(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-04
(45)【発行日】2022-07-12
(54)【発明の名称】成形機用シリンダ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B29C 45/62 20060101AFI20220705BHJP
C22C 29/08 20060101ALI20220705BHJP
C22C 1/05 20060101ALI20220705BHJP
B22F 3/15 20060101ALI20220705BHJP
C22C 19/05 20060101ALI20220705BHJP
C22C 38/24 20060101ALN20220705BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20220705BHJP
【FI】
B29C45/62
C22C29/08
C22C1/05 H
C22C1/05 Q
B22F3/15 M
C22C19/05 D
C22C38/24
C22C38/00 301H
(21)【出願番号】P 2019539680
(86)(22)【出願日】2018-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2018032458
(87)【国際公開番号】W WO2019045067
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-04-22
(31)【優先権主張番号】P 2017167605
(32)【優先日】2017-08-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000005083
【氏名又は名称】日立金属株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】瀬川 尭之
(72)【発明者】
【氏名】古島 清史
【審査官】▲高▼村 憲司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-064417(JP,A)
【文献】特開平06-238725(JP,A)
【文献】特開平07-290186(JP,A)
【文献】特開2009-255454(JP,A)
【文献】特開2002-161319(JP,A)
【文献】特開2008-201080(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 33/00 - 33/76
B29C 45/00 - 45/84
C22C 29/08
C22C 1/05
B22F 3/15
C22C 19/05
C22C 38/24
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製円筒状母材の内面にHIP焼結ライニング層を有する成形機用シリンダであって、
前記ライニング層が、Ni基合金からなる基地中に1~7μmのメジアン径(d
50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、任意断面における基地の最大長さが12μm以下であ
り、前記Ni基合金からなる基地が、質量基準で、1~7%のSi、5~20%のCr、1~4%のB、1.5%以下のMn、12%以下のCo、及び不可避的不純物を含有することを特徴とする成形機用シリンダ。
【請求項2】
請求項1に記載の成形機用シリンダにおいて、前記炭化タングステン粒子のd
10が0.5~3μmであり、d
90が5~15μmである[ただし、d
10及びd
90は、炭化タングステン粒子の粒子径と累積体積(特定の粒径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、それぞれ全体積の10%及び90%に相当する累積体積での粒子径である。]ことを特徴とする成形機用シリンダ。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の成形機用シリンダにおいて、前記ライニング層が、前記炭化タングステン粒子を45~60体積%含有することを特徴とする成形機用シリンダ。
【請求項4】
請求項1~
3のいずれかに記載の成形機用シリンダを製造する方法であって、
鋼製円筒状母材内に鋼製芯金を配置し、前記円筒状母材内面と前記芯金との間に空隙を形成する工程、
前記空隙に炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末を38:62~70:30の体積比率で含む混合粉末を充填する工程、
前記混合粉末を充填した空隙内を真空脱気して密封後、HIP処理して、前記円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる複合シリンダを得る工程、及び
得られた前記複合シリンダを加工する工程を有し、
前記炭化タングステン粉末のメジアン径(d
50)が1~7μmであり、d
50/(d
90-d
10)が0.4以上であり、
前記Ni基合金粉末のメジアン径(d
50)が2~8μmであり、d
50/(d
90-d
10)が0.6以上である
ことを特徴とする成形機用シリンダの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主にプラスチックの射出成形機又は押出成形機に使用される、耐摩耗性、耐食性に優れるとともに、加工性に優れたライニング層を有する複合構造の成形機用シリンダに関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック等の射出成形又は押出成形に使用される成形機用シリンダは、加熱成形中の樹脂や添加剤等による摩耗に耐えるだけでなく、比較的安価に製造できることが要求される。このような要求に応えるため、従来から鋼製円筒形状シリンダの内面に、ニッケル合金基地中に炭化タングステン粒子が分散したライニング層を遠心鋳造法により形成したバイメタル構造の成形機用シリンダが使用されている。
【0003】
近年、電気・電子部品や自動車部品に使用される強化プラスチックや難燃性プラスチックの押出成形又は射出成形では、成形機用シリンダは過酷な摩耗や腐食にさらされる。例えば、強化プラスチックではガラスファイバーや無機フィラーによって激しい摩耗を受け、また難燃性プラスチックでは遊離したハロゲンによって激しい腐食を受けるため、HIP法によりライニング層を形成した成形機用シリンダが開発されている。
【0004】
特開平5-269813号は、マルテンサイト系耐熱鋼からなるシリンダ母材層と、炭化タングステン粒子を含むNi基合金からなるライニング層とを有し、前記ライニング層は、耐摩耗性及び耐食性を有するNi基合金のアトマイズ粉末100重量部に、粒径が5~100μmの炭化タングステン粒子5~60重量部[2.8~25.5体積%(Ni基合金の密度を8.9 g/cm3、炭化タングステンの密度を15.6 g/cm3として計算した換算値。以下同様である。)]を均一に分散させて、HIPプロセスにより前記シリンダ母材内面上で加圧焼結してなる高温高圧成形用複合シリンダを開示している。
【0005】
特開昭61-218869号は、金属円筒体を外層体とし、その内周面に炭化タングステン粒子30~95質量%[20~92体積%(換算値)]を含有するNi基合金系焼結合金からなる内層体が、その界面でHIP法により融着一体化している二層構造を有する、耐摩耗性及び耐食性に優れたシリンダを開示している。特開昭61-218869号は、炭化タングステン粒子の粒径は、耐肌荒れ性の点から1~30μmが好ましいと記載している。
【0006】
しかしながら、特開平5-269813号及び特開昭61-218869号に記載のHIP法により形成されたライニング層を有する成形機用シリンダであっても、強化プラスチックや難燃性プラスチック等の成形に対しては決して十分な耐摩耗性及び耐食性を有しているとは言えず、さらなる改善が望まれている。例えば、さらなる耐摩耗性及び耐食性を向上させるため、ライニング層中の炭化タングステン粒子の含有率を高めた場合、特開平5-269813号の明細書にも記載されているように、Ni基合金100重量部当り60重量部[25.5体積%(換算値)]を越えると機械的強度が低下してしまうといった問題が生じる。従って、炭化タングステン粒子を増やしてさらなる耐摩耗性及び耐食性を向上させることが難しい。更に、ライニング層に硬質の炭化タングステン粒子が存在しているためHIP処理後に、成形機に装着できるよう加工する際に、加工時間が膨大になるという課題がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明の目的は、炭化タングステン粒子を増やしても機械的強度を低下させず、耐摩耗性及び耐食性に優れるとともに、加工性にも優れたライニング層を有する成形機用シリンダ、及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み、本発明者等は、HIP処理により形成した炭化タングステン粒子を含むNi基合金からなるライニング層について鋭意検討した結果、ライニング層の組織を最適化することにより、炭化タングステン粒子の含有率を高めた場合でも機械的強度が低下することなく耐摩耗性及び耐食性を向上できるとともに、優れた加工性を有するライニング層が得られることを見出し、本発明に想到した。
【0009】
すなわち、本発明の成形機用シリンダは、鋼製円筒状母材の内面にHIP焼結ライニング層を有し、前記ライニング層が、Ni基合金からなる基地中に1~7μmのメジアン径(d50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、任意断面における基地の最大長さが12μm以下であることを特徴とする。
【0010】
前記炭化タングステン粒子のd10は0.5~3μmであり、d90は5~15μmであるのが好ましい。ただし、d10及びd90は、炭化タングステン粒子の粒子径と累積体積(特定の粒径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、それぞれ全体積の10%及び90%に相当する累積体積での粒子径である。
【0011】
前記Ni基合金からなる基地は、質量基準で、1~7%のSi、5~20%のCr及び1~4%のBを含有するのが好ましい。
【0012】
前記Ni基合金からなる基地は0.13%未満のC、1.5%以下のMn、12%以下のCo、1%以下のFe及び0.1%以下のMoの少なくとも1種を含有するのが好ましい。
【0013】
前記ライニング層は、前記炭化タングステン粒子を45~60体積%含有するのが好ましい。
【0014】
前記成形機用シリンダを製造する本発明の方法は、
鋼製円筒状母材内に鋼製芯金を配置し、前記円筒状母材内面と前記芯金との間に空隙を形成する工程、
前記空隙に炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末を38:62~70:30の体積比率で含む混合粉末を充填する工程、
前記混合粉末を充填した空隙内を真空脱気して密封後、HIP処理して、前記円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる複合シリンダを得る工程、及び
得られた前記複合シリンダを加工する工程を有し、
前記炭化タングステン粉末のメジアン径(d50)が1~7μmであり、d50/(d90-d10)が0.4以上であり、
前記Ni基合金粉末のメジアン径(d50)が2~8μmであり、d50/(d90-d10)が0.6以上である
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明の成形機用シリンダは、炭化タングステン粒子を増やしても機械的強度が低下せず、耐摩耗性及び耐食性、並びに加工性に優れたライニング層を有するのでプラスチックの射出成形機又は押出成形機に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の成形機用シリンダの一例を示す模式断面図である。
【
図2】実施例1の成形機用シリンダのライニング層の断面を示す電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例2の成形機用シリンダのライニング層の断面を示す電子顕微鏡写真である。
【
図4】比較例1の成形機用シリンダのライニング層の断面を示す電子顕微鏡写真である。
【
図5】比較例2の成形機用シリンダのライニング層の断面を示す電子顕微鏡写真である。
【
図6】ライニング層中の基地の最大長さを測定する方法を説明するための模式図である。
【
図7】円筒状母材内に芯金を挿入した状態を示す模式断面図である。
【
図8】円筒状母材と芯金との間隙にライニング用合金粉末を充填した状態を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[1] 成形機用シリンダ
本発明の成形機用シリンダ1は、
図1に示すように、鋼製円筒状母材2の内面にHIP焼結ライニング層(以下、単に、ライニング層3という。)を有し、前記ライニング層3がNi基合金からなる基地中に、1~7μmのメジアン径(d
50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、任意断面における基地の最大長さが12μm以下であることを特徴とする。前記ライニング層3は、Ni基合金粉末と炭化タングステン粉末との混合粉末を、HIPプロセスにより焼結するとともに前記円筒状母材2内面に溶着一体化させて形成する。
【0018】
(1)ライニング層
(A)組織
Ni基合金の粉末と炭化タングステン粉末とをHIP焼結してなるライニング層3は、例えば
図4に示すように、炭化タングステン粒子32(白色部分)と炭化タングステン粒子32との間にNi基合金31(基地)(黒色部分)が充填された組織を有する。なお図において、炭化タングステン粒子32に隣接して灰色部分(境界相33)が存在するが、この境界相33は、Ni基合金31の組成と炭化タングステン粒子32の組成との間の組成を有しており、これらの両者が反応して形成された相であると推定される。本発明の成形機用シリンダ用のライニング層3は、ライニング層3断面のSEM写真から以下のようにして求めた「基地の最大長さ」が12μm以下の組織である必要がある。基地の最大長さが12μm超である場合、前述したように、機械的強度が低下し、また耐摩耗性及び耐食性にも劣る。基地の最大長さは10μm以下であるのが好ましく、8μm以下であるのが更に好ましく6μm以下であるのが最も好ましい。
【0019】
「基地の最大長さ」は、
図6に示すように、1000倍程度の倍率(加速電圧10.0 kV)で撮影した
各視野のSEM写真(視野面積:127×94μm)に対角線(2本)を描き、この対角線が横切るNi基合金31からなる基地のみの部分(炭化タングステン粒子32及び境界相33が存在しない領域)の線分の長さを求め、
各視野で最も長い値を選び、それらを10視野で平均することにより求める。例えば、比較例1のSEM写真を模式的に描いた
図6において、2本の対角線が横切る基地のみの部分は線分a~fを形成(図中、長い線分から6本のみ太字で示した。)しており、このうち最も長い線分aを10視野平均し基地の最大長さとする。
【0020】
Ni基合金からなる基地中に1~7μmのメジアン径(d50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、「基地の最大長さ」が12μm以下の組織を有することにより、本発明のライニング層は耐摩耗性及び耐食性に優れるとともに、加工性にも優れる。
【0021】
(B) 炭化タングステン粒子
ライニング層3は、Ni基合金31からなる基地中に比較的粒径の小さな1~7μmのメジアン径(d50)を有する炭化タングステン粒子32を38~70体積%含有することにより、加工性に優れるとともに、耐摩耗性が向上する。
【0022】
炭化タングステン粒子32の含有率は、ライニング層3を形成するNi基合金31と炭化タングステン粒子32との合計に対して、38~70体積%である。38体積%未満であると耐摩耗性の向上が不十分であり、70体積%を超えると機械的強度が低下してしまうため好ましくない。炭化タングステン粒子32の含有率は、45体積%以上が好ましく、50体積%以上がより好ましい。また、炭化タングステン粒子32の含有率は、65体積%以下が好ましく、60体積%以下がより好ましい。
【0023】
炭化タングステン粒子32のメジアン径(d50)は1~7μmである。1μm未満であると均一に分散させるのが困難であり、7μmを超えると、ライニング層の加工性が劣る。炭化タングステン粒子32のメジアン径(d50)は、2μm以上が好ましく、6μm以下が好ましい。ここで、ライニング層中では炭化タングステン粒子が連結するように密集しているため、WC粒子の粒径を顕微鏡写真上で求めるのは困難である。従って、本願においては、ライニング層中に分散する炭化タングステン粒子32のメジアン径(d50)は、原料の炭化タングステン粉末から、例えば、マイクロトラック粒度分布測定装置9320-X100(日機装株式会社製)を用いて測定した値を用いる。本発明の成形機用シリンダのライニング層の場合は、HIP処理により比較的低温(930~970℃)で焼結するため、原料の炭化タングステン粉末の粒径とライニング層中の炭化タングステン粒子の粒径とはほとんど差がない。従って、ライニング層中に分散する炭化タングステン粒子のメジアン径(d50)を原料の炭化タングステン粉末のメジアン径(d50)で表しても差し支えない。
【0024】
前記炭化タングステン粒子のd10は0.5~3μmであるのが好ましく、d90は5~15μmであるのが好ましい。ただし、d10及びd90は、炭化タングステン粒子の粒子径と累積体積(特定の粒径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、それぞれ全体積の10%及び90%に相当する累積体積での粒子径である。
【0025】
(C) Ni基合金からなる基地
ライニング層3を構成するNi基合金31からなる基地は、質量基準で、1~7%のSi、5~20%のCr、1~4%のB、1.5%以下のMn、12%以下のCoを必須成分として含有し、残部Ni及び不可避的不純物からなるのが好ましい。
【0026】
(a)1~7質量%のSi
Siはライニング層3のNi基合金31からなる基地に固溶し、硬さを増すことで、耐摩耗性の向上に寄与する。Siが1質量%未満ではこの効果が十分に得られない。一方、Siが7質量%を超えると、ライニング層3が脆くなる。Si含有量は、2質量%以上がより好ましく、2.5質量%以上が更に好ましく、2.8質量%以上が最も好ましい。Si含有量は、4質量%以下がより好ましく、3.5質量%以下が更に好ましく、3.2質量%以下が最も好ましい。
【0027】
(b)5~20質量%のCr
Crは主にNi基合金31からなる基地に固溶して強度及び耐食性を向上させる。Crが5質量%未満では強度及び耐食性向上の効果が得られにくい。一方、Crが20質量%を超えると基地の靭性を低下させてしまう。Cr含有量は、5.5質量%以上がより好ましく、6.5質量%以上が更に好ましい。またCr含有量は15質量%以下がより好ましく、10質量%以下が更に好ましく、8.5質量%以下が最も好ましい。
【0028】
(c)1~4質量%のB
Bは、NiやCr等と結合して組織中に高硬度のホウ化物を析出させ、基地の硬度を向上させる作用を有する。1質量%未満ではその効果が十分ではなく、4質量%を超えるとホウ化物が過多となってライニング層の強度が低下する。B含有量は、2質量%以上がより好ましく、2.5質量%以上が更に好ましい。またB含有量は3.7質量%以下がより好ましく、3.2質量%以下が更に好ましい。
【0029】
(d)1.5質量%以下のMn
Mnは、Ni基合金をアトマイズ法で製造する際に、酸化物等の異物を除去する効果を発揮する。Mnが1.5質量%超えるとライニング層3の耐食性を損なうため好ましくない。Mn含有量は0.5質量%以上がより好ましく、0.7質量%以上が更に好ましい。またMn含有量は、1.3質量%以下がより好ましく、1.2質量%以下が更に好ましい。
【0030】
(e)12質量%以下のCo
CoはNiと同様にライニング層3に耐食性を付与する機能を有するとともに、基地に固溶して強度を向上させる。Coが12質量%を超えても効果は飽和し、経済的でない。Co含有量は5質量%以上がより好ましく、8質量%以上が更に好ましい。またCo含有量は、11.5質量%以下がより好ましく、11質量%以下が更に好ましい。
【0031】
(f) 不可避的不純物
不可避的不純物として、C、Fe等がある。Cは0.13質量%を超えるとライニング層が脆くなるだけでなく、ライニング層の強度が低下するため、0.13質量%以下が好ましい。Feは0.5質量%を超えると耐食性が低下するため、0.5質量%以下が好ましい。
【0032】
(2) 円筒状母材
円筒状母材は、ライニング層を強固に保持するとともに成形時におけるライニング層の割れを防止するように、高耐力の鋼により形成するのが好ましい。このような高耐力の鋼として、炭素鋼又は非調質鋼が好ましく、特に非調質鋼が好ましい。
【0033】
炭素鋼自体は公知のもので良く、例えば0.25~0.6質量%のCを含有する炭素鋼が好ましい。このような炭素鋼の一般的な組成は、0.25~0.6質量%のC、0.15~0.35質量%のSi、0.60~0.90質量%のMnを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる。
【0034】
V等の合金元素を含有する非調質鋼は、熱処理(調質処理)を行わなくても優れた耐力及び靭性を有するので、S45C、SCM440等の鋼(十分な耐力を得るためにHIP処理後に熱処理が必要)より複合シリンダの製造コストを低減できる。
【0035】
円筒状母材を形成する非調質鋼は、一般に0.3~0.6質量%のC、0.01~1質量%のSi、0.1~2質量%のMn、及び0.05~0.5質量%のVを含有し、残部が実質的にFe及び不可避的不純物からなる組成を有する。非調質鋼は更に、任意元素として、0.01~1質量%のCr、0.01~1質量%のCu及び0.01~1質量%のNbからなる群から選ばれた少なくとも一種を含有しても良い。
【0036】
[2]製造方法
本発明の成形機用シリンダを製造する方法は、
(a)鋼製円筒状母材内に鋼製芯金を配置し、前記円筒状母材内面と前記芯金との間に空隙を形成する工程、
(b)前記空隙に炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末を38:62~70:30の体積比率で含む混合粉末を充填する工程、
(c)前記混合粉末を充填した空隙内を真空脱気して密封後、HIP処理して、前記円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる複合シリンダを得る工程(HIP処理工程)、及び
(d)得られた前記複合シリンダを加工する工程を有し、
前記炭化タングステン粉末のメジアン径(d50)が1~7μmであり、d50/(d90-d10)が0.4以上であり、
前記Ni基合金粉末のメジアン径(d50)が2~8μmであり、d50/(d90-d10)が0.6以上であることを特徴とする。
【0037】
本発明の方法により、鋼製円筒状母材の内面にHIP焼結ライニング層を有する成形機用シリンダであって、前記焼結ライニング層が、Ni基合金からなる基地中に1~7μmのメジアン径(d50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、任意断面における基地の最大長さが12μm以下である成形機用シリンダを製造することができる。
【0038】
(a) 空隙を形成する工程
図7に示すように、鋼製円筒状母材2の内側に、成形機用シリンダ1のライニング層3を形成するために鋼製芯金4を挿入することにより、円筒状母材2と芯金4との間に環状の空隙5を形成する。芯金4及び円筒状母材2の一方の端部に、蓋6を溶接で接合する。芯金4は円柱状(中実)であっても円筒状(中空)であっても良い。なお芯金4及び蓋6,7は軟鋼等により作製することができる
【0039】
(b) 混合粉末を充填する工程
(i)混合粉末の準備
炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末を準備する。
炭化タングステン粉末は、メジアン径(d50)が1~7μmのものを用いる。メジアン径が1μm未満であると、Ni基合金粉末との均一混合が難しくなるとともに、原料のコスト増になるためであり、7μmを超えると、得られるライニング層の加工性が劣るためである。炭化タングステン粉末のメジアン径(d50)は、2μm以上が好ましく、6μm以下が好ましい。炭化タングステン粉末のd10は0.5~3μmであるのが好ましく、d90は5~15μmであるのが好ましい。炭化タングステン粉末のd50/(d90-d10)は、0.4以上のものを用いる。d50/(d90-d10)の値は、粒径分布を表す指標であり、d50/(d90-d10)が0.4以上であれば粒径分布がシャープとなって、得られるライニング層の耐摩耗性と加工性の両立が図れる。炭化タングステン粉末のd50/(d90-d10)は、0.5以上が好ましく、0.6以上がより好ましい。
【0040】
Ni基合金粉末は、基地組成(質量基準で、1~7%のSi、5~20%のCr、1~4%のB、1.5%以下のMn、12%以下のCoを必須成分として含有し、残部Ni及び不可避的不純物からなる)で、メジアン径(d50)が2~8μmのものを用いる。メジアン径が2μm未満であると炭化タングステン粉末との均一混合が難しくなるとともに原料のコスト増になるからであり、8μmを超えると、得られるライニング層の基地の最大長さが12μmを超えるようになって、耐摩耗性、耐食性が劣るためである。Ni基合金粉末のメジアン径(d50)は6μm以下であるのが好ましい。Ni基合金粉末のd10は1~5μmであるのが好ましく、d90は6~12であるのが好ましい。Ni基合金粉末のd50/(d90-d10)は、0.6以上のものを用いる。d50/(d90-d10)の値は、粒径分布を表す指標であり、d50/(d90-d10)が0.6以上であれば粒径分布がシャープとなって、前記粒度分布がシャープな炭化タングステン粉末とNi基合金粉末とが均一に混合しやすくなり、得られたライニング層において炭化タングステン粒子がNi基合金からなる基地中に均一に分散した組織が得られる。Ni基合金粉末のd50/(d90-d10)は、0.8以上が好ましく、0.9以上がより好ましい。
【0041】
Ni基合金粉末は、Ni基合金を溶解後、アトマイズ法で製造するのが好ましい。アトマイズ法で製造することによりNi基合金粉末の形態がほぼ球状になるため、粉末の流動性が良好となって、前記炭化タングステン粉末と混合する際に、均一に混合できる。アトマイズ法としてはガスアトマイズ法や水アトマイズ法を採用することができるが、中でも水アトマイズ法が好ましい。
【0042】
炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末のメジアン径(d50)、d10及びd90は、例えば、マイクロトラック粒度分布測定装置9320-X100(日機装株式会社製)を用いて測定した粒度分布から求めることができる。ここで、メジアン径(d50)、d10及びd90は、それぞれの粉末の粒子径と累積体積(特定の粒径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、それぞれ全体積の50%、10%及び90%に相当する累積体積での粒子径である。
【0043】
前記炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末を38:62~70:30の体積比率(すなわち、炭化タングステン粉末の比率として38~70体積%)となるよう計量した後、両者を乾式で混合する。計量する際は、粉末の重量を計測し、炭化タングステンの比重及びNi基合金の比重から体積比に換算する。混合粉末中の炭化タングステン粉末の比率が38体積%未満であるとライニング層の耐摩耗性が不十分となり、70体積%を超えると機械的強度が大きく低下してしまう。混合粉末中の炭化タングステン粉末の比率は、45体積%以上であるのが好ましく、50体積%以上であるのがより好ましい。また、混合粉末中の炭化タングステン粉末の比率は、65体積%以下が好ましく、60体積%以下がより好ましい。
【0044】
(ii)混合粉末の充填
得られた混合粉末3aを前記空隙5に充填する。合金粉末の充填は円筒状母材2に振動を適当に与えることにより行うのが好ましい。混合粉末3aを充填した後、真空排気用の孔8を有する蓋7を円筒状母材2及び芯金4の他方の端部に溶接する。
【0045】
(c) HIP処理工程
混合粉末3aが充填された空隙5内を真空脱気し、蓋7の排気用の孔8を溶接で密封した後、公知の方法でHIP処理を行う。HIP処理は、Ar等の不活性ガス雰囲気中、930~970℃及び100~150 MPaで1~5時間行うのが好ましい。HIP処理により、Ni基合金からなる基地中に炭化タングステン粒子を含有したライニング層が円筒状母材の内面に接合一体化されてなる複合シリンダが得られる。HIP処理温度の下限は、より好ましくは940℃であり、最も好ましくは945℃である。また上限は、より好ましくは960℃である。
【0046】
(d) 加工工程
HIP処理を行った後の複合シリンダは、切削加工等により蓋6,7を除去し、次いで芯金4を除去し、シリンダ内面の仕上げを行う。必要に応じて成形原料を投入するホッパー孔加工などを行う。
【0047】
以上により作製された成形機用シリンダは、炭化タングステン粉末及びNi基合金粉末のメジアン径及び粒径分布をコントロールしていることから、ライニング層は炭化タングステン粒子がNi基合金からなる基地中に均一に分散した組織を有し、高い機械的強度を有するとともに、耐摩耗性及び耐食性、並びに加工性に優れる。
【実施例】
【0048】
本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0049】
(1)ライニング層用材料の準備
ライニング層を形成する合金材料として、表1-1に示す化学組成を有するNi基合金A及びCを準備し、それぞれアトマイズ処理を行い、表1-2に示すメジアン径(d50)、d10及びd90を有するNi基合金粉末A及びCを作製した。またNi基合金粉末Aを25μmアンダーに篩分けしてNi基合金粉末Bを作製した。一方、表2に示すメジアン径(d50)、d10及びd90を有する2種の炭化タングステン粉末A及びBを準備した。
【0050】
【表1-1】
注:単位は質量%。なおNi基合金A及びCは不可避的不純物を含む。
【0051】
【0052】
【0053】
(2)成形機用シリンダの作製
実施例1
非調質鋼(組成 C:0.48質量%、Si:0.2質量%、Mn:1.3質量%、P:0.02質量%、S:0.05質量%、Cr:0.2質量%、V:0.2質量%、残部Fe及び不可避的不純物)からなる外径120 mm、内径36 mm及び長さ840 mmの円筒状母材2の内側に、
図7に示すように、成形機用シリンダ1のライニング層3を形成するためのSUS304製芯金4(外径24 mmの中実円柱)を挿入し、芯金4及び円筒状母材2の一方の端部に芯金4と同じ材質からなる蓋6を溶接し、円筒状母材2と芯金4との間に環状の空隙5を形成した。円筒状母材2及び芯金4の材質及び形状を表3にまとめた。
【0054】
Ni基合金粉末Cと炭化タングステン粉末Bとを、Ni基合金粉末60体積%、炭化タングステン粉末40体積%となるよう、各粉末の質量を計量した。なお体積比と質量比の換算の際はNi基合金の比重を8、炭化タングステンの比重を15.6とした。これらの粉末を混合機を用いて乾式混合し、得られた混合粉末3aを前記空隙5に充填した。混合粉末3aを充填した後、真空排気用の孔8を有する蓋7を円筒状母材2及び芯金4の他方の端部に溶接した。真空排気用の孔8から混合粉末3aが充填された空隙5内を真空脱気し、排気用の孔8を溶接して密封した。混合粉末3aが密封充填されたシリンダをHIP装置内に載置し、Arガス雰囲気中、950℃及び132.7 MPaの条件で4時間HIP処理を行った。HIP処理を行った後の複合シリンダから、切削加工等により蓋6,7を除去し、次いで芯金4を除去し、シリンダ内面の仕上げを行い、円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる成形機用シリンダ(外径90 mm、内径28 mm、長さ706 mm及びライニング層の厚さ2.2 mm)を得た。使用したNi基合金粉末及び炭化タングステン粉末の種類及び混合量、並びに加工後の成形機用シリンダのサイズを表4にまとめた。
【0055】
実施例2
Ni基合金粉末及び炭化タングステン粉末の種類及び混合量を表4に示すように変更した以外実施例1と同様にして、円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる成形機用シリンダ(外径90 mm、内径28 mm、長さ706 mm、及びライニング層の厚さ2.1 mm)を得た。
【0056】
比較例1
円筒状母材及び芯金を表3に示すように変更し、Ni基合金粉末及び炭化タングステン粉末の種類及び混合量を表4に示すように変更した以外実施例1と同様にして、円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる成形機用シリンダ(外径90 mm、内径32 mm、長さ851 mm及びライニング層の厚さ2.3 mm)を得た。
【0057】
比較例2
円筒状母材及び芯金を表3に示すように変更し、Ni基合金粉末及び炭化タングステン粉末の種類及び混合量表4に示すように変更し、更にHIP処理の時間を2時間に変更した以外実施例1と同様にして、円筒状母材の内面に炭化タングステン粒子を含むNi基合金がライニングされてなる成形機用シリンダ(外径94 mm、内径32 mm、長さ859 mm及びライニング層の厚さ1.9 mm)を得た。
【0058】
【0059】
【0060】
(3) ライニング層の評価
得られた成形機用シリンダのライニング層について、HIP処理後の複合シリンダのライニング層の端部から測定用サンプルを採取し、基地の最大長さ、機械的強度、耐摩耗性、耐腐食性及び加工性を以下のように評価した。
【0061】
(i)基地の最大長さ
約1000倍の倍率(加速電圧10.0 kV)で撮影したライニング層
断面の各視野のSEM写真(視野面積:127×94μm)に対角線を描き、この対角線が横切るNi基合金31からなる基地のみの部分(炭化タングステン粒子32及び境界相33が存在しない領域)の線分の長さを求め、
各視野で最も長い値を選び、それらを10視野で平均し基地の最大長さとした(
図6を参照)。実施例1、2、比較例1及び2のライニング像の断面SEM写真を、それぞれ
図2~5に示す。図において、黒色部分がNi基合金31からなる基地であり、白色部分が炭化タングステン粒子32であり、炭化タングステン粒子32に隣接した灰色部分が境界相33ある。
【0062】
(ii)機械的強度
機械的強度は、厚さ1.5 mm×幅4.0 mm×長さ40mmに切り出した測定用サンプル(長手方向角0.1C面取り)を用いて、上部支点間距離:10 mm、下部支点間距離:30 mm、及び試験速度:0.2 mm/minの条件で4点曲げ試験を行い、抗折強度を測定することにより評価した。
【0063】
(iii)耐摩耗性
HIP処理後の複合シリンダの端部から、φ10 mm×15 mmの丸棒状試験片を、一方の端面にライニング層が含まれるよう切出加工して作製した。ライニング層側の端面は研削加工により仕上げた。この試験片を中心軸を中心に150 rpmの回転数で回転させ、ライニング層側の端面を、#1500の研磨紙に、90 Nの荷重で3分間押圧する試験を2回行い、試験片の摩耗重量を測定し、試験面の面積で除して、摩耗量を算出した。
【0064】
(vi)耐腐食性
HIP処理後の複合シリンダのライニング層の端部から試験片(20 mm×4 mm×1.5 mm)を切出加工して作製した。この試験片を、50℃の18% 塩酸水溶液、及び50℃の10% 硝酸水溶液、中に24時間浸漬した後に、試験片の腐食減量を測定した。
【0065】
(v)加工性
富士ホーニング工業株式会社製竪型ホーニング加工機(FVG-1500SA)を用い、4本のダイヤモンド砥石(4 mm×4 mm×100 mm;粒度#100)を外周に配置(円周方向90°間隔)したホーニングヘッドを回転数100 rpmで回転させて、HIP処理後の複合シリンダから芯金を加工除去した後の複合シリンダの内周面に挿入して、拡張圧0.3 MPaで面接触状態にした後、シリンダの全長にわたって軸方向に10往復加工した際の内径の研磨量を求めた。
【0066】
【表5】
注(1):耐摩耗性は、摩耗試験を行った後の面積当たりの摩耗量で示した。
注(2):耐腐食性は、50℃で各腐食溶液に24時間浸漬した後の面積当たりの腐食減量で示した。
注(3):加工性は、ホーニング加工試験を行った後に研磨量で示した。
【0067】
表5から明らかなように、Ni基合金からなる基地中に1~7μmのメジアン径(d50)を有する炭化タングステン粒子を38~70体積%含有し、任意断面における基地の最大長さが12μm以下であるライニング層を有する実施例1及び2の成形機用シリンダは、機械的強度(抗折強度)、耐摩耗性及び耐腐食性に優れるとともに、加工性にも優れていることがわかる。
【0068】
比較例1の成形機用シリンダは、炭化タングステン粒子のメジアン径が14.6μmであり、含有量が20体積%であるため、実施例1及び2に比べて機械的強度(抗折強度)、耐摩耗性及び加工性が著しく悪かった。
【0069】
比較例2の成形機用シリンダは、炭化タングステン粒子のメジアン径が4.1μmであり、含有量が40体積%である点では本願発明の要件を満たしているが、基地の最大長さが19.9μmである点で本願発明の要件を満たしていないため、実施例1及び2に比べて耐摩耗性に劣っていた。
【0070】
実施例2の成形機シリンダを用いて、ガラス繊維含有ポリアミド樹脂の成形を行い、問題なく使用できることを確認した。