(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-18
(45)【発行日】2022-05-26
(54)【発明の名称】神経組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0793 20100101AFI20220519BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20220519BHJP
C12N 5/0797 20100101ALN20220519BHJP
C12Q 1/02 20060101ALN20220519BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/10
C12N5/0797
C12Q1/02
(21)【出願番号】P 2020090967
(22)【出願日】2020-05-25
(62)【分割の表示】P 2016555414の分割
【原出願日】2015-10-23
【審査請求日】2020-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2014217867
(32)【優先日】2014-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(72)【発明者】
【氏名】桑原 篤
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
(72)【発明者】
【氏名】平峯 靖
(72)【発明者】
【氏名】笹井 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-245007(JP,A)
【文献】国際公開第2013/077425(WO,A1)
【文献】特開2013-099345(JP,A)
【文献】国際公開第2013/065763(WO,A1)
【文献】特表2012-507285(JP,A)
【文献】特開2012-070731(JP,A)
【文献】CNS & Neurological Disorders - Drug Targets,2011年,Vol. 10, No. 4,pp. 419-432
【文献】WIREs Dev Biol.,2013年,Vol. 2,pp. 479-498
【文献】Nature Neuroscience,2010年,Vol. 13, No. 10,pp. 1171-1180
【文献】ブレインサイエンス・レビュー,2014年02月,pp. 99-112
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
C12Q 1/02
A61K 35/30
A61L 27/00
A61P 25/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)~(3)を含む、大脳細胞又は大脳組織の製造方法;
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で
、該多能性幹細胞の多能性様性質が維持される期間、培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下に浮遊培養し、大脳細胞又は大脳組織を含む凝集体を得る第三工程。
【請求項2】
第二工程において、第一工程で得られた細胞を分散し、当該分散した細胞を浮遊培養する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
未分化維持因子が、FGFシグナル伝達経路作用物質である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
第二工程において、細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地中で浮遊培養することを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、又はBMPシグナル伝達経路阻害物質である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がShh、SAG又はPurmorphamineである、請求項1~
7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
Wntシグナル伝達経路阻害物質が、IWR-1-endoである、請求項1~
8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
第一工程の培養時間が0.5時間~144時間である、請求項1~
9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
第一工程が接着培養法で行われる、請求項1~
10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
第三工程において、第二工程開始後3日目から6日目の間にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質が培地に添加される、請求項1~
11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
多能性幹細胞が霊長類多能性幹細胞である、請求項1~
12のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項14】
多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、請求項1~
13のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項15】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項1~
14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
第二工程において、均一な凝集体を形成する、請求項1~
15のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項17】
該多能性幹細胞の多能性様性質が、該多能性幹細胞においてOct3/4を発現している状態である、請求項1~
16のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項18】
第二工程及び/又は第三工程において、未分化維持因子を含まない培地で浮遊培養する、請求項1~
17のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項19】
第一工程で得られる細胞が、Oct3/4陽性細胞を60%以上含む、請求項1~
18のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項20】
第二工程の培養期間が12時間~6日間である、請求項1~
19のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項21】
以下の工程を含む大脳組織の製造方法:
請求項1~20のいずれか1項に記載の製造方法により大脳組織を含む凝集体を製造する工程、及び該凝集体から大脳組織を細切する工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から、網膜組織等の神経組織を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞から網膜組織等の神経組織 (neural tissue)を製造する方法として、均一な多能性幹細胞の凝集体を無血清培地中で形成させ、これを浮遊培養した後、分化誘導用の培養液中、適宜分化誘導因子等の存在下で浮遊培養し、多能性幹細胞から目的とする神経系細胞(neural cells)へ分化誘導をすることにより、神経組織を製造する方法が報告されている(特許文献1及び非特許文献1)。例えば、多能性幹細胞から多層の網膜組織を得る方法(非特許文献2及び特許文献2)、均一な多能性幹細胞の凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で形成させ、これを基底膜標品の存在下において浮遊培養した後、血清培地中で浮遊培養することにより、多層の網膜組織を得る方法(非特許文献3及び特許文献3)が知られている。また、多能性幹細胞から視床下部組織への分化誘導方法(特許文献4及び非特許文献4)、及び多能性幹細胞から神経前駆細胞への分化誘導方法(非特許文献5及び6)についても報告されている。
これら製造法の出発材料である多能性幹細胞は、特に霊長類多能性幹細胞の場合、フィーダー細胞存在下・未分化維持因子添加条件で未分化維持培養されていた。近年、未分化維持培養の改良が進み、霊長類多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)・未分化維持因子添加条件にて培養する手法が報告されている(非特許文献7、8及び9)。当該手法でフィーダーフリー培養された多能性幹細胞を出発材料として、神経系細胞又は神経組織を安定的に製造する方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2009/148170号
【文献】国際公開第2011/055855号
【文献】国際公開第2013/077425号
【文献】国際公開第2013/065763号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Cell Stem Cell, 3, 519-32 (2008)
【文献】Nature, 472, 51-56 (2011)
【文献】Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012)
【文献】Nature, 480, 57-62 (2011)
【文献】Nature Biotechnology, 27(3), 275-80 (2009)
【文献】Proc Natl Acad Sci USA, 110(50), 20284-9 (2013)
【文献】Nature Methods, 8, 424-429 (2011)
【文献】Scientific Reports, 4, 3594 (2014)
【文献】In Vitro Cell Dev Biol Anim., 46, 247-58 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、フィーダー細胞非存在下で調製又は未分化維持培養された多能性幹細胞から網膜組織等の神経組織や神経系細胞を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリーの条件下)で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含有する培地中で培養してから、浮遊培養に付すことにより、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で形成できることを見出した。そしてこの高品質の細胞凝集体を用いれば、網膜組織等の神経組織や神経系細胞を高い効率で誘導できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0007】
[1]下記工程(1)~(3)を含む、神経系細胞又は神経組織の製造方法;
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、分化誘導因子の存在下もしくは非存在下に浮遊培養し、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を得る第三工程。
[2]第二工程において、第一工程で得られた細胞を分散し、当該分散した細胞を浮遊培養する、[1]に記載の製造方法。
[3]未分化維持因子が、FGFシグナル伝達経路作用物質である、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、[3]に記載の製造方法。
[5]第二工程において、細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地中で浮遊培養することを特徴とする、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]第三工程において、凝集体を分化誘導因子の存在下に浮遊培養することを特徴とする、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、又はBMPシグナル伝達経路阻害物質である、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である、[1]~[7]のいずれかに記載の製造方法。
[9]ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がShh、SAG又はPurmorphamineである、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]第三工程における分化誘導因子が、BMPシグナル伝達経路作用物質である、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7からなる群から選ばれる1以上の蛋白質である、[10]に記載の製造方法。
[12]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP4である、[10]に記載の製造方法。
[13]第三工程において得られる凝集体が、網膜組織を含む凝集体である、[1]~[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14]第三工程において得られる凝集体が、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、神経節細胞、網膜色素上皮細胞、及び毛様体周縁部細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む凝集体である、[1]~[13]のいずれかに記載の製造方法。
[15]第三工程における分化誘導因子がBMPシグナル伝達経路作用物質であり、且つ第二工程における培地がソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む、[13]又は[14]に記載の製造方法。
[16]多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞であり、第二工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質濃度がSAG10nM~700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度であり、網膜組織がヒト網膜組織である、[15]に記載の製造方法。
[17]第三工程において、第二工程の開始後1日目から9日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加される、[15]又は[16]に記載の製造方法。
[18]第三工程において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度がSAG700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度以下である培地で凝集体を培養する、[13]又は[14]に記載の製造方法。
[19]第三工程における分化誘導因子が、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質である、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[20]TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である、[19]に記載の製造方法。
[21]Wntシグナル伝達経路阻害物質が、IWR-1-endoである、[19]又は[20]に記載の製造方法。
[22]第三工程において得られる凝集体が、大脳組織を含む凝集体である、[1]~[9]又は[19]~[21]のいずれかに記載の製造方法。
[23]第一工程の培養時間が0.5時間~144時間である、[1]~[22]のいずれかに記載の製造方法。
[24]第一工程が接着培養法で行われる、[1]~[23]のいずれかに記載の製造方法。
[25]第三工程において、第二工程開始後3日目から6日目の間に分化誘導剤が培地に添加される、[1]~[24]のいずれかに記載の製造方法。
[26]多能性幹細胞が霊長類多能性幹細胞である、[1]~[15]及び[17]~[25]のいずれかに記載の製造方法。
[27]多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、[1]~[26]のいずれかに記載の製造方法。
[28]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[27]のいずれかに記載の製造方法。
[29]第二工程において、均一な凝集体を形成する、[1]~[28]のいずれかに記載の製造方法。
[30]浮遊培養が、基底膜標品非存在下で行われる、[1]~[29]のいずれかに記載の製造方法。
[31][1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞又は神経組織を含有してなる、被験物質の毒性・薬効評価用試薬。
[32][1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞または神経組織に被験物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法。
[33][1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞又は神経組織を含有してなる、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[34]神経系細胞又は神経組織が、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、網膜組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞、又は大脳組織である、[33]に記載の治療薬。
[35][1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞又は神経組織の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療方法。
[36]神経系細胞又は神経組織の障害に基づく疾患の治療における使用のための、[1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞又は神経組織。
[37][1]~[30]のいずれかに記載の方法により製造される神経系細胞又は神経組織を有効成分として含有する、医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィーダー細胞非存在下に培養された多能性幹細胞から、高品質の細胞凝集体、並びに網膜組織等の神経組織や神経系細胞を高効率に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】実施例1の培養条件、及び培養後のヒトiPS細胞の形態を示す。
【
図2】実施例2の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像及びOct3/4に関する免疫組織染色像を示す。
【
図3】凝集体の明視野像(A及びB)、及び凝集体の形態の程度を定量化したグラフ(C)を示す。
【
図5】凝集体の明視野像(A及びB)、及び神経組織マーカー(Nestin, TuJ1, PSA-NCAM)に関する凝集体の免疫組織染色像(C-E)を示す。
【
図6】実施例7の培養条件、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-D)を示す。
【
図7】実施例8の培養条件、培養後の凝集体の明視野像(A-H)、及び凝集体の形態の程度を定量化したグラフ(I)を示す。
【
図8】神経組織マーカー(Nestin, TuJ1, PSA-NCAM)に関する凝集体の免疫組織染色像を示す。
【
図9】実施例9の培養条件、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-H)を示す。
【
図10】種々の条件で形成した凝集体の明視野像を示す。
【
図11】実施例11の培養条件、及び神経組織マーカー(Nestin, TuJ1, PSA-NCAM)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-F)を示す。
【
図12】実施例12の培養条件、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-D)を示す。
【
図13】実施例13の培養条件、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(A-D)を示す。
【
図14】実施例14の培養条件、凝集体の明視野像、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像を示す。
【
図15】実施例15の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-D)を示す。
【
図16】実施例16の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A,B)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(C)を示す。
【
図17】実施例17の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-F)を示す。
【
図18】実施例18の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-E)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(F-I)を示す。
【
図19】実施例19の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-D)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(E-H)を示す。
【
図20】実施例20の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-J)を示す。
【
図21】実施例21の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-L)を示す。
【
図22】実施例22の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-C)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(D-F)を示す。
【
図23】実施例23の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A,B)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(C,D)を示す。
【
図24】実施例24の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-D)を示す。
【
図25】実施例25の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-D)を示す。
【
図26】実施例26の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-E)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(F-I)を示す。
【
図27】実施例27の培養条件、ヒトES細胞の培養像(A)、培養後の細胞の明視野像(B-D)及び、Rx::GFPの蛍光像(E,F)を示す。
【
図28】網膜組織マーカー(Rx、Chx10、Crx、Blimp1、Brn3b)及びKi67に関する凝集体の免疫組織染色像(A-F)を示す。
【
図29】網膜組織マーカー(Calretinin、S-opsin、Rx、Pax6、Recoverin、Rhodopsin、NRL、Calbindin)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-H)を示す。
【
図30】培養後の細胞の明視野像(A、B)、及び網膜組織マーカー(SSEA1、Mitf、Aqp1)に関する凝集体の免疫組織染色像(C-E)を示す。
【
図31】実施例31の培養条件、及び培養後の細胞の明視野像(A-C)を示す。
【
図32】大脳組織マーカー(Sox2、FoxG1、Pax6、Tbr1、Ctip2)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-F)を示す。
【
図33】種々の条件で培養した細胞の明視野像(A-J)を示す。
【
図34】実施例33の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A,B)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(C,D)を示す。
【
図35】実施例34の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-D)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(E-H)を示す。
【
図36】実施例35の培養条件、培養後の細胞の明視野像(A-E)、及びChx10に関する凝集体の免疫組織染色像(F-I)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.定義
本発明において、「幹細胞」とは、分化能及び分化能を維持した増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0011】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating stress enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。ヒト胚性幹細胞であるRx::GFP株(KhES-1由来)は国立研究開発法人理化学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。
【0012】
ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞株を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0013】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る(Cell, 70: 841-847, 1992)。
【0014】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組合せのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc (Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell, 2006, 126(4), pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell, 2007, 131(5), pp.861-872;Science, 2007, 318(5858), pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1), pp.101-106)。
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013, 341, pp. 651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞又は、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞は、京都大学より入手可能である。
【0015】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現により初期化する場合、遺伝子の発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞を製造する際には、フィーダー細胞存在下またはフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地や、フィーダーフリー下で人工多能性幹細胞を樹立するための用培地を用いることができる。フィーダーフリー下で人工多能性幹細胞を樹立するためのフィーダーフリー樹立用培地としては、例えばEssential 8培地や、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダー細胞非存在下で体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0018】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0019】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0020】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0021】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0022】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的蛋白質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することにより取得する事ができる。
【0023】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0024】
本発明における「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。本発明における「霊長類」とは、霊長目に属するほ乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザルやロリス、ツバイなどの原猿亜目と、サル、類人猿、ヒトなどの真猿亜目が挙げられる。
【0025】
本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類(例、マウス、ラット)又は霊長類(例、ヒト、サル)の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト多能性幹細胞、更に好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0026】
本発明における「浮遊培養」あるいは「浮遊培養法」とは、細胞または細胞の凝集体が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法を言う。すなわち浮遊培養は、細胞または細胞の凝集体を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養、あるいは、接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞または細胞の凝集体と培養器材の間に、強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
【0027】
浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞と細胞が面接着する。浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞の凝集体では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。
【0028】
細胞と細胞が面接着(plane attachment)するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0029】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ、三角フラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0030】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた培養器を選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、接着培養を可能とするために、細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には表面加工された培養器、又は、内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。表面加工された培養器としては、正電荷処理等の表面加工された培養容器が挙げられる。
【0031】
本発明において細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0032】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0033】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(Life Technologies社製;現ThermoFisher:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)が挙げられる。
【0034】
浮遊培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0035】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、Chemically-defined Lipid concentrated、及び450μM 1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0036】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。例えば、マトリゲル等の基底膜標品を使用して多能性幹細胞を網膜組織等に分化誘導する場合には、血清培地を用いることができる(Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012))。また、本発明により製造された神経組織(例、網膜組織、大脳組織)を維持する工程(成熟培養とも言う)において、血清培地を使用することができる。
【0037】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0038】
本発明において、「物質Xを含む培地」「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞または組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。
【0039】
例えば、「TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含む培地」とは、外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質が添加された培地または外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を含む培地である。
【0040】
本発明において、フィーダー細胞とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF等)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理又はガンマ線照射もしくはUV照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0041】
本発明において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、フィーダー細胞を添加していない条件、または、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件が挙げられる。
【0042】
本発明において、細胞の「凝集体」(Aggregate)とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)も細胞の凝集体に包含される。好ましくは、細胞の凝集体において、細胞同士が面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)及び/又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合がある。本発明における「凝集体」として具体的には、上記本発明[1]の第二工程で生成する、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成する凝集体や、上記本発明[1]の第三工程で生成する、多能性幹細胞から分化誘導された神経系細胞を含む凝集体が挙げられるが、「凝集体」には、上記本発明[1]の第二工程開始時(すなわち浮遊培養開始時)に既に形成されていた凝集体も含まれる。第二工程で生成する細胞の凝集体は、「胚様体」(Embryoid body;EB)を包含する。
【0043】
本発明において、「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集塊の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0044】
本発明において、「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させ浮遊培養する際に、「一定数の分散した細胞を迅速に凝集」させることで大きさが均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
【0045】
分散とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。
【0046】
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0047】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0048】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0049】
多能性幹細胞を分散する際に、細胞保護剤で処理することにより、多能性幹細胞の細胞死を抑制してもよい。細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、分散の際に、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害物質又はMyosinの阻害物質を添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害物質としてはBlebbistatinを挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
【0050】
例えば、多能性幹細胞を分散させる方法として、多能性幹細胞のコロニーを、細胞保護剤としてROCK阻害物質の存在下、細胞分散液(TrypLE Select)で処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0051】
本発明の製造方法においては、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させることが好ましい。このように多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0 cm2程度のプレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88 cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0 cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35 cm2程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは、96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、平底構造でも、外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造でもよい。底面の形状として、例えば、U底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底またはV底、更に好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば、60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは前記細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0052】
多能性幹細胞、又は多能性幹細胞を含む細胞集団の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性などに基づき判断することが可能である。また、凝集体において上皮様構造が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体の巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0053】
本発明における「組織」とは、形態や性質が均一な一種類の細胞、又は、形態や性質が異なる複数種類の細胞が、一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
【0054】
本発明において、「神経組織」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、末梢神経、前脳、後脳、終脳、間脳等の、神経系細胞によって構成される組織を意味する。神経組織は、層構造をもつ上皮構造(神経上皮)を形成することがあり、細胞凝集体中の神経上皮は光学顕微鏡を用いた明視野観察により存在量を評価することができる。
【0055】
本発明において、「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、下述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。神経系細胞は、Nestin、TuJ1、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして同定することができる。
【0056】
神経細胞(Neuron・Neuronal cell)は、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
【0057】
グリア(glia)としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはO4、ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
【0058】
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を持つ細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられるが、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイやクローナルアッセイ等により評価することができる。
【0059】
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。あるいは、幼若神経細胞マーカー(TuJ1、Dcx、HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。
【0060】
グリア前駆細胞とは、増殖能をもち、グリア細胞を産生し、神経細胞を産生しない細胞である。
【0061】
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体であり、増殖能とニューロン及びグリア産生能をもつ。神経系前駆細胞はNestin, GLAST, Sox2, Sox1, Musashi, Pax6等をマーカーとして同定することができる。あるいは、神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
【0062】
本発明における「網膜組織」とは、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、視細胞前駆細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、介在神経細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、網膜色素上皮細胞(RPE)、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞、または網膜前駆細胞などの細胞が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0063】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0064】
本発明における「網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0065】
本発明における「神経網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、等のいずれか1つあるいは複数の成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。一般的には、神経網膜前駆細胞は、網膜色素上皮細胞へは分化しない。
【0066】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜神経節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0067】
本発明における「網膜層特異的神経細胞」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、網膜神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞、網膜色素上皮細胞、桿体細胞及び錐体細胞を挙げることができる。
【0068】
網膜細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)、PAX6及びChx10、視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrx、Blimp1などが挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、成熟視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、桿体細胞で発現するNrl及びRhodopsin、錐体細胞で発現するRxr-gamma及びS-Opsin、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、毛様体周縁部で発現するRdh10及びSSEA1などが挙げられる。
【0069】
本発明における「大脳組織」とは、胎児期又は成体の大脳を構成する細胞(例、大脳神経系前駆細胞(cortical neural precursor cell)、背側大脳神経系前駆細胞、腹側大脳神経系前駆細胞、大脳層構造特異的神経細胞(ニューロン)、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、グリア細胞(アストロサイトおよびオリゴデンドロサイト)、これらの前駆細胞など)が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。胎児期の大脳は、前脳又は終脳とも呼ばれる。それぞれの細胞の存在は、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0070】
本発明における「大脳層」とは、成体大脳又は胎児期大脳を構成する各層を意味し、具体的には、分子層、外顆粒層、外錐体細胞層、内顆粒層、神経細胞層(内錐体細胞層)、多型細胞層、第一層、第二層、第三層、第四層、第五層、第六層、皮質帯、中間帯、脳室下帯、および、脳室帯(ventricular zone)を挙げることができる。
【0071】
本発明における「大脳神経系前駆細胞」としては、ニューロン前駆細胞、第一層ニューロン前駆細胞、第二層ニューロン前駆細胞、第三層ニューロン前駆細胞、第四層ニューロン前駆細胞、第五層ニューロン前駆細胞、第六層ニューロン前駆細胞、アストロサイト前駆細胞、オリゴデンドロサイト前駆細胞等を挙げることができる。それぞれの細胞は、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、アストロサイト、及び、オリゴデンドロサイトへの分化が決定付けられている前駆細胞である。
本発明における「大脳神経系前駆細胞」は、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、アストロサイト、及び、オリゴデンドロサイトのうちの少なくとも複数の分化系譜への分化能(多分化能)をもつ複能性幹細胞(複能性神経幹細胞、multi-potent neural stem cell)を含む。
【0072】
本発明における「大脳層特異的神経細胞」とは、大脳層を構成する細胞であって大脳層に特異的な神経細胞を意味する。大脳層特異的神経細胞としては、第一層ニューロン、第二層ニューロン、第三層ニューロン、第四層ニューロン、第五層ニューロン、第六層ニューロン、大脳興奮性ニューロン、大脳抑制性ニューロン等を挙げることができる。
【0073】
大脳細胞マーカーとしては、大脳細胞で発現するFoxG1(別名Bf1)、大脳神経系前駆細胞で発現するSox2及びNestin、背側大脳神経系前駆細胞で発現するPax6及びEmx2、腹側大脳神経系前駆細胞で発現するDlx1、Dlx2及びNkx2.1、ニューロン前駆細胞で発現するTbr2、Nex、Svet1、第六層ニューロンで発現するTbr1、第五層ニューロンで発現するCtip2、第四層ニューロンで発現するRORβ、第三層ニューロン又は第二層ニューロンで発現するCux1又はBrn2、第一層ニューロンで発現するReelenなどが挙げられる。
【0074】
2.神経系細胞又は神経組織の製造方法
本発明の製造方法1は、下記工程(1)~(3)を含む、神経系細胞又は神経組織の製造方法である:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、分化誘導因子の存在下もしくは非存在下に浮遊培養し、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を得る第三工程。
【0075】
工程(1)においては、多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する。
【0076】
工程(1)における好ましい多能性幹細胞として、人工多能性幹細胞又は胚性幹細胞(ES細胞)、より好ましくはヒト人工多能性幹細胞又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)が挙げられる。
【0077】
ここで人工多能性幹細胞の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、人工多能性幹細胞の作製工程(すなわち、体細胞を初期化し多能性幹細胞を樹立する工程)もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0078】
ここで胚性幹細胞(ES細胞)の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、胚性幹細胞(ES細胞)の作製工程もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0079】
工程(1)で用いられる多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、上述のとおり当業者に周知の方法で実施することができる。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、接着培養でも浮遊培養でも実施することができるが、好ましくは接着培養で実施される。多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、フィーダー存在下で実施してもよいしフィーダーフリーで実施してもよいが、好ましくはフィーダーフリーで実施される。多能性幹細胞の維持培養及び拡大培養におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下の)条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、多能性幹細胞の維持培養及び拡大培養が実施される。
【0080】
工程(1)におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、工程(1)が実施される。工程(1)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されないが、好適には、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。
【0081】
未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)(例えば、ヒトES細胞やヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、工程(1)における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0082】
本発明に用いる未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例、bFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。ここで「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質Xが、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。
【0083】
本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、更に好ましくは100%である。従って、一態様において、本発明は、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(1)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来性(又は外因性)に添加する工程を含む。あるいは、工程(1)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0084】
工程(1)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、具体的には、未分化維持因子として、フィーダー細胞非存在下でbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4ng~500ng/mL程度、好ましくは10ng~200ng/mL程度、より好ましくは30ng~150ng/mL程度である。
【0085】
フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/l), sodium selenium(14 μg/1), insulin(19.4mg /l), NaHCO3(543 mg/l), transferrin (10.7 mg/l), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2 ng/mL) または Nodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えば、Essential 8(Life Technologies社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地としては、StemFit(味の素社製)が挙げられる。上記工程(1)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することが出来る。
【0086】
工程(1)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養の何れの条件で行われてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0087】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には前述した内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。また、正電荷処理等の表面加工された培養容器を使用することもできる。好ましくは、ラミニンが挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E-8が挙げられる。ラミニン511E-8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0088】
工程(1)において用いられる培地は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。第一工程において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理してから、第二工程において浮遊培養に付すことにより、多能性幹細胞の状態が変わり、凝集体の質が向上し、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密な未分化性を維持した細胞凝集体を高効率で製造することができる。
【0089】
TGFβファミリーシグナル伝達経路(すなわちTGFβスーパーファミリーシグナル伝達経路)とは、TGFβ、Nodal/Activin、又はBMPをリガンドとし、細胞内でSmadファミリーにより伝達される、シグナル伝達経路である。
【0090】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とは、TGFβファミリーシグナル伝達経路、すなわちSmadファミリーにより伝達されるシグナル伝達経路を阻害する物質を表し、具体的にはTGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。
【0091】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01等が挙げられる。ここでSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)及びA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物である。TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはSB431542又はA-83-01である。
【0092】
Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質としては、Nodal又はActivinに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、NodalもしくはActivinに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、NodalもしくはActivinをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Nodal/Activin受容体とNodal/Activinの結合を阻害する物質、Nodal/Activin受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、A-83-01等が挙げられる。また、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質(Lefty、Cerberus等)を使用してもよい。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、SB431542、A-83-01又はLeftyである。
【0093】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、BMPに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7が挙げられる。当該物質として例えば、BMPに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとして、ALK2又はALK3を挙げることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、LDN193189、Dorsomorphin等が挙げられる。ここでLDN193189(4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)は、公知のBMPR(ALK2/3)阻害剤(以下、BMPR阻害剤)であり、通常は塩酸塩の形態で市販されている。また、BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られるタンパク質(Chordin、Noggin等)を使用してもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはLDN193189である。
【0094】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、Lefty、SB431542、A-83-01又はLDN193189である。
【0095】
作用点が異なる複数種類のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を組み合わせて用いても良い。組み合わせることにより、凝集体の質を向上する効果が増強されることが期待される。例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とBMPシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、TGFβシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ、BMPシグナル伝達経路阻害物質とNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせが挙げられるが、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質がBMPシグナル伝達経路阻害物質と組み合わせて用いられる。具体的な好ましい組み合わせとしては、SB431542とLDN193189との組み合わせが挙げられる。
【0096】
ソニック・ヘッジホッグシグナル(以下、Shhと記すことがある。)伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、ShhやIhh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、PMA(Purmorphamine; 9-シクロヘキシル-N-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-2-(1-ナグタレニルオキシ)-9H-プリン-6-アミン)、又はSAG(Smoothened Agonist; N-メチル-N'-(3-ピリジニルベンジル)-N'-(3-クロロベンゾ[b]チオフェン-2-カルボニル)-1,4-ジアミノシクロヘキサン)等が挙げられる。Shhシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質(Genbankアクセッション番号:NM_000193、NP_000184)、SAG又はPMAである。
【0097】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いても良い。組み合わせることにより、凝集体の質を向上する効果が増強されることが期待される。具体的な組み合わせとしては、例えば、Lefty、SB431542、A-83-01及びLDN193189からなる群から選択されるいずれかのTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質と、Shhタンパク質、SAG及びPMAからなる群から選択されるいずれかのShhシグナル伝達経路作用物質との組み合わせが挙げられる。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質とを組み合わせて用いる場合、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質の両方を含む培地中で細胞を培養してもよいし、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、いずれか一方又は両方で引き続き細胞を処理してもよい。
【0098】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。例えば、SB431542は、通常0.1~200μM、好ましくは2~50μMの濃度で使用される。A-83-01は、通常0.05~50μM、好ましくは0.5~5μMの濃度で使用される。LDN193189は、通常1~2000nM、好ましくは10~300 nMの濃度で使用される。Leftyは、通常5~200ng/ml、好ましくは10~50 ng/mlの濃度で使用される。Shhタンパク質は、通常20~1000 ng/ml、好ましくは50~300 ng/mlの濃度で使用される。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10~700nM、より好ましくは30~600nMの濃度で使用される。PMAは、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。一態様において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、前記濃度のSB43154と同等のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害活性を有する量で適宜使用することができる。また、一態様において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を有する量で適宜使用することができる。
【0099】
尚、SB431542やLDN193189等のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害活性は、当業者に周知の方法、例えばSmadのリン酸化をウェスタンブロッティング法で検出することで決定できる(Mol Cancer Ther. (2004) 3, 737-45.)。SAG等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性は、当業者に周知の方法、例えばGli1遺伝子の発現に着目したレポータージーンアッセイにて決定することができる(Oncogene (2007) 26, 5163-5168)。
【0100】
工程(1)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
【0101】
工程(1)において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、含有成分が化学的に決定された培地であってもよい
【0102】
工程(1)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件でおこなわれてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0103】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として前記フィーダーフリー培地を用いるとよい。フィーダーフリー培地として、Essential 8、S-medium、StemPro、hESF9、mTeSR1、mTeSR2、TeSR-E8、又はStemFit等が挙げられ、好ましくはEssential8又はStemFitが用いられる。
【0104】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0105】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))、ラミニン断片 (Nat Commun 3, 1236 (2012))、基底膜標品 (Nat Biotechnol 19, 971-974 (2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0106】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)およびγ鎖(γ1~γ3)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。本発明においては、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))。
【0107】
本発明で用いるラミニンは、通常哺乳動物のラミニンである。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。ゼノフリー条件を達成する観点から、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物のラミニンが用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒトラミニン(好ましくは、ヒトラミニン511)が用いられる。
【0108】
本発明で用いるラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくは、E8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987)。本発明においては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(Nat Commun 3, 1236 (2012)、Scientific Reports 4, 3549 (2014))。本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0109】
本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、好ましくは単離されている。
【0110】
本発明における「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播腫して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。例えば、本発明により製造された神経系細胞・神経組織を分散させ、更に接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリックス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品(例えば、MatrigelTM(コーニング社製:以下、マトリゲルと記すこともある))やGeltrexTM(Life Technologies社製)、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0111】
MatrigelTMは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出された基底膜調製物である。MatrigelTMの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンであり、これらに加えてTGFβ、FGF、組織プラスミノゲン活性化因子及びEHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。MatrigelTMの「growth factor reduced製品」は、通常のMatrigelTMよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度はEGFが<0.5ng/ml、NGFが<0.2ng/ml、PDGFが<5pg/ml、IGF1が5ng/ml、TGFβが1.7ng/mlである。
【0112】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、単離されたラミニン又はラミニン断片が用いられる。
【0113】
好ましくは、工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメント(更に好ましくは、ラミニン511のE8フラグメント)により、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0114】
工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(2)において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、通常0.5~144時間である。工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは1時間以上、2時間以上、6時間以上、12時間以上、18時間以上、又は24時間以上である。工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、好ましくは96時間以内、又は72時間以内である。一態様において、工程(1)における多能性幹細胞の培養時間の範囲は、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。即ち、工程(2)開始の0.5~144時間(好ましくは、18~28時間)前に第一工程を開始し、工程(1)を完了した後引き続き工程(2)が行われる。更なる態様において、工程(1)における多能性幹細胞の培養時間の範囲は、好ましくは18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質のいずれか一方で細胞を処理した後、他方で引き続き細胞を処理する場合、それぞれの処理時間が、上述の培養時間の範囲内となるようにすることができる。
【0115】
工程(1)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0116】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地としてEssential 8、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、又はStemFit培地、更に好ましくはEssential 8又はStemFit培地を用いて実施される。
【0117】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0118】
好ましい態様において、工程(1)により得られる細胞は多能性様性質(pluripotent-like state)が維持された細胞であり、工程(1)を通じて多能性様性質が維持される。多能性様性質とは、多能性を含む、多能性幹細胞に共通する多能性幹細胞に特有の形質の少なくとも一部を維持している状態を意味する。多能性様性質には厳密な多能性は要求されない。具体的には、多能性性質(pluripotent state)の指標となるマーカーの全て又は一部を発現している状態が、「多能性様性質」に含まれる。多能性様性質のマーカーとしては、Oct3/4陽性、アルカリフォスファターゼ陽性などが挙げられる。一態様において、多能性様性質が維持された細胞は、Oct3/4陽性である。Nanogの発現量がES細胞もしくはiPS細胞に比べて低い場合であっても「多能性様性質を示す細胞」に該当する。
【0119】
一態様において、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞である。一態様において、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞である。
【0120】
好ましい態様において、ヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養する。
【0121】
上記の当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542 、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542 、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189、Chordin、Noggin)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質、SAG又はPurmorphamine(PMA)、より好ましくはSAGである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。培養時間は、0.5~144時間(好ましくは、18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間(例えば、18~28時間))である。
【0122】
工程(1)は、例えば、多能性幹細胞を、フィーダー細胞不在下で、未分化維持因子を含む培地中で、維持培養しておき、この培養中へTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、培養を継続することにより実施される。
【0123】
例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞不在下で、bFGFを含む無血清培地中で維持培養する。当該維持培養は、好ましくは接着培養により行われる。当該接着培養は、好ましくは、ビトロネクチン、ラミニン511又はラミニン511のE8フラグメントで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。そして、この培養中へTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を添加し、培養を継続する。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、更に好ましくはLefty、SB431542、A-83-01、又はLDN193189、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)である。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはShhタンパク質、SAG又はPMAである。TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)とを組み合わせて用いてもよい。添加後、0.5~144時間(好ましくは、18~144時間、24~144時間、24~96時間、又は24~72時間(例えば、18~28時間))培養を継続する。
【0124】
工程(1)で得られた細胞を培地中で浮遊培養することにより細胞の凝集体を形成させる工程(2)について説明する。
【0125】
工程(2)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(2)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質がいずれも添加されていない無血清培地を使用することができる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒト多能性幹細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0126】
凝集体の形成に際しては、まず、工程(1)で得られた細胞の分散操作により、分散された細胞を調製する。分散操作により得られた「分散された細胞」とは、例えば7割以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞として、好ましくは、8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態があげられる。一部の態様において、分散された細胞とは、細胞―細胞間結合(例えば、接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
【0127】
工程(1)で得られた細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0128】
細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するための細胞保護剤として、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を添加してもよい。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制し、細胞を保護するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を第二工程培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害剤としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害剤としてはBlebbistatinを挙げることができる。
【0129】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0130】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0131】
分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
【0132】
そして、分散された細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。
【0133】
この際、分散された細胞を、10cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞の凝集塊を同時に形成させてもよいが、こうすると凝集塊ごとの大きさにばらつきが生じる。そこで、例えば、96穴マイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体が形成される。この凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる。
【0134】
工程(2)における細胞の濃度は、細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1 x 103から約1 x 105細胞、好ましくは約3 x 103から約5 x 104細胞、より好ましくは約4 x 103から約2 x 104細胞、更に好ましくは、約4 x 103から約1.6 x 104細胞、より更に好ましくは約8 x 103から約1.2 x 104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0135】
工程(2)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0136】
工程(2)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0137】
ある時点で、特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い、具体的には終濃度の1.5~3倍、例えば終濃度の約2倍の濃度で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0138】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0139】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0140】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0141】
細胞の凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞の凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた幹細胞)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの時間は、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内である。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心分離条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
【0142】
細胞の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0143】
凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。工程(2)における浮遊培養の時間は、通常12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間程度である。
【0144】
一態様において、工程(2)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、第二工程において、第一工程で得られた細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、丸く、表面が滑らかで、形が崩れていない、凝集体の内部が密な、未分化性を維持した細胞の凝集体を高効率で形成できる。
【0145】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを用いることができる。好ましくは、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質はSAG、Purmorphamine(PMA)又はShhタンパク質である。培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10nM~1000nM、より好ましくは10nM~700nM、更に好ましくは50nM~700nM、更に好ましくは100nM~600nM、更に好ましくは100nM~500nMの濃度で使用される。PMAは通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。Shhタンパク質は、通常20~1000 ng/ml、好ましくは50~300 ng/mlの濃度で使用される。SAG、PMA、Shhタンパク質以外のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記SAGの濃度と同等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0146】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、更に好ましくは工程(2)開始時に、培地に添加される。
【0147】
好ましい態様において、工程(2)においては、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)によりヒトiPS細胞から得られた細胞)を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む無血清培地中で浮遊培養に付し、凝集体を形成する。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0148】
例えば、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)によりヒトiPS細胞から得られた細胞)を回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む無血清培地中に分散し、浮遊培養に付す。該無血清培地は、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含んでいても良い。ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の懸濁液を、上述の培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の多能性幹細胞を集合させて凝集体を形成する。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0149】
好ましい一態様においては、工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβシグナル伝達経路阻害物質で処理し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、TGFβシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542又はA-83-01を使用することができる。
【0150】
また、好ましい一態様においては、工程(1)において、多能性幹細胞をBMPシグナル伝達経路阻害物質で処理し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。ここで好ましくは、BMPシグナル伝達経路阻害物質としてLDN193189を使用することができる。
【0151】
好ましい一態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせで処理し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。
【0152】
別の態様において、工程(1)において、多能性幹細胞(例、ヒト多能性幹細胞)をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせで処理し、かつ、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含まない培地で工程(1)において得られた細胞の浮遊培養が実施される。
【0153】
いずれの態様においても、工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0154】
このようにして、工程(2)を実施することにより、工程(1)で得られた細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体が形成される。本発明はこのような凝集体の製造方法をも提供する。工程(2)で得られる凝集体は、工程(1)において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理しない場合よりも、高い品質を有している。具体的には、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり、形が崩れていない凝集体の割合に富んだ、凝集体の集団を得ることが出来る。一態様において、第二工程開始から6日目に無作為的に凝集体(例えば、100個以上)を選出した際に、崩れていない凝集体の割合及び/又は嚢胞化していない凝集体の割合の和が、例えば70%以上、好ましくは80%以上である。
【0155】
工程(2)で得られる凝集体は、種々の分化細胞や分化組織へ分化する能力を有する。一態様において、工程(2)で得られる凝集体は、神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する。
【0156】
一態様において、工程(1)で得られた、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくは、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞)を工程(2)で用いることにより、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくはOct3/4陽性幹細胞)を含む凝集体を得ることができる。工程(2)で得られる凝集体は、当該凝集体を、適切な分化条件下で培養することにより、種々の分化細胞や分化組織を高い効率で誘導することが出来る。
【0157】
一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、工程(1)終了時に得られる多能性様性質を保持した細胞(具体的には、Oct3/4を発現している)と、神経系細胞や神経組織との間の、中間段階の細胞に相当する細胞が含まれる。当該細胞は、多能性性質マーカーOct3/4、外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、N-cadherin、TP63)、神経外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、Nestin、N-cadherin、Otx2)、前述の神経系細胞マーカーのいずれかを発現している。即ち、一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、多能性性質マーカーOct3/4、外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、N-cadherin、TP63)、神経外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、Nestin、N-cadherin、Otx2)、前述の神経系細胞マーカーのいずれかを発現している細胞の混合物が含まれる。すなわち、工程(2)で得られる凝集体は、少なくとも神経系細胞又は神経組織へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は神経系細胞又は神経組織の前駆細胞を含む。当該前駆細胞は、公知の適切な培養条件で培養すれば、前述の神経系細胞マーカーを発現する能力(competence)があることを特徴とする。従って、一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、Oct3/4陽性の、少なくとも神経系細胞又は神経組織へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は神経系細胞又は神経組織の前駆細胞を含む。工程(2)で得られる凝集体に含まれる細胞の一部が、上述の神経組織マーカーを発現していてもよい。一態様において、工程(2)で得られる凝集体は、全細胞中のOct3/4陽性の割合が50%以上、例えば70%以上含まれていてもよい。
【0158】
工程(2)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0159】
ある時点で特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5倍~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0160】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0161】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0162】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0163】
工程(2)で得られた凝集体から、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を誘導する工程(3)について説明する。
【0164】
多能性幹細胞の凝集体を浮遊培養により、神経系細胞または神経組織に誘導する方法としては、多くの方法が報告されている。例えばWO 2005/123902、WO2009/148170、WO2008/035110、WO2011/055855、Cell Stem Cell, 3, 519-32 (2008)、Nature, 472, 51-56 (2011)、Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012)、Nature Biotechnology, 27(3), 275-80 (2009)、Proc Natl Acad Sci USA, 110(50), 20284-9 (2013)等に記載された方法が知られているが、これらに限定されない。このような種々の神経系細胞または神経組織の誘導方法を、工程(2)で得られた凝集体に適用し、工程(2)で得られた凝集体を、適切な神経分化誘導条件下で培養することにより、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を製造することが出来る。
【0165】
例えば、工程(2)で得られた凝集体を、分化誘導因子の存在下もしくは非存在下(好ましくは存在下)に浮遊培養し、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を得る。
【0166】
分化誘導因子とは、細胞あるいは組織の分化を誘導する活性をもつ因子であり、例えば、幹細胞や前駆細胞を特定の分化系譜へと分化(あるいは運命決定)させる活性をもつ因子である。分化誘導因子としては、例えば、増殖因子等の生体内の遺伝子産物、生体内の遺伝子産物の働きを制御する低分子化合物、ホルモン類、ビタミン等生理活性物質類などが挙げられるが、特に限定されない。当業者に汎用されている分化誘導因子としては、例えば、BMPシグナル伝達作用物質、BMPシグナル伝達経路阻害物質、Shhシグナル伝達経路作用物質、Shhシグナル伝達経路阻害物質、FGFシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び、Wntシグナル伝達経路阻害物質が挙げられる。細胞の種類や分化状態(分化能力、potential)によって、分化誘導因子への応答が異なり、分化誘導過程においても、分化誘導因子の濃度や添加時期によって分化誘導因子の効果が異なることがある。また、動物種によって同様の効果を及ぼす分化誘導因子の至適濃度が異なることが知られており、例えば一般的にはマウス細胞とヒト細胞ではヒト細胞の方が至適濃度が高いことが知られている(特に外胚葉、内胚葉において)。多能性幹細胞から特定の細胞もしくは組織への分化誘導方法は多数報告されており、目的とする細胞又は組織に適した分化誘導因子又は分化誘導方法を選択することができる。
【0167】
本発明に用いる分化誘導因子は、通常哺乳動物の分化誘導因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。分化誘導因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の分化誘導を可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の分化誘導因子が用いられる。
【0168】
本発明に用いる分化誘導因子は、好ましくは単離されている。従って、一態様において、本発明は、単離された分化誘導因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(3)に用いる培地中へ、単離された分化誘導因子を外因的に添加する工程を含む。
【0169】
一態様において、本発明の方法においては、分化誘導因子として、神経分化誘導因子を用いることにより、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を製造することができる。
【0170】
一態様において、工程(3)において用いられる培地は、例えば、分化誘導因子が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは無血清培地)である。かかる培地には、基底膜標品を添加してもよく、しなくてもよい。基底膜標品としては、上述のものを使用することができる。基底膜標品を添加する場合の濃度は、例えば、Matrigelを用いる場合、体積濃度で0.1~10%、より好ましくは0.5%から2%である。化学的に未同定な物質の混入を回避する観点からは基底膜標品を添加しない。
【0171】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0172】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは無血清培地)に置き換えることもできる。工程(2)で用いた、分化誘導因子を含まない無血清培地をそのまま工程(3)に用いる場合、分化誘導因子を培地中に添加すればよい。
【0173】
工程(3)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0174】
ある時点で特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5倍~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0175】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0176】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0177】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0178】
分化誘導因子は、工程(2)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内又は18日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、分化誘導因子は、浮遊培養開始後1日目から18日目までの間又は1日目から15日目までの間、より好ましくは1日目から9日目までの間、更に好ましくは3日目から8日目までの間又は2日目から9日目までの間、より更に好ましくは、3日目から6日目までの間に培地に添加する。
【0179】
更なる態様において、分化誘導因子(例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質やTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質など)を、工程(2)の浮遊培養開始と同時又は約24時間以内に添加してもよい。
【0180】
分化誘導因子が培地に添加され、凝集体の神経系細胞への分化誘導が開始された後は、分化誘導因子を培地に添加する必要は無く、分化誘導因子を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。一態様において、凝集体の神経系細胞への分化誘導が開始された後、分化誘導因子を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、培地中の分化誘導因子濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させる。
【0181】
具体的な態様として、浮遊培養開始後(すなわち前記工程(2)の開始後)、0~18日目、好ましくは1~9日目、より好ましくは2~8日目、更に好ましくは3もしくは4日目に、培地の一部又は全部を、分化誘導因子を含む培地に交換し、分化誘導因子の存在下で1~100日間程度培養することができる。ここにおいて、分化誘導因子の濃度を同一濃度に維持すべく、培地の一部又は全部を分化誘導因子を含む培地に交換することができる。又は前述のとおり、分化誘導因子の濃度を段階的に減じることもできる。
【0182】
神経系細胞への分化誘導が開始された細胞は、例えば、当該細胞における神経系マーカー遺伝子の発現を検出することにより確認することができる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、神経系マーカー遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、神経分化誘導に必要な濃度の分化誘導因子を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、神経系細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0183】
一態様において、分化誘導因子として、BMPシグナル伝達経路作用物質が用いられる。即ち、第二工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、神経系細胞もしくは神経組織を含む凝集体を得る。
【0184】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2蛋白、BMP4蛋白及びBMP7蛋白は例えばR&D Systemsから、GDF7蛋白は例えば和光純薬から入手可能である。
【0185】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、多能性幹細胞、又はこれに由来する幹細胞の凝集体の神経系細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4の場合は、約0.01nMから約1μM、好ましくは約0.1nMから約100nM、より好ましくは約1nMから約10nM、更に好ましくは約1.5nM(55 ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。
【0186】
一態様において、上述の分化誘導因子を含まない無血清培地又は血清培地(好ましくは無血清培地)や、上述の未分化維持因子を含まない無血清培地又は血清培地(好ましくは無血清培地)中で、工程(3)を行うことによっても、神経系細胞または神経組織への分化(自発分化)を誘導することが出来る。例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA)を実質的に含まない(即ち、全く含有しないか、含有するとしても生理活性発現濃度を下回る)無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)中で、工程(2)で得られた凝集体を浮遊培養することによっても、神経系細胞又は神経組織を含む凝集体を得ることができる。
【0187】
かかる培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0188】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは無血清培地)に置き換えることもできる。
【0189】
工程(3)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0190】
神経系細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、神経系細胞のマーカーを発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。神経系細胞のマーカーとしては、Nestin, TuJ1、PSA-NCAM等を挙げることができるがこれらに限定されない。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、Nestin、TuJ1及びPSA-NCAMからなる群から選択されるいずれかの神経系細胞のマーカーを発現する状態となるまで、工程(3)の培養が実施される。
【0191】
得られた神経系細胞を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。神経系細胞を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な神経系細胞を得ることも可能である。
【0192】
一態様において、工程(3)において得られる神経系細胞を含む凝集体には、神経上皮構造が含まれ、当該上皮構造中に神経組織及び/又は神経系細胞が含まれる。神経上皮構造は凝集体の表面を覆うように存在するが、一部凝集体の内部にも形成される。工程(2)で得られる凝集体を用いることにより、神経上皮構造を含む凝集体を高い効率で誘導することが出来る。神経上皮構造は、神経系マーカー遺伝子(例、Nestin, TuJ1、PSA-NCAM)陽性の上皮構造として特定することが出来る。そして、当該神経上皮構造を神経組織として得ることが出来る。一態様において、凝集体中に神経上皮構造が形成されるまで、工程(3)の培養が実施される。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、神経上皮構造が出現し始めるまでの間、神経分化誘導条件下(例、神経分化誘導に必要な濃度の分化誘導因子を含む無血清培地又は血清培地中)で浮遊培養し、神経上皮構造を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0193】
一態様において、工程(2)あるいは工程(3)で得られた凝集体を、分散して細胞培養ディッシュに播種し、接着培養して、神経系細胞又は神経組織を製造してもよい。又は、一態様において、工程(2)あるいは工程(3)で得られた凝集体を分散し、得られた分散された細胞を細胞培養ディッシュに播種し、接着培養して、神経系細胞又は神経組織を製造してもよい。又、培地としては、上述の培地を使うことができ、培地に、分化誘導因子を添加してもよい。細胞培養ディッシュとして、上述の接着培養用のディッシュを用いることができる。細胞培養ディッシュは、細胞接着因子等でコートされていてもよい(例えば、ラミニンコート)。神経系細胞又は神経組織が製造されたことは、神経系細胞又は神経組織マーカーについて免疫染色することで確認できる。
【0194】
一態様として、工程(2)あるいは工程(3)での浮遊培養の途中で得られた神経系細胞を含まない凝集体を、接着培養用ディッシュに播種し、神経系細胞に分化するまで接着培養してもよい。接着培養に用いる培地は、特に限定されないが、上記工程(3)で用いる培地でもよい。
【0195】
一態様として、工程(2)あるいは工程(3)での接着培養の途中で得られた神経系細胞を含まない細胞を、接着培養用ディッシュよりはがして、浮遊培養用ディッシュに播種し、神経系細胞に分化するまで浮遊培養してもよい。浮遊培養に用いる培地は、特に限定されないが、工程(3)で用いる培地でもよい。
【0196】
凝集体の表面に存在する神経上皮構造は、顕微鏡下でピンセット等を用いて、凝集体から物理的に切り出すことも可能である。
【0197】
本発明の製造方法により、多能性幹細胞から高効率で神経上皮構造等の神経組織を得ることができる。本発明の製造方法により得られる神経上皮構造には、種々の神経系細胞が含まれることから、各種神経系細胞のマーカーに対する抗体を用いて、FACS等により、各種神経細胞やその前駆細胞を単離することも可能である。
【0198】
得られた神経上皮構造等の神経組織を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。神経上皮構造等の神経組織を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な神経系細胞を得ることも可能である。
【0199】
3.網膜組織の製造方法
本発明の製造方法2は、下記工程(1)~(3)を含む、網膜組織の製造方法である:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
【0200】
本発明の製造方法2の工程(1)は、本発明の製造方法1の工程(1)と同様に実施することができる。
【0201】
好ましくは、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する幹細胞を含む。一態様において、工程(1)により得られる細胞は、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞を含む。一態様として、工程(1)により得られる細胞は、Oct3/4陽性の幹細胞を60%以上、例えば90%以上含む。
【0202】
本発明の製造方法2の工程(2)も、本発明の製造方法1の工程(2)と同様に実施することができる。
【0203】
製造方法2の工程(2)において用いられる培地は、好ましくは、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。工程(1)において、多能性幹細胞をTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理し、工程(2)において、工程(1)で得られた細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が、更に向上し、網膜組織への分化能力が高まる。この質の高い凝集体を用いることにより、網膜組織を含む凝集体を高効率で誘導することができる。
【0204】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としては、上述したものを用いることができる。好ましくはソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質はShhタンパク質、SAG又はPMAである。培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10nM~700nM、より好ましくは30~600nMの濃度で使用される。PMAは通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μMの濃度で使用される。Shhタンパク質は通常20~1000 ng/ml、好ましくは50~300 ng/mlの濃度で使用される。Shhタンパク質、SAG、PMA以外のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記SAGの濃度と同等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0205】
培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、工程(2)の期間中変動させてもよい。例えば、工程(2)の開始時において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日間につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
【0206】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲で特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)開始から、通常6日以内、好ましくは3日以内、より好ましくは1日以内、更に好ましくは工程(2)開始時に、培地に添加される。
【0207】
好ましい態様において、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む無血清培地中で浮遊培養に付し、凝集体を形成する。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0208】
例えば、工程(1)で得られたヒト細胞(例、工程(1)においてヒトiPS細胞から得られた細胞)を回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで分散し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA)を含む無血清培地中で浮遊培養に付す。該無血清培地は、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を含んでいても良い。ヒト幹細胞(例、ヒトiPS細胞に由来する幹細胞)の懸濁液を、上述の培養器中に播き、分散させた細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。培養時間は12時間~6日間(好ましくは12時間~48時間)である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0209】
このようにして、工程(2)を実施することにより、工程(1)で得られた細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体が形成される。本発明はこのような凝集体の製造方法をも提供する。工程(2)で得られる凝集体は、工程(1)において、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理しない場合よりも、高い品質を有している。具体的には、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり、形が崩れていない凝集体の割合に富んだ、凝集体の集団を得ることが出来る。一態様において、第二工程開始から6日目に無作為的に凝集体(例えば、100個以上)を選出した際に、嚢胞化していない凝集体の割合が、例えば70%以上、好ましくは80%以上である。
【0210】
工程(2)で得られる凝集体は、網膜組織へ分化する能力を有する。工程(2)で得られる凝集体は、当該凝集体を、以下の工程(3)の条件下で培養することにより、網膜組織を含む凝集体を高効率で製造することが出来る。
【0211】
一態様において、工程(1)で得られた、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくは、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞)を工程(2)で用いることにより、少なくとも網膜組織、網膜細胞、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞へ分化する能力を有する幹細胞(例えば、Oct3/4陽性の幹細胞)を含む凝集体を得ることができる。
【0212】
工程(2)で形成された凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、網膜組織を含む凝集体を得る工程(3)について説明する。
【0213】
工程(3)において用いられる培地は、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)である。
【0214】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0215】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは、無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは、無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは、無血清培地)に置き換えることもできる。工程(2)で用いた、BMPシグナル伝達経路物質を含まない培地をそのまま工程(3)に用いる場合、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地中に添加すればよい。
【0216】
工程(3)に用いる、BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2蛋白、BMP4蛋白及びBMP7蛋白は例えばR&D Systemsから、GDF7蛋白は例えば和光純薬から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質として、好ましくはBMP4が挙げられる。
【0217】
BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4の場合は、約0.01nMから約1μM、好ましくは約0.1nMから約100nM、より好ましくは約1nMから約10nM、更に好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記BMP4の濃度と同等のBMPシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0218】
培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質の濃度は、工程(3)の期間中変動させてもよい。例えば、工程(3)の開始時において、BMPシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
【0219】
BMPシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、BMPシグナル伝達経路作用物質は、浮遊培養開始後1日目から15日目までの間、より好ましくは1日目から9日目までの間、更に好ましくは3日目から8日目までの間又は2日目から9日目までの間、より更に好ましくは3日目から6日目までの間に培地に添加する。
【0220】
具体的な態様として、浮遊培養開始後(すなわち前記工程(2)の開始後)1~9日目、好ましくは2~8日目、更に好ましくは3もしくは4日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10nMに調製し、BMP4の存在下で例えば1~12日、好ましくは、2~9日、更に好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を同一濃度を維持すべく、1もしくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又は前述のとおり、BMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0221】
BMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加され、凝集体を形成する細胞の網膜細胞への分化誘導が開始された後は、BMPシグナル伝達経路作用物質を培地に添加する必要は無く、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。一態様において、網膜細胞への分化誘導が開始された後、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、培地中のBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させる。網膜細胞への分化誘導が開始された細胞は、例えば、当該細胞における網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子(別名Rax)、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)の発現を検出することにより確認することができる。GFP等の蛍光レポータータンパク質遺伝子がRx遺伝子座へノックインされた多能性幹細胞を用いて工程(2)により形成された凝集体を、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、発現した蛍光レポータータンパク質から発せられる蛍光を検出することにより、網膜細胞への分化誘導が開始された時期を確認することもできる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0222】
工程(3)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0223】
ある時点で特定の成分(例えば、BMP4)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0224】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0225】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0226】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0227】
一態様において、工程(2)で培地中に添加するShhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的低濃度(例えば、SAGについては700nM以下、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等以下のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合、培地交換を行う必要はなく、工程(2)で用いた培地に分化誘導因子(例、BMP4)を添加すればよい。一方、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的高濃度(例えば、SAGについては700nM超、又は1000nM以上、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合には、分化誘導因子添加時に残存するShhシグナル伝達経路作用物質の影響を抑制するために、分化誘導因子(例、BMP4)を含む新鮮な培地に交換することが望ましい。
【0228】
好ましい態様において、工程(3)で用いられる培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、SAGのShhシグナル伝達促進活性換算で700nM以下、好ましくは300nM以下、より好ましくは10 nM以下、更に好ましくは0.1 nM以下、更に好ましくは、Shhシグナル伝達経路作用物質を含まない。「Shhシグナル伝達経路作用物質を含まない」培地には、Shhシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のShhシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地も含まれる。「Shhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、Shhシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、網膜前駆細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のShhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地も含まれる。
【0229】
工程(3)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0230】
かかる培養により、工程(2)で得られた凝集体を形成する細胞から網膜前駆細胞への分化が誘導され、網膜前駆細胞を含む凝集体を得ることが出来る。本発明は、このような網膜前駆細胞を含む凝集体の製造方法をも提供する。網膜前駆細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、網膜前駆細胞のマーカーであるRx、PAX6又はChx10を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、Rxを発現する状態となるまで、工程(3)の培養が実施される。
【0231】
網膜細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542、A-83-01)並びにbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、工程(2)にて、細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA、Shhタンパク質)を含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0232】
また、網膜細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)及びbFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、工程(2)にて、細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有しない又は含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0233】
網膜細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)並びにbFGFを含有する無血清培地で、好ましくは1日間以上6日以下、さらに好ましくは2日~4日間、接着培養し、工程(2)にて、細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例えばSAG、PMA)を含有する無血清培地で浮遊培養し、工程(3)にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0234】
網膜細胞及び/又は網膜組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty 、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又は
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びに
bFGFを含有する無血清培地で、接着培養し、
工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、PMA、Shhタンパク質)を含む無血清培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、
工程(3)にて、凝集体をBMPシグナル伝達経路作用物質(例えばBMP4)を含有する無血清培地で浮遊培養し、網膜前駆細胞、網膜細胞又は網膜組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0235】
得られた網膜前駆細胞を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜前駆細胞を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜前駆細胞を得ることも可能である。
【0236】
更に、網膜前駆細胞を含む凝集体を無血清培地又は血清培地で引き続き培養することにより、網膜前駆細胞を更に分化させて、神経上皮構造様の網膜組織を製造することができる。
【0237】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、DMEM-F12培地に10%ウシ胎児血清、N2サプリメント、100μMタウリン、及び500nM レチノイン酸を添加した血清培地、又は、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateを添加した培地)等を挙げることができる。
【0238】
網膜前駆細胞から網膜組織を誘導する際の培養時間は、目的とする網膜層特異的神経細胞によって異なるが、例えば約7日間から約200日間である。
【0239】
網膜組織は凝集体の表面を覆うように存在する。浮遊培養終了後、凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製した後、層構造を有する網膜組織が形成されていることを免疫染色法などにより確認すればよい。網膜組織は、各層を構成する網膜前駆細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞)がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて、免疫染色法により、層構造が形成されていることを確認することができる。一態様において、網膜組織はRx又はChx10陽性の神経上皮構造である。
【0240】
凝集体の表面に存在する網膜組織を、ピンセット等を用いて、凝集体から物理的に切り出すことも可能である。この場合、各凝集体の表面には、網膜組織以外の神経組織が形成される場合もあるため、凝集体から切り出した神経組織の一部を切り取り、これを用いて後述の免疫染色法等により確認することにより、その組織が網膜組織であることを確認することが出来る。
【0241】
一態様において、工程(3)で得られる凝集体は、網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない。網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない凝集体では、例えば、上述の凝集体凍結切片の免疫染色像において、Rx陽性の組織が観察され、その外側にRx陰性の組織が観察されない。
【0242】
工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子及び/又はChx10遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得て、該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜組織を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養する際、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、網膜前駆細胞を誘導するために培地中に含まれていたBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させてもよい。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む凝集体の浮遊培養が実施される。
【0243】
また、工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で得られた凝集体、又は工程(2)で得られた凝集体を、上記方法により浮遊培養した凝集体を、接着培養に付し、接着凝集体を形成させてもよい。該接着凝集体を、Rx遺伝子及び/又はChx10遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で接着培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る。該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で接着培養し、網膜組織を含む凝集体を得る。一態様において、細胞の10%以上(好ましくは、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む凝集体の接着培養が実施される。
【0244】
本発明の製造方法2により、多能性幹細胞から高効率で網膜組織を得ることができる。本発明の製造方法2により得られる網膜組織には、網膜層のそれぞれに特異的なニューロン(神経細胞)が含まれることから、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞または、これらの前駆細胞など網膜組織を構成する細胞を入手することも可能である。得られた網膜組織から入手した細胞がいずれの細胞であるかは、自体公知の方法、例えば細胞マーカーの発現により確認できる。
【0245】
得られた網膜組織を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜組織を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜組織構成細胞、例えば高純度な視細胞を得ることも可能である。
【0246】
本発明の製造方法2等で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(A)及び工程(B)により、毛様体周縁部様構造体を製造できる。
【0247】
本発明における毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)または網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞や分化細胞の供給や網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)及びOtx1遺伝子(陽性)及びZic1(陽性)を挙げることができる。
【0248】
まず、工程(A)として、本発明の製造方法2で得られた網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。
【0249】
ここで、工程(A)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0250】
工程(A)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement(Life Technologies社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0251】
工程(A)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0252】
工程(A)にて、上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a)、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3β阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)等を挙げることができる。
【0253】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、例えば、約0.1μMから約100μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1μMから約30μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、3μM前後の濃度を挙げることができる。
【0254】
工程(A)の上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるFGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFにより媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398)、MAPキナーゼカスケード阻害物質(例えば、MEK阻害剤、MAPK阻害剤、ERK阻害剤)、PI3キナーゼ阻害剤、Akt阻害剤などが挙げられる。
【0255】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、凝集体の毛様体周縁部様構造への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばSU-5402の場合、約0.1μMから約100μM、好ましくは約1μMから約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0256】
工程(A)における「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。
【0257】
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を調べることができる。
【0258】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合がWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも減少し、30%から0%の範囲内になるまでの期間を挙げることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」としては、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が30%から0%の範囲内である細胞凝集体を挙げることができる。
【0259】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、3日間から6日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
【0260】
次いで、工程(B)として、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する。
【0261】
工程(B)で好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。
【0262】
工程(B)の無血清培地は、好適には、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない。
【0263】
工程(B)の無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0264】
工程(B)の前記無血清培地又は血清培地に、既知の増殖因子、増殖を促進する添加剤や化学物質等を添加してもよい。既知の増殖因子としては、EGF、FGF、IGF、insulin等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、N2 supplement(Life Technologies社製)、B27 supplement(Life Technologies社製)、KSR(Life Technologies社製)等を挙げることができる。増殖を促進する化学物質としては、レチノイド類(例えば、レチノイン酸)、タウリンを挙げることができる。
【0265】
工程(B)の好ましい培養時間としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも増加し、30%以上になるまで行う培養時間を挙げることができる。
【0266】
工程(B)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができ、好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0267】
工程(B)の「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を得られるまでの上記の培養日数は無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、100日間以内を挙げることができる。前記培養日数として、好ましくは、例えば、20日間から70日間を挙げることができ、より好ましくは、例えば、30日間から60日間を挙げることができる。
【0268】
上述の工程(A)、(B)により調製された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体にそれぞれ隣接して、網膜色素上皮と網膜組織(具体的には、神経網膜)とが同一の細胞凝集体内に存在している。当該構造については顕微鏡観察等で確認することが可能である。具体的には例えば、顕微鏡観察により、透明度が高い網膜組織から、色素沈着が見える網膜色素上皮との間に形成される、網膜側が厚く網膜色素上皮側が薄い上皮構造として毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。また、凝集体の凍結切片の免疫染色によって、Rdh10陽性、Otx1陽性、又は、Zic1陽性として、毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。
【0269】
更なる態様において、上述の工程(A)、(B)により、凝集体に含まれる網膜組織(神経上皮)の分化が進み、視細胞前駆細胞、視細胞、錐体視細胞、桿体視細胞、水平細胞、介在神経細胞(アマクリン細胞、神経節細胞等)からなる群から選択される少なくとも1つ、好ましくは複数、より好ましくは全ての細胞を含む、成熟した網膜組織、及び前記細胞を製造することができる。
【0270】
本発明の製造方法2等で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(C)により網膜色素上皮細胞を製造できる。下記工程(C)で得られた網膜色素上皮細胞から、下記工程(D)により網膜色素上皮シートを製造できる。
【0271】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは生体網膜において神経網膜組織の外側に存在する上皮細胞を意味する。網膜色素上皮細胞であるかは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65(成熟した網膜色素上皮細胞)、Mitf(幼若な又は成熟した網膜色素上皮細胞)など)の発現や、メラニン顆粒の存在、多角形の特徴的な細胞形態などにより確認できる。
【0272】
まず、工程(C)として、本発明の製造方法2で得られた網膜組織を含む細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まずWntシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜色素上皮細胞を含む凝集体を得る。
【0273】
工程(C)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement( Life Technologies社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0274】
工程(C)で用いる無血清培地に、前述のWntシグナル伝達経路作用物質に加えて、前述のNodal/Activinシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、前述のFGFシグナル伝達経路阻害物質を含んでもよい。
【0275】
ここで、工程(C)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0276】
次いで、本発明工程(C)で得られた凝集体を分散し、得られた細胞を接着培養する工程(D)について説明する。
【0277】
工程(D)は、工程(C)の実施開始から60日以内、好ましくは30日以内、より好ましくは3日後に実施する。
【0278】
工程(D)における接着培養に用いられる無血清培地又は血清培地としては、上述したような培地を挙げることができる。調製の煩雑さ回避するには、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、DMEM/F-12とNeurobasalの1:1混合液に1/2 x N2サプリメント、1/2 x B27サプリメント及び100μM 2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトiPS細胞由来細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0279】
工程(D)において前述の、ROCK阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することが好ましい。
【0280】
工程(D)において、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Activinシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる1以上の物質を更に含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することがより好ましい。
【0281】
Activinシグナル伝達経路作用物質とは、Activinにより媒介されるシグナルを増強し得る物質である。Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白(例えば、Activin A,Activin B,Activin C,Activin ABなど)、Activin受容体、Activin受容体アゴニストが挙げられる。
【0282】
工程(D)で用いられるActivinシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜色素上皮細胞の均一なシートを効率的に形成させることができる濃度であればよい。例えばRecombinant Human/Mouse/Rat Activin A (R&D systems社 #338-AC)の場合、約1ng/mlから約10μg/ml、好ましくは約10ng/mlから約1μg/ml、より好ましくは約100ng/mlの濃度となるように添加する。
Activinシグナル伝達経路作用物質は、工程(D)の開始から例えば18日以内、好ましくは6日目に添加する。
【0283】
工程(D)において、培養基質で表面処理された培養器材上で接着培養を行うことが好ましい。工程(D)における培養器材の処理に用いられる培養基質としては、凝集体由来細胞の接着培養と網膜色素上皮シートの形成を可能とする細胞培養基質が挙げられる。
【0284】
4.大脳組織の製造方法
本発明の製造方法3は、下記工程(1)~(3)を含む、大脳組織の製造方法である:
(1)多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、1)TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、並びに2)未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質の存在下に浮遊培養し、大脳組織を含む凝集体を得る第三工程。
【0285】
本発明の製造方法3の工程(1)は、本発明の製造方法1の工程(1)と同様に実施することができる。
【0286】
本発明の製造方法3の工程(2)も、本発明の製造方法1の工程(2)と同様に実施することができる。
【0287】
製造方法3の工程(2)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含んでいても含まなくてもよい。
【0288】
工程(2)において用いられる培地は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含んでいてもよい。工程(2)においては、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質又はWntシグナル伝達経路阻害物質を単独で培地に添加してもよいが、両者を組み合わせる方が好ましい。
【0289】
工程(3)においては、分化誘導剤として、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質又はWntシグナル伝達経路阻害物質を単独で培地に添加してもよいが、両者を組み合わせる方が好ましい。
【0290】
工程(3)において用いられる培地は、例えば、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは、無血清培地)である。
【0291】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、GMEM培地に20% KSR、0.1mM 2-メルカプトエタノール、非必須アミノ酸、1mMピルビン酸)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量は、例えばヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0292】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは、無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは、無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは、無血清培地)に置き換えることもできる。工程(2)で用いた、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含まない培地を、そのまま工程(3)に用いる場合、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を培地中に添加すればよい。工程(2)で用いた、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含む培地をそのまま工程(3)に用いる場合、同じ培地で半量培地交換を行えばよい。
【0293】
工程(2)及び(3)に用いる、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβシグナル伝達経路阻害物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質を挙げることができる。
【0294】
TGFβシグナル伝達経路阻害物質としては、TGFβに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、TGFβに直接作用する物質(例えば、タンパク質、抗体、アプタマー等)、TGFβをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、TGFβ受容体とTGFβの結合を阻害する物質、TGFβ受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質(例えば、TGFβ受容体の阻害剤、Smadの阻害剤等)を挙げることができる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質として、Lefty等が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、LY-364947、SB-505、A-83-01等が挙げられる。ここでSB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)及びA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)]は、TGFβ受容体(ALK5)及びActivin受容体(ALK4/7)の阻害剤(すなわちTGFβR阻害剤)として公知の化合物であり、TGFβシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはSB431542又はA-83-01である。
【0295】
Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質としては、Nodal又はActivinに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。当該物質として例えば、NodalもしくはActivinに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、NodalもしくはActivinをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Nodal/Activin受容体とNodal/Activinの結合を阻害する物質、Nodal/Activin受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、SB431542、A-83-01等が挙げられる。また、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質として知られているタンパク質(Lefty、Cerberus等)を使用してもよい。
【0296】
BMPシグナル伝達経路阻害物質としては、BMPに起因するシグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無く、核酸、タンパク質、低分子有機化合物のいずれであってもよい。ここでBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7が挙げられる。当該物質として例えば、BMPに直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMPをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体(BMPR)とBMPの結合を阻害する物質、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質を挙げることができる。BMPRとして、ALK2又はALK3を挙げることができる。BMPシグナル伝達経路阻害物質として、当業者に周知の化合物を使用することができ、具体的には、LDN193189、Dorsomorphin等が挙げられる。ここでLDN193189(4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)は、公知のBMPR(ALK2/3)阻害剤であり、通常は塩酸塩の形態で市販されている。また、BMPシグナル伝達経路阻害物質として知られるタンパク質(Chordin、Noggin等)を使用してもよい。BMPシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくはLDN193189である。
【0297】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質は、好ましくは、SB431542、A-83-01又はLDN193189である。
【0298】
工程(2)及び(3)に用いる、Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt抗体、抗Wnt受容体抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberus蛋白等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[CKI-7(N-(2-アミノエチル)-5-クロロイソキノリン-8-スルホンアミド)、D4476(4-[4-(2,3-ジヒドロ-1,4-ベンゾジオキシン-6-イル)-5-(2-ピリジニル)-1H-イミダゾール-2-イル]ベンズアミド)、IWR-1-endo(IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-ヘキサヒドロ-1,3-ジオキソ-4,7-メタノ-2H-イソインドール-2-イル]-N-8-キノリニル-ベンズアミド)、並びに、IWP-2(N-(6-メチル-2-ベンゾチアゾリル)-2-[(3,4,6,7-テトラヒドロ-4-オキソ-3-フェニルチエノ[3,2-d]ピリミジン-2-イル)チオ]アセタミド)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル伝達経路阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Wntシグナル伝達経路阻害物質として好ましくはIWR1eが挙げられる。
【0299】
Wntシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、多能性幹細胞の凝集体を形成する細胞の大脳細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばIWR-1-endoの場合は、約0.1μMから約100μM、好ましくは約約0.3μMから約30μM、より好ましくは約1μMから約10μM、更に好ましくは約3μMの濃度となるように培地に添加する。IWR-1-endo以外のWntシグナル伝達経路阻害物質を用いる場合には、上記IWR1eの濃度と同等のWntシグナル伝達経路阻害活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0300】
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質は、工程(2)の浮遊培養開始と同時に培地に添加してもよく、工程(2)の浮遊培養開始から一定時間が経過後(例、約24時間後以降)に培地に添加してもよい。
【0301】
工程(3)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の40~80%)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)等により培地交換を実施することができる。
【0302】
ある時点で特定の成分(例えば、IWR-1-endo)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作、半量培地交換)を行ってもよい。
【0303】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0304】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0305】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャネルマイクロピペットを使ってもよい。
【0306】
工程(3)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0307】
かかる培養により、工程(2)で得られた凝集体を形成する細胞から大脳神経系前駆細胞への分化が誘導され、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を得ることが出来る。本発明は、このような大脳神経系前駆細胞を含む凝集体の製造方法をも提供する。大脳神経系前駆細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、大脳神経系前駆細胞のマーカーであるFoxG1、Lhx2、PAX6、Emx2等を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、FoxG1遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、無血清培地又は血清培地中で浮遊培養する工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、FoxG1を発現する状態となるまで、工程(3)の培養が実施される。
【0308】
大脳細胞及び/又は大脳組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542)及びbFGFを含有する無血清培地中で、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を無血清培地中で浮遊培養し、工程(3)にて、工程(2)で得られた凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0309】
また、大脳細胞及び/又は大脳組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)及びbFGFを含有する無血清培地中で、接着培養し、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を無血清培地中で浮遊培養し、工程(3)にて、工程(2)で得られた凝集体をWntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo)及びTGFβシグナル伝達経路阻害物質(例えばSB431542)を含有する無血清培地で浮遊培養する。
【0310】
大脳細胞及び/又は大脳組織を製造する上での好ましい態様において、工程(1)にて、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA);又は
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty、SB431542、A-83-01、LDN193189)とソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、Shhタンパク質、SAG、PMA)との組み合わせ;並びに
bFGF、を含有する無血清培地で、接着培養し、
工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);及び
Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo)、を含む無血清培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、
工程(3)にて、工程(2)で得られた凝集体を
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty)、BMPシグナル伝達経路阻害物質(例、LDN193189)、又はこの組み合わせ(例、SB431542及びLDN193189)等);及び
Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo)、を含む無血清培地中で浮遊培養し、大脳神経系前駆細胞、大脳細胞又は大脳組織を含む凝集体を得る。
工程(2)の培地は、好ましくは、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を含む。
【0311】
更に好ましくは、工程(2)にて、工程(1)で得られた細胞を、
TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(例えば、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01)、Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty);
Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo);及び
ROCK阻害物質(例、Y-27632)、を含む無血清培地中で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させ、
工程(3)にて、工程(2)で得られた凝集体を
TGFβシグナル伝達経路阻害物質(例、SB431542、A-83-01)又はNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質(例、Lefty);及び
Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo)、を含む無血清培地中で浮遊培養し、大脳神経系前駆細胞、大脳細胞又は大脳組織を含む凝集体を得る。
【0312】
得られた大脳神経系前駆細胞を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な大脳神経系前駆細胞を得ることも可能である。
【0313】
更に、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を無血清培地又は血清培地で引き続き培養することにより、大脳神経系前駆細胞又は大脳細胞を更に分化させて、層構造をもつ大脳組織を製造することができる。
【0314】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、DMEM-F12培地に10%ウシ胎児血清、N2サプリメント、及びレチノイン酸を添加した血清培地、又は、市販のN2サプリメント等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、DMEM-F12培地にN2サプリメントを添加した培地)等を挙げることができる。
【0315】
大脳神経系前駆細胞から大脳組織を誘導する際の培養時間は、目的とする大脳層特異的神経細胞によって異なるが、例えば約7日間から約200日間である。
【0316】
大脳組織は凝集体中に神経上皮構造を形成して存在する。浮遊培養終了後、凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製した後、層構造を有する大脳組織が形成されていることを免疫染色法などにより確認すればよい。大脳組織は、各層を構成する大脳神経系前駆細胞、脳室体前駆細胞、大脳層構造特異的神経細胞がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて、免疫染色法により、層構造が形成されていることを確認することができる。一態様において、大脳組織はFoxG1陽性の神経上皮構造である。
【0317】
凝集体の表面に存在する大脳組織を、ピンセット等を用いて、凝集体から物理的に切り出すことも可能である。この場合、各凝集体の表面には、大脳組織以外の神経組織が形成される場合もあるため、凝集体から切り出した神経組織の一部を切り取り、これを用いて後述の免疫染色法等により確認することにより、その組織が大脳組織であることを確認することが出来る。
【0318】
工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、FoxG1遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、大脳細胞への分化誘導に必要な濃度のTGFβシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を得て、該大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を大脳組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、大脳組織を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、FoxG1を発現する状態となるまで、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体の浮遊培養が実施される。
【0319】
また、工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で得られた凝集体、又は工程(2)で得られた凝集体を、上記方法により浮遊培養した凝集体を、接着培養に付し、接着凝集体を形成させてもよい。該接着凝集体を、FoxG1遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、大脳細胞への分化誘導に必要な濃度のTGFβシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で接着培養し、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を得る。該大脳神経系前駆細胞を含む凝集体を大脳組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で接着培養し、大脳組織を含む凝集体を得る。一態様において、細胞の10%以上(好ましくは、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上)が、FoxG1を発現する状態となるまで、大脳神経系前駆細胞を含む凝集体の接着培養が実施される。
【0320】
本発明の製造方法3により、多能性幹細胞から高効率で大脳組織を得ることができる。本発明の製造方法3により得られる大脳組織には、大脳層のそれぞれに特異的なニューロン(神経細胞)が含まれることから、層構造特異的神経細胞または、これらの前駆細胞など大脳組織を構成する細胞を入手することも可能である。得られた大脳組織から入手した細胞がいずれの細胞であるかは、自体公知の方法、例えば細胞マーカーの発現により確認できる。
【0321】
得られた大脳組織を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。大脳組織を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な大脳組織構成細胞、例えば高純度な大脳層構造特異的神経細胞を得ることも可能である。
【0322】
4.毒性・薬効評価方法
本発明の製造方法1、2又は3により製造された、神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)は、神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニングや、毒性評価における、疾患研究材料、創薬材料として有用であるので、被験物質の毒性・薬効評価用試薬とすることができる。例えば、神経組織(例、網膜組織、大脳組織)の障害に基づく疾患、特に遺伝性の障害に基づく疾患のヒト患者から、iPS細胞を作製し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)を製造する。神経組織又は神経系細胞は、その患者が患っている疾患の原因となる神経組織の障害をインビトロで再現し得る。そこで、本発明は、本発明の製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)に被験物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法を提供する。
【0323】
例えば、本発明の製造方法1、2又は3により製造された、特定の障害(例、遺伝性の障害)を有する神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した神経組織又は神経系細胞における障害の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、その障害の程度を軽減した被検物質を、当該障害に基づく疾患の治療薬の候補物質として、選択することができる。例えば、本発明の製造方法で製造した神経系細胞の生理活性(例えば、生存促進又は成熟化)をより向上させる被験物質を、医薬品の候補物質として探索することができる。あるいは、神経疾患等の特定の障害を呈する遺伝子変異を有する体細胞から人工多能性幹細胞を調製し、当該細胞を本発明の製造方法で分化誘導させて製造した神経系細胞に被験物質を添加し、前記障害を呈するか否かを指標として当該障害の治療薬・予防薬として有効な被験物質の候補を探索することができる。
【0324】
毒性評価においては、本発明の製造方法1、2又は3により製造された神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した神経組織又は神経系細胞における毒性の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、ネガティブコントロールと比較して、毒性を示した被検物質を、神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)に対する毒性を有する物質として判定することが出来る。
【0325】
すなわち、本発明は、以下の工程を含む、毒性評価方法を包含する。
(工程1)本発明の製造方法1、2又は3により製造された神経組織又は神経系細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程2)本発明の製造方法1、2又は3により製造された神経組織又は神経系細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の非存在下又はポジティブコントロールの存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程3)(工程1)及び(工程2)において測定した結果の差異に基づき、工程1における被検物質が有する毒性を評価する工程。
ここで、「被検物質の非存在下」とは、被検物質の代わりに培養液、被検物質を溶解している溶媒のみを添加することを包含する。また、「ポジティブコントロール」とは、毒性を有する既知化合物を意味する。細胞の傷害の程度を測定する方法としては、生存する細胞数を計測する方法、例えば細胞内ATP量を測定する方法、又は、細胞染色(例えば細胞核染色)と形態観察により生細胞数を計測する方法等が挙げられる。
【0326】
工程3において、被検物質が有する毒性を評価する方法としては、例えば、工程1の測定値と工程2におけるネガティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が大きい場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。また、工程1の測定値と工程2におけるポジティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が同等以上の場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。
【0327】
5.医薬組成物
本発明は、本発明の製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)の有効量を含む医薬組成物を提供する。
【0328】
該医薬組成物は、本発明の製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
【0329】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることが出来る。必要に応じて、移植医療において、移植する組織や細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0330】
本発明の医薬組成物は、製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することにより、懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いても良い。
【0331】
本発明の製造方法で得られる神経組織を、ピンセット等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤とすることもできる。
【0332】
また、本発明の製造方法で得られる細胞は、分化誘導を行う工程(3)で接着培養を行うことにより、シート状の細胞に成形し、シート剤とすることもできる。
【0333】
本発明の医薬組成物は、神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)の障害に基づく疾患の治療薬として有用である。
【0334】
6.治療薬
本発明の製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)は、当該神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明の製造方法1、2又は3により製造される神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)を含む、当該神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。当該神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは、当該神経組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の製造方法1、2又は3により製造された神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的神経細胞)を用いることが出来る。移植を必要とする、神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患、又は神経組織の損傷状態の患者に、本発明の製造方法1、2又は3により製造された神経組織又は神経系細胞を移植し、当該神経系細胞や、障害を受けた神経組織自体を補充することにより、神経組織又は神経系細胞の障害に基づく疾患、又は神経組織の損傷状態を治療することが出来る。例えば、神経組織又は神経関連細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、神経変性疾患(例えば、脳虚血障害、脳梗塞、パーキンソン氏病、脊髄損傷、脳血管障害・脳/脊髄外傷性障害(例、脳梗塞、頭部外傷・脳挫傷(TBI)・脊髄損傷多系統萎縮症)、典型的な神経変性疾患(筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン氏病(PD)、パーキンソン症候群 、アルツハイマー型痴呆 、 進行性核上性麻痺(PSP)、ハンチントン病 、多系統萎縮症(MSA)、脊髄小脳変性症(SCD))、脱髄疾患・神経筋疾患(多発性硬化症(MS)、急性散在性脳脊髄炎(ADEM) 、炎症性広汎性硬化症(Schilder病)、亜急性硬化症全脳炎、進行性多巣性白質脳症、低酸素脳症、橋中心髄鞘破壊症、Binswanger病、ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群、慢性炎症性脱髄性多発根神経炎、脊髄空洞症、脊髄小脳変性症、黒質線条体変性症(SND)、オリーブ橋小脳萎縮症(OPCA)、シャイ・ドレーガー症候群(Shy-Drager症候群))、眼科疾患(黄斑変性症、加齢黄斑変性、網膜色素変性、白内障、緑内障、角膜疾患、網膜症)、難治性てんかん、進行性核上性麻痺、脊髄空洞症、脊髄性筋萎縮症(SMA)、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、原発性側索硬化症(PLS)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、ハンチントン病(HD)、有棘赤血球舞踏病、脊髄空洞症、前頭側頭葉変性症、Charcot-Marie-Tooth disease病、ジストニア、Pantothenate kinase-associated neurodegeneration、家族性認知症、パーキンソン症候群、老人性失認症、痙性対麻痺、レビー小体型認知症等が挙げられる。例えば、大脳組織又は大脳関連細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、神経変性疾患(例えば、脳虚血障害、脳梗塞、運動ニューロン病、ALS、アルツハイマー病、ポリグルタミン病、大脳皮質基底核変性症)が挙げられる。網膜組織又は網膜関連細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性症、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症、有機水銀中毒、クロロキン網膜症、緑内障、糖尿病性網膜症、新生児網膜症、などが挙げられる。さらに、神経組織の損傷状態としては、神経組織摘出後の患者、神経組織内腫瘍への放射線照射後の患者、外傷が挙げられる。
【0335】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。即ち、好ましい態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の神経組織又は神経系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0336】
また、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型やMHC型が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)から、アロの神経組織又は神経系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植してもよい。
【実施例】
【0337】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0338】
実施例1:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞のPreconditionの例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、「Scientific Reports, 4, 3594 (2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0339】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6 x 103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0340】
本願製造法工程1のPreconditionの具体例として以下の操作を行った。まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、培養面積9.4 cm
2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6 x 10
3とした。前記プラスチック培養ディッシュとして、60mmディッシュ(イワキ社製、細胞培養用、培養面積21 cm
2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は13 x 10
3とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した5日後、即ちサブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)まで培養した。ここで、播種した後6日間培養した場合であっても、同様の結果を与えた。前記フィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβR阻害剤(TGFβRi)、5μM)の存在下(工程1:Precondition処理、
図1 “Precondition TGFβRi 24 hr”)、あるいは非存在下(工程1:Precondition処理しない、
図1 “Control”)で、1日間フィーダーフリー培養した。培養した細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて明視野観察を行った。その結果、フィーダーフリー培養中にTGFβR阻害剤(SB431542)処理してもヒトiPS細胞の形態に大きな影響は与えないことが分かった(
図1)。
【0341】
実施例2:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質又はShh作用物質を用いた、ヒトiPS細胞のPreconditionの例―2
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)、SAG(Shh作用物質、300 nM)、又はTGFβR阻害剤及びBMPR阻害剤(SB431542を5μM、及び、LDN193189を100 nM)の存在下(工程1:Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。得られた細胞をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、多能性幹細胞マーカーの1つであるOct3/4の免疫染色を行った。得られた免疫染色した細胞を、倒立型蛍光顕微鏡(BIOREVO, キーエンス社)を用いて明視野観察及び蛍光像の観察を行った。免疫染色解析において、前記マーカーが陽性であるかどうか判定する際、バックグラウンドと比較して、輝度値が2倍以上高ければ陽性とした。その結果、いずれの化合物でPrecondition処理した細胞も、Preconditionしていない細胞と同様に、Oct3/4陽性であることがわかった(
図2)。すなわち、これらの条件でPreconditionした細胞は、多能性様状態を維持していたことがわかった。
【0342】
実施例3:工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞からの細胞凝集体形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542 (TGFβR阻害剤、5μM)の存在下(工程1、Precondition: TGFβRi処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0343】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件でも、していない条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まない無血清培地を50μl加えた。
【0344】
このようにして調製された浮遊培養開始後6日目の細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス社)を用いて、明視野観察を行った(
図3)。その結果、TGFβR阻害剤(SB431542)の存在下でPrecondition処理を行った細胞は(
図3B)、Precondition処理を行わなかった細胞と比べ(
図3A)、細胞凝集体の形状が良いことが分かった。
【0345】
さらに、浮遊培養開始後6日目の細胞凝集体の形態を倒立顕微鏡にて明視野観察し、形態が良好(
図3C黒棒、丸く表面が滑らかで中が密)、形態が中程度(
図3灰棒、丸いが嚢胞化しつつある)、形態が悪い(
図3C白棒、丸くなく、崩壊)と区別し定量した。その結果、Precondition処理を行わなかった条件では、形態が悪い細胞凝集体が90%程度、形態が中程度の細胞凝集体が10%程度、形態が良好の細胞凝集体が0%程度であることが分かった(
図3C “Control”、左から1番目の棒グラフ)。それに比べて、Precondition処理を行った条件では、形態が悪い細胞凝集体が0%程度、形態が中程度の細胞凝集体が0%程度、形態が良好の細胞凝集体が100%程度であることが分かった(
図3C “Precondition (TGFβRi)”、左から3番目の棒グラフ)。すなわち、工程1でTGFβR阻害剤(SB431542, 5μM)を用いてPrecondition処理すると、工程2及び3での細胞凝集体の形態が良くなることがわかった。
【0346】
実施例4:工程1又は工程2にて、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞からの細胞凝集体形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)の存在下(工程1、Precondition: TGFβRi処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0347】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びTGFβR阻害剤(SB431542, 5μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件でも、していない条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まずTGFβR阻害剤(SB431542 ,5μM)を添加した無血清培地を、50μl加えた。
【0348】
このようにして調製された浮遊培養開始後6日目の細胞凝集体を、実施例3記載の方法で、形態を観察した。その結果、工程1でPrecondition処理を行わず、工程2でTGFβR阻害剤(SB431542)を添加した条件では、形態が悪い細胞凝集体が30%程度、形態が中程度の細胞凝集体が60%程度、形態が良好の細胞凝集体が10%程度であることが分かった(
図3C、‘Control +SB’、左から2番目の棒グラフ)。それに比べて、工程1でPrecondition処理を行い、工程2でTGFβR阻害剤(SB431542)を添加した条件では、形態が悪い細胞凝集体が0%程度、形態が中程度の細胞凝集体が0%程度、形態が良好の細胞凝集体が100%程度であることが分かった(
図3C、‘Precondition (TGFβRi) +SB’、左から4番目の棒グラフ)。すなわち、工程2及び工程3にTGFβR阻害剤(SB431542)を添加している条件でも、工程1でTGFβR阻害剤(SB431542 ,5μM)を用いてPrecondition処理すると、工程1でPrecondition処理しない条件と比べて、細胞凝集体の形態が良くなることがわかった。
【0349】
さらに、実施例3と実施例4の比較により、工程1でTGFβR阻害剤(SB431542)にてPrecondition処理を行い、工程2及び工程3でTGFβR阻害剤(SB431542)を添加しなかった条件は(
図3C “Precondition (TGFβRi)”、左から3番目の棒グラフ)、工程1でPrecondition処理を行わず、工程2及び工程3でTGFβR阻害剤(SB431542)を添加した条件と比べて(
図3C “Control +SB”、左から2番目の棒グラフ)、細胞凝集体の形状が良い割合が高いことが分かった。すなわち、TGFβR阻害剤(SB431542)の添加タイミングとしては、工程1(Precondition)にて添加することが良いことがわかった。
【0350】
実施例5:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞からの細胞凝集体形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)、又はLDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)の存在下(工程1:Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0351】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件でも、していない条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632を含まない前記無血清培地にて、培地量を5~7割、培地交換した。
【0352】
このようにして調製された浮遊培養開始後9日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図4)。その結果、実施例3と同様に、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)の存在下でPrecondition処理を行った細胞では(
図4B)、未処理群と比べて(
図4A)、工程3での細胞凝集体の形状が良いことが分かった。さらに、工程1にてBMPR阻害剤(SB431542)の存在下でPrecondition処理を行った細胞でも(
図4C)、未処理群と比べて(
図4A)、工程3での細胞凝集体の形状が良いことが分かった。すなわち、Precondition処理(工程1)にて、TGFβファミリーシグナル伝達経路の阻害物質であるTGFβR阻害剤(SB431542)とBMPR阻害剤(LDN193189)のいずれを用いても、細胞凝集体の形状を良くする効果が得られることが分かった。
【0353】
実施例6:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionした、ヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)の存在下(工程1:Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0354】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件でも、していない条件でも、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量すなわち75μlを廃棄し、新しい前記無血清培地を75μl加え、培地量は合計150μlとした。
【0355】
このようにして調製された浮遊培養開始後23日目の細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図5A,B)。その結果、まず工程1にてPrecondition処理を行わない条件では、工程3にて細胞凝集体が崩壊し、神経組織も全く形成されないことがわかった(
図5A)。一方、工程1にてBMPR阻害剤(LDN193189)の存在下でPrecondition処理を行った細胞では、工程3での細胞凝集体の形状が良く、神経上皮構造をもつ神経組織が形成されたことが分かった(
図5B)。さらに浮遊培養開始後23日目の細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察により形態を観察し、「崩壊し、神経組織が3%以下の細胞凝集体(形態が悪い細胞凝集体)」、「凝集体は残るが、神経組織が10%以下の細胞凝集体(形態が中程度の細胞凝集体)」「凝集体が残り、神経組織が10%以上の細胞凝集体(神経組織を含む細胞凝集体)」をそれぞれ定量した。その結果、工程1にてPreconditionを行なわなかった条件では、形態が悪い細胞凝集体が100%程度、形態が中程度の細胞凝集体が0%程度、神経組織を含む細胞凝集体が0%程度であることが分かった。それに比べて、工程1にてPrecondition処理を行った条件では、形態が悪い細胞凝集体が0%程度、形態が中程度の細胞凝集体が0%程度、神経組織を含む細胞凝集体が100%程度であることが分かった。
【0356】
さらに、前記、Precondition処理を行ったiPS細胞をスタート原料にして作製した浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体(
図5Bの条件)を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経組織マーカー(神経系前駆細胞)の1つであるNestin(抗Nestin抗体、Millipore社、マウス)、神経組織マーカー(ニューロン)の1つであるTuJ1(抗βIII-tubulin抗体、Promega社、マウス)、又は、神経組織マーカーの1つであるPSA-NCAM(抗PSA-NCAM抗体、Millipore社、マウスIgM)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、BMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionした条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のNestin陽性細胞の割合が20%程度、全細胞中のTuJ1陽性細胞の割合も70%程度、そしてPSA-NCAM陽性細胞の割合が70%程度であることがわかった(
図5C-E)。さらに、連続切片の解析から、倒立顕微鏡での明視野での形態観察にて神経組織と判別できる領域は、Nestin陽性、TuJ1陽性、及びPSA-NCAM陽性であったことが確認できた(
図5C-E)。この結果から、フィーダーフリーにて培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionすることで、工程3にて効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0357】
実施例7:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いてPreconditionし、工程3で分化誘導剤としてBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)の存在下(工程1:Precondition処理)、1日間フィーダーフリー培養した。
【0358】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、Preconditionした条件で、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まない無血清培地を50μl加えた。
【0359】
ここで工程3として、以下条件1、条件2にて培養を行った。条件1(+BMP)としては、浮遊培養開始後6日目に、Y27632を含まずヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように培地交換した(
図6B,D)。条件2(-BMP)としては、浮遊培養開始後6日目に、Y27632を含まずBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4を添加しない条件で半量培地交換した(
図6A,C)。
【0360】
浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。浮遊培養開始後23日目に、倒立顕微鏡にて形態を観察したところ、PreconditionしたiPS細胞をスタート原料とした本実施例では、細胞凝集体が維持され、神経組織が形成されていることがわかった。
【0361】
このようにして調製された、工程1にてPrecondition処理を行ったiPS細胞をスタート原料にして作製した浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、工程1にてBMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionし工程3にてBMP4を添加しなかった条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が10%未満(Rx強陽性(網膜に対応)は3%未満、Rx弱陽性(網膜以外の神経組織に対応)は7%未満)、かつChx10陽性細胞の割合も3%未満であることがわかった(
図6A,C)。一方、工程1にてBMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionし工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が60%程度、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も60%程度であることがわかった(
図6B,D)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の割合が高い(95%程度)神経組織において、Rx も強陽性であることが示唆された(
図6B,D)。この結果から、工程1にてPreconditionした条件では神経組織が形成され、さらに、工程3にて浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞(以下、フィーダーフリーヒトiPS細胞という事もある)から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0362】
実施例8:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質又はShhシグナル伝達経路作用物質を用いて、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)又はSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下(Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0363】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0364】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件1、2の2条件で培養した。条件1(+SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した(
図7B-D,F-H、‘+SAG’)。条件2(-SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった(
図7A,E、‘-’)。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後、3日目にY27632及びSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。
【0365】
浮遊培養開始後6日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5 nMで含む培地(
図7E-H)、または、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加しない培地(
図7A-D)になるように培地交換した。浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0366】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後23日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図7)。さらに、浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体の形態を、実施例6記載の方法で定量した(
図7I)。その結果、工程1にてPreconditionせず工程2にてSAGを添加していない条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図7A,E)。一方、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)、BMPR阻害剤(LDN193189)、又はShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図7B-D,F-I)。
【0367】
さらに、前記、TGFβR阻害剤(SB431542)又はBMPR阻害剤(LDN193189)にてPrecondition処理を行ったiPS細胞をスタート原料にして作製した浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経組織マーカー(神経系前駆細胞)の1つであるNestin(抗Nestin抗体、Millipore社、マウス)、神経組織マーカー(ニューロン)の1つであるTuJ1(抗βIII-tubulin抗体、Promega社、マウス)、又は、神経組織マーカーの1つであるPSA-NCAM(抗PSA-NCAM抗体、Millipore社、マウスIgM)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、TGFβR阻害剤(SB431542)又はBMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionした条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のNestin陽性細胞の割合が20%程度、全細胞中のTuJ1陽性細胞の割合も70%程度、そしてPSA-NCAM陽性細胞の割合が70%程度であることがわかった(
図8A-F)。さらに、連続切片の解析から、明視野像での形態観察にて神経組織と判別できる領域はNestin陽性、TuJ1陽性、及びPSA-NCAM陽性であることが確認できた(
図8A-F)。
【0368】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質又はShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、さらに、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件でも添加しなかった条件でも、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0369】
実施例9:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いて、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用いて、工程3にて分化誘導剤としてBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
実施例8記載の方法で、フィーダーフリー培地としてStemFit培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害物質(SB431542)又はBMPR阻害物質(LDN193189)を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件又は添加しなかった条件にて、細胞凝集体を調製した。これら全ての条件で形成された浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体では、神経組織が形成されていた。前記細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡にて観察した。その結果、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)又はBMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を添加しなかった条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が10%未満(Rx強陽性(網膜に対応)は3%未満、Rx弱陽性(網膜以外の神経組織に対応)は7%未満)、かつChx10陽性細胞の割合も3%未満であることがわかった(
図9A,C,E,G)。一方、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)にてPreconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が80%以上、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も70%以上であることがわかった(
図9B,F)。また、工程1にてBMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が50%以上、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も40%以上であることがわかった(
図9D,H)。さらに、連続切片の解析から、Chx10も陽性細胞の割合が高い(95%以上)の神経組織において、Rx強陽性であることがわかった(
図9B,D,F,H)。
【0370】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質にてPreconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にて浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0371】
実施例10:フィーダーフリー培地としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、細胞凝集体の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、「Scientific Reports, 4, 3594 (2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはEssential 8培地(Life technologies社製、Nature Methods, 8, 424-429 (2011))、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0372】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(10 μM, ROCK阻害物質)存在下、Essential 8培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6 x 103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないEssential 8培地に交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0373】
Precondition操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュ(イワキ社製)に播種し、Y27632(10 μM, ROCK経路阻害物質)存在下、Essential 8培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6 x 103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないEssential 8培地に交換した。その後、播種した5日後、サブコンフレント1日前(培養面積の5割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。前記フィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)、又は、TGFβR及びBMPR2重阻害(SB431542を5μM、及び、LDN193189を100 nM)の存在下(工程1:Precondition)、あるいは非存在下(工程1:Preconditionなし、control)で、1日間フィーダーフリー培養した。培養した細胞を、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて明視野観察を行ったところ、フィーダーフリー培養中にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害剤にて処理してもヒトiPS細胞の形態に大きな影響は与えないことが分かった。
【0374】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0375】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件1、2の2条件で培養した。条件1(+SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した(
図10C, F, H, J, L, N “+SAG”)。条件2(-SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった(
図10A, B, D, E, G, I, K, M “-”)。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後、3日目にY27632及びSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。
【0376】
浮遊培養開始後6日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5 nMで含む培地(
図10D-F)、または、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない培地(
図10K-N)になるように培地交換した。浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0377】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後7日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図10)。その結果、工程1にてPreconditionせず工程2にてSAGを添加していない条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図10A)。そして、工程1にてPreconditionした条件では、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件でも、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件でも、細胞凝集体が形成されることがわかった(
図10)。すなわち、フィーダーフリー培地としてEssential 8培地を用いた場合でも、工程1でのTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いたPrecondition処理により、ヒトiPS細胞から形成される細胞凝集体の形態が良くなることが分かった。
【0378】
実施例11:フィーダーフリー培地としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用いた、神経組織の形成例
実施例10記載の方法で、フィーダーフリー培養としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害物質(SB431542)を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用いた細胞凝集体を調製した。浮遊培養開始後18日目の前記細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経組織マーカー(神経系前駆細胞)の1つであるNestin(抗Nestin抗体、Millipore社、マウス)、神経組織マーカー(ニューロン)の1つであるTuJ1(抗βIII-tubulin抗体、Promega社、マウス)、又は、神経組織マーカーの1つであるPSA-NCAM(抗PSA-NCAM抗体、Millipore社、マウスIgM)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、前記細胞凝集体では、全細胞中のNestin陽性細胞の割合が30%程度、全細胞中のTuJ1陽性細胞の割合も70%程度、そしてPSA-NCAM陽性細胞の割合が70%程度であることがわかった(
図11)。さらに、連続切片の解析から、明視野像での形態観察にて神経組織と判別できる領域はNestin陽性、TuJ1陽性、及びPSA-NCAM陽性であることが確認できた(
図11)。すなわち、工程1にてTGFβR阻害物質にてPreconditionし、工程2にてSAGを添加した条件で作製された細胞凝集体では、神経組織が効率よく形成されることがわかった。
【0379】
実施例12:フィーダーフリー培養としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、網膜組織の形成例
実施例10記載の方法で、フィーダーフリー培養としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害物質(SB431542)を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件又は添加しなかった条件で、細胞凝集体を調製した。浮遊培養開始後18日目の前記細胞凝集体を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542) にてPreconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を添加しなかった条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が10%未満(Rx強陽性(網膜に対応)は3%未満、Rx弱陽性(網膜以外の神経組織に対応)は7%未満)、かつChx10陽性細胞の割合も3%未満であることがわかった(
図12)。一方、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542) にてPreconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のRx強陽性細胞の割合が30%以上、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も20%以上であることがわかった(
図12)。さらに、連続切片の解析から、Chx10も陽性細胞の割合が高い(95%以上)の神経組織において、Rx強陽性であることがわかった。この結果から、フィーダーフリー培養としてEssential 8培地を用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害物質を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件で、網膜組織が製造できることが分かった。
【0380】
実施例13:フィーダーフリー培地としてStemFitを用いたヒトiPS細胞をスタート原料として、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、網膜組織の形成例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いてサブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下で、1日間フィーダーフリー培養した(工程1、Precondition: TGFβRi+SAG処理)。
【0381】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目まで1日間に、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。この後、工程3にて、下記条件1~3にて培養した。
【0382】
条件1.浮遊培養開始後3日目に、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換(体積の半分量、すなわち75μlを廃棄し、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない前記無血清培地を75μl加えた)した。
条件2.浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組換えBMP4を終濃度1.5 nMになるような無血清培地を加えた。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回、Y27632、SAG及びBMP作用物質を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換(体積の半分量、すなわち75μlを廃棄し、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない前記無血清培地を75μl加えた)した。
条件3.浮遊培養開始後3日目に、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組換えBMP4を終濃度1.5 nMになるような無血清培地を加えた。浮遊培養開始後6日目以降、3日に一回、Y27632、SAG及びBMP作用物質を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換(体積の半分量、すなわち75μlを廃棄し、Y27632、SAG及びBMPシグナル伝達経路作用物質を含まない前記無血清培地を75μl加えた)した。
【0383】
上記条件1~3にて培養したところ、浮遊培養開始後26日目にいずれの条件でも細胞凝集体が形成し、神経組織が形成された。前記浮遊培養開始後26日目の細胞凝集体を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社, ヒツジ)について免疫染色を行った。その結果、条件1の細胞凝集体は全細胞中のChx10陽性細胞の割合が3%未満であることがわかった(
図13左)。一方、条件2及び条件3の細胞凝集体は、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が60%以上であることがわかった(
図13中、右)。この結果から、工程1でTGFβR阻害物質(SB431542)及びShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件で、網膜組織が製造できることが分かった。
【0384】
実施例14:工程2における播種細胞数の検討(フィーダーフリー培地としてStemFitを用いたヒトiPS細胞をスタート原料として用い、工程1でTGFβシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を用いた)
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いてサブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下で、1日間フィーダーフリー培養した(工程1、Precondition: TGFβRi+SAG処理)。
【0385】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり、以下の4条件、すなわち、0.4 x 104、0.8 x 104、1.2 x 104、又は1.6 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目まで1日間に、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。この後、工程3にて、浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組換えBMP4を終濃度1.5 nMになるように無血清培地を加えた。浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG及びBMP作用物質を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。
【0386】
浮遊培養開始後18日目にいずれの条件でも細胞凝集体が形成し、神経組織が形成された(
図14上段)。前記浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社、ギニアピッグ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡で観察した。その結果、いずれの播種細胞数(0.4 x 10
4、0.8 x 10
4、1.2 x 10
4、又は1.6 x 10
4細胞)においても、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が20%以上であることがわかった(
図14中、右)。特に、播種細胞数が、0.8 x 10
4、又は、1.2 x 10
4細胞の条件が、特にChx10陽性細胞の割合が高かった。Rx陽性細胞の割合に関しても、Chx10と同様の結果であった。この結果から、工程2における播種細胞数が0.4 x 10
4~1.6 x 10
4細胞の条件で、網膜組織が製造できることが分かった。
【0387】
実施例15:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質であるLeftyを用いて、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質としてSAGを用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0388】
実施例1に記載の方法で、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。その後、下記3条件で1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.ヒト組み換えLefty-A(Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質、R&D社製、Lefty-A C-terminus、20μg/ml)
・条件2.ヒト組み換えLefty-A(Nodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質、R&D社製 Lefty-A C-terminus, 20μg/ml)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)
・条件3.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(Preconditionしない条件)
【0389】
このようにして調製した前記条件1-3のヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)に1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0390】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件1、2の2条件で培養した。条件1(+SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した。条件2(-SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0391】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った(
図15)。その結果、工程1にてPreconditionせず工程2にてSAGを添加していない条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図15、A)。一方、工程1にてNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質、又はNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件、又は添加していない条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図15、B,C,D)。
【0392】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としてNodal/Activinシグナル伝達経路阻害物質であるLeftyを用いてPreconditionした条件でも、フィーダーフリーヒトiPS細胞から、質の高い凝集体が形成され、神経上皮の製造効率が良くなることがわかった。
【0393】
実施例16:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質であるA83-01を用いて、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質としてSAGを用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織及び網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0394】
実施例15記載の方法で調製したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)の存在下(Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0395】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0396】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件1、2の2条件で培養した。条件1(+SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、終濃度30 nM)を添加した。条件2(-SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0397】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後20日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った(
図16、A-B)。その結果、工程1にてPreconditionせず工程2にてSAGを添加しなかった条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図16、A)。一方、工程1にてA83-01にてPreconditionし、工程2にてSAGを添加した条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図16、B)。
【0398】
浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、工程1にてA83-01でPreconiditionし、工程2にてSAGを添加した場合、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が20%程度であることがわかった(
図16、C)。
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としてTGFβR阻害剤であるA83-01にてPreconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、網膜組織を製造できることがわかった。
【0399】
実施例17:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質であるA83-01、又は、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、Purmorphamine、又はヒト組み換えShhのいずれか)の組み合わせを用い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0400】
実施例15記載の方法で調製したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、下記6条件で1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)
・条件2.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びSAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)
・条件3.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びPurmorphamine (Wako社製、 Shhシグナル伝達経路作用物質、0.2μM)
・条件4.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びヒト組み換えShh(R&D社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、50ng/ml)
・条件5.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤0.5μM)及びヒト組み換えShh(R&D社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300ng/ml)
・条件6.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(Preconditionしない条件)
【0401】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0402】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件(A)、(B)の2条件で培養した。条件(A)(+SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)を添加した。条件(B)(-SAG)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった。
【0403】
浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAG、Purmorphamine、ヒト組み換えShhを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、Purmorphamine、ヒト組み換えShh、及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、Purmorphamine、ヒト組み換えShh、及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0404】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後20日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った(
図17)。その結果、前記条件6として、工程1にてPreconditionせず工程2にてSAGを添加していない条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図17、A)。一方、前記条件1-5として、工程1にてA83-01及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、PMA、ヒト組み換えShh 50ng/ml、ヒト組み換えShh 300ng/ml)を作用させ、工程2にてSAGを添加した条件(条件(A)(+SAG))では、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図17、B-F)。
これらの結果から、工程1にて、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)、又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、PMA、ヒト組み換えShhのいずれか)を用いてPreconditionした条件で、フィーダーフリーで培養したヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0405】
実施例18:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、Purmorphamine、又はヒト組み換えShhのいずれか)を用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0406】
実施例15記載の方法で調製したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤0.5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下(Precondition処理)あるいは非存在下(工程1:Preconditionしない)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0407】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0408】
工程1で得られた細胞を用い、工程2として以下の条件にて浮遊培養を開始した。いずれの条件においても、Y27632(終濃度20μM)を添加した前記無血清培地を用いた。
・条件1.SAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)を添加した。
・条件2.Purmorphamine (Wako社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、0.2μM)を添加した。
・条件3.ヒト組み換えShh (R&D社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300ng/ml)を添加した。
・条件4.浮遊培養開始時に外来性のShhシグナル伝達経路作用物質は添加しなかった
【0409】
浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAG、Purmorphamine、ヒト組み換えShhを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、Purmorphamine、ヒト組み換えShh、ヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0410】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後20日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図18、A-E)。その結果、工程1にてPreconditionせず、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加していない条件(前記条件4)では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図18、A)。一方、工程1にてA83-01及びSAGにてPreconditionし、工程2にて外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を加えない条件、又はShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine(PMA)、又はヒト組み換えShhのいずれかを加えた条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図18、B-E)。
【0411】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、又はヒト組み換えShhのいずれかを加えた条件で、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0412】
浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、工程1にてA83-01及びSAGでPreconditionし、工程2にて外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合は40%程度であった(
図18、F)。一方、工程1にてA83-01及びSAGでPreconditionし、浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、又はヒト組み換えShhのいずれかを加えた条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合は90%程度であることがわかった(
図18、G-I)。
【0413】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質でPreconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、又はヒト組み換えShhのいずれかを加えた条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0414】
実施例19:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542及びShhシグナル伝達経路作用物質としてPurmorphamineを用い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質としてPurmorphamineを用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0415】
実施例15記載の方法で調製したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びPurmorphamine(PMA;Shhシグナル伝達経路作用物質、0.02μM又は0.2μM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0416】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0417】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)及びPurmorphamine(Wako社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、0.2μM又は2μM)を添加した(
図19)。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びPurmorphamineを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、Purmorphamine、及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、Purmorphamine、及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0418】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後17日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った(
図19、A-D)。その結果、工程1にてSB431542及びPurmorphamine(0.02μM又は0.2μM)にてPreconditionし、工程2にてPurmorphamine(0.2μM又は2μM)を添加した条件において、いずれのPurmorphamine濃度においても細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図19、A-D)。
【0419】
浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製、ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、工程1にてSB431542及びPurmorphamine(0.02μM又は0.2μM)にてPreconditionし、工程2にてPurmorphamine(0.2μM又は2μM)を添加した条件において、いずれのPurmorphamine濃度においても全細胞中のChx10陽性細胞の割合が60%程度であることがわかった(
図19、E-H)。
【0420】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質としてSB431542及びShhシグナル伝達経路作用物質としてPurmorphamineを用いてPreconditionし、浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質(Purmorphamine)を加えた条件で、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0421】
実施例20:工程1でShhシグナル伝達経路作用物質、又はTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質とShhシグナル伝達経路作用物質の組み合わせで1、2、又は3日間Preconditionを行った、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0422】
前記ヒトiPS細胞を、下記6条件で、フィーダーフリー培養した。
・条件1.SAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を48時間
・条件2.SAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を72時間
・条件3.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びSAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を24時間
・条件4. A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びSAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を48時間
・条件5.A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びSAG(Enzo社製、Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を72時間
・条件6.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(Preconditionしない条件)
【0423】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート、住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0424】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件(A)、(B)の2条件で培養した。条件(A)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)を添加した。条件(B)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0425】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後17日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図20、A-J)。その結果、工程1にてPreconditionせず、工程2にてSAGを添加していない条件では、細胞凝集体が崩壊し、神経組織が形成されないことが分かった(
図20、A)。一方、工程1にてSAGで48又は72時間Preconditionし、工程2にてSAGを添加した条件(A)及び添加しなかった条件(B)において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図20、B-D)。また、工程1にてA83-01及びSAGにて24、48又は72時間Preconditionし、工程2にてSAGを添加した条件(A)及び添加しなかった条件(B)において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図20、E-J)。
【0426】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質で48又は72時間Preconditionした条件、及び、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質にて24、48又は72時間Preconditionした条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0427】
実施例21:工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質で24、48、72、96、120又は144時間Preconditionを行い、このうち最後の24時間ではTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質の共存下でPreconditionを行った、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0428】
当該ヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下(Precondition処理)で、フィーダーフリー培養を開始した。SAG存在下での培養を24、48、72、96、120又は144時間継続し、最後の24時間はA83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤、0.5μM)及びSAGの共存下で培養した。
【0429】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0430】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、以下条件(A)、(B)の2条件で培養した。条件(A)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)を添加した。条件(B)として、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加し、SAGは添加しなかった。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後、3日目にY27632及びSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。
【0431】
浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0432】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後16日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った。その結果、工程1にてSAGにて24~144時間、かつ、最後の24時間はA83-01 とSAGの共存下にて Preconditionした条件において、いずれの条件でも細胞凝集体が成長し、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図21、A-L)。
【0433】
これらの結果から、工程1でのShhシグナル伝達経路作用物質のPreconditionの期間が24~144時間であるいずれの条件でも、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0434】
実施例22:工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質で2日間 Preconditionを行い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMP作用物質を1回もしくは複数回添加するフィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0435】
当該サブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下(Precondition処理)で、2日間フィーダーフリー培養した。
【0436】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0437】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した(
図22)。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目以降、以下の条件1-3の3条件でBMP4を添加した。
・条件1.(+BMP4 1回添加) 浮遊培養3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始6日目以降、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。
・条件2.(+BMP4 2回添加) 浮遊培養3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始6日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度を1.5 nM(55 ng/ml)に維持できるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始9日目以降、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。
・条件3.(+BMP4 3回添加) 浮遊培養3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始6日目及び9日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度を1.5 nM(55 ng/ml)に維持できるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始12日目以降、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。
その後、2~4日に一回、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0438】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後16日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った(
図22、A-C)。その結果、BMP4を1、2、及び3回添加したそれぞれの条件において、細胞凝集体が成長し、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図22、A-C)。
【0439】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)にて2日間Preconditionし、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を1、2又は3回添加した条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0440】
浮遊培養開始後16日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、BMP4を1回添加した条件では全細胞中のChx10陽性細胞の割合は60%程度、2回又は3回添加した条件では80%程度であることがわかった(
図22、D-F)。
【0441】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)にて2日間Preconditionし、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を1、2又は3回添加した条件(すなわち、BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度(1.5nM)を3、6、9日間維持する条件)では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織を製造できることが分かった。
【0442】
実施例23:工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質で2日間 Preconditionを行い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3にてBMP4を1.5nM又は5nM添加する、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03; 味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0443】
サブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下(Precondition処理)で、2日間フィーダーフリー培養した。
【0444】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0445】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、1000 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0446】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)、又は5 nM(183 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度を1.5 nM(55 ng/ml)、又は5 nM(183 ng/ml)に維持できるようにY27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0447】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後16日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った。その結果、BMP4を1.5 nM及び5 nM添加したそれぞれの条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図23、A,B)。
【0448】
浮遊培養開始後16日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、BMP4を終濃度1.5 nMになるように二回添加した条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が70%程度であることがわかった(
図23、C)。また、BMP4を終濃度5nMになるように二回添加した条件では全細胞中のChx10陽性細胞の割合が80%程度であることがわかった(
図23、D)
【0449】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質にて2日間Preconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を1.5nM又は5nMで2回添加した条件(すなわち、BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度(1.5nM又は5nM)を6日間維持する条件)では、効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0450】
実施例24:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、30nM、300nM、500nM、又は1000nM)で1日間Preconditionを行い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)を用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0451】
サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤0.5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30nM、300nM、500nM、又は1000nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0452】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0453】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)に維持できるようにY27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0454】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後17日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った(
図24)。その結果、工程1にてA83-01、及びSAG(30~1000nMの濃度範囲)でPreconditionし、工程2にてSAGを添加した条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図24、A-D)。
【0455】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、30nM~1000nM の濃度範囲)でPreconditionした条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0456】
実施例25:工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)で1日間Preconditionを行い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)を30nM、300nM、500nM、又は1000nMの濃度で用いた、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの神経組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0457】
サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、A83-01(Wako社製、TGFβR阻害剤0.5μM)及び、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、1000nM)の存在下(Precondition処理)で、1日間フィーダーフリー培養した。
【0458】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に、10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0459】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM、300nM、500nM、1000nM)を添加した(
図25)。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0460】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4(R&D社製)の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。
【0461】
浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0462】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後17日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った。その結果、工程1にてA83-01及びSAGにてPreconditionし、工程2にてSAGを30nM、300nM、500nM、又は1000nMの濃度 で添加した条件において、細胞凝集体が形成され、効率よく神経組織が形成されることがわかった(
図25、A-D)。
【0463】
これらの結果から、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質(A83-01)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)にてPreconditionし、分化誘導開始時にSAGを30から1000nM の濃度範囲で添加すると、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0464】
実施例26:センダイウイルスを用いて樹立し、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として用い、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用い、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(DSPC-3株、大日本住友製薬にて樹立)は、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycの4因子、DNAVEC社(現、ID Pharma社)製サイトチューンキット)を用いて、Life Technologies社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit、Publication Number MAN0009378、Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(ヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310、http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法をもとに、StemFit培地 (AK03;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
【0465】
当該ヒトiPS細胞(DSPC-3株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0466】
実施例1記載の方法で、ヒトiPS細胞(DSPC-3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、下記3条件で、1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)(
図26、B,C,F,G)
・条件2.LDN193189(BMPシグナル伝達経路阻害物質、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)(
図26、D,E,H,I)
・条件3.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(
図26、A)
【0467】
このようにして調製した条件1-3のヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらに外来性のShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG を加える条件(終濃度30 nM)、又はSAGを加えない条件の無血清培地を用いた。浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG及びヒト組換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。
【0468】
このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後22日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った(
図26、A-E)。その結果、Preconditionしない条件(条件3)では細胞凝集体が成長せず、神経上皮が形成されないことがわかった(
図26、A)。一方、工程1にてSB431542及びSAG、又は、LDN193189及びSAGにてPreconditionした条件(条件1,2)では細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることが分かった(
図26、B-E)。
【0469】
このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後22日目に、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)で観察した。
【0470】
その結果、まず工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionし、工程2でSAGを添加せず、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も90%程度であることがわかった(
図26、F)。また、工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionし、工程2でSAGを添加し、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も70%程度であることがわかった(
図26、G)。すなわち、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)及びShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、工程2のShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件でも添加しなかった条件でも、網膜組織を製造できることがわかった。
【0471】
さらに工程1にてLDN193189及びSAGにてPreconditionし、工程2でSAGを添加せず、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も90%程度であることがわかった(
図26、I)。また、工程1にてLDN193189及びSAGにてPreconditionし、工程2でSAGを添加し、工程3にてBMP4を添加した条件から作製した細胞凝集体では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も60%程度であることがわかった(
図26、H)。すなわち、工程1にてBMPR阻害剤(LDN193189)及びShhシグナル伝達経路作用物質にてPreconditionし、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、工程2のShhシグナル伝達経路作用物質を添加した条件でも添加しなかった条件でも、網膜組織を製造できることがわかった。
【0472】
これらの結果から、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、センダイウイルスにて作製し、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、網膜組織を製造できることがわかった。
【0473】
実施例27:フィーダーフリー培養したヒトES細胞をスタート原料に、工程1にてTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞からの網膜組織の製造例
Rx::GFPノックインヒトES細胞(KhES-1株由来;Cell Stem Cell, 2012, 10(6) 771-785)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した(
図27、A)。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0474】
実施例1記載の方法で、ヒトES細胞(Rx::GFP株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前になるまでフィーダーフリー培養した。サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、下記3条件で、1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)(
図27、C,E)
・条件2.LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、30 nM)(
図27、D,F)
・条件3.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(
図27、B)
【0475】
このようにして調製した条件1-3のヒトES細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトES細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に、10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0476】
条件3のPreconditionしない条件では、浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらに外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を加えない条件の無血清培地を用いた。
【0477】
条件1及び2では、浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらに外来性のShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG を加える条件(終濃度30 nM)の無血清培地を用いた(
図27)。条件1-3のいずれでも浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、及びヒト組換えBMP4を含まない無血清培地にて、半量培地交換した。その後、3日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0478】
このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った。その結果、Preconditionしない条件(条件3)では、細胞凝集体の神経上皮形成の効率が悪かった(
図27、B)。一方、工程1にてSB431542及びSAGの組み合わせ、又は、LDN193189及びSAGの組み合わせにてPreconditionした条件(条件1,2)では細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることが分かった(
図27、C,D)。すなわち、工程1でのPrecondition操作により、神経上皮の製造効率が良くなることがわかった。
【0479】
このようにして調製された細胞凝集体(ヒトES細胞Rx::GFP株由来)における、Rx遺伝子プロモーター制御下でのGFPの発現を、蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)で観察した。その結果、工程1にてSB431542及びSAGの組み合わせ、又は、LDN193189及びSAGの組み合わせにてPreconditionし、工程2にてSAGを添加し、工程3にてBMP4を添加した条件にて、全細胞中の90%程度がGFP強陽性であることがわかった(
図27、E,F)。
【0480】
これらの結果から、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトES細胞をスタート原料として、網膜組織を製造できることがわかった。
【0481】
実施例28:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いて、工程2にShhシグナル伝達経路作用物質を用いて、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
実施例1記載の方法にて、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、TGFβR阻害剤(SB431542、5μM)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、300 nM)にて1日間フィーダーフリー培養した(Precondition)。
【0482】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、浮遊培養開始時に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びShhシグナル作用物質(SAG、30 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
浮遊培養開始後、3日目にY27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む前記無血清培地を用いて、外来性のヒト組み換えBMP4を終濃度1.5 nMになるように培地交換した。浮遊培養開始後3日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。浮遊培養開始後17日目には、細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成された。
【0483】
当該浮遊培養開始後17日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、3日間すなわち浮遊培養開始後20日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後20日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0484】
さらに、当該浮遊培養開始後20日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、81日間すなわち浮遊培養開始後101日目まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後20日目から101日目までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後30日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0485】
このようにして調製された浮遊培養開始後101日目のそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rax/Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)、増殖細胞マーカーの1つであるKi67(抗Ki67抗体、Leica社製、ウサギ)、神経網膜前駆細胞マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社、ヒツジ)、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるCrx(抗Crx抗体、Takara社製、ウサギ)、視細胞前駆細胞マーカーの1つであるBlimp1(抗Blimp1抗体、Santa Cruz社製、ラット)、神経節細胞マーカーの1つであるBrn3b(抗Brn3b抗体、Santa Cruz社製、ヤギ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)で観察した。
【0486】
その結果、このようにして調製した細胞凝集体では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった(
図28、A)。連続切片の解析から、Rx強陽性細胞のうちにKi67陽性かつChx10陽性の神経網膜前駆細胞が含まれていることがわかった(
図28、B,C)。また、当該細胞凝集体には、Crx強陽性の視細胞前駆細胞が含まれていることがわかった(
図28、D)。連続切片の解析から、Crx強陽性細胞の一部がBlimp1陽性の視細胞前駆細胞であることがわかった(
図28、E)。また、当該細胞凝集体には、Brn3b陽性の神経節細胞が含まれていることがわかった(
図28、F)。
【0487】
これらの結果から、本発明の製造方法にて作製した網膜組織は、培養を続けることで、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、神経節細胞を含む網膜組織へと分化・成熟化することがわかった。
【0488】
実施例29:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いて、工程2にShhシグナル伝達経路作用物質を用いて、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
実施例28記載の方法で、フィーダーフリー培地としてStemFit培地を用いたヒトiPS細胞(1231A3株)をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、300 nM)にて1日間Preconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、30 nM)を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質(BMP4、終濃度1.5 nM)を添加した条件にて、細胞凝集体を調製した。浮遊培養開始後18日目には、神経上皮が形成された。
【0489】
当該浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、5日間すなわち浮遊培養開始後23日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後23日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0490】
さらに、当該浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後130日目まで(107日間)、浮遊培養開始後137日目(114日間)まで、又は、浮遊培養開始後178日目(155日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後23日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後35日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0491】
このようにして調製された浮遊培養開始後130日目、137日目、及び178日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、介在神経マーカー(神経節細胞およびアマクリン細胞)の1つであるCalretinin(抗Calretinin抗体、Millipore社製、ウサギ)、錐体視細胞マーカーの1つであるS-opsin(抗S-opsin抗体、Millipore社製、ウサギ)、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rax/Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)、介在神経マーカー(神経節細胞およびアマクリン細胞)の1つであるPax6(抗Pax6抗体、BD社製、マウス)、視細胞マーカーの1つであるRecoverin(抗Recoverin抗体、Millipore社製、ウサギ)、桿体視細胞マーカーの1つであるRhodopsin(抗Rhodopsin抗体Ret-P1、Sigma社製、マウス)、桿体視細胞前駆細胞マーカーの1つであるNRL(抗NRL抗体、R and D社製、ヤギ)、介在神経マーカー(水平細胞)の1つであるCalbindin(抗Calbindin抗体、Millipore社製、ウサギ)について免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社製、LSM780)で観察した。
【0492】
まず浮遊培養開始後130日目の細胞凝集体を解析したところ、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった。Rx強陽性の網膜組織のうち、内側に、Calretinin陽性の介在神経細胞が存在していることがわかった(
図29、A)。
【0493】
浮遊培養開始後137日目の細胞凝集体を解析したところ、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった。またRx強陽性の網膜組織のうち、Crx陽性の視細胞前駆細胞や、Recoverin陽性の視細胞が含まれることがわかった。さらに、このRx強陽性の網膜組織のうち、S-opsin陽性の錐体視細胞が含まれることがわかった(
図29、B)。
【0494】
浮遊培養開始後178日目の細胞凝集体を解析したところ、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であることがわかった(
図29、C)。連続切片の解析から、Rx強陽性の網膜組織のうち、内側にPax6陽性の介在神経(アマクリン細胞および神経節細胞)が存在することがわかった(
図29、D)。またこのRx強陽性の網膜組織のうち、外側にRecoverin陽性の視細胞、Rhodopsin陽性の桿体視細胞、NRL陽性の桿体視細胞前駆細胞、Calbindin陽性の水平細胞が含まれることがわかった(
図29、E-H)。
【0495】
これらの結果から、本願製造法にて作製した網膜組織は、培養を続けることで、視細胞前駆細胞、視細胞、錐体視細胞、桿体視細胞、水平細胞、他の介在神経細胞を含む網膜組織へと分化・成熟化することがわかった。
【0496】
実施例30:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用い、工程2にShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3でBMPシグナル伝達経路作用物質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
実施例29記載の方法で、フィーダーフリー培地としてStemFit培地を用いたヒトiPS細胞(1231A3株)をスタート原料として、工程1でTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)及びShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、300 nM)にて1日間Preconditionし、工程2でShhシグナル伝達経路作用物質(SAG、30 nM)を用い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質(BMP4、終濃度1.5 nM)を添加した条件にて、細胞凝集体を調製した。浮遊培養開始後18日目には、神経上皮が形成された。
【0497】
当該浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、Wntシグナル伝達経路作用物質(CHIR99021、3μM)及びFGFシグナル伝達経路阻害物質(SU5402、5μM)を含む無血清培地(DMEM/F12培地に、1% N2 supplementが添加された培地)で、37℃、5%CO2で、5日間すなわち浮遊培養開始後23日目まで培養した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、50個程度の凝集体を、10 mlの前記CHIR99021及びSU5402を含む無血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後23日目には、薄い神経上皮が形成され、網膜色素上皮(RPE)様組織が形成された。
【0498】
さらに、当該浮遊培養開始後23日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、Wntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、37℃、5%CO2、大気圧の酸素濃度(20%程度)で、浮遊培養開始後63日目まで(41日間)まで浮遊培養した。浮遊培養開始以後23日目から浮遊培養終了時までの間、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。この期間、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、15 mlの前記血清培地で浮遊培養した。浮遊培養開始後35日目以降には、神経網膜様組織が存在した。
【0499】
このようにして調製された浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体を倒立顕微鏡(ニコン社製)にて明視野観察すると、神経網膜組織と色素沈着したRPE様組織が存在することがわった。得られた100個の細胞凝集体を詳しく解析すると、全細胞のうち90%以上が神経網膜によって構成される細胞凝集体が40個、神経網膜と網膜色素上皮(RPE、色素沈着によって判別できた)が共存する複合網膜組織が40個(
図30、A)、全細胞のうち90%以上が網膜色素上皮(RPE、色素沈着によって判別できた)によって構成される細胞凝集体(
図30、B)が20個形成されていた。
【0500】
さらに前記当該浮遊培養開始後63日目の細胞凝集体をWntシグナル伝達経路作用物質及びFGFシグナル伝達経路阻害物質を含まない血清培地(DMEM/F12培地に、10%牛胎児血清、1% N2 supplement、0.5μM レチノイン酸、及び100μMタウリンが添加された培地)で、浮遊培養開始後130日目まで(107日間)まで浮遊培養した。これらの細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、毛様体周縁部(CMZ)マーカーの1つであるSSEA1(抗SSEA1抗体、Millipore社製、マウス)、RPEマーカーの1つであるMitf(抗Mitf抗体、Exalpha社、マウス)、RPE及び毛様体マーカーの1つであるAqp1(抗Aqp1抗体、Millipore社製、ウサギ)について免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡(Zeiss社製、LSM780)で観察した。
【0501】
浮遊培養開始後130日目の、凝集体全体が色素沈着したRPE様組織を解析したところ、全細胞の80%程度がRx弱陽性であることがわかった。そして、連続切片の解析からRx弱陽性の細胞が、Mitf陽性のRPEであることがわかった(
図30、D)。さらに、前記RPE様組織は、Aqp1陽性であることがわかった(
図30、E)。これらの結果から、本発明の製造方法にて作製した網膜組織は、RPEへと分化・成熟化できることがわかった。
【0502】
浮遊培養開始後130日目の、神経網膜とRPE様組織を両方含む複合網膜組織を解析したところ、全細胞中のRx陽性細胞の割合が90%程度であり、そのうちRx強陽性の神経網膜と、Rx弱陽性のRPE様組織が存在することがわかった。そして、神経網膜(
図30、C右側)とRPEの境界に、SSEA1陽性の毛様体周縁部が形成されていることがわかった(
図30、C)。この結果から、本発明の製造方法にて作製した網膜組織は、毛様体周縁部へと分化・成熟化できることがわかった。
【0503】
実施例31:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から大脳組織の製造例
実施例1記載の方法で、ヒトiPS細胞(1231A3株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0504】
実施例1記載の方法で、ヒトiPS細胞(1231A3株)をStemFit培地を用いて、サブコンフレント1日前までフィーダーフリー培養した。当該サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、下記3条件で、1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)
・条件2.LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)
・条件3.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(Preconditionしない条件)
【0505】
このようにして調製した前記条件1-3のヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり0.9 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(GMEM+KSR)には、GMEM培地(Life Technologies社製)に20% KSR(Life Technologies社製)、0.1mM 2-メルカプトエタノール、1x非必須アミノ酸(Life Technologies社製)、及び1mMピルビン酸(Life Technologies社製)を添加した無血清培地を用いた。
【0506】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地に、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)、TGFβR阻害剤(SB431542、5μM)、及びY27632(20μM)を前記無血清培地に加え、さらにSAGを含む条件(A)(Shhシグナル作用物質、100 nM)又は含まない条件(B)にて培養した。浮遊培養開始後2日目に、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された。
【0507】
浮遊培養開始後3日目に、Y27632及びSAGを含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)及びTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)を含む無血清培地にて半量培地交換した。その後、浮遊培養開始後25日目又は27日目まで、2~4日に一回、Y27632及びSAGを含まず、Wntシグナル伝達経路阻害物質(IWR-1-endo、3μM)及びTGFβR阻害剤(SB431542、5μM)を含む前記無血清培地にて半量培地交換した。
【0508】
浮遊培養開始後25日目の細胞凝集体を、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った。その結果、Preconditionしない条件(条件3)では、細胞凝集体が成長せず、神経上皮がほとんど形成されなかった(
図31、A)。一方、工程1にてSB431542及びSAG、又は、LDN193189及びSAGにてPreconditionした条件(条件1,2)で、工程2にてSAGを加えない条件(B)でも、細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることが分かった(
図31、B,C)。同様に、一方、工程1にててSB431542及びSAG、又は、LDN193189及びSAGにてPreconditionした条件(条件1,2)で、工程2にてSAGを加えた条件(A)でも、細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることが分かった。すなわち、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はShhシグナル作用物質を添加すれば、工程2にてShhシグナル作用物質を添加した条件と添加しなかった条件のいずれの条件でも、神経上皮の製造効率が良くなることがわかった。
【0509】
このようにして調製された浮遊培養開始後27日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、神経系前駆細胞マーカーの1つであるSox2(抗Sox2抗体、Santa Cruz社製、ヤギ)、及び、大脳のマーカーの1つであるFoxG1(抗FoxG1抗体、理化学研究所にて作製、As3514、ウサギ)について免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製)で観察した。
【0510】
その結果、工程1にて条件1で培養した浮遊培養開始後27日目の細胞凝集体では、細胞凝集体の表面にSox2陽性の神経系前駆細胞が存在することがわかった(
図32、A)。さらに共染色の解析から、Sox2陽性の神経系前駆細胞の98%程度が、Sox2陽性かつFoxG1陽性の大脳神経系前駆細胞であることがわかった(
図32、B)。また、工程1にて条件2で培養した浮遊培養開始後27日目の細胞凝集体でも、条件1と同様に、細胞凝集体の表面にSox2陽性の神経系前駆細胞が存在し、Sox2陽性の神経系前駆細胞の98%程度が、Sox2陽性かつFoxG1陽性の大脳神経系前駆細胞であることがわかった。
【0511】
この結果から、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、大脳組織を製造できることがわかった。
【0512】
実施例32:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、ヒトiPS細胞から大脳組織の製造例
実施例31記載の方法で調製された浮遊培養開始後27日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)に移し、DMEM/F12培地(Life Technologies社製)に、1% N2 supplement(Life Technologies社製)を加えた無血清培地にて、37℃、5%CO2で、浮遊培養した。この時、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、10 mlの無血清培地で浮遊培養した。その後、浮遊培養開始後40日目まで、2~4日に一回、DMEM/F12培地(Life Technologies社製)に1% N2 supplement(Life Technologies社製)を加えた無血清培地にて半量培地交換した。
【0513】
得られた浮遊培養開始後40日目の細胞凝集体を、90 mmの低接着培養皿(住友ベークライト社製)にて、DMEM/F12培地(Life Technologies社製)に10%牛胎児血清、1% N2 supplement、及び0.5μM レチノイン酸を加えた血清培地にて、37℃、5%CO2で、浮遊培養した。この時、一枚の90 mmの低接着培養皿あたり、30個程度の凝集体を、10 mlの無血清培地で浮遊培養した。その後、浮遊培養開始後60日目まで、2~4日に一回、前記血清培地にて半量培地交換した。
【0514】
このようにして調製された浮遊培養開始後60日目の細胞凝集体をそれぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、大脳のマーカーの1つであるFoxG1(抗FoxG1抗体、理化学研究所にて作製、As3514、ウサギ)、背側大脳神経系前駆細胞のマーカーの1つであるPax6(抗Pax6抗体、BD社製、マウス)、大脳の第6層ニューロンのマーカーの1つであるTbr1(抗Tbr1抗体、Abcam社製、ウサギ)、及び、大脳の第5層ニューロンのマーカーの1つであるCtip2(抗Ctip2抗体、Abcam社製、ラット)、について免疫染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製)で観察した。
【0515】
その結果、工程1にてSB431542及びSAGにてPreconditionした条件(条件1)で培養した浮遊培養開始後60日目の細胞凝集体では、細胞凝集体の全細胞のうちの40%程度の細胞がFoxG1陽性の大脳の細胞であることがわかった(
図32、C)。さらに連続切片の解析から、FoxG1陽性細胞を含む細胞凝集体では、Pax6陽性の背側大脳神経系前駆細胞を全細胞中の30%程度含み(
図32、D)、Tbr1陽性の第6層ニューロンを全細胞中の5%程度含み、Ctip2陽性の第5層ニューロンを15%程度含むことがわかった。
【0516】
また、工程1にてLDN193189及びSAGにてPreconditionした条件(条件2)で培養した浮遊培養開始後60日目の細胞凝集体でも、条件1と同様に、FoxG1陽性の大脳の細胞が存在することがわかった。さらに連続切片の解析から、FoxG1陽性細胞を含む細胞凝集体では、Pax6陽性の背側大脳神経系前駆細胞を全細胞中の30%程度含み、Tbr1陽性の第6層ニューロンを全細胞中の5%程度含み、Ctip2陽性の第5層ニューロンを15%程度含むことがわかった。
さらに、工程1にて条件1又は条件2で培養し、工程2にてSAGを含む条件(条件(A))又はSAGを含まない条件(条件(B))のいずれの4条件でも、浮遊培養開始後60日目の細胞凝集体で、FoxG1陽性の大脳の細胞が存在することがわかった。
【0517】
これら結果から、工程1でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3でTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料として、大脳組織、大脳神経系前駆細胞、大脳層特異的なニューロン(例えば、第6層ニューロン、第5層ニューロン)を製造できることがわかった。
【0518】
実施例33:フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞をスタート原料に、工程1にTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質を用いた、神経組織の製造例
実施例8記載の方法で、フィーダーフリー培養したサブコンフレント1日前のヒトiPS細胞(1231A3株)を下記2条件で、1日間フィーダーフリー培養した。
・条件1.SB431542(TGFβR阻害剤、5μM)
・条件2.LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)
・条件3.外来性のTGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びShhシグナル伝達経路作用物質非存在下(Preconditionしない条件)
【0519】
このようにして調製した条件1-3のヒトiPS TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0520】
その後、下記2種類の培養皿にて細胞を播種した。
・条件(A).前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性のU底の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド U底プレートPrimeSurface 96U底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの前記無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。
・条件(B).前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の60mmの平底の細胞培養皿(浮遊培養用シャーレ,住友ベークライト社)の1培養皿あたり2.4 x 105細胞になるように4mlの前記無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。
【0521】
条件3のPreconditionしない条件では、浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を加えない条件の無血清培地を用いた。
【0522】
条件1及び2では、浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらに外来性のShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG を加える条件(終濃度300 nM)の無血清培地を用いた(
図33)。条件1-3のいずれでも浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後4日目にY27632及びSAGを含まない前記無血清培地を加えた。その後、2~4日に一回、Y27632及びSAGを含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。
【0523】
このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行った。その結果、Preconditionしない条件(条件3)では、U底プレート(条件A)でも、平底培養皿(条件B)でも、細胞凝集体が成長せず、神経上皮がほとんど形成されなかった(
図33、A,F)。一方、工程1にてTGFβR阻害剤(SB431542)、又は、BMPR阻害剤(LDN193189)にてPreconditionした条件(条件1,2)では、U底プレート(条件A)でも、平底培養皿(条件B)でも、細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることがわかった(
図33、B-E,G-J)。すなわち、工程1でのPrecondition操作により、U底プレート(条件A)でも、平底培養皿(条件B)でも、神経上皮の製造効率が良くなることがわかった。
【0524】
実施例34:フィーダーフリー培地StemFit(AK03N)を用いて培養したヒトiPS細胞を、工程1でShhシグナル伝達経路作用物質でPrecondition操作を行い、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3でBMP4を添加する、網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03N; 味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0525】
実施例8記載の方法で、フィーダーフリー培養したサブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)の存在下で、2日間フィーダーフリー培養した(工程1、Precondition処理)。
【0526】
前記ヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0527】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、500 nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0528】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)又は5nM(183 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度を1.5 nM(55 ng/ml)又は5nM(183 ng/ml)に維持できるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0529】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った。その結果、BMP4を1.5nM又は5nM添加した条件において、細胞凝集体が成長し、神経組織が効率よく形成されることがわかった(
図34、A-B)。
【0530】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)にて2日間Preconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMP4を1.5nM又は5nM添加した条件では、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0531】
浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、BMP4を終濃度1.5nMになるように二回添加した条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が70%程度であった(
図34、C)。また、BMP4を終濃度5nMになるように二回添加した条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が90%程度であった(
図34、D)。
【0532】
これらの結果から、フィーダーフリー培地StemFit(AK03N)を用いて培養したヒトiPS細胞を、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質(SAG)にて2日間Preconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を5nMで2回添加した条件(すなわち、BMPシグナル伝達経路作用物質の濃度を6日間5nMに維持する条件)で、効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0533】
実施例35:工程1にてShhシグナル作用物質で1~4日間 Preconditionを行い、工程2にてShhシグナル作用物質を用い、工程3にてBMPシグナル作用物質を添加する、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(Ff-I01株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03N; 味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0534】
下記4条件でPrecondition処理を行った。
・条件1.サブコンフレントの24時間前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03N)で、24時間、フィーダーフリー培養した。
・条件2.サブコンフレントの48時間前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03N)で、48時間、フィーダーフリー培養した。
・条件3.サブコンフレントの72時間前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03N)で、72時間、フィーダーフリー培養した。
・条件4.サブコンフレントの96時間前のヒトiPS細胞を、SAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03N)で、96時間、フィーダーフリー培養した。
【0535】
前記4条件で培養したヒトiPS細胞を、それぞれTrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.0 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0536】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、500 nM)を添加した(
図35)。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0537】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に培地を50μl抜き、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度を1.5 nM(55 ng/ml)に維持できるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換した。
【0538】
このようにして調製された細胞凝集体を浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス)を用いて、明視野観察を行った。その結果、前記条件1~4のいずれのPreconditionした条件でも、細胞凝集体が成長し、効率よく神経上皮が形成されることがわかった(
図35、A-D)。
【0539】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質で1~4日間Preconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0540】
このようにして調製された、浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行い、蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、SAGにて24時間Preconditionを行った条件(条件1)では全細胞中のChx10陽性細胞の割合も10%程度であることがわかった(
図35、E)。一方、SAGにて48,72、又は96時間Preconditionを行った条件(条件2,3,4)では全細胞中のChx10陽性細胞の割合も80%程度であることがわかった(
図35、F-H)
【0541】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質にて1~4日間の期間Preconditionし、工程2にてShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、BMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、いずれの条件でも、効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0542】
実施例36:工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質で30分~2日間 Preconditionを行い、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加する、フィーダーフリーヒトiPS細胞からの網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0543】
下記5条件でPrecondition処理を行った。
・条件1.サブコンフレント直前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03)で、30分間、フィーダーフリー培養した。
・条件2.サブコンフレント直前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03)で、6時間、フィーダーフリー培養した。
・条件3.サブコンフレント1日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03)で、24時間、フィーダーフリー培養した。
・条件4.サブコンフレント2日前のヒトiPS細胞を、LDN193189(BMPR阻害剤、100 nM)及びSAG(Shhシグナル伝達経路作用物質、300 nM)を添加したStem Fit培地(AK03)で、48時間、フィーダーフリー培養した。
・条件5.TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及び/又はShhシグナル伝達経路作用物質を添加しない条件でフィーダーフリー培養したサブコンフレントのヒトiPS細胞。
【0544】
前記5つの条件のヒトiPS細胞を、それぞれTrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2 x 104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。
【0545】
浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、いずれの条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0546】
浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように、Y27632、SAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて、半量培地交換操作を行った。
【0547】
このようにして調製された細胞を浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製)を用いて、明視野観察を行った。その結果、Precondition操作を行っていない条件(条件5)では、凝集体が崩れ、神経上皮がほとんど形成されなかった(
図36、A)。一方、LDN193189及びSAGにて、30分、6時間、24時間、48時間のいずれの期間Precondition処理した条件(条件1-4)でも、凝集体が成長し、神経上皮が効率よく形成されることが分かった(
図36、B-E)。
【0548】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル作用物質で30分~2日間Preconditionし、工程3にてBMPシグナル作用物質を添加した条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0549】
このようにして調製された浮遊培養開始後22日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、LDN193189及びSAGにて、30分、6時間、24時間、48時間のいずれの期間Precondition処理した条件(条件1-4)でも、全細胞中のChx10陽性細胞の割合が80%程度であることがわかった(
図36、F-I)。
【0550】
これらの結果から、工程1にてShhシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路阻害物質で30分~2日間Preconiditionし、工程3にてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0551】
本発明の製造方法により、フィーダー細胞非存在下において、多能性幹細胞から神経系細胞への分化誘導を行い、神経組織を製造することが可能になる。本発明の製造方法は、神経組織を用いて医薬品候補化合物、その他化学物質の毒性・薬効評価や、神経組織移植治療用移植材料への応用のための、試験や治療に使用するための材料となる神経組織を製造できる点で有用である。
【0552】
ここで述べられた特許、特許出願明細書及び科学文献を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0553】
本出願は、日本で出願された特願2014-217867(出願日:2014年10月24日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。