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  • 特許-ミノムシ絹糸の採糸方法 図1A
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-19
(45)【発行日】2022-05-27
(54)【発明の名称】ミノムシ絹糸の採糸方法
(51)【国際特許分類】
   D01B 7/06 20060101AFI20220520BHJP
   D01B 7/00 20060101ALI20220520BHJP
【FI】
D01B7/06
D01B7/00 Z
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2017251904
(22)【出願日】2017-12-27
(65)【公開番号】P2019116701
(43)【公開日】2019-07-18
【審査請求日】2020-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 太陽
(72)【発明者】
【氏名】亀田 恒徳
(72)【発明者】
【氏名】浅沼 章宗
(72)【発明者】
【氏名】佐々 博紀
【審査官】▲高▼辻 将人
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-220119(JP,A)
【文献】特開平10-036548(JP,A)
【文献】特開2001-190384(JP,A)
【文献】特開平04-276403(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01B 1/00- 9/00
D01C 1/00- 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミノムシ絹糸の採糸方法であって、
ミノムシ巣と分離した裸ミノムシを、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない溶媒に可溶な巣素材と共に配置する配置工程、
裸ミノムシに前記巣素材を用いて営巣させる営巣工程、
巣素材を前記溶媒で溶解する溶解工程、及び
溶解した巣素材とミノムシ絹糸を分離する分離工程
を含む前記方法。
【請求項2】
前記営巣工程後、及び前記溶解工程前にミノムシ巣を回収する回収工程をさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記溶媒が水である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記溶媒が低極性溶媒である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
ミノムシ絹糸の採糸方法であって、
ミノムシ巣と分離した裸ミノムシを熱易融性の巣素材と共に配置する配置工程、
裸ミノムシに前記巣素材を用いて営巣させる営巣工程、
ミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融しない温度で加熱して巣素材を溶融する溶融工程、及び
溶融した巣素材とミノムシ絹糸を分離する分離工程
を含む前記方法。
【請求項6】
前記営巣工程後、及び前記溶融工程前にミノムシ巣を回収する回収工程をさらに含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記配置工程において、裸ミノムシを単体で収容可能な凹部を含むプレート上の当該凹部に裸ミノムシを配置する、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記プレートが遮光性である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
分離したミノムシ絹糸を洗浄する洗浄工程をさらに含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
ミノムシ絹糸を乾燥する乾燥工程をさらに含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載のミノムシ絹糸の採糸方法を用いて得られる、ミノムシ絹糸で構成された不織布。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミノガ科に属する蛾の幼虫、すなわちミノムシに由来する絹糸を採糸する方法、その採糸方法を用いて得られる不織布、及びその方法で用いられる巣素材に関する。
【背景技術】
【0002】
昆虫の繭を構成する糸や哺乳動物の毛は、古来より動物繊維として衣類等に利用されてきた。特にカイコガ(Bombyx mori)の幼虫であるカイコ由来の絹糸(本明細書では、しばしば「カイコ絹糸」と表記する)は、吸放湿性や保湿性、及び保温性に優れ、また独特の光沢と滑らかな肌触りを有することから、現在でも高級天然素材として珍重されている。
【0003】
しかし、自然界には、カイコ絹糸に匹敵する、又はそれ以上の特性をもつ動物繊維が存在する。近年、そのような優れた特性をもつ動物繊維を新たな天然素材として活用するために、その探索や研究が進められている。
【0004】
ミノムシ(Basket worm, alias "bag worm")は、チョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称で、通常は葉片や枝片を糸で絡めた紡錘形又は円筒形の巣(本明細書では、しばしば「ミノムシ巣」と表記する)の中に潜み、摂食の際にも巣ごと移動する等、全幼虫期を巣と共に生活することが知られている。
【0005】
このミノムシが吐糸する絹糸(本明細書では、しばしば「ミノムシ絹糸」と表記する)が、近年、カイコ絹糸よりも優れた特性をもつ新たな動物繊維性の天然素材として注目を集めている。例えば、弾性率に関してチャミノガ(Eumeta minuscula)のミノムシ絹糸は、カイコ絹糸の3.5倍にも及び、非常に強い強度を誇る(非特許文献1及び2)。また、カイコ絹糸と同等以上の光沢と艶やかさを有するだけでなく、単繊維の断面積がカイコ絹糸のそれの1/7ほどしかないため、カイコ絹糸よりもさらに木目細かく、滑らかな肌触りと、薄くて軽い布を作製することができる。
【0006】
飼育面においてもミノムシは、カイコよりも優れた点を有する。例えば、カイコは、原則としてクワ(クワ属(Morus)に属する種で、例えば、ヤマグワ(M. bombycis)、カラヤマグワ(M. alba)、及びログワ(M. Ihou)等を含む)の生葉のみを食餌とするため、飼育地域や飼育時期は、クワ葉の供給地やクワの開葉期に左右される。一方、ミノムシは広食性で、餌葉に対する特異性が低く、多くの種類が様々な樹種の葉を食餌とすることができる。したがって、餌葉の入手が容易であり、飼育地域を選ばない。また、種類によっては、常緑樹の葉も餌葉にできるため、落葉樹のクワと異なり年間を通して餌葉の供給が可能となる。その上、ミノムシはカイコよりもサイズが小さいので、飼育スペースがカイコと同等以下で足り、大量飼育も容易である。したがって、カイコと比較して飼育コストを大幅に抑制することができる。
【0007】
また、生産性においてもミノムシは、カイコよりも優れている。例えば、カイコは営繭時のみに大量に吐糸し、営繭は全幼虫で同時期に行われる。そのため採糸時期が重なり、労働期が集中してしまう。しかし、ミノムシは、幼虫期を通して営巣時や移動時に吐糸を繰り返し行っている。そのため採糸時期を人為的に調整することで、労働期を分散できる。
【0008】
以上のようにミノムシ絹糸は、カイコ絹糸を超える特性を有し、また生産上も有利な点が多いため非常に有望な新規天然素材として期待されている。
【0009】
ところが、ミノムシ絹糸を実用化するには、いくつかの課題を解決しなければならない。その一つが、ミノムシ巣の特徴に関連した問題である。ミノムシ巣の表面には、必ず葉片や枝片等の夾雑物が付着している。これは、巣の作製及び増設の過程で、カモフラージュのために周囲の小枝片や葉を巣に取り込むというミノムシの習性に起因する。ミノムシ絹糸を製品化するには、これらの夾雑物を完全に除去する必要がある。従来は、営巣されたミノムシ巣から手作業によってこれらの夾雑物を除去するか、又は温水中に長時間浸漬してミノムシ巣を軟化させて夾雑物を脱離させる方法が採用されてきた。しかし、これらの夾雑物の除去作業には膨大な手間を要する。また、既存の技術では夾雑物を完全に除去することができず、最終生産物に僅かな小葉片等が混在したり、夾雑物由来の色素でミノムシ絹糸が薄茶色に染色されたりするなど、低品質な製品しか得られないという問題があった。色素除去を目的とした塩基や酸を用いた脱色処理は可能であるものの、ミノムシ絹糸の強度を損なう等の品質に著しい低下を招いてしまう。ミノムシ絹糸を実用化するには、上記課題解決が必須であったが、これまで夾雑物を含まず、かつ汚れのない純粋かつ高本質なミノムシ絹糸を簡便で安価な採糸する方法は存在しなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】WO2012/165477
【非特許文献】
【0011】
【文献】大崎茂芳, 2002, 繊維学会誌(繊維と工業), 58: 74-78
【文献】Gosline J. M. et al., 1999, 202, 3295-3303
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、ミノムシ巣から夾雑物を含まない高品質なミノムシ絹糸を簡便かつ大量に、そして低コストで採糸する方法を開発し、それを提供することである。また、それによりミノムシ絹糸を新規天然素材として実用化することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
ミノムシを巣から取り出し、全身を剥き出しの状態(本明細書では、このようなミノムシをしばしば「裸ミノムシ」と表記する)にすると、自らの保護と保温のために速やかに営巣行動に移る。その際に葉や小枝に代わる巣の素材として自分の周囲に存在する小片物質をミノムシ巣に取り込む習性がある。日本では、この習性を利用して、様々な色の毛糸屑や色紙小片をミノムシ巣に取り込ませたカラフルなミノムシ巣を作らせる子供の遊びが古くから知られている。
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために、ミノムシの習性を利用した新規採糸方法を開発した。裸ミノムシに溶媒可溶性物質又は熱易融性物質を巣素材として与えると、裸ミノムシはそれらを用いて営巣する。その後、新たに作製されたミノムシ巣に混在している巣素材に応じて、溶媒又は熱によって処理することで、巣素材を溶解又は溶融させることができる。続いて、溶解又は溶融した巣素材を分離すれば、ミノムシ巣を構成していたミノムシ絹糸のみを得ることが可能となる。本発明は、上記採糸方法に基づく以下を提供する。
(1)ミノムシ絹糸の採糸方法であって、ミノムシ巣と分離した裸ミノムシを、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない溶媒に可溶な巣素材と共に配置する配置工程、裸ミノムシに前記巣素材を用いて営巣させる営巣工程、巣素材を前記溶媒で溶解する溶解工程、及び溶解した巣素材とミノムシ絹糸を分離する分離工程を含む前記方法。
(2)前記営巣工程後、及び前記溶解工程前にミノムシ巣を回収する回収工程をさらに含む、(1)に記載の方法。
(3)前記溶媒が水である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記溶媒が低極性溶媒である、(1)又は(2)に記載の方法。
(5)ミノムシ絹糸の採糸方法であって、ミノムシ巣と分離した裸ミノムシを熱易融性の巣素材と共に配置する配置工程、裸ミノムシに前記巣素材を用いて営巣させる営巣工程、ミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融しない温度で加熱して巣素材を溶融する溶融工程、及び溶融した巣素材とミノムシ絹糸を分離する分離工程を含む前記方法。
(6)前記営巣工程後、及び前記溶融工程前にミノムシ巣を回収する回収工程をさらに含む、(5)に記載の方法。
(7)前記配置工程において、裸ミノムシを単体で収容可能な凹部を含むプレート上の当該凹部に裸ミノムシを配置する、(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)前記プレートが遮光性である、(7)に記載の方法。
(9)分離したミノムシ絹糸を洗浄する洗浄工程をさらに含む、(1)~(8)のいずれかに記載の方法。
(10)ミノムシ絹糸を乾燥する乾燥工程をさらに含む、(1)~(9)のいずれかに記載の方法。
(11)前記(1)~(10)のいずれかに記載のミノムシ絹糸の採糸方法を用いて得られる、ミノムシ絹糸で構成された不織布。
(12)水溶性で、最大長が40mm以下の薄層小片形状、又は棒状形状を有するミノムシ絹糸の採糸用巣素材。
(13)低極性溶媒可溶性で、最大長が40mm以下の薄層小片形状、又は棒状形状を有するミノムシ絹糸の採糸用巣素材。
(14)熱易融性で、最大長が40mm以下の薄層小片形状、又は棒状形状を有するミノムシ絹糸の採糸用巣素材。
【発明の効果】
【0015】
本発明の採糸方法によれば、ミノムシ巣から夾雑物を含まない高品質なミノムシ絹糸を短時間で簡便かつ大量に採糸することが可能となる。それ故、従来方法よりも安価で高品質なミノムシ絹糸を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】本発明のミノムシ絹糸の採糸方法の工程フローを示す図である。このフローでは、使用する巣素材が溶媒可溶性物質の場合を示している。
図1B】本発明のミノムシ絹糸の採糸方法の工程フローを示す図である。このフローでは、使用する巣素材が熱易融性物質の場合を示している。
図2】実施例1で行われた、低極性溶媒可溶性巣素材として発泡スチロールを用いたときの本発明の採糸方法の工程を示す図である。a:本発明の採糸工程における配置工程を示す図である。ビーカー底部に敷き詰めた発泡スチロールの細材上にチャミノガ終齢の裸ミノムシを配置している。b:営巣工程4日後、発泡スチロールの細材を巣素材に用いて作製されたミノムシ巣を回収した図である。c~g:低極性溶媒として四塩化炭素中に、前記回収したミノムシ巣を投入したときの時間経過を示す図である。cは四塩化炭素投入時、dは投入15秒後、eは投入25秒後、fは投入45秒後、gは投入60秒後を示す。またhは、本発明で得られたミノムシ絹糸を示す図である。
図3】実施例2で行われた、水溶性巣素材としてゼラチン製カプセル小片を用いたときの本発明の採糸方法の工程を示す図である。a:本発明の採糸工程における配置工程を示す図である。ビーカー底部に敷き詰めた硬カプセルの小片上にオオミノガ終齢の裸ミノムシを配置している。b:営巣工程3日後、ゼラチン小片を巣素材に用いて作製されたミノムシ巣を回収した図である。c:水に、前記回収したミノムシ巣を投入し、約60℃で20分加熱してゼラチンが完全に溶解した後、常温の水で洗浄している図である。またdは、洗浄後のミノムシ絹糸を示す図である。
図4】実施例3で行われた、熱易融性巣素材として蜜蝋を用いたときの本発明の採糸方法の工程を示す図である。a:本発明の採糸工程における配置工程を示す図である。ビーカー底部に敷き詰めた蜜蝋の小片上にオオミノガ終齢の裸ミノムシを配置している。b:営巣工程5日後、蜜蝋の小片を巣素材に用いて作製されたミノムシ巣を回収した図である。c:回収したミノムシ巣をメッシュに包んだ状態を示す図である。d:前記cの状態でミノムシ巣を沸騰水に投入し、煮沸処理を行うことで蜜蝋を溶融している図である。e:得られたミノムシ絹糸をキシレンで洗浄した後に得られたミノムシ絹糸を示す図である。
図5】ドーム型ミノムシ巣を示す図である。a:ステンレスシャーレ上に形成されたドーム型ミノムシ巣を上方から撮影した図である。b:ドーム型ミノムシ巣をステンレスシャーレから引き剥がして、黒シート上に置き、上方から撮影した図である。c:bのドーム型ミノムシ巣を裏返して上方から撮影した図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.用語の定義
本明細書で頻用する以下の用語について、以下の通り定義する。
【0018】
「ミノムシ」とは、前述のようにチョウ目(Lepidoptera)ミノガ科(Psychidae)に属する蛾の幼虫の総称をいう。ミノガ科の蛾は世界中に分布するが、いずれの幼虫(ミノムシ)も全幼虫期を通して、自ら吐糸した絹糸で葉片や枝片等の自然素材を綴り、それらを纏った巣の中で生活している。また、いずれの種も巣から採り出された場合、原則として、周辺の巣素材を用いて営巣する習性を有する。したがって、本明細書で使用するミノムシは、ミノガ科に属する蛾の幼虫であって、前記習性を有する限り、種類、齢及び雌雄は問わない。例えば、ミノガ科には、Acanthopsyche、Anatolopsyche、Bacotia、Bambalina、Canephora、Chalioides、Dahlica、Diplodoma、Eumeta、Eumasia、Kozhantshikovia、Mahasena、Nipponopsyche、Paranarychia、Proutia、Psyche、Pteroma、Siederia、Striglocyrbasia、Taleporia、Theriodopteryx、Trigonodoma等の属が存在するが、本明細書で使用するミノムシは、いずれの属に属する種であってもよい。また、幼虫の齢は、初齢から終齢に至るまで、いずれの齢であってもよい。ただし、質量的に多くのミノムシ絹糸を得るには、大型のミノムシである方が好ましい。例えば、同種であれば終齢幼虫ほど好ましく、雌雄であれば大型となる雌の方が好ましい。またミノガ科内では大型種ほど好ましい。例えば、大型種のオオミノガ(Eumeta japonica)やチャミノガ(Eumeta minuscula)は、本発明で用いる種として好適である。なお、前述のように、人為的に巣から取り出して、全身を剥き出しの状態にしたミノムシを本明細書では、しばしば「裸ミノムシ」と表記する。原則として、自然界では幼虫期を通してミノムシが全身を巣から露出させることはないため、本明細書で営巣目的に使用する裸ミノムシとは、人為的に調製したミノムシを意味する。
【0019】
本明細書で「絹糸」とは、昆虫由来の糸であって、昆虫の幼虫や成虫が営巣、移動、固定、営繭、餌捕獲等の目的で吐糸するタンパク質製の糸をいう。本明細書で、単に「絹糸」と表記した場合には、由来昆虫名を特定しない広く一般的な絹糸を意味し、特定の昆虫由来の絹糸を表す場合には、カイコ絹糸やミノムシ絹糸のように、その由来生物名を絹糸の前に付すものとする。
【0020】
本明細書で「ミノムシ絹糸」とは、ミノムシが吐糸した絹糸をいう。本明細書のミノムシ絹糸は、単繊維、吐糸繊維及び集合繊維を包含する。
【0021】
本明細書で「単繊維」とは、繊維成分を構成する最小単位のフィラメントであり、モノフィラメントとも呼ばれる。単繊維は、フィブロインタンパク質を主成分とする。ミノムシ絹糸やカイコ絹糸は、自然状態では2本の単繊維が接着物質のセリシンタンパク質によって結合したジフィラメントの状態で吐糸される。このジフィラメントを「吐糸繊維」という。ミノムシ巣やカイコの繭は、吐糸繊維で構成されている。また、吐糸繊維が複数本抱合されて1本の繊維束となったものを「集合繊維(マルチフィラメント)」という。操糸工程を経て得られる生糸は、この集合繊維に該当する。さらに、生糸を石鹸、灰汁、及び炭酸ナトリウム、尿素等の塩基性の薬品、及び酵素で処理し、セリシンタンパク質を除去した絹糸は、練糸と呼ばれる。
【0022】
ミノムシ絹糸には、足場絹糸と巣絹糸の2種類が存在する。「足場絹糸」とは、ミノムシが移動用に吐糸する絹糸であり、枝や葉等から落下するのを防ぐための足場としての機能を有する。ミノムシは、移動に際して進行方向へ足場絹糸をジグザグ吐糸し、それに両脚の爪を引っ掛けながら移動する。一方「巣絹糸」とは、巣用に吐糸する絹糸であり、葉片や枝片を綴るためや、居住区である巣内壁を快適な環境にするために吐糸される。したがって、本明細書で発明の対象となるミノムシ絹糸は、原則として巣絹糸である。それ故に、本明細書では、特に断りのない限りミノムシ絹糸は、巣絹糸を指すものとする。
【0023】
本明細書で「ミノムシ巣」(Bag nest)とは、ミノムシが作製する紡錘形、円筒形、又はドーム型の巣で、ミノムシ絹糸(巣絹糸)と巣素材で構成されている。本発明の採糸方法は、このミノムシ巣を構成するミノムシ絹糸を採糸する方法である。
【0024】
本明細書で「ドーム型ミノムシ巣」とは、通常の紡錘形ミノムシ巣をその長軸に対して平行に切断したような半紡錘形のミノムシ巣をいう。
【0025】
本明細書で「巣素材」とは、ミノムシが営巣する際に巣に取り込む、ミノムシ絹糸以外の物質をいう。前述のようにミノムシは、通常、カモフラージュ等の目的で巣の表面に植物の葉片や小枝片を纏っている。自然界では、これらの葉片や小枝片が巣素材に該当する。ミノムシは、裸ミノムシの状態にされた場合、体の保護及び保温のために、自分の周辺に存在する様々な物質を巣素材として利用し、直ちにミノムシ巣を再構築する。したがって、裸ミノムシの周囲に所望の巣素材を配置することで、任意の巣素材をミノムシ巣に取り込ませることができる。本発明では、この巣素材に所定の性質を有する特定の素材を用いることを特徴としている。巣素材の成分、大きさ、形状等については、以下の各態様において述べる。
【0026】
本明細書で対象となる「溶媒」は、ミノムシ絹糸、特に、その繊維成分であるフィブロインタンパク質を損傷、変性、又は溶解しない溶媒である。例えば、タンパク質を変性する強酸性溶媒や強塩基性溶媒は、本発明で使用する溶媒として好適ではない。溶媒は、極性の高低に基づいて、高極性溶媒(親水性溶媒)と低極性溶媒(疎水性溶媒)に分類できるが、本明細書ではいずれの溶媒も包含する。高極性溶媒には、水の他、一部の有機溶媒、例えば、低級アルコール(メタノール、エタノール等)、及び酢酸が含まれる。また、低極性溶媒には、他の多くの有機溶媒(低極性有機溶媒)、例えば、ヘキサン、トルエン、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、トリクロロエチレン、アセトン、ジエチルエーテル、キシレン、四塩化炭素、酢酸メチル、酢酸エチル、テトラヒドロフラン、及びアセトニトリル等が含まれる。取扱い(廃液処理等を含む)の容易性、安全性、及び購入コストを鑑みた場合、水(温水、及び熱水を含む)は本発明の溶媒として特に好ましい。
【0027】
本明細書において「溶媒可溶性」とは、前述した特定の溶媒に溶解し得る性質をいう。したがって、「溶媒可溶性(の)巣素材」とは、特定の溶媒に溶解し得る巣素材をいう。
【0028】
2.採糸方法
本発明の第1の態様は、ミノムシ絹糸の採糸方法である。本態様の工程フローを図1A及び図1Bに示す。この図で示すように、本態様の採糸方法は、第1フロー(図1A)と第2フロー(図1B)の独立した2つのフローで構成される。
【0029】
2-1.前処理
各フローについての具体的な説明については後述するが、ここでは、まず、本発明の方法に使用するミノムシの前処理について説明をする。
【0030】
本方法では、第1フロー及び第2フロー共に、配置工程及び営巣工程で生きたミノムシを使用する。しかし、これらの工程では原則としてミノムシに給餌をしない。餌葉が巣素材として使用されてしまい、本発明の目的を達成し得ない可能性があるからである。そのため、本発明の採糸方法に供するミノムシは、前処理として、事前に十分に給餌しておくことが望ましい。給餌方法や給餌時間は、限定はしない。ミノムシが摂食を停止するまで十分量の餌を供給すればよい。
【0031】
また給餌後は、脱糞をさせておくことが好ましい。糞でミノムシ巣を汚染させないためである。脱糞処理は、給餌完了後、脱糞させるのに十分な時間、通常の飼育温度で放置しておけば足りる。例えば、10~30℃、好ましくは15~25℃の温度下で、30分以上、1時間以上、2時間以上、3時間以上、4時間以上、6時間以上、8時間以上、又は24時間以下、20時間以下、18時間以下、15時間以下、12時間以下、又は10時間以下で放置しておけばよい。
【0032】
さらに、本方法では、第1フロー及び第2フロー共に、裸ミノムシを使用する。そのため予めミノムシをミノムシ巣と分離しておく必要がある。一般に、ミノムシ巣内に潜むミノムシは、幼虫期を通じて巣から出て全身を晒すことはない。したがって、ミノムシとミノムシ巣とを分離するには、ミノムシ及び/又はミノムシ巣に何らかの処理を施す必要がある。
【0033】
ミノムシをミノムシ巣と分離する方法は、特に限定しない。ただし、配置工程に供する裸ミノムシには、次の営巣工程で営巣させる必要がある。そのためミノムシに外傷や過度のストレスを与えない方法で分離することが望ましい。例えば、内部のミノムシを傷つけないようにしてハサミ等の刃物でミノムシ巣を切り開く方法や、巣外部から軽く圧力をかけながらミノムシを押し出す方法が挙げられる。また、後述するミノムシ分離ステップに記載の方法を用いてもよい。
【0034】
2-2.第1フロー
第1フロー(図1A)では、巣素材に溶媒可溶性物質を用いることを特徴とする。本フローは、必須工程である配置工程(S0101)、営巣工程(S0102)、溶解工程(S0104)、及び分離工程(S0106)と、選択工程である回収工程(S0103)、洗浄工程(S0107)、及び乾燥工程(S0108)を含む。以下、各工程について説明をする。
【0035】
(1)配置工程
「配置工程」(S0101)は、前処理によりミノムシ巣と分離した裸ミノムシを溶媒可溶性の巣素材と共に配置する工程であり、本発明における必須工程である。
本工程で使用する巣素材は、前記特定の溶媒に可溶であれば特に限定はしないが、ここでは水溶性巣素材(水可溶性素材)と低極性溶媒可溶性巣素材に分類し、以下で具体的に説明をする。
【0036】
本明細書において「水溶性巣素材」とは、水に可溶な物質で構成され、乾燥環境下では固体の巣素材をいう。「乾燥環境下」とは、標準状態(15℃~25℃で大気圧条件)で、かつ湿度50%以下、好ましくは40%以下、30%以下、20%以下、又は10%以下の環境をいう。水溶性巣素材の具体例として、ゼラチン、デンプン、及びプルラン等が挙げられる。本工程で用いられる水溶性巣素材は、限定はしないが、前記群から選択される1つ、又は2以上の巣素材の組み合わせでもよい。水溶性巣素材は、水(純水)に可溶なだけでなく、1種又は2種以上の溶質を包含する水溶液に可溶であってもよい。
【0037】
本明細書において「低極性溶媒可溶性巣素材」とは、低極性溶媒に可溶な物質で構成され、前記標準状態下では固体の巣素材をいう。ここでいう「低極性溶媒」とは、主として低極性有機溶媒が該当する。具体的には、ヘキサン、トルエン、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン、トリクロロエチレン、ベンゼン、アセトン、ジエチルエーテル、キシレン、酢酸メチル、酢酸エチル、四塩化炭素及びアセトニトリル等が挙げられる。低極性溶媒可溶性巣素材の例としては、限定はしないが、ポリスチレン、酢酸ビニル、酢酸セルロース、アクリル樹脂、及びポリカーボネートが挙げられる。同一溶媒に可溶であれば、2以上の低極性溶媒可溶性巣素材の組み合わせでもよい。
【0038】
本工程で使用する巣素材の形状及び大きさは、限定はしない。ただし、本発明が裸ミノムシに、溶媒可溶性巣素材を用いて、可能な限り少ないストレスで、短時間で効率的にミノムシ巣を形成させるためには、ミノムシが巣の作製に利用しやすいように巣素材を適切な形状や大きさに予め加工しておく方が好ましい。自然環境下では植物、特に木本植物の葉片や小枝片がミノムシの巣素材に利用されている。したがって、本発明の巣素材も葉片や小枝片に近い、あるいはそれらを模した形状及び大きさが望ましい。例えば、葉片のような薄層小片形状や棒状小片が好適である。薄層小片形状は、定形又は不定形を問わない。定形の場合、例えば、短冊状のような長方形状若しくは略長方形状、又は楕円形状若しくは略楕円形状が挙げられる。三角形若しくは略三角形状、五角形以上の多角形状若しくは略多角形状でもよい。棒状形状の全体形状は、直線状、分岐状、蛇行状等のいずれでもよく、限定はしない。その断面形状も定形又は不定形を問わない。定形の場合、例えば、円形若しくは略円形、楕円形若しくは略楕円形、三角形若しくは略三角形、楕円形若しくは略楕円形、方形若しくは略方形、長方形若しくは略長方形、又は五角形以上の多角形若しくは略多角形のいずれでもよい。巣素材の好適な大きさは、使用するミノムシの大きさに左右される。一般に大型種のミノムシや終齢若しくは亜終齢のミノムシが利用する巣素材の大きさは、小型種のミノムシや若齢のミノムシが利用するそれよりも大きい。したがって、使用するミノムシの大きさに応じて巣素材の大きさを適宜定めればよい。限定はしないが、通常は巣素材の最大長が、下限は、使用するミノムシの体長の0.2倍以上、0.4倍以上、0.5倍以上、0.6倍以上、又は0.8倍以上、そして上限は、2.0倍以下、1.8倍以下、1.5倍以下、1.3倍以下、又は等倍以下であればよい。例えば、体長20mmのオオミノガの終齢ミノムシを使用する場合、巣素材の最大長は、4mm以上、8mm以上、10mm以上、12mm以上、又は16mm以上、そして40mm以下、36mm以下、30mm以下、26mm以下、又は20mm以下が好適である。
【0039】
本工程では、上記形状及び大きさに加工した複数の巣素材を用いることが望ましい。この時に使用する各巣素材の形状や大きさは、同一であってもよく、また異なっていてもよい。
【0040】
「ミノムシを溶媒可溶性の巣素材と共に配置する」とは、裸ミノムシが溶媒可溶性の巣素材と接するように、また巣素材を容易に取得できるように両者を位置付けることをいう。例えば、所定の場所に敷き詰めた巣素材上、若しくはその近傍に裸ミノムシを配置すること、所定の場所に裸ミノムシを配置し、その上から巣素材を覆い被せること、又はそれらの組み合わせをいう。ここでいう「所定の場所」とは、裸ミノムシに溶媒可溶性の巣素材で新たなミノムシ巣を作製させるための場所をいう。場所の限定はしないが、裸ミノムシの逃亡防止やミノムシ巣の回収の容易性を考慮した容器等が好ましい。例えば、シャーレのようなディッシュ状又はトレイ状の容器は好適である。
【0041】
また、裸ミノムシを単体で収容可能な1個又は複数個の凹部を含む平板、又はそれを底面に備えた容器を用いてもよい。裸ミノムシを凹部内に留め置ける上に、ミノムシのストレスを軽減できるからである。ミノムシ巣も、通常、その場で形成される。その結果、ミノムシ巣の形成場所を予め特定することが可能となり、ミノムシ巣の回収効率を高めることができる。凹部の具体的な構造については、第5態様で詳述する。
【0042】
(2)営巣工程
「営巣工程」(S0102)は、裸ミノムシに前記巣素材を用いて営巣させる工程であり、本発明における必須工程である。本工程の期間は、限定はしないが、概ね裸ミノムシが営巣を開始する時から営巣を完了するまでの期間、すなわち営巣期間に相当する。通常、裸ミノムシは、前記配置工程後に直ちに、かつ自発的に営巣を開始する。それ故に、本工程は、営巣期間中、基本的には放置していればよい。営巣期間は、ミノムシの種類や個体の状態によって変動し、特に限定されるべきものではないが、配置工程終了時から3時間以上、6時間以上、9時間以上、12時間以上、15時間以上、18時間以上、21時間以上、又は24時間以上、そして168時間以下、156時間以下、144時間以下、132時間以下、120時間以下、108時間以下、96時間以下、84時間以下、72時間以下、60時間以下、48時間以下、36時間以下、又は30時間以下であればよい。
【0043】
裸ミノムシが短期間で効率的に営巣を完了できるように、本工程中の温度及び湿度の変化はないか、又は少ない方がよい。温度は20℃前後、例えば、15℃~25℃、又は18℃~22℃の範囲内、湿度は50%前後、例えば、40%~65%、又は45%~60%の範囲内にあることが好ましい。本工程中の明暗期は、特に制限はなく、明期のみであってもよいが、周期的な明暗期を付与してもよい。例えば、12時間明期及び12時間暗期の周期が挙げられる。
【0044】
本工程では、紡錘形状や円筒形状の他に、ドーム型ミノムシ巣が作製される。一般に、営巣させるプレートが下面(底面)から光が差し込まない遮光性であり、かつ営巣時間が1時間以上、3時間以上、5時間以上、8時間以上、又は10時間以上、50時間以下、48時間以下、44時間以下、40時間以下、36時間以下、32時間以下、28時間以下、24時間以下、20時間以下、16時間以下、又は12時間以下のように比較的短時間の場合には、ドーム型ミノムシ巣が作製されやすい傾向にある。逆に、営巣させるプレートが下面から光が照射される構成か、遮光性であっても営巣時間が長時間の場合には、紡錘形又は円筒形の袋状ミノムシ巣が作製されやすい。光が照射される構成には、透明素材、反射素材、又は人工光源を備えたプレートが挙げられる。このように、営巣用プレートの構成や営巣時間を調製することで、ミノムシ巣の形状を制御することもできる。
【0045】
ところで、カイコの場合、営繭は連続吐糸によって行われるため、繭を精練し、操糸すれば、容易に数百m以上の長尺繊維を得ることができる。しかし、ミノムシの場合、巣内で蛹化するため営繭は行なわれない。しかも、ミノムシ巣は、ミノムシの初齢時から成長に伴い増設されるため比較的断片化された新旧のミノムシ絹糸が複雑に絡み合った状態で構成されている。それ故に、ミノムシ巣からは、通常は長尺繊維が得られない。しかし、本工程では、通常のミノムシ巣よりも長尺で、かつ絡みの少ないミノムシ絹糸を得ることができる。なお、ここでいう「長尺」とは、その分野における通常の長さよりも長いことをいう。本明細書では、特に既存の技術でミノムシから取得可能な吐糸絹糸の長さ(1m未満)よりも長いことを意味する。具体的には、2m以上、好ましくは3m以上、より好ましくは4m以上、5m以上、6m以上、7m以上、8m以上、9m以上、又は10m以上である。上限は、特に制限はしないが、本発明の方法でミノムシが連続して吐糸できる絹糸の長さに相当する。例えば、1.5km以下、1km以下、900m以下、800m以下、700m以下、600m以下、500m以下、400m以下、300m以下、200m以下、又は100m以下である。ミノムシ絹糸の吐糸繊維の長さは、それを構成する単繊維の長さでもあり、それはミノムシが連続して吐糸した長さに相当する。
【0046】
(3)回収工程
「回収工程」(S0103)は、作製されたミノムシ巣を回収する工程であり、本発明における選択工程である。本工程は、巣素材分離ステップ、及び/又はミノムシ分離ステップを含む。以下、各ステップについて説明をする。
【0047】
(i)巣素材分離ステップ
「巣素材分離ステップ」は、ミノムシ巣とその作製に利用されずに余った巣素材(以下「余剰巣素材」と表記する)とを分離するステップである。営巣工程後は、新たに作製されたミノムシ巣、ミノムシ(巣内のミノムシ及び裸ミノムシを含む)、及び余剰巣素材が混在した状態にある。これらの中から余剰巣素材を分離し、除去すればミノムシ巣を容易に回収できる。本ステップは、必ずしもミノムシを除去するステップではなく、それ故に、本ステップ後にミノムシ巣と共にミノムシが混在していても構わない。
【0048】
余剰巣素材を分離する方法は、限定はしない。例えば、営巣工程で用いた容器を上下反転させる方法(上下反転法)が挙げられる。容器は必要に応じて前後左右、又は上下に動かしてもよい。通常、ミノムシ巣の作製に用いられた場合、巣素材にはミノムシ絹糸が固着している。それ故に、遊離状態にある巣素材が余剰素材に相当する。また、ミノムシ絹糸は、営巣工程で用いた容器の底面等にも固着している場合が多く、必然的にミノムシ巣も容器に固着している場合が多い。したがって、容器を上下反転させて、遊離状態の巣素材を落下させることで余剰巣素材を容易に分離できる。また、この場合、営巣できなかった裸ミノムシや糞も同時に除去することができるので便利である。ただし、ミノムシ巣は容器に固定されていない場合もある。その場合、容器の上下反転に加えて、落下物を篩で受けることで、未固定のミノムシ巣を容易に回収することができる。篩の目は、ミノムシ巣と余剰巣素材を篩い分けることができる大きさであれば限定はしない。通常は、2~4メッシュで足りる。篩は必要に応じて前後左右、又は上下に動かしてもよい。また、営巣工程後、ブロアー等を用いて営巣場所に送風する方法(送風除去法)が挙げられる。本発明で用いる巣素材は軽量であることから、ブロアー等で送風して、余剰巣材料を風圧で除去することで容易に分離できる。あるいは、前記上下反転法と送風除去法を組み合わせてもよい。さらに、余剰巣素材を吸引除去する方法(吸引除去法)が挙げられる。前述のようにミノムシ巣は営巣工程で用いた容器に固定されている場合が多い上に、本発明で用いる巣素材は軽量であることから、吸引装置の吸引力を調節することで余剰巣素材のみを吸引することができる。それによって、ミノムシ巣と余剰巣素材とを分離することが可能となる。ミノムシ巣を誤って吸引、除去しないように吸引口にメッシュを取り付けた吸引装置を用いて吸引除去法を実行してもよい。この時の目開きは、2~4メッシュとなる大きさでよい。
【0049】
(ii)ミノムシ分離ステップ
「ミノムシ分離ステップ」は、ミノムシ巣とミノムシを分離するステップである。営巣工程後のミノムシは、裸ミノムシを除けば新たに作製されたミノムシ巣の内部にいる。つまり、ミノムシ巣を回収した場合、巣内のミノムシも同時回収される。このときミノムシを除去することなく、次の溶解工程に供することも可能である。しかし、溶媒処理の際にミノムシの体液や糞等でミノムシ絹糸が汚染される可能性がある。したがって、営巣工程後にミノムシ巣とミノムシを分離できれば一層好ましい。本工程は、その目的を達成し、ミノムシ巣のみを回収するためのステップである。
【0050】
本ステップの分離方法は、限定はしない。ミノムシ巣とミノムシを分離するあらゆる方法が利用できる。例えば、前述の前処理に記載のハサミ等でミノムシ巣を切り開いて内部のミノムシとミノムシ巣とを分離する方法が挙げられる。ただし、本ステップでは、発明の目的上ミノムシ絹糸を損傷せずに、ミノムシとミノムシ巣とを分離する方法が好ましい。そのような方法の例として、低酸素法、加熱法、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0051】
(低酸素法)
「低酸素法」は、ミノムシをミノムシ巣ごと低酸素環境下に置く方法である。巣内で低酸素状態に陥ったミノムシは、酸素を求めて自発的に巣外に出てくる。本方法は、その性質を利用した方法である。
【0052】
低酸素環境は、低酸素状態を一定時間維持できる空間であればよい。例えば、気密室内や気密性容器(ケースや袋を含む)などの所定の空間内を低酸素状態にした場合が挙げられる。低酸素状態は、所定の空間内の酸素を低減させる既存の方法で調整すればよい。例えば、脱酸素方法、呼吸消費方法、ガス置換法、燃焼法、及びそれらの組み合わせが挙げられる。
【0053】
「脱酸素方法」は、密閉空間内に脱酸素剤を投入する方法である。脱酸素剤の投入量で密閉空間内の酸素量を調整できる点で便利である。脱酸素剤には、酸化反応を利用して酸素を吸収する還元剤等が利用される。還元剤には、例えば、鉄粉、硫化鉄等の鉄化合物、銅粉等が利用できる。
【0054】
「呼吸消費法」は、密閉空間内の酸素を生物呼吸により消費をさせる方法である。酸素消費に用いる生物の種類は限定しない。酵母や大腸菌のようにミノムシに直接の有害性のない微生物が便利であるが、他生物を使用しなくても、分離対象のミノムシを比較的高密度で密閉空間内に封入してもよい。
【0055】
「ガス置換法」は、密閉空間内のガスを酸素濃度の低いガスと置換する方法である。この方法は、ミノムシを短時間で所定の低酸素状態に晒すことができる点で優れている。置換に用いるガス(置換ガス)は、大気構成成分に近いガスが好ましい。例えば、窒素と酸素の混合ガスが挙げられる。置換ガスの酸素濃度は、0.5~15%、1~12%、2~10%、又は4~8%の範囲内にあればよい。ガス置換は、例えば、弁を有する排気口と吸気口を備えた密閉空間内において、両弁を開いて置換ガスを吸気口より取り込むと共に、排気口より容器内のガスを排出すればよい。
【0056】
「燃焼法」は、物を燃焼させて密閉容器内の酸素を消費する方法である。
【0057】
いずれの方法も、容器内の酸素濃度が、0.5~15%、1~12%、2~10%、又は4~8%の範囲内となるように調整する。低酸素状態の処理時間は、それぞれの方法によって異なるが、通常は、低酸素法に供したミノムシの5割以上、6割以上、7割以上、8割以上、又は9割以上が巣から出てきた時点で解除すればよい。
【0058】
低酸素法は、上記いずれの方法でもミノムシ巣を予め水処理しておくと、より効果的である。水の浸透や水膜形成によってミノムシ巣の通気性が失われ、巣内部の気密性が高まり、より速く酸欠状態に陥るからである。ミノムシ巣の水処理方法は限定しない。水に浸漬する方法、又は水を噴霧する方法等が挙げられる。
【0059】
低酸素法でミノムシ巣から分離されたミノムシは、低酸素状態解除後に、大気等の通常の酸素濃度ガスに移して回復させた後、本発明に再利用することも可能である。
【0060】
(加熱法)
「加熱法」は、ミノムシをミノムシ巣ごと外部から加熱する方法である。巣内が高温になった場合、ミノムシは熱を回避するために自発的に巣外に出てくる。本方法は、その性質を利用した方法である。
【0061】
ミノムシ巣を外部から加熱する方法は、既存の加熱方法を用いればよく、限定はしない。例えば、ヒーターやホットプレート上にミノムシ巣を配置する方法や、密閉容器内の温度を上昇させる方法が挙げられる。加熱温度は、ミノムシ絹糸を変性させず、かつ巣内部のミノムシを死亡させない温度とする。例えば、35~60℃、38~55℃、40~50℃、又は42~45℃の範囲であればよい。
【0062】
密閉容器内で加熱処理する場合、容器内を高湿度状態にしておくと、より効果的である。容器内の湿度が、70~100%、75~95%、80~90%、又は85~88%の範囲内となるように調整すればよい。低酸素法と同様に、ミノムシ巣を予め水処理しておいてもよい。
【0063】
低酸素法、加熱法、又はその組み合わせを用いた場合、ミノムシ巣とミノムシは、篩等で分離すればよい。
【0064】
(4)溶解工程
「溶解工程」(S0104)は、巣素材を溶媒で溶解する工程であって、本発明における必須工程である。本工程で固体状態の巣素材は溶解されて液体状態となる。
【0065】
本工程で使用する溶媒は、営巣工程で用いた巣素材を溶解可能な溶媒を用いる。例えば、営巣工程で水溶性巣素材を用いた場合には、溶媒は水(純水)、又は1種又は2種以上の溶質を包含する水溶液とする。また、営巣工程で低極性溶媒可溶性巣素材を用いた場合には、その巣素材を溶解可能な低極性溶媒とする。具体例として、低極性溶媒可溶性巣素材がポリスチレンやアクリル樹脂の場合、溶剤はヘキサン、キシレン、クロロホルム、四塩化炭素等の各種低極性溶媒を利用できる。
【0066】
本工程で使用する溶媒の温度は、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない温度で、かつその溶媒の沸点以下である限り、特に限定はしない。通常は室温範囲、例えば1℃~35℃、5℃~32℃、10℃~30℃、12℃~27℃、15℃~25℃、又は18℃~20℃であればよい。ただし、一般に溶質は、溶媒温度が高いほど溶解しやすい物質が多い。特に水溶性巣素材の場合には、水温が高いほど巣素材の溶解時間は短くなる。それ故、巣素材を速やかに溶解するためには溶媒温度は高い方が好ましい。例えば、溶媒が水の場合、水温は、大気圧下で35℃以上、38℃以上、40℃以上、42℃以上、45℃以上、48℃以上、50℃以上、52℃以上、55℃以上、58℃以上、60℃以上、62℃以上、65℃以上、68℃以上、70℃以上、72℃以上、75℃以上、78℃以上、80℃以上、82℃以上、85℃以上、88℃以上、90℃以上、92℃以上、95℃以上、及び98℃以上が好ましい。なお、溶媒は、本工程前に予め、及び/又は本工程中に加温することができる。
【0067】
巣素材の溶解方法は、ミノムシ巣を溶媒と接触させることができる方法であれば、特に限定はしない。例えば、容器内の溶媒中にミノムシ巣を浸漬する方法やミノムシ巣に溶媒を噴霧又は噴射する方法が挙げられる。ミノムシ巣を溶媒に浸漬する場合、溶媒を撹拌してもよい。
【0068】
溶解時間は、巣素材が溶媒によって完全に溶解されるまでの時間とする。具体的な時間は、巣素材の材質、並びに溶媒の種類、温度及び量に基づいて適宜定めればよい。例えば、巣素材がポリスチレンで、キシレン又は四塩化炭素の溶媒に浸漬して処理した場合、常温で、下限は5秒以上、10秒以上、15秒以上、20秒以上、25秒以上、30秒以上、又は45秒以上、50秒以上、又は60秒以上であればよい。また、上限は10分以下、8分以下、5分以下、3分以下、又は2分以下であればよい。
【0069】
(5)分離工程
「分離工程」(S0106)は、溶解した巣素材とミノムシ絹糸を分離する工程であって、本発明における必須工程である。溶解工程後には、巣素材を含む溶媒とミノムシ絹糸との分離方法は、限定はしない。ミノムシ絹糸は繊維状の固体であるのに対して、巣素材を含む溶媒は液体であるため、既存の固体と液体の分離方法を利用することができる。例えば、脱水装置等を用いた遠心分離法により分離すればよい。また、前記回収工程のミノムシ分離ステップを経ない場合には、ミノムシ本体、及び時としてその糞も固体として残存する。この場合、限定はしないが、例えば、ミノムシ絹糸を棒等に絡ませて、巣素材を含む溶媒から分離することで、ミノムシ絹糸をミノムシ本体等からも同時に分離すればよい。
【0070】
本工程により、ミノムシ巣とミノムシ絹糸を分離して、目的とするミノムシ絹糸を得ることができる。
【0071】
(6)洗浄工程
「洗浄工程」(S0107)は、分離したミノムシ絹糸を洗浄する工程である。本工程は選択工程であり、必要に応じて行えばよい。より純粋なミノムシ絹糸を得る場合には、本工程を選択することが好ましい。
【0072】
分離工程後に得られたミノムシ絹糸には、溶媒等が付着している場合がある。溶媒が気化した場合、溶解していた巣素材が再固体化され得る可能性があるため、巣素材を含む溶媒は、洗浄によって完全に除去することが好ましい。また、この工程で、ミノムシ絹糸に付着していた糞の一部等も同時に除去することができる。
【0073】
洗浄に用いる洗浄液は、溶解工程で用いた溶媒でよい。溶解工程で低極性溶媒を使用した場合、その低極性溶媒と親和性が高い他の溶媒を洗浄液として用いることもできる。揮発性の高い洗浄液が好ましい。一例として、溶解工程でキシレンを溶媒に用いた場合、他の低極性溶媒であるトルエンやベンゼンや極性溶媒であるエタノールを洗浄液とすることができる。ただし、他成分が含まれていない溶媒を洗浄液に用いることが好ましい。例えば、水溶性巣素材を用いた場合には、洗浄液は、他の溶質を含む水溶液よりも純水(温水を含む)が好ましい。
【0074】
洗浄方法は、ミノムシ絹糸から溶解工程で用いた溶媒を除去できる方法であれば限定はしない。ミノムシ絹糸に洗浄液を噴射してもよいし、洗浄液に浸漬してもよい。洗浄後は分離工程と同様の方法でミノムシ絹糸に付着した洗浄液を除去することもできる。
【0075】
洗浄回数は限定しない。1回又は複数回行うことができる。本明細書で「複数回」とは、例えば、2~20回、2~15回、2~10回、2~7回、2~5回、2~4回又は2~3回をいう。一般に洗浄は、複数回行う方が好ましい。洗浄を複数回行う場合、各回で使用する洗浄液は同一であってもよいし、異なっていてもよい。また、洗浄方法も同一であってもよいし、異なっていてもよい。
【0076】
(7)乾燥工程
「乾燥工程」(S0108)は、ミノムシ絹糸を乾燥する工程であって、本発明では必要に応じて行われる選択工程である。前記分離工程後、又は前記洗浄工程後に得られたミノムシ絹糸には、その表面に溶媒又は洗浄液が残存している。本工程では、分離工程後、又は洗浄工程後のミノムシ絹糸に残存する溶媒又は洗浄液を乾燥によって除去する工程である。本工程後に目的のミノムシ絹糸を得ることができる。
【0077】
乾燥方法は、ミノムシ絹糸を変性又は変質させることなく、残存する溶媒又は洗浄液を減じることができれば特に限定しない。例えば、外気に晒して溶媒や洗浄液を気化させる自然乾燥法(天日干しを含む)、送風装置等を用いて温風や冷風を当てる風乾法、密閉空間内で除湿剤と共に一定期間置く除湿乾燥法、加熱によって溶媒や洗浄液を蒸発乾燥させる加熱乾燥法、容器内で真空ポンプ等を用いて脱気して蒸発させる減圧乾燥法、又はそれらの組み合わせが挙げられる。
【0078】
乾燥時間は、使用した溶媒又は洗浄液、及び乾燥方法等に応じて適宜定めればよい。例えば、キシレン又はエタノールのような気化しやすい溶媒又は洗浄液を使用した場合で、風乾方法によって乾燥させた場合、乾燥時間は5秒~10分、10秒~5分、又は20秒~3分で足りる。
【0079】
2-3.第2フロー
第2フロー(図1B)では、巣素材に熱易融性物質を用いることを特徴とする。本フローは、必須工程である配置工程(S0101)、営巣工程(S0102)、溶融工程(S0105)、及び分離工程(S0106)と、選択工程である回収工程(S0103)、洗浄工程(S0107)、及び乾燥工程(S0108)を含む。以下、各工程について説明をする。
【0080】
(1)配置工程
第2フローの配置工程(S0101)は、第1フローの配置工程と基本的に同じである。したがって、ここでは、第1フローの配置工程と異なる点についてのみ説明をする。
【0081】
本工程は、巣素材に溶媒可溶性巣素材ではなく熱易融性巣素材を用いる点が第1フローの配置工程と異なる。
【0082】
本明細書において「熱易融性(又は熱易溶性)」とは、熱で容易に溶融し得る性質をいう。「熱易融性(の)巣素材」とは、大気圧下、常温(15℃~25℃)では固体状態で、加熱によって溶融して液体状態となり得る巣素材をいう。熱易融性巣素材の融点は、ミノムシ絹糸が損傷、熱変性、又は溶融する温度よりも低ければよい。ミノムシ絹糸は、260℃を超えると熱分解しはじめることから、融点は、少なくとも260℃以下であればよい。好ましくは200℃以下、より好ましくは150℃以下、140℃以下、130℃以下、又は120℃以下である。加熱コストを低減し、ミノムシ絹糸を必要以上高温に晒さないためには、融点は常温よりも高い温度で、かつ100℃以下であることが好ましい。例えば、40℃~100℃、45℃~98℃、50℃~95℃、55℃~90℃、60℃~85℃、65℃~80℃、又は70℃~75℃の範囲が適当である。
【0083】
第2フローで使用可能な熱易融性巣素材を構成する成分の具体例として、蝋が挙げられる。蝋は、木蝋等の植物系蝋や蜜蝋等の動物系蝋を含む。また、熱易融性巣素材の形状や大きさについては、第1フローの溶媒可溶性巣素材のそれに準ずる。
【0084】
(2)営巣工程
第2フローの「営巣工程」(S0102)は、巣素材に熱易融性巣素材を用いる点を除けば第1フローの営層工程と同じである。したがって、本工程は、第1フローの営巣工程に準じて行えばよい。
【0085】
(3)回収工程
第2フローの「回収工程」(S0103)は、第1フローの回収工程と同じである。したがって、本工程は、第1フローの回収工程に準じて行えばよい。
【0086】
(4)溶融工程
「溶融工程」(S0105)は、巣素材を加熱溶融する第2フローに特徴的な工程である。本工程で固体状態の巣素材は溶解されて液体状態となる。
【0087】
本工程での加熱温度は、熱易融性巣素材の融点よりも高く、かつミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解しない温度である限り、特に限定はしない。加熱温度の下限である融点は、熱易融性巣素材によって異なることから、使用した熱易融性巣素材に応じて適宜定めればよい。また前述のように260℃以下であればミノムシ絹糸は熱分解を生じないことから加熱温度の上限は260℃以下であればよい。ただし、ミノムシ絹糸を長時間にわたって200℃を超える高温下に晒すと、熱により損傷又は変性する可能性を排除できないことから、加熱温度の上限は、使用した熱易融性巣素材の融点+50℃以下、融点+45℃以下、融点+40℃以下、融点+35℃以下、融点+30℃以下、融点+25℃以下、融点+20℃以下、融点+15℃以下、融点+10℃以下、又は融点+5℃以下であることが好ましい。
【0088】
巣素材の溶融方法は、営巣工程後、又は回収工程後のミノムシ巣等を加熱できる方法であれば、特に限定しない。例えば、ミノムシ巣等をヒーター又はホットプレート上に配置して加熱する方法、マイクロ波オーブン(電子レンジ)内に配置して加熱する方法、熱風を当てる方法、また熱易融性巣素材の融点が100℃未満であれば湯煎により溶融する方法等が挙げられる。
【0089】
溶解時間は、巣素材が完全に溶融されるまでの時間とする。具体的な時間は、巣素材の材質、及び加熱温度に基づいて適宜定めればよい。例えば、巣素材が融点62℃の蜜蝋の場合、加熱温度が80℃であれば、溶解時間は30分、40分、50分、60分、70分、80分、又は90分でよい。
【0090】
(5)分離工程
「分離工程」(S0106)は、ミノムシ絹糸と液体状態となった熱易融性巣素材とを分離する工程である。第2フローの分離工程は、第1フローの分離工程と基本的に同じ手順である。第1フローでは、ミノムシ絹糸と溶媒可溶性巣素材を含む溶媒とを分離したのに対して、第2フローの本工程では、前記溶媒に代えて、液体状態となった熱易融性巣素材である点が異なる。ミノムシ絹糸は繊維状の固体であるのに対して、本工程の熱易融性巣素材は溶融工程で液体状態となっているため、第1フローの分離工程に準じて、既存の固体と液体の分離方法を利用すればよい。ただし、本工程で温度が熱易融性巣素材の融点を下回ると、熱易融性巣素材が凝固し始め、十分な分離ができない可能性がある。そのため、熱易融性巣素材が凝固しないようにする。例えば、本工程でも溶融工程と同程度の温度で加熱し続けるか、凝固を抑制するために次述の洗浄工程で使用する希釈液を本工程で加えて、熱易融性巣素材と希釈液との混合液状態にして分離するようにすればよい。
【0091】
(6)洗浄工程
「洗浄工程」(S0107)は、分離したミノムシ絹糸を洗浄する工程である。第2フローの洗浄工程も、洗浄工程と基本的には同じ手順である。ただし、第1フローでは、分離工程後に得られたミノムシ絹糸には、溶媒可溶性巣素材を含む溶媒が付着していたが、第2フローでは、溶融した熱易融性巣素材が付着している点で異なる。したがって、ここでは第1フローの洗浄工程と異なる点についてのみ具体的に説明をする。
【0092】
本工程では、温度が熱易融性巣素材の融点を下回ると、付着している巣素材が凝固する。そのため、巣素材は、洗浄によって完全に除去することが望ましい。
【0093】
洗浄に用いる洗浄液は、ミノムシ絹糸を損傷、変性、又は溶解せず、かつ使用した熱易融性巣素材の融点よりも高い温度の溶媒であれば、特に限定はしない。例えば、熱易融性巣素材が融点62℃の蜜蝋の場合、70℃以上の水を洗浄液として使用することで、ミノムシ絹糸に付着した蜜蝋を溶融除去することができる。より好ましい洗浄液は、熱易融性巣素材との親和性が高い希釈液である。この場合、希釈液の温度は必ずしも熱易融性巣素材の融点よりも高い必要はない。ここでいう「希釈液」とは、溶融した熱易融性巣素材が容易に溶解できる溶媒をいう。例えば、熱易融性巣素材が蜜蝋であればクロロホルムや四塩化炭素、キシレン等の溶媒が希釈剤となり得る。
【0094】
(7)乾燥工程
第2フローの「乾燥工程」(S0108)は、第1フローの乾燥工程と同じである。したがって、本工程は、第1フローの乾燥工程に準じて行えばよい。
【0095】
2-4.効果
天然で採集されるミノムシ巣から汚れの無い状態でミノムシ絹糸を得ることは従来技術では不可能であった。また、ミノムシ巣の利用には手作業で枝葉等の夾雑物を一週間程度かけて取り除く必要があり、作業効率が極めて悪かった。しかも、多大な手間と時間をかけてもミノムシ絹糸への色素沈着や汚れが残り、品質の低いミノムシ絹糸しか得ることができなかった。
【0096】
ところが、本発明の採糸方法によれば、ミノムシ巣から夾雑物を含まない純粋なミノムシ絹糸を短時間で簡便かつ大量に採糸することが可能となる。そのため従来方法でミノムシ巣から得られたミノムシ絹糸よりも低コストかつ高品質なミノムシ絹糸を得ることができる。
【0097】
さらに、本発明で用いるミノムシは、再利用が可能であり、1頭のミノムシを用いて複数回のミノムシ巣を作製させることもできるため、従来法と比較して、1頭当たりからの採糸量を増加させることができる。
【0098】
3.ミノムシ絹糸で構成された不織布
3-1.概要
本発明の第2の態様は、ミノムシ絹糸で構成された不織布である。本発明の不織布は、第1態様の採糸方法を用いてミノムシ巣から得られたミノムシ絹糸で構成されている。
【0099】
3-2.構成
第1態様の採糸方法で1つのミノムシ巣から得られるミノムシ絹糸は、通常、図2hに示すように互いに絡まった糸玉の状態で得られることが多い。本発明の不織布は、第1態様の採糸方法で得られた複数のミノムシ絹糸の糸玉を材料として構成されている。樹脂や他の繊維成分等を含んでいてもよい。
【0100】
ミノムシ絹糸の糸玉を不織布にする方法は、既存の不織布の製法で達成し得る。第1態様の採糸方法で得られる糸玉は、連続した長いミノムシ絹糸で構成されていることから、限定はしないが、スパンレース法やニードルパンチ法を利用できる。
【0101】
4.ミノムシ絹糸の採糸用巣素材
4-1.概要
本発明の第3の態様は、ミノムシ絹糸採糸用巣素材である。本発明は、第1態様の採糸方法に必須の巣素材である。第1態様の採糸方法を実施可能な溶媒可溶性又は熱易融性の素材で構成され、裸ミノムシがミノムシ巣を新たに作製しやすいように調製された形状及び大きさを有する巣素材である。本発明の巣素材を用いることで、採糸方法の実施が容易となる。
【0102】
4-2.構成
本発明のミノムシ絹糸採糸用巣素材は、第1態様の採糸方法で説明したように、溶媒可溶性巣素材と熱易融性巣素材に分類できる。以下、それぞれの巣素材の構成について説明をする。
【0103】
(1)溶媒可溶性巣素材
溶媒可溶性巣素材は、水溶性巣素材と低極性溶媒可溶性巣素材にさらに細分できる。各巣素材の構成成分については、第1態様で詳述している。また、溶媒可溶性巣素材の形状及び大きさについても、第1態様に記載の形状及び大きさに準ずる。したがって、それらの具体的な説明については省略する。
【0104】
本態様のミノムシ絹糸採糸用巣素材をバルクで扱う場合、同一溶媒に可溶であれば、複数の形状及び/又は大きさの複数の構成成分からなる溶媒可溶性巣素材とすることができる。したがって、それらの具体的な説明については省略する。
【0105】
(2)熱易融性巣素材
熱易融性巣素材の構成成分については、第2態様で詳述している。また、熱易融性巣素材の形状及び大きさについては、第1態様に記載の形状及び大きさに準ずる。したがって、ここではその説明を省略する。本態様のミノムシ絹糸採糸用巣素材をバルクで扱う場合、各巣素材が同程度の融点を有していれば、複数の形状及び/又は大きさの複数の構成成分からなる熱易融性巣素材とすることができる。
【0106】
4-3.効果
第1態様のミノムシ絹糸採糸方法には、溶媒可溶性巣素材又は熱易融性巣素材等のミノムシ絹糸採糸用巣素材が必須である。いずれの巣素材も構成成分は、既存の成分ではあるが、ミノムシが巣素材として直ちに利用可能な形状や大きさには加工されていない。
【0107】
本発明のミノムシ絹糸採糸用巣素材によれば、第1態様のミノムシ絹糸採糸方法に用いる巣素材として、前加工することなく、巣素材として直ちに利用することができる。
【0108】
5.ミノムシ巣形成用プレート
5-1.概要
本発明の第4の態様は、ミノムシ巣形成用プレートである。本発明のミノムシ巣形成用プレートは、限定はしないが、第1態様に記載のミノムシ絹糸の採糸方法で利用できるプレートで、ミノムシに過度のストレスを与えずに巣を作製させることができ、また作製されたミノムシ巣を効率的に回収することができる。
【0109】
5-2.構成
本発明のミノムシ巣形成用プレートは、1つ又は複数の凹部を含むプレートである。各凹部は、1頭のミノムシを収容可能なように構成されている。
【0110】
本発明のプレートの材質は、一定の形状を保持できるものであれば、特には限定しない。例えば、プラスチック、金属、ガラス、合成ゴム、セラミックス、木材、強化紙、又はそれらの組み合わせ等が挙げられる。ミノムシ巣の回収時に、プレートの一部を持ち込むコンタミネーションを回避するためには、剥離し難い材質が好ましい。あるいは、剥離しても問題にならないように、使用する巣素材と同じ又は同一の物性を有する材質で構成されていてもよい。遮光性を有する材質が好ましい。通常、ミノムシ巣内は遮光状態のため、プレート凹部を遮光性にすることで、巣内と疑似環境を形成することができる。この場合、ミノムシは開放された凹部上部のみにドーム型ミノムシ巣を形成することからミノムシに与えるストレスや負荷が少なくて済む。
【0111】
各凹部は、1頭の裸ミノムシが収まる形状及び大きさであることが好ましい。例えば、凹部を上方から見たときの凹部上面形状は、略紡錘形状の裸ミノムシが収まる楕円形若しくは略楕円形、又は長方形若しくは略長方形が好ましい。また、凹部断面形状は、略円形の断面を有する裸ミノムシが収まる半円形若しくは略半円形、又は方形若しくは略方形が好ましい。凹部の大きさは、収納する裸ミノムシの大きさに応じて適宜定められる。通常は、凹部上面形状の長軸(上面形状が楕円形の場合には長径に相当し、長方形の場合には長辺に相当する)の下限が使用するミノムシの体長の1.2倍以上、1.4倍以上、又は1.5倍以上、そして上限は、2.5倍以下、2.2倍以下、2.0倍以下、又は1.8倍以下であればよい。また、凹部上面形状の短軸(上面形状が楕円形の場合には短径に相当し、長方形の場合には短辺に相当する)は、収納する裸ミノムシの長軸に対する最大垂直断面の直径の1.2倍以上、1.5倍以上、又は1.8倍以上、そして2.5倍以下、2.2倍以下、又は2.0倍以下であればよい。さらに、凹部の深さは、収納する裸ミノムシの長軸に対する最大垂直断面の直径の1/3以上、1/2以上、又は2/3以上で、その直径の1.0倍以下、1.2倍以下、1.4倍以下、1.5倍以下の深さがあればよい。例えば、体長25mm、長軸に対する最大垂直断面の直径が10mmのオオミノガの終齢ミノムシを使用する場合、凹部上面形状の長軸は30mm~62.5mm、短軸は12mm~25mm、そして凹部の深さは3.3mm~15mmの範囲となる。
【0112】
凹部は、プレート上に複数個配置することができる。配置構成は限定しないが、各凹部に収納する裸ミノムシが互いに干渉しないように、各凹部の間隔は5mm以上、8mm以上、10mm以上、12mm以上、又は15mm以上空けておくことが好ましい。
【0113】
凹部に裸ミノムシを収容し、その上から裸ミノムシを覆い隠すようにミノムシ絹糸採糸用巣素材を散布すれば、裸ミノムシは半身を凹部に収納した状態で、凹部上部を覆うようにドーム型ミノムシ巣を作製する。ドーム型ミノムシ巣は、ミノムシがプレートに接するドームの下半分に、ミノムシ絹糸がほとんど又は全く吐糸されていないか、巣素材を含まないミノムシ絹糸の身で構成された薄膜があるだけなので、プレートからドーム型ミノムシ巣を引き剥がすだけで、ミノムシ巣を容易に回収できる上に、ミノムシ巣とミノムシの分離も容易である。また、プレート上での凹部の位置を定めておけば、裸ミノムシがどの位置でミノムシ巣を作製するかを予め特定できることから、ミノムシ巣の回収を機械化することも可能である。
【実施例
【0114】
<実施例1:ミノムシ絹糸採糸方法(1)>
(目的)
裸ミノムシに低極性溶媒可溶性巣素材を用いてミノムシ巣を作製させ、さらにその巣からミノムシ絹糸を採糸する。
【0115】
(方法と結果)
ミノムシは、茨城県つくば市内の果樹農園で採集したチャミノガの終齢幼虫を使用した。採集したミノムシに3日間十分量の広葉樹の葉を給餌した。1日間、断食状態で脱糞させた後、ハサミを用いてミノムシ巣から巣内のミノムシを採り出した。
【0116】
図2に本発明の採糸方法を図示する。100mLのガラスビーカー底部に、長さ20mm~25mmの細棒状に調製した発砲スチロール(ポリスチレン)の細片を低極性溶媒可溶性巣素材として敷き詰め、ビーカーを透明プラスチックケースの上に設置した。巣から取り出した裸ミノムシ(全長20mm)をビーカー内の発泡スチロール細片上に配置して、大気圧下、25℃で、4日間蛍光灯による照明を与え続けて放置した(a)。4日後、発砲スチロールを巣素材に新たに作製されたミノムシ巣(b)を回収した。ミノムシ巣の大きさは、縦軸30mm、最大横軸17mmであった。
【0117】
四塩化炭素を入れた100mLのガラスビーカーに、ミノムシを採り除いた前記ミノムシ巣を投入した(c)。続いて、15秒後(d)、25秒後(e)、45秒後(f)、60秒後(g)に発泡スチロール細片の溶解状態を確認した。60秒後には発砲スチロールの巣素材は完全に四塩化炭素に溶解した。
【0118】
溶解開始から60秒後、ビーカー内の四塩化炭素中に残ったミノムシ絹糸を取り出し、新しい四塩化炭素で洗浄し、ミノムシ絹糸を取り出した。このステップを3回繰り返して、最終的に得たミノムシ絹糸を4日間室内で自然乾燥させた。その結果、図2のhに示すように、1回の工程で1つのミノムシ巣から0.011gのミノムシ絹糸を得ることができた。このミノムシ絹糸は、夾雑物を一切含まず、汚れも全くなかった。
【0119】
<実施例2:ミノムシ絹糸採糸方法(2)>
(目的)
裸ミノムシに水溶性巣素材を用いてミノムシ巣を作製させ、さらにその巣からミノムシ絹糸を採糸する。
【0120】
(方法と結果)
ミノムシは、実施例1と同様に、静岡県富士市内の果樹農園で採集したオオミノガの終齢幼虫を使用した。基本的な操作は、実施例1に準じた。
【0121】
図3に本発明の採糸方法を図示する。500mLのガラスビーカー底部に、9mm~20mmの薄層状小片に細断したゼラチン製硬カプセル(TORPAC社:実験用ゼラチンカプセル)を水溶性巣素材として敷き詰めた。巣から取り出した裸ミノムシ(全長20mm)をビーカー内のゼラチン小片上に配置して、大気圧下、25℃で、放置した(a)。3日後、ゼラチン小片を巣素材に新たに作製されたミノムシ巣(b)を回収した。ミノムシ巣の大きさは、縦軸60mm、最大横軸16mmであった。
【0122】
300mLのガラスビーカーに約100mL、60℃のお湯を入れ、約60℃の水浴上で約5分間ビーカーを揺り動かした。その後静置し、上層のお湯をデカンテーションにより取り除いた。残留物に約100mL、60℃のお湯を入れ、同様の処理を行った。この処理を更に2回繰り返した。この操作で、ゼラチン小片の巣素材は完全に溶解してミノムシ巣を構成していたミノムシ絹糸が水溶液中に残った。
【0123】
ビーカー内に残ったミノムシ絹糸を10mL試験管に取り出し、10mL、常温の水で洗浄した後(c)、ミノムシ絹糸を取り出した。このステップを3回繰り返して、最終的に得たミノムシ絹糸(d)を自然乾燥により乾燥させた。その結果、1回の工程で1つのミノムシ巣から0.010mgのミノムシ絹糸を得ることができた。このミノムシ絹糸は、実施例1と同様に夾雑物を一切含まず、汚れも全くなかった。
【0124】
<実施例3:ミノムシ絹糸採糸方法(3)>
(目的)
裸ミノムシに熱易融性巣素材を用いてミノムシ巣を作製させ、さらにその巣からミノムシ絹糸を採糸する。
【0125】
(方法と結果)
ミノムシは、実施例1と同様に、茨城県つくば市内の果樹農園で採集したオオミノガの終齢幼虫を使用した。裸ミノムシを調製す基本的な操作は、実施例1に準じた。
【0126】
図4に本発明の採糸方法を図示する。100mLのガラスビーカー底部に、長さ10~20mmの薄層小片形状および10mm~20mmの細棒状に調製した蜜蝋(山田養蜂場製)を熱易融性巣素材として敷き詰め、ビーカー底辺からも光が入るようにビーカーを透明プラスチックケースの上に設置した。巣から取り出した裸ミノムシ(全長25mm)をビーカー内の蜜蝋小片上に配置して、大気圧下、25℃で、5日間蛍光灯による照明を与え続け放置した(a)。5日後、蜜蝋を巣素材に新たに作製されたミノムシ巣(b)を回収した。ミノムシ巣の大きさは、縦軸40mm、最大横軸17mmであった。
【0127】
ミノムシを採り除いた前記ミノムシ巣をメッシュで包み(c)、沸騰水中に投入した(d)。10分間煮沸処理を行い、蜜蝋の溶融状態を確認した。10分後には、濁りも消えて透明な状態となり、蜜蝋は完全に湯中に溶融した。
【0128】
熱水投入開始から10分後、メッシュ内に残ったミノムシ絹糸を取り出して風乾した。風乾後のミノムシ絹糸に蜜蝋が残留していた場合には、キシレンで洗浄して除去した。最終的に得たミノムシ絹糸は、図4のeに示すように、1回の工程で1つのミノムシ巣から0.008gのミノムシ絹糸を得ることができた。このミノムシ絹糸も夾雑物を一切含まず、汚れも全くなかった。
【0129】
<実施例4:ドーム状ミノムシ巣の形成>
(目的)
本発明の採糸方法における営巣工程では、しばしばドーム型ミノムシ巣が作製される。本実施例では、このドーム型ミノムシ巣の営巣について検証をした。
【0130】
(方法と結果)
ミノムシは、実施例1と同様に、茨城県つくば市内の果樹農園で採集したオオミノガの終齢幼虫を使用した。裸ミノムシを調製する基本的な操作は、実施例1に準じた。
【0131】
ドーム型ミノムシ巣を営巣させるために、巣から取り出した裸ミノムシ(全長25mm)をステンレス製のシャーレ内に置き、続いて長さ10mm~20mmの細棒状に調製した発砲スチロールを裸ミノムシの周辺に敷き詰めた。大気圧下、25℃で、3日間、上方から蛍光灯により照射し続けて放置した。3日後、発泡スチロールを巣素材としたドーム型ミノムシ巣が新たに形成された。
【0132】
図5にドーム型ミノムシ巣を示す。(a)はステンレス製シャーレ状に形成されたドーム型ミノムシ巣を上面より撮影した図である。また、(b)及び(c)は、シャーレから取り出したドーム型ミノムシ巣をそれぞれ上面及び下面から撮影した図である。通常であれば袋状のミノムシ巣が、シャーレに接していた下面には巣が形成されておらず、ミノムシ巣が半紡錘形状(ドーム型)を呈していることがわかる。
【0133】
ドーム型ミノムシ巣の大きさは、縦軸40mm、最大横軸20mmであった。シャーレを遮光性素材にして底面からの入光を遮断することで、ミノムシは、光を照射された上部と側面を優先的に営巣する結果、ドーム型のミノムシ巣が形成されることを確認した。
図1A
図1B
図2
図3
図4
図5