(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-13
(45)【発行日】2022-06-21
(54)【発明の名称】網膜組織の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/0789 20100101AFI20220614BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220614BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20220614BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20220614BHJP
A61L 27/36 20060101ALN20220614BHJP
【FI】
C12N5/0789
C12N5/10
C12N15/09 Z
A61L27/38 300
A61L27/36 400
(21)【出願番号】P 2020054980
(22)【出願日】2020-03-25
(62)【分割の表示】P 2016555415の分割
【原出願日】2015-10-23
【審査請求日】2020-04-14
(31)【優先権主張番号】P 2014217868
(32)【優先日】2014-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】住友ファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000002093
【氏名又は名称】住友化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】桑原 篤
(72)【発明者】
【氏名】山▲崎▼ 優
(72)【発明者】
【氏名】平峯 靖
(72)【発明者】
【氏名】笹井 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/077425(WO,A1)
【文献】特表2012-507285(JP,A)
【文献】特開2012-245007(JP,A)
【文献】特開2013-099345(JP,A)
【文献】国際公開第2016/063986(WO,A1)
【文献】Nature Neuroscience,2010年,Vol. 13, No. 10,pp. 1171-1180
【文献】WIREs Dev Biol.,2013年,Vol. 2,pp. 479-498
【文献】ブレインサイエンス・レビュー,2014年02月,pp. 99-112
【文献】CNS & Neurological Disorders - Drug Targets,2011年,Vol. 10, No. 4,pp. 419-432
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)及び(2)を含む、Oct3/4陽性細胞と、Sox2、Sox1、Nestin及びOtx2からなる群から選択される1以上を発現する細胞とを含む細胞凝集体の製造方法;
(1)ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた多能性幹細胞を分散し、当該分散した細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質
を含む無血清培地中で12時間~48時間浮遊培養し、細胞凝集体を形成させる第二工程:
ここで、未分化維持因子はFGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβシグナル伝達経路作用物質、及びNodal/Activinシグナル伝達経路作用物質からなる群から選択される1以上の物質である。
【請求項2】
未分化維持因子が、
bFGF、FGF4、FGF8、TGFβ1、TGFβ2、Nodal、ActivinA及びActivinBからなる群から選択される1以上の物質である請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
第二工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度が、10nM~700nMのSAGと同等のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達促進活性を示す濃度である、請求項1
又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がSAG、Purmorphamine又はShh
である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
第一工程が接着培養法で行われる、請求項1~
4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
均一な凝集体を形成させる、請求項1~
6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
未分化性を維持した細胞凝集体を形成させる、請求項1~
7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記Oct3/4陽性細胞の割合が、細胞凝集体の全細胞数に対し、50%以上である、請求項1~
8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
第二工程において、無血清培地により浮遊培養する、請求項1~
9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
請求項1~
10のいずれか1項に記載の製造方法により得られた細胞凝集体を、さらに浮遊培養することを含む、神経系細胞及び神経組織の製造方法。
【請求項12】
浮遊培養が、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない培地中で行われる、請求項
11に記載の製造方法。
【請求項13】
神経系細胞及び神経組織が、Sox2及び/又はPax6を発現する細胞を含む、請求項
11又は
12に記載の製造方法。
【請求項14】
神経組織が神経上皮構造を含む、請求項
11~
13のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項15】
前記更なる浮遊培養において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まない培地を用いて浮遊培養する、又は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の培地中の濃度を段階的に低減させて浮遊培養する、請求項
11~
14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の培地中の濃度の低減が、培地の半量を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まない、無血清培地又は血清培地に培地交換することによって為される、請求項
15に記載の製造方法。
【請求項17】
前記培地交換が、1~4回実施される、請求項
16に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞から、網膜細胞又は網膜組織を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
多能性幹細胞から網膜組織等の神経組織 (neural tissue)を製造する方法として、均一な多能性幹細胞の凝集体を無血清培地中で形成させ、これを浮遊培養した後、分化誘導用の培養液中、適宜分化誘導因子等の存在下で浮遊培養し、多能性幹細胞から目的とする神経系細胞(neural cells)へ分化誘導をすることにより、神経組織を製造する方法が報告されている(特許文献1及び非特許文献1)。例えば、多能性幹細胞から多層の網膜組織を得る方法(非特許文献2及び特許文献2)、均一な多能性幹細胞の凝集体を、Wntシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地中で形成させ、これを基底膜標品の存在下において浮遊培養した後、血清培地中で浮遊培養することにより、多層の網膜組織を得る方法(非特許文献3及び特許文献3)が知られている。また、多能性幹細胞から視床下部組織への分化誘導方法(特許文献4及び非特許文献4)、及び多能性幹細胞から神経前駆細胞への分化誘導方法(非特許文献5及び6)についても報告されている。
これら製造法の出発材料である多能性幹細胞は、特に霊長類多能性幹細胞の場合、フィーダー細胞存在下・未分化維持因子添加条件で未分化維持培養されていた。近年、未分化維持培養の改良が進み、霊長類多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)・未分化維持因子添加条件にて培養する手法が報告されている(非特許文献7、非特許文献8及び非特許文献9)。当該手法でフィーダーフリー培養された多能性幹細胞を出発材料として、網膜細胞又は網膜組織を安定的に製造する方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2009/148170号
【文献】国際公開第2011/055855号
【文献】国際公開第2013/077425号
【文献】国際公開第2013/065763号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Cell Stem Cell, 3, 519-32 (2008)
【文献】Nature, 472, 51-56 (2011)
【文献】Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012)
【文献】Nature, 480, 57-62 (2011)
【文献】Nature Biotechnology, 27(3), 275-80 (2009)
【文献】Proc Natl Acad Sci USA, 110(50), 20284-9 (2013)
【文献】Nature Methods, 8, 424-429 (2011)
【文献】Scientific Reports, 4, 3594 (2014)
【文献】In Vitro Cell Dev Biol Anim., 46, 247-58 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする課題は、フィーダー細胞非存在下で調製又は未分化維持培養された多能性幹細胞から網膜細胞又は網膜組織を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討を重ねたところ、フィーダー細胞非存在下で多能性幹細胞(特にヒトiPS細胞)を未分化維持培養し、得られた多能性幹細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含有する培地中で浮遊培養して細胞の凝集体を形成させることにより、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり未分化性を維持した細胞の凝集体を高効率で形成できることを見出した。そしてこの高品質の細胞の凝集体を用いて、網膜細胞や網膜組織を高い効率で誘導できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0007】
[1]下記工程(1)~(3)を含む、網膜細胞又は網膜組織の製造方法;
(1)ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた多能性幹細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜細胞又は網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
[2]第二工程において、第一工程で得られた細胞を分散し、当該分散した細胞を浮遊培養する、[1]に記載の製造方法。
[3]未分化維持因子が、FGFシグナル伝達経路作用物質である[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4]FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、[3]に記載の製造方法。
[5]第二工程における培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度が、SAG10nM~700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度である、[1]~[4]のいずれかに記載の製造方法。
[6]ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質がSAG、Purmorphamine又はShhである、[1]~[5]のいずれかに記載の製造方法。
[7]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7からなる群から選ばれる1以上の蛋白質である、[1]~[6]のいずれかに記載の製造方法。
[8]BMPシグナル伝達経路作用物質が、BMP4である、[6]に記載の製造方法。
[9]第三工程において、第二工程の開始後2日目から9日目の間にBMPシグナル伝達経路作用物質が培地に添加される、[1]~[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]第三工程において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度がSAG700nMのソニック・ヘッジホッグシグナル伝達作用に相当する濃度以下である培地で凝集体を培養する、[1]~[9]のいずれかに記載の製造方法。
[11]第一工程が接着培養法で行われる、[1]~[10]のいずれかに記載の製造方法。
[12]多能性幹細胞が人工多能性幹細胞である、[1]~[11]のいずれかに記載の製造方法。
[13]第二工程において、均一な凝集体を形成させる、[1]~[12]のいずれかに記載の製造方法。
[14]第三工程において得られる凝集体が、網膜前駆細胞、神経網膜前駆細胞、視細胞前駆細胞、視細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、水平細胞、アマクリン細胞、介在神経細胞、神経節細胞、網膜色素上皮細胞、及び毛様体周縁部細胞からなる群から選択される1又は複数の細胞を含む凝集体である、[1]~[13]のいずれかに記載の製造方法。
[15]浮遊培養が、基底膜標品非存在下で行われる[1]~[14]のいずれかに記載の製造方法。
[16][1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される網膜細胞又は網膜組織を含有してなる、被検物質の毒性・薬効評価用試薬。
[17][1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される網膜細胞または網膜組織に被検物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法。
[18][1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される網膜細胞又は網膜組織を含有してなる、網膜組織の障害に基づく疾患の治療薬。
[19]網膜細胞が網膜前駆細胞及び/又は網膜層特異的神経細胞である、[18]に記載の治療薬。
[20][1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される、網膜細胞又は網膜組織の有効量を、移植を必要とする対象に移植することを含む、網膜組織の障害に基づく疾患の治療方法。
[21]網膜組織の障害に基づく疾患の治療における使用のための[1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される網膜細胞又は網膜組織。
[22][1]~[15]のいずれかに記載の方法により製造される網膜細胞又は網膜組織を有効成分として含有する、医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、フィーダー細胞非存在下に培養された多能性幹細胞から、高品質の細胞の凝集体、並びに網膜細胞や網膜組織を高効率に製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】比較例1及び実施例1の培養条件、及び凝集体の明視野像(A-D)を示す。
【
図2】実施例1の培養条件、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-D)を示す。
【
図3】実施例2の培養条件、及び凝集体の明視野像(A-D)を示す。
【
図4】実施例2(BMP4処理なし)の培養条件、及び凝集体の形態の程度を定量化したグラフを示す。
【
図5】実施例3の培養条件、及び網膜組織マーカー(Chx10, Rx)に関する凝集体の免疫組織染色像(A-D)を示す。
【
図6】実施例4の培養条件で製造した網膜組織の、網膜組織マーカーによる免疫染色像を示す。
【
図7】実施例5の培養条件で製造した網膜組織の、網膜組織マーカーによる免疫染色像を示す。
【
図8】実施例6の培養条件で製造した凝集体の明視野像(A-C)、及び網膜組織マーカー(Chx10)による免疫染色像(D-F)を示す。
【
図9】実施例7の培養条件で製造した凝集体の明視野像(A-D)、及び網膜組織マーカー(Chx10)による免疫染色像(E)を示す。
【
図10】実施例8の培養条件で製造した凝集体の明視野像(A,B)、及び網膜組織マーカー(Chx10、Rx)による免疫染色像(C,D)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.定義
本発明において、「幹細胞」とは、分化能及び分化能を維持した増殖能(特に自己複製能)を有する未分化な細胞を意味する。幹細胞には、分化能力に応じて、多能性幹細胞(pluripotent stem cell)、複能性幹細胞(multipotent stem cell)、単能性幹細胞(unipotent stem cell)等の亜集団が含まれる。多能性幹細胞とは、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)及び/又は胚体外組織由来の組織に属する細胞系譜すべてに分化しうる能力(分化多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。複能性幹細胞とは、全ての種類ではないが、複数種の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。単能性幹細胞とは、特定の組織や細胞へ分化し得る能力を有する幹細胞を意味する。
【0011】
多能性幹細胞は、受精卵、クローン胚、生殖幹細胞、組織内幹細胞、体細胞等から誘導することができる。多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、EG細胞(Embryonic germ cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell;MSC)から得られるMuse細胞(Multi-lineage differentiating Stress Enduring cell)や、生殖細胞(例えば精巣)から作製されたGS細胞も多能性幹細胞に包含される。胚性幹細胞は、1981年に初めて樹立され、1989年以降ノックアウトマウス作製にも応用されている。1998年にはヒト胚性幹細胞が樹立されており、再生医学にも利用されつつある。ES細胞は、内部細胞塊をフィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。ES細胞の製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。
【0012】
ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞株を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0013】
EG細胞は、始原生殖細胞をmSCF、LIF及びbFGFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る(Cell, 70: 841-847, 1992)。
【0014】
本発明における「人工多能性幹細胞」とは、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、線維芽細胞や末梢血単核球等分化した体細胞をOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等を含む初期化遺伝子群から選ばれる複数の遺伝子の組み合わせのいずれかの発現により初期化して多分化能を誘導した細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc (Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
【0015】
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で樹立された(Cell, 2006, 126(4), pp.663-676)。人工多能性幹細胞は、2007年にヒト線維芽細胞でも樹立され、胚性幹細胞と同様に多能性と自己複製能を有する(Cell, 2007, 131(5), pp.861-872;Science, 2007, 318(5858), pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1), pp.101-106)。人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013, 341, pp. 651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞又は、1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学及びiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞及びFf-I14細胞は、京都大学より入手可能である。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞としては、特に限定は無いが、組織由来の線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球やT細胞)、肝細胞、膵臓細胞、腸上皮細胞、平滑筋細胞等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の遺伝子の発現により初期化する場合、遺伝子の発現させるための手段は特に限定されない。前記手段としては、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)を用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法、エレクトロポレーション法)、RNAベクターを用いた遺伝子導入法(例えば、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法)、タンパク質の直接注入法等が挙げられる。
【0018】
人工多能性幹細胞は、フィーダー細胞存在下またはフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び又は人工多能性幹細胞の維持培地や、フィーダーフリー下で人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリー下で人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地や、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、StemFit培地等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。例えば、フィーダー細胞非存在下で体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0019】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくはES細胞又は人工多能性幹細胞であり、より好ましくは人工多能性幹細胞である。
【0020】
複能性幹細胞としては、造血幹細胞、神経幹細胞、網膜幹細胞、間葉系幹細胞等の組織幹細胞(組織性幹細胞、組織特異的幹細胞又は体性幹細胞とも呼ばれる)を挙げることができる。
【0021】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、神経系細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994);Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995)等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0022】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0023】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning,A Laboratory Manual,Second Edition,Cold Spring Harbor Laboratory Press(1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology,John Wiley & Sons(1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits(CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的蛋白質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することにより取得する事ができる。
【0024】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting,A Practical Approach,IRL Press at Oxford University Press(1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング,ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
【0025】
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0026】
本発明における「哺乳動物」には、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等が包含される。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。本発明における「霊長類」とは、霊長目に属するほ乳類動物をいい、霊長類としては、キツネザルやロリス、ツバイなどの原猿亜目と、サル、類人猿、ヒトなどの真猿亜目が挙げられる。
【0027】
本発明に用いる多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞、更に好ましくはヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)又はヒト胚性幹細胞(ES細胞)である。
【0028】
本発明における「浮遊培養」あるいは「浮遊培養法」とは、細胞または細胞の凝集体が培養液に浮遊して存在する状態を維持しつつ培養すること、及び当該培養を行う方法を言う。すなわち浮遊培養は、細胞または細胞の凝集体を培養器材等に接着させない条件で行われ、培養器材等に接着させる条件で行われる培養(接着培養、あるいは、接着培養法)は、浮遊培養の範疇に含まれない。この場合、細胞が接着するとは、細胞または細胞の凝集体と培養器材の間に、強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)ができることをいう。より詳細には、浮遊培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせない条件での培養をいい、接着培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
【0029】
浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞と細胞が面接着する。浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞の凝集体では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。
【0030】
細胞と細胞が面接着(plane attachment)するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0031】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜決定することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、三角フラスコ、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、基底膜標品、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。スピナーフラスコやローラーボトル等を用いて回転培養してもよい。培養器の培養面は、平底でもよいし、凹凸があってもよい。
【0032】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた培養器を選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、接着培養を可能とするために、細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には表面加工された培養器、又は、内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。表面加工された培養器としては、正電荷処理等の表面加工された培養容器が挙げられる。
【0033】
本発明において細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。
【0034】
本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0035】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(Life Technologies社製;現ThermoFisher:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2サプリメント(Life Technologies社製)が挙げられる。
【0036】
浮遊培養で用いる無血清培地は、適宜、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。
【0037】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約1%から約20%)添加した無血清培地(例えば、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、1 x Chemically Defined Lipid Concentrate(CDLC)及び450μM1-モノチオグリセロールを添加した培地)を使用してもよい。また、KSR同等品として特表2001-508302に開示された培地が挙げられる。
【0038】
本発明における「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。当該培地は、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、ビタミン、増殖因子、サイトカイン、抗酸化剤、2-メルカプトエタノール、1-モノチオグリセロール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類等を含有してもよい。例えば、本発明により製造された神経組織(例、網膜組織)を維持する工程(成熟培養とも言う)において、血清培地を使用することができる。
【0039】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分が排除された条件を意味する。
【0040】
本発明において、「物質Xを含む培地」「物質Xの存在下」とは、外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地、又は外来性の物質Xの存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞または組織が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当しないと解する。
【0041】
例えば、「ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質が添加された培地または外来性のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地である。
【0042】
本発明において、フィーダー細胞とは、幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF等)、ヒト線維芽細胞、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理、又はガンマ線照射もしくはUV照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作製により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0043】
本発明において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、フィーダー細胞を添加していない条件、または、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件が挙げられる。
【0044】
本発明において、細胞の「凝集体」(Aggregate)とは、培地中に分散していた細胞が集合して形成された塊であって、細胞同士が接着している塊をいう。細胞塊、胚様体(Embryoid body)、スフェア(Sphere)、スフェロイド(Spheroid)も細胞の凝集体に包含される。好ましくは、細胞の凝集体において、細胞同士が面接着している。一部の態様において、凝集体の一部分あるいは全部において、細胞同士が細胞-細胞間結合(cell-cell junction)及び又は細胞接着(cell adhesion)、例えば接着結合(adherence junction)、を形成している場合がある。本発明における「凝集体」として具体的には、上記本発明[1]の第二工程で生成する、浮遊培養開始時に分散していた細胞が形成する凝集体や、上記本発明[1]の第三工程で生成する、多能性幹細胞から分化誘導された網膜細胞を含む凝集体が挙げられるが、「凝集体」には、上記本発明[1]の第二工程開始時(すなわち浮遊培養開始時)に既に形成されていた凝集体も含まれる。第二工程で生成する細胞の凝集体は、「胚様体」(Embryoid body;EB)を包含する。
【0045】
本発明において、「均一な凝集体」とは、複数の凝集体を培養する際に各凝集体の大きさが一定であることを意味し、凝集体の大きさを最大径の長さで評価する場合、均一な凝集体とは、最大径の長さの分散が小さいことを意味する。より具体的には、凝集体の集団全体のうちの75%以上の凝集体が、当該凝集塊の集団における最大径の平均値±100%、好ましくは平均値±50%の範囲内、より好ましくは平均値±20%の範囲内であることを意味する。
【0046】
本発明において、「均一な凝集体を形成させる」とは、細胞を集合させて細胞の凝集体を形成させ浮遊培養する際に、「一定数の分散した細胞を迅速に凝集」させることで大きさが均一な細胞の凝集体を形成させることをいう。
【0047】
分散とは、細胞や組織を酵素処理や物理処理等の分散処理により、小さな細胞片(2細胞以上100細胞以下、好ましくは50細胞以下)又は単一細胞まで分離させることをいう。一定数の分散した細胞とは、細胞片又は単一細胞を一定数集めたもののことをいう。
【0048】
多能性幹細胞を分散させる方法としては、例えば、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理が挙げられる。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0049】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0050】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、例えば、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0051】
多能性幹細胞を分散する際に、細胞保護剤で処理することにより、多能性幹細胞の細胞死を抑制してもよい。細胞保護剤処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、分散の際に、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害物質又はMyosinの阻害物質を添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害物質としてはBlebbistatinを挙げることができる。好ましい細胞保護剤としては、ROCK阻害物質が挙げられる。
【0052】
例えば、多能性幹細胞を分散させる方法として、多能性幹細胞のコロニーを、細胞保護剤としてROCK阻害物質の存在下、細胞分散液(TrypLE Select)で処理し、さらにピペッティングにより分散させる方法が挙げられる。
【0053】
本発明の製造方法においては、多能性幹細胞を迅速に集合させて多能性幹細胞の凝集体を形成させることが好ましい。このように多能性幹細胞の凝集体を形成させると、形成された凝集体から分化誘導される細胞において上皮様構造を再現性よく形成させることができる。凝集体を形成させる実験的な操作としては、例えば、ウェルの小さなプレート(例えば、ウェルの底面積が平底換算で0.1~2.0 cm2程度のプレート)やマイクロポアなどを用いて小さいスペースに細胞を閉じ込める方法、小さな遠心チューブを用いて短時間遠心することで細胞を凝集させる方法が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、例えば24ウェルプレート(面積が平底換算で1.88 cm2程度)、48ウェルプレート(面積が平底換算で1.0 cm2程度)、96ウェルプレート(面積が平底換算で0.35 cm2程度、内径6~8mm程度)、384ウェルプレートが挙げられる。好ましくは、96ウェルプレートが挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを上から見たときの底面の形状としては、多角形、長方形、楕円、真円が挙げられ、好ましくは真円が挙げられる。ウェルの小さなプレートの形状として、ウェルを横から見たときの底面の形状としては、平底構造でも外周部が高く内凹部が低くくぼんだ構造でもよい。底面の形状として、例えば、U底、V底、M底が挙げられ、好ましくはU底またはV底、更に好ましくはV底が挙げられる。ウェルの小さなプレートとして、細胞培養皿(例えば、60mm~150mmディッシュ、カルチャーフラスコ)の底面に凹凸、又は、くぼみがあるものを用いてもよい。ウェルの小さなプレートの底面は、細胞非接着性の底面、好ましくは前記細胞非接着性コートした底面を用いるのが好ましい。
【0054】
多能性幹細胞の凝集体、又は多能性幹細胞を含む細胞集団の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性などに基づき判断することが可能である。また、凝集体において上皮様構造が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体の巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御及びその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0055】
本発明における「組織」とは、形態や性質が均一な一種類の細胞、又は、形態や性質が異なる複数種類の細胞が、一定のパターンで立体的に配置した構造を有する細胞集団の構造体をさす。
【0056】
本発明において、「神経組織」とは、発生期又は成体期の大脳、中脳、小脳、脊髄、網膜、末梢神経、前脳、後脳、終脳、間脳等の、神経系細胞によって構成される組織を意味する。神経組織は、層構造をもつ上皮構造(神経上皮)を形成することがあり、細胞凝集体中の神経上皮は光学顕微鏡を用いた明視野観察により存在量を評価することができる。
【0057】
本発明において、「神経系細胞(Neural cell)」とは、外胚葉由来組織のうち表皮系細胞以外の細胞を表す。すなわち、神経系前駆細胞、ニューロン(神経細胞)、グリア、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞等の細胞を含む。神経系細胞には、下述する網膜組織を構成する細胞(網膜細胞)、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞、神経網膜細胞、網膜色素上皮細胞も包含される。神経系細胞は、Nestin、TuJ1、PSA-NCAM、N-cadherin等をマーカーとして同定することができる。
【0058】
神経細胞(Neuron・Neuronal cell)は、神経回路を形成し情報伝達に貢献する機能的な細胞であり、TuJ1、Dcx、HuC/D等の幼若神経細胞マーカー、及び/又は、Map2、NeuN等の成熟神経細胞マーカーの発現を指標に同定することができる。
【0059】
グリア(glia)としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミュラーグリア等が挙げられる。アストロサイトのマーカーとしてはGFAP、オリゴデンドロサイトのマーカーとしてはO4、ミュラーグリアのマーカーとしてはCRALBP等が挙げられる。
【0060】
神経幹細胞とは、神経細胞及びグリア細胞への分化能(多分化能)と、多分化能を維持した増殖能(自己複製能ということもある)を持つ細胞である。神経幹細胞のマーカーとしてはNestin、 Sox2、Musashi、Hesファミリー、CD133等が挙げられるが、これらのマーカーは前駆細胞全般のマーカーであり神経幹細胞特異的なマーカーとは考えられていない。神経幹細胞の数は、ニューロスフェアアッセイやクローナルアッセイ等により評価することができる。
【0061】
ニューロン前駆細胞とは、増殖能をもち、神経細胞を産生し、グリア細胞を産生しない細胞である。ニューロン前駆細胞のマーカーとしては、Tbr2、Tα1等が挙げられる。あるいは、幼若神経細胞マーカー(TuJ1、Dcx、HuC/D)陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、ニューロン前駆細胞として同定することもできる。
【0062】
グリア前駆細胞とは、増殖能をもち、グリア細胞を産生し、神経細胞を産生しない細胞である。
【0063】
神経系前駆細胞(Neural Precursor cell)は、神経幹細胞、ニューロン前駆細胞及びグリア前駆細胞を含む前駆細胞の集合体であり、増殖能とニューロン及びグリア産生能をもつ。神経系前駆細胞はNestin, GLAST, Sox2,Sox1, Musashi, Pax6等をマーカーとして同定することができる。あるいは、神経系細胞のマーカー陽性かつ増殖マーカー(Ki67, pH3, MCM)陽性の細胞を、神経系前駆細胞として同定することもできる。
【0064】
本発明における「網膜組織」とは、生体網膜において各網膜層を構成する視細胞、視細胞前駆細胞、桿体視細胞、錐体視細胞、介在神経細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞(神経節細胞)、網膜色素上皮細胞(RPE)、毛様体周縁部細胞、これらの前駆細胞、または網膜前駆細胞などの細胞が、一種類又は少なくとも複数種類、層状で立体的に配列した組織を意味する。それぞれの細胞がいずれの網膜層を構成する細胞であるかは、公知の方法、例えば細胞マーカーの発現有無若しくはその程度等により確認できる。
【0065】
本発明における「網膜層」とは、網膜を構成する各層を意味し、具体的には、網膜色素上皮層、視細胞層、外境界膜、外顆粒層、外網状層、内顆粒層、内網状層、神経節細胞層、神経線維層および内境界膜を挙げることができる。
【0066】
本発明における「網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞等のいずれの成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。
【0067】
本発明における「神経網膜前駆細胞」とは、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞等のいずれか1つあるいは複数の成熟な網膜細胞にも分化しうる前駆細胞をいう。一般的には、神経網膜前駆細胞は、網膜色素上皮細胞へは分化しない。
【0068】
視細胞前駆細胞、水平細胞前駆細胞、双極細胞前駆細胞、アマクリン細胞前駆細胞、網膜節細胞前駆細胞、網膜色素上皮前駆細胞とは、それぞれ、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞、網膜色素上皮細胞への分化が決定付けられている前駆細胞をいう。
【0069】
本発明における「網膜層特異的神経細胞」とは、網膜層を構成する細胞であって網膜層に特異的な神経細胞(ニューロン)を意味する。網膜層特異的神経細胞としては、双極細胞、網膜神経節細胞、アマクリン細胞、水平細胞、視細胞、網膜色素上皮細胞、桿体細胞及び錐体細胞を挙げることができる。
【0070】
本発明における「網膜細胞」には、上述の網膜前駆細胞及び網膜層特異的神経細胞が包含される。
【0071】
網膜細胞マーカーとしては、網膜前駆細胞で発現するRx(Raxとも言う)、PAX6及びChx10,視床下部ニューロンの前駆細胞では発現するが網膜前駆細胞では発現しないNkx2.1、視床下部神経上皮で発現し網膜では発現しないSox1、視細胞の前駆細胞で発現するCrx、Blimp1などが挙げられる。網膜層特異的神経細胞のマーカーとしては、双極細胞で発現するChx10、PKCα及びL7、網膜神経節細胞で発現するTuJ1及びBrn3、アマクリン細胞で発現するCalretinin、水平細胞で発現するCalbindin、成熟視細胞で発現するRhodopsin及びRecoverin、桿体細胞で発現するNrl及びRhodopsin、錐体細胞で発現するRxr-gamma及びS-Opsin、網膜色素上皮細胞で発現するRPE65及びMitf、毛様体周縁部で発現するRdh10及びSSEA1などが挙げられる。
【0072】
2.網膜細胞又は網膜組織の製造方法
本発明の製造方法は、下記工程(1)~(3)を含む、網膜細胞又は網膜組織の製造方法である:
(1)ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた多能性幹細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養し、細胞の凝集体を形成させる第二工程、及び
(3)第二工程で得られた凝集体を、分化誘導因子の存在下もしくは非存在下に浮遊培養し、網膜細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る第三工程。
【0073】
工程(1)においては、ヒト多能性幹細胞を、フィーダー細胞非存在下で、未分化維持因子を含む培地で培養する。
【0074】
工程(1)におけるヒト多能性幹細胞として、好ましくはヒト人工多能性幹細胞もしくはヒト胚性幹細胞(ES細胞)が挙げられる。
【0075】
ここで人工多能性幹細胞の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、人工多能性幹細胞の作製工程(すなわち、体細胞を初期化し多能性幹細胞を樹立する工程)もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0076】
ここで胚性幹細胞(ES細胞)の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、胚性幹細胞(ES細胞)の作製工程もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0077】
工程(1)で用いられる多能性幹細胞を得るための維持培養・拡大培養は、上述のとおり当業者に周知の方法で実施することができる。前記の多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、接着培養でも浮遊培養でも実施することができるが、好ましくは接着培養で実施される。前記の多能性幹細胞の維持培養・拡大培養工程、フィーダー存在下で実施してもよいしフィーダーフリーで実施してもよいが、好ましくはフィーダーフリーで実施される。
【0078】
工程(1)におけるフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件を意味する。好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において、工程(1)が実施される。
【0079】
工程(1)において用いられる培地は、フィーダーフリー条件下で、多能性幹細胞の未分化維持培養を可能にする培地(フィーダーフリー培地)であれば、特に限定されないが、好適には、未分化維持培養を可能にするため、未分化維持因子を含む。例えば、未分化維持因子を含み、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含まない培地が挙げられる。
【0080】
未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はない。当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)(例えば、ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質、insulin等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質が挙げられる。TGFβシグナル伝達経路作用物質としては、例えばTGFβ1、TGFβ2が挙げられる。Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えばNodal、ActivinA、ActivinBが挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、工程(1)における培地は、好ましくは未分化維持因子として、bFGFを含む。
【0081】
本発明に用いる未分化維持因子は、通常哺乳動物の未分化維持因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒト未分化維持因子(例、bFGF、FGF4、FGF8、EGF、Nodal、ActivinA、ActivinB、TGFβ1、TGFβ2等)が用いられる。ここで「ヒトタンパク質X」とは、タンパク質Xが、ヒト生体内で天然に発現するタンパク質Xのアミノ酸配列を有することを意味する。
【0082】
本発明に用いる未分化維持因子は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。従って、「単離されたタンパク質X」には、培養対象の細胞や組織から産生され細胞や組織及び培地中に含まれている内在性のタンパク質Xは包含されない。「単離されたタンパク質X」の純度(総タンパク質重量に占めるタンパク質Xの重量の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、更に好ましくは100%である。従って、一態様において、本発明は、単離された未分化維持因子を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(1)に用いる培地中へ、単離された未分化維持因子を外来的(又は外因的)に添加する工程を含む。あるいは、工程(1)に用いる培地に予め未分化維持因子が添加されていてもよい。
【0083】
工程(1)において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、培養する多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、未分化維持因子として、フィーダー細胞非存在下でbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4ng~500ng/mL程度、好ましくは10ng~200ng/mL、より好ましくは30ng~150ng/mL程度である。
【0084】
フィーダーフリー培地として、多くの合成培地が開発・市販されており、例えばEssential 8培地が挙げられる。Essential 8培地は、DMEM/F12培地に、添加剤として、L-ascorbic acid-2-phosphate magnesium (64 mg/l), sodium selenium(14 μg/1), insulin(19.4mg /l), NaHCO3(543 mg/l), transferrin (10.7 mg/l), bFGF (100 ng/mL)、及び、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1(2 ng/mL) または Nodal (100 ng/mL))を含む(Nature Methods, 8, 424-429 (2011))。市販のフィーダーフリー培地としては、例えば、Essential 8(Life Technologies社製)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro (Life Technologies社製)、hESF9 (Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、mTeSR1 (STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2 (STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)が挙げられる。またこの他に、フィーダーフリー培地としては、StemFit(味の素社製)が挙げられる。上記工程(1)ではこれらを用いることにより、簡便に本発明を実施することができる。
【0085】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には前述した内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。また、正電荷処理等の表面加工された培養容器を使用することもできる。好ましくは、ラミニンが挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E-8が挙げられる。ラミニン511E-8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0086】
工程(1)において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
【0087】
工程(1)において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、含有成分が化学的に決定された培地であってもよい。
【0088】
工程(1)における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養及び接着培養のいずれの条件でおこなわれてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0089】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、培地として前記フィーダーフリー培地を用いるとよい。
【0090】
工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、フィーダー細胞に代わる足場を多能性幹細胞に提供するため、適切なマトリクスを足場として用いてもよい。足場であるマトリクスにより、表面をコーティングした細胞容器中で、多能性幹細胞を接着培養する。
【0091】
足場として用いることのできるマトリクスとしては、ラミニン(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))、ラミニン断片(Nat Commun 3, 1236 (2012))、基底膜標品 (Nat Biotechnol 19, 971-974 (2001))、ゼラチン、コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチン、ビトロネクチン(Vitronectin)等が挙げられる。
【0092】
「ラミニン」とは、α、β、γ鎖からなるヘテロ三量体分子であり、サブユニット鎖の組成が異なるアイソフォームが存在する細胞外マトリックスタンパク質である。具体的には、ラミニンは、5種のα鎖、4種のβ鎖および3種のγ鎖のヘテロ三量体の組合せで約15種類のアイソフォームを有する。α鎖(α1~α5)、β鎖(β1~β4)およびγ鎖(γ1~γ4)のそれぞれの数字を組み合わせて、ラミニンの名称が定められている。例えばα5鎖、β1鎖、γ1鎖の組合せによるラミニンをラミニン511という。本発明においては、好ましくはラミニン511が用いられる(Nat Biotechnol 28, 611-615 (2010))。
【0093】
本発明で用いるラミニンは、通常哺乳動物のラミニンである。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。ゼノフリー条件を達成する観点から、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物のラミニンが用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の培養には、ヒトラミニン(好ましくは、ヒトラミニン511)が用いられる。
【0094】
本発明で用いるラミニン断片は、多能性幹細胞への接着性を有しており、フィーダーフリー条件での多能性幹細胞の維持培養を可能とするものであれば特に限定されないが、好ましくは、E8フラグメントである。ラミニンE8フラグメントは、ラミニン511をエラスターゼで消化して得られたフラグメントの中で、強い細胞接着活性をもつフラグメントとして同定されたものである(EMBO J., 3:1463-1468, 1984、J. Cell Biol., 105:589-598, 1987)。本発明においては、好ましくはラミニン511のE8フラグメントが用いられる(Nat Commun 3, 1236 (2012)、Scientific Reports 4, 3549 (2014))。本発明に用いられるラミニンE8フラグメントは、ラミニンのエラスターゼ消化産物であることを要するものではなく、組換え体であってもよい。未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、組換え体のラミニン断片が用いられる。ラミニン511のE8フラグメントは市販されており、例えばニッピ株式会社等から購入可能である。
【0095】
本発明において用いられるラミニン又はラミニン断片は、好ましくは単離されている。
【0096】
本発明における「基底膜標品」とは、その上に基底膜形成能を有する所望の細胞を播腫して培養した場合に、上皮細胞様の細胞形態、分化、増殖、運動、機能発現などを制御する機能を有する基底膜構成成分を含むものをいう。例えば、本発明により製造された神経系細胞・神経組織を分散させ、更に接着培養を行う際には、基底膜標品存在下で培養することができる。ここで、「基底膜構成成分」とは、動物の組織において、上皮細胞層と間質細胞層などとの間に存在する薄い膜状をした細胞外マトリクス分子をいう。基底膜標品は、例えば基底膜を介して支持体上に接着している基底膜形成能を有する細胞を、該細胞の脂質溶解能を有する溶液やアルカリ溶液などを用いて支持体から除去することで作製することができる。基底膜標品としては、基底膜調製物として市販されている商品(例えば、MatrigelTM(コーニング社製:以下、マトリゲルと記すこともある))やGeltrexTM(Life Technologies社製)、基底膜成分として公知の細胞外マトリックス分子(例えば、ラミニン、IV型コラーゲン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクチンなど)を含むものが挙げられる。
【0097】
MatrigelTMは、Engelbreth Holm Swarn(EHS)マウス肉腫から抽出された基底膜調製物である。MatrigelTMの主成分はIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン及びエンタクチンであり、これらに加えてTGFβ、FGF、組織プラスミノゲン活性化因子及びEHS腫瘍が天然に産生する増殖因子が含まれる。MatrigelTMの「growth factor reduced製品」は、通常のMatrigelTMよりも増殖因子の濃度が低く、その標準的な濃度はEGFが<0.5ng/ml、NGFが<0.2ng/ml、PDGFが<5pg/ml、IGF1が5ng/ml、TGFβが1.7ng/mlである。
【0098】
未同定成分の混入を回避する観点から、本発明においては、好ましくは、単離されたラミニン又はラミニン断片が用いられる。
【0099】
好ましくは、工程(1)におけるフィーダーフリー条件での多能性幹細胞の培養においては、単離されたラミニン511又はラミニン511のE8フラグメント(更に好ましくは、ラミニン511のE8フラグメント)により、表面をコーティングした細胞容器中で、ヒト多能性幹細胞を接着培養する。
【0100】
工程(1)における多能性幹細胞の培養時間は、工程(2)において形成される凝集体の質を向上させる効果が達成可能な範囲で特に限定されないが、通常0.5~144時間、好ましくは2~96時間、より好ましくは6~48時間、更に好ましくは12~48時間、より更に好ましくは18~28時間(例、24時間)である。即ち、工程(2)開始の0.5~144時間(好ましくは、18~28時間)前に第一工程を開始し、工程(1)を完了した後引き続き工程(2)が行われる。
【0101】
工程(1)において、適宜培地交換を行ってもよく、一態様として、具体的には1~2日おきに培地交換を行う方法が挙げられる。ここにおいて、例えば、後述するROCK阻害剤等の細胞保護剤もしくは細胞死抑制剤を含まない培地に培地交換してもよい。
【0102】
工程(1)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0103】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、接着培養する。当該接着培養は、好ましくは、ラミニン511、ラミニン511のE8フラグメント又はビトロネクチンで表面をコーティングした細胞容器中で実施される。当該接着培養は、好ましくは、フィーダーフリー培地としてEssential 8、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、又はStemFit培地、更に好ましくはEssential 8又はStemFit培地を用いて実施される。
【0104】
好ましい一態様において、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、フィーダー細胞非存在下で、bFGFを含有する無血清培地中で、浮遊培養する。当該浮遊培養では、ヒト多能性幹細胞は、ヒト多能性幹細胞の凝集体を形成してもよい。
【0105】
工程(1)で得られた多能性幹細胞を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の存在下で浮遊培養することにより、多能性幹細胞の凝集体を形成させる工程(2)について説明する。
【0106】
工程(2)において用いられる培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。工程(2)において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得る。化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好適に用いられる。例えば、Wntシグナル伝達経路阻害物質が添加されていない無血清培地を使用することができる。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約30%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0107】
凝集体の形成に際しては、まず、工程(1)で得られた多能性幹細胞の分散操作を行う。分散操作により得られた「分散された細胞」とは例えば7割以上が単一細胞であり2~50細胞の塊が3割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞として、好ましくは、8割以上が単一細胞であり、2~50細胞の塊が2割以下存在する状態が挙げられる。分散された細胞とは、細胞同士の接着(例えば面接着)がほとんどなくなった状態があげられる。一部の態様において、分散された細胞とは、細胞―細胞間結合(例えば、接着結合)がほとんどなくなった状態が挙げられる。
【0108】
工程(1)で得られた多能性幹細胞の分散操作は、前述した、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤添加処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
【0109】
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、FGFシグナル伝達経路作用物質、ヘパリン、IGFシグナル伝達経路作用物質、血清、又は血清代替物を挙げることができる。また、分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制し、細胞を保護するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害剤又はMyosinの阻害剤を添加してもよい。分散により誘導される多能性幹細胞(特に、ヒト多能性幹細胞)の細胞死を抑制するために、Rho-associated coiled-coilキナーゼ(ROCK)の阻害物質又はMyosinの阻害剤を第二工程培養開始時から添加してもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil(HA1077)、H-1152等を挙げることができる。Myosinの阻害剤としてはBlebbistatinを挙げることができる。
【0110】
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
【0111】
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
【0112】
分散された細胞は上記培地中に懸濁される。
【0113】
そして、分散された多能性幹細胞の懸濁液を、上記培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の細胞を集合させて凝集体を形成する。
【0114】
この際、分散された多能性幹細胞を、10cmディッシュのような、比較的大きな培養器に播種することにより、1つの培養器中に複数の細胞の凝集体を同時に形成させてもよいが、こうすると凝集塊ごとの大きさにばらつきが生じる。そこで、例えば、96穴マイクロプレートのようなマルチウェルプレート(U底、V底)の各ウェルに一定数の分散された多能性幹細胞を入れて、これを静置培養すると、細胞が迅速に凝集することにより、各ウェルにおいて1個の凝集体が形成される。この凝集体を複数のウェルから回収することにより、均一な凝集体の集団を得ることができる。
【0115】
工程(2)における多能性幹細胞の濃度は、細胞の凝集体をより均一に、効率的に形成させるように適宜設定することができる。例えば96穴マイクロウェルプレートを用いてヒト細胞(例、工程(1)から得られたヒトiPS細胞)を浮遊培養する場合、1ウェルあたり約1×103から約1×105細胞、好ましくは約3×103から約5×104細胞、より好ましくは約4×103から約2×104細胞、更に好ましくは、約4×103から約1.6×104細胞、より更に好ましくは約8×103から約1.2×104細胞となるように調製した液をウェルに添加し、プレートを静置して凝集体を形成させる。
【0116】
工程(2)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0117】
工程(2)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0118】
ある時点で、特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。
【0119】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0120】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0121】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット(ピペットマン)、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)を使ってもよい。
【0122】
細胞の凝集体を形成させるために必要な浮遊培養の時間は、細胞を均一に凝集させるように、用いる多能性幹細胞によって適宜決定可能であるが、均一な細胞の凝集体を形成するためにはできる限り短時間であることが望ましい。分散された細胞が、細胞凝集体が形成されるに至るまでの工程は、細胞が集合する工程、及び集合した細胞が細胞凝集体を形成する工程にわけられる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞が集合するまでは、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)の場合には、好ましくは約24時間以内、より好ましくは約12時間以内に集合した細胞を形成させる。分散された細胞を播種する時点(すなわち浮遊培養開始時)から細胞凝集体が形成されるまでの工程では、例えば、ヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)の場合には、好ましくは約72時間以内、より好ましくは約48時間以内に凝集体が形成される。この凝集体形成までの時間は、細胞を凝集させる用具や、遠心条件などを調整することにより適宜調節することが可能である。
【0123】
細胞の凝集体が形成されたこと、及びその均一性は、凝集体のサイズおよび細胞数、巨視的形態、組織染色解析による微視的形態およびその均一性、分化および未分化マーカーの発現およびその均一性、分化マーカーの発現制御およびその同期性、分化効率の凝集体間の再現性などに基づき判断することが可能である。
【0124】
凝集体が形成された後、そのまま、凝集体の培養を継続してもよい。工程(2)における浮遊培養の時間は、通常12時間~6日間程度、好ましくは12時間~48時間程度である。
【0125】
工程(2)において用いられる培地は、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む。工程(1)において、多能性幹細胞をフィーダーフリー条件下で維持培養し、第二工程において、第一工程で得られた多能性幹細胞をソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を含む培地(好適には無血清培地)中で浮遊培養に付して凝集体を形成させることにより、凝集体の質が向上し、丸く、表面が滑らかで、形が崩れていない、凝集体の内部が密な、未分化性を維持した細胞の凝集体を高効率で形成できる。
【0126】
ソニック・ヘッジホッグ(以下、Shhと記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質である。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、ShhやIhh)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト、Purmorphamine(PMA;9-シクロヘキシル-N-[4-(4-モルホリニル)フェニル]-2-(1-ナグタレニルオキシ)-9H-プリン-6-アミン)、又はSAG(Smoothened Agonist;N-メチル-N'-(3-ピリジニルベンジル)-N'-(3-クロロベンゾ[b]チオフェン-2-カルボニル)-1,4-ジアミノシクロヘキサン)等が挙げられる。Shhシグナル伝達経路作用物質として、好ましくは、SAG、Purmorphamine(PMA)及びShhタンパク質(Genbankアクセッション番号:NM_000193及びNP_000184)を挙げることができ、より好ましくはSAGが挙げられる。培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、上述の効果を達成可能な範囲で適宜設定することが可能である。SAGは、通常、1~2000nM、好ましくは10nM~1000nM、好ましくは10nM~700nM、30nM~700nM、50nM~700nM、より好ましくは100nM~600nM、更に好ましくは100nM~500nMの濃度で使用される。また、SAG以外のShhシグナル伝達経路作用物質を使用する場合、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。例えば、PMAの場合、通常0.002~20μM、好ましくは0.02~2μM 、更に好ましくは約0.2μMに相当し、Shhタンパク質の場合、通常約10~1000ng/ml、好ましくは約10~300ng/mlの濃度に相当する。
【0127】
培地中のソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質の濃度は、工程(2)の期間中変動させてもよい。例えば、工程(2)の開始時において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を上記範囲とし、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
【0128】
ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質を培地に添加するタイミングは、上記効果を達成できる範囲であれば特に限定されないが、早ければ早い方が効果が高い。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、工程(2)開始から、通常3日以内、好ましくは2日以内、より好ましくは1日以内、更に好ましくは工程(2)開始時に、培地に添加される。
【0129】
好ましい態様において、工程(2)においては、工程(1)で得られたヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、Shhタンパク質、PMA)を含む無血清培地中で浮遊培養に付し、凝集体を形成する。ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質は、好ましくは、浮遊培養開始時から培地に含まれる。培地には、ROCK阻害物質(例、Y-27632)を添加してもよい。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0130】
例えば、工程(1)で得られたヒト多能性幹細胞(例、ヒトiPS細胞)を回収し、これを、単一細胞、又はこれに近い状態にまで分散し、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(例、SAG、Shhタンパク質、PMA)を含む無血清培地中に懸濁し、浮遊培養に付す。該無血清培地は、ROCK阻害剤(例、Y-27632)を含んでいても良い。ヒト多能性幹細胞(例、iPS細胞)の懸濁液を、上述の培養器中に播き、分散させた多能性幹細胞を、培養器に対して、非接着性の条件下で培養することにより、複数の多能性幹細胞を集合させて凝集体を形成する。培養時間は12時間~6日間、好ましくは12時間~48時間である。形成される凝集体は、好ましくは均一な凝集体である。
【0131】
このようにして、工程(2)を実施することにより、工程(1)で得られた多能性幹細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体が形成される。本発明はこのような凝集体の製造方法をも提供する。工程(2)で得られる凝集体は、工程(2)において、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質で処理しない場合よりも、高い品質を有している。具体的には、丸く、表面が滑らかで、凝集体の内部が密であり、形が崩れていない凝集体の割合に富んだ、凝集体の集団を得ることが出来る。一態様において、第二工程開始から6日目に無作為的に凝集体(例えば、100個以上)を選出した際に、崩れていない凝集体の割合及び/又は嚢胞化していない凝集体の割合の和が、例えば30%以上、好ましくは50%以上である。
【0132】
工程(2)で得られる凝集体は、種々の分化細胞や分化組織へ分化する能力を有する。一態様において、工程(2)で得られる凝集体は、神経系細胞(例、網膜細胞)や神経組織(例、網膜組織)へ分化する能力を有する。一態様において、工程(1)で得られた、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(好ましくは、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する、Oct3/4陽性の幹細胞)を工程(2)で用いることにより、少なくとも神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜組織、網膜前駆細胞、又は網膜層特異的神経細胞)へ分化する能力を有する幹細胞(例えば、Oct3/4陽性幹細胞)を含む凝集体を得ることができる。工程(2)で得られる凝集体は、当該凝集体を、適切な分化条件下で培養することにより、種々の分化細胞や分化組織(例、網膜細胞等の神経系細胞、網膜組織等の神経組織)を高い効率で誘導することが出来る。
【0133】
一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、工程(1)で得られる多能性幹細胞と、神経系細胞や神経組織(好ましくは、網膜細胞又は網膜組織)との間の、中間段階の細胞に相当する細胞が含まれる。当該細胞は、多能性性質マーカーOct3/4、外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、N-cadherin、TP63)、神経外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、Nestin、N-cadherin、Otx2)、前述の神経系細胞マーカーのいずれかを発現している。即ち、一態様において、工程(2)で得られる凝集体には、多能性性質マーカーOct3/4、外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、N-cadherin、TP63)、神経外胚葉マーカー(Sox1、Sox2、Nestin、N-cadherin、Otx2)、前述の神経系細胞マーカーのいずれかを発現している細胞の混合物が含まれる。すなわち、工程(2)で得られる凝集体には、少なくとも神経系細胞又は神経組織(好ましくは、網膜細胞又は網膜組織)へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は神経系細胞又は神経組織(好ましくは、網膜細胞又は網膜組織)の前駆細胞を含む。また、当該前駆細胞は、公知の適切な培養条件で培養すれば、前述の神経系細胞マーカー(好ましくは、網膜細胞マーカー)を発現する能力(competence)があることを特徴とする。従って、一態様において、工程(2)で得られる凝集体は、Oct3/4陽性の、少なくとも神経系細胞又は神経組織(好ましくは、網膜細胞又は網膜組織)へ分化する能力を有する幹細胞、及び/又は神経系細胞又は神経組織(好ましくは、網膜細胞又は網膜組織)の前駆細胞を含む。工程(2)で得られる凝集体に含まれる細胞の一部が、上述の神経組織マーカーを発現していてもよい。一態様において、工程(2)で得られる凝集体は、全細胞中のOct3/4陽性の割合が50%以上、例えば70%以上含まれていてもよい。
【0134】
工程(2)において、培地交換操作を行う場合、例えば、元ある培地を捨てずに新しい培地を加える操作(培地添加操作)、元ある培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)捨てて新しい培地を半量程度(元ある培地の体積量の30~90%程度、例えば40~60%程度)加える操作(半量培地交換操作)、元ある培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)捨てて新しい培地を全量程度(元ある培地の体積量の90%以上)加える操作(全量培地交換操作)が挙げられる。
【0135】
ある時点で特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。
【0136】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0137】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0138】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット(ピペットマン)、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)を使ってもよい。
【0139】
工程(2)で得られた凝集体から、網膜細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を誘導する工程(3)について説明する。
【0140】
工程(2)で得られた凝集体を、適切な分化誘導因子の存在下もしくは非存在下(好ましくは存在下)に浮遊培養し、網膜細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得ることができる。
【0141】
細胞の凝集体を浮遊培養により、網膜細胞あるいは網膜組織に誘導する方法としては、多くの方法が報告されている。例えばNature, 472, 51-56 (2011)、Cell Stem Cell, 10(6), 771-775 (2012)等に記載された方法が知られているが、これらに限定されない。
【0142】
分化誘導因子非存在下で網膜細胞あるいは網膜組織を製造する方法としては、例えば、工程(2)で得られる凝集体を、血清培地あるいは無血清培地にて、網膜細胞を含む神経系細胞への自発分化を誘導する方法が挙げられる。前記血清培地あるいは無血清培地としては、未分化維持因子を含まない血清培地あるいは無血清培地が挙げられる。神経系細胞への分化の過程で生成する網膜細胞を選別・単離してもよい。選別・単離には、FACS又はMACSを使ってもよい。また、工程(1)のスタート原料として、網膜を製造しやすい多能性幹細胞を用いてもよい。
【0143】
好ましくは、工程(2)で得られた凝集体を、適切な分化誘導因子の存在下で浮遊培養し、網膜細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る。
【0144】
ここで用いられる分化誘導因子とは、網膜細胞あるいは網膜組織の分化を誘導する活性をもつ因子であれば特に限定はないが、例えば、BMPシグナル伝達経路作用物質、基底膜標品、Wntシグナル伝達経路阻害物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路阻害物質等が挙げられる。細胞の種類や分化状態(competence又はpotential)によって、分化誘導因子への応答が異なり、分化誘導過程においても、分化誘導因子の濃度や添加時期によって分化誘導因子の効果が異なることがある。また、動物種によって同様の効果を及ぼす分化誘導因子の至適濃度が異なることが知られており、例えば一般的にはマウス細胞とヒト細胞ではヒト細胞の方が至適濃度が高いことが知られている(特に外胚葉、内胚葉において)。多能性幹細胞から特定の細胞もしくは組織への分化誘導方法は多数報告されており、目的とする細胞又は組織に適した分化誘導因子又は分化誘導方法を選択することができる。
【0145】
好ましくは、分化誘導因子として、BMPシグナル伝達経路作用物質が用いられる。即ち、工程(2)で得られた凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質の存在下に浮遊培養し、網膜細胞もしくは網膜組織を含む凝集体を得る。
【0146】
BMPシグナル伝達経路作用物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達経路を増強し得る物質である。BMPシグナル伝達経路作用物質としては、例えばBMP2、BMP4もしくはBMP7等のBMP蛋白、GDF7等のGDF蛋白、抗BMP受容体抗体、又は、BMP部分ペプチドなどが挙げられる。BMP2蛋白、BMP4蛋白及びBMP7蛋白は例えばR&D Systemsから、GDF7蛋白は例えば和光純薬から入手可能である。BMPシグナル伝達経路作用物質は、好ましくはBMP4である。
【0147】
本発明に用いる分化誘導因子(例、BMP4)は、通常哺乳動物の分化誘導因子である。哺乳動物としては、上記のものを挙げることができる。分化誘導因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の分化誘導を可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の分化誘導因子が用いられる。例えば、ヒト多能性幹細胞の網膜組織又は網膜細胞への分化を誘導する場合、ヒトの分化誘導因子(例、BMP4)が好適に用いられる。
【0148】
本発明に用いる分化誘導因子(例、BMP4)は、好ましくは単離されている。従って、一態様において、本発明は、単離された分化誘導因子(例、BMP4)を提供する工程を含む。また、一態様において、工程(3)に用いる培地中へ、単離された分化誘導因子(例、BMP4)を外因的に添加する工程を含む。
【0149】
一態様において、工程(3)において用いられる培地は、分化誘導因子(例、BMP4)が添加された無血清培地又は血清培地(好ましくは無血清培地)である。かかる培地には、基底膜標品を添加してもよく、しなくてもよい。基底膜標品としては、上述のものを使用することができる。基底膜標品を添加する場合の濃度は、例えば、Matrigelを用いる場合、体積濃度で0.1~10%、より好ましくは0.5%から2%である。化学的に未同定な物質の混入を回避する観点からは基底膜標品を添加しない。
【0150】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。調製の煩雑さを回避するには、例えば、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateが添加された培地、又は、GMEMに5%~20%KSR、NEAA、ピルビン酸、2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトES細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0151】
工程(3)で用いられる培地(好ましくは無血清培地)は、工程(2)で用いた培地(好ましくは無血清培地)をそのまま用いることもできるし、新たな培地(好ましくは無血清培地)に置き換えることもできる。工程(2)で用いた、分化誘導因子(例、BMP4)を含まない無血清培地をそのまま工程(3)に用いる場合、分化誘導因子(例、BMP4)を培地中に添加すればよい。
【0152】
一態様において、工程(2)で培地中に添加するShhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的低濃度(例えば、SAGについては700nM以下、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等以下のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合、培地交換を行う必要はなく、工程(2)で用いた培地に分化誘導因子(例、BMP4)を添加すればよい。一方、Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度が比較的高濃度(例えば、SAGについては700nM超、又は1000nM以上、他のShhシグナル伝達経路作用物質については、前記濃度のSAGと同等のShhシグナル伝達促進活性を示す濃度)の場合には、分化誘導因子添加時に残存するShhシグナル伝達経路作用物質の影響を抑制するために、分化誘導因子(例、BMP4)を含む新鮮な培地に交換することが望ましい。
【0153】
好ましい態様において、工程(3)で用いられる培地中のShhシグナル伝達経路作用物質の濃度は、SAGのShhシグナル伝達促進活性換算で、700nM以下、好ましくは300 nM以下、より好ましくは10 nM以下、更に好ましくは0.1 nM以下、更に好ましくはShhシグナル伝達経路作用物質を含まない。「Shhシグナル伝達経路作用物質を含まない」培地には、Shhシグナル伝達経路作用物質を実質的に含まない培地、例えば、網膜細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のShhシグナル伝達経路作用物質を含有しない培地、も含まれる。「Shhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない」培地には、Shhシグナル伝達経路作用物質が実質的に添加されていない培地、例えば、網膜細胞及び網膜組織への選択的分化に不利な影響を与える程度の濃度のShhシグナル伝達経路作用物質が添加されていない培地、も含まれる。
【0154】
培地中の分化誘導因子(例、BMPシグナル伝達経路作用物質)の濃度は、多能性幹細胞、又はこれに由来する細胞の凝集体の網膜細胞への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばヒトBMP4の場合は、約0.01nMから約1μM、好ましくは約0.1nMから約100nM、より好ましくは約1nMから約10nM、更に好ましくは約1.5nM(55ng/mL)の濃度となるように培地に添加する。BMP4以外のBMPシグナル伝達経路作用物質を用いる場合には、上記BMP4の濃度と同等のBMPシグナル伝達促進活性を示す濃度で用いられることが望ましい。
【0155】
培地中の分化誘導因子(例、BMP4)の濃度は、工程(3)の期間中変動させてもよい。例えば、工程(3)の開始時において、分化誘導因子(例、BMP4)を上記範囲とし、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に該濃度を低下させてもよい。
【0156】
分化誘導因子(例、BMP4)は、工程(2)の浮遊培養開始から約24時間後以降に添加されていればよく、浮遊培養開始後数日以内(例えば、15日以内)に培地に添加してもよい。好ましくは、分化誘導因子(例、BMP4)は、浮遊培養開始後1日目から15日目までの間、より好ましくは1日目から9日目までの間、更に好ましくは3日目から8日目までの間、より更に好ましくは、3日目から6日目までの間に培地に添加する。
【0157】
分化誘導因子(例、BMP4)が培地に添加され、凝集体の網膜細胞への分化誘導が開始された後は、分化誘導因子(例、BMP4)を培地に添加する必要は無く、分化誘導因子(例、BMP4)を含まない無血清培地又は血清培地を用いて培地交換を行ってよい。一態様において、凝集体の神経系細胞への分化誘導が開始された後、分化誘導因子(例、BMP4)を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、培地中の分化誘導因子(例、BMP4)濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させる。これにより、分化誘導因子(例、BMP4)の濃度を段階希釈することができ、分化誘導因子の効果・作用時間を限定できる。
【0158】
具体的な態様として、浮遊培養開始後(すなわち前記工程(2)の開始後)1~9日目、好ましくは2~8日目、更に好ましくは3もしくは4日目に、培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換し、BMP4の終濃度を約1~10nMに調製し、BMP4の存在下で1~12日、好ましくは、2~9日、更に好ましくは2~5日間培養することができる。ここにおいて、BMP4の濃度を同一濃度を維持すべく、1もしくは2回程度培地の一部又は全部をBMP4を含む培地に交換することができる。又は前述のとおり、BMP4の濃度を段階的に減じることもできる。
【0159】
網膜細胞への分化誘導が開始された細胞は、例えば、当該細胞における網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子(別名Rax)、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)の発現を検出することにより確認することができる。GFP等の蛍光レポータータンパク質遺伝子がRx遺伝子座へノックインされた多能性幹細胞を用いて工程(2)により形成された凝集体を、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度の分化誘導因子(例、BMP4)の存在下に浮遊培養し、発現した蛍光レポータータンパク質から発せられる蛍光を検出することにより、網膜細胞への分化誘導が開始された時期を確認することもできる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、網膜前駆細胞マーカー遺伝子(例、Rx遺伝子、Pax6遺伝子、Chx10遺伝子)を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度の分化誘導因子(例、BMP4)を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。
【0160】
工程(3)において、培地交換操作を行う場合、例えば、前述の培地添加操作、半量培地交換操作、全量培地交換操作が挙げられる。
【0161】
ある時点で特定の成分(例えば、分化誘導因子)を添加する場合、例えば、終濃度を計算した上で、元ある培地を半量程度捨てて、特定の成分を終濃度よりも高い濃度(具体的には終濃度の1.5~3.0倍、例えば終濃度の約2倍の濃度)で含む新しい培地を半量程度加える操作(半量培地交換操作)を行ってもよい。
【0162】
ある時点で、元の培地に含まれる特定の成分の濃度を維持する場合、例えば元ある培地を半量程度捨てて、元の培地に含まれる濃度と同じ濃度の特定の成分を含む新しい培地を半量程度加える操作を行ってもよい。
【0163】
ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、例えば、培地交換操作を、1日に複数回、好ましくは1時間以内に複数回(例えば2~3回)行ってもよい。また、ある時点で、元の培地に含まれる成分を希釈して濃度を下げる場合、細胞または凝集体を別の培養容器に移してもよい。
【0164】
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット(ピペットマン)、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルマイクロピペット(マルチチャンネルピペットマン)を使ってもよい。
【0165】
工程(3)における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0166】
かかる培養により、工程(2)で得られた凝集体を形成する細胞から網膜前駆細胞への分化が誘導され、網膜前駆細胞を含む凝集体を得ることが出来る。本発明は、このような網膜前駆細胞を含む凝集体の製造方法をも提供する。網膜前駆細胞を含む凝集体が得られたことは、例えば、網膜前駆細胞のマーカーであるRx、PAX6又はChx10を発現する細胞が凝集体に含まれていることを検出することにより確認することができる。工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質(例、BMP4)を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、Rxを発現する状態となるまで、工程(3)の培養が実施される。
【0167】
得られた網膜前駆細胞を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜前駆細胞を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理又はパパイン処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜前駆細胞を得ることも可能である。
【0168】
更に、網膜組織を含む凝集体を無血清培地又は血清培地で引き続き培養することにより、網膜組織に含まれる網膜細胞(例えば、網膜前駆細胞)を更に分化させて、神経上皮構造様の網膜組織を製造することができる。
【0169】
かかる培地に用いられる無血清培地又は血清培地は、上述したようなものである限り特に限定されない。例えば、DMEM-F12培地に10%ウシ胎児血清、N2サプリメント、100μMタウリン、500nM レチノイン酸を添加した血清培地、又は、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、IMDMとF-12の1:1の混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール及び1 x Chemically Defined Lipid Concentrateを添加した培地)等を挙げることができる。
【0170】
網膜前駆細胞から網膜組織を誘導する際の培養時間は、目的とする網膜層特異的神経細胞によって異なるが、例えば約7日間から約200日間である。
【0171】
網膜組織は凝集体の表面を覆うように存在する。浮遊培養終了後、凝集体をパラホルムアルデヒド溶液等の固定液を用いて固定し、凍結切片を作製した後、層構造を有する網膜組織が形成されていることを免疫染色法などにより確認すればよい。網膜組織は、各層を構成する細胞(視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞)がそれぞれ異なるため、これらの細胞に発現している上述のマーカーに対する抗体を用いて、免疫染色法により、層構造が形成されていることを確認することができる。一態様において、網膜組織はRx又はChx10陽性の神経上皮構造である。
【0172】
凝集体の表面に存在する網膜組織を、ピンセット等を用いて、凝集体から物理的に切り出すことも可能である。この場合、各凝集体の表面には、網膜組織以外の神経組織が形成される場合もあるため、凝集体から切り出した神経組織の一部を切り取り、これを用いて後述の免疫染色法等により確認することにより、その組織が網膜組織であることを確認することが出来る。
【0173】
一態様において、工程(3)で得られる凝集体は、網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない。網膜組織を含み頭部非神経外胚葉を実質的に含まない凝集体では、例えば、上述の凝集体凍結切片の免疫染色像において、Rx陽性の組織が観察され、その外側にRx陰性の組織が観察されない。
【0174】
工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で形成された凝集体を、Rx遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度のBMPシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜前駆細胞を含む凝集体を得て、該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜組織を含む凝集体を得る工程、を挙げることができる。網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で浮遊培養する際、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地による培地交換により、網膜前駆細胞を誘導するために培地中に含まれていたBMPシグナル伝達経路作用物質濃度を、2~4日につき、40~60%減の割合で、徐々に又は段階的に低下させてもよい。一態様において、凝集体に含まれる細胞の20%以上(好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む凝集体の浮遊培養が実施される。
【0175】
また、工程(3)の実施態様の一つとして、工程(2)で得られた凝集体、又は工程(2)で得られた凝集体を、上記方法により浮遊培養した凝集体を、接着培養に付し、接着凝集体を形成させてもよい。該接着凝集体を、Rx遺伝子を発現する細胞が出現し始めるまでの間、網膜細胞への分化誘導に必要な濃度の分化誘導因子(例、BMP4)を含む無血清培地又は血清培地中で接着培養し、網膜前駆細胞を含む接着凝集体を得る。該網膜前駆細胞を含む凝集体を網膜組織が形成されるまで、引き続き無血清培地又は血清培地中で接着培養し、網膜組織を含む接着凝集体を得る。一態様において、細胞の10%以上(好ましくは、20%以上、30%以上、40%以上、50%以上)が、Chx10を発現する状態となるまで、網膜前駆細胞を含む接着凝集体の接着培養が実施される。
【0176】
本発明の方法により、多能性幹細胞から高効率で網膜細胞及び網膜組織を得ることができる。本発明の方法により得られる網膜組織には、網膜層のそれぞれに特異的なニューロン(神経細胞)が含まれることから、視細胞、水平細胞、双極細胞、アマクリン細胞、網膜神経節細胞または、これらの前駆細胞など網膜組織を構成する各種細胞を入手することも可能である。得られた網膜組織から入手した細胞がいずれの細胞であるかは、自体公知の方法、例えば細胞マーカーの発現により確認できる。
【0177】
得られた網膜組織を含む凝集体は、そのまま毒性・薬効評価用試薬として用いてもよい。網膜組織を含む凝集体を分散処理(例えば、トリプシン/EDTA処理)し、得られた細胞をFACS又はMACSを用いて選別することにより、高純度な網膜組織構成細胞、例えば高純度な視細胞を得ることも可能である。
【0178】
本発明の製造方法で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(A)及び工程(B)により、毛様体周縁部様構造体を製造できる。
【0179】
毛様体周縁部様構造体とは、毛様体周縁部と類似した構造体のことである。「毛様体周縁部(ciliary marginal zone;CMZ)」としては、例えば、生体網膜において網膜組織(具体的には、神経網膜)と網膜色素上皮との境界領域に存在する組織であり、且つ、網膜の組織幹細胞(網膜幹細胞)を含む領域を挙げることができる。毛様体周縁部は、毛様体縁(ciliary margin)または網膜縁(retinal margin)とも呼ばれ、毛様体周縁部、毛様体縁及び網膜縁は同等の組織である。毛様体周縁部は、網膜組織への網膜前駆細胞や分化細胞の供給や網膜組織構造の維持等に重要な役割を果たしていることが知られている。毛様体周縁部のマーカー遺伝子としては、例えば、Rdh10遺伝子(陽性)及びOtx1遺伝子(陽性)及びZic1遺伝子(陽性)を挙げることができる。
【0180】
まず、工程(A)として、本発明の製造方法で得られた網膜組織を含む細胞凝集体であり、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が20%以上100%以下である細胞凝集体を、Wntシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、FGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養する。
【0181】
ここで、工程(A)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0182】
工程(A)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement(N2, Life Technologies社製)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0183】
工程(A)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0184】
工程(A)にて、上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるWntシグナル伝達経路作用物質としては、Wntにより媒介されるシグナル伝達を増強し得るものである限り特に限定されない。具体的なWntシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Wntファミリーに属するタンパク質(例えば、Wnt1、Wnt3a、Wnt7a)、Wnt受容体、Wnt受容体アゴニスト、GSK3阻害剤(例えば、6-Bromoindirubin-3'-oxime(BIO)、CHIR99021、Kenpaullone)等を挙げることができる。
【0185】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるWntシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、CHIR99021等の通常のWntシグナル伝達経路作用物質の場合には、例えば、約0.1μMから約100μMの範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約1μMから約30μMの範囲を挙げることができる。より好ましくは、例えば、3μM前後の濃度を挙げることができる。
【0186】
工程(A)の上記「網膜組織を含む細胞凝集体」を、無血清培地又は血清培地中で培養する際、該培地に含められるFGFシグナル伝達経路阻害物質としては、FGFにより媒介されるシグナル伝達を阻害できるものである限り特に限定されない。FGFシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、FGF受容体、FGF受容体阻害剤(例えば、SU-5402、AZD4547、BGJ398)、MAPキナーゼカスケード阻害物質(例えば、MEK阻害剤、MAPK阻害剤、ERK阻害剤)、PI3キナーゼ阻害剤、Akt阻害剤などが挙げられる。
【0187】
工程(A)の無血清培地又は血清培地に含まれるFGFシグナル伝達経路阻害物質の濃度は、凝集体の毛様体周縁部様構造体への分化を誘導可能な濃度であればよい。例えばSU-5402の場合、約0.1μMから約100μM、好ましくは約1μMから約30μM、より好ましくは約5μMの濃度で添加する。
【0188】
工程(A)における「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間中に限り、培養」するとは、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間の全部又はその一部に限り培養することを意味する。つまり、培養系内に存在する前記「網膜組織を含む細胞凝集体」が、RPE65遺伝子を実質的に発現しない細胞から構成されている期間の全部又はその一部(任意な期間)に限り培養すればよく、このような培養を採用することにより、RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体を得ることができる。
【0189】
このような特定な期間を設定するには、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」を試料として、当該試料中に含まれるRPE65遺伝子の発現有無又はその程度を、通常の遺伝子工学的手法又は生化学的手法を用いて測定すればよい。具体的には例えば、前記「網膜組織を含む細胞凝集体」の凍結切片をRPE65タンパク質に対する抗体を用いて免疫染色する方法を用いてRPE65遺伝子の発現の有無又はその程度を調べることができる。
【0190】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合がWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも減少し、30%から0%の範囲内になるまでの期間を挙げることができる。「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」としては、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が30%から0%の範囲内である細胞凝集体を挙げることができる。
【0191】
工程(A)の「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現するに至るまでの期間」の日数はWntシグナル伝達経路作用物質及び/又はFGFシグナル伝達経路阻害物質の種類、無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、14日間以内を挙げることができる。より具体的には、無血清培地(例えば、基礎培地にN2が添加された無血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、10日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、3日間から6日間を挙げることができる。血清培地(例えば、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地)が用いられる場合、前記期間として、好ましくは、例えば、12日間以内を挙げることができ、より好ましくは、例えば、6日間から9日間を挙げることができる。
【0192】
次いで、工程(B)として、上述のようにして培養して得られた「RPE65遺伝子を発現する細胞が出現していない細胞凝集体」を、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中で培養する。
【0193】
工程(B)で好ましい培養としては、例えば、浮遊培養を挙げることができる。
【0194】
工程(B)の無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0195】
工程(B)の前記無血清培地又は血清培地に、既知の増殖因子、増殖を促進する添加剤や化学物質等を添加してもよい。既知の増殖因子としては、EGF、FGF、IGF、insulin等を挙げることができる。増殖を促進する添加剤として、N2 supplement(Life Technologies社製)、B27 supplement(Life Technologies社製)、KSR等を挙げることができる。増殖を促進する化学物質としては、レチノイド類(例えば、レチノイン酸)、タウリンを挙げることができる。
【0196】
工程(B)の好ましい培養時間としては、例えば、前記網膜組織におけるChx10陽性細胞の存在割合が、Wntシグナル伝達経路作用物質を含まない無血清培地又は血清培地中での前記細胞凝集体の培養開始時よりも増加し、30%以上になるまで行う培養時間を挙げることができる。
【0197】
工程(B)の培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定すればよい。培養温度としては、例えば、約30℃から約40℃の範囲を挙げることができる。好ましくは、例えば、約37℃前後を挙げることができる。また、CO2濃度としては、例えば、約1%から約10%の範囲を挙げることができ、好ましくは、例えば、約5%前後を挙げることができる。
【0198】
工程(B)の「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」を得られるまでの上記の培養日数は無血清培地又は血清培地の種類、他培養条件等に応じて変化するが、例えば、100日間以内を挙げることができる。前記培養日数として、好ましくは、例えば、20日間から70日間を挙げることができ、より好ましくは、例えば、30日間から60日間を挙げることができる。
【0199】
上述の工程(A)、(B)により調製された「毛様体周縁部様構造体を含む細胞凝集体」においては、毛様体周縁部様構造体にそれぞれ隣接して、網膜色素上皮と網膜組織(具体的には、神経網膜)とが同一の細胞凝集体内に存在している。当該構造については顕微鏡観察等で確認することが可能である。具体的には例えば、顕微鏡観察により、透明度が高い網膜組織から、色素沈着が見える網膜色素上皮との間に形成される、網膜側が厚く網膜色素上皮側が薄い上皮構造として毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。また、凝集体の凍結切片の免疫染色によって、Rdh10陽性、Otx1陽性、又は、Zic1陽性と
して、毛様体周縁部様構造体の存在を確認することができる。
【0200】
本発明の製造方法等で得られた網膜組織を含む細胞凝集体から、下記工程(C)により網膜色素上皮細胞を製造できる。下記工程(C)で得られた網膜色素上皮細胞から、下記工程(D)により網膜色素上皮シートを製造できる。
【0201】
本発明における「網膜色素上皮細胞」とは生体網膜において神経網膜組織の外側に存在する上皮細胞を意味する。網膜色素上皮細胞であるかは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65(成熟した網膜色素上皮細胞)、Mitf(幼若な又は成熟した網膜色素上皮細胞)など)の発現や、メラニン顆粒の存在、多角形の特徴的な細胞形態などにより確認できる。
【0202】
まず、工程(C)として、本発明の製造方法2で得られた網膜組織を含む細胞凝集体を、BMPシグナル伝達経路作用物質を含まずWntシグナル伝達経路作用物質を含む無血清培地又は血清培地中で浮遊培養し、網膜色素上皮細胞を含む凝集体を得る。
【0203】
工程(C)で用いる無血清培地としては、基礎培地にN2またはKSRが添加された無血清培地を挙げることができ、より具体的には、DMEM/F12培地にN2 supplement( Life Technologies社)が添加された無血清培地を挙げることができる。血清培地としては、基礎培地に牛胎児血清が添加された血清培地を挙げることができる。
【0204】
工程(C)で用いる無血清培地に、前述のWntシグナル伝達経路作用物質に加えて、前述のNodal/Activinシグナル伝達経路作用物質、及び/又は、前述のFGFシグナル伝達経路阻害物質を含んでもよい。
【0205】
ここで、工程(C)の好ましい培養としては、浮遊培養を挙げることができる。
【0206】
次いで、工程(C)で得られた凝集体を分散し、得られた細胞を接着培養する工程(D)について説明する。
【0207】
工程(D)は、工程(C)の実施開始から60日以内、好ましくは30日以内、より好ましくは3日後に実施する。
【0208】
工程(D)における接着培養に用いられる無血清培地又は血清培地としては、上述したような培地を挙げることができる。調製の煩雑さ回避するには、市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、DMEM/F-12とNeurobasalの1:1混合液に1/2 x N2サプリメント、1/2 x B27サプリメント及び100μM 2-メルカプトエタノールが添加された培地)を使用することが好ましい。無血清培地へのKSRの添加量としては、例えばヒトiPS細胞由来細胞の場合は、通常約1%から約20%であり、好ましくは約2%から約20%である。
【0209】
工程(D)において前述の、ROCK阻害物質を含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することが好ましい。
【0210】
工程(D)において、Wntシグナル伝達経路作用物質、FGFシグナル伝達経路阻害物質、Activinシグナル伝達経路作用物質及びBMPシグナル伝達経路作用物質からなる群から選ばれる1以上の物質を更に含む無血清培地又は血清培地中で細胞を培養することがより好ましい。
【0211】
Activinシグナル伝達経路作用物質とは、Activinにより媒介されるシグナルを増強し得る物質である。Activinシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Activinファミリーに属する蛋白(例えば、Activin A, Activin B, Activin C, Activin ABなど)、Activin受容体、Activin受容体アゴニストが挙げられる。
【0212】
工程(D)で用いられるActivinシグナル伝達経路作用物質の濃度は、網膜色素上皮細胞の均一なシートを効率的に形成させることができる濃度であればよい。例えばRecombinant Human/Mouse/Rat Activin A (R&D systems社 #338-AC)の場合、約1ng/mlから約10μg/ml、好ましくは約10ng/mlから約1μg/ml、より好ましくは約100ng/mlの濃度となるように添加する。
【0213】
Activinシグナル伝達経路作用物質は、工程(D)の開始から例えば18日以内、好ましくは6日目に添加する。
【0214】
工程(D)において、培養基質で表面処理された培養器材上で接着培養を行うことが好ましい。工程(D)における培養器材の処理に用いられる培養基質としては、凝集体由来細胞の接着培養と網膜色素上皮シートの形成を可能とする細胞培養基質が挙げられる。
【0215】
3.毒性・薬効評価方法
本発明の製造方法により製造された、網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)は、網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬のスクリーニングや、毒性評価における、疾患研究材料、創薬材料として有用であるので、被検物質の毒性・薬効評価用試薬とすることができる。例えば、網膜組織の障害に基づく疾患、特に遺伝性の障害に基づく疾患のヒト患者から、iPS細胞を作製し、このiPS細胞を用いて本発明の方法により、網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を製造する。網膜組織又は網膜細胞は、その患者が患っている疾患の原因となる網膜組織の障害をインビトロで再現し得る。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)に被検物質を接触させ、該物質が該細胞又は該組織に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法を提供する。
【0216】
例えば、本発明の製造方法により製造された、特定の障害(例、遺伝性の障害)を有する網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した網膜組織又は網膜細胞における障害の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、その障害の程度を軽減した被検物質を、当該障害に基づく疾患の治療薬の候補物質として、選択することができる。例えば、本発明の製造方法で製造した網膜細胞の生理活性(例えば、生存促進又は成熟化)をより向上させる被検物質を、医薬品の候補物質として探索することができる。あるいは、網膜の障害を伴う疾患等の特定の障害を呈する遺伝子変異を有する体細胞から人工多能性幹細胞を調製し、当該細胞を本発明の製造方法で分化誘導させて製造した網膜細胞に被検物質を添加し、前記障害を呈するか否かを指標として当該障害の治療薬・予防薬として有効な被検物質の候補を探索することができる。
【0217】
毒性評価においては、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を、被検物質の存在下又は非存在下(ネガティブコントロール)で培養する。そして、被検物質で処理した網膜組織又は網膜細胞における毒性の程度を、ネガティブコントロールと比較する。その結果、ネガティブコントロールと比較して、毒性を示した被検物質を、網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)に対する毒性を有する物質として判定することが出来る。
【0218】
すなわち、本発明は、以下の工程を含む、毒性評価方法を包含する。
(工程1)本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、
(工程2)本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜細胞を、生存可能な培養条件で、一定時間、被検物質の非存在下又はポジティブコントロールの存在下で培養した後、細胞の傷害の程度を測定する工程、及び
(工程3)(工程1)及び(工程2)において測定した結果の差異に基づき、工程1における被検物質が有する毒性を評価する工程。
【0219】
ここで、「被検物質の非存在下」とは、被検物質の代わりに培養液、被検物質を溶解している溶媒のみを添加することを包含する。また、「ポジティブコントロール」とは、毒性を有する既知化合物を意味する。
【0220】
細胞の傷害の程度を測定する方法としては、生存する細胞数を計測する方法、例えば細胞内ATP量を測定する方法、又は、細胞染色(例えば細胞核染色)と形態観察により生細胞数を計測する方法等が挙げられる。
【0221】
工程3において、被検物質が有する毒性を評価する方法としては、例えば、工程1の測定値と工程2におけるネガティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が大きい場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。また、工程1の測定値と工程2におけるポジティブコントロールの測定値を比較し、工程1の細胞の傷害の程度が同等以上の場合に当該被検物質が毒性を有すると判断できる。
【0222】
4.医薬組成物
本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の有効量を含む医薬組成物を提供する。
【0223】
該医薬組成物は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
【0224】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることが出来る。必要に応じて、移植医療において、移植する組織や細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
【0225】
本発明の医薬組成物は、製造方法1及び2により製造される網膜組織又は網膜細胞を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することにより、懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いても良い。
【0226】
本発明の製造方法で得られる網膜組織を、ピンセット等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤とすることもできる。
【0227】
また、本発明の製造方法で得られる細胞は、分化誘導を行う工程(3)で接着培養を行うことにより、シート状の細胞に成形し、シート剤とすることもできる。
【0228】
本発明の医薬組成物は、神経組織又は神経系細胞(例、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)の障害に基づく疾患の治療薬として有用である。
【0229】
5.治療薬
本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜組織、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)は、当該網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患の移植医療に有用である。そこで、本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜組織又は網膜細胞(例、視細胞、網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞)を含む、当該網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬を提供する。当該網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患の治療薬として、或いは、当該網膜組織の損傷状態において、該当する損傷部位を補充するために、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜細胞(網膜前駆細胞、網膜層特異的神経細胞を含む)を用いることが出来る。移植を必要とする、網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態の患者に、本発明の製造方法により製造された網膜組織又は網膜細胞を移植し、当該網膜細胞や、障害を受けた網膜組織自体を補充することにより、網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患、又は網膜組織の損傷状態を治療することが出来る。網膜組織又は網膜細胞の障害に基づく疾患としては、例えば、網膜変性症、網膜色素変性症、加齢黄斑変性症、有機水銀中毒、クロロキン網膜症、緑内障、糖尿病性網膜症、新生児網膜症などが挙げられる。
【0230】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。即ち、好ましい態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の神経組織又は神経系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0231】
また、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型やMHC型が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)から、アロの神経組織又は神経系細胞を製造し、これが当該レシピエントに移植してもよい。
【実施例】
【0232】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0233】
比較例1:工程2でShhシグナル伝達経路作用物質を用いない、ヒトiPS細胞からの分化例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0234】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6×103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて全量培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0235】
前記サブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1xChemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632を含まない無血清培地を50μl加えた。
【0236】
浮遊培養開始後6日目に、Y27632を含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55ng/ml,
図1B)または外来性のヒト組み換えBMP4を含まない培地(
図1A)になるように半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量すなわち75μl廃棄し、新しい前記無血清培地を75μl加え、培地量は合計150μlとした。その後、2~4日に一回、Y27632及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図1A,B)。その結果、ヒト組み換えBMP4を添加した条件でも(
図1B)、添加しなかった条件でも(
図1A)、90%以上の細胞凝集体が崩壊し、神経組織の形成効率が悪いことが分かった。
【0237】
実施例1:工程1でフィーダーフリー培地としてStemFitを用いて培養したヒトiPS細胞から、工程2でShh伝達経路作用物質を用いて調製した、細胞凝集体、神経組織及び網膜組織の形成例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。維持培養操作は、比較例1記載の方法で行った。
【0238】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)とShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG (300nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632とSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632を含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55ng/ml,
図1D)または外来性のヒト組み換えBMP4を含まない培地(
図1C)になるように半量培地交換した。半量培地交換操作としては、培養器中の培地を体積の半分量すなわち75μl廃棄し、新しい前記無血清培地を75μl加え、培地量は合計150μlとした。その後、2~4日に一回、Y27632とSAG及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後19日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図1C,D)。その結果、ヒト組み換えBMP4を添加した条件でも(
図1D)、添加しなかった条件でも(
図1C)、細胞凝集体が維持され、神経上皮構造が観察された。すなわち、Shhシグナル伝達経路作用物質を添加することで、凝集体の形状がよくなり、神経組織の形成効率が向上することが分かった(
図1A-D)。この結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞から効率よく神経組織が製造できることが分かった。
【0239】
前記、浮遊培養開始後19日目の細胞凝集体を、それぞれ4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、TAKARA社製、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。免疫染色解析において、前記マーカーが陽性であるかどうか判定する際、バックグラウンドと比較して、輝度値が2倍以上高ければ陽性とした。その結果、浮遊培養0日目にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、浮遊培養6日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が3%未満であり、Chx10陽性細胞の割合も3%未満であることがわかった(
図2A,C)。一方、浮遊培養0日目にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、浮遊培養6日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が60%以上、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も60%以上であることがわかった(
図2B,D)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の割合が高い(95%以上)神経組織において、Rxも強陽性であることがわかった(
図2B,D)。この結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3の浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞(以下、フィーダーフリーヒトiPS細胞という事もある)から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0240】
実施例2:工程1でフィーダーフリー培地としてEssential 8を用いたヒトiPS細胞から、浮遊培養開始時にShh伝達経路作用物質を用いた、神経組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、「Scientific Reports, 4, 3594 (2014)」に記載の方法に準じてフィーダーフリー条件で培養した。フィーダーフリー培地としてはEssential 8培地(Life Technologies社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0241】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、Essential 8培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6×103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないEssential 8培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないEssential 8培地にて全量培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0242】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加えた無血清培地を用いた(
図3A-D)。このうち、一部の条件では、無血清培地に、Y27632(終濃度20μM)及びShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG (300nM)を添加した無血清培地を用いた(
図3C,D)。浮遊培養開始後2日目には、SAGを添加した条件でも、添加しなかった条件でも細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。浮遊培養開始後3日目に、Y27632とSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632とSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の濃度が1.5 nM(
図3B,D)または外来性のヒト組み換えBMP4を含まない培地(
図3A,C)になるように半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632及びSAG及びヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行った(
図3A-D)。その結果、浮遊培養開始時にSAGを添加せず浮遊培養中にBMP4を添加しなかった条件でも(条件1、
図3A)、浮遊培養開始時にSAGを添加せず浮遊培養中にBMP4を添加した条件でも(条件2、
図3B)、80%以上の細胞凝集体が崩壊し、神経組織の形成効率が悪いことが分かった。一方、浮遊培養開始時にSAGを添加して浮遊培養中にBMP4を添加しなかった条件(条件3、
図3C)、及び、浮遊培養開始時にSAGを添加して浮遊培養中にBMP4を添加した条件(条件4、
図3D)では、細胞凝集体が維持され、神経上皮構造が効率よく形成されることが分かった。
【0243】
さらに、浮遊培養開始後18日目の凝集体の形態を複数観察し、形態が良好(
図4黒棒、凝集体が良好で、神経上皮を多く含む)、形態が中程度(
図4灰棒、凝集体は良いが、神経上皮の割合が低い)、形態が悪い(
図4白棒、凝集体が崩壊、神経上皮含まず)と区別し定量した。その結果、条件1(
図3A)では、形態が良好な割合は3%未満、形態が悪い割合は71%であった(
図4、Control)。それに比べ、条件3(
図3C)では、形態が良好な割合は93%、形態が悪い割合は6%であった(
図4、SAG)。
【0244】
これらの結果から、Essential 8培地を用いて培養したフィーダーフリーヒトiPS細胞において、浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を添加することで、神経組織の形成効率が良くなることが分かった。
【0245】
実施例3:工程1でフィーダーフリー培地としてEssential 8を用いたヒトiPS細胞から、浮遊培養開始時にShh伝達経路作用物質を用いた、網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(201B7株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはEssential 8培地(Life Technologies社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0246】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(201B7株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK阻害物質、10 μM)存在下、Essential 8培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6×103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないEssential 8培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないEssential 8培地にて全量培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0247】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1xChemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG (終濃度300nM)、及び、Y27632(20μM)を加えた無血清培地を用いた(
図5A-D)。浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目にY27632とSAGを含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632とSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行ったところ、神経上皮が形成されていることが分かった。
【0248】
当該浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、TAKARA社製、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。その結果、浮遊培養0日目にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、浮遊培養6日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が3%以下、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も3%以下であることがわかった(
図5A,C)。一方、浮遊培養0日目にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、浮遊培養6日目にBMPシグナル伝達経路作用物質を添加した条件では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が40%以上、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も40%以上であることがわかった(
図5B,D)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の割合が高い(95%以上)神経組織において、Rxも強陽性であることがわかった(
図5B,D)。この結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3の浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0249】
実施例4:工程2でShh伝達経路作用物質を用い、工程3でBMP4を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStemFit培地(AK03、味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0250】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(1231A3株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一分散した。その後、前記単一分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK経路阻害物質、10 μM)存在下、StemFit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は6×103とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStemFit培地に交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStemFit培地にて培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0251】
前記サブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一分散した後、前記単一分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度300nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0252】
ここで工程3として、以下条件1、条件2にて培養を行った。
条件1(+BMP、d3)としては、浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nMになるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた(培地量合計150μl)。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない培地にて、半量培地交換した。
条件2(+BMP、d6)としては、浮遊培養開始後3日目に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5nMになるように半量培地交換した。
【0253】
条件1及び条件2の細胞を、浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡にて形態を観察したところ、条件1でも条件2でも、細胞凝集体が維持され、神経組織が形成されていることがわかった。
【0254】
このようにして調製された、フィーダーフリーiPS細胞をスタート原料にして、工程2にてSAGを添加して作製した浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、条件1の細胞も、条件2の細胞も、全細胞中のRx強陽性細胞の割合が40%程度、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も40%程度であることがわかった(
図6)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の割合が高い(95%程度)神経組織において、Rx も強陽性であることがわかった。この結果から、工程2にてSAGを添加し、工程3にて浮遊培養開始後3日目または6日目に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0255】
実施例5:工程2で600nMのShh伝達経路作用物質を用い、工程3でBMP4を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
実施例4記載の方法で調製したフィーダーフリーヒトiPS細胞(1231A3株)を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一分散した後、前記単一分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(PrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×104細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO2で浮遊培養した。その際の無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10%KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)及びSAG(終濃度600nM)を添加した。浮遊培養開始後2日目までに、細胞凝集体が形成された(工程2終了、工程3開始)。
【0256】
ここで工程3として、以下条件1、条件2にて培養を行った。
条件1(+BMP、d3)としては、浮遊培養開始後3日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nMになるように、Y27632及びSAGを含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地を50μl加えた(培地量合計150μl)。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない培地にて、半量培地交換した。
条件2(+BMP、d6)としては、浮遊培養開始後3日目に、Y27632、SAG及びヒト組み換えBMP4を含まない無血清培地を50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、外来性のヒト組み換えBMP4の終濃度が1.5 nMになるように、Y27632を含まず、ヒト組み換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、半量培地交換した。
【0257】
条件1及び条件2の細胞を、浮遊培養開始後6日目以降、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、ヒト組み換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡にて形態を観察したところ、条件1でも条件2でも、細胞凝集体が維持され、神経組織が形成されていることがわかった。
【0258】
このようにして調製された、フィーダーフリーiPS細胞をスタート原料にして、工程2にてSAGを添加して作製した浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。これらの免疫染色された切片を、倒立型蛍光顕微鏡を用いて観察した。その結果、条件1の細胞も、条件2の細胞も、全細胞中のRx強陽性細胞の割合が40%程度、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も40%程度であることがわかった(
図7)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の割合が高い(95%程度)神経組織において、Rx も強陽性であることが示唆された。この結果から、工程2にて600nMのSAGを添加し、工程3にて浮遊培養開始後3日目または6日目に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリーヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0259】
実施例6:工程2でソニックヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、組換えShhタンパク質を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(201B7株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK-03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0260】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞(201B7株)を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK経路阻害物質 、10 μM)存在下、Stem Fit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.3×104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStem Fit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStem Fit培地にて全量培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0261】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.0×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらにShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG (終濃度30nM)、Purmorphamine (Wako社製 終濃度0.2μM)、又は、ヒト組換えShh(R&D社製、Recombinant N-Terminus、終濃度50ng/ml)を添加した無血清培地を用いた(
図8)。浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目にY27632、SAG、Purmorphamine、及び、組換えShhを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含む培地にて、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、Purmorphamine、Shhタンパク質、及び、ヒト組換えBMP4を含まない無血清培地を半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、Purmorphamine、Shhタンパク質、及び、ヒト組換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行ったところ、神経上皮が形成されていることが分かった。
【0262】
当該浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。その結果、浮遊培養0日目にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、PMA、又は、Shhを添加し、浮遊培養3日目にBMP4を添加した条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も30%以上であることがわかった(
図8、D~F)。これらの結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、組換えShhのいずれかを添加し、工程3の浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリー培養したヒトiPS細胞から効率よく網膜組織が製造できることが分かった。
【0263】
実施例7:工程2でソニックヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、組換えShhタンパク質を用い、工程3でBMP4を用いた、ヒトiPS細胞から網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(1231A3株、京都大学より入手)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(AK-03;味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0264】
実施例6記載の方法で調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.0×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1xChemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(終濃度20μM)を加え、さらにShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG (終濃度30nM)、Purmorphamine (PMA、Wako社製 終濃度0.2μM)、又は、ヒト組換えShh(R&D社製、Recombinant N-Terminus、終濃度300ng/ml)を添加した無血清培地、又は、外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を添加していない無血清培地を用いた(
図9)。浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目にY27632、SAG、Purmorphamine、及び、組換えShhを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含む培地を、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)になるように50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、Purmorphamine、Shhタンパク質、及び、ヒト組換えBMP4を含まない無血清培地を半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、Purmorphamine、Shhタンパク質、及び、ヒト組換えBMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後18日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて、明視野観察を行ったところ、工程2で外来性のShhシグナル伝達経路作用物質を添加しなかった条件では細胞凝集体が成長せず神経上皮形成されなかったのに比べて(
図9:Control)、工程2でSAG、PMA、又は、組換えShhタンパク質を添加した条件では細胞凝集体が成長し、神経上皮が形成されていることが分かった(
図9:SAG、PMA、Shh)。
【0265】
当該浮遊培養開始後18日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)について免疫染色を行った。その結果、浮遊培養0日目にPMAを添加し、浮遊培養3日目にBMP4を添加した条件では、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も60%以上であることがわかった(
図9下段PMA)。また、浮遊培養0日目SAG又はShhを添加した条件でも、細胞凝集体にChx10陽性細胞が含まれていることが分かった。これらの結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG、Purmorphamine、組換えShhのいずれかを添加し、工程3の浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、フィーダーフリーヒトiPS細胞から網膜組織が製造できることが分かった。
【0266】
実施例8:センダイウイルスを用いて樹立したヒトiPS細胞を、フィーダーフリー培養し、浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を用い、工程3でBMP4を用いた、網膜組織の製造例
ヒトiPS細胞(DSPC-3株、大日本住友製薬にて樹立)は、市販されているセンダイウイルスベクター(Oct3/4、Sox2、KLF4、c-Mycの4因子、DNAVEC(現ID Pharma)社製サイトチューンキット)を用いて、Life Technologies社の公開プロトコル(iPS 2.0 Sendai Reprogramming Kit、Publication Number MAN0009378、Revision 1.0)、及び、京都大学の公開プロトコル(フィーダーフリーでのヒトiPS細胞の樹立・維持培養、CiRA_Ff-iPSC_protocol_JP_v140310, http://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/protocol.html)記載の方法をもとに、StemFit培地 (AK03;味の素社製)、Laminin511-E8(ニッピ社製)を用いて樹立した。
【0267】
当該ヒトiPS細胞(DSPC-3株)を、Scientific Reports, 4, 3594 (2014)に記載の方法に準じてフィーダーフリー培養した。フィーダーフリー培地としてはStem Fit培地(味の素社製)、フィーダーフリー足場にはLaminin511-E8(ニッピ社製)を用いた。
【0268】
具体的な維持培養操作としては、まずサブコンフレントになったヒトiPS細胞を、PBSにて洗浄後、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。その後、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞を、Laminin511-E8にてコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Y27632(ROCK経路阻害物質、10 μM)存在下、Stem Fit培地にてフィーダーフリー培養した。前記プラスチック培養ディッシュとして、6ウェルプレート(イワキ社製、細胞培養用、培養面積9.4 cm2)を用いた場合、前記単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞の播種細胞数は1.3×104とした。播種した1日後に、Y27632を含まないStem Fit培地に全量培地交換した。以降、1日~2日に一回Y27632を含まないStem Fit培地にて全量培地交換した。その後、播種した6日後に、サブコンフレント(培養面積の6割が細胞に覆われる程度)になるまで培養した。
【0269】
このようにして調製したサブコンフレントのヒトiPS細胞を、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて細胞分散液処理し、さらにピペッティング操作により単一細胞に分散した。その後、前記単一細胞に分散されたヒトiPS細胞を非細胞接着性の96穴培養プレート(スミロン スフェロイド V底プレートPrimeSurface 96V底プレート,住友ベークライト社)の1ウェルあたり1.2×10
4細胞になるように100μlの無血清培地に浮遊させ、37℃、5%CO
2で浮遊培養した。その際の、無血清培地(gfCDM+KSR)には、F-12培地とIMDM培地の1:1混合液に10% KSR、450μM 1-モノチオグリセロール、1 x Chemically defined lipid concentrateを添加した無血清培地を用いた。浮遊培養開始時(浮遊培養開始後0日目、工程2開始)に、前記無血清培地にY27632(20μM)を加え、さらに外来性のShhシグナル伝達経路作用物質としてSAG を加える条件(終濃度300 nM)、又はSAGを加えない条件(終濃度0 nM)の無血清培地を用いた(
図10)。浮遊培養開始後2日目に、細胞凝集体が形成された。浮遊培養開始後3日目にY27632とSAGを含まず、ヒト組換えBMP4(R&D社製)を含む培地または含まない培地にて、外来性のヒト組換えBMP4の終濃度が1.5 nM(55 ng/ml)又は0 nMになるように50μl加えた。浮遊培養開始後6日目に、Y27632、SAG、及び、BMP4を含まない無血清培地を半量培地交換した。その後、2~4日に一回、Y27632、SAG、及び、BMP4を含まない前記無血清培地にて半量培地交換した。このようにして調製された細胞凝集体を、浮遊培養開始後22日目に、倒立顕微鏡(キーエンス社製、BIOREVO)を用いて明視野観察を行ったところ、Shhシグナル伝達経路作用物質を添加していない条件では、細胞凝集体の形成効率が悪いことが分かった(
図10、Control)。一方、浮遊培養開始時にSAGを添加した条件では細胞凝集体が維持され、神経上皮が形成されていることが分かった(
図10、SAG 300nM)。
【0270】
当該浮遊培養開始後22日目の細胞凝集体を、4%パラホルムアルデヒドで固定し、凍結切片を作製した。これらの凍結切片に関し、網膜組織マーカーの1つであるChx10(抗Chx10抗体、Exalpha社製, ヒツジ)、又は、網膜組織マーカーの1つであるRx(抗Rx抗体、Takara社製、ギニアピッグ)について免疫染色を行った。その結果、浮遊培養0日目にSAGを添加し、浮遊培養3日目にBMP4を添加した条件では、全細胞中のRx陽性細胞の割合が10%程度、全細胞中のChx10陽性細胞の割合も10%程度であることがわかった(
図10)。さらに、連続切片の解析から、Chx10陽性細胞の神経組織において、Rxも強陽性であることがわかった(
図10)。この結果から、工程2の浮遊培養開始時にShhシグナル伝達経路作用物質を添加し、工程3の浮遊培養中に分化誘導物質としてBMPシグナル伝達経路作用物質を添加することで、センダイウイルスを用いて樹立したフィーダーフリーヒトiPS細胞からも網膜組織が製造できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0271】
本発明の製造方法により、フィーダー細胞非存在下において、多能性幹細胞から網膜細胞への分化誘導を行い、網膜組織を製造することが可能になる。本発明の製造方法は、網膜組織を用いて医薬品候補化合物、その他化学物質の毒性・薬効評価や、網膜組織移植治療用移植材料への応用のための、試験や治療に使用するための材料となる網膜組織を製造できる点で有用である。
【0272】
ここで述べられた特許、特許出願明細書及び科学文献を含む全ての刊行物に記載された内容は、ここに引用されたことによって、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【0273】
本出願は、日本で出願された特願2014-217868(出願日:2014年10月24日)を基礎としており、その内容は本明細書に全て包含されるものである。