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  • 特許-MnZn系フェライトを用いた磁心 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-15
(45)【発行日】2022-06-23
(54)【発明の名称】MnZn系フェライトを用いた磁心
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/34 20060101AFI20220616BHJP
   H01F 27/255 20060101ALI20220616BHJP
   C04B 35/38 20060101ALI20220616BHJP
【FI】
H01F1/34 140
H01F27/255
C04B35/38
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021153392
(22)【出願日】2021-09-21
(62)【分割の表示】P 2018507427の分割
【原出願日】2017-03-24
(65)【公開番号】P2022003690
(43)【公開日】2022-01-11
【審査請求日】2021-09-21
(31)【優先権主張番号】P 2016061925
(32)【優先日】2016-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(72)【発明者】
【氏名】三吉 康晴
(72)【発明者】
【氏名】小湯原 徳和
(72)【発明者】
【氏名】多田 智之
【審査官】秋山 直人
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-227554(JP,A)
【文献】特開2008-201639(JP,A)
【文献】特開2007-31240(JP,A)
【文献】特開2004-217452(JP,A)
【文献】国際公開第2016/032001(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/34
H01F 27/255
C04B 35/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
主成分が、Fe2O3換算で53~54モル%のFe、ZnO換算で8.2~10.2モル%のZn及びMnO換算で残部Mnからなり、
副成分が、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.001質量部超0.015質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.4質量部以下(0は含まず)のCo、Ta2O5換算で0.1質量部以下(0を含む)のTa、ZrO2換算で0.1質量部以下(0を含む)のZr、Nb2O5換算で0.05質量部以下(0を含む)のNbを含み(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)、
23°Cから140°Cでの磁心損失が420 kW/m3以下(測定条件:周波数100 kHz、励磁磁束密度200 mT)であるMnZn系フェライトを用いた磁心。
【請求項2】
請求項1に記載の磁心であって、前記MnZn系フェライトは室温における体積抵抗率が8.5Ω・m以上であり、平均結晶粒径が7~15μmである、MnZn系フェライトを用いた磁心。
【請求項3】
請求項1に記載の磁心であって、前記MnZn系フェライトは周波数100 kHz及び20°Cの条件で測定したときの初透磁率μiが2800以上である、MnZn系フェライトを用いた磁心。
【請求項4】
請求項1に記載のMnZn系フェライトにおいて、
前記副成分が、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.003質量部超0.012質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.2質量部以上0.4質量部以下のCoを含み、
更に、Ta2O5換算で0.015質量部以上0.1質量部以下のTa、ZrO2換算で0.03質量部以上0.1質量部以下のZr、Nb2O5換算で0.02質量部以上0.05質量部以下のNbの少なくとも1種を含み(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)、
周波数100 kHz及び励磁磁束密度200 mTの条件で測定したときの23°Cでの磁心損失が400 kW/m3以下であることを特徴とするMnZn系フェライトを用いた磁心。




【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種電源装置に用いられるトランス、インダクタ、リアクトル、チョークコイル等の電子部品に用いるMnZn系フェライトの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年急速に普及しつつあるEV(Electric Vehicle)、PHEV(Plug-in Hybrid Electric Vehicle)等の電動輸送機器の一つである電気自動車には、大出力の電気モータや充電器等の機器が設けられており、それらには高電圧・大電流に耐える電子部品が用いられている。前記電子部品はコイルと磁心とを基本構成とし、前記磁心はMnZn系フェライトなどの磁性材料で構成される。
【0003】
このような用途では、走行時に電子部品に対して様々な機械的・電気的な負荷状態が生じ、また使用される環境温度も様々である。通常、磁心損失による発熱を見越して、磁心損失が極小となる温度を結晶磁気異方性定数K1によって調整し、その温度を電子部品が晒される環境最高温度よりも僅かに高い温度に設定して、熱暴走によりフェライトが磁性を失うことを防いでいる。
【0004】
家庭用電子機器用途で使用される電子部品においては、例えば磁心損失(電力損失とも呼ばれる)の極小温度が100°C以下となるように組成設計されたMnZn系フェライトを用いるが、車載用途では高温環境下での使用を前提に、100°Cを超える高温で磁心損失Pcvの極小温度を有するものを用いる場合が多い。また広い温度範囲で低磁心損失であることも求められる。
【0005】
MnZn系フェライトの磁心損失は温度依存性を有し、結晶磁気異方性定数K1が0となる温度でヒステリシス損失が小さく、温度に対して極小値を持つ。結晶磁気異方性定数K1が0となる温度は、主にMnZn系フェライトにおけるスピネルを構成する金属イオンのうち、正の結晶磁気異方性定数K1を示す金属イオンと、負の結晶磁気異方性定数K1を示す金属イオンの量とを適宜調整することによって変化させることができる。スピネルを構成する金属イオンには、正のK1を示す金属イオンとしてFe2+、Co2+があり、負のK1を示す金属イオンとしてFe3+、Mn2+、Ni2+等がある。磁心損失が極小となる温度は、Fe2+、Fe3+、Zn2+及びMn2+等の金属イオンを調整することにより比較的容易に変化させることが可能だが、それだけでは磁心損失の温度依存性を改善するのは困難であるので、Fe2+よりも十分に大きな結晶磁気異方性定数を有するCo2+を導入して、磁心損失の温度依存性を改善することが行われる。
【0006】
このようなフェライトの磁心損失Pcvは、一般的にヒステリシス損失Ph、渦電流損失Pe、残留損失Prからなると説明される。ヒステリシス損失Phは直流ヒステリシスにより周波数に比例して増加し、渦電流損失Peは電磁誘導作用により生じた起電力よって発生する渦電流により周波数の二乗に比例して増加する。残留損失Prは磁壁共鳴等を要因とする残りの損失であって、500 kHz以上の周波数で顕在化する。即ち、ヒステリシス損失Ph、渦電流損失Pe、残留損失Prは周波数によって変化し、また周波数帯によって、全体の磁心損失に占める割合も異なる。そのためMnZn系フェライトは、使用される周波数や温度に適したものが求められている。
【0007】
フェライトの低磁心損失化は製造方法によっても取り組まれている。例えば、特許文献1(特開平3-268404号)は、MnZn系フェライトとなる原料を仮焼し、粉砕し、バインダを加えて混合、造粒し、成形し、さらに1250~1400°Cで焼結し、次いで、酸素濃度を0.001~20%とした雰囲気中で1100°C以上1250°C未満の温度域に20~360分間保持した後、窒素雰囲気中で冷却することによってMnZn系フェライトを製造する方法を開示している。この方法は、MnZn系フェライトのFe2+をフェライト組成で一義的に求められるスピネル中のFe2+の濃度に近づけることで陽イオン欠陥量を0に近づけて磁心損失を低減する。
【0008】
特許文献2(特開平5-217734号)は、Ca、Siを含むMnZn系フェライトの成形体を、焼結温度1200~1280°C、昇温過程における600°C以上の温度、及び焼結過程の初期の10~30分の雰囲気中の酸素濃度を1%以下とし、かつ焼結後、所定の酸素雰囲気で50~250°C/hで冷却することで、磁心損失が低減したMnZn系フェライトを製造する方法を開示している。
【0009】
特許文献3(特開平7-297017号)は、Ca、Siを含むとともに、更にTi、Zr、Hf、Nb、Taのうちの少なくとも1種以上を含む原料を成形し、焼結した後に、徐冷し、更に冷却する方法において、前記焼結及び徐冷時に所定の酸素雰囲気とするとともに、前記徐冷を50~150°C/hで行うことで、500 kHz~2 MHzの高周波帯域で磁心損失が低減したMnZn系フェライトを得る方法を開示している。
【0010】
特許文献1~3の製造方法によればある程度の磁心損失の低減を図ることはできるけれども、更なる低磁心損失化や、広い温度範囲での磁心損失の低減が求められており、それらの要求に対しては特許文献1~3の方法では十分とは言えない。また、体積抵抗率が小さくて渦電流損失Peが大きい場合、特に高温域で低磁心損失とすることが難しいといった問題がある。特許文献1~3では、副成分として導入したCa、Si、更にはTa、Nb等を粒界に偏析させることによって、体積抵抗率を高めて100°Cでの磁心損失を低減している。しかしながら、特許文献1~3の方法では、例えば、140°C程度の高温度環境下においては十分な低磁心損失化が達成できているとは言えず、更なる改良が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特開平3-268404号公報
【文献】特開平5-217734号公報
【文献】特開平7-297017号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って、本発明の目的は、広い温度で低磁心損失とすることができるMnZn系フェライトの製造方法及びMnZn系フェライトを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、原料粉末を成形し、焼結することによってMnZn系フェライトを製造する方法において、成形体を焼結し冷却する過程で、1100~1250°Cの温度域において、0~20°C/時間の降温速度で1~20時間冷却することにより、室温における体積抵抗率が8.5Ω・m以上であり、広い温度で低磁心損失であるMnZn系フェライトが得られることを見出し、本発明に想到した。
【0014】
すなわち、本発明の方法は、
主成分としてFe、Mn及びZnを含み、副成分としてCa、Si及びCoとともに、Ta、Nb及びZrから選ばれる少なくとも1種を含むMnZn系フェライトの製造方法であって、
MnZn系フェライトの原料粉末を成形して成形体を得る成形工程、及び前記成形体を焼結する焼結工程を有し、
前記焼結工程は、昇温工程と、高温保持工程と、降温工程とを備え、
前記降温工程は、1100°C~1250°Cの温度域において、0~20°C/時間の降温速度で1~20時間冷却する徐冷工程を有し、前記徐冷工程の前後での降温速度が20°C/時間超であり、
前記MnZn系フェライトは、室温における体積抵抗率が8.5Ω・m以上であり、平均結晶粒径が7~15μmであり、周波数100 kHz及び励磁磁束密度200 mTの条件で測定したときの23°Cから140°Cでの磁心損失が420 kW/m3以下であることを特徴とする。
【0015】
前記高温保持工程は、酸素濃度が0.2体積%超10体積%以下の雰囲気で、1250°C超1350°C以下の温度で保持するのが好ましい。
【0016】
降温工程における酸素濃度は、
酸素濃度P[O2](体積分率)と温度T(°C)との関係が式:
log(P[O2])=a-b/(T+273)[ただし、a、bは定数であり、aは6.4~11.5、及びbは10000~18000である。]
を満たすように制御するのが好ましい。
【0017】
前記方法によって得られるMnZn系フェライトは、主成分としてFe、Mn及びZnを含み、副成分としてSi、Ca及びCo、並びにTa、Nb及びZrから選ばれる少なくとも一種を含み、
前記主成分が、Fe2O3換算で53~54モル%のFe、ZnO換算で8.2~10.2モル%のZn及びMnO換算で残部Mnからなり、
前記副成分が、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.001質量部超0.015質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.4質量部以下(0は含まず)のCo、Ta2O5換算で0.1質量部以下(0を含む)のTa、ZrO2換算で0.1質量部以下(0を含む)のZr、Nb2O5換算で0.05質量部以下(0を含む)のNbを含む(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)ことを特徴とする
【0018】
本発明のMnZn系フェライトは、主成分が、Fe2O3換算で53~54モル%のFe、ZnO換算で8.2~10.2モル%のZn及びMnO換算で残部Mnからなり、
副成分が、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.001質量部超0.015質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.4質量部以下(0は含まず)のCo、Ta2O5換算で0.1質量部以下(0を含む)のTa、ZrO2換算で0.1質量部以下(0を含む)のZr、Nb2O5換算で0.05質量部以下(0を含む)のNbを含み(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)、
室温における体積抵抗率が8.5Ω・m以上であり、平均結晶粒径が7~15μmであり、周波数100 kHz及び励磁磁束密度200 mTの条件で測定したときの23°Cから140°Cでの磁心損失が420 kW/m3以下であり、周波数100 kHz及び20°Cの条件で測定したときの初透磁率μiが2800以上であることを特徴とする。
【0019】
本発明のMnZn系フェライトは、前記副成分が、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.003質量部超0.012質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.2質量部以上0.4質量部以下のCoを含み、
更に、Ta2O5換算で0.015質量部以上0.1質量部以下のTa、ZrO2換算で0.03質量部以上0.1質量部以下のZr、Nb2O5換算で0.02質量部以上0.05質量部以下のNbの少なくとも1種を含み(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)、
周波数100 kHz及び励磁磁束密度200 mTの条件で測定したときの23°Cでの磁心損失が400 kW/m3以下であるのが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、広い温度範囲で低磁心損失とされたMnZn系フェライトの製造方法及びMnZn系フェライトを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の一実施形態に係る焼結工程の温度条件を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の一実施形態に係るMnZn系フェライトの製造方法、及び前記方法によって得られるMnZn系フェライトについて具体的に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で適宜変更可能である。また、本明細書中において「~」を用いて表される数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。
【0023】
本発明のMnZn系フェライトの製造方法では、主成分としてFe、Mn及びZnを含み、副成分としてCa、Si及びCoとともに、Ta、Nb及びZrから選ばれる少なくとも1種を含むMnZn系フェライトの原料粉末を成形して成形体を得る成形工程、及び前記成形体を焼結する焼結工程を有する。Si、Ca、Ta、Zr及びNbはMnZn系フェライト結晶粒界に存在し、粒界層を高抵抗化し結晶粒を絶縁することで、相対損失係数tanδ/μiを小さくして磁心損失を低減するのに寄与する。Ta、Zr及びNbはそれぞれ単独で含んでも良いし、複数で含んでも良い。
【0024】
Siは専ら結晶粒界及び三重点に偏析するが、Ca、Ta、Zr及びNbは焼結工程の途中ではスピネル相に固溶し、焼結後も一部が固溶し結晶粒内に残留する場合がある。スピネル相に固溶するCa、Ta、Zr及びNbが多くなると結晶粒内の抵抗が高められ体積抵抗率ρを増加させることができるが、相対的に粒界のCa、Ta、Zr及びNbは減少する。高い体積抵抗率を得て低磁心損失のMnZn系フェライトとするには、スピネル相に固溶するCa、Ta、Zr及びNbと結晶粒界に偏析するCa、Ta、Zr及びNbを適宜調整し、結晶粒内の抵抗を高めるとともに高抵抗の結晶粒界を形成するのが有効である。このような調整は、後述する焼結温度と焼結雰囲気制御によって行うことができる。
【0025】
Fe2+の他に更にCo2+を加えることで、磁心損失の温度変化が小さくなって広い温度範囲において低磁心損失とすることができる。また、Co2+を加えることで残留磁束密度Brを低減できるので、ヒステリシス損失Phを低減して低磁心損失なMnZn系フェライトにすることができる。
【0026】
前記焼結工程は昇温工程と高温保持工程と降温工程とを有する。前記降温工程は、1100°C~1250°Cの温度域において、0~20°C/時間の降温速度で1~20時間冷却する徐冷工程を有し、前記徐冷工程の前後での降温速度が20°C/時間超になるようにする。本発明においては、焼結工程において酸素分圧を調整することによってCa、Ta、Zr及びNbを粒界に偏析させるとともに、結晶粒内に固溶するのを適宜制御して磁心損失を低減するのが好ましい。
【0027】
結晶粒界の抵抗を高めるのに、降温工程で1100°C~1250°Cの温度域において、0~20°C/時間の降温速度で1~20時間冷却する徐冷工程を設ける。1250°Cを超える温度域で徐冷工程を設けた場合、表層の亜鉛揮発により引き起こされる内部歪増加の影響によって23°C~140°Cの磁心損失が増加し、1100°C未満の温度域で徐冷工程を設けた場合、Ca等が過度に粒界偏析される影響で低温側の磁心損失が増加し、所望の磁心損失を得るのが困難となる。
【0028】
降温速度を20°C/時間超とすると、結晶粒界へのCa等の偏析が十分でなく、高い体積抵抗率が得られないため高温側の磁心損失が増加し、所望の磁心損失を得るのが困難となる。なお、ここで降温速度が0°C/時間とは、一定の温度で保持することを表している。徐冷工程を1時間未満とすると、磁心損失の低減効果が十分に得られず、20時間超では結晶の成長が進んで粒径が増加して体積抵抗率が低下し、磁心損失の増加を招く場合がある。更に徐冷工程の前後での降温速度は、徐冷工程での前記降温速度よりも大きくなるように、すなわち20°C/時間超に設定する。徐冷工程の前で降温速度を20°C/時間以下とすると、表層の亜鉛の揮発量が増えて内部歪が大きくなり磁心損失が増加する。徐冷工程の後で降温速度を20°C/時間以下とすると、Ca等が過度に粒界に偏析されて磁心損失が増加する。高温保持工程から徐冷工程までの間と、徐冷工程から後の降温工程、すなわち徐冷工程の前後では、冷却速度を50~150°C/時間とするのが好ましい。この様な工程を経ることで室温における体積抵抗率を8.5Ω・m以上とすることができる。更に体積抵抗率は、渦電流損失Peを低減すように10Ω・m以上とするのが好ましい。
【0029】
徐冷工程において、酸素濃度が高い場合には焼結体の酸化が進みスピネルからヘマタイが析出し、酸素濃度が低い場合にはウスタイトが析出し、結晶ひずみが生じて磁心損失が増加するため好ましくない。従って、ヘマタイトの析出及びウスタイトの析出が起こらないような酸素濃度に制御するのが好ましい。降温工程における酸素濃度は、酸素濃度P[O2](体積分率)と温度T(°C)との関係が式:
log(P[O2])=a-b/(T+273)
を満たすように制御するのがより好ましい。ここで、a、bは定数であり、aは3.1~12.8、bは6000~20000であるのが好ましい。aは高温保持工程の温度と酸素濃度から規定される。bが前記の範囲よりも小さいと温度が下がっても酸素濃度が高く酸化が進み、スピネルからヘマタイトが析出する場合がある。bが大きいと酸素濃度が低下しウスタイトが析出したりして、結晶粒及び粒界層ともに十分に酸化されずに抵抗が小さくなる。より好ましくは、aは6.4~11.5、及びbは10000~18000である。
【0030】
昇温工程においては、室温から750°C以上で950°C以下の間の温度に至る間(第1昇温工程)は大気中で行い成形体からバインダを除去する。第1昇温工程以降の高温保持工程までの間の第2昇温工程において雰囲気中の酸素濃度を0.1~2体積%に低下させるのが好まい。昇温工程における昇温速度は、脱バインダにおける炭素残留の状態や、組成に応じて適宜選択すればよい。平均昇温速度は50~200°C/時間の範囲内であるのが好ましい。
【0031】
高温保持工程における温度は1250°C超1350°C以下の間であり、雰囲気中の酸素濃度は0.2体積%超10体積%以下として、前記第2昇温工程で調整された酸素濃度よりも高く設定するのが好ましい。
【0032】
本発明では、MnZn系フェライトが、主成分としてFe、Mn及びZnを含み、副成分としてSi、Ca及びCo、並びにTa、Nb及びZrから選ばれる少なくとも一種を含む。ここで主成分とは主としてスピネルフェライトを構成する元素、化合物を言い、対して副成分とはその形成に補助的に用いられる元素、化合物を言い、一部がスピネルフェライトに固溶する元素を含む。Coのようにスピネルフェライトを構成するものも、前記主成分と比べて含有量が少なく副成分としている。
【0033】
主成分は、Fe2O3換算で53~54モル%のFe、ZnO換算で8.2~10.2モル%のZn及びMnO換算で残部Mnからなるのが好ましく、副成分は、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、SiO2換算で0.001質量部超0.015質量部以下のSi、CaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下のCa、Co3O4換算で0.4質量部以下(0は含まず)のCo、Ta2O5換算で0.1質量部以下(0を含む)のTa、ZrO2換算で0.1質量部以下(0を含む)のZr、Nb2O5換算で0.05質量部以下(0を含む)のNbを含む(ただし、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5の合計は0.1質量部以下(0を含まず)である。)のが好ましい。
【0034】
本発明のMnZn系フェライトでは、Si及びCaを前記の範囲とすることで、Si及びCaを結晶粒界に存在させて結晶粒を絶縁し、体積抵抗率ρを増加させ、相対損失係数tanδ/μiを小さくすることができる。Si及びCaの含有量は、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、それぞれSiO2換算で0.001質量部超0.015質量部以下及びCaCO3換算で0.1質量部超0.35質量部以下であるのが好ましく、SiO2換算で0.003質量部以上0.012質量部以下及びCaCO3換算で0.1質量部超0.25質量部以下であるのがより好ましい。
【0035】
Co2+を加えることで、損失の温度変化が小さくなって広い温度範囲において低損失とすことができ、また残留磁束密度Brを低減してヒステリシス損失Phを低減することができる。しかしながら、Coの含有量が多すぎると、磁化曲線がパーミンバー型となりやすく、また低温側で結晶磁気異方性定数が正の側に大きくなりすぎて却って劣化する場合がある。Co含有量は、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、Co3O4換算で0.4質量部以下(0は含まず)であるのが好ましく、Co3O4換算で0.2質量部以上0.4質量部以下であるのがより好ましく、Co3O4換算で0.25質量部以上0.35質量部以下であるのが最も好ましい。
【0036】
Ta、Zr及びNbは、Si、Caとともに結晶粒界層に現れ、前記粒界層を高抵抗化し、もって低損失化するのに寄与する。Ta、Zr及びNbはそれぞれ単独で含んでも良いし、二種以上を含んでも良い。単独で含む場合、Ta、Zr及びNbの含有量は、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、それぞれTa2O5換算で0.1質量部以下(0を含む)、ZrO2換算で0.1質量部以下(0を含む)及びNb2O5換算で0.05重量部以下(0を含む)であるのが好ましい。Ta、Zr及びNbのうち二種以上含む場合では、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5に換算した総量が0.1質量部以下(0は含まず)であるのが好ましい。Ta、Zr及びNbの含有量の下限は、Ta、Zr及びNbを単独で含む場合、それぞれTa2O5、ZrO2及びNb2O5換算で0.03質量部であるのが好ましい。Ta、Zr及びNbのうち二種以上含む場合はTa2O5、ZrO2及びNb2O5に換算した総量が0.03質量部以上であるのが好ましい。
【0037】
MnZn系フェライトを構成する原材料には、不純物として硫黄S、塩素Cl、リンP、ホウ素Bなどが含まれる場合がある。本発明においては、これら不純物を特に規定するものではないが、減じることで磁心損失の低減、透磁率の向上が得られることが経験的に知られている。特にSについては、Caとの化合物を生じて結晶粒界に異物として偏析し、体積抵抗率ρを低下させ、渦電流損失を増加させる場合がある。このため、磁心損失の更なる低減のためには、不純物を減じ、前記酸化物換算での前記主成分の合計100質量部に対して、Sを0.03質量部以下、Clを0.01質量部以下、Pを0.001質量部以下、Bを0.0001質量部以下とするのが好ましい。
【0038】
MnZn系フェライトの好適な平均結晶粒径は使用される周波数によって異なるが、周波数が500 kHz未満であれば、5μm超として保磁力Hcを低減してヒステリシス損失を低減するのが好ましい。更に好ましくは、7μm以上15μm以下である。
【実施例
【0039】
本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0040】
実施例1
表1に示すように、主成分として、53.4モル%のFe2O3、9.2モル%のZnO及びMnO換算で37.4モル%のMn3O4を湿式混合した後乾燥させ、900°Cで3時間仮焼成した。次いで、ボールミルに、MnZn系フェライトとして表1に示す組成となるように、得られた仮焼成粉100質量部に対して、SiO2、CaCO3、Co3O4、Ta2O5、ZrO2及びNb2O5を加えて、平均粉砕粒径が1.2~1.4μmとなるまで粉砕・混合した。得られた混合物にバインダとしてポリビニルアルコールを加えて乳鉢で顆粒化した後、加圧成形してリング状の成形体を得て、それを焼結して外径φ25 mm×内径φ15 mm×厚み5 mmの磁心(フェライト焼結体)を得た。
【0041】
【表1】

注(1): Noに“*“が付されたものは比較例を示す。
注(2):原材料としてMn3O4を使用し、MnO換算での組成を示した。
注(3):主成分からなる仮焼成粉100質量部に対しての量。
【0042】
図1に焼結工程の温度条件を示す。焼結は、室温から1310°Cまで昇温させる昇温工程、1310°Cで4時間保持する高温保持工程、及び1310°Cから室温まで降温させる降温工程とからなる。昇温工程は、150°C/時間の昇温速度で行い、室温から800°Cに至る間は大気中(酸素濃度21体積%の雰囲気中)で、800°C以降は酸素濃度1体積%の雰囲気中で行った。高温保持工程では酸素濃度を1体積%に保持した。降温工程は、1310°C(高温保持温度)から1250°Cの間は100°C/時間の降温速度、1250°Cから1200°Cの間は10°C/時間の降温速度、1200°Cから1000°Cの間は100°C/時間の降温速度、及び1000°C以降は150°C/時間 の降温速度で行った。1000°Cまでの降温工程における酸素濃度(体積分率)は、log(P[O2])=a-b/(T+273)の式(ただし、a=6.9及びb=14000)に従って変化させた。具体的には、1250°Cにおいて0.5体積%、1200°Cにおいて0.25体積%、1000°Cにおいて0.01体積%(100 ppm)となるように酸素濃度を調節した。1000°C以降はN2流気中で冷却し、最終的な酸素濃度は0.003体積%(30 ppm)程度まで低下した。
【0043】
得られた磁心について、磁心損失Pcv、初透磁率μi、体積抵抗率ρ及び平均結晶粒径を評価した。評価方法は以下の通りである。
【0044】
(磁心損失Pcv)
磁心損失Pcvは岩崎通信機株式会社製のB-Hアナライザ(SY-8232)を用い、磁心に一次側巻線と二次側巻線とをそれぞれ5ターン巻回し、周波数100 kHz、励磁磁束密度200 mTで、23°C~140°Cにおける磁心損失を測定した。
【0045】
(初透磁率μi)
初透磁率μiは、10回巻回した磁心に0.4 A/mの磁界を印加し、ヒューレッドパッカード製HP-4285Aを用いて、23°Cで100 kHzの条件で測定した。
【0046】
(体積抵抗率ρ)
平板状の試料を磁心から切出し、対向する二平面に電極としてガリウム・インジウム合金を塗布し、日置電機製3224を用いて電気抵抗R(Ω)を測定した。電極形成平面の面積A(m2)と厚みt(m)から、次式により体積抵抗率ρ(Ω・m)を算出した。
体積抵抗率ρ(Ω・m)=R×(A/t)
【0047】
(平均結晶粒径)
平均結晶粒径は、フェライト焼結体の鏡面研磨面にて結晶粒界をサーマルエッチング(1100°C×1hr、N2中処理)し、その表面を光学顕微鏡で400倍にて写真撮影し、この写真上の100μm×100μmの正方形領域において求積法により算出した。
【0048】
初透磁率μi、体積抵抗率ρ、平均結晶粒径及び磁心損失Pcvの評価結果を表2に示す。
【0049】
【表2】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
【0050】
表2から、本発明の実施例のMnZn系フェライトはいずれも8.5Ω・m以上の高い体積抵抗率を有しており、140°Cの高温環境下でも420 kW/m3以下の磁心損失であることがわかる。これに対して比較例のMnZn系フェライトは、試料No.*23を除いて、体積抵抗率が8.5Ω・m未満であり、高い磁心損失を有していることがわかる。Coを含まない試料No.*23のMnZn系フェライトは、23°Cでの磁心損失が420 kW/m3を超えていた。比較例においても、23°C及び100°Cの磁心損失が420 kW/m3以下となるものがあるが、140°Cの高温環境下では磁心損失が420 kW/m3を超える値となった。以上のように副成分としてSi、Ca及びCo、並びにTa、Nb及びZrから選ばれる少なくとも一種を含む組成を有し、焼結の降温工程において所定の条件での徐冷工程を設けることで、低温(23°C)から高温(140°C)まで低磁心損失のMnZn系フェライトを得ることができた。
【0051】
実施例2
実施例1と同様の製造方法で、表3に示すように主成分比を変更したMnZn系フェライトを作製した。表4に初透磁率μi、体積抵抗率ρ、平均結晶粒径及び磁心損失Pcvを評価した結果を示す。いずれのMnZn系フェライトも10Ω・m以上の高い体積抵抗率を示したが、比較例のMnZn系フェライトでは高温又は低温での磁心損失が420 kW/m3超える値となった。一方、実施例のMnZn系フェライトでは、いずれも420 kW/m3以下の磁心損失が得られた。
【0052】
【表3】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
注(2):原材料としてMn3O4を使用し、MnO換算での組成を示した。
注(3):主成分からなる仮焼成粉100質量部に対しての量。
【0053】
【表4】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
【0054】
実施例3
実施例1と同様の製造方法で、表5に示すように組成を変更し、表6に示すように高温保持工程の温度を変えてMnZn系フェライトを作製した。表6に初透磁率μi、体積抵抗率ρ、平均結晶粒径及び磁心損失Pcvを評価した結果を示す。いずれのMnZn系フェライトも8.5Ω・m以上の高い体積抵抗率を示したが、平均結晶粒径が7μmを下回る比較例の試料No.*40のMnZn系フェライトでは、140°Cの磁心損失が420 kW/m3超える値となった。一方、実施例のMnZn系フェライトでは、いずれも420 kW/m3以下の磁心損失が得られた。
【0055】
【表5】

注(1):原材料としてMn3O4を使用し、MnO換算での組成を示した。
注(2):主成分からなる仮焼成粉100質量部に対しての量。
【0056】
【表6】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
【0057】
実施例4
実施例1と同様の製造方法で、表5に示すように組成を変更し、表7に示すように徐冷温度の範囲を変えてMnZn系フェライトを作製した。表7に初透磁率μi、体積抵抗率ρ及び磁心損失Pcvを評価した結果を示す。本発明の方法で規定する範囲の徐冷温度とすることで、低温(23°C)から高温(140°C)まで420 kW/m3以下の磁心損失を有するMnZn系フェライトが得られた。
【0058】
【表7】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
【0059】
実施例5
実施例1と同様の製造方法で、表5に示すように主成分比を変更し、表8に示すように徐冷工程の降温速度を変えてMnZn系フェライトを作製した。表8に初透磁率μi、体積抵抗率ρ及び磁心損失Pcvを評価した結果を示す。本発明の方法で規定する範囲の降温速度とすることで、低温(23°C)から高温(140°C)まで420 kW/m3以下の磁心損失を有するMnZn系フェライトが得られた。
【0060】
【表8】

注(1):試料No.に“*“が付されたものは比較例を示す。
【産業上の利用可能性】
【0061】
以上の通り、本発明のMnZn系フェライトの製造方法によれば、広い温度範囲で低磁心損失とすることができる。




図1