(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-01
(45)【発行日】2022-06-09
(54)【発明の名称】リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/525 20100101AFI20220602BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20220602BHJP
C01G 53/00 20060101ALI20220602BHJP
【FI】
H01M4/525
H01M4/505
C01G53/00 A
(21)【出願番号】P 2021543764
(86)(22)【出願日】2020-09-01
(86)【国際出願番号】 JP2020032980
(87)【国際公開番号】W WO2021045025
(87)【国際公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-02-10
(31)【優先権主張番号】P 2019162759
(32)【優先日】2019-09-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】遠山 達哉
(72)【発明者】
【氏名】所 久人
(72)【発明者】
【氏名】高橋 心
(72)【発明者】
【氏名】軍司 章
(72)【発明者】
【氏名】高野 秀一
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特許第6523508(JP,B1)
【文献】特開2005-29424(JP,A)
【文献】国際公開第2019/103046(WO,A1)
【文献】特表2008-521196(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M 10/05-10/0587
C01G 53/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.15、0≦d≦0.20、0≦e≦0.05、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、中和滴定で算出される前記正極活物質の残存水酸化リチウム量(L1)が0.8質量%以下であり、かつ前記正極活物質を圧力160MPaで圧縮した後に中和滴定で算出される残存水酸化リチウム量(L2)と前記L1との比L2/L1が1.10以下であるリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項2】
前記中和滴定で算出される前記正極活物質の残存水酸化リチウム量(L1)が0.6質量%以下である請求項1に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項3】
前記XがTi、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される一つ以上の元素である請求項1または請求項2に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項4】
前記リチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極合剤スラリーを、作製日後に5日間静置保管したとき、作製日の正極合剤スラリー粘度η0と、前記作製日後に5日間静置保管した正極合剤スラリー粘度η5の比(η5/η0)が0.80以上1.2以下である請求項1~請求項3のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質。
【請求項5】
下記組成式(1);
Li
1+aNi
bCo
cM
dX
eO
2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.15、0≦d≦0.2、0≦e≦0.05、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
前記組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合する混合工程と、
前記混合工程を経て得られた原料スラリーから造粒体を得る造粒工程と、
前記造粒体を焼成して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程と、を有し、
前記焼成工程は、熱処理温度を600℃以上750℃未満に保持する第1熱処理工程と、750℃以上900℃以下に保持する第2熱処理工程の、少なくとも2以上の熱処理段階を含み、前記焼成工程は、少なくとも、熱処理温度を600℃以上750℃未満に保持する第1熱処理工程と、熱処理温度を750℃以上900℃以下に保持する第2熱処理工程とを含む、多段熱処理工程であり、
その後、最高温度から降温し、700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持するアニール処理工程を、有するリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項6】
前記焼成工程において、前記第2熱処理工程の雰囲気の最高CO
2濃度は、前記第1熱処理工程の最高CO
2濃度より低く、前記アニール処理工程の最高CO
2濃度は、前記第2熱処理工程の最高CO
2濃度より低い、請求項5に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法。
【請求項7】
請求項1~請求項4のいずれか一項に記載のリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用正極活物質、及びその製造方法、並びにその正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
高いエネルギー密度を有する軽量な二次電池として、リチウムイオン二次電池が広く普及している。電池特性を大きく左右する正極活物質について、高容量や量産性の確立に加え、リチウムイオンの抵抗の低減や、結晶構造の安定化等に関する検討がなされている。リチウムイオン二次電池用の正極活物質としては、α-NaFeO2型の結晶構造(以下、層状構造ということがある。)を有するリチウム遷移金属複合酸化物が広く知られている。層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物のうち、ニッケル系は、コバルト等と比較して安価なニッケルで組成され、比較的高容量を示すため、各種の用途への応用が期待されている。特に、リチウムを除いた金属(Ni、Co、Mn等)当たりのニッケルの割合を高くしたリチウムイオン二次電池用の正極活物質として期待が高まっている。
【0003】
しかし、ニッケルの割合を高くしたリチウム遷移金属複合酸化物を用いると、正極塗工用のスラリーがゲル化を起こしやすくなる。ゲル化すると正極合剤スラリーの粘度が上昇して電極を塗工することが困難になるという問題がある。一般的に、ニッケルの含有率が高いリチウム遷移金属複合酸化物は、ニッケルの含有率が低いものと比べて酸化物粒子表面に残存する、水酸化リチウムや炭酸リチウムといったリチウムを含む、残存アルカリ成分が多い。正極を作製する合剤塗工工程では、結着剤等と混合して正極合剤スラリーを作製する。このとき残存アルカリ成分が原因となって結着剤が変質し易く、正極合剤スラリーがゲル化しやすい性質を有している。
【0004】
残存アルカリ成分を低減する手段として、特許文献1では、リチウム複合酸化物からなる正極活物質粒子において、焼成温度を850℃以上に設定し、設定した焼成温度と所定時間だけ大気雰囲気で保持した後、設定した焼成温度を降温させる間の雰囲気を、大気雰囲気から、その炭酸濃度が大気雰囲気の炭酸濃度の1/60以下である低炭酸ガス雰囲気へ切り替えて、Ni、Co及びMnを含有する前駆体化合物とリチウム化合物との混合物を焼成してリチウム複合酸化物を調製するステップを少なくとも備える、正極活物質粒子中の残存リチウム量の低減方法が示されている。
【0005】
特許文献2では、一般式(A):LizNi1-x-yCoxMyO2(ただし、0.10≦x≦0.20、0≦y≦0.10、0.97≦z≦1.20、Mは、Mn、V、Mg、Mo、Nb、TiおよびAlから選ばれる少なくとも1種の元素)で表されるリチウムニッケル複合酸化物からなる粉末に水を加えて、500g/L~2000g/Lのスラリーを形成し、このスラリーを撹拌することにより水洗し、濾過した後、酸素濃度が80容量%以上の酸素雰囲気下、120℃以上550℃以下の温度で熱処理する工程を備える、非水系電解質二次電池用正極活物質の製造方法が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-067524号公報
【文献】WO2014/189108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、大気雰囲気において所定の焼成温度で所定時間保持した後、その雰囲気を、大気雰囲気から低炭酸ガス雰囲気に切り替えて降温することにより、降温過程で生成する残存炭酸リチウム量を低減している。しかしながら、ニッケルの含有割合が80%以上の高ニッケル系の場合、大気雰囲気に含まれる炭酸ガス程度であっても、焼成温度で所定時間保持(3~10時間程度)している間にもリチウム遷移金属複合酸化物から炭酸リチウムが生成する反応が進行する。このため、残存アルカリ成分を十分低減させることが困難であった。
【0008】
特許文献2では、リチウムニッケル複合酸化物を水洗することで残存アルカリ成分を低減させている。このときリチウムニッケル複合酸化物と水の量などを規定することで、リチウムニッケル複合酸化物粒子内からのリチウム引抜きを抑制している。しかしながら、水洗をすると粒子の表層近傍のリチウムの引抜きは少なからず生じるため、リチウム欠損に起因する容量低下や正極抵抗の増加が起こり易くなる。さらに、水洗をすること自体が工程増加になり生産効率上も好ましくなかった。
【0009】
そこで、本発明は、ニッケルの含有割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質であっても合剤塗工時のスラリーのゲル化を抑制した良好な正極合剤スラリーを得ることができ、よって高い放電容量と、良好な充放電サイクル特性を備えたリチウムイオン二次電池用正極活物質、及び生産性に優れた製造方法を提供すること、並びに、この正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質は、下記組成式(1);
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.15、0≦d≦0.20、0≦e≦0.05、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質であって、中和滴定で算出される前記正極活物質の残存水酸化リチウム量(L1)が0.8質量%以下であり、かつ前記正極活物質を圧力160MPaで圧縮した後に中和滴定で算出される残存水酸化リチウム量(L2)と前記L1との比L2/L1が1.10以下であることを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質である。
【0011】
本発明に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、下記組成式(1);
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.15、0≦d≦0.2、0≦e≦0.05、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を含むリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法であって、
前記組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合する混合工程と、前記混合工程を経て得られた原料スラリーから造粒体を得る造粒工程と、前記造粒体を焼成して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を得る焼成工程と、を有し、前記焼成工程は、少なくとも、熱処理温度を600℃以上750℃未満に保持する第1熱処理工程と、熱処理温度を750℃以上900℃以下に保持する第2熱処理工程とを含む、多段熱処理工程であり、その後、最高温度から降温し、700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持するアニール処理工程を有することを特徴とするリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法である。
【0012】
さらに、本発明は、上記したリチウムイオン二次電池用正極活物質を含有する正極を備えるリチウムイオン二次電池である。
【0013】
本発明のようにニッケルの含有割合を80%以上にした高Ni比のリチウムイオン二次電池用正極活物質(以下、単に「正極活物質」と言うことがある。)では、焼成工程において、Niの多くが安定な+2価から不安定な+3価になる。そのため、結晶構造が不安定であり、Liの一部が正極活物質に取り込まれなかったり、焼成後に正極活物質の表面近傍のLiが引き抜かれたりして、正極活物質表面に残存アルカリ成分が存在する。本発明では、高Ni比に由来する残存アルカリ成分が二次粒子の内部にも残留することを知見し、正極活物質表面の残存アルカリ成分を低減させるだけでなく、二次粒子内部の残存アルカリ成分をも低減させたことを特徴とするものである。具体的には、焼成工程において本焼成の後に700℃以上800℃以下の温度帯で所定時間を掛け降温するアニール処理を加えたことである。アニール処理をすることで、一次粒子表面にある残存アルカリ成分を反応させ一次粒子内に取り込むことで、結果的に二次粒子内部の残存アルカリ成分を低減させることができる。その為、合剤塗工の際に、正極活物質を圧縮して二次粒子が壊れ、二次粒子内部が露出した場合であっても、残存アルカリ成分が増加しない。よって、正極合剤スラリーのゲル化抑制と高容量、高サイクル特性を満たす正極活物質を提供することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ニッケルの含有割合を80%以上にした高Ni比の正極活物質において、合剤塗工時のゲル化を抑制した良好な正極合剤スラリーを得ることができる。さらに、高い放電容量と、良好な充放電サイクル特性を有するリチウムイオン二次電池用正極活物質を、生産性に優れた製造方法により提供できる。そして、この正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1A】本発明の正極活物質の製造方法の一例を示すフロー図である。
【
図1B】本発明の正極活物質の製造方法の他の例を示すフロー図である。
【
図2】リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
【
図3】本発明の正極活物質の製造方法におけるアニール処理工程の例を示す図である。
【
図4】本発明の実施例1における圧縮前後の粒度分布を示す図である。
【
図5】残存水酸化リチウム量とゲル化日数の関係を示す図である。
【
図6】残存水酸化リチウム量と容量維持率の関係を示す図である。
【
図7】L2/L1とゲル化日数の関係を示す図である。
【
図8】L2/L1と容量維持率の関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質と、その製造方法、並びに正極合剤スラリーと、それを用いたリチウムイオン二次電池について詳細に説明する。
【0017】
<正極活物質>
本実施形態に係る正極活物質は、層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を有し、リチウムと遷移金属とを含んで組成されるリチウム遷移金属複合酸化物を含む。この正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物の一次粒子や一次粒子が複数個凝集して構成された二次粒子を主成分としている。また、リチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムイオンの挿入及び脱離が可能な層状構造を主相として有する。
【0018】
本実施形態に係る正極活物質は、主成分であるリチウム遷移金属複合酸化物の他、原料や製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、例えば、ホウ素成分、リン成分、硫黄成分、フッ素成分、有機物等や、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を含んでもよい。
【0019】
本実施形態に係るリチウム遷移金属複合酸化物は、下記組成式(1)で表される。
Li1+aNibCocMdXeO2+α ・・・(1)
[但し、組成式(1)において、Mは、Al及びMnから選ばれる少なくとも1種を表し、XはLi、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素を表し、a、b、c、d、e及びαは、それぞれ、-0.04≦a≦0.04、0.80≦b≦1.0、0≦c≦0.15、0≦d≦0.20、0≦e≦0.05、b+c+d+e=1、及び、-0.2<α<0.2を満たす数である。]
【0020】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、リチウムを除いた金属当たりのニッケルの割合が80%以上である。すなわち、Ni、Co、M及びXの合計に対する原子数分率で、Niが、80%以上含まれている。ニッケルの含有率が高いため、高い放電容量を実現することができるニッケル系酸化物である。また、ニッケルの含有率が高いため、LiCoO2等と比較して原料費が安価であり、原料コストを含めた生産性の観点からも優れている。
【0021】
(化学組成)
ここで、組成式(1)で表される化学組成の意義について説明する。
【0022】
組成式(1)におけるaは、-0.04以上0.04以下とする。aは、化学量論比のLi(Ni,Co,M, X)O2に対するリチウムの過不足を表している。aは、原料合成時の仕込み値ではなく、焼成して得られるリチウム遷移金属複合酸化物における値である。組成式(1)におけるリチウムの過不足が過大である場合、すなわち、Ni、Co、M及びXの合計に対し、リチウムが過度に少ない組成や、リチウムが過度に多い組成であると、焼成時、合成反応が適切に進行しなくなり、正極活物質表面に残存アルカリ成分として残留したり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが生じ易くなったり、結晶性が低下し易くなったりする。特に、ニッケルの割合を80%以上に高くする場合には、このような残存アルカリ成分やカチオンミキシングの発生、結晶性の低下が顕著になり易く、正極合剤スラリーがゲル化したり、放電容量、充放電サイクル特性が損なわれたりし易い。これに対し、aが前記の数値範囲であれば、残存アルカリ成分やカチオンミキシングが少なくなり、各種電池性能を向上させることができる。そのため、ニッケルの含有率が高い組成においても、正極合剤スラリーのゲル化を抑制し、かつ高い放電容量、及び良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0023】
aは、0.00以上0.04以下とすることが好ましい。aが0.00以上であると、化学量論比に対してリチウムが不足することがないため、焼成時、合成反応が適切に進行し、カチオンミキシングがより生じ難くなる。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い放電容量、及び良好な充放電サイクル特性を得ることができる。また、aが0.04以下であると、化学量論比に対して過剰なリチウムが少なく、正極活物質表面の残存アルカリ成分が少なく、正極合剤スラリーがゲル化し難くなる。なお、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を主成分とする正極活物質についても、正極活物質に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との比が0.96以上1.04以下であることが好ましく、1.00以上1.04以下であることがより好ましい。熱処理によって焼成される焼成前駆体には、他成分が混入する場合があり、焼成時の反応比が化学量論比から逸脱する虞がある。しかし、このような原子濃度比であれば、焼成時、組成式(1)で表される化学組成に基づいて正極合剤スラリーのゲル化やカチオンミキシング、結晶性の低下が抑制されている可能性が高い。そのため、各種電池性能を向上させる正極活物質が得られる。
【0024】
以上は正極活物質として製造された粉末の状態でのaの好適範囲を述べたが、組成式(1)で表される正極活物質がリチウムイオン二次電池の正極に組み込まれている場合においては、Liの挿入脱離を伴う充放電が実施されているため、aは-0.9から0.04の範囲が好ましい。
【0025】
組成式(1)におけるニッケルの係数bは、0.80以上1.00以下とする。bが0.80以上であると、ニッケルの含有率が低い、他のニッケル系酸化物やLi(Ni,Co,M)O2で表される三元系酸化物等と比較して、高い放電容量を得ることができる。また、ニッケルよりも希少な遷移金属の量を減らせるため、原料コストを削減することができる。
【0026】
ニッケルの係数bは、0.85以上としてもよいし、0.90以上としてもよいし、0.92以上としてもよい。bが大きいほど、高い放電容量が得られる傾向がある。また、ニッケルの係数bは、0.95以下としてもよいし、0.90以下としてもよいし、0.85以下としてもよい。bが小さいほど、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が小さくなり、焼成時、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングや結晶性の低下が生じ難くなるため、良好な充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0027】
組成式(1)におけるコバルトの係数cは、0以上0.15以下とする。コバルトは積極的に添加されていてもよいし、不可避的不純物相当の組成比であってもよい。コバルトが前記の範囲であると、結晶構造がより安定になり、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングが抑制される等の効果が得られる。そのため、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、コバルトが過剰であると、正極活物質の原料コストが高くなる。また、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、Mで表される金属元素による効果が低くなったりする虞がある。これに対し、cが前記の数値範囲であれば、高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物の原料コストを削減できる。
【0028】
コバルトの係数cは、原料コストを削減し省資源化する観点で、好ましくは0.01以上0.10以下である。より好ましくは0.02以上0.07以下である。cが小さいほど、原料コストを削減することができる。
【0029】
組成式(1)におけるMは、Al、Mnから選択される少なくとも1種以上の金属元素とする。これらの元素はNiサイトに置換可能で、かつAlは典型元素なので充放電中も価数変化することなく安定に存在し、Mnは遷移金属ではあるものの、充放電中も+4価のまま安定に存在すると考えられる。そのため、これらの金属元素を用いると、充放電中の結晶構造が安定する効果が得られる。
【0030】
組成式(1)におけるMの係数dは、0以上0.20以下とする。Mで表される金属元素が過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、正極活物質の放電容量が低くなる虞がある。これに対し、dが前記の数値範囲であれば、より高い放電容量、良好なレート特性及び充放電サイクル特性が得られる傾向がある。
【0031】
組成式(1)におけるXは、Li、Ni、Co、Al及びMn以外の1種以上の金属元素とする(以下、X元素あるいは元素Xと言うことがある。)。Xは、層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を形成可能な元素であり、必要とされる特性に応じて選択することができる。例えば、LiとNiが反応して層状構造を呈するα-NaFeO2型の結晶構造を形成した後に、Liと反応して濃化層を形成する金属元素の場合、LiとNiの反応が開始する比較的低温の焼成工程で正極活物質の一次粒子表面にX元素が存在し、その後の高温焼成工程においてX元素が一次粒子表面に濃化層を形成しやすい。特に、固相法を用いてX元素を含む全ての元素を予め混合し、微粉砕することによって、X元素は二次粒子内部の一次粒子表面に分布することが可能になる。このような濃化層を形成可能なX元素としては、Ti、Ga、Mg、Zr、Znからなる群から選択される少なくとも1種以上の元素であることが好ましい。このうち、少なくともTiを含有することがより好ましい。Tiは4価をとりうるので、Oとの結合が強く結晶構造の安定化の効果が大きい。また、原子量が比較的小さく、添加したときの正極活物質の理論容量の低下が小さいためである。これらの金属元素Xを用いると、充放電中における正極活物質表面近傍からの結晶構造劣化を抑制する効果が得られる。
【0032】
組成式(1)におけるXの係数eは、0以上0.05以下とする。Xが添加されていると、上述のように正極活物質の表面近傍の結晶構造がより安定になり、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。一方、Xが過剰であると、ニッケル等の他の遷移金属の割合が低くなり、放電容量が低くなったり、Mで表される金属元素による効果が低くなったりする虞がある。これに対し、eが前記の数値範囲であれば、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物が得られる。
Xの係数eは、0.01以上0.03以下であることが好ましい。eが0.01以上0.03以下であると、一次粒子表面のNiの比率が低くなり、一次粒子の表面近傍の結晶構造変化が低減される。そのため、より欠陥が少ない層状構造が形成されて、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0033】
組成式(1)におけるαは、-0.2を超え0.2未満とする。αは、化学量論比のLi(Ni,Co,M,X)O2に対する酸素の過不足を表している。αが前記の数値範囲であれば、結晶構造の欠陥が少ない状態であり、適切な結晶構造により、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を得ることができる。なお、αの値は、不活性ガス融解-赤外線吸収法によって測定することができる。
【0034】
(二次粒子)
正極活物質の一次粒子の平均粒径は、0.05μm以上2μm以下であることが好ましい。正極活物質の一次粒子の平均粒径を2μm以下とすることで、正極活物質のリチウムイオンが挿入脱離する反応場を確保でき、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性が得られる。より好ましくは1.5μm以下、更に好ましくは1.0μm以下である。また、正極活物質の二次粒子の平均粒径は、例えば、3μm以上50μm以下であることが好ましい。
【0035】
正極活物質の二次粒子(造粒体)は、後述する正極活物質の製造方法によって製造された一次粒子を、乾式造粒又は湿式造粒によって造粒することによって得ることができる。造粒手段としては、例えば、スプレードライヤーや転動流動層装置等の造粒機を利用することができる。
【0036】
組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物は、BET比表面積が、好ましくは0.2m2/g以上、より好ましくは0.4m2/g以上、更に好ましくは0.6m2/g以上である。また、BET比表面積が、好ましくは1.5m2/g以下、より好ましくは1.2m2/g以下である。BET比表面積が0.2m2/g以上であると、成形密度や正極活物質の充填率が十分に高い正極を得ることができる。また、BET比表面積が1.5m2/g以下であると、リチウム遷移金属複合酸化物の加圧成形時や充放電に伴う体積変化時に、破壊、変形、粒子の脱落等を生じ難くなると共に、細孔による結着剤の吸い上げを抑制することができる。そのため、正極活物質の塗工性や密着性が良好になり、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0037】
(正極合剤スラリーと残存水酸化リチウム量)
本発明の実施形態の正極活物質は、残存アルカリ成分を含む。残存アルカリ成分は、リチウムを含み、可逆的にLiを挿入脱離できる化合物ではなく、少なくとも水酸化リチウムと炭酸リチウムを含む。この残存アルカリ成分のうち、残存水酸化リチウム量(L1)が正極活物質に対して0.8質量%以下であり、かつ正極活物質を圧力160MPa(≒16,327N/cm2)で圧縮した後における残存水酸化リチウム量(L2)とL1の比(L2/L1)が1.10以下としたものである。ここで、残存アルカリ成分は中和滴定で確認することができる。
【0038】
中和滴定では、塩酸(HCl)を用いることで、下記の反応が進行する。
LiOH + HCl → LiCl + H2O
Li2CO3 + HCl → LiHCO3 + LiCl
LiHCO3 + HCl → LiCl + H2O + CO2
よって、塩酸の滴下量から残存水酸化リチウム量と残存炭酸リチウム量を算出することができる。残存水酸化リチウム量は正極活物質に対して0.8質量%以下、好ましくは0.77質量%以下、より好ましくは0.6質量%以下であることが良い。残存水酸化リチウム量が0.8質量%以下であれば、結着剤として汎用性の高いポリフッ化ビニリデン(PVDF)を用いた場合でも、塩基性化合物に不安定なPVDFの脱フッ酸反応が進行することなく、正極合剤スラリーのゲル化を抑制することができる。
【0039】
中和滴定で測定される残存水酸化リチウム量は、水と接触する正極活物質の二次粒子表面や、水が浸入可能な二次粒子内の空隙表面に限られる。しかし、正極合剤スラリーを作製する際は正極活物質や導電材、結着剤等を均一に混合する必要があるため、高いシェアをかけて混錬するので二次粒子の一部は崩れてしまうことがある。そこで、二次粒子内部の残存水酸化リチウム量が少ないことも正極合剤スラリーのゲル化抑制に効果的である。残存水酸化リチウム量L1に対する圧縮後のL2の比、L2/L1が1.10以下であることが好ましい。L2/L1が1.10以下であれば、二次粒子の一部が崩壊した状態でも、残存水酸化リチウム量が十分少ない状態を維持することができ、正極合剤スラリーのゲル化を抑制することができる。ここで圧縮する際の圧力は下記の態様を用いることができる。
【0040】
(正極合剤スラリーの粘度)
導電材、結着剤、溶媒と正極活物質を含有する正極合剤スラリーを適正に正極集電体(例えばAl箔)の表面に塗布形成するためには、正極合剤スラリーのゲル化が抑制されていること、より具体的には正極合剤スラリーの粘度が安定であることが求められる。すなわち正極合剤スラリーを作製した直後のスラリー粘度η0と、前記作製日から5日間静置保管した後に測定したスラリー粘度η5とが同等であることが好ましく、スラリー粘度の比(η5/η0)が0.80以上1.2以下であれば適正に塗布ができる。
【0041】
(正極活物質の圧縮)
正極合剤スラリー中の正極活物質は、合剤塗工工程の調整過程でシェアがかかって二次粒子の一部が破壊される。そこで、正極合剤スラリー中の正極活物質の状態を模擬するため、正極活物質を圧縮して二次粒子の一部を破壊した。
具体的には、正極粉1gを面積0.49cm2のダイスに入れた後、オートグラフ装置「AGS-1kNX」(島津製作所製)を使用して8kNの荷重、すなわち単位面積当たりの圧力16,327N/cm2(SI単位系では160MPa)で圧縮して正極活物質を回収した。尚、計算上は16,327N/cm2の圧縮力となるが、ここでは便宜上16.0kN/cm2とし、さらに160MPaの圧力表記に換算したものである。
【0042】
(結晶性)
正極活物質表面は残存アルカリ成分が存在したり、製造工程において表面近傍のリチウムが欠損したりするため、正極活物質内部と比較して結晶性が低下しやすい。正極活物質表面近傍の結晶性は、ラマン分光で分析することが可能である。本発明の実施形態の正極活物質は、正極活物質のラマンスペクトル分析において、Eg振動の半値幅が68cm-1以下であり、かつA1g振動の半値幅が50cm-1以下であることが好ましい。Eg振動はNi-Oの変角振動に由来し、波数472~482cm-1にピークを有する。A1g振動はNi-Oの伸縮振動に由来し、波数約545~555cm-1にピークを有する。Eg振動の半値幅が68cm-1以下であれば、正極活物質表面近傍の結晶性が十分高く、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。また、A1g振動の半値幅が50cm-1以下であれば、結晶性が十分高く、高い放電容量や良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0043】
<正極活物質の測定手段>
正極活物質の粒子の平均組成は、高周波誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma;ICP)、原子吸光分析(Atomic Absorption Spectrometry;AAS)等によって確認することができる。正極活物質の一次粒子の平均粒径は、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)を用い、二次粒子の断面観察像の所定方向に直線を引いたときの横断線長を、横断直線中に含まれる一次粒子の数で除して一次粒子の粒径を算出し、二次粒子10個を用いた平均値を一次粒子の平均粒径とした。なお、前記所定方向の直線とは、二次粒子の断面に空隙などがある場合を考慮して、一次粒子の連なりが途切れるまでの直線とし横断線と記した。原料スラリー中の粒子や正極活物質の二次粒子の平均粒径は、例えば、レーザー回折式粒度分布測定器等によって測定できる。BET比表面積は、自動比表面積測定装置を用いてガス吸着法で算出することができる。正極活物質の残存アルカリ成分は、中和滴定で算出することができる。正極活物質の圧縮は、上述のようにプレス機やオートグラフ等によって実施することができる。
【0044】
<正極活物質の製造方法>
本実施形態に係る正極活物質は、リチウム遷移金属複合酸化物が組成式(1)で表される化学組成となるような原料比の下、適切な焼成条件によって、リチウムと、ニッケル、コバルト等との合成反応を確実に進行させることにより製造できる。本発明の実施形態に係る正極活物質の製造方法としては、以下に説明する固相法を用いるものである。
【0045】
図1は、本発明の一実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法のフロー図である。
図1Aに示すように、本実施形態に係るリチウムイオン二次電池用正極活物質の製造方法は、混合工程S10と、造粒工程S20と、焼成工程S30と、をこの順に含む。ここで造粒工程はスプレードライヤーによる造粒乾燥や共沈法による化学合成も含める。なお、これらの工程以外の工程が加わっても良い。例えば、造粒工程S20で得られた造粒粉に水分が多く残留している場合は、焼成工程S30で水蒸気が大量に発生するため、造粒工程S20に引き続き、加熱による脱水工程を追加して、造粒粉の水分量を低減させることができる。また
図1Bに示すように、混合工程S10と造粒工程S20ではLi以外の金属を含む化合物について処理した後、Li化合物を加えて第2の混合工程S11で混合した後に焼成工程S30で焼成する製法も可能である。
【0046】
図1Aで示す混合工程S10では、組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合する。例えば、これらの原料をそれぞれ秤量し、粉砕及び混合することにより、原料が均一に混和した粉末状の混合物を得ることができる。原料を粉砕する粉砕機としては、例えば、ボールミル、ジェットミル、ロッドミル、サンドミル等の一般的な精密粉砕機を用いることができる。原料の粉砕は、乾式粉砕としてもよいし、湿式粉砕としてもよい。乾式粉砕の後、水等の溶媒を加えて原料と溶媒から構成されるスラリーとしてもよいし、予め原料に水等の溶媒を加えてスラリー化してから湿式粉砕してもよい。平均粒径0.3μm以下の均一で微細な粉末を得る観点からは、水等の媒体を使用した湿式粉砕を行うことがより好ましい。
本実施形態において、X元素を二次粒子内部の一次粒子表面近傍で濃化させるには、固相を用い、原料を混合する工程でその他の原料と同時に粉砕し、平均粒径0.3μm以下の均一で微細な粉末となして混合することが重要である。
【0047】
リチウムを含む化合物としては、例えば、炭酸リチウム、酢酸リチウム、硝酸リチウム、水酸化リチウム、塩化リチウム、硫酸リチウム等が挙げられるが、炭酸リチウムは、リチウムを含む他の化合物と比較して供給安定性に優れ、安価であるため、容易に入手することができる。また、炭酸リチウムは、弱アルカリ性であるため、製造装置へのダメージが少なく、工業利用性や実用性に優れている。
【0048】
Li以外の金属元素を含む化合物としては、リチウム遷移金属複合酸化物の組成に応じて、ニッケルを含む化合物、コバルトを含む化合物、Mで表される金属元素を含む化合物、Xで表される金属元素を含む化合物を混合する。Li以外の金属元素を含む化合物としては、炭酸塩、水酸化物、オキシ水酸化物、硫酸塩、酢酸塩、クエン酸塩、酸化物等のC、H、O、Nで組成された化合物が好ましく用いられる。粉砕の容易性や、熱分解によるガスの放出量の観点からは、炭酸塩、水酸化物、又は、酸化物が特に好ましい。
【0049】
混合工程S10では、焼成工程S30に供される焼成前駆体が、組成式(1)で表される化学組成となるように原料を混合することが好ましい。具体的には、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、焼成前駆体に含まれるリチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)を0.96以上1.04以下に調整することが好ましい。但し、
図1Bで示すように混合工程S10でLi以外の金属元素を含む化合物を混合する場合は、第2の混合工程S11でリチウムとリチウム以外の金属元素の合計との原子濃度比(モル比)を調整する。前記原子濃度比(モル比)が0.96未満であると、リチウムが不足するため、異相が少ない適切な主相を焼成できない可能性が高い。一方、原子濃度比が1.04を超えると、合成反応が適切に進行せず、層状構造の結晶化度が低くなる虞がある。このように、組成式(1)中のLi、Ni、Co、M、Xの金属元素を含む化合物を混合する混合工程は、
図1Aの混合工程S10や
図1Bに示す第2の混合工程S11の場合を含んでいる。
【0050】
リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、2価のニッケルが生じ易いカチオンミキシングを十分に抑制する必要がある。焼成時、カチオンミキシングを十分に抑制する観点からは、リチウムと、ニッケル等との合成反応を確実に進行させる必要があるため、リチウムと、ニッケル等とを、化学量論比のとおり、略1:1で反応させることがより望ましい。
【0051】
よって、精密粉砕混合を行える混合工程S10の段階で、これらの原子濃度比を予め調整しておくことが好ましい。予め調整しておく場合、焼成前駆体に含まれるリチウムの原子濃度(モル数)と、リチウム以外の金属元素の合計の原子濃度(モル数)との原子濃度比(モル比)は、より好ましくは1.00以上1.04以下である。但し、焼成時、焼成前駆体に含まれているリチウムが焼成用容器と反応したり、揮発したりする可能性がある。リチウムの一部が、焼成に用いる容器とリチウムの反応や、焼成時のリチウムの蒸発によって滅失することを考慮し、仕込み時に、リチウムを過剰に加えておくことは妨げられない。
【0052】
また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得るには、混合工程S10の後、且つ、焼成工程S30の前に、リチウム以外の金属元素、例えば、製造過程に由来する不可避的不純物、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子を被覆する他成分、リチウム遷移金属複合酸化物の粒子と共に混合される他成分等を混入させないことが好ましい。
【0053】
造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を造粒して粒子同士が凝集した二次粒子(造粒体)を得る。混合物の造粒は、乾式造粒及び湿式造粒のいずれを利用して行ってもよい。混合物の造粒には、例えば、転動造粒法、流動層造粒法、圧縮造粒法、噴霧造粒法等の適宜の造粒法を用いることができる。また、共沈法などの化学的な粒子合成を実施してもよい。
【0054】
混合物を造粒する造粒法としては、噴霧造粒法が特に好ましい。噴霧造粒機としては、2流体ノズル式、4流体ノズル式、ディスク式等の各種の方式を用いることができる。噴霧造粒法であれば、湿式粉砕によって精密混合粉砕した混合物(原料スラリー)を、乾燥しながら造粒させることができる。また、原料スラリーの濃度、噴霧圧、ディスク回転数等の調整によって、二次粒子の粒径を所定範囲に精密に制御することが可能であり、真球に近く、化学組成が均一な造粒体を効率的に得ることができる。造粒工程S20では、混合工程S10で得られた混合物を平均粒径(D50)が3μm以上50μm以下となるように造粒することが好ましい。
【0055】
焼成工程S30では、造粒工程S20で造粒された造粒体を熱処理して組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を焼成する。焼成工程S30は、単にリチウム遷移金属複合酸化物を焼成して正極活物質を得る工程であれば良いが、熱処理温度が互いに異なる範囲に制御される複数段の熱処理で行うことが好ましい。結晶の純度が高く、高い放電容量、良好なレート特性や充放電サイクル特性を示すリチウム遷移金属複合酸化物を得る観点から、
図1に示すように、焼成工程S30は、少なくとも、第1熱処理工程S31と、第2熱処理工程S32とを有する多段熱処理工程と、アニール処理工程S33とを有し、それぞれが所定の条件を満たすことがよい。
【0056】
(第1熱処理工程)
第1熱処理工程S31では、熱処理温度を600℃以上750℃未満に制御して、造粒工程S20で得られた造粒体を熱処理して第1前駆体を得る。第1熱処理工程S31は、リチウム化合物とニッケル化合物等との反応により、炭酸成分や水酸化成分を除去すると共に、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶を生成させることを主な目的とする。焼成前駆体中のニッケルを十分に酸化させて、リチウムサイトにニッケルが混入するカチオンミキシングを抑制し、ニッケルによる立方晶ドメインの生成を抑制する。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化を小さくするために、Mで表される金属元素を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くすることができる。例えば、第1熱処理工程S31の時間は、2時間以上50時間以下にすることができる。
【0057】
リチウム化合物が炭酸リチウムの場合は、反応副生成物として生じる二酸化炭素ガス(CO2ガス)が焼成反応の進行を妨げてしまう虞がある。これを回避するため、CO2ガスを徐々に排出させることができる多段熱処理が好ましい。第1熱処理工程S31では、第1前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムが、投入した造粒体の総質量当たり、0.3質量%以上3質量%以下に低減されることが好ましく、0.5質量%以上2質量%以下に低減されることがより好ましい。第1前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が多すぎると、第2熱処理工程S32において、炭酸リチウムが溶融し、液相を形成する可能性がある。液相中でリチウム遷移金属複合酸化物を焼成すると、過焼結によって、層状構造を有する一次粒子が過剰に配向した状態になったり、比表面積が低下したりする結果、放電容量、充放電サイクル特性等が悪化する虞がある。また、第1前駆体に残留している炭酸リチウムの残留量が少なすぎると、焼成されるリチウム遷移金属複合酸化物の比表面積が過大になり、電解液との接触面積が拡大したりするため、充放電サイクル特性が悪化する虞がある。これに対し、未反応の炭酸リチウムの残留量が前記の範囲であれば、結晶の純度が高いリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができ、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。
【0058】
また、第1熱処理工程S31において、炭酸リチウムの反応が不十分であり、第1熱処理工程S31の終了時に炭酸リチウムが多量に残留していると、第1前駆体に酸素が行き渡り難くなる。第2熱処理工程S32で第1前駆体に酸素が行き渡らないと、ニッケルが十分に酸化しないため、2価のニッケルによってカチオンミキシングを生じ易くなる。これに対し、第1熱処理工程S31で炭酸リチウムの大部分を反応させておくと、粉末状である第1前駆体に酸素が行き渡り易くなる。そのため、マンガン等を十分に酸化させつつ、カチオンミキシングを生じ易い2価のニッケルの過剰な残留を抑制することができる。
【0059】
第1熱処理工程S31において、熱処理温度が600℃以上であれば、炭酸リチウムとニッケル化合物等との反応により結晶の生成が進むため、未反応の炭酸リチウムが大量に残留するのを避けることができる。そのため、以降の熱処理で炭酸リチウムが液相を形成し難くなり、結晶粒の粗大化が抑制されて、良好な出力特性等が得られるし、第1前駆体に酸素が行き渡り易くなり、カチオンミキシングが抑制され易くなる。また、熱処理温度が750℃未満であれば、第2熱処理工程S31において、粒成長が過度に進行することが無いし、マンガン等を十分に酸化させて、MeO2で構成される層の組成の均一性を高くすることができる。
【0060】
第1熱処理工程S31における熱処理温度は、620℃以上であることが好ましく、650℃以上であることがより好ましく、680℃以上であることが更に好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、合成反応がより促進し、炭酸リチウムの残留がより確実に防止される。
【0061】
第1熱処理工程S31における熱処理温度は、750℃未満であることが好ましい。熱処理温度が750℃以上であると、未反応の炭酸リチウムが液相を形成し、結晶粒が粗大化する。
【0062】
第1熱処理工程S31における熱処理時間は所定温度で保持することを意味しており、4時間以上とすることがより好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることがより好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、炭酸リチウムの反応が十分に進むため、炭酸成分を確実に除去することができる。また、熱処理の所要時間が短縮されて、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性が向上する。
【0063】
第1熱処理工程S31は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、50%以上とすることが好ましく、60%以上とすることがより好ましく、80%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素(CO2)濃度は、5%以下とすることが好ましく、2%以下とすることがより好ましい。また、第1熱処理工程S31は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケルを確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0064】
(第2熱処理工程)
第2熱処理工程S32では、熱処理温度を750℃以上900℃以下に保持して、第1熱処理工程S31で得られた第1前駆体を熱処理して第2前駆体を得る。第2熱処理工程S32は、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を、適切な粒径や比表面積まで粒成長させることを主な目的とする。例えば、第2熱処理工程S32の時間は第一熱処理工程S31の熱処理時間と同様に所定温度で保持することを意味しており、0.5時間以上15時間以下にすることができる。
【0065】
第2熱処理工程S32において、熱処理温度が750℃以上であれば、ニッケルを十分に酸化させてカチオンミキシングを抑制しつつ、リチウム遷移金属複合酸化物の結晶粒を適切な粒径や比表面積に成長させることができる。また、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されている主相が形成されるため、高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。また、熱処理温度が900℃以下であれば、リチウムが揮発し難く、結晶の純度が高く、放電容量、充放電サイクル特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0066】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、760℃以上であることが好ましく、780℃以上であることがより好ましく、800℃以上であることが更に好ましい。熱処理温度がこのように高いほど、ニッケルやMで表される金属元素を十分に酸化し、リチウム遷移金属複合酸化物の粒成長を促進させることができる。
【0067】
第2熱処理工程S32における熱処理温度は、880℃以下であることが好ましく、860℃以下であることがより好ましい。熱処理温度がこのように低いほど、リチウムがより揮発し難くなるため、リチウム遷移金属複合酸化物の分解を確実に防止して、放電容量、充放電サイクル特性等が良好なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0068】
第2熱処理工程S32における熱処理時間(保持時間)は、0.5時間以上とすることが好ましい。また、熱処理時間は、15時間以下とすることが好ましい。熱処理時間がこの範囲であると、ニッケル等を十分に酸化して、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されたリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。また、熱処理の所要時間が短縮されるため、リチウム遷移金属複合酸化物の生産性を向上させることができる。
【0069】
第2熱処理工程S32は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、95%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素濃度は、2%以下とすることが好ましく、0.5%以下とすることがより好ましい。また、第2熱処理工程S32は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、ニッケル等を確実に酸化させることができるし、雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0070】
(アニール処理工程)
上述した熱処理温度を600℃以上750℃未満に制御する段階(第1熱処理工程S31)と、750℃以上900℃以下に制御する段階(第2熱処理工程S32)の、少なくとも2以上の熱処理段階の後に、最高温度(例えば840℃)からの冷却過程で700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持してリチウム遷移金属複合酸化物を得るアニール処理工程S33を実施する。アニール処理工程S33は、以下に述べるように、層状構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物の二次粒子の内部に残留する残存アルカリ成分をリチウム遷移金属複合酸化物内に取り込み、残存アルカリ成分が少なく、かつ結晶性の高い正極活物質を得ることを主な目的とする。
【0071】
第1熱処理工程S31では、一次粒子の粒成長を進めることなく層状化合物化を促進することができる。また、第2熱処理工程S32では、一次粒子の粒成長と共に層状化合物の結晶性を十分向上させることができる。一方、800℃を超える高温では形成された層状構造が一部分解してしまうため、更に結晶性を向上させるために、炭酸リチウムの融点723℃近傍である700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持するアニール処理工程S33を設けたものである。アニール温度がこの範囲であれば、第2熱処理工程で結晶化できなかった残存リチウムが正極活物質の二次粒子表面や二次粒子の内部の一次粒子表面から層状化合物化するため、結果として結晶性の高いリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
以上のアニール処理により正極活物質の二次粒子内の残存アルカリ成分を抑制しつつ、リチウムイオンの挿入や脱離に伴う格子歪みないし結晶構造変化が低減されている主相が形成されるため、正極合剤スラリーの耐ゲル化性に優れ、かつ高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を得ることができる。なお、このようなアニール処理工程を有しない場合は、正極活物質の二次粒子内部で残存アルカリ成分の残留が多くなりやすく、正極活物質を圧縮した後に中和滴定で残存アルカリ成分を算出すると残存水酸化リチウム量が多くなる。
【0072】
アニール処理工程S33において、700℃以上800℃以下の温度帯に1.5時間以上保持するには、最高温度から降温させるときの降温速度を調整して700℃以上800℃以下の温度帯を1.5時間以上掛けて冷却する形態が良い。他には冷却過程で700℃以上800℃以下の範囲にある一定の温度で所定時間保持してもよく、また、一旦700℃未満に降温した後に再び700℃以上800℃以下の温度帯に加熱して一定温度で所定時間保持してもよい。上限のアニール温度は790℃以下であることが好ましく、780℃以下であることが更に好ましい。下限のアニール温度は、720℃以上であることが好ましく、740℃以上であることが更に好ましい。
【0073】
アニール処理工程S33における熱処理時間は、1.5時間以上が好ましい。熱処理時間が1.5時間以上であると、正極活物質の二次粒子内に残留している炭酸リチウムを十分に正極活物質と反応させて、結晶性の高いリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。また、熱処理時間は、10時間を超えて行っても効果は変わらず、2時間以上8時間以下とすることが好ましく、より好ましくは3時間以上6時間以下である。熱処理時間がこの範囲であると、残存アルカリ成分の低減とリチウム遷移金属複合酸化物の生産性の向上を両立することが可能である。
【0074】
アニール処理工程S33は、酸化性雰囲気で行うことが好ましい。雰囲気の酸素濃度は、80%以上とすることが好ましく、90%以上とすることがより好ましく、95%以上とすることが更に好ましい。また、雰囲気の二酸化炭素濃度は、0.5%以下とすることが好ましく、0.1%以下とすることがより好ましい。また、アニール処理工程S33は、酸化性ガスの気流下で行うことが好ましい。酸化性ガスの気流下で熱処理を行うと、炭酸リチウムが反応して雰囲気中に放出された二酸化炭素を確実に排除することができる。
【0075】
(CO2濃度)
焼成工程S30において、第1熱処理工程S31の雰囲気の最高CO2濃度は、第2熱処理工程S32の最高CO2濃度より高く、前記第2熱処理工程S32の最高CO2濃度は、アニール処理工程の最高CO2濃度より高い。第1熱処理工程S31では脱炭酸ガスが目的の一つであり、熱処理によって発生したCO2によって第2熱処理工程S32、アニール処理工程S33より最高CO2濃度が高くなる。一方、第2熱処理工程S32、アニール処理工程S33では正極活物質の結晶性向上のためには最高CO2濃度が低い環境が好ましく、第1熱処理工程S31より最高CO2濃度が低いことが好ましい。特に、アニール処理工程S33では、正極活物質の二次粒子内の残存アルカリ成分低減のため、第1熱処理工程S31と第2熱処理工程S32よりも最高CO2濃度が低い環境が好ましい。
【0076】
(焼成炉)
焼成工程S30においては、熱処理の手段として、ロータリーキルン等の回転炉、ローラーハースキルン、トンネル炉、プッシャー炉等の連続炉、バッチ炉等の適宜の熱処理装置を用いることができる。第1熱処理工程S31、第2熱処理工程S32、及び、アニール処理工程S33は、それぞれ、同一の熱処理装置を用いて行ってもよいし、互いに異なる熱処理装置を用いて行ってもよい。また、各熱処理工程は、雰囲気を入れ替えて断続的に行ってもよいし、雰囲気中のガスを排気しながら熱処理を行う場合は、連続的に行ってもよい。
【0077】
以上の混合工程S10、造粒工程S20、及び、焼成工程S30を経ることにより、組成式(1)で表されるリチウム遷移金属複合酸化物で構成された正極活物質を製造することができる。本発明において残存水酸化リチウム量や、比表面積は、主として、熱処理前の前駆体の製造方法、ニッケル等の金属元素の組成比、第1前駆体に残留している未反応の炭酸リチウムの残留量、焼成工程S30における仮焼成、本焼成、アニール処理の条件、例えば、第1熱処理工程S31と第2熱処理工程S32とアニール処理工程S33の熱処理温度や熱処理時間の調整によって制御することができる。組成式(1)で表される化学組成において、残存水酸化リチウム量を低減すると共に、正極活物質を圧縮した後の残存水酸化リチウム量の増加を十分に低減させると、正極合剤スラリーのゲル化を抑制し、かつ高い放電容量、良好な充放電サイクル特性を示す優れた正極活物質が得られる。
また、正極活物質が電池に組み込まれ充放電された後でも本発明の特徴は保持されているが、Li量についてはLiが抜けてaの値は-0.9~0程度まで変化していると考えられる。
【0078】
なお、合成されたリチウム遷移金属複合酸化物は、二次粒子の粒径を制御する目的等から、リチウム遷移金属複合酸化物を解砕する解砕工程、リチウム遷移金属複合酸化物を所定の粒度に分級する分級工程等を有していてもよい。
【0079】
<リチウムイオン二次電池>
次に、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質(リチウムイオン二次電池用正極活物質)を正極に用いたリチウムイオン二次電池について説明する。
【0080】
図2は、リチウムイオン二次電池の一例を模式的に示す部分断面図である。
図2に示すように、リチウムイオン二次電池100は、非水電解液を収容する有底円筒状の電池缶101と、電池缶101の内部に収容された捲回電極群110と、電池缶101の上部の開口を封止する円板状の電池蓋102と、を備えている。
【0081】
電池缶101及び電池蓋102は、例えば、ステンレス、アルミニウム等の金属材料によって形成される。正極111は、正極集電体111aと、正極集電体111aの表面に形成された正極合剤層111bと、を備えている。また、負極112は、負極集電体112aと、負極集電体112aの表面に形成された負極合剤層112bと、を備えている。
【0082】
正極集電体111aは、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、15μm以上25μm以下程度の厚さにすることができる。正極合剤層111bは、前記のリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極活物質を含んでなる。正極合剤層111bは、例えば、正極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した正極合剤によって形成される。
【0083】
負極集電体112aは、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金等の金属箔、エキスパンドメタル、パンチングメタル等によって形成される。金属箔は、例えば、7μm以上10μm以下程度の厚さにすることができる。負極合剤層112bは、リチウムイオン二次電池用負極活物質を含んでなる。負極合剤層112bは、例えば、負極活物質と、導電材、結着剤等とを混合した負極合剤によって形成される。
【0084】
負極活物質としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。負極活物質の具体例としては、天然黒鉛、石油コークス、ピッチコークス等から得られる易黒鉛化材料を2500℃以上の高温で処理したもの、メソフェーズカーボン、非晶質炭素、黒鉛の表面に非晶質炭素を被覆したもの、天然黒鉛又は人造黒鉛の表面を機械的処理することにより表面の結晶性を低下させた炭素材、高分子等の有機物を炭素表面に被覆・吸着させた材料、炭素繊維、リチウム金属、リチウムとアルミニウム、スズ、ケイ素、インジウム、ガリウム、マグネシウム等との合金、シリコン粒子又は炭素粒子の表面に金属を担持した材料、スズ、ケイ素、リチウム、チタン等の酸化物等が挙げられる。担持させる金属としては、例えば、リチウム、アルミニウム、スズ、インジウム、ガリウム、マグネシウム、これらの合金等が挙げられる。
【0085】
導電材としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。導電材の具体例としては、黒鉛、アセチレンブラック、ファーネスブラック、サーマルブラック、チャンネルブラック等の炭素粒子や、ピッチ系、ポリアクリロニトリル(PAN)系等の炭素繊維が挙げられる。これらの導電材は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。導電材の量は、例えば、合剤全体に対して、3質量%以上10質量%以下とすることができる。
【0086】
結着剤としては、一般的なリチウムイオン二次電池に用いられる適宜の種類を用いることができる。結着剤の具体例としては、PVDF、ポリテトラフルオロエチレン、ポリヘキサフルオロプロピレン、スチレン-ブタジエンゴム、ポリアクリロニトリル、変性ポリアクリロニトリル等が挙げられる。これらの結着剤は、一種を単独で用いてもよいし、複数種を併用してもよい。また、カルボキシメチルセルロース等の増粘性の結着剤を併用してもよい。結着剤の量は、例えば、合剤全体に対して、2質量%以上10質量%以下とすることができる。
【0087】
正極111や負極112は、一般的なリチウムイオン二次電池用電極の製造方法に準じて製造することができる。例えば、活物質と、導電材、結着剤等とを溶媒中で混合して電極合剤を調製する合剤調製工程と、調製された電極合剤を集電体等の基材上に塗布した後、乾燥させて電極合剤層を形成する合剤塗工工程と、電極合剤層を加圧成形する成形工程と、を経て製造することができる。
【0088】
合剤調製工程では、材料を混合する混合手段として、例えば、プラネタリーミキサ、ディスパーミキサ、自転・公転ミキサ等の適宜の混合装置を用いることができる。溶媒としては、例えば、N-メチルピロリドン、水、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン、ジメチルスルホキシド、テトラヒドロフラン等を用いることができる。
前記電極合剤(正極合剤スラリー)の粘度は例えば100~500mPa・sの範囲であれば適正な塗工ができ、スラリー作成後の粘度の変動が少ないことが安定生産の観点で重要である。粘度が変動する原因は主に正極活物質から溶出したアルカリ成分が結着剤を重合させてゲル化することである。このゲル化を抑制できる正極活物質を判定するにあたり、スラリー粘度の変化分を指標とするのが相応しい。すなわち正極合剤スラリーを作製した日のスラリー粘度をη0とし、前記作製日から5日間静置保管した正極合剤スラリーの粘度η5とした時、η5/η0は0.80以上1.2以下であることが好ましい。
【0089】
合剤塗工工程では、調製されたスラリー状の電極合剤を塗布する手段として、例えば、バーコーター、ドクターブレード、ロール転写機等の適宜の塗布装置を用いることができる。塗布された電極合剤を乾燥する手段としては、例えば、熱風加熱装置、輻射加熱装置等の適宜の乾燥装置を用いることができる。
【0090】
成形工程では、電極合剤層を加圧成形する手段として、例えば、ロールプレス等の適宜の加圧装置を用いることができる。正極合剤層111bについては、例えば、100μm以上300μm以下程度の厚さにすることができる。また、負極合剤層112bについては、例えば、20μm以上150μm以下程度の厚さにすることができる。加圧成形した電極合剤層は、必要に応じて正極集電体と共に裁断して、所望の形状のリチウムイオン二次電池用電極とすることができる。
【0091】
図2に示すように、捲回電極群110は、帯状の正極111と負極112とをセパレータ113を挟んで捲回することにより形成される。捲回電極群110は、例えば、ポリプロピレン、ポリフェニレンサルファイド等で形成された軸心に捲回されて、電池缶101の内部に収容される。
【0092】
セパレータ113としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレン-ポリプロピレン共重合体等のポリオレフィン系樹脂、ポリアミド樹脂、アラミド樹脂等の微多孔質フィルムや、このような微多孔質フィルムの表面にアルミナ粒子等の耐熱性物質を被覆したフィルム等を用いることができる。
【0093】
図2に示すように、正極集電体111aは、正極リード片103を介して電池蓋102と電気的に接続される。一方、負極集電体112aは、負極リード片104を介して電池缶101の底部と電気的に接続される。捲回電極群110と電池蓋102との間、及び、捲回電極群110と電池缶101の底部との間には、短絡を防止する絶縁板105が配置される。正極リード片103及び負極リード片104は、それぞれ正極集電体111aや負極集電体112aと同様の材料で形成され、正極集電体111a及び負極集電体112aのそれぞれにスポット溶接、超音波圧接等によって接合される。
【0094】
電池缶101は、内部に非水電解液が注入される。非水電解液の注入方法は、電池蓋102を開放した状態で直接注入する方法であってもよいし、電池蓋102を閉鎖した状態で電池蓋102に設けた注入口から注入する方法等であってもよい。電池缶101は、電池蓋102がかしめ等によって固定されて封止される。電池缶101と電池蓋102との間には、絶縁性を有する樹脂材料からなるシール材106が挟まれ、電池缶101と電池蓋102とが互いに電気的に絶縁される。
【0095】
非水電解液は、電解質と、非水溶媒と、を含んで組成される。電解質としては、例えば、LiPF6、LiBF4、LiClO4等の各種のリチウム塩を用いることができる。非水溶媒としては、例えば、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、エチルメチルカーボネート等の鎖状カーボネートや、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ビニレンカーボネート等の環状カーボネートや、メチルアセテート、エチルメチルカーボネート、メチルプロピルカーボネート等の鎖状カルボン酸エステルや、γ-ブチロラクトン、γ-バレロラクトン等の環状カルボン酸エステルや、エーテル類等を用いることができる。電解質の濃度は、例えば、0.6M以上1.8M以下とすることができる。
【0096】
非水電解液は、電解液の酸化分解、還元分解の抑制や、金属元素の析出防止や、イオン伝導性の向上や、難燃性の向上等を目的として、各種の添加剤を添加することができる。添加剤としては、例えば、リン酸トリメチル、亜リン酸トリメチル等の有機リン化合物や、1,3-プロパンスルトン、1,4-ブタンサルトン等の有機硫黄化合物や、ポリアジピン酸無水物、ヘキサヒドロ無水フタル酸等の無水カルボン酸類、ホウ酸トリメチル、リチウムビスオキサレートボレート等のホウ素化合物等が挙げられる。
【0097】
以上の構成を有するリチウムイオン二次電池100は、電池蓋102を正極外部端子、電池缶101の底部を負極外部端子として、外部から供給された電力を捲回電極群110に蓄電することができる。また、捲回電極群110に蓄電されている電力を外部の装置等に供給することができる。なお、このリチウムイオン二次電池100は、円筒形の形態とされているが、リチウムイオン二次電池の形状や電池構造は特に限定されず、例えば、角形、ボタン形、ラミネートシート形等の適宜の形状やその他の電池構造を有していてもよい。
【0098】
本実施形態に係るリチウムイオン二次電池は、各種の用途に使用することができる。用途としては、例えば、携帯電子機器、家庭用電気機器等の小型電源や、電力貯蔵装置、無停電電源装置、電力平準化装置等の定置用電源や、船舶、鉄道車両、ハイブリッド鉄道車両、ハイブリット自動車、電気自動車等の駆動電源等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。前記のリチウム遷移金属複合酸化物は、ニッケルの含有率が高く、高い放電容量を示すのに加え、充放電サイクル特性が良好であるため、高エネルギー密度と長寿命が要求される小型電源や車載用等として、特に好適に用いることができる。
【0099】
リチウムイオン二次電池に用いられている正極活物質の化学組成は、電池を分解して正極を構成する正極活物質を採取し、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析、原子吸光分析等を行うことによって確認することができる。また、リチウムの組成比(組成式(1)における1+a)は充電状態に依存するため、充放電後のリチウムの係数aが-0.9≦a≦0.04を満たすか否かに基づいて、正極活物質の化学組成を判断することもできる。
【実施例】
【0100】
本発明の実施例に係る正極活物質を合成し、組成、残アルカリ量、放電容量、充放電サイクル特性(容量維持率)について評価した。また、実施例の対照として、化学組成を変えた比較例に係る正極活物質を合成し、同様に評価した。
以下、実施例、比較例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0101】
(実施例1~19)
実施例1の正極活物質を製造した。原料として、炭酸リチウム、水酸化ニッケル、炭酸コバルト、炭酸マンガンを用意し、各原料を金属元素のモル比でLi:Ni:Co:Mnが、1.04:0.80:0.15:0.05となるように秤量し、固形分比が50質量%となるように純水を加えた。そして、粉砕機で湿式粉砕(湿式混合)して原料スラリーを調製した(混合工程S10)。原料スラリーの平均粒径D
50は0.15μmだった。
混合工程を経て得られた原料スラリーをノズル式のスプレードライヤー(大川原化工機社製、ODL-20型)を用いて、噴霧圧は0.21MPa、噴霧量は260g/分で噴霧乾燥させて、造粒体を得た(造粒工程S20)。造粒体の平均粒径D
50は12μmだった。そして、造粒体を焼成してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(焼成工程S30)。焼成工程は具体的には、造粒体を、酸素ガス雰囲気に置換したロータリーキルンで、酸素気流中、650℃で6時間にわたって熱処理(仮焼成)して第1前駆体を得た(第1熱処理工程S31)。ロータリーキルンの排ガス中のCO
2濃度は最高8500ppmだった。その後、第1前駆体を、酸素ガス雰囲気に置換したトンネル炉で、酸素気流中、800℃で10時間にわたって熱処理(本焼成)した(第2熱処理工程S32)。第2熱処理工程S32におけるトンネル炉の排ガス中のCO
2濃度は最高200ppmだった。引き続き800℃から降温に移り、700℃まで0.5℃/分の降温速度となるように調整し、800℃から700℃の温度帯に3時間20分保持(アニール)してリチウム遷移金属複合酸化物を得た(アニール処理工程S33)。アニール処理工程S33におけるトンネル炉の排ガス中のCO
2濃度は最高40ppmだった。
図3(a)に縦軸に降温温度帯、横軸に降温時間を示すアニール処理工程図を示す。
そして、焼成によって得られた焼成粉は、目開き53μmの篩を用いて分級し、篩下の粉体を試料の正極活物質とした。
【0102】
得られた正極活物質のLi:Ni:Co:Mnの化学組成は、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析によって測定し、1.03:0.80:0.15:0.05であることを確認した。また、実施例1において得られた正極活物質のαも不活性ガス融解-赤外線吸収法によって測定し、-0.2<α<0.2であることを確認した。実施例2以降においても-0.2<α<0.2であることを確認した。
【0103】
実施例2では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.04:0.80:0.04:0.15:0.01のモル比となるように秤量し、本焼成温度は820℃とした。アニール時間は700℃以上800℃以下の温度帯の時間であり、3時間20分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0104】
実施例3では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.05:0.80:0.15:0.04:0.01のモル比となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0105】
実施例4では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=0.97:0.80:0.15:0.04:0.01のモル比となるように秤量した以外は、実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0106】
実施例5では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。よって、アニール時間は3時間20分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。なお、仮焼成の最高CO2濃度は11000ppm、本焼成の最高CO2濃度は160ppm、アニールの最高CO2濃度は50ppmだった。
【0107】
実施例6では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。また、700℃まで1.0℃/分の降温速度となるよう調整し、700℃以上800℃以下の温度帯のアニール時間は1時間40分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。尚、
図3(b)にアニール処理工程図を示す。
【0108】
実施例7では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。また、700℃まで0.25℃/分の降温速度となるよう調整し、700℃以上800℃以下の温度帯のアニール時間は6時間40分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0109】
実施例8では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。また、一旦室温まで5℃/分で降温させたのち、5℃/分で740℃まで昇温して740℃で4時間保持し、再度室温まで5℃/分で降温させた。よって、700℃以上800℃以下の温度帯の合計アニール時間は4時間36分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。尚、
図3(c)にアニール処理工程図を示す。
【0110】
実施例9では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。また、780まで5℃/分で降温させたのち、780℃で4時間保持し、再度室温まで5℃/分で降温させた。よって、700℃以上800℃以下の温度帯の合計アニール時間は4時間20分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。
【0111】
実施例10では、原料として炭酸コバルトを除き、酸化チタンを追加し、Li:Ni:Mn:Ti=1.03:0.85:0.13:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、700℃以上800℃以下の温度帯の合計アニール時間は3時間20分となった。
【0112】
実施例11では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.90:0.03:0.05:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。なお、仮焼成の最高CO2濃度は10000ppm、本焼成の最高CO2濃度は110ppm、アニールの最高CO2濃度は30ppmだった。
【0113】
実施例12では、原料として炭酸コバルトを除き、酸化チタンを追加し、Li:Ni:Mn:Ti=1.03:0.90:0.08:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0114】
実施例13では、原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.94:0.02:0.02:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を740℃、本焼成温度を860℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0115】
実施例14では、原料として炭酸マンガンを除き、酸化アルミニウムを追加し、Li:Ni:Co:Al=1.03:0.90:0.07:0.03のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0116】
実施例15では、原料として酸化アルミニウムを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Al=1.03:0.90:0.03:0.02:0.05のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0117】
実施例16では、原料として酸化ガリウムを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ga=1.03:0.90:0.03:0.05:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0118】
実施例17では、原料として酸化マグネシウムを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Mg=1.03:0.90:0.03:0.06:0.01のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0119】
実施例18では、原料として酸化ジルコニウムを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Zr=1.03:0.90:0.03:0.05:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0120】
実施例19では、原料として酸化亜鉛を追加し、Li:Ni:Co:Mn:Zn=1.03:0.90:0.03:0.05:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を840℃とした。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、アニール時間は3時間20分となった。
【0121】
(比較例1~3)
比較例1では、アニール処理をほぼ無しにした。本焼成後、室温まで5℃/分で降温させた。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。よって、本焼成の最高温度から降温し、700℃以上800℃以下の温度帯に保持された時間は20分となった。なお、仮焼成の最高CO2濃度は8600ppm、本焼成の最高CO2濃度は210ppm、アニールの最高CO2濃度は20ppmだった。
【0122】
比較例2では、アニール時間を短くした。原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.85:0.03:0.10:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼成温度を820℃とした。本焼成後、室温まで2℃/分で降温させた。よって、アニール時間は50分となった。それ以外は実施例1と同様にして正極活物質を得た。なお、仮焼成の最高CO2濃度は11000ppm、本焼成の最高CO2濃度は160ppm、アニールの最高CO2濃度は20ppmだった。
【0123】
比較例3では、アニール時間をほぼ無しにし、さらに焼成粉を水洗した。原料として酸化チタンを追加し、Li:Ni:Co:Mn:Ti=1.03:0.90:0.03:0.05:0.02のモル比となるように秤量し、仮焼成温度を700℃、本焼温度を840℃とした。本焼成後、室温まで5℃/分で降温させた。よって、アニール時間は20分となった。得られた焼成粉に焼成粉/純水=2/1の質量比率となるよう純水を加えて1分間攪拌し、ろ過して回収した粉を真空下、80℃で12時間、さらに240℃で12時間乾燥させて正極活物質を得た。
【0124】
(正極活物質の化学組成の測定)
合成した正極活物質の化学組成を、ICP-AES発光分光分析装置「OPTIMA8300」(パーキンエルマー社製)を使用して分析した。その結果、実施例1~19に係る正極活物質、比較例1~3に係る正極活物質は、表1-1に示す化学組成を有することが確認された。
【0125】
(正極活物質の圧縮)
正極合剤スラリー中の正極活物質は合剤塗工工程の調整過程でシェアがかかって二次粒子の一部が破壊されるため、正極活物質に荷重をかけて正極合剤スラリー中の正極活物質の状態を模擬した。正極粉1gを面積0.49cm
2のダイスに入れた後、オートグラフ装置「AGS-1kNX」(島津製作所製)を使用して8kNの荷重、すなわち単位面積当たりの圧力160MPa(≒16,327N/cm
2)で圧縮して正極活物質を回収した。
図4に実施例1の圧縮前後の正極活物質の粒度分布を示す。圧縮前は平均粒径13.5μmを示していたのに対し、圧縮後は圧縮前には見られなかった5μm未満の粒子が増加して平均粒径8.5μmとなった。
【0126】
(中和滴定)
正極活物質の残存アルカリ成分を、自動滴定装置「COM-1700A」(平沼産業製)を使用して次の手順で測定した。正極粉0.5gを純水30mlに入れ、Arで容器内を置換した後、1時間撹拌してLi成分を抽出し、吸引ろ過により、抽出液を得た。得られた抽出液25mlを純水で約40mlに薄め、0.02M塩酸を用いて滴定し、抽出液中の炭酸リチウム成分と水酸化リチウム成分の量を分析した。滴定曲線のピークは2段階となり、1段目の当量点と2段目の当量点の間の滴定量を炭酸リチウム量とし、1段目の当量点までの滴定量から前記炭酸リチウム量を差し引いた量を水酸化リチウム量とした。
上記した中和滴定で算出される正極活物質の残存水酸化リチウム量L1(質量%)と、正極活物質を上記にて圧縮した後に中和滴定で算出される残存水酸化リチウム量L2(質量%)と、をそれぞれ測定し、L1に対するL2の比L2/L1を得た。その結果を表1-2に示す。
【0127】
(ラマンスペクトル)
正極活物質を、レーザーラマン顕微鏡「RAMANforce」(ナノフォトン製)を使用し、波長532nm、径0.36μmの条件で413×373μmの範囲のラマン分光スペクトルを取得した。取得したスペクトルを用い、ローレンツ分布関数によるフィッティング解析を経て、Eg及びA1gの振動ピークの半値幅(cm-1)を算出した。その結果を表1-2に示す。
【0128】
(ゲル化耐性)
正極活物質と、炭素系の導電材と、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)に予め溶解させた結着剤(PVdF)とを質量比で96:2:2となるよう秤量し、混練機「ハイビスミックス2P-03」(プライミクス製)を使用して正極合剤スラリーを作製した。得られた正極合剤スラリーはB形粘度計「TVB10」(東機産業製)を使用して回転数0.5rpmで粘度を測定した。また、正極合剤スラリーをポリ容器に入れて25℃、50%RHの大気雰囲気で静置保管し、1日毎に粘度を測定した。このように正極活物質比率が96%以上の正極合剤スラリーの粘度を測定した。
スラリー作製日の正極合剤スラリー粘度η0と、スラリー作製日後にd日間静置保管した正極合剤スラリー粘度ηdの比(ηd/η0)が0.80以上1.2以下が維持される日数をもってゲル化耐性(日)とした。その結果を表1-2に示す。また、ゲル化耐性が異なる代表例として、実施例1、実施例5、実施例11については、スラリー作製日の正極合剤スラリー粘度η0と、スラリー作製日後に5日間静置保管した正極合剤スラリー粘度η5 の比(η5/η0)も併せて表1-2に示した。
【0129】
(放電容量、容量維持率)
合成した正極活物質を正極の材料として用いてリチウムイオン二次電池を作製した。その後、リチウムイオン二次電池の放電容量、容量維持率を求めた。
まず、均一に混合した正極合剤スラリーを、厚さ20μmのアルミニウム箔の正極集電体上に、塗布量が10mg/cm2となるように塗布した。次いで、正極集電体に塗布された正極合剤スラリーを120℃で熱処理し、溶媒を留去することによって正極合剤層を形成した。その後、正極合剤層を熱プレスで加圧成形し、直径15mmの円形状に打ち抜いて正極とした。
【0130】
続いて、作製した正極と負極とセパレータを用いて、リチウムイオン二次電池を作製した。負極としては、直径16mmの円形状に打ち抜いた金属リチウムを用いた。セパレータとしては、厚さ30μmのポリプロピレン製の多孔質セパレータを用いた。正極と負極とをセパレータを介して非水電解液中で対向させて、リチウムイオン二次電池を組み付けた。非水電解液としては、体積比が3:7となるようにエチレンカーボネートとジメチルカーボネートとを混合した溶媒に、1.0mol/LとなるようにLiPF6を溶解させた溶液を用いた。
【0131】
作製したリチウムイオン二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の質量基準で40A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の質量基準で40A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電し、放電容量(初期容量)を測定した。続いて、初期容量を測定したリチウム二次電池を、25℃の環境下で、正極合剤の質量基準で100A/kg、上限電位4.3Vの定電流/定電圧で充電した。そして、正極合剤の質量基準で100A/kgの定電流で下限電位2.5Vまで放電するサイクルを計100サイクル行い、100サイクル後の放電容量を測定した。初期容量に対する100サイクル後の放電容量の百分率を容量維持率として計算した。
以上で測定した放電容量(Ah/Kg)と100サイクル容量維持率(%)を表1-2に示す。
【0132】
【0133】
【0134】
以下、表1に示された結果を考察する。
まず、実施例1~19は、組成式(1)で表される化学組成が満たされており、圧縮前の残存水酸化リチウム量L1が0.8質量%以下であり、かつオートグラフで圧縮した後の残存水酸化リチウム量L2とL1の比率L2/L1が1.10以下である。その結果、正極合剤スラリーがゲル化するまで最低でも5日以上は保っており、また10日以上を保持できているものもある。よって、耐ゲル化性に優れていることが確認できた。また、電極特性についても、放電容量は概ね190Ah/kgを超える高い値を示し、且つ90%以上の高い容量維持率が得られた。
【0135】
これに対し、比較例1は、アニール処理がほぼ無かったため、残存水酸化リチウム量L1が大きくなっており、L2/L1も高くなっている。その結果、ゲル化するまでに1日もかからず不都合なものであった。
また、比較例2は、アニール処理が1時間以下と短く、残存水酸化リチウム量L1とL2/L1がいずれも実施例よりやや大きく、3日で正極合剤スラリーがゲル化した。製造工程上の許容差はあるものの、通常、耐ゲル化は5日以上が求められており不都合な結果であった。
また、比較例3は、アニール処理は無かったものの水洗で残存アルカリ成分を除去したものである。そのため残存水酸化リチウム量L1は非常に少なく、L2/L1は実施例より大きいものとなった。そして正極合剤スラリーがゲル化するまで30日かかり良好なものであった。しかしながら、容量維持率が79%と低かった。これは、水洗によって残存アルカリ成分に加えて正極活物質表層のLiも一部溶出したためと考えられる。また、水洗工程と、その後の乾燥工程が追加されるため、生産性の面でも劣るものと考えられる。
【0136】
次に、
図5に残存水酸化リチウム量とゲル化日数の関係を示し、
図6に残存水酸化リチウム量と容量維持率の関係を示している。
図5~
図6に示すように、残存水酸化リチウム量とゲル化日数及び残存水酸化リチウム量と容量維持率にはそれぞれ相関関係があると言える。即ち、残存水酸化リチウム量が0.8質量%以下であると、ゲル化日数は5日以上を示し、残存水酸化リチウム量が0.6質量%以下であると、概ねゲル化日数は10日以上になる。ただし、比較例2のように残存水酸化リチウムが0.8質量%以下でもゲル化日数が5日未満のものが含まれる。これは正極活物質を大気中で取り扱っている最中に残存水酸化リチウムの一部が大気中のCO
2ガスと反応して炭酸リチウムへと変質したことが原因と考えられる。このような場合は圧縮前後の残存水酸化リチウム比L2/L1を測定すれば1.10を越える結果となる。ゲル化耐性を評価するためには残存水酸化リチウムだけでなくL2/L1を管理することが重要である。さらに、残存水酸化リチウム量が0.8質量%以下であると、同時に容量維持率は90%以上を有している。尚、このとき放電容量も概ね190Ah/Kg以上の特性を示している。
以上のことより、残存水酸化リチウム量が0.8質量%以下であれば、結着剤のゲル化の進行が抑制されると共に、結晶性の高い正極活物質が得られて容量維持率の低下が抑制されたものと考えられる。尚、比較例3は残存水酸化リチウム量が0.8質量%以下であるにも関わらず容量維持率が低かったのは、上述の通り水洗によって残存水酸化リチウムと共に正極活物質の表層近傍のリチウム引抜きが生じて、結晶性や結晶の構造安定性が低下して容量維持率が低下したものと考えられる。
【0137】
また、
図7にL2/L1とゲル化日数の関係を示し、
図8にL2/L1と容量維持率の関係を示している。
図7~
図8に示すように、L2/L1とゲル化日数及びL2/L1と容量維持率にも相関関係があると言える。即ち、L2/L1が1.10以下であると、ゲル化日数は5日以上を示し、かつ容量維持率は90%以上を示すと言える。そして、L2/L1が1.10以下であれば、合剤塗工工程で正極活物質の二次粒子の一部が割れて二次粒子内部の界面が新たに露出しても、残存水酸化リチウム量の増加や結晶性の低下は少なく、結着剤のゲル化の進行や容量の低下が抑制されると考えられる。
【符号の説明】
【0138】
100 リチウムイオン二次電池
101 電池缶
102 電池蓋
103 正極リード片
104 負極リード片
105 絶縁板
106 シール材
110 捲回電極群
111 正極
111a 正極集電体
111b 正極合剤層
112 負極
112a 負極集電体
112b 負極合剤層
113 セパレータ