(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-06
(45)【発行日】2022-06-14
(54)【発明の名称】絶縁電線およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 7/02 20060101AFI20220607BHJP
H01B 13/16 20060101ALI20220607BHJP
【FI】
H01B7/02 Z
H01B7/02 A
H01B13/16 B
(21)【出願番号】P 2018069823
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2020-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000005290
【氏名又は名称】古河電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【氏名又は名称】上島 類
(74)【代理人】
【識別番号】100143959
【氏名又は名称】住吉 秀一
(72)【発明者】
【氏名】金 容薫
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/186263(WO,A1)
【文献】特開2014-225433(JP,A)
【文献】特開2011-000816(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/02
H01B 13/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層と、を備え、
前記導体がカーボンナノチューブからなり、
前記絶縁被覆層を構成する材料が、
環状エステルオリゴマーの開環重合により生成されるポリエステル系樹脂であり、
前記絶縁被覆層の厚さが、30μm以下である絶縁電線。
【請求項2】
前記絶縁被覆層が単層である、請求項1に記載の絶縁電線。
【請求項3】
(a)環状エステルオリゴマーを該環状エステルオリゴマーの融点をTmとした場合、Tm+1℃~Tm+31℃で予熱処理する工程と、
(b)導体上に、前記工程(a)において予熱処理した環状エステルオリゴマーをTm+1℃~Tm+31℃で被覆する工程と、
(c)前記工程(b)において被覆した環状エステルオリゴマーを、Tm+31℃~Tm+280℃で熱処理し、厚さが30μm以下の絶縁被覆層を形成する工程と、を含む、絶縁電線の製造方法。
【請求項4】
前記工程(b)において、前記環状エステルオリゴマーを、被覆用ダイを用いて被覆する、請求項3に記載の絶縁電線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極細電線の適用に好適な、絶縁特性に優れた絶縁電線、特に薄肉絶縁電線に関する。また、ピンホールの形成を抑制しつつ、肉厚の薄い絶縁電線を効率的に製造可能な絶縁電線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報通信機器、医療用機器、自動車部品、電子回路等の小型化、軽量化に伴い、電線の極細化、軽量化が要求されている。このような極細電線のニーズが高まる中、肉厚の薄い絶縁性樹脂による導体の被覆は非常に有用である。絶縁性樹脂の材料として、ポリアミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂等の熱硬化性樹脂が挙げられ、これらはエナメル樹脂としても広く知られている。
【0003】
エナメル樹脂により導体を被覆する場合、一般にエナメル樹脂の焼付が行われる。例えば、特許文献1には、銅線等の導体の表面に、エナメル樹脂の前駆体が適切な溶剤に溶解されているワニスを被覆し、次いで、その銅線を加熱(焼付)してワニスを硬化させることにより、導体の表面にエナメル樹脂が被覆されたエナメル線を作製することが記載されている。しかしながら、焼付工程によりワニス中の溶剤が蒸発する際、絶縁被覆の表面にピンホールが形成される傾向にある。絶縁性の低下を招くピンホールの形成を抑制するため、通常、ワニスの重ね塗りが実施されているものの、被覆工程の増大は生産上非効率である。
【0004】
導体に樹脂を被覆する技術として、エナメル樹脂の焼付の他に、熱可塑性樹脂による押出被覆も広く知られている。例えば、特許文献2には、熱可塑性樹脂として塩化ビニル樹脂を含有する塩化ビニル組成物を、導体の外周上に押出被覆することにより絶縁被覆を形成し、次いで、絶縁被覆を架橋することにより、絶縁電線を作製することが記載されている。しかしながら、熱可塑性樹脂は、エナメル樹脂と比べて比較的粘度が高い。そのため、肉厚が薄い、例えば30μm以下の絶縁被覆の形成は極めて困難であり、押出被覆による絶縁性樹脂の薄肉化は実現されていない。
【0005】
一方、環状エステルオリゴマーの開環重合反応により高分子化された樹脂を、絶縁被覆として用いる被覆電線についても提案されている。例えば、特許文献3には、環状エステルオリゴマーを、150~300℃の温度で環状エステルオリゴマーの重合反応率が80%以上に達するまで加熱混合し、得られた熱可塑性エラストマーにエステル重合反応抑制剤を加熱混合して得られる、電線被覆用熱可塑性エラストマー組成物について開示されている。しかしながら、特許文献3に開示されている技術では、環状エステルオリゴマーを高分子化し、得られた熱可塑性エラストマー自体を電線の被覆材料として用いている。そのため、熱可塑性樹脂自体を被覆工程の材料としている特許文献2と同様、肉厚が薄い絶縁被覆の形成は困難である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2017-130405号公報
【文献】特開2015-147846号公報
【文献】特開2012-221834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記事情に鑑み、本発明の目的は、極細電線の適用に好適な、絶縁特性に優れた絶縁電線、特に薄肉絶縁電線を提供することである。
【0008】
また、本発明の他の目的は、ピンホールの形成を抑制しつつ、肉厚の薄い絶縁被覆を効率的に製造可能な絶縁電線の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記問題に対して鋭意検討を行った結果、絶縁被覆層の材料として、比較的低粘度の状態の環状エステルオリゴマーを導体上に被覆した後、当該環状エステルオリゴマーを高分子化して、ポリエステル系樹脂の絶縁被覆層を形成することにより、肉厚の薄い絶縁被覆を製造できるとの知見を得た。また、環状エステルオリゴマーの被覆工程において、ピンホールの形成の要因となり得る溶剤が環状エステルオリゴマー中にほとんど含まれていないため、ピンホールの形成を抑制することができ、その結果、極細電線の適用に好適な、絶縁特性に優れた絶縁電線が得られることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨構成は、以下の通りである。
[1]導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層と、を備え、
前記絶縁被覆層を構成する材料が、ポリエステル系樹脂であり、
前記絶縁被覆層の厚さが、30μm以下である、絶縁被覆。
[2]前記導体が、銅、銅合金、金、アルミニウム、アルミニウム合金およびカーボンナノチューブからなる群から選択される、上記[1]に記載の絶縁電線。
[3]前記絶縁被覆層が単層である、上記[1]または[2]に記載の絶縁電線。
[4](a)環状エステルオリゴマーを該環状エステルオリゴマーの融点(Tm)より高い温度で予熱処理する工程と、
(b)導体上に、前記工程(a)において予熱処理した環状エステルオリゴマーを前記融点(Tm)より高い温度で被覆する工程と、
(c)前記工程(b)において被覆した環状エステルオリゴマーを、前記工程(b)の温度より高い温度で熱処理し、絶縁被覆層を形成する工程と、を含む、絶縁電線の製造方法。
[5]前記工程(b)において、前記環状エステルオリゴマーを、被覆用ダイを用いて被覆する、上記[4]に記載の絶縁電線の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、絶縁電線が、導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層と、を備え、絶縁被覆層を構成する材料が、ポリエステル系樹脂であり、絶縁被覆層の厚さが、30μm以下であることにより、極細電線の適用に好適な、絶縁特性に優れた絶縁電線、特に薄肉絶縁電線を提供することができる。
【0012】
本発明によれば、絶縁電線の製造方法が、(a)環状エステルオリゴマーを該環状エステルオリゴマーの融点(Tm)より高い温度で予熱処理する工程と、(b)導体上に、前記工程(a)において予熱処理した環状エステルオリゴマーを前記融点(Tm)より高い温度で被覆する工程と、(c)前記工程(b)において被覆した前記環状エステルオリゴマーを、前記工程(b)の温度より高い温度で熱処理し、絶縁被覆層を形成する工程と、を含むことより、ピンホールの形成を抑制しつつ、肉厚の薄い絶縁被覆を効率的に製造可能な絶縁電線の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に、本発明の実施形態である絶縁電線について説明する。なお、以下において、「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0014】
<絶縁電線>
本発明に係る絶縁電線は、導体と、該導体を被覆する絶縁被覆層と、を備えている。また、絶縁被覆層を構成する材料が、ポリエステル系樹脂であり、絶縁被覆層の厚さが、30μm以下である。すなわち、導体上に被覆されている絶縁被覆層は、厚さが薄く、かつ、機械的強度が高い熱可塑性樹脂で構成されている。このような本発明に係る絶縁電線を採用することにより、絶縁特性に優れ、特に、極細電線に適用可能な薄肉絶縁電線として有用である。
【0015】
[導体]
本発明に用いる導体は、銅、銅合金、金、アルミニウム、アルミニウム合金およびカーボンナノチューブからなる群から選択されることが好ましく、導体の極細化の観点からカーボンナノチューブであることがより好ましい。また、導体の断面形状は、特に限定されるものではなく、円形、楕円形、矩形等であってもよい。導体の線径は、特に限定されるものではないが、極細電線でも連続した被覆工程において導体の切れがなく、安定して絶縁電線の製造が可能である観点から、例えば、0.3mm以下であることが好ましく、また、極細線として使用する場合、0.25mm以下であることがより好ましい。
【0016】
[絶縁被覆層]
絶縁被覆層を構成する材料は、ポリエステル系樹脂であり、このような樹脂は、後述する環状エステルオリゴマーの開環重合により生成される。このようなポリエステル系樹脂は、特に限定されるものではないが、環状C2-5アルキレンテレフタレートオリゴマーの開環重合体からなるポリエステル樹脂が好ましく、環状C2-4アルキレンテレフタレートオリゴマーの開環重合体からなるポリエステル樹脂がより好ましく、環状ブチレンテレフタレートオリゴマーの開環重合体からなるポリブチレンテレフタレート樹脂が特に好ましい。また、環状エステルオリゴマーの開環重合により得られるポリエステル系樹脂の質量平均分子量Mwは、特に限定されるものではないが、10,000~100,000g/molであることが好ましく、20,000~100,000g/molであることがより好ましい。また、絶縁被覆層の厚さは、30μm以下であり、20μm以下であることが好ましい。絶縁被覆層の厚さが30μm以下であることにより、極細電線の適用に好適な薄肉絶縁電線を得ることができる。
【0017】
絶縁被覆層は、単層であっても複数の層が重なった積層であってもよいが、薄肉化の観点から単層であることが好ましい。絶縁被覆層が積層である場合、積層される各層の材料は、互いに同じであってもよく、異なっていてもよい。なお、本発明において、絶縁被覆層が積層である場合、各層の合計の厚さが30μm以下であることを意味する。
【0018】
絶縁特性を向上させるため、絶縁被覆層の表面の、長手方向に沿って5mの範囲内に観察されるピンホールの数は、10個以下であることが好ましく、5個以下であることがより好ましく、3個以下であることがより一層好ましく、1個以下であることがさらに好ましく、0個であることが特に好ましい。この絶縁被覆層の表面に形成されるピンホールの数が少ないほど、絶縁特性に優れた絶縁電線を得ることができる。また、ピンホールの数は、例えば、エナメル線の試験方法として知られているJIS C 3216-5:2011に基づき測定することができる。尚、測定対象としての5mの範囲は、絶縁被覆層の表面の長手方向に沿って任意の5mの長さの範囲を意味する。
【0019】
<絶縁電線の製造方法>
次に、本発明に係る絶縁電線の製造方法について説明する。
【0020】
本発明によれば、絶縁電線の製造方法が、(a)環状エステルオリゴマーを該環状エステルオリゴマーの融点(Tm)より高い温度で予熱処理する工程と、(b)導体上に、工程(b)において予熱処理した環状エステルオリゴマーを融点(Tm)より高い温度で被覆する工程と、(c)工程(b)において被覆した前記環状エステルオリゴマーを、工程(b)の温度より高い温度で熱処理し、絶縁被覆層を形成する工程と、を含むことより、ピンホールの形成を抑制しつつ、肉厚の薄い絶縁被覆を効率的に製造することができる。
【0021】
[環状エステルオリゴマー]
本発明の製造方法で使用する環状エステルオリゴマーは、所定の加熱下での開環重合反応によって高分子(開環重合体)へと転化したポリエステルを得ることができれば、特に限定されるものではない。しかしながら、一般的に、環状エステルオリゴマーの多量体を使用する場合、加熱下での開環重合反応が低下し、得られるポリエステル系樹脂において低分子量成分が多くなる傾向にある。そのため、環状エステルオリゴマーは、2量体~5量体であることが好ましい。6量体以上の環状エステルオリゴマーでは、加熱下での開環重合反応が低下し、十分に高分子化したポリエステル系樹脂を得ることが困難となる傾向にあるためである。また、環状エステルオリゴマーとして、溶剤不含の環状エステルオリゴマーを使用することが好ましい。このような状エステルオリゴマーを使用することにより、溶剤の蒸発に伴うピンホールの形成を抑制することができる。なお、溶剤不含とは、使用する環状エステルオリゴマー中に被覆工程において溶剤を意図的に添加しないことを意味する。また、工程(a)の予熱処理において、環状エステルオリゴマーを溶融流動させる場合、使用する環状エステルオリゴマーの融点は、100~250℃の範囲であることが好ましく、120~230℃の範囲であることがより好ましい。
【0022】
環状エステルオリゴマーの具体例として、例えば、環状エチレンテレフタレートオリゴマー、環状プロピレンテレフタレートオリゴマー、環状ブチレンテレフタレートオリゴマーなどの環状C2-5アルキレンテレフタレートオリゴマー、環状シクロヘキサンジメチレンテレフタレートオリゴマー、環状エチレンナフタレート、環状エチレンナフタレート、環状プロピレンナフタレート、環状ブチレンナフタレートなどを使用することができる。これらは、それぞれ単独で使用しても、混合物として使用しもよい。特に、環状C2-4アルキレンテレフタレートオリゴマーが好ましく、転化後のポリエステル樹脂の特性の点から、環状ブチレンテレフタレートオリゴマーがより好ましい。このような環状エステルオリゴマーは、市販品であっても合成品であってもよい。環状ブチレンテレフタレートオリゴマーの市販品としては、例えば、サイクリックス社(Cyclics社)の2量体~5量体を含む環状ブチレンテレフタレートオリゴマー(商品名:CBT(登録商標))等を使用することができる。
【0023】
環状エステルオリゴマーを所定の温度の加熱下で開環重合反応させ、ポリエステル系樹脂へと転化させる場合、反応を促進せるため、環状エステルオリゴマーに重合触媒を添加することが好ましい。重合触媒としては、モノまたはジアルキルスズ(iv)オキシド、モノまたはジアルキルスズアルコキシド、スズオキサシクロアルカン、スタンナン系スズ化合物、スピロ系スズ化合物等の有機スズ化合物、チタン酸エステル触媒等を使用することができる。
【0024】
有機スズ化合物の具体例としては、例えば、ジ-n-ブチルスズ(iv)オキシド、ジ-n-オクチルスズ(iv)オキシドのようなジアルキルスズ(iv)オキシド、ジ-n-ブチルスズ(iv)ジ-n-ブトキシド、2,2-ジ-n-ブチル-2-スズ-1,3-ジオキサシクロヘプタンのような非環式および環式ジアルキルスズ(iv)ジアルコキシド、トリブチルスズエトキシド等が挙げられる。有機スズ化合物は、市販品であっても合成品であってもよい。有機スズ化合物の市販品としては、例えば、ARKEMA社のFASCAT(登録商標)シリーズとして、商品名FASCAT4100(Butylstannoic acid)、FASCAT4101(Butylchlorotin dihydroxide)、FASCAT4102(Butyltin tris-2-ethylhexanoate)等が挙げられるが、特に限定されるものではない。加工性、重合性の観点から、特に、FASCAT4101の使用が好ましい。
【0025】
チタン酸エステル触媒の具体例としては、例えば、チタン酸イソプロピル、チタン酸2-エチルヘキシルおよびチタン酸テトラキス-(2-エチルヘキシル)等が挙げられる。
【0026】
このような重合触媒は、環状エステルオリゴマー中に0.001~2モル%添加し、分散・混合して使用することが好ましく、0.005~1モル%添加することが特に好ましい。重合触媒の量が、0.001モル%未満である場合、開環重合反応が不十分となり、長時間重合が必要となる傾向にある。一方、重合触媒の量が、2モル%を超える場合、加熱溶融の段階で重合反応が進み過ぎ、溶融粘度が上昇し、流動性が大幅に低下する傾向にある。
【0027】
環状エステルオリゴマーと重合触媒は、ドライブレンドの後、80℃で一晩減圧乾燥し水分を500ppm以下にすることが好ましい。
【0028】
また、本発明の目的を損なわない範囲内であれば、フィラー、難燃剤等の各種添加剤を、環状エステルオリゴマー中に適宜配合してもよい。
【0029】
[工程(a)]
工程(a)では、環状エステルオリゴマーを該環状エステルオリゴマーの融点(Tm)よりも高い温度で予熱処理を行う。予熱処理工程の温度の上限値として、環状エステルオリゴマーが開環重合する温度(以下「開環重合温度」ともいう)よりも低い温度であることが好ましい。このような予熱処理の温度範囲は、Tm+1℃~Tm+31℃の温度範囲であることが好ましく、Tm+1℃~Tm+21℃での温度範囲であることがより好ましい。例えば、139℃の融点を有するCBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)を使用する場合、140~170℃の温度範囲で予熱処理を行うことが好ましく、140~160℃の温度範囲で予熱処理を行うことがより好ましい。予熱処理の温度が融点(Tm)以下では、流動性が劣り、さらには溶融して得られる樹脂が白濁して外観状態も好ましくない。一方、予熱処理の温度が開環重合温度以上では、開環重合反応の進行が早く、粘度が上昇し、流動性が低下する恐れがある。
【0030】
[工程(b)]
工程(b)では、導体上に、工程(a)において予熱処理した環状エステルオリゴマーを環状エステルオリゴマーの融点(Tm)よりも高い温度で被覆する。被覆工程の温度の上限値として、開環重合温度よりも低い温度で被覆することが好ましい。このような被覆工程における温度範囲は、Tm+1℃~Tm+31℃の温度範囲であることが好ましく、Tm+1℃~Tm+21℃の温度範囲であることがより好ましい。すなわち、工程(b)では、導体上に、工程(a)において予熱処理した環状エステルオリゴマーを工程(a)の温度範囲で被覆することが好ましい。また、工程(b)において、環状エステルオリゴマーを、被覆用ダイを用いて被覆することが好ましい。環状エステルオリゴマーを融点より高い温度で溶融流動させるため、被覆用ダイに注入させる際の環状エステルオリゴマーの温度は、例えば、工程(a)において139℃の融点を有するCBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)が使用されている場合、導体上に、工程(a)で予熱処理したCBTを140℃~170℃の温度範囲で被覆することが好ましく、140~160℃の温度範囲で被覆することがより好ましい。被覆温度が融点(Tm)以下では、流動性が劣り、被覆が困難となる。一方、被覆温度が開環重合温度以上では、開環重合反応の進行が早く、粘度が上昇し、流動性が低下することにより、同様に被覆が困難となる傾向にある。また、被覆用ダイは、特に限定されるものではなく、光ファイバー被覆等で使用される従来公知の被覆用ダイを使用することができる。
【0031】
被覆時の環状エステルオリゴマーの溶融粘度は、0.5~50Pa・sの範囲であることが好ましく、0.8~30Pa・sの範囲であることがより好ましく、1.0~15Pa・sの範囲であることがさらに好ましい。溶融粘度が0.5Pa・s未満では、溶融粘度が低すぎるため、均一な被覆が困難となる傾向にあり、一方、溶融粘度が50Pa・sを超えると、流動性が低下し、薄肉での被覆が困難となる傾向にある。環状エステルオリゴマーの粘度調整は、特に限定されるものではないが、工程(a)における予熱処理の時間によって調整することができる。例えば、CBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)は、150℃の温度条件下で10分~130分の範囲で熱処理することで、0.8Pa・s~50Pa・sの範囲の溶融粘度に調整することができる。また、被覆時の温度が上がると開環重合反応の進行が早くなり、熱処理時間はより短くなる。例えば、170℃の温度条件下では10分~20分の範囲で熱処理することで、0.8Pa・s~50Pa・sの範囲の溶融粘度に調整することができる。
【0032】
環状エステルオリゴマーを溶融させた後、例えば、150℃の温度条件下で130分以内に、溶融した環状エステルオリゴマーを被覆用ダイの内部へ注入することが好ましい。注入までの時間が130分を超えると、開環重合反応が進行し始め、粘度が上昇し、流動性が低下する恐れがある。
【0033】
被覆用ダイの設定温度は、例えば、139℃の融点を有するCBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)の場合、流動性の観点から140℃~170の範囲が好ましく、140℃~160の範囲がより好ましい。好ましい。設定温度が140℃未満の場合、流動性が不十分であるため、被覆が困難となる傾向にあり、一方、設定温度が170℃を超えると、重合反応が進行し過ぎて粘度が上昇し、流動性の低下により、薄肉での被覆が困難となる傾向にある。
【0034】
被覆用ダイ内の環状エステルオリゴマーの滞留時間は、例えば、工程(a)においてCBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)が使用されている場合、150℃の温度条件下で工程(a)の予熱時間と合わせて、130分以内であることが好ましい。滞留時間が130分を超えると、開環重合反応が進行して粘度が上昇し、流動性が低下する恐れがある。被覆時の温度が上がると開環重合反応の進行が早くなり、例えば、170℃の温度条件下では、工程(a)の予熱時間と合わせて、20分以内であることが好ましい。
【0035】
[工程(c)]
工程(c)では、工程(b)において被覆した環状エステルオリゴマーを、工程(b)の温度より高い温度で熱処理し、好ましくはTm+31℃より高く300℃以下の温度範囲で、より好ましくはTm+51℃~280℃の温度範囲で熱処理し、絶縁被覆層を形成する。この熱処理により、導体上に被覆された環状エステルオリゴマーを開環重合させて、所望とするポリエステル系樹脂の絶縁被覆層を形成することができる。例えば、工程(a)においてCBT(重合触媒として、FASCAT4101を0.3mol%含有)が使用されている場合は、170より高く300℃以下の温度範囲で熱処理を行うことが好ましく、190~280℃の温度範囲で熱処理を行うことがより好ましい。熱処理の温度が工程(b)の温度以下では、開環重合反応によりポリエステル系樹脂へ高分子化させるまでに長時間要する恐れがあり、電線製造の連続工程で好ましくない。さらに、低分子量成分、オリゴマー等が残留する恐れがあり、特に、低分子量成分の残存はダイの汚染等の悪影響を及ぼすことがある。一方、熱処理の温度が300℃を超えると、得られたポリエステル系樹脂が熱により劣化してしまう恐れがある。
【0036】
開環重合は、環状エステルオリゴマーの開環重合が十分に進行するまで行うことが好ましい。このような観点から、重合反応率が好ましく80%以上、より好ましくは85%以上、特に好ましくは90%以上となるように環状エステルオリゴマーの開環重合反応を行うことが好ましい。
【0037】
また、本発明の目的を損なわない範囲内であれば、開環重合反応において、重合反応抑制剤、粘度調製剤等の各種添加剤を、必要に応じて、適宜添加してもよい。
【0038】
このように、本発明に係る製造方法では、原材料として比較的低粘度の状態の環状エステルオリゴマーを導体上に被覆した後、当該環状エステルオリゴマーの開環重合反応により高分子化し、導体上に得られたポリエステル系樹脂の絶縁被覆層を形成する。本発明に係る製造方法が、このような工程を含むことにより、ピンホールの形成を抑制しつつ、少ない重ね塗り工程、特に、1回の被覆工程でも絶縁性の高い薄肉絶縁被覆を効率的に製造することができる。また、このようにして得られた本発明に係る絶縁電線は、絶縁特性に優れた薄肉絶縁電線として有効に使用することができる。
【0039】
<特性>
[絶縁特性]
本発明に係る絶縁電線は、絶縁特性として、絶縁被覆層の厚さに対する絶縁破壊電圧が、30V/μm以上であることが好ましく、50V/μm以上であることがより好ましい。絶縁破壊電圧が30V/μm未満であると、近年、要求されている絶縁特性の基準としては不十分である。
【0040】
本発明に係る絶縁電線は、情報通信機器、医療用機器、電気機器、自動車部品、電子回路等の様々な用途に使用することができるが、なかでも、車両用の絶縁電線、特に極細電線としての使用に好適である。
【実施例】
【0041】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0042】
<絶縁電線の作製>
実施例1~3、比較例1~5について、以下のようにして絶縁電線を作製した。
【0043】
[実施例1]
環状ブチレンテレフタレートオリゴマー(商品名:CBT100(Cyclics社))に対し、重合触媒としてFASCAT4101(ARKEMA社)を0.3モル%添加し、ドライブレンドした後、80℃で一晩減圧乾燥し水分を500ppm以下にした。その後、150℃で10分間、予熱処理(このときの粘度η=1Pa・s)をし、環状ブチレンテレフタレートオリゴマーを溶融させた(工程(a))。予熱処理した環状ブチレンテレフタレートオリゴマーを150℃に設定した被覆用ダイ内に注入し、導体としての銅線(φ:0.21mm)上に被覆した(工程(b))。さらに、被覆した環状ブチレンテレフタレートオリゴマーを、240℃で3分間熱処理(工程(c))を行い、開環重合反応をさせて、最終的に環状ブチレンテレフタレートオリゴマーの開環重合体であるポリブチレンテレフタレート樹脂からなる絶縁被覆層(絶縁被覆層の厚さ:15μm)を有する絶縁電線を作製した。
【0044】
[実施例2]
銅線の代わりにアルミニウム線(φ:0.21mm)を使用した以外は、実施例1と同一条件下で絶縁電線(絶縁被覆層の厚さ:16μm)を作製した。
【0045】
[実施例3]
銅線の代わりにCNT(カーボンナノチューブ)紡糸線(φ:0.23mm)を使用した以外は、実施例1と同一条件下で絶縁電線(絶縁被覆層の厚さ:14μm)を作製した。
【0046】
[比較例1]
銅線(φ:0.21mm)上に、270℃で押出絶縁被覆によって市販のポリブチレンテレフタレート(PBT、商品名:B4500、(BASF社))樹脂を被覆し、ポリブチレンテレフタレート樹脂からなる絶縁被覆層(絶縁被覆層の厚さ:51μm)を有する絶縁電線を作製した。
【0047】
[比較例2]
銅線の代わりにアルミニウム線(φ:0.21mm)を使用した以外は、比較例1と同一条件下で絶縁電線(絶縁被覆層の厚さ:53μm)を作製した。
【0048】
[比較例3]
銅線の代わりにCNT紡糸線(φ:0.23mm)を使用した以外は、比較例1と同一条件下で絶縁電線(絶縁被覆層の厚さ:55μm)を作製した。
【0049】
[比較例4]
銅線(φ:0.21mm)上に、市販のポリウレタンワニス(商品名:TPU6100(東特塗料社))をフェルトで被覆した後、310℃で1回焼付することにより、ポリウレタン樹脂からなる絶縁被覆層(絶縁被覆層の厚さ:1μm)を有する絶縁電線を作製した。
【0050】
[比較例5]
ウレタンワニスの被覆および焼付けを10回繰り返した以外は、比較例4と同一条件下で絶縁電線(絶縁被覆層の厚さ:15μm)を作製した。
【0051】
<測定項目>
[絶縁被覆層の厚さ]
【0052】
上記のようにして作製した絶縁電線について、以下の評価を行った。
【0053】
[クレージング]
絶縁電線のサンプルを歪量1%まで伸長し、クレージングの有無を15倍の拡大鏡で観察した。
【0054】
[ピンホール]
簡易評価として、5mの絶縁電線のサンプルを0.2%食塩水中に浸し、12Vの直流電圧を1分間印加し、ピンホールの有無を目視で観察した。
【0055】
[絶縁破壊電圧]
JIS C3216-5:2011に基づき、約700mmの素線の絶縁電線サンプルを機械撚り機によりツイストサンプルとし、絶縁破壊電圧を測定した。絶縁破壊電圧の値を、2本のツイストサンプルの絶縁被覆層の厚さで割って、絶縁被覆層の厚さに対する絶縁破壊電圧(V/μm)を算出した。
【0056】
作製した絶縁電線の測定および評価結果について、下記表1に示す。
【0057】
【0058】
表1に示すように、本発明に係る製造方法により作製した実施例1~3では、ピンホールの数が0個であり、絶縁特性に優れていた。また、1回の被覆工程で、厚さが14~16μmの非常に薄い薄肉絶縁被覆が得られた。
【0059】
一方、押出絶縁被覆によりポリブチレンテレフタレートを直接導体に被覆した比較例1~3では、ピンホールの数が0個であり、絶縁特性に優れていたものの、1回の被覆工程で、膜厚は30μmを超えていた。そのため、所望とする薄肉絶縁被覆を得ることができなかった。
【0060】
また、従来のエナメル樹脂(ウレタン樹脂)の焼付を利用した比較例4~5を参照すると、導体にポリウレタン樹脂の被覆および焼付を1回しか実施していない比較例4では、ピンホールの数が10個を超えており、絶縁特性が非常に劣っていた。一方、ポリウレタン樹脂の被覆および焼付を10回実施した比較例5では、ピンホールの数が0個であり、絶縁特性には優れていたものの、このような特性を得るには、10回の被覆工程を要した。そのため、1回の被覆工程で優れた絶縁特性が得られた実施例1~3に比べて、薄肉絶縁被覆の製造は非効率であった。