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特許7078934特定のラミニン上での多能性幹細胞の培養方法
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  • 特許-特定のラミニン上での多能性幹細胞の培養方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-24
(45)【発行日】2022-06-02
(54)【発明の名称】特定のラミニン上での多能性幹細胞の培養方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220525BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20220525BHJP
   C12N 5/078 20100101ALI20220525BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220525BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220525BHJP
   C07K 14/78 20060101ALI20220525BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20220525BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N5/0775
C12N5/078
C12N5/0735
C12N5/10
C07K14/78
C12N15/12
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018535774
(86)(22)【出願日】2017-08-25
(86)【国際出願番号】 JP2017030467
(87)【国際公開番号】W WO2018038242
(87)【国際公開日】2018-03-01
【審査請求日】2020-08-21
(31)【優先権主張番号】P 2016164597
(32)【優先日】2016-08-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、再生医療実現拠点ネットワークプログラム事業「幹細胞培養基材の開発」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実現拠点ネットワークプログラムiPS細胞研究中核拠点」委託事業、「再生医療用iPS細胞ストック開発研究」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。平成28年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「再生医療実用化研究」委託事業、「同種血小板輸血製剤の上市に向けた開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願。
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515062289
【氏名又は名称】株式会社メガカリオン
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】江藤 浩之
(72)【発明者】
【氏名】中村 壮
(72)【発明者】
【氏名】関口 清俊
(72)【発明者】
【氏名】重盛 智大
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/010082(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/103534(WO,A1)
【文献】特表2013-545489(JP,A)
【文献】特表2014-526271(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00- 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラミニン421若しくはそのE8断片、又はラミニン121若しくはそのE8断片、あるいはそれらの組み合わせと多能性幹細胞とを接触させる工程を含む、中胚葉系細胞への易分化傾向を示す多能性幹細胞を製造する方法。
【請求項2】
前記多能性幹細胞におけるWnt/β-カテニンシグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子及び/又はIRXファミリー遺伝子の発現量が亢進される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記β-カテニンの下流遺伝子が、NEUROG1、PITX2、ZIC1、PAX7、HAPLN1、FOXC1、CTSF、HHEXおよびJUNから成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記IRXファミリー遺伝子が、IRX4、IRX1およびIRX2から成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子である、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記中胚葉系細胞が骨格筋細胞、軟骨細胞、腎細胞、心筋細胞、血管内皮又は血液系細胞である、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が、ヒト多能性幹細胞である、請求項1からのいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の方法に従い中胚葉系細胞への易分化傾向を示す多能性幹細胞を製造する工程、及び前記多能性幹細胞を中胚葉系細胞に分化誘導する工程を含む、中胚葉系細胞を製造する方法
【請求項8】
ラミニン421若しくはそのE8断片、又はラミニン121若しくはそのE8断片、あるいはそれらの組み合わせを含む、中胚葉系細胞への易分化傾向を示す多能性幹細胞を製造するためのキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のラミニンを用いた多能性幹細胞の新規培養方法、特に、中胚葉系細胞に易分化する多能性幹細胞を調製するための培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞は、多能性を保持したまま無限に増殖することが可能であることから、移植に用いるために必要な細胞数を容易に得ることができる。このため、細胞移植治療剤の原料として注目されている。
【0003】
このような移植用の細胞の原材料となり得る多能性幹細胞を培養する際には、動物に由来する原料が含まれている試薬等を用いないことが望まれる。そこで、そのような条件を満たす培養に使用するマトリックスや培養液の開発が進んでいる(特許文献1および非特許文献1)。
【0004】
しかし、このようなマトリックスや培養液を用いて培養した多能性幹細胞が、動物に由来する原料を用いた試薬等を用いた従来の方法で培養した多能性幹細胞と全く同一の性質が得られるかについては、検討が進んでいない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO 2011043405
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nakagawa M, et al, Sci Rep. 8;4:3594, 2014
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、多能性幹細胞の新規培養方法等の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らが種々のラミニン上で多能性幹細胞を培養したところ、ラミニン421やラミニン121上で培養された多能性幹細胞が中胚葉系細胞、特に血液細胞に分化し易い傾向に変化することを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
即ち、本願は以下の発明を包含する。
[1]ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片、あるいはそれらの組み合わせと多能性幹細胞とを接触させる工程を含む、多能性幹細胞を培養する方法。
[2]前記多能性幹細胞におけるWnt/β-カテニンシグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子及び/又はIRXファミリー遺伝子の発現量が亢進される、[1]に記載の方法。
[3]前記Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子が、NEUROG1、PITX2、ZIC1、PAX7、HAPLN1、FOXC1、CTSF、HHEXおよびJUNから成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子である、[2]に記載の方法。
[4]前記IRXファミリー遺伝子が、IRX4、IRX1およびIRX2から成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子である、[2]に記載の方法。
[5]前記多能性幹細胞を中胚葉系細胞に分化誘導する工程を更に含む、[1]から[4]のいずれかに記載の方法。
[6]前記中胚葉系細胞が骨格筋細胞、軟骨細胞、腎細胞、心筋細胞、血管内皮又は血液系細胞である、[5]に記載の方法。
[7]前記断片がE8断片である、[1]から[6]のいずれかに記載の方法。
[8]前記多能性幹細胞がヒト多能性幹細胞である、[1]から[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9]ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片、あるいはそれらの組み合わせを含む、多能性幹細胞を培養するためのキット。
[10]中胚葉系細胞の製造方法であって、[1]~[8]のいずれかに記載の方法で培養された多能性幹細胞を中胚葉系細胞に分化誘導する工程を含む、方法。
[11]中胚葉系細胞が骨格筋細胞、軟骨細胞、腎細胞、心筋細胞、血管内皮又は血液系細胞である、[10]に記載の方法。
[12]中胚葉系細胞が更に巨核球又は巨核球前駆細胞へと更に分化誘導される、[10]に記載の方法。
[13][1]~[8]のいずれかに記載の方法で培養された多能性幹細胞から分化誘導された巨核球から血小板を製造する方法。
[14][13]に記載の方法で製造された血小板を含有する血小板製剤。
[15][14]に記載の方法で製造された血小板を被験者に移植又は輸血する方法。
[16]ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片、あるいはそれらの組み合わせを含む、Wntシグナル伝達アゴニスト。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ラミニン421やラミニン121の存在下で培養することで、中胚葉系細胞に易分化する多能性幹細胞の調製が可能になる。特に、他のラミニンを用いた場合では中胚葉系細胞への分化はおろか、コロニーすら形成されず死滅してしまうが、ラミニン421やラミニン121上で培養すると、多能性幹細胞はコロニーを形成して血液細胞まで分化できる。
【0011】
更に、本発明に従い培養された多能性幹細胞においては、Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子やIRXファミリー遺伝子の発現量が亢進される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、各ラミニン断片上に置き換えて培養したiPS細胞を血液前駆細胞へ分化誘導した際の誘導結果(CD34およびCD43陽性細胞(左図)およびCD43陽性細胞(右図))を示す。
図2図2は、421E8または121E8に置き換えて培養したiPS細胞を巨核球前駆細胞へ分化誘導し、維持培養を継続した際のCD41陽性細胞の増殖曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(多能性幹細胞の培養方法)
本発明に係る多能性幹細胞の培養方法は、ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片、あるいはそれらの組み合わせと多能性幹細胞とを接触させる工程を含む。ラミニンはその断片を用いるのが好ましい。
【0014】
ラミニンは基底膜を構成する主要な細胞外マトリックスの一つであり、細胞接着等に関与している。巨大な糖タンパク質であるラミニンには多数のアイソフォームが存在しており、各アイソフォームは、5種類のα鎖(α1、α2、α3、α4、α5)、3種類のβ鎖(β1、β2、β3)及び3種類のγ鎖(γ1、γ2、γ3)がそれぞれ1本ずつサブユニット鎖としてC末端側で会合してコイルドコイル構造を作り、ジスルフィド結合によって安定化したヘテロ3量体分子を形成している。ラミニンファミリーのメンバーは、構成するサブユニットの種類により命名される。ラミニン511を例にラミニンの命名法を説明すると、α5鎖、β1鎖、γ1鎖から成るラミニンはラミニン511と称される。本発明において使用するラミニンは、α4鎖、β2鎖及びγ1鎖から構成されるラミニン421及び/又はα1鎖、β2鎖及びγ1鎖から構成されるラミニン121、あるいはそれらの断片、例えばE8断片が好ましい。
【0015】
ラミニンは天然型であってもよいし、あるいは、その生物学的活性を維持する限り、1またはそれ以上、好ましくは数個のアミノ酸残基が修飾された修飾型であってもよい。ラミニンの製造方法は特に限定されず、例えば、ラミニン高発現細胞から精製する方法や、組換えタンパク質として製造する方法などが挙げられる。ラミニン断片の製造方法も特に限定されず、例えば、全長ラミニンをエラスターゼ等のタンパク質分解酵素で消化し、目的の断片を分取、精製する方法や、組換えタンパク質として製造する方法などが挙げられる。製造量、品質の均一性、製造コスト等の観点から、ラミニンおよびラミニン断片の両者とも、組換えタンパク質として製造することが好ましい。
【0016】
本明細書におけるラミニン断片は、本発明の効果を奏する限り分子量は問わないが、E8断片と同程度以上であることが好ましい。本明細書で使用する場合、ラミニンの「E8断片」とはラミニンE8は、α鎖のC末端断片から球状ドメイン4および5が除かれた断片(以下「α鎖E8」と記す)、β鎖のC末端断片(以下「β鎖E8」と記す)及びγ鎖のC末端断片(以下「γ鎖E8」と記す)が3量体を形成した断片であり、3量体の分子量は約150~約170kDaである。α鎖E8は通常約770個のアミノ酸からなり、N末端側の約230アミノ酸が3量体形成に関わる。β鎖E8は通常約220~約230個のアミノ酸からなる。γ鎖E8は通常約240~約250個のアミノ酸からなる。γ鎖E8のC末端部から3番目のグルタミン酸残基はラミニンE8の細胞接着活性に必須である(Hiroyuki Ido, Aya Nakamura, Reiko Kobayashi, Shunsuke Ito, Shaoliang Li, Sugiko Futaki, and Kiyotoshi Sekiguchi, “The requirement of the glutamic acid residue at the third position from the carboxyl termini of the laminin γ chains in integrin binding by laminins” The Journal of Biological Chemistry, 282, 11144-11154, 2007.)。理論に拘束されることを意図するものではないが、本発明において使用するラミニン断片は、対応する全長のラミニンと同程度又はそれ以上のインテグリン結合活性の強さを維持しているもの、例えばE8断片が好ましい。
【0017】
本発明において、多能性幹細胞とは、生体に存在する全ての細胞に分化可能である多能性を有し、かつ、増殖能をも併せもつ幹細胞であり、それには、例えば胚性幹(ES)細胞(J.A. Thomson et al. (1998), Science 282:1145-1147; J.A. Thomson et al. (1995), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 92:7844-7848;J.A. Thomson et al. (1996), Biol. Reprod., 55:254-259; J.A. Thomson and V.S. Marshall (1998), Curr. Top. Dev. Biol., 38:133-165)、核移植により得られるクローン胚由来の胚性幹(ntES)細胞(T. Wakayama et al. (2001), Science, 292:740-743; S. Wakayama et al. (2005), Biol. Reprod., 72:932-936; J. Byrne et al. (2007), Nature, 450:497-502)、精子幹細胞(「GS細胞」)(M. Kanatsu-Shinohara et al. (2003) Biol. Reprod., 69:612-616; K. Shinohara et al. (2004), Cell, 119:1001-1012)、胚性生殖細胞(「EG細胞」)(Y. Matsui et al. (1992), Cell, 70:841-847; J.L. Resnick et al. (1992), Nature, 359:550-551)、人工多能性幹(iPS)細胞(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126:663-676; K. Takahashi et al. (2007), Cell, 131:861-872; J. Yu et al. (2007), Science, 318:1917-1920; Nakagawa, M.ら,Nat. Biotechnol. 26:101-106 (2008);WO2007/069666)、培養線維芽細胞や骨髄幹細胞由来の多能性細胞(Muse細胞)(WO2011/007900)などが含まれる。より好ましくは、多能性幹細胞はヒト多能性幹細胞である。多能性幹細胞は、上記ラミニンとの接触工程前に、ラミニン511の存在下で培養されていてもよい。
【0018】
特定のラミニンの存在下で培養された多能性幹細胞においては、β-カテニンの下流遺伝子及び/又はIRXファミリー遺伝子の発現量が亢進される。特に、ラミニン421又はラミニン121との接触工程前にラミニン511上で培養されている多能性幹細胞においてはβ-カテニンの下流遺伝子及び/又はIRXファミリー遺伝子の発現が減少し、中胚葉への分化抵抗性が見られるが、ラミニン421又はラミニン121上で培養すると、これらの遺伝子の発現が亢進し、中胚葉への分化抵抗性が解除されると考えられる。
【0019】
本明細書で使用する場合、「Wnt/β-カテニンシグナル伝達経路の下流に位置する遺伝子」又は「β-カテニンの下流遺伝子」は、β-カテニン遺伝子(CTNNB1)と相互作用する遺伝子であってもよい。このような遺伝子は当業に公知であり、例えばIPA(Ingenuity Pathways Analysis)(登録商標)を用いて検索することが可能である。限定されることを意図するものではないが、好ましい態様において、β-カテニンの下流遺伝子はNEUROG1、PITX2、ZIC1、PAX7、HAPLN1、FOXC1、CTSF、HHEXおよびJUNから成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子である。
【0020】
ここで、Wnt/β-カテニンシグナルを欠損させたマウスではepiblastからの中胚葉分化発生が阻害されることが知られている(Liu P et al. Nat Genet 1999;22:361-365. Huelsken J,et al. J Cell Biol 2000;148:567-578.)。また、ヒトES細胞を用いた血球分化においてWnt/β-カテニンシグナルを阻害させると分化する血球数が減少し、逆にWnt/β-カテニンシグナルを活性化させると分化血球数が増加する(Woll PS et al. Blood. 2008 Jan 1;111(1):122-31)。理論に拘束されることを意図するものではないが、これらの報告より、Wnt/β-カテニンシグナルは中胚葉・血球分化に必須である事が示唆される。
【0021】
IRX(iroquois homeobox)ファミリー遺伝子は、homeoboxドメインを有し、脊椎動物胚のパターン形成の間、多面的な役割を果たすと考えられている。特に、IRXは、中胚葉である腎臓、脾臓、心臓のみならず、神経、肺の分化にも関与することが知られている(Circ Res. 2012;110:1513-1524)この遺伝子ファミリーのメンバーとしては、例えば、iroquois homeobox protein 1(IRX1)、IRX2、IRX3、IRX4、IRX5、IRX6などが挙げられるが、本発明の好ましい態様においては、IRX4、IRX1およびIRX2から成る群より選択される少なくとも1つの遺伝子が亢進される。
【0022】
別の態様において、本発明は培養した多能性幹細胞を中胚葉系細胞に分化誘導する工程を更に含んでもよい。本発明によれば、多能性幹細胞から中胚葉へ、より高効率で分化誘導することが可能になるだけでなく、血球細胞群への分化誘導も促進させることができる。本明細書で使用する場合、「中胚葉系細胞」又は「中胚葉」とはCD56陽性で且つAPJ陽性の細胞を意味する。好ましい態様において、中胚葉細胞は骨格筋細胞、軟骨細胞、腎細胞、心筋細胞、血管内皮又は血液系細胞、好ましくは巨核球細胞又はその前駆細胞であってもよい。本発明において、血液系細胞とは、巨核球細胞又はその前駆細胞のみならず、造血幹細胞を含めた各種血液細胞を意味する。
【0023】
多能性幹細胞の培養及び継代には、多能性幹細胞を維持するために用いられる通常の培地を用いることができる。培養の際、培地に血管内皮増殖因子(VEGF)、塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)、インシュリン、形質転換増殖因子-β(TGF-β)などの蛋白質、血清、アミノ酸などを添加してもよい。培養容器をラミニン511などの細胞外マトリックスでコーティングしてもよい。また、多能性幹細胞は、フィーダー細胞と共培養することもできる。フィーダー細胞としては、多能性幹細胞の増殖、維持に寄与する細胞であればいずれも使用可能であり、例えば、C3H10T1/2細胞等を用いることができる。フィーダー細胞を用いるときには、例えば、マイトマイシンC処理或いは放射線照射などにより、細胞の増殖を抑止しておくのが好ましい。しかしながら、フィーダーフリーの条件が好ましい。
【0024】
多能性幹細胞を培養する際の温度は、通常25~39℃、好ましくは33~39℃である。CO濃度は、通常、培養の雰囲気中、4~10体積%であり、4~6体積%が好ましい。本発明の培養方法で使用するその他の培養条件、分化誘導条件は当業者が適宜決定することができる。
【0025】
iPS細胞等の多能性幹細胞からネット様構造物を調製する場合、その調製に適した培養条件が適宜選択される。この培養条件は、用いるiPS細胞又はES細胞の生物種によって異なる。ネット様構造物は、例えば、フィーダー細胞上に播いてから、14~17日後くらいにその存在を確認することができる。
【0026】
(キット)
本発明はさらに、ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片、あるいはそれらの組み合わせを含む、多能性幹細胞を培養するためのキットを提供する。このようなキットの例として、ラミニンがコーティングされた培養皿が挙げられる。
【0027】
上記キットは、ラミニン421若しくはその断片、又はラミニン121若しくはその断片をWntシグナル伝達アゴニストとして含んでもよい。Wntシグナル伝達アゴニストはキットとは別に単独で使用することもできる。「Wntシグナル伝達」とは、Wntタンパク質が細胞に作用することにより活性化されるシグナル伝達(以下、単に「Wntシグナル伝達」という)を意味する。また、「Wntシグナル伝達アゴニスト」とは、Wntシグナル伝達を活性化する物質を意味する。
【0028】
(中胚葉系細胞の製造方法)
本発明に係る中胚葉系細胞の製造方法は、ラミニン421またはその断片、もしくはラミニン121またはその断片と多能性幹細胞とを接触させる工程を含む。本明細書で使用する場合、「中胚葉系細胞」とはCD56陽性で且つAPJ陽性の細胞を意味する。限定することを意図するものではないが、中胚葉系細胞は、より具体的には骨格筋細胞、軟骨細胞、腎細胞、心筋細胞、血管内皮、血液系細胞(赤血球、リンパ球、巨核球)を意味する。また、本発明により誘導される中胚葉は、CD56陽性で且つAPJ陽性の細胞の中でも、血球分化能の高い細胞である。中胚葉系細胞の製造に使用する培地は、例えば中胚葉系細胞への分化誘導に必要な成分、例えばアクチビンAを含んでもよい。培養条件は無血清条件及び/又はフィーダーフリー条件で行うことが好ましい。接触の期間は3日以上、例えば3~5日間、特に3~4日間であることが好ましい。
【0029】
分化誘導された中胚葉系細胞は、CD56陽性で且つAPJ陽性となる。CD56とAPJはそれぞれ単独で中胚葉のマーカーとして報告されている(Evseenko, D. et al. P Natl Acad Sci Usa 107, 13742-13747 (2010);Vodyanik, M. A. et al. Cell stem Cell 7, 718-729 (2010);Yu, Q. C. et al. Blood 119, 6243-6254 (2012))。CD56はNCAMとしても知られている接着因子であり、APJはApelin分子などのレセプター(APLNR)として報告されている機能分子である。
【0030】
CD56陽性で且つAPJ陽性の細胞は更に、血管内皮増殖因子(Vascular endothelial growth factor;VEGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(Basic fibroblast growth factor;bFGF)及び形質転換増殖因子-β(Transforming growth factor beta ;TGFβ)阻害剤と接触されてもよい。これにより、中胚葉から血球血管前駆細胞への分化効率が向上する。例えば、CD56陰性で且つAPJ陰性の細胞と比較した場合、CD56陽性で且つAPJ陽性の細胞は高効率に血球を産生することができる。TGFβ阻害剤の例として、SB431542が挙げられる。中胚葉系細胞へ分化誘導するためのその他の条件は、最終的に分化誘導される細胞の種類に応じて当業者が適宜決定することができる。
【0031】
更なる態様において、分化誘導された中胚葉系細胞は更に、血小板を製造するために巨核球又は巨核球前駆細胞へと分化誘導される。本発明における「巨核球」は、多核化した細胞であってもよく、例えば、CD41a陽性/CD42a陽性/CD42b陽性として特徴付けられる細胞を含む。この他にも、巨核球とは、GATA1、FOG1、NF-E2およびβ1-チューブリンが発現している細胞として特徴づけてもよい。多核化した巨核球とは、造血前駆細胞と比較して核の数が相対的に増大した細胞又は細胞群のことをいう。例えば、本発明の方法を適用する造血前駆細胞の核が2Nの場合には、4N以上の細胞が多核化した巨核球となる。また、本発明において、巨核球は、巨核球株として不死化されていてもよく、クローン化された細胞群であってもよい。
【0032】
本発明における「巨核球前駆細胞」とは、成熟することで巨核球となる細胞であって、多核化していない細胞であり、例えば、CD41a陽性/CD42a陽性/CD42b弱陽性として特徴付けられる細胞を含む。本発明の巨核球前駆細胞は、好ましくは、拡大培養により増殖させることが可能である細胞であり、例えば、少なくとも60日以上は、適切な条件で拡大培養可能な細胞である。本発明において、巨核球前駆細胞は、クローン化されていてもされていなくても良く、特に限定されないが、クローン化されたものを巨核球前駆細胞株と呼ぶこともある。
【0033】
本発明において、巨核球前駆細胞を製造するにあたり、接触工程はサイトカインの存在下で行ってもよい。サイトカインは培養液中に含まれていてもよい。サイトカインとは、血球系分化を促進するタンパク質であり、例えば、血管内皮増殖因子(VEGF)、トロンボポエチン(TPO)、幹細胞因子(stem cell factor (SCF))、インターロイキン(IL)-1、-3、-4、-6、-7、-11、顆粒球単球コロニー刺激因子(GM-CSF)、またはエリスロポエチン(EPO)などが例示される。本発明で用いる好ましいサイトカインは、TPOおよびSCFである。TPOおよびSCFを培養液に含める場合、培養液中の濃度は、TPOの場合、10~200ng/mL、好ましくは、50~100ng/mL程度が例示され、SCFの場合、10~200ng/mL、好ましくは50ng/mL程度が例示される。
【0034】
本発明において用いる培養液は、特に限定されないが、動物細胞の培養に用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地の定義には、例えばIscove's Modified Dulbecco's Medium(IMDM)培地、Medium 199培地、Eagle's Minimum Essential Medium (EMEM)培地、αMEM培地、Dulbecco's modified Eagle's Medium (DMEM)培地、Ham's F12培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、Neurobasal Medium(ライフテクノロジーズ)およびこれらの混合培地などが包含される。培地には、血清が含有されていてもよいし、あるいは無血清を使用してもよい。必要に応じて、基礎培地は、例えば、アルブミン、インスリン、トランスフェリン、セレン、脂肪酸、微量元素、2-メルカプトエタノール、チオールグリセロール、脂質、アミノ酸、L-グルタミン、非必須アミノ酸、ビタミン、増殖因子、低分子化合物、抗生物質、抗酸化剤、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類、サイトカインなどの1つ以上の物質も含有し得る。
【0035】
本発明において好ましい基礎培地は、血清、インスリン、トランスフェリン、セリン、チオールグリセロール、アスコルビン酸を含むIMDM培地である。
【0036】
本発明の造血前駆細胞から巨核球前駆細胞を製造する工程において、造血前駆細胞は、フィーダー細胞(例えば、哺乳類胎仔のAGM(aorta-gonad-mesonephros)領域から得られた細胞(特開2001-37471)、マウス胎仔線維芽細胞(MEF)、OP9細胞(ATCCより入手可能)またはC3H10T1/2細胞(JCRB Cell Bankより入手可能))上、あるいは細胞外基質上で培養する方法が例示される。
【0037】
本発明において、細胞外基質とは、細胞の外に存在する超分子構造体であり、天然由来であっても、人工物(組換え体)であってもよい。例えば、コラーゲン、プロテオグリカン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、テネイシン、エンタクチン、エラスチン、フィブリリンおよびラミニンといった物質またはこれらの断片が挙げられる。これらの細胞外基質は、組み合わせて用いられてもよく、例えば、BD Matrigel(登録商標)などの細胞からの調製物であってもよい。
【0038】
本発明において、巨核球前駆細胞を製造する好ましい培養条件は、C3H10T1/2細胞のようなフィーダー細胞と造血前駆細胞を共培養する方法である。
【0039】
本発明において、造血前駆細胞(Hematopoietic Progenitor Cells(HPC))とは、リンパ球、好酸球、好中球、好塩基球、赤血球、巨核球等の血球系細胞に分化可能な細胞である、本発明において、造血前駆細胞と造血幹細胞は、区別されるものではなく、特に断りがなければ同一の細胞を示す。造血幹細胞/前駆細胞は、例えば、表面抗原であるCD34および/またはCD43が陽性であることによって認識できる。本発明において、造血幹細胞は、多能性幹細胞、臍帯血・骨髄血・末梢血由来の造血幹細胞及び前駆細胞などから分化誘導された造血前駆細胞に対しても適用することができる。例えば、多能性幹細胞を使用する場合、造血前駆細胞は、Takayama N., et al. J Exp Med. 2817-2830 (2010)に記載の方法にしたがって、多能性幹細胞をVEGFの存在下でC3H10T1/2上で培養することで得られるネット様構造物(ES-sac又はiPS-sacとも称する)から調製することができる。ここで、「ネット様構造物」とは、多能性幹細胞由来の立体的な嚢状(内部に空間を伴うもの)構造体で、内皮細胞集団などで形成され、内部に造血前駆細胞を含む構造体である。この他にも、多能性幹細胞からの造血前駆細胞の製造方法として、胚様体の形成とサイトカインの添加による方法(Chadwick et al. Blood 2003, 102: 906-15、Vijayaragavan et al. Cell Stem Cell 2009, 4: 248-62、Saeki et al. Stem Cells 2009, 27: 59-67)または異種由来のストローマ細胞との共培養法(Niwa A et al. J Cell Physiol. 2009 Nov;221(2):367-77.)等が例示される。本発明において、好ましい造血前駆細胞は、多能性幹細胞から誘導された造血前駆細胞である。
【0040】
本発明に係る巨核球前駆細胞の製造方法は、一態様として、造血前駆細胞へ癌遺伝子(例えば、MYCファミリー遺伝子、好ましくはc-MYC)、p16遺伝子又はp19遺伝子の発現を抑制する遺伝子(例えば、BMI1またはId1)、並びに/あるいはアポトーシス抑制遺伝子(例えば、BCL2遺伝子、BCL-XL遺伝子、Survivin、MCL1)を強制発現させて該細胞を培養する工程を含んでもよい(特開2015-216853号公報)。
【0041】
本発明において、培養する際の温度条件は、特に限定されないが、37℃以上の温度で造血前駆細胞を培養することにより、巨核球前駆細胞への分化を促進することが確認されている。ここで、37℃以上の温度とは、細胞にダメージを与えない程度の温度が適当であることから、例えば、約37℃~約42℃程度、約37~約39℃程度が好ましい。また、37℃以上の温度における培養期間については、当業者であれば巨核球前駆細胞の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能である。所望の巨核球前駆細胞が得られる限り、日数は特に限定されないが、例えば、少なくとも6日間以上、12日以上、18日以上、24日以上、30日以上、42日以上、48日以上、54日以上、60日以上であり、好ましくは60日以上である。培養期間が長いことについては、巨核球前駆細胞の製造においては問題とされない。また、培養期間中は、適宜、継代を行うことが望ましい。
【0042】
(血小板の製造方法)
本発明は、上述の方法で得られた巨核球前駆細胞からさらに巨核球細胞および/または血小板を製造する方法を提供する。癌遺伝子、p16遺伝子又はp19遺伝子の発現を抑制する遺伝子および/またはアポトーシス抑制遺伝子を強制発現させている場合、当該強制発現を停止して培養することによって巨核球細胞および/または血小板が製造され得る。強制発現の停止は、例えば、薬剤応答性ベクターを用いて強制発現をしている場合、対応する薬剤と当該細胞と接触させないことによって達成してもよい。この他にも、上記のLoxPを含むベクターを用いた場合は、Creリコンビナーゼを当該細胞に導入することによって強制発現を停止してもよい。さらに、一過性発現ベクター、およびRNAまたはタンパク質導入を用いた場合は、当該ベクター等との接触を止めることによって強制発現を停止してもよい。強制発現の停止において用いられる培地は、上記と同一の培地を用いて行うことができる。
【0043】
強制発現を停止して培養する際の温度条件は、特に限定されないが、例えば、約37℃~約42℃程度、約37~約39℃程度が好ましい。また、37℃以上の温度における培養期間については、当業者であれば巨核球の数などをモニターしながら、適宜決定することが可能であるが、例えば、2日間~10日間、好ましくは3日間~7日間程度である。少なくとも3日以上であることが望ましい。また、培養期間中は、適宜、継代を行うことが望ましい。
【0044】
本発明では、上述の方法で得られた巨核球前駆細胞を凍結保存することができる。巨核球前駆細胞は、凍結保存した状態で流通させることができる。
【0045】
本発明において、巨核球細胞および/または血小板の製造方法の一態様では、培地にROCK阻害剤および/またはアクトミオシン複合体機能阻害剤が加えられる。ROCK阻害剤としては、例えばY27632が挙げられる。アクトミオシン複合体機能阻害剤としては、ミオシン重鎖II ATPase阻害剤である、ブレビスタチンが挙げられる。培地には、ROCK阻害剤を単独で加えてもよく、ROCK阻害剤とアクトミオシン複合体機能阻害剤を異なるタイミングでそれぞれ単独で加えてもよいし、これらを組み合わせて加えてもよい。
【0046】
ROCK阻害剤および/またはアクトミオシン複合体機能阻害剤は、0.1μM~30μMで培地に加えることが好ましく、より具体的には、阻害剤の濃度を例えば0.5μM~25μM、5μM~20μM等としてもよい。
【0047】
本明細書中に記載される「細胞」の由来は、ヒト及び非ヒト動物(例えば、マウス、ラット、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、サル、イヌ、ネコ、トリなど)であり、特に限定はされないが、ヒト由来の細胞が好ましい。
【0048】
本発明の効果を損なわない限り、巨核球の製造に関して当業者に公知の技術を本発明の製造方法に適用することができる。例えば、本発明の巨核球の製造方法の一態様は、さらに、(a)p53遺伝子産物の発現又は機能を阻害する物質、(b)アクトミオシン複合体機能阻害剤、(c)ROCK阻害剤および(d)HDAC阻害剤をさらに培地に含んでもよい。これらの方法は、例えば、WO2012/157586に記載された方法にしたがって実施し得る。
【0049】
更に、WO2011/034073に記載されているような、c-MYC遺子等の癌遺伝子やポリコーム遺伝子等の外来性遺伝子を強制発現させて巨核球細胞の生産量を増大することもできる。このような態様において、本願発明の製造方法は、巨核球または巨核球前駆細胞に対して、強制発現を停止して培養する工程をさらに含んでもよい。強制発現を停止する方法として、例えば、薬剤応答性ベクターを用いて強制発現をしている場合には、対応する薬剤と当該細胞と接触させないことによって達成させてもよい。この他にも、上記のLoxPを含むベクターを用いた場合は、Creリコンビナーゼを当該細胞に導入することによって達成させてもよい。さらに、一過性発現ベクター、およびRNAまたはタンパク質導入を用いた場合は、当該ベクター等との接触を止めることによって達成させてもよい。本工程において用いられる培地は、上記と同一の培地を用いて行うことができる。
【0050】
血小板は、当業者に公知の方法で培地から単離することができる。本発明によって得られる血小板は、外来遺伝子を発現することのない安全性の高い血小板である。本発明で得られる巨核球は、特に限定しないが、例えば外来性のアポトーシス抑制遺伝子および癌遺伝子が発現していてもよい。この場合、血小板生産工程では、当該外来性の遺伝子の発現が抑制された状態になる。
【0051】
本発明で得られた血小板は、製剤として患者に投与することができる。投与に当たっては、本発明の方法で得られる血小板は、例えば、ヒト血漿、輸液剤、クエン酸含有生理食塩液、ブドウ糖加アセテートリンゲル液を主剤とした液、PAS(platelet additive solution)(Gulliksson, H. et al., Transfusion, 32:435-440, (1992))等にて保存、製剤化してもよい。保存期間は、製剤化直後から14日間程度である。好ましくは10日間。より好ましくは、8日間である。保存条件として、室温(20-24℃)で振盪撹拌して保存することが望ましい。
【0052】
(血小板の移植又は輸血方法)
本発明に係る血小板の移植又は輸血方法は、上記の方法で製造された血小板を被験者に移植又は輸血する工程を含む。本発明の方法に従い製造された血小板は、常用の方法で調製される血小板と同様の方法で輸血可能なものであり、当業者であれば適宜被験者に投与することができる。
【0053】
本明細書中で使用する場合、用語「被験者」は、血小板の移植等を必要とする哺乳動物(例えば、ウシ、ブタ、ラクダ、ラマ、ウマ、ヤギ、ウサギ、ヒツジ、ハムスター、モルモット、ネコ、イヌ、ラットおよびマウス、非ヒト霊長類(例えば、カニクイザル、アカゲザル、チンパンジーなどのサル)及びヒト)を含む、任意の脊椎動物を指す。実施形態によって、被験者はヒト又はヒト以外の動物であってよい。
【0054】
以下に実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明は実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例
【0055】
ラミニン421又はラミニン121上での培養効果の検討
ヒトiPS細胞(TKDN SeV2:センダイウィルスを用いて樹立されたヒト胎児皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞)をラミニン511E8(imatrix-511、ニッピ社)およびStemFit(味の素)を用いて維持を行った。続いて、Takayama N., et al. J Exp Med. 2817-2830, 2010に記載の方法に従って、ヒトiPS細胞コロニーを20ng/mL VEGF (R&D SYSTEMS)の存在下でC3H10T1/2フィーダー細胞と14日間共培養したところ、ネット様構造物(sac)を作製することができなかった。
【0056】
次に、上記ヒトiPS細胞をラミニン511E8(imatrix-511、ニッピ社)およびStemFit(味の素)を用いて維持を行った後、TrypLE(登録商標)Selectを用いて細胞を剥離し、各ラミニン断片(111E8、121E8、211E8、221E8、311E8、321E8、332E8、411E8、421E8、511E8または521E8)をコーティングした培養皿上へ移し、7日間培養した。各ラミニン断片は、WO2014/103534に記載の方法で製造された。すると、211E8および221E8をコートティングした培養皿を用いた場合、iPS細胞コロニーが得られなかった。コロニーが形成された場合、続いて、上記と同様に、20ng/mL VEGFの存在下でC3H10T1/2フィーダー細胞と14日間共培養したところ、511E8および521E8以外のマトリックスをコーティングした条件ではネット様構造物(sac)が確認された。得られたsacを崩し懸濁した細胞を採取し、抗CD34抗体および抗CD43抗体を用いて染色後、フローサイトメーターを用いて分析した。その結果、いくつかの条件でも血液前駆細胞が得られたが、特に421E8および121E8をコーティングした条件において、CD34およびCD43陽性細胞またはCD43陽性細胞が多く得られた(図1)。
【0057】
以上の結果より、ラミニン511E8上で培養したiPS細胞を421E8および121E8上で培養することによって血液系細胞のような中胚葉系細胞へ誘導する分化能を獲得する変化(以降、「形質転換」という)が起きることが確認された。
【0058】
さらに、421E8および121E8上で培養することで得られた血液前駆細胞を、Nakamura S et al. Cell Stem Cell. 14:535-548, 2014の記載の方法に従って、巨核球前駆細胞へと誘導した。すなわちレンチウィルス法にてc-MycおよびBMI1を強制発現させ、14日目にBCL-XLを強制発現させた。得られた巨核球前駆細胞を維持培養したところ、421E8および121E8のいずれを用いた場合においても、巨核球前駆細胞の維持培養が可能である、巨核球前駆細胞株を得ることができた(図2)。
【0059】
ラミニン421又はラミニン121上での培養時間の検討
上記と同様に、ヒトiPS細胞をラミニン511E8(imatrix-511、ニッピ社)およびStemFit(味の素)を用いて維持を行った後、TrypLE(登録商標) Selectを用いて細胞を剥離し、各ラミニン断片(111E8、121E8、211E8、221E8、311E8、321E8、332E8、411E8、421E8または521E8)をコーティングした培養皿上へ移し、培養を7日間(P1という)または35日間(P5という)行った。その後、上記と同様に血液前駆細胞へと誘導したところ、P1では、332E8、421E8および121E8をコーティングした条件にて、血液前駆細胞が得られた。同様に、P5では、421E8および121E8をコーティングした条件にて、血液前駆細胞が得られた。
【0060】
以上より、ラミニン421又はラミニン121上での培養日数はiPS細胞の形質転換に影響を与えないことが確認された。
【0061】
ラミニン421又はラミニン121上での培養による細胞の変化
上述のとおり、形質転換群(good群)(421E8および121E8)と形質非転換群(bad群)(111E8、311E8、321E8、411E8および521E8)のマトリックスを用いてP5の培養日数の経過後のiPS細胞を採取し、マイクロアレイにて遺伝子発現を分析し、One-way ANOVA FDR < 0.05により抽出された候補遺伝子において、bad群と比較してgood群における発現が2倍以上高い遺伝子を調べたところ、複数の候補遺伝子が確認された。この候補遺伝子のうち、β-カテニンの下流遺伝子とIRXファミリー遺伝子を表1に抜粋した。
(形質転換群で発現が上昇する遺伝子群)
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
以上の結果より、ヒトiPS細胞をラミニン511E8上で培養した後に421E8および121E8上で再度培養した場合は、β-カテニンの下流遺伝子またはIRXファミリー遺伝子の発現が増加することが確認された。このような遺伝子発現の変化によって、ヒトiPS細胞が血液系細胞への誘導能を再獲得できることが示唆された。また、421E8および121E8上で再度培養することで、β-カテニンの下流遺伝子の発現が増加することから、中胚葉系への易分化傾向を示すiPS細胞へと変換されることが示唆された。
図1
図2