(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】光触媒用チタン酸化物の製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 35/02 20060101AFI20220427BHJP
B01J 37/04 20060101ALI20220427BHJP
B01J 37/00 20060101ALI20220427BHJP
【FI】
B01J35/02 J
B01J37/04 101
B01J37/00 Z
(21)【出願番号】P 2017094483
(22)【出願日】2017-05-11
【審査請求日】2020-04-21
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年3月3日に第97回日本化学会春季年会の予稿集のウェブサイトにて公開。平成29年3月16日に第97回日本化学会春季年会の予稿集にて公開。平成29年3月18日に第97回日本化学会春季年会にて発表。
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 健一
(72)【発明者】
【氏名】王 雨▲豊▼
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-054692(JP,A)
【文献】特開2004-243212(JP,A)
【文献】特開2005-162562(JP,A)
【文献】特開2009-196883(JP,A)
【文献】国際公開第2005/087372(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/056870(WO,A1)
【文献】特開2003-226842(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光触媒用チタン酸化物の製造方法であって、
容器内を、希ガスを含有する気体に置換する置換工程と、
上記置換工程の後、機械的エネルギーを利用して上記容器内に投入された粉砕対象物を粉砕する粉砕装置によって、上記粉砕対象物としてのチタン酸化物を、メカノケミカル反応により酸化空孔又は窒素ドープが生じるように乾式粉砕することにより可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する触媒製造工程と、
上記触媒製造工程の前に、上記容器内にメラミンを加えるメラミン添加工程と、を含み、
上記チタン酸化物は、二酸化チタンであり、
上記触媒製造工程は、
上記粉砕装置によって、
チタン酸化物をメカノケミカル反応が進行するように乾式粉砕して可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する第1処理工程と、
上記第1処理工程の後に、上記粉砕装置によって、該第1処理工程で得られた可視光応答型の光触媒用チタン酸化物をメカノケミカル反応が進行するように再度乾式粉砕する第2処理工程とを含むことを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の光触媒用チタン酸化物の製造方法において、
上記粉砕装置は、上記容器内に、上記粉砕対象物と共に粉砕媒体が収容される遊星ボールミル装置であることを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の光触媒用チタン酸化物の製造方法において、
上記置換工程は、上記容器内の雰囲気を希ガス雰囲気にする工程であることを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【請求項4】
請求項1又は
3に記載の光触媒用チタン酸化物の製造方法において、
上記粉砕装置は、上記容器内に、上記粉砕対象物と共に粉砕媒体が収容される遊星ボールミル装置であり、
上記第2処理工程では、上記遊星ボールミル装置の回転速度及び上記遊星ボールミル装置の回転時間の少なくとも一方が、上記第1処理工程における、上記遊星ボールミル装置の回転速度及び上記遊星ボールミル装置の回転時間の少なくとも一方とは異なることを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【請求項5】
請求項
4に記載の光触媒用チタン酸化物の製造方法において
、
上記第2処理工程において、上記遊星ボールミル装置の回転速度は上記第1処理工程と同じであり、上記遊星ボールミル装置の回転時間は上記第1処理工程における回転時間よりも短いことを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【請求項6】
請求項
1~5のいずれか1つに記載の光触媒用チタン酸化物の製造方法において、
上記メラミン添加工程は、上記第1処理工程の前、及び上記第2処理工程の前にそれぞれ実行される工程であることを特徴とする光触媒用チタン酸化物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光触媒用チタン酸化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、光触媒材料としてチタン酸化物が用いられている。特に、二酸化チタンの光触媒効果は高く、広く研究されている。しかし、二酸化チタン自体は、バンドギャップが大きいため、紫外線では活性が得られるが、可視光線や近赤外線ではほとんど活性が得られない。このため、二酸化チタンは、紫外線量の極めて少ない室内環境では光触媒効果を発揮できない。また、可視光線や近赤外線でほとんど活性が得られないことから、光として太陽光を用いる際に、該太陽光を最大限に利用することができない。
【0003】
一方で、二酸化チタンに酸素の空孔を生じさせたり、二酸化チタンに窒素をドープしたりすると、二酸化チタンのバンドギャップ中に新たなエネルギー準位が形成されて、可視光線でも活性が得られることが知られている。このため、酸素欠陥型の酸化チタンからなる光触媒用チタン酸化物を製造する方法(例えば、特許文献1)や、窒素がドープされた酸化チタンからなる光触媒用チタン酸化物を製造する方法(例えば、特許文献2)が開発されている。
【0004】
特許文献1には、真空度が1Torr以下の空間内で二酸化チタンを水素プラズマ処理又は希ガス元素プラズマ処理して、酸素欠陥型の酸化チタンからなる光触媒用チタン酸化物を製造する方法が開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、二酸化チタンをアンモニアガス雰囲気中で300℃以上の温度で熱処理して、窒素がドープされた酸化チタンからなる光触媒用チタン酸化物を製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2001-212457号公報
【文献】特開2003-40621号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載されたようなプラズマ処理を必要とする製造方法では、生産性が低いことに加えて、製造コストが増大するという問題がある。
【0008】
また、特許文献2に記載の製造方法でも、高温の熱処理が必要となるため、生産性の低さ、製造コストの増大は免れない。
【0009】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、簡易かつ安価な方法で、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を効率良く製造して、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物の生産性を向上させるとともに、高性能な光触媒材料を得られるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題に対して、本発明者らが鋭意検討したところ、機械的エネルギーを利用して粉砕対象物を粉砕する粉砕装置によってチタン酸化物を粉砕する際に、一般的な湿式粉砕ではなく、乾式粉砕をすることにより可視光応答型の光触媒用チタン酸化物が得られることが分かった。
【0011】
すなわち、上記課題を解決するために、本発明は、光触媒用チタン酸化物の製造方法を対象として、容器内を、希ガスを含有する気体に置換する置換工程と、機械的エネルギーを利用して上記容器内に投入された粉砕対象物を粉砕する粉砕装置によって、上記粉砕対象物としてのチタン酸化物をメカノケミカル反応により酸化空孔又は窒素ドープが生じるように乾式粉砕することにより可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する触媒製造工程と、上記触媒製造工程の前に、上記容器内にメラミンを加えるメラミン添加工程と、を含み、上記チタン酸化物は、二酸化チタンであり、上記触媒製造工程は、上記粉砕装置によって、チタン酸化物をメカノケミカル反応が進行するように乾式粉砕して可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する第1処理工程と、上記第1処理工程の後に、上記粉砕装置によって、該第1処理工程で得られた可視光応答型の光触媒用チタン酸化物をメカノケミカル反応が進行するように再度乾式粉砕する第2処理工程とを含む、という構成とした。
【0012】
この構成によると、上記粉砕装置によって、チタン酸化物を乾式粉砕することにより、メカノケミカル反応によって、チタン酸化物に酸素空孔が生じ、酸素欠陥型のチタン酸化物が得られる。また、上記メカノケミカル反応によって、該空気中の窒素がチタン酸化物の酸素の一部と置換されることで、窒素がドープされたチタン酸化物も得られる。この結果、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物が得られる。
【0013】
また、チタン酸化物が粉砕されることにより、該チタン酸化物のサイズが小さくなって、該チタン酸化物の表面積が増大するとともに、チタン酸化物の、反応が進んでいない新鮮な表面が露出し続けるため、チタン酸化物に対してメカノケミカル反応を進行させて、効率良く可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を得ることができる。
【0014】
したがって、常温で、チタン酸化物を乾式粉砕するだけで、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物が得られるため、簡易かつ安価な方法で可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を効率良く製造して、生産性を向上させることができる。
【0015】
また、一般に、酸素空孔によるエネルギー準位と、窒素ドープによるエネルギー準位とは異なるため、上述の製造方法により、酸素空孔を有しかつ窒素がドーピングされたチタン酸化物を得ることが出来れば、吸収できる光の波長の範囲を出来る限り広くすることができる。これにより、酸素空孔を有しかつ窒素がドープされたチタン酸化物からなる、高性能な可視光応答型の光触媒材料を得られるようになる。
【0016】
また、本発明者らが、さらに検討したところ、粉砕装置の容器内を希ガスを含有する気体に置換した上で、粉砕装置によって、チタン酸化物を乾式粉砕すると、酸素空孔が生じ易くなって、吸収可能な光の波長の範囲が広い光触媒用チタン酸化物を得ることができ、特に、粉砕装置の容器内の雰囲気を希ガス雰囲気にした上でチタン酸化物を乾式粉砕すれば、吸収可能な光の波長の範囲が近赤外線領域にまで広がることが分かった。
【0017】
さらに、本発明者らが検討を進めたところ、粉砕装置の容器内を希ガスを含有する気体に置換した上で、粉砕装置によって乾式粉砕されたチタン酸化物を、再び、上記粉砕装置によって乾式粉砕すると、製造される光触媒用チタン酸化物の光触媒としての安定性が向上することが分かった。
【0018】
また、粉砕装置の容器内にメラミン(C
3
N
6
H
6
)を加えた上で、粉砕装置によって、チタン酸化物を乾式粉砕するとで、窒素のドープ量が増加して光触媒としての性能を向上させることができる。
【0019】
上記光触媒用チタン酸化物の製造方法の一実施形態では、上記粉砕装置は、上記容器内に、上記粉砕対象物と共に粉砕媒体が収容される遊星ボールミル装置である。
【0020】
遊星ボールミル装置は、一般に、容器を所定の回転軸周りに公転させるとともに、該容器自身を上記所定の回転軸とは別の回転軸周りに自転させて、容器内に投入した粉砕対象を粉砕する。よって、粉砕装置として遊星ボールミル装置を用いることで、チタン酸化物に対してメカノケミカル反応を効率的に進行させて、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を一層効率的に製造することができる。
【0021】
上記光触媒用チタン酸化物の製造方法において、上記置換工程を含む上記光触媒用チタン酸化物の製造方法において、上記置換工程は、上記容器内の雰囲気を希ガス雰囲気にする工程である、ことが望ましい。
【0022】
また、上記粉砕装置が遊星ボールミル装置でありかつ上記触媒製造工程が上記第2処理工程を含む場合、上記際2処理工程では、上記遊星ボールミル装置の回転速度及び上記遊星ボールミル装置の回転時間の少なくとも一方が、上記第1処理工程における、上記遊星ボールミル装置の回転速度及び上記遊星ボールミル装置の回転時間の少なくとも一方とは異なっていてもよい。
【0023】
上記光触媒用チタン酸化物の製造方法において、上記触媒製造工程の前に、上記容器内にメラミンを加えるメラミン添加工程をさらに含み、上記第2処理工程において、上記遊星ボールミル装置の回転速度は上記第1処理工程と同じであり、上記遊星ボールミル装置の回転時間は上記第1処理工程における回転時間よりも短い、という構成でもよい。
【0024】
上記光触媒用チタン酸化物の製造方法において、上記メラミン添加工程は、上記第1処理工程の前、及び上記第2処理工程の前にそれぞれ実行される工程である、という構成でもよい。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明に係る光触媒用チタン酸化物の製造方法によると、機械的エネルギーを利用して容器内に投入された粉砕対象物を粉砕する粉砕装置によって、上記粉砕対象物としてのチタン酸化物を乾式粉砕することにより可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する触媒製造工程を含むため、簡易かつ安価な方法で、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を効率良く製造して、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物の生産性を向上させることができるとともに、上記の方法で製造された光触媒用チタン酸化物を用いた高性能な光触媒材料を得られるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明の実施形態に係る光触媒用チタン酸化物の製造方法において使用する遊星ボールミル装置の構成を示す断面図である。
【
図2】
図1の遊星ボールミル装置が備える容器の内部における材料と粉砕媒体の動作を説明するための図である。
【
図3】本発明の実施形態に係る光触媒半導体素子を模式的に示す断面図である。
【
図4】本発明の実施例における各波長における吸光度を示すグラフである。
【
図5】本発明の実施例における各波長における吸光度を示すグラフである。
【
図6】本発明の実施例における光触媒用チタン酸化物を撹拌したメチレンブルー溶液の吸収スペクトルを示す図である。
【
図7】本発明の実施例における光触媒用チタン酸化物の光照射時間と吸光度比との関係を示す図である。
【
図8】本発明の実施例における光触媒用チタン酸化物の電子スピン共鳴分光のスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。尚、以下の実施形態は単なる例示に過ぎず、本発明の範囲を限定的に解釈してはならない。本発明の範囲は請求の範囲によって定義され、請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【0028】
図1は、本発明の実施形態に係る光触媒用チタン酸化物の製造方法において使用する粉砕装置としての遊星ボールミル装置1の構成を示す断面図である。
【0029】
本発明は、遊星ボールミル装置1を用いて、酸化チタンを乾式粉砕することによって、摩擦や衝撃等によりチタン酸化物に機械的エネルギーを付与して、メカノケミカル反応により、チタン酸化物に酸素空孔を生じさせたり、チタン酸化物に窒素をドープしたりすることで、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を製造する方法である。
【0030】
上記遊星ボールミル装置1は、中心軸まわりに回転駆動される回転軸11と、回転軸11と一体回転するテーブル6と、テーブル6にケーシング13を介して回転自在に支持された2つの容器5(ミルポット)と、2つの容器5内にそれぞれ収容される複数個の粉砕媒体2(ボール)とにより構成されている。このテーブル6は、2つの容器5を回転自在に支持した状態で回転可能な支持部材として機能する。
【0031】
容器5は、ケーシング13に上方から挿入して固定される筒状の本体に上蓋を設けたものである。容器5は、上蓋を開けて粉砕媒体2及び材料(特に、チタン酸化物)が投入さられる構成となっている。容器5の大きさは特に限定されず、例えば、40cm3の容積を有する容器が使用できる。また、容器5の材質も特に限定されず、例えば、ジルコニア(ZrO2)製やタングステンカーバイト(WC)製のものを使用することができる。
【0032】
粉砕媒体2は、略球形状のものを使用することができる。粉砕媒体2の大きさは特に限定されず、例えば、0.5cmの直径を有する粉砕媒体が使用できる。また、粉砕媒体2の材質も特に限定されず、例えば、ジルコニア(ZrO2)製やタングステンカーバイト(WC)製のものを使用することができる。
【0033】
遊星ボールミル装置1は、回転軸11の回転速度及び容器5の回転速度を調整することが可能なボールミル装置である。上記両回転速度は、容器5内に加える材料や容器5内の雰囲気等に基づいて、効率良く可視光応答型の光触媒用チタン酸化物が製造される値に設定される。
【0034】
遊星ボールミル装置1を用いて光触媒用チタン酸化物を製造する場合は、先ず、
図2に示すように、粉砕媒体2が収容された各容器5内に、酸化チタン粒子3からなる粉末を投入する。次に、この容器5を、
図1に示すテーブル6に設けられたケーシング13に挿入して固定する。
【0035】
次に、遊星ボールミル装置1を駆動させる。これにより、回転軸11に取り付けられた歯車(図示省略)と各ケーシング13に取り付けられた歯車(図示省略)との噛み合いによって、各容器5が回転軸11の周りを
図1の矢印Aの方向に公転しながら、各容器5自身も回転軸11とは別の回転軸(図示省略)周りを
図2の矢印Bの方向に自転する。
【0036】
上記のように、本実施形態では、容器5内に溶媒を加えることなく、遊星ボールミル装置1によって、チタン酸化物を乾式粉砕する。これにより、チタン酸化物粒子3が複数の粉砕媒体2の間に挟まれて、局所的に高エネルギー状態になり、メカノケミカル反応が進行して、チタン酸化物に酸素空孔が発生する。また、チタン酸化物中の酸素の一部が空気中の窒素と置換されることで、チタン酸化物に窒素がドープされる。これにより、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物が製造される。尚、上記の乾式粉砕とは、容器内に溶媒が全く存在しない条件で行うもののみでなく、実質的に乾式粉砕と見なせる程度に、容器内に溶媒が存在している条件で行うものも含む。
【0037】
また、遊星ボールミル装置1によって、酸化チタンが乾式粉砕されることで、チタン酸化物粒子3のサイズが小さくなって、該チタン酸化物粒子3の表面積が増大するとともに、該チタン酸化物粒子3の、反応が進んでいない新鮮な表面が露出し続けるため、容器5内のチタン酸化物に対してメカノケミカル反応を進行させて、効率良く可視光応答性の光触媒用チタン酸化物を得ることができる。
【0038】
本実施形態では、材料となるチタン酸化物の種類は特に限定されず、例えば、二酸化チタン(TiO2)を用いることができる。二酸化チタンは、ルチル型二酸化チタン、アナターゼ型二酸化チタン、ブルッカイト型二酸化チタン、スリランカイト型(αPbO2型又はType-II型ともいう)二酸化チタン、及び、アモルファス型二酸化チタンがあるが、これらのいずれも用いることができる。また、上記の種々の二酸化チタンのうちから選択した二種類以上の二酸化チタンが混在したもの、又は、上記の種々の二酸化チタンの全てが混在したもの等を用いてもよい。また、チタン酸化物としては、二酸化チタン以外にも、例えば、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)を用いることができる。さらには、予め酸素空孔を有するチタン酸化物や、予め窒素がドープされたチタン酸化物を用いてもよい。
【0039】
また、本実施形態では、チタン酸化物に積極的に窒素をドープさせるために、メラミン(C3N6H6)などの窒素を多く含む材料を、チタン酸化物粒子3からなる粉末と共に容器5内に投入してから、遊星ボールミル装置1によって、チタン酸化物を粉砕して、光触媒用チタン酸化物を製造することもできる。
【0040】
さらに、本実施形態では、容器5内の雰囲気は任意に設定することが可能である。例えば、容器5内を希ガスを含有する気体に置換することが可能であり、詳しくは、容器5内をアルゴンを含有する気体に置換した後、遊星ボールミル装置1によって、チタン酸化物を粉砕して、光触媒用チタン酸化物を製造することもできる。尚、希ガスを含有する気体とは、一部に希ガスを含むものだけでなく、実質的に希ガスのみからなる気体も含んでいる。また、容器5内には、該容器5内が実質的に希ガス雰囲気とみなせる程度にまで、希ガスを含有する気体を加えることができる。さらにまた、例えば、容器5内を窒素雰囲気にすることもできる。
【0041】
さらにまた、本実施形態では、先ず、容器5内を希ガスを含有する気体に置換した上で、遊星ボールミル装置1によって乾式粉砕されたチタン酸化物を、遊星ボールミル装置1によって、さらに乾式粉砕して光触媒用チタン酸化物を製造することもできる。このとき、最初の粉砕における乾式粉砕の粉砕条件(特に回転時間及び回転速度等)と、再度の粉砕における乾式粉砕の粉砕条件とは、同じでもよく異なっていてもよい。
【0042】
したがって、本実施形態では、粉砕媒体2が収容された容器5を有する遊星ボールミル装置1によって、チタン酸化物を乾式粉砕することにより光触媒用チタン酸化物を製造するため、簡易かつ安価な方法で、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物を効率良く製造して、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物の生産性を向上させることができる。
【0043】
さらに、本実施形態によれば、酸素空孔を有しかつ窒素がドープされたチタン酸化物からなる光触媒材料を得ることができる。これにより、例えば、高性能な光触媒用半導体素子を得ることができる。
【0044】
図3は、本発明の実施形態に係る光触媒半導体素子20を模式的に示す。この光触媒半導体素子20は、基板21と、該基板21上に配置され、チタン酸化物からなる光吸収層22とを備えている。
【0045】
基板21は、ガラスや樹脂等からなる基板で構成されている。尚、光吸収層22を表面に形成することができるのであれば、基板の材料として、ガラスや樹脂に限らず種々の材料を採用することができる。
【0046】
光吸収層22を構成するチタン酸化物は、酸素空孔を有しかつ窒素がドープされた酸化チタンである。このようなチタン酸化物は、上述したように、遊星ボールミル装置を用いて、チタン酸化物を乾式粉砕することによって、容易に得ることができる。
【0047】
上記のように、光吸収層22を構成するチタン酸化物として、酸素空孔を有しかつ窒素がドープされたチタン酸化物を用いれば、可視光線によって活性することが可能である。また、酸素空孔によるエネルギー準位と、窒素ドープによるエネルギー準位とは異なるため、光吸収層22を上記のようなチタン酸化物によって構成することで、吸収できる光の波長の範囲を出来る限り広くことができる。この結果、高性能な光触媒半導体素子を得られるようになる。
【0048】
尚、光吸収層22は、材料として、酸素空孔を有しかつ窒素がドープされたチタン酸化物を用いてさえいれば、作成方法は特に限定されない。光吸収層22の作成方法としては、例えば、遊星ボールミル装置でチタン酸化物を乾式粉砕して得られた光触媒用チタン酸化物の粉末を、メタノールや水などの溶媒に分散させて、該分散溶液を基板21の上に塗布し、乾燥することで作成することができる。
【0049】
本発明は、上記実施形態に限られるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。
【0050】
例えば、上記実施形態では、粉砕装置として遊星ボールミル装置1を用いていたが、粉砕装置は、機械的エネルギーを利用して粉砕対象物を粉砕する粉砕装置であれよく、例えば、転動ボールミル、媒体攪拌ミル、ジェットミル、コンバージミル及びスパイクミル等を用いることができる。
【実施例】
【0051】
以下に、本発明を実施例に基づいて説明する。尚、本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、請求の範囲の主旨を逸脱しない範囲で代用が可能である。本発明の範囲は請求の範囲によって定義され、請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。
【0052】
(実施例1)
遊星ボールミル装置(ドイツ・フリッチュ社製、商品名:プレミアムラインP-7)を使用して、二酸化チタンを乾式粉砕して、光触媒用チタン酸化物を製造した。より具体的には、ジルコニア(ZrO2)からなる粉砕媒体(粉砕ボール)が収容された容器(ジルコニア製)内に、二酸化チタンを0.95g投入した。材料となる二酸化チタンは、ルチル型二酸化チタンとアナターゼ型二酸化チタンとが所定の割合で混合されたもの(P25(AEROOXIDE社製))を用いた。遊星ボールミル装置の容器内の雰囲気は空気雰囲気とした。そして、600rpmの回転速度で、180分間、遊星ボールミルを回転させて、光触媒用チタン酸化物を製造した。粉砕前の状態の二酸化チタンは白色であり、製造された光触媒用チタン酸化物の色は、薄黄色であった。
【0053】
(実施例2)
容器内に、上記二酸化チタン(P25)に加えて、メラミン(C3N6H6)を0.05g投入したこと以外は、上述の実施例1と同様にして、光触媒用チタン酸化物を製造した。製造された光触媒用チタン酸化物の色は、濃い黄色であった。
【0054】
(実施例3)
容器内の雰囲気をアルゴン雰囲気に変更したこと以外は、上述の実施例1と同様にして、光触媒用チタン酸化物を製造した。製造された光触媒用チタン酸化物の色は、灰色であった。尚、アルゴンの圧力は1atmとした。
【0055】
(実施例4)
容器内に、上記二酸化チタン(P25)に加えて、メラミン(C3N6H6)を0.05g投入するとともに、容器内の雰囲気をアルゴン雰囲気に変更したこと以外は、上述の実施例1と同様にして、光触媒用チタン酸化物を製造した。製造された光触媒用チタン酸化物の色は、濃い緑色であった。尚、アルゴンの圧力は1atmとした。
【0056】
(吸収波長の測定)
上述の実施例1~4について、吸収波長の評価を行った。吸収波長の評価では、比較例としてミリング(粉砕)していない二酸化チタンの吸収波長についても評価した。吸収波長の評価は、日本分光社の装置(商品名:Jasco V-660)を用いて、拡散反射法により行った。その結果を
図4及び
図5(
図5は、実施例3及び4のみ示す)に示す。
【0057】
図4に示すように、ミリングしていない二酸化チタンでは、300nm~400nmの波長の光を吸収することが分かる。つまり、ミリングしていない二酸化チタンは、主に紫外線領域の光に対して応答した。一方で、遊星ボールミル装置によって二酸化チタンを乾式粉砕することによって得られた光触媒用チタン酸化物(つまり、上記実施例1~4)では、ミリングしていない二酸化チタンよりも吸収する波長領域が広がっていることが分かる。具体的には、上記実施例1は、300nm~520nmの波長の光を吸収し、上記実施例2は、300nm~600nmの波長の光を吸収し、上記実施例3は、可視光線領域の波長(340nm~720nm)の光については全ての波長の光を吸収し、上記実施例4も、上記実施例3と同様に、可視光線領域の波長(340nm~720nm)の光については全ての波長の光を吸収することが確認できた。よって、上記実施例1~4は、可視光応答型のチタン酸化物であることが確認できた。また、上記実施例3及び4は、
図4及び
図5に示すように、可視光線領域を超えた近赤外線領域の波長(750nm~1800nm)も吸収することが確認できた(特に、
図5参照)。
【0058】
ここで、容器内の雰囲気をアルゴン雰囲気にしたときに、吸収可能な波長領域が広がる原因としては、容器内に酸素がほとんど存在しなくなったことによって酸素空孔が生じやすくなったことが考えられる。また、容器内の雰囲気をアルゴン雰囲気にしかつ容器内にメラミンを添加した場合は、酸素空孔が生じ易くなったことに加えて、窒素がドープされたことで、窒素ドープに基づくエネルギー準位が形成されて、特定の波長の光を吸収しやすくなったため、緑色の酸化チタンが得られたと考えられる。
【0059】
また、
図4に示すように、上記実施例1,2及び4は、波長が450nm程度のときにピークを示すことが確認できた。一方で、上記実施例3は、波長が450nm程度のときでもピークが観測されなかった。これは、上記実施例3は、容器内をアルゴン雰囲気にしているため、容器内に窒素がほとんど存在せず、二酸化チタンに窒素がほとんどドープされないためであると考えられる。言い換えると、上記実施例1,2及び4のように、波長が450nm程度のときにピークを示すことが確認できたものは、二酸化チタンに窒素がドープされているといえる。よって、容器内にメラミンを投入せずに、容器内の雰囲気を空気雰囲気にして、二酸化チタンを乾式粉砕しただけでも、二酸化チタンに窒素がドープされることが確認できた。
【0060】
さらに、
図4に示すように、波長が450nm程度のときの吸光度について、実施例1と実施例2とを比較すると、実施例2のほうが実施例1よりも吸光度が高いことが分かる。これは、実施例2では、容器内にメラミンを投入したことにより、実施例1よりも多くの窒素が二酸化チタンにドープされたためと考えられる。
【0061】
(還元性能の評価)
次に、実施例1,2及び4について、還元性能の評価を行った。還元性能の評価は、メチレンブルーの還元反応による脱色により評価した。より具体的には、各試料は、濃度3×10-5mol/Lのメチレンブルーをイオン交換水に溶かした溶液に、実施例1,2及び4の光触媒用チタン酸化物を、それぞれ1mg添加して撹拌して作成した。また、比較のために、ミリングしていない二酸化チタンに対しても上記と同様にして試料を作成した。光源はキセノンランプ(浜松ホトニクス社製、商品名:Model E7536)を用いた。
【0062】
図6は、実施例4を用いた試料における、メチレンブルー溶液の吸収スペクトルを示す。照射時間が長くなるに連れて、吸収スペクトルの強度が低下することが分かる。これにより、上記試料に光を照射したことにより、メチレンブルーの還元反応が生じていることが分かった。
【0063】
図7は、ミリング(粉砕)していない二酸化チタン並びに実施例1,2及び4について、照射時間と吸光度比との関係を評価した結果を示す。吸収強度比は、光を照射する前の吸収スペクトルの強度に対する、各照射時間(20分、40分、60分、80分、100分及び120分)における吸収スペクトルの強度の比から算出した。
図7に示すように、ミリングしていない二酸化チタンは、吸光度比がほぼ一定であり、ほとんど還元反応が進んでいないことが分かる。一方で、実施例1,2及び4については、照射時間が長くなるほど吸光度比が低下していくことが分かる。これは、実施例1,2及び4の試料については、光を照射したことにより、メチレンブルーの還元反応が進み、吸収スペクトルの強度が低下したためである。
【0064】
また、
図7に示すように、実施例1の試料よりも実施例2の試料のほうが、吸光度比が大きく低下しており、実施例2の試料よりも実施例4の試料のほうが、さらに吸光度比が大きく低下していることが分かる。この結果は、
図4に示す、実施例1,2及び4の吸光度の大きさの関係とも対応する。尚、
図7には、直接示してないが、実施例3について、実施例1,2及び4と同様に還元性能の評価を行ったところ、実施例1と類似の変化を示した。以上のことから、実施例1~4は、可視光応答型の光触媒として機能するとともに、従来の光触媒用チタン酸化物と比較して、光触媒としての性能が向上していることが確認された。
【0065】
(実施例5)
実施例5は、容器内の雰囲気をアルゴン雰囲気に変更するとともに、遊星ボールミル装置の回転時間を300分にしたこと以外は、上述の実施例1と同様にして、光触媒用チタン酸化物を製造した。製造された光触媒用チタン酸化物の色は、上述の実施例3と同様に灰色であった。
【0066】
(酸素空孔の有無の評価)
続いて、上記実施例5に対して電子スピン共鳴分光(Electron Spin Resonance:ESR)の測定を行い、実施例5に酸素空孔が生じているか否かを評価した。電子スピン共鳴分光の測定は、ブルカー・バイオスピン社製の装置(商品名:E500)を用いて行った。測定範囲はXバンド帯域を対象として、測定温度は室温とした。また、比較のために、ミリング(粉砕)していない二酸化チタンも同じ条件で電子スピン共鳴分光の測定を行った。その結果を、
図8に示す。
【0067】
図8に示すように、ミリングしていない二酸化チタンには特にシグナルが観測されないが、実施例5には、酸素空孔を象徴するシグナルが観測された。つまり、実施例5には、酸素空孔が存在しており、該酸素空孔によって実施例5に色の変化が生じているといえる。また、この結果は、上記実施例3,4及び5のように、容器内をアルゴン雰囲気にした上で、遊星ボールミル装置で二酸化チタンを乾式粉砕することで製造された光触媒用チタン酸化物は、酸素空孔を有しており、該酸素空孔によって、可視光線に対する応答性が向上したことを示唆している。
【0068】
(実施例6)
実施例6では、先ず、上記実施例4と同様の条件で、二酸化チタン(P25)を粉砕した。次に、容器内に、上記の粉砕した二酸化チタンと、メラミンとを投入するとともに、容器内をアルゴン雰囲気にして、600rpmの回転速度で、120分間、遊星ボールミルを回転させて、光触媒用チタン酸化物を製造した。製造された光触媒用チタン酸化物の色は、実施例4と同様に濃い緑色であった。
【0069】
(光触媒用チタン酸化物の安定性の評価)
次に、実施例4及び6について、可視光応答型の光触媒としての安定性の評価を行った。安定性の評価は、実施例4及び6を両方とも空気中にさらして、色の変化を観測することによって行った。すなわち、例えば、光触媒用チタン酸化物が空気中の酸素と反応して、該光触媒用チタン酸化物の酸素空孔が消滅すると、該酸素空孔によるエネルギー準位が消滅するため、光触媒用チタン酸化物自体の色が変化するとともに、吸光度が低下する。よって、光触媒用チタン酸化物の色の経時変化を観測すれば、光触媒としての安定性を評価することができる。色の変化は目視により確認した。
【0070】
上記評価の結果、実施例4は1時間程度で色が濃い緑色から黄緑色に変化したが、実施例6は5ヶ月(約150日)以上、濃い緑色のまま色の変化が観測されなかった。つまり、実施例6の光触媒用チタン酸化物は、優れた安定性を有することが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、可視光応答型の光触媒用チタン酸化物からなる光触媒材料を得るために有用である。
【符号の説明】
【0072】
1 遊星ボールミル装置(粉砕装置)
2 粉砕媒体
3 チタン酸化物粒子
5 容器