(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】銅とニッケル及びコバルトの分離方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/02 20060101AFI20220405BHJP
C22B 23/00 20060101ALI20220405BHJP
C22B 7/00 20060101ALI20220405BHJP
C22B 3/06 20060101ALI20220405BHJP
C22B 15/00 20060101ALI20220405BHJP
H01M 10/54 20060101ALI20220405BHJP
B09B 3/40 20220101ALI20220405BHJP
B09B 3/00 20220101ALI20220405BHJP
B09B 3/70 20220101ALI20220405BHJP
【FI】
C22B23/02
C22B23/00 102
C22B7/00 C
C22B3/06
C22B15/00
H01M10/54
B09B3/00 303Z
B09B3/00 ZAB
B09B3/00 304Z
(21)【出願番号】P 2018155032
(22)【出願日】2018-08-21
【審査請求日】2021-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(72)【発明者】
【氏名】三條 翔太
(72)【発明者】
【氏名】庄司 浩史
(72)【発明者】
【氏名】小林 宙
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 宏
(72)【発明者】
【氏名】浅野 聡
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-041569(JP,A)
【文献】特開2010-180439(JP,A)
【文献】特開2017-036489(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-2252019(KR,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
H01M 10/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を還元雰囲気にて熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、を含む硫化混合物を得る工程と、
前記硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液を接触させて浸出処理を施し、前記硫化銅を含む固体と、ニッケル及びコバルトがイオンの形態で溶解した浸出液と、を得る工程と、を有する
銅とニッケル及びコバルトの分離方法。
【請求項2】
前記酸溶液に含まれる酸の量が、前記硫化混合物に含まれるニッケル及びコバルトをイオンの形態で前記浸出液に溶解させるのに必要な酸の量に対して1.0当量以上5.0当量以下である
請求項1に記載の銅とニッケル及びコバルトの分離方法。
【請求項3】
前記気体が空気であり、
前記浸出処理において吹き込まれる空気の量が、前記酸溶液1リットルに対して0.08リットル/分以上0.2リットル/分以下である
請求項1又は2に記載の銅とニッケル及びコバルトの分離方法。
【請求項4】
銅とニッケルとコバルトとを含む前記混合物は、リチウムイオン電池のスクラップである
請求項1から3のいずれかに記載の銅とニッケル及びコバルトの分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、銅とニッケル及びコバルトとを分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車やハイブリット自動車等の車両及び携帯電話、スマートフォンや、パソコン等の電子機器には、軽量で大出力であるという特徴を有するリチウムイオン電池(Lithium Ion Battery、以下「LIB」とも称する)が搭載されている。
【0003】
LIBは、アルミニウムや鉄等の金属製あるいは塩化ビニルなどのプラスチック製の外装缶の内部に、銅箔を負極集電体に用いて表面に黒鉛等の負極活物質を固着させた負極材と、アルミニウム箔からなる正極集電体にニッケル酸リチウムやコバルト酸リチウム等の正極活物質を固着させた正極材を、ポリプロピレンの多孔質樹脂フィルム等からなるセパレータと共に装入し、六フッ化リン酸リチウム(LiPF6)等の電解質を含んだ有機溶媒を電解液として含浸させた構造を有する。
【0004】
LIBは、上記のような車両や電子機器等の中に組み込まれて使用されると、やがて自動車や電子機器等の劣化あるいはLIBの寿命等で使用できなくなり、廃リチウムイオン電池(廃LIB)となる。また、廃LIBは、最初から製造プロセス内で不良品として発生することもある。
【0005】
これらの廃LIBには、ニッケル、コバルトや銅等の有価成分が含まれており、資源の有効活用のためにも、それら有価成分を回収して再利用することが望まれている。
【0006】
一般に、廃LIB等の有価成分を含む混合物から有価成分を回収するために、金属で作製された装置や部材、材料から有価成分を効率よく回収しようとする場合、その混合物を炉等に投入して高温下ですべて熔解し、有価物のメタルと廃棄処分等するスラグとに分離する乾式製錬の技術を用いた乾式処理を行うことが考えられる。
【0007】
例えば特許文献1には、乾式処理を用いて有価金属の回収を行う方法が開示されている。このような特許文献1に開示の方法を、廃LIBからの有価金属回収に適用することで、ニッケル、コバルトを含む銅合金を得ることができる。
【0008】
この乾式処理は、様々な不純物を簡単な工程で処理して、一括して分離できるという利点がある。また、得られるスラグは、化学的に比較的安定な性状であるので、環境問題を引き起こす懸念がなく、廃棄処分しやすいという利点もある。
【0009】
しかしながら、乾式処理で銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を処理した場合、一部の有価成分、特にコバルトのほとんどがスラグに分配されてしまい、コバルトの回収ロスになることが避けられないという問題があった。また、乾式処理で得られたメタルは、有価成分が共存した合金であるため、それを再利用するためには、合金から成分ごとに分離し、不純物を除去する精製処理を行うことが必要となる。
【0010】
一方で、酸を用いた浸出処理や、中和処理、溶媒抽出処理等の処理を行う湿式製錬の方法では、乾式処理と比較して消費するエネルギーが少なく、混在する有価成分を個々に分離して直接高純度な品位で回収できるというメリットがある(例えば、特許文献2)。
【0011】
しかしながら、湿式処理を用いて、例えば銅とニッケルとコバルトとを含む混合物としての廃LIBを処理しようとする場合、廃LIBに含有される電解液成分の六フッ化リン酸アニオンは、高温、高濃度の硫酸でも完全に分解させることができない難処理物であり、有価成分を浸出した酸溶液に混入することになる。さらに、この六フッ化リン酸アニオンは、水溶性の炭酸エステルであることから、有価物を回収した後の水溶液からリンやフッ素を回収することも困難であるため、公共海域等への放出抑制のために種々の対策を講じることが必要になる。
【0012】
また、酸のみで廃LIBから有価成分を効率的に浸出して精製に供することができる溶液を得ることは容易でない。廃LIBそのものは、浸出され難く、十分な浸出率で有価成分を浸出させることができない。また、酸化力の強い酸を用いる等して強引に浸出させようとすると、有価成分と共に回収の対象でないアルミニウムや鉄、マンガン等の成分までもが大量に浸出されてしまい、これらを中和等で処理するための中和剤添加量や取り扱う排水量が増加したりするという問題がある。
【0013】
さらに、酸性の浸出液から溶媒抽出やイオン交換等の分離手段を経るために液のpHを調整したり、不純物を中和して澱物に固定したりする場合、中和澱物の発生量も増加するため、処理場所の確保や安定性の確保等の面で多くの問題がある。
【0014】
またさらに、廃LIBには電荷が残留していることがあり、そのまま処理しようとすると、発熱や爆発等を引き起こす恐れがあるため、例えば塩水に浸漬して放電する等の手間のかかる処理が必要にもなる。
【0015】
このように、湿式処理だけを用いて廃LIBを処理することも、必ずしも有利な方法とは言えなかった。
【0016】
そこで、上述した乾式処理単独や湿式処理単独では処理が困難な廃LIBを、乾式処理と湿式処理とを組み合わせた方法、つまり、廃LIBを焙焼する等の乾式処理により不純物をできるだけ除去して均一な廃LIB処理物とし、得られた処理物を湿式処理して有価成分とそれ以外の成分とに分離しようとする試みが行われてきた。
【0017】
このような乾式処理と湿式処理を組み合わせた方法では、電解液のフッ素やリンは乾式処理によって揮発する等して除去され、廃LIBの構造部品であるプラスチックやセパレータ等の有機物による部材は分解される。ところが、乾式処理を経ると、廃LIBに含まれるコバルトがスラグに分配されることで生じる回収ロスの問題は、依然として残る。
【0018】
乾式処理における雰囲気や温度、還元度等を調整することによって、コバルトをメタルとして分配させ、スラグへの分配を減じるように還元熔融する方法も考えられる。しかしながら、そのような方法で得られるメタルは、銅をベースとしてニッケル及びコバルトを含有する難溶性の耐蝕合金となってしまい、有価成分を分離して回収するために酸で溶解しようにも、溶解が難しくなるという問題が生じてしまう。
【0019】
また、例えば塩素ガスを用いて耐蝕合金を酸溶解した場合、得られる溶解液(浸出液)には、高濃度の銅と比較的低濃度のニッケルやコバルトが含まれるようになる。その中で、ニッケルとコバルトは溶媒抽出等の公知の方法を用いて容易に分離することができるものの、大量の銅をニッケルやコバルトと容易かつ低コストに分離することは困難となる。
【0020】
以上のように、廃LIB等の銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、効率よくかつ選択的に、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離することは難しかった。なお、上述した問題は、廃LIB以外の銅とニッケルとコバルトとを含む廃電池から、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離する場合においても同様に存在し、また、廃電池以外に由来する銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離する場合においても、同様に存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【文献】特開2012-172169号公報
【文献】特開昭63-259033号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0022】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、廃LIB等の銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、効率よくかつ選択的に、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離することができる銅とニッケル及びコバルトの分離方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者は、上述した課題を解決するために鋭意検討を重ねた。その結果、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を還元雰囲気にて熔融するとともに硫化剤を用いて硫化することによって銅のみを部分的に硫化させた硫化混合物を得て、その硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液と接触させて浸出処理を施すことによって、効率よくかつ選択的に、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離することができることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
【0024】
(1)本発明の第1は、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を還元雰囲気にて熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、を含む硫化混合物を得る工程と、前記硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液を接触させて浸出処理を施し、前記硫化銅を含む固体と、ニッケル及びコバルトがイオンの形態で溶解した浸出液と、を得る工程と、を有する銅とニッケル及びコバルトの分離方法である。
【0025】
(2)本発明の第2は、第1の発明において、前記酸溶液に含まれる酸の量が、前記硫化混合物に含まれるニッケル及びコバルトをイオンの形態で前記浸出液に溶解させるのに必要な酸の量に対して1.0当量以上5.0当量以下である銅とニッケル及びコバルトの分離方法である。
【0026】
(3)本発明の第3は、第1又は第2の発明において、前記気体が空気であり、前記浸出処理において吹き込まれる空気の量が、前記酸溶液1リットルに対して0.08リットル/分以上0.2リットル/分以下である銅とニッケル及びコバルトの分離方法である。
【0027】
(4)本発明の第4は、第1から第3のいずれかの発明において、銅とニッケルとコバルトとを含む前記混合物は、リチウムイオン電池のスクラップである銅とニッケル及びコバルトの分離方法である。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、効率よくかつ選択的に、銅と、ニッケル及びコバルトとを分離することができる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、本発明の具体的な実施形態(以下、「本実施の形態」という)について詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更が可能である。
【0030】
<銅とニッケル及びコバルトの分離方法>
本実施の形態に係る銅とニッケル及びコバルトの分離方法(以下、単に「分離方法」という)は、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物から、銅とニッケル及びコバルトとを分離する方法である。
【0031】
具体的に、この分離方法は、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を還元雰囲気にて熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、を含む硫化混合物を得る工程と、得られた硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液と接触させて浸出処理を施し、硫化銅を含有する固体と、ニッケル及びコバルトがイオンの形態で溶解した浸出液と、を得る工程と、を有する。
【0032】
ここで、この分離方法の処理対象である、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物としては特に限定されないが、例えば、リチウムイオン電池のスクラップ(廃LIB)が挙げられる。本実施の形態に係る分離方法は、例えばリチウムイオン電池のスクラップから、有価金属である銅、ニッケル、及びコバルトを、効率的にかつ選択的に、銅とニッケル及びコバルトとに分離する方法である。このように、この分離方法によれば、廃LIBのような、銅、ニッケル、コバルトのような成分以外の成分が含まれている材料であっても、それら成分を有効に除去した上で、銅とニッケル及びコバルトとを効果的に分離することができる。
【0033】
なお、本明細書において廃電池(電池のスクラップ)とは、使用済み電池のみならず、製造工程内の不良品等も含む意味である。また、廃電池が含まれていればよく、廃電池の構成以外の金属や樹脂等が含まれていることを排除するものではない。その場合には、それら金属や樹脂を含めて廃電池とする。
【0034】
[硫化混合物を得る工程]
本実施の形態に係る分離方法では、先ず、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を、還元雰囲気にて熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、硫化銅とニッケルメタル及びコバルトメタルとを含む硫化混合物を得る。具体的には、例えば、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物である廃LIBを処理対象とする場合、廃LIBを加熱熔融して還元する乾式処理を施すことによって、メタルとスラグとを分離して熔融メタル(粗メタル)を得て、その上で、粗メタルに対して硫化剤を用いて硫化処理を施す。なお、この操作において、廃LIB等の処理対象に対して、硫化剤を添加供給してその硫化剤の存在下で加熱熔融を行うようにしてもよく、つまり、還元雰囲気での加熱熔融する乾式処理と、硫化剤による硫化処理を同時に行うようにしてもよい。
【0035】
このように、廃LIB等の銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を、還元雰囲気にて加熱熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、還元熔融に基づいて混合物中のニッケル及びコバルトをメタルとし、混合物中の銅成分を硫化物の形態(硫化銅)として含む硫化混合物を生成させることができる。つまり、混合物中の銅成分が部分的に硫化した、いわゆる部分硫化物である硫化混合物を得ることができる。
【0036】
例えば廃LIBをそのまま乾式処理に付し還元雰囲気にて加熱熔融すると、廃LIBに含まれる有価金属は難溶性のメタルを形成する。その結果、そのメタルに対して硫酸等の酸溶液に対して浸出処理を施しても、銅とニッケル及びコバルトとを有効に分離することが困難となる。これに対して、廃LIB等の混合物を、還元雰囲気で加熱熔融するとともに硫化剤を用いて硫化することによって、銅成分が部分的に硫化した硫化混合物を得ることができる。そして、このような硫化混合物では、その硫化混合物に含まれる硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルとで酸溶液に対して溶解度差が生じるため、酸に難溶性の銅は浸出されずに硫化銅としてそのまま残留し、一方で、ニッケルメタル及びコバルトメタルは選択的に浸出されるようになり、銅と有効に分離することができる。
【0037】
硫化混合物の生成においては、銅成分のみが硫化物の形態として含まれることが好ましい。混合物中の銅成分は、硫化されやすく、硫化銅が化学的に安定であるため、不活性ガスと還元性ガスとの混合ガス等の還元雰囲気での加熱熔融により生成した粗メタルに対して硫化処理を施すことで、硫化銅を主成分とし、ニッケルメタル及びコバルトメタルを含んだ硫化混合物を有効に生成させることができる。このような形態であることにより、上述したように、硫化銅、ニッケル、コバルトに溶解度差が生じ、次工程での浸出処理において、銅を硫化銅として残渣とし、ニッケル及びコバルトを選択浸出することができる。なお、主成分とは、当該成分を50質量%を超えて含むことをいう。
【0038】
ここで、硫化混合物の生成において、ニッケルやコバルトが硫化物の形態で含まれるようになると、その後の酸による浸出処理においてニッケルやコバルトの浸出率が低下する。ニッケルやコバルトの硫化を抑え、硫化銅を主成分としてニッケルメタル及びコバルトメタルを含んだ硫化混合物を生成させるためには、硫化剤の添加量や圧力条件を制御して硫化度を調整すればよい。なお、硫化が不十分となって銅のメタルが存在するようになると、次工程の浸出処理においてニッケルやコバルトを浸出させた浸出液中の銅濃度が増加してしまい、別途硫化剤を添加して硫化処理を行って銅を分離する等の余計な手間がかかる。
【0039】
硫化において用いる硫化剤としては、特に限定されず、硫黄(単体硫黄)、硫化水素ナトリウム(水素化硫化ナトリウム)、硫化ナトリウム、硫化水素ガスのような液体や気体の硫化剤を用いることができる。また、硫化における硫化剤の使用量(添加量)としては、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物中に含まれる銅量に対して、反応式Cu+S→CuSで求められる1当量以上を用いることが好ましい。なお、上述したように、銅成分のみが硫化物の形態として含む硫化混合物とする部分硫化反応を生じさせるために、その硫化剤の添加量を適宜調整することが好ましい。
【0040】
硫化して得られた硫化混合物の形状は特に限定されないが、得られた硫化混合物を、浸出液を得る工程で酸溶液と接触させて高い浸出率で浸出させる観点から、破砕、粉砕することにより粉末状にすることが好ましい。破砕、粉砕の方法は、特に限定されず、公知の方法を用いることができる。
【0041】
また、例えばアトマイズ法を適用することによって粉末状の硫化混合物とすることもできる。なお、アトマイズ法とは、熔湯に高圧のガスや水を接触させることにより、熔湯を飛散及び急冷(凝固)させて粉末化する方法である。
【0042】
硫化混合物を粉末状とする場合、その粒径としては、概ね1mm以下であることが好ましい。粒径が1mm以下の粉状の硫化混合物であることにより、次の浸出処理時において酸溶液と有効に接触して浸出率を向上させることができ、好ましい。なお、粒径が小さすぎると、粉末化のためのコストが掛かる上に、発塵や発火の原因にもなることから、粉末状の硫化混合物の粒径は概ね10μm以上であることが好ましい。
【0043】
なお、廃LIBを処理対象とする場合、廃LIBを熔融する前に廃LIBを300℃以上800℃以下程度の熱処理及び/又は廃LIBを塩水に浸漬することが好ましい。廃LIBを無害化することができる。また、必要に応じて廃LIBに破砕等を行ってもよい。
【0044】
[浸出液を得る工程]
本実施の形態に係る分離方法では、次に、硫化混合物を、酸溶液と接触させて浸出処理を施す。これにより、硫化混合物に含まれる硫化銅は、そのまま固体の残渣として残り、一方で、硫化混合物に含まれるニッケルメタル及びコバルトメタルは、ニッケル及びコバルトのイオンの形態で溶解して浸出液中に含まれるようになる。上述したように、硫化混合物に含まれる硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルとは、酸溶液に対する溶解度差が大きいことから、溶解度が大きいニッケル及びコバルトが酸溶液により選択的に浸出されて、硫化銅の形態である銅と有効に分離される。
【0045】
またこのとき、本実施の形態に係る分離方法では、硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液を接触させて浸出処理を施すことを特徴としている。このように、酸素を含む気体を吹き込むことにより、その酸素が酸化剤として作用して、硫化混合物に含まれるニッケル及びコバルトの酸化(イオン化)を促進することができ、浸出効率を高めることができる。
【0046】
酸素を含む気体は、酸素そのものであっても、空気であってもよく、特に限定はされないが、安価であり取扱いの容易性の観点から空気であることが好ましい。
【0047】
酸素を含む気体の吹き込み量は、特に限定されないが、例えば酸素を含む気体が空気である場合、その空気の量としては、浸出処理に供給する酸溶液1リットルに対して0.08リットル/分以上0.2リットル/分以下であることが好ましい。空気の量が酸溶液1リットルに対して0.08リットル/分以上であることにより、ニッケル及びコバルトの酸化をより促進させることができ、浸出速度を効果的に高めることができる。また、上限は特に限定されるものではないが、空気の量が酸溶液1リットルに対して0.2リットル/分を超えても、ニッケル及びコバルトの浸出速度はあまり変わらないため、処理コスト等の観点から0.2リットル/分以下であることが好ましい。
【0048】
ここで、硫化混合物中に含まれるニッケルメタル及びコバルトメタルは、下記反応式(1)、(2)に基づいて、酸溶液により選択浸出されて、浸出液中にイオンの形態で存在するようになる。なお、下記式では、酸溶液として硫酸溶液を用いた場合を例に挙げる。
【0049】
Ni+H2SO4→NiSO4+H2 ・・・(1)
Co+H2SO4→CoSO4+H2 ・・・(2)
【0050】
特に、浸出処理に供す硫化混合物において、銅成分のみが硫化物の形態である硫化混合物であれば、酸溶液に対する硫化銅の溶解度は低いことから、浸出処理を施しても浸出液中には銅はほとんど存在しないこととなる。一方で、ニッケル及びコバルトは、酸溶液に対する溶解度は高いとともに、所定量吹き込まれている酸素によってニッケル及びコバルトの酸化が促進されることから、ニッケル及びコバルトは非常に高い割合でイオンの状態で浸出液中に存在することとなる。
【0051】
なお、浸出処理に供す硫化混合物において、ニッケルやコバルトの一部が硫化物の形態として存在していても、ニッケルやコバルトの硫化物は下記反応式(1)’、(2)’に基づいて酸溶液により分解され、浸出液中にイオンの形態で溶解するようになる。
【0052】
NiS+2H2SO4→NiSO4+H2S ・・・(1)’
CoS+2H2SO4→CoSO4+H2S ・・・(2)’
【0053】
酸溶液としては、塩酸、硝酸、硫酸のいずれか1種を含む溶液や、2種以上を混合した溶液を用いることができる。ただし、処理対象として廃LIBを用いる場合、廃LIB内からニッケル及びコバルトを回収してLIBを再生産するという、いわゆる「バッテリー・トゥ・バッテリー」の観点から、酸溶液としては硫酸を使用して、ニッケルを硫酸塩としてLIBの正極材の原料となる形態で得るようにすることが望ましい。
【0054】
また、酸溶液として硫酸を用いる場合には、硫酸濃度に比べて低い濃度の塩酸、又は後工程で任意に設けるニッケル・コバルト分離工程での処理に影響しない塩化物を添加してもよい。
【0055】
さて、本実施の形態に係る分離方法においては、上述したように、硫化混合物に対して浸出処理を施し、銅を硫化銅の形態のまま残渣とする一方で、ニッケル及びコバルトを選択的に溶液中に浸出させて分離しており、銅、ニッケル、コバルト、及びその硫化物の溶解度差を利用することで成立している。そして、工業的には、浸出液中における銅の浸出率を5%以下に抑えることが好ましい。このとき、操業管理においては、得られる浸出液の酸化還元電位を用いた管理を行うことが好ましい。
【0056】
具体的な酸化還元電位(ORP、参照電極:銀/塩化銀電極)の変化としては、硫化混合物と酸が接触することでORPは低下する。その後、酸及び酸素の影響でNi、Coの浸出が進み、ORPが上昇する。浸出状態を見極めるために、最終のORPが270mV以上の範囲となるように、酸溶液の添加量や酸素を含む気体の吹き込み量を調整することが好ましい。
【0057】
上述したように、酸溶液の添加量は、浸出液のORPに基づく浸出状態に応じて調整することが好ましいが、酸溶液として塩酸や硫酸の溶液を用いる場合には、硫化混合物と接触させる酸溶液中の酸の量としては、例えば、ニッケル及びコバルトのイオンとして溶解させるのに必要な酸の量に対して1.0当量以上であることが好ましく、1.2当量以上であることがより好ましい。浸出液に溶解させるのに必要な酸の量に対して1.0当量以上であることにより反応速度を大きくすることができる。なお、酸の量の上限は特に限定されないが、酸溶液の添加量がニッケル及びコバルトをイオンとして溶解させるのに必要な酸の量に対して5.0当量を超えても、反応速度はあまり変わらない。したがって、処理コスト等の観点から5.0当量以下であることが好ましい。なお、浸出液に溶解させるのに必要な酸の量とは、上記反応式(1)、(2)から算出することができる。
【0058】
また、硫化混合物に酸溶液を添加して得られるスラリー濃度、すなわち、スラリーの体積に対する硫化混合物の質量の割合(硫化銅とニッケル及びコバルトとを含む硫化混合物の質量/スラリーの体積)としては、20g/L以上であることが好ましい。
【0059】
反応温度(酸溶液によりニッケル及びコバルトを浸出させる際の液温)は、特に限定されないが、ある程度の浸出速度を得る観点から、例えば50℃以上であり、好ましくは75℃以上である。また、より好ましくは95℃以上であり、95℃以上とすることで反応速度を著しく向上させることができ、好ましい浸出速度で浸出させることができる。なお、液温は、反応中においてほぼ一定に維持することが好ましい。
【0060】
また、反応時間は、特に限定されず、例えば1時間以上6時間以下程度とすることができる。
【0061】
硫化混合物に酸溶液を接触させる方法としては、特に限定されず、例えば、酸溶液中に硫化混合物を添加する等して混合し、必要に応じて撹拌すればよい。
【0062】
ここで、本実施の形態に係る分離方法によれば、銅とニッケル及びコバルトとを効率よくかつ選択的に分離することができるが、硫化混合物から一部の銅が浸出されることも考えられる。このように浸出液中に一部銅が浸出した場合に、その銅が浸出設備等からそのまま排出されると、ニッケルとコバルトとを分離する処理での負荷が増すことになり好ましくない。したがって、予め、銅の一部が浸出した浸出液から、その銅を予め分離除去しておくことが望ましい。
【0063】
例えば、銅とニッケル及びコバルトの分離を行う反応槽に対して連続する形で脱銅設備を設けて、その反応槽の出口から排出された浸出液を脱銅設備に移送し、浸出液に残存する銅を完全に除去するようにすることが好ましい。
【0064】
脱銅設備にて行う脱銅処理としては、特に限定されず、硫化剤を添加して銅を硫化する硫化処理、浸出液を電解液とした用いた電気分解により浸出液中の銅を電極上に析出する電解採取処理、浸出液中に中和剤を添加して銅の中和澱物を生成させる中和処理等が挙げられる。
【0065】
このようにして、脱銅設備を設けて完全に脱銅して得られた浸出液を、ニッケル・コバルトの分離プロセスに移送する。これにより、不純物としての銅を含まない、純度の高い、ニッケル、コバルトをそれぞれ精製することができる。
【0066】
以上のように、本実施の形態に係る分離方法では、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物を還元雰囲気にて熔融するとともに、硫化剤を用いて硫化することによって、硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、を含む硫化混合物を得る工程と、得られた硫化混合物に対して、酸素を含む気体を所定量吹き込みながら酸溶液と接触させて浸出処理を施し、硫化銅を含有する固体と、ニッケル及びコバルトがイオンの形態で溶解した浸出液と、を得る工程と、を有することを特徴としている。
【0067】
この分離方法によれば、廃LIBのような、銅、ニッケル、コバルトのような成分以外の成分が含まれている材料であっても、それら成分を有効に除去した上で、銅とニッケル及びコバルトとを効果的に分離することができる。
【0068】
なお、この分離方法により得られた硫化銅は、例えば、そのまま既存の銅製錬プロセス原料として供給してアノードを得て、そのアノードを電解精製することによって、高純度な銅を製造することができる。
【0069】
また、浸出液中に浸出されたニッケル及びコバルトは、例えば、既存のニッケル製錬プロセスに供給し、溶媒抽出等の精製手段を用いてニッケルとコバルトとを分離して、電解採取によってニッケルやコバルトを得ることができる。また、ニッケル塩やコバルト塩として精製することもでき、これにより、再度リチウムイオン電池の原料としてリサイクルすることができる。
【実施例】
【0070】
以下に、本発明の実施例を示してより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0071】
[実施例1]
先ず、廃リチウムイオン電池(廃LIB)を加熱熔融して還元する乾式処理に付し、その後、硫化剤として硫黄を添加して硫化することにより、硫化銅と、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、を含む硫化混合物を得た。なお、硫化する際に添加した硫化剤、すなわち硫黄の量は、廃LIBに含まれる銅が硫化銅になるのに相当する当量とした。
【0072】
次に、この部分硫化物を破砕ならびに粉砕し、硫化物粉を得た。なお、硫化物粉は、ニッケルメタル及びコバルトメタルと、硫化銅とを含有するものであることをX線回折(XRD)により確認した。また、下記表1に、得られた硫化物粉についてICP分析装置を用いて分析した結果を示す。このようにして得られた硫化物粉を5.0g採取した。
【0073】
【0074】
次に、硫化混合物中のニッケル及びコバルトが硫酸塩として浸出するのに必要な硫酸量の2.0当量以上3.0当量以下となる量の硫酸を用意し、さらに純水で希釈して液量を250mlに調整した。そして、硫酸溶液の液温を95℃に維持して、さらに酸素を含む気体として空気を120ml/分の流量で吹き込みながら浸出処理を施した。
【0075】
浸出終了時に、銀/塩化銀電極を参照電極として酸化還元電位(ORP)を測定した。その後、固液分離処理して浸出液を得て、ICPを用いて、浸出液中の銅、ニッケル、及びコバルト濃度を分析してそれぞれの浸出率を求めた。なお、浸出率は、元の物量が浸出液に浸出された割合により算出した。下記表3に浸出率の結果を示す。
【0076】
[比較例1]
実施例1と同様に廃LIBを加熱熔融して還元する乾式処理に付したものの、その後、硫化を行わずに、銅を主成分としてニッケルとコバルトを含む合金を得た。
【0077】
次に、この合金を破砕ならびに粉砕し、合金粉を得た。また、下記表2に、得られた合金粉についてICP分析装置を用いて分析した結果を示す。このようにして得られた合金粉を1.0g採取した。
【0078】
【0079】
次に、合金中のニッケル、コバルトが硫酸化合物になるのに必要な硫酸量の2当量となる量の硫酸を用意し、液量を50mlに調整した。そして、硫酸溶液の液温を95℃に維持し、合金を混合して3時間反応させ、浸出処理を行った。なお、浸出処理においては、スターラーで撹拌しながら行ったが、特にエアー等を吹き込むことはしなかった。
【0080】
浸出終了時に、銀/塩化銀電極を参照電極として酸化還元電位(ORP)を測定した。その後、固液分離処理して浸出液を得て、ICPを用いて、浸出液中の銅、ニッケル、及びコバルト濃度を分析してそれぞれの浸出率を求めた。下記表3に浸出率の結果を示す。
【0081】
[比較例2]
実施例1と同様に廃LIBから硫化混合物の硫化物粉を得て、空気を吹き込まない以外実施例と同様に浸出処理を行い、浸出終了時に酸化還元電位(ORP)を測定し、また得られた浸出液中の銅、ニッケル、及びコバルト濃度を分析してそれぞれの浸出率を求めた。下記表3に浸出率の結果を示す。
【0082】
【0083】
表3に示されるように、実施例では、銅とニッケルとコバルトとを含む混合物(廃LIB)から、選択的にニッケル及びコバルトを浸出液中に浸出させ、銅と効率的に分離することができた。