(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-05-30
(45)【発行日】2022-06-07
(54)【発明の名称】セシウムタングステン酸化物膜とその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20220531BHJP
C03C 17/245 20060101ALI20220531BHJP
C01G 41/00 20060101ALI20220531BHJP
【FI】
C23C14/08 K
C03C17/245 A
C01G41/00 A
(21)【出願番号】P 2018017381
(22)【出願日】2018-02-02
【審査請求日】2021-01-26
(31)【優先権主張番号】P 2017182575
(32)【優先日】2017-09-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000183303
【氏名又は名称】住友金属鉱山株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067736
【氏名又は名称】小池 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100192212
【氏名又は名称】河野 貴明
(74)【代理人】
【識別番号】100204032
【氏名又は名称】村上 浩之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 啓一
(72)【発明者】
【氏名】安東 勲雄
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-199668(JP,A)
【文献】国際公開第2017/159790(WO,A1)
【文献】特開2010-215451(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/08
C03C 17/245
C01G 41/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セシウムとタングステンと酸素を主成分とするセシウムタングステン酸化物膜であって、
前記セシウムと前記タングステンの原子比をCs/Wとしたとき、該Cs/Wが0.1以上0.5以下であって、かつ、六方晶の結晶構造を有
し、
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、該I(002)/I(200)が0.3以上であることを特徴とするセシウムタングステン酸化物膜。
【請求項2】
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折角度2θ(002)と、六方晶(200)面の回折角度2θ(200)の角度比を2θ(002)/2θ(200)としたとき、該2θ(002)/2θ(200)が0.83以上0.85以下であることを特徴とする請求項1に記載のセシウムタングステン酸化物膜。
【請求項3】
波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比が0.3以下であることを特徴とする請求項1
又は請求項2に記載のセシウムタングステン酸化物膜。
【請求項4】
膜厚が30nm以上1200nm以下のスパッタリングしてなる膜であることを特徴とする請求項1乃至請求項
3のいずれか1項に記載のセシウムタングステン酸化物膜。
【請求項5】
シート抵抗が1.0×10
10Ω/□を超えるものであることを特徴とする請求項1乃至請求項
4のいずれか1項に記載のセシウムタングステン酸化物膜。
【請求項6】
セシウムとタングステンと酸素を主成分とするセシウムタングステン酸化物膜の製造方法であって、
セシウムタングステン酸化物ターゲットを用いて膜を形成する成膜工程と、
前記膜を400℃以上、1000℃未満の温度で熱処理する熱処理工程とを有し、
前記成膜工程又は前記熱処理工程のいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことを特徴とするセシウムタングステン酸化物膜の製造方法。
【請求項7】
前記成膜工程において、アルゴンと酸素の混合ガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を不活性または還元雰囲気中で400℃~900℃の温度で熱処理すること特徴とする請求項
6に記載のセシウムタングステン酸化物膜の製造方法。
【請求項8】
前記成膜工程において、アルゴンガス中でスパッタリング成膜した後、前記熱処理工程において、前記膜を空気中で400℃~600℃の温度で熱処理すること特徴とする請求項
6に記載のセシウムタングステン酸化物膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遮光部材として好適なセシウムタングステン酸化物膜、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窓材等に使用される遮光部材として各種材料が提案されている。例えば、特許文献1には、窓材などの遮光部材として、アルミニウムなどの金属を蒸着した乾式膜のハーフミラータイプの遮光部材が記載されている。また、銀等をスパッタリングして成膜した遮光部材もある。しかしながら、このタイプの遮光部材を用いた場合、外観がハーフミラー状となることから、屋外で使用するには反射がまぶしく、景観上の問題がある。さらに、アルミニウムや銀などの金属膜は高い導電性を有するため、電波も反射して携帯電話やスマートフォンなどが繋がりにくいという問題がある。
【0003】
これに対して、特許文献2では、複合タングステン酸化物薄膜を遮光部材として用いることを提案している。複合タングステン酸化物薄膜は、太陽光線、特に近赤外線領域の光を効率よく遮蔽すると共に、可視光領域の高透過率を保持するなど、優れた光学特性を発現する材料として知られている。特許文献2では、このような複合タングステン酸化物薄膜を形成する方法として、複合タングステン酸化物微粒子を、適宜な溶媒中に分散させて分散液とし、得られた分散液に媒体樹脂を添加した後、基材表面にコーティングすることを提案している。微粒子分散膜は、微粒子間の空間を通して電波が透過するので電波遮蔽の問題は生じない。
【0004】
特許文献3には、複合タングステン酸化物の原料化合物を含む溶液を基板に塗布後、熱処理して製造する複合タングステン酸化物膜が開示されている。この膜は、表面抵抗(シート抵抗)が1.0×1010Ω/□以下と低いため、電波を透過しない電波遮断膜である。また溶液を塗布し熱処理した塗布焼成膜は、乾燥・焼成による体積収縮が大きいため、膜のクラックや剥離が発生しやすいという問題がある。
【0005】
このような複合タングステン酸化物薄膜を得る別の手段として、蒸着法やスパッタリング法などの乾式法がある。乾式法の薄膜は、塗布焼成法のような大きな体積収縮は発生しないという利点がある。また、遮光性能とは直接の関係のない分散剤や媒体樹脂を使用する必要がないという利点がある。すなわち、媒体樹脂等を使用しないので高温の製造工程に供することができる。例えば、高温熱処理する強化ガラスの製造工程に供することができる。大型の窓材の処理が可能な大型のスパッタリング装置などの製造設備が使用可能であれば、膜厚が均一で高品質な膜を得られ、かつ、生産性も高いという観点から、乾式法を用いることは好ましいといえる。なお、このような大型のスパッタリング装置などは、商業的に入手可能である。
【0006】
特許文献4には、スパッタリング法により作製した複合タングステン酸化物膜が提案されている。ガラス基板上に、タングステンと周期律表のIVa族、IIIa族、VIIb族、VIb族及びVb族から成る群から選ばれた少なくとも1種の元素とからなる複合タングステン酸化物膜を形成している。しかしながら、この組成の酸化物膜は赤外線透過率が40%以上と熱線遮蔽性能は十分でなく、他の透明誘電体膜との多層膜にしなければ機能を発揮できないという問題があった。
【0007】
また、特許文献5には、セシウムなどアルカリ金属、アルカリ土類金属を含む複合タングステン酸化物のターゲット材をホットプレス法で製造する製法が開示されている。しかしながら、このターゲットを用いて作製した膜の具体的な記述はなく、このターゲットを単にスパッタリング成膜しても、赤外線を70%以上透過してしまい熱線遮蔽性能が低いという問題があった。
【0008】
詳述すると、特許文献5に記載の組成のうち、もっとも赤外吸収特性が高いと言われており熱線遮蔽材料用として一般に用いられているCs-W-O系酸化タングステン材料について、特許文献5に則って焼結体ターゲットを作製して、ガラス基板上にスパッタリング成膜したところ、赤外線透過率が高く、熱線遮蔽性能は低いという問題があることがわかった。また、この膜はX線回折の結果、非晶質であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平9-107815号公報
【文献】特許第4096205号公報
【文献】特開2006-096656号公報
【文献】特開平8-12378号公報
【文献】特開2010-180449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の通り、乾式法による複合酸化タングステン膜の熱線遮蔽性能は、まだ十分であるとは言えない状況である。
【0011】
そこで、本発明は、このような状況を解決するためになされたものであり、熱線遮蔽性能が高く、電波透過性を有するセシウムタングステン酸化物膜、及びそのような膜を乾式法により製造することのできるセシウムタングステン酸化物膜の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上述した課題に対して熱線遮蔽性能は膜の結晶状態に基づくと考え、この膜を結晶化するなどして、乾式法によるセシウム酸化タングステン膜の結晶状態と熱線遮蔽性能の関係について鋭意分析し、その結果、本発明に至った。
【0013】
すなわち、本発明の一態様は、セシウムとタングステンと酸素を主成分とするセシウムタングステン酸化物膜であって、セシウムとタングステンの原子比をCs/Wとしたとき、Cs/Wが0.1以上0.5以下であって、かつ、六方晶の結晶構造を有し、CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、該I(002)/I(200)が0.3以上である。
【0014】
本発明の一態様によれば、赤外吸収特性が高い熱線遮蔽材料であるセシウムとタングステンを適度な割合で含有し、かつ、六方晶の結晶構造を有することにより、高い熱線遮蔽性能を有することができる。
【0015】
このとき、本発明の一態様では、CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折角度2θ(002)と、六方晶(200)面の回折角度2θ(200)の角度比を2θ(002)/2θ(200)としたとき、該2θ(002)/2θ(200)が0.83以上0.85以下とすることができる。
【0016】
このような特性を有する複合酸化タングステン膜は、六方晶の結晶構造を有しているため好ましい。
【0019】
また、本発明の一態様では、波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比が0.3以下であるとすることができる。
【0020】
本発明の一態様によれば、可視光は透過しつつも、赤外線を高い割合で遮断するので、高い熱線遮蔽性能を有するといえる。
【0021】
また、本発明の一態様では、膜厚が30nm以上1200nm以下のスパッタリングしてなる膜とすることができる。
【0022】
本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、主にスパッタリング法により形成されるものであるため、界面活性剤や溶媒、あるいは分散剤や媒体樹脂を使用する必要がなく、薄く形成することが可能である。また、大きな体積収縮を伴わないので、クラックや剥離のない膜を形成することができる。
【0023】
本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、シート抵抗が1.0×1010Ω/□を超えるものとすることができる。
【0024】
本発明の一態様によれば、電波を反射することなく電波透過性を有するといえる。
【0025】
また、本発明の他の態様は、セシウムとタングステンと酸素を主成分とするセシウムタングステン酸化物膜の製造方法であって、セシウムタングステン酸化物ターゲットを用いて膜を形成する成膜工程と、膜を400℃以上、1000℃未満の温度で熱処理する熱処理工程とを有し、成膜工程又は熱処理工程のいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことができる。
【0026】
本発明の他の態様によれば、成膜工程後の膜を熱処理することで六方晶の結晶構造を形成することができる。また、成膜工程又は熱処理工程のいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことによって熱線遮蔽性能の高いセシウムタングステン酸化物膜を乾式で得ることができる。
【0027】
また、本発明の他の態様では、成膜工程において、アルゴンと酸素の混合ガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を不活性または還元雰囲気中で400℃~900℃の温度で熱処理することができる。
【0028】
成膜工程を酸素を含む雰囲気下で行う場合には、上記条件で行うことが好ましい。
【0029】
また、本発明の他の態様では、成膜工程において、アルゴンガス中でスパッタリング成膜した後、熱処理工程において、膜を空気中で400℃~600℃の温度で熱処理することができる。
【0030】
熱処理工程を酸素を含む雰囲気下で行う場合には、上記条件で行うことが好ましい。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、熱線遮蔽性能が高く、電波透過性を有するセシウムタングステン酸化物膜を得ることができ、かつ、そのような膜を乾式法により製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜の製造方法におけるプロセスの概略を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明に係るセシウムタングステン酸化物膜とその製造方法について図面を参照しながら以下の順序で説明する。なお、本発明は以下の例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で、任意に変更可能である。
1.セシウムタングステン酸化物膜
2.セシウムタングステン酸化物膜の製造方法
2-1.成膜工程
2-2.熱処理工程
【0034】
<1.セシウムタングステン酸化物膜>
まず、セシウムタングステン酸化物膜について説明する。本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜(Cs-W-O系酸化タングステン膜)は、セシウム(Cs)とタングステン(W)と酸素(O)を主成分とし、セシウムとタングステンの原子比をCs/Wとしたとき、Cs/Wが0.1~0.5(本明細書中において「~」は、下限以上、上限以下を意味するものとする。以下同じ)であって、かつ、六方晶の結晶構造を有する。このように、赤外吸収特性が高い熱線遮蔽材料であるセシウムとタングステンを適度な割合で含有し、かつ、六方晶の結晶構造を有することにより、高い熱線遮蔽性能を有する膜とすることができる。
【0035】
本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜をスパッタ成膜により形成した場合、膜のCs/Wは、ターゲット組成のCs/Wにほぼ等しい。Cs/Wの異なる膜を形成する場合は、Cs/Wが異なる組成のターゲットを用いてスパッタ成膜することにより作製することができる。Cs/Wが0.1~0.5の範囲を外れると膜が六方晶の結晶構造を含まなくなって熱線遮蔽性能が低下する。またCs/Wが0.1~0.5の範囲を外れたターゲットは焼結性や加工性が悪化して製造が困難でもある。膜の酸素濃度は、結晶構造の酸素空孔を介した電子状態に影響して熱線遮蔽性能に重要な影響を与えるので、適切な酸素濃度に制御する必要があるが、膜の酸素濃度を測定することは難しい。そこで酸素空孔が変化すると結晶構造がわずかに変化することを利用して、後述するX線回折による角度比を制御する。
【0036】
六方晶の結晶構造を有することは膜をX線回折分析することで知ることができる。Cs-W-O系酸化タングステンは六方晶、立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造が知られているが、本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は六方晶の結晶構造を有していることを特徴とする。ただし、六方晶以外の立方晶、正方晶、斜方晶などの結晶構造、及び非晶質構造を含んでいても構わない。
【0037】
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折角度2θ(002)と、六方晶(200)面の回折角度2θ(200)の角度比を2θ(002)/2θ(200)としたとき、2θ(002)/2θ(200)は0.83~0.85となる。結晶構造データベースのICDDリファレンスコード01-081-1244には、六方晶のセシウムタングステン酸化物の標準のX線回折ピーク強度と回折角度が記載されている。
【0038】
ICDDリファレンスコード01-081-1244に(002)面の回折角度は23.360度、(200)面の回折角度は27.801度と記載されているから、標準の角度比2θ(002)/2θ(200)は0.840である。標準の六方晶構造よりも原子が過剰または不足になると、a軸長さやc軸長さが変化して角度比が変化すると考えられる。a軸やc軸の長さを直接測定するには、極めて注意深く厳密な測定が必要になるが、回折角度の相対比較である角度比を用いれば、結晶状態の変化を比較的簡便に知ることができる。角度比が標準の0.840を含む0.83~0.85の範囲を外れると、原子の大きな過不足が生じていると考えられ、熱線遮蔽性能が低下する。
【0039】
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折角度2θ(002)と、六方晶(200)面の回折角度2θ(200)の角度比を2θ(002)/2θ(200)としたとき、2θ(002)/2θ(200)が0.83~0.85を満たす膜は、高い熱線遮蔽性能を有する。ここで高い熱線遮蔽性能は、波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比で表すことができる。例えば、波長550nmの可視光透過率が65%以上であり、波長1400nmの赤外線透過率が20%以下であれば、波長550nmの可視光透過率に対する、波長1400nmの赤外線透過率の比が0.3以下である。本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、この条件を満たすことができる。
【0040】
CuKα線を使用したX線回折による六方晶(002)面の回折強度I(002)と、六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比をI(002)/I(200)としたとき、I(002)/I(200)は0.3以上となる。
【0041】
前述のICDDリファレンスコード01-081-1244には、(200)面に対する(002)面の相対強度は26.2%と記載されているから、標準の強度比I(002)/I(200)は0.26である。一方で、高い熱線遮蔽性能が発現する本発明の強度比は0.3以上である。本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、この標準の強度比よりも大きいので、六方晶のab面の成長が抑制されc面配向の傾向があると考えられる。詳細なメカニズムは不明であるが、強度比がこの範囲を外れるとシート抵抗が低下して、電波透過性能が低下する。このような標準と異なる結晶状態は、スパッタリング法や真空蒸着法により熱非平衡な非晶質膜が形成されることに起因すると考えられる。
【0042】
本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、30nm~1200nmの膜厚で形成されることが好ましい。本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、後述するように、スパッタリング成膜等により得られるスパッタ膜であるため、例えば、特許文献3に記載の溶液を塗布して熱処理する塗布焼成膜のように界面活性剤や溶媒、あるいは分散剤や媒体樹脂を使用する必要がなく、薄く均一に形成することができる。また、本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、熱処理時に大きな体積収縮を伴わないので、クラックや剥離のない膜を形成することができる。膜厚が30nm未満の場合は、可視光透過率に対する赤外線透過率の比が0.3を超えてしまい、十分な熱線遮蔽性能が得難くなる。1200nmを超えた厚さを有する場合、十分な熱線遮蔽性能は維持するものの、ターゲット使用量の増加、スパッタ成膜時間の増加などにより生産性が低下する。
【0043】
本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜は、シート抵抗が1.0×1010Ω/□を超え、より好ましくは1.0×1011Ω/□以上である。このシート抵抗がこの値よりも低くなると、膜の自由電子が静電場を遮蔽して電波を反射するので、電波透過性が低下してしまう。シート抵抗は、例えば、抵抗率計を用いて測定することができる。
【0044】
<2.セシウムタングステン酸化物膜の製造方法>
次に、セシウムタングステン酸化物膜の製造方法について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜の製造方法におけるプロセスの概略を示す工程図である。本発明の一実施形態は、セシウムとタングステンと酸素を主成分とするセシウムタングステン酸化物膜の製造方法であって、セシウムタングステン酸化物ターゲットを用いて膜を形成する成膜工程S1と、膜を400℃以上、1000℃未満の温度で熱処理する熱処理工程S2とを有する。成膜工程S1又は熱処理工程S2のいずれかは酸素を含む雰囲気下で行う。
【0045】
このように、成膜工程S1後の膜を熱処理することで六方晶の結晶構造を形成することができ、また、成膜工程S1又は熱処理工程S2のいずれかを酸素を含む雰囲気下で行うことによって熱線遮蔽性能の高いセシウム酸化タングステン膜を乾式で得ることができる。以下、各工程について詳細に説明する。
【0046】
(2-1.成膜工程)
まず、成膜工程S1では、セシウムタングステン酸化物ターゲットを用いて膜を形成する。成膜工程S1で用いるセシウム酸化タングステン焼結体ターゲットの製造方法は特に限定しないが、ターゲット組成のCs/Wは0.1~0.5が好ましい。得られる膜のCs/Wに反映されるからである。例えば、上述した特許文献5に記載のセシウムタングステン酸化物ターゲットを用いても良い。ただし、ターゲットの結晶構造は膜の結晶構造に直接に影響しないので特に限定しない。また、ターゲットは、相対密度70%以上、比抵抗1Ω・cm以下であることが好ましい。このようなターゲットは、セシウム酸化タングステン粉末を真空または不活性雰囲気中でホットプレス焼結することにより製造できる。このようにして製造した焼結体は、ターゲット製造における機械加工と、ボンディング時のろう付け温度に耐える強度を有し、直流スパッタリング可能な導電性を有するからである。
【0047】
膜の成膜方法は真空蒸着成膜またはスパッタリング成膜が好ましい。特に、ターゲットに直流電圧やパルス電圧を印加する直流スパッタリング成膜法がより好ましい。成膜速度が高く生産性に優れるからである。基板は特に限定はないが、ガラスが好ましい。可視光域に透明であり、また次工程の熱処理工程S2で劣化、変形しないからである。ガラスの厚みは0.1mm~10mmがよく、建築用窓ガラスや自動車用ガラスあるいは表示機器等に通常に用いられる厚みであれば特に制限しない。またガラスの代わりに透明な耐熱性高分子フィルムを使用してもよい。
【0048】
スパッタガスはアルゴンガスまたは、アルゴンと酸素の混合ガスを用いる。アルゴンガスを用いるか、混合ガスを用いるかは、次工程の熱処理工程S2と関係する。混合ガスの酸素濃度が高いと成膜速度が低下して生産性が低下するので、酸素濃度は20%よりも少ない方が好ましく、酸素濃度が5~10%がより好ましい。スパッタガスにアルゴンガスを用いる場合のアルゴンガス純度は99%以上、酸素濃度1%未満であることが好ましい。スパッタリング成膜した膜は、通常は非晶質であるが、X線回折分析した際に結晶に基づく回折ピークが出現していても構わない。後の熱処理工程S2であらためて六方晶の結晶構造を形成させるからである。
【0049】
(2-2.熱処理工程)
次に、熱処理工程S2では、成膜工程S1で得られた膜を熱処理して六方晶の結晶構造を形成させる。このとき、膜の酸素濃度が適切な範囲になるよう、スパッタリング成膜時のガスに応じて雰囲気を選択して熱処理する。この時、成膜工程S1又は熱処理工程S2のいずれかを酸素を含む雰囲気下で行う。
【0050】
成膜工程S1で、スパッタガスにアルゴンと酸素の混合ガスを用いて成膜した場合、熱処理工程S2での膜の熱処理は、不活性または還元雰囲気中で400℃~900℃の温度で行う。不活性または還元雰囲気としては、窒素ガス、アルゴンガス、水素と窒素の混合ガス、水素とアルゴンの混合ガスなどを用いることができる。成膜工程S1を酸素を含む雰囲気下で行った場合、熱処理工程S2を空気、酸素などの酸化性雰囲気中で熱処理すると、膜の酸化が過剰に進行して酸素空孔が減少し、結晶構造が変化してX線回折の角度比が0.83よりも小さくなって熱線遮蔽性能が低くなってしまう。熱処理温度が400℃よりも低いと膜は非晶質のままで結晶化しないか、または結晶化してもX線回折における六方晶の回折ピークが極めて微弱であって、熱線遮蔽性能が低い。また、六方晶の結晶構造は不活性または還元性雰囲気中900℃以上の高温でも構造を維持するが、熱処理温度が1000℃よりも高いと、膜とガラス基板との反応による膜の変質や、剥離による膜の消失が生じる。また、このような高温ではガラス基板の変形も生じる。六方晶の形成は速やかに進行するので熱処理時間は、5分~60分であれば十分である。
【0051】
一方、成膜工程S1で、スパッタガスにアルゴンガスのみを用いて成膜した膜は、膜の酸素濃度が適度または過少な状態と考えられる。この時、熱処理工程S2では、酸素を含む酸化性雰囲気で熱処理する。酸素を含まない窒素ガス等不活性ガスで熱処理すると、X線回折の強度比が0.3よりも小さくなってシート抵抗が低下し、電波透過性が得られない。酸素を含む酸化性雰囲気で熱処理した方が、膜中の酸素濃度をより適度な範囲に維持でき、熱線遮蔽性能をより高めることができる。そこで、熱処理工程S2では、熱処理雰囲気に空気を選択することが好ましい。或いは、5~20%の酸素濃度の雰囲気下で熱処理を行っても良い。空気雰囲気の場合の熱処理炉は、特別な密閉構造でなくてよい。熱処理温度は400℃~600℃とする。熱処理温度が400℃よりも低いと膜の結晶化が不十分で熱線遮蔽性能が低い。熱処理温度が600℃よりも高いと、過剰に酸化するためX線回折の角度比が0.83よりも小さくなって熱線遮蔽性能が低くなってしまう。熱処理時間は、5分~60分であれば十分である。
【実施例】
【0052】
以下、本発明について、実施例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0053】
(実施例1)
実施例1では、Cs/W原子比が0.33のセシウムタングステン酸化物粉末(大口電子株式会社製、型番:YM-01)をホットプレス装置に投入し、真空雰囲気、温度950℃、押し圧250kgf/cm2の条件で焼結し、セシウムタングステン酸化物焼結体を作製した。焼結体組成を化学分析した結果、Cs/Wは0.33であった。この酸化物焼結体を直径153mm、厚み5mmに機械加工で研削し、ステンレス製バッキングプレートに金属インジウムろう材を用いて接合して、セシウムタングステン酸化物ターゲットを作製した。
【0054】
次に、このターゲットをスパッタ装置(アルバック社製、型番SBH2306)に取り付け、到達真空度5×10-3Pa以下、スパッタガスが5%酸素/95%アルゴン混合ガス、スパッタガス圧が0.6Pa、投入電力が直流600Wの条件で、ガラス基板(コーニング社製EXG、厚み0.7mm)の上に膜厚400nmのセシウムタングステン酸化物膜を成膜した(成膜工程S1)。このときの成膜をX線回折装置(X’Pert-PRO(PANalytical社製)を用いてX線回折した結果、回折ピークは認められず非晶質であった。
【0055】
この膜を、ランプ加熱炉(株式会社米倉製作所製、型番HP-2-9)に投入し、窒素雰囲気中、500℃の温度で10分間熱処理した(熱処理工程S2)。この膜を化学分析した結果、Cs/W原子比は0.31であった。
【0056】
熱処理した膜をX線回折装置(X’Pert-PRO(PANalytical社製)を用いてX線回折した結果、六方晶のセシウムタングステン酸化物由来の回折ピークが観察された。六方晶(002)面の角度2θ(002)と六方晶(200)面の角度2θ(200)の角度比2θ(002)/2θ(200)は0.835であった。また、六方晶(002)面の回折強度I(002)と六方晶(200)面の回折強度I(200)の強度比I(002)/I(200)は0.40であった。熱処理した膜を、分光光度計(日立製、型番V-670)を用いて、透過率T’と反射率Rを測定した。透過率T’と反射率Rは膜特有の干渉縞が現れているので、下記式1より干渉縞の影響を取り除いた透過率Tを求めた。
透過率T=T’/(1-R) ・・・(式1)
【0057】
得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は80%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は6%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.07と低い値であった。(なお、当該比は、各波長の透過率を四捨五入しない実測値で計算した値である。)
【0058】
また、得られた膜のシート抵抗を、抵抗率計(三菱化学社製、ハイレスタ)を用いて測定した結果、2.5×1012Ω/□と高抵抗であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0059】
(実施例2)
実施例2では、実施例1のターゲットを使用し、熱処理時間を60分間とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.30であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.840、強度比は0.42であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は88%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は13%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.14と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は2.8×1012Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0060】
(実施例3)
実施例3では、実施例1のターゲットを使用し、膜厚を1200nm、熱処理温度を400℃、熱処理時間を60分間とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.841、強度比は0.41であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は80%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は18%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.22と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.2×1011Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0061】
(実施例4)
実施例4では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスを10%酸素/90%アルゴンとした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.840、強度比は0.43であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は72%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は3%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.05と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.1×1011Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0062】
(実施例5)
実施例5では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスを10%酸素/90%アルゴンとし、熱処理雰囲気を1%水素/99%窒素雰囲気とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.31であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.841、強度比は0.39であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は80%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は10%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.13と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.1×1010Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0063】
(実施例6)
実施例6では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスを10%酸素/90%アルゴンとし、膜厚を200nm、熱処理雰囲気を5%水素/95%窒素雰囲気、熱処理時間を60分間とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.833、強度比は0.37であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は68%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は8%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.11と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.2×1010Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0064】
(実施例7)
実施例7では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスをアルゴンとし、熱処理雰囲気を空気、熱処理温度を400℃、熱処理時間を60分間とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.30であった。この膜をX線回折分析した結果、角度比は0.844、強度比は0.40であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は66%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は18%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.27と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は2.2×1012Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0065】
(実施例8)
実施例8では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスをアルゴンとし、熱処理雰囲気を空気とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折分析した結果、角度比は0.842、強度比は0.41であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は80%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は2%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.02と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.5×1013Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0066】
(実施例9)
実施例9では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスをアルゴンとし、熱処理雰囲気を空気、熱処理温度を600℃、熱処理時間を5分とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.31であった。この膜をX線回折分析した結果、角度比は0.836、強度比は0.48であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は76%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は14%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.18と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は7.4×1013Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0067】
(実施例10)
実施例10では、実施例1のターゲットを使用し、膜厚を30nmとした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.33であった。この膜をX線回折分析した結果、角度比は0.837、強度比は0.36であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は85%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は20%と低い値であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.24と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.3×1012Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0068】
(実施例11)
実施例11では、実施例1のターゲットを使用し、ガラス基板を合成石英ガラスとし、熱処理温度を900℃、熱処理時間を30分とした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.35であった。この膜をX線回折分析した結果、角度比は0.845、強度比は0.66であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は60%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は7%と低い値であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.12と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.1×1010Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0069】
(実施例12)
Cs/W原子比が0.33のセシウムタングステン酸化物粉末(大口電子株式会社製、型番:YM-01)と三酸化タングステン粉末(高純度化学株式会社製)を重量比がそれぞれ2:1になるように混合してホットプレス装置に投入した以外は実施例1と同様にしてターゲットを作製した。ターゲット組成を化学分析した結果、Cs/Wは0.15であった。次に、スパッタガスを10%酸素/90%アルゴンとした以外は実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.14であった。この膜をX線回折した結果、角度比は0.843、強度比は0.49であった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は89%と高く、波長1400nmの赤外線透過率は19%と低い値であった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.21と低い値であった。また、得られた膜のシート抵抗は1.7×1011Ω/□であった。よって、可視光域に十分な透明性を保ちながら、赤外域を吸収して高い熱線遮蔽性能を有し、電波透過性も有しているとわかった。
【0070】
(比較例1)
比較例1では、実施例1のターゲットを使用し、熱処理を行わなかった以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜した。得られた膜のCs/Wは0.31であった。この膜をX線回折分析した結果、回折ピークは認められず非晶質であったため、角度比および強度比は得られなかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は99%と高いが、波長1400nmの赤外線透過率も99%と高いので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は1.00と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0071】
(比較例2)
比較例2では、実施例1のターゲットを使用し、熱処理温度を300℃、熱処理時間を60分間とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折分析した結果、六方晶の回折ピークは極めて微弱であったため、角度比および強度比は求められなかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は99%と高いが、波長1400nmの赤外線透過率も99%と高いので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は1.00と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0072】
(比較例3)
比較例3では、実施例1のターゲットを使用し、ガラス基板を合成石英ガラスとし、熱処理温度を1000℃、熱処理時間を60分間とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。その結果、膜はガラス基板から剥離して消失した。
【0073】
(比較例4)
比較例4では、実施例1のターゲットを使用し、熱処理雰囲気を酸素、熱処理温度を600℃とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.30であった。この膜をX線回折分析した結果、強度比は0.40と大きかったが、角度比は0.825と小さかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は99%と高いが、波長1400nmの赤外線透過率も99%と高いので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は1.00と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0074】
(比較例5)
比較例5では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスをアルゴンとし、熱処理雰囲気を空気、熱処理温度を300℃、熱処理時間を60分間とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.32であった。この膜をX線回折分析した結果、六方晶の回折ピークは極めて微弱であったため、角度比および強度比は求められなかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過は37%と低く、波長1400nmの赤外線透過率は91%と高かった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は2.50と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0075】
(比較例6)
比較例6では、実施例1のターゲットを使用し、スパッタガスをアルゴンとし、熱処理雰囲気を空気とし、熱処理温度を650℃とした以外は、実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.30であった。この膜をX線回折分析した結果、強度比は0.32と大きいが、角度比は0.821と小さかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は96%と高いが、波長1400nmの赤外線透過率も99%と高いので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は1.03と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0076】
(比較例7)
比較例7では、Cs/W原子比が0.33のセシウムタングステン酸化物粉末(大口電子株式会社製、型番:YM-01)と三酸化タングステン粉末(高純度化学株式会社製)を重量比がそれぞれ1:2になるように混合してホットプレス装置に投入しとした以外は実施例1と同様にしてターゲットを作製した。ターゲット組成を化学分析した結果、Cs/Wは0.07であった。次に実施例1と同様にしてスパッタ成膜と熱処理を行った。得られた膜のCs/Wは0.06であった。この膜をX線回折した結果、強度比は0.36であったが、角度比は0.855と大きかった。得られた膜の、波長550nmの可視光透過率は99%と高いが、波長1400nmの赤外線透過率も80%と高いので赤外線を遮蔽していなかった。波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比は0.81と高い値であった。なお、得られた膜は赤外線を遮蔽していなかったのでシート抵抗は測定しなかった。よって、熱線遮蔽性能は低いとわかった。
【0077】
(比較例8)
比較例8は、実施例1のフィルムにAgをスパッタして厚み15nmの膜を形成した。その時のシート抵抗は5Ω/□であり、電波透過性を有していないことが分かった。
【0078】
実施例1~12、及び、比較例1~8の条件および結果を表1にまとめる。表1からも分かるように、実施例1~12では、スパッタ成膜に適切な条件で熱処理を加えることで、波長550nmの可視光透過率が65%以上であり、かつ、波長1400nmの赤外線透過率が20%以下であって、波長550nmの可視光透過率に対する波長1400nmの赤外線透過率の比が0.3以下である高い熱線遮蔽性能を有したセシウムタングステン酸化物膜となることがわかった。さらにシート抵抗が1.0×1010Ω/□を超えるものであったので電波透過性を有しているとわかった。一方で、スパッタのみで熱処理を行っていない比較例1や、本発明の一実施形態に係るセシウムタングステン酸化物膜とその製造方法の要件を満たさない比較例2~7では、波長1400nmの赤外線透過率が80%以上であり、熱線遮蔽性能が低いものとなっている。また、比較例8のように銀(Ag)をスパッタリングして成膜した遮光部材では電波透過性を有さない。
【0079】
【0080】
なお、上記のように本発明の一実施形態及び各実施例について詳細に説明したが、本発明の新規事項及び効果から実体的に逸脱しない多くの変形が可能であることは、当業者には、容易に理解できるであろう。従って、このような変形例は、全て本発明の範囲に含まれるものとする。
【0081】
例えば、明細書又は図面において、少なくとも一度、より広義又は同義な異なる用語と共に記載された用語は、明細書又は図面のいかなる箇所においても、その異なる用語に置き換えることができる。また、セシウムタングステン酸化物膜とその製造方法の構成も本発明の一実施形態及び各実施例で説明したものに限定されず、種々の変形実施が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明に係るセシウム酸化タングステン膜は、優れた熱線遮蔽性能と電波透過性を備えているため、窓材などの遮光部材として利用される産業上の利用可能性を有している。