(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-11
(45)【発行日】2022-05-19
(54)【発明の名称】排出型多剤耐性植物病害防除方法
(51)【国際特許分類】
A01N 43/56 20060101AFI20220512BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20220512BHJP
【FI】
A01N43/56 C
A01P3/00
(21)【出願番号】P 2019518886
(86)(22)【出願日】2018-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2018019307
(87)【国際公開番号】W WO2018212328
(87)【国際公開日】2018-11-22
【審査請求日】2021-04-08
(31)【優先権主張番号】P 2017099581
(32)【優先日】2017-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100150500
【氏名又は名称】森本 靖
(72)【発明者】
【氏名】木口 奏
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 智史
【審査官】水島 英一郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-536866(JP,A)
【文献】特表2015-505561(JP,A)
【文献】国際公開第2014/130409(WO,A1)
【文献】特表2005-504530(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0166304(US,A1)
【文献】特開2015-199682(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 43/56
A01P 3/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1):
【化1】
で示されるピラゾール化合物の有効量を植物または植物を栽培する土壌に処理する工程を含む、排出型多剤耐性菌による植物病害の防除方法。
【請求項2】
排出型多剤耐性菌が、ABCトランスポーターおよびMFSトランスポーターからなる群から選ばれる少なくとも1つの膜輸送体の過剰発現により植物病害防除剤に対する耐性を獲得した菌である、請求項1に記載の植物病害の防除方法。
【請求項3】
植物病害が、コムギの病害およびブドウの病害からなる群から選ばれる少なくとも1つの植物病害である、請求項1または2に記載の植物病害の防除方法。
【請求項4】
排出型多剤耐性菌が、コムギ葉枯病菌およびブドウ灰色かび病菌からなる群から選ばれる少なくとも1つの排出型多剤耐性菌である、請求項1または2に記載の植物病害の防除方法。
【請求項5】
排出型多剤耐性菌が、呼吸阻害剤およびステロール生合成阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの植物病害防除剤に対して、当該植物病害防除剤の標的タンパク質をコードする遺伝子の変異に由来する耐性および/または当該標的タンパク質の過剰発現に由来する耐性を有する排出型多剤耐性菌である、請求項1~4のいずれか1項に記載の植物病害の防除方法。
【請求項6】
植物または植物を栽培する土壌に処理する工程が、種子に処理する工程である、請求項1~5のいずれか1項に記載の植物病害の防除方法。
【請求項7】
排出型多剤耐性菌による植物病害の防除のための、下記式(1):
【化2】
で示されるピラゾール化合物の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本特許出願は、日本国特許出願2017-099581号(2017年5月19日出願)に基づくパリ条約上の優先権および利益を主張するものであり、ここに引用することによって、上記出願に記載された内容の全体が、本明細書中に組み込まれるものとする。
本発明は、排出型多剤耐性植物病害防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、植物病害防除剤の多用により、これまでに使用されてきた複数の植物病害防除剤に対する耐性を獲得した菌が出現している。これらの耐性獲得菌は、植物病害防除剤の作用点(標的タンパク質)の変異や、植物病害防除剤の分解能の獲得等によって、複数の植物病害防除剤に対する耐性を獲得しているとされている。
一方、最近、植物病害防除剤の細胞外への排出能の獲得によって、これまでに使用されてきた植物病害防除剤のみならずその他の植物病害防除剤に対しても耐性を獲得した菌の存在が新たに報告されるようになった(例えば、非特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Pest Management Science. 2006;62,195-207
【文献】European Journal of Plant Pathology. 2013;135,683-693
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、植物病害防除剤の細胞外への排出能の獲得によって植物病害防除剤に対する耐性を獲得した菌(以下、排出型多剤耐性菌と記すことがある)によって引き起こされる植物病害(以下、排出型多剤耐性植物病害と記すことがある)の防除方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、排出型多剤耐性植物病害に対する優れた防除効力を有する方法を見出すべく検討の結果、下記式(1)で示されるピラゾール化合物が、排出型多剤耐性植物病害に対して優れた防除効力を有することを見出した。
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 下記式(1):
【化1】
で示されるピラゾール化合物の有効量を植物または植物を栽培する土壌に処理する工程を含む、排出型多剤耐性菌による植物病害の防除方法。
[2] 排出型多剤耐性菌が、ABCトランスポーターおよびMFSトランスポーターからなる群から選ばれる少なくとも1つの膜輸送体の過剰発現により植物病害防除剤に対する耐性を獲得した菌である、[1]に記載の植物病害の防除方法。
[3] 植物病害が、コムギの病害およびブドウの病害からなる群から選ばれる少なくとも1つの植物病害である、[1]または[2]に記載の植物病害の防除方法。
[4] 排出型多剤耐性菌が、コムギ葉枯病菌およびブドウ灰色かび病菌からなる群から選ばれる少なくとも1つの排出型多剤耐性菌である、[1]または[2]に記載の植物病害の防除方法。
[5] 排出型多剤耐性菌が、呼吸阻害剤およびステロール生合成阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの植物病害防除剤に対して、当該植物病害防除剤の標的タンパク質をコードする遺伝子の変異に由来する耐性および/または当該標的タンパク質の過剰発現に由来する耐性を有する排出型多剤耐性菌である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の植物病害の防除方法。
[6] 植物または植物を栽培する土壌に処理する工程が、種子に処理する工程である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の植物病害の防除方法。
[7] 排出型多剤耐性菌による植物病害の防除のための、下記式(1):
【化2】
で示されるピラゾール化合物の使用。
【0006】
本発明により、排出型多剤耐性植物病害を防除することができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明の排出型多剤耐性植物病害防除方法(以下、本発明方法と称する。)は、前記式(1)で示されるピラゾール化合物(以下、本化合物(1)と称する。)の有効量を植物または植物を栽培する土壌に処理する工程を含む。
【0008】
まず、本化合物(1)について説明する。
【0009】
本化合物(1)は、下式(1):
【化3】
によって示されるピラゾール化合物であり、また、例えば、国際公開第2012/031061号に記載されており、これに記載の方法により製造することもできる。
【0010】
本化合物(1)が使用される形態としては、本化合物(1)単独であってもよいが、通常は本化合物(1)を、不活性担体と混合し、必要により界面活性剤やその他の製剤用補助剤を添加して、水和剤、顆粒水和剤、フロアブル剤、粒剤、粉剤、ドライフロアブル剤、乳剤、水性液剤、油剤、くん煙剤、エアゾール剤、マイクロカプセル剤等の製剤(以下、本製剤と称する。)に製剤化して用いる。例えば、これらの本製剤中には本化合物(1)が、製剤の総重量に対して、通常0.1~99重量%、好ましくは0.2~90重量%、更に好ましくは5~50重量%含有される。かかる製剤は、そのまままたはその他の不活性成分を添加して、排出型多剤耐性植物病害防除剤として使用することができる。
【0011】
製剤化の際に用いられる不活性担体としては、固体担体および液体担体が挙げられる。
固体担体としては、例えば、粘土類(例えば、カオリン、珪藻土、合成含水酸化珪素、フバサミクレー、ベントナイト、酸性白土)、タルク類、その他の無機鉱物(例えば、セリサイト、石英粉末、硫黄粉末、活性炭、炭酸カルシウム、水和シリカ)等の微粉末あるいは粒状物が挙げられる。
液体担体としては、例えば、水、アルコール類、ケトン類(例えば、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン)、芳香族炭化水素類(例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、エチルベンゼン、メチルナフタレン)、脂肪族炭化水素類(例えば、n-ヘキサン、灯油)、エステル類、ニトリル類、エーテル類、酸アミド類、ハロゲン化炭化水素類が挙げられる。
【0012】
界面活性剤としては、例えばアルキル硫酸エステル類、アルキルスルホン酸塩、アルキルアリールスルホン酸塩、アルキルアリールエーテル類及びそのポリオキシエチレン化物、ポリオキシエチレングリコールエーテル類、多価アルコールエステル類、糖アルコール誘導体が挙げられる。
【0013】
その他の製剤用補助剤としては、例えば固着剤、分散剤、安定剤が挙げられ、具体的にはカゼイン、ゼラチン、多糖類(例えば、デンプン、アラビヤガム、セルロース誘導体、アルギン酸)、リグニン誘導体、ベントナイト、糖類、合成水溶性高分子(例えば、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸類)、PAP(酸性りん酸イソプロピル)、BHT(2,6-ジ-tert-ブチル-4-メチルフェノール)、BHA(2-tert-ブチル-4-メトキシフェノールと3-tert-ブチル-4-メトキシフェノールとの混合物)、脂肪酸又はそのエステル等が挙げられる。
【0014】
また、本製剤は、更に鉱物油、植物油などの各種オイル、および/またはその他の界面活性剤等と混合して用いてもよい。具体的に混合して用いることができるオイル、界面活性剤の例としては、Nimbus(登録商標)、Assist(登録商標)、Aureo(登録商標)、Iharol(登録商標)、Silwet L-77(登録商標)、BreakThru(登録商標)、SundanceII(登録商標)、Induce(登録商標)、Penetrator(登録商標)、AgriDex(登録商標)、Lutensol A8(登録商標)、NP-7(登録商標)、Triton(登録商標)、Nufilm(登録商標)、Emulgator NP7(登録商標)、Emulad(登録商標)、TRITON X 45(登録商標)、AGRAL 90(登録商標)、AGROTIN(登録商標)、ARPON(登録商標)、EnSpray N(登録商標)、BANOLE(登録商標)などが挙げられる。
【0015】
本発明方法において、本化合物(1)は、他の植物病害防除活性化合物および殺虫活性化合物等から選ばれる1種以上の化合物と併用してもよい。
【0016】
本発明方法は、本化合物(1)の有効量を植物または植物を栽培する土壌に処理することにより行われる。かかる植物としては、例えば、植物の茎葉、植物の種子及び植物の球根が挙げられる。なお、ここで球根とは、鱗茎、球茎、根茎、塊茎、塊根及び担根体を意味する。
本化合物(1)は、実質的に本化合物(1)が施用され得る形態であればその施用方法は特に限定されないが、例えば茎葉散布等の植物体への処理、土壌処理等の植物の栽培地への処理、種子消毒等の種子への処理等が挙げられる。
【0017】
かかる茎葉処理としては、例えば、茎葉散布及び樹幹散布により、栽培されている植物の表面に処理する方法が挙げられる。
かかる根部処理としては、例えば、本化合物(1)を含有する薬液に植物の全体または根部を浸漬する方法、および、本化合物(1)と固体担体とを含有する固体製剤を植物の根部に付着させる方法が挙げられる。
かかる土壌処理としては、例えば、土壌散布、土壌混和及び土壌への薬液潅注が挙げられる。
かかる種子処理としては、例えば、植物病害から保護しようとする植物の種子または球根への本化合物(1)の処理が挙げられ、詳しくは、例えば本化合物(1)を含有する製剤と水との混合液を霧状にして種子表面若しくは球根表面に吹きつける吹きつけ処理、本化合物(1)を含有する水和剤、乳剤若しくはフロアブル剤に少量の水を加える若しくはそのままで、種子または球根に塗布する塗沫処理、本化合物(1)の溶液に一定時間種子を浸漬する浸漬処理、フィルムコート処理及びペレットコート処理が挙げられる。
【0018】
本発明方法における、本化合物(1)の処理量は、処理する植物の種類、防除対象である植物病害の種類や発生頻度、製剤形態、処理時期、処理方法、処理場所、気象条件等によっても異なるが、植物の茎葉に処理する場合または植物を栽培する土壌に処理する場合は、本化合物(1)は、1000m2あたり、通常1~500gであり、好ましくは、5~50gである。
乳剤、水和剤、フロアブル剤等は通常水で希釈して散布することにより処理する。この場合、本化合物(1)の濃度は、通常0.0005~2重量%、好ましくは0.001~1重量%である。粉剤、粒剤等は通常希釈することなくそのまま処理する。
【0019】
本明細書において、排出型多剤耐性菌とは、細胞膜上に存在する各種の膜輸送体が過剰発現され、細胞内に流入した植物病害防除剤を細胞外へ排出する排出ポンプ機能が昂進されることにより、多数の植物病害防除剤に対して耐性を示す菌をいう。当該膜輸送体としては例えば、ABCトランスポーターおよびMFSトランスポーターが挙げられるが、これらに限定されるものではない。本明細書において、ABCトランスポーターとは、ATP結合カセットトランスポーター(ATP-binding cassette transporters)を指し、MFSトランスポーターとは、主要促進剤スーパーファミリー(Major Facilitator Superfamiliy)トランスポーターを指す。当該膜輸送体の過剰発現は、通常の方法、例えば当該膜輸送体の量または当該膜輸送体をコードする遺伝子に対応するmRNAの量を測定することにより確認される。当該mRNAの量は、例えば定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(quantitative reverse transcription polymerase chain reaction:qRT-PCR)により測定される。より具体的には、以下の公知文献において、その測定方法が開示されている。
Enviromental Microbiology. 2015;17(8),2805-2823.
Pest Management Science. 2001;57(5):393-402.
PLoS Pathogen. 2009;Dec;5(12):e1000696.
排出型多剤耐性菌は、測定されたmRNAの量によらず、当該膜輸送体の過剰発現によって結果として植物病害防除剤に対して耐性を示していればよい。測定されたmRNAの量は、例えば野生型菌のmRNA量の20倍、50倍、さらには100倍以上であればよい。あるいは、本明細書中で後述する通り、排出型多剤耐性菌株に対するEC50値を、野生型菌株に対するEC50値で除してEC50値比を求め、排出型多剤耐性菌の指標剤として知られているトルナフテートを用いて、トルナフテートのEC50値比が3倍以上、好ましくは10倍以上高いことを示せばよい。
排出型多剤耐性菌によって引き起こされる植物病害を防除するために本発明方法が適用される。上述したように、本発明方法は、本化合物(1)の有効量を植物または植物を栽培する土壌に処理することにより行われる。当該植物は、排出型多剤耐性菌によって引き起こされる植物病害が発生している植物、排出型多剤耐性菌によって引き起こされる植物病害が発生するおそれがある植物である。
【0020】
排出型多剤耐性菌は、各種植物病害防除剤の標的タンパク質をコードする遺伝子の変異に由来する耐性および/または当該標的タンパク質の過剰発現に由来する耐性を有していてもよい。また、遺伝子に変異を有するまたは過剰発現する当該標的タンパク質は複数種であってもよい。ただし、本化合物(1)の標的タンパク質をコードする遺伝子の変異に由来して本化合物(1)に対する耐性を有してはいない。
上記各種植物病害防除剤としては、例えば、核酸合成阻害剤(例えば、フェニルアミド系殺菌剤、アシルアミノ酸系殺菌剤)、有糸分裂及び細胞分裂阻害剤(例えば、MBC殺菌剤、N-フェニルカーバメート殺菌剤)、呼吸阻害剤(例えば、QoI殺菌剤、QiI殺菌剤、SDHI殺菌剤)、アミノ酸合成およびタンパク質合成の阻害剤(例えば、アニリノピリミジン系殺菌剤)、シグナル伝達阻害剤(例えば、フェニルピロール殺菌剤、ジカルボキシイミド殺菌剤)、脂質合成および細胞膜合成の阻害剤(例えば、ホスホロチオレート系殺菌剤、ジチオラン殺菌剤、芳香族炭化水素系殺菌剤、複素芳香族系殺菌剤、カーバメート系殺菌剤)、ステロール生合成阻害剤(例えば、トリアゾール系などのDMI殺菌剤、ヒドロキシアニリド系殺菌剤、アミノピラゾリノン系殺菌剤)、細胞壁合成阻害剤(例えば、ポリオキシン系殺菌剤、カルボン酸アミド系殺菌剤)、メラニン合成阻害剤(例えば、MBI-R殺菌剤、MBI-D殺菌剤、MBI-P殺菌剤)、ならびにその他の殺菌剤(例えば、シアノアセトアミドオキシム系殺菌剤、フェニルアセトアミド系殺菌剤)が挙げられ、好ましくは呼吸阻害剤およびステロール生合成阻害剤からなる群から選ばれる少なくとも1つの植物病害防除剤である。各植物病原菌における上記各標的タンパク質をコードする遺伝子の変異点としては、例えば、下表1のようなものが挙げられる。
【0021】
【0022】
【0023】
【0024】
【0025】
排出型多剤耐性菌は、排出型多剤耐性を示し、かつ下記(A)、(B)、(C-1)、(C-2)および(C-3)からなる群から選ばれる少なくとも一つの遺伝子変異点を有するコムギ葉枯病菌であってもよい。
(A)チトクロームbをコードする遺伝子:F129L、G137R、G143A;
(B)Cyp51をコードする遺伝子:L50S、D107V、D134G、V136A/C/G、Y137F、M145L、N178S、S188N、S208T、N284H、H303Y、A311G、G312A、A379G、I381V/Δ、A410T、G412A、Y459C/D/N/S/P/Δ、G460D/Δ、Y461D/H/S、V490L、G510C、N513K、S524T;
(C-1)SDHBをコードする遺伝子:N225I/T、H273Y、T268I/A、I269V;
(C-2)SDHCをコードする遺伝子:I29V、N33T、N34T、T79I/N、W80S、A84V、N86K/S/A、G90R、R151T/S、H152R、I161S;
(C-3)SDHDをコードする遺伝子:I50F、M114V、D129E。
【0026】
排出型多剤耐性菌は、排出型多剤耐性を示し、かつ下記(D)、(E-1)、(E-2)及び(E-3)からなる群から選ばれる少なくとも一つの遺伝子変異点を有するブドウ灰色かび病菌であってもよい。
(D)チトクロームbをコードする遺伝子:G143A;
(E-1)SDHBをコードする遺伝子:P225H/F/L/T、N230I、H272L/R/V/Y;
(E-2)SDHCをコードする遺伝子:P80H/L、A85V;
(E-3)SDHDをコードする遺伝子:H132R。
【0027】
本化合物(1)は、畑、水田、芝生、果樹園等の農耕地における排出型多剤耐性植物病害の防除剤として使用することができる。本発明方法は、以下に挙げられる「植物」等を栽培する農耕地等において適用される。
【0028】
農作物:トウモロコシ、イネ、コムギ、オオムギ、ライムギ、エンバク、ソルガム、ワタ、ダイズ、ピーナッツ、ソバ、テンサイ、ナタネ、ヒマワリ、サトウキビ、タバコ等、
野菜:ナス科野菜(ナス、トマト、ピーマン、トウガラシ、ジャガイモ等)、ウリ科野菜(キュウリ、カボチャ、ズッキーニ、スイカ、メロン等)、アブラナ科野菜(ダイコン、カブ、セイヨウワサビ、コールラビ、ハクサイ、キャベツ、カラシナ、ブロッコリー、カリフラワー等)、キク科野菜(ゴボウ、シュンギク、アーティチョーク、レタス等)、ユリ科野菜(ネギ、タマネギ、ニンニク、アスパラガス)、セリ科野菜(ニンジン、パセリ、セロリ、アメリカボウフウ等)、アカザ科野菜(ホウレンソウ、フダンソウ等)、シソ科野菜(シソ、ミント、バジル等)、イチゴ、サツマイモ、ヤマノイモ、サトイモ等、
花卉、
観葉植物、
シバ、
果樹:仁果類(リンゴ、セイヨウナシ、ニホンナシ、カリン、マルメロ等)、核果類(モモ、スモモ、ネクタリン、ウメ、オウトウ、アンズ、プルーン等)、カンキツ類(ウンシュウミカン、オレンジ、レモン、ライム、グレープフルーツ等)、堅果類(クリ、クルミ、ハシバミ、アーモンド、ピスタチオ、カシューナッツ、マカダミアナッツ等)、液果類(ブルーベリー、クランベリー、ブラックベリー、ラズベリー等)、ブドウ、カキ、オリーブ、ビワ、バナナ、コーヒー、ナツメヤシ、ココヤシ等、
果樹以外の樹:チャ、クワ、花木、街路樹(トネリコ、カバノキ、ハナミズキ、ユーカリ、イチョウ、ライラック、カエデ、カシ、ポプラ、ハナズオウ、フウ、プラタナス、ケヤキ、クロベ、モミノキ、ツガ、ネズ、マツ、トウヒ、イチイ)等。
【0029】
上記「植物」には遺伝子組換え作物も含まれる。
【0030】
本化合物(1)により防除することができる排出型多剤耐性植物病害としては、例えば糸状菌等の植物病原菌による植物病害が挙げられ、具体的には例えば、以下のものが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0031】
イネの病害:いもち病(Magnaporthe grisea)、ごま葉枯病(Cochliobolus miyabeanus)、紋枯病(Rhizoctonia solani);
コムギの病害:うどんこ病(Erysiphe graminis)、さび病(Puccinia striiformis、P. graminis、P. triticina)、紅色雪腐病(Micronectriella nivale, M. majus)、雪腐小粒菌核病(Typhula sp.)、眼紋病(Pseudocercosporella herpotrichoides)、葉枯病(Zymoseptoria tritici)、ふ枯病(Stagonospora nodorum)、黄斑病(Pyrenophora tritici-repentis)、リゾクトニア属菌による苗立枯れ病(Rhizoctonia solani)、立枯病(Gaeumannomyces graminis);
オオムギの病害:うどんこ病(Erysiphe graminis)、さび病(Puccinia striiformis、P.graminis、P.hordei)、雲形病(Rhynchosporium secalis)、網斑病(Pyrenophora teres)、斑点病(Cochliobolus sativus)、斑葉病(Pyrenophora graminea)、ラムラリア病(Ramularia collo-cygni)、リゾクトニア属菌による苗立枯れ病(Rhizoctonia solani);
トウモロコシの病害:さび病(Puccinia sorghi)、南方さび病(Puccinia polysora)、すす紋病(Setosphaeria turcica)、熱帯性さび病(Physopella zeae)、ごま葉枯病(Cochliobolus heterostrophus)、グレーリーフスポット病(Cercospora zeae-maydis);
ワタの病害:白かび病(Ramuraria areola);
コーヒーの病害:さび病(Hemileia vastatrix)、リーフスポット病(Cercospora coffeicola);
サトウキビの病害:さび病 (Puccinia melanocephela、Puccinia kuehnii);
ヒマワリの病害:さび病(Puccinia helianthi);
カンキツ類の病害:黒点病(Diaporthe citri)、そうか病(Elsinoe fawcetti)、果実腐敗病(Penicillium digitatum、P. italicum);
リンゴの病害:モニリア病(Monilinia mali)、うどんこ病(Podosphaera leucotricha)、黒星病(Venturia inaequalis)、褐斑病(Diplocarpon mali)、輪紋病(Botryosphaeria berengeriana);
ナシの病害:黒星病(Venturia nashicola、V. pirina)、赤星病(Gymnosporangium haraeanum);
モモの病害:灰星病(Monilinia fructicola)、黒星病(Cladosporium carpophilum)、フォモプシス腐敗病(Phomopsis sp.);
ブドウの病害:黒とう病(Elsinoe ampelina)、うどんこ病(Uncinula necator)、さび病(Phakopsora ampelopsidis)、ブラックロット病(Guignardia bidwellii);
カキの病害:落葉病(Cercospora kaki、Mycosphaerella nawae);
ウリ類の病害:うどんこ病(Sphaerotheca fuliginea)、つる枯病(Didymella bryoniae)、褐斑病(Corynespora cassiicola);
トマトの病害:葉かび病(Cladosporium fulvum)、すすかび病(Pseudocercospora fuligena)、うどんこ病(Leveillula taurica);
ナスの病害:褐紋病(Phomopsis vexans)、うどんこ病(Erysiphe cichoracearum);
ネギの病害:さび病(Puccinia allii);
ダイズの病害:紫斑病(Cercospora kikuchii)、さび病(Phakopsora pachyrhizi)、褐色輪紋病(Corynespora cassiicola)、葉腐病(Rhizoctonia solani)、褐紋病(Septoria glycines)、斑点病(Cercospora sojina)、うどんこ病(Microspaera diffusa);
インゲンの病害:さび病(Uromyces appendiculatus);
ラッカセイの病害:黒渋病(Cercospora personata)、褐斑病(Cercospora arachidicola);
エンドウの病害:うどんこ病(Erysiphe pisi);
イチゴの病害:うどんこ病(Sphaerotheca humuli);
テンサイの病害:褐斑病(Cercospora beticola)、葉腐病(Thanatephorus cucumeris)、根腐病(Thanatephorus cucumeris);
バラの病害:うどんこ病(Sphaerotheca pannosa);
キクの病害:褐斑病(Septoria chrysanthemi-indici);
タマネギの病害:白斑葉枯病(Botrytis cinerea、B. byssoidea、B. squamosa)、灰色腐敗病(Botrytis alli)、小菌核性腐敗病(Botrytis squamosa);
種々の作物の病害:灰色かび病(Botrytis cinerea);
シバの病害:ブラウンパッチ病及びラージパッチ病(Rhizoctonia solani);
バナナの病害:シガトカ病(Mycosphaerella fijiensis、Mycosphaerella musicola)。
【実施例】
【0032】
以下、本発明方法を製剤例及び試験例にてさらに詳しく説明する。
【0033】
本発明方法において使用される製剤例を示す。なお、製剤例において部とは重量部を表す。
【0034】
製剤例1
本化合物(1)50部、リグニンスルホン酸カルシウム3部、ラウリル硫酸マグネシウム2部及び合成含水酸化珪素45部をよく粉砕混合することにより、水和剤を得る。
【0035】
製剤例2
本化合物(1)20部とソルビタントリオレエート1.5部とを、ポリビニルアルコール2部を含む水28.5部と混合し、湿式粉砕法で微粉砕した後、この中に、キサンタンガム0.05部及びアルミニウムマグネシウムシリケート0.1部を含む水40部を加え、さらにプロピレングリコール10部を加えて攪拌混合し、フロアブル製剤を得る。
【0036】
製剤例3
本化合物(1)2部、カオリンクレー88部及びタルク10部をよく粉砕混合することにより、粉剤を得る。
【0037】
製剤例4
本化合物(1)5部、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル14部、ドデシルベンゼンスルホン酸カルシウム6部及びキシレン75部をよく混合することにより、乳剤を得る。
【0038】
製剤例5
本化合物(1)2部、合成含水酸化珪素1部、リグニンスルホン酸カルシウム2部、ベントナイト30部及びカオリンクレー65部をよく粉砕混合した後、水を加えてよく練り合せ、造粒乾燥することにより、粒剤を得る。
【0039】
製剤例6
本化合物(1)20部;ホワイトカーボンとポリオキシエチレンアルキルエーテルサルフェートアンモニウム塩との混合物(重量割合1:1)35部及び水を混合し全量を100部とし、粉砕機を用いて処理することにより、フロアブル製剤を得る。
【0040】
製剤例7
表2に記載の原料を、表2に記載の重量割合で混合し、均一な溶液になるまで撹拌し、それぞれ製剤を得た。なお、表中の数字は重量部を示す。
【表5】
【0041】
上記表2に記載の商品名は、以下の通りである。
Agnique AMD810:N,N-ジメチルオクタンアミドとN,N-ジメチルデカンアミドとの混合物、BASF社製;
Hallcomid M-8-10:N,N-ジメチルオクタンアミドとN,N-ジメチルデカンアミドとの混合物、Stepan社製;
Agnique AMD3L:N,N-ジメチルラクトアミド、BASF社製;
ソルベッソ200ND:芳香族炭化水素として主にC11-14のアルキルナフタレン、エクソンモービルケミカル製;
Calsogen 4814:ドデシルベンゼンスルホン酸カルシウム塩、Clariant社製;
ATPLUS245:ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、Croda社製;
Brij O3:ポリオキシエチレンオレイルエーテル、HLB:7、Croda社製;
Atlas G5002L:ブチルブロックコポリマー、Croda社製;
Toximul 8323:ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンブロックコポリマー、Stepan社製;
Rhodiasolv Polarclean:5-(ジメチルアミノ)-2-メチル-5-オキソペンタン酸メチルを80~90重量%含む(ただし、全量を100重量%とする)、ソルベイ日華製;
PURASOLV ML:L-乳酸メチル、Corbion purac社製;
PURASOLV EL:L-乳酸エチル、Corbion purac社製。
【0042】
次に、試験例を示す。以下の試験例において使用した排出型多剤耐性菌株は、いずれも社内で維持管理している菌株であり、また独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)内の特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)に2018年4月10日付けで寄託されている。当該各菌株名を、それぞれ社内管理コードと共にNITE寄託番号を記す。
【0043】
試験例1 排出型多剤耐性コムギ葉枯病菌(Zymoseptoria tritici)に対する防除試験
本化合物(1)およびトルナフテート(Tolnaftate)をそれぞれ、ジメチルスルホキシドに所定の濃度で希釈した。各供試化合物をそれぞれ含有する薬液をタイタープレート(96ウェル)に1μl分注したのち、あらかじめコムギ葉枯病菌(排出型多剤耐性菌株(菌株名:St 106-6)または野生型菌株の分生胞子を接種したジャガイモ煎汁液体培地(PDB培地)を150μl分注した。このプレートを4日間、18℃で培養して各コムギ葉枯病菌を増殖させたのち、タイタープレートの各ウェルを600nmの吸光度にて、各コムギ葉枯病菌の生育度を測定した(処理区)。一方、薬液をジメチルスルホキシドに替えて処理区と同様に野生型菌株または排出型多剤耐性コムギ葉枯病菌株を生育させた区をそれぞれの無処理区とし、その生育度を調査した(無処理区)。その生育度をもとに、下記「式1」により効力を算出し、各化合物の排出型多剤耐性菌株および野生型菌株のそれぞれに対するEC
50値を算出した。次に、下記「式2」に示す通り、排出型多剤耐性菌株に対するEC
50値を、野生型菌株に対するEC
50値で除してEC
50値比を求めた。その結果を表3に示す。トルナフテートのEC
50値比は19と高かったが、本化合物(1)のEC
50値比は1.1と低かった。このことから、本化合物(1)は、排出型多剤耐性菌株に対しても野生型菌株に対する防除活性と同等の防除活性を示すことが認められた。
「式1」
効力=100×(X-Y)/X
X:無処理区の菌の生育度
Y:処理区の菌の生育度
「式2」
EC
50値比=排出型多剤耐性菌株に対するEC
50値/野生型菌株に対するEC
50値
【表6】
【0044】
試験例2 排出型多剤耐性ブドウ灰色かび病菌(Botrytis cinerea)に対する防除試験
本化合物(1)、フルジオキソニル(Fludioxonil)、およびトルナフテート(Tolnaftate)をそれぞれ、ジメチルスルホキシドに所定の濃度で希釈した。各供試化合物をそれぞれ含有する薬液をタイタープレート(96ウェル)に1μl分注したのち、あらかじめブドウ灰色かび病菌[排出型多剤耐性菌株(排出型多剤耐性菌株1:ABCトランスポーター過剰発現菌株(菌株名:NITE寄託番号(NITE BP-02676)、社内管理コード(Bc-56))、排出型多剤耐性菌株2:MFSトランスポーター過剰発現菌株(菌株名:NITE寄託番号(NITE BP-02678)、社内管理コード(Bc-107))、排出型多剤耐性菌株3:ABCトランスポーターおよびMFSトランスポーター過剰発現菌株(菌株名:NITE寄託番号(NITE BP-02677)、社内管理コード(Bc-103)))]または野生型菌株の分生胞子を接種したジャガイモ煎汁液体培地(PDB培地)を150μl分注した。このプレートを2日間、18℃で培養して各ブドウ灰色かび病菌を増殖させたのち、タイタープレートの各ウェルを600nmの吸光度にて、各ブドウ灰色かび病菌の生育度を測定した(処理区)。一方、薬液をジメチルスルホキシドに替えて処理区と同様に野生型菌株または排出型多剤耐性ブドウ灰色かび病菌株を生育させた区をそれぞれの無処理区とし、その生育度を調査した(無処理区)。その生育度をもとに、前記「式1」により効力を算出し、各化合物の排出型多剤耐性菌株および野生型菌株のそれぞれに対するEC
50値を算出した。また、前記「式2」により、EC
50値比を求めた。その結果を表4に示す。フルジオキソニルのEC
50値比は23、14、43と高く、また、トルナフテートのEC
50値比はいずれも4.5より大きく高いものであったが、本化合物(1)のEC
50値比は1.7、1.6、1.1と低かった。このことから、本化合物(1)は、排出型多剤耐性菌株に対しても野生型菌株に対する防除活性と同等の防除活性を示すことが認められた。
【表7】