(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-13
(45)【発行日】2022-04-21
(54)【発明の名称】ニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法
(51)【国際特許分類】
C22B 23/00 20060101AFI20220414BHJP
C22B 1/00 20060101ALI20220414BHJP
C22B 3/06 20060101ALI20220414BHJP
【FI】
C22B23/00 102
C22B1/00 101
C22B3/06
(21)【出願番号】P 2019168541
(22)【出願日】2019-09-17
【審査請求日】2021-11-17
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123869
【氏名又は名称】押田 良隆
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 佳智
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開昭52-023504(JP,A)
【文献】特表2009-510258(JP,A)
【文献】特開2019-044208(JP,A)
【文献】特開平08-112585(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニッケル酸化鉱石を水と混合して作製したニッケル酸化鉱石スラリーと鉱酸を加圧容器に装入して加圧酸処理に付して前記ニッケル酸化鉱石スラリーからニッケルを浸出した浸出スラリーを得た後に、前記浸出スラリーを固液分離してニッケルを含有する浸出液を得る方法における前記ニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法において、
前記ニッケル酸化鉱石スラリーの加圧容器に装入する前に、
ニッケル酸化鉱石スラリーのpHと、前記ニッケル酸化鉱石スラリーに添加される凝集剤の重量による前記ニッケル酸化鉱石スラリーの沈降速度の挙動を予め把握し、
前記加圧酸処理時に、前記加圧容器に装入されるニッケル酸化鉱石スラリーが、設定した沈降速度を得られるように、前記ニッケル酸化鉱石スラリーのpHと凝集剤の重量を前記予め把握した挙動より設定し、
前記ニッケル酸化鉱石スラリーに、前記設定したニッケル酸化鉱石スラリーのpHになるように、pH調整剤としてサプロライト鉱石、前記サプロライト鉱石と水、
河川から採取した水に工程内で生じた排水を繰り返し、適宜混合した水、アルカリ性の土壌から採取した水のいずれかの添加と、前記設定したニッケル酸化鉱石スラリーの沈降速度を得るための前記設定した凝集剤の重量の凝集剤の添加を行うpH調整処理を実施し、
次いで固液分離によるスラリー濃度調整処理に供して前記ニッケル酸化鉱石スラリーの固液分離性を調整する前処理に付すことを特徴とするニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル酸化鉱石から高圧酸浸出による処理を用いたニッケルの湿式製錬方法に関し、更に詳しくは、高圧酸浸出工程に送るニッケル酸化鉱石の鉱石スラリーの前処理に関する。
【背景技術】
【0002】
低品位ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高圧酸浸出(High Pressure Acid Leach:HPAL)プロセスを用いた湿式製錬方法では、高圧酸浸出工程に送られて処理される鉱石は、ニッケルを浸出しやすいように、予め解砕機や湿式篩を使用して、所定の大きさ以下に破砕および分類され、次いで水や工程水などを加えてスラリー化された、所謂鉱石スラリーを用いる。
【0003】
このような鉱石スラリーは、高圧酸浸出工程における酸消費量、得られる浸出液のニッケル濃度、及びその他の不純物濃度が所定の割合となるように、数種類の酸化ニッケル鉱石をブレンドして作られることが多い。
【0004】
また鉱石スラリーでは、鉱石スラリーを構成する鉱石スラリー中の固形分(鉱石固体分)の重量割合(以下「Solid%」と称する)が高い(または大きいとも称す。)ほうが高圧酸浸出工程での単位時間当たりのニッケル通過量が増加することになり、相応して設備がコンパクトで済むので、投資や運転コストが低減でき、ニッケル回収効率も高くなるなど好ましい。
【0005】
しかしながら、一般的には鉱石スラリーは10~20重量%と低くなることが多く、その結果高圧酸浸出工程で得られる浸出液のニッケル濃度が低く、効率的にニッケルを回収出来ないという課題があった。
このような鉱石スラリーから固液分離して高いSolid%を得ようとする場合、スラリー中の固形分の沈降速度ができるだけ大きい(速いとも称す。)ことが好ましい。
【0006】
この鉱石スラリーの沈降速度を制御する方法として例えば特許文献1に示した方法がある。
特許文献1に開示される方法は、ニッケル酸化鉱石から湿式製錬方法によりニッケル等の有価金属を回収する際に、浸出工程等に固形物濃度が高い鉱石スラリーを効率的に供給するため、鉱石スラリーの沈降速度を向上させ、固液分離する際の沈降濃縮に要する時間を短縮すること、或いは鉱石スラリーの降伏応力を低下させ、流送する際の鉱石スラリーの固形物濃度を高めることができるニッケル酸化鉱石の前処理方法を提供するもので、具体的にはニッケル酸化鉱石の水性スラリーに、中和剤を添加して、pHを等電点近傍に調整することにより、鉱石スラリーの沈降速度又は降伏応力を制御するものである。
【0007】
これを利用して、Solid%が低い鉱石スラリーに対しては、特許文献2に示すように、シックナーと凝集剤を利用して、鉱石スラリーのSolid%を上げる沈降濃縮(シックニング)操作を行ってから高圧酸浸出工程へ送る方法が用いられる。
特許文献2に開示された方法は、スラリー処理量を維持しつつ、固体成分率および比重の高い鉱石スラリーを製造できる鉱石スラリー製造設備および鉱石スラリー製造方法を提供するもので、具体的には原料鉱石スラリーを予備濃縮して中間鉱石スラリーを得る第1シックナー1と、中間鉱石スラリーを濃縮して濃縮鉱石スラリーを得る、第1シックナー1よりシックニング効果の高い第2シックナー2とを備える鉱石スラリー製造設備A。第1シックナー1で予備濃縮された中間鉱石スラリーが第2シックナー2に供給されるので、第2シックナー2において鉱石スラリーの沈降速度が速くなり、スラリー処理量を増加できる。また、後段がシックニング効果の高い第2シックナー2であるので、固体成分率および比重の高い濃縮鉱石スラリーを製造できるものである。
【0008】
上記のシックニングでは、高分子炭化水素を主成分とする凝集剤を用いる。この凝集剤は、その添加量が不足するとSolid%を増加し難くなる。一方で過大に添加してもSolid%が過大に増加するものでもなく、むしろ、薬剤コストが増加し、鉱石スラリーの粘度を上昇させて設備負荷を増したり、液中の全有機炭素(TOC)濃度を上昇させ排水処理が難しくなるなどの課題があった。
【0009】
さらにシックニングでは、鉱石の種類と混合割合、シックナーの形状、などの影響もあり、得られる鉱石スラリーのSolid%を安定して得るように操業することは容易でなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2008-189999号公報
【文献】特開2015-86457号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、高圧酸浸出工程に送るニッケル酸化鉱石のスラリー(鉱石スラリーとも称す)を製造する工程において、使用する凝集剤や中和に要する薬剤量の増加を抑制するために、鉱石スラリーの沈降速度を所定の値に制御可能なニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
高圧酸浸出工程に送るニッケル酸化鉱石のスラリー製造工程において、本発明者は、鋭意研究を重ねた結果、鉱石スラリーのpHを調整することで所定範囲のSolid%の鉱石スラリーを得る沈降速度の制御方法を完成させ、本発明に至ったものである。
【0013】
上記の課題を解決するための本発明の第1の発明は、ニッケル酸化鉱石を水と混合して作製したニッケル酸化鉱石スラリーと鉱酸を加圧容器に装入して高圧の加圧酸処理に付して前記ニッケル酸化鉱石スラリーからニッケルを浸出した浸出スラリーを得た後に、前記浸出スラリーを固液分離してニッケルを含有する浸出液を得る方法における前記ニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法において、前記ニッケル酸化鉱石スラリーを加圧容器に装入する前に、ニッケル酸化鉱石スラリーのpHと、前記ニッケル酸化鉱石スラリーに添加される凝集剤の重量による前記ニッケル酸化鉱石スラリーの沈降速度の挙動を予め把握し、前記加圧酸処理時に、前記加圧容器に装入されるニッケル酸化鉱石スラリーが、設定した沈降速度を得られるように、前記ニッケル酸化鉱石スラリーのpHと凝集剤の重量を前記予め把握した挙動より設定し、前記ニッケル酸化鉱石スラリーに、前記設定したニッケル酸化鉱石スラリーのpHになるように、pH調整剤としてサプロライト鉱石、前記サプロライト鉱石と水、河川から採取した水に工程内で生じた排水を繰り返し、適宜混合した水、アルカリ性の土壌から採取した水のいずれかの添加と、前記設定したニッケル酸化鉱石スラリーの沈降速度を得るための前記設定した凝集剤の重量の凝集剤の添加を行うpH調整処理を実施し、次いで固液分離によるスラリー濃度調整処理に供して前記ニッケル酸化鉱石スラリーの固液分離性を調整する前処理に付すことを特徴とするニッケル酸化鉱石スラリーの前処理方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、鉱石スラリーの製造工程において、鉱石の種類や混合割合に影響されずに、鉱石スラリーの沈降速度を所定範囲に制御可能となり、ニッケル酸化鉱石スラリーのSolid%の変動を制御し、一定のSolid%の鉱石スラリーを安定して得ることができ、凝集剤や中和に用いる薬剤の増加を抑制できるものであり、工業上顕著な効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】鉱石スラリーの沈降速度に及ぼすスラリーpHの影響を示す図である。
【
図2】pH調整方法と沈降速度の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、ニッケル酸化鉱石などを高圧酸浸出するのに先立ってSolid%の高いニッケル酸化鉱石スラリーを得るために、鉱石をスラリー化した際にpHを調整してから固液分離に付すことで、高いSolid%のニッケル酸化鉱石スラリーを得るものである。
そのため、本発明を用いることにより常に高いSolid%のニッケル酸化鉱石スラリーを高温加圧浸出工程に送ることが出来、その結果安定したプロセスが実現できる。
【0017】
上述した原料のニッケル酸化鉱石には、表1に示すように、リモナイト(Limonite)鉱やサプロライト(Saprolite)鉱などのいくつかの種類があり、ニッケル湿式製錬プロセスでは、ニッケル品位や不純物品位により使い分けられる。
【0018】
【0019】
ニッケル酸化鉱石を加圧酸浸出処理、即ち大気圧より高い圧力下での酸浸出である「高圧酸浸出」で処理する場合、より処理に適したリモナイト鉱を原料として用いることが多い。これは表1に示すように、リモナイト鉱はマグネシウム品位が低い特長があり、ニッケルの酸浸出に使用する硫酸がマグネシウムの浸出に利用されてロスとなる割合が低く商業的に有利なためである。
【0020】
一方、サプロライト鉱は、ニッケル品位が高い特長があるが、上述のようにマグネシウム品位がリモナイト鉱に比較して高いために、高圧酸浸出を用いた製錬方法では、添加した硫酸がマグネシウムの浸出に消費され、硫酸ロスが多くなる短所がある。
【0021】
このため、低品位ニッケル酸化鉱石からニッケルを回収する高圧酸浸出に基づく湿式製錬方法においては、高圧酸浸出工程に送られる鉱石スラリーが、所定の酸消費量、浸出液のニッケル濃度及びその他の不純物濃度となるように、リモナイト鉱やサプロライト鉱を数種類のニッケル酸化鉱石をブレンドして作られることが多かった。
【0022】
また、高圧酸浸出工程に送られる鉱石スラリーは、高圧酸浸出工程への単位時間当たりのニッケル通過量を増加させ高い生産性を実現するために、できるだけSolid%が高いことが求められる。
【0023】
高いSolid%を得るために固液分離時に凝集剤を用いるが、凝集剤の最適な添加量を選定することは容易でなく添加が不足すると固液分離が不完全となり、過剰に添加すると薬剤コストが増加するだけではなく、凝集剤の主成分が高分子炭化水素であるために、鉱石スラリーの粘度を過度に増加させたり、鉱石スラリーの液中のC品位の上昇をもたらす懸念がある。
【0024】
そこで本発明者は、凝集剤の添加量と沈降速度とpHの影響から最適な添加量を選定する方法を用いた。
この方法の場合には、鉱石スラリーのpHが異なると凝集剤添加量が大きく異なるため、できる限り事前にpH調整することが重要となる。
【0025】
また、pH調整に用いる中和剤の選定により沈降速度に影響があることも見出している。
つまり、同じpHであっても水酸化ナトリウムなどの薬剤を用いて調整した場合よりも、上記のサプロライト鉱などの鉱石や元来pHが高い水などを用いて調整した場合の方が、凝集剤の効果が発揮でき、より大きな沈降速度が得られることを見出した。
このことは、水酸化ナトリウムなどの薬剤の場合、スラリー中の液部分の塩濃度が過度の上昇を示すことで、凝集剤の効果がそれだけ弱められたと考えられる。
【0026】
なお、上記「pHが高い水」として具体的には、鉱石スラリーを調製する際に用いる水として河川から採取した水を使うことが多いが、これに工程内で生じた排水を繰り返し、適宜混合した水などがある。また地下水などアルカリ性の土壌から採取した水などが挙げられる。
以上述べてきた方法を用いることにより、本発明では凝集剤の添加量を最適に管理すると同時に高い沈降速度を得ることを実現するもので、以下に具体例を用いて説明する。
【0027】
[鉱石スラリーの沈降速度に及ぼすスラリーpHの影響]
ニッケル酸化鉱石として、表1に示したリモナイト鉱を破砕し、スラリー濃度が4重量%になるように純水で希釈した鉱石スラリーを作製し、この鉱石スラリーのpHは5.6だった。これに水酸化ナトリウム溶液を添加してpHを5.8と6.0に調整した。
上記2試料の調整済鉱石スラリーと、水酸化ナトリウムを添加しなかった場合を含めた3試料に、アニオン性凝集剤である栗田工業株式会社製の商品名PA834を、スラリー中での濃度が0.03重量%になるように添加し、固液分離させた。この際の鉱石スラリーが固液分離し、固形分が沈降する際の固形分の上端の移動速度を記録し、1時間当たりの沈降速度に換算し、この値を沈降速度[m・h-1]とした。
【0028】
その結果を
図1に示す。
図1において、横軸(Flocculant dosage、F
floc/g・t
-1)は鉱石1トン当たりの凝集剤添加量[gr]を示し、縦軸(Settling rate、R/m・h
-1)は単位時間当たりの沈降距離[m]で示す沈降速度[m・h
-1]である。
【0029】
図1に示すように、pH5.6~6.0の範囲では、凝集剤の添加量が増加するとともに沈降速度が大きくなる。しかし、ある添加量以上では沈降速度はほぼ一定となる。また、凝集剤を添加する前の鉱石スラリーのpHが低いほど、同じ沈降速度を得るために必要な凝集剤の量は増加する。
すなわち
図1の条件の場合、pHを6.0に調整し、凝集剤をスラリー中の鉱石1トン当たり80g程度添加することで、最低の凝集剤添加量で最も高い沈降速度、すなわち固液分離性が得られることになる。
【0030】
このようにpHと沈降速度の関係をあらかじめ把握しておくことで、最適な沈降速度を最低限の凝集剤添加量で実現できる。
【0031】
[pH調整方法と沈降速度との関係]
上記と同じ鉱石スラリーを用意し、これに中和剤として水酸化ナトリウムや表1に示す組成のサプロライト鉱石を粉砕したものを添加してpHを調整し、上記と同じ凝集剤、添加量を添加して沈降速度を測定した。
その結果を
図2に示す。
図2において、横軸、縦軸共に
図1と同じである。
【0032】
図2に示すように、サプロライト鉱を添加して鉱石スラリーのpHを6.0に調整した場合(
図2の黒四角/■)、同じpH6.0でも水酸化ナトリウムを添加して調整した場合(
図2の黒三角/▲)に比べて大きな沈降速度が得られた。
また、サプロライト鉱の添加量が10%と20%ではpHの差が0.1程度でも沈降速度に大きな差が生じた。(
図2の黒丸/●:10%と黒四角/■:20%)
さらに、元々pHが6.2である水を用いた場合(
図2での×)は、水酸化ナトリウムやサプロライト鉱を用いた場合に比較して、大きい沈降速度が得られる。
【0033】
このようにpHの調整にサプロライト鉱やpHが高い水を用いることにより、より少ない凝集剤で大きな沈降速度を得ることができることを見出した。