について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求めた。結果は下記の表2及び3に示している。
【0082】
[実施例7]
比較例8で得られたFeSiCr合金粉末14に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を2000ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで700℃に加温し、700℃で240分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末15を得た。この合金粉末15について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0083】
[比較例9]
分級条件を変えて粒度を変えた以外は比較例1と同様の方法で略球状のFeSiCr合金粉末16を得た。この合金粉末16について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求めた。結果は下記の表2及び3に示している。
【0084】
[実施例8]
比較例9で得られたFeSiCr合金粉末16に対して、実施例1と同様の炉を使用し、酸素を2000ppm含む窒素雰囲気中、昇温速度10℃/minで700℃に加温し、700℃で240分間熱処理を実施してFeSiCr合金粉末17を得た。この合金粉末17について、比較例1と同様の方法で、組成(Fe、Si、Crの量及び酸素含有量)、粒度分布、BET比表面積、タップ密度、圧粉体抵抗及び磁気特性を求め、さらにX線回折(XRD)測定及びESCA分析を行った。結果は下記の表2及び3に示している。
【0085】
以上の実施例1~8及び比較例1~9の熱処理条件を下記表1に、これらで得られた合金粉末1~17の粉体特性を下記表2に、合金粉末1~17の絶縁特性及び磁気特性を下記表3に示す(表3には参考のため、熱処理条件及び粒子表面から1nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)を再掲する)。
【0086】
【表1】
【0087】
【表2】
【0088】
【表3】
【0089】
粒子表面から1nmの深さにおけるSiとFeの原子濃度の比(Si/Fe)について、熱処理前の原料粉末(比較例1及び2)は1以下であり、深さ300nmにおける比(Si/Fe)は0.03程度であった。このように水アトマイズ法で製造されたFeSiCr合金粉末では、熱処理前からSiについて一定程度の粒子表面への局在(偏析)が見られたが、圧粉体抵抗Rは不十分なものであった。
【0090】
この原料粉末(比較例2)に対して大気雰囲気中で200℃以下の熱処理を行うと(比較例3及び4)、1nmの深さにおける原子濃度の比(Si/Fe)にはほとんど変化が認められず、若干酸素含有量及びO×D50(質量%・μm)が上昇した。原料粉末との比較で、圧粉体抵抗Rは若干上昇する程度で電気絶縁性は不十分であり、飽和磁化σsはわずかに悪化した。
【0091】
比較例1の原料粉末に対して本発明規定の微量の酸素が存在する雰囲気中で比較的低温での熱処理を行った場合(比較例5)には、1nmの深さにおける原子濃度の比(Si/Fe)にはほとんど変化が認められなかった。比較例1の原料粉末に対して、高温であるが酸素が実質的に存在しない雰囲気中で熱処理を行った場合(比較例6)には、1nmの深さにおける原子濃度の比(Si/Fe)が一定程度上昇した。しかし、これらのいずれも、原料粉末との比較で飽和磁化σsに変化はなく、電気絶縁性は若干悪化した。
【0092】
一方、比較例1及び2の原料粉末に対して本発明の熱処理方法を実施した場合には(実施例1~5)、1nmの深さにおける原子濃度の比(Si/Fe)が8.0以上と大きく上昇し、電気絶縁性も2ケタ以上上昇した。一方飽和磁化σsには変化は無く、原料粉末と同等であった。
【0093】
実施例1及び比較例1の軟磁性粉末におけるSiの分布について具体的に説明すると、比較例1の軟磁性粉末は、図1(a)の破線に示すように、どの深さにおいても原子濃度の比(Si/Fe)が1以下であって大きく変化せず、Siがほぼ一様に存在している。これに対して、実施例1の軟磁性粉末は、実線に示すように、比(Si/Fe)が、粒子内部(粒子表面から深さ30nm以上の深い領域)では0.5以下で大きく変化せずに均一であるが、深さ10nmあたりから表面側に向かって大きくなり、深さ1nmの位置では17.4となるといったように、Siが表面側に局在している。このようにSiが表面側に局在する軟磁性粉末によれば、Siが均一に存在する軟磁性粉末と比べて、飽和磁化を同等に維持しながらも、より高い電気絶縁性を得ることができる。
【0094】
比較例1及び2とは粒子径を変えた原料粉末(比較例7~9)に対して本発明の熱処理方法を実施した場合にも、同様の効果が認められた(実施例6~8)。なおこれらの実施例の場合、実施例1~5に比べて透磁率が高くなっているが、これは、実施例1~5のFeSiCr合金粉末とは異なる粒度分布の合金粉末であり、これにより、磁気特性を測定する際のトロイダル形状の成形体の形成において、粒子の充填性が高まったことによると考えられる。
図1