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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-02
(45)【発行日】2022-05-13
(54)【発明の名称】有機金属錯体触媒
(51)【国際特許分類】
   B01J 31/22 20060101AFI20220506BHJP
   B01J 37/04 20060101ALI20220506BHJP
   C07F 15/00 20060101ALI20220506BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20220506BHJP
【FI】
B01J31/22 Z
B01J37/04 102
C07F15/00 B CSP
C07F15/00 C
C07B61/00 300
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018555050
(86)(22)【出願日】2017-12-06
(86)【国際出願番号】 JP2017043890
(87)【国際公開番号】W WO2018105672
(87)【国際公開日】2018-06-14
【審査請求日】2020-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2016237941
(32)【優先日】2016-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2016237942
(32)【優先日】2016-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000228198
【氏名又は名称】エヌ・イーケムキャット株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001885
【氏名又は名称】特許業務法人IPRコンサルタント
(72)【発明者】
【氏名】崔 準哲
(72)【発明者】
【氏名】深谷 訓久
(72)【発明者】
【氏名】小野澤 俊也
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 一彦
(72)【発明者】
【氏名】安田 弘之
(72)【発明者】
【氏名】水崎 智照
(72)【発明者】
【氏名】高木 由紀夫
【審査官】安齋 美佐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2007/017047(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/017041(WO,A1)
【文献】MENDOZA-ESPINOSA, Daniel et al.,Synthesis of 4- and 4,5-Functionalized Imidazol-2-ylidenes from a Single 4,5-Unsubstituted Imidazol-2-ylidene,Journal of the American Chemical Society,2010年06月02日,Vol.132, No.21,p.7264-7265,ISSN 0002-7863
【文献】WANG, Yuzhong et al.,A Viable Anionic N-Heterocyclic Dicarbene,Journal of the American Chemical Society,2010年10月20日,Vol.132, No.41,p.14370-14372,ISSN 0002-7863
【文献】DUBININA, Galyna G. et al.,Active Trifluoromethylating Agents from Well-Defined Copper(I)-CF3 Complexes,Journal of the American Chemical Society,2008年07月09日,Vol.130, No.27,p.8600-8601,ISSN 0002-7863
【文献】YU, Dong-Hai et al.,Mechanism of trifluoromethylation reactions with well-defined NHC copper trifluoromethyl complexes and iodobenzene: A computational exploration,Chinese Chemical Letters,2015年05月31日,Vol.26, No.5,p.564-566,ISSN 1001-8417
【文献】SOLOVYEV, Andrey et al.,Ring Lithiation and Functionalization of Imidazol-2-ylidene-boranes,Organic Letters,2011年11月18日,Vol.13, No.22,p.6042-6045,ISSN 1523-7052
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C07F 15/00
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒であって、
下記式(1)で表される構造を有している、
有機金属錯体触媒。
【化1】

[式(1)中、
Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示し、
、R及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基であり、
、R、R、及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基であり、
Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示しており、
は前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示しており、
ただし、R、R、R、R、R、R及びRは、これらを含む下記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm-1]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されており、
【化2】

【化3】

式(2)中、R、R、R、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R、R、R、R及びRと同一の置換基を示し、
式(2-1)中、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R及びRと同一の置換基を示す。]
【請求項2】
前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記TEP値は、前記式(1)中の-MRXで示される部分が-Rh(CO)Clに置換された下記式(1-1)で示されるRhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数から求められる値である、
請求項1に記載の有機金属錯体触媒。
【化4】
【請求項3】
C-Nクロスカップリング反応に使用される、
請求項1又は2に記載の有機金属錯体触媒。
【請求項4】
下記式(3)、式(4)又は式(5)で表される構造を有している、
請求項1~3のうちの何れか1項に記載の有機金属錯体触媒。
【化5】

【化6】

【化7】

[式(3)~式(5)中、Prはイソプロピル基を示し、Meはメチル基を示す。]
【請求項5】
クロスカップリング反応に使用される下記式(1)で表される構造を有する有機金属錯体触媒の製造方法であって、
下記式(2)で表される含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有する配位子を合成する第1工程と、
前記式(1)中の配位中心MとハロゲンXと置換基R とを含む錯体を合成する第2工程と、
前記第1工程で得られたNHC構造を有する前記配位子と前記第2工程で得られた前記錯体とを反応させる第3工程と、
を含んでいる、
有機金属錯体触媒の製造方法。
【化8】

【化9】

[式(1)及び式(2)中、
Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示し、
、R 及びR は同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基であり、
、R 、R 、及びR は同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基であり、
Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示しており、
は前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示しており、
ただし、R 、R 、R 、R 、R 、R 及びR は、これらを含む前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm -1 ]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm -1 ]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されており、
【化10】

式(2-1)中、R 、R 、R 及びR は、式(1)中のR 、R 、R 及びR と同一の置換基を示す。]
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はクロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒に関する。より詳しくは、含窒素ヘテロ環状カルベンの構造を含む配位子を有し、クロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族アミン類は医薬、農薬、電子材料用途に広く利用されている。
この芳香族アミン類の合成方法としては、パラジウム錯体触媒を用いたC-Nカップリング反応により合成する方法が報告されている(例えば、非特許文献1~3)。
更に、このC-Nカップリング反応をより効率的に進行させることを意図し、含窒素ヘテロ環状カルベン(N-Heterocyclic Carbene,以下、必要に応じて「NHC」という)の構造を含む配位子を有するPd錯体触媒が提案されている。
このNHCの構造を含む配位子は、1991年にArduengoらによって、結晶性NHCとして初めて単離され、X線結晶構造解析によってその構造が確認されている(例えば、非特許文献4、下記化学式(P1)参照)。
【0003】
【化1】
【0004】
[(P1)中、cat.とは所定の触媒を示し、THFとは、テトラヒドロフラン(tetrahydrofuran)を示し、DMSOとは、ジメチルスルホキシド (Dimethyl sulfoxide)を示す。]
【0005】
このNHCの構造を含む配位子を有するPd錯体触媒(以下、必要に応じ「NHC-Pd錯体触媒」という)はNHCの強いσドナー性と弱いπアクセプター性の性質からパラジウムへの配位能が高く、錯体状態において空気や水に安定であることが知られている。また、種々のクロスカップリング反応の触媒として用いられ、非常に高活性な特性を示した例が数多く報告されている。
【0006】
このNHC-Pd錯体触媒としては、例えば、2005年にOrganらによって「PEPPSI」と名付けられたNHC-Pd錯体触媒が提案されている(例えば、非特許文献5)。このPEPPSIはカップリング反応触媒として有用であり、鈴木カップリング反応をはじめ多くの反応に用いられている(例えば、非特許文献6~8、下記化学式(P2)参照)。
【0007】
【化2】
【0008】
[(P2)中、Rは炭化水素基(炭素及び水素からなる炭化水素基と、-NH基、-SH基及び、-OH基を含む炭化水素基とを含む)、-NH基、-SH基、並びに、-OH基を示し、「PEPPSI」とは、Pyridine Enhanced Precatalyst Preparation Stabilization Initiationの略語を示し、下記式(P3)で表される化学構造を有する。]
【0009】
【化3】
【0010】
ここで、本明細書において、「Pr」は、イソプロピル基(Isopropyl group)を示す。
【0011】
更に、2006年にNolanらによって様々なNHC-Pd錯体触媒が提案された。例えば、下記式(P4)で示されるNHC-Pd錯体触媒(「IPrPd(allyl)」)を、例えば、下記式(P6)で示されるC-Nカップリング反応の触媒として用いたところ、室温でも反応が良好に進行することが報告されている(例えば、非特許文献9~10参照)。
【0012】
【化4】
【0013】
ここで、本明細書において、「IPr」は、下記式(P5)で示されるNHC構造を有する配位子(1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン)を示す。
【0014】
【化5】
【0015】
【化6】
【0016】
[(P6)中、R、R´、R´´は互いに同一であっても異なっていてもよく、炭化水素基(炭素及び水素からなる炭化水素基と、-NH基、-SH基及び、-OH基を含む炭化水素基とを含む)、-NH基、-SH基、並びに、-OH基を示し、「Bu」は、tert・-ブチル基(tertiary butyl group)を示す。]
なお、本件特許出願人は、上記文献公知発明が記載された刊行物として、以下の刊行物を提示する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0017】
【文献】Kosugi, M., Kameyama, M., Migita. T. Chem. Lett. 1983, 927
【文献】Guram, A. S., Rennels, R. A., Buchwald, S. L. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1995, 34, 1348
【文献】Louie, J., Hartwig, J. F. Tetrahedron Lett. 1995, 36(21), 3609
【文献】Louie, J., Arduengo, A. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 361
【文献】Organ, M. G. Rational catalyst design and its application in sp3-sp3 couplings. Presented at the 230th National Meeting of the American Chemical Society, Washington, DC, 2005; Abstract 308.
【文献】Organ, M. G., Avola, S., Dubovyk, L., Hadei, N., Kantchev, E. A. B., OBrien, C., Valente, C. Chem. Eur. J. 2006, 12, 4749
【文献】Ray, L., Shaikh, M. M., Ghosh, P. Dalton trans. 2007, 4546
【文献】Obrien, C. J., Kantchev, E. A. B., Valente, C., Hadei, N., Chass, G. A., Lough, A., Hopkinson, A. C., Organ, M. G. Chem. Eur. J. 2006, 12, 4743
【文献】Marion, M., Navarro, O., Stevens , J. M, E., Scott, N. M., Nolan, S. P. J. Am. Chem. Soc. 2006, 128, 4101
【文献】Navarro, O., Marion, N., Mei, J., Nolan, S. P.Chem. Eur. J. 2006, 12, 5142
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
しかしながら、クロスカップリング反応において目的物の高い収率を得るという観点からは、上述した従来技術の触媒であっても未だ改善の余地があることを本発明者らは見出した。
本発明は、かかる技術的事情に鑑みてなされたものであって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることのできる有機金属錯体触媒を提供することを目的とする。
また、本発明は、本発明の有機金属錯体触媒の構成材料となる含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有する配位子を提供することを目的とする。
更に、本発明は、本発明の配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは、上述の課題の解決に向けて鋭意検討を行った結果、イミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位の炭素原子(以下、必要に応じて「バックボーン炭素」という)に結合するケイ素原子を含む置換基「-SiR」(以下、必要に応じて「シリル基」という)が結合した下記式(1)で示される構造を有する有機金属錯体触媒の構成が有効であることを見出した。
更に本発明者らは、イミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基が結合した配位子について、中心金属に対する電子供与性を赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]を測定することにより比較したところ、IPr配位子(式(P5))よりも中心金属に対する電子供与性が高い配位子を有する有機金属錯体触媒が有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0020】
より具体的には、本発明は、以下の技術的事項から構成される。
すなわち、本発明は、
クロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒であって、
下記式(1)で表される構造を有している、
有機金属錯体触媒を提供する。
【0021】
【化7】
【0022】
ここで、式(1)中、Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示す。
また、R、R及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
更に、R、R、R、及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
また、式(1)中、Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示す。
更に、Rは前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示す。
ただし、R、R、R、R、R、R及びRは、これらを含む下記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm-1]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されている。
【0023】
【化8】
【化9】
【0024】
ここで、式(2)中、R、R、R、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R、R、R、R及びRと同一の置換基を示す。
また、式(2-1)中、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R及びRと同一の置換基を示す。
【0025】
上述の構成を有する本発明の有機金属錯体触媒は、クロスカップリング反応において先に述べた非特許文献1~10に例示したNHC-Pd錯体触媒などの従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる。
【0026】
本発明の有機金属錯体触媒が目的物の高い収率を得ることができる詳細なメカニズムは解明されていないが、本発明者らは、以下のように推察している。
すなわち、本発明者らは従来の触媒がイミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素に水素原子が結合している構造(IPr配位子(式(P5))の構造)を有しているのに対し、本発明の有機金属錯体触媒はNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素に先に述べたシリル基(-SiR)が結合した構造となっていることが目的物の収率の向上に寄与していると推察している。
【0027】
また、本発明者らは、後述するように、本発明の有機金属錯体の-MRXで示される部分を-Rh(CO)Clに置換したRhカルボニル錯体について、赤外線吸収スペクトルを用いて得られるTEP値を測定した。
その結果、本発明者らは、式(2)で示される配位子のうちTEP値がIPr配位子(式(P5))よりも低波数側へシフトする配位子、すなわち、IPr配位子(式(P5))よりも電子供与性の高い配位子を有する有機金属錯体触媒は、式(P4)で示されるNHC-Pd錯体触媒(IPrPd(allyl))などの従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができることを見出した。
そして、これらの結果から、本発明者らは、イミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基(-SiR)が結合している構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造とすることで、触媒反応中での触媒活性種であるM(ゼロ価)が安定化され、高収率で目的物が得られるようになるのではないかと考えている(例えば、後述の実施例1及び実施例2を参照)。
【0028】
また、本発明の有機金属錯体において、前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記TEP値[cm-1]は、前記式(1)中の-MRXで示される部分が-Rh(CO)Clに置換された下記式(1-1)で示されるRhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数[cm-1]から求められる値であることが好ましい。
【0029】
【化10】
この場合、TEP値は下記式(E1)により求めることができる。
【数1】
【0030】
ここで、式(E1)中、νCO av/Rh、は、Rhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数[cm-1]の相加平均値を示し、νCO av/Niは、Niカルボニル錯体のカルボニル基の伸縮振動数の相加平均値[cm-1](=TEP値[cm-1])を示す。
【0031】
本発明においては、有機金属錯体触媒のNHCの構造を含む配位子の中心金属への電子供与性を上記式(E1)を用いて算出されるTEP値を用いて評価する方法として、非特許文献「T. Dr&ouml;ge and F. Glorius, Angew. Chem. Int. Ed., 2010, 49, 6940」に記載の方法が採用されている。
【0032】
TEP値(Tolman electronic paramater)は、本来は配位中心をNiとしたNiカルボニル錯体の赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数である。しかし、Niカルボニル錯体は毒性が強く測定者の赤外吸収スペクトルの測定作業がやり難かった。そこで、このように、Rhカルボニル錯体の赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数と式(E1)とを用いることにより、安全性が改善された環境で測定者の赤外吸収スペクトルの測定作業を実施することができるようになる。
また、本発明の効果をより確実に得る観点から、本発明の有機金属錯体触媒は、C-Nクロスカップリング反応に使用されることが好ましい。
更に、本発明の効果をより確実に得る観点から、本発明の有機金属錯体触媒は、下記式(3)、式(4)又は式(5)で表される構造を有していることが好ましい。
【0033】
【化11】
【化12】
【化13】
【0034】
ここで、式(3)~式(5)中、Prはイソプロピル基を示し、Meはメチル基を示す。
また、本発明は、クロスカップリング反応に使用される下記式(1)で表される構造を有する有機金属錯体触媒の構成材料となる配位子であって、下記式(2)で表される含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有している、配位子を提供する。
【0035】
【化14】
【化15】
【0036】
ここで、式(1)及び式(2)中、Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示す。
、R及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
、R、R、及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
【0037】
Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示す。
は前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示す。
ただし、R、R、R、R、R、R及びRは、これらを含む前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm-1]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されている。
【0038】
【化16】
【0039】
ここで、式(2-1)中、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R及びRと同一の置換基を示す。
本発明の配位子は、上述した本発明の有機金属錯体触媒の構成材料として好適な配位子である。
【0040】
本発明の配位子は、IPrなどのNHC構造を有する配位子の五員環を構成する4位又は5位のバックボーン炭素に結合した水素をシリル基(-SiR)に置換した構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造を有しているため、配位中心の金属に対する電子供与性が向上する。そのため、カップリング反応(好ましくはC-Nカップリング反応)における酸化的付加反応を促進できると本発明者らは推察している。
また、本発明の有機金属錯体において、前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記TEP値は、前記式(1)中の-MRXで示される部分が-Rh(CO)Clに置換された下記式(1-1)で示されるRhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数から求められる値であることが好ましい。
【0041】
【化17】
【0042】
この場合、TEP値は先に述べた式(E1)により求めることができる。
更に、本発明は、
クロスカップリング反応に使用される下記式(1)で表される構造を有する有機金属錯体触媒の製造方法であって、
下記式(2)で表される含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有する配位子を合成する第1工程と、
前記式(1)中の配位中心MとハロゲンXと置換基Rとを含む錯体を合成する第2工程と、
前記第1工程で得られたNHC構造を有する前記配位子と前記第2工程で得られた前記錯体とを反応させる第3工程と、
を含んでいる、
有機金属錯体触媒の製造方法を提供する。
【0043】
【化18】
【化19】
【0044】
ここで、式(1)及び式(2)中、Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示す。
、R及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
、R、R、及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
【0045】
Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示す。
は前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示す。
ただし、R、R、R、R、R、R及びRは、これらを含む前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm-1]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されている。
【0046】
【化20】
【0047】
ここで、式(2-1)中、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R及びRと同一の置換基を示す。
【0048】
本発明者らは、有機金属錯体触媒の製造プロセスにおいて、式(2)で表されるNHCの構造を有する配位子、より詳しくは、イミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基(-SiR)が結合している構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造の配位子(本発明の配位子)を第1工程に新規に使用することが、上記の課題解決に有効であることを見出した。
本発明によれば、当該配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる有機金属錯体触媒を確実に製造することのできる製造方法を提供することができる。
【0049】
また、本発明の製造方法によれば、本発明の配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる本発明の有機金属錯体触媒をより容易かつより確実に製造することができる。
本発明の製造方法によれば、IPrなどのNHC構造を有する配位子の五員環を構成する4位又は5位のバックボーン炭素に結合した水素をシリル基に置換した構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造を有する本発明の配位子をより容易に製造することができる。
【0050】
従来、バックボーン炭素の水素を他の置換基に置換したNHC構造を有する配位子の合成には多段階の合成ステップを必要としたが、本発明の製造方法では、IPrなど4位又は5位のバックボーン炭素に水素が結合した配位子をベースに比較的少ない合成ステップでかつ比較的穏和な条件で4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基が結合した配位子が高収率で合成可能である。しかも、本発明の製造方法では、原料のケイ素試薬を変えることで様々な種類のシリル基を4位又は5位のバックボーン炭素に結合した水素の部分に導入することができる。
例えば、本発明の製造方法によれば、下記式(C1)に示すように、IPrから、最終生成物(NHC構造を有する配位子のバックボーン炭素の水素をシリル基で置換した配位子を有するNHC-Pd錯体又はNHC-Rh錯体)を得るまでに必要な合成ステップは比較的少ない3ステップにすることができる。
【0051】
【化21】
【発明の効果】
【0052】
本発明によれば、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることのできる有機金属錯体が提供される。
また、本発明によれば、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることのできる本発明の有機金属錯体触媒の構成材料となる含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有する配位子が提供される。
更に、本発明によれば、本発明の配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる有機金属錯体触媒をより確実に製造することのできる製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0053】
図1】反応式(R1)~(R3)に示したNHC構造を有する配位子について得られたH NMR スペクトルを示すグラフである。
図2】NHC構造を有する配位子「IPr」及び「TMSIPr」について得られたH NMR スペクトルを示すグラフである。
図3】実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)}について得られたH NMRのスペクトルを示すグラフである。
図4】実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)}について得られたMALDI-TOF-MSのスペクトルを示すグラフである。
図5】NHC構造を有する配位子「IPr」及び「TEOSIPr」について得られたH NMR スペクトルを示すグラフである。
図6】比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)}について得られたH NMRのスペクトルを示すグラフである。
図7】比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)}について得られたMALDI-TOF-MSのスペクトルを示すグラフである。
図8】実施例2の有機金属錯体触媒のNHC構造を有する配位子について得られたH NMRのスペクトルを示すグラフである。
図9】実施例2の有機金属錯体触媒について得られたH NMRのスペクトルを示すグラフである。
図10】実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)}について得られたORTEPを示す図である。
図11】比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)}について得られたORTEPを示す図である。
図12】実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)}、比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)}について得られたORTEPを示す図である。
図13】IPr、TMSIPr、TEOSIPrについて得られたH NMRスペクトルを示すグラフである。
図14】有機Pd錯体触媒を用いたC-Nカップリング反応において明らかにされている反応機構を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0055】
<有機金属錯体触媒の構成>
本実施形態の有機金属錯体触媒は、クロスカップリング反応、好ましくはC-Nクロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒であって、下記式(1)で表される構造を有している。
また、本実施形態の配位子は、本実施形態の有機金属錯体触媒の構成材料となる配位子であって、下記式(2)で表される含窒素ヘテロ環カルベンの構造を有している。
【0056】
【化22】
【0057】
ここで、式(1)中、Mは配位中心であり、Pd、Pt、Rh、Ru及びCuからなる群から選択される何れかの金属の原子又はそのイオンを示す。
また、R、R及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、及びアリール基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
更に、R、R、R、及びRは同一であっても異なっていてもよく、それぞれ、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、アルコキシ基、アルケニル基、アルキニル基、アリール基、ヒドロキシ基、ヒドロキシレート基、チオカルボキシ基、ジチオカルボキシ基、スルホ基、スルフィノ基、オキシカルボニル基、カルバモイル基、ヒドラジノカルボニル基、アミジノ基、シアノ基、イソシアノ基、シアナト基、イソシアナト基、チオシアナト基、イソチオシアナト基、ホルミル基、オキソ基、チオホルミル基、チオキソ基、メルカプト基、アミノ基、イミノ基、ヒドラジノ基、アリロキシ基、スルフィド基、ニトロ基、及びシリル基からなる群から選択される少なくとも1種の置換基である。
また、式(1)中、Xは前記配位中心Mに配位可能なハロゲン原子を示す。
更に、Rは前記Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~20の置換基を示す。
ただし、R、R、R、R、R、R及びRは、これらを含む下記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記配位中心Mに対する電子供与性について、赤外分光法から得られるTEP値(Tolman electronic paramater)[cm-1]が、下記式(2-1)で示される配位子のTEP値[cm-1]と比較して低波数側へシフトするように組合せられて配置されている。
【0058】
【化23】
【化24】
【0059】
ここで、式(2)中、R、R、R、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R、R、R、R及びRと同一の置換基を示す。
また、式(2-1)中、R、R、R及びRは、式(1)中のR、R、R及びRと同一の置換基を示す。
上述の構成を有する本実施形態の配位子を構成材料とする本実施形態の有機金属錯体触媒は、クロスカップリング反応において先に述べた非特許文献1~10に例示したNHC-Pd錯体触媒などの従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる。
【0060】
本実施形態の有機金属錯体触媒が目的物の高い収率を得ることができる詳細なメカニズムは解明されていないが、本発明者らは、以下のように推察している。
すなわち、本発明者らは従来の触媒がイミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素に水素原子が結合している構造(IPr配位子(式(P5))の構造)を有しているのに対し、本発明の有機金属錯体触媒はNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素に先に述べたシリル基(-SiR)が結合した構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造となっていることが目的物の収率の向上に寄与していると推察している。
【0061】
また、本発明者らは、後述するように、本実施形態の有機金属錯体の-MRXで示される部分を-Rh(CO)Clに置換したRhカルボニル錯体について、赤外線吸収スペクトルを用いて得られるTEP値を測定した。
その結果、本発明者らは、式(2)で示される配位子のうちTEP値がIPr配位子(式(P5))よりも低波数側へシフトする配位子、すなわち、IPr配位子(式(P5))よりも電子供与性の高いNHC構造を有する配位子を有する有機金属錯体触媒は、式(P4)で示されるNHC-Pd錯体触媒(IPrPd(allyl))などの従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができることを見出した。
【0062】
そして、これらの結果から、本発明者らは、イミダゾール環のNHCの構造における4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基(-SiR)が結合している構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造とすることで、触媒反応中での触媒活性種であるM(ゼロ価)が安定化され、高収率で目的物が得られるようになるのではないかと考えている(例えば、後述の実施例1及び実施襟2を参照)。
また、本実施形態の有機金属錯体において、前記式(2)で示される含窒素ヘテロ環カルベン構造を有する配位子の前記TEP値[cm-1]は、前記式(1)中の-MRXで示される部分が-Rh(CO)Clに置換された下記式(1-1)で示されるRhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数[cm-1]から求められる値であることが好ましい。
【0063】
【化25】
【0064】
この場合、TEP値は下記式(E1)により求めることができる。
【0065】
【数2】
【0066】
ここで、式(E1)中、νCO av/Rh、は、Rhカルボニル錯体について測定される赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数[cm-1]の相加平均値を示し、νCO av/Niは、Niカルボニル錯体のカルボニル基の伸縮振動数の相加平均値[cm-1](=TEP値[cm-1])を示す。
【0067】
本発明においては、有機金属錯体触媒のNHCの構造を含む配位子の中心金属への電子供与性を上記式(E1)を用いて算出されるTEP値を用いて評価する方法として、非特許文献「T. Dr&ouml;ge and F. Glorius, Angew. Chem. Int. Ed., 2010, 49, 6940」に記載の方法が採用されている。
【0068】
TEP値(Tolman electronic paramater)は、本来は配位中心をNiとしたNiカルボニル錯体の赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数である。しかし、Niカルボニル錯体は毒性が強く測定者の赤外吸収スペクトルの測定作業がやり難かった。そこで、このように、Rhカルボニル錯体の赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数と式(E1)とを用いることにより、安全性が改善された環境で測定者の赤外吸収スペクトルの測定作業を実施することができるようになる。
【0069】
ここで、配位中心Mは、本発明の効果をより確実に得る観点から、Pdであることが好ましい。
、R及びRのうちの少なくとも一つは、本発明の効果をより確実に得る観点から、アルキル基又はアルコキシ基であることが好ましい。より好ましくは、炭素数1~3のアルキル基又はアルコキシ基であることが好ましい。
、R、R、及びRはのうちの少なくとも一つは、本発明の効果をより確実に得る観点から、炭素数1~3のアルキル基であることが好ましい。
Xは、本発明の効果をより確実に得る観点及び原料の入手容易性から、ハロゲン原子のうちClであることが子好ましい。
は、本発明の効果をより確実に得る観点から、配位中心Mに配位可能なπ結合を有する炭素数3~10の置換基であることが好ましく、好ましい配位中心Pdに配位可能なπ結合を有する炭素数3~9の置換基であることがより好ましい。
【0070】
また、本発明の効果をより確実に得る観点から、本発明の配位子を構成材料とする本発明の有機金属錯体触媒はC-Nクロスカップリング反応に使用されることが好ましい。
更に、本発明の効果をより確実に得る観点から、本発明の有機金属錯体触媒は、下記式(3)、式(4)又は式(5)で表される構造を有していることが好ましい。
【0071】
【化26】
【化27】
【化28】
【0072】
ここで、式(3)~式(5)中、Prはイソプロピル基を示し、Meはメチル基を示す。
【0073】
本実施形態によれば、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることのできる有機金属錯体触媒、当該有機金属錯体触媒の構成材料となる配位子が提供される。
【0074】
<有機金属錯体触媒の製造方法の好適な実施形態>
本実施形態の有機金属錯体触媒は、特に限定されず公知の配位子の合成方法、錯体触媒の合成手法を組合せ、最適化することで製造することができる。
本実施形態の有機金属錯体触媒の製造方法は、
式(2)で示されるNHC構造を有する配位子を合成する第1工程と、
式(1)中の配位中心MとハロゲンXと置換基Rとを含む錯体を合成する第2工程と、
第1工程で得られたNHC構造を有する配位子と第2工程で得られた錯体とを反応させ本実施形態の有機金属錯体触媒を合成する第3工程と、
を含む。
【0075】
更に、本実施形態の有機金属錯体触媒の製造方法には、第3工程の後にえられる本実施形態の有機金属錯体触媒を精製する第4工程が更に含まれていてもよい。第4工程の精製手法は公知の精製手法を採用することができる。例えば、所定の溶媒を使用する再結晶法を採用してもよい。
本実施形態の有機金属錯体触媒の製造方法によれば、当該配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる有機金属錯体触媒を確実に製造することができる。
また、本実施形態の製造方法によれば、本実施形態の配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる本実施形態の有機金属錯体触媒をより容易かつより確実に製造することができる。
本実施形態の製造方法によれば、IPrなどのNHC構造を有する配位子の五員環を構成する4位又は5位のバックボーン炭素に結合した水素をシリル基に置換した構造でかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造を有する本発明の配位子をより容易に製造することができる。
【0076】
従来、バックボーン炭素の水素を他の置換基に置換したNHC構造を有する配位子の合成には多段階の合成ステップを必要としたが、本発明の製造方法では、IPrなど4位又は5位のバックボーン炭素に水素が結合した配位子をベースに比較的少ない合成ステップでかつ比較的穏和な条件で4位又は5位のバックボーン炭素にシリル基が結合した配位子が高収率で合成可能である。しかも、本発明の製造方法では、原料のケイ素試薬を変えることで様々な種類のシリル基を4位又は5位のバックボーン炭素に結合した水素の部分に導入することができる。
例えば、本実施形態の製造方法によれば、下記式(C1)に示すように、IPrから、最終生成物(NHC構造を有する配位子のバックボーン炭素の水素をシリル基で置換した配位子を有する有機Pd錯体触媒又は有機Rh錯体触媒)を得るまでに必要な合成ステップは比較的少ない3ステップにすることができる。
【0077】
【化29】
ここで、式(C1)中、R、R及びRは先に述べた式(1)中のR、R及びRと同一である。
【実施例
【0078】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0079】
(分析装置の説明)
以下に説明する実施例1~3、比較例2~2の有機金属錯体触媒を合成する際の分析については、以下の装置を使用した。
【0080】
〔NMRスペクトル〕
H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMRスペクトル測定には、Bruker社製のBruker Biospin Avance400(400 MHz)を使用して測定を行った。配位子の測定はいずれも脱水した重溶媒を使用した。これは、配位子の分解防止のためである。
13C{H}CPMAS、29Si{H}CPMASスペクトル測定には、Bruker社製のBruker Avance400WB(400 MHz)を用いた。
〔質量分析〕
MALDI-TOF-MSスペクトル測定は、Bruker社製のAUTOFLEXTMTOF/TOFを用いた。
〔元素分析〕
元素分析は、CE Instruments社製のCE Instruments EÅ1110 elemental analyzerを用いた。
〔単結晶X線結晶構造解析〕
単結晶X線結晶構造解析はBruker社製のBruker SMART APEX CCDを用いた。解析計算はリガク社製Crystal Structureを用いた。
〔GC測定〕
ガスクロマトグラフィー(GC)測定は島津製作所社製のGC-2014を用いた。キャピタリーカラムはTC-1(60m)を使用した。
〔窒素吸着測定〕
窒素吸着測定は、日本ベル社の高精度比表面積・細孔分布測定装置(Bel sorp mini)を用いた。
〔EDX測定〕
EDX測定は、島津製作所社製の蛍光X線分析装置(EDX-800HS)を用いた。
〔IR測定〕
IR測定は、Thermo Scientific社製のNICOLET6700ダイヤモンドATR(smart orbit)を用いた。
〔カラム装置〕
山善製の中圧分取液体クロマトグラフYFLC-Al-580を使用し、シリカカラムとして山善製Hi-Flash Column Silica gelを使用した。
【0081】
(市販の試薬の説明)
以下に説明する実施例1~3、比較例2~2の有機金属錯体触媒の合成と分析の際、市販の試薬は以下のものを使用した。
【0082】
関東化学社製の試薬:酢酸、カリウムtert-ブトキシド、n-ブチルリチウム、クロロベンゼン、1,2-ジメトキシエタン、
シグマアルドリッチジャパン社製の試薬:クロロトリエトキシシラン、メシチレン、重クロロホルム、MCM-41
東京化成社製の試薬:2,6-ジイソプロピルアニリン、クロロトリメチルシラン、2,4,6-トリメチルアニリン、1,3-ジ-tertブチルイミダゾール-2-イリデン、シンナミルクロリド
和光純薬工業社製の試薬:メタノール、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、ヘキサン、
トルエン、ドデカン、ジブチルアニリン、塩化アリル、40%グリオキサール溶液、パラホルムアルデヒド
エヌ・イーケムキャット社製の試薬:塩化パラジウム
富士シリル社製の試薬:Q-6
ISOTEC社製の試薬:重ベンゼン、重THF
【0083】
(実施例1)
有機金属錯体触媒{商品名「NTMS-PDA」、N.E.CHEMCAT社製(以下、必要に応じて「TMSIPrPd(allyl)」と表記)}を用意した。このTMSIPrPd(allyl)は、式(3)に示した有機金属錯体触媒である。
実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)}は以下の手順で合成した。
【0084】
[実施例1 第1工程-1]NHC構造を有する配位子「IPr」の合成
2,6-ジイソプロピルアニリンを出発原料として、先に述べた式(P5)で示されるNHC構造を有する配位子「IPr」{1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン}の合成を行った。
具体的には、学術論文(Tang, P., Wang, W., Ritter, T. J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11482、及び、Pompeo, M., Froese, R. D. J., Hadei, N., Organ, M. G. Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 11354)に記載の手法を参考にして、下記反応式(R1)~(R3)で示される3つのステップを経て合成した。
H NMRを用いて同定を行いIPr及び中間生成物が合成できていることを確認した。
【0085】
【化30】
【0086】
式(R1)中、MeOHはメタノールを示し、HOAcは酢酸を示す。
【0087】
式(R1)中の中間生成物1の合成手順について説明する。
50mLナスフラスコに2,6-ジイソプロピルアニリン6.00g(33.8mmol)、メタノール30mL、酢酸0.31mL(3.5mol%)を加え、50℃に加熱した。次に、グリオキサール40%aq.2.40g(0.5eq.)とメタノール10mLの混合溶液を滴下した。混合液は滴下していくにつれて無色透明な溶液から黄色の透明な溶液へと変化した。15分、50℃で撹拌後、室温に戻してさらに11時間撹拌した。室温まで冷えると、黄色の固体が析出してきた。反応終了後、メンブレンフィルターを用いてろ過を行い、メタノールで固体を洗浄した。洗浄した際、目的の中間生成物1はメタノールに少量溶けてしまうので、ろ液を回収し溶媒除去を行い、得られた固体を少量のメタノールで再び洗浄、ろ過を行った。1回目と2回目で得られた黄色の固体を合わせて、乾燥した。
式(R1)中の中間生成物1(黄色の粉末固体)の収量5.49g、収率86.0%であった。
【0088】
【化31】
【0089】
式(R2)中、TMSClはクロロトリメチルシランを示し、EtOAcは酢酸エチルを示す。
【0090】
式(R2)中の中間生成物2の合成手順について説明する。
500mLナスフラスコに(1E,2E)-1,2-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニルイミノ)エタン3.80g(10.08mmol)、パラホルムアルデヒド0.32 g (10.66 mmol)、酢酸エチル83mLを加え、70℃に加熱した。混合液は黄色のスラリー状の溶液状態であった。次に、クロロトリメチルシラン0.34mL(10.66 mmol)と酢酸エチル8mLの混合溶液を20分かけて滴下した。その後、70℃、2時間撹拌した。黄色からオレンジ色に溶媒の色が変化した。反応終了後、氷水につけて、0℃まで冷やした。冷却後、メンブレンフィルターによってろ過し、酢酸エチルによって固体を洗浄した。その後、真空乾燥し薄いピンク色の粉末固体を得た。
式(R2)中の中間生成物2(白色の粉末固体)の収量3.96g、収率92.5%であった。
【0091】
【化32】
【0092】
式(R3)中、BuOKは(CHCOKを示し、THFはテトラヒドロフランを示す。
【0093】
式(R3)中の生成物3「IPr」の合成手順について説明する。
不活性ガス雰囲気下において、25mLシュレンクに1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾリウムクロリド0.43g(1.01mmol)、BuOK0.14g(1.21mmol)、脱水THF5mLを加えて、室温にて3.5時間撹拌した。白色の溶液から茶色の溶液へ変化した。反応終了後に溶媒除去を行い、脱水トルエン5mLを加え、50℃にて加熱撹拌することで固体を溶解させた。その後、脱水ヘキサンを5mL加えた。溶液中の塩(KCl)を取り除くために、グローブボックス内でセライトろ過を行った。茶色の透明な溶液を得た。溶媒除去を行い、真空乾燥し、茶色の粉末固体を得た。
式(R3)中の生成物3「IPr」(茶色の粉末固体)の収量0.30g、収率78.0%であった。
【0094】
H NMRを用いて同定を行いIPr及び中間生成物(式(R1)中の中間生成物1、式(R2)中の中間生成物2)が合成できていることを確認した。
反応式(R1)~(R3)に示したNHC構造を有する配位子のそれぞれについて得られたH NMR スペクトルを図1に示す。図1(A)は式(R1)中の中間生成物1のH NMR スペクトルを示す。重溶媒(deuterated solvent)としてCDClを使用した。図1(B)は式(R2)中の中間生成物2のH NMR スペクトルを示す。重溶媒としてCDCNを使用した。図1(C)は式(R3)中、生成物3で示されるIPrのH NMR スペクトルを示す。重溶媒としてCを使用した。
【0095】
中間生成物1の測定結果を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ8.10 (s, 2H), 7.20-7.13 (m, 6H), 2.94 (m, 4H), 1.21 (d, 24H, J = 6.8 Hz)
中間生成物2の測定結果を以下に示す。
1H NMR (CD3CN, 400 MHz): δ9.35 (s, 1H), 7.87 (s, 2H), 7.65 (t, 2H, J = 7.5 Hz), 7.47 (d, 4H, J = 7.7 Hz), 2.41 (m, 4H), 1.26 (d, 12H, J = 6.8 Hz), 1.20 (d, 12H, J = 6.8 Hz)
生成物3「IPr」の測定結果を以下に示す。
1H NMR (C6D6, 400 MHz): δ7.31-7.27 (m, 2H), 7.19-7.17 (m, 4H), 6.61 (s, 2H), 2.96 (m, 4H), 1.29 (d, 12H, J = 6.8 Hz), 1.18 (d, 12H, J = 7.0 Hz)
【0096】
[実施例1 第1工程-2]IPrのNHC構造における4位炭素にトリメチルシリル基を結合させた配位子の合成
先に述べた[第1工程-1]で得られた配位子IPrを用いて、式(3)で示される実施例1の有機金属錯体に使用されるNHC構造を有する配位子{下記式(7)で示される配位子}の合成を行った。
【0097】
【化33】
【0098】
具体的には、学術論文(Wang,Y., Xie, Yaming., Abraham, M. Y., Wei, P., Schaeferlll, H. F., Schleyer, P. R., Robinson, G. H. J. Am. Chem. Soc. 2010, 132, 14370)に記載の手法を改良し、下記反応式(R4)で示される2つのステップを経て、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にトリメチルシリル基(-SiMe、以下必要に応じて「TMS基」という)を結合させた式(7)で示される配位子5{以下、必要に応じて「TMSIPr」5という}の合成を行った。
【0099】
【化34】
【0100】
式(R4)中、BuLiはCHCHCHCHLiを示し、THFはテトラヒドロフランを示す。
【0101】
式(R4)中の中間生成物4(Li-IPr)の合成手順を説明する。
先ずグローブボックス内にて300mLナスフラスコにIPr(反応物3)10.79g(27.62mmol)と脱水ヘキサン100mLを加え、得られた液を室温で30分撹拌した。次に、得られた懸濁液に、BuLiをゆっくり滴下し、室温下において、1晩撹拌を続け反応させた。薄い茶色のスラリー状の溶液から黄色のスラリー状の溶液へ変化した。反応終了後、メンブレンフィルターにてろ過し、脱水ヘキサンで洗浄した。得られた黄色の粉末固体{式(R4)中の中間生成物4(リチオ化物:Li-IPr)}を乾燥させた。
式(R4)中の中間生成物4(黄色の粉末固体)の収量 10.0g、収率 92.0%であった。
【0102】
次に、式(R4)中の生成物5(TMSIPr)の合成手順について説明する。
先ず、グローブボックス内にて50mLシュレンクに中間生成物4(Li-IPr)0.78g(1.98mmol)と脱水THF25mLを加え溶解させた。次に、クロロトリメチルシラン(ClSiMe、以下、必要に応じて「ClTMS」という)0.26mL(2.04mmol)をゆっくり滴下し、25分反応させ、反応終了後、溶媒除去を行った。
グローブボックス内にて、固体生成物に脱水トルエンを10mL加えて溶解させ、得られた液を遠沈管に移した。遠沈管内の液に4000rpm、6分、室温の条件で遠心分離処理を行い、塩(LiCl)を分離した。次に、得られたろ液をフィルター(advantec社製、0.2μm)に通して50mLシュレンクに分離した。次に溶媒除去を行い、黄色の粉末固体(TMSIPr、すなわち、目的の配位子5)を得た。
式(R4)中の生成物5「TMSIPr」(黄色の粉末固体)の収量0.901g、収率98.9%であった。
【0103】
H NMRを用いて同定を行い、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素に結合した水素原子のリチオ化が進行し、TMSIPr(目的の配位子5)が合成できていることを確認した。
図2にNHC構造を有する配位子IPr(反応物3)及びTMSIPr(目的の配位子5)につい得られたH NMRのスペクトルを示す。図2(A)はIPr(反応物3)のH NMR スペクトルを示す。重溶媒(deuterated solvent)としてCを使用した。図2(B)はTMSIPr(目的の配位子5)のH NMR スペクトルを示す。重溶媒としてCを使用した。
【0104】
生成物5「TMSIPr」(目的の配位子5)の測定結果を以下に示す。
1H NMR (C6D6, 400 MHz): δ=7.33-7.27 (m, 2H), 7.21-7.17 (m, 4H), 6.89 (s, 2H), 3.04 (m, 2H), 2.84 (m, 2H), 1.40 (d, 6H, J = 6.8 Hz), 1.28 (d, 12H, J =6.8 Hz, 6.9 Hz), 1.18 (d, 6H, J = 6.9 Hz), 0.05 ppm (s, 9H)。
図2(A)及び図2(B)に示したH NMR の結果より、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にTMS基が結合したことによりPr基の-CH由来のプロトンピークが左右非対称となり2つに分裂していることが確認された。
また、原料の消費が確認され、0ppm付近にTMS基のメチル基由来のピークが観測された。化学シフトや積分値が文献と一致したことからTMSIPr(目的の配位子5)が合成できたことを確認した。また、BuLiによるIPr(反応物3)のリチオ化が十分に進行していることが確認された。
【0105】
[実施例1 第2工程] 配位中心MとハロゲンXと置換基Rとを含む錯体の合成
非特許文献9を参考に、下記式(R5)で示される反応によりPdソースであるπアリルPd錯体13{(アリル)パラジウム(II)クロリド、以下、必要に応じて「[(allyl)PdCl」という}の合成を行った。
【0106】
【化35】
【0107】
式(R5)中のπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}の合成手順を説明する。
500mLシュレンクに蒸留水(260mL)を加え、Arで30分バブリングした。次に、PdCl(2.14g,12.0mmol)とKCl(1.89g,24.0mmol)を加え、1時間、室温で撹拌した。撹拌の前後で液がスラリー状から茶色の透明な液に変化した。この液に塩化アリル(2.96mL,36.0mmol)を滴下し、一晩、室温で更に撹拌し式(R5)の反応を進行させた。反応終了後にクロロホルム(30mL)で5回抽出を行い、取り出したクロロホルムをMgSOで乾燥させた。次に、得られた液について、ろ過、溶媒除去を行い、黄色の固体{πアリルPd錯体13}を得た。
πアリルPd錯体13(黄色の粉末固体)の収量2.09g、収率94.9%であった。
【0108】
H NMRを用いて同定を行い、化学シフトや積分値が非特許文献9に記載の値と一致したことから、目的化合物であるπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}が合成できたと判断した。
πアリルPd錯体13の測定結果{[(allyl)PdCl}を以下に示す。
1H NMR (CDCl3, 400 MHz): δ=5.45 (m, 2H), 4.10 (d, 4H, J = 6.7 Hz), 3.03 (d, 4H, J = 12.1 Hz)
【0109】
[実施例1 第3工程] 第1工程で得られたNHC構造を有する配位子と、第2工程で得られた錯体との反応>
第1工程で得られたNHC構造を有する配位子(TMSIPr)と第2工程で得られたπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}とを用いて下記反応式(R6)で示す反応を行い実施例1の有機金属錯体触媒「TMSIPrPd(allyl)15」を合成した。
この第3工程は本発明者らが独自に反応条件を検討したものである。
【0110】
【化36】
【0111】
グローブボックス内にて、50mLシュレンクに第1工程で得られたNHC構造を有する配位子(TMSIPr)0.90g(1.95mmol)と、脱水THF15mLとを加えた。次に、20mLバイアルに第2工程で得られたπアリルPd錯体{[(allyl)PdCl}0.36g(0.98mmol)}と脱水THF10mLを加えた。πアリルPd錯体13の溶液をTMSIPr5の溶液へ滴下した。得られた液を室温にて1時間撹拌した。液の色が撹拌の前後でオレンジ色から茶色に変化した。次に、液を活性炭の粉末に通し、反応によって生じたPdブラックを取り除いた。このとき、液の色は活性炭を通した後に黄色へと変化した。次に、得られた液からTHFを完全に除去した。次に、脱水ヘキサンを少量加え、パウダー化させた。生じた固体をヘキサンで洗浄し、黄色の固体{式(R6)中の生成物15、すなわち、TMSIPrPd(allyl)}を得た。
【0112】
[実施例1 第4工程]第3工程の後に得られる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、黄色の固体{TMSIPrPd(allyl)15}についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
なお、このTMSIPrPd(allyl)15はクロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒として本発明者らが初めて合成したものである。
TMSIPrPd(allyl)15(黄色の粉末固体)の収量0.84g、収率66.8 %であった。
【0113】
[実施例1 同定]
TMSIPrPd(allyl)15の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
TMSIPrPd(allyl)15の測定結果を以下に示す。
図3に実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)15}について得られたH NMRのスペクトルを示す。図4に実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl)15}について得られたMALDI-TOF-MSのスペクトルを示す。表1に元素分析結果を示す。
【0114】
1H NMR (CDCl3, 400MHz): δ7.37-7.44 (m, 2H), 7.23-7.28 (m, 4H), 7.18 (s, 1H), 4.80 (m, 1H), 3.93 (d, 1H, J = 7.2 Hz), 3.12 (m, 2H), 2.97 (m, 2H), 2.82 (d, 1H, J = 13.5 Hz), 2.75 (m, 1H), 1.59 (d, 1H, J = 11.8 Hz), 1.36 (m, 12H), 1.19 (m, 12H), 0.09 (s, 9H)
13C{1H} NMR (CDCl3, 100MHz): δ188.2, 146.5, 146.2, 145.9, 145.6, 137.6, 136.1, 135.8, 133.4, 130.0, 129.8, 129.7, 124.2, 124.1, 123.7, 114.2, 73.2, 50.0, 28.8, 28.4, 28.2, 26.5, 25.7, 25.6, 25.3, 24.7, 26.1, 23.3, 0.1
29Si{1H} NMR (CDCl3, 80 MHz):δ-8.12
【0115】
【表1】
【0116】
H NMR の結果から、TMSIPrPd(allyl)15はアリル基由来のピークが観測され、積分値が目的の構造と一致した。また、29Si{H}NMRからはきれいな1本のシグナルが観測された。なお、H NMR、13C{H}NMRの詳しい帰属は、H-H相関、H-13C相関、13C DEPTスペクトルから決定した。
表1に示すように、元素分析に係る計算値と実測値がほぼ一致(0.3%以内の差)であることから、目的化合物であるTMSIPrPd(allyl)15が合成できたと判断した。
また、図4に示したMALDI-TOF-MSの結果から、レーザーによってPdからClが外れたものが観測された。MALDI-TOF-MSの結果はNHC構造を有する配位子とPdとが結合していることを示唆しており、この観点からも目的のTMSIPrPd(allyl)15が合成できたと判断した。
【0117】
(比較例1)
式(4)で示した有機金属錯体触媒{商品名「NTEOS-PDA」、N.E.CHEMCAT社製(以下、必要に応じて「TEOSIPrPd(allyl)」と表記)}を用意した。
比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)}は以下の手順で合成した。
【0118】
[比較例1 第1工程-1]NHC構造を有する配位子「IPr」の合成
実施例1の[実施例1 第1工程-1]に記載した手順、同定手法と同一の手順、同定手法でIPrを合成した。
【0119】
[比較例1 第1工程-2]IPrのNHC構造における4位炭素にトリエトキシシリル基を結合させた配位子の合成
先に述べた[第1工程-1]で得られた配位子IPrを用いて、式(4)で示される比較例1に使用されるNHC構造を有する配位子{下記式(8)で示される配位子}の合成を行った。
【0120】
【化37】
【0121】
具体的には、下記反応式(R7)で示される2つのステップを経て、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にトリエトキシシリル基(-Si(OEt)、以下必要に応じて「TEOS基」という)を結合させた式(8)で示される配位子6{式(4)及び式(6)で示される有機金属錯体を構成するNHC構造を有する配位子、以下、必要に応じて「TEOSIPr」という}の合成を行った。
【0122】
【化38】
【0123】
式(R7)中、BuLiはCHCHCHCHLiを示し、THFはテトラヒドロフランを示す。
式(R7)中の中間生成物4(Li-IPr)の合成手順を説明する。式(R7)中の中間生成物4(Li-IPr)は、実施例1の[実施例1 第1工程-2]において説明した式(R4)中の中間生成物4(Li-IPr)の合成手順と同一の手順で合成した。
【0124】
次に、式(R7)中の生成物6(TEOSIPr)の合成手順について説明する。
先ず、グローブボックス内にて100mLナスフラスコに中間生成物4(Li-IPr)3.28g(8.32mmol)と脱水THF65mLを加え溶解させた。次に、クロロトリエトキシシラン(ClSi(OEt)、以下、必要に応じて「ClTEOS」という)1.68mL(8.57mmol)をゆっくり滴下し、20分反応させた。黄色い溶液から茶色の溶液へと変化した。反応終了後、溶媒除去を行った。
グローブボックス内にて、得られた粘り気のある生成物に脱水ヘキサンを20mL加えて、遠沈管に移した。4000rpm、6分、室温の条件で遠心分離を行い、塩(LiCl)を分離した。次に、得られたろ液をフィルター(advantec社製、0.2μm)に通して50mLシュレンクに分離した。次に溶媒除去を行い、茶色のオイル状の液体(TEOSIPr、すなわち、目的の配位子6)を得た。
式(R7)中の生成物5「TEOSIPr」(茶色のオイル状の液体)の収量4.44g、収率96.9%であった。
【0125】
H NMR、13C{H}NMR、及び、29Si{H}NMRを用いて同定を行い、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素に結合した水素原子のリチオ化が進行し、TEOSIPr(目的の配位子6)が合成できていることを確認した。
図5にNHC構造を有する配位子IPr(反応物3)及びTEOSIPr(目的の配位子6)につい得られたH NMRのスペクトルを示す。図5(A)はIPr(反応物3)のH NMR スペクトルを示す。重溶媒(deuterated solvent)としてCを使用した。図5(B)はTEOSIPr(目的の配位子6)のH NMR スペクトルを示す。重溶媒としてCを使用した。
【0126】
TEOSIPrの測定結果を以下に示す。
1H NMR (C6D6, 400MHz): δ7.32-7.28 (m, 2H), 7.26 (s, 1H), 7.23-7.18 (m, 4H), 3.57 (q, 4H), 3.03 (m, 2H), 2.95 (m, 2H), 1.38 (t, 12H), 1.29 (d, 6H), 1.18 (d, 6H), 1.03 (t, 9H, J = 7.0 Hz)
13C{1H} NMR (C6D6, 100MHz): δ164.9, 146.3, 140.1, 139.1, 138.8, 134.4, 133.0, 129.0, 128.6, 126.0, 124.3, 123.8, 123.3, 58.8, 29.1, 28.8, 25.7, 24.5, 23.9, 22.7, 18.1
29Si{1H} NMR (C6D6, 80 MHz): δ-65.4
【0127】
図5(A)及び図5(B)に示したH NMR の結果より、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にTMS基が結合した場合と同様に、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にTEOS基が結合したことによって、Pr基の-CH由来のプロトンピークが左右非対称となったため2つに分裂していることが確認された。
また、原料の消費が確認され、1.1ppmと3.6ppm付近にTEOS基のエトキシ基(-OEt基)由来のピークが観測された。このことから、TEOSIPr(目的の配位子6)が合成できたと考えられる。更に、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にシリル基を導入することで、5位炭素のプロトンが低磁場シフトしている事が確認された。
なお、IPr(反応物3)、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素に結合した水素原子がLiで置換された中間生成物4、及び、TEOSIPr(目的の配位子6)のそれぞれの収率を式(R7)中に示した。
【0128】
[比較例1 第2工程] 配位中心MとハロゲンXと置換基Rとを含む錯体の合成
実施例1における[実施例1 第2工程]に記載した手順、同定手法と同一の手順、同定手法により、式(R5)で示した反応を行いπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}の合成を行った。
【0129】
[比較例1 第3工程] 第1工程で得られたNHC構造を有する配位子と、第2工程で得られた錯体との反応>
第1工程で得られたNHC構造を有する配位子(TEOSIPr)と第2工程で得られたπアリルPd錯体{[(allyl)PdCl}とを用いて下記反応式(R6)で示す反応を行い比較例1の有機金属錯体触媒「TEOSIPrPd(allyl)16」を合成した。
この第3工程は本発明者らが独自に反応条件を検討したものである。
【0130】
【化39】
【0131】
グローブボックス内にて、50mLシュレンクに第1工程で得られたNHC構造を有する配位子(TEOSIPr)4.44g(8.06mmol)と脱水THF15mLを加えた。次に、50mLバイアルに第2工程で得られたπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}1.47g(4.02mmol)と脱水THF20mLを加えた。πアリルPd錯体13の液をTEOSIPr6の液へ滴下した。得られた液を室温にて1.5時間撹拌した。撹拌の前後で液の色が茶色から黒色に変化した。次に、液を活性炭の粉末に通し、反応によって生じたPdブラックを取り除いた。液の色は活性炭を通した後に黄色へと変化した。次に、得られた液からTHFを完全に除去した。次に、脱水ヘキサンを少量加え、パウダー化させた。生じた固体をヘキサンで洗浄し、白色の固体{式(R8)中の生成物16、すなわち、TEOSIPrPd(allyl)を得た。
【0132】
[比較例1 第4工程]第3工程の後にえられる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、白色の固体{TEOSIPrPd(allyl)16}についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
なお、このTEOSIPrPd(allyl)16はクロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒として本発明者らが初めて合成したものである。
TEOSIPrPd(allyl)16(白色の粉末固体)の収量2.53g、収率42.8%であった。
【0133】
[比較例1 同定]
TEOSIPrPd(allyl)16の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
TEOSIPrPd(allyl)16の測定結果を以下に示す。
図6に比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)16}について得られたH NMRのスペクトルを示す。図7に比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl)16}について得られたMALDI-TOF-MSのスペクトルを示す。表2に元素分析結果を示す。
【0134】
1H NMR 1H NMR (CDCl3, 400MHz): δ7.39-7.36 (m, 2H), 7.37 (s, 1H), 7.28-7.20 (m, 4H), 4.76 (m, 1H), 3.92 (d, 1H, J = 7.4 Hz), 3.58 (q, 6H), 3.05 (m, 3H), 2.94 (m, 1H), 2.81 (d, 1H, J = 13.6 Hz), 2.63 (m, 1H), 1.52 (d, 1H, J = 11.8 Hz), 1.42-1.15 (m, 24H), 1.03 (t, 9H, J = 7.0 Hz)
13C{1H} NMR (CDCl3, 100MHz): δ190.3, 146.8, 146.5, 145.8, 145.5, 137.6, 135.9, 135.3, 129.8, 129.3, 128.1, 124.3, 124.0, 123.7, 114.2, 72.9, 58.8, 50.4, 28.8, 28.7, 28.4, 26.6, 25.8, 25.4, 25.1, 24.8, 23.4, 17.9
29Si{1H} NMR (CDCl3, 80 MHz): δ-68.6
【0135】
【表2】
【0136】
H NMR の結果から、TEOSIPrPd(allyl)16はアリル基由来のピークが観測され、積分値が目的の構造と一致した。また、29Si{H}NMRからはきれいな1本のシグナルが観測された。なお、H NMR、13C{H}NMRの詳しい帰属は、H-H相関、H-13C相関、13C DEPTスペクトルから決定した。
表2に示すように、元素分析に係る計算値と実測値がほぼ一致(0.3%以内の差)であることから、目的化合物であるTEOSIPrPd(allyl)16が合成できたと判断した。
また、図7に示したMALDI-TOF-MSの結果から、レーザーによってPdからClが外れたものが観測された。MALDI-TOF-MSの結果はNHC構造を有する配位子とPdとが結合していることを示唆しており、この観点からも目的のTEOSIPrPd(allyl)が合成できたと判断した。
【0137】
(実施例2)
式(4)で示した有機金属錯体触媒{商品名「NVNL-PDA」、N.E.CHEMCAT社製}を用意した。
実施例2の有機金属錯体触媒は以下の手順で合成した。
【0138】
[実施例2 第1工程-1]NHC構造を有する配位子「IPr」の合成
実施例1の[実施例1 第1工程-1]に記載した手順、同定手法と同一の手順、同定手法でIPrを合成した。
【0139】
[実施例2 第1工程-2]IPrのNHC構造における4位炭素にシリル基(-SiMe)基を結合させた配位子の合成
先に述べた[第1工程-1]で得られた配位子IPrを用いて、式(4)で示される実施例2に使用されるNHC構造を有する配位子{下記式(9)で示される配位子}の合成を行った。
【0140】
【化40】
【0141】
具体的には、下記反応式(R9)で示される2つのステップを経て、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素にシリル基(-SiMe2)を結合させた式(9)で示される配位子の合成を行った。
【0142】
【化41】
【0143】
式(R9)中、BuLiはCHCHCHCHLiを示し、THFはテトラヒドロフランを示す。
式(R9)中の中間生成物4(Li-IPr)は、実施例1の[実施例1 第1工程-2]において説明した式(R4)中の中間生成物4(Li-IPr)の合成手順と同一の手順で合成した。
【0144】
次に、式(R9)中の生成物、すなわち、配位子IPrのNHC構造における4位炭素へのシリル基(-SiMe2)が結合した目的の配位子)の合成手順について説明する。
先ず、グローブボックス内にて100mLナスフラスコに式(R9)中の中間生成物(Li-IPr)の所定量に脱水THF所定量を加え溶解させた。次に、ClSiMe2所定量をゆっくり滴下し、所定時間反応させた。反応終了後、溶媒除去を行った。
グローブボックス内にて、(R9)中の生成物に脱水ヘキサンを所定量加えて、遠沈管に移した。4000rpm、所定時間、室温の条件で遠心分離を行い、塩(LiCl)を分離した。次に、得られたろ液をフィルター(advantec社製、0.2μm)に通して50mLシュレンクに分離した。次に溶媒除去を行い、(R9)中の生成物、すなわち、目的の配位子を得た。
【0145】
H NMR、13C{H}NMR、及び、29Si{H}NMRを用いて同定を行い、IPr(反応物3)のNHC構造における4位炭素に結合した水素原子のリチオ化が進行し、(R9)中の生成物(目的の配位子)が合成できていることを確認した。
図8にNHC構造を有する(R9)中の生成物(配位子)につい得られたH NMRのスペクトルを示す。
【0146】
(R9)中の生成物、配位子IPrのNHC構造における4位炭素へのシリル基(-SiMe2)が結合した目的の配位子の測定結果を以下に示す。
1H NMR (THF-d8, 400 MHz): δ 7.43-7.37 (m, 2H), 7.33 (s, 1H), 7.31-7.28 (m, 4H), 5.77-5.66 (m, 1H), 4.84-4.80 (m, 2H), 2.86 (sept, J=6.9 Hz, 2H), 2.71 (sept, J=6.8 Hz, 2H), 1.60 (d, J=8.0 Hz, 2H), 1.33 (d, J=6.9 Hz, 6H), 1.23-1.19 (m, 18H), -0.04 (s, 6H) ppm
13C{1H} NMR (THF-d8, 100 MHz) δ 222.7, 146.1, 145.7, 139.7, 138.4, 134.0, 131.3, 129.5, 128.4, 128.2, 123.0, 122.7, 113.1, 28.5, 28.1, 25.4, 23.7, 23.6, 23.2, 21.2, -3.5 ppm
29Si{1H} NMR (THF-d8, 80 MHz): δ -11.8 ppm
【0147】
図8に示したH NMR の結果より、配位子IPrのNHC構造における4位炭素へのシリル基(-SiMe2)が結合した目的の配位子が合成できたことが確認できた。
【0148】
[実施例2 第2工程] 配位中心MとハロゲンXと置換基Rとを含む錯体の合成
実施例1における[実施例1 第2工程]に記載した手順、同定手法と同一の手順、同定手法により、式(R5)で示した反応を行いπアリルPd錯体13{[(allyl)PdCl}の合成を行った。
【0149】
[実施例2 第3工程] 第1工程で得られたNHC構造を有する配位子と、第2工程で得られた錯体との反応>
第1工程で得られたNHC構造を有する配位子と第2工程で得られたπアリルPd錯体{[(allyl)PdCl}とを用いて下記反応式(R10)で示す反応を行い実施例2の有機金属錯体触媒を合成した。
この第3工程は本発明者らが独自に反応条件を検討したものである。
【0150】
【化42】
【0151】
グローブボックス内にて、50mLシュレンクに第1工程で得られたNHC構造を有する配位子所定量に脱水THF所定量を加えた。次に、50mLバイアルに第2工程で得られたπアリルPd錯体{[(allyl)PdCl}所定量と脱水THF所定量を加えた。πアリルPd錯体の液をNHC構造を有する配位子の液へ滴下した。得られた液を室温にて所定時間撹拌した。
次に、液を活性炭の粉末に通し、反応によって生じたPdブラックを取り除いた。液の色は活性炭を通した後に黄色へと変化した。次に、得られた液からTHFを完全に除去した。次に、脱水ヘキサンを少量加え、パウダー化させた。生じた固体をヘキサンで洗浄し式(R10)中の生成物を得た。
【0152】
[実施例2 第4工程]第3工程の後にえられる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、式(R10)中の生成物についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行い、実施例2の有機金属錯体触媒を得た。
なお、この実施例2の有機金属錯体触媒はクロスカップリング反応に使用される有機金属錯体触媒として本発明者らが初めて合成したものである。
【0153】
[実施例2 同定]
実施例2の有機金属錯体触媒の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。その測定結果を以下に示す。
図9に実施例2の有機金属錯体触媒について得られたH NMRのスペクトルを示す。
【0154】
1H NMR (C6D6, 400 MHz): δ 7.26-7.22 (m, 1H), 7.18-7.14 (m, 3H), 7.09 (s, 1H), 7.07-7.01 (m, 2H), 5.70-5.59 (m, 1H), 4.88-4.84 (m, 2H), 4.47-4.37 (m, 1H), 3.84-3.82 (m, 1H), 3.44-3.30 (m, 3H), 3.01-2.95 (m, 2H), 2.75 (d, J=13.5 Hz, 1H), 1.60 (d, J=11.9 Hz, 1H), 1.54-1.52 (m, 5H), 1.49 (d, J=6.6 Hz, 3H), 1.39 (d, J=6.7 Hz, 3H), 1.34 (d, J=6.6 Hz, 3H), 1.13-1.10 (m, 9H), 1.03 (d, J=6.9 Hz, 3H), -0.13 (s, 6H) ppm
13C{1H} NMR (C6D6, 100 MHz) δ 190.4, 146.7, 146.1, 145.6, 137.6, 136.4, 133.8, 133.3, 133.2, 129.7, 129.6, 124.2, 123.8, 123.5, 114.6, 113.4, 72.1, 49.6, 28.8, 28.6, 28.1, 28.0, 26.3, 25.5, 25.0, 24.6, 24.5, 23.3, 22.6, -2.9, -3.0 ppm
29Si{1H} NMR (C6D6, 80 MHz): δ -9.9 ppm
【0155】
図9に示したH NMR の結果から、式(R10)中の生成物、すなわち、実施例2の有機金属錯体触媒が合成できたと判断した。
【0156】
(比較例2)
下記式(10)で示される市販の有機金属錯体触媒{商品名「アリル[1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン]クロロパラジウム(II)」、アルドリッチ社製(以下、必要に応じて「IPrPd(allyl)」と表記)}を用意した。
【0157】
【化43】
【0158】
<X線結晶構造解析>
実施例1と比較例1の単結晶を作成することができたため、X線結晶構造解析を行った。
実施例1及び比較例1の各々をヘキサンに溶解させ、得られる液を室温から-40℃まで冷却することで再結晶を行った。
図10に実施例1の有機金属錯体触媒について得られたORTEP(Oak Ridge Thermal Ellipsoid Plot)を示す。
図11に、比較例1の有機金属錯体触媒について得られたORTEPを示す。
図12に実施例1の有機金属錯体触媒、比較例1の有機金属錯体触媒について得られたORTEPを示す。
なお、表3は、図10に示した実施例1を構成する各構成原子について得られた結合距離と結合角を示す。また、表4は、図11に示した比較例1を構成する各構成原子について得られた結合距離と結合角を示す。
更に、実施例1及び比較例1の結晶構造解析データについて、国際結晶連合IUCr(Internastinal Union of Crystallography)が定めたCIFファイルに記載の主な記載事項を表5に示す。
【0159】
【表3】
【0160】
【表4】
【0161】
【表5】
【0162】
以上の実施例1及び比較例1の結晶構造解析の結果、実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl) 15}を構成するイミダゾール環の4位炭素にはTMS基が結合しており、比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl) 16}を構成するイミダゾール環の4位炭素にはTEOS基が結合していることが確認できた。
表3、表4に示した結果から、実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl) 15}と比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl) 16}について、それぞれのイミダゾール環のカルベン炭素とPdとの結合距離は2つの錯体に大きな違いは見られなかった。
【0163】
ただし、実施例1の有機金属錯体触媒{TMSIPrPd(allyl) 15}におけるC(1)-N(1)-C(1)の結合角θ(図12中の実施例1のORTEPに示した結合角θ1を参照)を、反対側の同じ位置の角度と比べると1°~5°程度小さくなっていることが分かる(表3、図12参照)。
また、比較例1の有機金属錯体触媒{TEOSIPrPd(allyl) 16}におけるC(1)-N(1)-C(8)の結合角θ(図12中の比較例1のORTEPに示した結合角θ2を参照)を、反対側の同じ位置の角度と比べると1°~5°程度小さくなっていることが分かる。(表4、図12参照)。
【0164】
更に、実施例1の有機金属錯体触媒と比較例1の有機金属錯体触媒について、それぞれの錯体触媒をイミダゾール環の平面に対して垂直方向から見た場合、実施例1の有機金属錯体触媒よりも比較例1の有機金属錯体触媒の方が、TEOS基{(EtO)Si基}が結合している影響(立体障害の影響)で、イミダゾール環を構成する窒素のうちTEOS基に近い側に位置する窒素上の置換基が全体的に大きくねじれていることが分かった(図12、比較例1のORTEPを参照)。
【0165】
(実施例1-Rh)
有機金属錯体触媒{商品名「NTMS-RHA」、N.E.CHEMCAT社製]を用意した。この実施例1-Rhは先に述べた実施例1の有機金属錯体触媒の配位中心のPdをRhに置換した構成を有する触媒である。
[実施例1-Rh 第1工程]
まず、実施例1と同様の合成手順と分析を行い、先に述べた式(7)で示したNHC構造を有する配位子を合成した。
[実施例1-Rh 第2工程]
次に、RhソースであるπアリルPd錯体として、市販のアルドリッチ社製の[Rh(CO)Cl]を用意した。
[実施例1-Rh 第3工程]
次に、第1工程で得られた式(7)で示したNHC構造を有する配位子と、第2工程で準備したπアリルRh錯体とを用いて下記反応式(R11)で示す反応を行い実施例1-Rhの有機金属錯体触媒を合成した。
【0166】
【化44】
【0167】
[実施例1-Rh 第4工程]
第3工程の後に得られる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、式(R11)の生成物を含む固体についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
[実施例1-Rh 同定]
式(R11)の生成物、すなわち、実施例1-Rhの有機金属錯体触媒{商品名「NTMS-RHA」、N.E.CHEMCAT社製]の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
【0168】
(実施例2-Rh)
有機金属錯体触媒{商品名「NVNL-RHA」、N.E.CHEMCAT社製]を用意した。この実施例2-Rhは先に述べた実施例2の有機金属錯体触媒の配位中心のPdをRhに置換した構成を有する触媒である。
[実施例2-Rh 第1工程]
まず、実施例1と同様の合成手順と分析を行い、先に述べた式(9)で示したNHC構造を有する配位子を合成した。
[実施例2-Rh 第2工程]
次に、RhソースであるπアリルPd錯体として、市販のアルドリッチ社製の[Rh(CO)Cl]を用意した。
[実施例2-Rh 第3工程]
次に、第1工程で得られた式(9)で示したNHC構造を有する配位子と、第2工程で準備したπアリルRh錯体とを用いて下記反応式(R12)で示す反応を行い実施例2-Rhの有機金属錯体触媒を合成した。
【0169】
【化45】
【0170】
[実施例2-Rh 第4工程]
第3工程の後に得られる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、式(R12)の生成物を含む固体についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
[実施例2-Rh 同定]
式(R12)の生成物、すなわち、実施例2-Rhの有機金属錯体触媒{商品名「NVNL-RHA」、N.E.CHEMCAT社製]の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
【0171】
(比較例1-Rh)
有機金属錯体触媒{商品名「NTEOS-RHA」、N.E.CHEMCAT社製]を用意した。この比較例1-Rhは先に述べた比較例1の有機金属錯体触媒(商品名「NTEOS-PDA」)の配位中心のPdをRhに置換した構成を有する触媒である。
[比較例1-Rh 第1工程]
まず、比較例1と同様の合成手順と分析を行い、先に述べた式(8)で示したNHC構造を有する配位子(TEOSIPr)を合成した。
[比較例1-Rh 第2工程]
次に、RhソースであるπアリルPd錯体として、市販のアルドリッチ社製の[Rh(CO)Cl]を用意した。
[比較例1-Rh 第3工程]
次に、第1工程で得られた式(8)で示したNHC構造を有する配位子(TEOSIPr)と、第2工程で準備したπアリルRh錯体とを用いて下記反応式(R13)で示す反応を行い比較例1-Rhの有機金属錯体触媒{商品名「NTEOS-RHA」}を合成した。
【0172】
【化46】
【0173】
[比較例1-Rh 第4工程]
第3工程の後に得られる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、式(R13)の生成物を含む固体についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
[比較例1-Rh 同定]
式(R13)の生成物、すなわち、比較例1-Rhの有機金属錯体触媒(商品名「NTEOS-RHA」)の同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
【0174】
(比較例2-Rh)
先に述べた式(10)で示される市販の有機金属錯体触媒{商品名「アリル[1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン]クロロパラジウム(II)」、アルドリッチ社製、「IPrPd(allyl)」)}の配位中心のPdをRhに置換した有機金属錯体触媒(以下、必要に応じて「IPrRh」という)を用意した。この比較例2-Rhは先に述べた比較例2の有機金属錯体触媒の配位中心のPdをRhに置換した構成を有する触媒である。
[比較例2-Rh 第1工程]
まず、実施例1の第1工程―1と同様の合成手順と分析を行い、先に述べた式(P5)で示したNHC構造を有する配位子IPrを合成した。
[比較例2-Rh 第2工程]
次に、RhソースであるπアリルPd錯体として、市販のアルドリッチ社製の[Rh(CO)Cl]を用意した。
[比較例2-Rh 第3工程]
次に、第1工程で得られた式(P5)で示したNHC構造を有する配位子IPrと、第2工程で準備したπアリルRh錯体とを用いて下記反応式(R14)で示す反応を行い比較例2-Rhの有機金属錯体触媒IPrRhを合成した。
【0175】
【化47】
【0176】
[比較例2-Rh 第4工程]
第3工程の後に得られる有機金属錯体触媒の精製
第3工程の後、式(R14)の生成物IPrRhを含む固体についてヘキサン等を使用した再結晶化処理により精製を行った。
[比較例2-Rh 同定]
式(R14)の生成物、すなわち、比較例2-Rhの有機金属錯体触媒IPrRhの同定は、H NMR、13C{H}NMR、29Si{H}NMR、MALDI-TOF-MS、元素分析によって確認した。
【0177】
<実施例1-Rh、実施例2-Rh、比較例1-Rh、比較例2-RhのIR測定>
実施例1-Rh、実施例2-Rh、比較例1-Rh、比較例2-Rhの有機金属錯体触媒について赤外吸収スペクトルを測定した。そして、それぞれの赤外吸収スペクトルから得られるカルボニル基の伸縮振動数[cm-1]の相加平均値を用いて、先に述べた下記式(E1)により、配位中心をRhからNiに置換した有機金属錯体触媒のTEP値[cm-1]を求めた。
【0178】
【数3】
【0179】
それぞれの有機金属錯体触媒について求めたTEP値を表6に示す。
【表6】
※a 括弧内の数字は比較例2-RhのTEP値とそれぞれの有機金属触媒のTEP値との差を示す。
【0180】
表6に示した結果から明らかなように、実施例1-Rh、実施例1-Rhの有機金属錯体触媒のTEP値は、比較例2-RhのTEP値よりも低波数側へシフトすることが確認された。すなわち、実施例1-Rh、実施例1-Rhの有機金属錯体触媒は、比較例2-RhのIPr配位子(式(P5))よりも電子供与性の高いNHC構造を有する配位子を有することがわかった。
このことから、配位中心をRhからPdに置換した実施例1、実施例2の有機金属錯体触媒についても、比較例2のIPr配位子(式(P5))よりも電子供与性の高いNHC構造を有する配位子を有することがわかった。
【0181】
<クロスカップリング反応による触媒活性評価(1)>
実施例1、実施例2、比較例1、及び、比較例2の有機金属錯体触媒を使用して、下記反応式(R15)で示されるC-Nクロスカップリング反応(Buchwald-Hartwig reaction)を実施した。
【0182】
【化48】
【0183】
反応式(R15)に示すように、基質としてクロロベンゼン、N,N-ジブチルアアミン、塩基としてBuOK、溶媒として1,2-ジメトキシエタン(DME)1mLを用いた。仕込みや反応は、グローブボックス内で全て不活性ガス(Ar)雰囲気下にて行った。内標準物質としてドデカン及びメシチレンを使用し、GCによって収率を算出した。
反応条件は、クロロベンゼン1mmolに対して、N,N-ジブチルアミン 1.7mmol、温度70℃、触媒量 0.10mol%とした。実施例1、実施例2、比較例1、及び、比較例2の有機金属錯体触媒の触媒活性評価を行った結果を表7に示す。
【0184】
【表7】
【0185】
表7に示した結果から、市販品である比較例2の有機金属錯体触媒に比較し、本発明の構成を満たす実施例1、実施例2の有機金属錯体触媒を用いた場合、C-Nクロスカップリング反応に対し非常に高い収率で目的の生成物が得られることが明らかとなった。
本発明の構成を満たす実施例1、実施例2の有機金属錯体触媒は、短い反応時間においても比較例2、比較例1の有機金属錯体触媒よりも高い収率で目的の生成物が得られることが明らかとなった。
【0186】
<クロスカップリング反応による触媒活性評価(2)
実施例2及び比較例2の有機金属錯体触媒を使用して、下記反応式(R16)で示されるC-Nクロスカップリング反応を実施した。
【0187】
【化49】
【0188】
反応式(R16)と下記表7-2に示すように、基質として各種アリールクロリドとモルホリン、塩基としてBuOK、溶媒として1,2-ジメトキシエタン(DME)2mLを用いた。仕込みや反応は、グローブボックス内で全て不活性ガス(Ar)雰囲気下にて行った。内標準物質としてドデカン及びメシチレンを使用し、GCによって収率を算出した。
反応条件は、各種アリールクロリド1mmolに対して、モルホリン 1.7mmol、温度70℃、触媒量 0.10mol%とした。実施例2及び比較例1の有機金属錯体触媒の触媒活性評価を行った結果を表8に示す。
【0189】
【表8】
※a: GC yield / conversion.
【0190】
表8に示した結果から、市販品である比較例2の有機金属錯体触媒に比較し、本発明の構成を満たす実施例2の有機金属錯体触媒を用いた場合、3種類のアリールクロリドとモルホリンとのC-Nクロスカップリング反応のいずれにおいても高い収率、転化率で目的の生成物が得られることが明らかとなった。
【0191】
一般的に、クロスカップリング反応では、電子を豊富に持つパラジウムがハロゲン化アリールへ電子を与え、C-X結合(Xはハロゲン原子)を切断する酸化的付加から反応が開始される(例えば、「山本明夫 有機金属錯体 裳華房」を参照)。そのため、パラジウムの電子密度が増加することで酸化的付加が促進されていると推測できる。
しかし、図14に示した反応機構のように、反応式(R15)及び反応式(16)のようなC-Nカップリング反応においては、嵩高い配位子を用いた場合の律速段階は、アミンの金属への配位もしくは塩基によるプロトンの引き抜きの段階であることが明らかになっている(例えば、学術論文「a) Organ. M. G., Abdel-Hadi, M., Avola, S., Dubovyk, I., Hadei, N., Kantchev, E. A. B., Obrien, C. J., Valente, C. Chem. Eur. J. 2008, 14, 2443 b)Hoi, K. H., Calimsiz, S., Froese, R. D. J., Hopkinson, A. C., Organ, M. G. Chem. Eur. J. 2011, 17, 3086 c) Ikawa, T., Barder, T. E., Biscoe, M. R., Buchwald, S. L. J. Am. Chem. Soc. 2007, 129, 13001」を参照)。
ここで、図14は、有機Pd錯体触媒を用いたC-Nカップリング反応において明らかにされている反応機構を示す概念図である(上記の学術論文a)~c)を参照)。
【0192】
すなわち、C-Nカップリング反応はアミンの金属への配位もしくはアミン上のプロトンの引き抜きの段階が律速段階であり、イミダゾール環の4位炭素にシリル基を導入しかつTEP値を先に述べた条件を満たす構造とすることで、Pd上の電子密度が増加し、触媒活性種であるPdの安定化(触媒の安定化)に繋がっていると本発明者らは考えている。
【産業上の利用可能性】
【0193】
本発明の触媒は、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる。従って、本発明は、目的の生成物(例えば、芳香族アミン類)の合成にクロスカップリングが利用可能な医薬、農薬、電子材料の分野の量産技術の発達に寄与にする。
本発明の配位子によれば、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる有機金属錯体触媒を提供することができる。
また、本発明によれば、当該配位子を使用したクロスカップリング反応用の有機金属錯体触媒であって、クロスカップリング反応において従来の触媒よりも目的物の高い収率を得ることができる有機金属錯体触媒を確実に製造することのできる製造方法を提供することができる。
従って、本発明は、目的の生成物(例えば、芳香族アミン類)の合成にクロスカップリングが利用可能な医薬、農薬、電子材料の分野の量産技術の発達に寄与にする。
【符号の説明】
【0194】
15 TMSIPrPd(allyl)
16 EOSIPrPd(allyl)
IPr 1,3-ビス(2,6-ジイソプロピルフェニル)イミダゾール-2-イリデン
NHC 含窒素ヘテロ環状カルベン(N-Heterocyclic Carbene)
TEOS トリエトキシシリル基
TMS トリメチルシリル基

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14