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特許7097547細胞壁が改変された植物、斯かる植物を得るための方法及び核酸、並びに斯かる植物を用いたグルコースの製造方法
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  • 特許-細胞壁が改変された植物、斯かる植物を得るための方法及び核酸、並びに斯かる植物を用いたグルコースの製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-06-30
(45)【発行日】2022-07-08
(54)【発明の名称】細胞壁が改変された植物、斯かる植物を得るための方法及び核酸、並びに斯かる植物を用いたグルコースの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/29 20060101AFI20220701BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20220701BHJP
   A01H 5/00 20180101ALI20220701BHJP
   C12P 19/02 20060101ALI20220701BHJP
【FI】
C12N15/29 ZNA
A01H1/00 A
A01H5/00 A
C12P19/02
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018017455
(22)【出願日】2018-02-02
(65)【公開番号】P2019129799
(43)【公開日】2019-08-08
【審査請求日】2021-02-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、先端的低炭素化技術開発(ALCA)、生物資源の制御によるバイオマス・有用成分の増産「ゼロから創製する新しい木質の開発」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】304021288
【氏名又は名称】国立大学法人長岡技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100192201
【氏名又は名称】岡部 佐知子
(72)【発明者】
【氏名】光田 展隆
(72)【発明者】
【氏名】坂本 真吾
(72)【発明者】
【氏名】中田 未友希
(72)【発明者】
【氏名】梶田 真也
(72)【発明者】
【氏名】政井 英司
(72)【発明者】
【氏名】上村 直史
(72)【発明者】
【氏名】▲徳▼江 洋介
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/150504(WO,A2)
【文献】Geoffrey Fucile et al.,PLOS Genetics,PLOS,2008年,Vol. 4, Issue 12,e1000292
【文献】NCBI Sequence Revision History [online], ACCESSION No.AE000511 , 31-JAN-2014 uploaded, [retrieved 17-Oct-2021],NCBI Database,NCBI,2014年01月31日,URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/AE000511.1?from=166150&to=166638
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
A01H
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法であって、
配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列からなると共に、リグニンを量的及び/又は質的に改変する作用を有する酵素をコードするコーディング配列を含む核酸、又は、当該核酸を含むベクターを、植物の木質繊維細胞内に導入して発現させることを含む、方法。
【請求項2】
前記コーディング配列は、配列番号2の塩基配列と少なくとも90%の同一性を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記核酸が、前記コーディング配列と作動可能に連結され、木質繊維細胞で前記コーディング配列の発現を誘導するプロモータ配列を更に含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記プロモータ配列が、配列番号3と少なくとも90%の同一性を有する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載の方法により得られる、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分。
【請求項6】
配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列からなると共に、リグニンを量的及び/又は質的に改変する作用を有する酵素をコードするコーディング配列を含む核酸、又は、当該核酸を含むベクターを、木質繊維細胞内に含む、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分。
【請求項7】
グルコースを製造する方法であって、請求項5又は6に記載の植物若しくはその子孫、又はその部分に含まれる木質繊維細胞の細胞壁からグルコースを抽出することを含む方法。
【請求項8】
グルコースの抽出が、前記の植物若しくはその子孫、又はその部分の少なくとも一部に酵素糖化処理を施すことにより行われる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
酵素糖化処理がセルラーゼにより行われる、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
植物の木質繊維細胞の一次細胞壁を増加させ、二次細胞壁中のリグニンを減少させるためのキットであって、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも90%の同一性を有するアミノ酸配列からなると共に、リグニンを量的及び/又は質的に改変する作用を有する酵素をコードするコーディング配列を含む核酸、又は、当該核酸を含むベクターを含むキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物、斯かる植物を得るための方法及び核酸、並びに斯かる植物を用いたグルコースの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、過剰な二酸化炭素の放出による地球温暖化の進行と化石燃料の枯渇に対する危機感、及びそれに伴う化石燃料の価格上昇などの要因により、再生可能エネルギーやマテリアルの利用が注目を集めている。特に植物由来バイオ燃料やバイオマテリアルは、燃焼や廃棄等によって生じる二酸化炭素を新たな放出と捉える必要がない(カーボンニュートラル)ことから、非常に期待されている。しかし、従来のバイオ燃料やバイオマテリアルはトウモロコシのデンプンなど食糧になり得るものを原料として生産されており、世界人口の増加により食糧の需給が逼迫しつつある現況から考えて、持続可能なものとは言いがたい。そこで、非可食であるセルロースを原料とした次世代のバイオエタノールやバイオマテリアルの実用化が求められている。
【0003】
セルロースは、グルコースが繰り返しβ-1,4結合したポリマーである。菌類などを由来とするセルラーゼによってセルロースを処理することによってグルコースが得られ、それを酵母で発酵させることによりエタノールが得られる。グルコースはポリマー原料となる化合物の合成出発物質としても有力である。また、近年ではセルロースそのものをナノセルロースファイバーとして樹脂などに混ぜ、強化剤として用いる方策も開発されつつある。
【0004】
セルロースは植物の二次細胞壁中に大量に含まれているが、二次細胞壁中のセルロースはリグニンやヘミセルロースと複雑に絡み合っており、セルロースだけを取り出したり、分解してグルコースを得たりするのは容易ではない。一方で、二次細胞壁中のリグニンは芳香環を骨格とした複数種類のモノリグノールが複雑に重合したポリマーであり、分解してモノリグノールを容易に得ることができれば、バイオマス由来の芳香族化合物の供給源として有力である。いずれの目的であってもリグニンの複雑さ及びセルロースとの相互作用はこれらの利用を困難にしており、生育に大きな影響を及ぼさずにリグニンの量を減らすか構造を変え抽出しやすくすることは植物バイオマスの利用にとってきわめて有益であり重要な研究開発課題である。
【0005】
植物の二次細胞壁中に含まれるリグニンを改変する方法としては、リグニン生合成に直接かかわる酵素遺伝子の発現を抑制したり亢進したりする方法がこれまで試みられてきた(非特許文献1:Plant Physiology, 2010, 153:895-905にまとめられている)。しかしこのような方法は通水組織である道管が通常備える二次細胞壁に含まれるリグニンの形成に重要な影響があるため、成長に悪影響が出ることが多く、実用化は困難なことが多かった。
【0006】
そこで近年では、直接リグニン含量を制御しようとするのではなく、複数種類あるモノリグノールの構成比を変えたり、モノリグノールの重合が通常とは異なった形になるようモノリグノールの側鎖構造を変えたりするような方策が試みられている。
【0007】
例えば、植物が元来有しているフェルラ酸5-ヒドロキシラーゼ(ferulate 5-hydroxylase:F5H)遺伝子の発現を強化して、複数種類あるモノリグノールのうちのシナピルアルコールの割合を増やし、それが重合した分解しやすいシリンギルリグニン(S-リグニン)の割合を増やすことで、分解性を高めるという研究成果が報告されている(特許文献1:国際公開第2006/012594号;非特許文献2:Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2003, 51:6178-6183;非特許文献3:Biotechnol Biofuels, 2010, 3:27)。
【0008】
また、シシウドの仲間から単離したフェルロイル-CoAモノリグノイルトランスフェラーゼ(feruloyl-CoA monolignol transferase:FMT)遺伝子を植物に発現させることにより、フェルラ酸を結合させたモノリグノールを増やし、それをリグニンに取り込ませて分解性を高めるという研究成果が報告されている(特許文献2:米国特許第9493783号;非特許文献4:Science, 2014, 344:90-93)。
【0009】
また、シュードモナス属細菌が有するヒドロキシシナモイル-CoAヒドラターゼ-リアーゼ(hydroxycinnamoyl-CoA hydratase-lyase:HCHL)遺伝子を植物に発現させることで、モノリグノールの構造を変化させ、分解性の高いリグニンを重合させるという研究成果が報告されている(非特許文献5:Plant Biotechnology Journal, 2012, 10:609-620)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2006/012594号
【文献】米国特許第9493783号
【非特許文献】
【0011】
【文献】Plant Physiology, 2010, 153:895-905
【文献】Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2003, 51:6178-6183
【文献】Biotechnol Biofuels, 2010, 3:27
【文献】Science, 2014, 344:90-93
【文献】Plant Biotechnology Journal, 2012, 10:609-620
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、二次細胞壁中に含まれるセルロースやリグニン等、更にはそれらを分解して得られるグルコース等の成分が回収しやすくなるように植物を改変する新たな技術の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意検討の結果、植物の木質を蓄積する繊維細胞(以降適宜「木質繊維細胞」と称する。)において、特定の酵素を発現させることにより、二次細胞壁中に含まれるリグニンが量的及び/又は質的に改変され、二次細胞壁中に含まれるセルロースやリグニン等、更にはそれらを分解して得られるグルコース等の成分の回収効率が向上された植物が得られることを見出し、本発明に到達した。
【0014】
すなわち、本発明は、以下に関する。
[1]細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法であって、
植物の木質繊維細胞内において、配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも80%の相同性を有するアミノ酸配列からなる酵素を発現させることを含む、方法。
[2]細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産するための核酸であって、
配列番号1のアミノ酸配列と少なくとも80%の相同性を有するアミノ酸配列からなる酵素をコードするコーディング配列を含む、核酸。
[3]前記コーディング配列は、配列番号2の塩基配列と少なくとも80%の同一性を有する、[2]に記載の核酸。
[4]前記コーディング配列と作動可能に連結され、木質繊維細胞で前記コーディング配列の発現を誘導するプロモータ配列を更に含む、[2]又は[3]に記載の核酸。
[5]前記プロモータ配列が、配列番号3と少なくとも80%の同一性を有する、[4]に記載の核酸。
[6][2]~[5]の何れか一項に記載の核酸を含むベクター。
[7]細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法であって、
[2]~[5]の何れか一項に記載の核酸又は[6]に記載のベクターを、植物の木質繊維細胞内に導入して発現させることを含む、方法。
[8][1]又は[7]に記載の方法により得られる、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分。
[9][2]~[5]の何れか一項に記載の核酸又は[6]に記載のベクターを木質繊維細胞内に含む、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分。
[10]グルコースを製造する方法であって、[8]又は[9]に記載の植物若しくはその子孫、又はその部分に含まれる木質繊維細胞の細胞壁からグルコースを抽出することを含む方法。
[11]グルコースの抽出が、前記の植物若しくはその子孫、又はその部分の少なくとも一部に酵素糖化処理を施すことにより行われる、[10]に記載の方法。
[12]酵素糖化処理がセルラーゼにより行われる、[11]に記載の方法。
[13]植物の木質繊維細胞の一次細胞壁を増加させ、二次細胞壁中のリグニンを減少させるためのキットであって、[2]~[5]の何れか一項に記載の核酸又は[6]に記載のベクターを含むキット。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、木質繊維細胞の二次細胞壁中に含まれるリグニンが量的及び/又は質的に改変された植物を得ることができる。斯かる植物を用いれば、二次細胞壁中に含まれるセルロースやリグニン等、更にはそれらを分解して得られるグルコース等の成分を、容易に抽出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、シロイヌナズナの野生株(Col-O)及びPkC4Hpro:HpSK1導入株の茎を、それぞれ、リグニンをフロログルシン染色して明視野で観察した画像(上段)、リグニンをモイレ染色して明視野で観察した画像(下段)を示す。茎の横断切片におけるリグニン染色の様子を観察したところ、シロイヌナズナをHpSK1をコードする核酸を含むベクターにより形質転換した株(適宜「PkC4Hpro:HpSK1導入株」、或いは単に「HpSK1導入株」という。)では、フロログルシン染色が野生株に比べてより鮮やかに呈色していたほか、モイレ染色においても野生株とは異なった呈色を示した。これらのことは、HpSK1導入株では野生株に比べてリグニンが質的に変化していることを示唆している。
【0017】
図2図2は、シロイヌナズナの野生株及びPkC4Hpro:HpSK1導入株の茎から抽出した、それぞれ、クラソンリグニン量(a)、酸可溶性リグニン量(b)を示す(野生株 n=8、PkC4Hpro:HpSK1導入株n=5)。クラソンリグニン量及び酸可溶性リグニン量が、HpSK1導入株では顕著に減少していることがわかる。
【0018】
図3図3は、シロイヌナズナの野生株、及び、PkC4Hpro:HpSK1導入株の一個体あたりの全乾燥花茎重(a)、同花茎中のグルコース量(b)、不溶性画分を一定のセルラーゼ処理によって糖化したときの酵素糖化率(c)、および一個体あたりから酵素糖化によって得られるであろうグルコース収量(d)(野生株 n=8、PkC4Hpro:HpSK1導入株n=5)。HpSK1導入株では図2で示されるようにリグニンが減少しているにもかかわらず、一個体あたりの花茎重量およびその細胞壁中のグルコース量は野生株と比較して変化していない。一方で、酵素糖化性は野生株よりも極めて高く、HpSK1導入株では一個体あたりからより多くのグルコースを抽出できるものと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0020】
なお、本明細書で引用する特許公報、特許出願公開公報、及び非特許文献は、何れもその全体が援用により、あらゆる目的において本明細書に組み込まれるものとする。
【0021】
1.細胞壁が改変された植物の産生方法
(1)概要
本発明は、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法(以下適宜「本発明の植物産生方法」と略称する)に関する。
【0022】
植物の二次細胞壁中に含まれるリグニンを量的及び/又は質的に改変するためには、モノリグノール又はモノリグノール合成経路上の合成中間体を基質として側鎖構造等を変化させる酵素の遺伝子を、リグニンが形成される木質繊維細胞内で発現させることが望ましいと考えられる。本発明者らは、過去の文献やデータベースなどを参考に様々な生物種の酵素等の遺伝子を広く検討する中で、ピロリ菌のシキミ酸キナーゼ酵素遺伝子(以下適宜「HpSK1遺伝子」と称し、当該酵素を「HpSK1酵素」と称する)を木質繊維細胞において発現させた植物体を作製したところ、リグニンが量的及び質的に変化し、細胞壁抽出物に一定のセルラーゼ処理を行って得られるグルコースの量が、野生株に比べて劇的に増大することを見出した。以上の知見から、本発明は完成された。
【0023】
即ち、本発明の方法は、モノリグノール又はモノリグノール合成経路上の合成中間体を基質として側鎖構造等を変化させることにより、リグニンを量的及び/又は質的に改変する酵素(以下適宜「本発明の酵素」と称する。)を、植物の木質繊維細胞内において発現させることを含む。一態様によれば、本発明の酵素は、ピロリ菌のHpSK1酵素(配列番号1)、又はその類似体である。
【0024】
本発明の植物産生方法は、後述の本発明の核酸又は本発明のベクターを、植物の木質繊維細胞内に導入して発現させることにより実施することが好ましい。ここで、本発明の核酸又は本発明のベクターを、植物の木質繊維細胞内に導入して発現させることにより、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法も、本発明の植物産生方法の一例に含まれる。
以下、詳細を説明する。
【0025】
(2)対象植物
本発明の植物の産生方法の対象となる植物は、制限されるものではなく、イモ類、豆類、ナス科類などの双子葉植物一般に適用できる。特に、バイオマス資源の観点からは、ポプラ、ユーカリ、アカシアなどの双子葉木本植物が好ましい。但し、本発明の植物の産生方法は、これらの植物に限定されるものではなく、ミスカンザス、エリアンサス、ダンチク、ソルガム、ススキなどの単子葉エネルギー植物の育種一般にも適用できる。
【0026】
(3)リグニンを質的及び/又は量的に改変する酵素
ある態様によれば、本発明の植物の産生方法で用いられる酵素(本発明の酵素)は、ピロリ菌のHpSK1酵素(配列番号1)、又はその類似体である。類似体としては、例えばそのホモログ(オルソログ及びパラログを含む)、又はそのフラグメントが挙げられる。
【0027】
具体的に、本発明の酵素は、配列番号1のアミノ酸配列と、少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、又は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、特に好ましくは少なくとも99%、最も好ましくは100%の配列相同性を有することが望ましい。
【0028】
また、本発明の酵素は、配列番号1のアミノ酸配列と、少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、又は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、特に好ましくは少なくとも99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有することが望ましい。
【0029】
ここで、2つのアミノ酸配列の「相同性」(similarity)とは、両アミノ酸配列をアラインメントした際に各対応箇所に同一のアミノ酸残基又は類似の(すなわち、物理化学的性質が類似する)アミノ酸残基が現れる比率であり、2つのアミノ酸配列の「同一性」(identity)とは、両アミノ酸配列をアラインメントした際に各対応箇所に同一のアミノ酸残基が現れる比率である。なお、2つのアミノ酸配列の「相同性」及び「同一性」は、例えばBLAST(Basic Local Alignment Search Tool)プログラム(Altschul et al., J. Mol. Biol., (1990), 215(3):403-10)等を用いて求めることが可能である。
【0030】
また、本発明の酵素は、配列番号1のアミノ酸配列において、1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されてなるアミノ酸配列からなるポリペプチドであってもよい。ここで、「アミノ酸配列において1個又は数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加」しているとは、当該アミノ酸配列中のアミノ酸が、そのポリペプチドの構造又は機能に有意に影響することなく改変していることを指す。また、「数個」とは、通常2~50個、好ましくは2~20個、より好ましくは2~10個、更に好ましくは2~5個の変異が存在することを指す。
【0031】
(4)細胞壁内のリグニンの量的・質的改変
本発明の植物の産生方法では、本発明の酵素を木質繊維細胞内で発現させることにより、細胞壁内のリグニンを質的・量的に改変することができる。
【0032】
ここで、本発明の酵素による細胞壁内のリグニンの「量的」改変とは、細胞壁内のリグニンの含有量を有意に低減することをいう。具体的に、細胞壁内のリグニンは、酸不溶性リグニン(クラソンリグニン、アセチルブロマイドリグニン等)と、酸可溶性リグニンとに分類される。本発明の酵素は、酸不溶性リグニン及び酸可溶性リグニンの少なくとも一方、好ましくは両方を有意に低減することができる。
【0033】
また、本発明の酵素による細胞壁内のリグニンの「質的」改変とは、細胞壁内のリグニンの組成が有意に変更されることをいう。具体的に、リグニンは、p-クマリルアルコール(p-ヒドロキシシンナミルアルコール)・コニフェリルアルコール・シナピルアルコールという3種類のリグニンモノマー(モノリグノール)が、酵素(ラッカーゼ・ペルオキシダーゼ)の触媒の元で一電子酸化されフェノキシラジカルとなり、これがランダムなラジカルカップリングで高度に重合することにより高度な三次元網目構造を形成した、巨大な生体高分子である。ここで、リグニンモノマーの組成やその結合様式が変化することで、リグニンの「質的」改変が生じる。リグニンの構造はこのように極めて複雑であるため、その「質的」改変を定義するのは容易ではないが、各種の染色法(例えば実施例で使用したフロログルシン染色やモイレ染色等)でリグニンを染色し、その少なくとも何れか一つの染色結果に変化が生じた場合、もしくは酸可溶性リグニン量はコニフェリルアルコール・シナピルアルコールの量比と正に相関することが知られているため酸可溶性リグニン量が変化した場合に、リグニンの「質的」改変が生じたと判断することが可能である。
【0034】
2.細胞壁が改変された植物を産生するための核酸
(1)概要
本発明は、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物を生産する方法(本発明の植物産生方法)に使用される核酸(以下適宜「本発明の核酸」と略称する)にも関する。
【0035】
本発明の核酸は、前述の本発明の酵素をコードするコーディング配列を含む。斯かるコーディング配列は、ピロリ菌のHpSK1遺伝子(配列番号2)、又はその類似配列であることが好ましい。
【0036】
また、本発明の核酸は、前記のコーディング配列と作動可能に連結され、木質繊維細胞で前記コーディング配列の発現を誘導するプロモータ配列を更に含むことが好ましい。このプロモータ配列は、公知の交雑ヤマナラシのC4H遺伝子のプロモータ(配列番号3)であることが好ましい。
【0037】
(2)本発明の酵素をコードするコーディング配列
本発明の核酸におけるコーディング配列は、前述の本発明の酵素をコードするコーディング配列であれば、その塩基配列は限定されない。但し、ピロリ菌のHpSK1遺伝子(配列番号2)、又はその類似配列であることが好ましい。
【0038】
具体的に、前記コーディング配列は、配列番号2の塩基配列と、少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、又は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、特に好ましくは少なくとも99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有することが望ましい。
【0039】
また、前記コーディング配列は、配列番号2の塩基配列の相補配列と、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であってもよい。ここで「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高い核酸、すなわち配列番号2に示す塩基配列と少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、又は少なくとも90%、少なくとも95%の同一性を有する塩基配列からなる核酸の相補鎖がハイブリダイズし、それより同一性が低い塩基配列からなる核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。斯かるストリンジェントな条件は、通常のハイブリダイゼーション操作におけるTm値を高めた条件として、当業者には自明である。具体的には、T.Maniatisら編、Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd ed.(1989)Cold Spring Harbor Laboratory等を参照のこと。例としては、0.5%SDS、5×デンハルツ[Denhardt’s]、0.1%ウシ血清アルブミン(BSA)、0.1%ポリビニルピロリドン、0.1%フィコール400]及び100μg/mlサケ精子DNAを含む6×SSC(1×SSCは0.15M NaCl、0.015Mクエン酸ナトリウム、pH7.0)中で、50℃で4時間~一晩保温を行う条件等が挙げられる。
【0040】
(3)プロモータ配列
本発明の核酸は、前記コーディング配列と作動可能に連結され、木質繊維細胞で前記コーディング配列の発現を誘導するプロモータ配列を更に含むことが好ましい。プロモータ配列としては、木質繊維細胞において遺伝子発現を誘導することが可能なプロモータ配列であれば、その種類は制限されない。例としては、交雑ヤマナラシC4H遺伝子のプロモータ又はその類似配列、NST3プロモータ又はその類似配列、NST結合配列(SNBE)を繰り返してコアプロモータの上流に配置した人工プロモータ、二次細胞壁セルロース合成酵素のプロモータ、リグニン合成に関与する酵素類のプロモータ、キシラン合成に関与する酵素類のプロモータ等が挙げられる。特に、交雑ヤマナラシ由来のC4H遺伝子のプロモータ配列(配列番号3)又はその類似配列が、木質繊維細胞特異的に強い発現を促す点において好ましい。
【0041】
具体的に、本発明の核酸が有するプロモータ配列は、C4Hプロモータ(配列番号3)の塩基配列と、少なくとも80%、好ましくは少なくとも85%、又は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも96%、少なくとも97%、少なくとも98%、特に好ましくは少なくとも99%、最も好ましくは100%の配列同一性を有することが望ましい。また、本発明の核酸が有するプロモータ配列は、配列番号3の塩基配列の相補配列と、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする塩基配列であってもよい。
【0042】
(4)その他の配列
本発明の核酸は、その他の配列を有していてもよい。その他の配列としては、エンハンサ、ポリA付加シグナル、5’-UTR(非翻訳領域)、標識又は選抜マーカー遺伝子、マルチクローニング部位、複製開始点等が挙げられる。
本発明の核酸は、発現カセットとして構成されることが好ましい。「発現カセット」とは、当該核酸が有するコーディング配列(主に遺伝子又はその断片)を自律的に発現することのできる一つの発現系単位をいう。発現カセットは、前記核酸を含む領域の他に、遺伝子発現に必要な発現調節領域を有する。そのような発現調節領域としては、例えば、前述したプロモータ配列やターミネータ配列が挙げられる。また、その他の構成として、発現カセットには、特定の遺伝子等を発現させる上で必要な一つの発現系単位をゲノム上からそのまま取り出したものや、様々な生物由来の発現調節領域等を組み合わせる等して人工的に構築したものが存在する。本発明においては、いずれの発現カセットも利用することが可能である。また、上述する発現調節領域の構成については、本明細書中に記載のない限り、当該分野において公知の構成を適宜選択することが可能である。
【0043】
本発明の核酸を「発現カセット」として構成する場合、当該「発現カセット」は、目的とする植物の木質繊維細胞内で、本発明の核酸が有するコーディング配列を、自律的に発現させる作用を有する。
【0044】
(5)ベクター
本発明の核酸は、ベクターの形態としてもよい。斯かるベクター(以下適宜「本発明のベクター」と略称する)も本発明の対象となる。本明細書において「ベクター」とは、上記の「発現カセット」を含むものであって、上記「発現カセット」に含まれる塩基配列からなる核酸の増殖に使用される、大腸菌等へ導入されるベクターや、植物の形質転換を行うためのベクターを含む。本発明に使用されるベクターとしては、当該分野において公知のベクターを使用でき、導入する植物やベクターの使用する手法・目的に応じて適宜選択すればよい。ベクターの種類は制限されず、任意のベクターを用いることができる。例としては植物ウイルスベクター、バクテリウムベクター等が挙げられる。具体例としては、下記実施例にて使用されるpDEST_NST3p_VP16_HSP_GWB5などを使用することができる。但し、繰り返すが、ベクターはこれらのものに限定されず、当業者に周知の任意のベクターを用いることができる。
【0045】
(6)導入方法
本発明の核酸(例えば発現カセット)又は本発明のベクターを植物中に導入する方法も、限定されるものではなく、任意の手法を用いることができる。例としてはアグロバクテリウム法が典型的であるが、他にもPEG-リン酸カルシウム法、エレクトロポレーション法、リポソーム法、パーティクルガン法、マイクロインジェクション法等、従来周知の方法が適用できる。
【0046】
(7)キット
本発明の核酸及び本発明のベクターは、キットの形態としてもよい。斯かるキット(以下適宜「本発明のキット」と略称する)も本発明の対象となる。
【0047】
本発明のキットは、植物の木質繊維細胞の一次細胞壁を増加させ、二次細胞壁中のリグニンを減少させるためのキットであって、本発明の核酸又は本発明のベクターを適切な媒体及び容器内に含んでなる。更に、斯かる本発明の核酸又は本発明のベクターを植物細胞に導入するための試薬群を含んでいればより好ましい。当該試薬群としては、形質転換の種類に応じた酵素やバッファー等を挙げることができる。その他、必要に応じてマイクロ遠心チューブ等の実験用素材が添付されていてもよい。
【0048】
3.細胞壁が改変された植物
本発明は、本発明の植物産生方法により得られる、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分(以下適宜「本発明の植物若しくはその子孫、又はその部分」、或いは単に「本発明の植物等」と略称する)にも関する。
【0049】
また、本発明の核酸又はベクターを植物に導入して、本発明の植物産生方法を実施した場合、本発明の核酸又はベクターを木質繊維細胞内に含むと共に、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変された植物若しくはその子孫、又はその部分が得られる。斯かる植物等も、本発明の植物等に含まれる。
【0050】
なお、本発明において「植物の子孫」とは、当該植物の有性生殖又は無性生殖により得られる子孫をいい、当該植物のクローンを含む。例えば、当該植物体やその子孫から繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に当該植物の子孫を作出することが可能である。また、本発明において「植物若しくはその子孫、又はそれらの一部」としては、当該植物又はその子孫の植物における、種子(発芽種子、未熟種子を含む)、器官又はその部分(葉、根、茎、花、雄蕊、雌蘂、それらの片を含む)、植物培養細胞、カルス、プロトプラストが挙げられる。
【0051】
本発明の植物等は、下記の実施例で示すように、前述の本発明の酵素が木質繊維細胞内で発現されることにより、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変されている。斯かる効果によって、本発明の植物等では、セルロース及びその分解物であるグルコースが抽出し易くなっている。この点の評価は、例えば後述の「酵素糖化処理」によりグルコースを取得し、得られたグルコースの量を測定することにより行うことができる。
【0052】
4.細胞壁が改変された植物からグルコースを製造する方法
本発明は、グルコースを製造する方法であって、本発明の植物若しくはその子孫、又はその部分に含まれる木質繊維細胞の細胞壁からグルコースを抽出することを含む方法(以下適宜「本発明のグルコース製造方法」と略称する)にも関する。
ここで、グルコースの抽出は、本発明の植物等の少なくとも一部に酵素糖化処理を施すことにより行うことが好ましい。「酵素糖化処理」は、細胞壁成分に含まれるセルロースからどれだけ容易にグルコースを抽出できるかを評価するための周知の手法である。好ましくは、セルラーゼを用いて本発明の植物若しくはその子孫、又はその部分を処理し、セルラーゼが触媒する酵素反応によって、遊離されたグルコースを取得する。
下記の実施例に示すように、本発明の植物の産生方法により得られた、本発明の酵素が木質繊維細胞内で発現されてなる植物(CEF2-VP16又はCEF4-VP16導入シロイヌナズナ植物)では、野生株よりも顕著に多いグルコースが得られた(例えば実施例3及び図5等参照)。このように、本発明の植物等は、野生株と比較した際に、セルロース及びその分解物であるグルコースが抽出し易くなっている。
【0053】
5.その他
本発明においては、前述の本発明の酵素が木質繊維細胞内で発現されることにより、細胞壁内のリグニンの含有量が低減され、及び/又は、リグニンの質が改変されている。斯かる効果によって、植物の強度はある程度維持しながら、セルロース及びその分解物であるグルコースを抽出し易い植物の産生が可能となる。グルコースはエタノールの原料となるほか、様々な化合物の合成原材料となりうる。これにより、植物一個体あたりから抽出できるセルロースの量を増加することができる。斯かるセルロース及びその分解物であるグルコースの量を増加できれば、バイオ燃料やマテリアル生産量を増やすことができる。また、セルロースそのものも紙パルプや添加剤等など様々な用途に利用できる。これらバイオ燃料、マテリアルの生産促進により低炭素化社会の実現に向けて貢献できる。
【0054】
なお、本明細書に記載の各種の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する様々な技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。例えば、遺伝子工学的技術は、J. Sambrook, E. F. Fritsch & T. Maniatis, Molecular Cloning: A Laboratory Manual (2nd edition), Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor, New York (1989); D. M. Glover et al. ed., DNA Cloning, 2nd ed., Vol. 1 to 4, (The Practical Approach Series), IRL Press, Oxford University Press (1995)等に記載の方法により、又はそれらと実質的に同様な方法や改変法により行うことができる。また、本発明で使用する各種蛋白質やペプチド、あるいはそれらをコードするDNAについては、既存のデータベース(URL:http://www.arabidopsis.org/又はhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez?db=pubmed等)から入手することができる。
【実施例
【0055】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施例にも束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。
【0056】
[実施例1]PkC4Hpro:HpSK1で形質転換したシロイヌナズナ植物体の作製
(1-1)形質転換用ベクターPkC4Hpro:HpSK1の構築
以下のように形質転換ベクターを構築した。
【0057】
ピロリ菌由来のHpSK1タンパク質コード領域を植物のコドン使用頻度に合わせて最適化した、配列番号2に記載の塩基配列の5’末端及び3’末端に、下記のオリゴヌクレオチドを付加して化学合成した。
5’- AAATAATGATTTTATTTTGACTGATAGTGACCTGTTCGTTGCAACAAATTGATGAGCAATGCTTTTTTATAATGCCAAGTTTGTACAAAAAAGCAGGCTCA -3'(5’末端側付加配列、配列番号4)
5’-GACCCAGCTTTCTTGTACAAAGTGGGCATTATAAGAAAGCATTGCTTATCAATTTGTTGCAACGAACAGGTCACTATCAGTCAAAATAAAATCATTATTT -3’(3’末端側付加配列、配列番号5)
次に、上記HpSK1遺伝子のタンパク質コード領域を、pDEST_PkC4Hp_HSP_GWB4ベクターに、LRクロナーゼ(登録商標)(サーモフィッシャー社)を用いて移し変え、形質転換に使用するベクターを構築した。
【0058】
(1-2)フローラルディップ法を用いたPkC4Hpro:HpSK1によるシロイヌナズナの形質転換
上記(1-1)で得られた形質転換用ベクターPkC4Hpro:HpSK1を、土壌細菌アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)GV3101(C58C1Rifr)pMP90(Gmr)株(koncz and Schell, 1986)に対して、エレクトロポレーション法で導入した。導入後の菌を、200mlの抗生物質(カナマイシン(Km)50mg/L、ゲンタマイシン(Gm)25mg/L及びリファンピシリン(Rif)50mg/L)を含むLB培地で2日間培養した。次いで、培養液から菌体を回収し、500mlの浸潤培地(Infiltration medium)(国際公開第2007/102346号を参照)に懸濁させた。
【0059】
形質転換させる植物体として、米国シロイヌナズナバイオリソースセンター(Arabidopsis Biological Resource Center:ABRC)から取り寄せたシロイヌナズナ野生株Col-0を、45日間~60日間育てて花を咲かせ、主茎を切った後にさらに10日間育ててから形質転換に用いた。
【0060】
形質転換は以下の手順で行った。前記のシロイヌナズナを、前記の菌体を懸濁させた浸潤培地に2分間浸して感染させ、通常通り育成しT1種子を収穫した。このT1種子を50%ブリーチ及び0.02%Triton X-100溶液で7分間滅菌した後、滅菌水で3回リンスし、50mg/lのカナマイシン(Km)を含むMS選択培地に播種した。上記カナマイシンプレートで生育する形質転換植物体(PkC4Hpro:HpSK1、T1)を選抜し、土壌に植え換えて生育し、各種分析に用いた。
【0061】
[実施例2]PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物の花茎の切片観察
上記(1-2)で得られたPkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナT1植物について、播種後約80日で花茎を採取し、バイブレーションミクロトームを用いて、地上高約3cmのところで50μm厚の横断切片を作製した。2%(w/v)フロログルシン塩酸水溶液で1分間染色し、10%(w/v)塩酸で封入してリグニン沈着の様子を観察した。また、1%(w/v)過マンガン酸カリウム溶液(モイレ染色液)で5分間染色し、超純水で洗浄後に、10%塩酸溶液で5分間脱色し、再度超純水で洗浄した後に、1.5M炭酸カルシウム溶液で封入して同様にリグニン沈着の様子を観察した。その結果、フロログルシン染色においてはHpSK1ラインは野生株と異なり、より鮮やかに呈色した(図1)。また、モイレ染色においてもHpSK1ラインは野生株と異なり、繊維細胞の赤色の呈色が弱くなっていた(図1)。これらのことは、HpSK1ラインにおいて、二次細胞壁中のリグニン組成が変化している可能性を示している。
【0062】
[実施例3]PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物の花茎のリグニン量の分析
上記(1-2)で得られたPkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナT1植物において、約5週間栽培した植物から最初に発生した花茎を切除したのち、切除後に複数の花茎を発生させ追加で約30日間栽培した。次いで約30日間水やりを行わずに植物体を乾燥させた後、それぞれの個体の地上部から、葉、長角果、果柄、を除いて花茎のみを採取し、その乾燥花茎をサンプリングし、1cm以下の長さになるよう刻み、メタノールに浸し一晩以上静置した後、新しいメタノールで2回リンスすることでクロロフィルを除去した。80℃で10分間煮沸した後、新しいメタノールに交換した。この操作を2度繰り返した後、50%クロロホルム、50%メタノール溶液に浸し70℃で煮沸した後、新しい50%クロロホルム、50%メタノール溶液に交換した。この操作を2度繰り返した後、アセトン溶液に浸し、70℃で煮沸した後、新しいアセトン溶液に交換した。この操作を2度繰り返した後、100%エタノール溶液で3回リンスした後、70℃で2日間乾燥させた。これをアルコール不溶性残渣とした。得られたアルコール不溶性残渣をホモジナイザー(シェイクマスターネオ;バイオメディカルサイエンス社)を用いて2000rpm、10分間の粉砕処理を行い、細胞壁粉末を得た。
【0063】
得られた細胞壁粉末を1mlの50mMマレイン酸、2mM塩化カルシウム、0.02%アジ化ナトリウム溶液に懸濁し、70℃で10分間デンプンを糊化した後、4mlの50mMマレイン酸、2mM塩化カルシウム、0.02%アジ化ナトリウム溶液を加えて、室温で10分間静置した。その次に、500U α-アミラーゼ、0.33U アミログルコシダーゼ、50mMマレイン酸、2mM塩化カルシウム、0.02%アジ化ナトリウム溶液を1ml加えた後、37℃で18時間、デンプンを加水分解し、除デンプンを行った。除デンプンを行った細胞壁粉末懸濁液は、蒸留水で3回、100%エタノールで2回リンスした後、70℃で一晩乾燥させ、細胞壁精製粉末を得た。得られた精製細胞壁粉末を、空チューブ重測定しておいた2mLチューブに2-3mgずつ加え、精製細胞壁残渣を含んだチューブ重を正確に秤量することで「細胞壁精製粉末重」を算出した後、そこに72%(w/v)硫酸を50μLずつ加えた後に、60分間、1750rpmで振盪し、硫酸と精製細胞壁粉末と懸濁させた。十分に懸濁した細胞壁懸濁液に0.2%(w/v)3-メチルグルコースを10μLおよび、超純水1400μLを加えた後に、121℃、60分間、オートクレーブ処理を行い、細胞壁多糖を加水分解した。加水分解後、スウィングロータータイプの遠心機を用いて、3000×gで5分間遠心をかけることで酸不溶性残渣を沈殿させた。その上清の一部は後述する酸可溶性リグニン量の測定に使用し、また別途分注した上清は(4-2)で後述するグルコース量の定量に用いた。
【0064】
上述した上清を分取したのち、沈殿した残渣を吸わないように上清を除去し、10%エタノールを加え、再度遠心をすることで残渣の洗浄を行った。なおこの操作は二度繰り返した。洗浄した残渣に100%エタノールを加えて脱水処理を行い、再度遠心し、上清のエタノールを除去した後、65℃で一晩酸不溶性残渣を乾燥させた。残渣が確実に乾燥したことを確認してから、残渣が付着したチューブ重を正確に測定した後、「残渣が付着したチューブ重」から空チューブ重を差し引くことで「酸不溶性残渣重」を算出し、算出した酸不溶性残渣重から細胞壁精製粉末重を除することで、クラソンリグニン量を算出した。
【0065】
その結果、PkC4Hpro:HpSK1導入系統の花茎の細胞壁のクラソンリグニン量は、コントロール系統に比べ約40%程度少ないことが分かった(図2(a))。上述した上清液の吸光度210nmの測定値に吸光係数110を乗じ、使用した細胞壁精製残渣で除することで酸可溶性リグニン量を算出したところ、PkC4Hpro:HpSK1導入系統の花茎の細胞壁の酸可溶性リグニン量は、コントロール系統に比べ約20%程度少ないことが分かった(図2(b))。これらの結果は、PkC4Hpro:HpSK1導入系統ではリグニン量が少なくなっており、なおかつリグニンの組成が変化している可能性を示している。
【0066】
[実施例4]PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物の花茎の細胞壁成分分析
(4-1)シロイヌナズナ花茎生産量の測定
前記[実施例3]で得られたPkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナT1植物の全乾燥花茎の総重量を測定した(図3(a))。その結果、PkC4Hpro:HpSK1導入系統の花茎の総乾燥重量は、コントロール系統と大きな差はなかった。したがって、[実施例3]で記載したようにPkC4Hpro:HpSK1導入系統ではリグニン量の低下およびリグニンの組成が変化している可能性があるにもかかわらず、細胞壁生産量はコントロール株と同等であることを示している。
【0067】
(4-2)細胞壁中のグルコース量の分析
前記[実施例3]に記載した硫酸加水分解後の上清について炭酸カルシム粉末と混合し中和液をえた後、その中和液5μLとABEE標識試薬(1650mgの4-アミノ安息香酸エチル(Ethyl-4- Aminobenzoate)と350mgのシアノ水素化ホウ素ナトリウム(Sodium cyanoborohydride)を、410μL酢酸と3500 μLメタノールで溶解した溶液)と混和し、80℃で30分間反応させ、単糖をABEE標識した。標識後の溶液に200μLの超純水および、200μLのクロロホルムを加え、ボルテックスで激しく混和した後、卓上遠心機で5秒間遠心することで水層と有機溶媒層に分離し、水層のみをシリンジで分取し、0.2μL孔径のフィルターに通したのち、UPLC(ウォーターズ社製)に供した。なおUPLCの分離条件として、移動相の溶液には200mMホウ酸溶液(pH8.9)とアセトニトリルを使用した。まず移動相の初期条件は200mMホウ酸溶液(pH8.9):アセトニトリルアセトニトリル=97:3(v/v)とし、その混合比を4分後までに200mMホウ酸溶液(pH8.9):アセトニトリル=79:21(v/v)となるようにアセトニトリル濃度を上昇させるグラジエント条件で単糖を分離した。4分後から5分後の間は200mMホウ酸溶液(pH8.9):アセトニトリル=70:30の混合比で溶液を流すことでカラム内を洗浄した後、5分後から6.5分後の間で200mMホウ酸溶液(pH8.9):アセトニトリル=97:3の混合液を流すことでカラムの平衡化を行った。なお、移動相の流速は0.7mL/minで行った。またカラムは逆相カラム(ACQUITY UPLC BEH C18 Column, 130Å, 1.7 μm, 2.1 mm×100 mm, ウォーターズ社製)を用い、カラム温度は50℃で行った。また検出は蛍光検出器(ACQUITY UPLC FLR Detector、ウォーターズ社製)を使用し、誘起光305nm、励起光360nmで蛍光を検出した。サンプル溶液中のグルコース濃度はグルコース標準液から得られたピーク面積を元に算出し、精製細胞壁粉末1mgあたりのグルコース量を算出した。その結果、PkC4Hpro:HpSK1導入系統のグルコース量はコントロール系統と大きな差はなかった(図3(b))。この結果からPkC4Hpro:HpSK1導入系統においても、最大効率でグルコースを抽出できれば、その総量はコントロール系統と同等であることを示している。
【0068】
(4-3)グルコース収量の分析
前記[実施例3]に記載した方法で得られた細胞壁精製粉末2~3mgを2mlマイクロチューブに分取した後、1mlの5mMクエン酸緩衝液(pH4.8)、0.02%アジ化ナトリウム、0.4FPUセルクラスト(Celluclast)(ノボザイムズ社)1.5L、0.8CBUノボザイム188(Novozyme 188)(ノボザイムズ社)溶液を加えて、50℃、200rpmで24時間振盪しながら、酵素糖化反応を行い得られるグルコース量を調べた。その結果PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物系統はコントロール系統に比べて酵素糖化性が約2倍高かった(図3(c))。この結果と前記(4-1)で得られた花茎乾燥重さをもとに一個体あたりからのグルコース収量を算出したところ、PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物系統は、コントロール系統に比べて、約2倍程度一個体あたりのグルコース収量が多い事がわかった(図3(d))。したがって、前記(4-1)、(4-2)、および本項(4-3)の結果より、PkC4Hpro:HpSK1導入シロイヌナズナ植物系統では、単位栽培面積当たりより多くのグルコースを得ることができ、バイオエタノール生産等に有利であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、植物からセルロースやグルコース等を抽出する用途に広く利用でき、その有用性は極めて高い。
図1
図2
図3
【配列表】
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