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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-07
(45)【発行日】2022-06-15
(54)【発明の名称】脊髄小脳変性症31型抑制剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4375 20060101AFI20220608BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220608BHJP
【FI】
A61K31/4375
A61P25/28
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018073666
(22)【出願日】2018-04-06
(65)【公開番号】P2019182767
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2021-01-29
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】特許業務法人アスフィ国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(72)【発明者】
【氏名】中谷 和彦
(72)【発明者】
【氏名】柴田 知範
(72)【発明者】
【氏名】永井 義隆
(72)【発明者】
【氏名】上山 盛夫
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/029660(WO,A1)
【文献】Organic Letters,2017年,vol.19, no,16,pp.4163-4166
【文献】ACS Chem Biol,2016年,Vol.11,pp.2790-2796
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 25/00-25/36
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表される化合物を有効成分として含有することを特徴とする脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【化1】
[式中、
XおよびYは=N-基であり;
Zはm個の括弧内の構造を互いに結合するm価のリンカー基を示し;
mは、2以上、4以下の整数を示し;
αは、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、水酸基、ハロゲノ基、アミノ基、モノ(C1-6アルキル)アミノ基、ジ(C1-6アルキル)アミノ基、ニトロ基およびシアノ基から必須的になる群より選択される1以上の置換基を示し;
lは、0以上、4以下の整数を示し;
2以上の括弧内の構造は、互いに同一であっても異なっていてもよい。]
【請求項2】
上記リンカー基が、C1-6アルキレン基、アミノ基、エーテル基、チオエーテル基、カルボニル基、チオニル基、エステル基、アミド基、ウレア基、チオウレア基およびウレタン基から必須的になる群より選択される2以上の基が結合された基である請求項1に記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【請求項3】
αがC1-6アルキル基であり且つlが1である請求項1または2に記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【請求項4】
置換基αがXに隣接する炭素に結合している請求項1~のいずれかに記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脊髄小脳変性症31型の原因となる(UGGAA)の作用を直接阻害し、症状を根本的に改善する脊髄小脳変性症31型抑制剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
脊髄小脳変性症(SCA)は、小脳、脳幹、脊髄などの神経組織に異常が生じ、体を動かすことはできるものの意思通りに動かすことができなくなる運動失調症状を伴う疾患の総称である。
【0003】
SCAのうち脊髄小脳変性症31型(SCA31)は、難治性の遺伝性神経変性疾患であり、16番染色体中のBEAN(Brain Expressed Associated with NEDD4)とTK2(Thymidine Kinase 2)が共有するイントロンに、(TGGAA)n、(TAGAA)n、(TAAAA)nおよび(TAAAATAGAA)n等のペンタヌクレオチドの繰り返し配列が挿入されることよって引き起こされる。これらのペンタヌクレオチド繰り返し配列のうち(TGGAA)nは病原性であり、脊髄小脳変性症31型に特異的である。
【0004】
詳しくは、(TGGAA)から転写される毒性の(UGGAA)が核内でRNA結合タンパク質と結合してRNA凝集体を形成し、神経細胞の脱落を引き起こす。また、(UGGAA)が核内から細胞質へ送達されると、複数の当該ペンタヌクレオチドにより形成されるループ構造が起点となったり、また(UGGAA)中に含まれるAUG配列が開始コドンであることから、翻訳が促進される。その結果、Trp-Asn-Gly-Met-Gluの繰り返し構造を有する不溶性の異常タンパク質凝集体が細胞質内に蓄積する。
【0005】
上記の様なリピートRNAの毒性を抑制するための方法として、リピートRNAを標的としたアンチセンス核酸(ASO)により標的リピートRNAと二重鎖を形成させてリピートRNAの機能を阻害する方法が知られている(非特許文献1)。また、RNA結合タンパク質(RBP)を用い、リピートRNAの異常なフォールディングを解消して毒性を抑制する方法も知られている(非特許文献2)。しかしこの様な生体高分子を用いる方法は、従来の核酸や抗体を用いるバイオ医薬品のように、高薬価や腎毒性の問題や、ドラッグデリバリーが難しいという問題がある。
【0006】
一方、脊髄小脳変性症の治療薬として低分子のものも開発されている(特許文献1~8)。しかし遺伝性の神経変性疾患である脊髄小脳変性症31型は、たとえその症状を軽減したとしても、リピートRNAの発現や働きを抑制しない限り根本的な治療にはなり得ない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開昭63-290876号公報
【文献】国際公開第96/003989号パンフレット
【文献】国際公開第99/063989号パンフレット
【文献】特開2003-063988号公報
【文献】特表2008-512344号公報
【文献】特開2013-10776号公報
【文献】特開2015-160819号公報
【文献】特開2017-14198号公報
【文献】特開2003-259899号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Thurman M.Wheeler1ら,Science,325,pp.336-339(2009)
【文献】Ishiguro T.ら,Neuron,94(1),pp.108-124(2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、脊髄小脳変性症の治療薬は種々検討されているものの、脊髄小脳変性症の中でも脊髄小脳変性症31型の原因であるリピートRNAに作用する低分子化合物は未だ報告されておらず、脊髄小脳変性症31型の根本的な治療手段は存在していないのが実情である。
そこで本発明は、脊髄小脳変性症31型の原因であるリピートRNAに直接作用してその毒性を軽減する低分子化合物を有効成分とする脊髄小脳変性症31型抑制剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、本発明者らがミスマッチ塩基を認識してミスマッチ塩基対を検出するためのものとして開発した化合物が、脊髄小脳変性症31型の原因となる(UGGAA)nに結合してその働きを阻害し、脊髄小脳変性症31型を軽減できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0011】
[1] 下記式(I)で表される化合物を有効成分として含有することを特徴とする脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【化1】
[式中、
XおよびYは、独立して=N-基または=CH-基を示し、XおよびYの少なくとも一方は=N-基であり;
Zはm個の括弧内の構造を互いに結合するm価のリンカー基を示し;
mは、2以上、4以下の整数を示し;
αは、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、水酸基、ハロゲノ基、アミノ基、モノ(C1-6アルキル)アミノ基、ジ(C1-6アルキル)アミノ基、ニトロ基およびシアノ基から必須的になる群より選択される1以上の置換基を示し;
lは、0以上、4以下の整数を示し;
2以上の括弧内の構造は、互いに同一であっても異なっていてもよい。]
【0012】
[2] 上記リンカー基が、C1-6アルキレン基、アミノ基、エーテル基、チオエーテル基、カルボニル基、チオニル基、エステル基、アミド基、ウレア基、チオウレア基およびウレタン基から必須的になる群より選択される2以上の基が結合された基である上記[1]に記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【0013】
[3] XおよびYが=N-基である上記[1]または[2]に記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【0014】
[4] αがC1-6アルキル基であり且つlが1である上記[1]~[3]のいずれかに記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【0015】
[5] 置換基αがXに隣接する炭素に結合している上記[1]~[4]のいずれかに記載の脊髄小脳変性症31型抑制剤。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤は、有効成分として低分子化合物を含む。よって、核酸やタンパク質などの生体高分子を有効成分とする薬剤に比して、ヌクレアーゼやプロテアーゼなどによる分解の問題が少ない。また、本発明者らによる実験的知見により、有効成分である低分子化合物は、脊髄小脳変性症31型の原因であるRNAリピート(UGGAA)nに結合してその作用を顕著に低減することが明らかにされている。即ち、本発明薬剤の有効成分である低分子化合物は、脊髄小脳変性症31型の原因を直接取り除くことができるため、本発明薬剤は脊髄小脳変性症31型の予防手段または治療手段として実際に活用できる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明化合物を含むか或いは含まない(UGGAA)9RNA試料、(UAGAA)9RNA試料、および(UAAAA)9RNA試料の差吸光度と温度との関係を示す融解温度曲線グラフである。
図2図2は、本発明化合物を含まないか或いは5~40μMの濃度で含むUGGAA/UGGAAモチーフを含むRNA試料のマススペクトルである。
図3図3は、本発明化合物を含むか或いは含まない培地中で培養し、(UGGAA)76を含むRNA凝集体を蛍光標識した細胞の蛍光顕微鏡写真である。
図4図4は、本発明化合物を含むか或いは含まない培地中で培養した細胞内における、(UGGAA)76を含むRNA凝集体の数および面積を示すグラフである。
図5図5は、本発明化合物を含むか或いは含まない飼料で飼育したショウジョウバエの眼の顕微鏡写真である。
図6図6は、本発明化合物を含むか或いは含まない飼料で飼育したショウジョウバエの眼の面積を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤は、式(I)で表される化合物(以下、「化合物(I)」と略記する場合がある)を有効成分として含む。
【0019】
化合物(I)中、XとYは両方とも=N-であることが好ましい。この場合、RNAリピート(UGGAA)nにより形成されるヘアピン構造において、化合物(I)は、以下の通りグアノシン中のグアニンに水素結合を介して比較的強く結合すると考えられる。
【0020】
【化2】
【0021】
Zはm個の括弧内の構造を互いに結合するm価のリンカー基を示す。「括弧内の構造」とは、以下の構造を示す。なお、2以上の括弧内の構造は互いに同一であっても異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。
【0022】
【化3】
【0023】
「リンカ一基」は、m個の上記括弧内の構造を結合する基であり、上記括弧内の構造の位置的自由度を増すことによって化合物(I)の(UGGAA)nへの結合性能を高めたり、また、化合物(I)の製造を容易にする作用を有する。
【0024】
「リンカ一基」としては、前述した作用を有するものであれば特に限定されないが、例えば、C1-6アルキレン基、アミノ基(-NH-または>N-)、エーテル基(-O-)、チオエーテル基(-S-)、カルボニル基(-C(=O)-)、チオニル基(-C(=S)-)、エステル基(-C(=O)-O-または-O-C(=O)-)、アミド基(-C(=O)-NH-または-NH-C(=O)-)、ウレア基(-NH-C(=O)-NH-)、チオウレア基(-NH-C(=S)-NH-)およびウレタン基(-NH-C(=O)-O-または-O-C(=O)-NH-)から必須的になる群より選択される2以上の基が結合された基を挙げることができる。上記アミノ基のうち-NH-は、1もしくは2以上の置換基βにより置換されていてもよいC1-6アルキル基、または、1もしくは2以上の置換基βにより置換されていてもよいC1-6アシル基により置換されていてもよい。置換基βとしては、C1-6アルコキシ基、水酸基、ハロゲノ基、アミノ基(-NH2)、モノ(C1-6アルキル)アミノ基、ジ(C1-6アルキル)アミノ基、ニトロ基およびシアノ基から必須的になる群より選択される1以上の置換基を挙げることができる。
【0025】
リンカー基Zのうち上記括弧内の構造中のアミノ基(-NH-)と結合する部分は、化合物(I)の合成のし易さからカルボニル基であることが好ましい。更に、上記括弧内の構造中のアミノ基と上記部分とで、ウレタン基やウレア基を形成してもよい。
【0026】
mが2である場合のリンカー基Zとしては、例えば、下記のリンカー基を挙げることができる。なお、下記リンカー基において、A1とA2は同一基であることが好ましく、R1とR2も同一基であることが好ましい。
【0027】
【化4】
【0028】
[式中、A1とA2は独立して、-O-、-NH-または単結合を示し、R1とR2は独立してC1-6アルキレン基を示し、R3は-H、1もしくは2以上の置換基βにより置換されていてもよいC1-6アルキル基、または1もしくは2以上の置換基βにより置換されていてもよいC1-6アシル基を示す。]
【0029】
mが4である場合のリンカー基Zとしては、例えば、下記のリンカー基を挙げることができる。
【0030】
【化5】
【0031】
[式中、A3~A6は独立して、-O-、-NH-または単結合を示し、R4~R7は独立してC1-6アルキレン基を示し、R8はC1-10アルキレン基を示す。]
【0032】
mは、化合物(I)における括弧内の構造の数を示し、2または4が好ましく、2がより好ましい。
【0033】
lは、上記括弧内の構造中のキノリン環またはナフチリジン環上の置換基の数を表し、0以上、4以下の整数を示す。当該数としては3以下が好ましく、2以下がより好ましく、1がより更に好ましい。
【0034】
lが2以上である場合、2以上の置換基αは互いに同一であってもよいし異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。また、置換基αの位置としては、Xに隣接する炭素原子が好ましい。置換基αとしては、C1-6アルキル基が好ましく、C1-4アルキル基がより好ましく、C1-2アルキル基がより更に好ましく、メチルが特に好ましい。
【0035】
本発明に係る化合物(I)は、比較的シンプルな構造を有しており、当業者であれば容易に合成可能である。例えば、リンカー基Zのうち上記括弧内の構造中のアミノ基と結合する部分がカルボニル基である化合物(I)は、特開2003-259899号公報、Kazuhiko Nakataniら,Current Protocols in Nucleic Acid Chemistry,8.6.1-8.6.21(2008)、Jinxing Liら,CHEMISTRY AN ASIAN JOURNAL,Volume 11,Issue 13,Pages 1971-1981(2016)に記載の方法を参照して合成することができる。例えば、以下の方法により合成することができる。
【0036】
【化6】
【0037】
上記反応式中、Z’はZから末端カルボニル基を除いた構造に相当する。また、括弧内の構造は互いに同一であっても異なっていてもよい。括弧内の構造が異なる場合には、各構造に相当する原料化合物を調製し、各構造を1つずつ反応させていけばよい。また、原料であるアミノキノリン化合物またはアミノナフチリジン化合物は、市販品を使用するか、或いは当業者であれば市販品から容易に合成することができる。
【0038】
上記括弧内の構造中のアミノ基とZの末端部分とでウレタン基やウレア基が形成されている化合物(I)は、例えば、以下の方法により合成することができる。以下の化学反応式では、ウレタン基を有する化合物(I)の合成方法を代表的に示す。
【0039】
【化7】
【0040】
上記反応式中、Z”はZから末端エステル基(-C(=O)-O-)を除いた構造に相当する。また、括弧内の構造は互いに同一であっても異なっていてもよい。括弧内の構造が異なる場合には、各構造に相当する原料化合物を調製し、各構造を1つずつ反応させていけばよい。また、上記出発原料化合物は、Z”を含むジオール化合物とN,N’-ジスクシンイミジルカーボネートとを反応させることにより合成することができる。
【0041】
本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤の剤形は特に問わない。例えば、ドラッグデリバリーシステムの発展により、経口投与により化合物(I)が血液脳関門を通過して脳に到達し、脊髄小脳変性症31型の原因となる(UGGAA)に結合し、脳神経細胞の脱落を抑制できる可能性がある。経口製剤としては、特に制限されないが、例えば、錠剤、散剤、カプセル剤、糖衣錠、顆粒剤などを挙げることができる。本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤には、剤形に合わせ、薬学上許容される添加剤を用いてもよい。かかる添加剤としては、例えば、賦形剤、基剤、防腐剤、助剤、安定化剤、湿潤剤、pH調整剤、酸化防止剤、着色剤、甘味料などを挙げることができる。
【0042】
或いは、本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤は、注射剤として点滴投与してもよいし、脳内へ直接注射投与してもよい。その場合、溶媒としては、pHを調整した生理食塩水やグルコース水溶液など、血漿の等張液を用いることができる。或いは、化合物(I)を塩類などと共に乾燥した場合には、最終的に溶液が血漿と等張または略等張になるならば、純水、蒸留水、滅菌水なども使用できる。その濃度も通常の注射剤のものとすればよく、例えば0.001mg/mL以上、10mg/mL程度とすることができる。
【0043】
本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤の有効成分である化合物(I)は、脊髄小脳変性症31型の原因となる(UGGAA)に結合し、脳神経細胞の核内におけるRNA凝集体の形成や、細胞質内における異常タンパク質の凝集体の形成を阻害することができる。よって、症状の進行を妨げ、脊髄小脳変性症31型を治療することができると考えられる。また、脊髄小脳変性症31型は遺伝性神経疾患であることから、脊髄小脳変性症31型を発症するおそれのあるヒトに対して予防的に用い得る可能性もある。即ち、本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤には、治療剤としてのみならず、予防剤としての使用も考えられる。
【0044】
本発明に係る脊髄小脳変性症31型抑制剤の投与頻度や投与量は、患者の重篤度、年齢、性別、状態などに応じて適宜調整すればよい。例えば、経口剤の1回当たりの投与量は100ng/kg体重以上、500μg/kg体重以下とすることができ、注射剤の1回当たりの投与量は1ng/kg体重以上、100μg/kg体重以下とすることができる。また、一日当たりの投与回数としては、1回以上、5回以下が好ましく、1回以上、3回以下がより好ましい。
【実施例
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0046】
実施例1: UGGAA配列に対する選択的結合性の評価
(1)被検化合物の合成
Kazuhiko Nakataniら,Current Protocols in Nucleic Acid Chemistry,8.6.1-8.6.21(2008)に記載の方法に準じて、下記化合物を合成した。以下、当該化合物を「NCD」(Naphthyridine carbamate dimer)と略記する。
【0047】
【化8】
【0048】
(2) 熱変性温度測定
NCDを100mMのNaClを含む10mMのカコジル酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)に、20μMの濃度で溶解した。更に、4μMの濃度で(UGGAA)9を加え、Tm解析システム(「TMSPC-8」島津製作所社製)を備えた分光光度計(「UV-2700」島津製作所社製)を使って、2℃から100℃まで1℃/minの速度で昇温した場合の260nmの吸光度を測定した。また、比較のために、NCDを添加しない場合と、(UGGAA)9の代わりに(UAGAA)9と(UAAAA)9を使った場合でも、同様に測定を行った。差吸光度(Differential absorbance)と温度との関係を示すグラフを図1に示す。
図1に示す結果の通り、(UAGAA)9と(UAAAA)9の融解温度(図1(2),(3))は、NCDの有無でほぼ変化しないのに対して、(UGGAA)9の融解温度(図1(1))は、NCDの存在により高温側へシフトした。かかる結果は、NCDが(UGGAA)9に選択的に結合し、安定な複合体を形成していることを示していると考えられる。
【0049】
実施例2: UGGAA配列に対する結合性の評価
100mM酢酸アンモニウムを含有する50%メタノール水に、UGGAA/UGGAAモチーフを含むヘアピンRNAとNCDを、それぞれ10μMおよび0~40μMの濃度で加えて試料を調製した。得られた試料を、4G質量分析計(「JMS-T100LP AccuTOF LC-plus」JEOL社製)を使って、負モードで分析した。噴霧温度は-10℃に固定し、試料流速は20mL/minとした。測定結果を図2に示す。
図2に示す通り、上記ヘアピンRNAのみを含む試料のマススペクトル(図2(1))には、5価および6価のRNAマイナスイオンピークが認められた。更にNCDを加えた試料のマススペクトル(図2(2)~(5))では、RNAの分子イオンピークに加えて、RNAに2分子のNCDが結合したピークが認められた。かかる結果より、NCDはUGGAA/UGGAAモチーフに2:1の化学量論比で結合することが明らかとなった。
【0050】
実施例3: NCDによるRNA凝集体の形成阻害
HeLa細胞(理化学研究所由来)を、10%ウシ胎児血清(MP Biomedicals社製)、ペニシリンおよびストレプトマイシン(Thermo社製)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(Sigma社製)中、5%CO2雰囲気下、37℃で培養した。
カバースリップを備えた24ウェルプレートに、合計で1×105の上記培養細胞を播種した。24時間培養した後、NCDを含有する細胞培養培地を細胞に添加した。比較のため、同量の細胞培養培地のみも添加した。次いで、(UGGAA)76を発現するプラスミド(500ng)を、トランスフェクション試薬(「FuGENE HD」Promega社製,2μL)を使って細胞にトランスフェクトした。トランスフェクションから24時間後、細胞をリン酸緩衝液(PBS)で洗浄し、4%パラホルムアルデヒドを使って4℃で30分間固定した。固定した細胞をPBSで洗浄し、-20℃で予備冷却した2%アセトンを含むPBSを使って4℃で5分間透過処理した。その後、細胞をPBSで洗浄し、70%エタノール中、-20℃で一晩保存した。次に、細胞をPBSで洗浄し、ホルムアミドの30%2×SSC溶液を使って室温で10分間再水和した後、細胞をハイブリダイゼーション緩衝液(30%ホルムアミド,2×SSC,66mg/mL酵母tRNA,0.02%BSA,10%硫酸デキストラン,2mMバナジル-リボヌクレオシド)中、37℃で30分間インキュベートし、更に、赤色色素であるAlexa647で標識した1nM DNA/LNAプローブ(TTCCA)5を含むハイブリダイゼーション緩衝液中、37℃で2時間ハイブリダイズさせた。カバースリップを、50%ホルムアミドを含む2×SSCで3回、1×SSCで2回、0.1×SSCで2回、55℃で20分間洗浄した。細胞に青色色素であるDAPIを含む褪色防止用封入剤(「SlowFade Diamond」Thermo社製)を加え、顕微鏡スライド上に載せた。細胞の蛍光画像を蛍光顕微鏡(「BZ-9000」KEYENCE社製)で撮影し、ImageJソフトウェア(http://imagej.nih.gov/ij/)を用いて画像を解析した。蛍光顕微鏡写真を図3に、RNA凝集体の個数を図4(1)に、RNA凝集体の合計面積を図4(2)に示す。
図3図4に示す結果の通り、対照例ではUGGAAの繰り返し配列を有するRNAによりRNA凝集体が生じたが、培地中にNCDを添加した場合には、かかる凝集体が顕著に抑制されることが実証された。
【0051】
実施例4: In vivo試験
UGGAAの繰り返し配列を有するRNAにより、ショウジョウバエの複眼の脱落が生じることが知られている。そこで、ショウジョウバエにおいてGAL4/UASシステムを使い、UAS配列の下流の(TGGAA)n遺伝子を複眼で強制的に発現させ、実験を行った。詳しくは、本実験では、複眼でのみ遺伝子を発現させるGMRプロモーターを用いて複眼で特異的にGAL4を発現させ、生成したGAL4タンパク質がUASと結合することを利用してリピートRNA遺伝子を複眼でのみ発現させた。
具体的には、乾燥酵母を含む、ショウジョウバエを用いる変異原性試験用培地(「Instant Drosophila medium Blue」)を超純水またはNCD水溶液と混合し、NCDを含まない又は100μMのNCDを含む飼料を作製した。当該飼料を用い、複眼特異的に働くGMRプロモーターの下流にGAL4遺伝子を持つ親バエ(GMR-GAL4 driver)と、UASの下流に病原性(UGGAA)n配列遺伝子を有する親バエ(UAS-(UGGAA)exp)またはUASの下流に非病原性リピート配列遺伝子を有する親バエ(UAS-(UAGAA)(UAAAAUAGAA)exp)とを交配させ、同飼料を用いて23℃で両遺伝子を有する子バエを生成させた。子バエの出生後、1~2日齢の子バエの眼の形態を、立体顕微鏡(「SZX10」オリンパス社製)を用いて観察した。また、得られた顕微鏡画像を画像解析ソフト(「ImageJ」(http://imagej.nih.gov/ij/))で解析し、眼の面積を算出した。また、眼面積の結果に関して、ウェルチのt検定により有意差検定を行った。顕微鏡写真を図5に、複眼の総面積を図6に示す。
図5図6に示す結果の通り、非病原性の(UAGAA)(UAAAAUAGAA)nRNAを発現させた対照群では、NCDの摂取の有無にかかわらず、眼に異常は見られなかった。一方、病原性の(UGGAA)nRNAを強発現させた場合では、複眼の明らかな脱落が認められ、眼面積が減少した。しかしNCDの摂取により複眼の脱落は明らかに抑制され、眼面積も有意に増加した。
かかる結果より、NCDは(UGGAA)nRNAによる悪影響を顕著に抑制できることが証明された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6