(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-12
(45)【発行日】2022-05-20
(54)【発明の名称】半導体レーザ素子
(51)【国際特許分類】
H01S 5/125 20060101AFI20220513BHJP
H01S 5/12 20210101ALI20220513BHJP
【FI】
H01S5/125
H01S5/12
(21)【出願番号】P 2018545027
(86)(22)【出願日】2017-10-11
(86)【国際出願番号】 JP2017036834
(87)【国際公開番号】W WO2018070432
(87)【国際公開日】2018-04-19
【審査請求日】2020-07-17
(31)【優先権主張番号】P 2016200759
(32)【優先日】2016-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 理仁
(72)【発明者】
【氏名】清田 和明
(72)【発明者】
【氏名】小林 剛
【審査官】大和田 有軌
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/126261(WO,A1)
【文献】特開2014-150145(JP,A)
【文献】国際公開第03/103107(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/116140(WO,A1)
【文献】特開2000-058961(JP,A)
【文献】特開平11-054832(JP,A)
【文献】特開平04-326781(JP,A)
【文献】特開平01-238181(JP,A)
【文献】特開昭61-216383(JP,A)
【文献】特開2018-006440(JP,A)
【文献】特開2017-204601(JP,A)
【文献】特開2017-204600(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 5/00 - 5/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光する能動領域であり回折格子を有する分布帰還部と受動反射ミラーであり回折格子を有する分布反射部とを備える半導体レーザ素子であって、
前記分布帰還部は、
前記分布反射部に隣接する、
発振するレーザ光の波長に対応して設定される標準周期の回折格子を有する第1領域と、
前記第1領域に隣接する、
光共振器長方向に沿った長さが前記標準周期の2倍よりも長い位相シフト領域と、
前記位相シフト領域における前記第1領域と反対側に隣接する、前記標準周期の回折格子を有する第2領域と、
を備え、
前記位相シフト領域は、前記第1領域と前記第2領域との間におけるレーザ光の位相を光学的に変化させ
、
前記位相シフト領域は、前記標準周期とは異なる周期の回折格子を有し、前記位相シフト領域における前記回折格子の周期は、前記受動反射ミラーの反射波長帯域の外側の波長に対応する周期である
ことを特徴とする半導体レーザ素子。
【請求項2】
前記位相シフト領域の長さは、前記標準周期の100倍以上であることを特徴とする請求項1に記載の半導体レーザ素子。
【請求項3】
前記第1領域の長さは、前記第2領域の長さよりも短いことを特徴とする請求項1または2に記載の半導体レーザ素子。
【請求項4】
前記位相シフト領域における前記回折格子の周期は、前記受動反射ミラーの周期に対して1%以上ずれた周期である
ことを特徴とする請求項
1~3のいずれか1項に記載の半導体レーザ素子。
【請求項5】
前記分布反射部における回折格子の結合係数は、前記分布帰還部の前記第1領域および前記第2領域における回折格子の結合係数よりも大きい
ことを特徴とする請求項1~
4のいずれか1項に記載の半導体レーザ素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体レーザ素子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、光通信分野では通信速度を上げることができる多値変調方式の光通信が多く用いられている。この多値変調方式のうち代表的な方式として、位相シフトキーイング(PSK;phase-shift keying)方式を用いたコヒーレント通信方式が知られている。このようなコヒーレント通信では、送信側の信号光源に加えて、受信側にも局所発振光源が必要となる。
【0003】
コヒーレント通信では光の位相に信号を変調させるため、信号光源および局所発振光源には位相揺らぎが小さいことを求められる。位相揺らぎの大きさの指標となる特性値としてレーザ発振光のスペクトル線幅が一般に用いられており、この指標を用いてコヒーレント通信に用いられる光源のスペクトル線幅を例示すると、25GbaudのQPSKではスペクトル線幅が500kHz以下であり、今後さらなる多値化のためには300kHz以下のスペクトル線幅が求められている。また、これらのスペクトル線幅は多値変調方式の高度化に伴って変化し、QAMなどの多値度が高い変調方式ではさらに狭いスペクトル線幅が要求される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、半導体レーザ素子が発振するスペクトル線幅は理論的に、光出力、しきい値利得、線幅増大係数、および内部損失などに依存することが知られている。そして、レーザ発振のスペクトル線幅を小さくするためには、発振モードのしきい値利得を低減する共振器の設計が重要である。
【0006】
単一モード発振の半導体レーザ素子の構造として、従来からよく用いられている分布帰還型(DFB;Distributed Feedback)の半導体レーザ素子に加えて、分布反射型(DR;Distributed Reflector)の半導体レーザ素子も一般化してきている。簡単にいうと、DR型の半導体レーザ素子は、DFB型の半導体レーザ素子の後方にDBRミラーを設けた構造を有し、この後方のDBRミラーからの反射によって発振モードのしきい値利得を低減する構成である。このようなDR型の半導体レーザ素子における低しきい値利得は、狭いスペクトル線幅が要求されるコヒーレント通信用の半導体レーザ素子に好適である(例えば特許文献1参照)。
【0007】
一方、DR型の半導体レーザ素子でも、DFB型の半導体レーザ素子と同様に、単一モード発振のための位相シフトの構造を導入することが好ましい。この構造は、λ/4シフト、あるいはπシフトと呼ばれ、回折格子周期の半分の長さの位相シフトを半導体レーザ素子の中央付近に入れることによって、ストップバンド中央の波長におけるレーザ発振を得るためのものである。この位相シフトの構造を導入すると、レーザ光は位相シフトの位置を中心に、そこから離れるにつれて指数関数的に減衰するように分布する。
【0008】
この指数関数的な分布は、DR型の半導体レーザ素子の場合も、DFB型の半導体レーザ素子と同様に、DFB部分の結合係数が大きいほど急峻な減衰となる。この指数関数的な分布が急峻であれば、レーザの共振器内に光が強く閉じ込められるので、しきい値利得は低くなる。このため、スペクトル線幅の狭腺化のためには結合係数が高いことが好適である。しかしながら、DR型の半導体レーザ素子において、狭線幅のために設計上の結合係数を高めた場合に、単一モード発振が得られ難くなるという問題があった。
【0009】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであって、その目的は、良好な単一モード性を維持しつつ、スペクトル線幅が狭い特性の半導体レーザ素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決し、目的を達成するために、本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、発光する能動領域であり回折格子を有する分布帰還部と受動反射ミラーであり回折格子を有する分布反射部とを備える半導体レーザ素子であって、前記分布帰還部は、前記分布反射部に隣接する、所定の標準周期の回折格子を有する第1領域と、前記第1領域に隣接する、前記標準周期の2倍よりも長い位相シフト領域と、前記位相シフト領域における前記第1領域と反対側に隣接する、前記標準周期の回折格子を有する第2領域と、を備え、前記位相シフト領域は、前記第1領域と前記第2領域との間におけるレーザ光の位相を光学的に変化させることを特徴とする。
【0011】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、前記位相シフト領域の長さは、前記標準周期の100倍以上であることを特徴とする。
【0012】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、前記第1領域の長さは、前記第2領域の長さよりも短いことを特徴とする。
【0013】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、前記位相シフト領域は、前記標準周期とは異なる周期の回折格子を有することを特徴とする。
【0014】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、この構成において、前記位相シフト領域における前記回折格子の周期は、前記受動反射ミラーの反射波長帯域の外側の波長に対応する周期であることを特徴とする。
【0015】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、この構成において、前記位相シフト領域における前記回折格子の周期は、前記受動反射ミラーの周期に対して1%以上ずれた周期であることを特徴とする。
【0016】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、前記位相シフト領域は、回折格子を有さない領域であることを特徴とする。
【0017】
本発明の一態様に係る半導体レーザ素子は、前記分布反射部における回折格子の結合係数は、前記分布帰還部の前記第1領域および前記第2領域における回折格子の結合係数よりも大きいことを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明に係る半導体レーザ素子は、良好な単一モード性を維持しつつ、スペクトル線幅が狭い特性であるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、実施形態に係る半導体レーザ素子を光共振器長方向に沿って切断した模式的な断面図である。
【
図2A】
図2Aは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図2B】
図2Bは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図2C】
図2Cは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図2D】
図2Dは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図3A】
図3Aは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図3B】
図3Bは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図3C】
図3Cは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図3D】
図3Dは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。
【
図5】
図5は、実施例1に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
【
図6】
図6は、実施例1に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
【
図7】
図7は、実施例2に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
【
図8】
図8は、実施例2に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
【
図9】
図9は、実施例3に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
【
図10】
図10は、実施例3に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
【
図11】
図11は、実施例4に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
【
図12】
図12は、実施例4に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下に、図面を参照しながら、本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子を詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態により本発明が限定されるものではない。また、各図面において、同一または対応する構成要素には適宜同一の符号を付している。また、図面は模式的なものであり、各層の厚さや厚さの比率などは現実のものとは異なることに留意すべきである。また、図面相互間においても互いの寸法の関係や比率が異なる部分が含まれていることがある。
【0021】
(実施形態)
図1は、本発明の実施形態に係る半導体レーザ素子を光共振器長方向に沿って切断した模式的な断面図である。
図1に示すように、半導体レーザ素子100は、裏面にn側電極101が形成されたn型半導体層102と、n型半導体層102上に形成された導波路コア層103と、導波路コア層103上に形成されたp型半導体層104と、p型半導体層104上に形成された回折格子層105と、回折格子層105上に形成されたp型半導体層106と、p型半導体層106上に形成されたp側電極107と、を備えている。なお、n型半導体層102、導波路コア層103、p型半導体層104、回折格子層105、およびp型半導体層106は、半導体積層構造を形成している。
【0022】
また、
図1に示すように、半導体レーザ素子100は、発光する能動領域であり回折格子層105を有する分布帰還型レーザ部110と、分布帰還型レーザ部110に隣接する、受動反射ミラーであり回折格子層105を有する分布ブラッグ反射部120とを備えている。半導体積層構造の端面(紙面左側および右側の端面)には不図示の反射防止膜が形成されている。なお、本発明の半導体レーザ素子は半導体光集積素子の一部をなすものであってもよく、その場合には素子の端のいずれかまたは両方にさらに導波路を接続することができる。
【0023】
また、
図1に示すように、分布帰還部としての分布帰還型レーザ部110は、分布反射部としての分布ブラッグ反射部120に隣接する、所定の周期の回折格子層105を有する第1領域105bと、第1領域105bに隣接する、上述した周期の2倍よりも長い位相シフト領域105aと、位相シフト領域105aにおける第1領域105bと反対側に隣接する、所定の周期の回折格子層105を有する第2領域105cとを備えている。
【0024】
ここで、位相シフト領域105aは、第1領域105bと第2領域105cとの間におけるレーザ光の位相を光学的に変化させるためのものであり、後に詳述するように、第1領域105bおよび第2領域105cにおける回折格子とは周期が異なる回折格子を有する構成や、回折格子を有さない領域である構成を採用し得る。位相シフト領域105aは、いわゆるλ/4シフトあるいはπシフトと呼ばれるものと同様に、ストップバンド中央の波長におけるレーザ発振を得るためのものである。
【0025】
ここで、半導体積層構造における各構成要素について説明する。
【0026】
n型半導体層102は、n型InPからなる基板上にn型InPからなるクラッド層が形成された構成を有する。
【0027】
導波路コア層103は、GaInAsPからなり、複数の障壁層と複数の井戸層とからなる多重量子井戸(MQW:Multi Quantum Well)構造のMQW層103bと、MQW層103bを挟むように配置された分離閉じ込めヘテロ構造(SCH:Separate Confinement Heterostructure)層103a、103cとからなるMQW-SCH構造を有する。MQW層103bの厚さは例えば40nm~60nm、SCH層103a、103cの厚さは例えば30nmである。なお、導波路コア層103は、AlGaInAsとしてもよい。
【0028】
なお、
図1に示すように、分布帰還型レーザ部110における導波路コア層103は、光共振器長方向にわたって連続した長さ(以下、長さとは光共振器長方向に関するものをいう)を有しているが、分布ブラッグ反射部120における導波路コア層103は、回折格子を形成するように離散的かつ周期的に配置されており、導波路コア層103の間がp型半導体層104と同じ半導体材料で埋められている。
【0029】
p型半導体層104は、p型InPからなるクラッド層で構成される。p型半導体層104の厚さは例えば50nm~200nmである。
【0030】
回折格子層105は、GaInAsP層が所定の周期で離散的に配置して回折格子を形成し、かつGaInAsP層の間はInP層で埋められた構成を有する。例えば、回折格子層105の厚さは5nm~50nmであり、15nm~30nmがさらに好ましい。回折格子層105は導波路コア層103の近傍で導波路コア層103に沿って配置している。
【0031】
p型半導体層106は、p型InPからなるスペーサ層上にp型GaInAsPからなるコンタクト層が形成された構成を有する。p側電極107は、分布帰還型レーザ部110におけるp型半導体層106上に形成されている。p型半導体層106のコンタクト層は、p側電極107との電気抵抗を低減する機能を有する。
【0032】
つぎに、半導体レーザ素子100の動作を説明する。
【0033】
半導体レーザ素子100では、n側電極101とp側電極107との間に電圧を印加して、駆動電流が注入される。p側電極107は、分布帰還型レーザ部110におけるp型半導体層106上に形成されているので、駆動電流は分布帰還型レーザ部110の導波路コア層103に注入される。すると、駆動電流を注入された分布帰還型レーザ部110の導波路コア層103は、活性層として機能する。
【0034】
ここで、分布帰還型レーザ部110は、導波路コア層103の近傍に導波路コア層103に沿って配置された回折格子層105を有するため、駆動電流が注入されると回折格子層105の周期に応じた波長(当該周期の2倍)でレーザ発振する。したがって、分布帰還型レーザ部110における回折格子の周期は、発振を意図するレーザ光の波長に対応して設定されるものであり、以下では、この周期を標準周期という。
【0035】
一方、分布ブラッグ反射部120では、導波路コア層103が回折格子を形成するように離散的かつ周期的に配置されているので、DBRミラーとして機能し、分布帰還型レーザ部110で発振したレーザ光L20は、分布ブラッグ反射部120によってブラッグ反射されることになる。
【0036】
つまり、半導体レーザ素子100はDR型の半導体レーザ素子として機能し、主に分布帰還型レーザ部110側の端面(紙面左側の端面)からのみレーザ光L10を出力する。
【0037】
上述した構成の半導体レーザ素子100では、分布ブラッグ反射部120において導波路コア層103自体がDBRミラーを構成しているため、導波路コア層103が形成する回折格子の結合係数κを大きくできる。
【0038】
また、分布ブラッグ反射部120では導波路コア層103が離散的に配置されているため、連続的な長さを有する場合よりも光吸収が少ない。その結果、出力されるレーザ光L10の光強度の低下が抑制される。
【0039】
以上のように、半導体レーザ素子100は、光出力が高く、信頼性が高く、生産時の歩留りが良好であり、スペクトル線幅の狭線幅化も容易なので、例えば高ビットレートの多値変調方式を利用した通信方式における信号光源として好適なものである。
【0040】
(製造方法)
ここで、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法の一例について説明する。
図2A~Dおよび
図3A~Dは、実施形態に係る半導体レーザ素子の製造方法を説明する図である。なお、
図2A~Dおよび
図3A~Dに示される断面は、
図1に示される断面に対応している。
【0041】
はじめに、導波路コア層103を含み該導波路コア層103に沿って配置された回折格子層105を含む分布帰還型レーザ部110となる領域と、導波路コア層103を含む分布ブラッグ反射部120となる領域とを有する半導体積層構造を形成する半導体積層構造形成工程について説明する。
図2Aに示すように、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)結晶成長装置等の結晶成長装置を用い、n型InPからなる基板上にn型InPからなるクラッド層を形成してn型半導体層102を形成し、さらに、n型半導体層102上に順次導波路コア層103、p型半導体層104、回折格子層105、およびp型半導体層106を形成する。ただし、このとき回折格子層105は回折格子構造が無いGaInAsP層からなるものである。
【0042】
つぎに、半導体積層構造のうち、分布帰還型レーザ部110となる領域の回折格子層105を所定の標準周期で離散的な配置となるようエッチングする第1エッチング工程について説明する。まず、
図2Aに示すように、例えばCVD(Chemical Vapor Deposition)法によってp型半導体層106上にSiNからなるマスクM1を形成し、所定のマスクパターンにパターニングする。このパターニングでは、分布帰還型レーザ部110となる領域と分布ブラッグ反射部120となる領域の両方の回折格子に対応したパターンを形成する。
【0043】
つぎに、
図2Bに示すように、マスクM1をマスクとして、例えばICP(Inductive Coupling Plasma)-RIE(Reactive Ion Etcher)によって、半導体積層構造をp型半導体層106および回折格子層105より深く、p型半導体層104に到る深さの溝Gを形成するようにエッチングする。これによって、回折格子層105の回折格子構造が形成される。
【0044】
つぎに、半導体積層構造のうち、分布ブラッグ反射部120となる領域の導波路コア層103を所定の標準周期で離散的な配置となるようエッチングする第2エッチング工程について説明する。まず、
図2Cに示すように、溝Gを埋め、かつマスクM1を覆うようにマスクM2を形成し、さらに分布帰還型レーザ部110となる領域のマスクM2上にレジスト膜Rを形成する。ここで、マスクM2は、所定のエッチング液に対するエッチングレートがマスクM1のエッチングレートとは差がある材料とする。マスクM2の材料としては例えばSiO
2であり、SOG(Spin On Glass)を利用できる。なお、マスクM2がSiO
2からなるものであれば、マスクM1はシリコンや金属からなる膜でもよい。
【0045】
つぎに、
図2Dに示すように、レジスト膜Rをエッチングマスクとして、緩衝フッ酸液(Buffred HF:BHF)によって分布ブラッグ反射部120となる領域のマスクM2を除去し、溝Gを露出させる。このとき、BHFに対するマスクM2のエッチングレートは、BHFに対するマスクM1のエッチングレートよりも大きいため、マスクM2は選択エッチングされ、マスクM1は残存する。
【0046】
つぎに、
図3Aに示すように、レジスト膜Rを除去する。さらに、
図3Bに示すように、ICP-RIEによって溝Gをさらに導波路コア層103の底面に到る深さまで深くエッチングする。その結果、分布ブラッグ反射部120となる領域においては、導波路コア層103は溝Gによって分離され、周期的に配置された回折格子構造が形成される。一方、分布帰還型レーザ部110となる領域では導波路コア層103は光共振器長方向にわたって連続した長さを有したままである。すなわち、第2エッチング工程は、分布帰還型レーザ部110となる領域の最表面にマスクM2を形成し、分布帰還型レーザ部110となる領域の導波路コア層103を該第2エッチング工程におけるエッチングから保護して行う工程である。
【0047】
なお、分布ブラッグ反射部120においては、回折格子層105は必ずしも存在する必要はないが、回折格子層105も分布ブラッグ反射部120における結合係数κに寄与するので、製造工程において特に除去しなくてもよい。
【0048】
その後、
図3Cに示すように、マスクM1、M2を除去し、
図3Dに示すように、結晶成長装置にて溝Gを、p型半導体層104と同じ半導体材料である半導体材料Sで埋め込む。その後、公知の方法によって埋め込みヘテロ構造などの導波路構造の形成や上部クラッド・コンタクト層の形成、例えばAuZnからなるp側電極107およびAuGeNi/Au構造のn側電極101を形成し、反射防止膜の形成や素子分離等の必要な処理を行って、半導体レーザ素子100の構造を完成させる。
【0049】
(回折格子の設計)
ここで、半導体レーザ素子100における回折格子の設計例について説明する。なお、ここでは、比較のためにDFB型の半導体レーザ素子における回折格子の設計についても併せて説明する。
【0050】
DFB型の半導体レーザ素子では、位相シフトとしてλ/4シフト構造を用いた場合、シフト位置がある中央付近が最も光密度が高く、そこから離れるほど光密度が小さくなる。このため、光密度が高い中央ほど誘導放出がさかんに起こり、注入キャリアが消費されてキャリア密度が低くなる。これを(軸方向)空間的ホールバーニングと呼ぶ。空間的ホールバーニングが起こると、所望の光密度が高いところで利得が小さくなる一方で、光密度が低いところで利得が大きくなる。この利得の分布が、所望のモードとは別のモードの光密度が高いところで利得が大きくなるものであった場合には、その別のモードが発振しやすくなり、単一モード性が低下する。
【0051】
また、λ/4シフト構造では、位相シフトの量がπなので、分布帰還における回折格子のストップバンド帯域の中央波長に発振モードが発生する。ここで、位相シフト量がπからずれると、このモードはストップバンドの中央からずれることになり、一方、分布帰還の効果はストップバンドの中央が最も強く、そこから外れると弱くなるという性質がある。
【0052】
空間的ホールバーニングが起こると、キャリア密度が小さいところでは屈折率が高くなり、キャリア密度が大きいところでは屈折率が低くなる。このような屈折率分布があると、それによって実効的な位相シフト量が変化する。λ/4シフト構造の場合には位相シフトのある中央近辺のキャリア密度が低くなって屈折率が高くなるので、実効的な位相シフト量が大きくなる。すると、上述の性質によって、空間的ホールバーニングが起こると発振モードの分布帰還効果が弱くなり、しきい値が上昇し、一方で短波側のサイドモードのしきい値が低くなり、しきい値の差が小さくなって、単一モード性が低下することになる。
【0053】
このような二重の効果によって、空間的ホールバーニングは単一モード性の低下をもたらす。そこで、DFB型の半導体レーザ素子において空間的ホールバーニングを抑制する設計が考案されている。その例が、CPM(Corrugation Pitch Modulated)構造である。CPM構造では、位相シフトを一点に集中して与えるのではなく、ある領域(以下、PAR領域という;Phase Arrangement Region)に分布させて与える。このために、DFB型の半導体レーザ素子の中央近傍の領域の回折格子の周期をその他の領域の回折格子の周期(標準周期)とわずかに異なるものとする。このわずかな周期の違いが、PAR領域全体の累積として所望の位相シフトとなるように設計を行う。光密度はPAR領域の外では指数関数的に減少するが、PAR領域ではなだらかな形状となる。これによって、光密度の空間分布が低減され、その結果空間的ホールバーニングが抑制される。
【0054】
なお、PAR領域は、空間的ホールバーニングを抑制するために、光密度の空間分布を低減する効果が生じる長さに設計される。光密度の空間分布は、数10μmの長さのオーダで生じるものである。例えば仮に、PAR領域の長さを回折格子の周期の10.5倍とすると、2.5μm程度の長さに相当する。このような非常に短い領域であると、空間分布を低減すると言っても、光密度の空間依存性の長さのオーダに比べて1桁小さい領域であるためにあまり効果的とは言えない。この観点から、効果的なPAR領域の長さは回折格子の周期の100倍以上のオーダとすることが好適である。
【0055】
上述したようにDFB型の半導体レーザ素子において空間的ホールバーニングを抑制する効果を有するCPM構造を、DR型の半導体レーザ素子においても適用することにより、DR型の半導体レーザ素子においても空間的ホールバーニングの抑制と単一モード性の向上が得られることが期待される。しかしながら、どのような設計でその組み合わせが可能となるかはわかっていなかった。以下、本発明の発明者らによって検討された組み合わせについて説明する。
図4は、組み合わせの例を示す図である。
【0056】
図4に示すように、CPM構造をDR型の半導体レーザ素子に適用するにあたり、DFB型の半導体レーザ素子の従来例における後方の標準周期DFB領域をDBR領域に置き換えた、比較例1のような構成がまず考えられる。この構成では、前方の標準周期DFB領域と後方のDBR領域の間での反射によってレーザ発振が起こる。しかしながら、この比較例1の構成ではレーザ発振が後方のDBR領域に大きく依存しており、その反射特性によってレーザの特性が大きく影響を受ける。
【0057】
一般に、受動部分であるDBR領域は、活性領域である標準周期DFB領域と導波路構造が異なるため、屈折率を完全に一致させることが難しい。このため、作製誤差によって屈折率がずれると、DBR領域における反射率が低下することがある。このようなずれによる影響は、電流注入を行ったときのキャリア密度や発熱による屈折率変化でも同様に作用する。屈折率のずれ以外に、DBR領域に入る部分に散乱損失がある場合、反射率が低下する。これらの要因でDBR領域における反射率が低下したときに、レーザ発振がDBR領域における反射率のみに大きく依存する比較例1の構成では特性が顕著に悪化する。
【0058】
そこで、本発明の発明者らは、
図4に示す実施例1から実施例4の構成を考案した。以下では、これら実施例1から実施例4に係る半導体レーザ素子の各構成を具体的に説明する。
【0059】
(実施例1)
実施例1に係る半導体レーザ素子の構成は、DFB型の半導体レーザ素子における従来例の構成の後方にDBR領域を追加したものである。この構成によれば、DFB型の半導体レーザ素子と同様に前方の標準周期DFB領域と後方の標準周期DFB領域との間での反射によってレーザ発振が可能であり、さらに後方のDBR領域における反射によって発振しきい値の低下が得られる。この構成では、後方の標準周期DFB領域とDBR領域とが共に後方反射を担うため、比較例1の場合では問題になったDBR領域における反射率低下による特性変化が大幅に小さくなる。また、この構成のDR型の半導体レーザ素子でも、空間的ホールバーニングをCPM構造によって低減するという効果が得られる。
【0060】
図5は、実施例1に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。標準周期DFB領域やDBR領域のように回折格子を有する構造では、その回折格子の周期に応じて光の伝播解が無くなるストップバンドという波長帯域ができ、このストップバンドの波長の光が反射されることになる。
図5における、ハッチング領域はストップバンドの波長帯域を示しており、上部に示された各領域にて、縦軸で示された波長(λ)のストップバンドが存在することを模式的に表している。
【0061】
DR型の半導体レーザ素子では、DBR領域における反射率を高くするため、そして、標準周期DFB領域との屈折率差が生じても反射率が低下しにくくするために、DBR領域の結合係数を高くしてストップバンドを広くする構成が好適である。このため、
図5に示すように、DBR領域のストップバンドは広く設計されている。また、
図5に示すように、CPM構造の形成としては、PAR領域における回折格子の周期を標準周期と異なるものとするので、PAR領域のストップバンドの波長帯域は、標準周期DFB領域におけるストップバンドの波長帯域とは異なるものになる。
【0062】
以上のようなストップバンドの構成によれば、発振を意図した主モードは、前方の標準周期DFB領域のストップバンドと後方の標準周期DFB領域のストップバンドとによって反射を受け、後方における反射はさらにDBR領域のストップバンドで補佐されることによって形成される。
【0063】
なお、複数の領域のストップバンドに挟まれた波長に発振モードが形成されるので、実施例1の構成では、主モードの他にも発振モードが形成されることになり、それが、図中の干渉モードと記載した波長である。ここでは、PAR領域のストップバンド(標準周期DFB領域のストップバンドと異なる波長)とDBR領域のストップバンドとの両者に挟まれている領域間の反射によってレーザ発振が起こりうる。
【0064】
ここで、実施例1に係る半導体レーザ素子の具体的な設計値の例について開示する。ただし、以下に開示する値は単なる例示であり、発明をこの値に限定するものではない。例えば、所望の波長に応じて、全ての周期をスケーリングするなど適切な修正を加えても、本発明の要旨は変わることがない。
【0065】
例えば標準周期は240nmとする。このとき、PAR領域における回折格子の周期は240.2nmであり、PAR領域の長さを回折格子の1800周期とするとその長さはおよそ432μmである。前方の標準周期DFB領域の長さはおよそ310μmであり、後方の標準周期DFB領域の長さもおよそ310μmである。DBR領域の屈折率が標準周期DFB領域の屈折率よりも低いことから、DBR周期は241nmであり、DBR領域の長さはおよそ150μmである。各標準周期DFB領域の結合係数は20cm-1であり、DBR領域の結合係数は100cm-1である。
【0066】
図6は、実施例1に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
図6には、上述した設計値の半導体レーザ素子における発振モードの候補を(a)~(d)の4つをミラー損失α
mが小さい順番に記載している。ミラー損失α
mは、発振しきい値利得に対応するものであり、
図6には、発振候補のモードが発振しやすい順に左から記載していることになる。
図6に示される(a)~(d)の各グラフは、横軸が半導体レーザ素子における共振器方向の位置を示し、縦軸が発振モードの光強度を示している。
【0067】
図6に示されるように、実施例1に係る半導体レーザ素子では、(a)モード1のミラー損失α
mが最も低く、発振しやすい。また、(a)モード1のグラフを見るとわかるように、当該モードは、後方の標準周期DFB領域にて最も光強度が高くなっており、上述の干渉モードであることが分かる。一方、次にミラー損失α
mが最も低い(b)モード2は、PAR領域にて最も光強度が高くなっており、上述の主モードであることが分かる。なお、同様に、(c)モード3は主モードであり、(d)モード4は干渉モードである。
【0068】
以上、
図6に示されるように、実施例1に係る半導体レーザ素子では、計算上、発振を意図した主モードよりも干渉モードの方が発振しやすい状況にあるが、2つのモードのミラー損失は近接している。したがって、2つのモードのミラー損失は、実際に作製した素子では容易に逆転しうる。実際の素子においては、DFB領域とDBR領域の間に散乱損失が存在することが常である。この境界に損失があると、後方反射がDBR領域のみに依存する干渉モードはミラー損失が大きくなる一方、後方反射をDFB領域とDBR領域の両方で負担する主モードはミラー損失があまり変化しない。このため、ある一定の歩留りをもって、実施例1に係る半導体レーザ素子では主モードにおける単一モード発振が得られる。また、実施例1に係る半導体レーザ素子を利用する場合、DBR領域の結合係数を小さく抑えるなどの別途の工夫をすることで、より単一モード発振を得やすくすることができる。
【0069】
(実施例2)
実施例2に係る半導体レーザ素子の構成は、DFB型の半導体レーザ素子における従来例の構成の後方にDBR領域を追加したものであり、実施例1に係る半導体レーザ素子の構成とほぼ同様の構成を有するが、後方の標準周期DFB領域の長さは、前方の標準周期DFB領域の長さよりも短いことを特徴としている。実施例2に係る半導体レーザ素子は、この構成により、干渉モードの発振を抑制することができ、発振を意図した主モードのみを良好に発振することができる。
【0070】
干渉モードは、特にDBR領域の結合係数が大きく、ストップバンドが広いと問題となりやすい。主モードとは異なる波長帯域にまでDBR領域のストップバンドが広がるためである。DBR領域の結合係数が大きければ、小型のDBR領域でも反射率を高くできるのに加え、発熱などで電流注入を行う標準周期DFB領域との間に屈折率差が生じても安定した反射を維持できるという利点がある。すなわち、干渉モードの発振を抑制することができることは、DBR領域の結合係数を大きくすることができることを意味し、電流注入に伴う発熱に対する耐性を高めることも可能となり、メリットが大きい。
【0071】
図7は、実施例2に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
図7におけるハッチング領域も、
図5と同様にストップバンドの波長帯域を示しており、上部に示された各領域にて、縦軸で示された波長(λ)のストップバンドが存在することを模式的に表している。
【0072】
実施例2に係る半導体レーザ素子の構成では干渉モードの発振を抑制することができる理由は以下のとおりである。
図7に示されるように、実施例2に係る半導体レーザ素子の構成では、後方の標準周期DFB領域の長さは、前方の標準周期DFB領域の長さよりも短い。ここで、2つのストップバンドに挟まれた間の領域では、レーザ光が利得によって増幅されることに留意すれば、この領域が短ければ、その領域に発生するモードは利得を受けづらいことが分かる。したがって、実施例2に係る半導体レーザ素子の構成では後方の標準周期DFB領域の長さが短いので、干渉モードが発生する余地はあるものの、発振しきい値が高くなり、その結果、発振を意図した主モードのみを良好に発振することになる。
【0073】
ここで、実施例2に係る半導体レーザ素子の具体的な設計値の例について開示する。ただし、以下に開示する値は単なる例示であり、発明をこの値に限定するものではない。例えば、所望の波長に応じて、全ての周期をスケーリングするなど適切な修正を加えても、本発明の要旨は変わることがない。
【0074】
例えば標準周期は240nmとする。このとき、PAR領域における回折格子の周期は240.2nmであり、PAR領域の長さを回折格子の1800周期とするとその長さはおよそ432μmである。前方の標準周期DFB領域の長さはおよそ400μmであり、後方の標準周期DFB領域の長さはおよそ220μmである。DBR領域の屈折率が標準周期DFB領域の屈折率よりも低いことから、DBR周期は241nmであり、DBR領域の長さはおよそ150μmである。各標準周期DFB領域の結合係数は20cm-1であり、DBR領域の結合係数は100cm-1である。
【0075】
図8は、実施例2に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
図8には、上述した設計値の半導体レーザ素子における発振モードの候補を(a)~(d)の4つをミラー損失α
mが小さい順番に記載しており、発振候補のモードが発振しやすい順に左から記載していることになる。
図8に示される(a)~(d)の各グラフは、横軸が半導体レーザ素子における共振器方向の位置を示し、縦軸が発振モードの光強度を示している。
【0076】
図8に示されるように、実施例2に係る半導体レーザ素子では、(a)モード1のミラー損失α
mが最も低く、発振しやすい。また、(a)モード1のグラフを見るとわかるように、当該モードは、PAR領域にて最も光強度が高くなっており、発振を意図した主モードであることが分かる。一方、次にミラー損失α
mが最も低い(b)モード2も、PAR領域にて最も光強度が高くなっており、主モードであることが分かる。なお、(c)モード3は干渉モードであり、(d)モード4は主モードである。
【0077】
以上、
図8に示されるように、実施例2に係る半導体レーザ素子では、主モードと干渉モードとの間のミラー損失α
mに十分な差があり、発振を意図した主モードの方が、干渉モードの方よりも顕著に発振しやすい。つまり、実施例2に係る半導体レーザ素子は、DR型の半導体レーザ素子における低しきい値利得によってスペクトル線幅が小さく、スペクトルホールバーニングを抑えて、さらに干渉モードの発振を抑制した単一モード性が良好な半導体レーザ素子である。
【0078】
(実施例3)
実施例3に係る半導体レーザ素子の構成は、前方の標準周期DFB領域と後方の標準周期DFB領域との間におけるレーザ光の位相を光学的に変化させるための位相シフト領域として、回折格子を有さない領域を採用した構成である。すなわち、実施例3に係る半導体レーザ素子の構成は、実施例1および実施例2に係る半導体レーザ素子の構成とほぼ同様の構成を有するが、PAR領域の代わりに、回折格子を有さない領域を設けている。
【0079】
図9は、実施例3に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
図9におけるハッチング領域も、
図5と同様にストップバンドの波長帯域を示しており、上部に示された各領域にて、縦軸で示された波長(λ)のストップバンドが存在することを模式的に表している。
【0080】
図9に示されるように、実施例3に係る半導体レーザ素子では、DBR領域と対になって干渉モードを発生するストップバンドがそもそも存在しないため、干渉モードが生じないという利点がある。すなわち、実施例3に係る半導体レーザ素子は、DR型の半導体レーザ素子における低しきい値利得によってスペクトル線幅が小さく、CPM構造を用いるよりもさらに単一モード性が良好な半導体レーザ素子である。
【0081】
なお、実施例3に係る半導体レーザ素子の製造方法は、実施例1の場合とほぼ同様である。違いは、回折格子を形成する際に、回折格子なし領域に相当する部分(
図1における位相シフト領域105a)を全て抜くようにパターニングするのみである。なお、結果的に
図1における位相シフト領域105aは、p型半導体層104と同じ半導体材料で埋められることになる。
【0082】
回折格子なし領域の長さは、発振させるモードの1/4波長の奇数倍となるように設定する。このとき、回折格子層が無いために屈折率がわずかに低くなることを考慮する。標準周期DFB領域では回折格子層がある部分と無い部分が交互に繰り返されるため、モードの屈折率は両者の中間となるが、回折格子なし領域では回折格子が無い分だけ屈折率が異なるからである。
【0083】
なお、回折格子なし領域の長さは、発振させるモードの1/4波長の奇数倍に厳密に一致しなくてもよい。厳密な値よりも若干短い値とすると、空間的ホールバーニングがわずかに起きて、回折格子なし領域の屈折率が相対的に高くなったとしても、良好な単一モード性を維持することができるからである。
【0084】
ここで、実施例3に係る半導体レーザ素子の具体的な設計値の例について開示する。ただし、以下に開示する値は単なる例示であり、発明をこの値に限定するものではない。例えば、所望の波長に応じて、全ての周期をスケーリングするなど適切な修正を加えても、本発明の要旨は変わることがない。
【0085】
例えば標準周期は240nmとする。このとき、回折格子なし領域の長さはおよそ432μmであり、上述のように、発振させるモードの1/4波長の奇数倍となるように設定されている。前方の標準周期DFB領域の長さはおよそ400μmであり、後方の標準周期DFB領域の長さはおよそ220μmである。DBR領域の屈折率が標準周期DFB領域の屈折率よりも低いことから、DBR周期は241nmであり、DBR領域の長さはおよそ150μmである。各標準周期DFB領域の結合係数は20cm-1であり、DBR領域の結合係数は100cm-1である。
【0086】
図10は、実施例3に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
図10には、上述した設計値の半導体レーザ素子における発振モードの候補を(a)~(d)の4つをミラー損失α
mが小さい順番に記載しており、発振候補のモードが発振しやすい順に左から記載していることになる。
図10に示される(a)~(d)の各グラフは、横軸が半導体レーザ素子における共振器方向の位置を示し、縦軸が発振モードの光強度を示している。
【0087】
図10に示されるように、実施例3に係る半導体レーザ素子では、(a)モード1のミラー損失α
mが最も低く、発振しやすい。また、(a)モード1のグラフを見るとわかるように、当該モードは、PAR領域にて最も光強度が高くなっており、発振を意図した主モードであることが分かる。また、
図10に示される(a)~(d)のすべてのグラフにおいて、後方の標準周期DFB領域に強い光強度を有するモードは存在しないので、実施例3に係る半導体レーザ素子では、干渉モードが発生していないこともわかる。
【0088】
(実施例4)
実施例4に係る半導体レーザ素子の構成は、実施例2と異なり、PAR領域の回折格子の周期は、標準周期に比べて大きくずれている。すなわち、PAR領域の回折格子の周期は、DBR領域の反射波長帯域の外側の波長に対応する周期とする。具体的には、PAR領域におけるストップバンドをDBR領域の反射帯域の外側にする。なお、DBR領域の反射帯域とは、ストップバンドにおいて、例えば反射率が最大値の50%以内となる波長帯域である。実施例4に係る半導体レーザ素子は、この構成により、干渉モードが存在しない状態になり、発振を意図した主モードのみを良好に発振することができる。
【0089】
また、実施例3に係る半導体レーザ素子の構成は、PAR領域と標準周期DFB領域との実効屈折率が互いに異なる。これは、標準周期DFB領域においては、回折格子層がある部分と無い部分とが交互に繰り返されることから、モードの屈折率は回折格子層がある部分とない部分との中間になる一方、PAR領域においては、回折格子層が存在しない部分の屈折率となるためである。これにより、PAR領域の位相シフト量は、標準周期DFB領域とPAR領域との屈折率差に依存し、導波路の幅や回折格子のデューティ比などの作製ばらつきの影響を受ける可能性がある。
【0090】
図11は、実施例4に係る半導体レーザ素子における各領域のストップバンドを模式的に示した図である。
図11におけるハッチング領域も、
図5と同様にストップバンドの波長帯域を示しており、上部に示された各領域にて、縦軸で示された波長(λ)のストップバンドが存在することを模式的に表している。
【0091】
実施例4に係る半導体レーザ素子の構成では干渉モードの発振を抑制することができる理由は以下のとおりである。
図11に示されるように、実施例4に係る半導体レーザ素子の構成では、PAR領域の周期は標準周期に対してずれた周期である。PAR領域の周期は標準周期に対して、増やす場合または減らす場合がある。これによって、PAR領域のストップバンドの中心波長は、標準周期DFB領域のストップバンドに対して長波長側または短波長側に大きくずれて、PAR領域のストップバンドをDBR領域の反射帯域の外側にできる。PAR領域のストップバンドをDBR領域の反射帯域の外側にするには、PAR領域の周期を標準周期に対して、1%以上ずれた周期にすることが好ましい。この構成により、DBR領域の反射帯域内に、PAR領域とDBR領域とが対になって干渉モードを発生するストップバンドが存在しなくなることから、干渉モードが生じない。すなわち、実施例4に係る半導体レーザ素子の構成においては、実施例3と同様の効果が得られるのみならず、PAR領域にも回折格子を設けているため、標準周期DFB領域の実効屈折率とPAR領域の実効屈折率とが同一になり、作製ばらつきの影響を受けることなく、より精密に制御された位相シフト量を実現できる。
【0092】
ここで、実施例4に係る半導体レーザ素子の具体的な設計値の例について開示する。ただし、以下に開示する値は単なる例示であり、発明をこの値に限定するものではない。例えば、所望の波長に応じて、全ての周期をスケーリングするなど適切な修正を加えても、本発明の要旨は変わることがない。
【0093】
例えば標準周期を240nmとする。このとき、PAR領域における回折格子の周期は244.8nmであり、PAR領域の長さを回折格子の1765周期とするとその長さはおよそ432μmである。前方の標準周期DFB領域の長さはおよそ400μmであり、後方の標準周期DFB領域の長さはおよそ220μmである。DBR領域の屈折率が標準周期DFB領域の屈折率よりも低いことから、DBR周期は241nmであり、DBR領域の長さはおよそ150μmである。各標準周期DFB領域の結合係数は20cm-1であり、DBR領域の結合係数は100cm-1である。
【0094】
ここで、実施例4に係る半導体レーザ素子においては、DBRの反射帯域は約20nmであり、PAR領域の周期は、標準周期に対して2%増やしている。そのため、PAR領域におけるストップバンドの中心波長は、標準周期DFB領域のストップバンドに対して長波長側に30nmずれて、DBR領域の反射帯域の外側になる。なお、PAR領域の周期を標準周期に対して増加させて、PAR領域におけるストップバンドをDBRの反射帯域に対して長波長側にずらす例を示したが、PAR領域の周期を標準周期に対して低減させて、PAR領域におけるストップバンドを、DBRの反射帯域に対して短波長側にずらしてもよい。
【0095】
図12は、実施例4に係る半導体レーザ素子について発振候補のモードを計算したものを示す図である。
図12には、上述した設計値の半導体レーザ素子における発振モードの候補を(a)~(d)の4つをミラー損失α
mが小さい順番に記載しており、発振候補のモードが発振しやすい順に左から記載していることになる。
図12に示される(a)~(d)の各グラフは、横軸が半導体レーザ素子における共振器方向の位置を示し、縦軸が発振モードの光強度を示している。
【0096】
図12に示されるように、実施例4に係る半導体レーザ素子では、(a)モード1のミラー損失α
mが最も低く、発振しやすい。また、(a)モード1のグラフを見るとわかるように、当該モードは、PAR領域にて最も光強度が高くなっており、発振を意図した主モードであることが分かる。また、
図12に示される(a)~(d)のすべてのグラフにおいて、後方の標準周期DFB領域に強い光強度を有するモードは存在しないので、実施例4に係る半導体レーザ素子では、干渉モードが発生していないこともわかる。
【0097】
以上、本発明を実施形態に基づいて説明したが、上述した実施形態により本発明が限定されるものではない。上述した各構成要素を適宜組み合わせて構成したものも本発明の範疇に含まれる。また、さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。よって、本発明のより広範な態様は、上述した実施形態に限定されるものではなく、様々な変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0098】
以上のように、本発明に係る半導体レーザ素子は、光通信等に用いられる光デバイスに有用である。
【符号の説明】
【0099】
100 半導体レーザ素子
101 n側電極
102 n型半導体層
103 導波路コア層
103a、103c SCH層
103b MQW層
104 p型半導体層
105 回折格子層
105a 位相シフト領域
105b 第1領域
105c 第2領域
107 p側電極
110 分布帰還型レーザ部
120 分布ブラッグ反射部