(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-09
(45)【発行日】2022-05-17
(54)【発明の名称】ニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22F 1/10 20060101AFI20220510BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20220510BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220510BHJP
【FI】
C22F1/10 A
C22F1/18 H
C22F1/00 651Z
C22F1/00 624
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 626
(21)【出願番号】P 2021521318
(86)(22)【出願日】2020-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2020043991
(87)【国際公開番号】W WO2021106998
(87)【国際公開日】2021-06-03
【審査請求日】2021-04-16
(31)【優先権主張番号】P 2019215265
(32)【優先日】2019-11-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100166268
【氏名又は名称】田中 祐
(72)【発明者】
【氏名】吉原 茉里
(72)【発明者】
【氏名】村井 琢弥
(72)【発明者】
【氏名】福田 正
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 正一
【審査官】河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-515689(JP,A)
【文献】国際公開第2012/118223(WO,A1)
【文献】特開2000-080458(JP,A)
【文献】特開平10-331659(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22F 1/10
C22F 1/18
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱間鍛造または熱間リング圧延後のニッケル基合金またはチタン基合金の熱間加工材を予め所定の形状に機械加工して固溶化処理用素材とする固溶化処理素材準備工程と、
前記固溶化処理用素材を用いて、固溶化処理温度に加熱・保持して加熱保持材とする加熱保持工程と、
前記加熱保持材を冷却して固溶化処理材とする冷却工程とを含み、
前記冷却工程において、前記加熱保持材の表面に、流体の流路を形成するための空間を有する流路形成部材を配置して、前記加熱保持材の表面と前記流路形成部材の前記空間の内面とでなる流体の流路を形成し、前記流路形成部材と前記加熱保持材との間に形成された流体の流路に流体を流して、流路内の流体が、前記加熱保持材の表面の部分を局所冷却することを特徴とするニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法。
【請求項2】
前記加熱保持材の表面にて、前記流路の断面が狭くなる狭窄部を設けて、導入した流体の流速が高まるように前記流路形成部材を構成することを特徴とする請求項1に記載のニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法。
【請求項3】
上記流路形成部材は、前記加熱保持材に配置する部分に前記流路形成部材の流路から外部に通じる複数の流体出口部を備え、前記流体出口部は、流体の流速を高めるように前記流路の断面に対して狭窄形状に構成し、前記流体出口部から流体が噴出した部分の前記加熱保持材の表面をさらに局所冷却することを特徴とする請求項1に記載のニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法。
【請求項4】
前記流路形成部材は、前記加熱保持材の表面に接触させて配置して、前記流体の流路を形成することを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載のニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
熱間鍛造などにより、所定の形状に成形したニッケル基合金やチタン基合金製の航空機用エンジン部材などの金属円盤状素材に固溶化処理を行う場合、その形状の複雑さから、その冷却過程において、金属円盤状素材を局所的に冷却したい部分に近接した複数の高圧ノズルから空気などのガスを噴射し、加熱保持材の任意の部位を急冷することで所望の冷却速度とし、金属円盤状素材全体の冷却速度を制御している。また、空気以外に、水などの液体冷媒をガスとともに噴射する場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2005-36318号公報
【文献】特開2003-221617号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
固定したノズルからガスや液体を金属円盤状素材に向けて解放空間で噴射する場合、噴射したガスや液体を金属円盤状素材の表面から排出する方向の流れが生じるため、噴射した先の金属円盤状素材の表面にガスや液体が当たりにくく、所望の冷却速度が得られない領域ができてしまう場合がある。例えば、金属円盤状素材全面に均一なガスや液体流を与えると、金属円盤状素材の半径方向中心部のガスや液体の排出流れが阻害され、事実上、ガスや液体の塊部分(流速の小さい領域)ができて効果的な冷却が行えない。
また、これらガスや液体は、主として金属円盤状素材と配管等の間に生じた一定体積の解放空間内に噴射されるため、噴射後、金属円盤状素材表面に到達したガスや液体は、噴射の際の流速を失い、以後は流速の低下した排出流れとなって局所的な冷却速度の向上にはあまり寄与しないと考えられる。
本発明の目的は、局所的に冷却速度を速めることが可能で、かつ、導入した流体を効率的に利用し、効果的な冷却を行うことが可能なニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は上述した課題に鑑みてなされたものである。
すなわち、本発明は、その一態様として、熱間鍛造または熱間リング圧延後のニッケル基合金またはチタン基合金の熱間加工材を予め所定の形状に機械加工して固溶化処理用素材とする固溶化処理素材準備工程と、前記固溶化処理用素材を用いて、固溶化処理温度に加熱・保持して加熱保持材とする加熱保持工程と、前記加熱保持材を冷却して固溶化処理材とする冷却工程とを含み、前記冷却工程において、前記加熱保持材の表面に、流体の流路を形成するための空間を有する流路形成部材を配置して、前記加熱保持材の表面と前記流路形成部材の前記空間の内面とでなる流体の流路を形成し、前記流路形成部材と前記加熱保持材との間に形成された流体の流路に流体を流して、流路内の流体が、前記加熱保持材の表面の部分を局所冷却することを特徴とするニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法である。
また、前記加熱保持材の表面にて、前記流路の断面が狭くなる狭窄部を設けて、導入した流体の流速が高まるように前記流路形成部材を構成してもよい。
さらに、上記流路形成部材は、前記加熱保持材に配置する部分に、前記流路形成部材の流路から外部に通じる複数の流体出口部を備えてもよく、前記流体出口部は、流体の流速を高めるように前記流路の断面に対して狭窄形状に構成し、前記流体出口部から流体が噴出した部分の前記加熱保持材の表面をさらに局所冷却してもよい。
前記流路形成部材は、前記加熱保持材の表面に接触させて配置して、前記流体の流路を形成してもよい。
【0006】
また、本発明は、別の態様として、熱間鍛造または熱間リング圧延後のニッケル基合金またはチタン基合金の熱間加工材を予め所定の形状に機械加工して固溶化処理用素材とする固溶化処理素材準備工程と、前記固溶化処理用素材を用いて、固溶化処理温度に加熱・保持して加熱保持材とする加熱保持工程と、前記加熱保持材を冷却して固溶化処理材とする冷却工程とを含み、前記冷却工程において、前記加熱保持材の表面に流体の流路を形成するための空間を有する流路形成部材を接触させて前記加熱保持材の表面と前記流路形成部材の前記空間の内面とでなる流体の流路を形成し、さらに前記加熱保持材の表面にて前記流路の断面が狭くなる狭窄部を設けて導入した流体の流速が高まるように前記流路形成部材を構成し、前記流路形成部材と前記加熱保持材との間に形成された流体の流路に流体を流して、流路内の流体が接触した前記加熱保持材の表面の部分を局所冷却するニッケル基合金製品またはチタン基合金製品の製造方法である。
上記流路形成部材は、前記加熱保持材と接触する部分に前記流路形成部材の流路から外部に通じる複数の流体出口部を備えてもよく、前記流体出口部は、流体の流速を高めるように前記流路の断面に対して狭窄形状に構成し、前記流体出口部から流体が噴出した部分の前記加熱保持材の表面をさらに局所冷却してもよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、金属円盤状素材のような複雑な形状の被処理材であっても、局所的に冷却速度を速めることが可能で、効果的な冷却を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の流路形成部材を用いた加熱保持材の冷却方法の一例を示す断面模式図である。
【
図2】本発明の流路形成部材を用いた加熱保持材の冷却方法の別な一例を示す模式図である。
【
図3】実施例の冷却試験における流路形成部材を加熱保持材に配置した状態を模式的に示す斜視図である。
【
図4】実施例の冷却試験における流路形成部材を加熱保持材に配置した状態を模式的に示す断面図である。
【
図5】実施例および比較例の冷却試験の結果であって、加熱保持材の中心から45mmの位置における温度の時間変化を示すグラフである。
【
図6】実施例および比較例の冷却試験の結果であって、加熱保持材の中心から45mmの位置において、冷却時の温度に対する冷却速度の変化を示すグラフである。
【
図7】実施例および比較例の冷却試験の結果であって、加熱保持材の中心から0、45、90mmの各位置における1100~700℃までの平均冷却速度を示すグラフである。
【
図8】実施例の冷却試験の結果であって、加熱保持材の中心位置において、各面積比での1000~700℃までの平均冷却速度を示すグラフである。
【
図9】実施例の冷却試験の結果であって、加熱保持材の中心位置において、各面積比での700~500℃までの平均冷却速度を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
<固溶化処理素材準備工程>
先ず、本発明では、熱間鍛造または熱間リング圧延後のニッケル基合金またはチタン基合金の熱間加工材を予め所定の形状に機械加工して固溶化処理用素材とする。
代表的な熱間鍛造としては型打鍛造が挙げられる。本発明で言う、「型打鍛造」とは、上型と下型とによって、最終製品に近い形状に成形することが可能な鍛造である。「熱間鍛造」には、鍛造温度と金型の温度とを殆ど同じ温度とする恒温鍛造や、前記恒温鍛造よりも金型温度を低めに設定するホットダイ鍛造も含むものとする。また、熱間リング圧延は、少なくとも主ロールとマンドレルロールと一対のアキシャルロールとを有するリング圧延機を用いて、リング状の圧延素材の径を広げつつ、前記圧延素材の高さを押圧加工して、リング状の圧延素材を熱間圧延して得られるものである。本発明が対象とする熱間加工材は、主として、熱間加工材の断面を見たとき、厚みが変化するものを対象とする。
【0010】
前記の熱間加工により所定の形状に成形した熱間加工材を、予め所定の形状に機械加工する。この機械加工の目的は、例えば、研削、切削、ブラスト処理などの機械加工によって、熱間加工時に形成した比較的厚い酸化スケールを除去することや、或いは、熱間加工材の表面の形状を整えることで、後述する流路形成部材と加熱保持材とを接触させたときに、この接触面が密着するようにして、流路からの不要な流体の漏れを抑制したりするために行うものである。
なお、固溶化処理を大気中のような酸化性雰囲気中で行う場合、機械加工した表面の粗さが過度に粗くなると、表面積が広くなり、固溶化処理時の加熱・保持時に形成する酸化スケールが多くなるおそれがあることから、表面の粗さは荒仕上以上(例えば、粗面度Raが5~25μm)、好ましくは並仕上げ以上(例えば、面粗度Raが5~10μm)の平滑面とすると良い。
また、本発明で言う「ニッケル基合金」とは、超合金、耐熱超合金、superalloyとも称される600℃以上の高温領域で使用される合金であって、γ’などの析出相によって強化される合金を言う。代表的な合金としては、718合金やWaspaloy合金などがある。また、代表的なチタン基合金には64Tiが挙げられる。
【0011】
<加熱・保持工程>
前記の熱間加工材を機械加工した後の固溶化処理用素材を所定の温度に加熱・保持して加熱保持材とする。加熱温度や保持時間は、材質や大きさにより変化するが、例えば、ニッケル基合金であれば、おおよそ900~1200℃の温度範囲で、0.5~6時間程度であれば良い。チタン基合金であれば、おおよそ700~1000℃の温度範囲で、0.5~6時間程度であれば良い。
【0012】
<冷却工程>
前述の固溶化処理温度に加熱・保持した加熱保持材を冷却して固溶化処理材とする。冷却工程は、本発明の最も特徴的な工程であるため、図面を用いて説明する。なお、加熱保持材を冷却するための冷媒として用いる流体としては、例えば、ガス、液体、ミストとガスとの混合体などがある。このうち、ガスは高温の加熱保持材と接触しても体積変化が少なく、最も冷却速度の調整がしやすい冷媒である。以下は、流体にガスを用いるものとして説明する。
図1は本発明に係る金属円盤状素材(加熱保持材10)の冷却工程の一例を簡易的に示した断面模式図であり、
図2は本発明に係る別の冷却工程を簡易的に示す模式図である。
図1に示すように、加熱保持材10に、空間を有した流路形成部材1Aを覆うように接触するように配置して、前記加熱保持材の表面に、前記流路形成部材1Aの内面とで構成されるガスの流路を形成する。加熱保持材10の表面には、機械加工が施されおり、流路形成部材1Aと加熱保持材10の破線で示す接触部分4は密着して、通気するガスの漏れが抑制されている。この流路形成部材1Aを加熱保持材10に接触させることにより、ガスが通気する流路を加熱保持材10上に直接形成するものである。これにより、加熱保持材10の表面を流路の一部とし、前記流路形成部材1Aの空間の内面と前記加熱保持材10の表面との間に形成されたガスの流路にガスを流して、流路内を通気するガスが接触した加熱保持材10の部分を局所冷却が行える。そのため、流路形成部材1Aは、加熱保持材10の形状に沿って流路が形成できるように、予めその形状を加工したものであり、加熱保持材10の局所冷却する部分との間で空間(流路)を形成するように覆う構造とする。
【0013】
さらに本発明においては、前記加熱保持材10の表面にて前記流路の断面が狭くなる狭窄部5を設け、いわゆるベンチュリー効果により、導入したガスの流速が高まるように前記流路形成部材1Aを構成してある。狭窄部5の部分は、流路形成部材1Aと加熱保持材10との間隔が狭めてあり、その狭窄部5をガスが通気する際に流速が速くなって優先的に冷却が行える部分11(
図1の一点鎖線で囲んだ部分)であり、他の部分と比較して、局所冷却が行える部分である。この優先的に局所冷却が行える部分11は、従来の固溶化処理時の冷却過程において、噴射したガスの流れが阻害される部分(例えば、
図1に示すように、加熱保持材10の異なる肉厚間の段差部分)であるが、本発明においては、ガスの通気方向を一定とすることができること、ガスが通気する流路を加熱保持材10上に直接形成していること、により、所定の場所を優先的に冷却することが可能となる。
なお、ガスの種類は、一種であっても混合ガスであっても良く、さらに、特に冷却が必要な部分には、例えば、Heガスやそれの混合ガスを用いたり、空気で冷却速度が足りる場合は空気を用いたりすることができる。
【0014】
図1中の狭窄部5は優先的に冷却が行える部分11(
図1の一点鎖線で囲んだ部分)である。符号A1は、流路形成部材1Aのガス導入部2における流路の断面の幅であり、符号A2は、狭窄部5における流路の断面の幅である。符号a1は、ガス導入部2のガス及びその通流方向を示し、符号a2は、狭窄部5でのガス及びその通流方向を示す。A1の幅(流路の断面)がA2で狭くなり、ガスa1の流速はガスa2で速くなり、例えば、狭窄部5では、ガスの流速を50m/s相当まで高めることができる。狭窄部5を通過したガスは、流路形成部材1Aのガス排出部3から排出される。
同様に、
図1中の狭窄部8は、加熱保持材10の優先的に冷却が行える部分12(貫通穴が形成されたリング形状の加熱保持材10の内周面)である。符号B1は、もうひとつの流路形成部材1Bのガス導入部6における流路の断面の幅であり、符号B2は、狭窄部8における流路の断面の幅である。符号b1は、ガス導入部6でのガス及びその通流方向を示し、符号b2は、狭窄部8でのガス及びその通流方向を示す。B1の幅がB2で狭くなり、ガスb1の流速はガスb2で速くなって、優先的に局所冷却が行える。狭窄部8を通過したガスは、流路形成部材1Bのガス排出部7から排出される。
【0015】
流路形成部材1のガス導入部2、6における流路の断面積CA1と、加熱保持材10の表面と流路形成部材1の内面との間に形成されたガスの流路における狭窄部5、8の断面積CA2との比CA2/CA1(以下、「面積比」という)は、1.0未満が好ましく、0.8以下がより好ましく、0.4以下が更に好ましい。このように面積比を1未満とすることで、上述したように流路の断面が狭くなり、いわゆるベンチュリー効果によって、導入したガスの流速が高まり、局所的な冷却効果を顕著に発揮させることができる。面積比の下限は、特に限定されないが、例えば、0.05以上が好ましく、0.10以上がより好ましく、0.15以上が更に好ましい。また、狭窄部5、8における流路の断面の幅(「間隙距離」とも言う)A2、B2は、加熱保持材10の形状にもよるが、例えば、0.5mm以上とすることが好ましく、1.0mm以上とすることがより好ましい。狭窄部5、8の間隙距離A2、B2の上限は、特に限定されないが、例えば、30mm以下が好ましく、20mm以下がより好ましい。
【0016】
なお、流路形成部材1での局所冷却は、局所冷却した部分が一定温度以下となるまで有効であればよい。この温度は局所冷却によって加熱保持材の冷却速度を制御すべき目的によって変わる。例えば、ニッケル基合金の析出挙動と加熱保持材の冷却時温度分布に起因する不均質性を改善する場合は、局所冷却による冷却速度の制御は700℃程度まで有効であれば十分に機能する。一方で、加熱保持材の冷却時の熱収縮によるひずみ分布の不均質性を改善する場合は、700℃より低い温度域まで局所冷却を有効とする必要がある。
【0017】
次に、
図2で示すのは、流路形成部材20と加熱保持材30とが接触する部分に、複数のガス出口部23を備えたものである。加熱保持材30の形状は円筒状とし、熱間鍛造材製品の平面形状を例示したが加熱保持材30の形状に応じて、流路形成部材20の形状を適宜変化させて良いことは言うまでもない。
図2では、スリット状のガス出口部23は、ガスの流速を高めることができるように、加熱保持材30と接触する流路形成部材20の先端を狭窄形状に構成して狭窄部とし、前記ガス出口部23からガスが噴出した部分をさらに局所冷却することができるものである。
図2で示す構造は、流路形成部材20をガスの出口部を備える遮風部22と、それにつながる導風部21との別部品の組立体を流路形成部材20としたものである。出口部を備える遮風部22先端部分で、加熱保持材30と接触し、加熱保持材30の表面31の一部が流路の一部となるのは、上記
図1で示す構造と同じである。そして、
図1と同様、流路形成部材20と加熱保持材30との間で形成された流路の断面が、ガス出口部23として狭まることで、導風部21でのガスの流速c1よりもガス出口23でのガスの流速c2が速くなって、この部分で上記の局所冷却を行うことができる。
【0018】
この
図2で示す遮風部22と導風部21は、直径の異なる“多重管”の構造によって一定間隔の隙間を有し、多重になった遮風板(管)や導風板(管)の隙間をガスの流路として使用するものである。これらの遮風板や導風板の先端を加熱保持材30の冷却対象部に接触させ、加熱保持材30表面をガスの流路の一部とする。急冷のためのガスを、これらの多重になった遮風板もしくは導風板の隙間に流し、加熱保持材30表面で流れを反転させ、加熱保持材30外へ導くような流路を上記のガス出口部23によって形成する。ガスの吹き込み側は背圧を受け止められる構造とし、加熱保持材30表面での流路はスリットなどで若干の圧力損失を生じる構造とすることで周方向の流速分布をできるだけ均一化する。必要に応じて加熱保持材30の冷却対象部は、平坦面、あるいは遮風板や導風板を接触固定しやすい形状(例えばこれらの板構造をはめ込む凹部を設ける等)にあらかじめ加工しておくとよい。
【0019】
なお、この
図2で示す構造のものは、ガス出口部23の周辺を局所冷却するのに好適な構造である。つまり、ガス出口部23付近で流路を形成する加熱保持材30の表面と、その周辺を局所冷却するときに好適な構造である。なお、導風部21と遮風部22とを別部品とするのは、遮風部22の出口部の形状を機械加工するときに、所定の形状に加工がしやすいこと、遮風部22の形状や配置位置の調整により流路の狭窄状態を後から調整できることなどが挙げられる。また、
図2のガス出口部23の形状をスリット状として示したが、半円形状などの別な形状としても良い。広範囲を局所冷却する場合は、形成する出口部の間隔を一定間隔とするのが好ましい。
また、
図1に示す流路形成部材1に、
図2で示すガス出口部23を有する流路形成部材20の構成を組み合わせても差し支えない。
【0020】
以上、例示した
図1及び
図2の構造を有する流路形成部材を用いた冷却では、金属円盤状素材のような複雑な形状の被処理材であっても、局所的に冷却速度を速めることが可能で、効果的な冷却を行うことが可能となる。
更に、本発明によれば、漏れ出すガスを最小化できるため、同じ流速を与えても解放空間で吹き付ける場合に比べて冷却効率を上げることができる。また、流路形成部材の厚さや形状によっては、流路形成部材自体の熱容量と形成部材自体がガスによって連続的に冷却される効果の組み合わせにより、流路形成部材が被処理材に物理的に接触熱伝達することによる冷却効果を持たせることも期待できる。
また、高圧のノズルを加熱保持材に近接させる必要はなく、大きな導管で流路形成部材にガスを供給することができ、圧力損失によるエネルギーロスを減らすことができる。また、従来技術のような多数の導管やノズルを必要とせず、構造も単純化できる。
更に、流路形成部材に伝熱面積を広げるためのフィンを持たせることで、接触冷却効果を高める構造とすることも可能である。
【0021】
なお、
図1及び
図2には、加熱保持材の表面と流路形成部材の内面とで構成されるガスの流路において、流路の断面が狭くなる狭窄部を設ける実施形態を記載したが、本発明はこれら実施形態に限定されるものではなく、例えば、狭窄部を設けない、すなわち、加熱保持材の表面と流路形成部材の内面とで構成されるガスの流路の断面が一定としてもよい。これにより、従来の固溶化処理時の冷却過程において、噴射したガスの流れが阻害される部分を、加熱保持材の表面と流路形成部材の内面とで構成されるガスの流路によって、十分効果的に冷却することができる。
【0022】
また、
図1及び
図2には、加熱保持材上に流路形成部材を接触させて配置して、加熱保持材の表面と流路形成部材の内面とで構成されるガスの流路を形成する実施形態を記載したが、本発明はこれら実施形態に限定されるものではなく、例えば、詳しくは後述する
図3及び
図4に示すように、加熱保持材と流路形成部材とを接触させることなく、加熱保持材の表面と流路形成部材の内面とで構成されるガスの流路を形成してもよい。これによって、接触させた場合と同様に加熱保持材の所定の表面を冷却することができる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例および比較例について説明する。
【0024】
先ず、熱間加工材として、φ260mmのニッケル基超耐熱合金(718合金)の鍛造丸棒から、鋸切断および旋削の機械加工によって、φ220mm、厚さ40mmの円盤状の固溶化処理用素材を得た。なお、表面の面粗度はRa6.3μmの並仕上げとした。次に、この固溶化処理用素材を用いて、1120℃の固溶化処理温度に加熱し、70~100分間にわたり均熱で保持して、加熱保持材を得た。そして、この加熱保持材を、
図3及び
図4に示す流路形成部材40を用いて冷却して、固溶化処理材を得る冷却試験を行った。
【0025】
流路形成部材40は、円筒部41と、円筒部41の一端に設けられた円盤部42とを備える。円筒部41は、素材が機械構造用炭素鋼(S45C)で、管内径Dがφ20mm、長さが100mmである。円盤部42は、素材が一般構造用炭素鋼(SS400)で、直径がφ150mm、厚みが8mmである。この流路形成部材40の円盤部42の下面と加熱保持材50の表面51とで流体の流路を形成するように、流路形成部材40を加熱保持材50に配置した。流路形成部材40の円盤部42の下面と加熱保持材50の表面51とは、調節ネジ43を用いて、その間の距離である流路幅Hを可変できる構造とした。なお、加熱保持材50は、断熱材60上に載せた。
【0026】
冷却条件としては、流路形成部材40の円筒部41に導入するガス(圧縮空気)の風速が約17m/s(概算値)であり、測定部位の温度が500℃以下となるまで冷却した。また、固溶化処理後から冷却を開始するまでの加熱保持材の搬送時間は、24~40秒であった。測温方法としては、熱電対(K熱電対)61、62、63を加熱保持材50の裏面に接触(断熱材60とも接触)させて取り付けた。測定位置は、円盤状の加熱保持材50の中心位置、中心から45mmの位置、中心から90mmの位置とした。冷却実験は、流路幅Hを2mm、4mm、又は8mmの3つの条件でそれぞれ行った。その結果を、表1および
図5~
図9に示す。
【0027】
また、比較例として、流路形成部材に替えて、内径がφ20mmのノズルを用いて、加熱保持材50の表面51に対して、8mm離れた位置から圧縮空気を噴射した点を除いて、実施例と同様の手順によって冷却試験を行った場合(比較例1)と、流路形成部材を配置せずに、ガスを噴射することなく加熱保持材を放冷させた点を除き、実施例と同様の条件で冷却試験を行った場合(比較例2)の結果も併記した。
【0028】
【0029】
表1中の「面積比」は、流路形成部材40の円筒部41の流路F1の断面積CA1と、流路形成部材40の円盤部42の下面と加熱保持材50の表面51とで形成された流路F2の断面積CA2との比CA2/CA1である。なお、断面積CA2は、流路F1から流路F2へと移る流路の位置P(すなわち、流路形成部材40の中心から10mm(=D/2)の位置)における断面積である。よって、面積比CA2/CA1は、以下の式によって求められる。この面積比CA2/CA1が1未満の場合は、上記の位置Pにおいて、流路が狭窄している。
CA2/CA1=(2π×D/2×H)/π(D/2)2
D:流路形成部材の円筒部の管内径
H:流路形成部材の円盤部の下面と加熱保持材の表面との幅
【0030】
図5に示すように、流路形成部材を用いて冷却を行った実施例1~3では、加熱保持材の中心から45mmの位置において、冷却開始の1120℃から500℃までの冷却を約800~1000秒の時間で行うことができた。一方、単なるノズルを用いて冷却を行った比較例1では、約1100秒の時間がかかり、放冷の比較例2では、約1600秒の時間がかかった。このことから、加熱保持材に対して単にノズルからガスを噴射した場合と比較して、加熱保持材との間で流路を形成する流路形成部材を用いることで、流路形成部材を用いた部分の加熱保持材の冷却時間を短縮できることが確認された。
【0031】
図6に示すように、流路形成部材を用いて冷却を行った実施例1~3では、加熱保持材の中心から45mmの位置において、加熱保持材の温度が約1000℃の際に、約1.0~1.1℃/秒の最大の冷却速度が観察された。一方、ノズルによる冷却を行った比較例1では、最大の冷却速度は、加熱保持材の温度が約1050℃の際の約0.9℃/秒であり、放冷の比較例2では、最大の冷却速度は、加熱保持材の温度が約1050℃の際の約0.7℃/秒であった。このように、流路形成部材を用いることで、流路形成部材を用いた部分の加熱保持材の冷却速度を速くできることが確認された。また、実施例1~3では、その後、冷却速度が徐々に低下していったものの、約500℃まで約0.4℃/秒以上の冷却速度を維持した。一方、比較例1、2でも冷却速度が徐々に低下して、約500℃では、ノズルによる冷却の比較例1で約0.3℃/秒、放冷の比較例2で約0.2℃/秒まで冷却速度が低下した。
【0032】
なお、
図6に示すように、実施例および比較例のいずれも、冷却開始の1120℃から約1000℃までの初期に、冷却速度が急激に高くなっている。これは、加熱保持材からの熱放射が大きく影響しているものと推測される。熱放射の影響が比較的に小さくなる1000℃以下での冷却において、表1に示すように、ノズルによる冷却の比較例1及び放冷の比較例2では、加熱保持材の温度が1000℃から700℃へ到達する時間よりも、700℃から500℃へ到達する時間の方が長い時間がかかっている。一方、流路形成部材を用いて冷却を行った実施例1~3では、加熱保持材の温度が1000℃から700℃へ到達する時間と、700℃から500℃へ到達する時間とがほぼ同じであり、どちらの温度域でも比較例1、2よりも到達時間は大幅に短かった。よって、流路形成部材を用いることで、流路形成部材を用いた部分の加熱保持材の冷却速度を、高温域だけでなく、低温域でも、速くできることが確認された。
【0033】
図7に示すように、放冷の比較例2では、加熱保持材の中心から90、45、0mmの位置の順で、1100℃から700℃までの平均冷却速度が高く、加熱保持材の外側の方が冷却速度が高かった。換言すると、加熱保持材の中心が相対的に冷却速度が小さかった。一方、加熱保持材の中心に流路形成部材を配置した実施例では、加熱保持材の中心から0、45、90mmの位置の順で、1100℃から700℃までの平均冷却速度が高かった。ノズルによる冷却の比較例1では、加熱保持材の中心から0、45、90mmのいずれの位置も、ほぼ同様の平均冷却速度であった。また、表1に示すように、700℃から500℃までの平均冷却速度は、比較例1、2では、加熱保持材の中心から0、45、90mmの位置でほぼ同じであったのに対し、実施例1~3では、加熱保持材の中心から0、45、90mmの順で高かった。よって、流路形成部材を用いることで、流路形成部材を用いた部分の加熱保持材の冷却速度を局所的に速くできることが確認された。
【0034】
流路に狭窄部を設ける効果について検討すると、表1及び
図8に示すように、面積比が1未満である0.4及び0.8である実施例1及び実施例2では、加熱保持材の中心位置(狭窄部である上記の位置Pに隣接)において、1000~700℃までの平均冷却速度が、面積比が1.6の実施例3よりも高くなった。また、表1及び
図9に示すように、加熱保持材の中心位置での700~500℃までの平均冷却速度も、面積比が1.6の実施例3より、面積比が1未満である実施例1及び実施例2が高くなった。よって、流路に狭窄部が形成されるような流路形成部材を用いることで、流路形成部材を用いた部分の加熱保持材の冷却速度を局所的に速くできることが確認された。
【0035】
また、
図8及び
図9には、加熱保持材の中心位置の平均冷却速度の値をプロットした他、加熱保持材の中心から0、45、90mmの位置での平均冷却速度を誤差棒として表した。表1、
図8、
図9に示すように、狭窄部から離れた45mm、90mmの位置でも、面積比が1未満である実施例1及び実施例2の上記の各平均冷却速度は、面積比が1.6の実施例3よりも高かった。これは、冷却速度を高める効果は、狭窄部のみに留まらず、狭窄部からガス下流側の領域にわたって、影響があることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明で示した流路形成部材を用いる冷却については、ニッケル基合金やチタン基合金の他、他の合金への適用も期待できる。また、用いる流体には、液体やミストとガスとの混合体の適用も可能である。
【符号の説明】
【0037】
1 流路形成部材
4、9 接触部分
5、8 狭窄部
10 加熱保持材
11、12 優先冷却領域
20 流路形成部材
21 遮風部
22 導風部
23 ガス出口部
30 加熱保持材
40 流路形成部材
50 加熱保持材
60 断熱材
61、62、63 熱電対