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特許7095871III-V族化合物半導体を生成する微生物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-27
(45)【発行日】2022-07-05
(54)【発明の名称】III-V族化合物半導体を生成する微生物
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20220628BHJP
   C12P 3/00 20060101ALI20220628BHJP
【FI】
C12N1/20 A
C12P3/00 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2018149009
(22)【出願日】2018-08-08
(65)【公開番号】P2020022400
(43)【公開日】2020-02-13
【審査請求日】2021-05-21
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02755
(73)【特許権者】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡村 好子
(72)【発明者】
【氏名】富永 依里子
(72)【発明者】
【氏名】清水 稜
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2010/0193752(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0273147(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0220724(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2012/0164062(US,A1)
【文献】Japanese Journal of Applied Physics,2016年,Vol.55, 110313,pp.1-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C12P 1/00-41/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2018年7月24日に独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(あて名:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-02755として寄託されているMarichromatium sp. IN3である、Marichromatium属微生物。
【請求項2】
Marichromatium属微生物が、他の微生物と共に菌叢を形成している、請求項に記載のMarichromatium属微生物。
【請求項3】
それぞれ1種類のIII族元素を含みヒ素を含まない複数の培地及びヒ素を含みIII族元素を含まない培地を用いてスクリーニングする、1次スクリーニングと、
1次スクリーニングにより選定した1次スクリーニング株を、1種類以上のIII族元素及びヒ素を含む培地を用いてスクリーニングする、2次スクリーニングとを含む、体内にIII-V族化合物半導体を生成するMarichromatium属微生物を得る方法。
【請求項4】
請求項に記載の方法により得られたMarichromatium属微生物を用いた、III-V族化合物半導体を生成する方法。
【請求項5】
前記Marichromatium属微生物が、2018年7月24日に独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(あて名:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-02755として寄託されているMarichromatium sp. IN3である、請求項に記載のIII-V族化合物半導体を生成する方法。
【請求項6】
前記Marichromatium属微生物は、他の微生物と共に菌叢を形成している、請求項4又は5に記載のIII-V族化合物半導体を生成する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、III-V族化合物半導体を生成する微生物、そのスクリーニング方法及びそれを用いたIII-V族化合物半導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物を用いた有機化合物の生産は、古くから発酵という形で行われている。また、近年においては、バイオ医薬品の製造等についても検討が進められている。さらに、微生物が種々の無機化合物を生産するバイオミネラリゼーションという現象が注目されている。
バイオミネラリゼーションを用いることにより、有機化合物だけでなく無機化合物の生産にも微生物が利用できる可能性がある。
【0003】
例えば、サウエラ(Thauera)属の微生物を用いて、金属セレンを製造する方法が検討されている(例えば、特許文献1を参照。)。
【0004】
また、アセトネマ(Acetonema)属の微生物を用いて、セレン-カカドミウム等のII-VI族半導体を製造することも検討されている(例えば、特許文献2を参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平9-248595号公報
【文献】特開2005-341817号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
半導体としての利用価値が非常に高いIII-V族化合物半導体を、微生物により生産できれば、その有用性は計り知れない。
【0007】
本開示の課題は、微生物によりIII-V族化合物半導体を生成できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の微生物の一態様は、III族元素とヒ素とを含む培地を用いて培養することにより、III-V族化合物半導体を生成する、Marichromatium属微生物である。
【0009】
本開示の微生物は、2018年7月24日に独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(あて名:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-02755として寄託されているMarichromatium sp. IN3とすることができる。
【0010】
本開示の微生物は、他の微生物と共に菌叢を形成していてもよい。
【0011】
本開示のMarichromatium属微生物を得る方法の一態様は、それぞれ1種類のIII族元素を含みヒ素を含まない複数の培地及びヒ素を含みIII族元素を含まない培地を用いてスクリーニングする、1次スクリーニングと、1次スクリーニングにより選定した1次スクリーニング株を、1種類以上のIII族元素及びヒ素を含む培地を用いてスクリーニングする、2次スクリーニングとを含む。
【0012】
本開示のIII-V族化合物半導体を生成する方法の一態様は、本開示の方法により得られたMarichromatium属微生物を用いる。
【0013】
本開示のIII-V族化合物半導体を生成する方法の一態様において、Marichromatium属微生物は、2018年7月24日に独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター(あて名:千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に受託番号NITE P-02755として寄託されているMarichromatium sp. IN3とすることができる。
【0014】
本開示のIII-V族化合物半導体を生成する方法の一態様において、Marichromatium属微生物は、他の微生物と共に菌叢を形成していてもよい。
【発明の効果】
【0015】
本開示のMarichromatium属微生物によれば、培養によりIII-V族化合物半導体を生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】実施例1における微生物体内に形成された構造物を示す電子顕微鏡写真である。
図2図1に示す構造物の元素分析の結果である。
図3A】体内より取り出した構造物を示す電子顕微鏡写真である。
図3B図3Aの拡大像である。
図3C図3Bの拡大像である。
図4】体内より取り出した構造物の元素分析の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本開示における微生物は、III族元素とヒ素とを含む培地を用いて培養することにより、体内にIII-V族化合物半導体を生成する、マリクロマチウム(Marichromatium)属含む微生物である。Marichromatium属は、紅色光合成細菌の一種であり、海水中等に分布しており、これから採取し得る。
【0018】
Marichromatium属微生物のうち少なくとも、2018年7月24日に独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD:住所:〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8、120号室)に寄託された、Marichromatium sp. IN-3(受託番号 NITE P-02755)は、体内にIII-V族化合物半導体を生成する能力を有している。
【0019】
体内にIII-V族化合物半導体を生成する能力を有しているMarichromatium属含む微生物は、以下のようにして得ることができる。
【0020】
まず、III族元素を1種類だけ含み且つヒ素を含まない複数の培地及びヒ素を含み且つIII族元素を含まない培地のそれぞれに微生物を接種し、1次スクリーニングを行い、1次スクリーニング株を選定する。次に、得られた1次スクリーニング株を、1種類以上のIII族元素及びヒ素を含む培地に接種し、2次スクリーニングを行う。
【0021】
1次スクリーニングを行う微生物は、海水等から通常の方法により採取したものを用いることができる。Marichromatium属微生物の培養は、基本培地として、光合成細菌最少培地(RCVBN培地)を用い、静置嫌気的な条件で行うことができる。なお、スクリーニングを行う微生物は、複数種類の微生物が含まれる菌叢(微生物群)の状態とすることができる。
【0022】
1次スクリーニングの際のIII族元素は、目的とするIII-V族化合物半導体によるが、例えば、インジウム(In)、ガリウム(Ga)及びアルミニウム(Al)とすることができる。III族元素は、例えば塩化インジウム4水和物水溶液、硝酸ガリウム(III)n水和物水溶液、又は塩化アルミニウム(III)6水和物水溶液として添加することができる。ヒ素は、例えばひ酸カリウム水溶液として添加することができる。1次スクリーニングの際に培地に添加するIII族元素の濃度は、100μM~1mM程度とすることができ、ヒ素の濃度は、100μM~1mMとすることができる。
【0023】
2次スクリーニングの際に加えるIII族元素は、目的とするIII-V族化合物半導体に応じて1次スクリーニングにおいて用いたIII族元素の中から1つ以上を選択することができる。例えば、目的とするIII-V族化合物半導体がガリウム-ヒ素(GaAs)である場合には、ガリウムとすればよく、インジウム-ガリウム-ヒ素(InGaAs)である場合には、インジウム及びガリウムとすればよく、インジウム-アルミニウム-ガリウム-ヒ素(InAlGaAs)である場合には、インジウム、アルミニウム及びガリウムとすればよい。
【0024】
2次スクリーニングの際に培地に添加するそれぞれのIII族元素の濃度は、100μM~1mM程度とすることができ、ヒ素の濃度は、100μM~1mM程度とすることができる。
【0025】
2次スクリーニングの判定は、最終的に微生物の体内に、III-V族化合物半導体が生成しているかどうかにより行うことができる。例えば、まず生存する微生物の体内にIII族元素及びヒ素が取り込まれたかどうかを、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析により確認し、次に、透過型電子顕微鏡を用いて、体内にIII-V族化合物半導体が生成しているかどうかを確認すればよい。
【0026】
このようにして得られた、体内にIII-V族化合物半導体を生成するMarichromatium属微生物は、他の微生物と共に菌叢(微生物群)を形成していてよい。III-V族化合物半導体の生成においてMarichromatium属微生物が単離されている必要はなく、他の微生物を含む菌叢の状態においてIII-V族化合物半導体をその体内に生成することができる。例えば、Marichromatium sp. IN-3の場合、Marichromatium sp.の他に、Pseudomonas sp.、Alkaliphilus transvaalensis、Serratia sp.、及びRikenellaceae Blvii28が菌叢に含まれていてかまわない。但し、これらの微生物の全てが菌叢に含まれていなくてもよく、これらの微生物以外の微生物が菌叢に含まれていてもよい。なお、菌叢に含まれる微生物の同定は、16SrRNAのシークエンス解析により行うことができる。
【0027】
得られたMarichromatium属微生物又はMarichromatium属微生物を含む菌叢を、III族元素及びヒ素を含む培地により培養することにより、体内にInGaAs等のIII-V族化合物半導体を生成させることができる。III-V族化合物半導体の少なくとも一部は結晶状態となっており、残部はアモルファス状態となっている。III-V族化合物半導体を生成する際に、培地に添加するIII族元素の濃度は、100μM~1mM程度とすることができ、ヒ素の濃度は、100μM~1mM程度とすることができる。培養時間は、結晶成長を進める観点から144時間以上が好ましく、240時間以上がより好ましい。培養時間が長いほど結晶が成長するが、微生物の生育条件の維持等を考慮すると3ヶ月以下が好ましい。
【0028】
Marichromatium属微生物の体内に生成されたIII-V族化合物半導体は、以下のようにして回収することができる。まず、遠心分離により菌体を回収し、Tris-HCl等の緩衝液(10mM,pH8.0)に懸濁し、リゾチーム(終濃度 200μg/mL)を加えて30分間37℃で放置した後、1%SDSを1/10vol.加えて、65℃の湯浴中で15分間放置して、細胞破砕する。細胞破砕液を遠心分離して沈殿としてIII-V族化合物半導体を回収し、滅菌した超純水で洗浄し、洗浄液が透明になるまで繰り返す。洗浄後のIII-V族化合物半導体を乾燥して使用すればよい。
【0029】
回収したIII-V族化合物半導体はガラス基板等に薄膜として展開して、太陽電池等に用いることができる。
【0030】
本開示の体内にIII-V族化合物半導体を生成するMarichromatium属微生物は、環境中のIII族元素及びヒ素を体内に取り込み、有用なIII-V族化合物半導体に変換するため、環境浄化に用いることもできる。
【0031】
本開示の体内にIII-V族化合物半導体を生成するMarichromatium属微生物及びそれを用いたIII-V族化合物半導体の製造方法について、実施例を用いてさらに詳細に説明する。
【実施例
【0032】
<Marichromatium属微生物の採取>
愛媛県今治市小島の礫より採取した微生物をスクリーニングに用いた。
【0033】
<スクリーニング方法>
まず、1mMのIn3+又は1mMのGa3+を含むRCVBN培地で微生物を培養して、1次スクリーニング株を得た。得られた1次スクリーニング株を1mMのIn3+及び1mMのGa3+並びに1mMのヒ酸カリウムを含むRCVBN培地で培養して、Marichromatium sp. IN-3を得た。
【0034】
<微生物群の同定方法>
Marichromatium sp. IN-3は、菌叢を形成しており、共存する微生物は、16SrRNAのシークエンス解析によりPseudomonas sp.、Alkaliphilus transvaalensis、Serratia sp.、及びRikenellaceae Blvii28であることが確認された。
【0035】
<培養方法>
Marichromatium sp. IN-3を含む菌叢を、In、Ga及びAsを含むRCVBN培地により、蛍光灯照射下、常温(25~27℃)、静置で7日間培養した。In、Ga及びAsは、それぞれ塩化インジウム4水和物水溶液、硝酸ガリウム(III)n水和物水溶液及びひ酸カリウム水溶液として添加した。培養液中のIn、Ga及びAsの濃度は、それぞれ1mMとした。
【0036】
<評価方法>
培養した微生物は、透過型電子顕微鏡(JEM-2010、日本電子製)により体内に電子密度が高い構造物が形成されているかどうか確認した。体内の構造物について、エネルギー分散型X線分光法(JED-2300、日本電子製)により元素分析を行った。また、薄膜構造評価X線回析装置(XRD)(ATX-E、リガク製)により結晶構造が存在していることを確認した。
【0037】
(実施例1)
図1に7日培養後したMarichromatium sp. IN-3の電子顕微鏡像を示す。体内に電子密度が高い構造物が形成されている。図2は、体内の構造物について元素分析を行った結果を示している。In、Ga及びAsが含まれていることが明らかである。また、リン及び酸素の存在も確認された。図3A図3Cは、体内より取り出した構造物についてさらに高倍率で観察した結果を示している。XRDの測定結果から、構造物がアモルファス鉱物となっており、その一部が結晶構造を形成していることが確認された。また、図4に示すように取り出した構造物の元素分析においても、In、Ga及びAs等が認められた。図2と比べて、In、Ga及びAsの炭素(C)に対する比率が非常に高くなっており、In、Ga及びAsが単に微生物の体内に取り込まれているというだけでなく、体内において構造物を形成していることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本開示のMarichromatium属微生物は、体内にIII-V族化合物半導体を生成し、バイオミネラリゼーションを用いた無機化合物の生産等において有用である。
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4