(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-25
(45)【発行日】2022-05-09
(54)【発明の名称】熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法および熱伝導性グリース用表面処理粉末
(51)【国際特許分類】
C01B 21/072 20060101AFI20220426BHJP
C01B 21/068 20060101ALI20220426BHJP
C23C 16/42 20060101ALI20220426BHJP
【FI】
C01B21/072 R
C01B21/068 Y
C23C16/42
(21)【出願番号】P 2018062994
(22)【出願日】2018-03-28
【審査請求日】2021-03-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100204032
【氏名又は名称】村上 浩之
(72)【発明者】
【氏名】森本 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】柏谷 智
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-226749(JP,A)
【文献】特開2018-030785(JP,A)
【文献】特開昭60-054980(JP,A)
【文献】特開昭62-216906(JP,A)
【文献】特開2016-072450(JP,A)
【文献】特開2008-182129(JP,A)
【文献】特開平11-049958(JP,A)
【文献】特開平01-298725(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 21/072
C01B 21/068
C23C 16/42
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成される熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法であって、
大気圧下でプラズマ化された反応ガスと、キャリアガスを介して供給されたケイ素化合物とを混合し、該ケイ素化合物をラジカル化させて、ラジカル化ケイ素化合物を得るラジカル化工程と、
前記ラジカル化ケイ素化合物を前記窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、該表面に窒化ケイ素からなる前記被覆膜を形成する被覆膜形成工程とを有し、
前記被覆膜形成工程によって、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ該平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下である前記被覆膜を形成する、熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法。
【請求項2】
前記ラジカル化工程後に、螺旋状のガス流によって画定され、前記ラジカル化ケイ素化合物が均一に分散した反応領域を形成する反応領域形成工程をさらに有し、
前記被覆膜形成工程では、前記反応領域内に前記窒化アルミニウム粉末を供給し、前記ラジカル化ケイ素化合物を前記窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、該表面に窒化ケイ素からなる前記被覆膜を形成する、請求項1に記載の熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法。
【請求項3】
前記反応ガスは、窒素ガスまたはアンモニアガスを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法
【請求項4】
前記螺旋状のガス流は、酸素または空気を用いることで形成される、請求項2に記載の熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法。
【請求項5】
前記ラジカル化工程では、前記窒化アルミニウム粉末1gに対して、前記ケイ素化合物を0.006g以上0.3g以下で供給する、請求項1乃至請求項4のいずれか1項に記載の熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法。
【請求項6】
前記窒化アルミニウム粉末は、熱伝導率が100W/mK以上である、請求項1乃至請求項5のいずれか1項に記載の熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法。
【請求項7】
窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成された熱伝導性グリース用表面処理粉末であって、
前記被覆膜は、窒化ケイ素からなり、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ該平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下であることを特徴とする熱伝導性グリース用表面処理粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法および熱伝導性グリース用表面処理粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、半導体デバイスのパワー密度上昇に伴い、放熱材料にはより高度な放熱特性が求められている。デバイスの放熱を実現する材料としては、サーマルインターフェースマテリアルと呼ばれる材料があり、その使用量は急速に拡大している。
【0003】
サーマルインターフェースマテリアルとは、半導体素子の発生する熱をヒートシンクまたは筐体等に逃がす経路の熱抵抗を緩和するための材料であり、シート、ゲル、グリース、放熱基板、半導体封止材など多様な形態が用いられている。一般に、このサーマルインターフェースマテリアルは熱伝導性のフィラーを、エポキシ、シリコーンの様な樹脂に分散した複合材料で、フィラーとしてはシリカやアルミナが多く用いられている。しかし、シリカ、アルミナの熱伝導率は各々1W/mK、30W/mK程度であり、アルミナを用いた複合材料でも、その熱伝導率は1~3W/mK程度に留まっている。しかしながら近年の半導体デバイスのパワー密度上昇により、サーマルインターフェースマテリアルには、より高い熱伝導率が求められるようになって来た。
【0004】
このため近年では、熱伝導率の高い窒化アルミニウムをフィラーとするサーマルインターフェースマテリアルが開発されつつある。しかし、窒化アルミニウムには、その表面が水と反応して加水分解するという問題がある。
【0005】
このような問題を解決するための手段として、特許文献1には、酸化アルミニウム被膜もしくはリン酸系被膜を有する窒化アルミニウム粉末を、有機珪素系カップリング剤、有機リン酸系カップリング剤またはホスフェート基含有の有機チタン系カップリング剤で処理する方法が提案されている。
【0006】
また、特許文献2には、リン酸、リン酸の金属塩又は炭素数が12以下の有機基を有する有機リン酸で窒化アルミニウム粉末を処理する方法が提案されている。
【0007】
さらに、特許文献3には窒化アルミニウム粉末を、炭素含量が一定の範囲となるように、アルキルホスホン酸を用いて表面処理することにより、耐水性を向上させると同時に、リンの溶出量をより少なく抑制できる方法が提案されている。
【0008】
また、近年、大気圧プラズマCVD法を用いた表面処理が、低コストで、緻密な被覆膜を形成することができるため注目を集めている。例えば、特許文献4には、有機ケイ素化合物からなる噴霧液体コーティング形成材料を大気圧プラズマ放電中に導入し、金属などの基板をこの噴霧コーティング形成材料に晒すことにより、基板の表面に、ポリジメチルシロキサンなどからなるコーティング(被覆膜)を形成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平7-33415号公報
【文献】国際公開第2012/147999号
【文献】国際公開第2015/137263号
【文献】特表2004-510571号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1、2,3の方法では、液相と固相との接触による不均質反応であるため、窒化アルミニウム粒子表面に被覆膜を均一に形成するのは困難であり、膜厚の制御も難しい。さらにこれらの処理方法では耐水性を向上しながらも、リンを含む以上溶出を完全に抑制することは困難であった。また、特許文献4の大気圧プラズマCVD法では、窒化アルミニウムからなる基板の表面にポリメチルジシロキサンのコーティング膜を形成することで耐侯性が向上できることが記載されているが、有機樹脂との反応性を制御し、濡れ性を向上させ、耐侯性を向上させるために、コーティング膜を形成した金属粉末については記載されていない。
【0011】
そこで、本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて考案されたものであり、熱伝導性と絶縁性を維持したまま耐水性を有し、有機樹脂との反応性を制御しながら濡れ性を向上させることが可能な、新規かつ改良された熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法および熱伝導性グリース用表面処理粉末を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
すわなち、本発明の一態様では、窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成される熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法であって、大気圧下でプラズマ化された反応ガスと、キャリアガスを介して供給されたケイ素化合物とを混合し、該ケイ素化合物をラジカル化させて、ラジカル化ケイ素化合物を得るラジカル化工程と、前記ラジカル化ケイ素化合物を前記窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、該表面に窒化ケイ素からなる前記被覆膜を形成する被覆膜形成工程とを有し、前記被覆膜形成工程によって、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ該平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下である前記被覆膜を形成する。
【0013】
また、本発明の一態様では、前記ラジカル化工程後に、螺旋状のガス流によって画定され、前記ラジカル化ケイ素化合物が均一に分散した反応領域を形成する反応領域形成工程をさらに有し、前記被覆膜形成工程では、前記反応領域内に前記窒化アルミニウム粉末を供給し、前記ラジカル化ケイ素化合物を前記窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、該表面に窒化ケイ素からなる前記被覆膜を形成することが好ましい。
【0014】
また、本発明の一態様では、前記反応ガスは、窒素ガスまたはアンモニアガスを用いることが好ましい。
【0015】
また、本発明の一態様では、前記螺旋状のガス流は、酸素または空気を用いることで形成されることが好ましい。
【0016】
また、本発明の一態様では、前記ラジカル化工程において、前記窒化アルミニウム粉末1gに対して、前記ケイ素化合物を0.006g以上0.3g以下で供給することが好ましい。
【0017】
また、本発明の一態様では、前記窒化アルミニウム粉末は、熱伝導率が100W/mK以上であることが好ましい。
【0018】
さらに、本発明の他の態様では、窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成された熱伝導性グリース用表面処理粉末であって、前記被覆膜は、窒化ケイ素からなり、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ該平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、熱伝導性と絶縁性を維持したまま耐水性を有し、有機樹脂との反応性を制御しながら濡れ性を向上させる熱伝導性グリース用表面処理粉末が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法の概略を示すフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、以下に説明する本実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではなく、本実施形態で説明される構成の全てが本発明の解決手段として必須であるとは限らない。
【0022】
[1.表面処理粉末の製造方法]
まず、本発明の一実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法(以下、「表面処理粉末の製造方法」ともいう。)は、熱伝導性グリースに用いられる表面処理粉末の製造方法である。以下図面を使用して説明する。
【0023】
図1は、本発明の一実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法の概略を示すフロー図である。本実施形態に係る表面処理粉末の製造方法は、窒化アルミニウム粉末と当該粉末の表面が窒化ケイ素(Si
3N
4)で形成される被覆膜とを含むものであり、
図1に示すように、ケイ素化合物をラジカル化するラジカル化工程S1と、被覆膜を形成する被覆膜形成工程S3とを有し、好ましくは反応領域を形成する反応領域形成工程S2を有する。以下、各工程S1~S3をそれぞれ説明する。なお、市販の大気圧プラズマ重合処理装置(以下、「装置」ともいう。)を用いている。
【0024】
ラジカル化工程S1は、大気圧プラズマ重合処理により大気圧下でプラズマ化された反応ガスと、キャリアガスを介して導入されたケイ素化合物とを混合し、ケイ素化合物をラジカル化することにより、ラジカル化ケイ素化合物を得る工程である。
【0025】
プラズマ重合処理は従来から広く知られた技術であるが、本実施形態で利用する大気圧プラズマ重合処理は、常態では進行しない化学反応を、大気圧プラズマによる反応粒子の活性化により進行させるものである。このような大気圧プラズマ重合処理は、連続処理に向いているため生産性が高く、真空装置が不要であるため処理コストが低く、簡単な装置構成で済むといった利点もある。
【0026】
本発明者らは、本実施形態で使用される大気圧プラズマ重合処理において、予めプラズマ化した反応ガス中に、キャリアガスを介して導入されたケイ素化合物を混合噴霧することにより、ケイ素化合物を瞬時にラジカル化させることができるため、ケイ素化合物の基本骨格を維持したまま、ラジカル化したケイ素化合物と窒化アルミニウム粉末とを反応させることにより、窒化ケイ素からなる緻密な被覆膜を窒化アルミニウム粉末の表面全体にわたって均一に形成することが可能となるとの知見を得た。
【0027】
これに対して、従来技術の大気圧プラズマCVD法を利用した被覆膜の形成方法では、反応ガスと、キャリアガスと、被覆材料とを装置内に供給した後、反応ガスのプラズマ化と被覆材料の活性化(ラジカル化)が同時に行われるため、被覆材料の活性化が不均一なものとなる。この結果、被覆膜は緻密なものとならず、また、熱伝導性フィラー粒子の表面全体に被覆膜を均一に形成することも困難となる。
【0028】
このように、本実施形態では、窒化ケイ素からなる緻密な被覆膜を窒化アルミニウム粉末の表面全体にわたって均一に形成するため、反応ガスのプラズマ化と被覆材料の活性化とを同時に行わず、反応ガスのプラズマ化した後、被覆材料の活性化を行うことが重要である。
【0029】
また、大気圧プラズマとしては、コロナ放電、誘電体バリア放電、RF放電、マイクロ波放電、アーク放電などを挙げることができるが、本実施形態では、特に制限されることなく、いずれも適用可能である。このため、プラズマ化するために使用する装置としては、大気圧下で反応ガスをプラズマ化することができるものであれば、特に制限されることなく、公知のプラズマ発生装置を使用することができる。なお、本実施形態において、大気圧とは、大気圧(1013.25hPa)およびその近傍の気圧を含み、通常の大気圧の変化の範囲内の気圧も含まれる。
【0030】
反応ガスとしては、窒化ケイ素からなる被覆膜を形成するため、窒素原子を含むガスを用いればよいが、窒素ガスまたはアンモニアガスなどを用いることが好ましい。また、反応ガスの流速は、特に限定されない。
【0031】
反応ガスをプラズマ化するための条件としては、使用するプラズマ装置や、目的とする被覆膜の厚さなどにより適宜選択されるべきものであるが、ケイ素化合物を効率よくラジカル化し、高品質の被覆膜を形成する観点から、ジェネレータ出力電圧を150V以上350V以下の範囲とするのが好ましく、200V以上330V以下の範囲とするのがより好ましい。ジェネレータ出力電圧が150V以上であれば、反応ガスが十分にプラズマ化することができ、ケイ素化合物を十分にラジカル化することができる。また、350V以下であれば、装置の破損といった問題が生じにくい。
【0032】
キャリアガスとしては、気化したケイ素化合物を搬送することができるものであれば特に制限されることはない。たとえば、Ar、He、およびN2などの群から選ばれる少なくとも1種を使用することができる。これらのキャリアガスは、単独で使用してもよく、2種類以上を所定の割合で混合して使用してもよい。なお、生産コストの観点から、N2を使用することが好ましい。また、キャリアガスの流速は、特に限定されない。
【0033】
また、ラジカル化ケイ素化合物を得るために供給されるケイ素化合物は、SiH4が好ましい。
【0034】
ケイ素化合物の導入量は、原料となる窒化アルミニウム粉末の粒径や被覆膜の厚さ、プラズマ化条件などによっても異なるが、例えば、SEMで測定した100個の平均粒径9μmの窒化アルミニウム粉を対象とした場合、窒化アルミニウム粉1gに対するケイ素化合物の導入量を0.006g以上0.3g以下とすることが好ましい。ケイ素化合物の導入量が0.006g以上であれば、被覆膜の平均膜厚が1nm以上とすることが容易であり、より均一に表面全体を被覆することができる。一方、ケイ素化合物の導入量が0.3g以下であれば、より被覆膜の平均膜厚を100nm以下とすることが容易である。すなわち、本実施形態では、緻密かつ均一に窒化アルミニウム粉末の表面を被覆するため、窒化アルミニウム粉末1gに対して、ケイ素化合物を0.006g以上0.3g以下で供給することが好ましい。
【0035】
また、本実施形態では、作業効率上の観点から、コート回数が1回であることが好ましいが、コート回数を増やすことで窒化アルミニウム粉末の表面に形成される被覆膜の平均膜厚を累積的に厚くすることができる。なお、窒化アルミニウム粉末とケイ素化合物との割合にもよるが、被覆膜の平均膜厚が厚すぎると、窒化アルミニウム粉末由来の熱伝導性が低下するため、コート回数は5回以下がよい。なおコート回数が1回とは、原料粉末(窒化アルミニウム粉末)を投入した後、ケイ素化合物をラジカル化するラジカル化工程S1と、被覆膜を形成する被覆膜形成工程S3とを有し、好ましくは反応領域を形成する反応領域形成工程S2を有する、各工程S1~S3を行い、表面処理粉末を回収するところまでのことである。
【0036】
次に、反応領域形成工程S2を説明する。反応領域形成工程S2は、ラジカル化工程S1後に、螺旋状のガス流によって画定され、ラジカル化工程S1で得られたラジカル化ケイ素化合物が均一に分散した反応領域を形成する工程である。本実施形態では、ラジカル化したケイ素化合物が均一に分散し、ケイ素化合物が窒化アルミニウム粉末と反応可能な反応領域を予め形成しておくことが好ましい。なお、この反応領域内におけるケイ素化合物はラジカル化している限り、その状態が制限されることはなく、単量体、半重合体、および重合体のうちのいずれの状態であってもよい。
【0037】
反応領域では、ラジカル化ケイ素化合物が均一に分散した螺旋状のガス流内で、原料の窒化アルミニウム粉末とラジカル化ケイ素化合物との反応が、同時かつ同程度の反応速度で進行する。そのため、本実施形態で作製される表面処理粉末は、得られる被覆膜をきわめて均一に形成することができる。このような表面処理粉末は、緻密な被覆膜であるため、耐酸化性や接合性などの特性が良好なものとなる。
【0038】
上記反応領域を形成する方法は、特に制限されることはない。たとえば、装置内に、予めガス流を導入し、上述したラジカル化工程S1で生成したラジカル化ケイ素化合物を、この螺旋状のガス流と混合することにより形成することができる。また、装置外でラジカル化工程S1を行い、生成したラジカル化ケイ素化合物を、キャリアガスを用いて螺旋状のガス流として装置内に導入してもよい。ただし、ラジカル化ケイ素化合物は不安定であり、すぐに通常のケイ素化合物と戻ってしまうことを考慮すると、前者の方法が好ましい。
【0039】
螺旋状のガス流は、たとえば、アルゴン、ヘリウム、窒素、酸素、および空気の群から選択される少なくとも1種、すなわち、上述したキャリアガスと同種のガス、または、これらのガスに装置外で生成したラジカル炭化水素化合物を混合したものを螺旋状に流れるように、装置内に導入することで、形成することができる。さらに、被覆膜を薄く形成する場合には、酸素または空気(特に乾燥空気)を用いて螺旋状のガス流を形成することが好ましい。これは、酸素や空気を用いることで被覆膜中の酸素導入量を増加させることでき、その結果、被覆膜の緻密性や平滑性を向上させることが可能となるからである。
【0040】
螺旋状のガス流は、その断面積が、被覆対象となる窒化アルミニウム粉末の直径よりも大きくなるように形成することが必要となる。また、螺旋状のガス流の流速(進行方向に対する速度および周方向に対する速度)は、目的とする被覆膜の厚さや窒化アルミニウム粉末の性状(ケイ素化合物との反応性)に応じて、適宜選択することが必要となる。このため、予備試験を実施した上で、螺旋状のガス流の速度を設定することが好ましい。
【0041】
このように、本発明の一実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法は、反応領域形成工程S2をさらに有することで、得られる被覆膜をきわめて均一に形成することができる。また、このような表面処理粉末は、緻密な被覆膜であるため、耐酸化性や接合性などの特性が良好なものとなる。
【0042】
次に、被覆膜形成工程S3を説明する。被覆膜形成工程S3では、反応領域に原料となる窒化アルミニウム粉末を供給し、ラジカル化ケイ素化合物を窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、この窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜を形成する工程である。これにより、ラジカル化したケイ素化合物をプラズマ重合させながら、被覆膜の平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下である表面処理粉末を得ることができる。なお、本実施形態において、平均膜厚とは、表面処理粉末に備わる被覆膜の断面を任意に選択した50ヶ所について透過型電子顕微鏡(TEM)により観察して、平均値を算出したものをいう。また、ばらつきが20%以下とは、任意に選択した50ヶ所のいずれかの膜厚を平均膜厚で差し引いた絶対値を、平均膜厚で除算した百分率として表した際に、±20%以下の状態をいう。
【0043】
熱伝導性グリース用の窒化アルミニウム粉末としては製法により熱伝導率は変化するが熱伝導率が100W/mK以上であることが好ましい。
【0044】
窒化アルミニウム粉末の形状は特に限定されないが、球状、紡錘形状、偏平形状、不定形状が挙げられる。中でも、窒化アルミニウム粉末の表面を覆う被覆膜の厚みを均一にする場合、球状が好ましい。
【0045】
窒化アルミニウム粉末の平均粒径は特に限定されないが、材料内部に熱が流れる伝熱路を確保するため、1.5μm以上20μm以下であることが好ましい。なお、平均粒径とは、レーザー回折法で得られる体積基準の粒度分布を示すものである。
【0046】
熱伝導性グリース用として、最密充填や接触点の観点から2つのピークを持つ(大小2種類の粒径)ものを用いても良いし、数種類の粒径のものを混ぜても良い。
【0047】
被覆膜は、窒化ケイ素膜から構成される。窒化ケイ素膜を構成する窒化ケイ素の種類は任意であるが、窒化アルミニウム粉末表面のフォノン伝導を向上する観点から、Si3N4がより好ましい。
【0048】
このような窒化ケイ素からなる被覆膜は、所定条件の大気圧プラズマ重合処理によって、窒化アルミニウム粉末の表面全体に形成することができる。この窒化ケイ素からなる被覆膜の平均膜厚は1nm以上100nm以下、好ましくは5nm以上50nm以下、より好ましくは8nm以上30nm以下とする。得られる表面処理粉末は、窒化アルミニウム粉末の表面を上記数値範囲にある薄膜で覆うことにより、所望とする電気絶縁性や熱伝導性を有し、コア部の窒化アルミニウム粉末の酸化も抑制される。窒化ケイ素からなる被覆膜の平均膜厚が1nm未満である場合、十分な電気絶縁性を得ることができない。また、保管時及び実装時においても窒化アルミニウム粒子表面の酸化を抑制できず、熱伝導性の低下を抑制することができない。一方、この平均膜厚が100nmを越える場合、窒化ケイ素からなる被覆膜が窒化アルミニウム粒子間の熱伝導経路網を遮断することがなく、熱伝導性の低下を抑制することができない。なお、被覆膜の厚さは、上記表面処理粉末を樹脂に埋包した後、窒化アルミニウム粉末の断面を露出させ、透過型電子顕微鏡(TEM)で観察することにより求めることができる。
【0049】
窒化アルミニウム粉末の表面に形成される被覆膜の平均膜厚は、1nm~100nmの範囲に調整する。このような被覆膜の平均膜厚の数値範囲は、被覆材料として導入するケイ素化合物の量や螺旋状のガス流の速度の他、窒化アルミニウム粉末の搬送速度によっても制御することができる。具体的には、被覆膜形成工程S3では、窒化アルミニウム粉末の搬送速度を1g/分~100g/分とすることが好ましく、5g/分~50g/分とすることがより好ましく、8g/分~20g/分とすることがさらに好ましい。窒化アルミニウム粉末の搬送速度が1g/分未満では、被覆膜が厚くなりすぎるおそれがあるばかりでなく、生産性が著しく低下するおそれがある。一方、搬送速度が100g/分を超えると、被覆膜の平均膜厚が1nm以下になったり、被覆膜の厚さにばらつきが生じたりするおそれがある。
【0050】
また、被覆膜形成工程S3によって、平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下といった膜厚の均一性の高い表面処理粉末が得られる。
【0051】
[2.表面処理粉末]
次に、上述した表面処理粉末の製造方法により作製された熱伝導性グリース用表面処理粉末(以下、「表面処理粉末」ともいう。)を説明する。本発明の一実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末は、窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成されたものであり、被覆膜は、窒化ケイ素からなり、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下であることを特徴とする。なお、本実施形態では、上述した表面処理粉末の製造方法における重複する説明を割愛する。
【0052】
本実施形態に係る表面処理粉末は、この窒化アルミニウム粉末の表面に緻密かつ均一である被覆膜が形成されることにより、窒化アルミニウム粉末が有する高い熱伝導率を維持している。さらに、この表面処理粉末は窒化ケイ素からなる被覆膜により、絶縁性も有している。
【0053】
[3.まとめ]
以上より、本実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法は、大気圧下でプラズマ化された反応ガスと、キャリアガスを介して供給されたケイ素化合物とを混合し、ケイ素化合物をラジカル化させて、ラジカル化ケイ素化合物を得るラジカル化工程と、ラジカル化ケイ素化合物を窒化アルミニウム粉末の表面と反応させることにより、この表面に窒化ケイ素からなる被覆膜を形成する被覆膜形成工程とを有し、被覆膜形成工程によって、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下である被覆膜を形成する。
【0054】
本実施形態によれば、窒化アルミニウム粉末に対して、コート回数が1回の処理で、ケイ素化合物を主に含む緻密な被覆膜を薄くかつ均一に形成することができるため、その生産性を飛躍的に向上させることができる。また、この製造方法は、被覆材料として、常態で液体であるケイ素化合物を使用し、かつ、被覆膜を乾式の方法により形成しているため、取扱いが容易であるだけでなく、安全性にも優れている。さらに、このように作製された表面処理粉末は、熱伝導性および電気絶縁性に優れ、有機樹脂との反応性を制御しながら濡れ性を向上させることができる。
【0055】
また、本実施形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末は、窒化アルミニウム粉末の表面に被覆膜が形成されたものであって、前記被覆膜は、窒化ケイ素からなり、平均膜厚が1nm以上100nm以下であり、かつ該平均膜厚に対する膜厚のばらつきが20%以下である。
【0056】
この表面処理粉末は、窒化アルミニウム粉末の表面が窒化ケイ素からなる膜で被覆されることにより、この窒化アルミニウム粉末が空気と直接接触しない。そのため、上記表面処理粉末は、窒化ケイ素からなる被覆膜を備えない窒化アルミニウム粉末と比べ、耐酸化性が向上する。具体的には、上記表面処理粉末は、被覆膜を備えない窒化アルミニウム粉末と比べ、示差熱・熱重量測定により求められる酸化開始温度が1.25倍以上高いものである。そのため、基油とこの表面処理粉末とを混合したグリースは、電子材料として使用温度域が広がるので、有用である。
【実施例】
【0057】
以下、本発明の実施例を示して具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら制限されるものではない。なお、実施例では、上述した本発明の一形態に係る熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法の概略を示すフロー図(
図1参照)を使用しながら説明する。
【0058】
(実施例1)
実施例1では、被覆膜を有する窒化アルミニウム粉末を作製するため、平均粒径が5μmの窒化アルミニウム粉の表面に大気圧重合処理装置(日本プラズマトリート株式会社製、プラズマポリマーラボシステム PAD-1型)を用いて、含ケイ素化合物からなる被覆膜を形成した。以下に形成手順を示す。
【0059】
はじめに、大気圧下でプラズマ化された反応ガス(N2)に、キャリガス(N2)を介して導入したSiH4(東京化成株式会社製)を混合し、SiH4をラジカル化することにより、ラジカル化SiH4を得た(ラジカル化工程S1)。なお、プラズマ化条件を以下に示す。
【0060】
<プラズマ化条件>
・プラズマ発生装置の発信周波数:21kHz
・ジェネレータの出力電圧 :280V
・圧力 :大気圧(1013.25hPa)
【0061】
一方、装置内にN2を螺旋状のガス流として導入し、この螺旋状のガス流に対して、大気圧重合処理装置のノズルからラジカル化シラン(SiH4)を噴霧し、螺旋状のガス流とラジカル化SiH4が混合した反応領域を形成した(反応領域形成工程S2)。
【0062】
この状態で、反応領域に窒化アルミニウム粉を上方から供給して落下させ、反応領域の略中心部を通過させることにより、この窒化アルミニウム粉の表面に被覆膜を形成した(被覆膜形成工程S3)。この際、窒化アルミニウム粉1gあたりのラジカル化ケイ素化合物の反応量を0.015g、窒化アルミニウム粉の搬送速度を10g/分に調整した。これにより、表面処理粉末を得た。
【0063】
(実施例2)
実施例2では、ラジカル化工程においてプラズマガスとしてアンモニアガスを導入したこと以外、実施例1と同様にして、表面処理粉末を得た。
【0064】
(実施例3)
実施例3では、窒化アルミニウム粉1gあたりのラジカル化ケイ素化合物の反応量を0.03gで供給したこと以外、実施例1と同様にして、表面処理粉末を得た。
【0065】
(実施例4)
実施例4では、コート回数について1回を5回に変更したこと以外、実施例1と同様にして、表面処理粉末を得た。
【0066】
(比較例1)
比較例1では、実施例1の原料である窒化アルミニウム粉末を表面改質しなかった。
【0067】
(比較例2)
比較例2では、ラジカル化工程S1及び被覆膜形成工程S3を経ることなく、反応ガスN2のプラズマ化と被覆材料SiH4の活性化(ラジカル化)を同時に行った。
【0068】
比較例3では、窒化アルミニウム粉1gあたりのラジカル化ケイ素化合物の反応量を0.5gで供給し、粉末の搬送速度を0.1g/分としたこと以外、実施例1と同様にして、表面処理粉末を得た。
【0069】
実施例1~4および比較例1~3で得られた表面処理粉末の作製条件を表1に示す。
【0070】
【0071】
次いで、実施例1~4および比較例1~3に示す作製条件にて得られた表面処理粉末について、以下の評価方法により確認した。なお、得られた表面処理窒化アルミニウム粉末の特性を評価した結果を表2に示す。
【0072】
<評価方法>
(1)被覆膜の平均膜厚と膜厚のばらつき
表面処理粉末を樹脂に埋包し、表面処理粉末の断面を露出させた。その後、表面処理粉末の断面を任意に選択した50ヶ所について透過型電子顕微鏡(TEM)により観察して、被覆膜の平均膜厚を測定した。また、上記50ヶ所について、膜厚のばらつきを算出した。
(2)熱伝導率
上述した圧粉成形体について、レーザーフラッシュ法により熱伝導率を測定した。
(3)接触角
得られた表面処理粉末をステンレス板の上に盛り、水(体積4μL)を滴下して接触角測定装置(協和界面科学(株)製、CA-X150)を用いて接触角を測定した。接触角が45度未満のものを「×」、45度以上90度未満のものを「△」、90度以上のものを「○」の3段階に分類し、評価した。
(4)濡れ性(耐水性改善度)
表面処理粉末2gおよびイオン交換水100gを容量120mLのポリテトラフルオロエチレン製密封容器(PFA耐圧ジャー、フロン工業(株)製)に入れ、120℃で静置し、6時間後、12時間後、24時間後及び36時間後の水のpHをpH試験紙にて測定した。このとき、pHの値が8.5以上となったことをもって耐水性が失われたと判断した。耐水性喪失までの時間が6時間未満のものを「×」、6時間以上12時間未満のものを「△」、12時間以上24時間未満のものを「・」、24時間以上36時間未満のものを「〇」、36時間以上のものを「◎」の5段階に分類し、これを耐水性改善度の評価とした。
【0073】
【0074】
(実施例及び比較例による考察)
実施例1~4で得られた表面処理粉末は、大気圧プラズマCVD法によりコーティングされた被覆膜が薄くかつ均一であった。そのため、これらの表面処理粉末は、原料粉末である窒化アルミニウム由来の熱伝導率を維持しつつ、耐水性にも優れていた。
【0075】
一方、比較例1の窒化アルミニウム粉末は、大気圧プラズマCVD法により表面を被覆膜でコーティングされていないので、実施例1と比べ、耐水性が低いものであった。また、比較例2は、ラジカル化工程S1及び被覆膜形成工程S3を経ることなく、反応ガスN2のプラズマ化と被覆材料SiH4の活性化(ラジカル化)を同時に行ったため、膜厚のばらつきが20%を超えて40%となり、さらに伝導率も低下した。比較例3では、被覆膜の平均膜厚が100nmより厚い200nmとなったため、熱伝導率が低下した。
【0076】
以上より、本発明によれば、熱伝導性と絶縁性を維持したまま耐水性を有し、有機樹脂との反応性を制御しながら濡れ性を向上させる熱伝導性グリース用表面処理粉末が得られた。
【0077】
なお、上記のように本発明の各実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0078】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また熱伝導性グリース用表面処理粉末の製造方法及び熱伝導性グリース用表面処理粉末の構成、動作も本発明の各実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【符号の説明】
【0079】
S1 ラジカル化工程、S2 反応領域形成工程、S3 被覆膜形成工程