(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-13
(45)【発行日】2022-04-21
(54)【発明の名称】コーティング剤、樹脂部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C09D 4/02 20060101AFI20220414BHJP
C08J 7/04 20200101ALI20220414BHJP
C09D 7/63 20180101ALI20220414BHJP
【FI】
C09D4/02
C08J7/04 A CFD
C09D7/63
(21)【出願番号】P 2018086229
(22)【出願日】2018-04-27
【審査請求日】2020-09-02
(31)【優先権主張番号】P 2017094842
(32)【優先日】2017-05-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】特許業務法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宗像 秀典
(72)【発明者】
【氏名】竹上 功起
(72)【発明者】
【氏名】窪田 博司
(72)【発明者】
【氏名】村松 久司
(72)【発明者】
【氏名】磯部 元成
(72)【発明者】
【氏名】有光 晃二
【審査官】横山 敏志
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-132705(JP,A)
【文献】特開2007-217287(JP,A)
【文献】特開2001-122966(JP,A)
【文献】国際公開第2009/122664(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/104787(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D
C08J 7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物と、
紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させる光塩基発生剤と、
が含まれており、
上記有機ケイ素化合物の含有量を100質量部とした場合に、上記光塩基発生剤の含有量が0.1~50質量部であり、
上記光塩基発生剤は
、キサントン骨格またはチオキサントン骨格を有する芳香族プロピオン酸と強塩基との塩である、コーティング剤。
【請求項2】
1~80質量部の上記有機ケイ素化合物と、
アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方を備えた95質量部以下の重合性エステル(但し、上記有機ケイ素化合物を除く。)と、
上記光塩基発生剤と、が含まれており、
上記重合性エステルと上記有機ケイ素化合物との合計を100質量部とした場合に、上記光塩基発生剤の含有量が0.1~50質量部である、請求項1に記載のコーティング剤。
【請求項3】
上記重合性エステルとして、アクリロイル基及びメタクリロイル基の合計が1分子当たり3個以上である重合性エステルが含まれている、請求項2に記載のコーティング剤。
【請求項4】
樹脂からなる基材と、
請求項1~3のいずれか1項に記載のコーティング剤の硬化物からなり、上記基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有し、
上記コーティング膜は、
上記アクリロイル基及び上記メタクリロイル基のうち少なくとも一方に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含む、樹脂部材。
【請求項5】
上記コーティング膜中の上記シロキサン結合の濃度は、上記コーティング膜の最表面において最大である、
請求項4に記載の樹脂部材。
【請求項6】
上記コーティング膜中の上記シロキサン結合の濃度は、上記基材に近いほど低い、
請求項5に記載の樹脂部材。
【請求項7】
上記基材は、ポリカーボネート樹脂から構成されている、
請求項5または6に記載の樹脂部材。
【請求項8】
樹脂からなる基材を準備する準備工程と、
上記基材の表面上に、
請求項1~3のいずれか1項に記載のコーティング剤を塗布する塗布工程と、
上記コーティング剤に紫外光を照射することにより、上記基材の表面上に上記コーティング剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程と、
を有する、樹脂部材の製造方法。
【請求項9】
上記準備工程において、上記基材としてポリカーボネート樹脂からなる基材を準備する、
請求項8に記載の樹脂部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーティング剤、樹脂部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車や鉄道等の車両を構成する部品には、鋼やアルミニウム、ガラス等の無機材料が使用されてきた。近年では、車両の軽量化を目的として、無機材料からなる部品から、プラスチック等の有機材料からなる部品への置き換えが進んでいる。しかし、有機材料は、無機材料に比べて軽量である反面、軟らかく、傷がつきやすい。
【0003】
そこで、有機材料からなる部品の傷に対する耐久性を向上させるために、部品の表面に硬い皮膜を形成する技術が提案されている。例えば、特許文献1には、樹脂製基材と、樹脂製基材の表面に形成されたプライマー層と、プライマー層の上に形成されたハードコート層とを有する被覆部材が記載されている。
【0004】
このような2層構造の皮膜は、例えば、樹脂製基材上に液状のプライマーを塗布する工程、プライマーを乾燥させてプライマー層を形成する工程、プライマー層上に液状のコーティング剤を塗布する工程、コーティング剤を硬化させてハードコート層を形成する工程を順次行うことにより作製することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の被覆部材のように、プライマー層とハードコート層との2層構造からなる皮膜を形成するに当たっては、樹脂製基材上にプライマーを塗布する工程、プライマーを乾燥させてプライマー層を形成する工程、プライマー層上にコーティング剤を塗布する工程及びコーティング剤を硬化させてハードコート層を形成する工程を順次行う必要がある。そのため、皮膜の形成作業が煩雑になるとともに、皮膜の形成作業に要するコストの増大を招いている。
【0007】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、樹脂からなる基材との密着性に優れ、かつ、傷に対する耐久性の高いコーティング膜を簡素な作業により形成することができるコーティング剤、このコーティング剤から形成されたコーティング膜を有する樹脂部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物と、
紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させる光塩基発生剤と、
が含まれており、
上記有機ケイ素化合物の含有量を100質量部とした場合に、上記光塩基発生剤の含有量が0.1~50質量部であり、
上記光塩基発生剤は、キサントン骨格またはチオキサントン骨格を有する芳香族プロピオン酸と強塩基との塩である、コーティング剤にある。
【0009】
本発明の他の態様は、樹脂からなる基材と、
前記の態様のコーティング剤の硬化物からなり、上記基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有し、
上記コーティング膜は、
上記アクリロイル基及び上記メタクリロイル基のうち少なくとも一方に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含む、樹脂部材にある。
【発明の効果】
【0010】
上記コーティング剤中には、上記特定の官能基を備えた有機ケイ素化合物と、紫外光が照射された場合に塩基とラジカルとを発生させる光塩基発生剤とが含まれている。かかる組成を有するコーティング剤に紫外光を照射した場合、光塩基発生剤から塩基とラジカルとが発生する。
【0011】
光塩基発生剤から発生した塩基は、有機ケイ素化合物に含まれるアルコキシシリル基と反応することにより、有機ケイ素化合物同士のゾルゲル反応による硬化を進行させることができる。更に、光塩基発生剤から発生したラジカルは、有機ケイ素化合物に含まれる(メタ)アクリロイル基と反応し、これらの官能基のラジカル重合を進行させることができる。
【0012】
このように、上記コーティング剤は、紫外光を照射した場合にゾルゲル反応とラジカル重合とを並行して進行させることができる。その結果、ラジカル重合によって結合された有機成分と、ゾルゲル反応によって結合された無機成分とが混ざり合ったコーティング膜を形成することができる。
【0013】
上記の方法により形成されたコーティング膜は、樹脂からなる基材との界面に、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方に由来する構成単位を有している。そのため、上記コーティング膜は、基材との密着性に優れている。また、上記コーティング膜中にはシロキサン結合を有する構造単位、つまり、ゾルゲル反応によって形成された無機成分が含まれている。この無機成分の存在により、コーティング膜の表面の硬さを硬くすることができる。
【0014】
以上のように、上記コーティング剤を硬化させることにより、基材との密着性に優れたコーティング膜を得ることができる。また、このコーティング膜は、無機成分によって表面の硬さが硬くなっているため、傷に対する耐久性に優れている。更に、上記コーティング膜は、密着性を向上させるためのプライマー層と、表面の硬さを硬くするハードコート層とからなる従来の2層構造の皮膜と同等の機能を単一の層により実現することができる。それ故、上記コーティング剤を用いることにより、皮膜の形成作業の工程数を削減し、簡素な工程でコーティング膜を形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実施例1における、赤外吸収スペクトルの測定方法を示す説明図である。
【
図2】実施例1における、試験剤1を用いたコーティング膜の赤外吸収スペクトルの例を示す説明図である。
【
図3】実施例1における、各コーティング膜中の無機成分の分布を示す説明図である。
【
図4】参考例における、紫外光の照射量を変更した場合の
1H-NMRスペクトルを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
上記コーティング剤に含まれる成分について説明する。
【0017】
・有機ケイ素化合物
上記コーティング剤中には、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方と、アルコキシシリル基とを備えた有機ケイ素化合物が含まれている。
【0018】
有機ケイ素化合物としては、例えば、アクリロイル基及び/またはメタクリロイル基を有するアルコキシシランや、アクリロイル基及び/またはメタクリロイル基を有するシルセスキオキサンを使用することができる。
【0019】
アルコキシシランとしては、例えば、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリメトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルトリエトキシシラン、3-(メタ)アクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン等を使用することができる。シルセスキオキサンとしては、例えば、かご型構造を有するシルセスキオキサン、はしご型構造を有するシルセスキオキサン、ランダム構造を有するシルセスキオキサンを使用することができる。また、シルセスキオキサンの分子量は、例えば、数百~数万の範囲から適宜選択することができる。
【0020】
上記コーティング剤においては、これらの有機ケイ素化合物を単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0021】
・重合性エステル
上記コーティング剤中には、必須成分としての有機ケイ素化合物及び光塩基発生剤に加えて、更に、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方を備えた重合性エステル(但し、上記有機ケイ素化合物を除く。)が含まれていてもよい。重合性エステルは、光塩基発生剤から発生したラジカルによってラジカル重合し、コーティング膜中に有機成分を形成することができる。また、重合性エステルは、有機ケイ素化合物に含まれる(メタ)アクリロイル基と反応し、有機ケイ素化合物に結合することができる。
【0022】
上記コーティング剤中に重合性エステルを配合することにより、硬化後のコーティング膜の硬さを維持しつつ、コーティング膜の柔軟性をより向上させることができる。その結果、樹脂からなる基材とコーティング膜との密着性をより向上させることができる。
【0023】
無機成分による硬さ向上の効果と有機成分による密着性向上及び柔軟性向上の効果とをバランス良く得る観点から、コーティング剤中の重合性エステルの含有量は95質量部以下であることが好ましい。重合性エステルの含有量が95質量部を超える場合には、有機ケイ素化合物の含有量が相対的に少なくなる。そのため、硬化後のコーティング膜中における、ゾルゲル反応によって生じる無機成分の量の不足を招くおそれがある。その結果、コーティング膜の硬さが低下し、傷に対する耐久性の低下を招くおそれがある。
【0024】
重合性エステルによる前述した作用効果をより確実に得る観点からは、重合性エステルの含有量を1~95質量部とすることがより好ましく、20~95質量部とすることがさらに好ましく、40~95質量部とすることがさらに好ましく、50~95質量部とすることが特に好ましい。
【0025】
また、上記コーティング剤中に後述する重合性エステルが含まれている場合には、有機ケイ素化合物の含有量を1~80質量部とすることが好ましい。有機ケイ素化合物及び重合性エステルの含有量をそれぞれ前記特定の範囲とすることにより、硬化後のコーティング膜中に含まれる無機成分と有機成分との比率を適正な範囲にすることができる。その結果、無機成分による硬さ向上の効果と有機成分による密着性向上及び柔軟性向上の効果とをバランス良く得ることができる。
【0026】
無機成分による硬さ向上の効果と有機成分による密着性向上及び柔軟性向上の効果とをバランス良く得る観点からは、コーティング剤中の有機ケイ素化合物の含有量を1~80質量部とすることが好ましく、1~70質量部とすることがより好ましく、5~60質量部とすることがさらに好ましく、5~50質量部とすることがさらに好ましく、20~45質量部とすることが特に好ましい。
【0027】
重合性エステルとしては、アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方を有する有機化合物を使用することができる。但し、分子構造中に(メタ)アクリロイル基とともにアルコキシシリル基を含む化合物は、上述した有機ケイ素化合物として取り扱われるものとし、重合性エステルからは除外される。
【0028】
重合性エステルとしては、例えば、公知のアクリル酸エステルやメタクリル酸エステルを使用することができる。
【0029】
より具体的には、重合性エステルとしては、例えば、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、1-メチルエチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-メチルプロピル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート等のモノエステル;1,6-ヘキサンジオールジ(メタ)アクリレート、ポリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、イソシアヌル酸エチレンオキシド変性ジ(メタ)アクリレート等のジエステル;トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールトリ(メタ)アクリレート、ペンタエリスリトールテトラ(メタ)アクリレート、イソシアヌル酸エチレンオキシド変性トリ(メタ)アクリレート等の、アクリロイル基を3つ以上備えたエステル等を使用することが好ましい。
【0030】
上記コーティング剤においては、これらの重合性エステルを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。また、重合性エステルは、上述した化合物のモノマーであってもよいし、予め複数個のモノマーを重合させたオリゴマーであってもよい。
【0031】
上記コーティング剤中には、重合性エステルとして、アクリロイル基及びメタクリロイル基の合計が1分子当たり3個以上である重合性エステルが含まれていることが好ましい。この場合には、重合性エステルに由来する構造単位と有機ケイ素化合物に由来する構造単位とを網目状に重合させることができる。その結果、コーティング膜の硬さをより硬くし、傷に対する耐久性をより向上させることができる。
【0032】
・光塩基発生剤
上記コーティング剤中には、重合性エステルと有機ケイ素化合物との合計を100質量部とした場合に、0.1~50質量部の光塩基発生剤が含まれている。光塩基発生剤の含有量が0.1質量部未満の場合には、紫外光を照射した場合に光塩基発生剤から発生するラジカルや塩基の量が不足するおそれがある。その結果、コーティング剤が十分に硬化せず、コーティング膜の硬さの低下を招くおそれがある。コーティング剤の含有量を0.1質量部以上、好ましくは1質量部以上、さらに好ましくは5質量部以上とすることにより、かかる問題を容易に回避することができる。
【0033】
コーティング剤の硬化をより促進させる観点からは、光塩基発生剤の含有量を多くすることが好ましい。しかし、光塩基発生剤の含有量が過度に多くなると、光塩基発生剤への紫外光の吸収量が大きくなる。その結果、コーティング剤に紫外光を照射した場合に、コーティング剤の深部まで到達する紫外光の光量が不足するおそれがある。更に、光塩基発生剤の量によっては、光塩基発生剤から発生した塩基が触媒となって、基材の樹脂の加水分解が促進されるおそれもある。これらの問題を回避する観点から、光塩基発生剤の含有量は50質量部以下とする。同様の観点から、光塩基発生剤の含有量を45質量部以下とすることが好ましく、30質量部以下とすることがより好ましく、20質量部以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
光塩基発生剤は、分子構造中に、紫外光を吸収する紫外光吸収部と、紫外光吸収部に結合した塩基部とを有している。紫外光吸収部は、例えば、ベンゼン環、ナフタレン環、フェナントレン環、アントラセン環、アントラキノン環、キサンテン環、チオキサンテン環等の芳香族環を含む構造単位を有しており、紫外光を吸収した場合にラジカルを生成することができる。
【0035】
また、塩基部は、例えば、第1級~第3級のアミノ基、第4級アンモニウムカチオン、カルバモイル基、カルバメート結合、イミド結合、窒素を含む複素環等の、紫外光吸収部から脱離した際に塩基となる構造単位を含んでいる。塩基部は、紫外光吸収部が紫外光を吸収した場合に、紫外光吸収部から脱離して塩基を生成することができる。
【0036】
より具体的には、光塩基発生剤としては、例えば、芳香族カルボン酸と強塩基との塩を使用することができる。芳香族カルボン酸としては、例えば、2-(9-オキソキサンテン-2-イル)プロピオン酸等のキサントン骨格を有するカルボン酸や、2-(9-チオキサンテン-2-イル)プロピオン酸等のチオキサントン骨格を有するカルボン酸等を使用することができる。強塩基としては、例えば、1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン、1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン、1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ-5-エン等の化合物を使用することができる。
【0037】
上記コーティング剤中には、光塩基発生剤として、キサントン骨格またはチオキサントン骨格を有する化合物が含まれていることが好ましい。これらの骨格を有する光塩基発生剤は、紫外光の吸収効率に優れているため、紫外光を吸収した際に、効率よくラジカルと塩基とを発生させることができる。そのため、キサントン骨格またはチオキサントン骨格を有する光塩基発生剤を使用することにより、コーティング剤の硬化に要する紫外光の光量をより低減することができる。
【0038】
また、上記コーティング剤中には、光塩基発生剤として、アニオンと、上記アニオンに結合したカチオンとを備えたイオン型の光塩基発生剤が含まれていることが好ましい。イオン型の光塩基発生剤は、紫外光を照射した際に、アルコキシシリル基との反応性が高い強塩基を発生させることができる。そのため、イオン型の光塩基発生剤を使用することにより、有機ケイ素化合物同士のゾルゲル反応をより促進させることができる。
【0039】
・その他の添加剤
上記コーティング剤中には、必須成分としての有機ケイ素化合物及び光塩基発生剤の他に、コーティング剤の硬化を損なわない範囲で、コーティング剤用として公知の添加剤が含まれていてもよい。例えば、上記コーティング剤中には、添加剤として、紫外線吸収剤、ラジカル捕捉剤、ヒンダードアミン系光安定剤等の、コーティング膜の劣化を抑制するための添加剤が含まれていてもよい。これらの添加剤を使用することにより、コーティング膜の耐候性を向上させる効果を期待することができる。
【0040】
また、上記コーティング剤中には、添加剤として、レベリング剤、脱泡剤等の表面調整剤が含まれていてもよい。これらの添加剤を使用することにより、基材上にコーティング剤を塗布した際に、コーティング剤の厚みを均一にすることができる。その結果、コーティング膜を備えた樹脂部材の傷に対する耐久性をより向上させる効果を期待することができる。
【0041】
上記コーティング剤を硬化させることにより、基材上に透明なコーティング膜を形成することができる。そのため、例えば、窓用透明部材、即ち無機材料からなる窓ガラスの代替となる部材の表面に上記コーティング剤を適用することにより、無機材料からなるガラスに比べて軽量な窓用透明部材を得ることができる。
【0042】
また、例えば、ボディパネルの表面に上記コーティング剤を適用することにより、ボディパネルの表面にクリヤーコート層を形成することができる。更に、必要に応じて上記コーティング剤中に顔料等の着色剤を添加し、コーティング膜を着色することも可能である。
【0043】
上記コーティング剤を樹脂からなる基材上に塗布した後、紫外光を照射してコーティング剤を硬化させることにより、樹脂部材を得ることができる。この樹脂部材は、樹脂からなる基材と、
上記コーティング剤の硬化物からなり、基材の表面上に配置されたコーティング膜と、を有している。
また、コーティング膜は、
アクリロイル基及びメタクリロイル基のうち少なくとも一方に由来する構造単位と、
シロキサン結合を有する構造単位と、を含んでいる。
【0044】
上記コーティング剤に紫外光を照射した場合、上述したように、光塩基発生剤から発生したラジカル及び塩基によって、ラジカル重合とゾルゲル反応とが並行して進行する。このようにラジカル重合とゾルゲル反応とを並行して進行させることにより、基材との密着性及び傷に対する耐久性に優れたコーティング膜を形成することができる。
【0045】
コーティング剤中に有機ケイ素化合物と重合性エステルとが含まれている場合には、ラジカル重合とゾルゲル反応とを並行して進行させることにより、ゾルゲル反応によって生じた無機成分をコーティング膜の表面に偏析させることができる。その結果、最表面におけるシロキサン結合の濃度が最大となるコーティング膜を形成することができる。このようにコーティング膜の最表面に無機成分を偏析させることにより、傷に対するコーティング膜の耐久性をより高めることができる。
【0046】
コーティング膜中のシロキサン結合の濃度は、基材に近いほど低くなっていてもよい。即ち、コーティング膜は、その最表面においてシロキサン結合の濃度が最大となり、基材との界面において無機成分の濃度が最小となるように、無機成分の濃度が深さ方向において連続的に変化していてもよい。この場合には、無機成分と有機成分とが相分離している場合に比べてコーティング膜の剥離や脱落をより抑制することができる。
【0047】
上記樹脂部材において、基材を構成する樹脂は、樹脂部材の用途に合わせて適宜選択することができる。例えば、樹脂部材を窓用透明部材として使用する場合には、基材にポリカーボネート樹脂を採用することができる。ポリカーボネート樹脂は、耐候性、強度、透明性等の、窓用透明部材に要求される諸特性に優れている。そのため、ポリカーボネート樹脂からなる基材上に透明な上記コーティング膜を形成することにより、窓用透明部材として好適な樹脂部材を得ることができる。
【0048】
上記樹脂部材は、例えば、樹脂からなる基材を準備する準備工程と、
基材の表面上に上記のコーティング剤を塗布する塗布工程と、
コーティング剤に紫外光を照射することにより、基材の表面上にコーティング剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程と、
を有する製造方法により、製造することができる。
【0049】
上記製造方法において、塗布工程でのコーティング剤の塗布には、スプレーコーター、フローコーター、スピンコーター、ディップコーター、バーコーター、アプリケーター等の公知の塗布装置の中から、所望する膜厚や機材の形状等に応じて適切な装置を選択して使用することができる。
【0050】
塗布工程の後、必要に応じてコーティング液を加熱して乾燥させる工程を行ってもよい。
【0051】
硬化工程での紫外光の照射には、例えば、水銀ランプ、メタルハライドランプ、発光ダイオード、エキシマランプ等の、紫外光を発生可能な公知の光源の中から、光塩基発生剤の吸収波長や必要な光量等に応じて適切な光源を選択して使用することができる。また、硬化工程においては、大気雰囲気中で紫外光を照射してもよいし、窒素雰囲気中で紫外光を照射してもよい。必要に応じてコーティング剤を加熱し、反応を促進させつつ紫外光を照射することもできる。
【0052】
また、硬化工程の後、必要に応じてコーティング膜を加熱し、硬化を促進させる工程を行ってもよい。
【実施例】
【0053】
上記コーティング剤の実施例について説明する。なお、本発明に係るコーティング剤、このコーティング膜を備えた樹脂部材及び樹脂部材の製造方法は、以下に示す態様に限定されるものではなく、その趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。
【0054】
本例において使用した化合物の略称は、以下の通りである。
【0055】
・重合性エステル
HBA イソシアヌル環含有ウレタンアクリレート化合物
M-315(東亞合成株式会社製) イソシアヌル酸エチレンオキシド変性トリアクリレートを含む混合物
TMPTA トリメチロールプロパントリアクリレート
【0056】
・有機ケイ素化合物
APTMS アクリル酸3-(トリメトキシシリル)プロピル
PSQ-A メタクリロイル基含有シルセスキオキサン
PSQ-B メタクリロイル基含有シルセスキオキサン
AC-SQ SI-20(東亞合成株式会社製) アクリロイル基含有シルセスキオキサン
AC-SQ TA-100(東亞合成株式会社製) アクリロイル基含有シルセスキオキサン
【0057】
・光塩基発生剤
PBG1 2-(9-オキソキサンテン-2-イル)プロピオン酸1,8-ジアザビシクロ[5.4.0]ウンデカ-7-エン(下記構造式(1)参照)
PBG2 2-(9-オキソキサンテン-2-イル)プロピオン酸1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(下記構造式(2)参照)
PBG3 2-(9-オキソキサンテン-2-イル)プロピオン酸1,5-ジアザビシクロ[4.3.0]ノナ-5-エン(下記構造式(3)参照)
TXT-DBU 2-(9-チオキサンテン-2-イル)プロピオン酸1,5,7-トリアザビシクロ[4.4.0]デカ-5-エン(下記構造式(4)参照)
【0058】
【0059】
【0060】
【0061】
【0062】
・その他の添加剤
RUVA-93(大塚化学株式会社製) 紫外線吸収剤
Tinuvin(登録商標)123(BASF社製) ヒンダードアミン系光安定剤
Irgacure(登録商標)819(BASF社製) ラジカル発生剤
Irgacure754(BASF社製) ラジカル発生剤
8019add(東レ・ダウコーニング株式会社製) 表面調整剤
【0063】
・有機溶媒
CHCl3 クロロホルム
PGM プロピレングリコールモノメチルエーテル
【0064】
(実施例1)
本例では、重合性エステル、有機ケイ素化合物及び光塩基発生剤を含み、表1に示す組成を有するコーティング剤(試験剤1、2)を調製した。そして、樹脂からなる基材上に、これらの試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成して樹脂部材を作製した。樹脂部材の製造方法を以下に詳説する。
【0065】
【0066】
まず、樹脂からなる基材を準備する準備工程を実施した。本例においては、基材として、ポリカーボネート樹脂からなる厚み5mmの板材を準備した。
【0067】
次に、基材の表面上に試験剤を塗布する塗布工程を実施した。試験材の塗布には、アプリケーターを使用した。また、本例では、基材上に試験剤を塗布した後、基材を80℃で5分間加熱してプリベークを行った。
【0068】
プリベークの後、試験剤に紫外光を照射することにより、基材の表面上に試験剤の硬化物からなるコーティング膜を形成する硬化工程を実施した。本例では、紫外光の照射を窒素雰囲気中で行った。また、紫外光の光源としては、ピーク波長365nmの発光ダイオードを使用した。また、紫外光の照度は50mW/cm2とし、露光量は30000mJ/cm2とした。
【0069】
紫外光の照射を行った後、コーティング膜を100℃で10分間加熱してポストベークを行った。以上により、テストピースを得た。得られたテストピースは、無色透明であった。また、基材上に形成されたコーティング膜の厚みは約50μmであった。
【0070】
本例では、以下の方法により、コーティング膜の厚み方向における無機成分の分布状態の評価を行った。まず、
図1に示すように、各テストピース1のコーティング膜2を、基材3とともに、コーティング膜2の厚み方向に対して傾斜した方向に切削した。これにより、コーティング膜2の最表面21に対して傾斜した傾斜面22を露出させた。
【0071】
図1に示すように、傾斜面22には、コーティング膜2における、最表面からの深さの異なる種々の部分が露出している。それ故、傾斜面22上の複数の位置において、全反射測定法による赤外吸収スペクトルを取得することにより、厚み方向における無機成分の分布の状態を評価することができる。
【0072】
図2に、傾斜面22上の種々の位置において取得した赤外吸収スペクトルの例を示す。なお、
図2の縦軸は吸光度であり、横軸は波数(cm
-1)である。また、
図2中に示した深さの値は、傾斜面22上の測定位置から換算した最表面21からの深さである。シロキサン結合に由来するピークは波数1150cm
-1付近に現れることが知られており、無機成分の濃度が高いほどシロキサン結合に由来するピークの吸光度が高くなる。
【0073】
図3に、赤外吸収スペクトルに基づいて作成した無機成分の厚み方向の分布を示す。
図3の縦軸はシロキサン結合に由来する吸収ピークの吸光度であり、横軸は、傾斜面22上の測定位置から換算した最表面21からの深さ(μm)である。
【0074】
図3に示したように、試験剤1及び試験剤2のいずれにおいても、シロキサン結合に由来する吸収ピークの吸光度は、コーティング膜の最表面において最大となり、基材側の界面において最小となった。これらの結果から、本例の樹脂部材は、コーティング膜の最表面に無機成分が偏析しており、コーティング膜の最表面におけるシロキサン結合の濃度が最大となっていることが理解できる。
【0075】
(実施例2)
本例では、表2及び表3に示す組成を有するコーティング剤(試験剤3~21)を用いてシリコンウエハ上にコーティング膜を作製した。そして、コーティング膜の硬さの評価を行った。
【0076】
・コーティング膜の作製
アプリケーターを用いて上述した試験剤をシリコンウエハ上に塗布した後、シリコンウエハを60℃で5分間加熱してプリベークを行った。その後、窒素雰囲気中でシリコンウエハに紫外光を照射して試験材を硬化させ、コーティング膜を形成した。紫外光の照射を行った後、シリコンウエハを100℃で10分間加熱してポストベークを行った。以上により、シリコンウエハ上にコーティング膜を作製した。
【0077】
コーティング膜の厚みは3~20μmであった。なお、紫外光の光源には、ピーク波長365nmの発光ダイオードを使用した。また、紫外光の照度は50mW/cm2とし、30000~100000mJ/cm2の範囲から露光量を適宜設定した。
【0078】
・硬さの評価
JIS K5400に記載された鉛筆法により、コーティング膜の引っかき硬度を評価した。各試験剤から作製されたコーティング膜の引っかき硬度は、表2に示した通りであった。
【0079】
また、本例においては、試験剤3~21との比較のため、シリコンウエハ上にプライマー層とハードコート層とを順次積層したテストピースを作製した。プライマー層及びハードコート層は、特許文献1(特開2006-240294号公報)に記載された構成を有している。このハードコート層の引っかき硬度を評価したところ、引っかき硬度は4Hであった。
【0080】
【0081】
【0082】
表2及び表3に示したように、試験剤3~21は、重合性エステル、有機ケイ素化合物及び光安定剤を上記特定の範囲で含有している。そのため、コーティング剤を塗布した後紫外光を照射することにより、シリコンウエハ上にコーティング膜を形成することができた。
【0083】
また、試験剤4~21から作製されたコーティング膜は、プライマー層とハードコート層との2層構造を備えた従来の皮膜におけるハードコート層と同等以上の引っかき硬度を有している。それ故、試験剤4~21を用いることにより、コーティング膜の傷に対する耐久性を、従来の2層構造の皮膜と同等以上にすることができる。なお、試験剤3から作製されたコーティング膜は、試験剤4~21に比べて引っかき硬度が若干低かったが、十分に実用可能な範囲である。
【0084】
本例において使用した光塩基発生剤のうちTXT-DBUの波長365nmにおけるモル吸光係数は3710mol・cmであり、PBG2の波長365nmにおけるモル吸光係数は810mol・cmである。これらのモル吸光係数の値によれば、TXT-DBU等のチオキサントン骨格を有する光塩基発生剤は、PBG2等のキサントン骨格を有する光塩基発生剤に比べて波長365nmの紫外光に敏感であり、当該紫外光の照射による塩基及びラジカルの発生効率が高いことが理解できる。それ故、チオキサントン骨格を有する光塩基発生剤を使用することにより、コーティング剤中の光塩基発生剤の使用量をより低減することができる。
【0085】
(参考例)
本例は、上記コーティング剤に紫外光を照射した際の各成分の変化を1H-NMR(核磁気共鳴分光法)によって評価した例である。本例においては、重合性エステルとしてのTMPTAを57.1質量部、有機ケイ素化合物としてのAPTMSを42.9質量部と、光塩基発生剤としてのPBG2を10質量部とを含む重水素化クロロホルム溶液を調製した。また、この溶液に、化学シフトの基準物質であるテトラメチルシランと、内部標準物質としてのジクロロメタンを微量添加した。
【0086】
この溶液をNMRチューブに注入し、紫外光が照射される前の状態のNMRスペクトルを取得した。その後、ピーク波長365nmの発光ダイオードを用いてNMRチューブ内の溶液に紫外光を照射し、露光量が5000mJ/cm
2、10000mJ/cm
2、20000mJ/cm
2、50000mJ/cm
2となった時点でのNMRスペクトルを取得した。
図4に、これら各段階におけるNMRスペクトルを示す。
図4の縦軸はシグナルの相対強度であり、横軸はテトラメチルシランを基準とした場合の化学シフト(ppm)である。
【0087】
図4に示すように、紫外光を照射する前のコーティング剤のNMRスペクトルには、6.2ppmの位置にアクリロイル基の水素に由来するピーク、3.5ppmの位置にメトキシシリル基の水素に由来する3.5ppmのピークが確認された。また、3.3ppmの位置に、メタノール中のメチル基の水素に由来するピークが確認された。メタノールは、メトキシシリル基の一部が加水分解されることによって生成したと推測される。
【0088】
コーティング剤に紫外光を照射すると、露光量が増大するほどアクリロイル基に由来するピーク及びメトキシシリル基に由来するピークの強度が低下した。また、露光量が増大するほどメタノールに由来するピークの強度が増大した。アクリロイル基に由来するピークの低下は、アクリロイル基が重合反応によって消失したことを示している。また、メトキシシリル基に由来するピークの低下及びメタノールに由来するピークの増大は、メトキシシリル基同士の縮合が進行したことを示している。
【0089】
従って、これらの結果から、紫外光の照射によって光塩基発生剤からラジカル及び塩基が発生し、アクリロイル基同士のラジカル重合と、メトキシシリル基のゾルゲル反応とが並行して進行したことが理解できる。
【符号の説明】
【0090】
1 樹脂部材
2 コーティング膜
3 基材