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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】希土類元素のシュウ酸塩の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22B 59/00 20060101AFI20220509BHJP
   B09B 3/00 20220101ALI20220509BHJP
   B09B 3/40 20220101ALI20220509BHJP
   B09B 3/70 20220101ALI20220509BHJP
   C01B 35/12 20060101ALI20220509BHJP
   C01F 17/10 20200101ALI20220509BHJP
   C22B 3/10 20060101ALI20220509BHJP
   C22B 3/44 20060101ALI20220509BHJP
   C22B 7/00 20060101ALI20220509BHJP
【FI】
C22B59/00
B09B3/00 ZAB
B09B3/00 303Z
B09B3/00 304Z
C01B35/12 D
C01F17/10
C22B3/10
C22B3/44 101Z
C22B7/00 G
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018066295
(22)【出願日】2018-03-29
(65)【公開番号】P2019173148
(43)【公開日】2019-10-10
【審査請求日】2021-02-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106611
【弁理士】
【氏名又は名称】辻田 幸史
(74)【代理人】
【識別番号】100087745
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 善廣
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(72)【発明者】
【氏名】星 裕之
(72)【発明者】
【氏名】宮本 雄
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-003089(JP,A)
【文献】特開昭63-021220(JP,A)
【文献】特開昭60-122718(JP,A)
【文献】特開昭59-173182(JP,A)
【文献】特開平05-302188(JP,A)
【文献】特開2006-131982(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00-61/00
B09B 1/00- 5/00
C01B 7/00-11/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
工程1:ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
工程2:工程1で得た希土類元素の塩酸溶液にシュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、シュウ酸を含む塩酸廃液と分離する工程
工程3:工程2で分離したシュウ酸を含む塩酸廃液からシュウ酸濃度が0.5mass%以下の塩酸を再生し、再生した塩酸を用いて、新たに希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする希土類元素のシュウ酸塩の製造方法。
【請求項2】
工程3における工程2で分離した塩酸廃液からの塩酸の再生を、塩酸廃液を蒸留することによって行うことを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
塩酸廃液を70mass%以上蒸留することによって塩酸を再生することを特徴とする請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
工程1で塩酸に溶解するホウ素を含む希土類元素の酸化物が、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、鉄族元素から分離して調製されたものであることを特徴とする請求項2記載の製造方法。
【請求項5】
少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物が、R-Fe-B系永久磁石であることを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項6】
工程3における工程2で分離した塩酸廃液を蒸留するための熱源として、酸化処理を行った処理対象物を熱処理した際の排熱を用いることを特徴とする請求項4記載の製造方法。
【請求項7】
塩酸を再生するための塩酸廃液の蒸留を、50mbar~1013mbr未満の減圧下において50℃~110℃未満の条件で行う減圧蒸留によることを特徴とする請求項2記載の製造方法。
【請求項8】
塩酸を再生するための塩酸廃液の蒸留を、常圧下において100℃以上の条件で行う常圧蒸留によることを特徴とする請求項2記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばR-Fe-B系永久磁石(Rは希土類元素)から調製されたホウ素を含む希土類元素の酸化物から、希土類元素のシュウ酸塩を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
R-Fe-B系永久磁石は、高い磁気特性を有していることから、今日様々な分野で使用されていることは周知の通りである。このような背景のもと、R-Fe-B系永久磁石の生産工場では、日々、大量の磁石が生産されているが、磁石の生産量の増大に伴い、製造工程中に加工不良物などとして排出される磁石スクラップや、切削屑や研削屑などとして排出される磁石加工屑などの量も増加している。とりわけ情報機器の軽量化や小型化によってそこで使用される磁石も小型化していることから、加工代比率が大きくなることで、製造歩留まりが年々低下する傾向にある。従って、製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石加工屑などを廃棄せず、そこに含まれる金属元素、特に希土類元素をいかに回収して再利用するかが今後の重要な技術課題となっている。また、R-Fe-B系永久磁石を使用した電化製品などから循環資源として希土類元素をいかに回収して再利用するかについても同様である。本発明者らは、これまでこの技術課題に対して精力的に取り組んできており、その研究成果として、R-Fe-B系永久磁石などの希土類元素と鉄族元素を含む処理対象物から希土類元素を回収する方法として、処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、希土類元素を酸化物として鉄族元素から分離して回収する方法を、特許文献1や特許文献2において提案している。
【0003】
特許文献1や特許文献2に記載の方法により、鉄族元素から分離された希土類元素の酸化物は、溶融塩電解法やCa還元法に付することで、希土類金属を回収することができる。しかしながら、処理対象物が、例えばR-Fe-B系永久磁石のように希土類元素と鉄族元素に加えてホウ素を含む場合、鉄族元素から分離された希土類元素の酸化物は、ホウ素を少なからず含んでいる。ホウ素を含む希土類元素の酸化物を、フッ素を含む溶融塩成分を用いた溶融塩電解法によって還元すると、ホウ素がフッ素と反応することで有毒なフッ化ホウ素が発生する恐れがある。従って、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を、フッ素を含む溶融塩成分を用いた溶融塩電解法によって還元する場合、予めそのホウ素含量を低減しておくことが望ましい。ホウ素を含む希土類元素の酸化物のホウ素含量を低減する方法としては、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解した後、得られた希土類元素の塩酸溶液に、シュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、得られた沈殿物を焼成することでホウ素含量が低減された希土類元素の酸化物を得る方法がある。しかしながら、この方法は、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する都度、塩酸が必要となるため、コストが嵩むといった点において改善の余地がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2013/018710号
【文献】特開2015-193931号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
そこで本発明は、ホウ素を含む希土類元素の酸化物から希土類元素のシュウ酸塩を、コストをかけずに製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の点に鑑みてなされた本発明の希土類元素のシュウ酸塩の製造方法は、請求項1記載の通り、
工程1:ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
工程2:工程1で得た希土類元素の塩酸溶液にシュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、シュウ酸を含む塩酸廃液と分離する工程
工程3:工程2で分離したシュウ酸を含む塩酸廃液からシュウ酸濃度が0.5mass%以下の塩酸を再生し、再生した塩酸を用いて、新たに希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
を少なくとも含んでなることを特徴とする。
また、請求項2記載の製造方法は、請求項1記載の製造方法において、工程3における工程2で分離した塩酸廃液からの塩酸の再生を、塩酸廃液を蒸留することによって行うことを特徴とする。
また、請求項3記載の製造方法は、請求項2記載の製造方法において、塩酸廃液を70mass%以上蒸留することによって塩酸を再生することを特徴とする。
また、請求項4記載の製造方法は、請求項2記載の製造方法において、工程1で塩酸に溶解するホウ素を含む希土類元素の酸化物が、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、鉄族元素から分離して調製されたものであることを特徴とする。
また、請求項5記載の製造方法は、請求項4記載の製造方法において、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物が、R-Fe-B系永久磁石であることを特徴とする。
また、請求項6記載の製造方法は、請求項4記載の製造方法において、工程3における工程2で分離した塩酸廃液を蒸留するための熱源として、酸化処理を行った処理対象物を熱処理した際の排熱を用いることを特徴とする。
また、請求項7記載の製造方法は、請求項2記載の製造方法において、塩酸を再生するための塩酸廃液の蒸留を、50mbar~1013mbr未満の減圧下において50℃~110℃未満の条件で行う減圧蒸留によることを特徴とする。
また、請求項8記載の製造方法は、請求項2記載の製造方法において、塩酸を再生するための塩酸廃液の蒸留を、常圧下において100℃以上の条件で行う常圧蒸留によることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の方法によれば、希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得た際に生じる塩酸廃液から塩酸を再生し、再生した塩酸を新たなホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解するために用いて希土類元素のシュウ酸塩を製造することにより、使用する塩酸の総量を削減することができるので、ホウ素を含む希土類元素の酸化物からコストをかけずに希土類元素のシュウ酸塩を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の希土類元素のシュウ酸塩の製造方法は、
工程1:ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
工程2:工程1で得た希土類元素の塩酸溶液にシュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、塩酸廃液と分離する工程
工程3:工程2で分離した塩酸廃液から塩酸を再生し、再生した塩酸を用いて、新たに希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
を少なくとも含んでなることを特徴とするものである。以下、本発明の方法における工程を順次説明する。
【0009】
工程1:ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
この工程1で塩酸に溶解するホウ素を含む希土類元素の酸化物としては、例えば、特許文献1や特許文献2に記載の方法に従って、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、鉄族元素から分離して調製されたものが挙げられる。
【0010】
特許文献1や特許文献2に記載の方法に従って、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物からホウ素を含む希土類元素の酸化物を調製する場合の、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物は、Nd,Pr,Dy,Tb,Smなどの希土類元素とFe,Co,Niなどの鉄族元素とホウ素を含むものであれば特段の制限はなく、希土類元素と鉄族元素とホウ素に加えてその他の元素として例えばアルミニウムや炭素などを含んでいてもよい。具体的には、例えばR-Fe-B系永久磁石などが挙げられるが、とりわけ特許文献1や特許文献2に記載の方法は、鉄族元素含量が30mass%以上である処理対象物に好適に適用することができる(例えばR-Fe-B系永久磁石の場合、その鉄族元素含量は、通常、60mass%~82mass%である)。処理対象物の大きさや形状は特段制限されるものではなく、処理対象物がR-Fe-B系永久磁石の場合には製造工程中に排出される磁石スクラップや磁石加工屑などであってよい。処理対象物に対して十分な酸化処理を行うためには、処理対象物は5mm以下の粒径を有する粒状ないし粉末状であることが望ましい(例えば調製の容易性に鑑みれば粒径の下限は1μmが望ましい)。しかしながら、処理対象物の全てがこのような粒状ないし粉末状である必要は必ずしもなく、粒状ないし粉末状であるのは処理対象物の一部であってよい。
【0011】
少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物に対する酸化処理は、処理対象物に含まれる希土類元素を酸化物に変換することを目的とするものである。処理対象物に対する酸化処理によって処理対象物に含まれる鉄族元素が希土類元素とともに酸化物に変換されてもよい。処理対象物に対する酸化処理は、酸素含有雰囲気中で処理対象物を熱処理したり燃焼処理したりすることによって行うことが簡便である。酸素含有雰囲気は大気雰囲気であってよい。処理対象物を熱処理する場合、例えば350℃~1000℃で1時間~12時間行えばよい。処理対象物を燃焼処理する場合、例えば自然発火や人為的点火により行えばよい。処理対象物に対する酸化処理は、単一の方法で行ってもよいし、複数の方法を組み合わせて行ってもよい。処理対象物に対してこうした酸化処理を行うと、処理対象物に含まれる酸素モル濃度は希土類元素のモル濃度の1.5倍以上となり、希土類元素の酸化物への変換をより確実なものにすることができる。酸化処理によって処理対象物に含まれる酸素モル濃度は希土類元素のモル濃度の2.0倍以上になることが望ましい。また、処理対象物に対する酸化処理は、炭素の非存在下で行うことが望ましい。炭素の存在下で処理対象物に対する酸化処理を行うと、処理対象物に含まれる希土類元素が炭素と望まざる化学反応を起こして所望する酸化物への変換が阻害される恐れがあるからである(従ってここでは「炭素の非存在下」は処理対象物に含まれる希土類元素の酸化物への変換が阻害されるに足る化学反応の起因となる炭素が存在しないことを意味する)。
【0012】
次に、酸化処理を行った処理対象物を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、希土類元素を酸化物として鉄族元素から分離することができる。これは、酸化処理を行った処理対象物を炭素の存在下に移し、酸化処理を行った処理対象物に対して炭素を供給しながら950℃以上の温度で熱処理すると、酸化処理を行った処理対象物に含まれる希土類元素の酸化物は高温で酸化物のまま存在するのに対し、鉄族元素は炭素を固溶して合金化し、また、鉄族元素が酸化処理によって酸化物に変換された場合には鉄族元素の酸化物は炭素によって還元された後に炭素を固溶して合金化し、結果として、希土類元素の酸化物と、鉄族元素の炭素との合金が、巨視的ないし微視的に互いに独立して存在するという本発明者らによって見出された現象に基づくものである。酸化処理を行った処理対象物を炭素の存在下で熱処理する温度を950℃以上に規定するのは、950℃未満であると、処理対象物に含まれる鉄族元素の炭素との合金化が十分に進行しなかったり、鉄族元素が酸化物に変換された場合の鉄族元素の酸化物の炭素による還元が十分に進行しないことにより、希土類元素の酸化物と、鉄族元素の炭素との合金が、互いに独立して存在しにくくなることで、両者の分離が困難になるからである。酸化処理を行った処理対象物を炭素の存在下で熱処理する温度は1000℃以上が望ましく、1150℃以上がより望ましく、1300℃以上がさらに望ましい。なお、熱処理温度の上限は例えばエネルギーコストの点に鑑みれば1700℃が望ましく、1650℃がより望ましく、1600℃がさらに望ましい。熱処理時間は例えば10分間~3時間が適当である。酸化処理を行った処理対象物に対する炭素の供給源は、グラファイト(黒鉛や石墨)、木炭、コークス、石炭、ダイヤモンド、カーボンブラックなど、どのような構造や形状のものであってもよいが、炭素るつぼを用いて熱処理を行えば、炭素るつぼは処理容器としての役割とともにその表面からの炭素供給源としての役割も果たすので都合がよい(もちろん別個の炭素供給源をさらに添加することを妨げるものではない)。処理容器として炭素るつぼを用いる場合、酸化処理を行った処理対象物の炭素の存在下での熱処理は、アルゴンガス雰囲気などの不活性ガス雰囲気(酸素含有濃度は1ppm未満が望ましい)中や真空(1000Pa未満が望ましい)中で行うことが望ましい。大気雰囲気などの酸素含有雰囲気中で熱処理を行うと、雰囲気中の酸素が炭素るつぼの表面において炭素と反応することで炭酸ガスが発生し、炭素るつぼが炭素供給源としての役割を効率的に果さない恐れがあるからである。なお、用いることができる処理容器は、炭素るつぼに限定されるわけではなく、非炭素製の処理容器、例えばアルミナや酸化マグネシウムや酸化カルシウムなどの金属酸化物や酸化ケイ素でできたセラミックスるつぼ(単一の素材からなるものであってもよいし複数の素材からなるものであってもよい。炭化ケイ素などの炭素元素を含む素材であっても炭素供給源としての役割を果さない素材からなるものを含む)などを用いることもできる。非炭素製の処理容器を用いる場合、処理容器は炭素供給源としての役割を果さないので、処理容器に炭素供給源を添加することによって酸化処理を行った処理対象物を熱処理する。また、非炭素製の処理容器として製鉄のための溶鉱炉、電気炉、誘導炉などを用いるとともに、炭素供給源として木炭やコークスなどを用いれば、酸化処理を行った処理対象物を一度に大量に熱処理することができる。添加する炭素供給源の量は処理対象物に含まれる鉄族元素に対してモル比で1.5倍以上であることが望ましい。添加する炭素供給源の量をこのように調整することで、処理対象物に含まれる鉄族元素が酸化処理によって酸化物に変換されてもその還元を確実なものとして炭素との合金化を進行させることができる。なお、非炭素製の処理容器を用いる場合、酸化処理を行った処理対象物の炭素の存在下での熱処理は、アルゴンガス雰囲気などの不活性ガス雰囲気(酸素含有濃度は1ppm未満が望ましい)中や真空(1000Pa未満が望ましい)中で行ってもよいし、大気雰囲気などの酸素含有雰囲気中で行ってもよい。
【0013】
以上のようにして酸化処理を行った処理対象物を炭素の存在下で熱処理した後、冷却を行うと、熱処理温度の違いや炭素供給源の違いなどによって、希土類元素の酸化物と、鉄族元素の炭素との合金が、互いに独立かつ密接して存在する2種類の塊状物の形態や、その内部において希土類元素の酸化物が鉄族元素の炭素との合金と微視的に分離した粗い粒子が、わずかな力で壊れる程度に接合した単一の塊状物(熱収縮した焼成体であって例えば粒径が1mm~5mm程度の粒子を含む)の形態などで得られるので、両者は、物理的や磁気的に容易に分離することができる(必要であれば特許文献1や特許文献2を参照のこと)。
【0014】
こうして調製されたホウ素を含む希土類元素の酸化物の希土類元素含量は例えば70mass%以上であり、鉄族元素含量とホウ素含量はそれぞれ例えば5.0mass%以下である。こうしたホウ素を含む希土類元素の酸化物をこの工程1で塩酸に溶解する。用いる塩酸は、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解することができる濃度や容量で用いることができる。具体的には、例えば、用いる塩酸の濃度は0.5mol/L~11mol/L(濃塩酸)程度であり、その容量は濃度に応じてホウ素を含む希土類元素の酸化物1gに対して1mL~35mL程度である。溶解温度は、例えば20℃~85℃であってよい。溶解時間は、例えば1時間~3日間であってよい。なお、ホウ素を含む希土類元素の酸化物は、その溶解を効率的に行うために、粒径が1mm以下の粒状ないし粉末状に粉砕して塩酸に溶解することが望ましい。粉砕は粒径が500μm以下になるまで行うことがより望ましい。
【0015】
工程2:工程1で得た希土類元素の塩酸溶液にシュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、塩酸廃液と分離する工程
次に、工程1で得た希土類元素の塩酸溶液にシュウ酸を沈殿剤として加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得、塩酸廃液と分離する。希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために沈殿剤として用いるシュウ酸は、水和物の形態などであってもよく、工程1で塩酸に溶解したホウ素を含む希土類元素の酸化物量に対して過剰量、具体的には、工程1で塩酸に溶解したホウ素を含む希土類元素の酸化物1重量部に対して例えば0.8重量部~5重量部加えることが、希土類元素のシュウ酸塩の収率を高めるために望ましい。沈殿温度は、例えば20℃~85℃であってよい。沈殿時間は、例えば1時間~6時間であってよい。希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物と塩酸廃液の分離は、例えば吸引濾過などによって行えばよい。
【0016】
塩酸廃液から分離された目的物である希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物は、焼成することで、希土類元素の酸化物に変換することができる。この希土類元素の酸化物は、ホウ素含量が低減された希土類元素の酸化物であるので(ホウ素含量は例えば0.01mass%以下)、フッ素を含む溶融塩成分を用いた溶融塩電解法によって還元しても、ホウ素がフッ素と反応することで有毒なフッ化ホウ素が発生することを抑制することができる。希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物の焼成は、例えば大気雰囲気などの酸素含有雰囲気中で500℃~1000℃で行うことが望ましい。焼成温度は、600℃~950℃がより望ましく、700℃~900℃がさらに望ましい。焼成時間は、例えば1時間~6時間であってよい。
【0017】
工程3:工程2で分離した塩酸廃液から塩酸を再生し、再生した塩酸を用いて、新たに希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する工程
次に、工程2で分離した塩酸廃液から塩酸を再生し、再生した塩酸を用いて、新たに希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を塩酸に溶解する。塩酸廃液から再生した塩酸にホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解する工程3を経て希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得ることで、使用する塩酸の総量を削減することができる。塩酸廃液から塩酸を再生する方法は、特段限定されないが、塩酸廃液を蒸留することによって行う方法を採用することが望ましい。塩酸廃液を蒸留することによって塩酸を再生することで、再生した塩酸が、塩酸廃液に含まれる希土類元素の酸化物に含まれていたホウ素由来のホウ酸を極力含まないようにすることができる。また、工程2において、沈殿剤として用いるシュウ酸を、工程1で塩酸に溶解したホウ素を含む希土類元素の酸化物に対して過剰量加えた場合、塩酸廃液はシュウ酸を含むので、再生した塩酸が、塩酸廃液に含まれるシュウ酸を極力含まないようにすることができる。ホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解するために用いる塩酸が、ホウ酸やシュウ酸を多量に含むと(例えばホウ素濃度が10000ppmを超えたりシュウ酸濃度が0.5mass%を超えたりすると)、ホウ素を含む希土類元素の酸化物の溶解挙動に悪影響を及ぼしたり、溶解後に沈殿剤としてシュウ酸を加えることによる希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物の生成挙動に悪影響を及ぼしたりする恐れがある。
【0018】
塩酸を再生するための塩酸廃液の蒸留は、例えば、50mbar~1013mbr未満の減圧下において50℃~110℃未満の条件で行う減圧蒸留によってもよいし、常圧下において100℃以上の条件で行う常圧蒸留によってもよく、自体公知の蒸留装置を用いて行うことができる。工程1で塩酸に溶解するホウ素を含む希土類元素の酸化物が、少なくとも希土類元素と鉄族元素とホウ素を含む処理対象物に対して酸化処理を行った後、処理環境を炭素の存在下に移し、950℃以上の温度で熱処理することで、鉄族元素から分離して調製されたものである場合、酸化処理を行った処理対象物を熱処理した際の排熱を、塩酸廃液を蒸留するための熱源として用いれば、エネルギー使用量の削減を図ることができる。工程1で用いた塩酸の濃度や容量、蒸留条件などによって異なるが、塩酸廃液の70mass%以上を蒸留することで、濃度が3mol/L以上の塩酸(ホウ素濃度は10000ppm未満であってシュウ酸濃度は0.5mass%未満)を再生することができる。
【0019】
こうして工程2で分離した塩酸廃液を蒸留することで再生した塩酸の全部または一部を、新たなホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解するための塩酸として用い、ホウ素を含む希土類元素の酸化物を溶解した後、再び工程2を行えば、目的物である希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得ることができる。希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を焼成することで、希土類元素の酸化物を得ることができることは前述の通りである。希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物から分離された塩酸廃液は、再び工程3によって塩酸を再生するために用いればよい。
【実施例
【0020】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載に限定して解釈されるものではない。
【0021】
実施例1:
(工程1)
R-Fe-B系永久磁石の製造工程中に発生した約10μmの粒径を有する磁石加工屑(自然発火防止のため水中で7日間保管したもの)に対し、吸引ろ過することで脱水してからロータリーキルンを用いて燃焼処理することで酸化処理を行った。こうして酸化処理を行った磁石加工屑のICP分析(使用装置:島津製作所社製のICPV-1017、以下同じ)の結果を表1に示す。
【0022】
【表1】
【0023】
次に、酸化処理を行った磁石加工屑50gとカーボンブラック(東海カーボン社製のファーネスブラック)10gを混合し、カーボンブラック10gを予め底面に敷き詰めた寸法が内径50mm×深さ50mm×肉厚10mmの炭素るつぼ(黒鉛製)に収容した後、電気炉を用い、工業用アルゴンガス雰囲気(酸素含有濃度:0.2ppm、流量:10L/分)中で1450℃まで10℃/分で昇温してから1時間熱処理した。その後、炉内の加熱を停止し、炉内の工業用アルゴンガス雰囲気を維持したまま、炭素るつぼを室温まで炉冷した。炉冷を終了した後、炭素るつぼ内には、互いに独立かつ密接して存在する2種類の塊状物(塊状物Aと塊状物B)が存在した。塊状物Aと塊状物BのそれぞれのSEM・EDX分析(使用装置:日立ハイテクノロジーズ社製のS800)を行ったところ、塊状物Aの主成分は鉄である一方、塊状物Bの主成分は希土類元素の酸化物であった。塊状物BのSEM・EDX分析の結果(Nd,Pr,Dyのみ)を表2に示す(鉄は検出限界以下。ホウ素含量は2.5mass%)。なお、塊状物Bの主成分である希土類元素の酸化物は、軽希土類元素(Nd,Pr)と重希土類元素(Dy)の複合酸化物ないし酸化物の混合物であることを、別途に行ったX線回析分析(使用装置:ブルカー・エイエックスエス社製のD8 ADVANCE、以下同じ)において確認した。
【0024】
【表2】
【0025】
次に、ホウ素を含む希土類元素の酸化物である塊状物Bを、瑪瑙製の乳鉢と乳棒で粉砕し、ステンレス製の篩を用いて粒径が125μm未満の粉末を得る操作を複数回行うことで、約1kgの塊状物Bの粉末を調製した。こうして調製した塊状物Bの粉末152gを、濃度が3mol/Lの塩酸1Lに加え、80℃で4時間撹拌することで、塊状物Bの塩酸溶液を得た。
【0026】
(工程2)
工程1で得た塊状物Bの塩酸溶液に、シュウ酸二水和物200g(工程1で塩酸に溶解した塊状物B量に対して過剰量)を加え、室温で2時間撹拌することで、水分を多量に含む白色粉末の沈殿物(希土類元素のシュウ酸塩)約425gを、吸引濾過により塩酸廃液と分離してろ紙上に得た。こうして得た希土類元素のシュウ酸塩は、アルミナるつぼに収容し、大気雰囲気中で900℃で2時間焼成することで、希土類元素の酸化物(軽希土類元素と重希土類元素の複合酸化物ないし酸化物の混合物であってホウ素含量は0.003mass%)に変換することができた。
【0027】
(工程3)
工程2で分離した塩酸廃液500mLを市販のエバポレータを用いて蒸留することで塩酸を再生した。塩酸廃液の蒸留は、(A)真空ポンプを用いた各種の減圧下(50mbar~160mbar)、塩酸廃液をウォーターバスで60℃に加温する条件、または、(B)常圧下、塩酸廃液をラバーヒータで100℃以上に加温する条件で行い、留出した塩酸を5℃の冷却水を用いて回収した。その結果、減圧蒸留による場合は塩酸廃液の78mass%以上を蒸留することで、常圧蒸留による場合は塩酸廃液の99mass%以上を蒸留することで、濃度が3mol/L以上の塩酸を再生することができた(濃度はpH測定に基づく)。こうして工程2で分離した塩酸廃液を蒸留することで再生した塩酸100mLに、新たな塊状物Bの粉末15.2gを加え、80℃で4時間撹拌することで、塊状物Bの塩酸溶液を得た。得られた塊状物Bの塩酸溶液は、シュウ酸二水和物を加えることで希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物を得るために用いた。なお、工程2で分離した塩酸廃液を蒸留することで再生した塩酸のホウ素濃度は、減圧蒸留によって再生した場合には50ppm未満、常圧蒸留によって再生した場合には200ppm未満であった(ICP分析による)。また、シュウ酸濃度は、いずれの場合も0.005mass%未満であった(HPLC分析による。使用装置:Agilent Technologies社製のAgilent1260 Infinity及び1290Infinity(カラム槽)。再生した塩酸がホウ素やシュウ酸をこれらの濃度で含むことが、塊状物Bの粉末の溶解挙動に悪影響を及ぼしたり、溶解後に沈殿剤としてシュウ酸を加えることによる希土類元素のシュウ酸塩からなる沈殿物の生成挙動に悪影響を及ぼしたりすることは認められなかった。
【0028】
実施例2:
実施例1の工程3における塩酸廃液を蒸留するための熱源として、実施例1の工程1で酸化処理を行った処理対象物を熱処理した際の排熱を用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例1と同様の結果を得た。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、ホウ素を含む希土類元素の酸化物から希土類元素のシュウ酸塩を、コストをかけずに製造する方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。