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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-06
(45)【発行日】2022-05-16
(54)【発明の名称】化学強化ガラス
(51)【国際特許分類】
   C03C 21/00 20060101AFI20220509BHJP
   G01N 3/20 20060101ALI20220509BHJP
   G01N 3/56 20060101ALI20220509BHJP
   G09F 9/00 20060101ALI20220509BHJP
【FI】
C03C21/00 101
G01N3/20
G01N3/56 H
G09F9/00 302
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019525676
(86)(22)【出願日】2018-06-20
(86)【国際出願番号】 JP2018023536
(87)【国際公開番号】W WO2018235885
(87)【国際公開日】2018-12-27
【審査請求日】2021-02-09
(31)【優先権主張番号】P 2017123365
(32)【優先日】2017-06-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】末原 道教
(72)【発明者】
【氏名】藤原 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】周 莅霖
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/008763(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/008766(WO,A1)
【文献】特公昭47-2634(JP,B1)
【文献】国際公開第2014/157008(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/115765(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03C21/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス表層に圧縮応力層を有する板状の化学強化ガラスであって、
ガラス板最表面からの深さXに対する水素濃度YのプロファイルをX=0.1~0.6(μm)において線形近似した直線が、下記関係式(I)を満たし、ボールオンリング強度試験により下記条件で測定した面強度F(N)が、ガラス板の板厚t(mm)に対して、F≧1500×tであり、消しゴム摩耗試験により下記条件でAFP耐摩耗性を測定したとき、4000回の摩耗回数における接触角が65°以上である、化学強化ガラス。
Y=aX+b (I)
[式(I)における各記号の意味は下記の通りである。
Y:水素濃度(HO換算、mol/L)
X:ガラス最表面からの深さ(μm)
a:-0.450~-0.300
b:0.250~0.400]
ボールオンリング(BoR)強度試験条件:
板厚t(mm)のガラス板を、直径30mm、接触部が曲率半径2.5mmの丸みを持つステンレスリング上に配置し、該ガラス板に直径10mmの鋼球体を接触させた状態で、該球体を静的荷重条件下で該リングの中心に荷重し、ガラスが破壊された際の破壊荷重(単位N)をBoR強度とし、該BoR強度の20回の測定平均値を面強度Fとする。ただし、ガラスの破壊起点が、該球体の荷重点から2mm以上離れている場合は、平均値算出のためのデータより除外する。
消しゴム摩耗試験条件:
化学強化したガラス板表面を紫外線洗浄し、オプツール(登録商標)DSX(ダイキン社製)をスプレーコーティングしてガラス板表面上に略均一なAFP膜を形成する。
1cmの圧子に消しゴム(MIRAE SCIENCE社製、minoan)を取り付け、1kgfの荷重をかけた状態で、ガラス板表面上に形成されたAFP膜表面をストローク幅20mm、速度30mm/secで4000回往復摩擦した後、布[小津産業社製、DUSPER(登録商標)]にて乾拭きしてAFP膜表面を洗浄した後、AFP膜表面の3カ所で水接触角(°)を測定する。これを3回繰り返し、合計9個の平均水接触角(°)を測定する。AFP膜表面の水接触角(°)は、JIS R 3257(1999年)に準拠した方法により測定する。
【請求項2】
表面粗さ(Ra)が0.30nm以上である請求項1に記載の化学強化ガラス。
【請求項3】
表面圧縮応力値(CS)が600MPa以上である請求項1または2に記載の化学強化ガラス。
【請求項4】
圧縮応力層深さ(DOL)が10μm以上である請求項1~3のいずれか一項に記載の化学強化ガラス。
【請求項5】
内部引張応力(CT)が72MPa以下である請求項1~4のいずれか一項に記載の化学強化ガラス。
【請求項6】
表示装置のカバーガラスとして用いられることを特徴とする請求項1~5のいずれか一項に記載の化学強化ガラス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は化学強化ガラスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、様々なディスプレイ装置のカバーガラスとして化学強化ガラスが用いられており、その強度についてさらなる向上が求められている。従来から、硝酸カリウム溶融塩等にガラスを浸漬して化学強化処理することにより、ガラスの面強度を高めることが知られている。例えば、特許文献1には、硝酸カリウム溶融塩にガラスを浸漬して化学強化処理することによりガラス板の面強度を向上させることが開示されている。また、特許文献1には、化学強化処理したガラス板の面強度をさらに向上させるために化学強化処理した後に表面エッチング処理を施すことが開示されている。
【0003】
一方、より軽量化および薄型化するため、タッチセンサを化学強化ガラスに直接搭載させることでガラス板を省略し、タッチセンサを搭載した化学強化ガラスを液晶ディプレイ(LCD)上に配置する、いわゆるOGS(One Glass Solution)方式のディスプレイ装置が開発されている(特許文献2)。
【0004】
防汚性、耐スクラッチ性および表面滑り性、指紋の付着を軽減する機能を付与するために、化学強化ガラスの表面を、シリコーン系化合物若しくはフッ素系化合物又はそれらを含む組成物からなる指紋防止(AFP:Anti Finger Print)剤を用いて蒸着、スプレーまたはディップ等の方法によりコーティングして、AFP膜を形成する場合がある(特許文献3)。所望の防汚性、耐スクラッチ性、表面滑り性、指紋の付着を軽減する機能を長期間持続するためには、AFP膜の優れた耐摩耗性が求められる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特表2013-516387号公報
【文献】日本国特開2011-197708号公報
【文献】日本国特開2000-144097号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の製造方法より得られる化学強化ガラスは、ガラス表面に塗布されるAFP剤により形成されるAFP膜の耐摩耗性(以下、AFP耐摩耗性とも略す。)が低く、面強度が充分でないという課題がある。
【0007】
したがって、本発明は上記実情に鑑み、面強度とAFP耐摩耗性とを兼ね備えた従来にない化学強化ガラスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは鋭意研鑽を積んだ結果、表層における水素濃度プロファイルが特定の範囲である化学強化ガラスは、面強度とAFP耐摩耗性とを両立できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は下記に関するものである。
1.ガラス表層に圧縮応力層を有する板状の化学強化ガラスであって、
ガラス板最表面からの深さXに対する水素濃度YのプロファイルをX=0.1~0.6(μm)において線形近似した直線が、下記関係式(I)を満たし、ボールオンリング強度試験により下記条件で測定した面強度F(N)が、ガラス板の板厚t(mm)に対して、F≧1500×tであり、消しゴム摩耗試験により下記条件でAFP耐摩耗性を測定したとき、4000回の摩耗回数における接触角が65°以上である、化学強化ガラス。
Y=aX+b (I)
[式(I)における各記号の意味は下記の通りである。
Y:水素濃度(HO換算、mol/L)
X:ガラス板最表面からの深さ(μm)
a:-0.450~-0.300
b:0.250~0.400]
ボールオンリング(BoR)強度試験条件:
板厚t(mm)のガラス板を、直径30mm、接触部が曲率半径2.5mmの丸みを持つステンレスリング上に配置し、該ガラス板に直径10mmの鋼球体を接触させた状態で、該球体を静的荷重条件下で該リングの中心に荷重し、ガラスが破壊された際の破壊荷重(単位N)をBoR強度とし、該BoR強度の20回の測定平均値を面強度Fとする。ただし、ガラスの破壊起点が、該球体の荷重点から2mm以上離れている場合は、平均値算出のためのデータより除外する。
消しゴム摩耗試験条件:
化学強化したガラス板表面を紫外線洗浄し、オプツール(登録商標)DSX(ダイキン社製)をスプレーコーティングしてガラス板表面上に略均一なAFP膜を形成する。
1cmの圧子に消しゴム(MIRAE SCIENCE社製、minoan)を取り付け、1kgfの荷重をかけた状態で、ガラス板表面上に形成されたAFP膜表面をストローク幅20mm、速度30mm/secで4000回往復摩擦した後、布[小津産業社製、DUSPER(登録商標)]にて乾拭きしてAFP膜表面を洗浄した後、AFP膜表面の3カ所で水接触角(°)を測定する。これを3回繰り返し、合計9個の平均水接触角(°)を測定する。AFP膜表面の水接触角(°)は、JIS R 3257(1999年)に準拠した方法により測定する。
2.表面粗さ(Ra)が0.30nm以上である前記1に記載の化学強化ガラス。
3.表面圧縮応力値(CS)が600MPa以上である前記1または2に記載の化学強化ガラス。
4.圧縮応力層深さ(DOL)が10μm以上である前記1~3のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
5.内部引張応力(CT)が72MPa以下である前記1~4のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
6.表示装置のカバーガラスとして用いられることを特徴とする前記1~5のいずれか1に記載の化学強化ガラス。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ガラス板表層における水素濃度プロファイルを特定の範囲とすることにより、面強度とAFP耐摩耗性とを兼ね備えた化学強化ガラスを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、ボールオンリング強度試験の方法を説明するための概略図である。
図2図2は、本発明に係る化学強化ガラスを製造する工程を表す模式図である。
図3図3は、化学強化処理における雰囲気を形成するための実験系の模式図である。
図4図4Aおよび図4Bは、消しゴム摩耗試験によりAFP耐摩耗性を評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変形して実施できる。また本明細書において数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。また、本明細書において“質量%”と“重量%”、“質量ppm”と“重量ppm”とは、それぞれ同義である。また、単に“ppm”と記載した場合は、“重量ppm”のことを示す。
【0013】
<化学強化ガラス>
本発明に係る化学強化ガラスは、ガラス板表層にイオン交換により形成された圧縮応力層を有する化学強化ガラスであって、ガラス板最表面からの深さXに対する水素濃度YのプロファイルをX=0.1~0.6(μm)において線形近似した直線が、下記関係式(I)を満たし、ボールオンリング強度試験により下記条件で測定した面強度F(N)が、ガラス板の板厚t(mm)に対して、F≧1500×tであり、消しゴム摩耗試験により下記条件でAFP耐摩耗性を測定したとき、4000回の摩耗回数における接触角が65°以上である、化学強化ガラスであることを特徴とする。
Y=aX+b (I)[式(I)における各記号の意味は下記の通りである。
Y:水素濃度(HO換算、mol/L)
X:ガラス板最表面からの深さ(μm)
a:-0.450~-0.300
b:0.250~0.400]
ボールオンリング(BoR)強度試験条件:
板厚t(mm)のガラス板を、直径30mm、接触部が曲率半径2.5mmの丸みを持つステンレスリング上に配置し、該ガラス板に直径10mmの鋼球体を接触させた状態で、該球体を静的荷重条件下で該リングの中心に荷重し、ガラス板が破壊された際の破壊荷重(単位N)をBoR強度とし、該BoR強度の20回の測定平均値を面強度Fとする。ただし、ガラスの破壊起点が、該球体の荷重点から2mm以上離れている場合は、平均値算出のためのデータより除外する。
消しゴム摩耗試験条件:
化学強化したガラス板表面を紫外線洗浄し、オプツール(登録商標)DSX(ダイキン社製)をスプレーコーティングしてガラス板表面上に略均一なAFP膜を形成する。
1cmの圧子に消しゴム(MIRAE SCIENCE社製、minoan)を取り付け、1kgfの荷重をかけた状態で、ガラス板表面上に形成されたAFP膜表面をストローク幅20mm、速度30mm/secで4000回往復摩擦した後、布[小津産業社製、DUSPER(登録商標)]にて乾拭きしてAFP膜表面を洗浄した後、AFP膜表面の3カ所で水接触角(°)を測定する。これを3回繰り返し、合計9個の平均水接触角(°)を測定する。AFP膜表面の水接触角(°)は、JIS R 3257(1999年)に準拠した方法により測定する。
【0014】
本発明に係る化学強化ガラスは、ガラス板表層にイオン交換された圧縮応力層を有する。本明細書において圧縮応力層とは、ガラス板を硝酸カリウム等の無機塩と接触させることによって、ガラス板表面の金属イオン(Naイオン)と無機塩中のイオン半径の大きいイオン(Kイオン)とがイオン交換されることで形成される高密度層のことである。ガラス板表面が高密度化することで圧縮応力が発生し、ガラス板を強化できる。
【0015】
〔ガラス組成〕
本発明で使用されるガラスはアルカリイオンを含んでいればよく、成形、化学強化処理による強化が可能な組成を有するものである限り、種々の組成のものを使用できる。中でもナトリウムを含んでいることが好ましく、具体的には、例えば、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ボロシリケートガラス、鉛ガラス、アルカリバリウムガラス、アルミノボロシリケートガラス等が挙げられる。
【0016】
本発明の化学強化ガラスとして用いられるガラスの組成としては特に限定されないが、例えば、以下のガラス組成が挙げられる。
(1)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを50~74%、Alを1~15%、NaOを6~18%、KOを0~3%、MgOを2~15%、CaOを0~6%、ZrOを0~5%およびTiOを0~1%含有し、SiOおよびAlの含有量の合計が76%以下、NaOおよびKOの含有量の合計が12~25%であるガラス
(2)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを55.5~80%、Alを8~20%、NaOを8~25%、KOを0~3%、TiOを0~1%、ZrOを0~5%、アルカリ土類金属RO(ROはMgO+CaO+SrO+BaOである)を1%以上含有するガラス
(3)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを56~72%、Alを8~20%、Bを3~20%、NaOを8~25%、KOを0~5%、MgOを0~15%、CaOを0~15%およびTiOを0~1%含有するガラス
(4)酸化物基準の質量%で表示した組成で、SiOを60~72%、Alを1~18%、MgOを1~5%、CaOを0~5%、NaOを12~19%、KOを0~5%含有し、アルカリ土類金属RO(ROはMgO+CaO+SrO+BaOである)を1%以上含有するガラス
(5)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを55.5~80%、Alを12~20%、NaOを8~25%、Pを2.5%以上、アルカリ土類金属RO(ROはMgO+CaO+SrO+BaOである)を1%以上含有するガラス
(6)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを57~76.5%、Alを12~18%、NaOを8~25%、Pを2.5~10%、アルカリ土類金属ROを1%以上含有するガラス
(7)酸化物基準のモル%で表示した組成で、SiOを56~72%、Alを8~20%、Bを3~20%、NaOを8~25%、KOを0~5%、MgOを0~15%、CaOを0~15%、SrOを0~15%、BaOを0~15%およびZrOを0~8%含有するガラス
【0017】
〔水素濃度〕
本発明の化学強化ガラスは、ガラス板表層における水素濃度プロファイルが特定の範囲にある。具体的には、ガラス板最表面からの深さXに対する水素濃度YのプロファイルをX=0.1~0.6(μm)において線形近似した直線が下記関係式(I)を満たす。
Y=aX+b (I)
[式(I)における各記号の意味は下記の通りである。
Y:水素濃度(HO換算、mol/L)
X:ガラス板最表面からの深さ(μm)
a:-0.450~-0.300
b:0.250~0.400]
【0018】
ガラス板の強度に関し、ガラス中の水素(水分)の存在によってガラス板の強度が低下することは知られている。本発明者らは、化学強化処理後に強度が低下することがあり、その主原因は雰囲気中の水分がガラスに侵入することにより化学的欠陥が生成するためであることを見出した。
【0019】
ガラス中の水素濃度が高いと、ガラスのSi-O-Siの結合ネットワークの中に水素がSi-OHの形で入り、Si-O-Siの結合が切れる。ガラス中の水素濃度が高いとSi-O-Siの結合が切れる部分が多くなり、化学的欠陥が生成され易くなり、強度が低下すると考えられる。
【0020】
上記関係式(I)は、ガラス板最表面からの深さX=0.1~0.6(μm)の領域において成り立つものである。イオン交換により形成される圧縮応力層の厚さは、化学強化の程度によるが、通常5~90μmの範囲で形成される。そして、ガラスへの水素の侵入深さは、拡散係数、温度および時間に従い、水素の侵入量はこれらに加えて雰囲気中の水分量が影響する。化学強化後の水素濃度は、最表面が最も高く、圧縮応力層が形成されていない深部(バルク)にかけて徐々に低下する。上記関係式(I)はその低下具合を規定したものであるが、最表面(X=0μm)では、経時変質により水分濃度が変化する可能性があるため、その影響がないと考えられる近表面[X=0.1~0.6(μm)の領域]において成り立つものとした。
【0021】
式(I)において、aは水素濃度の低下具合を規定する傾きである。aの範囲は-0.450~-0.300であり、好ましくは-0.380~-0.300であり、より好ましくは-0.350~-0.300である。また、式(I)において、bは最表面(X=0μm)における水素濃度に相当する。bの範囲は0.250~0.400であり、好ましくは0.250~0.370であり、より好ましくは0.250~0.320である。
【0022】
一般的に、ガラス板の強度低下は、外部からの機械的な圧力によりガラス板表面に存在する微小クラックが伸展することが原因と考えられている。クラックの先端のガラス構造がSi-OHリッチな状態であるほど、クラックが伸展しやすい[Won-Taek Han et al., “Effect of residual water in silica glass on static fatigue”, Journal of Non-CrystallineSolids, 127, (1991) 97-104]。クラックの先端が雰囲気中に曝露されていると仮定すれば、クラックの先端のSi-OH量は、ガラス最表面の水素濃度と正の相関を示すと推測される。従って、最表面の水素濃度に相当するbは上記に示す程度の範囲が好ましい。
【0023】
水素の侵入深さは化学強化処理条件に依存して変化する可能性が高いが、仮に変化しないとすれば、最表面の水素濃度に相当するbと水素濃度の低下具合を規定する傾きに相当するaには負の相関が現れる。従って、aは上記に示す程度の範囲が好ましい。
【0024】
〔水素濃度プロファイル測定方法〕
ここで、ガラス板の水素濃度プロファイル(HO濃度、mol/L)は、以下の分析条件下で測定したプロファイルである。
【0025】
ガラス板の水素濃度プロファイルの測定には二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)を用いる。SIMSにて定量的な水素濃度プロファイルを得る場合には、水素濃度既知の標準試料が必要である。標準試料の作製方法および水素濃度定量方法を以下に記す。
1)測定対象のガラス板の一部を切り出す。
2)切り出したガラス板の表面から50μm以上の領域を研磨あるいはケミカルエッチングによって除去する。除去処理は両面とも行う。すなわち、両面での除去された分の厚さは100μm以上となる。この除去処理済みガラス板を標準試料とする。
3)標準試料について赤外分光法(Infrared spectroscopy:IR)を実施し、IRスペクトルの3550cm-1付近のピークトップの吸光度高さA3550および4000cm-1の吸光度高さA4000(ベースライン)を求める。
4)標準試料の板厚d(cm)をマイクロメーターなどの板厚測定器を用いて測定する。
5)文献Aを参考に、ガラスのHOの赤外実用吸光係数εpract[L/(mol・cm)]を75とし、下記式(II)を用いて標準試料の水素濃度(HO換算、mol/L)を求める。
標準試料の水素濃度=(A3550-A4000)/(εpract・d)・・・式(II)
文献A)S. Ilievski et al., Glastech. Ber. Glass Sci. Technol., 73 (2000) 39.
【0026】
測定対象のガラス板と上記の方法によって得られた水素濃度既知の標準試料を同時にSIMS装置内へ搬送し、順番に測定を行い、および30Siの強度の深さ方向プロファイルを取得する。その後、プロファイルから30Siプロファイルを除して、30Si強度比の深さ方向プロファイルを得る。標準試料の30Si強度比の深さ方向プロファイルより、深さ0.1μmから0.6μmまでの領域における平均30Si強度比を算出し、この値と水素濃度との検量線を、原点を通過するように作成する(1水準の標準試料での検量線)。この検量線を用い、測定対象のガラス板のプロファイルの縦軸の30Si強度比を水素濃度へ変換する。これにより、測定対象のガラス板の水素濃度プロファイルを得る。なお、SIMSおよびIRの測定条件は以下の通りである。
【0027】
(SIMSの測定条件)
装置:アルバック・ファイ社製 ADEPT1010
一次イオン種:Cs
一次イオンの加速電圧:5kV
一次イオンの電流値:500nA
一次イオンの入射角:試料面の法線に対して60°
一次イオンのラスターサイズ:300×300μm
二次イオンの極性:マイナス
二次イオンの検出領域:60×60μm(一次イオンのラスターサイズの4%)
ESA Input Lens:0
中和銃の使用:有
横軸をスパッタ時間から深さへ変換する方法:分析クレータの深さを触針式表面形状測定器(Veeco社製Dektak150)によって測定し、一次イオンのスパッタレートを求める。このスパッタレートを用いて、横軸をスパッタ時間から深さへ変換する。検出時のField Axis Potential:装置ごとに最適値が変化する可能性がある。バックグラウンドが充分にカットされるように測定者が注意しながら値を設定する。
【0028】
(IRの測定条件)
装置:Thermo Fisher Scientific社製Nic-plan/Nicolet 6700
分解能:8cm-1
積算:64
検出器:TGS検出器
【0029】
上記分析条件により測定したガラス板の水素濃度プロファイル(HO濃度、mol/L)から関係式(I)を導くには、以下の手順による。ガラス板最表面からの深さX=0.1~0.6(μm)の領域の水素濃度Yのプロファイルに対して線形近似を行う。得られた近似直線の式を関係式(I)とする。
【0030】
また、a及びbを制御する手段としては、例えば、化学強化処理における融剤濃度、ナトリウム濃度、温度、時間等を変更することが挙げられる。
【0031】
〔ガラス板の強度〕
本発明の化学強化ガラス板の強度(面強度)は、ボールオンリング(Ball on Ring;BoR)強度試験により評価できる。BoR強度試験は、具体的には次の通りである。
【0032】
板厚t(mm)のガラス板を、直径30mm、接触部が曲率半径2.5mmの丸みを持つステンレスからなるリング状の受け冶具上に配置し、該ガラス板にSUS304製の加圧治具2(焼入れ鋼、球体、直径10mm、鏡面仕上げ)を接触させた状態で、該加圧冶具2を静的荷重条件下で該リング状の受け冶具の中心に荷重するBoR強度試験により測定したBoR強度F(N)で評価する。
【0033】
図1に、本発明で用いたBoR強度試験を説明するための概略図を示す。BoR強度試験では、ガラス板1を水平に載置した状態で、SUS304製の球体である加圧治具2(焼入れ鋼、直径10mm、鏡面仕上げ)を用いてガラス板1を加圧し、ガラス板1の強度を測定する。
【0034】
図1において、SUS304製の受け治具3(直径30mm、接触部の曲率R2.5mm、接触部は焼入れ鋼、鏡面仕上げ)の上に、サンプルとなるガラス板1が水平に設置されている。ガラス板1の上方には、ガラス板1を加圧するための、加圧治具2が設置されている。
【0035】
本実施の形態においては、実施例及び比較例後に得られたガラス板1の上方から、ガラス板1の中央領域を加圧する。なお、試験条件は下記の通りである。
加圧治具2の下降速度:1.0(mm/min)
この時、ガラス板が破壊された際の、破壊荷重(単位N)をBoR強度とし、20回の測定の平均値をBoR平均強度とする。ただし、ガラス板の破壊起点がボール押しつけ位置より2mm以上離れている場合は、平均値算出のためのデータより除外する。
【0036】
本発明の化学強化ガラスは、F≧1500×tであり、より好ましくはF≧1800×tであり、さらに好ましくはF≧2000×tであり、ことさらに好ましくはF≧2100×tである。[式中、FはBoR強度試験により測定したBoR強度(N)であり、tはガラス板の板厚(mm)である。]。BoR強度F(N)がかかる範囲であることにより、薄板化した場合にも優れた強度を示す。
【0037】
〔AFP耐摩耗性〕
本発明の化学強化ガラスにおけるAFP耐摩耗性は、下記に示す消しゴム摩耗試験により評価できる。
【0038】
〔消しゴム摩耗試験〕
試験条件:
化学強化したガラス板表面を紫外線洗浄し、オプツール(登録商標)DSX(ダイキン社製)をスプレーコーティングしてガラス板表面上に略均一なAFP膜を形成する。
1cmの圧子に消しゴム(MIRAE SCIENCE社製、minoan)を取り付け、1kgfの荷重をかけた状態で、ガラス板表面上に形成されたAFP膜表面をストローク幅20mm、速度30mm/secで4000回往復摩擦した後、布[小津産業社製、DUSPER(登録商標)]にて乾拭きしてAFP膜表面を洗浄した後、AFP膜表面の3カ所で水接触角(°)を測定する。これを3回繰り返し、合計9個の平均水接触角(°)を測定する。
AFP膜表面の水接触角(°)は、JIS R 3257(1999年)に準拠した方法により測定する。
【0039】
前記消しゴム摩耗試験は、市販されている試験機[例えば、大栄科学精器製作所社製平面摩耗試験機(3連式)型式:PA-300A]等を用いて行うことができる。
【0040】
本発明の化学強化ガラスは、消しゴム摩耗試験により前記条件で測定したAFP耐摩耗性が、4000回の摩耗回数において接触角が65°以上であり、好ましくは70°以上、より好ましくは75°以上、特に好ましくは80°以上である。該接触角が65°以上であることにより、優れた防汚性、耐スクラッチ性および表面滑り性を長期間持続することができる。接触角は大きい方がより好ましいが、上限の値として例えば、125°以下であればよい。
【0041】
本発明の化学強化ガラスは、前記消しゴム摩耗試験により前記条件で測定したAFP耐摩耗性が前記範囲であることにより、様々な局面において優れたAFP耐摩耗性を発揮できる。
【0042】
〔表面粗さ〕
本発明の化学強化ガラスは、AFP耐摩耗性を高める観点から、表面粗さ(Ra)は0.30nm以上であることが好ましく、より好ましくは0.40nm以上であり、さらに好ましくは0.50nm以上である。表面粗さが0.30nm以上であることにより、AFP耐摩耗性を高めることができる。表面粗さ(Ra)は大きい方がより好ましいが、上限の値として、2.0nm以下であればよく、1.5nm以下が好ましく、1.0nm以下がより好ましい。表面粗さ(Ra)を2.0nm以下とすることにより、ガラスの白曇りを防ぎ、外観の品質の低下を抑制できる。表面粗さは、AFM(Atomic Force Microscope;原子間力顕微鏡)表面観察によって測定範囲1μm×0.5μmにおいて測定する。
【0043】
〔圧縮応力層の深さ、表面圧縮応力値〕
圧縮応力層とは、ガラスを硝酸カリウム等の無機塩と接触させることによって、ガラス表面のNaイオンと溶融塩中のKイオンとがイオン交換されることで形成される高密度層のことである。
【0044】
圧縮応力層の深さ(DOL)は、EPMA(electron probe micro analyzer)または表面応力計(例えば、折原製作所製FSM-6000)等を用いて測定できる。
【0045】
本発明の化学強化ガラスは、充分な強度を付与する観点から圧縮応力層の深さは10μm以上であることが好ましく、より好ましくは15μm以上であり、さらに好ましくは20μm以上であり、とくに好ましくは25μm以上である。また上限に特別な制限はないが、典型的には140μm以下である。
【0046】
後述する酸処理工程やアルカリ処理工程によって、除去される低密度層の厚さは10nm程度から大きくても1000nm程度であるため、本発明の化学強化ガラスの圧縮応力層の深さは、化学強化処理において形成された圧縮応力層の深さと、酸処理工程やアルカリ処理工程の後の圧縮応力層の深さは、略同一である。
【0047】
本発明の化学強化ガラスの表面圧縮応力値(CS)は、600MPa以上であることが好ましく、より好ましくは650MPa以上であり、さらに好ましくは700MPa以上であり、とくに好ましくは800MPa以上である。また上限に特別な制限はないが、典型的には1400MPa以下である。
【0048】
表面圧縮応力値は、EPMA(electron probe micro analyzer)または表面応力計(例えば、折原製作所製FSM-6000)等を用いて測定できる。表面圧縮応力値は、日本国特開2016-142600号公報に開示される応力プロファイル算出方法を用いて算出できる。
【0049】
本発明の化学強化ガラスは、内部引張応力(CT)が72MPa以下であることが好ましく、より好ましくは62MPa以下であり、さらに好ましくは52MPa以下である。また下限に特別な制限はないが、典型的には20MPa以上である。CT値は、応力分布を測定し、その応力分布を厚さで積分することにより求める。
【0050】
<化学強化ガラスの製造方法>
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法としては、以下の(a)~(d)の工程を含む方法が挙げられる。
(a)アルカリイオンを含むガラス板を準備する工程
(b)前記アルカリイオンのイオン半径よりも大きい他のアルカリイオンを含む無機塩を準備する工程
(c)露点温度が20℃以上の雰囲気で、前記ガラス板の前記アルカリイオンと前記無機塩の前記他のアルカリイオンとのイオン交換をする工程
(d)前記イオン交換された前記ガラス板の表面の一部を除去する工程
以下各工程について説明する。
【0051】
[(a)アルカリイオンを含むガラス板を準備する工程]
ガラスの製造方法には特に制限はなく、所望のガラス原料を連続溶融炉に投入し、ガラス原料を好ましくは1500~1600℃で加熱溶融し、清澄した後、成形装置に供給した上で溶融ガラスを板状に成形し、徐冷することにより製造できる。
【0052】
なお、ガラス板の成形には種々の方法を採用できる。例えば、ダウンドロー法(例えば、オーバーフローダウンドロー法、スロットダウン法およびリドロー法等)、フロート法、ロールアウト法およびプレス法等の様々な成形方法を採用できる。中でも、ガラス板表面の少なくとも一部にクラックが発生することがあり、本発明の効果がより顕著にみられる点で、フロート法が好ましい。
【0053】
ガラス板の板厚には特に制限はないが、化学強化処理を効果的に行うために、通常5mm以下であることが好ましく、3mm以下であることがより好ましく、1mm以下であることがさらに好ましく、0.7mm以下が特に好ましい。
【0054】
また、本発明で使用されるガラス板の形状には特に制限はない。例えば、均一な板厚を有する平板形状、表面と裏面のうち少なくとも一方に曲面を有する形状および屈曲部等を有する立体的な形状等の様々な形状のガラス板を採用できる。
【0055】
[(b)前記アルカリイオンのイオン半径よりも大きい他のアルカリイオンを含む無機塩を準備する工程]
本発明の化学強化ガラスは、ガラス板表層にイオン交換された圧縮応力層を有する。イオン交換法では、ガラス板の表面をイオン交換し、圧縮応力が残留する表面層を形成させる。具体的には、ガラス転移点以下の温度でイオン交換によりガラス板表面のイオン半径が小さなアルカリ金属イオン(Liイオン及び/またはNaイオン)をイオン半径のより大きい他のアルカリイオン(Naイオン及び/またはKイオン)に置換する。これにより、ガラス板の表面に圧縮応力が残留し、ガラス板の強度が向上する。
【0056】
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法において、化学強化処理は、ガラスに含まれるアルカリイオンのイオン半径よりも大きい他のアルカリイオンを含む無機塩に、先述したアルカリイオンを含むガラスを接触させてイオン交換をすることにより行われる。すなわち、ガラスに含まれるアルカリイオンと、無機塩に含まれる他のアルカリイオンとがイオン交換される。
【0057】
ガラスに含まれるアルカリイオンがNaイオンである場合、無機塩は、硝酸カリウム(KNO)を含有することが好ましく、さらに、KCO、NaCO、KHCO3、NaHCO3、LiCO、RbCO、CsCO、MgCO、CaCO及びBaCOからなる群より選ばれる少なくとも一種の塩を含有することがより好ましい。
【0058】
例えば無機塩に硝酸カリウムを含む場合、硝酸カリウムの融点は330℃であり、化学強化を行うガラスの歪点(通常500~600℃)以下に融点を有している。また、上記塩のうち硝酸カリウムを除いた塩(以下、「融剤」と称することもある。)は、Si-O-Si結合に代表されるガラスのネットワークを切断する性質を有する。化学強化処理を行う温度は数百℃と高いので、その温度下でガラスのSi-O間の共有結合は適度に切断され、後述する低密度化処理が進行しやすくなる。
【0059】
なお、共有結合を切断する度合いはガラス組成や用いる塩(融剤)の種類、化学強化処理を行う温度、時間等の化学強化処理条件によっても異なるが、Siから伸びている4本の共有結合のうち、1~2本の結合が切れる程度の条件を選択することが好ましいものと考えられる。
【0060】
ガラス板表面のNaイオン(またはLiイオン)と無機塩中のKイオン(またはNaイオン)とがイオン交換されることで高密度な圧縮応力層が形成される。無機塩にガラス板を接触させる方法としては、ペースト状の無機塩を塗布する方法、無機塩の水溶液をガラスに噴射する方法、融点以上に加熱した溶融塩の塩浴にガラスを浸漬させる方法などが可能であるが、これらの中では、溶融塩に浸漬させる方法が好ましい。
【0061】
無機塩は、硝酸カリウム及び融剤の他に、本発明の効果を阻害しない範囲で他の化学種を含んでいてもよく、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム、ホウ酸ナトリウム、ホウ酸カリウム等のアルカリ塩化塩やアルカリホウ酸塩などが挙げられる。これらは単独で添加しても、複数種を組み合わせて添加してもよい。
【0062】
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法で用いる溶融塩は、Na濃度が好ましくは500重量ppm以上であり、より好ましくは1000重量ppm以上である。溶融塩におけるNa濃度が2000重量ppm以上であることで、後述する酸処理工程により、低密度層が深化しやすくなるためさらに好ましい。Na濃度の上限に特別な制限はなく、所望の表面圧縮応力(CS)が得られるまで許容できる。
【0063】
[(c)露点温度が20℃以上の雰囲気で、前記ガラス板の前記アルカリイオンと前記無機塩の前記他のアルカリイオンとのイオン交換をする工程]
工程(c)は、工程(b)で調製した溶融塩を用いて、工程(a)で準備したガラス板をイオン交換処理(化学強化処理)する工程である。化学強化処理は、ガラス板を溶融塩に浸漬し、ガラス中のアルカリイオン(LiイオンまたはNaイオン)を、溶融塩中のイオン半径の大きい他のアルカリイオン(NaイオンまたはKイオン)とイオン交換(置換)することで行われる。このイオン交換によってガラス板表面の組成を変化させ、ガラス板表面が高密度化した圧縮応力層20を形成できる[図2(a)~(b)]。このガラス板表面の高密度化によって圧縮応力が発生することから、ガラス板を強化できる。
【0064】
なお実際には、化学強化ガラスの密度は、ガラス板の中心に存在する中間層30(バルク)の外縁から圧縮応力層表面に向かって徐々に高密度化してくるため、中間層30と圧縮応力層20との間には、密度が急激に変化する明確な境界はない。ここで中間層とは、ガラス板の中心部に存在し、圧縮応力層に挟まれる層を表す。この中間層は圧縮応力層とは異なり、イオン交換がされていない層である。
【0065】
化学強化処理(イオン交換処理)は、具体的には次の手順で行うことができる。まずガラス板を予熱し、先述した溶融塩を、化学強化を行う温度に調整する。次いで予熱したガラス板を溶融塩槽の溶融塩中に所定の時間浸漬したのち、ガラス板を溶融塩中から引き上げ、放冷する。なお、ガラス板には、化学強化処理の前に、用途に応じた形状加工、例えば、切断、端面加工および穴あけ加工などの機械的加工を行うことが好ましい。
【0066】
化学強化温度は、被強化ガラスの歪点(通常500~600℃)以下が好ましく、より高い圧縮応力層深さを得るためには特に350℃以上が好ましく、処理時間の短縮及び低密度層形成促進のために400℃以上がより好ましく、430℃以上がさらに好ましい。
【0067】
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法では、ガラス板を浸漬する時の溶融塩中の水蒸気量を増やすことにより、後述する酸に接触させる工程において形成される低密度層を厚くできる。アルカリに接触させる工程においては、前記低密度層を除去できるため、該低密度層の厚さを、ガラス板表面に存在するクラックや潜傷の平均深さ以上とすることにより、低密度層の除去と共に、該クラックや潜傷を除去できるようになる。そのため、化学強化ガラスの優れた面強度を達成できる。
【0068】
イオン交換をする工程は、露点温度が20℃以上の雰囲気中で行うことが好ましい。該露点温度は30℃以上がより好ましく、40℃以上がさらに好ましく、50℃以上が特に好ましく、60℃以上が最も好ましい。また上限は、イオン交換を行う無機塩(溶融塩)の温度以下とすることが好ましい。
【0069】
露点温度(以下、単に「露点」と称することがある。)は、溶融塩の少なくとも界面近傍における露点温度が前記範囲内であればよく、界面近傍とは、溶融塩の界面から200mm以下の領域の雰囲気を意味する。ヴァイサラDRYCAP(登録商標) DMT346露点変換器によって露点を測定できる。なお本明細書における露点とは、溶融塩と溶融塩界面近傍の雰囲気との間に平衡が成り立ったとみなした時の値である。
【0070】
イオン交換をする工程の前及び/又はイオン交換をする工程と同時に、溶融塩及び/又は溶融塩の界面近傍の雰囲気に水蒸気を導入することで、上記露点を達成できる。例えば、水蒸気供給部を溶融塩槽に付加することにより、溶融塩及び/又は溶融塩の界面近傍の雰囲気に水蒸気を導入できる。
【0071】
すなわち、溶融塩に水蒸気供給部により供給される水蒸気そのものや、水蒸気を含む気体、および、水(液体)を直接バブリングしてもよく、溶融塩上部の空間に水蒸気や水蒸気を含む気体を導入してもよい。また、水蒸気爆発が起きない範囲で、水(液体)そのものを溶融塩上に滴下して導入することも可能である。
【0072】
水蒸気や水蒸気を含む気体、水(液体)(以後、単に「水蒸気等」と称することがある。)の導入に際し、溶融塩を攪拌してもしなくてもよいが、平衡に達するまでの時間を短縮する点で、攪拌する方が好ましい。
【0073】
水蒸気等を導入してから平衡に達するまでの時間は、導入する気体または液体の量や水蒸気濃度、導入方法等によって異なることから一概に言えないものの、上記雰囲気の露点が安定し、一定となれば平衡に達したものと判断ができる。
【0074】
水蒸気を含む気体は、化学強化処理に影響を及ぼさない気体を用いることができ、例えば図3に示すように、空気、窒素ガス、炭酸ガス等の乾燥した気体Aを加熱した水24中に導入することにより、水蒸気を含んだ湿度の高い気体(水蒸気を含む気体)Bとすることができる。
【0075】
水蒸気供給源として使用する水24は、配管等のスケール堆積を抑制する点で、イオン交換水等の純水を用いることが好ましい。水24は例えば水槽25を用いたウォーターバス等により加熱される。また、水24自体を例えばボイラー等により加熱することで水蒸気を発生させることもできる。
【0076】
水蒸気等の導入方法として、より具体的には、(1)水蒸気供給部から無機塩(溶融塩26)の上部の空間に水蒸気を含む気体Bを導入すること、(2)バブリング部から無機塩(溶融塩26)の中に水蒸気を含む気体Bを導入すること、又は(3)水(液体)を直接無機塩(溶融塩26)に導入すること、等が挙げられる。中でも上記(1)又は(2)によって、該雰囲気を形成することが好ましい。
【0077】
無機塩(溶融塩26)の上部の空間に水蒸気を含む気体Bを導入する一形態としては、例えば水蒸気供給部から供給される水蒸気等を無機塩の上部または無機塩の界面近傍にスプレーにより噴霧する方法がある。スプレーにより水蒸気等を導入することで、無機塩上部の空間の水蒸気濃度を略均一に制御し易くなることから好ましい。
【0078】
なお、水蒸気供給部、バブリング部、水(液体)を導入する導入部又はスプレーは装置に合わせて適宜設ければよく、特に制限されない。具体的には、スプレーは単数であっても複数であってもよい。特に溶融塩槽が大型の場合は、複数のスプレーで水蒸気等を噴霧することが、無機塩上部の空間の水蒸気濃度を略均一に制御しやすくなる。
【0079】
水蒸気量(水分量)の多い溶融塩中でイオン交換をする工程を行うことにより、得られる化学強化ガラスの面強度がより高くなる理由について、以下のことが考えられる。
【0080】
溶融塩を形成する炭酸イオンは水と反応すると、下記式に示すように炭酸水素イオンと水酸化物イオンが生成する。
【0081】
【化1】
【0082】
ここで、溶融塩中の水分量が多いと、上記式における平衡が右に傾き、炭酸水素イオンと水酸化物イオンが多く生成する。水酸化物イオンはガラスネットワークの切断を促進するイオンであることから、より多くの水酸化物イオンが生成することで、ガラス表面において、後述する低密度層形成が促進されるものと考えられる。
【0083】
無機塩中の下式により得られる炭酸アニオン濃度と炭酸水素アニオン濃度との和は4mol%以上が好ましく、6mol%以上がより好ましい。該濃度が4mol%以上であることで、ガラス表面における低密度層の形成反応を促進できることから好ましい。
{(炭酸アニオン濃度)+(炭酸水素アニオン濃度)}(mol%)={(無機塩中の炭酸アニオン量)+(無機塩中の炭酸水素アニオン量)}(mol)/(無機塩中の全アニオン量)(mol)×100
【0084】
なお、溶融塩中の炭酸アニオン濃度と炭酸水素アニオン濃度を直接測定することはできないため、溶融塩を一部取り出し、二酸化炭素メータTiN-9004を用いて市販標準液(NaHCO)を純水で希釈して検量線を作成した後、純水で130倍に希釈した試料溶液を測定する。このとき、炭酸水素アニオンはすべて炭酸アニオンに変換されることから、測定で検出された炭酸アニオン濃度の値が、炭酸アニオン濃度と炭酸水素アニオン濃度との和に相当する。
【0085】
また、炭酸アニオン濃度と炭酸水素アニオン濃度との和は、飽和炭酸アニオン濃度と飽和炭酸水素アニオン濃度との和以下となる。
【0086】
該低密度層は後述するガラス板の表面の一部を除去する工程のうち、酸に接触する工程で形成されるが、その厚さは、水蒸気を導入しない従来のイオン交換をする工程では100~200nm程度であるのに対し、水蒸気を導入して露点温度が20℃以上の雰囲気でイオン交換することにより、該厚さを300nm以上にすることができる。
【0087】
ガラス板の製造工程や化学強化処理工程を含むガラス板加工工程において発生するガラス板表面のクラックや潜傷の平均深さは約500nmであることから、低密度層の厚さは、500nm以上がより好ましく、600nm以上がさらに好ましい。
【0088】
形成された低密度層は、ガラス板表面の一部を除去する工程のうち、後述するアルカリに接触させる工程により除去できる。したがって、ガラス板表面の前記クラックや潜傷の深さがすべて低密度層の厚さよりも浅ければ、アルカリに接触させる工程でそれらクラック及び潜傷をすべて除去できる。
【0089】
化学強化ガラスにおける強度の低下の原因となるガラス板表面のクラックや潜傷を除去することにより、化学強化ガラスの面強度をより高いものにすることができる。
【0090】
イオン交換をする工程とガラス板の表面の一部を除去する工程との間にガラス板を洗浄する工程をさらに含むことが好ましい。洗浄する工程では工水、イオン交換水等を用いてガラスの洗浄を行う。工水は必要に応じて処理したものを用いる。中でもイオン交換水が好ましい。
【0091】
洗浄の条件は用いる洗浄液によっても異なるが、イオン交換水を用いる場合には0~100℃で洗浄することが付着した塩を完全に除去させる点から好ましい。
【0092】
洗浄する工程では、イオン交換水等が入っている水槽に化学強化ガラスを浸漬する方法や、ガラス板表面を流水にさらす方法、シャワーにより洗浄液をガラス板表面に向けて噴射する方法等、様々な方法を用いることができる。
【0093】
[(d)前記イオン交換された前記ガラス板の表面の一部を除去する工程]
イオン交換されたガラス板は、該ガラス板の表面の一部を除去する工程に供される[図2(c)~(d)]。ガラス板の表面の一部を除去する工程は、ガラス板を酸に接触させる工程を含むことが好ましく、前記酸に接触させる工程の後に、ガラス板をアルカリに接触させる工程をさらに含むことがより好ましい。
【0094】
(酸に接触させる工程)
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法では、イオン交換をする工程または洗浄する工程の後に、ガラス板の表面の一部を除去する工程として、ガラス板を酸に接触させる工程(酸処理工程)を行うことが好ましい。
【0095】
ガラス板の酸処理とは、酸性の溶液中に、化学強化ガラスを浸漬させることによって行い、これにより化学強化ガラス表面のNa及び/又はKをHに置換できる。すなわち、ガラス板表面には圧縮応力層の表層が変質した、具体的には低密度化された、低密度層をさらに有することとなる。
【0096】
溶液は酸性であれば特に制限されずpH7未満であればよく、用いられる酸が弱酸であっても強酸であってもよい。具体的には塩酸、硝酸、硫酸、リン酸、酢酸、シュウ酸、炭酸及びクエン酸等の酸が好ましい。これらの酸は単独で用いても、複数を組み合わせて用いてもよい。
【0097】
低密度層は、後述するアルカリ処理により除去されるため、低密度層が厚いほどガラス表面が除去されやすい。低密度層の厚さは先述したとおりであるが、ガラス板表面除去量の観点から300nm以上が好ましく、500nm以上がより好ましく、600nm以上がさらに好ましい。
【0098】
低密度層の密度はガラス板表面除去性の観点から、イオン交換された圧縮応力層よりも深い領域(バルク)の密度に比べて低い。低密度層の厚さはX線反射率法(X-ray-Reflectometry:XRR)によって測定した周期(Δθ)から求めることができる。低密度層の密度はXRRによって測定した臨界角(θc)により求めることができる。
【0099】
なお、簡易的には走査型電子顕微鏡(SEM)でガラスの断面を観察することによって、低密度層の形成と層の厚さを確認することも可能である。
【0100】
(アルカリに接触させる工程)
本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法では、酸に接触させる工程を経た後、アルカリに接触させる工程(アルカリ処理工程)をさらに行うことが好ましい。酸に接触させる工程の後、アルカリに接触させる工程の前に、先述した洗浄する工程と同様のガラス板を洗浄する工程を経ることがより好ましい。
【0101】
アルカリ処理とは、塩基性の溶液中に、化学強化ガラスを浸漬させることによって行い、これにより前記酸に接触させる工程で形成された低密度層の一部又は全部を除去できる。
【0102】
溶液は塩基性であれば特に制限されずpH7超であればよく、弱塩基を用いても強塩基を用いてもよい。具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム等の塩基が好ましい。これらの塩基は単独で用いても、複数を組み合わせて用いてもよい。
【0103】
上記アルカリ処理により、Hが侵入した低密度層の一部又は全部が除去され、これにより面強度が向上した化学強化ガラスを得ることができる。特に本発明に係る化学強化ガラスを製造する方法においては、ガラス板表面に存在していたクラックや潜傷の深さよりも低密度層の厚さを深くできる。そのため、ガラス板表面に存在していたクラックや潜傷を低密度層と共に除去でき、ガラスの面強度向上により一層寄与すると考えられる。なお、アルカリ処理の後にも、先と同様の方法で洗浄する工程を経ることが好ましい。
【実施例
【0104】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
【0105】
<評価方法>
本実施例における各種評価は以下に示す分析方法により行った。
【0106】
(除去量)
ガラス板の除去量厚さは、下記薬液処理前後の重量を分析用電子天秤(HR-202i;AND製)により測定し、次の式を用いて厚さ換算することにより求めた。このとき、ガラス比重を2.46(g/cm)として計算した。
(片面あたりの除去量厚さ)=[(処理前重量)-(処理後重量)]/(ガラス比重)/処理面積/2
薬液処理:6.0重量%の硝酸[硝酸1.38(関東化学社製)をイオン交換水で希釈]および、4.0重量%の水酸化ナトリウム水溶液[48%水酸化ナトリウム溶液(関東化学社製)をイオン交換水で希釈]をそれぞれビーカーに用意し、ウォーターバスを用いて40℃に温度調整を行った。化学強化処理で得られた化学強化ガラスを、調整した硝酸中に120秒間浸漬させ、酸処理を行い、その後純水で数回洗浄した後、調整した水酸化ナトリウム水溶液中に120秒間浸漬させ、アルカリ処理を行った。その後、該ガラスは水洗いしてガラス板表面のアルカリを洗浄した。その後、エアブローにより乾燥した。
【0107】
(表面応力)
ガラス板の表面圧縮応力値(CS、単位はMPa)および圧縮応力層の深さ(DOL、単位はμm)は折原製作所社製表面応力計(FSM-6000)を用いて測定した。
【0108】
(水素濃度)
前述の〔水素濃度プロファイル測定方法〕にて記載した方法に従い、水素濃度プロファイルを測定し、関係式(I)を導出した。
【0109】
(面強度)
ガラス板の面強度はボールオンリング強度試験により測定した。図1に、本発明で用いたボールオンリング強度試験を説明するための概略図を示す。ガラス板1を水平に載置した状態で、SUS304製の加圧治具2(焼入れ鋼、直径10mm、鏡面仕上げ)を用いてガラス板を加圧し、ガラス板の面強度を測定した。
【0110】
図1において、SUS304製の受け治具3(直径30mm、接触部の曲率R2.5mm、接触部は焼入れ鋼、鏡面仕上げ)の上に、サンプルとなるガラス板が水平に設置されている。ガラス板の上方には、ガラス板を加圧するための、加圧治具2が設置されている。
【0111】
本実施の形態においては、得られたガラス板の上方から、ガラス板の中央領域を加圧した。なお、試験条件は下記の通りとした。
加圧治具の下降速度:1.0(mm/分)
【0112】
この時、ガラス板が破壊された際の、破壊荷重(単位N)をBoR面強度とし、20回の測定の平均値をBoR平均面強度とした。ただし、ガラス板の破壊起点がボール押しつけ位置より2mm以上離れていた場合は、平均値算出のためのデータより除外した。
【0113】
(消しゴム摩耗試験)
消しゴム摩耗試験を下記方法により行い、AFP耐摩耗性を測定した。
化学強化したガラス板表面を紫外線洗浄し、オプツール(登録商標)DSX(ダイキン社製)をスプレーコーティングしてガラス板表面上に略均一なAFP膜を形成した。AFP膜の厚さは約7.0~10.0nmを狙い成膜し、50℃80%RHの条件下で1時間処理してAFP膜を硬化させた。
試験機[大栄科学精器製作所社製 平面摩耗試験機(3連式)型式:PA-300A]を用いて、1cmの圧子に消しゴム(MIRAE SCIENCE社製、minoan)を取り付け、1kgfの荷重をかけた状態で、ガラス板表面上に形成されたAFP膜表面をストローク幅20mm、速度30mm/secで4000回往復摩擦した後、布[小津産業社製、DUSPER(登録商標)]にて乾拭きしてAFP膜表面を洗浄した後、AFP膜表面の3カ所で水接触角(°)を測定した。これを3回繰り返し、合計9個の平均水接触角(°)を測定した。AFP膜表面の水接触角(°)は、JIS R 3257(1999年)に準拠した方法により測定した。
【0114】
(表面粗さ)
ガラス板の表面粗さはAFMを用いて下記条件にて表面観察することにより測定した。
測定範囲:1μm×0.5μm
装置:Bruker社製NanoscopeV+MultiMode8またはDimension ICON
モード:ScanAsyst
モードプローブ:RTESPA(バネ定数:40N/m)
Samples/Line:256
Lines:128
Scan Rate:1Hz測定視野:1×0.5μm(汚染のないところを狙う)
【0115】
<化学強化ガラスの作製>
実施例および比較例において用いたガラスの組成は下記である。
ガラス板A(酸化物基準のモル%表示):SiO 64.4%、Al 10.5%、NaO 16.0%、KO 0.6%、MgO 8.3%、ZrO 0.2%
ガラス板B(酸化物基準のモル%表示):SiO 67.0%、Al 13.0%、NaO 14.0%、B 4.0%、KO <1.0%、MgO 2.0%、CaO <1.0%
【0116】
[実施例1]
(化学強化処理(イオン交換処理)する工程)
ステンレススチール(SUS)製のポットに硝酸カリウム9047g、炭酸カリウム805g、硝酸ナトリウム148gを加え、マントルヒーターで450℃まで加熱して炭酸カリウム6mol%、ナトリウム4000重量ppmの溶融塩を調製した。溶融塩の界面近傍の雰囲気中に89℃に加熱した水中に導入した空気を流すことにより、溶融塩中に水蒸気を含ませた。
【0117】
本発明に係る化学強化ガラスを製造するために用いる装置を図3に示したが、乾燥した気体Aとして空気を用い、空気を水槽25によって89℃に加熱された水24中に空気を通すことで加湿し、加湿された水蒸気を含む気体(空気)Bとした。
【0118】
この水蒸気を含む気体Bをリボンヒーターで加熱された経路を通して化学強化処理を行う槽の無機塩(溶融塩)26の上部の空間に導入することで、イオン交換処理をする工程における露点の制御を行った。この際の水蒸気供給量は3L/分であり、溶融塩の界面近傍の露点は40℃であった。
【0119】
50mm×50mm×0.7mmのガラス板Aを用意し、350~400℃に予熱した後、450℃の溶融塩に90分間浸漬し、イオン交換処理した後、室温付近まで冷却することにより化学強化処理を行った。得られた化学強化ガラスは水洗いし、次の工程に供した。
【0120】
(酸処理工程)
6.0重量%の硝酸[硝酸1.38(関東化学社製)をイオン交換水で希釈]をビーカーに用意し、ウォーターバスを用いて40℃に温度調整を行った。前記化学強化処理で得られた化学強化ガラスを、調製した硝酸中に120秒間浸漬させ、酸処理を行った。その後、この化学強化ガラスは水洗いし、次の工程に供した。
【0121】
(アルカリ処理工程)
4.0重量%の水酸化ナトリウム水溶液[48%水酸化ナトリウム溶液(関東化学社製)をイオン交換水で希釈]をビーカーに用意し、ウォーターバスを用いて40℃に温度調整を行った。酸に接触させる工程の後に洗浄した化学強化ガラスを、調製した水酸化ナトリウム水溶液中に120秒間浸漬させ、アルカリ処理を行った。その後、この化学強化ガラスは水洗いして化学強化ガラス表面のアルカリを洗浄した。その後、エアブローにより乾燥した。
【0122】
以上により、実施例1の化学強化ガラスを得た。
【0123】
[実施例2]
化学強化処理(イオン交換処理)の条件を、溶融塩の界面近傍の雰囲気中に99℃に加熱された水中に空気を通すことで加湿し、化学強化処理を行う槽の無機塩(溶融塩)の上部の空間に加湿された水蒸気を含む気体を導入することで、溶融塩の界面近傍の露点を66℃とした以外は、実施例1と同様に化学強化ガラスを製造した。
【0124】
[実施例3]
50mm×50mm×0.55mmのガラス板Bを用いた以外は、実施例1と同様に化学強化ガラスを製造した。
【0125】
[実施例4]
50mm×50mm×0.55mmのガラス板Bを用いた以外は、実施例2と同様に化学強化ガラスを製造した。
【0126】
[比較例1および2]
ガラス板Aおよびガラス板Bを用い、化学強化処理(イオン交換処理)の条件を表1に示すようにKCOを含まない溶融塩にて化学強化処理を行い、酸処理およびアルカリ処理を行わず、露点を20℃以上に制御しない以外は実施例1と同様に化学強化ガラスを製造した。
【0127】
上記で得られた化学強化ガラスについて各種評価を行なった。ガラスの処理条件及び評価結果を表1並びに図4Aおよび図4Bに示す。なお、BoR面強度として、BoR平均面強度を示した。
【0128】
【表1】
【0129】
表1および図4Aに示すように、本発明の化学強化ガラスである実施例1および実施例2は、通常の化学強化処理により得られた化学強化ガラスである比較例1と比較して、面強度が顕著に向上しており、且つAFP耐摩耗性が顕著に向上していた。
【0130】
また、表1および図4Bに示すように、本発明の化学強化ガラスである実施例3および実施例4は、通常の化学強化処理により得られた化学強化ガラスである比較例2と比較して、面強度が顕著に向上しており、且つAFP耐摩耗性が顕著に向上していた。
【0131】
これらの結果から、ガラス板表層における水素濃度プロファイルが特定の範囲である本発明の化学強化ガラスは、面強度とAFP耐摩耗性とを両立できる化学強化ガラスである。
【0132】
本発明の化学強化ガラスは、典型的には露点制御された化学強化処理により得られ、こうして得られた本発明に係る化学強化ガラスは、ガラス板表層における水素濃度が特定の範囲である。ガラス中の水素濃度が高いと、ガラスのSi-O-Siの結合ネットワークの中に水素がSi-OHの形で入り、Si-O-Siの結合が切れる。ガラス中の水素濃度が高いとSi-O-Siの結合が切れる部分が多くなり、生成されたSi-O-Siの結合が切れる部分は、AFP剤との結合起点となりうる。そのため、ガラス板表層における水素濃度が特定の範囲にあると、AFP剤と結合を形成する部分が多くなると考えられ、AFP耐摩耗性試験をおこなってもAFP剤がガラス板表面に多く残存するため接触角が高く保たれると考えられる。これにより本発明の化学強化ガラスは高いAFP耐摩耗性を備えていると考えられる。
なお、AFP耐摩耗性試験をおこなう前(0回)の接触角がガラスによらず同程度であるのは、AFP剤が飽和しており、AFP剤同士が結合しガラスと結合していないAFPが存在しているためと考えられる。
【0133】
本発明の化学強化ガラスは、典型的には露点制御された化学強化処理により得られ、こうして得られた本発明に係る化学強化ガラスは表面粗さ(Ra)が0.30nm以上あるため、従来の化学強化処理により得られる化学強化ガラスを比べ表面粗さが大きく消しゴムとの接点が減り、AFP耐摩耗性が良いと考えられる。本発明の化学強化ガラスは表面粗さ(Ra)が0.90nm以下程度であることからガラス板の外観上も透明性を維持できている。
【0134】
本発明の化学強化ガラスはガラス中の水素濃度が特定の範囲であり、ガラスのSi-O-Siの結合ネットワークの中に水素がSi-OHの形で入りSi-O-Siの結合が切れているものの、顕著な面強度の低下を引き起こす水素濃度の範囲ではない。そのため、ガラス板表層における水素濃度が特定の範囲であることにより、面強度が高く、且つAFP耐摩耗性を高めることができている。
【0135】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお、本出願は、2017年6月23日付けで出願された日本特許出願(特願2017-123365)に基づいており、その全体が引用により援用される。また、ここに引用されるすべての参照は全体として取り込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0136】
本発明の化学強化ガラスは、非常に面強度が高く、且つAFP耐摩耗性に優れた化学強化ガラスである。そのため、例えば表示装置に用いられるカバーガラスとして好適に用いることができる。
【符号の説明】
【0137】
1 ガラス板
2 加圧治具
3 受け治具
10 低密度層
20 圧縮応力層
30 中間層
24 水
25 水槽
26 溶融塩
図1
図2
図3
図4