(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-27
(45)【発行日】2022-05-11
(54)【発明の名称】ニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法、および非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C01G 53/00 20060101AFI20220428BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20220428BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20220428BHJP
【FI】
C01G53/00 A
H01M4/505
H01M4/525
(21)【出願番号】P 2017147081
(22)【出願日】2017-07-28
【審査請求日】2020-06-03
(31)【優先権主張番号】P 2016150504
(32)【優先日】2016-07-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100185018
【氏名又は名称】宇佐美 亜矢
(74)【代理人】
【識別番号】100107836
【氏名又は名称】西 和哉
(72)【発明者】
【氏名】金田 治輝
(72)【発明者】
【氏名】小鹿 裕希
(72)【発明者】
【氏名】安藤 孝晃
【審査官】▲高▼橋 真由
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/169274(WO,A1)
【文献】特開2012-252844(JP,A)
【文献】国際公開第2015/115547(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 25/00-47/00;49/10-99/00
H01M 4/00-4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1):Ni
xMn
yM
z(OH)
2+α(前記式(1)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe、Wから選択される少なくとも1種以上の添加元素であり、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8であり、かつ、x+y+z=1.0を満たし、αは、0≦α≦0.4である。)で表され、複数の一次粒子が凝集した二次粒子から構成されたニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法であって、
反応水溶液中で少なくともニッケルとマンガンをそれぞれ含む塩を中和してニッケルマンガン複合水酸化物を生成させる晶析工程を含み、
前記晶析工程は、反応槽にニッケルとマンガンを含む混合水溶液を連続的に加えて、中和させて生成するニッケルマンガン複合水酸化物粒子を含むスラリーをオーバーフローさせて粒子を回収する工程を含み、
前記晶析工程において、
ニッケルマンガン複合水酸化物の任意の体積平均粒径において、
〔(前記二次粒子内部の空隙面積/前記二次粒子断面積)×100〕(%)で表される疎密度に対して、前記
反応水溶液中の溶存酸素濃度が正の相関を有し、前記
反応水溶液中の溶解ニッケル濃度及び前記
反応水溶液に負荷する攪拌動力がそれぞれ負の相間を有するという関係に基づいて、
前記反応水溶液中の溶存酸素濃度を0.2mg/L以上8.0mg/L以下の範囲内、かつ、その変動幅を±0.2mg/Lの範囲内、
前記反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を10mg/L以上1500mg/L以下の範囲内、及び、
前記反応水溶液に負荷する撹拌動力を0.5kW/m
3以上15kW/m
3以下の範囲内で調整することにより、
体積平均粒径を5μm以上20μm以下の範囲内、かつ、
前記疎密度を0.5%以上40%以下の範囲内で、それぞれ所望の範囲に制御する、
ことを特徴とするニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記疎密度は、少なくとも前記溶存酸素濃度と前記溶解ニッケル濃度とを調整することにより、制御されることを特徴とする請求項1に記載のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記体積平均粒径は、少なくとも前記溶解ニッケル濃度と前記攪拌動力とを調整することにより、制御されることを特徴とする請求項1又は2に記載のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記晶析工程において、反応水溶液の温度を35℃以上60℃以下の範囲とすることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記晶析工程において、反応水溶液の液温25℃基準として測定するpH値が10.0以上13.0以下の範囲であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記ニッケルマンガン複合水酸化物の粒度分布の広がりを示す指標である〔(D90-D10)/体積平均粒径〕が0.7以上であることを特徴とする請求項1に記載のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法。
【請求項7】
一般式(2):Li
1+tNi
xMn
yM
zO
2+β(式(2)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe、Wから選択される少なくとも1種以上の添加元素であり、tは、-0.05≦t≦0.5であり、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8であり、かつ、x+y+z=1.0を満たし、βは、0≦β≦0.5である。)で表され、一次粒子が凝集した二次粒子からなるリチウムニッケルマンガン複合酸化物を含む非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、
請求項1~請求項6のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたニッケルマンガン複合水酸化物と、リチウム化合物とを混合して混合物を得る工程と、前記混合物を焼成してリチウムニッケルマンガン複合酸化物を得る工程と、を含むことを特徴とする非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法、および非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話やノート型パソコンなどの携帯電子機器の普及にともない、高いエネルギー密度を有する小型で軽量な非水系電解質二次電池の開発が強く望まれている。このような非水系電解質二次電池の代表的なものとして、リチウムイオン二次電池がある。リチウムイオン二次電池の負極活物質には、リチウム金属やリチウム合金、金属酸化物、あるいはカーボン等が用いられている。これらの材料は、リチウムを脱離・挿入することが可能な材料である。
【0003】
リチウムイオン二次電池については、現在、研究開発が盛んに行われているところである。この中でも、リチウム遷移金属複合酸化物、特に合成が比較的容易なリチウムコバルト複合酸化物(LiCoO2)を正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池は、4V級の高い電圧が得られるため、高いエネルギー密度を有する電池として期待され、実用化されている。また、正極活物質としてコバルトよりも安価なニッケルを用いたリチウムニッケル複合酸化物(LiNiO2)やリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物(LiNi0.33Co0.33Mn0.33O2)などの開発も進められている。中でもリチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物は、容量・出力特性・耐久性・コストなどのバランスに優れているため注目されている。しかし、容量はリチウムニッケル複合酸化物系に比べ劣るため、容量(エネルギー密度)を向上させることが求められている。
【0004】
上記の正極活物質は、リチウムイオン二次電池の用途や要求特性によって使い分けられるケースが多い。例えば、電気自動車(BEV)用途では、長い航続距離が要求されるため、高容量な正極活物質が求められる。一方で、プラグインハイブリッド車(PHEV)用途では、容量と出力特性のバランスがとれた正極活物質が求められることが多い。このように設計する電池の多様性が高まっていることに伴い、正極活物質にも多様な材料設計が要求されている。
【0005】
正極活物質における多様な材料設計の要求に対応して種々の提案が行われている。例えば、特許文献1では、サイクル特性を向上させるとともに高出力化するため、平均粒径が2~8μmであり、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.60以下である非水系電解質二次電池用正極活物質が提案されている。このような活物質は電気化学反応が均一に起こるため、高容量・高寿命であることが特徴であるが、一方で活物質の充填性が低くなるために、体積エネルギー密度の点では高いとはいえない。
【0006】
また、例えば、特許文献2では、水酸化物原料粉末を粉砕して、特定の粒度分布を有する粉砕原料粉末を含むスラリーを調製し、このスラリーを用いて略球状の造粒粉末を作製し、リチウム化合物を混合して、焼成により造粒粉末とリチウム化合物を反応させるリチウムイオン電池用正極活物質の製造方法が提案されている。これにより、高い電池特性をもたらす、所望の空隙率で開気孔比率の高い正極活物質を得ることができるとしている。しかし、得られた水酸化物を粉砕した後、再度造粒して前駆体を得る工程が必要であり、生産性に問題がある。また、粉砕の状況によって開気孔比率が変化するため、開気孔比率の制御が容易に行えるとは言えない。
【0007】
さらに、例えば、特許文献3では、リチウム遷移金属複合酸化物を分級機に通し、粒子径の大きい物と小さい物とに分離し、粒子径の大きい物と小さい物を、重量比で0:100~100:0で配合するリチウム二次電池用正極材料の製造方法が提案されている。これにより、レート特性と容量のさまざまなバランスのリチウム二次電池用正極材料を容易に製造できるとしている。しかし、リチウム遷移金属複合酸化物を分級し、再度配合して混合するため、工程が増加して生産性が低下する。また、分級した一方の粒径のリチウム遷移金属複合酸化物が残ってしまう可能性がある。
【0008】
一方、特許文献4では、平均粒径が8μmを超え、16μm以下であり、粒度分布の広がりを示す指標である〔(d90-d10)/平均粒径〕が0.60以下である外殻部と、その内側に存在する中空部とからなる非水系電解質二次電池用正極活物質が提案されている。この正極活物質は、粒度分布が均一で充填性が良好で、正極抵抗の値を低減させることが可能であるとされている。しかしながら、中空粒子では、高い出力特性が得られるものの、充填性が低下するという問題がある。また、晶析時の雰囲気切り替えにより、水酸化物の一次粒子形状を制御しているが、切り替えに時間を要するため、生産性が低下するという問題がある。
【0009】
また、特許文献5では、少なくともニッケルおよびマンガンを含む原料水溶液と、アンモニウムイオン供給体を含む水溶液と、アルカリ溶液とを、反応槽内に供給し、混合することにより反応水溶液を形成し、前記ニッケルマンガン複合水酸化物粒子を晶析させる際に、該反応槽内の酸素濃度を3.0容量%以下とし、該反応水溶液の温度を35℃~60℃、ニッケルイオン濃度を1000mg/L以上に制御する、ニッケルマンガン複合水酸化物粒子の製造方法が提案されている。これにより、ニッケルマンガン複合水酸化物粒子の円形度を向上させ、これを前駆体とする正極活物質の充填性を向上させることができるとしている。しかしながら、この提案は粒子の球形度によって改善される充填性のみに注目したものであり、出力特性については検討されいない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2011-116580号公報
【文献】特開2015-76397号公報
【文献】特開2003-051311号公報
【文献】国際公開WO2012/169274号
【文献】国際公開WO2015/115547号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のように、非水系電解質二次電池に要求される性能は、多様化しており、このような多様化した要求に対応するため、種々の正極活物質が提案されているが、充填性や出力特性が適切に制御され、生産性の高い正極活物質の製造方法は、現在のところ、開発されていない。また、正極活物質の充填性や出力特性は、例えば、正極活物質の前駆体となる金属複合水酸物のタップ密度や比表面積を高いレベルで両立させることにより、改善することができる。そこで、金属複合水酸化物を製造する方法についても種々検討されているものの、工業的規模において、多様化する非水系電解質二次電池の要求特性に十分に対応可能な正極活物質の前駆体の製造方法は開発されていない。
【0012】
本発明は、上述のような問題に鑑みて、ニッケルマンガン複合水酸化物の平均粒径と疎密度とを所望の範囲に容易に制御することにより、正極活物質の前駆体として用いた場合に、二次電池の性能についての種々の要求に対して、工業的規模で、容易に対応することが可能なニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法と、該ニッケルマンガン複合水酸化物を用いた非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、正極活物質の前駆体となるニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法について鋭意検討したところ、晶析工程における反応水溶液中の溶解ニッケル濃度と、溶存酸素濃度と、反応水溶液に負荷する撹拌動力とにより、得られる水酸化物の粒径と疎密度を所望の範囲に制御することが可能であり、この水酸化物を前駆体とした正極活物質を用いた非水系電解質二次電池の容量と出力特性を容易に制御できるとの知見を得て、本発明を完成させた。
【0014】
本発明の第1の態様では、一般式(1):NixMnyMz(OH)2+α(前記式(1)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe、Wから選択される少なくとも1種以上の添加元素であり、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8であり、かつ、x+y+z=1.0を満たし、αは、0≦α≦0.4である。)で表され、複数の一次粒子が凝集した二次粒子から構成されたニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法であって、反応水溶液中で少なくともニッケルとマンガンをそれぞれ含む塩を中和してニッケルマンガン複合水酸化物を生成させる晶析工程を含み、晶析工程は、反応槽にニッケルとマンガンを含む混合水溶液を連続的に加えて、中和させて生成するニッケルマンガン複合水酸化物粒子を含むスラリーをオーバーフローさせて粒子を回収する工程を含み、晶析工程において、任意の前記体積平均粒径において、前記疎密度に対して、前記溶存酸素濃度が正の相関を有し、前記溶解ニッケル濃度及び前記攪拌動力がそれぞれ負の相間を有するという関係に基づいて、反応水溶液中の溶存酸素濃度を0.2mg/L以上8.0mg/L以下の範囲内、かつ、その変動幅を±0.2mg/Lの範囲内、溶解ニッケル濃度を10mg/L以上1500mg/L以下の範囲内、及び、反応水溶液に負荷する撹拌動力を0.5kW/m
3
以上15kW/m
3
以下の範囲内で調整することにより、体積平均粒径を5μm以上20μm以下の範囲内、かつ、〔(前記二次粒子内部の空隙面積/前記二次粒子断面積)×100〕(%)で表される疎密度を0.5%以上40%以下の範囲内で、それぞれ所望の範囲に制御する、ことを特徴とするニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法が提供される。
【0015】
また、疎密度は、少なくとも溶存酸素濃度と溶解ニッケル濃度とを調整することにより、制御されることが好ましい。また、平均粒径は、少なくとも前記溶解ニッケル濃度と前記攪拌動力とを調整することにより、制御されることが好ましい。
【0016】
また、晶析工程において、反応水溶液の温度を35℃以上60℃以下の範囲とすることが好ましい。また、晶析工程において、反応水溶液の液温25℃基準として測定するpH値が10.0以上13.0以下の範囲であることが好ましい。また、ニッケルマンガン複合水酸化物は、体積平均粒径が5μm以上20μm以下、平均疎密度が0.5%以上40%以下の範囲で制御されることが好ましい。また、二次粒子は、粒度分布の広がりを示す指標である〔(D90-D10)/体積平均粒径〕が0.7以上であることが好ましい。
【0017】
本発明の第2の態様では、一般式(2):Li1+tNixMnyMzO2+β(式(2)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe、Wから選択される少なくとも1種以上の添加元素であり、tは、-0.05≦t≦0.5であり、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8であり、かつ、x+y+z=1.0を満たし、βは、0≦β≦0.5である。)で表され、一次粒子が凝集した二次粒子からなるリチウムニッケルマンガン複合水酸化物を含む非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、上記の製造方法によって得られたニッケルマンガン複合水酸化物と、リチウム化合物とを混合して混合物を得る工程と、混合物を焼成してリチウムニッケルマンガン複合酸化物を得る工程と、を含む非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0018】
本発明の製造方法により得られたニッケルマンガン複合水酸化物は、所望の範囲の平均粒径と疎密度とを有するため、正極活物質の前駆体として用いた場合に、二次電池の性能についての種々の要求に対して、工業的規模で、容易に対応することが可能である。また、本発明の製造方法は、上記ニッケルマンガン複合水酸化物及びそれを用いた正極活物質を容易に、かつ、生産性高く製造できる。よって、本発明の工業的価値はきわめて高いものといえる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、ニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、ニッケルマンガン複合水酸化物の一例を示す模式図である。
【
図3】
図3は、ニッケルマンガン複合水酸化物(実施例1~実施例4)の外観及び断面の一例を示す写真である。
【
図4】
図4は、ニッケルマンガン複合水酸化物(実施例1~実施例6)の平均疎密度、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力の一例を示すグラフである。
【
図5】
図5は、ニッケルマンガン複合水酸化物(実施例11~実施例13)の外観及び断面の他の例を示す写真である。
【
図6】
図6は、ニッケルマンガン複合水酸化物(実施例11~実施例13)の平均疎密度、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力の他の例を示すグラフである。
【
図7】
図7は、非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本実施形態のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法、その製造方法によって得られるニッケルマンガン複合水酸化物、さらに、該ニッケルマンガン複合水酸化物を用いた非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法の詳細について説明する。なお、図面においては、各構成をわかりやすくするために、一部を強調して、あるいは一部を簡略化して表しており、実際の構造または形状、縮尺等が異なっている場合がある。
【0021】
(1)ニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法
図1は、本実施形態のニッケルマンガン複合水酸化物の製造方法の一例を示す図である。
図2は、その製造方法によって得られるニッケルマンガン複合水酸化物の一例を示す模式図である。
図2に示すように、ニッケルマンガン複合水酸化物1(以下、「複合水酸化物1」ともいう。)は、複数の一次粒子2が凝集した二次粒子3から構成される。二次粒子3は、一次粒子2間に空隙4を有する。以下、
図1を説明する際に、適宜、
図2を参照する。
【0022】
図1に示すように、本実施形態の複合水酸化物1の製造方法は、晶析反応槽内の反応水溶液中において、少なくともニッケルとマンガンとをそれぞれ含む塩を中和して共沈殿させる晶析工程を含む。本実施形態においては、この晶析工程の際、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度と、溶存酸素濃度と、反応水溶液に負荷する撹拌動力と、を調整することが重要である。これらの因子(パラメータ)を調整することにより、得られる複合水酸化物1(二次粒子3)の粒径dと、疎密度と、をそれぞれ制御することが可能となる。粒径dと疎密度とを所望の範囲に制御して得られた複合水酸化物1を正極活物質の前駆体に用いることにより、正極活物質の電池容量と出力特性とのバランスを所望の範囲に設計することが可能となる。
【0023】
ここで、「粒径」とは、例えば、レーザー回折散乱式粒子径分布測定装置などで測定される体積平均粒径MVをいう。また、「疎密度」とは、例えば、複合水酸化物1粒子の断面のSEM像を画像解析した結果から得られる〔(二次粒子3内部の空隙4の面積/二次粒子3の断面積)×100〕(%)で表される値である。例えば、
図2に示される複合水酸化物1粒子の断面において、疎密度は、〔(空隙4の面積)/(一次粒子2の断面積と空隙4の面積との和)×100〕で表される値である。つまり、疎密度が高いほど、二次粒子3内部は、疎な構造を有し、疎密度が低いほど、二次粒子3内部は、密な構造を有する。なお、疎密度は、例えば、体積平均粒径(MV)の80%以上となる20個の二次粒子3の断面の疎密度をそれぞれ計測して、その平均値である平均疎密度を用いることができる。
【0024】
図3は、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力を調整して得られた複合水酸化物1の外観(
図3A、C、E、G)及び断面(
図3B、D、F、H)の例を示すSEMの写真である。
図3A~Hでは、上段から下段にかけて、平均疎密度の値が昇順になるように示している(
図3A、B:平均疎密度1.8%、
図3C、D:平均疎密度4.1%、
図3E、F:平均疎密度19%、
図3G、H:平均疎密度24.8%)。また、
図4は、任意の二次粒子3の平均粒径において、疎密度と、溶解ニッケル濃度と、溶存酸素濃度と、撹拌動力との関係の一例を示すグラフである。なお、
図3は、後述する実施例1~4で得られた複合水酸化物1に相当し、
図4は、実施例1~6で得られた結果に相当する。以下、
図3及び
図4を適宜参照して、複合水酸化物1(二次粒子3)の粒径dと疎密度に対する、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力との関係について、説明する。
【0025】
複合水酸化物1は、晶析工程において、特にマンガンを含む塩を用いるため、そのモフォロジーは、反応水溶液中の溶存酸素濃度の影響を大きく受ける。例えば、晶析工程において、溶存酸素濃度がより低い場合、一次粒子2は、厚い板状の形状を有する(例えば、
図3A~D)。この厚い板状の形状を有する一次粒子2から構成された複合水酸化物1は、疎密度が低くなる傾向がある。一方、溶存酸素濃度がより高い場合、一次粒子2は、微細な針状もしくは薄い板状の形状を有する(例えば、
図3E~H)。この微細な針状もしくは薄い板状の形状を有する一次粒子2が凝集した二次粒子3から構成された複合水酸化物1は、疎密度が高くなる傾向がある。したがって、溶存酸素濃度を適宜調整することにより、一次粒子2のモフォロジー(形状)を制御することができ、その結果、二次粒子3の疎密度を制御することが可能となる。なお、「モフォロジー」とは、粒子の形状、厚さ(アスペクト比)、平均粒径、粒度分布、結晶構造、タップ密度などを含む、一次粒子2及び/又は二次粒子3の形態、構造に関わる特性である。
【0026】
例えば、
図4A、Bに示されるように、特定の条件下において、溶存酸素濃度を高く調整することで疎密度の高い二次粒子3を形成させることができ、また、溶存酸素濃度を低く調整することで、疎密度の低い二次粒子3を形成させることができる。すなわち、疎密度(例えば、
図4A)に対して、溶存酸素濃度(例えば、
図4B)は、正の相関を示す関係を有することができる。
【0027】
しかしながら、晶析工程において、例えば、より疎密度を高くするため、溶存酸素濃度を高く調整した場合、一次粒子2が微細になり過ぎて、このような一次粒子2が凝集した二次粒子3は、その形状を維持することが困難となる場合がある。また、溶存酸素濃度を調整することにより得られた同一の形状を有する一次粒子2においても、一次粒子2の配置により疎密度が変動する場合があり、溶存酸素濃度を調整するのみでは、所望の粒径において、複合水酸化物1の疎密度をより幅広い範囲で、正確に制御することは難しい。特に、複合水酸化物1を非水系電解質二次電池用正極活物質(以下、「正極活物質」ということがある。)の前駆体として用いる場合、良好な電池容量及び出力特性を有する正極活物質を得るためには、複合水酸化物1の比表面積やタップ密度等のバランスに優れる必要があるところ、溶存酸素濃度を調整するのみでは、正極活物質の前駆体として良好なモフォロジー(二次粒子の粒径と疎密度とを含む)を有する複合水酸化物1が得られない場合がある。
【0028】
そこで、本発明者らは、複合水酸化物1の製造条件を鋭意検討した結果、上記の溶存酸素濃度に加えて、さらに反応水溶液中の溶解ニッケル濃度と反応水溶液に負荷する撹拌動力とを調整することにより、一次粒子2と二次粒子3とのモフォロジーの制御が、より広い範囲で正確にできることを見出した。つまり、本実施形態の製造方法は、溶存酸素濃度に応じて、溶解ニッケル濃度と攪拌動力とを調整することにより、正極活物質の前駆体としても好適に用いられるニッケルマンガン複合水酸化物を製造することを可能としたものである。
【0029】
すなわち、溶存酸素濃度をより高い範囲に調整し、他の因子(パラメータ)を特に調整しない場合、一次粒子2が微細になり過ぎて、二次粒子3の形成が困難となることがあるところ、例えば、溶解ニッケル濃度をより低く調整することにより、一次粒子2の析出速度が高くなり、これらの一次粒子2が凝集した、疎な構造を有する二次粒子3を安定して形成することができる。一方、溶存酸素濃度をより低い範囲に調整した場合、例えば、溶解ニッケル濃度をより高く調整することにより、一次粒子2の析出速度が低くなり、一次粒子2間の空隙4を充填するように、一次粒子2の厚みをより増加させて、密な構造を有する二次粒子3を形成することができ、かつ、溶解ニッケル濃度をより高い範囲に調整した場合、二次粒子3の粒径の粗大化を抑制することができる。
【0030】
さらに、撹拌動力によって一次粒子2の凝集状態を制御することにより、二次粒子3の粒径をより正確に広い範囲で制御することができる。すなわち、溶存酸素濃度をより高い範囲に調整した場合、例えば、撹拌動力をより低く調整することにより、撹拌による二次粒子3の破壊を抑制しつつ二次粒子3を成長させることできる。よって、針状や薄い板状の形状の一次粒子2から構成された二次粒子3からなる複合水酸化物1であっても、より大きな粒径を有することができる。一方、溶存酸素濃度をより低い範囲に調整した場合には、撹拌動力をより高い範囲に調整することにより、一次粒子2の凝集による二次粒子3の粗大な成長を抑制することができる。また、二次粒子3の粗大化を抑制することにより、二次粒子3内での複合水酸化物の析出が促進され、二次粒子3をより密なものとすることができる。
【0031】
以下、
図4を参照して、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力の調整の好ましい一例を説明する。例えば、
図4B~
図4Dに示されるように、溶存酸素濃度(
図4B)をより高く調整した場合、溶解ニッケル濃度(
図4C)及び攪拌動力(
図4D)をより減少させるように調整することにより、一定の粒径(例えば、約10μm)において、より広い範囲(例えば、0.4%以上55%程度)の疎密度(
図4A)に制御することができる。この場合、疎密度に対して、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力はそれぞれ負の相間を有する。つまり、溶存酸素濃度に応じて、溶解ニッケル濃度とを調整することにより、二次粒子3の疎密度及び粒径dをより広い範囲で、精密に制御することができる。
【0032】
また、
図5及び
図6は、それぞれ、
図3及び
図4の例と複合水酸化物1の組成が異なる場合における
図3及び
図4に対応する例である。
図3及び
図4は、複合水酸化物1の組成が、Ni:Co:Mn(モル比(原子数%))=0.35:0.35:0.30)を満たす場合の例である。
図5及び
図6は、複合水酸化物1の組成が、Ni:Co:Mn(モル比(原子数%))=Ni:Co:Mn=0.60:0.20:0.20)を満たす場合の例である。
【0033】
図5及び
図6に示すように、複合水酸化物1の組成が異なる場合においても、上記した
図3及び
図4の例と同様に、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力を調整することにより、一次粒子2及び二次粒子3のモフォロジー(形状)を制御し、二次粒子3の疎密度及び粒径dをより広い範囲で精密に制御することができる。
【0034】
以上のように、複合水酸化物1の粒径を維持しながら、二次粒子3内部を密な構造とする場合には、溶存酸素濃度を低下させ、溶解ニッケル濃度を高めるともに、撹拌動力を高めるように調整することが好ましく、二次粒子3内部を疎な構造とする場合には、溶存酸素濃度を高め、溶解ニッケル濃度を低下させるともに、撹拌動力を低下させるように調整することが好ましい。
【0035】
なお、上記の例では、溶存酸素濃度の増減に応じて、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力も増減させるように調整する場合についてのみ説明しているが、これ以外の調整を行うこともできる。例えば、溶存酸素濃度を増減に対して、溶解ニッケル濃度及び/又は攪拌動力が一定となるように調整することも可能である。このような場合、一定の粒径を保持できる範囲が狭くなり、疎密度とともに平均粒径も変動する。よって、所望の平均粒径及び疎密度を得るため、予め、これらの因子(パラメータ)と平均粒径及び疎密度の関係を測定し、その測定結果に応じて、それぞれの因子(パラメータ)を調整することが好ましい。
【0036】
また、複合水酸化物の平均粒径は、上記のように、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度および撹拌動力の調整、特に溶解ニッケル濃度と撹拌動力の調整によって大きさを制御できるが、他の公知の方法を組みあせて、平均粒径の制御を行ってもよい。平均粒径の他の制御方法としては、晶析によって複合水酸化物を得る際の一般的な粒径の制御方法用いることができる。例えば、バッチ式晶析法においては原料となる金属塩の総供給量を調整することにより、平均粒径を制御することができるため、金属塩の総供給量と上記のそれぞれの因子とを組み合わせて、より効率的に平均粒径を制御してもよい。また、例えば、連続晶析法においては槽内での滞留時間を調整することで、平均粒径を制御できるため、この滞留時間と上記の因子とを組み合わせることにより、より効率的に平均粒径を制御することができる。
【0037】
以下、本実施形態の製造方法における条件の具体的態様などについて、説明する。
【0038】
(溶存酸素濃度)
反応水溶液中の溶存酸素濃度は、例えば、0.2mg/L以上8.5mg/L以下の範囲で適宜調整することができる。溶存酸素濃度を上記の範囲で制御することで、二次粒子3の疎密度を所望の範囲に制御して正極活物質の前駆体として好適な複合水酸化物を得ることができる。また、晶析工程中、溶存酸素濃度は、一定の範囲となるように制御することが好ましい。溶存酸素濃度の変動幅は、例えば、±0.2mg/L以内とすることが好ましく、±0.1mg/L以内とすることがより好ましい。
【0039】
なお、溶存酸素濃度は、ウインクラー法(化学分析法)、隔膜透過法(電気化学測定法)、蛍光測定法などの方法により測定できる。また、溶存酸素濃度の測定方法は、上記したいずれの方法を用いても同等の溶存酸素濃度の測定値が得られるため、上記したいずれの方法を用いてもよい。なお、反応水溶液中の溶存酸素濃度は、不活性ガス(例えば、N2ガスやArガスなど)、空気、あるいは酸素などのガスを反応槽内に導入し、これらのガスの流量や組成を制御することにより調整できる。なお、これらのガスは反応槽内空間に流してもよいし、反応水溶液中に吹き込んでもよい。また、反応水溶液を、攪拌羽根などの攪拌装置を用いて、後述する範囲内の動力で適度に攪拌することにより、反応水溶液全体の溶存酸素濃度をより均一にすることができる。
【0040】
得られた複合水酸化物1を正極活物質の前駆体として用いる場合、溶存酸素濃度は、0.5mg/L以上8.0mg/Lmg/L以下の範囲で調整することが好ましい。溶存酸素濃度が上記範囲である場合、平均疎密度を正極活物質の前駆体として適した範囲(例えば、0.5%以上40%以下の範囲)に制御することが容易である。溶存酸素濃度が0.5mg/Lより低い場合、遷移金属、中でも特にマンガンの酸化がほとんど進まなくなり、その結果、二次粒子3内部が極端に密になり、表面が特異的な形状を示したりすることがある。このような複合水酸化物を用いて得られる正極活物質は、反応抵抗が高くなり、出力特性が低下することがある。一方、溶存酸素濃度が8.0mg/Lを超えると、生成する二次粒子が極端に疎になり、二次粒子3形状も大きく崩れるために、粒子充填性が大きく低下することがある。このような複合水酸化物を用いて得られる正極活物質は、出力特性が低く、充填性の面からもエネルギー密度が低くなることがある。
【0041】
また、例えば、得られる平均粒径の目標を一定にし、晶析により複合水酸化物1を製造する場合、電池の高出力化が可能な正極活物質の前駆体(複合水酸化物1)を得るという観点から、溶存酸素濃度は、5.5mg/L以上8.0mg/L以下の範囲とすることが好ましい。溶存酸素濃度が上記範囲である場合、例えば、
図3E~Hに示されるような、高い平均疎密度を有する複合水酸化物1が得られ、この複合水酸化物1を用いて製造された正極活物質は、高い比表面積を有するため、高い出力特性を有する。
【0042】
また、電池の容量と出力特性のバランスを重視した正極活物質とすることが可能な前駆体(複合水酸化物1)を得るという観点から、溶存酸素濃度は、3.5mg/L以上5.5mg/L未満の範囲に調整することが好ましい。溶存酸素濃度が上記範囲である場合、例えば、
図3C、
図3Dに示されるような、適切な疎密度を有し、比表面積と充填密度(タップ密度)とのバランスに優れる複合水酸化物1が得られるため、この複合水酸化物1を用いて製造された正極活物質は、出力特性と二次電池容量とのバランスに優れる。
【0043】
また、電池の高容量化が可能な正極活物質の前駆体(複合水酸化物1)を得るという観点から、溶存酸素濃度は、0.5mg/L以上3.5mg/L未満の範囲に調整することが好ましい。溶存酸素濃度がこの範囲である場合、例えば、
図3A、
図3Bに示されるような、密な構造を有し、かつ、高い充填密度(タップ密度)を有する複合水酸化物1が得られるため、この複合水酸化物1を用いて製造された正極活物質は、高い充填密度を有するため、高い二次電池容量を有する。
【0044】
上述のように、溶存酸素濃度を適切な範囲に調整して、得られる複合水酸化物1の疎密度を制御することにより、正極活物質に対して要求される種々の特性を容易に具現化できる前駆体(複合水酸化物1)を、容易に得ることができる。また、溶存酸素濃度は、
図4A、B及び
図6A、Bに示されるように、平均疎密度に対して、正の相関を有する関係に基づいて調整されることが好ましい。溶存酸素濃度と平均疎密度とは、相関係数として、0.7以上、好ましくは0.8以上の高い正の相関を有することができる。相関係数が上記範囲である場合、溶存酸素濃度の調整により、より精密かつ簡便に平均疎密度を制御することができる。相関係数は、例えば、溶存酸素濃度に対応する溶解ニッケル濃度を適切に調整することにより、上記範囲とすることができる。
【0045】
(溶解ニッケル濃度)
反応水溶液中の溶解ニッケル濃度は、例えば、反応水溶液の温度を基準として10mg/L以上1500mg/L以下の範囲で調整することができ、10mg/L以上1200mg/L以下の範囲で調整することが好ましい。溶解ニッケル濃度を上記範囲で、適宜調整することにより、粒径及び疎密度を所望の範囲に制御することができ、正極活物質の前駆体として好適な粒子形態や高い球状性を有するニッケルマンガン複合水酸化物を容易に得ることができる。反応水溶液中の溶解ニッケル濃度が10mg/Lより低い場合、一次粒子の成長速度が速く、粒子成長よりも核生成が起こりやすくなるため、一次粒子2が微細となり過ぎ、小粒径でかつ球状性の悪い二次粒子となりやすい。このような二次粒子は充填性が著しく低いために、複合水酸化物から得られた正極活物質を電池に用いた際に高いエネルギー密度が得られないことがある。一方、溶解ニッケル濃度が1500mg/Lを超える場合、複合水酸化物1(二次粒子3)の生成速度が著しく遅くなり、濾液中にニッケルが残留し、得られる複合水酸化物1の組成が目標値から大きくずれることがある。さらに、溶解ニッケル濃度が高すぎる条件では、複合水酸化物1中に含有される不純物量が著しく多くなり、複合水酸化物から得られた正極活物質を電池に用いた際の電池特性を低下させることがある。また、晶析工程中、溶解ニッケル濃度は、一定の範囲となるように制御することが好ましい。溶解ニッケル濃度の変動幅は、例えば、±20mg/L以内とすることができる。なお、溶解ニッケル濃度は、例えば、反応水溶液の液成分中のNi量をICP発光分光法により化学分析することにより測定することができる。
【0046】
また、例えば、溶解ニッケル濃度を400mg/L以上1500mg/L以下の範囲で調整した場合、その他の条件を最適化することにより、二次粒子3の疎密度の制御と併せて、一次粒子2の配列(結晶方位)を制御し、例えば、放射状構造を有するニッケルマンガン複合水酸化物を得ることができる。なお、溶解ニッケル濃度は、反応水溶液の温度や反応槽内の雰囲気を一定範囲に制御した上で、反応水溶液のpH値や錯化剤、例えばアンモニウムイオンの濃度を調整することによって制御することができる。
【0047】
また、
図4A、C及び
図6A、Cに示されるように、疎密度に対して、負の相関を有する関係に基づいて溶解ニッケル濃度を調整することにより、一定の二次粒子3の粒径を維持しながら、幅広い範囲で疎密度を制御することができる。溶解ニッケル濃度と疎密度との相関係数は、例えば、-0.7以下であり、好ましくは-0.8以下である。相関係数が上記範囲である場合、より正確かつ簡便に粒径及び疎密度を制御することができる。
【0048】
(撹拌動力)
反応水溶液に負荷する撹拌動力は、例えば、0.5kW/m3以上15kW/m3以下の範囲で調整することができ、2kW/m3以上14kW/m3以下の範囲で調整することがより好ましく、3kW/m3以上12kW/m3以下の範囲とすることがさらに好ましい。攪拌動力を上記範囲とすることで、二次粒子の過度の微細化や粗大化を抑制し、複合水酸化物1の粒径を正極活物質としてより好適なものとすることができる。また、撹拌動力が0.5kW/m3未満である場合、一次粒子2が過度に凝集しやすくなり、粗大な二次粒子3が形成されることがある。また、溶存酸素濃度を低く、かつ攪拌動力を低くすると二次粒子3が疎となりやすく、得られる正極活物質の充填性が低下することがある。一方、15kW/m3を超えると、一次粒子の凝集が過度に抑制されやすく、二次粒子3が小さくなり過ぎることがある。また、晶析工程中、撹拌動力は、一定の範囲となるように制御することが好ましい。撹拌動力の変動幅は、例えば±0.2kW/m3以内とすることができる。また、攪拌動力は、例えば、7kW/m3以下の範囲で調製してもよく、6.5kW/m3以下の範囲で調製してもよい。なお、攪拌動力は、反応容器中に備えられた攪拌羽根などの攪拌装置の大きさ、回転数等を調整することにより、上記範囲に制御する。
【0049】
また、
図4A、D及び
図6A、Dに示されるように、疎密度に対して、負の相関を有する関係に基づいて攪拌動力を調整することにより、一定の二次粒子3の粒径を維持しながら、幅広い範囲で疎密を制御することができる。攪拌動力と疎密度との相関係数は、例えば、-0.7以下であり、好ましくは-0.8以下である。相関係数が上記範囲である場合、より正確かつ簡便に粒径及び疎密度を制御することができる。
【0050】
(反応温度)
晶析反応槽内の反応水溶液の温度は、35℃以上60℃以下の範囲であることが好ましく、38℃以上50℃以下の範囲とすることがより好ましい。反応水溶液の温度が60℃超える場合、反応水溶液中で、粒子成長よりも核生成の優先度が高まり、複合水酸化物1を構成する一次粒子2の形状が微細になり過ぎやすい。このような複合水酸化物1を用いると、得られる正極活物質の充填性が低くなるという問題がある。一方、反応水溶液の温度が35℃未満の場合、反応水溶液中で、核生成よりも、粒子成長が優先的となる傾向があるため、複合水酸化物1を構成する一次粒子2及び二次粒子3の形状が粗大になりやすい。このような粗大な二次粒子3を有する複合水酸化物を正極活物質の前駆体として用いた場合、電極作製時に凹凸が発生するほどの非常に大きい粗大粒子を含む正極活物質が形成されるという問題がある。さらに、反応水溶液が35℃未満の場合、反応水液中の金属イオンの残存量が高く反応効率が非常に悪いという問題が発生するとともに、不純物元素を多く含んだ複合水酸化物が生成してしまう問題が生じやすい。
【0051】
(pH値)
反応水溶液のpH値は、液温25℃基準として10.0以上13.0以下の範囲であることが好ましい。pH値が上記範囲である場合、一次粒子2の大きさ及び形状を制御して所望の範囲に疎密度を制御しながら、二次粒子3のモフォロジーを適切に制御して、正極活物質の前駆体としてより好適な複合水酸化物1を得ることができる。また、pH値が10.0未満である場合、複合水酸化物1の生成速度が著しく遅くなり、濾液中にニッケルが残留し、得られる複合水酸化物1の組成が目標値から大きくずれることがある。一方、pH値が13.0を超える場合、粒子の成長速度が速く、核生成が起こりやすくなるため、小粒径かつ球状性の悪い粒子となりやすい。
【0052】
(その他の条件)
本実施形態の製造方法は、反応水溶液中において、少なくともニッケルとマンガンをそれぞれ含む塩を中和してニッケルマンガン複合水酸化物粒子を生成させる晶析工程を含む。晶析工程の具体的な実施態様としては、例えば、反応槽内の少なくともニッケル(Ni)、マンガン(Mn)を含む混合水溶液を一定速度にて撹拌しながら、中和剤(例えば、アルカリ溶液など)を加えて中和することによりpHを制御して、複合水酸化物1粒子を共沈殿により生成させることができる。本実施形態の製造方法においては、バッチ方式による晶析法、あるいは連続晶析法のいずれの方法も採用できる。ここで、連続晶析法とは、上記混合水溶液を連続的に供給しながら中和剤を供給してpHを制御しつつ、オーバーフローにより生成した複合水酸化物粒子を回収する晶析法である。連続晶析法は、バッチ法と比較して粒度分布の広い粒子が得られ、充填性の高い粒子が得られやすい。また、連続晶析法は、大量生産に向いており、工業的にも有利な製造方法となる。例えば、上述した本実施形態の複合水酸化物1の製造を、連続晶析法で行う場合、得られる複合水酸化物1粒子の充填性(タップ密度)をより向上させることができ、より高い充填性及び疎密度を有する複合水酸化物1を、簡便かつ大量に生産することができる。
【0053】
混合水溶液は、少なくともニッケルおよびマンガンを含む水溶液、すなわち、少なくともニッケル塩及びマンガン塩を溶解した水溶液を用いることができる。さらに、混合水溶液は、Mを含んでもよく、ニッケル塩、マンガン塩及びMを含む塩を溶解した水溶液を用いてもよい。ニッケル塩、マンガン塩及びMを含む塩としては、例えば、硫酸塩、硝酸塩、および塩化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を使用することができる。これらの中でも、コストや廃液処理の観点から、硫酸塩を使用することが好ましい。
【0054】
混合水溶液の濃度は、溶解した金属塩の合計で、1.0mol/L以上2.4mol/L以下とすることが好ましく、1.2mol/L以上2.2mol/L以下とすることがより好ましい。混合水溶液の濃度が溶解した金属塩の合計で1.0mol/L未満の場合、濃度が低すぎるため、複合水酸化物1(二次粒子3)を構成する一次粒子2が十分に成長しないおそれがある。一方、混合水溶液の濃度が2.4mol/Lを超える場合、常温での飽和濃度を超えるため、結晶が再析出して、配管を詰まらせるなどの危険がある。また、この場合、一次粒子2の核生成量が増大し、得られる複合水酸化物粒子中の微粒子の割合が増大するおそれがある。ここで、前記混合水溶液に含まれる金属元素の組成と得られる複合水酸化物1に含まれる金属元素の組成は一致する。したがって、目標とする複合水酸化物1の金属元素の組成と同じになるように混合水溶液の金属元素の組成を調製することができる。
【0055】
中和剤としては、アルカリ溶液を用いることができ、例えば、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどの一般的なアルカリ金属水酸化物水溶液を用いることができる。これらの中でも、コストや取扱いの容易性の観点から、水酸化ナトリウム水溶液を使用することが好ましい。なお、アルカリ金属水酸化物を、直接、反応水溶液に添加することもできるが、pH制御の容易さから、水溶液として添加することが好ましい。この場合、アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度は、12質量%以上30質量%以下とすることが好ましく、20質量%以上30質量%以下とすることがより好ましい。アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度が12質量%未満である場合、反応槽への供給量が増大し、粒子が十分に成長しないおそれがある。一方、アルカリ金属水酸化物水溶液の濃度が30質量%を超える場合、アルカリ金属水酸化物の添加位置で局所的にpH値が高くなり、微粒子が発生するおそれがある。
【0056】
また、中和剤と併せて、錯化剤を混合水溶液に添加することもできる。錯化剤は、特に限定されず、水溶液中でニッケルイオン、マンガンイオンなどの金属元素と結合して錯体を形成可能なものであればよく、例えば、錯化剤としては、アンモニウムイオン供給体が挙げられる。アンモニウムイオン供給体としては、とくに限定されないが、例えば、アンモニア水、硫酸アンモニウム水溶液、および塩化アンモニウム水溶液からなる群から選ばれる少なくとも1種を使用することができる。これらの中でも、取扱いの容易性から、アンモニア水を使用することが好ましい。アンモニウムイオン供給体を用いる場合、アンモニウムイオンの濃度を5g/L以上25g/L以下の範囲とすることが好ましい。
【0057】
また、本実施形態の製造方法は、晶析工程後に、洗浄工程を含むことが好ましい。洗浄工程は、上記晶析工程で得られた複合水酸化物1に含まれる不純物を、洗浄溶液で洗浄する工程である。洗浄溶液としては、純水を用いることが好ましい。また、洗浄溶液の量は、例えば、300gの複合水酸化物1に対して、1L以上であることが好ましい。洗浄溶液の量が、300gの複合水酸化物1に対して1Lを下回る場合、洗浄不十分となり、複合水酸化物1中に不純物が残留してしまうことがある。洗浄方法としては、例えば、フィルタープレスなどのろ過機に純水などの洗浄溶液を通液すればよい。複合水酸化物1に残留するSO4をさらに洗浄したい場合は、洗浄溶液として、水酸化ナトリウムや炭酸ナトリウムなどを用いることが好ましい。
【0058】
(2)ニッケルマンガン複合水酸化物
本実施形態の製造方法で得られる複合水酸化物1は、平均粒径と疎密度とを制御することが可能なため、複合水酸化物1を前駆体として用いた正極活物質を含む非水系電解質二次電池は、容量と出力特性のバランスを容易に制御できる。また、複合水酸化物1は、一次粒子2が凝集して構成された二次粒子3からなるため、平均粒径及び疎密度の制御が容易である。なお、複合水酸化物1は、主に一次粒子2が凝集した二次粒子3から構成されるが、本実施形態の製造方法において、得られる複合水酸化物は、例えば、二次粒子3として凝集しなかった一次粒子2や、凝集後に二次粒子3から脱落した一次粒子2など、少量の一次粒子2を含んでもよい。
【0059】
複合水酸化物1は、一般式(1):NixMnyMz(OH)2+αで表される。上記式(1)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe、Wから選択される少なくとも1種以上の元素であり、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8、かつ、x+y+z=1.0を満たし、αは、0≦α≦0.4である。また、MがCoである場合、電池容量及び出力特性により優れる。なお、上記式(1)中、αは、複合水酸化物1に含まれる金属元素の価数に応じて変化する係数である。
【0060】
上記式(1)中、複合水酸化物1中のMnの含有量を示すyが上記範囲である場合、晶析工程における反応水溶液中の溶存酸素濃度に応じて、一次粒子2のモフォロジー(形状)を調整することができ、これにより疎密度を所望の範囲に制御することができる。また、より精密に疎密度を制御するという観点から、yは、0.1≦y≦0.8であることが好ましい。また、yの値が0.2以上である場合、より低い溶存酸素濃度で、二次粒子3の疎密度を制御することができため、遷移金属の過剰な酸化を防止することができる。
【0061】
複合水酸化物1の粒径は、特に限定されず、所望の範囲とすることができるが、正極活物質の前駆体に用いる場合、体積平均粒径(MV)5μm以上20μm以下であることが好ましく、6μm以上15μm以下であることがより好ましい。体積平均粒径(MV)が5μm未満の場合、複合水酸化物1粒子の充填性が大きく低下し、正極活物質としたときに重量あたりの電池容量を大きくすることが困難である。一方、体積平均粒径(MV)が20μmを超える場合、充填性は大きく悪化しないものの、比表面積が低下するために正極活物質にする際のリチウム原料との反応性が低下し、高い電池特性をもつ正極活物質が得られない。この場合、さらに、合成した正極活物質はサイクル特性低下や電解液との界面が減少するために、正極の抵抗が上昇して電池の出力特性が低下する。なお、体積平均粒径(MV)は、例えば、レーザー回折散乱式粒子径分布測定装置で測定することができる。
【0062】
複合水酸化物1は、その粒子断面SEM像の画像解析結果から得られる平均疎密度が0.5%以上40%以下であることが好ましい。平均疎密度が40%を超える場合、複合水酸化物1粒子が脆く崩れやすいため、複合水酸化物1の充填性及びこの複合水酸化物1を用いて得られる正極活物質の充填性が低下する。このため正極活物質としたときに高い体積エネルギー密度が得られない。また、このような正極活物質は、崩れた形状をとっているため、導電助剤等との接触面が小さくなり、その結果、抵抗も上昇するため電池の出力特性が低下する。
【0063】
複合水酸化物1は、粒度分布の広がりを示す指標である〔D90-D10)/体積平均粒径〕が0.7以上であることが好ましい。〔D90-D10)/体積平均粒径〕が0.7未満であると、粒径の均一性は高くなり、重量あたりの電池容量は高くなる傾向はあるものの、粒子充填性が低下し、体積エネルギー密度は低くなることがある。〔D90-D10)/体積平均粒径〕は、例えば、異なる粒径を有する複合水酸化物1を混合したり、連続晶析法を用いて複合水酸化物1を製造したりすることにより、上記範囲に調整することができる。上記[(D90-D10)/体積平均粒径]において、D10は、各粒径における粒子数を粒径の小さい側から累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の10%となる粒径を、D90は、同様に粒子数を累積し、その累積体積が全粒子の合計体積の90%となる粒径をそれぞれ意味している。また、平均粒径は、体積平均粒径MVであり、体積で重みづけされた平均粒径を意味している。体積平均粒径MVや、D90及びD10は、レーザー光回折散乱式粒度分析計を用いて測定することができる。
【0064】
複合水酸化物1のタップ密度は、1.0g/cm3以上2.5g/cm3以下の範囲であることが好ましく、1.8g/cm3以上2.3g/cm3以下の範囲であることがより好ましい。タップ密度が上記範囲である場合、複合水酸化物1を前駆体として用いた正極活物質の充填性により優れ、電池容量を向上させることができる。
【0065】
複合水酸化物1の比表面積は、2.5m2/g以上50m2/g以下の範囲であることが好ましく、4m2/g以上15m2/g以下の範囲であることが好ましい。比表面積が上記範囲である場合、複合水酸化物1を前駆体として用いた正極活物質の出力特性により優れる。上記タップ密度や比表面積は、複合水酸化物1の体積平均粒径(MV)を含む粒度分布や、疎密度を調整することにより、上記範囲とすることができる。
【0066】
(3)非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法
図7は、本実施形態の正極活物質の製造方法の一例を示す図である。
図7に示すように、本実施形態の正極活物質の製造方法は、一般式(2):Li
1+tNi
xMn
yM
zO
2+β(式(2)中、Mは、Co、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Fe及びWから選択される少なくとも1種以上の添加元素であり、tは、-0.05≦t≦0.5、xは、0.1≦x≦0.9、yは、0.05≦y≦0.8、zは、0≦z≦0.8であり、かつ、x+y+z=1.0を満たし、βは、0≦β≦0.5である。)で表され、一次粒子が凝集した二次粒子からなるリチウムニッケルマンガン複合酸化物を含む非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法であって、上記の製造方法によって得られた複合水酸化物1と、リチウム化合物とを混合して混合物を得る工程と、混合物を焼成してリチウムニッケルマンガン複合酸化物を得る焼成工程と、を含む。上記の複合水酸化物1を前駆体として用いて得られた正極活物質は、それを用いた二次電池の容量と出力特性を容易に制御できるため、その工業的価値は極めて大きい。以下、正極活物質の製造方法について説明する。
【0067】
(混合工程)
まず、上述の複合水酸化物1とリチウム化合物と混合して、混合物を形成する。リチウム化合物としては、特に限定されず公知のリチウム化合物が用いられることができ、例えば、入手が容易であるという観点から、水酸化リチウム、硝酸リチウム、炭酸リチウム、又は、これらの混合物が好ましく用いられる。これらの中でも、リチウム化合物としては、取り扱いの容易さ、品質の安定性の観点から、酸化リチウム又は炭酸リチウムがより好ましい。なお、混合工程の前に、複合水酸化物1を酸化して、少なくとも一部をニッケルマンガン複合酸化物の形態にした後、混合してもよい。
【0068】
複合水酸化物1とリチウム化合物とは、リチウム混合物中のリチウム以外の金属の原子数、すなわち、ニッケル、コバルトおよび添加元素の原子数の和(Me)と、リチウムの原子数(Li)との比(Li/Me)が0.95以上1.50以下、好ましくは0.95以上1.20以下となるように混合される。すなわち、焼成前後でLi/Meは変化しないので、この混合工程で混合するLi/Me比が正極活物質におけるLi/Me比となるため、リチウム混合物におけるLi/Meは、得ようとする正極活物質におけるLi/Meと同じになるように混合される。
【0069】
また、混合には、一般的な混合機を使用することができ、シェーカーミキサ、レーディゲミキサ、ジュリアミキサ、Vブレンダなどを用いることができ、複合水酸化物1の形骸が破壊されない程度で、十分に混合されればよい。
【0070】
(焼成工程)
次いで、リチウム混合物を焼成して、リチウムニッケルマンガン複合酸化物を得る。焼成は、例えば、酸化性雰囲気中で、700℃以上1100℃以下で行う。焼成温度が700℃未満である場合、焼成が十分行われず、タップ密度が低下することがある。また、焼成温度が700℃未満である場合、リチウムの拡散が十分に進行せず、余剰のリチウムが残存し、結晶構造が整わなくなったり、粒子内部のニッケル、マンガンなどの組成の均一性が十分に得られず、電池に用いられた場合に十分な特性が得られないことがある。一方、1100℃を超えると、粒子表面の疎の部分が緻密化してしまうことがある。また、リチウムニッケルマンガン複合酸化物の粒子間で激しく焼結が生じるとともに異常粒成長を生じる可能性があり、このため、焼成後の粒子が粗大となって略球状の粒子形態を保持できなくなる可能性がある。このような正極活物質は、比表面積が低下するため、電池に用いた場合、正極の抵抗が上昇して電池容量が低下する問題が生じる。また、焼成時間は、特に限定されないが、1時間以上24時間以内程度である。
【0071】
なお、複合水酸化物1又はそれを酸化して得られるニッケルマンガン複合酸化物と、リチウム化合物と、の反応を均一に行わせる観点から、昇温速度は、例えば、1℃/分以上10℃/分以下の範囲で、上記焼成温度まで昇温することが好ましい。さらに、焼成前に、リチウム化合物の融点付近の温度で1時間~10時間程度保持することで、より反応を均一に行わせることができる。
【0072】
なお、本実施形態の正極活物質の製造方法において、用いられる複合酸化物は、一次粒子2が凝集した二次粒子3からなる複合水酸化物1以外に、二次粒子3として凝集しなかった一次粒子2や、凝集後に二次粒子3から脱落した一次粒子2などの単独の一次粒子2を含んでもよい。また、用いられる複合酸化物は、上述した以外の方法により製造された複合水酸化物又は該複合水酸化物を酸化した複合酸化物を本発明の効果を阻害しない範囲で含んでもよい。また、得られる正極活物質は、主に一次粒子が凝集した二次粒子からなるリチウムニッケルマンガン複合酸化物から構成されるが、二次粒子として凝集しなかった一次粒子や、凝集後に二次粒子から脱落した一次粒子などの単独の一次粒子を含んでもよい。
【実施例】
【0073】
以下に、本発明の具体的な実施例を説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0074】
(実施例1)
[複合水酸化物の作製]
反応槽(60L)に純水を所定量入れ、攪拌動力を6.0kW/m3に調整した。次いで、攪拌しながら反応槽内の温度(液温)を45℃に設定した。このとき反応槽内に、窒素ガス(N2)を供給して反応槽液中の溶存酸素濃度が2.8mg/LとなるようになるようにN2流量を調整した。この反応槽内にニッケル:コバルト:マンガンのモル比が35:35:30となるように硫酸ニッケル、硫酸コバルト及び硫酸マンガンを溶解した2.0mol/Lの混合水溶液と、アルカリ溶液である25質量%水酸化ナトリウム水溶液と、錯化剤として25質量%アンモニア水と、を反応槽に同時に連続的に添加して反応水溶液を形成し、中和晶析反応を行った。溶解ニッケル濃度が1080mg/Lで一定となるように、pH値とアンモニウムイオン濃度とで調整した。この際、反応槽内のアンモニウムイオン濃度は、12~15g/Lの範囲であった。また、混合水溶液に含まれる金属塩の滞留時間は8時間となるように混合溶液と水酸化ナトリウム水溶液とアンモニア水の合計の流量を制御した。反応槽が安定した後、オーバーフロー口からニッケルマンガン複合水酸化物を含むスラリーを回収した後、吸引濾過を行いニッケルマンガン複合水酸化物のケーキを得た。濾過後、濾過機内にあるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物ケーキ140gに対して1Lの純水を供給しながら吸引濾過して通液することで、不純物の洗浄を行った。さらに、洗浄後のニッケルマンガン複合水酸化物ケーキを120℃で大気乾燥してニッケルマンガン複合水酸化物を得た。
【0075】
得られたニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の粒度分布を、レーザー回折散乱式粒子径分布測定装置を用いて測定した。その結果、体積平均粒径MVは、10.1μmであり、〔(D90-D10)/体積平均粒径〕は0.86であった。タップ密度は、タッピング装置(セイシン企業社製、KYT3000)を用いて測定し、500回のタッピング後、体積と試料重量から算出した。その結果、タップ密度は2.12g/cm3であった。比表面積は、窒素吸着によるBET法により測定した。
【0076】
得られたニッケルコバルトマンガン複合水酸化物の表面および断面構造を走査型電子顕微鏡により観察した。
図3A、Bに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図3A)および断面構造(
図3B)を示す。表面観察の結果から、板状形の1次粒子から構成される、球状性の高い二次粒子が得られていることを確認した。断面観察の結果から、粒子内部が非常に密な構造であることを確認した。また、疎密度の評価のために、画像解析ソフト(WinRoof6.1.1)を用いて粒子断面積、粒子内部の空隙面積を求め、[(粒子内部の空隙面積)/(粒子断面積)×100](%)の式から疎密度を算出した。体積平均粒径(MV)の80%以上となる二次粒子の断面を無作為に20個選択し、それらの二次粒子の断面の疎密度をそれぞれ計測して、その平均値(平均疎密度)を算出した結果、疎密度は、1.8%であった。
【0077】
得られたニッケルマンガン複合水酸化物を無機酸により溶解した後、ICP発光分光法により化学分析を行ったところ、その組成はNi0.35Co0.35Mn0.30(OH)2であり、狙い組成の粒子が得られていることを確認した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
【0078】
(実施例2)
晶析工程における攪拌動力を5.8kW/m
3に調整し、反応槽内の溶解ニッケル濃度を970mg/L、溶存酸素濃度を4.5mg/LとなるようにN
2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図3C、Dに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図3C)および断面構造(
図3D)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0079】
(実施例3)
晶析工程における攪拌動力を5.5kW/m
3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を410mg/L、溶存酸素濃度を5.8mg/LとなるようにN
2に替えて空気とN
2との混合ガスを供給し、その流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガンン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図3E、Fに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図3E)および断面構造(
図3F)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0080】
(実施例4)
晶析工程における攪拌動力を5.2kW/m
3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を300mg/L、溶存酸素濃度を6.2mg/LとなるようにN
2に替えて空気を供給し、その流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図3G、Hに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図3G)および断面構造(
図3H)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0081】
(実施例5)
晶析工程における攪拌動力を6.0kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を1080mg/L、溶存酸素濃度を0.3mg/LとなるようにN2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0082】
(実施例6)
晶析工程における攪拌動力を5.2kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を200mg/L、溶存酸素濃度を8.5mg/LとなるようにN2に替えて空気を供給し、その流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0083】
(実施例7)
晶析工程における攪拌動力を5.8kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を1700mg/L、溶存酸素濃度を3.0mg/LとなるようにN2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0084】
(実施例8)
晶析工程における攪拌動力を5.8kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を8mg/L、溶存酸素濃度を0.3mg/LとなるようにN2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0085】
(実施例9)
晶析工程における攪拌動力を1.8kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を970mg/L、溶存酸素濃度を4.5mg/LとなるようにN2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0086】
(実施例10)
晶析工程における攪拌動力を7.2kW/m3に調整し、反応水溶液中の溶解ニッケル濃度を300mg/L、溶存酸素濃度を6.2mg/LとなるようにN2に替えて空気を供給し、その流量とpH値を調整したこと以外は、実施例1と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0087】
(実施例11)
[複合水酸化物の作製]
反応槽(60L)に純水を所定量入れ、攪拌動力を6.0kW/m
3に調整した。次いで、攪拌しながら反応槽内の温度(液温)を45℃に設定した。このとき反応槽内に、窒素ガス(N
2)を供給して反応槽液中の溶存酸素濃度が3.5mg/LとなるようになるようにN
2流量を調整した。この反応槽内にニッケル:コバルト:マンガンのモル比が60:20:20となるように硫酸ニッケル、硫酸コバルト及び硫酸マンガンを溶解した2.0mol/Lの混合水溶液と、アルカリ溶液である25質量%水酸化ナトリウム水溶液と、錯化剤として25質量%アンモニア水と、を反応槽に同時に連続的に添加して反応水溶液を形成し、中和晶析反応を行った。溶解ニッケル濃度が720mg/Lで一定となるように、pH値とアンモニウムイオン濃度とで調整した。この際、反応槽内のアンモニウムイオン濃度は、12~15g/Lの範囲であった。また、混合水溶液に含まれる金属塩の滞留時間は8時間となるように混合溶液と水酸化ナトリウム水溶液とアンモニア水の合計の流量を制御した。反応槽が安定した後、オーバーフロー口からニッケルマンガン複合水酸化物を含むスラリーを回収した後、吸引濾過を行いニッケルマンガン複合水酸化物のケーキを得た。濾過後、濾過機内にあるニッケルコバルトマンガン複合水酸化物ケーキ140gに対して1Lの純水を供給しながら吸引濾過して通液することで、不純物の洗浄を行った。さらに、洗浄後のニッケルマンガン複合水酸化物ケーキを120℃で大気乾燥してニッケルマンガン複合水酸化物を得た。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図5I、Jに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図5I)および断面構造(
図5H)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0088】
(実施例12)
晶析工程における攪拌動力を5.8kW/m
3に調整し、反応槽内の溶解ニッケル濃度を350mg/L、溶存酸素濃度を5.8mg/LとなるようにN
2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例11と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図5K、Lに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図5K)および断面構造(
図5L)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0089】
(実施例13)
晶析工程における攪拌動力を5.5kW/m
3に調整し、反応槽内の溶解ニッケル濃度を150mg/L、溶存酸素濃度を7.8mg/LとなるようにN
2流量とpH値を調整したこと以外は、実施例11と同様にしてニッケルマンガン複合水酸化物を作製した。得られたニッケルマンガン複合水酸化物の特性を表1に示す。
図5M、Nに得られたニッケルマンガン複合水酸化物の表面(
図5M)および断面構造(
図5N)を示す。なお、各評価は、実施例1と同様に行った。
【0090】
【0091】
(評価)
実施例1~13は、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力を調整することにより、種々の範囲の平均粒径及び平均疎密度となるように制御されている。実施例1~7(Ni:Co:Mn=0.35:0.35:0.30)、および実施例11~13(Ni:Co:Mn=0.60:0.20:0.20)は、ほぼ同じ平均粒径MVとなるように制御し、かつ、溶存酸素濃度、溶解ニッケル濃度及び攪拌動力を調整することにより、種々の平均疎密度を有する。表1から、体積平均粒径を一定として、疎密度を制御することで、タップ密度や比表面積などの物性が制御できることが示されている。
【0092】
以上より、溶解ニッケル濃度と溶存酸素濃度と攪拌動力を組み合わせることで、複合水酸化物1の粉体特性や疎密度を幅広く制御でき、得られる正極活物質の容量と出力特性のバランスを精密に制御することが可能となる。また、これらの測定結果に基づいて、より精密かつ簡便に二次粒子の平均粒径と疎密度を所望の範囲に制御することができる。
【符号の説明】
【0093】
1…ニッケルマンガン複合水酸化物
2…一次粒子
3…二次粒子
4…二次粒子内の空隙
d…二次粒子の粒径