(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-26
(45)【発行日】2022-05-10
(54)【発明の名称】生体材料
(51)【国際特許分類】
A61L 15/20 20060101AFI20220427BHJP
A61L 15/24 20060101ALI20220427BHJP
A61L 15/34 20060101ALI20220427BHJP
A61L 15/42 20060101ALI20220427BHJP
A61L 15/44 20060101ALI20220427BHJP
A61K 47/18 20060101ALI20220427BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20220427BHJP
A61K 47/44 20170101ALI20220427BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220427BHJP
【FI】
A61L15/20 100
A61L15/24 100
A61L15/34 100
A61L15/42 100
A61L15/44 100
A61K47/18
A61K47/32
A61K47/44
A61P1/02
(21)【出願番号】P 2020548334
(86)(22)【出願日】2019-09-06
(86)【国際出願番号】 JP2019035212
(87)【国際公開番号】W WO2020059543
(87)【国際公開日】2020-03-26
【審査請求日】2021-03-11
(31)【優先権主張番号】P 2018176358
(32)【優先日】2018-09-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306037311
【氏名又は名称】富士フイルム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100152984
【氏名又は名称】伊東 秀明
(74)【代理人】
【識別番号】100148080
【氏名又は名称】三橋 史生
(72)【発明者】
【氏名】千葉 幸介
(72)【発明者】
【氏名】高久 浩二
【審査官】一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】特表2004-501069(JP,A)
【文献】特開平2-237917(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0177606(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/186279(US,A1)
【文献】特表平10-504532(JP,A)
【文献】International Journal of Pharmaceutics,2000年,Vol.195,pp.29-33
【文献】Progr. Colloid. Polym. Sci.,2008年,Vol.135,pp.119-129
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/20
A61L 15/24
A61L 15/34
A61L 15/42
A61L 15/44
A61K 9/70
A61K 47/18
A61K 47/32
A61K 47/44
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中性アシル脂質と、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少な
くとも1種と、カルボキシビニルポリマーとを含む生体材料であって、
前記中性アシル脂質が中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質
の両方を含み、
前記中性モノアシル脂質および前記中性ジアシル脂質
の合計の含有量が、前記中性アシル脂質の全質量に対して80質量%~100質量%である、生体材料。
【請求項2】
前記中性アシル脂質が、前記中性アシル脂質の全質量に対して、中性モノアシル脂質を
30質量%~70質量%、中性ジアシル脂質を30質量%~70質量%、および中性トリアシル脂質を0質量%~20質量%含む、請求項1に記載の生体材料。
【請求項3】
前記中性アシル脂質のアシル基の炭素数が6~32である、請求項1または2に記載の生体材料。
【請求項4】
前記アシル基の炭素数が16~22である、請求項3に記載の生体材料。
【請求項5】
前記中性アシル脂質がアシルグリセロールである、請求項1~4のいずれか1項に記載の生体材料。
【請求項6】
前記アシルグリセロールがオレイン酸グリセロールである、請求項5に記載の生体材料。
【請求項7】
前記リン脂質のアシル基の炭素数が12~22である、請求項1~6のいずれか1項に記載の生体材料。
【請求項8】
前記アシル基の炭素数が16~18である、請求項7に記載の生体材料。
【請求項9】
前記4級アンモニウム塩の4級アンモニウムカチオンが下記式で表される、請求項1~8のいずれか1項に記載の生体材料。
【化1】
上記式中、R
1、R
2、R
3、およびR
4は、それぞれ独立に、炭素数1~22のアルキル基であり、前記アルキル基の水素原子は、アルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基によって置換されていてもよい。
【請求項10】
前記アルキル基の水素原子に置換するアルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基の炭素数が16~18である、請求項9に記載の生体材料。
【請求項11】
水と接触させることにより液晶相を形成する、請求項1~10のいずれか1項に記載の生体材料。
【請求項12】
非水系分散媒をさらに含む、請求項1~11のいずれか1項に記載の生体材料。
【請求項13】
前記非水系分散媒が炭素数7以上のアルコールである、請求項12に記載の生体材料。
【請求項14】
粘膜保護用である、請求項1~13のいずれか1項に記載の生体材料。
【請求項15】
口腔粘膜保護用である、請求項14に記載の生体材料。
【請求項16】
薬剤徐放用である、請求項1~15のいずれか1項に記載の生体材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体材料に関する。
【背景技術】
【0002】
がん患者においては、がん治療が口の粘膜に影響して口内炎が起こりやすい。例えば、抗がん剤治療では口内炎を起こしやすい薬剤の投与を受けたとき、頭頸部がん(頭から首の範囲のがん)の放射線治療では口の粘膜に放射線が直接当たったときに口内炎が必発である。口内炎の痛みは強く、食事を口からとることもできないほどである。
【0003】
口内炎の対症療法としては、患部に直接貼り付ける貼付剤(例えば、アフタシール(R)25μg,大正富山医薬品社製;有効成分 トリアムシノロンアセトニド)、患部に塗り付ける軟膏剤(例えば、デキサルチン口腔用軟膏,日本化薬社製;有効成分 デキサメタゾン)、および、患部に吹き付ける噴霧剤(例えば、サルコート(R)カプセル外用50μg,帝人ファーマ社製;有効成分 ベクロメタゾンプロピオン酸エステル)などがある。
【0004】
食事を口から摂る際に、患部に貼り付けた貼付剤が剥がれたり、患部に塗布した軟膏剤または噴霧剤が失われたりして、口内炎の痛みを抑制できない。
【0005】
このような口内炎の痛みを抑制できる生体材料が望まれている。
【0006】
例えば、特許文献1には、特に、老化したおよび/またはストレスを受けた皮膚に使用するための美容用組成物であって、水のほかに、水と共にラメラ構造を形成する少なくとも一種の物質が上記組成物中に存在するような美容用組成物において、
a)一般式I
-CH2-N+-(CH3)3 (式I)
で表される官能基を少なくとも1つ有する少なくとも一種の化合物、および/または
b)この化合物の少なくとも一種の代謝物、および/または
c)S-アデノシルメチオニン
をさらに上記組成物が含むことを特徴とする、美容用組成物が記載されている。
【0007】
また、特許文献2には、
a)少なくとも1つのモノアシル脂質と、
b)少なくとも1つのジアシルグリセロール、少なくとも1つのトコフェロール、またはそれらの混合物、
c)少なくとも1つの細分化剤、
および、任意に活性剤を含む組成物であって、自己分散し、水性流体に触れると、コロイド状の非層状粒子を生じることが可能である組成物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-169219号公報
【文献】特表2008-509120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に記載された美容用組成物および特許文献2に記載された組成物は、後述する比較例によって示されるとおり、水と接触させた際の引っ掻き耐性(摩擦を加えた際の粘膜への残存性)および保持性(湿潤環境における粘膜に対する付着性)が満足できる水準ではなく、改良の余地が認められた。
【0010】
そこで、本発明は、水と接触させた際の引っ掻き耐性および保持性に優れた生体材料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねたところ、所定の成分を含む生体材料を用いることにより上記課題を解決できることを知得し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は以下の[1]~[16]である。
[1] 中性アシル脂質と、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種と、カルボキシビニルポリマーとを含む生体材料であって、
上記中性アシル脂質が中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質からなる群から選択される少なくとも1種を含み、
上記中性モノアシル脂質および上記中性ジアシル脂質からなる群から選択される少なくとも1種の含有量が、上記中性アシル脂質の全質量に対して80質量%~100質量%である、生体材料。
[2] 上記中性アシル脂質が、上記中性アシル脂質の全質量に対して、中性モノアシル脂質を0質量%~100質量%、中性ジアシル脂質を0質量%~100質量%、および中性トリアシル脂質を0質量%~20質量%含む、上記[1]に記載の生体材料。
[3] 上記中性アシル脂質のアシル基の炭素数が6~32である、上記[1]または[2]に記載の生体材料。
[4] 上記アシル基の炭素数が16~22である、上記[3]に記載の生体材料。
[5] 上記中性アシル脂質がアシルグリセロールである、上記[1]~[4]のいずれか1つに記載の生体材料。
[6] 上記アシルグリセロールがオレイン酸グリセロールである、上記[5]に記載の生体材料。
[7] 上記リン脂質のアシル基の炭素数が12~22である、上記[1]~[6]のいずれか1つに記載の生体材料。
[8] 上記アシル基の炭素数が16~18である、上記[7]に記載の生体材料。
[9] 上記4級アンモニウム塩の4級アンモニウムカチオンが下記式で表される化合物である、上記[1]~[8]のいずれか1つに記載の生体材料。
【化1】
上記式中、R
1、R
2、R
3、およびR
4は、それぞれ独立に、炭素数1~22のアルキル基であり、上記アルキル基の水素原子は、アルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基によって置換されていてもよい。
[10] 上記アルキル基の水素原子に置換するアルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基の炭素数が16~18である、上記[9]に記載の生体材料。
[11] 水と接触させることにより液晶相を形成する、上記[1]~[10]のいずれか1つに記載の生体材料。
[12] 非水系分散媒をさらに含む、上記[1]~[11]のいずれか1つに記載の生体材料。
[13] 上記非水系溶媒が炭素数7以上のアルコールである、上記[12]に記載の生体材料。
[14] 粘膜保護用である、上記[1]~[13]のいずれか1つに記載の生体材料。
[15] 口腔粘膜保護用である、上記[14]に記載の生体材料。
[16] 薬剤徐放用である、上記[1]~[15]のいずれか1つに記載の生体材料。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、水と接触させた際の引っ掻き耐性および保持性に優れた生体材料を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例7の生体材料が形成した液晶相(ヘキサゴナルカラムナー相)を示す図面代用写真である(観察倍率:50倍)。
【
図2】
図2は、実施例1の生体材料が形成した液晶相(ラメラ相)を示す図面代用写真である(観察倍率:50倍)。
【
図3】
図3は、実施例5の生体材料が形成した液晶相(キュービック相)を示す図面代用写真である(観察倍率:20倍,透過光)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本明細書において、「~」を用いて表される範囲には「~」の両端を含むものとする。例えば、「A~B」で表される範囲にはAおよびBを含む。
【0016】
また、本明細書において、固形分とは、分散媒成分を除いた組成物に含まれる成分を意図し、その性状が液状であっても固形分として計算する。
【0017】
[生体材料]
本発明の生体材料は、中性アシル脂質と、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種と、カルボキシビニルポリマーとを含む。
以下では、本発明の生体材料の各成分について説明する。
【0018】
〈中性アシル脂質〉
中性アシル脂質は、電気的に中性のアシル脂質を意味する。つまり、中性アシル脂質には、カチオン部およびアニオン部が含まれない。なお、アシル脂質とは、アシル基を含む脂質を意味する。
中性アシル脂質としては、中性モノアシル脂質と、中性ジアシル脂質と、中性トリアシル脂質とが挙げられる。
【0019】
本発明の生体材料において、中性アシル脂質は、中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質からなる群から選択される少なくとも1種を含み、中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質からなる群から選択される少なくとも1種の含有量は、中性アシル脂質の全質量に対して80質量%~100質量%であり、90質量%~100質量%であることが好ましく、100質量%であることがより好ましい。
なかでも、中性アシル脂質は、中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質の両方を含むことが好ましい。
【0020】
中性モノアシル脂質の含有量は特に限定されないが、中性アシル脂質全質量に対して、0質量%~100質量%が好ましく、30質量%~70質量%がより好ましい。
中性ジアシル脂質の含有量は特に限定されないが、中性アシル脂質全質量に対して、0質量%~100質量%が好ましく、30質量%~70質量%がより好ましい。
中性トリアシル脂質の含有量は特に限定されないが、中性アシル脂質全質量に対して、0~20質量%が好ましく、含まれないこと(0質量%)がより好ましい。
なかでも、中性アシル脂質全質量に対して、中性モノアシル脂質を30質量%~70質量%、および中性ジアシル脂質を30質量%~70質量%含み、中性トリアシル脂質を含まないことがより好ましい。
【0021】
中性アシル脂質のアシル基の炭素数は特に限定されないが、6~32が好ましく、16~22がより好ましい。
このようなアシル基のカルボニル基を除いた炭化水素基としては、炭素数5~31の飽和または不飽和の鎖式炭化水素基が好ましく、炭素数15~21の飽和または不飽和の鎖式炭化水素基がより好ましく、具体例として、CH3(CH2)14-、CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-、およびCH3(CH2)4(CH=CHCH2)2(CH2)6-が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
中性アシル脂質が1分子中に2個以上のアシル基を有するときは、各アシル基は互いに同じ種類であってもよいし、異なる種類であってもよい。
【0022】
中性アシル脂質としては、グリセロール、ジグリセロール、糖(例えば、イノシトール)、および、コハク酸などのポリオールと脂肪酸とがエステル結合して得られる脂質が挙げられる。なかでも、アシルグリセロールが好ましく、オレイン酸グリセロールがより好ましい。
アシルグリセロールとしては、モノアシルグリセロール、ジアシルグリセロール、および、トリアシルグリセロールが挙げられる。
また、オレイン酸グリセロールとしては、モノオレイン酸グリセロール、ジオレイン酸グリセロール、および、トリオレイン酸グリセロールが挙げられる。
なお、モノアシルグリセロールおよびモノオレイン酸グリセロールは上述した中性モノアシル脂質の一態様に該当し、ジアシルグリセロールおよびジオレイン酸グリセロールは上述した中性ジアシル脂質の一態様に該当し、トリアシルグリセロールおよびトリオレイン酸グリセロールは上述した中性トリアシル脂質の一態様に該当する。
【0023】
なお、本明細書において、中性アシル脂質中の中性モノアシル脂質、中性ジアシル脂質、および、中性トリアシル脂質の含有割合は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法によって測定して得られるものである。
・HPLCの測定条件
カラム:Cadenza CD-C18 (4.6mm×300mm)(Imtakt社製)
溶離液:水・テトラヒドロフラン
流 速:1.0mL/min
検 出:Corona CAD(コロナ荷電化粒子検出器)
カラム温度:50℃
【0024】
本発明の生体材料における中性アシル脂質の含有量は、特に限定されないが、本発明の生体材料の固形分の全質量に対して、35質量%~85質量%が好ましく、35質量%~75質量%がより好ましく、55質量%~75質量%がさらに好ましい。
【0025】
〈リン脂質〉
リン脂質は、分子構造中にリン酸エステル構造を持つ脂質であれば特に限定されないが、グリセリンを骨格とするグリセロリン脂質と、スフィンゴシンを骨格とするスフィンゴリン脂質とが代表的である。
リン脂質がグリセロリン酸であっても、スフィンゴリン脂質であっても、脂肪酸に由来するアシル基を分子中に有する。
【0026】
リン脂質のアシル基の炭素数は特に限定されないが、12~22が好ましく、16~18がより好ましい。
このようなアシル基のカルボニル基を除いた炭化水素基としては、炭素数11~21の飽和または不飽和の鎖式炭化水素基が好ましく、炭素数15~17の飽和または不飽和の鎖式炭化水素基がより好ましい。上記炭化水素基としては、CH3(CH2)14-、CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7-、およびCH3(CH2)4(CH=CHCH2)2(CH2)6-が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
リン脂質が1分子中に2個以上のアシル基を有するときは、各アシル基は互いに同じ種類であってもよいし、異なる種類であってもよい。
リン脂質の具体例としては、ホスファチジルコリンが挙げられる。ホスファチジルコリンのアシル基は、パルミチン酸(CH3(CH2)14COOH)、オレイン酸(CH3(CH2)7CH=CH(CH2)7COOH)、またはリノール酸(CH3(CH2)4(CH=CHCH2)2(CH2)6COOH)に由来するものが好ましい。ホスファチジルコリンの具体例としては、POホスファチジルコリン(1位(α位)に、パルミチン酸、2位(β位)にオレイン酸、3位(γ位)にコリンを有するホスファチジルコリン)、DLホスファチジルコリン(1位(α位)にリノール酸、2位(β位)にリノール酸、3位(γ位)にコリンを有するホスファチジルコリン)、および、ジパルミトイルホスファチジルコリンが挙げられる。
【0027】
本発明の生体材料におけるリン脂質の含有量は、特に限定されないが、後述する4級アンモニウム塩との合計で、本発明の生体材料の固形分の全質量に対して、15質量%~65質量%が好ましく、20質量%~60質量%がより好ましく、25質量%~45質量%がさらに好ましい。
【0028】
〈4級アンモニウム塩〉
4級アンモニウム塩は、4級アンモニウムカチオンとアニオンとからなるイオン性化合物である。
【0029】
4級アンモニウムカチオンは、分子式NR4
+と表される正電荷を持った多原子イオンであることが好ましい。ここで、Rは、それぞれ独立に、置換基を有していてもよい、アルキル基またはアリール基を表し、複数のRは互いに同じであってもよいし異なっていてもよい。
なかでも、4級アンモニウム塩の4級アンモニウムカチオンは、下記式で表される4級アンモニウムカチオンであることが好ましい。
【0030】
【0031】
上記式中、R1、R2、R3、およびR4は、それぞれ独立に、炭素数1~22のアルキル基であり、上記アルキル基の水素原子は、アルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基によって置換されていてもよい。
【0032】
上記アルキル基の水素原子に置換するアルコキシ基、アシル基またはアシルオキシ基の炭素数は特に限定されないが、16~18が好ましい。
【0033】
4級アンモニウム塩としては、ジオレオイロキシトリメチルアンモニウムプロパンクロリド(DOTAP,N-[1-(2,3-ジオレオイルオキシ)プロピル]-N,N,N-トリメチルアンモニウムクロリド)、ジオクタデセニルトリメチルアンモニウムプロパンクロリド(DOTMA、N-[1-(2,3―ジオレイルオキシ)プロピル)]―N,N,N-トリメチルアンモニウムクロリド)、ジデシルジメチルアンモニウムクロリド、ジデシルジメチルアンモニウムブロミド、ジラウリルジメチルアンモニウムクロリド、ジセチルジメチルアンモニウムクロリド、ジセチルジメチルアンモニウムブロミド、ジステアリルジメチルアンモニウムクロリド、ジステアリルジメチルアンモニウムブロミド、ジオレイルジメチルアンモニウムクロリド、ジベヘニルジメチルアンモニウムクロリド、ジベヘニルジメチルアンモニウムブロミド、ジパルミトイルエチルヒドロキシエチルモニウムメトサルフェート、および、ジステアロイルエチルヒドロキシエチルモニウムメトサルフェートが挙げられる。また、これらの4級アンモニウム塩は、2種以上を混合して用いてもよい。
【0034】
本発明の生体材料における4級アンモニウム塩の含有量は特に限定されないが、上述したリン脂質との合計で、本発明の生体材料の固形分の全質量に対して、15質量%~65質量%が好ましく、20質量%~60質量%がより好ましく、25質量%~45質量%がさらに好ましい。
【0035】
〈カルボキシビニルポリマー〉
本発明の生体材料は、水と接触させることにより、水と、中性アシル脂質と、リン脂質および/または4級アンモニウム塩とによって液晶相が形成される。
【0036】
カルボキシビニルポリマーは水と接触することで膨潤し、液晶ミセルのネットワークとカルボキシビニルポリマーのネットワークとが重畳的に形成される。このように、液晶ミセルのネットワークおよびカルボキシビニルポリマーのネットワークの2つのネットワークが存在することにより、本発明の生体材料を水と接触させた際の引っ掻き耐性および保持性を向上させることができる。
【0037】
カルボキシビニルポリマーは、カルボキシ基を有する水溶性のビニルポリマーであり、具体的には、アクリル酸および/またはメタクリル酸由来の繰り返し単位を主鎖として、アリルショ糖またはペンタエリスリトールのアリルエーテル等による架橋構造(上記化合物由来の架橋構造)を有するポリマーである。また、このカルボキシビニルポリマーは、カルボキシビニルポリマー塩であってもよい。
【0038】
カルボキシビニルポリマーの市販品としては、具体的には、Lubrizol Advanced Materials社製の「カーボポール941」、「カーボポール971」、「カーボポール974」、「カーボポール980」および「カーボポール981」;和光純薬工業株式会社製の「ハイビスワコー103」、「ハイビスワコー104」および「ハイビスワコー105」;東亞合成株式会社製の「ジュンロンPW-120」、「ジュンロンPW-121」および「ジュンロンPW-312S」;住友精化株式会社製の「AQUPEC HV-501E」および「AQUPEC HV-505E」;ならびに、3Vシグマ社製の「シンタレンK」および「シンタレンL」が挙げられる。
【0039】
本発明の生体材料において、カルボキシビニルポリマーは、1種を単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0040】
《カルボキシビニルポリマーの含有量》
本発明の生体材料におけるカルボキシビニルポリマーの含有量は特に限定されないが、本発明の生体材料の固形分の全質量に対して、0.1質量%~10.0質量%が好ましく、1.0質量%~5.0質量%がより好ましく、1.0質量%~3.5質量%がさらに好ましい。
【0041】
〈非水系分散媒〉
本発明の生体材料は、非水系分散媒をさらに含むことができる。
非水系分散媒は、上述した中性アシル脂質、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種、およびカルボキシビニルポリマーを分散できる非水系のものであれば特に限定されないが、炭素数7以上のアルコールが好ましく、炭素数7~18のアルコールがより好ましい。
炭素数7以上のアルコールとしては、ヘプチルアルコール(炭素数7)、カプリルアルコール(炭素数8)、ペラルゴンアルコール(炭素数9)、カプリンアルコール(炭素数10)、ラウリルアルコール(炭素数12)、ミリスチルアルコール(炭素数14)、オレイルアルコール(炭素数18)、および、ステアリルアルコール(炭素数18)が挙げられる。
【0042】
本発明の生体材料が非水系分散媒を含む場合の本発明の生体材料中の固形分含有量は、特に限定されないが、80質量%以上であることが好ましく、90質量%以上であることがより好ましい。上限は、例えば、100質量%未満である。
【0043】
〈その他の成分〉
本発明の生体材料は、本発明の作用効果を妨げない限り、上述した中性アシル脂質、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種、カルボキシビニルポリマー、および非水系分散媒の他に、他の成分を含んでいてもよい。
【0044】
上記他の成分としては、例えば、糖および糖アルコールが挙げられる。
糖は、特に限定されないが、例えば、単糖類または二糖類であり、具体例として、グルコース、ガラクトース、スクロース、トレハロースおよびラクトースが挙げられる。
糖アルコールは、アルドースまたはケトースのカルボニル基が還元された構造を有する有機化合物であり、特に限定されないが、具体例として、エリスリトール、キシリトール、マンニトールおよびソルビトールが挙げられる。
【0045】
〈液晶相〉
本発明の生体材料は、水と接触させることにより液晶相を形成する。水は純水に限定されず、水以外の水性流体に含まれる水(水分)であってもよい。水以外の水性流体の例としては、唾液、組織液、血液、およびリンパ液が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
本発明の生体材料と接触させる水の量は、特に限定されないが、本発明の生体材料の全質量に対して、20質量%~1000質量%が好ましく、30質量%~500質量%がより好ましい。
【0047】
ここで、液晶相は、特に限定されないが、ラメラ(La)相、スポンジ(V2)相、ヘキサゴナルカラムナー(H2)相、双連続キュービック(L3)相、またはキュービック(Q)相およびこれらのうち2種以上の混合状態からなる群から選択されるいずれか1つであることが多く、ラメラ相、ヘキサゴナルカラムナー相またはキュービック相であることが好ましい。本発明の生体材料を水と接触させる際の温度は特に限定されないが、20℃~40℃が好ましく、35℃~40℃がより好ましい。
【0048】
[生体材料の製造方法]
本発明の生体材料は、中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質の含有量が特定範囲内である中性アシル脂質と、リン脂質および4級アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種と、カルボキシビニルポリマーと、所望により非水系分散媒と、を混合することにより製造できる。
混合の方法は特に限定されず、従来公知の方法を用いることができる。
【0049】
[生体材料の用途および使用方法]
本発明の生体材料とは、生体内で用いられる材料を意味し、例えば、怪我または病気などにより本来の機能を果たさなくなった生体、および、機能が低下した生体を、補助または修復することを目的とし、生体内に用いられる材料が挙げられる。
本発明の生体材料は、粘膜保護用、特に口腔粘膜保護用として好ましく使用できる。
本発明の生体材料を粘膜に対して使用する場合、本発明の生体材料を粘膜上に配置し、必要に応じて水または水を含む溶液を添加すれば、本発明の生体材料が吸水して液晶相が形成され、粘膜に付着する。
特に、口腔粘膜に対して本発明の生体材料を適用する場合、本発明の生体材料を口腔粘膜に付着させれば、唾液中の水分によって液晶相が形成されるため、取扱が簡便である。また、仮に、唾液量が少ない場合には、本発明の生体材料を口腔粘膜に付着させた後、水、または人工唾液をスプレーするなどして、水分を供給すればよい。
また、本発明の生体材料は、薬剤徐放用としても好ましく使用できる。例えば、上記生体材料に薬物を添加した前製剤を作製し、これを水と接触させ液晶相を形成することで、薬物徐放基材として用いることができる。
【実施例】
【0050】
以下では実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例1~14、比較例1~8]
〈生体材料の調製法〉
(実施例1)中性アシル脂質(1-オレオイル-rac-グリセリン(>99%),Sigma-Aldrich社製;5.5g)と、リン脂質(ホスファチジルコリン(Lipoid S100、Lipoid社製;3.0g)を混合し、その混合物が黄色透明な油状液体になるまで60℃で2時間加熱撹拌した(以下「固形分A」という場合がある)。カルボキシビニルポリマー(カーボポール941,Lubrizol Advanced Materials社製; 10mg)を計量後、カルボキシビニルポリマーを非水系分散媒(オレイルアルコール,東京化成工業社製;100mg)に分散させ、そこに必要量の固形分A(890mg)を加えて室温で10分間撹拌することで生体材料を調製した。
なお、同じ調製法で、表1に示す各成分を表1に示す配合量で混合して、実施例2~14および比較例1~8の生体材料を調製した。
【0052】
〈結果・評価〉
《液晶相の形成の確認》
調製した生体材料(20μL)をスライドガラス上に載せ、上から水(約200μL)を噴霧し、余分な水を除いた後、カバーガラスで覆い、偏光顕微鏡(Nikon ECLIPSE E600 POL)にて初期観察を行った。
その後、40℃に加熱したホットステージ(INSTEC STC200)にてスライドガラスごと加温し、液晶相の変化を確認し相を同定した。
【0053】
《擬似生体膜の作製》
TDAB(テトラドデシルアンモニウムブロミド,富士フイルム和光純薬社製;50mg)、ポリ塩化ビニル(富士フイルム和光純薬社製;800mg)、およびDOPP(ジ-n-オクチルホスホナート,富士フイルム和光純薬社製;0.6mL)をTHF(テトラヒドロフラン)、富士フイルム和光純薬社製;10mL)に溶解したものをシャーレで室温乾燥し、脂質膜(約200μm厚)を得た。
次に、寒天(カリコリカン(登録商標)、伊那食品工業社製;0.5g)およびジェランガム(ケルコゲル(登録商標)、CPケルコ社製;0.1g)を蒸留水(49.4g)からなるハイドロゲルに、作製した脂質膜を貼り合わせた。
続いて、脂質膜表面をMPC(2-メタクリロイルオキシエチルホスホリルコリン)ポリマー(LIPIDURE(登録商標)-CM5206、日油社製)でコートして、疑似生体膜を得た。
【0054】
《保持性の評価》
作製した擬似生体膜上に、調製した生体材料を塗布し(1cmΦ、500μm厚)、人工唾液(サリベート(登録商標)、帝人ファーマ社製)を噴霧した後、1分間静置して生体材料に吸水させ、評価用サンプルを作製した。
作製した評価用サンプルをシャーレに入れ、評価用サンプルが浸かるまで人工唾液(サリベート)で満たした。このシャーレを恒温振とう器(37℃)の中に入れ、評価用サンプルがシャーレの壁に繰り返し当たるように振とうさせた。この試験で擬似生体膜から吸水した生体材料が剥離または溶解により消失するまでの時間を計測し、以下の基準により保持性を評価した。
(保持性の評価基準)
4時間以上保持した・・・A
1時間以上4時間未満で消失した・・・B
1時間未満で消失した・・・C
評価結果を表1の「評価」欄に示す。
【0055】
《引っ掻き耐性の評価》
作製した擬似生体膜上に、調製した生体材料を塗布し(1cmΦ、500μm厚)、人工唾液(サリベート(登録商標)、帝人ファーマ社製)を噴霧した後、1分間静置して生体材料に吸水させ、評価用サンプルを作製した。
作製した評価用サンプルを摩耗試験機(表面性測定機 トライボギア TYPE:14 FW、新東科学社製)で繰り返し摩耗し、サンプルが擬似生体膜から剥離または溶解するまでの回数(往復)を計測し、以下の基準により引っ掻き耐性を評価した。なお、摩耗試験機のヘッドには三角消しゴムの芯(Ain CLIC,ぺんてる社製)をセットし、荷重30g、振幅30mm、速度6000mm/minの条件で試験を行った。
(引っ掻き耐性の評価基準)
500回以上耐えた・・・A
100回以上500回未満で剥離した・・・B
100回未満で剥離した・・・C
評価結果を表1の「評価」欄に示す。
【0056】
【0057】
【0058】
【0059】
表1中、「モノ/ジ/トリ」は、中性アシル脂質中の中性モノアシル脂質と、中性ジアシル脂質と、中性トリアシル脂質との含有量比を表す(質量%)。
表1中、「モノ+ジ」は、中性アシル脂質中の中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質の合計含有量を表す(質量%)。
【0060】
表1中、各成分は以下のものである。
・中性アシル脂質(1) 1-オレオイル-rac-グリセリン(>99%,Sigma-Aldrich社製)
・中性アシル脂質(5) ジオレイン(>99%,NU-CHECK-PREP社製)
・中性アシル脂質(2) 中性アシル脂質(1)(7.0g)および中性アシル脂質(5)(3.0g)を均一な溶液になるまで40℃で30分混合して調製した。
・中性アシル脂質(3)、(4)および(6) 中性アシル脂質(2)と同じ調製法で、表1に示す質量比で中性アシル脂質(1)および中性アシル脂質(5)を混合して調製した。
・中性アシル脂質(7) モノオレイン(東京化成工業社製)
・中性アシル脂質(11) トリオレイン酸グリセロール(>99%,Sigma-Aldrich社製)
・中性アシル脂質(8)~(10) 中性アシル脂質(2)と同じ調製法で、表1に示す質量比で中性アシル脂質(1)、中性アシル脂質(5)および中性アシル脂質(11)を混合して調製した。
・モノオレイン酸ジグリセリル (理研ビタミン株式会社製)
・オリーブオイル (富士フイルム和光純薬株式会社製)
【0061】
・リン脂質(1) ホスファチジルコリン(Lipoid S100、Lipoid社製)
・4級アンモニウム塩(1) DOTAP〔N-[1-(2,3-ジオレオイルオキシ)プロピル]-N,N,N-トリメチルアンモニウムクロリド〕(Lipoid DOTAP-Cl、Lipoid社製)
・水添レシチン COATSOME NC-21E(日油株式会社製)
【0062】
・カルボキシビニルポリマー(1) カーボポール941(Lubrizol Advanced Materials社製)
・カルボキシビニルポリマー(2) AQUPEC N40R(住友精化株式会社製)
【0063】
・オレイルアルコール(東京化成工業社製)
・ペンチレングリコール
・グリセリン(富士フイルム和光純薬工業社製)
【0064】
また、表1中、液晶相の種類は以下の略号で表す。
La ラメラ相
V2 スポンジ相
H2 ヘキサゴナルカラムナー相
L3 双連続キュービック相
Q キュービック相
【0065】
[結果の説明]
実施例1~14の生体材料は、保持性および引っ掻き耐性のいずれもが良好であった。なかでも、実施例1~7の比較より、中性アシル脂質は中性モノアシル脂質および中性ジアシル脂質の両方を含む場合、より効果が優れることが確認された。また、実施例9~12の比較より、リン脂質と4級アンモニウム塩の合計含有量は、生体材料の固形分の全質量に対して、20質量%~60質量%である場合、より効果が優れることが確認された。また、実施例7、13~14の比較より、カルボキシビニルポリマーの含有量が1.0質量%~3.5質量%である場合、より効果が優れることが確認された。
これに対し、比較例1~8の生体材料は、引っ掻き耐性が不十分であり、保持性および引っ掻き耐性を両立することができなかった。なかでも、比較例2、3、7は、保持性および引っ掻き耐性のいずれもが不十分であった。
なお、比較例7は特開2008-169219号公報(特許文献1)に記載された発明に係るものであり、比較例8は特表2008-509120号公報(特許文献2)に記載された発明に係るものである。