IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友化学株式会社の特許一覧

特許7074512圧電積層体、圧電積層体の製造方法、圧電素子、およびスパッタリングターゲット材
<>
  • 特許-圧電積層体、圧電積層体の製造方法、圧電素子、およびスパッタリングターゲット材 図1
  • 特許-圧電積層体、圧電積層体の製造方法、圧電素子、およびスパッタリングターゲット材 図2
  • 特許-圧電積層体、圧電積層体の製造方法、圧電素子、およびスパッタリングターゲット材 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-16
(45)【発行日】2022-05-24
(54)【発明の名称】圧電積層体、圧電積層体の製造方法、圧電素子、およびスパッタリングターゲット材
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20220517BHJP
   H01L 41/09 20060101ALI20220517BHJP
   H01L 41/113 20060101ALI20220517BHJP
   H01L 41/316 20130101ALI20220517BHJP
【FI】
H01L41/187
H01L41/09
H01L41/113
H01L41/316
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018047248
(22)【出願日】2018-03-14
(65)【公開番号】P2019161074
(43)【公開日】2019-09-19
【審査請求日】2020-12-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145872
【弁理士】
【氏名又は名称】福岡 昌浩
(74)【代理人】
【識別番号】100187632
【弁理士】
【氏名又は名称】橘高 英郎
(72)【発明者】
【氏名】柴田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 和俊
(72)【発明者】
【氏名】堀切 文正
【審査官】宮本 博司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-076730(JP,A)
【文献】特開2011-146623(JP,A)
【文献】特開2014-107563(JP,A)
【文献】特開2007-184513(JP,A)
【文献】S. Y. Lee et al.,"Effect of Mn substitution on ferroelectric and leakage current characteristics of lead-free (K0.5Na0.5)(MnxNb1-x)O3 thin films",Current Applied Physics,2011年,Vol. 11,S266 - S269
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187
H01L 41/09
H01L 41/113
H01L 41/316
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、前記基板上に製膜された圧電膜と、を備え、
前記圧電膜は、
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、
CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、
周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電積層体。
【請求項2】
前記圧電膜は、厚さ方向に250kV/cmの電界を印加した際、250μA/cm以下のリーク電流密度を有する請求項1に記載の圧電積層体。
【請求項3】
前記圧電膜は、前記圧電膜に対してその厚さ方向に100kV/cmの電界を印加することで測定した圧電定数の絶対値|d31|が90pm/V以上である請求項1または2に記載の圧電積層体。
【請求項4】
基板上に、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電膜を製膜する工程を有する圧電積層体の製造方法。
【請求項5】
基板と、前記基板上に製膜された第1電極膜と、前記第1電極膜上に製膜され、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電膜と、前記圧電膜上に製膜された第2電極膜と、を備える圧電積層体と、
前記第1電極膜と前記第2電極膜との間に接続される電圧検出部および電圧印加部のうち少なくともいずれかと、を備える圧電素子。
【請求項6】
基板と、前記基板上に製膜され、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電膜と、前記圧電膜上に製膜されたパターン電極膜と、を備える圧電積層体と、
前記パターン電極膜間に接続される電圧検出部および電圧印加部のうち少なくともいずれかと、を備える圧電素子。
【請求項7】
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表される焼結体からなるスパッタリングターゲット材であって、
温度が550℃または600℃、放電パワーが2200W、導入ガスがArガスとOガスとの混合ガス、雰囲気圧力が0.3Pa、Arガス分圧/Oガス分圧=25/1、製膜速度が1μm/hrの条件下で、RFマグネトロンスパッタリング法による基板上への製膜処理を行う際のターゲット材として用いた際に、
前記基板上に、前記組成式で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、厚さ方向に100kV/cmの電界を印加することで測定した圧電定数の絶対値|d31|が90pm/V以上である圧電膜が得られる、
スパッタリングターゲット材。
【請求項8】
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表される焼結体からなるスパッタリングターゲット材であって、
温度が550℃、放電パワーが2200W、導入ガスがArガスとOガスとの混合ガス、雰囲気圧力が0.3Pa、Arガス分圧/Oガス分圧=25/1、製膜速度が1μm/hrの条件下で、RFマグネトロンスパッタリング法による基板上への製膜処理を行う際のターゲット材として用いた際に、
前記基板上に、前記組成式で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電膜が得られる、
スパッタリングターゲット材。
【請求項9】
Li、Ta、およびSbからなる群より選択される元素を5at%以下の範囲内で含む、請求項7または8に記載のスパッタリングターゲット材。
【請求項10】
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表される焼結体からなるスパッタリングターゲット材を用意する工程と、
前記スパッタリングターゲット材を用い、基板上に、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を0.6at%超2.0at%以下の濃度で含み、周波数1kHzの条件下で測定した際の比誘電率が1,500以下である圧電膜を製膜する工程と、
を有する、圧電積層体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電積層体、圧電積層体の製造方法および圧電素子に関する。
【背景技術】
【0002】
圧電体は、センサ、アクチュエータ等の機能性電子部品に広く利用されている。圧電体の材料としては、鉛系材料、特に、組成式Pb(Zr1-xTi)Oで表されるPZT系の強誘電体が広く用いられている。PZT系の圧電体は鉛を含有していることから、公害防止の面等から好ましくない。そこで、鉛非含有の圧電体の材料として、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)が提案されている(例えば特許文献1,2参照)。近年、KNNのように鉛非含有の材料からなる圧電体の性能をさらに高めることが強く求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-184513号公報
【文献】特開2008-159807号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、アルカリニオブ酸化物を用いて製膜された圧電膜の膜特性を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様によれば、
基板と、前記基板上に製膜された圧電膜と、を備え、
前記圧電膜は、
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、
CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む圧電積層体およびその関連技術が提供される。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、アルカリニオブ酸化物を用いて製膜された圧電膜の膜特性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の一実施形態にかかる圧電積層体の断面構造の一例を示す図である。
図2】本発明の一実施形態にかかる圧電積層体の断面構造の変形例を示す図である。
図3】本発明の一実施形態にかかる圧電デバイスの概略構成の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
<本発明の一実施形態>
以下、本発明の一実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0009】
(1)圧電積層体の構成
図1に示すように、本実施形態にかかる圧電膜を有する積層体(積層基板)10(以下、圧電積層体10とも称する)は、基板1と、基板1上に製膜された下部電極膜(第1電極膜)2と、下部電極膜2上に製膜された圧電膜(圧電薄膜)3と、圧電膜3上に製膜された上部電極膜(第2電極膜)4と、を備えている。
【0010】
基板1としては、熱酸化膜またはCVD(Chemical Vapor Deposition)酸化膜等の表
面酸化膜(SiO膜)1bが形成された単結晶シリコン(Si)基板1a、すなわち、表面酸化膜を有するSi基板を好適に用いることができる。また、基板1としては、図2に示すように、その表面にSiO以外の絶縁性材料により形成された絶縁膜1dを有するSi基板1aを用いることもできる。また、基板1としては、表面にSi(100)面またはSi(111)面等が露出したSi基板1a、すなわち、表面酸化膜1bまたは絶縁膜1dを有さないSi基板を用いることもできる。また、基板1としては、SOI(Silicon On Insulator)基板、石英ガラス(SiO)基板、ガリウム砒素(GaAs)基板、サファイア(Al)基板、ステンレス(SUS)等の金属材料により形成された金属基板を用いることもできる。単結晶Si基板1aの厚さは例えば300~1,000μm、表面酸化膜1bの厚さは例えば5~3,000nmとすることができる。
【0011】
下部電極膜2は、例えば、白金(Pt)を用いて製膜することができる。下部電極膜2は、単結晶膜または多結晶膜(以下、これらをPt膜とも称する)となる。Pt膜を構成する結晶は、基板1の表面に対して(111)面方位に優先配向していることが好ましい。すなわち、Pt膜の表面(圧電膜3の下地となる面)は、主にPt(111)面により構成されていることが好ましい。Pt膜は、スパッタリング法、蒸着法等の手法を用いて製膜することができる。下部電極膜2は、Pt以外に、金(Au)、ルテニウム(Ru)、またはイリジウム(Ir)等の各種金属、これらを主成分とする合金、ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO)またはニッケル酸ランタン(LaNiO)等の金属酸化物等を用いて製膜することもできる。なお、基板1と下部電極膜2との間には、これらの密着性を高めるため、例えば、チタン(Ti)、タンタル(Ta)、酸化チタン(TiO)、ニッケル(Ni)等を主成分とする密着層6が設けられていてもよい。密着層6は、スパッタリング法、蒸着法等の手法を用いて製膜することができる。下部電極膜2の厚さは例えば100~400nm、密着層6の厚さは例えば1~200nmとすることができる。
【0012】
圧電膜3は、例えば、カリウム(K)、ナトリウム(Na)、ニオブ(Nb)を含み、組成式(K1-xNa)NbOで表されるアルカリニオブ酸化物、すなわち、ニオブ酸カリウムナトリウム(KNN)を用いて製膜することができる。上述の組成式中の係数x[=Na/(K+Na)]は、0<x<1、好ましくは0.4≦x≦0.7の範囲内の大きさとする。圧電膜3は、KNNの多結晶膜(以下、KNN膜3とも称する)となる。KNNの結晶構造は、ペロブスカイト構造となる。KNN膜3を構成する結晶は、基板1(基板1が例えば表面酸化膜1bまたは絶縁膜1d等を有するSi基板1aである場合はSi基板1a)の表面に対して(001)面方位に優先配向していることが好ましい。すなわち、KNN膜3の表面(上部電極膜4の下地となる面)は、主にKNN(001)面方位により構成されていることが好ましい。基板1の表面に対して(111)面方位に優先配向させたPt膜上にKNN膜3を直接製膜することで、KNN膜3を構成する結晶を、基板1の表面に対して(001)面方位に優先配向させることが容易となる。例えば、KNN膜3を構成する結晶群のうち80%以上の結晶を基板1の表面に対して(001)面方位に配向させ、KNN膜3の表面のうち80%以上の領域をKNN(001)面とすることが容易となる。
【0013】
KNN膜3は、例えば、銅(Cu)およびマンガン(Mn)からなる群より選択される金属元素を、例えば0.6at%超2.0at%以下の範囲内の濃度で含んでいる。この
点については後述する。
【0014】
KNN膜3は、スパッタリング法、PLD(Pulsed Laser Deposition)法、ゾルゲル
法等の手法を用いて製膜することができる。KNN膜3を例えばスパッタリング法により製膜する場合、KNN膜3の組成比は、例えばスパッタリング製膜時に用いるターゲット材の組成を制御することで調整可能である。ターゲット材は、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末、CuO粉末、MnO粉末等を混合させて焼成すること等により作製することができる。ターゲット材の組成は、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末、CuO粉末、MnO粉末の混合比率を調整することで制御することができる。CuまたはMnを上述の濃度で含むKNN膜3は、CuまたはMnを例えば0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む(K1-xNa)NbO焼結体を用いることで製膜することができる。
【0015】
また、KNN膜3は、リチウム(Li)、Ta、アンチモン(Sb)等のK、Na、Nb、Cu、Mn以外の元素を、CuまたはMnを上述の範囲内で添加することによる効果を損なわない範囲内、例えば5at%以下の範囲内で含んでいてもよい。
【0016】
上部電極膜4は、例えば、Pt、Au、アルミニウム(Al)、Cu等の各種金属またはこれらの合金を用いて製膜することができる。上部電極膜4は、スパッタリング法、蒸着法、メッキ法、金属ペースト法等の手法を用いて製膜することができる。上部電極膜4は、下部電極膜2のようにKNN膜3の結晶構造に大きな影響を与えるものではない。そのため、上部電極膜4の材料、結晶構造、製膜手法は特に限定されない。なお、KNN膜3と上部電極膜4との間には、これらの密着性を高めるため、例えば、Ti、Ta、TiO、Ni等を主成分とする密着層が設けられていてもよい。上部電極膜4の厚さは例えば100~5,000nm、密着層を設ける場合には密着層の厚さは例えば1~200nmとすることができる。
【0017】
(2)圧電デバイスの構成
図3に、本実施形態におけるKNN膜3を有するデバイス30(以下、圧電デバイス30とも称する)の概略構成図を示す。圧電デバイス30は、上述の圧電積層体10を所定の形状に成形することで得られる素子20(KNN膜3を有する素子20、以下、圧電素子20とも称する)と、圧電素子20に接続される電圧印加部11aまたは電圧検出部11bと、を少なくとも備えている。
【0018】
電圧印加部11aを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイス30をアクチュエータとして機能させることができる。電圧印加部11aにより下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧を印加することで、KNN膜3を変形させることができる。この変形動作により、圧電デバイス30に接続された各種部材を作動させることができる。この場合、圧電デバイス30の用途としては、例えば、インクジェットプリンタ用のヘッド、スキャナー用のMEMSミラー、超音波発生装置用の振動子等が挙げられる。
【0019】
電圧検出部11bを、圧電素子20の下部電極膜2と上部電極膜4との間に接続することで、圧電デバイス30をセンサとして機能させることができる。KNN膜3が何らかの物理量の変化に伴って変形すると、その変形によって下部電極膜2と上部電極膜4との間に電圧が発生する。この電圧を電圧検出部11bによって検出することで、KNN膜3に印加された物理量の大きさを測定することができる。この場合、圧電デバイス30の用途としては、例えば、角速度センサ、超音波センサ、圧カセンサ、加速度センサ等が挙げられる。
【0020】
(3)圧電積層体、圧電素子、圧電デバイスの製造方法
続いて、上述の圧電積層体10の製造方法について説明する。まず、基板1のいずれかの主面上に下部電極膜2を製膜する。なお、いずれかの主面上に下部電極膜2が予め製膜された基板1を用意してもよい。続いて、下部電極膜2上に、KNN膜3を例えばスパッタリング法を用いて製膜する。その後、KNN膜3上に上部電極膜4を製膜することで、圧電積層体10が得られる。そして、この圧電積層体10をエッチング等により所定の形状に成形することで、圧電素子20が得られ、圧電素子20に電圧印加部11aまたは電圧検出部11bを接続することで、圧電デバイス30が得られる。
【0021】
(4)圧電膜(KNN膜)3中へのCu、Mnの添加
上述したように、本実施形態にかかるKNN膜3は、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の範囲内の濃度で含んでいる。以下、これにより得られる効果について説明する。
【0022】
(a)KNN膜3の絶縁性(リーク耐性)を向上させることが可能となる。例えば、KNN膜3に対してその厚さ方向に250kV/cmの電界を印加した際におけるリーク電流密度を250μA/cm以下、好ましくは200μA/cm以下とすることが可能となる。
【0023】
KNN膜3中にCuまたはMnを所定濃度範囲で含有させることでKNN膜3の絶縁性を向上させることができる理由の一つとして以下のことが考えられる。KNN膜3中には、K,Na,Nbの元素の揮発、欠損等に伴い、酸素欠損(酸素空孔)が存在する。この酸素欠損は、圧電デバイス30(圧電素子20)の製造中または駆動中にKNN膜3中を移動する。酸素欠損が移動することで電極膜(下部電極膜2または上部電極膜4)に到達すると、酸素欠損は電極膜を構成する金属と反応し、その結果、KNN膜3の絶縁破壊を引き起こす。KNN膜3中にCuまたはMnを上述の範囲内の濃度で含有させることで、酸素欠損の移動を抑制することができる。その結果、KNN膜3の絶縁性が向上すると考えられる。また、酸素欠損の移動を抑制することで、KNN膜3の寿命もさらに長くなる。
【0024】
また、KNN膜3の絶縁性を向上させることで、圧電積層体10を加工することにより作製されるセンサ、アクチュエータ等の圧電デバイス30の性能を高めることが可能となる。
【0025】
(b)KNN膜3の絶縁耐圧(絶縁耐力)を高めることが可能となる。これにより、KNN膜3に対して従来よりも高い電界を印加することでKNN膜3の圧電定数d31を測定することが可能となる。例えば、KNN膜3の厚さ方向に100kV/cmの電界を印加することでKNN膜3の圧電定数d31を測定することが可能となる。本実施形態にかかるKNN膜3は、KNN膜3に対してその厚さ方向に100kV/cmの電界を印加することにより測定した圧電定数の絶対値|d31|が90pm/V以上である。これに対し、CuまたはMn非含有の従来のKNN膜、あるいはCuまたはMnの濃度が低い従来のKNN膜では、絶縁耐圧が不充分であることから、上述のような高い電界を印加すると絶縁破壊を引き起こす場合がある。このため、従来のKNN膜では、圧電定数d31を測定する際、KNN膜に対して30kV/cmの電界しか印加することができなかった。本実施形態にかかるKNN膜3は、従来の3倍以上の電界を印加することで圧電定数d31の測定を行うことが可能となり、従来よりも厳しい条件下で圧電定数d31の測定を行うことが可能となる。このため、圧電デバイス30の信頼性を向上させる(信頼度を高める)ことができる。
【0026】
また、KNN膜3の絶縁耐圧を高めることで、上述の圧電デバイス30の駆動電圧を高
めることが可能となる。その結果、圧電デバイス30をより広範囲な用途に適用することが可能となる。
【0027】
(c)KNN膜3の比誘電率をアクチュエータ、センサ等の用途に好適な大きさとすることが可能となる。KNN膜3中のCuまたはMnの濃度を上述の範囲内の濃度とし、かつ、KNN膜3の製膜温度等のパラメータを調整することで、例えば、周波数1kHz、±1Vの条件下で測定したKNN膜3の比誘電率を1,500以下、好ましくは1,000以上1,200以下とすることが可能となる。例えば、KNN膜3中のCuまたはMnの濃度が上述の範囲内であれば、製膜温度を低くすることで比誘電率を低くすることができる。なお、KNN膜3中のCuまたはMnの濃度が上述の範囲内の濃度であれば、上述のパラメータを調整することで、KNN膜3の比誘電率を適正な大きさにできることは、本願発明者の鋭意検討の結果初めて見出された事項である。
【0028】
(d)このように、KNN膜3中にCuまたはMnを上述の濃度範囲で添加することで、KNN膜3の膜特性を向上させることが可能となる。ここでのKNN膜3の膜特性を向上させるとは、KNN膜3の絶縁性を高める、絶縁耐圧を高める、KNN膜3の比誘電率を適正な大きさにするという効果のうち少なくともいずれかの効果が得られることを意味する。
【0029】
上述の効果をバランスよく同時に得るには、KNN膜3中におけるCuまたはMnの濃度を0.6at%超2.0at%以下とする必要がある。
【0030】
KNN膜3中のCuおよびMnの合計濃度が0.6at%以下であると、上述した酸素欠損移動抑制効果を含む絶縁性に関する効果が得られなくなる場合がある。また、KNN膜3中のCuおよびMnの合計濃度が0.6at%以下であると、上述したKNN膜3の絶縁耐圧向上効果が得られなくなる場合がある。また、KNN膜3中のCuおよびMnの合計濃度が2.0at%を超えると、KNN膜3中のCuまたはMnの濃度以外の製膜温度等のパラメータを制御しても、KNN膜3の比誘電率を適正な大きさとすることが困難となる。KNN膜3の比誘電率が過大となると、センサに適用された際に感度の低下を招いたり、アクチュエータに適用された際に消費電力の増加を招いたりする場合がある。これは、CuまたはMnの添加量の増加に伴い、KNN膜3を構成する結晶を基板1の表面に対して(001)面方位に優先配向させることが困難となることが理由の一つとして考えられる。
【0031】
<他の実施形態>
以上、本発明の実施形態を具体的に説明した。但し、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能である。
【0032】
例えば、KNN膜3は、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素に加えて、あるいはこの金属元素に変えて、Cu、Mnと同等の効果を奏する他の金属元素を、上述の実施形態と同様の効果を得ることができる濃度の範囲内で含んでいてもよい。
【0033】
例えば、上述の圧電デバイス30を、表面弾性波(SAW:Surface Acoustic Wave)
フィルタ等のフィルタデバイスとして機能させてもよい。
【0034】
また、上述の圧電積層体10を圧電素子20に成形する際、圧電積層体10(圧電素子20)を用いて作製した圧電デバイス30をセンサ、アクチュエータ等の所望の用途に適用することができる限り、圧電積層体10から基板1を除去してもよい。
【実施例
【0035】
以下、上述の実施形態の効果を裏付ける実験結果について説明する。
【0036】
基板として、表面が(100)面方位であり、厚さが610μmであり、直径が6インチであり、表面に熱酸化膜(厚さ200nm)が形成されたSi基板を用意した。そして、この基板の熱酸化膜上に、密着層としてのTi層(厚さ2nm)、下部電極膜としてのPt膜(Si基板の表面に対して(111)面方位に優先配向、厚さ200nm)、圧電膜としてのKNN膜(Si基板の表面に対して(001)面方位に優先配向、厚さ2μm)を順に製膜することで、圧電積層体を作製した。KNN膜中におけるCu濃度(CuO濃度)は、0.6~2.1at%とした。なお、後述する評価において、Mnが添加されたKNN膜を製膜する際のスパッタリングターゲット材としては、Cuの代わりにMnを0.6at%以下2.1at%以下の濃度で含む上述の(K1-xNa)NbO焼結体を用いた。焼結体を作製する際は、上述の作成手順において、CuO粉末の代わりにMgO粉末を用いるようにした。
【0037】
Ti層は、RFマグネトロンスパッタリング法を用いて製膜した。Ti層を製膜する際の処理条件は、下記の通りとした。
製膜温度:300℃
放電パワー:1,200W
導入ガス:Arガス
Arガス雰囲気の圧力:0.3Pa
製膜時間:1分
【0038】
Pt膜は、RFマグネトロンスパッタリング法を用いて製膜した。Pt膜を製膜する際の処理条件は、下記の通りとした。
製膜温度:300℃
放電パワー:1,200W
導入ガス:Arガス
Arガス雰囲気の圧力:0.3Pa
製膜時間:5分
【0039】
KNN膜は、RFマグネトロンスパッタリング法を用いて製膜した。KNN膜を製膜する際の処理条件は、下記の通りとした。
製膜温度(スパッタリング装置が有するヒータの温度):550℃、600℃
放電パワー:2,200W
導入ガス:Ar+O混合ガス
Ar+O混合ガス雰囲気の圧力:0.3Pa
ガスに対するArガスの分圧(Ar/O分圧比):25/1
製膜速度:1μm/hr
【0040】
Cuが添加されたKNN膜を製膜する際のスパッタリングターゲット材としては、(K+Na)/Nb=0.8~1.2、Na/(K+Na)=0.4~0.7の組成を有し、Cuを0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む(K1-xNa)NbO焼結体を用いた。なお、ターゲット材は、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末、CuO粉末をボールミルを用いて24時間混合させ、850℃で10時間仮焼成し、その後、再びボールミルで粉砕し、200MPaの圧力で成型した後、1,080℃で焼成することで作製した。ターゲット材の組成は、KCO粉末、NaCO粉末、Nb粉末、CuO粉末の混合比率を調整することで制御し、製膜処理を行う前にEDX(エネルギー分散型X線分光分析)によって測定した。
【0041】
(絶縁性に関する評価)
絶縁性の評価は、KNN膜上に上部電極膜として直径0.5mmの円形のPt膜を製膜し、下部電極膜と上部電極膜との間に電界を印加できるようにし、これらの電極膜間に電界を印加した際、250μA/cmのリーク電流が流れるまでの電圧値を測定することで行った。下記の表1に、圧電膜の絶縁性に関する評価結果を示す。
【0042】
【表1】
【0043】
表1に示すように、膜中のCu濃度を0.6at%としたKNN膜では、膜厚方向に200kV/cmの電界を印加することで250μA/cmのリーク電流が流れることが確認できた。
【0044】
これに対し、膜中のCu濃度を0.6at%超(例えば0.65at%)としたKNN膜では、膜厚方向に250kV/cmの電界を印加しても250μA/cmのリーク電流は観測されず、リーク電流の大きさは最大でも200μA/cmであることを確認できた。また、膜中のCu濃度を1.0at%以上としたKNN膜では、膜厚方向に300kV/cmの電界を印加しても250μA/cmのリーク電流は観測されないことを確認できた。
【0045】
すなわち、KNN膜中のCu濃度が高くなるほど、KNN膜の絶縁性が高くなることを確認できた。なお、絶縁性に関する上述の効果は、KNN膜中にCuの代わりにMnを添加した場合においても、KNN膜中にCuを添加した場合と同様に得られることを確認済みである。この場合におけるMn濃度の好ましい範囲は、上述したCuの濃度範囲と同様である。
【0046】
(比誘電率に関する評価)
比誘電率は、KNN膜に対して1kHz、±1Vの交流電界を印加することで測定した。下記の表2に、圧電膜の比誘電率に関する評価結果を示す。
【0047】
【表2】
【0048】
表2に示すように、膜中のCu濃度を2.0at%以下としたKNN膜では、例えば製膜温度を制御することで、比誘電率を1,500以下にできることを確認できた。また、膜中のCu濃度を0.6at%超1.0at%以下としたKNN膜では、製膜温度を制御することで、比誘電率を1,000以上1,200以下にできることを確認できた。
【0049】
これに対し、膜中のCu濃度を2.0at%超(例えば2.1%)としたKNN膜では、製膜温度を制御した場合であっても、比誘電率が1,500を超えることが確認できた。また、膜中のCu濃度を0.6at%超2.0%以下としたKNN膜では、製膜温度を制御しなければ、比誘電率が1,500を超えることが確認できた。
【0050】
すなわち、KNN膜中のCu濃度を0.6at%超2.0at%以下とした場合、製膜温度を制御することで、KNN膜3の比誘電率をアクチュエータ、センサ等の用途に好適な大きさとすることが可能となることを確認できた。なお、比誘電率に関する上述の効果は、KNN膜中にCuの代わりにMnを添加した場合においても、KNN膜中にCuを添加した場合と同様に得られることを確認済みである。この場合におけるMn濃度の好ましい範囲は、上述したCuの濃度範囲と同様である。
【0051】
<本発明の好ましい態様>
以下、本発明の好ましい態様について付記する。
【0052】
(付記1)
本発明の一態様によれば、
基板と、前記基板上に製膜された圧電膜と、を備え、
前記圧電膜は、
組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、
CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む圧電積層体が提供される。
【0053】
(付記2)
付記1の積層体であって、好ましくは、
前記圧電膜は、厚さ方向に250kV/cmの電界を印加した際、250μA/cm以下、好ましくは200μA/cm以下のリーク電流密度を有する。
【0054】
(付記3)
付記1または2の積層体であって、好ましくは、
前記圧電膜は、前記圧電膜に対してその厚さ方向に100kV/cmの電界を印加することで測定した圧電定数の絶対値|d31|が90pm/V以上である。
【0055】
(付記4)
付記1~3のいずれかの積層体であって、好ましくは、
前記圧電膜は、周波数1kHzの条件下で測定した際、1,500以下(好ましくは1,000以上1,200以下)の比誘電率を有する。
【0056】
(付記5)
付記1~4のいずれかの積層体であって、好ましくは、
前記基板と前記圧電膜との間、または、前記圧電膜上の少なくともいずれかに電極膜が製膜されている。
【0057】
(付記6)
本発明の他の態様によれば、
基板上に、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む圧電膜を製膜する工程を有する圧
電積層体の製造方法が提供される。
【0058】
(付記7)
付記6の方法であって、好ましくは、
前記圧電膜を製膜する工程では、
製膜温度を調整(制御)することで、前記圧電膜として、周波数1kHzの条件下で測定した際、1,500以下(好ましくは1,000以上1,200以下)の比誘電率を有する膜を製膜する。
【0059】
(付記8)
付記6または7の方法であって、好ましくは、
前記基板と前記圧電膜との間に電極膜を製膜する工程、または、前記圧電膜上に電極膜を製膜する工程の少なくともいずれかをさらに有する。
【0060】
(付記9)
本発明のさらに他の態様によれば、
基板と、前記基板上に製膜された第1電極膜と、前記第1電極膜上に製膜され、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む圧電膜と、前記圧電膜上に製膜された第2電極膜と、を備える圧電積層体と、
前記第1電極膜と前記第2電極膜との間に接続される電圧検出部および電圧印加部のうち少なくともいずれかと、を備える圧電素子または圧電デバイスが提供される。
【0061】
(付記10)
本発明のさらに他の態様によれば、
基板と、前記基板上に製膜され、組成式(K1-xNa)NbO(0<x<1)で表されるペロブスカイト構造のアルカリニオブ酸化物からなり、CuおよびMnからなる群より選択される金属元素を、0.6at%超2.0at%以下の濃度で含む圧電膜と、前記圧電膜上に製膜された電極膜(パターン電極)と、を備える圧電積層体と、
前記電極(パターン電極)間に接続される電圧検出部および電圧印加部のうち少なくともいずれかと、を備える圧電素子または圧電デバイスが提供される。
【符号の説明】
【0062】
1 基板
2 下部電極膜
3 圧電膜
10 圧電積層体
図1
図2
図3