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特許7064197シュワン細胞分化促進剤及び末梢神経再生促進剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】シュワン細胞分化促進剤及び末梢神経再生促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/36 20150101AFI20220427BHJP
   A61P 25/02 20060101ALI20220427BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220427BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220427BHJP
   C12Q 1/6851 20180101ALI20220427BHJP
【FI】
A61K35/36
A61P25/02
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
C12Q1/6851 Z ZNA
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018540323
(86)(22)【出願日】2017-09-22
(86)【国際出願番号】 JP2017034374
(87)【国際公開番号】W WO2018056412
(87)【国際公開日】2018-03-29
【審査請求日】2020-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2016186190
(32)【優先日】2016-09-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年(2016年)3月24日に下記のウェブサイトにて公開 http://www2.convention.co.jp/59jssh/index.html
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年(2016年)4月21日及び22日に開催された第59回日本手外科学会学術集会の一般演題(口演)にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年(2016年)5月24日に下記のウェブサイトにて公開 http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1045105616000294
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年(2016年)6月13日に下記のウェブサイトにて公開 http://www.congre.co.jp/joar2016/
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231796
【氏名又は名称】日本臓器製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100125427
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 郁郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓之
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 剛
(72)【発明者】
【氏名】吉川 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】藤澤 裕樹
【審査官】六笠 紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/162317(WO,A1)
【文献】特表2011-513310(JP,A)
【文献】特表2003-502382(JP,A)
【文献】特表2011-528227(JP,A)
【文献】特開2000-106886(JP,A)
【文献】田中啓之,末梢神経系におけるノイロトロピンの効果,日本ペインクリニック学会誌,2016年06月,Vol.23,No.3,Page.350,第2パラグラフ
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00-35/768
G01N 33/00
C12Q 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニューレグリン、フォルスコリン及びワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を添加した培地で培養したシュワン細胞における髄鞘関連タンパク質の発現量と、該抽出物を添加せず、ニューレグリン及びフォルスコリンを添加した培地で培養したシュワン細胞における髄鞘関連タンパク質の発現量と比較して、前者が後者より統計学的に有意に増加することを指標とする、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤のシュワン細胞分化促進効果の判定又は評価方法であって、該髄鞘関連タンパク質がMBP、P0、PMP22又はペリアキシンである該判定又は評価方法
【請求項2】
炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である、請求項1に記載の判定又は評価方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の判定又は評価方法を実施した結果、前記統計学的に有意な増加が認められた場合に、前記クシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤がシュワン細胞分化促進効果を有すると判定又は評価することにより、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の品質規格を担保する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(以下「本抽出物」と表記することがある。)の新規な医薬用途等に関するものである。より具体的には、本抽出物を含有するシュワン細胞分化促進剤、末梢神経再生促進剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
脊椎動物の神経軸索に多重層を形成している髄鞘は、神経インパルスの跳躍伝導による効果的な神経伝導に寄与している。この髄鞘は、末梢神経系においてはシュワン細胞により形成されている。
【0003】
末梢神経の細胞体は、運動神経では脊髄前角に、感覚神経では後根神経節(dorsal root ganglion;DRG)に存在している。細胞体から伸展した軸索を取り囲むように髄鞘を形成するのがシュワン細胞である。末梢神経が損傷を受けると、損傷部以遠の軸索と髄鞘は貪食除去される(ワーラー変性)。軸索の変性に伴い、シュワン細胞は未分化な状態へと脱分化し脱髄が生じる。その後、再生過程において、未分化なシュワン細胞は損傷部以遠で増殖し、軸索再生のための足場を形成する。最終的には再生軸索が遠位方向へ伸長し、それに伴い再生軸索の周囲を取り巻いたシュワン細胞も再分化し、髄鞘が形成される(再髄鞘化)。このように、シュワン細胞は、末梢神経の再生過程において重要な役割を果たすことが知られている。
【0004】
上記のように末梢神経は損傷後の神経再生能を有しているが、この神経機能の回復能力は常に十分とはいえない。末梢神経の再生過程において、再生神経の伸長速度は非常に遅く、再生に要する期間は数ヶ月から1年以上と長時間を要する。そのため、その間に神経細胞が死滅してしまい、機能回復に至らない場合も多い。
【0005】
また、末梢神経における髄鞘損傷では、シュワン細胞の損傷による脱髄のために、神経伝導速度が遅延することが知られている。これらのことから、未分化シュワン細胞の分化及び再髄鞘化を促進することは、末梢神経の損傷や脱髄性疾患の治療に有効であると考えられる。なお、本願において用いられる「治療」には、「軽減」、「改善」、「進行抑制」等の意味が含まれる。
【0006】
本発明に係るシュワン細胞分化促進剤又は末梢神経再生促進剤に含有されるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物(本抽出物)又はこれを含有する製剤については、鎮痛作用、鎮静作用、抗ストレス作用、抗アレルギー作用(特許文献1参照)、免疫促進作用、抗癌作用、肝硬変抑制作用(特許文献2参照)、特発性血小板減少性紫斑病に対する治療効果(特許文献3参照)、帯状疱疹後神経痛、脳浮腫、痴呆、脊髄小脳変性症等への治療効果(特許文献4参照)、レイノー症候群、糖尿病性神経障害、スモン後遺症等への治療効果(特許文献5参照)、カリクレイン産生阻害作用、末梢循環障害改善作用(特許文献6参照)、骨萎縮改善作用(特許文献7参照)、敗血症やエンドトキシンショックの治療に有効な一酸化窒素産生抑制作用(特許文献8参照)、骨粗鬆症に対する治療効果(特許文献9参照)、Nef作用抑制作用やケモカイン産生抑制作用に基づくエイズ治療効果(特許文献10、11参照)、脳梗塞等の虚血性疾患に対する治療効果(特許文献12参照)、線維筋痛症に対する治療効果(特許文献13参照)、感染症に対する治療効果(特許文献14参照)、抗癌剤による末梢神経障害の予防又は軽減作用(特許文献15参照)、慢性前立腺炎、間質性膀胱炎及び/又は排尿障害の治療効果(特許文献16参照)、BDNF等の神経栄養因子の産生促進作用(特許文献17参照)、軟骨細胞におけるコラーゲン及びプロテオグリカン合成促進作用(特許文献18参照)など非常に多岐に及ぶ作用・効果が知られている。さらに、近年、シュワン細胞に対する作用として、その増殖促進作用が報告されている(非特許文献1参照)。しかしながら、本抽出物又はこれを含有する製剤が、シュワン細胞の分化促進作用又は末梢神経の再生促進作用を有することはこれまで知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭53-101515号公報
【文献】特開昭55-87724号公報
【文献】特開平1-265028号公報
【文献】特開平1-319422号公報
【文献】特開平2-28119号公報
【文献】特開平7-97336号公報
【文献】特開平8-291077号公報
【文献】特開平10-194978号公報
【文献】特開平11-80005号公報
【文献】特開平11-139977号公報
【文献】特開2000-336034号公報
【文献】特開2000-16942号公報
【文献】国際公開WO2004/039383号公報
【文献】特開2004-300146号公報
【文献】国際公開WO2009/028605号公報
【文献】国際公開WO2011/111770号公報
【文献】国際公開WO2011/162317号公報
【文献】国際公開WO2012/051173号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】日本手外科学会雑誌、30巻、1号、演題番号2-5-22、2013年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、本抽出物を含有するシュワン細胞の分化促進剤、末梢神経の再生促進剤等を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、有効な治療法が求められている末梢神経損傷の薬剤治療について鋭意研究を行った結果、本抽出物が優れたシュワン細胞の分化促進作用及び末梢神経の再生促進作用を有することを見出し、本発明を完成した。
【発明の効果】
【0011】
本抽出物は、シュワン細胞の分化や末梢神経の再生を促進するという優れた薬理作用を有する。また、本抽出物を含有する製剤は、副作用等の問題点の少ない安全性の高い薬剤として長年使用されているものであるため、本発明は極めて有用性の高いものである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本抽出物は、ワクシニアウイルスを接種して発痘した動物の炎症組織から抽出分離した非蛋白性の活性物質を含有する抽出物である。本抽出物は、抽出された状態では液体であるが、乾燥することにより固体にすることもできる。本製剤は、医薬品として非常に有用なものである。本製剤として出願人が日本において製造し販売している具体的な商品に「ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液含有製剤」(商品名:ノイロトロピン/NEUROTROPIN〔登録商標〕)(以下「ノイロトロピン」という。)がある。ノイロトロピンには、注射剤と錠剤があり、いずれも医療用医薬品(ethical drug)である。
【0013】
ノイロトロピンの注射剤の適応症は、「腰痛症、頸肩腕症候群、症候性神経痛、皮膚疾患(湿疹、皮膚炎、蕁麻疹)に伴う掻痒、アレルギー性鼻炎、スモン(SMON)後遺症状の冷感・異常知覚・痛み」である。ノイロトロピンの錠剤の適応症は、「帯状疱疹後神経痛、腰痛症、頸肩腕症候群、肩関節周囲炎、変形性関節症」である。本製剤は、出願人が創製し、医薬品として開発したものであり、その有効性と安全性における優れた特長が評価され、長年にわたり販売されて、日本の医薬品市場で確固たる地位を確立しているものである。
【0014】
本発明におけるワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物はワクシニアウイルスを接種して発痘した炎症組織を破砕し、抽出溶媒を加えて組織片を除去した後、除蛋白処理を行い、これを吸着剤に吸着させ、次いで有効成分を溶出することによって得ることができる。即ち、例えば、以下のような工程である。
(A)ワクシニアウイルスを接種し発痘させたウサギ、マウス等の皮膚組織等を採取し、発痘組織を破砕し、水、フェノール水、生理食塩液またはフェノール加グリセリン水等の抽出溶媒を加えた後、濾過または遠心分離することによって抽出液(濾液または上清)を得る。
(B)前記抽出液を酸性のpHに調整して加熱し、除蛋白処理する。次いで除蛋白した溶液をアルカリ性に調整して加熱した後に濾過または遠心分離する。
(C)得られた濾液または上清を酸性とし活性炭、カオリン等の吸着剤に吸着させる。
(D)前記吸着剤に水等の抽出溶媒を加え、アルカリ性のpHに調整し、吸着成分を溶出することによってワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を得ることができる。その後、所望に応じて、適宜溶出液を減圧下に蒸発乾固または凍結乾燥することによって乾固物とすることもできる。
【0015】
ワクシニアウイルスを接種し炎症組織を得るための動物としては、ウサギ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、サル、ラット、マウスなどワクシニアウイルスが感染する種々の動物を用いることができ、炎症組織としてはウサギの炎症皮膚組織が好ましい。ウサギはウサギ目に属するものであればいかなるものでもよい。例としては、アナウサギ、カイウサギ(アナウサギを家畜化したもの)、ノウサギ(ニホンノウサギ)、ナキウサギ、ユキウサギ等がある。これらのうち、カイウサギが使用するには好適である。日本では過去から飼育され家畜又は実験用動物として繁用されている家兎(イエウサギ)と呼ばれるものがあるが、これもカイウサギの別称である。カイウサギには、多数の品種(ブリード)が存在するが、日本白色種やニュージーランド白色種(ニュージーランドホワイト)といった品種が好適に用いられ得る。
【0016】
ワクシニアウイルス(vaccinia virus)は、いかなる株のものであってもよい。例としては、リスター(Lister)株、大連(Dairen)株、池田(Ikeda)株、EM-63株、ニューヨーク市公衆衛生局(New York City Board of Health)株等が挙げられる。
【0017】
上記した本抽出物の基本的な抽出工程(A)~(D)は、より詳しくは、例えば、以下のようなものとして実施できる。
工程(A)について
ウサギの皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種して発痘させた炎症皮膚組織を採取する。採取した皮膚組織はフェノール溶液等で洗浄、消毒を行なう。この炎症皮膚組織を破砕し、その1乃至5倍量の抽出溶媒を加える。ここで、破砕とは、ミンチ機等を使用してミンチ状に細かく砕くことを意味する。また、抽出溶媒としては、蒸留水、生理食塩水、弱酸性乃至弱塩基性の緩衝液などを用いることができ、フェノール等の殺菌・防腐剤、グリセリン等の安定化剤、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム等の塩類などを適宜添加してもよい。この時、凍結融解、超音波、細胞膜溶解酵素又は界面活性剤等の処理により細胞組織を破壊して抽出を容易にすることもできる。得られた懸濁液を、5日乃至12日間放置する。その間、適宜攪拌しながら又は攪拌せずに、30乃至45℃に加温してもよい。得られた液を固液分離(濾過又は遠心分離等)によって組織片を除去して粗抽出液(濾液又は上清)を得る。
【0018】
工程(B)について
工程(A)で得られた粗抽出液について除蛋白処理を行う。除蛋白は、通常行われている公知の方法により実施でき、加熱処理、蛋白質変性剤(例えば、酸、塩基、尿素、グアニジン、アセトン等の有機溶媒など)による処理、等電点沈澱、塩析等の方法を適用することができる。次いで、不溶物を除去する通常の方法、例えば、濾紙(セルロース、ニトロセルロース等)、グラスフィルター、セライト、ザイツ濾過板等を用いた濾過、限外濾過、遠心分離などにより析出してきた不溶蛋白質を除去した濾液又は上清を得る。
【0019】
工程(C)について
工程(B)で得られた濾液又は上清を、酸性、好ましくはpH3.5乃至5.5に調整し、吸着剤への吸着操作を行う。使用可能な吸着剤としては、活性炭、カオリン等を挙げることができ、抽出液中に吸着剤を添加し撹拌するか、抽出液を吸着剤充填カラムに通過させて、該吸着剤に有効成分を吸着させることができる。抽出液中に吸着剤を添加した場合には、濾過や遠心分離等によって溶液を除去して、活性成分を吸着させた吸着剤を得ることができる。
【0020】
工程(D)について
工程(C)で得られた吸着剤から活性成分を溶出(脱離)させるには、当該吸着剤に溶出溶媒を加え、塩基性、好ましくはpH9乃至12に調整し、室温又は適宜加熱して或いは撹拌して溶出し、濾過や遠心分離等の通常の方法で吸着剤を除去する。用いられる溶出溶媒としては、塩基性の溶媒、例えば塩基性のpHに調整した水、メタノール、エタノール、イソプロパノール等又はこれらの適当な混合溶液を用いることができ、好ましくはpH9乃至12に調整した水を使用することができる。溶出溶媒の量は適宜設定することができる。このようにして得られた溶出液を、原薬として用いるために、適宜pHを中性付近に調整するなどして、最終的にワクシニアウイルス接種ウサギ炎症皮膚抽出物(本抽出物)を得ることができる。
【0021】
本抽出物は、できた時点では液体であるので、適宜濃縮・希釈することによって所望の濃度のものにすることもできる。本抽出物から製剤を製造する場合には、加熱滅菌処理を施すのが好ましい。注射剤にするためには、例えば塩化ナトリウム等を加えて生理食塩液と等張の溶液に調製することができる。また、液体あるいはゲル等の状態で経口投与することも可能であるが、本抽出物に適切な濃縮乾固等の操作を行うことによって、錠剤等の経口用固形製剤を製造することもできる。本抽出物からこのような経口用固形製剤を製造する具体的な方法は、日本特許第3818657号や同第4883798号の明細書に記載されている。こうして得られる注射剤や経口用製剤等が本製剤の例である。また、本製剤のうち、浸透圧ポンプ等の連続投与装置に充填するものとしては、液体のものが適切である。従って、液体の本抽出物や本製剤を充填することができる。
【0022】
以下に、本抽出物の製造方法の例、及び本抽出物の新規な薬理作用、シュワン細胞の分化や末梢神経の再生の促進作用に関する薬理試験結果を示すが、本発明はこれらの実施例の記載によって何ら制限されるものではない。
【実施例
【0023】
実施例1 本抽出物の製造
健康な成熟家兎の皮膚にワクシニアウイルスを皮内接種し、発痘した皮膚を切り取り採取した。採取した皮膚はフェノール溶液で洗浄・消毒を行なった後、余分のフェノール溶液を除去し、破砕して、フェノール溶液を加え混合し、3~7日間放置した後、さらに3~4日間攪拌しながら35~40℃に加温した。その後、固液分離して得た抽出液を塩酸でpH4.5~5.2に調整し、90~100℃で30分間、加熱処理した後、濾過して除蛋白した。さらに、濾液を水酸化ナトリウムでpH9.0~9.5に調整し、90~100℃で15分間、加熱処理した後、固液分離した。
【0024】
得られた除蛋白液を塩酸でpH4.0~4.3に調整し、除蛋白液質量の2%量の活性炭を加えて2時間撹拌した後、固液分離した。採取した活性炭に水を加え、水酸化ナトリウムでpH9.5~10とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。遠心分離で沈澱した活性炭に再び水を加えた後、水酸化ナトリウムでpH10.5~11とし、60℃で90~100分間撹拌した後、遠心分離して上清を得た。両上清を合せて、塩酸で中和し、本抽出物を得た。
【0025】
実施例2(試験方法と試験結果)
次に、上記実施例1で得られた本抽出物の、シュワン細胞の分化促進作用及び末梢神経再生促進作用を示す薬理試験の試験方法及び試験結果を示す。
【0026】
細胞及び試薬
試験例1、2及び4においては、以下の手順で調製されたシュワン細胞を用いた。
シュワン細胞の初代培養は生後1~3日のWistar系ラットから坐骨神経を摘出し、シュワン細胞を単離した後、3~8継代目を実験に使用した。培養にはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)に3%FBS、20 ng/ml ニューレグリン及び3μM フォルスコリンを添加したものを用いた。
試験例3においては、以下の手順で調製されたシュワン細胞を用いた。
シュワン細胞の初代培養は生後1~5日のWistar系ラットから坐骨神経を摘出し、シュワン細胞を単離した後、3~10継代目を実験に使用した。培養にはDMEMに3%FBS、20 ng/ml ニューレグリン及び300nM フォルスコリンを添加したものを用いた。
調製されたシュワン細胞を用いて、シュワン細胞の細胞内シグナル、髄鞘関連タンパク質の発現及び軸索の髄鞘化に与える本抽出物の効果を調べた。
【0027】
なお、髄鞘の主要構成タンパクはMyelin Basic Protein(以下「MBP」という。)、Myelin Protein Zero(以下「P0」という。)等の髄鞘関連タンパク質である。一般に髄鞘関連タンパク質の発現はオリゴデンドロサイト(中枢神経系で髄鞘を形成している細胞)及びシュワン細胞の分化の指標とされている。すなわち、髄鞘関連タンパク質の発現促進作用を有することは、オリゴデンドロサイト及びシュワン細胞の分化促進作用を有していると考えられる。
【0028】
統計解析
試験例1、2、4乃至7においては、統計解析は、JMP software version 11(SAS Institute社)を用いてTukey-Kramer HSD検定を行った。
試験例3においては、統計解析は、SAS System Version 9.1.3(SAS Institute社)を用いて多群間比較にはBartlettの検定を行い、等分散の場合はDunnettの多重比較検定を、不等分散の場合はSteelの多重比較検定を行った。
【0029】
試験例1 本抽出物がシュワン細胞の細胞内シグナルに与える効果の評価(増殖培地)
ポリ-L-リジンコートされた35mm dishに3%ウシ胎児血清(FBS)、20 ng/ml ニューレグリン及び3μM フォルスコリンを含むDMEMを培地としてシュワン細胞を2×104個/cm2の濃度で播種し、24時間培養後、本抽出物を添加し、カプランバッファー(50 mM Tris、pH7.4、150 mM NaCl、10% glycerol、1%NP40)を用いて細胞溶解液を作成した。12%SDS-PAGEによって電気泳動した後、ポリフッ化ビニリデンメンブレンに転写した。5% skim milk でブロッキングし、一次抗体として、抗リン酸化AKT抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗AKT抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗リン酸化p44/42 MAPK抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗p44/42 MAPK抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗リン酸化p38抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗p38抗体(1:1000;Cell Signaling社)を4℃で一晩反応させた。反応後二次抗体としてHRP標識抗ウサギIgG抗体(1:1000;Cell Signaling社)を1時間反応させた後、ECL reagents (GEヘルスケア社)を反応させ、MF-ChemiBIS 3.2(DNRバイオイメージングシステムズ社)を用いてバンドを検出した。 各バンドの染色強度を算出し、AKTに対するリン酸化AKT(pAKT)の比率、ERKに対するリン酸化ERK(pERK)の比率及びp38に対するリン酸化p38(p-p38)の比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表1、表2及び表3に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
【表3】
【0033】
増殖培地において、本抽出物群では、対照群と比較して、AKTのリン酸化の増強(表1)、ERKのリン酸化の減弱(表2)及びp38のリン酸化の減弱(表3)が有意に認められた。本抽出物が、未分化なシュワン細胞の分化シグナルを促進することが確認された。
【0034】
試験例2 本抽出物がシュワン細胞の細胞内シグナルに与える効果の評価(分化培地)
ポリ-L-リジンコートされた35mm dishに3%ウシ胎児血清(FBS)、20 ng/ml ニューレグリン及び3μM フォルスコリンを含むDMEMを培地としてシュワン細胞を2×104個/cm2の濃度で播種し、24時間培養後、1 mM のcAMPを添加して分化誘導すると同時に本抽出物を添加した。カプランバッファー(50 mM Tris、pH7.4、150 mM NaCl、10% glycerol、1%NP40)を用いて細胞溶解液を作成した。12%SDS-PAGEによって電気泳動した後、ポリフッ化ビニリデンメンブレンに転写した。5% skim milk でブロッキングし、一次抗体として、抗リン酸化AKT抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗AKT抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗リン酸化p44/42 MAPK抗体(1:1000;Cell Signaling社)、抗p44/42 MAPK抗体(1:1000;Cell Signaling社)を4℃で一晩反応させた。反応後二次抗体としてHRP標識抗ウサギIgG抗体(1:1000;Cell Signaling社)を1時間反応させた後、ECL reagents (GEヘルスケア社)を反応させ、MF-ChemiBIS 3.2(DNRバイオイメージングシステムズ社)を用いてバンドを検出した。 各バンドの染色強度を算出しAKTに対するpAKTの比率及びERKに対するpERKの比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表4及び表5に示す。
【0035】
【表4】
【0036】
【表5】
【0037】
分化培地において、本抽出物群では、cAMP群と比較して、AKTのリン酸化の増強(表4)及びERKのリン酸化の減弱(表5)が有意に認められた。本抽出物が、分化誘導されたシュワン細胞の分化をさらに促進することが確認された。
【0038】
試験例3 本抽出物がシュワン細胞の髄鞘関連タンパク質の発現に与える効果の評価(ウェスタンブロッティング法)
ポリ-L-リジンコートされた35mm dishに3%ウシ胎児血清(FBS)、20 ng/ml ニューレグリン及び3μM フォルスコリンを含むDMEMを用いてシュワン細胞を2×104個/cm2の濃度で播種した。24時間培養後、1 mM のcAMPを添加して分化誘導すると同時に本抽出物を添加した。72時間後にカプランバッファー(50 mM Tris、pH7.4、150 mM NaCl、10% glycerol、1%NP40)を用いて細胞溶解液を作成した。12%SDS-PAGEによって電気泳動した後、ポリフッ化ビニリデンメンブレンに転写した。5% skim milk でブロッキングし、一次抗体として、髄鞘蛋白の指標である抗MBP抗体(1:1000;Sigma-Aldrich社)、抗P0抗体(1:1000;Abcam社)を4℃で一晩反応させた。反応後二次抗体としてHRP標識抗ウサギIgG抗体(1:1000;Cell Signaling社)を1時間反応させた後、ECL reagents(GEヘルスケア社)を反応させ、MF-ChemiBIS 3.2(DNRバイオイメージングシステムズ社)を用いてバンドを検出した。各バンドの染色強度を算出しGAPDHに対するMBP、P0の比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表6及び表7に示す。
【0039】
【表6】
【0040】
【表7】
【0041】
cAMPのみ添加した群と比較して、cAMPに本抽出物を更に添加することで、MBP(表6)及びP0のタンパク質の有意な発現増強(表7)が認められた。
【0042】
試験例4 本抽出物がシュワン細胞の髄鞘関連タンパク質のmRNA発現に与える効果の評価(リアルタイムPCR法)
DMEMに3%FBS、20 ng/ml ニューレグリン及び300nM フォルスコリンを添加した培地で24時間培養した後、ニューレグリン及びフォルスコリンを含まない培地に変更して更に24時間培養した。ニューレグリン、フォルスコリン及び本抽出物を添加し、8時間培養した後に細胞を回収した。回収した細胞からRNeasy mini kit(QIAGEN社)でRNAを精製し、逆転写してcDNAを合成した。シュワン細胞の分化により発現が増加する髄鞘関連タンパク質の遺伝子のレベルを、表8に記載の特異的プライマー対を用いたリアルタイムPCR法で測定した。対照でのmRNA発現量を1としたときの各群の比率(平均値±標準誤差)を算出した。上記試験の結果の一例を表9乃至表12に示す。
【0043】
【表8】
【0044】
【表9】
【0045】
【表10】
【0046】
【表11】
【0047】
【表12】
【0048】
フォルスコリン及びニューレグリン添加群と比較して、本抽出物100mNU/mLを更に添加することで、MBP(表9)、P0(表10)、PMP22(表11)及びペリアキシン(表12)のmRNAの有意な発現増強が認められた。
【0049】
試験例5 本抽出物がシュワン細胞の分化に与える効果の評価
胎生15日のWistar系ラットから採取したDRG神経細胞を、ポリ-L-リジンコート及びラミニンでコートされた8wellスライドチャンバーに2% B27 nutrient supplement、0.2 mmol/L L-グルタミン、1%ペニシリン/ストレプトマイシン及び50 ng/mL nerve growth factor を含むneurobasal培地を用いて4×104個/wellの濃度で播種した。細胞播種後7日目に50g/mlアスコルビン酸を添加して分化誘導し、本抽出物を添加した。分化誘導14日後及び21日後に蛍光免疫染色を行った。一次抗体として、抗MBP抗体(Calbiochem社)、抗neurofilament 200抗体(Sigma-Aldrich社)を4℃で一晩反応させた。反応後二次抗体としてAlexa 594標識ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:1000;Molecular Probes社)及びAlexa 488標識ヤギ抗マウスIgG抗体 (1:1000;Molecular Probes社)を1時間反応させた。二次抗体反応後、核の評価のためDAPI(4'-6-ジアミジノフェニル-2-インドール:和光純薬社)を含有しているマウント剤(商品名:Perma fluor〔登録商標〕、Thermo Fisher Scientific社)に反応させた。NIS Elements BR software(ニコン社)を用いて、MBP陽性領域の長さ、広さ(平均値±標準誤差)を評価した。上記試験の結果の一例を表13及び表14に示す。
【0050】
【表13】
【0051】
【表14】
【0052】
対照群と比較して、本抽出物群では分化誘導後14日及び21日後においてMBP陽性領域の長さ(表13)及び面積(表14)が有意に増加しており、シュワン細胞の分化促進が認められた。
【0053】
試験例6 坐骨神経圧挫損傷モデルにおける評価
坐骨神経圧挫損傷モデルを用いて、神経損傷後の再髄鞘化に対する本抽出物の効果を調べた。本抽出物をラットに浸透圧ポンプを用いて連続投与し、免疫組織学的評価を行った。
(1)坐骨神経圧挫損傷モデルラットの作製及び本抽出物の投与
浸透圧ポンプ(商品名:alzet〔登録商標〕、model:2ML2、DURECT社)内に生理食塩液、本抽出物をそれぞれ注入し、37℃の生理食塩液中で一晩静置した。6週齢雄性Wistar系ラットにミダゾラム(2 mg/kg)、ブトルファノール(2.5 mg/kg)、メデトミジン(0.15 mg/kg)の混合麻酔薬を腹腔内投与して深鎮静をかけた。ラットの左坐骨神経を展開し、坐骨切痕から遠位5mmの位置に鑷子で圧挫損傷を加えた。圧挫時間は10秒間、圧挫回数は3回とし、圧挫操作の間隔は10秒間とした。筋膜及び皮膚を4-0ナイロン縫合糸で縫合した。生理食塩液封入浸透圧ポンプ又は本抽出物封入浸透圧ポンプ(12NU/kg/日)をそれぞれラットの背部皮下に留置した。なお、実験ラットは以下の2群に分類した。
・発症対照群:坐骨神経圧挫損傷を加えて生理食塩液を全身投与する群
・本抽出物投与群:坐骨神経圧挫損傷を加えて本抽出物を全身投与する群
浸透圧ポンプは2週間留置し、浸透圧ポンプを入れ替え、さらに2週間留置して本抽出物又は生理食塩液を4週間連続投与した。
【0054】
(2)免疫組織学的評価
術後4週間が経過したラットを麻酔薬で鎮静をかけ、坐骨神経を採取した。4%パラホルムアルデヒドで24時間常温にて固定後、20% スクロース液に浸し、ティシュー・テック(サクラファインテックジャパン社)に包埋、液体窒素で凍結させ、5μmの厚みで横断面の凍結切片を作成した。凍結切片を100%メタノールで-20℃、30分間浸透させ、PBS + 0.2% TritonX + 5% bovine serum albuminでブロッキングした後、一次抗体として抗NF200ウサギ抗体(1:1000;102M4784、Sigma-Aldrich社)及び 抗MBPマウス抗体(1:1000;NE1018、CALBIOCHEM社)を4℃で一晩反応させた。反応後二次抗体としてAlexa 488標識ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:1000;Lifetechnologies社)とAlexa 568標識ヤギ抗マウスIgG抗体(1:1000;Lifetechnologies社)を1時間反応させた。二次抗体反応後、核の評価のためDAPI(4'-6-ジアミジノフェニル-2-インドール:和光純薬社)を含有しているマウント剤(商品名:Perma fluor〔登録商標〕、Thermo Fisher Scientific社)に反応させた。NIS Elements BR software(ニコン社)を用いて、MBP陽性軸索数/全軸索数を髄鞘化率として計算し(平均値±標準誤差)、評価した。上記試験の結果の一例を表15に示す。
【0055】
【表15】
【0056】
発症対照群と比較して、本抽出物投与群では髄鞘化率が有意に上昇しており、髄鞘化促進作用が認められた(表15)。
【0057】
試験例7 ラット坐骨神経局所脱髄モデルにおける評価
LPC誘発脱髄モデルを用いて、脱髄後の再髄鞘化に対する本抽出物の効果を調べた。上記試験例6(1)と同様の方法で、本抽出物をラットに浸透圧ポンプを用いて連続投与し、免疫組織学的評価を行った。
(1)坐骨神経局所脱髄モデルラットの作製及び本抽出物の投与
試験例6と同様に、浸透圧ポンプ(商品名:alzet〔登録商標〕、model:2ML1、DURECT社)内に生理食塩液、本抽出物をそれぞれ注入し、37℃の生理食塩液中で一晩静置した。6週齢雄性Wistar系ラットにミダゾラム(2 mg/kg)、ブトルファノール(2.5 mg/kg)、メデトミジン(0.15 mg/kg)の混合麻酔薬を腹腔内投与して深鎮静をかけた。坐骨切痕のレベルで左坐骨神経を露出させ、ハミルトンシリンジを用いて、生理食塩液又は、2% LPC(Sigma-Aldrich社)をそれぞれ5μL 近位坐骨神経に投与した。LPC投与7日後に、生理食塩液封入浸透圧ポンプ又は本抽出物封入浸透圧ポンプ(24 NU/kg/日)を背部皮下に留置し、その後1週間、生理食塩液又は本抽出物を連続投与した。
【0058】
(2)免疫組織学的評価
術後2週間経過したラットを麻酔薬で鎮静をかけ、坐骨神経を採取した。試験例6(2)と同様に、NIS Elements BR software(ニコン社)を用いて、MBP陽性軸索数/全軸索数を髄鞘化率として計算し(平均値±標準誤差)、評価した。上記試験の結果の一例を表16に示す。
【0059】
【表16】
【0060】
発症対照群と比較して、本抽出物投与群では髄鞘化率が有意に上昇しており、髄鞘化促進作用が認められた(表16)。
【0061】
(3)坐骨神経機能指数評価
運動機能の評価のため、術後2週時点で坐骨神経機能指数(the sciatic function index;SFI)を測定した。SFI測定のため、ラットの後足の裏にインクをつけ40 cm四方の水平台の上に事務用紙(office paper)を敷き、その上を歩行させ足跡を記録した。以下の項目を計測し下記の式でSFIを計算した。SFI=0が正常、SFI=-100が機能低下を示す。
<SFI数式>
SFI=-38.3×((EPL-NPL)/NPL)+109.5×((ETS-NTS)/NTS)+13.3×((EITS-NITS)/NITS)-8.8
<各項目>
EPL=experimental print length
NPL=normal print length
ETS=experimental toe spread
NTS=normal toe spread
EITS=experimental intermediary toe spread
NITS=normal intermediary toe spread
上記試験の結果の一例を表17に示す。
【0062】
【表17】
【0063】
発症対照群と比較して、発症本抽出物投与群では、SFIの有意な改善が認められ、運動機能が改善した(表17)。
【0064】
(4)フォン・フライ試験(von Frey test)
感覚機能の評価のため、術後2週時点でフォン・フライフィラメント(0.008 g-26 g、商品名:TouchTest〔登録商標〕、North Coast Medical社)を用いて機械刺激に対する下肢反応閾値(mechanical hind paw withdrawal threshold)を測定した。前記ラットにメッシュ状のフェンスの上を歩かせて、足底部に上記フィラメントで圧を加え逃避行動を起こした値を記録した。評価に際して、健側及び患側それぞれを測定し患側/健側比を算出し評価した。上記試験の結果の一例を表18に示す。
【0065】
【表18】
【0066】
感覚神経の機能評価である機械刺激に対する下肢反応閾値(mechanical hind paw withdrawal threshold)の患側/健側比は、発症対照群と比較して発症本抽出物投与群では有意に回復し、知覚異常(鈍麻)が改善した(表18)。
【0067】
(5)ホットプレート試験(Hot plate test)
温度刺激に対する評価のため、術後2週時点でホットプレート装置(Ugo basile社)を用いて、患肢の最初の逃避反応(患肢をなめる、上げる)を示すまでの時間(Hot plate latency)を52.5℃の設定で測定した。カットオフタイムは45秒とした。上記試験の結果の一例を表19に示す。
【0068】
【表19】
ホットプレート試験において、発症対照群と比較して発症本抽出物投与群では、有意な改善が認められ、温熱性知覚異常(鈍麻)が改善した(表19)。
【0069】
(6)電気生理学的評価
術後2週経過したラットを麻酔薬で鎮静をかけ、手術台に腹臥位とし、左坐骨神経及び左前脛骨筋を展開した。神経伝導速度(nerve conduction velocity;NCV)は、坐骨神経圧挫損傷部の近位側及び遠位側をそれぞれ双極電極で刺激して、各測定値から算出した。終末潜時(terminal latency;TL)及び複合筋活動電位(compound muscle action potentials;CMAP)は、坐骨神経近位を双極電極で刺激して測定した。測定及び評価は、データ収録・解析システムPowerLab 2/26(AD Instruments社)を用いた。上記試験の結果の一例を表20乃至表22に示す。
【0070】
【表20】
【0071】
【表21】
【0072】
【表22】
【0073】
発症対照群と比較して、本抽出物投与群では、NCV、TL及びCMAPの有意な回復が認められ、電気生理学的な機能が改善した(表20乃至表22)。
【0074】
以上のことから、本発明の好ましい実施態様としては以下のようなものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0075】
(1)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有するシュワン細胞分化促進剤。
(2)末梢神経再生促進剤である、上記(1)に記載のシュワン細胞分化促進剤。
(3)末梢神経再生促進剤が、末梢神経損傷治療剤である、上記(2)に記載のシュワン細胞分化促進剤。
(4)末梢神経再生促進剤が、脱髄性疾患治療剤である、上記(2)に記載のシュワン細胞分化促進剤。
(5)分化促進が髄鞘化促進である、上記(1)乃至(4)のいずれかに記載のシュワン細胞分化促進剤。
(6)髄鞘化促進が髄鞘関連タンパク質の発現促進である、上記(5)に記載のシュワン細胞分化促進剤。
(7)髄鞘関連タンパク質がMBP、P0、PMP22又はペリアキシンである、上記(6)に記載のシュワン細胞分化促進剤。
(8)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である、上記(1)乃至(7)のいずれかに記載のシュワン細胞分化促進剤。
(9)注射剤である、上記(1)乃至(8)のいずれかに記載のシュワン細胞分化促進剤。
(10)経口剤である、上記(1)乃至(8)のいずれかに記載のシュワン細胞分化促進剤。
【0076】
(11)シュワン細胞における髄鞘関連タンパク質の発現に対する作用を指標とする、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の判定又は評価方法。
(12)髄鞘関連タンパク質がMBP、P0、PMP22又はペリアキシンである、上記(11)に記載の判定又は評価方法。
(13)髄鞘関連タンパク質の発現に対する作用が促進作用である、上記(11)又は(12)に記載の判定又は評価方法。
(14)髄鞘関連タンパク質の発現に対する作用を、細胞におけるMEK/ERK経路に介在するタンパク質に対する作用を指標として測定する、上記(11)乃至(13)のいずれかに記載の判定又は評価方法。
(15)MEK/ERK経路に介在するタンパク質がERK1/2である、上記(14)に記載の判定又は評価方法。
(16)MEK/ERK経路に介在するタンパク質に対する作用がタンパク質のリン酸化抑制作用である、上記(14)又は(15)に記載の判定又は評価方法。
(17)髄鞘関連タンパク質の発現に対する作用を、細胞におけるPI3K/AKT経路に介在するタンパク質に対する作用を指標として測定する、上記(11)乃至(13)のいずれかに記載の判定又は評価方法。
(18)PI3K/AKT経路に介在するタンパク質がAKTである、上記(17)に記載の判定又は評価方法。
(19)PI3K/AKT経路に介在するタンパク質に対する作用がタンパク質のリン酸化促進作用である、上記(17)又は(18)に記載の判定又は評価方法。
(20)炎症組織がウサギの炎症皮膚組織である、上記(11)乃至(19)のいずれかに記載の判定又は評価方法。
【0077】
(21)上記(11)乃至(20)のいずれかに記載の判定又は評価を行うことによって、ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤の品質規格を担保する方法。
(22)ワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物を含有する製剤が、注射剤又は経口剤である、上記(21)に記載の品質規格を担保する方法。
【0078】
(23)治療が必要な患者にワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤を投与することからなる、末梢神経損傷の治療方法。
(24)末梢神経損傷の治療がシュワン細胞の分化促進によるものである、上記(23)に記載の方法。
(25)治療が必要な患者にワクシニアウイルス接種炎症組織抽出物又はこれを含有する製剤を投与することからなる、脱髄性疾患の治療方法。
(26)脱髄性疾患の治療がシュワン細胞の分化促進によるものである、上記(25)に記載の方法。
(27)分化促進が髄鞘化促進である、上記(24)又は(26)に記載の方法。
(28)髄鞘化促進が髄鞘関連タンパク質の発現促進である、上記(27)に記載の方法。
(29)髄鞘関連タンパク質がMBP、P0、PMP22又はペリアキシンである、上記(28)に記載の方法。
(30)炎症組織がウサギの皮膚組織である、上記(23)乃至(29)のいずれかに記載の方法。
(31)投与が注射によるものである、上記(23)乃至(30)のいずれかに記載の方法。
(32)投与が経口によるものである、上記(23)乃至(30)のいずれかに記載の方法。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上のとおり、本抽出物がシュワン細胞の分化促進作用及び末梢神経再生促進作用を示すことから、本抽出物を含有する製剤は、末梢神経損傷の治療効果を有すると考えられた。
【配列表】
0007064197000001.app