(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-20
(45)【発行日】2022-05-30
(54)【発明の名称】Sm-Fe-N系磁石粉末、Sm-Fe-N系焼結磁石およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01F 41/02 20060101AFI20220523BHJP
H01F 1/059 20060101ALI20220523BHJP
H01F 1/06 20060101ALI20220523BHJP
H01F 1/08 20060101ALI20220523BHJP
B22F 3/14 20060101ALI20220523BHJP
B22F 1/05 20220101ALI20220523BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220523BHJP
B22F 3/00 20210101ALI20220523BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220523BHJP
【FI】
H01F41/02 G
H01F1/059 160
H01F1/06
H01F1/08 160
B22F3/14 D
B22F1/05
B22F1/00 Y
B22F3/00 F
C22C38/00 303D
(21)【出願番号】P 2021511980
(86)(22)【出願日】2020-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2020013947
(87)【国際公開番号】W WO2020203739
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2021-10-01
(31)【優先権主張番号】P 2019072903
(32)【優先日】2019-04-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100132252
【氏名又は名称】吉田 環
(72)【発明者】
【氏名】高木 健太
(72)【発明者】
【氏名】山口 渡
(72)【発明者】
【氏名】横山 貴章
(72)【発明者】
【氏名】山方 亮一
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 洋輔
【審査官】秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-55072(JP,A)
【文献】特開2015-5550(JP,A)
【文献】国際公開第2018/163967(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 41/02
H01F 1/059
H01F 1/06
H01F 1/08
B22F 3/14
B22F 1/05
B22F 1/00
B22F 3/00
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Sm-Fe-N系磁性材料の粉末を含み、該粉末の平均粒径が5μm以下であり、
該粉末の粒径が0.04μm以上であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である、Sm-Fe-N系磁石粉末。
【請求項2】
前記粉末の平均粒径が3μm以下である、請求項1に記載のSm-Fe-N系磁石粉末。
【請求項3】
Sm-Fe-N系磁性材料の焼結体を含み、該Sm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径が5μm以下であり、
該結晶粒子の粒径が0.04μm以上であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である、Sm-Fe-N系焼結磁石。
【請求項4】
前記X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0026Å以下である、請求項3に記載のSm-Fe-N系焼結磁石。
【請求項5】
酸素含有率が0.7質量%以下である、請求項3または4に記載のSm-Fe-N系焼結磁石。
【請求項6】
請求項1または2に記載のSm-Fe-N系磁石粉末を、酸素濃度10ppm以下の雰囲気下で加圧焼結することにより、請求項3~5のいずれかに記載のSm-Fe-N系焼結磁石を製造する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Sm-Fe-N系磁石粉末、Sm-Fe-N系焼結磁石およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Sm-Fe-N系磁石は希土類-遷移金属-窒素系磁石の代表であり、高い異方性磁界と飽和磁化とを有する。またキュリー温度が他の希土類-遷移金属-窒素系磁石よりも比較的高いことから耐熱性に優れる。このため、Sm-Fe-N系磁石は、優れた磁石材料の一つとして用いられている。
【0003】
Sm-Fe-N系磁石の原料として、Sm-Fe-N系磁石粉末が使用されている。従来、原料のSm-Fe-N系磁石粉末の粒径が小さいほど、高い保磁力が得られると理解されており、小さく粉砕されたSm-Fe-N系磁石粉末が使用されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、Sm-Fe-N系磁石粗粉末を、乾式ジェットミルまたは湿式ビーズミルを使用して10μm以下まで粉砕し、原料となるSm-Fe-N系磁石微粉末を予め調製することが記載されている。そして、このSm-Fe-N系磁石微粉末を、600℃以下の温度で、1~5GPaの成形面圧で圧密成形し、相対密度80%以上のバルク状Sm-Fe-N系磁石を製造している。
【0005】
また例えば、特許文献2には、Sm-Fe系合金粉末を平均粒径5μm以下に微粉砕し、この微粉を成形圧力1トン/cm2以下で予備成形した後、成形体を不活性ガス雰囲気中550~850℃で熱処理し、350~600℃でN化処理し、このN化処理した成形体を平均粒径5μm以下に解砕することを特徴とするSm-Fe-N系磁石粉末の製造方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2015/199096号
【文献】特開2004-303881号公報
【文献】特開2017-055072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
Sm-Fe-N系磁石粉末を焼結して、Sm-Fe-N系焼結磁石を得ることができる。Sm-Fe-N系焼結磁石において高い保磁力を得るために、Sm-Fe-N系磁石粗粉末を単に粉砕すると、飽和磁化が低下するという問題を生じ得ることが、本発明者らの研究により明らかになった。飽和磁化の低下は、粉砕による衝撃で格子ひずみが発生し、これにより結晶性が低下することによって生じるものと考えられる。
【0008】
特許文献1では、該微粉末およびバルク状Sm-Fe-N系磁石の結晶性は把握および制御されておらず、結晶性が低下していると考えられる。特許文献1には、具体的な飽和磁化の記載はないが、残留磁化の値から推測すると、飽和磁化も低下しているものと考えられる。
【0009】
特許文献2では、粉砕歪を除去するために、換言すれば、粉砕によって低下した結晶性を改善するために、粉砕粉末を熱処理に付している。しかし、特許文献3に記載されているように、酸化した当該材料に熱を加えると、酸化相と磁石相との間に起こる反応がもととなり保磁力の大幅な低下が引き起こされる。この現象は、たとえ熱を加える時点で酸素を排除したとしても、それ以前の段階で既に表面酸化膜が形成されていれば避けることができない。特許文献2では、熱処理段階での酸化を防止するために、予備成形を行ったり、熱処理を不活性ガス雰囲気で行うなどの対策を講じているものの、それに先立つ粉砕粉末の製造段階で既に表面酸化膜が形成されていると考えられる。このため、熱処理を経ることで保磁力低下の原因物質相が作られ、高保磁力の材料を得ることは困難になっていると思われる。
【0010】
特許文献3では、酸素を排除した環境を用いることにより、Sm-Fe-N系焼結磁石の保磁力低下を防止する効果的な方法を提供しているものの、結晶性は把握および制御されていない。このため、特に高保磁力化を求めて微粒化を進めた場合には、その代償として飽和磁化が著しく低下すると考えられる。
【0011】
本発明の目的は、高い保磁力を示しつつ、飽和磁化の低下が効果的に低減または防止されたSm-Fe-N系磁石粉末を提供することにある。また、本発明の更なる目的は、高い保磁力を示しつつ、飽和磁化の低下が効果的に低減または防止されたSm-Fe-N系焼結磁石およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の1つの要旨によれば、Sm-Fe-N系磁性材料の粉末を含み、該粉末の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である、Sm-Fe-N系磁石粉末が提供される。
【0013】
本発明のもう1つの要旨によれば、Sm-Fe-N系磁性材料の焼結体を含み、該Sm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である、Sm-Fe-N系焼結磁石が提供される。
【0014】
本発明の更にもう1つの要旨によれば、上記本発明のSm-Fe-N系磁石粉末を、酸素濃度10ppm以下の雰囲気下で加圧焼結することにより、上記本発明のSm-Fe-N系焼結磁石を製造する方法が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、高い保磁力を示しつつ、飽和磁化の低下が効果的に低減または防止されたSm-Fe-N系磁石粉末を提供することができる。また、本発明によれば、高い保磁力を示しつつ、飽和磁化の低下が効果的に低減または防止されたSm-Fe-N系焼結磁石およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1のSm-Fe-N系磁石粉末のX線回折プロファイルであって、(a)はd=3.2~1.8Åの範囲における結果を示し、(b)は(a)のうち(220)面の回折ピークを含む部分を拡大して示す。
【
図2】比較例1のSm-Fe-N系磁石粉末のX線回折プロファイルであって、(a)はd=3.2~1.8Åの範囲における結果を示し、(b)は(a)のうち(220)面の回折ピークを含む部分を拡大して示す。
【
図3】(a)は比較例1のSm-Fe-N系磁石粉末のSTEM像を示し、(b)は(a)の一部の領域(例示的に選択した1個の粒子およびその周辺を含む領域)を拡大したSTEM像を、白点線で囲んだ2つの領域(明るいコントラストの部分と黒いコントラストの部分)の電子線回折パターンを挿入して示し、(c)は実施例1のSm-Fe-N系磁石粉末のSTEM像を示し、(d)は(c)の一部の領域(例示的に選択した1個の粒子およびその周辺を含む領域)を拡大したSTEM像を示す。
【
図4】実施例12のSm-Fe-N系焼結磁石のX線回折プロファイルであって、(a)はd=3.2~1.8Åの範囲における結果を示し、(b)は(a)のうち(220)面の回折ピークを含む部分を拡大して示す。
【
図5】比較例12のSm-Fe-N系焼結磁石のX線回折プロファイルであって、(a)はd=3.2~1.8Åの範囲における結果を示し、(b)は(a)のうち(220)面の回折ピークを含む部分を拡大して示す。
【
図6】実施例12のSm-Fe-N系焼結磁石の断面における異なる3つのエリアのSEM像を上段および下段に異なる倍率で示す。
【
図7】比較例12のSm-Fe-N系焼結磁石の断面における異なる3つのエリアのSEM像を上段および下段に異なる倍率で示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態におけるSm-Fe-N系磁石粉末およびSm-Fe-N系焼結磁石についてそれらの製造方法と共に詳述するが、本発明はこれら実施形態に限定されない。
【0018】
(実施形態1:Sm-Fe-N系磁石粉末)
本実施形態は、Sm-Fe-N系磁石粉末およびその製造方法に関する。
【0019】
本実施形態のSm-Fe-N系磁石粉末は、Sm-Fe-N系磁性材料の粉末を含み、該粉末の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である。
【0020】
Sm-Fe-N系磁石粉末において、Sm-Fe-N系磁性材料の粉末の平均粒径を5μm以下とすることにより、高い保磁力を得ることができ、かつ、該粉末のX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅を0.0033Å以下とすることにより、飽和磁化の低下を効果的に低減または防止することができる。
【0021】
本実施形態のSm-Fe-N系磁石粉末は、Sm-Fe-N系磁性材料の粉末から実質的に成り得るが、他の材料、例えば不可避的に混入する微量元素等を含んでいてもよい。
【0022】
本発明においてSm-Fe-N系磁性材料は、Sm、FeおよびNから成る任意の組成を有し得、代表的にはSm2Fe17N3の組成を有し得るが、これに限定されない。
【0023】
Sm-Fe-N系磁性材料の粉末の平均粒径は5μm以下である。高い保磁力を得るためには、該粉末の平均粒径が5μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましい。他方、該粉末の平均粒径は特に限定されないが、所望される場合には、例えば0.04μm以上であることにより、Sm-Fe-N系磁性材料の超常磁性化を効果的に抑制することができる。
【0024】
粉末の「平均粒径」は、体積基準で粒度分布を求め、全体積を100%とした累積曲線において、累積値が50%となる点の粒径(D50)を意味する。かかる平均粒径は、レーザー回折・散乱式 粒子径・粒度分布測定装置または電子走査顕微鏡を用いて測定することができる。
【0025】
Sm-Fe-N系磁性材料の粉末のX線回折プロファイルにおいて、(220)面の回折ピークの半値幅は、その結晶性の指標として好適に利用できる。(220)面の回折ピークの半値幅が小さいほど(換言すれば、ピークが鋭いほど)、該粉末の結晶性が高いことを示している。(220)面の回折ピークの半値幅を0.0033Å以下とすることにより、高い結晶性が得られ、飽和磁化の低下を効果的に低減または防止することができる。(220)面の回折ピークの半値幅の下限は特に限定されず、理論的には0より大きい値であるが、例えば0.0001Å以上であり得る。
【0026】
Sm-Fe-N系磁性材料の粉末のX線回折プロファイルは、任意の適切なX線回折装置を使用して測定できる。そして、測定したX線回折プロファイルにおいて、Sm-Fe-N系磁性材料の組成に基づいて、(220)面の回折ピークを特定し、その回折ピークの半値幅を求めることができる。回折ピークの半値幅は、X線回折法において既知の一般的方法に従って求められる。尚、X線回折プロファイルは通常、試料表面へのX線の入射角をθとし、横軸2θに対してプロットされるが、使用する特性X線の波長λによりθの絶対値は異なる値を取る。このため、本発明においてはブラッグの式(λ=2d・sinθ、dは対応する格子面の間隔)を用いて横軸をd値に変換し、半値幅もd値の半値幅として求めることとする。より詳細には、X線回折プロファイル(上記の通りd値に変換したもの)から、任意の適切なソフトを利用して、バックグラウンドの除去、および特性X線とするKα1線の主ピークに対してKα2線によるサブピークが影響を及ぼし得る場合には、Kα2線によるサブピークを除去して、フィッティングすることにより、(220)面の回折ピークの半値幅を求めることができる。
【0027】
Sm-Fe-N系磁性材料の粉末の酸素含有率は0.7質量%以下であることが好ましい。これにより、例えば本実施形態のSm-Fe-N系磁石粉末を、実施形態2にて後述するように焼結磁石の原料として使用した場合に、焼結時のSm-Fe-N相の分解(例えば酸化還元反応によるα-Feの析出)を低減し、保磁力低下を抑制することができる。粉末中の酸素含有率は、不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法(NDIR)等により測定することができる。
【0028】
本実施形態のSm-Fe-N系磁石粉末は、例えば、Sm-Fe-N系磁石粗粉末を適切な条件で粉砕し、その後、必要に応じて、粉砕した粉末から微粉を除去することにより製造することができる。
【0029】
粉砕条件および実施する場合には微粉除去の条件は、Sm-Fe-N系磁石粉末に最終的に存在するSm-Fe-N系磁性材料の粉末の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下となるように選択される。
【0030】
粉砕粉は、結晶性の低下度合いに応じて飽和磁化が低下するため、高い磁気特性を持つバルク状磁石(例えば実施形態2にて後述するような焼結磁石)を得るためには、結晶性の低下を抑制する必要がある。粉砕条件を適切に設定することにより、Sm-Fe-N系磁性材料の結晶性が粉砕により低下することを抑制できる。
【0031】
粉砕は、ジェットミル(気流粉砕型等)、ボールミル等を使用して実施できるが、これらに限定されない。気流粉砕型ジェットミルの例としては、Micromacinazione社製MC44等が挙げられるが、これに限定されない。
【0032】
粉砕は、低酸素濃度の雰囲気で実施されることが好ましい。これにより、粉砕後の粉末中の酸素含有率を小さく、特に0.7質量%以下にすることができる。ここで、低酸素濃度の雰囲気とは、酸素濃度(体積基準、本明細書において同様)が10ppm以下である状態を意味し、例えば1ppm、0.5ppm等の酸素濃度が適用され得る。低酸素濃度の雰囲気における粉砕は、不活性ガス(窒素、アルゴン、ヘリウム等の1種または2種以上の混合ガス)で置換したグローブボックス内で、好ましくはガス循環型酸素水分精製器を接続したグローブボックス内で行うことにより、実施することができる。
【0033】
粉砕後の粉末において、微粉(粉末の粒子分布において、粒径が極めて小さい粒子部分に相当する)は、より粒径が大きい粒子に比べて、粉砕によりダメージを受けている割合が高く、結晶性が低い。結晶性の良好な粉砕粉末を得るには、かかる結晶性が低い微粉を除去することが好ましい。除去される微粉は、例えば粒径が0.04μm未満の粒子であり得る。
【0034】
微粉除去は、気流分級機等を使用して実施できるが、これに限定されない。
【0035】
しかしながら、本実施形態のSm-Fe-N系磁石粉末の製造方法は上述した方法に限定されず、任意の適切な方法が利用され得る。
【0036】
(実施形態2:Sm-Fe-N系焼結磁石)
本実施形態は、Sm-Fe-N系焼結磁石およびその製造方法に関する。なお、特に断りのない限り、実施形態1の説明が本実施形態にも当て嵌まり得る。
【0037】
本実施形態のSm-Fe-N系焼結磁石は、Sm-Fe-N系磁性材料の焼結体を含み、該Sm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下である。
【0038】
Sm-Fe-N系焼結磁石において、焼結体を成すSm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径を5μm以下とすることにより、高い保磁力を得ることができ、かつ、該焼結体のX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅を0.0033Å以下とすることにより、飽和磁化の低下を効果的に低減または防止することができる。
【0039】
本発明において焼結磁石とは、磁石粉末(または磁性粉末)を高温で焼き固めた磁石を意味する。本実施形態のSm-Fe-N系焼結磁石は、Sm-Fe-N系磁性材料の焼結体から実質的に成り得るが、他の材料、例えば不可避的に混入する微量元素等を含んでいてもよい。
【0040】
Sm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径は5μm以下である。高い保磁力を得るためには、該結晶粒子の平均粒径が5μm以下であることが好ましく、3μm以下であることがより好ましい。他方、該結晶粒子の平均粒径は特に限定されないが、所望される場合には、例えば0.04μm以上であることにより、Sm-Fe-N系磁性材料の超常磁性化を効果的に抑制することができる。
【0041】
結晶粒子の「平均粒径」の算出方法は次の通りである。初めに、焼結磁石の断面を、少なくとも50個以上の結晶粒子が含まれるようFE-SEMにより撮影し、この撮影画像内の結晶粒子断面の総面積Aと結晶粒子数Nを求める。次に、A/Nで結晶粒子の平均断面積a1を求め、この平均断面積a1の平方根を結晶粒子の平均粒径dとして算出する。
【0042】
Sm-Fe-N系焼結磁石(または焼結体)のX線回折プロファイルにおいても、(220)面の回折ピークの半値幅は、その結晶性の指標として好適に利用できる。(220)面の回折ピークの半値幅が小さいほど(換言すれば、ピークが鋭いほど)、該焼結磁石の結晶性が高いことを示している。(220)面の回折ピークの半値幅を0.0033Å以下とすることにより、高い結晶性が得られ、飽和磁化の低下を効果的に低減または防止することができる。更に、本実施形態の焼結磁石の場合には、(220)面の回折ピークの半値幅を0.0026Å以下とすることにより、飽和磁化の低下をより一層効果的に低減または防止することができる。(220)面の回折ピークの半値幅の下限は特に限定されず、理論的には0より大きい値であるが、例えば0.0001Å以上であり得る。
【0043】
Sm-Fe-N系焼結磁石のX線回折プロファイルは、そのままで(粉末状とせずにバルク状態のままで)、任意の適切なX線回折装置を使用して測定できる。測定したX線回折プロファイルから、(220)面の回折ピークの半値幅を求める方法は、実施形態1における説明と同様である。
【0044】
Sm-Fe-N系焼結磁石の酸素含有率は0.7質量%以下であることが好ましい。これにより、焼結時のSm-Fe-N相の分解(例えば酸化還元反応によるα-Feの析出)を低減し、保磁力低下を抑制することができる。焼結磁石中の酸素含有率も、不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法(NDIR)等により測定することができる。
【0045】
本実施形態のSm-Fe-N系焼結磁石の製造方法は、例えば、実施形態1にて詳述したSm-Fe-N系磁石粉末を、低酸素濃度の雰囲気下で加圧焼結することにより製造することができる。
【0046】
本実施形態に必須ではないが、加圧焼結に先立って、Sm-Fe-N系磁石粉末に磁場中で配向および成形することが好ましい。これにより、各結晶粒の容易磁化軸の向きが揃い、より高い磁気特性を得ることができる。印加する磁場は、例えば2T以上の静磁場であってよく、成形圧力は、例えば600MPa~1.5GPaであってよいが、これらに限定されない。
【0047】
加圧焼結条件は、焼結磁石に最終的に存在するSm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子の平均粒径が5μm以下であり、かつX線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下となるように選択される。
【0048】
焼結体は、結晶性の低下度合いに応じて飽和磁化が低下するため、高い磁気特性を持つバルク状磁石(本実施形態に言う焼結磁石)を得るためには、結晶性の低下を抑制する必要がある。加圧焼結条件を適切に設定することにより、Sm-Fe-N系磁性材料の結晶性が加圧焼結により低下することを抑制できる。
【0049】
加圧焼結は、低酸素濃度の雰囲気で実施される。これにより、加圧焼結後の焼結磁石(または焼結体)の酸素含有率を小さく、特に0.7質量%以下にすることができる。ここで、低酸素濃度の雰囲気とは、酸素濃度(体積基準)が10ppm以下である状態を意味し、例えば1ppm、0.5ppm等の酸素濃度が適用され得る。低酸素濃度の雰囲気における加圧焼結は、例えば5Pa以下(絶対圧力)の真空にて実施することができる。
【0050】
加圧焼結には、通電加圧焼結をはじめとする任意の加圧焼結方法を用いることができる。加圧焼結は、例えば、磁石粉末をダイに充填し、これを大気暴露させずにサーボ制御型プレス装置による加圧機構を備えたパルス通電焼結機内に設置し、続いて、パルス通電焼結機内の真空を保持しながら、ダイに一定の圧力を印加し、この圧力を保持したまま通電焼結を行うものであってよい。使用されるダイは、任意の形状を有するものであってよく、例えば、円筒形のものを用いることができるが、これに限定されない。パルス通電焼結機内は5Pa(絶対圧力)以下の真空に保持されることが好ましい。印加する圧力は、常圧よりも高く、焼結磁石を形成可能な圧力であればよく、例えば、100MPa以上2000MPa以下の範囲であってよい。焼結は400℃以上600℃以下の温度かつ30秒以上10分以内の時間で行われることが好ましい。
【0051】
しかしながら、本実施形態のSm-Fe-N系焼結磁石の製造方法は上述した方法に限定されず、任意の適切な方法が利用され得る。
【実施例】
【0052】
(実施例1~11および比較例1~6:Sm-Fe-N系磁石粉末)
以下の手順により、Sm-Fe-N系磁石粉末を作製した。
【0053】
粉砕前の原料として、Sm2Fe17N3の組成を有する粗粉末A~Dを使用した。粗粉末A~Dは異なる原料ロットから採取され、表1に示すように異なる特性を示した。表中、平均粒径はレーザー回折式粒度分布計により測定し、酸素含有率および窒素含有率は不活性ガス融解―非分散型赤外線吸収法(NDIR法)により測定し、飽和磁化および保磁力は振動試料型磁力計により測定した(後の表中においても、同じ特性は、特に説明のない限り同様に測定したものである)。
【0054】
【0055】
この粗粉末を、気流粉砕型ジェットミルを使用して、表2に示す種々の条件で粉砕した。より詳細には、粉砕粒径を調整するため、一旦ジェットミルの粉砕室から排出された粉砕粉末をジェットミルに再投入することにより、粉砕する工程を繰り返した。繰り返し回数(パス回数)は1~5回とした。粉末の酸化を防ぐため、粉砕はグローブボックス内で行った。また、グローブボックスにはガス循環型酸素水分精製器を接続し、低酸素雰囲気とした。粉砕後、気流分級機を使用して微粉(粒径が0.04μm未満の粒子)を取り除いた。これにより、Sm-Fe-N系磁石粉末を得た。
【0056】
【0057】
実施例1~11および比較例1~6で作製したSm-Fe-N系磁石粉末の特性を調べた。結果を表3に示す。表中、「X線回折(220)ピーク半値幅」は、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅を意味し、X線回折装置(特性X線:CoKα1=1.789オングストローム)により測定したX線回折プロファイル(d値に変換したもの)から、Malvern Panalytical製ソフトHighScore PLUSを用いて、バックグラウンドを除去し、Kα2線によるサブピークを除去した後に、フィッティングを行って求めた(後の表中においても、同じ特性は、特に説明のない限り同様に測定したものである)。表中、飽和磁化変化率は、粉砕前の原料粗粉末の飽和磁化を基準として計算した。
【0058】
【0059】
代表的に、X線回折装置により測定された実施例1および比較例1のSm-Fe-N系磁石粉末のX線回折プロファイルを
図1および
図2にそれぞれ示す(特性X線:CoKα1=1.789オングストローム)。d=2.185Å付近に、Sm
2Fe
17N
3の(220)面の回折ピークが存在することが認められた。
【0060】
代表的に、透過型電子顕微鏡により観察された実施例1および比較例1のSm-Fe-N系磁石粉末の走査透過顕微鏡(STEM)像および電子線回折パターンを
図3に示す。尚、観察試料はSm-Fe-N系磁石粉末をプラスチックの中に分散させて固めたのち薄片化することにより作製した。STEM像中で相対的に暗く表示される粒子状の部分が磁石粉末の粒子であり、それらを取り囲む白い部分が粒子間を満たすプラスチックである。
図3中、(a)は比較例1のSm-Fe-N系磁石粉末のSTEM像を示し、(b)は(a)の一部の領域(例示的に選択した1個の粒子およびその周辺を含む領域)を拡大したSTEM像を、白点線で囲んだ2つの領域(明るいコントラストの部分と黒いコントラストの部分)の電子線回折パターンを挿入して示し、(c)は実施例1のSm-Fe-N系磁石粉末のSTEM像を示し、(d)は(c)の一部の領域(例示的に選択した1個の粒子およびその周辺を含む領域)を拡大したSTEM像を示す。
図3(b)に示される通り、比較例1では、粒子の周縁部のほとんどが、黒いコントラストの部分で覆われている。
図3(b)中、粒子の中心付近の明るいコントラストの部分では、その電子線回折パターン(
図3(b)の右上の挿入図)から、高い結晶性を有していることが理解されるのに対して、粒子の周縁部の黒いコントラストの部分では、その電子線回折パターン(
図3(b)の右下の挿入図)から、結晶性が著しく低下していることが理解される。他方、
図3(d)に示される通り、実施例1では、粒子表面の結晶性の低い部分(黒いコントラストの部分)が、比較例1の場合に比べて少ない。
【0061】
なお、実施例1~11および比較例1~6のSm-Fe-N系磁石粉末について、その酸素含有率を不活性ガス融解―非分散型赤外線吸収法(NDIR法)で測定したところ、0.20~0.51質量%であった。
【0062】
表3から理解されるように、実施例1~11のSm-Fe-N系磁石粉末は、粉末の平均粒径が5μm以下であり、かつ、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下であり、これらにより、高い保磁力、より詳細には4kOe以上の保磁力を確保しつつ、粉砕前の原料粗粉末とほとんど変わらない飽和磁化を保つこと、より詳細には、飽和磁化の低下率(負の変化率の大きさ)を1%以下にすることができた。特に、平均粒径が3μm以下である実施例4~11のSm-Fe-N系磁石粉末は、更に高い保磁力、より詳細には7kOe以上の保磁力を得ることができた。他方、比較例1~6のSm-Fe-N系磁石粉末は、平均粒径が小さいため、高い保磁力を達成できたものの、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0034Å以上であり、飽和磁化の低下率が大きかった。
【0063】
(実施例12~20および比較例7~17:Sm-Fe-N系焼結磁石)
以下の手順により、Sm-Fe-N系磁石粉末を磁場中で配向および成形した後、熱処理して焼結し、Sm-Fe-N系焼結磁石を得た。
【0064】
焼結磁石の原料として、表4に示すように、上述の実施例および比較例で作製したSm-Fe-N系磁石粉末を使用した。
【0065】
配向および成形工程
ガス循環型酸素水分精製器を接続したグローブボックス内でSm-Fe-N系磁石粉末を0.5g秤量し、5mm角の断面内径寸法を有する超硬合金製ダイセットに充填した。これに2Tの静磁場を印加して配向させた状態で、油圧ハンドプレスにより1.2GPaの圧力でプレスして圧粉体を作製した。
【0066】
焼結工程
上記圧粉体を大気暴露させずに、サーボ制御型プレス装置による加圧機構を備えたパルス通電焼結機まで移送した。次に、パルス通電焼結機内を2Pa(絶対圧力)以下の真空(実質的に酸素が存在しない状態)に保ったまま1.2GPaの圧力でプレスし、この圧力を保持したまま、表4に示す焼結温度にて1分間の通電焼結を行った。これにより、Sm-Fe-N系焼結磁石を得た。
【0067】
【0068】
実施例12~20および比較例7~17で作製したSm-Fe-N系焼結磁石の特性を調べた。結果を表5に示す。表中、酸素含有率は、不活性ガス融解―非分散型赤外線吸収法(NDIR法)で測定した。表中、飽和磁化変化率は、粉砕前の原料粗粉末の飽和磁化を基準として計算した。
【0069】
【0070】
代表的に、X線回折装置により測定された実施例12および比較例12のSm-Fe-N系焼結磁石のX線回折プロファイルを
図4および
図5にそれぞれ示す(特性X線:CoKα1=1.789オングストローム)。d=2.185Å付近に、Sm
2Fe
17N
3の(220)面の回折ピークが存在することが認められた。
【0071】
また代表的に、実施例12および比較例12のSm-Fe-N系焼結磁石の断面におけるSEM像を
図6および
図7にそれぞれ示す。
図6および
図7中、異なる3つのエリア1~3のSEM像を上段および下段に異なる倍率で示す。これらSEM像において、明るい灰色で示される部分がSm-Fe-N系磁性材料の結晶粒子であり、黒または暗い灰色で示される部分は空隙である。いずれのSEM像においても、焼結により粒子同士が結合しているため粒子界面が見づらい場合もあり得るが、結晶粒子の寸法は概ね0.01μm~10μmの範囲内に有り、平均粒径は5μm以下であった。なお、他の実施例13~20および比較例7~11、13~17のSm-Fe-N系焼結磁石についても、それらのSEM像から、平均粒径は5μm以下であることが確認された。
【0072】
表5およびSEM像観察の結果から理解されるように、実施例12~20のSm-Fe-N系焼結磁石は、結晶粒子の平均粒径が5μm以下であり、かつ、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0033Å以下であり、これらにより、高い保磁力、より詳細には4kOe以上の保磁力を確保しつつ、粉砕前の原料粗粉末とほとんど変わらない飽和磁化を保つこと、より詳細には、飽和磁化の低下率(負の変化率の大きさ)を5%以下にすることができた。特に、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0026Å以下である実施例12~14のSm-Fe-N系焼結磁石は、飽和磁化の低下率(負の変化率の大きさ)を3%以下にすることができた。他方、比較例7~17のSm-Fe-N系焼結磁石は、高い保磁力を達成できたものの、X線回折プロファイルにおける(220)面の回折ピークの半値幅が0.0035Å以上であり、飽和磁化の低下率が大きかった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明のSm-Fe-N系磁石粉末および焼結磁石は、各種モーターの分野において、広範な用途に使用できる。例えば、車載用補機モーター、EV(Electric Vehicle)/HEV(Hybrid Electric Vehicle)用主機モーター等に使用することができ、より具体的には、オイルポンプ用モーター、電動パワーステアリング用モーター、EV/HEV駆動用モーター等に使用することができる。
【0074】
本願は、2019年4月5日付けで日本国にて出願された特願2019-072903に基づく優先権を主張し、その記載内容の全てが、参照することにより本明細書に援用される。