(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-01
(45)【発行日】2022-04-11
(54)【発明の名称】塩味増強剤
(51)【国際特許分類】
A23L 27/00 20160101AFI20220404BHJP
A23L 27/21 20160101ALI20220404BHJP
A23L 27/40 20160101ALI20220404BHJP
【FI】
A23L27/00 Z
A23L27/21 Z
A23L27/40
(21)【出願番号】P 2018054028
(22)【出願日】2018-03-22
【審査請求日】2020-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000226976
【氏名又は名称】日清食品ホールディングス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 敬展
【審査官】飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/007892(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/114918(WO,A1)
【文献】特開2007-289083(JP,A)
【文献】特開2016-158533(JP,A)
【文献】Agric.Biol.Chem., 1989, Vol.53, p.1625-1633
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギニン、リジン塩酸塩、塩化カリウム、およびプロリンを含む塩味増強剤であって、
喫食時の食品への各成分の最終添加濃度が、
アルギニンが0.05~0.30重量%、リジン塩酸塩が0.05~0.45重量%、塩化カリウムが0.10~
0.30重量%、プロリンが
0.04~0.12重量%である、塩味増強剤。
【請求項2】
食品中の塩化ナトリウム100重量部に対し、アルギニンが10~50重量部となるように用いられることを特徴とする請求項1記載の塩味増強剤。
【請求項3】
塩味増強剤中のアルギニンを100重量部とした場合に、リジン塩酸塩を50~150重量部含むことを特徴とする請求項1又は2記載の塩味増強剤。
【請求項4】
食品中の塩化ナトリウム100重量部に対して、塩化カリウムが10~100重量部となるように用いられることを特徴とする請求項1~3いずれか記載の塩味増強剤。
【請求項5】
塩味増強剤中の塩化カリウムを100重量部とした場合に、プロリンを5~75重量部含むことを特徴とする請求項1~4いずれか記載の塩味増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩味増強剤に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、健康志向や食塩の摂取目標量が引き下げられたことなどから、食塩摂取量を減らす取り組みが行われている。
【0003】
食塩摂取量は、例えば、飲食品を製造する際の食塩の使用量を減らすこと(減塩)により低減できる。また、それ自体が塩味を呈する化合物(食塩代替物質)で食塩の一部を代替することでも低減できる。さらに、塩味の強化作用を有する化合物(塩味増強物質)を添加することで、食塩の使用量が少ない場合であっても塩味を知覚することができる。
【0004】
食塩(塩化ナトリウム)代替物質としては、例えば、塩化カリウム等のカリウム塩、塩化アンモニウム等のアンモニウム塩、塩化マグネシウム等のマグネシウム塩等が知られている。
【0005】
また、アミノ酸は塩味増強剤として知られている。例えば、特許文献3には、塩基性アミノ酸(アルギニン等)と、塩基性アミノ酸塩(リジン塩酸塩等)とからなる塩味増強剤が開示されており、両物質を併用することで塩味が顕著に強化されることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-189709号
【文献】特開2003-144088号
【文献】特開2017-135996号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ここで、塩化ナトリウム使用量をより一層抑制するためには、両技術(食塩代替と塩味増強)の併用が必要である。ところが、本発明を検討する過程で、食塩の代替物である塩化カリウムと、アルギニン及びリジン塩酸塩とを併用すると、塩化カリウムのエグ味が強まってしまうという課題が明らかになってきた。
【0008】
そこで、本発明者らは、塩化カリウムのエグ味を抑制しつつ、塩味のみを選択的に強化する方法について検討を行った。さらに、アミノ酸の使用量を最小限度に抑制することで、アミノ酸の分離精製に要する負荷を軽減することについても検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、アルギニン、リジン塩酸塩、および塩化カリウムからなる塩味増強剤にエグ味抑制機能のあるプロリンを必要最小限添加することで、塩味のみを選択的に強化することを試みた。
【0010】
なお、本発明で「剤」とは、添加物(substance)を意味し、固形と液体の双方を含む概念である。
【発明の効果】
【0011】
本発明の完成により、塩味のみが選択的に強化される塩味増強剤を提供することが可能となった。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、本発明の一実施形態に係る塩味増強剤について説明する。
本実施形態の塩味増強剤は、アルギニン、リジン塩酸塩、塩化カリウム、およびプロリンを含有している。この塩味増強剤は、塩化ナトリウムを含む食品(特に、飲食物)に添加して使用することで塩味を増強させることができ、塩化ナトリウムの使用量を低減することができる。
【0013】
塩味増強剤の形態には、特に限定はなく、固体状、粉末状、粒状、液体状などのいずれの形状であってもよい。また、塩味増強剤は、塩基性アミノ酸と、塩基性アミノ酸塩酸塩と、酸性物質に加えて、賦形剤等の他の成分を含有するものであってもよい。
【0014】
(1)アルギニン
本発明はアルギニンを含有する。アルギニンは塩味増強効果を示す主たる成分であり、本発明において必須成分である。なお、本発明におけるアルギニンには、アルギニン塩を含む。
【0015】
本発明では、塩味増強剤を添加した際のアルギニンの最終添加濃度が0.05~0.30重量%である。アルギニン濃度が0.05重量%未満だと塩味増強効果が弱く、0.30重量%を超えるとエグ味が強まってしまう。なお、塩味増強効果とエグ味のバランスを考慮して、アルギニンの最終添加濃度を0.10~0.20重量%とすることがより好ましい。
【0016】
また、塩味増強剤を食品へ添加した際に、食品中の塩化ナトリウム100重量部に対して、アルギニンを10~50重量部含むことが好ましい。塩化ナトリウム100重量部に対して、アルギニン含有量が10重量部未満の場合には、十分な塩味増強効果を期待できない。一方、アルギニン含有量が100重量部を超えると、塩味増強効果は期待できるものの、塩化カリウムに由来するエグ味が強まってしまう。なお、塩味増強効果とエグ味のバランスを考慮すると、塩化ナトリウム100重量部に対して、アルギニンを15~50重量部含むことがより好ましい。
【0017】
(2)リジン塩酸塩
本発明はリジン塩酸塩を含有する。アルギニンとリジン塩酸塩を併用することで、アルギニンの一部がアルギニン塩酸塩となり、アルギニンに由来する異味を抑制することができる。
【0018】
本発明では、塩味増強剤を添加した際のリジン塩酸塩の最終添加濃度が0.05~0.45重量%である。リジン塩酸塩の濃度が0.05重量%未満だとアルギニンの異味を抑制する効果が乏しく、0.45重量%を超えるとエグ味が強まってしまう。なお、アルギニンの異味抑制効果とエグ味のバランスを考慮して、リジン塩酸塩の最終添加濃度を0.10~0.20重量%とすることがより好ましい。
【0019】
また、塩味増強剤中のアルギニンを100重量部とした場合に、リジン塩酸塩を50~150重量部含むことが好ましい。アルギニンとリジン塩酸塩は共存することで塩味増強効果を発現するため、両成分の濃度に差があるのは好ましくない。
【0020】
(3)塩化カリウム
本発明は塩化カリウムを含有する。塩化ナトリウムの一部を塩化カリウムに代替することで、塩味を維持しつつ、塩化ナトリウム使用量を抑制することができる。ただし、塩化カリウムには独特のエグ味があり、アルギニンおよびリジン塩酸塩と併用するとそのエグ味が強まってしまう。したがって、塩化カリウム使用量を抑制するとともに、後述するプロリンを併用する必要がある。
【0021】
本発明では、塩味増強剤を添加した際の塩化カリウムの最終添加濃度が0.05~0.50重量%である。塩化カリウム濃度が0.05重量%未満だと塩化ナトリウム使用量を抑制するという観点で不十分である。一方で、塩化カリウム濃度が0.50重量%を超えるとエグ味が強まってしまう。なお、塩化ナトリウム使用量の抑制とエグ味のバランスを考慮すると、塩化カリウムの最終添加濃度を0.10~0.30重量%とすることがより好ましい。
【0022】
また、塩味増強剤を食品へ添加した際に、食品中の塩化ナトリウム100重量部に対して、塩化カリウムを10~100重量部含むことが好ましい。塩化カリウムが10重量部未満の場合には、塩化ナトリウム使用量を抑制するという観点で不十分である。一方、100重量部を超えると、エグ味が強まってしまう。
【0023】
(4)プロリン
本発明はプロリンを含有する。従来から、プロリンには塩化カリウムのエグ味を抑制する機能が知られていたが、従来はプロリンの濃度が高く、プロリン由来の甘味等も強くなってしまうという課題があった。ところが、本発明では、アルギニンやリジン塩酸塩によって強調された塩化カリウムのエグ味を、プロリンによってマスキングすることを目的としている。換言すると、塩化カリウムのエグ味がアルギニンやリジン塩酸塩によって強調されないようにすれば良い。したがって、従来の方法と比較すると、プロリン含有量は低濃度で十分である。
【0024】
具体的には、塩味増強剤を添加した際のプロリンの最終添加濃度が0.01~0.15重量%となるように調整することが好ましい。プロリン濃度が0.01重量%未満だと、塩化カリウムのエグ味を抑制することができない。一方、0.15重量%を超えると、プロリンの異味(甘味)が強くなってしまう。なお、エグ味と甘味を抑制する観点から、プロリンの最終添加濃度は0.04~0.12重量%がより好ましい。
【0025】
また、塩味増強剤中の塩化カリウムを100重量部とした場合に、プロリンを5~75重量部含むことが好ましく、40~60重量部含むことがより好ましい。この範囲で添加することで、塩化カリウムのエグ味とプロリンの甘味を抑制することが可能である。
【0026】
なお、上記アミノ酸(アルギニン、リジン塩酸塩およびプロリン)は、その起源や製造方法を問わない。すなわち、食品添加物のみならず、化学合成法、発酵法あるいは食品タンパクの分解等により得られるもののいずれを使用して構わない。
【0027】
(5)酸性物質
本発明においては、更に、酸性物質を含むことが好ましい。本発明でいう「酸性物質」とは、水溶液にした際に酸性を示す物質を指し、具体的には、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、フマル酸、アジピン酸、リン酸及びこれらの金属塩並びに酸性アミノ酸、アスコルビン酸、グルコン酸の群から選ばれる少なくともいずれか1つであることが好ましい。
【0028】
酸性物質を含有することによりアルギニン等を中和し、塩味増強剤添加による食品のpH変化を防ぐことができる。
【0029】
金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などが挙げられるが、このうちナトリウム塩またはカリウム塩が好ましい。また、金属塩は水に溶解した際に酸性を示すことが必要であり、このような金属塩の具体例としては、酒石酸一ナトリウム(カリウム)、リンゴ酸一ナトリウム(カリウム)、クエン酸一ナトリウム(カリウム)、クエン酸二ナトリウム(カリウム)、リン酸一ナトリウム(カリウム)、アジピン酸一ナトリウム(カリウム)が挙げられる。
【0030】
酸性アミノ酸としては、グルタミン酸またはアスパラギン酸が挙げられる。
【0031】
酸性物質の含有量としては、酸の価数と塩基性アミノ酸の濃度によって定まるため特に制限はないが、塩味増強剤を概ね中性にすることができる濃度であれば良い。例えば、本実施形態に係る塩味増強剤を例に挙げると、食品へ添加した際の最終添加濃度が0.01~0.50重量%が好ましい。
【0032】
本実施形態に係る塩味増強剤を食品へ添加する方法としては、調理前の食品(例えば、インスタント食品)にあらかじめ混ぜておく方法が挙げられる。この時、インスタント食品の形態に応じて固体または液体として混ぜておくことが可能である。また調理後(喫食直前)の食品に添加する方法も挙げられる。この場合、塩味増強剤を構成する各成分は別々に包装されていても良く、喫食段階において、各成分が一緒になれば良い。したがって、成分の形態(粉末、液体)は問わない。
【実施例】
【0033】
各試料の塩味及び異味を、熟練した6名のパネラーが以下の基準に従い官能評価を行った。なお、“試験2”以外の評価条件は同一である。また、特に記載がない限り、濃度の「%」は最終濃度(重量%)である。
【0034】
以下の試験においては、各試料のpHが7±1となるように酒石酸を用いて調整しており、表中には実測のpHを記載している。また、表中のスコアは、各パネラーが付けたスコアの平均値である。
【0035】
<試験1>
先ずは、プロリンを添加しない場合の塩味と異味の変化を評価した。具体的には、プロリン(Pro)を添加せずに、塩化ナトリウム(NaCl)および塩化カリウム(KCl)の濃度を固定し、アルギニン(Arg)、リジン塩酸塩(Lys・HCl)の濃度を変更した試料1-1~1-4について以下の通り官能評価を行った。結果は表1の通りである。
【0036】
(塩味)
予め0.5重量%、0.6重量%、0.7重量%、0.8重量%、0.9重量%、1.0重量%NaCl溶液を用意して下記の通り塩味スコアを設定した。パネラーは前記NaCl溶液を基準に、試料ごとにスコアを付けた。評価に迷った場合には中間スコアを付けた(例えば、「0.6重量%(1点)なのか、0.7重量%(2点)なのか」で判断に迷った場合には1.5点とした)。評価に際しては、試料の内容を明かさず、且つ順不同で実施した。
【0037】
0点:0.5重量%NaClと同程度の塩味
1点:0.6重量%NaClと同程度の塩味
2点:0.7重量%NaClと同程度の塩味
3点:0.8重量%NaClと同程度の塩味
4点:0.9重量%NaClと同程度の塩味
5点:1.0重量%NaClと同程度の塩味
【0038】
(異味)
下記の通り異味スコアを設定した。塩味スコアと同様に評価に迷った場合には中間スコアを付けた。
1点:異味を感じない
2点:わずかに異味を感じる
3点:異味を感じる(食塩水として許容のレベル)
4点:強い異味を感じる(喫食に堪えない)
【0039】
【0040】
<試験2>
表1中の試料1-3を元にプロリンを添加し、且つ濃度を変更した際の異味の抑制効果を以下の通り評価した。評価結果は表2の通りである。
【0041】
(異味抑制)
試料1-3を標準試料として、以下の基準で異味抑制スコアを設定した。
-1点:比較例1-3よりも強い異味
0点:比較例1-3と同程度の異味
1点:比較例1-3よりも弱い異味
2点:比較例1-3よりも明らかに弱い異味
【0042】
【0043】
<試験3>
次いで、プロリン濃度を試験2において異味のマスキング効果が最も高かった0.10%に固定し、塩化カリウムの濃度を変更した場合の塩味及び異味を評価した。評価基準は試験1と同様である。また、評価結果は表3の通りである。
【0044】
【0045】
<試験4>
続いて、塩化カリウム濃度を0.20%、プロリン濃度を0.10%に固定し、アルギニン及びリジン塩酸塩の濃度を変更した場合の塩味及び異味を評価した。評価基準は試験1と同様である。また、評価結果は表4の通りである。
【0046】
【0047】
<試験5>
最後にアルギニンとリジン塩酸塩の量比の最適値を見出すために、アルギニンの濃度を0.15%に固定し、リジン塩酸塩の濃度のみを変更した場合の塩味及び異味を評価した。評価基準は試験1と同様である。また、評価結果は表5の通りである。
【0048】
【0049】
(まとめ)
試験1(表1)より、アルギニン及びリジン塩酸塩の濃度を高めると塩味スコアの上昇と共に、異味スコアも上昇し、喫食に向かなくなる。一方、試験2(表2)より、プロリンを添加することで異味が抑制されることが確認された。ただし、プロリン濃度が高すぎると異味抑制効果が弱まる傾向があるため、プロリンの最終添加濃度は0.10重量%程度が好適である。
【0050】
試験3より、プロリンを添加しても塩化カリウム濃度が高すぎると異味が強くなり、喫食に向かなくなる。塩化カリウムの最終添加濃度としては0.20重量%程度が好ましい。試験4より、アルギニン及びリジン塩酸塩(以下この段落において“アルギニン等”と省略する)の濃度上昇に伴い塩味スコアが上昇するが、アルギニン等の濃度が0.30重量%の場合には異味スコアの上昇も顕著である。このため、アルギニン等の濃度としては0.15~0.20重量%程度が好適である。
【0051】
試験5より、リジン塩酸塩濃度の上昇に伴い塩味スコアが上昇するが、リジン塩酸塩濃度がアルギニン濃度を超えると異味スコアの上昇も顕著になる。このため、アルギニンとリジン塩酸塩の濃度は同程度に調整することが好ましい。