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特許7093110分子動態評価方法及びスクリーニング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-21
(45)【発行日】2022-06-29
(54)【発明の名称】分子動態評価方法及びスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/37 20060101AFI20220622BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220622BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20220622BHJP
【FI】
C12Q1/37 ZNA
G01N33/15 Z
G01N33/68
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018551618
(86)(22)【出願日】2017-11-13
(86)【国際出願番号】 JP2017040780
(87)【国際公開番号】W WO2018092724
(87)【国際公開日】2018-05-24
【審査請求日】2020-11-06
(31)【優先権主張番号】P 2016222682
(32)【優先日】2016-11-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000125370
【氏名又は名称】学校法人東京理科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【弁理士】
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100136939
【弁理士】
【氏名又は名称】岸武 弘樹
(72)【発明者】
【氏名】宮本 悦子
(72)【発明者】
【氏名】小沢 正晃
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2013/0190340(US,A1)
【文献】特開2011-022002(JP,A)
【文献】国際公開第2016/105518(WO,A1)
【文献】特表2015-508414(JP,A)
【文献】Long, M. J. C. et al.,Inhibitor mediated protein degradation,Chem. Biol.,2012年,Vol. 19,pp. 629-637
【文献】伊野部智由,プロテアソームによる蛋白質分解の分子機構,公益財団法人アステラス病態代謝研究会 平成24年度 第44回助成研究報告集[オンライン],2015年03月,pp. 1-3,https://www.astellas.com/jp/byoutai/other/reports_h24/html/index_2.html,[検索日 2018.01.31]
【文献】ITOH, Yukihiro et al.,Protein Knockdown Using Methyl Bestatin-Ligand Hybrid Molecules: Design and Synthesis of Inducers of Ubiquitination-Mediated Degradation of Cellular Retinoic Acid-Binding Proteins,J. Am. Chem. Soc.,2010年,Vol. 132,pp. 5820-5826
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
G01N 33/00-33/98
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロテアソームに対して親和性を有し、且つ、プロテアソームによるタンパク質の分解を阻害しない分子であるタンパク質分解誘導タグと、特定タンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートであるタンパク質分解誘導分子が投与され、生体内で前記特定タンパク質の分解が誘導されたヒト又は非ヒト動物から採取された検体を用い、
該検体における前記特定タンパク質の分解を検出することにより、前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する工程を含む分子動態評価方法であって、
前記タンパク質分解誘導タグが、下記式(I)で表される構造を有するか、プロテアソーム阻害剤のプロテアソーム阻害活性を失活させた構造を有するか、又はプロテアソーム活性化剤の構造を有する分子動態評価方法
【化1】
(式(I)中、R 及びR は、それぞれ独立に、炭素数1~3のアルコキシ基を示す。)
【請求項2】
前記タンパク質分解誘導分子が投与された前記ヒト又は非ヒト動物の生体内では、ユビキチン非依存的に前記特定タンパク質の分解が誘導される請求項1に記載の分子動態評価方法。
【請求項3】
前記プロテアソーム阻害活性が、カスパーゼ様活性、トリプシン様活性、及びキモトリプシン様活性から選ばれる少なくとも1種に対する阻害活性である請求項1又は請求項2に記載の分子動態評価方法。
【請求項4】
前記タンパク質分解誘導分子が医薬候補分子であり、
前記ヒト又は非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解が誘導されたことによる薬理作用を評価する工程を更に含む請求項1~請求項のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【請求項5】
前記分子動態が、組織、器官、細胞、又は分子に対する特異性である請求項1~請求項のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【請求項6】
プロテアソームに対して親和性を有し、且つ、プロテアソームによるタンパク質の分解を阻害しない分子であるタンパク質分解誘導タグと、特定タンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートであるタンパク質分解誘導分子が投与され、生体内で前記特定タンパク質の分解が誘導されたヒト又は非ヒト動物から採取された検体を用い、
該検体における前記特定タンパク質の分解を検出することにより、特定の分子動態を示す前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子を選抜する工程を含むスクリーニング方法であって、
前記タンパク質分解誘導タグが、下記式(I)で表される構造を有するか、プロテアソーム阻害剤のプロテアソーム阻害活性を失活させた構造を有するか、又はプロテアソーム活性化剤の構造を有するスクリーニング方法。
【化2】
(式(I)中、R 及びR は、それぞれ独立に、炭素数1~3のアルコキシ基を示す。)
【請求項7】
前記タンパク質分解誘導分子が投与された前記ヒト又は非ヒト動物の生体内では、ユビキチン非依存的に前記特定タンパク質の分解が誘導される請求項に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
前記分子動態が、組織、器官、細胞、又は分子に対する特異性である請求項又は請求項に記載のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、分子動態評価方法及びスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
医薬品の研究開発においては、被験物質(被験分子)の組織、器官、細胞、分子(分子の複合体を含む)等に対する特異性などの、被験物質の体内動態(以下、「分子動態」ともいう。)を評価することが欠かせない要素となっている。被験物質の分子動態を評価することは、例えば、標的となる組織、器官、細胞、分子等への特異性が高い被験物質をスクリーニングする際にも有用である。
【0003】
従来、被験物質の分子動態を評価する方法としては、被験物質をヒト又は非ヒト動物に投与し、各組織、器官、細胞等に移行した被験物質を高速液体クロマトグラフ(HPLC)、液体クロマトグラフ-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)等により分析する方法;放射性同位元素で標識した被験物質をヒト又は非ヒト動物に投与し、各組織、器官、細胞等に移行した被験物質をオートラジオグラフ等により分析する方法;等が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-22002号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、HPLC、LC-MS/MS等を用いた分析方法は分析条件の設定等が煩雑であり、また、オートラジオグラフ等を用いた分析方法は放射性同位元素を使用する必要があり、いずれも簡便な方法とはいい難いものであった。
【0006】
本開示は、上記のような事情に鑑み、被験物質の分子動態を評価するための新規な分子動態評価方法、及び特定の分子動態を示す被験物質を選抜するための新規なスクリーニング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための具体的な手段には、以下の実施態様が含まれる。
<1> プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しない分子であるタンパク質分解誘導タグと、特定タンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートであるタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与し、前記ヒト又は非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解を誘導する工程と、
前記ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における前記特定タンパク質の分解を検出することにより、前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する工程と、
を含む分子動態評価方法。
【0008】
<2> 前記特定タンパク質の分解を誘導する工程では、ユビキチン非依存的に前記特定タンパク質の分解を誘導する<1>に記載の分子動態評価方法。
【0009】
<3> 前記タンパク質分解誘導タグが、プロテアーゼ阻害剤のプロテアーゼ阻害活性を失活させた構造を有する<1>又は<2>に記載の分子動態評価方法。
【0010】
<4> 前記プロテアーゼがプロテアソームである<1>~<3>のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【0011】
<5> 前記タンパク質分解誘導タグが、プロテアソーム阻害剤のプロテアソーム阻害活性を失活させた構造を有する<4>に記載の分子動態評価方法。
【0012】
<6> 前記プロテアソーム阻害活性が、カスパーゼ様活性、トリプシン様活性、及びキモトリプシン様活性から選ばれる少なくとも1種に対する阻害活性である<5>に記載の分子動態評価方法。
【0013】
<7> 前記タンパク質分解誘導分子が医薬候補分子であり、
前記ヒト又は非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解を誘導することによる薬理作用を評価する工程を更に含む<1>~<6>のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【0014】
<8> 前記特定タンパク質の分解を誘導する工程では、前記タンパク質分解誘導分子を非ヒト動物に投与し、前記非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解を誘導し、
前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する工程では、前記非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における前記特定タンパク質の分解を検出する<1>~<7>のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【0015】
<9> 前記分子動態が、組織、器官、細胞、又は分子に対する特異性である<1>~<8>のいずれか1項に記載の分子動態評価方法。
【0016】
<10> プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しない分子であるタンパク質分解誘導タグと、特定タンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートであるタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与し、前記ヒト又は非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解を誘導する工程と、
前記ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における前記特定タンパク質の分解を検出することにより、特定の分子動態を示す前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子を選抜する工程と、
を含むスクリーニング方法。
【0017】
<11> 前記特定タンパク質の分解を誘導する工程では、ユビキチン非依存的に前記特定タンパク質の分解を誘導する<10>に記載のスクリーニング方法。
【0018】
<12> 前記特定タンパク質の分解を誘導する工程では、前記タンパク質分解誘導分子を非ヒト動物に投与し、前記非ヒト動物の生体内で前記特定タンパク質の分解を誘導し、
前記特定タンパク質親和性分子又は前記タンパク質分解誘導分子を選抜する工程では、前記非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における前記特定タンパク質の分解を検出する<10>又は<11>に記載のスクリーニング方法。
【0019】
<13> 前記分子動態が、組織、器官、細胞、又は分子に対する特異性である<10>~<12>のいずれか1項に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0020】
本開示によれば、被験物質の分子動態を評価するための新規な分子動態評価方法、及び特定の分子動態を示す被験物質を選抜するための新規なスクリーニング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】HeLa細胞において強制発現させた野生型K-Rasタンパク質のTUS-007を介した分解(ノックダウン)について、FACS(Fluorescence Activated Cell Sorting)解析により評価した結果を示す図である。
図2】HeLa細胞において強制発現させた野生型K-Rasタンパク質のTUS-007を介した分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図3】TUS-007を添加したHeLa細胞における内在の野生型K-Rasタンパク質及び野生型H-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図4】TUS-007をマウス個体に投与した後、マウスの各組織における野生型K-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図5A】プロテアソームの触媒サブユニットβ1に対する、TMP-CANDDY_DMT及びMG-132の阻害活性を示す図である。
図5B】プロテアソームの触媒サブユニットβ2に対する、TMP-CANDDY_DMT及びMG-132の阻害活性を示す図である。
図5C】プロテアソームの触媒サブユニットβ5に対する、TMP-CANDDY_DMT及びMG-132の阻害活性を示す図である。
図6】HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_DMTを介した分解(ノックダウン)について、FACS解析により評価した結果を示す図である。
図7A】HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_DMTを介した分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図7B】HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_DMTを介した分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図8A】MTX-CANDDY_MLNを添加したHeLa細胞における内在のDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図8B】MTX-CANDDY_MLNを添加したHeLa細胞における内在のDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図9】MTX-CANDDY_MLNをマウス個体に投与した後、マウスの各組織におけるDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図10】TIBC-CANDDY_MLNを添加したHCT116細胞における内在の野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図11】TIBC-CANDDY_MLNを添加したHeLa細胞における内在の野生型p53タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図12】TIBC-CANDDY_MLNをマウス個体に投与した後、マウスの各組織における野生型p53タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図13】TIBC-CANDDY_MLNをマウス個体に投与した後、マウスの各組織におけるMDM2タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した結果を示す図である。
図14A】プロテアソームの触媒サブユニットβ1に対する、TMP-CANDDY_ALLN及びALLNの阻害活性を示す図である。
図14B】プロテアソームの触媒サブユニットβ2に対する、TMP-CANDDY_ALLN及びALLNの阻害活性を示す図である。
図14C】プロテアソームの触媒サブユニットβ5に対する、TMP-CANDDY_ALLN及びALLNの阻害活性を示す図である。
図15】HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_ALLNを介した分解(ノックダウン)について、FACS解析により評価した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。ただし、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
本明細書において「工程」との語には、他の工程から独立した工程に加え、他の工程と明確に区別できない場合であってもその工程の目的が達成されれば、当該工程も含まれる。
本明細書においてアミノ酸は、本技術分野で周知の一文字表記(例えば、グリシンであれば「G」)又は三文字表記(例えば、グリシンであれば「Gly」)で表記する。
【0023】
<タンパク質分解誘導分子>
本開示で用いられるタンパク質分解誘導分子は、プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しない分子であるタンパク質分解誘導タグと、特定タンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートである。このタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与すると、ヒト又は非ヒト動物の生体内において、特定タンパク質のユビキチン化を介することなく(すなわち、ユビキチン非依存的に)、特定タンパク質をプロテアーゼ(例えば、プロテアソーム)による分解(ノックダウン)へと導くことが可能となる。
【0024】
なお、テトラユビキチン鎖(Ub)等のポリユビキチン鎖又はユビキチン様ドメイン(UbL)は、タンパク質分解誘導タグとして機能する可能性があるが、ポリユビキチン鎖又はユビキチン様ドメインをタンパク質分解誘導タグとした場合、特定タンパク質親和性分子を介して特定タンパク質が間接的にユビキチン化されることになる。本明細書では、このような特定タンパク質の間接的なユビキチン化も、特定タンパク質のユビキチン化に含まれるものとする。
【0025】
後述する本開示の分子動態評価方法及び本開示のスクリーニング方法では、この特定タンパク質の分解を指標として、被験物質(特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子)の分子動態を評価し、また、特定の分子動態を示す被験物質(特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子)を選抜することができる。
【0026】
(タンパク質分解誘導タグ)
タンパク質分解誘導タグは、プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しない分子である。以下では、このタンパク質分解誘導タグをCiKD(Chemical interactions and KnockDown)タグ又はCANDDY(Chemical AffiNities and Degradation DYnamics)タグとも称する。
【0027】
プロテアーゼとしては特に制限されず、プロテアーゼ活性を有するあらゆる分子が挙げられる。例えば、プロテアソームのような複合体型プロテアーゼであってもよく、プロテアソーム以外のプロテアーゼであってもよい。また、プロテアーゼ活性を有する限り、プロテアソームの一部分であってもよい。
【0028】
プロテアソームとしては、例えば、26Sプロテアソーム、免疫プロテアソーム、及び胸腺プロテアソームが挙げられる。
26Sプロテアソームは、20Sプロテアソームに19Sプロテアソームが2つ結合したものである。20Sプロテアソームは、α1~α7の7つのサブユニットから構成されるαリングと、β1~β7の7つのサブユニットから構成されるβリングとが、αββαの順に積み重なった筒状構造をしており、β1、β2、及びβ5がそれぞれカスパーゼ様活性、トリプシン様活性、及びキモトリプシン様活性という触媒活性を発揮する。
免疫プロテアソームは、触媒サブユニットβ1、β2、及びβ5がそれぞれβ1i、β2i、及びβ5iに置き換わったものである(Science, 1994, 265, 1234-1237)。
胸腺プロテアソームは、β1i及びβ2iとともに、胸腺皮質上皮細胞(cTEC)特異的に発現するβ5tが組み込まれたものである(Science, 2007, 316, 1349-1353)。
【0029】
また、プロテアソーム以外のプロテアーゼとしては、β-セクレターゼ、γ-セクレターゼ、アミノペプチダーゼ、アンジオテンシン変換酵素、ブロメライン、カルパインI、カルパインII、カルボキシペプチダーゼA、カルボキシペプチダーゼB、カルボキシペプチダーゼP、カルボキシペプチダーゼY、カスパーゼ1、カスパーゼ2、カスパーゼ3、カスパーゼ5、カスパーゼ6、カスパーゼ7、カスパーゼ8、カスパーゼ9、カスパーゼ13、カテプシンB、カテプシンC、カテプシンD、カテプシンG、カテプシンL、キモトリプシン、クロストリパイン、コラゲナーゼ、補体C1r、補体C1s、補体B因子、補体D因子、ジペプチジルペプチダーゼI、ジペプチジルペプチダーゼII、ジペプチジルペプチダーゼIV、ディスパーゼ、エラスターゼ、エンドプロテイナーゼArg-C、エンドプロテイナーゼGlu-C、エンドプロテイナーゼLys-C、フィシン、グランザイムB、カリクレイン、ロイシンアミノペプチダーゼ、マトリックスメタロプロテアーゼ、メタロプロテアーゼ、パパイン、ペプシン、プラスミン、プロカスパーゼ3、プロナーゼE、プロテイナーゼK、レニン、サーモリシン、トロンビン、トリプシン、細胞質アラニルアミノペプチダーゼ、エンケファリナーゼ、ネプリライシン等が挙げられる。
【0030】
本明細書において「プロテアーゼに対して親和性を有する」とは、例えば、プロテアーゼに対して共有結合、水素結合、疎水結合、ファンデルワールス力等により結合可能であることを意味する。ある分子の存在下においてプロテアーゼの熱安定性が変化する場合、その分子は、プロテアーゼに対して親和性を有すると判断することができる。
【0031】
また、本明細書において「プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しない」とは、例えば、プロテアーゼの分解活性サイトに共有結合しないことを意味する。ある分子の存在下においてもプロテアーゼによってタンパク質が分解され、更にプロテアーゼ阻害剤を共存させるとタンパク質の分解が阻害される場合、その分子は、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しないと判断することができる。
【0032】
タンパク質分解誘導タグとしては、低分子化合物、天然物、ペプチド、抗体等が挙げられる。なお、本開示において、抗体には、2本のH鎖と2本のL鎖とを含む、いわゆる免疫グロブリン(Ig)以外に、IgのFabフラグメント、F(ab’)フラグメント等の抗体における可変部位を含むフラグメントなどが含まれる。タンパク質分解誘導タグの分子量は、例えば、50~200000の範囲が好ましい。タンパク質分解誘導タグが低分子化合物である場合、タンパク質分解誘導タグの分子量は、例えば、50~5000の範囲が好ましい。
【0033】
タンパク質分解誘導タグの構造は、プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しないものである限り、特に制限されない。タンパク質分解誘導タグは、例えば、候補分子の中からスクリーニングによって得ることができる。また、プロテアーゼ阻害剤(例えば、プロテアソーム阻害剤)のプロテアーゼ阻害活性(例えば、プロテアソーム阻害活性)を失活させることにより製造することもできる。
【0034】
ある態様では、タンパク質分解誘導タグは、例えば、下記式(I)で表される構造とすることができる。下記式(I)で表される化合物は、プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害しないことが確認されている(例えば、後述する参考例4~6を参照)。
【0035】
【化1】
【0036】
式(I)中、R及びRは、それぞれ独立に、炭素数1~20の炭化水素基、炭素数1~20のアルコキシ基、炭素数6~20のアリールオキシ基、ヒドロキシ基、カルボキシ基、アミノ基、又はハロゲノ基を示す。
【0037】
炭化水素基としては、アルキル基、アルケニル基、アリール基、これらの組み合わせ等が挙げられる。具体的には、メチル基、エチル基等の炭素数1~20のアルキル基;ビニル基、アリル基等の炭素数2~20のアルケニル基;フェニル基、ナフチル基等の炭素数6~20のアリール基;ベンジル基、フェネチル基等の炭素数7~20のアリールアルキル基;トリル基、キシリル基等の炭素数7~20のアルキルアリール基;等が挙げられる。
ハロゲノ基としては、フルオロ基、クロロ基、ブロモ基等が挙げられる。
【0038】
別の態様では、タンパク質分解誘導タグは、プロテアソーム阻害剤のプロテアソーム阻害活性を失活させた構造とすることができる。プロテアソーム阻害活性としては、より具体的には、カスパーゼ様活性、トリプシン様活性、及びキモトリプシン様活性から選ばれる少なくとも1種に対する阻害活性が挙げられる。
【0039】
ここで、「プロテアソーム阻害活性を失活させた構造」には、プロテアソーム阻害活性を完全に消失させた構造に加え、プロテアソーム阻害活性を減弱させた構造も含まれる。ある態様では、タンパク質分解誘導タグは、カスパーゼ様活性、トリプシン様活性、及びキモトリプシン様活性から選ばれる少なくとも1種に対する50%阻害濃度(IC50)が、元のプロテアソーム阻害剤の50%阻害濃度(IC50)の2倍以上である。
【0040】
プロテアソーム阻害剤としては、プロテアソーム阻害活性を有するあらゆる化合物を使用することができる。プロテアソーム阻害剤は、プロテアソーム(複合体型プロテアーゼ)に対して親和性を有し、且つ、プロテアソームによるタンパク質の分解を阻害する化合物である。したがって、プロテアソーム阻害剤の活性部位を他の構造部分に置き換えてプロテアソーム阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
プロテアソーム阻害剤は、抗癌剤等として研究が進んでおり、医薬品として認可済みの化合物及び臨床試験中の化合物が数多く存在する。また、プロテアソーム阻害剤は、分子量が比較的小さく、疎水性が低いものが多く、細胞膜透過性、細胞毒性等の問題も生じ難い。このため、プロテアソーム阻害剤を基にタンパク質分解誘導タグを合成することは、非常に合理的且つ効率的である。
【0041】
プロテアソーム阻害剤の一例を以下の表1及び表2に示す。表1及び表2に示すプロテアソーム阻害剤は、いずれも20Sプロテアソームの活性中心部に対して親和性を有する20Sプロテアソーム阻害剤である。また、表1及び表2に示すプロテアソーム阻害剤は、当然に26Sプロテアソームに対しても親和性を有する。ただし、タンパク質分解誘導タグの製造に使用可能なプロテアソーム阻害剤がこれらの例に限定されるものではない。
【0042】
【表1】
【0043】
【表2】
【0044】
例えば、ボロン酸型プロテアソーム阻害剤であるボルテゾミブ(Bortezomib)は、下記式に示すように、活性部位であるボロニル基が20Sプロテアソームの分解活性サイトと共有結合することで、プロテアソーム活性を阻害することが知られている(Kisselev, A.F. et al., Chemistry & Biology, 2012, 19, 99-115)。
【0045】
【化2】
【0046】
また、ボロン酸型プロテアソーム阻害剤であるMLN9708及びMLN2238は、下記式に示すように、活性部位であるボロン酸エステル部位又はボロニル基が20Sプロテアソームの分解活性サイトと共有結合することで、プロテアソーム活性を阻害することが知られている(Kisselev, A.F. et al., Chemistry & Biology, 2012, 19, 99-115)。
【0047】
【化3】
【0048】
このため、ボルテゾミブ、MLN9708、及びMLN2238の活性部位であるボロニル基又はボロン酸エステル部位を他の構造部分(カルボキシ基、アルキル基、アリール基、アミノ基、ヒドロキシ基等)に置き換えてプロテアソーム阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0049】
なお、CEP-18770等の他のボロン酸型プロテアソーム阻害剤についても、活性部位を他の構造部分(カルボキシ基、アルキル基、アリール基、アミノ基、ヒドロキシ基等)に置き換えることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0050】
また、アルデヒド型プロテアソーム阻害剤であるALLNは、下記式に示すように、活性部位であるホルミル基が20Sプロテアソームの分解活性サイトと共有結合することで、プロテアソーム活性を阻害することが知られている(Kisselev, A.F. et al., Chemistry & Biology, 2012, 19, 99-115)。
【0051】
【化4】
【0052】
このため、ALLNの活性部位であるホルミル基を他の構造部分(カルボキシ基、アルキル基、アリール基、アミノ基、ヒドロキシ基等)に置き換えてプロテアソーム阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0053】
なお、MG-132、BSc-2118、PSI等の他のアルデヒド型プロテアソーム阻害剤についても、活性部位であるホルミル基を他の構造部分(カルボキシ基、アルキル基、アリール基、アミノ基、ヒドロキシ基等)に置き換えることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0054】
プロテアソーム阻害剤のプロテアソーム阻害活性を失活させた構造を有するタンパク質分解誘導タグの一例を以下の表3及び表4に示す。表中のRで表される1価の基としては、カルボキシ基、炭素数1~20のアルキル基、炭素数6~20のアリール基、アミノ基、ヒドロキシ基等が挙げられる。
【0055】
【表3】
【0056】
【表4】
【0057】
プロテアソーム阻害剤の他の例を以下の表5~表10に示す。これらのプロテアソーム阻害剤についても、上記と同様にしてプロテアソーム阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0058】
【表5】
【0059】
【表6】
【0060】
【表7】
【0061】
【表8】
【0062】
【表9】
【0063】
【表10】
【0064】
別の態様では、タンパク質分解誘導タグは、プロテアーゼ阻害剤(前述したプロテアソーム阻害剤を除く)のプロテアーゼ阻害活性を失活させた構造とすることができる。
【0065】
ここで、「プロテアーゼ阻害活性を失活させた構造」には、プロテアーゼ阻害活性を完全に消失させた構造に加え、プロテアーゼ阻害活性を減弱させた構造も含まれる。ある態様では、タンパク質分解誘導タグは、プロテアーゼ阻害剤の阻害対象となるプロテアーゼに対する50%阻害濃度(IC50)が、元のプロテアーゼ阻害剤の50%阻害濃度(IC50)の2倍以上である。
【0066】
プロテアーゼ阻害剤としては、プロテアーゼ阻害活性を有するあらゆる化合物を使用することができる。プロテアーゼ阻害剤は、プロテアーゼに対して親和性を有し、且つ、プロテアーゼによるタンパク質の分解を阻害する化合物である。したがって、プロテアーゼ阻害剤の活性部位を他の構造部分に置き換えてプロテアーゼ阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0067】
プロテアーゼ阻害剤の一例を以下の表11~表78に示す。これらのプロテアーゼ阻害剤の活性部位を他の構造部分に置き換えてプロテアーゼ阻害活性を失活させることで、タンパク質分解誘導タグを得ることができる。ただし、タンパク質分解誘導タグの製造に使用可能なプロテアーゼ阻害剤がこれらの例に限定されるものではない。プロテアーゼ及びプロテアーゼ阻害剤については、必要に応じて、既存のデータベース(MEROPS-the peptidase database(http://merops.sanger.ac.uk/index.shtml)等)の情報を参照することができる。
【0068】
【表11】
【0069】
【表12】
【0070】
【表13】
【0071】
【表14】
【0072】
【表15】
【0073】
【表16】
【0074】
【表17】
【0075】
【表18】
【0076】
【表19】
【0077】
【表20】
【0078】
【表21】
【0079】
【表22】
【0080】
【表23】
【0081】
【表24】
【0082】
【表25】
【0083】
【表26】
【0084】
【表27】
【0085】
【表28】
【0086】
【表29】
【0087】
【表30】
【0088】
【表31】
【0089】
【表32】
【0090】
【表33】
【0091】
【表34】
【0092】
【表35】
【0093】
【表36】
【0094】
【表37】
【0095】
【表38】
【0096】
【表39】
【0097】
【表40】
【0098】
【表41】
【0099】
【表42】
【0100】
【表43】
【0101】
【表44】
【0102】
【表45】
【0103】
【表46】
【0104】
【表47】
【0105】
【表48】
【0106】
【表49】
【0107】
【表50】
【0108】
【表51】
【0109】
【表52】
【0110】
【表53】
【0111】
【表54】
【0112】
【表55】
【0113】
【表56】
【0114】
【表57】
【0115】
【表58】
【0116】
【表59】
【0117】
【表60】
【0118】
【表61】
【0119】
【表62】
【0120】
【表63】
【0121】
【表64】
【0122】
【表65】
【0123】
【表66】
【0124】
【表67】
【0125】
【表68】
【0126】
【表69】
【0127】
【表70】
【0128】
【表71】
【0129】
【表72】
【0130】
【表73】
【0131】
【表74】
【0132】
【表75】
【0133】
【表76】
【0134】
【表77】
【0135】
【表78】
【0136】
なお、以上の説明では、便宜上、プロテアソーム阻害剤とプロテアソーム阻害剤以外のプロテアーゼ阻害剤とを区別したが、プロテアソームとプロテアソーム以外のプロテアーゼとの両者の活性を阻害可能な化合物も知られている。したがって、このような化合物を用いることで、プロテアソームとプロテアソーム以外のプロテアーゼとの両者に対して親和性を有するタンパク質分解誘導タグを得ることができる。
【0137】
プロテアソームとプロテアソーム以外のプロテアーゼとの両者の活性を阻害可能な化合物の一例を以下の表79に示す。ただし、プロテアソームとプロテアソーム以外のプロテアーゼとの両者の活性を阻害可能な化合物がこれらの例に限定されるものではない。
【0138】
【表79】
【0139】
別の態様では、タンパク質分解誘導タグとして、プロテアソーム活性化剤を使用することができる。プロテアソーム活性化剤は、プロテアソーム(複合体型プロテアーゼ)に対して親和性を有し、且つ、プロテアソームによるタンパク質の分解を阻害しない化合物であり、タンパク質分解誘導タグとして使用することができる。
【0140】
プロテアソーム活性化剤の一例を以下の表80~表82に示す。ただし、タンパク質分解誘導タグの製造に使用可能なプロテアソーム活性化剤がこれらの例に限定されるものではない。
【0141】
【表80】
【0142】
【表81】
【0143】
【表82】
【0144】
以上のとおり例示したタンパク質分解誘導タグの中でも、特に、26Sプロテアソームに親和性を有するものが好ましい。細胞内のプロテアソームは、通常、20Sプロテアソームに19Sプロテアソームが2つ結合した26Sプロテアソームの状態で存在する。このため、26Sプロテアソームに親和性を有するタンパク質分解誘導タグを用いることで、細胞内の特定タンパク質をより効率的に分解へと導くことが可能となる。
【0145】
(特定タンパク質親和性分子)
特定タンパク質親和性分子は、特定タンパク質に対して親和性を有する分子である。
【0146】
特定タンパク質としては、例えば、細胞内又は細胞膜に存在するタンパク質が挙げられる。特定タンパク質は、変異によって生成した変異タンパク質であってもよく、転座等によって生成した融合タンパク質であってもよい。また、特定タンパク質は、内因性のタンパク質であってもよく、ウイルス、細菌等に由来する外来性のタンパク質であってもよい。また、特定タンパク質は、何らかの要因により分解が滞って蓄積したタンパク質であってもよい。ある態様では、特定タンパク質は、細胞周期、シグナル伝達、細胞分化、細胞脱分化、細胞増殖、又はサイトカイン等の生理活性物質の産生に関与するタンパク質である。
【0147】
また、特定タンパク質は、複数のタンパク質からなる複合体であってもよい。複数のタンパク質からなる複合体の一例としては、p53/MDM2複合体(p53タンパク質とMDM2タンパク質との複合体。以下同様)、p53/E6複合体、p53/HDM2複合体、p53/AICD複合体、p53/RUNX2複合体、p53/RUNX3複合体等のp53複合体が挙げられる。ただし、本開示における複合体がこれらの例に限定されるものではない。
【0148】
特定タンパク質が複数のタンパク質からなる複合体である場合、特定タンパク質親和性分子は、複合体を構成する一部のタンパク質に対して親和性を有するものであってもよく、複合体自体に対して親和性を有するものであってもよい。
【0149】
後述する本開示の分子動態評価方法及び本開示のスクリーニング方法は、このような複合体を標的とし、複合体の分解を指標として、被験物質(特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子)の分子動態を評価し、また、特定の分子動態を示す被験物質(特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子)を選抜することができる点で非常に有用である。
【0150】
本明細書において「特定タンパク質に対して親和性を有する」とは、例えば、特定タンパク質に対して共有結合、水素結合、疎水結合、ファンデルワールス力等により結合可能であることを意味する。特定タンパク質と相互作用することが知られている他の分子(タンパク質、ペプチド、DNA、RNA、代謝物、低分子化合物等)と特定タンパク質との相互作用が、ある分子によって濃度依存的に影響を受ける場合、その分子は、特定タンパク質に対して親和性を有すると判断することができる。
【0151】
特定タンパク質親和性分子としては、低分子化合物、抗体、ペプチド等の医薬又は医薬候補物質;サイトカイン、成長因子、ホルモン等の内因性の生理活性物質;天然物、代謝物、植物成分、食品成分などが挙げられる。
特定タンパク質の中には、結合する分子(阻害剤等)が知られているものも存在するため(例えば、国際公開第2008/123266号参照)、このような既知の分子を特定タンパク質親和性分子として使用することができる。特定タンパク質に結合する分子が未知の場合には、ハイスループット・スクリーニング(HTS)により、結合する分子をスクリーニングしてもよい。また、特定タンパク質と結合する抗体を作製し、これを特定タンパク質親和性分子として使用してもよい。
【0152】
(タンパク質分解誘導タグと特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートの様式)
タンパク質分解誘導タグと特定タンパク質親和性分子とのコンジュゲートの様式は、タンパク質分解誘導タグのプロテアーゼとの結合性、及び特定タンパク質親和性分子の特定タンパク質との親和性が維持される限り、特に制限されない。なお、タンパク質分解誘導タグ及び特定タンパク質親和性分子がいずれもタンパク質である場合、両者を融合した融合タンパク質を合成することが可能であるが、このような融合タンパク質は「コンジュゲート」には含まれない。
【0153】
タンパク質分解誘導分子は、例えば、少なくとも1つのタンパク質分解誘導タグと少なくとも1つの特定タンパク質親和性分子とが連結された構造とすることができる。タンパク質分解誘導分子は、1つのタンパク質分解誘導タグと1つの特定タンパク質親和性分子とが連結された構造であってもよく、1つのタンパク質分解誘導タグと複数の特定タンパク質親和性分子とが連結された構造であってもよく、複数のタンパク質分解誘導タグと1つの特定タンパク質親和性分子とが連結された構造であってもよく、複数のタンパク質分解誘導タグと複数の特定タンパク質親和性分子とが連結された構造であってもよい。ある態様では、タンパク質分解誘導分子は、1つのタンパク質分解誘導タグと1つの特定タンパク質親和性分子とが連結された構造である。
【0154】
タンパク質分解誘導タグにおける特定タンパク質親和性分子との連結位置は、プロテアーゼとの親和性が維持される限り、特に制限されない。例えば、タンパク質分解誘導タグが、前述のように、プロテアーゼ阻害剤(例えば、プロテアソーム阻害剤)の活性部位を他の構造部分に置き換えた構造である場合、この置き換えた他の構造部分において特定タンパク質親和性分子と連結することができる。具体的に、プロテアーゼ阻害剤の活性部位をカルボキシ基に置き換えた場合、カルボキシ基を介して特定タンパク質親和性分子と連結することができる。
一方、特定タンパク質親和性分子におけるタンパク質分解誘導タグとの連結位置は、特定タンパク質との親和性が維持される限り、特に制限されない。
【0155】
なお、タンパク質分解誘導タグ及び特定タンパク質親和性分子は、相互に連結可能な構造であってもよい。タンパク質分解誘導タグと特定タンパク質親和性分子とを直接連結することが困難な場合には、相互に連結可能とする構造を、タンパク質分解誘導タグ及び特定タンパク質親和性分子の少なくとも一方に導入することも考えられる。
例えば、特定タンパク質親和性分子としては、特定タンパク質に親和性を有する既知の分子を使用することができるが、この既知の分子とタンパク質分解誘導タグとを直接連結することが困難な場合も想定される。このような場合には、タンパク質分解誘導タグと連結可能な構造を当該既知の分子に導入し、特定タンパク質親和性分子として使用してもよい。
【0156】
<分子動態評価方法>
本開示の分子動態評価方法は、前述したタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与し、ヒト又は非ヒト動物の生体内で特定タンパク質の分解を誘導する工程(以下、「分解誘導工程」ともいう。)と、ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における特定タンパク質の分解を検出することにより、特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する工程(以下、「分子動態評価工程」ともいう。)と、を含む。
本開示の分子動態評価方法によれば、特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子の分子動態を評価することが可能である。
【0157】
分解誘導工程では、前述したタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与する。この投与により、ヒト又は非ヒト動物の生体内において、特定タンパク質のユビキチン化を介することなく(すなわち、ユビキチン非依存的に)、特定タンパク質をプロテアーゼ(例えば、プロテアソーム)による分解(ノックダウン)へと導くことが可能となる。
【0158】
非ヒト動物は特に制限されず、サル等の霊長類、マウス、ラット、豚、犬、猫などが挙げられる。非ヒト動物は、遺伝子を改変した遺伝子改変型の動物(例えば、疾患モデル動物)であってもよく、遺伝子を改変していない野生型の動物であってもよい。また、タンパク質分解誘導分子の投与方法は特に制限されず、経口投与であっても非経口投与(静脈内投与、動脈内投与、門脈内投与、皮内投与、皮下投与、腹腔内投与、胸腔内投与、髄腔内投与、筋肉内投与等)であってもよい。
【0159】
分子動態評価工程では、ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における特定タンパク質の分解を検出することにより、特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する。タンパク質分解誘導分子が移行した検体においては、特定タンパク質の分解が誘導される。したがって、この特定タンパク質の分解を検出することにより、特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子の分子動態を評価することができる。
【0160】
ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体とは、ヒト又は非ヒト動物から採取された組織、器官、細胞、分子等である。検体としては、例えば、臓器の一部又は全部、皮膚、血液、それらに含まれる細胞、それらに含まれる分子等が挙げられる。
検体を採取する方法は特に制限されず、例えば、生検(バイオプシー)において通常用いられる検体採取方法(例えば、内視鏡又は鉗子カテーテルを用いた検体採取方法)、外科的手術による検体採取方法等が挙げられる。非ヒト動物であれば、解剖等により採取してもよい。
【0161】
検体における特定タンパク質の分解を検出する方法は特に制限されない。例えば、特定タンパク質の量をウェスタンブロット解析等により測定してもよい。あるいは、特定タンパク質が分解されることにより発現量が変化する他のタンパク質の量をウェスタンブロット解析等により測定することで、特定タンパク質の分解を間接的に検出してもよい。また、特定タンパク質が分解されることにより発現量が変化するmRNAをRT-PCR法等により測定することで、特定タンパク質の分解を間接的に検出してもよい。
なお、特定タンパク質が複合体である場合、複合体を構成する一部のタンパク質の分解を検出することで、特定タンパク質の分解を検出してもよく、複合体を構成する全てのタンパク質の分解を検出することで、特定タンパク質の分解を検出してもよい。
分子動態評価工程では特定タンパク質の分解を検出すればよいため、従来のようにHPLC、LC-MS/MS、オートラジオグラフ等を使用する必要がなく簡便である。
【0162】
分子動態の評価対象となる被験物質は、特定タンパク質親和性分子であってもタンパク質分解誘導分子であってもよい。
【0163】
特定タンパク質親和性分子の分子動態を評価する場合、特定タンパク質親和性分子をタンパク質分解誘導タグと組み合わせてタンパク質分解誘導分子を製造し、ヒト又は非ヒト動物に投与すればよい。タンパク質分解誘導分子が移行した検体では特定タンパク質の分解が誘導されるため、この分解を検出することにより、特定タンパク質親和性分子の分子動態を評価することができる。ある態様では、低分子化合物、抗体、ペプチド等の医薬候補分子を特定タンパク質親和性分子として用いることができる。
【0164】
また、タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価する場合、タンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与すればよい。タンパク質分解誘導分子が移行した検体においては特定タンパク質の分解が誘導されるため、この分解を検出することにより、タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価することができる。
【0165】
ここで、特定タンパク質が疾患に関連するタンパク質である場合には、タンパク質分解誘導分子は、その疾患に対する医薬候補分子ともなり得る。この場合、タンパク質分解誘導分子のヒト又は非ヒト動物の生体内における分布は、薬理作用が発現する場所の分布を表すことになるため、タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価することで、対象となる疾患又は患者を絞り込むことができる。一例として、特定タンパク質が癌に関連するタンパク質である場合、タンパク質分解誘導分子の分子動態を評価することで、どのような癌に対する医薬候補分子となるかを評価することができる。
【0166】
なお、特定タンパク質が疾患に関連するタンパク質である場合、本開示の分子動態評価方法は、ヒト又は非ヒト動物の生体内で特定タンパク質の分解を誘導することによる薬理作用を評価する工程(以下、「薬理作用評価工程」ともいう。)を更に含んでいてもよい。これにより、タンパク質分解誘導分子の分子動態と薬理作用とを併せて評価することができる。分子動態評価工程と薬理作用評価工程との順序は特に制限されない。
【0167】
<スクリーニング方法>
本開示のスクリーニング方法は、前述したタンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与し、ヒト又は非ヒト動物の生体内で特定タンパク質の分解を誘導する工程(以下、「分解誘導工程」ともいう。)と、ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における特定タンパク質の分解を検出することにより、特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子を選抜する工程(以下、「選抜工程」ともいう。)と、を含む。
本開示のスクリーニング方法によれば、特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子を選抜することができる。
【0168】
分解誘導工程は、前述した本開示の分子動態評価方法と同様であるため、詳細な説明を省略する。
【0169】
選抜工程では、ヒト又は非ヒト動物の少なくとも一部分である検体における特定タンパク質の分解を検出することにより、特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子を選抜する。タンパク質分解誘導分子が移行した検体においては、特定タンパク質の分解が誘導される。したがって、この分解を検出することにより、特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子又はタンパク質分解誘導分子を選抜することができる。
【0170】
検体、及び検体における特定タンパク質の分解を検出する方法は、前述した本開示の分子動態評価方法と同様であるため、詳細な説明を省略する。
選抜工程では特定タンパク質の分解を検出すればよいため、従来のようにHPLC、LC-MS/MS、オートラジオグラフ等を使用する必要がなく簡便である。
【0171】
選抜対象となる被験物質は、特定タンパク質親和性分子であってもタンパク質分解誘導分子であってもよい。
【0172】
特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子を選抜する場合、特定タンパク質親和性分子をタンパク質分解誘導タグと組み合わせてタンパク質分解誘導分子を製造し、ヒト又は非ヒト動物に投与すればよい。タンパク質分解誘導分子が移行した検体では特定タンパク質の分解が誘導されるため、この分解を検出することにより、特定の分子動態を示す特定タンパク質親和性分子を選抜することができる。ある態様では、低分子化合物、抗体、ペプチド等の医薬候補分子を特定タンパク質親和性分子として用いることができる。
【0173】
また、特定の分子動態を示すタンパク質分解誘導分子を選抜する場合、タンパク質分解誘導分子をヒト又は非ヒト動物に投与すればよい。タンパク質分解誘導分子が移行した検体では特定タンパク質の分解が誘導されるため、この分解を検出することにより、特定の分子動態を示すタンパク質分解誘導分子を選抜することができる。
【実施例
【0174】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。以下の実施例、合成例、及び参考例において、室温とは20℃~30℃の範囲を示す。
【0175】
以下の実施例、合成例、及び参考例で使用される化合物等の略称は以下のとおりである。
H-Gly-OtBu・HCl:L-Glycine t-butyl ester hydrochloride
DMF:N,N-Dimethylformamide
DIPEA:N,N-Diisopropylethylamine
PyBOP:1H-Benzotriazol-1-yloxy-tri(pyrrolidino)phosphonium hexafluorophosphate
TFA:Trifluoroacetic acid
H-Leu-OtBu・HCl:L-Leucine t-butyl ester hydrochloride
HATU:O-(7-Azabenzotriazol-1-yl)-N,N,N',N'-tetramethyluronium hexafluorophosphate
ec:Escherichia coli
DHFR:Dihydrofolate reductase
RF:Restriction-free
HA:Hemagglutinin
GFP:Green fluorescent protein
DsRed:Discosoma sp. red fluorescent protein
D-MEM:Dulbecco's modified eagle's medium
DMSO:Dimethyl sulfoxide
PBS:Phosphate buffered saline
EDTA:Ethylenediamine tetraacetic acid
FBS:Fetal bovine serum
SDS:Sodium dodecyl sulfate
PAGE:Polyacrylamide gel ectrophoresis
BPB:Bromophenol blue
PVDF:Polyvinylidene difluoride
TBS:Tris buffered saline
GAPDH:Glyceraldehyde 3-phosphate dehydrogenase
PMSF:Phenylmethylsulfonyl fluoride
DTT:Dithiothreitol
TMP:Trimethoprim
DMT-MM:4-(4,6-Dimethoxy-1,3,5-triazin-2-yl)-4-methylmorpholinium chloride n-hydrate
AMC:7-Amino-4-methylcoumarin
MTX:Methotrexate
DMA:N,N-Dimethylacetamide
BOP:(Benzotriazol-1-yloxy)-tris(dimetylamino)phosphonium hexafluorophosphate
DEPC:Diethylpyrocarbonate
【0176】
<合成例1:TUS-007の合成>
合成例1では、タンパク質分解誘導タグと、Rasタンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とを連結することにより、タンパク質分解誘導分子であるTUS-007を合成した。
【0177】
タンパク質分解誘導タグとしては、プロテアソーム阻害剤であるMLN9708及びMLN2238の活性部位(ボロン酸エステル部位又はボロニル基)をカルボキシ基に置き換えた化合物(CANDDY_MLN)を用いた。
【0178】
また、特定タンパク質親和性分子としては、下式で表されるRas-SOS-NHを用いた。Ras-SOS-NHは、下式で表されるRas-SOSのアミノ基に、HN-(CH)-COOHを反応させて得られた化合物である。
【0179】
【化5】
【0180】
Ras-SOSは、Sun, Q.らの文献(Sun, Q. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2012, 51, 6140-6143)に記載されたCompound 12である。SOSタンパク質がRasタンパク質に結合すると、Rasタンパク質に結合するGDPがGTPに置き換わり、Rasタンパク質が活性化される。Ras-SOSは、Rasタンパク質に結合してRasタンパク質とSOSタンパク質との相互作用を阻害することにより、Rasタンパク質の活性化を阻害することが知られている。
【0181】
なお、Ras-SOS及びRas-SOS-NHは、Sun, Q.らの文献に記載された方法に従って合成した。
【0182】
TUS-007の合成方法の詳細は以下のとおりである。
【0183】
(CANDDY_MLNの合成)
下記合成スキームに従ってCANDDY_MLNを合成した。
【0184】
【化6】
【0185】
まず、枝付きナスフラスコにH-Gly-OtBu・HCl(286.8 mg, 1.69 mmol, 1 eq)を仕込み、窒素置換した。窒素気流下で脱水DMF10mLとDIPEA5mLとを加え、室温にて撹拌した。2,5-ジクロロ安息香酸(309.3 mg, 1.62 mmol, 1 eq)を1mLの脱水DMF及び1mLのDIPEAに溶解した後、反応溶液に加え、室温にて20分間撹拌した。PyBOP(1.02 g, 1.96 mmol, 1.2 eq)を1mLの脱水DMFに溶解した後、反応溶液に加え、室温にて3時間撹拌した。反応溶液を水及び炭酸水素ナトリウム水溶液で希釈し、酢酸エチル/ヘキサン(=4/1)で2回抽出した。無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。シリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン/クロロホルム=1/1~0/1, gradient)を用いた分離精製処理により、化合物S1(531.0 mg, 1.75 mmol, 103%)を得た。
【0186】
次いで、ナスフラスコに化合物S1(212.4 mg, 0.70 mmol)を仕込み、ジクロロメタンを5mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、TFAを5mL加え、室温にて1時間撹拌した。溶媒を減圧留去した後、真空乾燥し、化合物S2(190.7 mg, quant.)を得た。
【0187】
次いで、枝付きナスフラスコに化合物S2(190.7 mg, 0.77 mmol, 1 eq)及びH-Leu-OtBu・HCl(175.8 mg, 0.79 mmol, 1 eq)を仕込み、窒素置換した。窒素気流下で脱水DMF5mLとDIPEA5mLとを加え、室温にて20分間撹拌した。PyBOP(886.7 mg, 1.70 mmol, 2.2 eq)を1.5mLの脱水DMFに溶解した後、反応溶液に加え、室温にて3時間撹拌した。反応溶液を水及び炭酸水素ナトリウム水溶液で希釈し、酢酸エチル/ヘキサン(=4/1)で2回抽出した。無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。シリカゲルクロマトグラフィー(ヘキサン/クロロホルム=1/1~0/1, gradient)を用いた分離精製処理により、化合物S3(244.2 mg, 0.58 mmol, 76%)を得た。
【0188】
次いで、ナスフラスコに化合物S3(240.8 mg, 0.58 mmol)を仕込み、ジクロロメタンを5mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、TFAを5mL加え、室温にて1時間撹拌した。溶媒を減圧留去した後、真空乾燥し、CANDDY_MLN(214.7 mg, 0.59 mmol, 100%)を得た。
【0189】
(TUS-007の合成)
下記合成スキームに従ってTUS-007を合成した。
【0190】
【化7】
【0191】
ナスフラスコにCANDDY_MLN(52.4 mg, 0.15 mmol, 1 eq)及び別途合成したRas-SOS-NH(62.4 mg, 0.12 mmol, 0.9 eq)を仕込み、脱水DMFを4mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、DIPEAを4mL加え、溶液を中性にした。室温にて5分間撹拌した後、HATU(114.1 mg, 0.30 mmol, 2 eq)を反応溶液に直接加え、室温にて6時間撹拌した。冷却下で飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、有機層を分離した後、水層を酢酸エチルで抽出した。有機層を集め、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去した後、シリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=20/1~4/1, gradient)を用いた分離精製処理により、TUS-007(25.2 mg, 0.03 mmol, 24%, isolated yield)を得た。得られたTUS-007は、分取用薄層クロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=10/1)を用いて、更に精製処理を行った。
TUS-007の物性データを以下に示す。
HRMS-FAB (m/z): [M+H]+ calcd for C44H55Cl2N8O5, 845.3672; found, 845.3674.
【0192】
<参考例1>
参考例1では、HeLa細胞(ヒト子宮頸癌細胞)において強制発現させた野生型K-Rasタンパク質のTUS-007を介した分解(ノックダウン)について、FACS解析により評価した。
【0193】
(プラスミドの準備)
野生型K-Rasタンパク質(K-Ras-WT)を発現するプラスミドは、ecDHFRタンパク質を発現するプラスミド(pMIR-DsRed-IRES-ecDHFR-HA-GFP)を用いて、RFクローニングにより作製した。ヒトK-ras遺伝子の全長cDNAクローン(Accession No. AK292510)は、独立行政法人製品評価技術基盤機構から購入した。PCR増幅は、PCR酵素としてKOD-Plus-Neo(東洋紡(株))を用いて行った。RFクローニングに用いたフォワードプライマー及びリバースプライマーを以下の表83に示す。
【0194】
【表83】
【0195】
(HeLa細胞へのプラスミドの導入及び細胞播種)
HeLa細胞にプラスミドを導入することにより、細胞内に野生型K-Rasタンパク質(詳細には、HAタグを介した野生型K-Rasタンパク質とGFPとの融合タンパク質)又は比較用のDsRedタンパク質を一過的に過剰発現させた。
【0196】
HeLa細胞へのプラスミド導入は、トランスフェクション試薬であるScreenFectA(和光純薬工業(株))を用いて常法により行った。プラスミド導入後のHeLa細胞を4×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で40時間培養した。
【0197】
(HeLa細胞へのTUS-007の添加)
プラスミドを導入してから40時間培養した後、以下のようにして、HeLa細胞にTUS-007を添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TUS-007を含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり500μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。また、TUS-007を含有するDMSO溶液を添加する実験群のほかに、TUS-007及びMLN2238の両方、又はRas-SOS-NHを含有するDMSO溶液を添加する実験群も準備した。なお、コントロールとしてはDMSOを用いた。
【0198】
(TUS-007を介した野生型K-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(FACS解析))
TUS-007の添加24時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、37℃のトリプシン(0.25 w/v% Trypsin-1 mmol/L EDTA・4Na Solution with Phenol Red)(和光純薬工業(株))を各ウェル当たり200μL添加し、37℃、5体積% COの条件下で1分間培養した。培養後、D-MEM(Low D-Glucose, L-Glutamine, Phenol Red)(和光純薬工業(株))に10質量% FBS及び1質量% PenStrep(100 U/mL Sodium Penicillin G and 100 μg/mL Streptomycin Sulfate)(和光純薬工業(株))を添加した培地を各ウェル当たり300μL添加して懸濁し、15mLチューブに細胞溶液を回収した。
【0199】
回収した細胞溶液を遠心分離(1000rpm×5分間、4℃)し、上清を除去した後、2mLのPBS(37℃)により懸濁した。懸濁後の細胞溶液を遠心分離(1000rpm×5分間、4℃)し、上清を除去した後、4℃のFACSバッファー(1質量% FBS/PBS)を500μL添加し、氷上に静置した。
【0200】
フローサイトメトリーにはBD FACSCanto II(BD Biosciences)を用い、細胞中におけるGFP及びDsRedタンパク質の発現を定量した。FACS解析の直前に、細胞溶液を孔径32μmのメッシュに通し、FACSチューブへと移した。解析ソフトFlowJo(トミーデジタルバイオロジー(株))により細胞1個当たりのGFP/DsRed比を算出し、グラフのシフトから、TUS-007による野生型K-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)を確認した。
【0201】
FACS解析結果を図1に示す。図1に示すとおり、TUS-007を添加した場合には、濃度依存的にグラフが左にシフトしており、TUS-007によって野生型K-Rasタンパク質の分解が誘導されていることが確認できた。一方、Ras-SOS-NHを添加した場合には、コントロール(DMSO)とグラフが重なっており、野生型K-Rasタンパク質が分解されていないことが確認できた。この結果から、Ras-SOS-NHに対してタンパク質分解誘導タグであるCANDDY_MLNを連結することにより、野生型K-Rasタンパク質の分解が誘導されることが分かる。
また、TUS-007及びMLN2238の両方を添加した場合には、TUS-007を添加した場合と比較して野生型K-Rasタンパク質の分解が阻害された。この結果は、TUS-007によって、野生型K-Rasタンパク質がプロテアソームによる分解へと導かれていることを裏付けるものである。
【0202】
<参考例2>
参考例2では、HeLa細胞において強制発現させた野生型K-Rasタンパク質のTUS-007を介した分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。
【0203】
(プラスミドの準備)
参考例1と同様にして、野生型K-Rasタンパク質(K-Ras-WT)を発現するプラスミドを作製した。
【0204】
(HeLa細胞へのプラスミドの導入及び細胞播種)
参考例1と同様にして、HeLa細胞にプラスミドを導入することにより、細胞内に野生型K-Rasタンパク質(詳細には、HAタグを介した野生型K-Rasタンパク質とGFPとの融合タンパク質)又は比較用のDsRedタンパク質を一過的に過剰発現させた。プラスミド導入後のHeLa細胞は、4×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で40時間培養した。
【0205】
(HeLa細胞へのTUS-007の添加)
プラスミドを導入してから40時間培養した後、以下のようにして、HeLa細胞にTUS-007を添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TUS-007を含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり500μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。また、TUS-007を含有するDMSO溶液を添加する実験群のほかに、TUS-007及びMLN2238の両方、MLN2238、又はRas-SOS-NHを含有するDMSO溶液を添加する実験群も準備した。なお、コントロールとしてはDMSOを用いた。
【0206】
(TUS-007を介した野生型K-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
TUS-007の添加24時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free, Roche)との混合溶液を各ウェル当たり27μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップを用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。凍結融解を3回繰り返した後、遠心分離(13800rpm×20分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0207】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。電気泳動は150Vで50分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0208】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、120分間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/High-salt TBS-T(100 mM Tris-HCl, 500 mM NaCl, 0.2% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、メンブレンをHigh-salt TBS-Tでリンスし、1%スキムミルク/High-salt TBS-T中で抗体反応を行った。抗体としては、Anti-HA-Peroxidase, High-Affinity(3F10)Rat monoclonal antibody(25 U/mL)(Roche)を1000倍希釈して用いた。室温にて1時間振盪させた後、メンブレンをHigh-salt TBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをHigh-salt TBS(100 mM Tris-HCl, 500 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。
【0209】
次に、同一のメンブレンを用いて、コントロールであるGAPDHの検出反応を行った。メンブレンをTBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)で洗浄し、5%スキムミルク/TBS-T中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗GAPDH抗体(6C5, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。二次抗体としては、抗マウスIgG(H+L)抗体(A90-116P-33, Bethyl)を20000倍希釈して用いた。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0210】
ウェスタンブロット解析結果を図2に示す。図2中のグラフは、ウェスタンブロット解析により検出された野生型K-Rasタンパク質の定量結果を、コントロール(DMSO)を1とした相対値で示したものである。
図2に示すとおり、TUS-007を添加した場合には、野生型K-Rasタンパク質の量が減少したが、Ras-SOS-NHを添加した場合には、野生型K-Rasタンパク質の量が減少しなかった。この結果から、Ras-SOS-NHに対してタンパク質分解誘導タグであるCANDDY_MLNを連結することにより、野生型K-Rasタンパク質の分解が誘導されることが分かる。
また、TUS-007及びMLN2238の両方を添加した場合には、コントロール(DMSO)よりも野生型K-Rasタンパク質の量が増加した。この結果は、TUS-007によって、野生型K-Rasタンパク質がプロテアソームによる分解へと導かれていることを裏付けるものである。
【0211】
<参考例3>
参考例3では、TUS-007を添加したHeLa細胞における内在の野生型K-Rasタンパク質及び野生型H-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。
【0212】
(細胞播種)
HeLa細胞を8×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で16時間培養した。
【0213】
(HeLa細胞へのTUS-007の添加)
細胞播種から16時間後に、以下のようにして、HeLa細胞にTUS-007を添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TUS-007を含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり500μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。コントロールとしてはDMSOを用いた。
【0214】
(TUS-007を介した内在の野生型K-Rasタンパク質及び野生型H-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
TUS-007の添加48時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free, Roche)との混合溶液を各ウェル当たり27μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップを用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。融解後、遠心分離(13800rpm×20分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0215】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。電気泳動は150Vで50分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0216】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、2時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗K-Ras抗体(C-17, SantaCruz、500倍希釈)、抗H-Ras抗体(C-20, SantaCruz、1000倍希釈)、及び抗SOS1抗体(C-23, SantaCruz、1000倍希釈)を用いた。4℃にて16時間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。
【0217】
次に、同一のメンブレンを用いて、コントロールであるGAPDHの検出反応を行った。メンブレンをTBS-Tで洗浄し、5%スキムミルク/TBS-T中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗GAPDH抗体(6C5, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。二次抗体としては、抗マウスIgG(H+L)抗体(A90-116P-33, Bethyl)を20000倍希釈して用いた。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0218】
ウェスタンブロット解析結果を図3に示す。図3中の各バンドの下の数値は、ウェスタンブロット解析により検出された各タンパク質の定量結果を、コントロール(DMSO)を1.0とした相対値で示したものである。
図3に示すとおり、TUS-007を添加した場合には、内在の野生型K-Rasタンパク質及び野生型H-Rasタンパク質の量が減少したが、SOS1タンパク質の量は減少しなかった。この結果は、Sun, Q.らの文献(Sun, Q. et al., Angew. Chem. Int. Ed., 2012, 51, 6140-6143)にて報告されているRas-SOSのタンパク質親和性の結果と整合するものであった。
【0219】
<実施例1>
実施例1では、TUS-007をマウス個体に投与した後、マウスの各組織における野生型K-Rasタンパク質の分解(ノックダウン)を検出することにより、TUS-007の分子動態を評価した。
【0220】
(マウスへのTUS-007の投与)
TUS-007をDMSOに溶解した後、DMSOの濃度が10体積%となるようにトウモロコシ油に溶解し、40mg/kg体重又は80mg/kg体重の投与量で、C57BL/6J野生型マウス(8週齢~9週齢、雄)(日本クレア(株))に腹腔内投与した(n=3~4)。また、TUS-007を投与する投与群のほかに、Ras-SOSを80mg/kg体重の投与量で投与する投与群も準備した。コントロールとしては、注射液の担体(10体積% DMSOを含有するトウモロコシ油)を用いた。マウスは、餌及び水が自由摂取できる環境下で飼育した。投与48時間後に、ソムノペンチル(共立製薬(株))による深麻酔下でマウスを解剖した。開腹してから順次、脾臓、膵臓、肝臓、腎臓、大腸、肺、及び心臓を摘出し、液体窒素で瞬間凍結させた。液体窒素で凍結後の各組織は、-80℃のディープフリーザーにて保管した。
【0221】
(マウス組織のウェスタンブロット解析)
凍結した組織(脾臓は0.02g、その他は0.04g)をそれぞれ粉砕した後、500μLのTKM組織溶解バッファー(50 mM トリエタノールアミン(pH 7.8), 50 mM KCl, 5 mM MgCl2, 0.25 M sucrose, 1 mM PMSF, protein inhibitors cocktail-EDTA free(ナカライテスク(株)), 1 mM DTT,Recombinant RNase inhibitor(0.2 U/μL, Takara Bio))を加え、15分間回転(1rpm、25℃)して溶解させた。その後、遠心分離(13800rpm×30分間、4℃)し、上清(各組織抽出物)を回収した。抽出したタンパク質は、分光光度計で濃度を定量した。
【0222】
回収した各組織抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で5分間ヒートブロックした。電気泳動は160Vで60分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0223】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、1.5時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。メンブレンは、25kDaマーカーの位置で2つに分割した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗K-Ras抗体(sc-30, SantaCruz、500倍希釈)及び抗GAPDH抗体(sc-32233, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間(抗K-Ras抗体)又は4℃で一晩(抗GAPDH抗体)振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は4回行った。一次抗体反応後、1%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は4回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で10分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0224】
ウェスタンブロット解析結果を図4に示す。図4に示すとおり、TUS-007をマウスに投与した場合、膵臓、大腸、腎臓、及び脾臓では濃度依存的に野生型K-Rasタンパク質の量が減少し、特に膵臓内における減少量が大きかった。一方、肺、肝臓、及び心臓では、野生型K-Rasタンパク質の量は減少しなかった。この結果から、TUS-007は、肺、肝臓、及び心臓に比べて、膵臓、大腸、腎臓、及び脾臓への移行性が高いことが示唆された。
【0225】
<合成例2>
合成例2では、タンパク質分解誘導タグと、ecDHFRタンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とを連結することにより、タンパク質分解誘導分子であるTMP-CANDDY_DMTを合成した。
【0226】
タンパク質分解誘導タグとしては、前述した式(I)においてR及びRをいずれもメトキシ基とした化合物(DMT)を用いた。DMTは、プロテアソーム阻害剤に由来しないものの、プロテアソームに対して親和性を有する化合物である。
また、特定タンパク質親和性分子としては、ecDHFRタンパク質と結合するジヒドロ葉酸レダクターゼ阻害剤であるTMPにアミノ基を含む官能基を導入したTMP誘導体(TMP-NH)を用いた。
【0227】
TMP-CANDDY_DMTの合成方法の詳細は下記合成スキームのとおりである。
【0228】
【化8】
【0229】
ナスフラスコにTMP-NH(Long, M.J. et al., Chem. Biol., 2012, 19(5), 629-637)(31.7 mg, 0.073 mmol)を仕込み、脱水DMFを0.3mL加えた。室温で10分間撹拌した後、DIPEAを0.1mL加え、室温で10分間撹拌した。DMT-MM(33.6 mg, 0.12 mmol, 1.6 eq, 和光純薬工業(株))を反応溶液に直接加え、室温にて18時間撹拌した。反応溶液を水及び炭酸水素ナトリウム水溶液で希釈し、クロロホルムで5回抽出した。無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。シリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=92/8)を用いた分離精製処理により、TMP-CANDDY_DMT(25.8 mg, 0.045 mmol, 62%, isolated yield)を得た。
【0230】
<参考例4>
参考例4では、TMP-CANDDY_DMTのプロテアソーム阻害活性及びプロテアソームとの親和性を評価した。ポジティブコントロールとしては、プロテアソーム阻害剤であるMG-132を用いた。
【0231】
評価には、20S Proteasome StressXpress Assay Kit Gold(Bioscience)を用い、20Sプロテアソームのβ5(キモトリプシン様活性)、β2(トリプシン様活性)、及びβ1(カスパーゼ様活性)の各βサブユニットに特異的なAMC結合プロテアソーム蛍光基質のC末端が切断されることにより生成するAMCをMulti-Detection Microplate Reader(Synergy HT, BIO-TEK)により測定した。測定波長は、励起光(Ex.)を360nm、蛍光(Em.)を460nmとした。
【0232】
β1(カスパーゼ様活性)、β2(トリプシン様活性)、及びβ5(キモトリプシン様活性)の各プロテアソーム活性を図5A図5Cに示す。
図5A図5Cに示すとおり、TMP-CANDDY_DMTは、MG-132と比較して、プロテアソーム阻害活性が著しく低いことが確認できた。また、β1、β2、及びβ5のいずれに対しても、TMP-CANDDY_DMTの濃度依存的に阻害活性が高まることから、TMP-CANDDY_DMTがプロテアソームと穏やかな親和性を有していることが示唆された。すなわち、DMTは、プロテアソームと親和性を有するものの、分解を阻害しないと評価された。
【0233】
<参考例5>
参考例5では、HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_DMTを介した分解(ノックダウン)について、FACS解析により評価した。
【0234】
(プラスミドの準備)
ecDHFRタンパク質を発現するプラスミド(pMIR-DsRed-IRES-ecDHFR-HA-GFP)を大腸菌で増幅した後、Miniprep Kit(QIAGEN)で精製した。
【0235】
(HeLa細胞へのプラスミドの導入及び細胞播種)
参考例1と同様にして、HeLa細胞にプラスミドを導入することにより、細胞内にecDHFRタンパク質(詳細には、HAタグを介したecDHFRタンパク質とGFPとの融合タンパク質)又は比較用のDsRedタンパク質を一過的に過剰発現させた。プラスミド導入後のHeLa細胞は、6×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で40時間培養した。
【0236】
(HeLa細胞へのTMP-CANDDY_DMTの添加)
プラスミドを導入してから40時間培養した後、以下のようにして、HeLa細胞にTMP-CANDDY_DMTを添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用い、各ウェル当たり297μL添加した。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TMP-CANDDY_DMTを含有するDMSO溶液を各ウェル当たり3μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。コントロールとしては、TMPを含有するDMSO溶液又はDMSOを用いた。
【0237】
(TMP-CANDDY_DMTを介したecDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(FACS解析))
TMP-CANDDY_DMTの添加24時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、37℃のトリプシン(0.25 w/v% Trypsin-1 mmol/L EDTA・4Na Solution with Phenol Red)(和光純薬工業(株))を各ウェル当たり300μL添加し、37℃、5体積% COの条件下で1分間培養した。培養後、D-MEM(Low D-Glucose, L-Glutamine, Phenol Red)(和光純薬工業(株))に10質量% FBS及び1質量% PenStrep(100 U/mL Sodium Penicillin G and 100 μg/mL Streptomycin Sulfate)(和光純薬工業(株))を添加した培地を各ウェル当たり500μL添加して懸濁し、15mLチューブに細胞溶液を回収した。
【0238】
回収した細胞溶液を遠心分離(1000rpm×5分間、4℃)し、上清を除去した後、2mLのPBS(37℃)により懸濁した。懸濁後の細胞溶液を遠心分離(1000rpm×5分間、4℃)し、上清を除去した後、4℃のFACSバッファー(1質量% FBS/PBS)を500μL添加し、氷上に静置した。
【0239】
フローサイトメトリーにはBD FACSCanto II(BD Biosciences)を用い、細胞中におけるGFP及びDsRedタンパク質の発現を定量した。FACS解析の直前に、細胞溶液を孔径32μmのメッシュに通し、FACSチューブへと移した。解析ソフトFlowJo(トミーデジタルバイオロジー(株))により細胞1個当たりのGFP/DsRed比を算出し、グラフのシフトから、TMP-CANDDY_DMTによるecDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)を確認した。
【0240】
FACS解析結果を図6に示す。図6に示すとおり、TMP-CANDDY_DMTを添加した場合には、濃度依存的にグラフが左にシフトしており、TMP-CANDDY_DMTによってecDHFRタンパク質の分解が誘導されていることが確認できた。一方、TMPを添加した場合には、コントロール(DMSO)とグラフが重なっており、ecDHFRタンパク質が分解されていないことが確認できた。
【0241】
<参考例6>
参考例6では、HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_DMTを介した分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。
【0242】
(プラスミドの準備)
参考例5と同様にして、ecDHFRタンパク質を発現するプラスミドを準備した。
【0243】
(HeLa細胞へのプラスミドの導入及び細胞播種)
参考例5と同様にして、HeLa細胞にプラスミドを導入することにより、細胞内にecDHFRタンパク質又は比較用のDsRedタンパク質を一過的に過剰発現させた。プラスミド導入後のHeLa細胞は、4×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で40時間培養した。
【0244】
(HeLa細胞へのTMP-CANDDY_DMTの添加)
プラスミドを導入してから40時間培養した後、以下のようにして、HeLa細胞にTMP-CANDDY_DMTを添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TMP-CANDDY_DMTを含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり300μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。また、TMP-CANDDY_DMTを含有するDMSO溶液を添加する実験群のほかに、TMP-CANDDY_DMT及びボルテゾミブ(Bortezomib)を含有するDMSO溶液を添加する実験群も準備した。TMP-CANDDY_DMTの添加12時間後に、タンパク質合成阻害剤であるシクロへキシミドを50μg/mLの濃度となるように培地中に添加した。なお、コントロールとしては、TMPを含有するDMSO溶液又はDMSOを用いた。
【0245】
(TMP-CANDDY_DMTを介したecDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
TMP-CANDDY_DMTの添加24時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free, Roche)との混合溶液を各ウェル当たり55μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップを用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。凍結融解を3回繰り返した後、遠心分離(13000rpm×20分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0246】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。電気泳動は150Vで50分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0247】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、40分間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/High-salt TBS-T(100 mM Tris-HCl, 500 mM NaCl, 0.2% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、メンブレンをHigh-salt TBS-Tでリンスし、1%スキムミルク/High-salt TBS-T中で抗体反応を行った。抗体としては、Anti-HA-Peroxidase, High-Affinity(3F10)Rat monoclonal antibody(25 U/mL)(Roche)を1000倍希釈して用いた。室温にて1時間振盪させた後、メンブレンをHigh-salt TBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをHigh-salt TBS(100 mM Tris-HCl, 500 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。
【0248】
次に、同一のメンブレンを用いて、コントロールであるGAPDHの検出反応を行った。メンブレンをTBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)で洗浄し、5%スキムミルク/TBS-T中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗GAPDH抗体(6C5, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。二次抗体としては、抗マウスIgG(H+L)抗体(A90-116P-33, Bethyl)を20000倍希釈して用いた。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0249】
ウェスタンブロット解析結果を図7A及び図7Bに示す。図7A及び図7Bに示すとおり、TMP-CANDDY_DMTを添加した場合には、ecDHFRタンパク質の量が減少したが、TMPを添加した場合には、ecDHFRタンパク質の量が減少しなかった。また、TMP-CANDDY_DMT及びボルテゾミブの両方を添加した場合には、TMP-CANDDY_DMTを添加した場合と比較してecDHFRタンパク質の分解が阻害された。この結果は、TMP-CANDDY_DMTによって、ecDHFRタンパク質がプロテアソームによる分解へと導かれていることを裏付けるものである。
【0250】
<合成例3>
合成例3では、タンパク質分解誘導タグと、DHFRタンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とを連結することにより、タンパク質分解誘導分子であるMTX-CANDDY_MLNを合成した。
【0251】
タンパク質分解誘導タグとしては、前述のCANDDY_MLNを用いた。
また、特定タンパク質親和性分子としては、DHFRタンパク質と結合するジヒドロ葉酸レダクターゼ阻害剤であるMTXにアミノ基を含む官能基を導入したMTX誘導体(MTX-NH)を用いた。
【0252】
MTX-CANDDY_MLNの合成方法の詳細は下記合成スキームのとおりである。
【0253】
【化9】
【0254】
(化合物21(MTX-NH)の合成)
化合物13をDMA中でトリフェニルホスフィンジブロミドと反応させ、化合物14を得た。化合物14を窒素気流下でDMAに溶解した後、化合物15とDIPEAとを加えて反応させ、化合物16を得た(収率:69%)。次いで、化合物16と化合物17とを窒素気流下でDMSOに溶解し、BOP試薬により縮合反応を行い、化合物18を得た(収率:46%)。次いで、化合物18と化合物19とを窒素気流下でDMAに溶解し、HATUにより縮合反応を行い、化合物20を得た(収率:69%)。次いで、化合物20をジクロロメタンに溶解し、TFAにより脱保護を行うことで、化合物21(MTX-NH)を得た。
【0255】
(化合物22(MTX-CANDDY_MLN)の合成)
化合物21(MTX-NH)とCANDDY_MLNとを窒素気流下でDMFに溶解し、PyBOPにより縮合反応を行った(室温、3時間)。反応溶液を水及び炭酸水素ナトリウム水溶液で希釈し、酢酸エチルで3回抽出した。無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去し、シリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=20/1~4/1, gradient)により分離精製処理を行った。次いで、分取用薄層クロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=85/15)を用いた分離精製処理により、化合物22(MTX-CANDDY_MLN)を得た(単離収率:8%)。
【0256】
<参考例7>
参考例7では、MTX-CANDDY_MLNを添加したHeLa細胞における内在のDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。
【0257】
(培養細胞の準備及び細胞播種)
参考例3と同様にして、HeLa細胞を準備し、24ウェルプレートに播種した。
【0258】
(HeLa細胞へのMTX-CANDDY_MLNの添加)
参考例5と同様にして、HeLa細胞にMTX-CANDDY_MLNを添加した。コントロールとしては、MTX-CANDDY_MLNを含有するDMSO溶液の代わりに、MTXを含有するDMSO溶液又はDMSOを用いた。
【0259】
(MTX-CANDDY_MLNを介したDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
MTX-CANDDY_MLN(50μM、100μM、若しくは200μM)又はMTX(50μM、100μM、若しくは200μM)の添加16時間後、培地を除去し、4℃のPBS(和光純薬工業(株))を各ウェル当たり1mL添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free (REF 11 836 170 001), Roche)との混合溶液を各ウェル当たり27μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップ(P1000)を用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。融解後、遠心分離(12000rpm×15分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0260】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲル(14ウェル)は、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。調製した泳動サンプルは、各ウェル当たり20μLずつアプライした。泳動マーカーとしては、Precision Plus Protein Dual Color Standards(Bio-Rad)を用いた。電気泳動は160Vで65分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0261】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、2時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。メンブレンは、25kDaマーカーの位置で2つに分割した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗DHFR抗体(sc-14780, SantaCruz、500倍希釈)及び抗GAPDH抗体(sc-32233, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて90分間(抗DHFR抗体)又は45分間(抗GAPDH抗体)振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0262】
MTX-CANDDY_MLN又はMTXを添加したHeLa細胞において、内在のDHFRタンパク質のウェスタンブロット解析により検出されたバンドの定量結果を図8Aに示し、検出されたバンドを図8Bに示す。
図8A及び図8Bに示すとおり、MTX-CANDDY_MLNを添加した場合には、濃度依存的にDHFRタンパク質の量が減少した。一方、MTXを添加した場合には、濃度が200μMの場合であっても、DHFRタンパク質の量の減少は観察されなかった。
【0263】
<実施例2>
実施例2では、MTX-CANDDY_MLNをマウス個体に投与した後、マウスの各組織におけるDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)を検出することにより、MTX-CANDDY_MLNの分子動態を評価した。
【0264】
(マウスへのMTX-CANDDY_MLNの投与)
投与の直前に、MTX-CANDDY_MLNをDMSOに溶解した後、DMSOの濃度が10体積%となるようにトウモロコシ油(Code No. 25606-55, Nacalai Tesque)に溶解し、50mg/kg体重又は100mg/kg体重の投与量で、C57BL/6J野生型マウス(7週齢、雄)(日本クレア(株))に腹腔内投与した(n=3)。また、MTX-CANDDY_MLNを投与する投与群のほかに、MTXを100mg/kg体重の投与量で投与する投与群も準備した。コントロールとしては、注射液の担体(10体積% DMSOを含有するトウモロコシ油)を用いた。マウスは、餌及び水が自由摂取できる環境下で飼育した。投与24時間後に、ソムノペンチル(共立製薬(株))による深麻酔下でマウスを解剖した。開腹してから順次、肝臓、腎臓、及び心臓を摘出し、液体窒素で瞬間凍結させた。液体窒素で凍結後の各組織は、-80℃のディープフリーザーにて保管した。
【0265】
(マウス組織のウェスタンブロット解析)
凍結した組織(0.04g)をそれぞれ凍結粉砕した後、980μLの1×TKM組織溶解バッファー(50 mM トリエタノールアミン(pH 7.8), 50 mM KCl, 5 mM MgCl2, 0.25 M sucrose, 1 mM PMSF, protein inhibitors cocktail-EDTA free(Code No.03969-21, Nacalai Tesque), 1 mM DTT,Recombinant RNase inhibitor 5 μL/mL (40 U/μL, Cat No. 2313A, Lot No. K8402DA, TAKARA Bio))を加え、15分間回転(1rpm、25℃)して溶解させた。その後、遠心分離(3000rpm×15分間、4℃)し、上清(各組織抽出物)を回収した。各組織抽出物をDEPC処理水により20倍希釈したものを用いて、分光光度計で各組織抽出物におけるタンパク質濃度を定量した。
【0266】
回収した各組織抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で5分間ヒートブロックした。調製した泳動サンプルは、GAPDHの検出用においては50μg/ウェルずつアプライし、それ以外の検出用においては100μg/ウェルずつアプライした。電気泳動は160Vで60分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0267】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、1.5時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。メンブレンは、25kDaマーカーの位置で2つに分割した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗DHFR抗体(sc-14780,SantaCruz,500倍希釈)及び抗GAPDH抗体(sc-32233, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、1%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で10分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0268】
ウェスタンブロット解析結果を図9に示す。図9に示すとおり、MTX-CANDDY_MLNをマウスに投与した場合、肝臓及び腎臓では濃度依存的にDHFRタンパク質の量が減少した。一方、心臓では、DHFRタンパク質の量の減少は認められなかった。この結果から、MTX-CANDDY_MLNは、心臓に比べて、肝臓及び腎臓への移行性が高いことが示唆された。
【0269】
<合成例4:TIBC-CANDDY_MLNの合成>
合成例4では、タンパク質分解誘導タグと、p53/MDM2複合体に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とを連結することにより、タンパク質分解誘導分子であるTIBC-CANDDY_MLNを合成した。
【0270】
タンパク質分解誘導タグとしては、前述のCANDDY_MLNを用いた。
また、特定タンパク質親和性分子としては、下式で表されるTIBC-NHを用いた。TIBC-NHは、下式で表されるTIBCに、HN-(CH-COOHを付加させた化合物である。TIBCは、p53/MDM2複合体に対して親和性を有する。
【0271】
【化10】
【0272】
TIBC-CANDDY_MLNの合成方法の詳細は以下のとおりである。
【0273】
【化11】
【0274】
ナスフラスコにCANDDY_MLN(21.7 mg, 0.06 mmol, 1 eq)及び別途合成したTIBC-NH(29.3 mg, 0.06 mmol, 1 eq)を仕込み、脱水DMFを5mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、DIPEAを5mL加え、溶液を中性にした。室温にて20分間撹拌した後、PyBOP(46.8 mg, 0.09 mmol, 1.5 eq)を反応溶液に直接加え、室温にて16時間撹拌した。冷却下で飽和炭酸水素ナトリウム水溶液を加え、有機層を分離した後、水層を酢酸エチルで抽出した。有機層を集め、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去した後、シリカゲルクロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=20/1~4/1,gradient)を用いた分離精製処理により、TIBC-CANDDY_MLN(10.8 mg, 0.013 mmol, 22%, isolated yield)を得た。得られたTIBC-CANDDY_MLNは、分取用薄層クロマトグラフィー(クロロホルム/メタノール=10/1)を用いて、更に精製処理を行った。
TIBC-CANDDY_MLNの物性データを以下に示す。
HRMS-FAB (m/z): [M+H]+ calcd for C37H42Cl2N4O5I, 819.1577; found, 819.1577
【0275】
<参考例8>
参考例8では、TIBC-CANDDY_MLNを添加したHCT116細胞(ヒト大腸がん細胞)における内在の野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。
【0276】
(細胞播種)
HCT116細胞を8×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で16時間培養した。
【0277】
(HCT116細胞へのTIBC-CANDDY_MLN又はTIBCの添加)
細胞播種から16時間後に、以下のようにして、HCT116細胞にTIBC-CANDDY_MLN又はTIBCを添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TIBC-CANDDY_MLN又はTIBCを含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり500μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。コントロールとしてはDMSOを用いた。
【0278】
(TIBC-CANDDY_MLNを介した内在の野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
TIBC-CANDDY_MLN又はTIBCの添加48時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free, Roche)との混合溶液を各ウェル当たり27μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップを用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。融解後、遠心分離(13800rpm×20分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0279】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。電気泳動は160Vで65分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0280】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、2時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗p53抗体(DO-1, SantaCruz, 1500倍希釈)、抗MDM2抗体(SMP14, SantaCruz, 500倍希釈)、及び抗GAPDH抗体(6C5, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。4℃にて一晩振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。二次抗体としては、抗マウスIgG(H+L)抗体(A90-116P-33, Bethyl, 20000倍希釈)を用いた。室温にて45分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。
【0281】
ウェスタンブロット解析結果を図10に示す。図10に示すとおり、TIBC-CANDDY_MLNを添加した場合には、内在の野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の量が減少した。一方、TIBCを添加した場合には、内在の野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の量は減少しなかった。
【0282】
<参考例9>
参考例9では、TIBC-CANDDY_MLNを添加したHeLa細胞における内在の野生型p53タンパク質の分解(ノックダウン)について、ウェスタンブロット解析により評価した。同時に、プロテアソーム阻害剤によるp53タンパク質分解のレスキューを評価した。
【0283】
(細胞播種)
HeLa細胞を4×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で16時間培養した。
【0284】
(Hela細胞へのTIBC-CANDDY_MLNの添加)
細胞播種から16時間後に、以下のようにして、HeLa細胞にTIBC-CANDDY_MLNを添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用いた。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TIBC-CANDDY_MLNを含有するDMSO溶液をDMSO濃度が1体積%となるように培地と混合し、各ウェル当たり500μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。コントロールとしてはDMSOを用いた。また、TIBC-CANDDY_MLNを含有するDMSO溶液を添加する実験群のほかに、TIBC-CANDDY_MLN及びMLN2238の両方、又はMLN2238を含有するDMSO溶液を添加する実験群も準備した。
【0285】
(TIBC-CANDDY_MLNを介した内在の野生型p53タンパク質の分解(ノックダウン)の評価(ウェスタンブロット解析))
TIBC-CANDDY_MLN又はMLN2238の添加24時間後、培地を除去し、PBSを添加して細胞を洗浄した。PBSの除去後、細胞溶解バッファー(CelLytic M, Sigma)とプロテアーゼ阻害剤(cOmplete Mini, EDTA-free, Roche)との混合溶液を各ウェル当たり27μL添加した。4℃にて15分間静置した後、ピペットチップを用いて氷上で細胞を剥がした。細胞溶液を1.5mLチューブに回収し、液体窒素で瞬間凍結した後、氷上で融解させた。融解後、遠心分離(13800rpm×20分間、4℃)し、上清(細胞抽出物)を回収した。
【0286】
回収した細胞抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で4分間ヒートブロックした。電気泳動は160Vで65分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0287】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、2時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗p53抗体(DO-1, SantaCruz、1000倍希釈)、及び抗GAPDH抗体(6C5, SantaCruz、10000倍希釈)を用いた。4℃にて一晩振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、2%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。二次抗体としては、抗マウスIgG(H+L)抗体(A90-116P-33, Bethyl, 10000倍希釈)を用いた。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で5分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。
【0288】
ウェスタンブロット解析結果を図11に示す。図11に示すとおり、TIBC-CANDDY_MLNを添加した場合には、内在の野生型p53タンパク質の量が減少した。また、TIBC-CANDDY_MLN及びMLN2238の両方を添加した場合には、コントロール(DMSO)よりも野生型p53タンパク質の量が増加した。この結果は、TIBC-CANDDY_MLNによって、野生型p53タンパク質がプロテアソームによる分解へと導かれていることを裏付けるものである。
【0289】
<実施例3>
実施例3では、TIBC-CANDDY_MLNをマウス個体に投与した後、マウスの各組織における野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク質の分解(ノックダウン)を検出することにより、TIBC-CANDDY_MLNの分子動態を評価した。
【0290】
(マウスへのTIBC-CANDDY_MLNの投与)
投与の直前に、TIBC-CANDDY_MLNをDMSOに溶解した後、DMSOの濃度が10体積%となるようにトウモロコシ油(Code No. 25606-55, Nacalai Tesque)に溶解し、50mg/kg体重又は100mg/kg体重の投与量で、C57BL/6J野生型マウス(7~8週齢、雄)(日本クレア(株))に腹腔内投与した(n=3)。コントロールとしては、注射液の担体(10体積% DMSOを含有するトウモロコシ油)を用いた。マウスは、餌及び水が自由摂取できる環境下で飼育した。投与48時間後に、ソムノペンチル(共立製薬(株))による深麻酔下でマウスを解剖した。開腹してから順次、肝臓、腎臓、脾臓、及び心臓を摘出し、液体窒素で瞬間凍結させた。液体窒素で凍結後の各組織は、-80℃のディープフリーザーにて保管した。
【0291】
凍結した組織(脾臓は0.02g、その他は0.04g)をそれぞれ凍結粉砕した後、脾臓は490μL、その他は980μLの1×TKM組織溶解バッファー(50 mM トリエタノールアミン(pH 7.8), 50 mM KCl, 5 mM MgCl2, 0.25 M sucrose, 1 mM PMSF, protein inhibitors cocktail-EDTA free(Code No.03969-21, Nacalai Tesque), 1 mM DTT,Recombinant RNase inhibitor 5 μL/mL (40 U/μL, Cat No. 2313A, Lot No. K8402DA, TAKARA Bio))を加え、15分間回転(1rpm、25℃)して溶解させた。その後、遠心分離(3000rpm×15分間、4℃)し、上清(各組織抽出物)を回収した。各組織抽出物をDEPC処理水により20倍希釈したものを用いて、分光光度計で各組織抽出物におけるタンパク質濃度を定量した。
【0292】
回収した各組織抽出物について、ウェスタンブロット解析を行った。SDS-PAGEゲルは、TGX FastCast Acrylamide Kit, 12%(Bio-Rad)を用いて作製した。泳動サンプルは、6×SDS-PAGE sample buffer(62.5 mM Tris-HCl pH 6.8, 2% SDS, 5% 2-メルカプトエタノール, 10% グリセロール, 0.25% BPB)により調製し、95℃で5分間ヒートブロックした。調製した泳動サンプルは、GAPDHの検出用においては50μg/ウェルずつアプライし、それ以外の検出用においては100μg/ウェルずつアプライした。電気泳動は160Vで60分間行った(泳動バッファー;195 mM グリシン, 25 mM Tris)。
【0293】
電気泳動後、タンク式ブロット装置及び転写バッファー(25 mM Tris-HCl, 195 mM グリシン, 0.01% SDS, 15% メタノール)を用いて、100V、1.5時間の条件でPVDFメンブレン(Immobion-P, Millipore)にタンパク質を転写した。メンブレンは、25kDaマーカーの位置で2つに分割した。転写後のメンブレンは、5%スキムミルク/TBS-T(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, 0.1% Tween-20, pH 7.6)中、室温にて30分間振盪することによりブロッキングした。ブロッキング後、5%スキムミルク/TBS-T中で一次抗体反応を行った。一次抗体としては、抗p53抗体(MAB1355, R&D Systems, Inc., 500倍希釈)、抗MDM2抗体(sc-965, SantaCruz, 500倍希釈)、及び抗GAPDH抗体(sc-32233, SantaCruz、20000倍希釈)を用いた。室温にて60分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。一次抗体反応後、1%スキムミルク/TBS-T中で二次抗体反応を行った。室温にて30分間振盪させた後、メンブレンをTBS-Tで5分間洗浄した。なお、洗浄は3回行った。更に、メンブレンをTBS(100 mM Tris-HCl, 150 mM NaCl, pH 7.6)で10分間洗浄した。そして、メンブレンを化学発光試薬Immobilon Western(Millipore)で処理した後、化学発光をルミノイメージアナライザLAS-3000(富士フイルム(株))を用いて検出した。検出されたバンドの定量には、画像処理ソフトウェアImageJ(NIH)を用いた。
【0294】
ウェスタンブロット解析結果を図12及び図13に示す。図12及び図13に示すとおり、TIBC-CANDDY_MLNをマウスに投与した場合、心臓及び脾臓では濃度依存的に野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク量の減少が認められた。また、肝臓では100mg/kg体重で投与した場合のみ、野生型p53タンパク質及びMDM2タンパク量の若干の減少が認められた。一方、腎臓では、標的の減少は見られなかった。この結果から、TIBC-CANDDY_MLNは、腎臓に比べて、心臓、肝臓、及び脾臓への移行性が高いことが示唆された。
【0295】
<参考例10>
参考例10では、タンパク質分解誘導タグと、ecDHFRタンパク質に対して親和性を有する特定タンパク質親和性分子とを連結することにより、タンパク質分解誘導分子であるTMP-CANDDY_ALLNを合成した。
【0296】
タンパク質分解誘導タグとしては、プロテアソーム阻害剤であるALLNの活性部位(ホルミル基)をカルボキシ基に置き換えた化合物(CANDDY_ALLN)を用いた。
また、特定タンパク質親和性分子としては、前述したTMP-NHを用いた。
【0297】
TMP-CANDDY_ALLNの合成方法の詳細は下記合成スキームのとおりである。
【0298】
【化12】
【0299】
(CANDDY_ALLNの合成)
ナスフラスコにALLN(87.2 mg, 0.23 mmol, 1 eq, Code No. 07036-24, ナカライテスク(株))を仕込み、脱水DMFを2mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、Oxone(212.1 mg, 0.69 mmol, 3 eq, Code No. 228036, Sigma-Aldrich)を反応溶液に直接加え、室温にて5時間撹拌した。反応溶液を水で希釈した後、クロロホルムで3回抽出した。無水硫酸ナトリウムで乾燥させた後、溶媒を減圧留去した。シリカゲルクロマトグラフィー(Code No. 30511-35, ナカライテスク(株))(クロロホルム/メタノール=20/1~10/1, gradient)を用いた分離精製処理により、CANDDY_ALLN(27.0 mg, 0.068 mmol, 30%)を得た。
【0300】
(TMP-CANDDY_ALLNの合成)
ナスフラスコにCANDDY_ALLN(26.8 mg, 0.067 mmol, 1 eq)及び別途合成したTMP-NH(Long, M.J. et al., Chem. Biol., 2012, 19(5), 629-637)(26.0 mg, 0.060 mmol, 0.9 eq)を仕込み、脱水DMFを2mL加えた。室温にて5分間撹拌した後、DIPEAを0.1mL加え、溶液を中性にした。室温にて5分間撹拌した後、DMT-MM(30.0 mg, 0.11 mmol, 1.6 eq, Code No. 329-53751, 和光純薬工業(株))を反応溶液に直接加え、室温にて2時間撹拌した。冷却下で10mLの10質量%食塩水/0.1N 塩酸水溶液を加え、酢酸エチルで3回抽出した。0.5N 塩酸水溶液、次いで食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶媒を減圧留去した後、シリカゲルクロマトグラフィー(Code No. 30511-35, ナカライテスク(株))(クロロホルム/メタノール=10/1)を用いた分離精製処理により、TMP-CANDDY_ALLN(8.2 mg, 0.010 mmol, 15%, isolated yield)を得た。
【0301】
<参考例11>
参考例11では、参考例4と同様にして、TMP-CANDDY_ALLNのプロテアソーム阻害活性及びプロテアソームとの親和性を評価した。
【0302】
β1(カスパーゼ様活性)、β2(トリプシン様活性)、及びβ5(キモトリプシン様活性)の各プロテアソーム活性を図14A図14Cに示す。
図14A図14Cに示すとおり、β2及びβ5の活性に対して、TMP-CANDDY_ALLNでは、ALLN単独と比較して阻害活性が弱まり、ALLNの阻害活性が失活していることが確認できた。β1については、ALLNではあまり阻害されないことが報告されており(Kaiser, M. et al., Chem. Bio. Chem., 2004, 5, 1256-1266)、この報告と矛盾しない結果であった。
また、β1、β2、及びβ5のいずれに対しても、TMP-CANDDY_ALLNの濃度依存的に阻害活性が高まることから、TMP-CANDDY_ALLNとプロテアソームとの親和性が確認された。
【0303】
<参考例12>
参考例12では、HeLa細胞において強制発現させたecDHFRタンパク質のTMP-CANDDY_ALLNを介した分解(ノックダウン)について、FACS解析により評価した。
【0304】
(プラスミドの準備)
参考例5と同様にして、ecDHFRタンパク質を発現するプラスミド(pMIR-DsRed-IRES-ecDHFR-HA-GFP)を準備した。
【0305】
(HeLa細胞へのプラスミドの導入及び細胞播種)
参考例5と同様にして、HeLa細胞にプラスミドを導入することにより、細胞内にecDHFRタンパク質又は比較用のDsRedタンパク質を一過的に過剰発現させた。プラスミド導入後のHeLa細胞は、4×10個/ウェルの細胞密度で24ウェルプレートに播種した後、37℃、5体積% COの条件下で40時間培養した。
【0306】
(HeLa細胞へのTMP-CANDDY_ALLNの添加)
プラスミドを導入してから40時間培養した後、以下のようにして、HeLa細胞にTMP-CANDDY_ALLNを添加した。培地としては、D-MEM(High D-Glucose, Phenol Red, Sodium Pyruvate)(和光純薬工業(株))に1質量% L-グルタミン溶液(Sigma-Aldrich)を添加した無血清培地(37℃)を用い、各ウェル当たり300μL添加した。なお、L-グルタミン溶液は使用直前に添加した。TMP-CANDDY_ALLNを含有するDMSO溶液を各ウェル当たり3μL添加して、37℃、5体積% COの条件下で培養した。コントロールとしては、TMPを含有するDMSO溶液又はDMSOを用いた。
【0307】
(TMP-CANDDY_ALLNを介したecDHFRタンパク質の分解(ノックダウン)の評価(FACS解析))
参考例1と同様にして、TMP-CANDDY_ALLNを介したecDHFRタンパク質の分解について、FACS解析により評価した。
【0308】
FACS解析結果を図15に示す。図15に示すとおり、TMP-CANDDY_ALLNを添加した場合には、コントロール(DMSO)と比較してグラフが大きく左にシフトしており、TMP-CANDDY_ALLNによってecDHFRタンパク質の分解が誘導されていることが確認できた。一方、TMPを添加した場合には、コントロール(DMSO)とグラフが重なっており、ecDHFRタンパク質が分解されていないことが確認できた。
【0309】
2016年11月15日に出願された日本出願2016-222682の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、及び技術規格は、個々の文献、特許出願、及び技術規格が参照により取り込まれることが具体的且つ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に参照により取り込まれる。
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13
図14A
図14B
図14C
図15
【配列表】
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