(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-02
(45)【発行日】2022-06-10
(54)【発明の名称】タンパク質内包高分子ミセル
(51)【国際特許分類】
C07K 17/04 20060101AFI20220603BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20220603BHJP
A61K 9/10 20060101ALI20220603BHJP
A61K 47/34 20170101ALI20220603BHJP
C08G 69/48 20060101ALI20220603BHJP
C07K 2/00 20060101ALN20220603BHJP
【FI】
C07K17/04
A61K47/42
A61K9/10
A61K47/34
C08G69/48
C07K2/00
(21)【出願番号】P 2021527739
(86)(22)【出願日】2020-06-25
(86)【国際出願番号】 JP2020025086
(87)【国際公開番号】W WO2020262550
(87)【国際公開日】2020-12-30
【審査請求日】2022-01-19
(32)【優先日】2019-06-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504137912
【氏名又は名称】国立大学法人 東京大学
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【氏名又は名称】大森 規雄
(72)【発明者】
【氏名】カブラル オラシオ
(72)【発明者】
【氏名】タオ アンキ
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 一紀
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 拓也
(72)【発明者】
【氏名】ファン ロ ジョージ
(72)【発明者】
【氏名】チェン ペンウェン
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-529931(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2004/0162235(US,A1)
【文献】Bioconjugate Chemistry,2003年,Vol.14,p.51-57
【文献】International Journal of Nanomedicine,2018年,Vol.13,p.7229-7249
【文献】Current Opinion in Chemical Biology,2015年,Vol.28,p.181-193
【文献】Biomacromolecules,2016年,Vol.17,p.246-255
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K 17/04
C08G 69/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質と、下記式(1)で示されるブロック共重合体とを含む高分子複合体。
【化1】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、
下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうち少なくとも1種を表し、
【化2】
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2は、それぞれ独立して
1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表し、nは
1~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
【請求項2】
R
3
が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、請求項
1に記載の複合体。
【化3】
【請求項3】
式1で示されるブロック共重合体が下記式(2)で示されるものである、請求項1に記載の複合体。
【化4】
【請求項4】
タンパク質が、式1で示されるブロック共重合体に共有結合している、請求項1に記載の複合体。
【請求項5】
共有結合が、pH依存的に切断される、請求項
4に記載の複合体。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれか1項に記載のポリマー複合体を含む、細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかへのタンパク質送達デバイス。
【請求項7】
下記式(1)で示されるブロック共重合体を含む、細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかへのタンパク質送達キット。
【化5】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、
下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうち少なくとも1種を表し、
【化6】
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2はそれぞれ独立して
1~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5はそれぞれ独立して1~5の整数を表し、nは
1~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
【請求項8】
R
3
が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、請求項
7に記載のキット。
【化7】
【請求項9】
式1で示されるブロック共重合体が下記式(2)で示されるものである、請求項
7に記載のキット。
【化8】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ブロック共重合体を使用することによって、過酷なin vivo環境における安定性を向上することができるタンパク質内包高分子ミセルに関する。引用文献の全ての開示は、その全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
タンパク質は生体内のあらゆる場所に存在する生理活性物質であることから、がんや自己免疫疾患、代謝障害などの様々な難治性疾患の治療に用いられている。しかしながら、タンパク質単体の全身投与に関して、酵素分解や腎排泄を受け、さらには免疫原性を有することから、タンパク質の生体応用に向けては送達担体の開発が必要である。そこで、タンパク質に生体適合性高分子であるポリ(エチレングリコール)(PEG)を導入したタンパク質-PEGコンジュゲートの開発が進められており、タンパク質分解酵素や免疫細胞との相互作用の抑制およびサイズの増大によりタンパク質の課題[1-4]を克服することが可能である。実際に、多くのタンパク質-PEGコンジュゲートはFDAに承認されており、タンパク質製剤として数十億ドルの市場[5,6]を有する。しかしながら、タンパク質のPEG化により酵素分解、腎排泄、及び免疫原性[7,8]を抑制する一方で、タンパク質の不可逆的な化学修飾によるタンパク質の不活性化、及びタンパク質機能[6,9]の不十分な時空間制御などの課題が挙げられる。そこで、タンパク質を可逆的な化学結合を介して製材化することにより、正常組織におけるタンパク質の発現を抑制しながら、標的組織[10]特異的に放出することができる送達担体の開発が進められている。
【0003】
刺激応答性ナノキャリアは、標的組織[4,11]における生理活性物質を感知することにより、タンパク質の活性を保持しながら標的組織特異的に放出することが可能である。このようなナノキャリアの中で、ブロック共重合体とタンパク質との自律会合により形成するコア-シェル型高分子ミセルは、ブロック共重合体のコア形成鎖に環境応答性部位を導入することにより外部刺激[4]に応答したタンパク質の放出を誘導することができる。高分子ミセルが応答できる外部刺激としてpHが挙げられ、例えば、多くの疾患(例えば、がん又は自己免疫性疾患)は、正常組織(pH 7.4)[12,13]よりも低いpH (pH 6.5~7.2)を示す。
【0004】
一方、本発明者はこれまでに、pH応答性無水マレイン酸誘導体[14-16]によりアミノ基がカルボキシル基に変換されたタンパク質にPEG-ポリカチオンを添加することによりポリイオンコンプレックス(PIC)型高分子ミセルを調製できることを示した。このミセルは、正常組織のpH(pH 7.4)ではタンパク質を安定にコアに内包するが、標的組織内の酸性pH(pH 6.5~7.2)ではpH応答性無水マレイン酸誘導体が開裂することによりタンパク質を放出することに成功した。
しかしながら、医療応用に向けては血中滞留性の向上による標的組織への集積性の増大が重要である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
よって、治療用タンパク質による治療効果の増大に向けては、血中滞留性の増大、及び酸性条件におけるタンパク質の効率的な放出を可能にするミセルを開発が重要である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、pH応答性無水マレイン酸誘導体をブロック共重合体のコア形成鎖に導入し、タンパク質のアミノ基との可逆的な共有結合を形成することによりミセルの安定性の増大および酸性条件下でのタンパク質の効率的な放出を目指した。また、ブロック共重合体のコア形成鎖のアミノ基とタンパク質のカルボキシル基とのPIC形成によりミセルのさらなる安定化を目指した。共有結合とPIC形成によりミセル構造を安定化し、血中滞留性を増大することを目的とする。
【0007】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] タンパク質と、下記式(1)で示されるブロック共重合体とを含む高分子複合体。
【化1】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、下記式(I)で示される化合物を表し、
【化2】
(式中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが互いに結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよい。)
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2は、それぞれ独立して0~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表し、nは0~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
[2] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうち少なくとも1種である、[1]に記載の複合体。
【化3】
[3] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、[2]に記載の複合体。
【化4】
[4] 式1で示されるブロック共重合体が下記式(2)で示されるものである、[1]に記載の複合体。
【化5】
[5] タンパク質が、式1で示されるブロック共重合体に共有結合している、[1]に記載の複合体。
[6] 共有結合が、pH依存的に切断される、[5]に記載の複合体。
[7] [1] ~[6]のいずれか1項に記載のポリマー複合体を含む、細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかへのタンパク質送達デバイス。
[8] 下記式(1)で示されるブロック共重合体を含む、細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかへのタンパク質送達キット。
【化6】
〔式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、水素原子、若しくは置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤を表し、
R
3は、下記式(I)で示される化合物を表し、
【化7】
(式中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが互いに結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよい。)
L
1は、NH、CO、又は下記式(11):
-(CH
2)
p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、若しくは下記式(12):
-L
2a-(CH
2)
q1-L
3a- (12)
(式中、L
2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L
3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表し、
m1及びm2はそれぞれ独立して0~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5はそれぞれ独立して1~5の整数を表し、nは0~500の整数を表す。
「/」の表記は、その左右に示された(m1+m2)個の各モノマー単位の配列順序が任意であることを表す。〕
[9] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物のうちの少なくとも1種である、[8]に記載のキット。
【化8】
[10] 式(I)で示される化合物が、下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である、[9]に記載のキット。
【化9】
[11] 式1で示されるブロック共重合体が下記式(2)で示されるものである、[8]に記載のキット。
【化10】
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】ポリイオンコンプレックス形成とpH応答性アミド結合によるpH応答性タンパク質内包ミセルを示す図である。
【
図2】異なるpHを示す緩衝液中でのPEG-p(Lys-CDM)の自己組織化を示す図である。a) pH 7.4でのPEG-p(Lys-CDM)のカウントレートにより規格化されたカウントレート(derived count rate)。150 mM NaClを含む10 mM酢酸緩衝液(pH 4又はpH 5)、あるいは、150 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液(pH 6.5又はpH 7.4)にPEG-p(Lys-CDM)を1 mg/mLの濃度で添加し1分間のボルテックス後に1時間インキュベーションしDLS測定を行った。データは、平均±標準偏差(n = 3)として示した。b) pH 7.4で形成されたEmpty-PICミセル(空ミセル)の粒径分布。
【
図3】pH 7.4の緩衝液中で調製した空ミセルの安定性を示す図である。空ミセルを150 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液(pH 6.5(灰色ドット)又は7.4(黒色ドット))に添加し、最終濃度を0.5 mg/mLに調整し、DLS測定を行った。 a) は粒径、 b)は PDI、及びc)は希釈前のカウントレートにより規格化したカウントレート。
【
図4】HEK 293細胞に対するPEG-p(Lys-CDM)(灰色線)のin vitro細胞毒性を示す図(細胞を異なるポリマー濃度下で48時間培養した後の図)。PEG-p(Lys)(黒線)は対照として使用した。データは平均±標準偏差(n=4)として示した。
【
図5】異なるpHを示す溶液におけるタンパク質内包ミセルの安定性を示す図である。pH 6.5(灰色線)及びpH 7.4(黒線)の10 mMリン酸緩衝液中のmyo/m(灰色円及び黒円)及びCC-myo/m(白円)の粒径(a)及びPDI(b)。
【
図6】異なるpHを示す600 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液による希釈後のmyo/mの安定性を示す図である。pH 6.5(灰色線)及びpH 7.4緩衝液(黒線)におけるmyo/mの粒径(a)、及び規格化されたカウントレート(b)。pH 6.5の緩衝液中でmyo/mが崩壊したことが分かる。
【
図7】150 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液におけるmyo/m(pH 7.4、pH 6.5)からのAlexa Fluor 647標識ミオグロビンの放出を示す図である。
【
図8】ミオグロビン活性の評価を示す図である。a) O
2ガス導入後の酸素型ミオグロビン(灰色線)、並びにArガス導入後の還元型ミオグロビン(黒線)のUV/Vis吸収スペクトル。挿入図:ミセルから放出されたミオグロビンの500~600 nmにおけるスペクトル。b) O
2ガス導入後の天然の酸素型ミオグロビン(灰色線)、並びにArガス導入後の還元型ミオグロビン(黒線)のUV/Vis吸収スペクトル。挿入図: 500~600 nmにおける天然ミオグロビンのスペクトル。c-d) O
2(正方形マーク)/Ar(三角マーク)ガスを交互に導入した時の放出されたミオグロビン(c、白マーク)及び天然ミオグロビン(d、黒マーク)の414 nmにおける吸光度を示す。
【
図9】IV-CLSMにより測定した蛍光標識ミオグロビン、CC-myo/m及びmyo/mの血中滞留性を示す図である。a)-c) Alexa Fluor 647標識ミオグロビン(赤色)を用いて調製した、a) ミオグロビン単体、b) CC-myo/m及びc) myo/m。d)-e) Alexa Fluor 647標識ポリマー(赤色)を用いて調製した、d) CC-myo/m及びe) myo/m。 サンプルを投与した直後の顕微鏡像(a~e、左パネル)の静脈(赤台形)及び皮膚(緑台形)における蛍光強度を用いて規格化および定量を行った(a~e、右パネル)。
【
図10】腎臓、肝臓及び脾臓における蛍光標識ミオグロビン、CC-myo/m及びmyo/mの微小分布を示す図である。a)-c) Alexa Fluor 647標識ミオグロビン(赤色) を用いて調製した、a) ミオグロビン単体、b) CC-myo/m、c)myo/m。d)-e) Alexa Fluor 647標識ポリマー(赤色) を用いて調製した、d) CC-myo/m、e) myo/m。細胞核はHoechst(cyan)を用いて染色した。スケールバー: 100 μm。
【
図11】PEG-p(Lys-TFA)の化学分析を示す図である。a)DMSO-d
6におけるPEG-p(Lys-TFA)の
1H-NMRスペクトル、b) PEG-p(Lys-TFA)のGPCクロマトグラムであり、単峰性のピークおよび狭い分子量分布(Mw/Mn=1.03)を示した。(流速:0.8 mL/分、移動相: 10 mM LiCl含有DMF溶液)。
【
図12】PEG-p(Lys)の化学分析を示す図である。a) D
2OにおけるPEG-p(Lys)の
1H-NMRスペクトル、b) PEG-p(Lys)のGPCクロマトグラム。(流速: 0.75 mL/分、移動相: 10 mM酢酸塩及び500 mM NaClの酢酸緩衝食塩水(pH 3.3))
【
図13】PEG-p(Lys-CDM)の特徴付けを示す図である。a) DMSO-d
6中のPEG-p(Lys-CDM)の
1H-NMRスペクトル、b) PEG-p(Lys-CDM)の水相GPCクロマトグラム。(流速: 0.75 mL/分、溶離液: 10 mM酢酸塩及び500 mM NaClの酢酸緩衝食塩水(pH 3.3))
【
図14】PEG-p(Lys-CDM)の特徴付けを示す図である。a) 10 mM 重水素化リン酸緩衝液(0.70 ml)中のPEG-p(Lys-CDM)の
1H-NMRスペクトル(25 ℃、pH 7.4)。ポリアミノ酸のプロトン由来のピーク強度は、ミセル形成によりポリマー中のプロトンの移動度が制限されているために、PEGのプロトン由来のピークから予想されるよりも低くなったと考えられる。b) 2 M重塩酸(体積比1:35)を加え10分間インキュベートした後のPEG-p(Lys-CDM)の
1H-NMRスペクトル。酸処理によりポリアミノ酸のプロトン由来のピーク強度が約75%回復したことから、酸性条件下でのミセルの崩壊によりポリマー中のプロトンの移動度が増加したことが示唆された。
【
図15】DMEM中の1 mg/mL PEG-p(Lys-CDM)のサイズ分布を示す図である。
【
図16】リゾチーム(左)、ミオグロビン(中央)及びBSA内包ミセルの(右)のTEM像である。スケールバー: 50 nm。ミセルの形態はTEM(JEM-1400, JEOL)により観察した。タンパク質内包ミセルをリンタングステン酸(PTA)(2%、w/v)で染色し、400メッシュ銅グリッド上に置いた。画像は5万倍の倍率で撮影した。
【
図17】IL-12内包ミセルのミセルのサイズ分布を示す図である。
【
図18】IL-12内包ミセルからのIL-12の放出を示す図である。
【
図19】IL-12内包ミセルによるマウス脾細胞におけるINF-γ分泌量を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
治療用タンパク質は、難治性疾患の治療に関して期待されているが、それらの全身投与に関して不安定性、短い半減期、及び非特異的な免疫反応などの様々な課題が挙げられる。従って、刺激応答性ナノキャリアによりタンパク質を送達するアプローチは、標的組織におけるタンパク質の活性を組織選択的に増強するための有効な戦略となり得る。本発明においては、搭載したタンパク質をpHに依存して放出させるために、タンパク質とブロック共重合体との間でポリイオンコンプレックスを形成し、所定のpH条件下で切断可能な共有結合を介してタンパク質をカプセル化する能力を有する高分子ミセルを開発した。
【0010】
カルボキシジメチルマレイン酸無水物(CDM)‐アミド結合は、生理学的pH(pH 7.4)では安定であるが、pH 6.5、すなわち腫瘍及び炎症組織の病態生理学的pHでは切断される。そこで、CDMをpH応答性官能基として選択した。本発明においては、45 %のCDM付加を有するポリ(エチレングリコール)‐ポリ(L‐リジン)ブロック共重合体を使用することにより、種々の分子量及び等電点を有する異なるタンパク質に50 %以上の効率で内包した。ミオグロビン内包ミセル(myo/m)をモデルとして使用することにより、生理学的条件におけるミセルの安定性、並びにpH 6.5でのミセルの崩壊及び機能性ミオグロビンの放出が確認された。さらにmyo/mは、ミオグロビン単体、及び共有結合を含まない静電相互作用のみによって会合したミセルと比較して、血中半減期が向上した。従って上記モデルにより、治療用タンパク質をin vivo送達するための系の有用性が示された。
【0011】
CDM‐アミド結合はpH 6.5
[17-19]で不安定であり、それにより病態学的pHでは共役アミノ化合物の放出を可能にするため、本発明においては、pH応答性部位としてCDMを選択した。従って、得られるタンパク質内包ミセルは生理学的pHでは安定な架橋コアを形成するが、pH 6.5では遊離ブロック共重合体及び活性タンパク質に分解する(
図1)。そこで本発明においては、これらのミセルが種々のタンパク質を内包する能力を評価した。さらに本発明者は、ミオグロビンやIL-12を内包したミセルをモデルとして用いることにより、ミセルのin vitro安定性及び異なるpHでのタンパク質放出、並びに全身投与後のin vivoでの血中滞留性について評価した。
【0012】
1.本発明のポリマー複合体
本発明のポリマー複合体は、タンパク質内包高分子ミセル複合体(ポリイオンコンプレックス:PIC)であり、特定のカチオン性ポリマー(ブロック共重合体(ブロックコポリマーともいう)、グラフトコポリマーなど)と、タンパク質(タンパク質の詳細は後述する)とを含む。
【0013】
(1)カチオン性ポリマー
本発明のPICの構成成分である特定のカチオン性高分子は、少なくとも一部にポリカチオン部分を有するカチオン性高分子である。当該カチオン性高分子は、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)部分及びポリカチオン部分を有するブロックコポリマー又はグラフトポリマーであってよく、限定はされない。本発明のPICの用途等によって、適宜好ましい態様を選択することができる。
【0014】
上記PEG及びポリカチオンとしては、その構造(例えば重合度等)は限定されず、任意の構造のものを選択できる。なかでもポリカチオンとしては、カチオン性基を側鎖に有するポリペプチドであることが好ましい。ここで言う「カチオン性基」とは、水素イオンが配位して既にカチオンとなっている基に限らず、水素イオンが配位すればカチオンとなる基も含む意味である。このようなカチオン性基としては、公知のものが全て含まれる。カチオン性基を側鎖に有するポリペプチドとは、塩基性側鎖を有する公知のアミノ酸(リジン、アルギニン、ヒスチジン等)がペプチド結合してなるもののほか、各種アミノ酸がペプチド結合し、その側鎖(例えばアスパラギン酸やグルタミン酸の側鎖)がカチオン性基を有するように置換されたものも含む。
【0015】
上記特定のカチオン性高分子としては、具体的には、例えば、下記一般式(1)で示されるブロックコポリマーが好ましく挙げられる。
【化11】
【0016】
ここで、一般式(1)の構造式中、繰り返し単位数(重合度)がnのブロック部分がPEG部分であり、繰り返し単位数がm1の部分とm2の部分とを合わせたブロック部分(一般式(1)中、[ ] 内に示された部分)がポリカチオン部分である。また、ポリカチオン部分の構造式中の「/」の表記は、その左右に示された各モノマー単位の配列順序が任意であることを意味する。例えば、A及びBというモノマー単位から構成されるブロック部分が、[-(A)a-/-(B)b-]と表記されている場合は、a個のAとb個のBとからなる合計(a+b)個の各モノマー単位が、ランダムにどのような並び順で連結していてもよいことを意味する(但し、すべてのA及びBは直鎖状に連結している。)。
【0017】
一般式(1)中、R1及びR2は、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよい炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基、又はアジド、アミン、マレイミド、リガンド若しくは標識剤などの官能基を表す。
上記炭素数1~12の直鎖状若しくは分枝状のアルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基、デシル基及びウンデシル基等が挙げられる。また上記アルキル基の置換基としては、例えば、アセタール化ホルミル基、シアノ基、ホルミル基、カルボキシル基、アミノ基、炭素数1~6のアルコキシカルボニル基、炭素数2~7のアシルアミド基、シロキシ基、シリルアミノ基、及びトリアルキルシロキシ基(各アルキルシロキシ基は、それぞれ独立に、炭素数1~6である)等が挙げられる。
【0018】
リガンド分子は、特定の生体分子を標的とする目的で使用される化合物を意味し、例えば、抗体、アプタマー、タンパク質、アミノ酸、低分子化合物、生体高分子のモノマーなどが挙げられる。標識剤としては、例えば希土類蛍光標識剤、クマリン、ジメチルアミノスルホニルベンゾオキサジアゾール(DBD)、ダンシル、ニトロベンゾオキサジアゾール(NBD)、ピレン、フルオレセイン、蛍光タンパク質などの蛍光標識剤が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0019】
上記置換基がアセタール保護されたホルミル基である場合、この置換基は、酸性の穏和な条件下で加水分解されるときの別の置換基であるホルミル基(又はアルデヒド基;-CHO)に転化することができる。また、上記置換基(特にR1における置換基)がホルミル基、又はカルボキシル基若しくはアミノ基の場合は、例えば、これらの基を介して、抗体若しくはその断片又はその他の機能性若しくは標的指向性を有するタンパク質等を結合させることができる。
【0020】
一般式(1)中、R
3は下記一般式(I)で示される化合物を表す。
【化12】
上記式(I)中、R
a及びR
bは、それぞれ独立して、水素原子、又は置換されていてもよいアルキル基、アルケニル基、シクロアルキル基、アリール基、アラルキル基、アシル基、複素環基、複素環アルキル基、ヒドロキシ基、アルコキシ基若しくはアリールオキシ基を表す。また、R
aとR
bとが結合し、それぞれが結合している炭素原子と共に芳香環又はシクロアルキル環を形成していてもよい。また、式(I)中、R
a及びR
bがそれぞれ結合している炭素原子間の結合は、単結合であってもよいし二重結合であってもよく、限定はされない。式(I)においては、両結合様式を合わせて示すために、当該炭素原子間は一本の実線ともう一本の破線で表している。
【0021】
L1は、NH、CO、下記一般式(11):
-(CH2)p1-NH- (11)
(式中、p1は1~6の整数を表す。)
で示される基、又は下記一般式(12):
-L2a-(CH2)q1-L3a- (12)
(式中、L2aは、OCO、OCONH、NHCO、NHCOO、NHCONH、CONH又はCOOを表し、L3aは、NH又はCOを表す。q1は1~6の整数を表す。)
で示される基を表す。
【0022】
上記式(1)において、m1及びm2は、それぞれ独立して0~500の整数を表し(但し、m1及びm2の合計は10~500の整数を表す。)、m3、m4及びm5は、それぞれ独立して1~5の整数を表す。上記式(1)において、nはPEG部分の繰り返し単位数(重合度)を表し、より具体的には1~500 (好ましくは100~400、より好ましくは200~300)の整数を表す。
【0023】
一般式(1)で示されるカチオン性高分子の分子量(Mn)は、限定はされないが、23,000~45,000であることが好ましく、より好ましくは28,000~34,000である。また、個々のブロック部分については、PEG部分の分子量(Mw)は、8,000~15,000であることが好ましく、より好ましくは10,000~12,000であり、ポリカチオン部分の分子量(Mn)は、全体で15,000~30,000であることが好ましく、より好ましくは18,000~22,000である。
【0024】
一般式(1)で示されるカチオン性高分子の製造方法は、限定はされないが、例えば、R1とPEG鎖のブロック部分とを含むセグメント(PEGセグメント)を予め合成しておき、このPEGセグメントの片末端(R1と反対の末端)に、所定のモノマーを順に重合し、その後必要に応じて側鎖をカチオン性基を含むように置換又は変換する方法、あるいは、上記PEGセグメントと、カチオン性基を含む側鎖を有するブロック部分とを予め合成しておき、これらを互いに連結する方法などが挙げられる。当該製法における各種反応の方法及び条件は、常法を考慮し適宜選択又は設定することができる。
【0025】
本発明の一実施形態において、式(I)で示される化合物は下記式(Ia)~(Ig)で示される化合物の少なくとも1種である。
【化13】
【0026】
本発明の好ましい態様において、式(I)で示される化合物は下記式(Ia)又は(Ib)で示される化合物である。
【化14】
【0027】
式(I)において、置換基は飽和又は不飽和の非環式又は環式炭化水素基である。非環式炭化水素基の場合、直鎖状又は分岐状のいずれであってもよい。炭化水素基としては、例えばC1-C20アルキル基、C2-C20アルケニル基、C4-C20シクロアルキル基、C6-C18アリール基、C6-C20アラルキル基、C1-C20アルコキシ基、C6-C18アリールオキシ基が挙げられる。
【0028】
式(I)で示される化合物は電荷調節剤として用いられる。式(I)で示される化合物は、塩基性又は中性タンパク質の全体としての電荷を酸性タンパク質の電荷に変換するものである。換言すれば、本発明の電荷調節剤は、総荷電がプラス(+)側又はニュートラルな状態にあるタンパク質を、総荷電がマイナス(-)側にあるタンパク質となるように、電荷量をコントロールして、総荷電の変換を行うものであると言える。上記総荷電の変換は、具体的には、前記式(I)で示される化合物又はその誘導体が、タンパク質に含まれるアミノ基(プラス荷電を有する基)と結合し、タンパク質全体をマイナス荷電にすることにより行われる。この目的のため、当該結合は、例えば、前記式(I)で示される化合物と、タンパク質中のアミノ基とが結合(共有結合)して、下記式(I’)に示されるような構造をとることでなされる。
【化15】
【0029】
上記結合に関しては、例えば、前記式(I)で示される化合物が前記式(Ib)及び(Ic)で示される化合物である場合、当該結合後の上記式(I’)に示される構造としては、以下の通りとなる。
【化16】
【0030】
本発明のさらなる態様において、式1で示されるブロックコポリマーは下記式2で示される。
【化17】
【0031】
(2)タンパク質
本発明のPICにおいて、コア部分の構成成分となるタンパク質としては、前述した式(I)で示される化合物により全体としての電荷が変換されたタンパク質(荷電変換タンパク質)であればよく、具体的には、総荷電が、塩基性又は中性タンパク質の総荷電(プラス側又はニュートラルな状態)から酸性タンパク質の総荷電と同様にマイナス側となるように変換されたタンパク質であればよい。総荷電がマイナス側となるように変換されたタンパク質は、タンパク質全体としてはアニオン性の物質(ポリアニオン)であると言える。従って、前記カチオン性高分子中のポリカチオン部分との静電的相互作用により、もともと塩基性又は中性タンパク質では形成が困難であったミセル状複合体を容易に形成することができる。
【0032】
本発明に用いるタンパク質の種類としては、もともと塩基性又は中性タンパク質に含まれるものであればよく、限定はされない。本発明に用いるタンパク質は、単純タンパク質以外にも、糖タンパク質及び脂質タンパク質等も包含する。また、本発明に用いるタンパク質は、全長アミノ酸配列からなるものに限らず、その部分断片及びペプチド等も包含し、さらには、二分子(二量体)以上からなるタンパク質や、その部分配列又は全長配列同士の融合タンパク質も包含する。また、本発明に用いるタンパク質は、天然アミノ酸から構成されているものに限定はされず、少なくとも一部に非天然アミノ酸を構成成分として含む修飾タンパク質も包含する。さらに、本発明に用いるタンパク質は、必要に応じて、適宜、各種標識物質等を付加したものも包含する。本発明に用いるタンパク質の具体例としては、例えば、ヘムタンパク質、各種サイトカイン、各種酵素、又は抗体(例えば、核膜孔複合体に対する抗体等)若しくは抗体断片等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0033】
(3) ポリイオンコンプレックス(PIC)
本発明のPICは、タンパク質と、上述したカチオン性高分子中の一部(ポリカチオン部分)とが静電的相互作用をしてコア部分を形成し、当該カチオン性高分子中の他の部分(PEG部分を含む部分)がコア部分の周囲にシェル部分を形成したような状態の、コア-シェル型のミセル状複合体ということができる。
【0034】
本発明のPICは、例えば、タンパク質とカチオン性高分子とを任意のバッファー(例えばTrisバッファー等)中で混合することにより容易に調製することができる。カチオン性高分子とタンパク質との混合比は、限定はされないが、本発明においては、例えば、ブロックコポリマー中のカチオン性基(例えばアミノ基)の総数(N)と、タンパク質中のカルボキシル基の総数(C)との比(N/C比)を、0.1~200とすることができ、また0.5~100としてもよく、さらに1~50としてもよい。N/C比が上記範囲のときは、遊離のカチオン性高分子を低減できる等の点で好ましい。なお、上記カチオン性基(N)は、ミセルに内包するタンパク質中のカルボキシル基と、静電的相互作用によりイオン結合を形成することができる基を意味する。
【0035】
本発明のPICの大きさは、限定はされないが、例えば、動的光散乱測定法(DLS)による粒径が5~200 nmであることが好ましく、より好ましくは10~100 nmである。
【0036】
本発明のPICは、細胞内に導入された後、内包していたタンパク質を放出するが、この際、細胞質内におけるpH環境の変化(弱酸性環境下(例えばpH 5.5程度)に変化)により、前記式(I)で示される化合物が当該タンパク質から解離する(結合が切れる)。これにより、当該タンパク質の全体としての電荷(総荷電)が、当該タンパク質がもともと有する固有の電荷(総荷電)に回復するため、導入した細胞内においては、当該タンパク質をその構造及び活性等が再生した状態で存在させることができる。
【0037】
2.タンパク質送達デバイス
本発明においては、上述したポリイオンコンプレックス(PIC)を含むタンパク質送達デバイスが提供される。本発明のタンパク質送達デバイスは、細胞内外の酸化還元環境の変化を利用し、PICのコア部分に内包した所望のタンパク質(電荷変換タンパク質)を、標的細胞の細胞表面、細胞内及び細胞外から選ばれるいずれかに効率的に導入する手段として使用できる。
【0038】
具体的には、所望のタンパク質を内包したPICを含む溶液を被験動物に投与して、体内の標的細胞に取り込ませる。その後、細胞内に取り込まれたPICがエンドソームに到達すると、式(I)に示される化合物がタンパク質より脱離し、PIC内の電荷のバランスが変化することによってPICが崩壊する。PICが崩壊すると、PICからタンパク質がリリースされ、それと同時にPICから解離したポリマーがエンドソーム膜を傷害する。それによってエンドソームが破壊されるために、放出したタンパク質の細胞質内への送達が達成される。
例えばIL-12などのサイトカインを内包したミセルの場合は、細胞外でタンパク質を放出してタンパク質が細胞表面の受容体に結合するため、細胞表面を送達の対象にすることができる。細胞内で機能を発現する酵素をミセルで送達する場合は、細胞内でタンパク質を放出して酵素が機能するため、細胞内を送達の対象にすることができる。抗体を送達する際には、細胞外に分泌されたタンパク質を標的とする場合もあるため、細胞外を送達の対象にすることができる。もちろん、細胞表面、細胞内及び細胞外のうち、2つ又は3つの組み合わせを送達の対象にすることも可能である。
【0039】
本発明のタンパク質送達デバイスは、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、イヌ及びネコ等の各種哺乳動物に適用することができ、限定はされない。被験動物への投与方法は、通常、点滴静注などの非経口用法が採用され、投与量、投与回数及び投与期間などの各条件は、被験動物の種類及び状態に合わせて適宜設定することができる。
【0040】
本発明のタンパク質送達デバイスは、各種疾患の原因となる細胞に所望のタンパク質を導入する治療(例えば、酵素補充療法や、抗体を用いた免疫療法等)に用いることができる。よって本発明は、前述したPICを含む医薬組成物(例えば、酵素補充療法用や免疫治療用等の医薬組成物)、及び、前述したPICを用いる各種疾患の治療方法(例えば、酵素補充療法や、抗体を用いた免疫療法等)を提供することもできる。なお、投与の方法及び条件は前記と同様である。
【0041】
上記医薬組成物については、薬剤製造上一般に用いられる賦形材、充填材、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤、潤滑剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、溶解補助剤、防腐剤、矯味矯臭剤、無痛化剤、安定化剤及び等張化剤等を適宜選択して使用し、常法により調製することができる。また、医薬組成物の形態は、通常、静脈内注射剤(点滴を含む)が採用され、例えば、単位投与量アンプル又は多投与量容器の状態等で提供される。
【0042】
3.タンパク質送達用キット
本発明のタンパク質送達用キットは、前記ブロックコポリマーを含むことを特徴とするものである。当該キットは、例えば、酵素補充療法や抗体を用いた免疫治療方法等の所望のタンパク質を用いた各種治療方法などに好ましく用いることができる。
【0043】
本発明のキットにおいて、カチオン性高分子の保存状態は、限定はされず、その安定性(保存性)及び使用容易性等を考慮して溶液状又は粉末状等の状態を選択できる。本発明のキットは、前記ブロックコポリマー以外に、他の構成要素を含んでいてもよい。他の構成要素としては、例えば、各種バッファー、細胞内に導入する各種タンパク質(電荷変換タンパク質)、溶解用バッファー及び使用説明書(使用マニュアル)等を挙げることができる。本発明のキットは、標的細胞内に導入する所望のタンパク質をコア部分としたポリイオンコンプレックス(PIC)を調製するために使用され、調製したPICは、標的細胞へのタンパク質送達デバイスとして有効に用いることができる。
【0044】
実施例
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
1. 材料及び方法
1.1. 材料
α‐メトキシ‐ω‐アミノ‐ポリ(エチレングリコール)(MeO‐PEG-NH2; Mn= 12,000)はNOF社(東京、日本)から購入した。N-トリフルオロアセチル-L-リジンN-カルボキシ無水物(Lys(TFA)-NCA)は中央化成品(株)(東京、日本)から購入した。塩化オキサリル、2‐プロピオン‐3‐メチルマレイン酸無水物、ジクロロメタン(CH2Cl2)、N, N‐ジメチルホルムアミド(DMF)、トルエン、メタノール及び酸化重水素(99.8 原子%D)は東京化学工業(株)(東京、日本)から購入した。Alexa Fluor 647 NHSエステル(Succinimidyl Ester)はThermo Fisher(Waltham, MA, U.S.A.)から購入し、DMSO-d6及びDulbeccoの修飾イーグル培地(DMEM)はSigma Aldrich(St. Louis, MO, U.S.A.)から購入し、ウシ胎仔血清(FBS)は大日本住友製薬(大阪、日本)から購入した。細胞計数キット-8(CCK-8)は同仁化学研究所(熊本、日本)から購入した。透析膜はSpectrum Laboratories Inc.(Rancho Dominguez, CA, U.S.A.)から購入し、Vivaspin 6遠心分離フィルターユニット(1万MWCO(分子量カットオフ)、3万 MWCO及び10万 MWCOを含む)は、Sartorius(Gottingen, Germany)から購入した。
【0046】
1.2. 計器
陽子核磁気共鳴(1H-NMR)スペクトルは、400 MHzの周波数を有するJEOL ECS-400分光計(JOEL Ltd.、日本)を使用して取得し、ケミカルシフトは百万分率(ppm)として計算した。ポリマーの分子量分布はゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)によって測定し、有機相GPCは、TSKゲルG4000HHR及び G3000HHRカラムを備えたTOSOH HLC-8220システム(東ソー、日本)上で実施し、ポリ(エチレングリコール)標準を較正に使用した(Polymer Laboratories, Ltd., UK)。水相GPC測定は、JASCO LC-EXTREMAシステム(JASCO, 日本)にサイズ排除カラムSuperdex 200-10/300GL(GE Healthcare; U.S.A.)を搭載したJASCO LC-EXTREMAシステムで実施した。サイズ分布及びゼータ電位は、それぞれ、動的光散乱(DLS)及びレーザードップラー電気泳動を通じて、Zetasizer Nano-ZS(Malvern, U.K.)により測定した。フルオレサミンアッセイからの蛍光強度は、ND-3300ナノドロップ蛍光分光計(Thermo Fisher, U.S.A.)を介して測定した。UV/Vis分光測定は、V-500分光光度計(JASCO、日本)で行った。
【0047】
1.3. PEG-poly(L-Lysine-CDM)ブロックコポリマーの合成
PEG‐ポリ(L‐リジン)ブロックコポリマー(PEG‐p(Lys))は、既報[20]の方法に少し改変を加えて、以下のように調製した。
MeO‐PEG-NH2 (Mn = 12,000)をLys(TFA)‐NCAと反応させて開環重合によりPEG‐p(Lys‐TFA)を形成し、続いてトリフルオロアセチル基を脱保護した。簡単に述べると、MeO-PEG-NH2(1 g、0.083 mmol)及びLys(TFA)-NCA(1.005 g、3.75 mmol)を、DMFを含む1 Mチオ尿素に別々に溶解した後、NCA溶液をアルゴン雰囲気下でPEG溶液に移し、35 ℃で3日間攪拌した。ポリマーは、ジエチルエーテル中で沈殿させ真空下で乾燥させることによって白色粉末として回収した。重合度は1H‐NMR法(DMSO‐d6, 80 ℃)により求め、分子量分布はGPCで調べた(移動相: DMFを含む10 mM LiCl; 温度: 40 ℃; 流速: 0.8 mL/min; 検出器: 屈折率)。さらに、保護基TFAは、1 M NaOHメタノール溶液で35 ℃で一晩処理し、続いて6~8 kD MWCO透析膜を用いて水に対して透析することによって除去した。凍結乾燥後、最終生成物を白色粉末として得た。脱保護されたポリマーの成分は1H-NMR法(D2O、25 ℃)によって分析した。1H‐NMRスペクトルにおいて、PEGの‐OCH
2CH
2及びリジンの-C3
H
6のプロトン由来のピークの強度比により、PEG‐p(Lys)ブロック共重合体の組成を決定した。分子量分布は、GPCによって分析した(移動相: 10 mM酢酸塩及び500 mM NaCl酢酸緩衝食塩水(pH 3.3); 室温; 流速: 0.75 mL/分; 検出器: UV, 波長220 nm)。
【0048】
PEG‐p(Lys‐CDM)は、CDMの塩化アシルをPEG‐p(Lys)と反応させることにより調製した。最初に、CDMの塩化アシル(CDM-Cl)を、既報[21]の記載に少し修正を加えて調製した。2-プロピオン-3-メチルマレイン酸無水物(CDM、200 mg、1.09 mmol)を無水トルエンに溶解し、真空下で蒸発させた。CDMを無水CH2Cl2 (15 mL)に溶解し、続いてオキサリルクロリド(4 mL、5.9 g、46 mmol)を加えて、CDMと室温で12時間反応させた。次に、CH2 Cl2及び残留塩化オキサリルをエバポレーションによって除去し、透明なオイルを得た。続いてCH2Cl2 (4 ml)を加えてCDM-Clを溶解し、他方、CH2Cl2 (20 ml)を用いてPEG-p(Lys) (200 mg、0.011 mmol)を溶解した。次いで、PEG-p(Lys)溶液をCDM-Cl溶液に移し、反応物を室温下で撹拌した。12時間後、生成物をジエチルエーテル沈殿及び一晩の真空乾燥によって回収した。最終生成物は、1H-NMR及びGPCによって分析した。
【0049】
S1. 化学反応スキーム、ポリマー合成及び化学分析
【化18】
【0050】
【0051】
【0052】
1.4. タンパク質を内包しないコア架橋ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル(空PICミセル)の調製、及び種々のpH条件における安定性
ポリマー溶液(1 mg/mL)を、pH 4又は5の酢酸緩衝液、又はpH 6.5又は7.4のリン酸緩衝液(150 mM NaClを有する10 mM酢酸又はリン酸)中で調製した。ポリマーを、異なるpHで緩衝液に溶解した(1分間ボルテックス、1時間インキュベート)。溶液を0.22 μmシリンジフィルターを通して濾過し、続いてDLS測定を行った。また、ポリマー溶液を重水素化リン酸緩衝液(10 mM)中にpH 7.4で調製し、重塩酸(DCl)の添加前後において1H-NMR法により解析した。
【0053】
さらに、pH 7.4の緩衝液で自律会合した空PICミセルを、ポリマーの最終濃度が0.5 mg/mlの150 mM NaClを用いたpH 6.5又は7.4の10 mMリン酸バッファー中で静置し、これらの条件における空PICミセルの安定性をDLSにより経時的に評価した。強度によるサイズ分布、多分散性指数(PDI)、及びカウントレートを評価した。
【0054】
1.5. In vitro細胞毒性
PEG-p(Lys-CDM)のin vitro細胞毒性を、ヒト胎児腎細胞293(HEK 293)細胞株に対して評価した。この実験ではPEG-p(Lys)を対照として使用した。細胞を、10 % FBSを有するDMEM培地で96ウェルプレート上にウェル当たり3000個播種し、5 % CO2、37 ℃で24時間インキュベートした。次に、細胞を各濃度のポリマーに暴露した。ポリマーとの48時間のインキュベーション後、細胞毒性は、450 nmでのホルマザン吸光度を測定することによるCCK-8アッセイによって評価した。さらに、PEG-p(Lys-CDM) ブロックコポリマーをDMEMに溶解し(1分間ボルテックス、1時間インキュベート)、得られた溶液をDLSにより評価した。
【0055】
1.6. ミオグロビン内包ミセル(myo/m)の調製及び物理化学的評価
PEG-p(Lys-CDM)ポリマー(3 mg/mL)をpH 5の緩衝液(10 mM酢酸塩)に溶解し空PICミセル形成を抑制し、0.1モル当量のミオグロビン溶液を緩衝液(10 mMリン酸塩, pH 8)中で調製した。2つの溶液を混合した後、溶液をpH 7.4に調整し、6時間撹拌した。次に、pH 7.4のリン酸緩衝食塩水(150 mM NaClを含む10 mM リン酸塩)を用いて、100,000 MWCOの遠心フィルターを用いて限外濾過することにより、ミセルを精製し、結合していないタンパク質及びポリマーを除去した。さらに、内包効率を評価するために、ミオグロビンをAlexa Fluor 647スクシンイミジルエステルで標識し、混合溶液をGPC(移動相としてpH 7.4の150 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液; 流速0.75 mL/分; 室温)によって分析した。
【0056】
蛍光検出設定には、励起波長650 nm、発光波長668 nmを用いた。内包効率は、内包されたタンパク質の量をタンパク質の添加量で割ることにより算出した。さらに、蛍光相関分光法(FCS)を用いて、ミセル当たりに内包されたAlexa Fluor 647標識ミオグロビンの量を定量した。FCS実験は、波長633 nmのレーザービームを装備したMF‐20(オリンパス、日本)を用いて室温で実施した。さらに、リゾチーム及びアルブミンも、同じ方法によりミセル中に内包し、ミセルのサイズをDLSにより決定した。
【0057】
1.7. CDM修飾ミオグロビン内包ミセル(CC-myo/m)の調製及び物理化学的評価
CDM修飾ミオグロビン(CC‐myo)内包ミセル(CC‐myo/m)は、既報[14,16]の方法にわずかな修正を加えた方法に従い、対照ミセルとして調製した。簡単に述べると、ミオグロビンを0.1 MのNaHCO3緩衝液に溶解して2 mg/mLの溶液を作製し、4 ℃で30分間攪拌した。次いで、50モル当量のCDMをゆっくりと該溶液に添加し、4 ℃で2時間撹拌した。このミオグロビン溶液を、10,000 MWCOの遠心フィルターを用いた限外濾過によって精製した。CDM修飾の効率は、Nanodrop 蛍光スペクトロメーター (Thermo Fisher, U.S.A.)を用いたフルオレスカミン法により決定し、変換されたアミンの割合を既報の方法 [16]に従って算出した。続いて、PEG-p(Lys)を電荷変換ミオグロビンと混合することによってCC-myo/mを作製し、2:1のN/C(アミノ基/カルボキシル基)比でpH 7.4のリン酸緩衝生理食塩水に滴定した。さらに、PEG-p(Lys)及び天然ミオグロビン混合物を、同じポリマー対タンパク質モル当量で対照として使用した。ミセルのサイズ分布、多分散指数(PDI)及びゼータ電位をZetasizer Nano ZSにより分析した。
【0058】
1.8. 異なる塩濃度及び異なるpH緩衝液に対するミオグロビン内包ミセルの安定性
異なるpH条件に対するmyo/m及びCC-myo/mのin vitro安定性を試験するために、サンプルを希釈して、0.5 mg/mLのポリマー濃度とした。150 mMのNaCl溶液を有するpH 6.5又はpH 7.4の10 mMリン酸緩衝液中でミセルをインキュベートし、経時的にDLSにより測定した(25 ℃)。サイズ分布、PDI及び得られたカウントレートを、Zetasizer Nano ZSで記録した。さらに、高濃度の塩緩衝液を用いて静電相互作用を遮蔽し、ミセルの安定性を調べた。myo/m及びCC-myo/mを調製し、ポリマー濃度が0.5 mg/mLとなるように希釈した。ミセル溶液を、pH 7.4及びpH 6.5の600 mM NaClを含む5 Lの10 mMリン酸緩衝液中、20,000 MWCO透析カセット中で透析した。異なる時点で、サンプルを透析カセットの内側から採取し、DLSを用いた分析によりミセルの崩壊を追跡した。
【0059】
1.9. 異なるpH条件でのmyo/mからのミオグロビン放出
Alexa Fluor 647標識myo/mを、20,000 DaのMWCOを有する透析カセットを使用し、5 Lの10 mMリン酸緩衝液及び150 mM NaCl中、pH 7.4及びpH 6.5、室温で透析した。サンプルを、所定時点で透析カセットの内側から採取し、NanoDrop 3300 蛍光スペクトロメーターを使用して蛍光強度を評価した。
【0060】
1.10. ミオグロビン活性の評価
ミオグロビンを、10 mMリン酸緩衝液+150 mM NaClの希釈条件下、pH 6.5で一晩インキュベートし、続いて30,000 MWCOの遠心フィルターで限外濾過することによって、ミセルから放出させた。フィルター通過物を収集し、次いで、10,000 MWCOの遠心フィルターを用いた限外濾過によって0.05 mg/mLに濃縮した。ミオグロビン活性は、既報の方法[22]に基づいて評価した。分光測定は、光学長1 cmの石英キュベットを用いてUV/Vis分光計で行った。放出されたミオグロビン(0.05 mg/mL)は、5当量の亜ジチオン酸ナトリウム(NaS2O4)水溶液を添加することによって還元した。続いて、還元されたミオグロビンは、O2を30分間導入することによって酸素化し、さらにアルゴンを2時間バブリングすることによって還元した。既報のプロトコール[22]に従って酸素化/還元サイクルを何度も繰り返し行った。対照として、同じ濃度の天然ミオグロビンを使用した。
【0061】
1.11. In vivo血中滞留性及び生体内分布
Alexa Fluor 647標識ミオグロビンを使用して、myo/m、CC-myo/m及び遊離ミオグロビンを調製し、Nikon A1R生体内共焦点レーザー走査顕微鏡(IV-CLSM)(ニコン、日本)を使用してミオグロビンの血中滞留性及び生体内分布を追跡した。5週齢のBalb/c雌マウスに、100 μg/mLの蛍光標識ミオグロビンを含む100 μLのサンプル溶液を、尾静脈投与により麻酔下に注射し、耳朶毛細血管の観察[23]を行った。耳朶静脈及び皮膚における蛍光強度を連続的に測定した。注射の12時間後、マウスを安楽死し、器官(腎臓、肝臓及び脾臓)を採取し、そしてIV-CLSMによってex vivoで画像化した。なお、安楽死及び臓器採取の30分前に、100 μLのHoechst 33342溶液を、核染色のために尾静脈を介して投与した。さらに、Alexa Fluor 647標識ポリマー及び非標識ミオグロビンを使用して、血液中のミセル中のポリマーの血中滞留性を追跡するためにmyo/m及びCC-myo/mを調製した。マウスに、2 mg/mLの蛍光標識ポリマーを有する100 μLのサンプル溶液を尾静脈投与し、耳朶毛細血管を顕微鏡下で画像化した。なお、本試験の動物実験はすべて東京大学実験動物取扱い規約に準じて実施した。
【0062】
1.12. タンパク質及びポリマーの標識
Alexa Fluor 647スクシンイミジルエステルでのタンパク質標識は、製造業者提供の方法を少し修正して実施した。簡単に述べると、5 mg/mlタンパク質を0.15 M重炭酸ナトリウム緩衝液に溶解し、一方、0.5モル当量のAlexa Fluor 647スクシンイミジルエステルをDMFに溶解し10 mg/ml溶液を作製した。上記2つの溶液を混合し、室温で1時間反応させた。次いで、この溶液をSephadex G-25カラムにかけ、ゲル浸透クロマトグラフィーによる精製を行った。精製後、Alexa Fluor 647標識タンパク質をさらなる使用のために凍結乾燥した。PEG-p(Lys)の標識及び精製は、タンパク質と同様に行った。但し、PEG-p(Lys-CDM)は自己集合特性を有するため、標識は10 mMリン酸緩衝液(pH 6.5)中で行い、遊離色素を除去するためにゲル濾過を行った後、ポリマー溶液を0.1 N HClで5分間処理し、直ちに凍結乾燥した。
【0063】
1.13. 蛍光相関顕微鏡
蛍光相関分光(FCS)実験は、波長633 nmのレーザビームを装備したMF‐20(オリンパス、日本)上で室温で行った。Alexa Fluor 647標識ミオグロビン、及びAlexa Fluor 647標識ミオグロビン内包ミセル溶液は、前処理した384ウェルガラス底マイクロプレートに30 μL/ウェルで入れた。構造パラメーターを決定するために、652 Daの分子量を有する標準633 nm溶液(オリンパス、日本)もプレートに入れた。サンプルを633 nmのレーザービームで励起し、それぞれ20秒間5回走査した。得られたデータは、ソフトウェアの自動フィッティング機能によってフィッティングした。
【0064】
2. 結果と考察
2.1. ブロック共重合体の合成及び化学分析
PEG‐p(Lys‐TFA)ポリマーは、MeO‐PEG-NH
2
[20]の末端一級アミノ基を開始剤とする、Lys(TFA)‐NCAの開環重合により合成した。重合されたポリマーをGPCにより分析した結果、狭い分子量分布(M
w/M
n=1.03)を示した (
図11)。アルカリ加水分解により保護基TFAを除去した後、PEGの-OCH
2CH
2- (δ=3.5 ppm)とp(Lys)の-C
3H
6(δ=1.2 ppm~1.8 ppm)のプロトン比を用いた
1H‐NMRにより重合度(DP)を確認したところ、リジンのDPは37であった。さらに、GPC (移動相として500 mM NaClを含む10 mM酢酸塩のpH 3.3酢酸緩衝食塩水; 流速 0.75 mL/分)を行った結果、狭い分子量分布を示す単峰性ピークを示した(
図12)。
【0065】
次に、CDM‐ClをPEG‐p(Lys)の1級アミンと反応することによりポリマーにCDMを導入した。そして、CDM上の-CH
3(δ=2.0 ppm)のピーク強度を、PEG上のメチレンピーク、並びにリジンのβ、γ及びδ‐メチレンプロトンと比較することにより、CDMの導入量および導入率を確認した。CDM単位は約17と計算され、CDMの添加率は約45 %であった。また、PEG-p(Lys-CDM)は、移動相としてpH 3.3の酢酸緩衝溶液(500 mM NaClを有する酢酸10 mM)を用いたGPCにより、狭い分子量分布を示した(
図13)。これらの結果は、PEG-p(Lys-CDM)をミセル調製に必要とされる品質で合成できたことを示す。
【0066】
2.2. タンパク質を内包しないコア架橋ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセル(空PICミセル)の調製、及び種々のpH条件での安定性
PEG-p(Lys-CDM)は、アミン部分及びアミン反応性CDM単位の両方を有することから、アミンのプロトン化及びCDM環の形成により酸性pH環境下で遊離ポリマーの形態である可能性がある。一方、中性に近いpHでは、CDM基がアミンと安定なアミド結合を形成し、更なるポリイオンコンプレックスの形成のためのカルボキシル基を生成する(スキームS2)。従って、本発明者らは、ポリマーを異なるpHで1時間インキュベートした後、DLSによるPEG-p(Lys-CDM)の構造を評価した。
【0067】
PEG‐p(Lys‐CDM)はpH 7.4(他のpHよりも高いpHである)においてミセルに自律会合することが見出された。カウントレート(derived count rate)はDLSによって決定し、大粒子又は高濃度の粒子
[24]の存在と相関する(
図2a)。得られたミセルは、pH 7.4で約40 nmのサイズ及び0.2のPDIを示した。一方、6.5未満のpHでは、カウントレートは低いままであり、このことは、PEG‐p(Lys‐CDM)はミセルに会合しなかったことを示す。pH 7.4の重水素化リン酸緩衝液(10 mM)中のポリマーの
1H‐NMRを測定することにより、PEG‐p(Lys‐CDM)のポリアミノ酸及び側鎖構造由来のプロトンピークの消失を見出し、このことは、アミンとCDM部分との結合によるポリアミノ酸主鎖の移動度の低下を示す(
図14a)。2 M重塩酸を上記溶液に添加した後、ポリアミノ酸及び側鎖構造からのピークは10分間のインキュベーションで75%まで回復した(
図14b)。これは、低pH条件におけるポリアミノ酸の遊離を示すものである。PEG-p(Lys-CDM)のpH依存性なミセル形成は、タンパク質を添加する前に空ミセルが形成するのを避けるためには留意すべきである。
【0068】
pH 7.4で自律会合した空PICミセルの安定性について、ミセルを異なるpHを示す溶液への希釈後にDLSにより評価した。pH 7.4では、空PICミセルのサイズは24時間に43 nmから38 nmとなり (
図3)、PDIの変動は小さく、カウントレートは20 %減衰しただけであった。一方、pH 6.5では、空PICミセルは不安定であり、サイズ及びカウントレートの急速な減少、さらにインキュベーションの最初の5時間でPDIが0.4を上回る上昇を示した(
図3)。pH 6.5では、5時間後のミセルサイズの測定は、高いPDIのために信頼できず、省略した。これらの結果は、空PICミセルがpHに応答性し崩壊することを示している。
【0069】
2.3. HEK293細胞に対するPEG-p(Lys-CDM)のIn vitro細胞毒性
タンパク質内包ミセルの生体応用に向けて、PEG-p(Lys-CDM)が送達担体として安全に使用できるかを決定することは重要である。そこで、PEG-p(Lys-CDM)をHEK 293細胞とともに48時間培養することにより、PEG-p(Lys-CDM)の細胞毒性を検討した。PEG-p(Lys)ポリマーは、PEG-p(Lys-CDM)の前駆体であり、送達担体として広く使用されているため対照として使用した。
【0070】
図4に示すように、PEG-(Lys-CDM)は、PEG-p(Lys)と比較してすべてのポリマー濃度で細胞毒性が低く、1 mg/mLのポリマー濃度であっても70 %以上の細胞生存率を維持した。PEG-(Lys-CDM)の低毒性は、DMEM中のPEG-(Lys-CDM)のDLS評価によって示されるように(
図15)、培地条件下での空PICミセルへの自律会合によると考えられる。これらの結果は、PEG‐p(Lys‐CDM)が安全性の高い送達担体であることを示す。
【0071】
2.4. pHの精密制御によるタンパク質内包ミセルの調製
タンパク質は、多数の負に荷電した基(グルタミン酸、アスパラギン酸、及びC末端のカルボキシル基)及び正に荷電した基(リジン、アルギニン、及びN末端アミン)を有する不均一に荷電した表面を有する巨大分子である。従って、PEG-p(Lys-CDM)はタンパク質中のカルボキシル基とともにPICを形成し、pH応答性CDM部分を介してタンパク質中の第一級アミノ基に共有結合することができる(スキームS3)。さらに、PEG-p(Lys-CDM)中のアミンは、タンパク質に結合しなかったCDM群と反応することによって、ミセルのコアをさらに架橋することができる。
【0072】
上記の通り観察されたように(
図2)、PEG-p(Lys-CDM)は培地のpHにおいてミセルに自律会合することができる。PEG-p(Lys-CDM)は、pH 5では遊離ポリマーとして存在するため、PEG-p(Lys-CDM)を10 mM酢酸緩衝液(pH 5)に溶解してポリマー溶液を調製し、空のPICミセル形成を抑制した。さらに、タンパク質溶液を10 mMリン酸緩衝液中(pH 8)に調製し、前記ポリマー溶液と混合して、PEG‐p(Lys‐CDM)中のリジン残基とのポリイオンコンプレックス形成、及びCDM部分とのアミド形成を介した自己組織化を行った。ポリマー溶液及びタンパク質溶液を混合した後、pHを7.4に調整した。遊離タンパク質及びミセルはGPCにおいて異なる溶出時間を示すため、ミオグロビン内包効率をGPCによって決定した。ミオグロビンは、蛍光検出のためにAlexa Fluor 647で蛍光標識した。内包効率は、内包されたタンパク質の量をタンパク質の添加量で割ることにより算出した。
【0073】
表1に示すように、ミオグロビン(等電点7を有する17.6 kDaタンパク質)は、62 %の効率および5 重量%でミセルに内包され、PDIが0.18、40 nmサイズのミセルが得られた。リン酸緩衝生理食塩水(pH 7.4、150 mM NaClを有する10 mMリン酸緩衝液)を用いた限外濾過によりミセルを精製した後、FCSを使用して、ミセル当たりに内包されたミオグロビンの数を定量した。ミセルとAlexa Fluor 647標識ミオグロビンとの間の分子当たりのカウントレートの比を計算することによって、ミセル当たりに約2つのAlexa Fluor 647標識ミオグロビンが内包されたことを確認した(表2)。
【0074】
【0075】
【0076】
ミオグロビンの他に、ウシ血清アルブミン(BSA)及びリゾチームについても、ミオグロビンとは異なるサイズ(分子量)及び正味電荷(等電点)を有するためミセルの内包能力を評価するために選択した。その結果、PEG-p(Lys-CDM)がこれらのタンパク質をミセル中に内包できることを示した(表3)。さらに、TEM観察により、これらのタンパク質内包ミセルの粒子形態が明らかになった(
図16)。これらの結果は、タンパク質を内包するための本発明のミセル系が汎用性を有することを示すものである。
【0077】
S4. ポリマーミセルへの異なるタンパク質の内包
表3に示すように、PEG-p(Lys-CDM)は、異なる分子量と等電点(pI)を有する種々のタンパク質を用いて、狭い粒径分布でミセルを形成することができた。
【0078】
【0079】
2.5. 対照ミオグロビン内包ミセルの調製
前節で調製したmyo/mの有効性を評価するために、共有結合のない対照ミセルを構築した。本発明者らは、対照ミセルを調製するために、まず、CDMをミオグロビン溶液に徐々に添加することによりミオグロビンにCDMを修飾した。CDM導入率は、フルオレサミン法より92.8 %であり、CC-myoのゼータ電位は-29.5 mVであり、天然ミオグロビンのゼータ電位(-9.2 mV)から低下した。このことは、CDMの導入により電荷が変換されたことを示す。続いて、リン酸緩衝生理食塩水(150 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液、pH 7.4)において、PEG-p(Lys)を、N/C(アミノ基/カルボキシル基)比2:1でCC-myoと混合することによりPICミセルを作製し、対照としてPEG-p(Lys)及び天然ミオグロビンの混合物を、上記と同じN/C比で調製した。CC-myoは、静電相互作用を介して、PEG-p(Lys)とのPICミセルを形成した(表1)。しかし、CDM修飾なしのミオグロビンは、PEG‐p(Lys)とのミセルを形成しなかった。これは、ミオグロビンの不均一な表面電荷が安定な多イオン複合体[4]には不利であるためと考えられる。
【0080】
2.6. ミセルの安定性
ミセルの安定性は、異なる塩濃度およびpHを有する緩衝液を用いて検討した。
先ず、pH安定性試験は、10 mMリン酸緩衝生理食塩水(pH 6.5又はpH 7.4)中におけるPEG-p(Lys-CDM)からなるミセル(myo/m)及び対照ミセル(CC-myo/m)の崩壊を評価することにより行った。ミセルのサイズ及びPDIは、DLSによって1時間毎に測定した。myo/mはpH 7.4及び6.5の両方においてサイズおよびPDIが変化せず、高い安定性を有することが示された。CC-myo/mは、pH 7.4では、
図5に示すように高い安定性を示した。一方で、pH 6.5では、CC-myo/mは急速に不安定化した。また、myo/mはpH 6.5とpH 7.4の両方で塩耐性を有していた一方で(
図5)、空PICミセルは同じ条件で速く崩壊した(
図3)。このことから、タンパク質がPEG-p(Lys-CDM)のミセルを安定化することが示唆された。
【0081】
PICミセルの生体応用は、ミセル構造を保持する静電相互作用が血中滞留
[25,26]の間に解離するため、困難とされている。そこで、高NaCl濃度(600 mM)によりミセル中の静電相互作用
[25,27]が完全に阻害されるため、pH 7.4又は6.5の600 mM NaClを含む10 mMリン酸緩衝液5 Lに対して希釈条件下で20,000 MWCO透析カセットを用いた透析により、ミセルの安定性を評価した。経時的にサンプルを採取し、ミセル安定性を追跡するためにDLS分析を行った。PICのみに基づく対照CC-myo/mは、高塩濃度下で静置した直後に解離した一方で、myo/mは、pH 7.4と比較して、pH 6.5において24時間後にサイズ及びカウントレートが急速に低下した。このことは、酸性の病態学的pHにおいては急速なミセルの分解が生じる一方で、生理学的pHにおいては強い安定性を有することを示す(
図6)。
【0082】
2.7. myo/mからのミオグロビン放出
ミセルからのmyo/mの放出を、pH 7.4及びpH 6.5の10 mMリン酸緩衝生理食塩水5 Lに対してAlexa Fluor 647標識myo/m内包ミセルを透析することにより評価した。ここで、透析カセット内のミセルの蛍光強度を経時的に測定した。pH 7.4では、myo/mは内包されたタンパク質を徐放した(
図7)。一方、ミセルからのミオグロビンの放出はpH 6.5で促進され、24時間以内に内包タンパク質の約70 %が放出された(
図7)。これらの結果は、pH 7.4でのミセルの安定性及びpH 6.5での速やかな分解と相関し、病態学的pH及びイオン強度(150 mM NaCl)に対しミセルが応答することを強く示唆している。
【0083】
2.8. ミオグロビン活性
ミオグロビンの酸素化は、Soretバンド(380~460 nm)とQバンド(480~650 nm)[22,28-30]の移動によって決定できる。そこで、pH 6.5におけるmyo/mから放出されたミオグロビンの活性をUV/Vis分光法により評価した。放出されたミオグロビン溶液に亜ジチオン酸ナトリウムを添加すると、Soretバンドが434 nmに現れた。これは還元型ミオグロビンのバンドに相当する。さらに、434 nmから414 nmへのSoretバンドのブルーシフト、並びにQバンドのピークスプリットが、O2を導入した後に観察された。これは、酸素化ミオグロビン[22,28,29]のバンドに相当する。
【0084】
その後、ArガスをバブリングするとSoretバンド及びQバンドの逆の変化が現れ、脱酸素化を確認した(
図8a)。また、放出されたミオグロビンは、O
2又はアルゴン気体のバブリングを交互に行うことにより、酸素化と還元型のミオグロビンに構造変化することに成功した(
図8c)。対照として、天然のミオグロビンを使用した(
図8b、d)。さらに、天然のミオグロビン又はmyo/mから放出されたミオグロビンの間に、酸素化又は脱酸素化における顕著な差異はなかった。これらの結果は、myo/mに内包されたタンパク質が放出時にそれらの機能性を保持することを示す。
【0085】
2.9. In vivoでの血中滞留性及び生体内分布
多くの治療用タンパク質は、血中での凝集及び急速な腎排泄[31,32]により、血中滞留性が低下する。本実施例では、PEG‐p(Lys‐CDM)ベースのミセルがタンパク質の薬物動態を改善する性能を試験するためのモデルタンパク質として、血中で凝集し腎排泄が起こる[34]ことが知られているミオグロビンを使用した。ミオグロビンをAlexa Fluor 647で蛍光標識し、ミセルに内包して、in vivo血中滞留及び生体内分布を調べた。
【0086】
蛍光標識myo/mは、非標識ミセルを同様なサイズ分布を示した。静脈注射後、蛍光標識ミセルの血中滞留性を、リアルタイムIV-CLSMによって記録した。
図9a~cに示されるように、共有結合により安定化されたmyo/mは120分を超える半減期を示したが、CC-myo/m(10分)及び遊離ミオグロビン(9分)は短い半減期を示した。さらに、CC‐myo/m及び遊離ミオグロビンは皮膚実組織において強い蛍光シグナルを示したが、myo/mは皮膚へ遊出しなかった。これは、内包したミオグロビンは血中においてミセルから漏出していないことを示す。
【0087】
次に、Alexa Fluor 647標識ポリマー及び非標識ミオグロビンから調製したmyo/m及びCC-myo/mを使用して、in vivo血中滞留性及びポリマーの生体内分布を評価した。myo/mはミオグロビンを標識した場合と同様に120分以上の半減期を示したが、CC-myo/mの半減期はわずか1分であり、5分後には血中では検出されなかった。PEG-p(Lys)は数分以内に血中から急速に排泄されるため、CC-myo/mは血中において不安定であると考えられる。このことは、CC-myoにおける蛍光標識ミオグロビンの半減期がミオグロビン単体の半減期と同程度である(
図9a, b)ことと対応しており、電荷変換されたミオグロビンミセルが血中で急速に分解していることを示している。他方、myo/mは、血中において高い安定性を示している(
図9c、e)。これは、蛍光標識ポリマーPEG-p(Lys-CDM)の血中滞留性が、蛍光標識タンパク質の血中滞留性に対応するためである。
【0088】
ミオグロビン、CC‐myo/m及びmyo/mの生体内分布を、ナノ粒子の排泄に関連する主要器官、すなわち腎臓、肝臓及び脾臓において、投与12時間後に評価した。
細胞核を、画像化の30分前にHoechstを尾静脈投与することにより染色した。次いで、腎臓、肝臓及び脾臓を採取し、ex vivo蛍光イメージング法により観察した。
図10a-cに示すように、遊離ミオグロビン及びCC-ミオグロビンは腎臓に対して高い集積性を示し、これは遊離ミオグロビン及びCC-myo/mの血中からの速やかな排泄と一致する。一方、myo/mミセルは、CC‐myo/m及びミオグロビンと比較して腎臓への集積を抑制し、肝臓に集積した。
【0089】
さらに、Alexa Fluor 647標識PEG-p(Lys)を用いて追跡したCC-myo/mについては、ポリマーの速やかな排泄により、腎臓、肝臓及び脾臓において蛍光シグナルはほとんど検出されなかった(
図10d)。一方、Alexa Fluor 647標識PEG-p(Lys-CDM)を用いて追跡したmyo/mからのシグナルは、主に肝臓で観察され(
図10e)、これは蛍光標識ミオグロビンを内包したmyo/mの分布と一致する(
図10c)。これらの結果は、血中におけるmyo/mの高い安定性を実証しており、in vivo送達を目的としたタンパク質内包ミセルを調製するためにPEG-p(Lys-CDM)が有用であることを示す。
【0090】
3. 結論
本発明者は、ポリイオンコンプレックス及びpH応答性アミド結合の組み合わせによりタンパク質を内包することができる新規高分子PEG-p(Lys-CDM)を用いて、タンパク質内包のためのpH応答性高分子ミセルを開発することに成功した。myo/mをモデルとして使用することにより、これらのミセルがpH 7.4で安定であるがpH 6.5で急速に崩壊することを示した。さらに、ミオグロビンを内包した本発明のミセルは、遊離ミオグロビン及びPIC形成によって単独で集合させたミセルと比較して、in vivoにおいて優れた血中滞留性を示した。さらに、pH 6.5でミセルから放出されたミオグロビンは、天然のミオグロビンと同様の酸素化及び還元能を有することが示され、本発明のミセルがタンパク質の機能を保つことができることを示した。これらの知見は、本発明のミセルが病理学的組織を標的とし、in vivoでタンパク質活性を時空間的に制御するのに有効なタンパク質ナノキャリアとしての可能性を示している。
【0091】
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【0092】
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【0093】
実施例2
1. IL-12内包ミセルの調製
本実施例では、pHを精密制御することによりIL-12内包ミセルを調製した。簡単に述べると、2.5 mgのPEG-P(Lys-CDM)を0.5 mLの20 mMリン酸緩衝液(pH 5)に溶解し、ポリマーが自律会合して空ミセルを形成するのを抑制するために1時間静置した。10 μgのIL-12を0.5 mLの20 mMリン酸緩衝液(pH8)に溶解した。IL-12溶液を5 μL/分の速度でポリマー溶液に撹拌(振盪)下で添加し、続いて6時間連続撹拌(振盪)した。次いで、1 mLの緩衝液(pH 8)を混合物中に添加し、混合溶液を一晩撹拌(振盪)した。
【0094】
内包効率はELISA法により測定した。混合物中の内包されていない遊離IL-12の濃度をELISAキットによって検出し、内包されたIL-12の量を計算した。
その結果、2 mL混合溶液中の遊離IL-12の濃度は1.6 μg/mLであった。IL-12の総濃度は5 μg/mLであるため内包効率は68 %であった。
【0095】
2. IL-12内包ミセルの精製および特性決定
精製は透析法により行った。混合溶液を100 kDaのMWCOを含む透析カセットに装填し、10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4)及び150 mM NaClに対して4 ℃で一晩透析した。次いで、精製ミセル溶液を、Zetasizerによるサイズおよびゼータ電位の測定を行うために、濃度を精密調整した(1 mg/mLのポリマー濃度を有するように調整した)。
その結果、DLSによるz平均サイズは43 nmであり、PDIは0.229であった(
図17)。ミセルの表面はわずかに負に帯電しており、ゼータ電位は-4.1±1.0 mVであった。
【0096】
3. In vitro薬物放出実験
本節では、透析法を再度使用した。精製ミセル溶液を、100 kDaのMWCOを有する透析カセットに装填し、500 mLの10 mMリン酸緩衝液(pH 7.4)+150 mM NaCl、及び500 mLの10 mMリン酸緩衝液(pH 6.5)+150 mM NaClに対して、室温下で別々に透析した。所定の時点で溶液をカセットの外側から採取し、サンプル中のIL-12濃度をELISA法によって決定した。
その結果、ミセルはpH応答性を示した。30時間後、pH 6.5下でのIL-12の放出量は、pH 7.4下での放出量の約4倍であった(
図18)。
【0097】
4. In vitro細胞実験
本節では、ミセル及び放出されたIL-12の生理活性を評価するためにマウス脾細胞からのINF-γ分泌量を測定した。
9週齢のBALBマウスを屠殺し、脾臓から脾細胞を採取した。次いで、採取した脾細胞を、ウェルあたり1×105細胞の濃度で96ウェルプレートに播種した。ミセル溶液を緩衝液(pH 5)に対して透析し、次いで、濃度を調整するために外部溶液を超遠心分離することによりミセルから放出されたIL-12を単離した。ミセル及び放出されたIL-12を異なる濃度でウェルに添加し、天然IL-12を標準として使用した。24時間及び48時間の静置後に各ウェル中の上清を除去し、INF-γ濃度をELISAキットにより測定した。
【0098】
その結果、24時間後において、IL-12内包ミセルにおいて放出されたIL-12よりも有意にINF-γ濃度の増加を抑制したことから、ミセル化によりIL-12の受容体への結合を抑制したことを示している(
図19)。放出されたIL-12と天然のIL-12との間の差は有意ではなく、ミセル化は内包したタンパク質の生理活性に影響を及ぼさないことを示している。48時間後では、3群間の差は減少した。この現象は、ミセルの崩壊に起因するものである。