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特許7069124熱可塑性液晶ポリマーおよびそのフィルム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-09
(45)【発行日】2022-05-17
(54)【発明の名称】熱可塑性液晶ポリマーおよびそのフィルム
(51)【国際特許分類】
   C08G 63/60 20060101AFI20220510BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20220510BHJP
   B32B 15/09 20060101ALI20220510BHJP
   B32B 27/36 20060101ALI20220510BHJP
【FI】
C08G63/60
C08J5/18 CFD
B32B15/09 A
B32B27/36
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2019509835
(86)(22)【出願日】2018-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2018012219
(87)【国際公開番号】W WO2018181222
(87)【国際公開日】2018-10-04
【審査請求日】2021-03-05
(31)【優先権主張番号】P 2017071337
(32)【優先日】2017-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001085
【氏名又は名称】株式会社クラレ
(74)【代理人】
【識別番号】100087941
【弁理士】
【氏名又は名称】杉本 修司
(74)【代理人】
【識別番号】100112829
【弁理士】
【氏名又は名称】堤 健郎
(74)【代理人】
【識別番号】100142608
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 由佳
(74)【代理人】
【識別番号】100154771
【弁理士】
【氏名又は名称】中田 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100213470
【弁理士】
【氏名又は名称】中尾 真二
(72)【発明者】
【氏名】今野 貴文
(72)【発明者】
【氏名】砂本 辰也
(72)【発明者】
【氏名】南葉 道之
(72)【発明者】
【氏名】原 哲也
【審査官】堀内 建吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-233118(JP,A)
【文献】特開2000-238208(JP,A)
【文献】特開平10-316895(JP,A)
【文献】特開2009-127025(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G63/00-63/91
B32B15/08
B32B15/09
C08J 5/18
G01S 7/03
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)であって、
下記式(I)、(II)、(III)および(IV)で表される繰り返し単位を含み、
熱可塑性液晶ポリマー中の全繰り返し単位の合計量に対する式(I)および式(II)で表される繰り返し単位の合計量のモル比率が50~90モル%であり、
式(III)で表される繰り返し単位と式(IV)で表される繰り返し単位のモル比が前者/後者=23/77~77/23である、熱可塑性液晶ポリマー。
【化1】
(式中、ArおよびArは、互いに異なる2価の芳香族基である)
【請求項2】
請求項1に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位とのモル比が、前者/後者=45/55~90/10である熱可塑性液晶ポリマー。
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、熱可塑性液晶ポリマー中のジカルボン酸に由来する繰り返し単位の全合計量に対する式(II)で表される繰り返し単位のモル比率が85モル%以上である熱可塑性液晶ポリマー。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、ArおよびArは、互いに異なり、任意に置換基を有していてもよい、1,4-フェニレン、1,3-フェニレン、1,5-ナフチレン、2,6-ナフチレン、4,4’-ビフェニレン、2,6-アントラキノニレン、およびパラ位で連結基により連結されるフェニレン数2以上の二価の残基からなる群より選択される基であって、前記連結基は、炭素-炭素結合、オキシ基、炭素原子数1~3のアルキレン基、アミノ基、カルボニル基、スルフィド基、スルフィニル基、および、スルホニル基からなる群より選択され、前記置換基は、C1-3アルキル基、ハロゲン原子、およびフェニル基からなる群より選択される熱可塑性液晶ポリマー。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位が、ヒドロキノン、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、フェニルヒドロキノン、および4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテルから選択される2種類の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位である熱可塑性液晶ポリマー。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、融点と固化温度との温度差が40~160℃である熱可塑性液晶ポリマー。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーで構成された熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項8】
請求項7に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、25℃、5GHzにおける誘電正接が0.0007以下である熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項9】
請求項7または8に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層が接合された金属張積層体。
【請求項10】
少なくとも1つの導体層と、請求項7または8に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。
【請求項11】
請求項10に記載の回路基板であって、多層回路である回路基板。
【請求項12】
請求項10または11に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。
【請求項13】
請求項10~12のいずれか一項に記載の回路基板を含む車載レーダ。
【発明の詳細な説明】
【関連出願】
【0001】
本願は2017年3月31日出願の特願2017-071337の優先権を主張するものであり、その全体を参照により本出願の一部をなすものとして引用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)に関する。より詳しくは、高周波帯域における誘電正接を低減可能であるとともに、融点の上昇が抑制された熱可塑性液晶ポリマーに関する。
【背景技術】
【0003】
近年、PCなどの情報処理分野、携帯電話などの通信機器分野の発展は目覚ましく、このようなエレクトロニクスや通信機器に使用される周波数は、ギガヘルツ帯域にシフトしている。
【0004】
このように高周波化された情報通信装置として、例えば、自動車の安全運転支援や自動運転化のための、車間距離などの検出に使用されるミリ波レーダの開発が進んでいる。ミリ波レーダは、電磁波信号の送受信を行うためのアンテナを備えているが、このアンテナに用いられる絶縁基板には特に高周波帯域での誘電正接が低い材料が求められている。
【0005】
アンテナの絶縁基板としてはセラミック基板やフッ素基板が知られているが、セラミック基板は加工が困難であり、高価であることが課題であり、フッ素基板では、寸法安定性を高めるために用いられるガラスクロス等の影響により、基板全体の高周波特性および耐湿性に問題がある。
【0006】
一方、高周波特性に優れる材料として、熱可塑性液晶ポリマーが注目されている。例えば特許文献1(特開2009-108190号公報)には、特定の比率で6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する繰り返し単位、4,4’-ジヒドロキシビフェニルに由来する繰り返し単位および芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位を含む全芳香族液晶ポリエステルについて、少量のベンゼンジオールに由来する繰り返し単位を含む全芳香族液晶ポリエステルが開示されている。
【0007】
また、特許文献2(特開2004-196930号公報)には、2-ヒドロキシ-6-ナフトエ酸に由来する繰り返し単位30~80mol%、芳香族ジオールに由来する繰り返し単位35~10mol%、および芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位35~10mol%から実質的になる芳香族液晶ポリエステルが開示されている。
【0008】
また、特許文献3(特開2005-272810号公報)には、2-ヒドロキシ-6-ナフトエ酸に由来する繰り返し単位が40~74.8モル%、芳香族ジオールに由来する繰り返し単位が12.5~30モル%、ナフタレンジカルボン酸に由来する繰り返し単位が12.5~30モル%および芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位が0.2~15モル%であり、芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し単位よりナフタレンジカルボン酸に由来する繰り返し単位のモル数が多い芳香族液晶ポリエステルが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-108190号公報
【文献】特開2004-196930号公報
【文献】特開2005-272810号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、特許文献1では、全芳香族液晶ポリエステルは機械的特性に優れるとともに、高周波帯域における誘電特性に優れると記載しているが、射出成形によりダンベル状試験片やスティック状試験片に加工し、その強度特性および誘電正接を調べているため、フィルムとしての加工性や、フィルムとして用いた場合の誘電正接はわからない。
【0011】
また、特許文献2では、メガヘルツ帯での誘電損失を改善させることを目的としているため、高周波帯域での誘電正接に関しては、更なる低下が望まれる。
【0012】
さらに、特許文献3では、耐熱性とフィルム加工性のバランスに優れ、誘電損失が小さい芳香族液晶ポリエステルを得ると記載しているが、耐熱性とのトレードオフにより融点が高くなるため、融点上昇を抑制することができず、さらなる低誘電正接が望まれる。
【0013】
したがって、本発明の目的は、高周波帯域における誘電正接を低減可能であるとともに、融点の上昇を抑制できる熱可塑性液晶ポリマーを提供することにある。
【0014】
本発明の他の目的は、高周波帯域における誘電正接が極めて低い熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、(1)熱可塑性液晶ポリマー中の永久双極子を構成するカルボニル基に着目し、その配向性および回転性を検討したところ、カルボニル基に結合する芳香族環をかさ高いナフタレン環とする繰り返し単位を、熱可塑性液晶ポリマーの全繰り返し単位の中で所定の範囲の割合とすることにより、カルボニル基の回転エネルギーが大きくなり、ギガヘルツ帯で回転運動成分が減少するため、熱可塑性液晶ポリマーの誘電正接を極めて低くできることを見出した。そして、ナフタレン骨格を有する繰り返し単位を含む場合、融点が上昇しやすいためフィルム形成が困難となるという新たな課題を見出し、さらに研究を行った結果、(2)熱可塑性液晶ポリマーを構成する芳香族ジオールに由来する繰り返し単位を構造の異なる2種類のものとし、その2種類の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位の配合比率を特定の範囲にすることにより、強固な結晶構造をとりにくくなるため、ナフタレン骨格を有する繰り返し単位を特定量含んでいるにもかかわらず融点の上昇を抑制できることを見出し、本発明の完成に至った。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の態様で構成されうる。
〔態様1〕
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)であって、
下記式(I)、(II)、(III)および(IV)で表される繰り返し単位を含み、
熱可塑性液晶ポリマー中の全繰り返し単位の合計量に対する式(I)および式(II)で表される繰り返し単位の合計量のモル比率が50~90モル%(好ましくは55~85モル%、より好ましくは60~80モル%)であり、
式(III)で表される繰り返し単位と式(IV)で表される繰り返し単位のモル比が前者/後者=23/77~77/23(好ましくは25/75~75/25、より好ましくは30/70~70/30、特に好ましくは35/65~65/35)である、熱可塑性液晶ポリマー。
【0017】
【化1】
【0018】
(式中、ArおよびArは、互いに異なる2価の芳香族基である)
【0019】
〔態様2〕
態様1に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位とのモル比が、前者/後者=45/55~90/10(より好ましくは55/45~85/15、さらに好ましくは60/40~80/20)である熱可塑性液晶ポリマー。
〔態様3〕
態様1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、熱可塑性液晶ポリマー中のジカルボン酸に由来する繰り返し単位の全合計量に対する式(II)で表される繰り返し単位のモル比率が85モル%以上(好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上、さらに好ましくは98モル%以上、特に好ましくは100モル%)である熱可塑性液晶ポリマー。
〔態様4〕
態様1~3のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、ArおよびArは、互いに異なり、任意に置換基を有していてもよい、1,4-フェニレン、1,3-フェニレン、1,5-ナフチレン、2,6-ナフチレン、4,4’-ビフェニレン、2,6-アントラキノニレン、およびパラ位で連結基により連結されるフェニレン数2以上の二価の残基からなる群より選択される基であって、前記連結基は、炭素-炭素結合、オキシ基、炭素原子数1~3のアルキレン基、アミノ基、カルボニル基、スルフィド基、スルフィニル基、および、スルホニル基からなる群より選択され、前記置換基は、C1-3アルキル基、ハロゲン原子、およびフェニル基からなる群より選択される熱可塑性液晶ポリマー。
〔態様5〕
態様1~4のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位が、ヒドロキノン、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、フェニルヒドロキノン、および4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテルから選択される2種類の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位である熱可塑性液晶ポリマー。
〔態様6〕
態様1~5のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーであって、融点と固化温度との温度差が40~160℃(より好ましくは45~155℃)の範囲である熱可塑性液晶ポリマー。
〔態様7〕
態様1~6のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーで構成された熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
〔態様8〕
態様7に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、25℃、5GHzにおける誘電正接が0.0007以下(より好ましくは0.0006以下)である熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
〔態様9〕
態様7または8に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層が接合された金属張積層体。
〔態様10〕
少なくとも1つの導体層と、態様7または8に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。
〔態様11〕
態様10に記載の回路基板であって、多層回路である回路基板。
〔態様12〕
態様10または11に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。
〔態様13〕
態様10~12のいずれか一態様に記載の回路基板を含む車載レーダ。
【0020】
なお、請求の範囲および/または明細書に開示された少なくとも2つの構成要素のどのような組み合わせも、本発明に含まれる。特に、請求の範囲に記載された請求項の2つ以上のどのような組み合わせも本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、誘電正接を極めて低くできるだけでなく、融点の上昇を抑制することが可能な熱可塑性液晶ポリマーを提供することができる。
【0022】
さらに、本発明の熱可塑性液晶ポリマーで構成されるフィルムは、高周波帯域での誘電正接が極めて低いことから、車載レーダを構成する部材(例えば、ミリ波アンテナ部材)などとして好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[熱可塑性液晶ポリマー]
本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、少なくとも、下記式(I)、(II)、(III)および(IV)で表される繰り返し単位を、特定の割合で含んでいる。
【0024】
【化2】
【0025】
(式中、ArおよびArは、互いに異なる2価の芳香族基である)
【0026】
〔式(I)および式(II)で表される繰り返し単位〕
式(I)で表される繰り返し単位を与える単量体としては、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸およびその誘導体が挙げられる。式(II)で表される繰り返し単位を与える単量体としては、2,6-ナフタレンジカルボン酸およびその誘導体が挙げられる。なお、本明細書において、誘導体とは、例えば、アシル化物、エステル誘導体、酸ハロゲン化物などのエステル形成性誘導体などが含まれ、以下、化合物の名称には、その誘導体が含まれる。
【0027】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーにおいて、ギガヘルツ帯域での誘電正接を低く抑える観点から、全繰り返し単位の合計量に対する式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位の合計量のモル比率は50~90モル%である。全繰り返し単位の合計量に対するカルボニル基に結合する芳香族環をかさ高いナフタレン環とする繰り返し単位の合計量のモル比率をこの範囲とすることにより、熱可塑性液晶ポリマー中の永久双極子であるエステル結合のカルボニル基の回転エネルギーを大きくできるためか、永久双極子の回転運動による熱エネルギーへの散逸に由来する誘電正接の上昇を抑制することが可能である。
【0028】
全繰り返し単位の合計量に対する式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位の合計量のモル比率は、好ましくは55~85モル%、より好ましくは60~80モル%であってもよい。全繰り返し単位の合計量に対する式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位の合計量のモル比率が50モル%未満であると誘電正接が高くなるため好ましくない。
【0029】
カルボニル基の回転運動による熱エネルギーへの散逸を抑制する観点から、熱可塑性液晶ポリマー中のヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位の全合計量に対する式(I)で表される繰り返し単位のモル比率は、例えば、85モル%以上であってもよく、90モル%以上であることが好ましく、より好ましくは95モル%以上、さらに好ましくは98モル%以上、特に好ましくは100モル%であってもよい。
【0030】
カルボニル基の回転運動による熱エネルギーへの散逸を抑制する観点から、熱可塑性液晶ポリマー中のジカルボン酸に由来する繰り返し単位の全合計量に対する式(II)で表される繰り返し単位のモル比率は、例えば、85モル%以上であってもよく、90モル%以上であることが好ましく、より好ましくは95モル%以上、さらに好ましくは98モル%以上、特に好ましくは100モル%であってもよい。
【0031】
熱可塑性液晶ポリマーの融点の上昇を抑制する観点から、式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位とのモル比は、前者/後者=45/55~90/10であることが好ましく、より好ましくは55/45~85/15、さらに好ましくは60/40~80/20であってもよい。
【0032】
〔式(III)および式(IV)で表される繰り返し単位〕
式(III)および(IV)で表される繰り返し単位は、互いに異なる2価の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位である。
【0033】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーでは、上記式(I)および(II)の繰り返し単位を多く含む熱可塑性液晶ポリマーの融点が上昇するのを抑制する観点から、式(III)で表される繰り返し単位と式(IV)で表される繰り返し単位とのモル比を、前者/後者=23/77~77/23とする。熱可塑性液晶ポリマーを構成する芳香族ジオールに由来する繰り返し単位を構造の異なる2種類のものとし、その2種類の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位の配合比率を特定の範囲にすることにより、強固な結晶構造をとりにくくなるためか、融点の上昇を抑制できる。
【0034】
式(III)で表される繰り返し単位と式(IV)で表される繰り返し単位のモル比は好ましくは25/75~75/25、より好ましくは30/70~70/30、特に好ましくは35/65~65/35であってもよい。
【0035】
例えば、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位において、ArおよびArは、互いに異なり、1,4-フェニレン、1,3-フェニレン、1,5-ナフチレン、2,6-ナフチレン、4,4’-ビフェニレン、2,6-アントラキノニレン、およびパラ位で連結基により連結されるフェニレン数2以上の二価の残基からなる群より選択される基であって、前記連結基は、炭素-炭素結合、オキシ基、炭素原子数1~3のアルキレン基、アミノ基、カルボニル基、スルフィド基、スルフィニル基、および、スルホニル基からなる群より選択されてもよい。これらは任意に置換基(例えば、C1-3アルキル基などの低級アルキル基、ハロゲン原子、フェニル基など)を有していてもよい。
【0036】
式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を与える単量体としては、例えば、下記表1に例示する群から選択される芳香族ジオール化合物およびその誘導体が挙げられる。
【0037】
【表1】
【0038】
熱可塑性液晶ポリマーの良好な流動特性と誘電特性の維持を両立する観点から、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を与える単量体は、直線性の芳香族ジオール化合物から選択されるのが好ましい。例えば、直線性の芳香族ジオール化合物は、熱可塑性液晶ポリマーの主鎖を形成する部分が直線性(例えば、パラ位または2,6位)となる芳香族ジオール化合物であるのが好ましい。
【0039】
好ましくは、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位において、ArおよびArは、互いに異なり、1,4-フェニレン、2,6-ナフチレン、4,4’-ビフェニレン、2,6-アントラキノニレン、およびパラ位で連結基により連結されるフェニレン数2の二価の残基から選択される基からなる群より選択される基であって、前記連結基は、炭素-炭素結合、オキシ基、炭素原子数1~3のアルキレン基、およびカルボニル基からなる群より選択されてもよく、これらは任意に置換基(例えば、C1-3アルキル基などの低級アルキル基、フェニル基など)を有していてもよい。
【0040】
本発明者らは、さらに、上述した熱可塑性液晶ポリマーにおいて、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を特定の組み合わせで構成した場合、液晶性を乱すことなく、低誘電正接を維持できることを見出した。
【0041】
特に、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を与える単量体は、ヒドロキノン、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、フェニルヒドロキノン、および4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテルから選択される2種類の芳香族ジオール化合物であることが好ましい。特に、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を与える単量体の少なくとも一方は、ビフェニル骨格を有するのが好ましい。ビフェニル骨格を有する場合、分子量に対する永久双極子であるエステル基の割合を小さくすることができるため、誘電正接をより低下することができる。
【0042】
さらに、式(II)で表される繰り返し単位に対して、実質的に式(III)および(IV)で表される繰り返し単位を組み合わせるのが好ましく、式(II)で表される繰り返し単位と、式(III)および(IV)で表される繰り返し単位の合計量とのモル比は、例えば、90/100~100/90であってもよく、好ましくは95/100~100/95、より好ましくは100/100であってもよい。
【0043】
なお、本発明の効果を達成できる範囲で、本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、脂肪族ジオール化合物、例えば、HO(CHOH(nは2~12の整数)に由来する繰り返し単位などを含んでいてもよい。
【0044】
また、本発明の効果を達成できる範囲で、本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、公知の熱可塑性液晶ポリエステルに用いられる、ジオールに由来する繰り返し単位、ジカルボン酸に由来する繰り返し単位、ヒドロキシカルボン酸に由来する繰り返し単位、芳香族ジアミン、芳香族ヒドロキシアミンまたは芳香族アミノカルボン酸に由来する繰り返し単位などを含んでいてもよい。例えば、熱可塑性液晶ポリマーは、以下の表2~4に分類される化合物に由来する繰り返し単位を含んでいてもよい。
【0045】
芳香族または脂肪族ジカルボン酸(代表例は表2参照)
【表2】
【0046】
芳香族ヒドロキシカルボン酸(代表例は表3参照)
【表3】
【0047】
芳香族ジアミン、芳香族ヒドロキシアミンまたは芳香族アミノカルボン酸(代表例は表4参照)
【表4】
【0048】
さらに、本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、本発明の効果を達成できる範囲であれば、特に限定されず、上述した各繰り返し単位を含む熱可塑性液晶ポリエステル以外にも、これにアミド結合が導入された熱可塑性液晶ポリエステルアミドなどであってもよい。また、熱可塑性液晶ポリマーは、芳香族ポリエステルまたは芳香族ポリエステルアミドに、更にイミド結合、カーボネート結合、カルボジイミド結合やイソシアヌレート結合などのイソシアネート由来の結合等が導入されたポリマーであってもよい。
【0049】
なお、本発明にいう光学的に異方性の溶融相を形成し得るとは、例えば試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を観察することにより認定できる。
【0050】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、ナフタレン骨格を有する繰り返し単位を特定量含んでいるにもかかわらず融点の上昇を抑制することができる。例えば、融点(以下、Tmと称す)が260~330℃(例えば、270~330℃)の範囲のものが好ましく、さらに好ましくはTmが270~320℃(例えば、290~320℃)のものであってもよい。本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、融点が特定の範囲であるため、溶融押し出し時の温度を低くでき、フィルム成形性を良好にするとともに、熱可塑性液晶ポリマーの熱分解を抑制することができる。なお、融点は後述の実施例に記載した方法により測定される値である。
【0051】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、融点の上昇を抑制するだけではなく、融点と固化温度との温度差を大きくできるのが好ましい。例えば、融点と固化温度との温度差が40~160℃の範囲のものが好ましく、より好ましくは45~155℃の範囲であってもよい。この温度差が上述の範囲である場合、フィルム成形において、熱可塑性液晶ポリマーを溶融製膜する際に、熱可塑性液晶ポリマーが溶融してから固化するまでに十分な時間をかけることができ、製膜温度等の温度条件設定の自由度を高くすることが可能である。
なお、固化温度とは、DSC測定の冷却過程における結晶化のピーク温度(結晶化温度)を指し、結晶化温度が見られない場合は、ガラス転移温度を指す。具体的には、固化温度は、後述の実施例に記載した方法により測定される。また、融点と固化温度との温度差は、熱可塑性液晶ポリマーの融点から固化温度を引いた差として算出される。
【0052】
熱可塑性液晶ポリマーは、他の成分を含む樹脂組成物であってもよく、樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲内で、ポリエチレンテレフタレート、変性ポリエチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等の熱可塑性ポリマー、各種添加剤を添加してもよい。また、必要に応じて充填剤を添加してもよい。
【0053】
[熱可塑性液晶ポリマーの製造方法]
本発明の熱可塑性液晶ポリマーの製造方法に特に制限はなく、公知の重縮合法により合成することができる。重縮合に供する単量体として、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、各種芳香族ジオールを用いた直接重合法であってもよく、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、各種芳香族ジオール等は、これらのヒドロキシ基をアシル化することにより末端を活性化したアシル化物を重合に用いてもよい。
【0054】
単量体のアシル化物は、事前に単量体をアシル化して合成したものを用いてもよいし、熱可塑性液晶ポリマーの製造時に単量体にアシル化剤を加えて反応系内で生成することもできる。アシル化剤は、無水酢酸等の酸無水物等が挙げられる。
【0055】
重縮合は種々の触媒の存在下で行ってもよく、例えば、有機スズ系触媒(ジアルキルスズ酸化物等)、アンチモン系触媒(三酸化アンチモン等)、チタン系触媒(二酸化チタン等)、カルボン酸のアルカリ金属塩類またはアルカリ土類金属塩類(酢酸カリウム等)、ルイス酸塩(BF等)等が挙げられる。
【0056】
重縮合を溶融重合により行った後、固相重合を行ってもよい。固相重合は、溶融重合工程により得られたポリマーを抜き出し、それを粉砕して粉末状またはフレーク状にした後、真空下、または窒素などの不活性雰囲気下において、固相状態で熱処理する方法等により行われる。
【0057】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルムの製造方法]
本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、ナフタレン骨格を有する繰り返し単位を特定量含んでいるにもかかわらず融点の上昇を抑制することができるため、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを好適に製造することができる。熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、例えば、前記熱可塑性液晶ポリマーの溶融混練物を押出成形して得られる。
【0058】
押出成形法としては任意の方法のものが使用されるが、周知のTダイ法、インフレーション法等が工業的に有利である。特にインフレーション法では、フィルムの機械軸方向(以下、MD方向と略す)だけでなく、これと直交する方向(以下、TD方向と略す)にも応力が加えられ、MD方向、TD方向に均一に延伸できることから、MD方向とTD方向における分子配向性、誘電特性などを制御したフィルムが得られる。
【0059】
例えば、Tダイ法による押出成形では、Tダイから押出した溶融体シートを、フィルムのMD方向だけでなく、これとTD方向の双方に対して同時に延伸して製膜してもよいし、またはTダイから押出した溶融体シートを一旦MD方向に延伸し、ついでTD方向に延伸して製膜してもよい。
【0060】
また、インフレーション法による押出成形では、リングダイから溶融押出された円筒状シートに対して、所定のドロー比(MD方向の延伸倍率に相当する)およびブロー比(TD方向の延伸倍率に相当する)で延伸して製膜してもよい。
【0061】
このような押出成形の延伸倍率は、MD方向の延伸倍率(またはドロー比)として、例えば、1.0~10程度であってもよく、好ましくは1.2~7程度、さらに好ましくは1.3~7程度であってもよい。また、TD方向の延伸倍率(またはブロー比)として、例えば、1.5~20程度であってもよく、好ましくは2~15程度、さらに好ましくは2.5~14程度であってもよい。
【0062】
また、必要に応じて、公知または慣用の熱処理を行い、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの融点および/または熱膨張係数を調整してもよい。熱処理条件は目的に応じて適宜設定でき、例えば、熱可塑性液晶ポリマーの融点Tm-10℃以上(例えば、Tm-10~Tm+30℃程度、好ましくはTm~Tm+20℃程度)で数時間加熱することにより、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの融点(Tm)を上昇させてもよい。
【0063】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルム]
本発明の一実施態様である熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、上述した熱可塑性液晶ポリマーで構成される。熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、フィルムを構成する熱可塑性液晶ポリマーの繰り返し単位において、式(I)で表される繰り返し単位と式(II)で表される繰り返し単位の合計量を特定の量としているため、誘電正接を極めて低くすることができる。
【0064】
(誘電正接)
本発明の一実施形態である熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、例えば、25℃、5GHzにおける誘電正接が0.0007以下であってもよく、より好ましくは0.0006以下であってもよい。なお、誘電正接は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。上記誘電正接は、一方向(X方向)と、それに対する直交方向(Y方向)について測定した、5GHzにおける誘電正接のX方向およびY方向の平均値として算出される。
【0065】
また、本発明の一実施形態である熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、より高周波帯域での誘電正接についても低くできることが好ましい。例えば、40℃、24GHzにおける誘電正接は0.0012以下であってもよく、より好ましくは0.0010以下であってもよい。なお、40℃、24GHzにおける誘電正接は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0066】
また、本発明の一実施形態である熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、高温下(例えば、120℃)での誘電正接についても低くできることが好ましい。例えば、120℃、24GHzにおける誘電正接は0.0025以下であってもよく、より好ましくは0.0022以下、さらに好ましくは0.0020以下であってもよい。なお、120℃、24GHzにおける誘電正接は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0067】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、誘電正接が極めて低いことから、基板材料、特にギガヘルツ帯域に対応するレーダに用いられる基板材料として好適に用いることができる。誘電正接が低いほど伝送損失が小さくなるため、このような熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、伝送回路に対しても好適に用いることができ、低電力化や低ノイズ化が可能となる。
【0068】
(誘電率)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、例えば、25℃、5GHzにおける誘電率が、2.5~4.0(例えば、2.6~4.0程度)であってもよく、好ましくは2.8~4.0程度であってもよい。また、40℃、24GHzにおける誘電率が、2.5~4.0(例えば、2.6~4.0程度)であってもよく、好ましくは2.8~4.0程度であってもよい。さらに、120℃、24GHzにおける誘電率が、2.5~4.0(例えば、2.6~4.0程度)であってもよく、好ましくは2.8~4.0程度であってもよい。なお、誘電率は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。上記誘電率は、一方向(X方向)と、それに対する直交方向(Y方向)について測定した、所定の周波数(および温度)における誘電率のX方向およびY方向の平均値として算出される。
【0069】
[金属張積層体]
本発明の一構成は、前記熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層(例えば金属シート)が接合された金属張積層体が含まれてもよい。
金属層は、例えば、金、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウムまたはこれらの合金金属などから形成された金属層であってもよい。金属張積層体は、好ましくは銅張積層体であってもよい。
前記金属張積層体に対して、公知または慣用の方法により、金属層部分に回路パターンを形成し、回路基板を得ることができる。
【0070】
[回路基板]
本発明の構成である回路基板は、少なくとも1つの導体層と、少なくとも1つの絶縁体(または誘電体)層とを含んでおり、前記熱可塑性液晶ポリマーフィルムを絶縁体(または誘電体)として用いる限り、その形態は特に限定されず、公知または慣用の手段により、各種高周波回路基板として用いることが可能である。また、回路基板は、半導体素子(例えば、ICチップ)を搭載している回路基板(または半導体素子実装基板)であってもよい。
【0071】
(導体層)
導体層は、例えば、少なくとも導電性を有する金属から形成され、この導体層に公知の回路加工方法を用いて回路が形成される。導体層を形成する導体としては、導電性を有する各種金属、例えば、金、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウムまたはこれらの合金金属などであってもよい。
【0072】
特に、本発明の構成である回路基板は、誘電正接が極めて低く制御されているため、各種伝送線路、例えば、同軸線路、ストリップ線路、マイクロストリップ線路、コプレナー線路、平行線路などの公知または慣用の伝送線路に用いられてもよいし、アンテナ(例えば、マイクロ波またはミリ波用アンテナ)に用いられてもよい。また、回路基板は、アンテナと伝送線路が一体化したアンテナ装置に用いられてもよい。
【0073】
アンテナとしては、導波管スロットアンテナ、ホーンアンテナ、レンズアンテナ、プリントアンテナ、トリプレートアンテナ、マイクロストリップアンテナ、パッチアンテナなどのミリ波やマイクロ波を利用するアンテナが挙げられる。
これらのアンテナは、例えば、少なくとも1つの導体層と、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムからなる少なくとも1つの絶縁体(または誘電体)とを含む回路基板(好ましくは多層回路基板)を、アンテナの基材として少なくとも備えている。
【0074】
本発明の回路基板(または半導体素子実装基板)は、各種センサ、特に車載レーダに用いられることが好ましく、各種センサ、特に車載レーダは、例えば、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムを含む回路基板、半導体素子(例えば、ICチップ)を少なくとも備えている。
【実施例
【0075】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例においては、下記の方法により各種物性を測定した。
【0076】
[融点]
DSC Q2000(TAインスツルメント・ジャパン(株)製)を用いて、サンプル5mgについて、室温から毎分20℃の速度でサンプルを重合した温度まで昇温を行い、その温度で2分保持し、毎分20℃の速度で25℃まで冷却を行い、25℃で2分保持し、再び毎分20℃の速度で昇温した際の、吸熱ピーク温度を融点とした。
【0077】
[固化温度]
上記融点の測定における冷却過程の発熱ピーク温度(結晶化温度)、もしくは結晶化温度が見られない場合については、上記融点の測定における冷却過程において観測したガラス転移温度を固化温度とした。
【0078】
[25℃、5GHzにおける誘電特性]
(サンプル作製方法)
熱可塑性液晶ポリマーをTm+15~Tm+30℃の条件で、圧力100kg/cmで熱プレスを行い、厚み125μm、縦12cm、横12cmの12cm角シートを得た。次いで、得られたシートを、シート横方向(X方向)にカットし、長さ8cm、幅2mm、厚さ125μmのサンプル片を得た。シート縦方向(Y方向)についても同様に切り出し、長さ8cm、幅2mm、厚さ125μmのサンプル片を得た。
【0079】
(測定方法)
誘電率・誘電正接測定は周波数5GHzで空洞共振器摂動法により実施した。ネットワークアナライザ(Agilent Technology社製「E8362B」)に5GHzの空洞共振器((株)関東電子応用開発製)を接続し、空洞共振器に上記のサンプル片を挿入し、25℃で測定を行い、縦方向および横方向の平均値を採用した。
【0080】
[40℃、24GHz、及び120℃、24GHzにおける誘電特性]
(サンプル作製方法)
熱可塑性液晶ポリマーをTm+20~Tm+30℃の条件で、圧力100kg/cmで熱プレスを行い、厚み1mm、縦10cm、横10cmの10cm角シートを得た。次いで、得られたシートを、シート横方向に、断面の対角線の長さが1.87mmになるように幅を調整(約1.6mm)してカットし、長さ40mm、幅約1.6mm、厚さ1mmのサンプル片を得た。シート縦方向についても同様に切り出し、長さ40mm、幅約1.6mm、厚さ1mmのサンプル片を得た。
【0081】
(測定方法)
森研太朗、西方敦博、“温度制御付き導波管貫通法の試料位置の温度評価と液晶ポリマーフィルムの複素誘電率測定”、2016年ソサイエティ大会プログラム、電子情報通信学会、B-4-44に記載の方法に基づき、上記のサンプル片の測定を行った。24GHzでの、40℃および120℃における誘電率および誘電正接の測定を行い、縦方向および横方向の平均値を採用した。
【0082】
[実施例1]
100mLの反応容器に、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸19.74g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸7.56g(20モル%)、ヒドロキノン0.96g(5モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル4.88g(15モル%)、無水酢酸19.64g、および重合触媒として酢酸カリウム3.77mgを投入し、窒素雰囲気下でアセチル化(160℃、還流下約2時間)後、280℃0.5時間、320℃1時間、360℃1時間保持し、続いて減圧処理(100Pa)を発泡が収まったのが確認されるまで(30~120分間)行い、その後、窒素置換をして、芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が294℃、固化温度が228℃、融点と固化温度との温度差が66℃であった。
【0083】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0084】
[実施例2]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸20.19g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸7.73g(20モル%)、ヒドロキノン1.97g(10モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル3.33g(10モル%)、無水酢酸20.08g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が291℃、固化温度が237℃、融点と固化温度との温度差が54℃であった。
【0085】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0086】
[実施例3]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸20.66g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸7.91g(20モル%)、ヒドロキノン3.02g(15モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル1.70g(5モル%)、無水酢酸20.55g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が309℃、固化温度が252℃、融点と固化温度との温度差が57℃であった。
【0087】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0088】
[実施例4]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸15.23g(45モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸10.69g(27.5モル%)、ヒドロキノン2.72g(13.75モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル4.60g(13.75モル%)、無水酢酸20.19g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が275℃、固化温度が225℃、融点と固化温度との温度差が50℃であった。
【0089】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0090】
[実施例5]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸10.21g(30モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸13.68g(35モル%)、ヒドロキノン3.48g(17.5モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル5.89g(17.5モル%)、無水酢酸20.30g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が317℃、固化温度が240℃、融点と固化温度との温度差が77℃であった。
【0091】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0092】
[実施例6]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸19.32g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸7.40g(20モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル3.19g(10モル%)、フェニルヒドロキノン3.19g(10モル%)、無水酢酸19.21g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が262℃、固化温度が140℃、融点と固化温度との温度差が122℃であった。
【0093】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0094】
[実施例7]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸19.14g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸7.33g(20モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル3.16g(10モル%)、4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテル3.43g(10モル%)、無水酢酸19.04g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が261℃、固化温度が110℃、融点と固化温度との温度差が151℃であった。
【0095】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0096】
[比較例1]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸18.65g(54モル%)、テレフタル酸7.01g(23モル%)、ヒドロキノン0.30g(1.5モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル7.35g(21.5モル%)、無水酢酸19.11g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が342℃、固化温度が306℃、融点と固化温度との温度差が36℃であった。
【0097】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0098】
[比較例2]
反応器に投入する原料を4-ヒドロキシ安息香酸22.64g(73モル%)、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸11.41g(27モル%)、無水酢酸23.38g、および酢酸カリウム3.77mg、窒素雰囲気下でアセチル化(160℃、還流下約2時間)後、250℃0.5時間、280℃1時間、320℃1時間保持し、続いて30分間減圧処理(100Pa)を行い、発泡が収まったのが確認されたのち、窒素置換をして、芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が278℃、固化温度が237℃、融点と固化温度との温度差が41℃であった。
【0099】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0100】
[比較例3]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸20.95g(60モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸8.02g(20モル%)、ヒドロキノン3.68g(18モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル0.69g(2モル%)、無水酢酸29.89g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が332℃、固化温度が280℃、融点と固化温度との温度差が52℃であった。
【0101】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0102】
[比較例4]
反応器に投入する原料を6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸12.69g(40モル%)、2,6-ナフタレンジカルボン酸10.93g(30モル%)、4,4’-ジヒドロキシビフェニル9.42g(30モル%)、無水酢酸18.93g、および酢酸カリウム3.77mgに変更した以外は実施例1と同様にして芳香族液晶ポリエステルを得た。
得られた熱可塑性液晶ポリマーは、融点が347℃、固化温度が324℃、融点と固化温度との温度差が23℃であった。
【0103】
得られた熱可塑性液晶ポリマーを熱プレスにより、フィルムを得、誘電率および誘電正接の測定を行った。その結果を表5に示す。
【0104】
【表5】
【0105】
表5に示すように、実施例1~7では、融点の上昇を抑制でき、かつ、融点と固化温度との温度差を大きくできる。さらに、得られた熱可塑性液晶ポリマーをフィルムにしたものの5GHzにおける誘電正接は極めて低い。
【0106】
特許文献1の実施例の熱可塑性液晶ポリマー組成である比較例1は、式(II)で表される繰り返し単位を含まず、別のジカルボン酸(テレフタル酸)に由来する繰り返し単位を多量に含む組成であるため、フィルムでの5GHzにおける誘電正接は実施例の2倍以上である。さらに、比較例1は芳香族ジオールに由来する繰り返し単位を2種類含んでいるが、それらのモル比が特定の範囲にないため、融点が高い。
【0107】
比較例2は、式(II)で表される繰り返し単位を含んでおらず、ナフタレン骨格を有する繰り返し単位の含有量が少ないため、フィルムでの5GHzにおける誘電正接は実施例の3倍以上である。
【0108】
比較例3は、式(I)および式(II)で表される繰り返し単位を含む組成であるため、フィルムでの5GHzにおける誘電正接は実施例と同程度に低い。しかし、芳香族ジオールに由来する繰り返し単位を2種類含んでいるが、それらのモル比が特定の範囲にないため、融点が高い。
【0109】
比較例4は、式(I)および式(II)で表される繰り返し単位を含む組成であるため、フィルムでの5GHzにおける誘電正接は実施例と同等である。しかし、芳香族ジオールに由来する繰り返し単位を1種類しか含んでいないため、融点が高い。
【0110】
さらに、より高周波帯域である24GHzでの誘電特性を実施例2および5と比較例2について調査を行った。結果を以下の表6に示す。
【0111】
【表6】
【0112】
表6に示すように、実施例2および5では、より高周波帯域である24GHzでの誘電正接も低い。また、実施例2および5では、温度が上昇するにつれ増加する誘電損失に由来して誘電正接が上昇してしまう高温下(120℃)においても、誘電正接の上昇を抑制することができている。
【0113】
一方、比較例2では、より高周波帯域である24GHzでの誘電正接が実施例の3倍以上である。また、高温下(120℃)においても、誘電正接の上昇を抑制できていない。
【産業上の利用可能性】
【0114】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーは、誘電正接の極めて小さいフィルムが得られるため、当該熱可塑性液晶ポリマーを成形して得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、基板材料、特にギガヘルツ帯域に対応するレーダに用いられる基板材料として好適に用いることができる。
【0115】
以上のとおり、本発明の好適な実施例を説明したが、当業者であれば、本件明細書を見て、自明な範囲内で種々の変更および修正を容易に想定するであろう。
したがって、そのような変更および修正は、請求の範囲から定まる発明の範囲内のものと解釈される。