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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-10
(45)【発行日】2022-05-18
(54)【発明の名称】エルゴチオネインの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 13/04 20060101AFI20220511BHJP
   C12P 7/18 20060101ALI20220511BHJP
   C12N 1/14 20060101ALN20220511BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20220511BHJP
【FI】
C12P13/04
C12P7/18
C12N1/14 Z
C12R1:645
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019526952
(86)(22)【出願日】2018-06-26
(86)【国際出願番号】 JP2018024254
(87)【国際公開番号】W WO2019004234
(87)【国際公開日】2019-01-03
【審査請求日】2020-12-09
(31)【優先権主張番号】P 2017125469
(32)【優先日】2017-06-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-6170
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-6171
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-6172
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-6173
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(74)【代理人】
【識別番号】100181168
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 智裕
(74)【代理人】
【識別番号】100104282
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 康仁
(72)【発明者】
【氏名】前田 貴行
(72)【発明者】
【氏名】山田 良一
(72)【発明者】
【氏名】宮奥 康平
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第1998/044089(WO,A1)
【文献】特開平10-215887(JP,A)
【文献】国際公開第2016/104437(WO,A1)
【文献】Genghof, Dorothy S.,Biosynthesis of ergothioneine and hercynine by fungi and Actinomycetales.,Journal of bacteriology,1970年,Vol. 103, No. 2,pp. 475-478,https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC248105/
【文献】Melville, D. B. et al.,Ergothioneine in microorganisms.,Journal of Biological Chemistry,1956年,Vol. 223, No. 1,pp. 9-17,https//doi.org/10.1016/50021-9258(18)65113-0
【文献】春見 隆文,Moniliella属酵母と浸透圧ストレス応答,化学と生物,2014年,Vol. 52, No. 7,pp.478-484,https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu/52/7/52_478/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00- 1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地において培養し、前記微生物にエルゴチオネインを産生させる工程、及び
(2)前記工程で得られた培養物からエルゴチオネインを回収する工程
を含む、エルゴチオネインの製造方法。
【請求項2】
前記培地が、炭素源を100g/L以上500g/L以下の濃度で含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物が、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)およびモニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens var.suaveolens)からなる群から選ばれる少なくとも一種である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物が、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)MCI3554(受託番号 FERM BP-6170)、モニリエラ・ポリニスMCI3555(受託番号FERM BP-6171)、モニリエラ・ポリニスMCI3371(受託番号 FERM BP-6173)およびモニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)MCI3369(受託番号FERM BP-6172)からなる群から選ばれる少なくとも一種またはその変異体である、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記工程が、前記微生物にさらに糖アルコール、アルコールおよび有機酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を産生させる工程を含む、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記工程で得られた培養物から糖アルコール、アルコールおよび有機酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を回収する工程をさらに含む、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記糖アルコールがエリスリトールである、請求項又はに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エルゴチオネインを製造する方法に関する。より詳しくは、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を用いたエルゴチオネインの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エルゴチオネインは含硫アミノ酸の一種であり、高い抗酸化活性を有することが知られており、大量のヒドロキシラジカルを高速で除去できることから、細胞内の活性酸素除去に関わっていると考えられている。また、エルゴチオネインは、エラスターゼ活性阻害作用、チロシナーゼ活性阻害作用、抗炎症作用、抗ストレス作用、抗老化作用、しわ形成抑制作用、過酸化脂質生成抑制作用などを示すとも言われている。
【0003】
エルゴチオネインの製造方法としては、化学合成法、エルゴチオネインを産生するキノコ類の菌糸体からエルゴチオネインを抽出する方法、エルゴチオネインの産生能がある微生物を培養後、エルゴチオネインを抽出する方法等がある。
エルゴチオネインの産生能を有する微生物については、非特許文献1および2に報告されている。これらの報告によると、細菌の多くはエルゴチオネインの産生能がないことや、真核生物の中にはエルゴチオネイン産生能を有するものも存在するが、これらの文献の中で報告されている例は極わずかである。
【0004】
また、エルゴチオネインの産生能を有する微生物を用いてエルゴチオネインを製造する方法として、C1化合物資化性細菌であるメチロバクテリウム属に属する微生物や担子菌酵母であるロドトルラ属に属する微生物やクリプトコッカス属に属する微生物を用いてエルゴチオネインを産生する方法が知られている(特許文献1)。
さらに、子嚢菌門の糸状菌であるアスペルギルス属に属する微生物を用いて、エルゴチオネインを合成する酵素をコードする遺伝子を過剰発現することで、野生株と比べてエルゴチオネインの産生能を向上させてエルゴチオネインを産生する方法も知られている(特許文献2)。
【0005】
一方、担子菌門のモニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、エリスリトールを産生する微生物として知られているが(特許文献3)、エルゴチオネイン合成に関する遺伝子やエルゴチオネインの合成能についての報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開WO2016/104437号パンフレット
【文献】国際公開WO2016/121285号パンフレット
【文献】国際公開WO1998/044089号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【文献】Dounald B. Melville et al, J. Biol. Chem. 1956, 223:9-17
【文献】Dorothy S. Genghof, J. Bacteriology, Aug. 1970, P.475-47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、簡便なエルゴチオネインの製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討し、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物の細胞内代謝物について、メタボロミクス解析を行なったところ、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物がエルゴチオネインを産生し得ることを見出し、本発明を完成させた。
即ち、本発明は以下を要旨とする。
(1)モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地において培養し、前記微生物にエルゴチオネインを産生させる工程を含む、エルゴチオネインの製造方法。
(2)前記培地が、炭素源を100g/L以上500g/L以下の濃度で含有する、上記(1)に記載の方法。
(3)モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物が、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)およびモニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens var.suaveolens)からなる群から選ばれる少なくとも一種である、上記(1)または(2)に記載の方法。
(4)モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物が、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)CBS461.67、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)CBS567.85、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)CBS223.32、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)CBS382.36、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)CBS223.79、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS170.66、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS171.66、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS594.68、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens var. suaveolens)CBS101.20およびモニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens var. suaveolens)CBS127.42からなる群から選ばれる少なくとも一種である、上記(1)~(3)のいずれかに記載の方法。
(5)モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物が、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)MCI3554(受託番号 FERM BP-6170)、モニリエラ・ポリニスMCI3555(受託番号FERM BP-6171)、モニリエラ・ポリニスMCI3371(受託番号FERM BP-6173)およびモニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)MCI3369(受託番号FERM BP-6172)からなる群から選ばれる少なくとも一種またはその変異体である、上記(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)前記工程が、前記微生物にさらに糖アルコール、アルコールおよび有機酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を産生させる工程を含む、上記(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記工程で得られた培養物からエルゴチオネインを回収する工程をさらに含む、上記(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記工程で得られた培養物から糖アルコール、アルコールおよび有機酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を回収する工程をさらに含む、上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法。
(9)前記糖アルコールがエリスリトールである、上記(6)~(8)のいずれかに記載の方法。
【0010】
本発明のエルゴチオネインの製造方法によれば、短期間で菌体内にエルゴチオネインを蓄積することができるので、簡便、かつ、短期間でエルゴチオネインを製造することができる。
【0011】
以下、本発明について具体的に説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨の範囲内であれば種々に変更して実施することができる。また、本明細書は、本願優先権主張の基礎となる2017年6月27日に出願された日本国特許出願(特願2017-125469号)の明細書及び図面に記載の内容を包含する。
【0012】
本発明は、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地を用いて培養し、該微生物にエルゴチオネインを産生させる工程(以下、「工程(1)」)を含む、エルゴチオネインの製造方法であり、好ましくは、前記工程(1)の後に、前記工程(1)で得られた培養物からエルゴチオネインを回収する工程(以下、「工程(2)」)をさらに含むエルゴチオネインの製造方法である。
以下、上記の工程(1)および(2)について、順に説明する。
[工程(1)]
工程(1)は、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地において培養し、該微生物にエルゴチオネインを産生させる工程である。
【0013】
本発明において、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、担子菌門、ハラタケ亜門、シロキクラゲ綱、モニリエラ属に分類される微生物であれば特に限定されない。本発明に用いられるモニリエラ(Moniliella)属に属する微生物としては、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)、およびモニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens var.suaveolens)からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。これらの中でも、エリスリトールの工業的製造に利用されているという点において、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)がより好ましい。
【0014】
また、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、オランダのCBS-KNAWコレクションに登録されているモニリエラ・ポリニス( Moniliella pollinis)CBS461.67、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)CBS567.85、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra)CBS223.32、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ( Moniliella suaveolens var. nigra)CBS382.36、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・ニグラ(Moniliella suaveolens var. nigra) CBS223.79、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS170.66、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS171.66、モニリエラ・アセトアブテンス(Moniliella acetoabutens)CBS594.68、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス( Moniliella suaveolens var. suaveolens)CBS101.20、および、モニリエラ・スアヴェオレンス・バール・スアヴェオレンス( Moniliella suaveolens var. suaveolens)CBS127.42からなる群から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。
【0015】
上記の中でも、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)MCI3554(受託番号 FERM BP-6170)、モニリエラ・ポリニスMCI3555(受託番号FERM BP-6171)、モニリエラ・ポリニスMCI3371(受託番号FERM BP-6173)およびモニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)MCI3369(受託番号FERM BP-6172)からなる群から選ばれる少なくとも一種の寄託された菌株であることがより好ましい。また、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、前記寄託された菌株の変異体であってもよい。菌株の変異体は、一般的な変異導入方法を用いて作製することができる。そのような変異導入方法としては、例えば、物理的にDNAを損傷し変異を導入する紫外線やX線照射、化学的にDNAを損傷し変異を導入するN-メチル-N‘-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)やエチルメタンスルホン酸(EMS)などのアルキル化試薬による処理などが挙げられる。
【0016】
また、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、自然界から取得することもできる。例えば、モニリエラ属に属する微生物は自然界の土壌に広く分布し、糖濃度の高い環境を好んで生育する性質がある。そのため、土壌、樹液・落下果実のように糖濃度の高い物質、ジャム、マーマレード、ハチミツなどの食品、蜂の幼生体表などから得ることができる。また、野菜、果物等の農作物に付着し、これらの農作物を原材料とした飲食品を汚染することが知られているため、飲食品製造環境から得ることができる。また、他の菌類に比べて高い酢酸耐性を有するため、食酢やピクルスから好酸性のモニリエラ・アセトアブタンス(Moniliella acetoabutans)を得ることができ、また、油を含有する食品からモニリエラ・スアヴェオレンス(Moniliella suaveolens)なども得ることができる。
【0017】
モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物がエルゴチオネインを産生するか否かは、一般的な方法を用いて評価することができる。例えば、得られた微生物を増殖させた後、菌体を分離し、分離した菌体からエルゴチオネインの抽出操作を行い、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等の公知の定量方法を用いて、得られた抽出物からエルゴチオネインが検出または測定できるかどうかで評価することができる。
【0018】
後述する実施例において、モニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)及びモニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)はエルゴチオネイン産生能を有することが示されたことから、これらと系統的に近縁なモニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、エルゴチオネイン産生能を有するものと理解できる。また、エルゴチオネイン合成に関する遺伝子、例えばエルゴチオネイン-1(Egt-1)遺伝子を有するモニリエラ(Moniliella)属に属する微生物は、エルゴチオネインを産生することができると理解できる。
【0019】
上述のモニリエラ(Moniliella)属に属する微生物またはその菌株は、単独でも組み合わせても用いることができる。また、本工程において、エリスリトール産生能が高い微生物を選択すれば、エルゴチオネインに加えて、エリスリトールも産生させることができる。
工程(1)では、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地を用いて培養する。
【0020】
培地としては、炭素源、窒素源、必要に応じて無機塩、発育素等を水に溶解させた液体培地を用いることが好ましい。
培地に含まれる炭素源としては、グルコース、フルクトース、グリセロール等の発酵性糖質が利用される。これらの中でも、安価で容易に入手できるということから、グルコースまたはフルクトースであることが好ましく、グルコースであることが特に好ましい。これらの炭素源は、単独でも組み合わせても使用できる。
【0021】
炭素源としてグルコースを用いる場合、培地に含まれる炭素源の濃度は、通常100 g/L以上、好ましくは200 g/L以上、より好ましくは250 g/L以上であり、また、通常500 g/L以下、好ましくは450 g/L以下である。また、炭素源の濃度範囲としては、例えば、100g/L以上500 g/L以下、100g/L以上450 g/L以下、100g/L以上300 g/L以下、200 g/L以上500 g/L以下、200g/L以上450 g/L以下、200g/L以上300 g/L以下、250 g/L以上500 g/L以下、250g/L以上450 g/L以下、250g/L以上300 g/L以下の範囲が挙げられるが、これらに限定されない。このように炭素源の濃度を比較的高くすることで、培養中のコンタミネーションを防ぐという効果が得られる。
また、炭素源は、培養中に分割添加してもよい。炭素源から、本発明で用いる微生物によりエルゴチオネインが産生される。
【0022】
培地に含まれる窒素源としては、アンモニア塩、尿素、ペプトン、微生物エキス(例えば、酵母エキス)、コーンスティープリカー等の各種の有機、無機の窒素化学物が用いられる。無機塩としては各種リン酸塩、硫酸塩、マグネシウム、カリウム、マンガン、鉄、亜鉛等の金属塩が用いられる。また、発育素としてビタミン、ヌクレオチド、アミノ酸等の微生物の生育を促進する因子を必要に応じて添加することができる。また、培養中の培地成分による発泡を抑える為に市販の消泡剤を適量添加しておくことが好ましい。
【0023】
また、本発明において、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物の培養条件は、以下のようにすることが好ましい。
培養温度については、特に制限はないが、通常25℃以上、好ましくは27℃以上であり、また、通常37℃以下、好ましくは35℃以下である。
培養時間については、特に制限はないが、炭素源が消費されるまで行うことが好ましい。具体的には、24時間~8日間培養することができるが、本発明の製造方法では、24時間~3日間といった従来よりも短い時間で、微生物にエルゴチオネインを産生させることができる。
【0024】
培養は、通気、撹拌、振盪等の好気的条件で行うのが好ましい。
上記の培養条件は、使用する微生物によって異なることが予想されるが、使用する微生物について条件を段階的に変化させて予備実験を行うことにより、好ましい条件を見出すことができる。
このようにして産生される菌体中のエルゴチオネイン生成量は、高速液体クロマトグラフィー、ガスクロマトグラフィー等のそれ自体既知の通常用いられる方法で、より具体的には実施例に記載の方法で測定できる。
【0025】
本発明において、工程(1)は、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物に、さらに糖アルコール、アルコールおよび有機酸からなる群から選ばれる少なくとも一種を産生させる工程を含むことができる。
本発明において、糖アルコールとしては、限定されるものではなく、例えば、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール、ラクチトールなどが挙げられ、好ましくはエリスリトールである。また、アルコールとしては、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、1,3-プロパンジオール、1,2-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、などが挙げられ、有機酸としては、例えば、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ピルビン酸、乳酸、リンゴ酸、フマル酸、コハク酸、2-オキソグルタル酸、クエン酸、イソクエン酸、アラニン、バリン、セリン、グルタミン酸、リジン、などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0026】
[工程(2)]
工程(2)は、前記工程(1)で得られた培養物からエルゴチオネインを回収(例えば、分離、菌体破砕、熱処理、抽出、精製など)する工程である。
前記工程(1)で得られた培養物からエルゴチオネインを回収する方法は特に限定されない。
【0027】
工程(1)で得られた培養物からエルゴチオネインを回収する際には、培養物から直接、エルゴチオネインを抽出してもよいが、培養物から濾過、遠心分離などの操作により菌体を回収し、回収した菌体からエルゴチオネインを抽出することが好ましい。この場合、菌体をそのまま用いてもよく、あるいは、回収した後に乾燥した菌体やさらに粉砕した菌体を用いてもよい。
また、工程(1)で糖アルコール(例えばエリスリトール)産生能が高い微生物を選択し、微生物にエルゴチオネインに加えて糖アルコールも産生させた場合、工程(1)で得られた培養物を菌体画分とそれ以外の溶液画分に分離し、菌体画分からはエルゴチオネインを回収(例えば抽出)し、それ以外の溶液画分からは糖アルコールを回収することができる。このようにすると、廃棄となる菌体画分を有効に活用することができる。
【0028】
抽出に用いる溶媒は、エルゴチオネインが溶解するものであれば特に限定されないが、例えば、メタノール、エタノール、イソプロパノール、アセトンなどの有機溶媒;これらの有機溶媒と水とを混合させた含水有機溶媒;水、温水および熱水などが挙げられる。溶媒の温度は、通常60~98℃、好ましくは80~98℃である。
溶媒を加えた後、適宜、菌体破砕処理を加えながらエルゴチオネインを抽出することが好ましい。
【0029】
前記抽出によって得られた抽出液は、必要に応じて精製してもよい。精製の方法としては、特に限定されないが、遠心分離、フィルターろ過、限外ろ過、ゲルろ過、溶解度差による分離、溶媒抽出、クロマトグラフィー(吸着クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、陽イオン交換クロマトグラフィー、陰イオン交換クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなど)、結晶化、活性炭処理、膜処理等が挙げられる。
【実施例
【0030】
以下、本発明について実施例を用いて更に詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、以下の実施例によって限定されるものではない。
1.モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物によるエルゴチオネインの産生
[実施例1~3]
モニリエラ属に属する微生物について、エルゴチオネインの産生を確認した。
【0031】
(1)菌株
モニリエラ属に属する微生物として、実施例1ではモニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)(以下、「M.Pollinis」と称する場合がある。) MCI3554(受託番号 FERM BP-6170)を、実施例2ではM.Pollinis MCI3555(受託番号 FERM BP-6171)を、実施例3ではM.Pollinis MCI3371 (受託番号 FERM BP-6173)を用いた。M.pollinis MCI3555は、野生株であるM.pollinis MCI3554の変異株であり、M.pollinis MCI3371は、M.pollinis CBS461.67の変異株である。
【0032】
(2)各菌株の培養と菌体回収
酵母エキス(アサヒフードアンドヘルスケア社製ミーストP1G)100 g/Lの溶液とグルコース(日本食品化工社製 無水結晶ブドウ糖#300)333 g/Lの溶液を別々に120 ℃で20分間滅菌した後、同じく滅菌済みの500 mlバッフル付き三角フラスコに、それぞれの溶液を5 ml、45 ml加えたものに各菌株を植菌し、30 ℃、180rpmにて3日間培養した。培養終了後、培養液を5mlずつ分注し、4 ℃で8000×g、5分間遠心分離を行った。得られた菌体は0.9 wt%の生理食塩水で懸濁し、4 ℃で8000×g、5分間遠心分離を行い、再度生理食塩水により懸濁し、遠心分離を行い、菌体を回収した。回収した菌体は湿菌体重量として重量を測定した。また、得られた湿菌体サンプルのうち1本はオーバーナイトで凍結乾燥を実施し、乾燥菌体重量を測定した。
得られた湿菌体重量と乾燥菌体重量、含水率の測定結果を表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
(3)エルゴチオネイン産生量の確認
上記の回収で得られた湿菌体を、湿菌体重量に対し、2倍量の水を加えて懸濁した後、95 ℃で20分間処理することで、菌体内のエルゴチオネインを抽出した。その後、室温で10000×g、5分間遠心分離を行い、上清を1 ml回収し、オーバーナイトで凍結乾燥を実施した。凍結乾燥によって得られた乾固物を500 μlの水で再溶解した後、室温で10000×g、5分間遠心分離を行い、上清を0.2 μmフィルターで濾過し、濾液についてエルゴチオネインの濃度を測定した。
【0035】
本実施例では、エルゴチオネイン量はHILICpak VG-50 4E (昭和電工、4.6×250 mm)を用いたHPLCで定量した。溶離液にはアセトニトリル/5 mM 酢酸アンモニウム水溶液=70/30を用い、流速 0.6 ml/minでエルゴチオネインを溶出し、波長260 nmの吸光度で測定した。本測定条件では、エルゴチオネインは7.99 minに溶出が認められた。
実施例1~3の各菌株における、乾燥菌体重量あたりのエルゴチオネインの産生量を表2に示す。上述の培地で3日間培養した結果、すべての菌株でエルゴチオネインを産生することが認められた。
【0036】
【表2】
【0037】
[実施例4~8]
グルコース濃度を変更した条件下でのエルゴチオネインの産生試験
M.Pollinis MCI3554について、実施例1の条件において、フラスコ培養時の初期グルコース濃度を100~500 g/Lの間で変更した条件下でエルゴチオネインの産生能を比較した。
初期グルコース濃度以外は、実施例1と同様の条件で、M.Pollinis MCI3554を培養し、エルゴチオネイン産生を確認した結果を表3に示す。本実施例からは初期グルコースの濃度が300 g/Lのとき、エルゴチオネインの産生が最大となった。
【0038】
【表3】
【0039】
[実施例9]
(1)菌株
モニリエラ属に属する微生物として、実施例9では、モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis)(以下、「M.megachiliensis」と称する場合がある。)MCI3369(受託番号 FERM BP- 6172)を用いた。M.megachiliensis MCI3369は、M.megachiliensis CBS567.85の変異株である。
【0040】
(2)グルコース濃度を変更した条件下でのエルゴチオネインの産生試験
M.megachiliensis MCI3369 について、実施例4~8の条件と同様に、フラスコ培養時の初期グルコース濃度を100~500g/Lの間で変更した条件下でエルゴチオネインの生産能を比較した。M.megachiliensis MCI3369を培養し、エルゴチオネイン産生を確認したところ、いずれの濃度においても、エルゴチオネインの産生を確認した。
【0041】
上記実施例1~9により、モニリエラ(Moniliella)属に属する微生物を、炭素源を含む培地において培養し、前記微生物にエルゴチオネインを産生させることにより、エルゴチオネインを簡便かつ短期間で製造することができることが示された。
【0042】
2.エリスリトール産生量の確認
上記1.における各菌株の培養液の遠心分離後の上清を回収し、エリスリトールの濃度を測定した。
エリスリトール量は、MCI GELTM CK08EH(三菱ケミカル、8×300mm)を用いたHPLCで定量した。溶離液には1.175g/Lリン酸水溶液を用い、流速 0.6 ml/min、カラム温度50℃でエリスリトールを溶出し、示差屈折計(RI)を用いる検出により測定した。本測定条件では、エリスリトールは 13.02 minに溶出が認められた。
各菌株における、培養液中のエリスリトールの産生量を表4に示す。表4に示される通り、測定したすべての菌株がエリスリトールを産生することが認められた。
【表4】
【0043】
以上の結果から、本発明の方法においては、モニリエラ属に属する微生物を、炭素源を含む培地において培養することにより、前記微生物にエルゴチオネインを産生させることができるだけでなく、糖アルコールを産生させることができることが示された。また、エルゴチオネインを産生する菌株の培養上清から糖アルコールを回収することにより、エルゴチオネインに加えて、糖アルコールを製造することができることが示された。
さらに、この結果により、本発明の方法においては、一つの培養液において、菌体からはエルゴチオネインを得ることができ、かつ、培養上清からは糖アルコール、アルコールおよび有機酸等の有機化合物を得ることができることが示された。
【0044】
上記結果が示すとおり、本発明の方法は、エルゴチオネインと糖アルコールとを一つの(同じ)培養液から得ることができるため、経済的にも時間的にも極めて効率がよく、産業上有用な方法である。また、本発明の方法によれば、これまで廃棄対象となっていた菌体からエルゴチオネインを得ることができるため、廃棄物を有効活用できる点で環境への負担を減らすことができる極めて有用な方法である。
【0045】
本明細書に記載のモニリエラ・ポリニス(Moniliella pollinis)MCI 3554及びモニリエラ・ポリニスMCI 3555は、それぞれ受託番号FERM BP-6170及びFERM BP-6171として、1997年(平成9年)11月19日付で、千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室(郵便番号292-0818)にある独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(NITE-IPOD)(旧 通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所)に国際寄託されている。モニリエラ・ポリニス MCI 3371は、受託番号FERM BP-6173として、1997年(平成9年)11月19日付で同センターにおける国際寄託に移管されている。モニリエラ・メガチリエンシス(Moniliella megachiliensis) MCI 3369は、受託番号FERM BP-6172として、1997年(平成9年)11月19日付で同センターにおける国際寄託に移管されている。