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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-06
(45)【発行日】2022-07-14
(54)【発明の名称】分化誘導細胞の調製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/077 20100101AFI20220707BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220707BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220707BHJP
【FI】
C12N5/077
C12N5/0735
C12N5/10
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019523534
(86)(22)【出願日】2018-06-05
(86)【国際出願番号】 JP2018021441
(87)【国際公開番号】W WO2018225703
(87)【国際公開日】2018-12-13
【審査請求日】2021-01-28
(31)【優先権主張番号】P 2017110952
(32)【優先日】2017-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点A)「iPS細胞を用いた心筋再生治療創成拠点」に係る委託業務、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504176911
【氏名又は名称】国立大学法人大阪大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】伊勢岡 弘子
(72)【発明者】
【氏名】大橋 文哉
(72)【発明者】
【氏名】澤 芳樹
(72)【発明者】
【氏名】宮川 繁
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-522290(JP,A)
【文献】国際公開第2016/133392(WO,A1)
【文献】特表2011-514169(JP,A)
【文献】TrypLE Select Enzyme: a temperature-stable replacement for animal trypsin in cell dissociation applications,[online],2020年,インターネット<https://assets.thermofisher.com/TFS-Assets/BPD/Application-Notes/tryple-select-enzyme-app-note.pdf>[検索日2022年1月12日]
【文献】VAN DEN BERG, C. W. et al.,Differentiation of Human Pluripotent Stem Cells to Cardiomyocytes Under Defined Conditions,Methods in Molecular Biology,2015年01月28日,Vol. 1353,p. 163-180,全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞由来の胚様体から心筋細胞を調製する方法であって、0.9~1.2リコンビナントプロテアーゼ活性単位(rPU)/mlの酵素活性を有するプロテアーゼを用いて胚様体を分散させることを含む、前記方法。
【請求項2】
プロテアーゼが、ゼノフリーである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
胚様体を、さらにコラーゲナーゼで処理することを含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
多能性幹細胞が、iPS細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
多能性幹細胞が、ヒト細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
多能性幹細胞が、フィーダーフリー株細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
トロポニン陽性率が50~90%である細胞集団が得られる、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を精製する方法、当該方法を用いて精製された分化誘導細胞、当該分化誘導細胞、特に心筋細胞を含むシート状細胞培養物、当該シート状細胞培養物を用いた疾患の処置方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
成体の心筋細胞は自己複製能に乏しく、心筋組織が損傷を受けた場合、その修復は極めて困難である。近年、損傷した心筋組織の修復のために、細胞工学的手法により作製した心筋細胞を含む移植片を患部に移植する試みが行われている(特許文献1、非特許文献1)。かかる移植片の作製に用いる心筋細胞の給源として最近注目されているのが、胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などの多能性幹細胞から誘導した心筋細胞であり、このような多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の作製や動物での治療実験が試みられている(非特許文献2~3)。しかしながら、多能性幹細胞由来の心筋細胞を含むシート状細胞培養物の開発は始まったばかりであり、その機能的特性や、それに影響する因子などについては依然不明な部分が多い。
【0003】
多能性幹細胞から分化誘導細胞を調製する場合、例えば心筋細胞を調製する場合であれば、まず多能性幹細胞から中胚葉への分化の方向性を与えつつ胚様体を形成し、かかる胚様体を心筋細胞に分化誘導し、これを単一の細胞に分散させることにより心筋細胞を回収する(例えば特許文献2など)。かかる分散、回収を経て回収される心筋細胞を、なるべく高効率に回収するための様々な工夫が為されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-528755号公報
【文献】国際公開第2014/185358号
【文献】国際公開第2016/072519号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Shimizu et al., Circ Res. 2002 Feb 22;90(3):e40-e48
【文献】Matsuura et al., Biomaterials. 2011 Oct;32(30):7355-62
【文献】Kawamura et al., Circulation. 2012 Sep 11;126(11 Suppl 1):S29-37
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞を精製する方法、当該方法を用いて精製された分化誘導細胞、当該分化誘導細胞を含むシート状細胞培養物、当該シート状細胞培養物を用いた疾患の処置方法などの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
多能性幹細胞から分化誘導された細胞を移植に用いる場合、誘導された細胞を選別し、未分化細胞を取り除くことが肝要となる。移植する細胞群に未分化細胞が残存すると、当該未分化細胞が腫瘍化するリスクがあるためである。多能性幹細胞から心筋細胞へと分化誘導した胚様体から心筋細胞を回収する際に未分化細胞を除去する方法としては、例えば特許文献3に記載の方法などが知られている。
【0008】
また、多能性幹細胞から分化、誘導された細胞を移植に用いる場合のもう一つの注意点として、他の動物由来成分を使用しないで細胞を調製することが望ましい。そこで臨床用の分化誘導細胞を調製する方法として、従来のオンフィーダー培養に代えて、フィーダー細胞を用いないフィーダーフリー培養で調製した多能性幹細胞を用いることが主流となってきている。
【0009】
本発明者らは、臨床用に多能性幹細胞から心筋細胞を調製する方法について研究する中で、臨床用のフィーダーフリー多能性幹細胞株から調製した胚様体を分散し接着培養に供した場合、オンフィーダー株から調製したものと比較して細胞接着効率が悪くなるという新たな課題に直面した。かかる課題を解決すべく鋭意研究を続けたところ、従来細胞の分散に用いていたものよりも強い活性の酵素液を用いて胚様体を分散させると、その後の接着培養における細胞接着効率が良くなるということを新たに見出した。そしてさらに研究を続け、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明に下記に掲げるものに関する:
[1]多能性幹細胞由来の胚様体から分化誘導細胞を調製する方法であって、0.3~4.0リコンビナントプロテアーゼ活性単位(rPU)/ml相当の酵素活性を有するプロテアーゼを用いて胚様体を分散させることを含む、前記方法。
[2]プロテアーゼが、0.45rPU/ml相当以上の酵素活性を有する、[1]の方法。
[3]プロテアーゼが、0.9~1.2rPU/ml相当の酵素活性を有する、[1]または[2]の方法。
[4]プロテアーゼが、ゼノフリーである、[1]~[3]の方法。
[5]プロテアーゼが、TrypLE(登録商標) Selectである、[1]~[4]の方法。
[6]胚様体を、さらにコラーゲナーゼで処理することを含む、[1]~[5]の方法。
[7]多能性幹細胞が、iPS細胞である、[1]~[6]の方法。
[8]多能性幹細胞が、ヒト細胞である、[1]~[7]の方法。
[9]多能性幹細胞が、フィーダーフリー株細胞である、[1]~[8]の方法。
[10]分化誘導細胞が、心筋細胞である、[1]~[9]の方法。
[11]トロポニン陽性率が50~90%である細胞集団が得られる、[1]~[10]の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、多能性幹細胞から分化誘導した臨床用の細胞集団を、従来よりも高効率かつ高バイアビリティで得ることができる。とくに胚様体を分散し、その後接着培養に供する際に高効率で細胞を回収することができるため、胚様体形成後、接着培養を用いた様々な分化誘導細胞の精製方法を利用可能となり、非常に汎用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、胚様体を1×トリプルセレクトで処理した場合と、コラーゲナーゼ+Accumaxで処理した場合の、胚様体分散直後の回収細胞集団のTnT陽性率、バイアビリティおよび回収細胞数を表すグラフである。左軸は割合を、右軸は細胞数を表し、TnT positiveはTnT陽性率を、viabilityはバイアビリティを、recovered cellsは回収細胞数を表す。
図2図2は、胚様体を1×トリプルセレクト、3×トリプルセレクトおよび10×トリプルセレクトでそれぞれ処理した場合の、胚様体分散直後の回収細胞集団のTnT陽性率と回収細胞数を表すグラフである。左軸はTnT陽性率を、右軸は回収細胞数を表し、TnT positiveはTnT陽性率を、recovered cellsは回収細胞数を表す。
図3図3は、胚様体を1×トリプルセレクトで処理した場合と、コラーゲナーゼ+Accumaxで処理した場合の、胚様体を分散して得られた回収細胞集団を5日間接着培養した後のTnT陽性率、TnT陽性率の変化割合および細胞回収率を表すグラフである。左軸はTnT陽性率を、右軸は細胞回収率を表し、TnT positiveはTnT陽性率を、■はTnT陽性率の変化割合を、▲は回収細胞数を表す。
図4図4は、胚様体を1×トリプルセレクト、3×トリプルセレクトおよび10×トリプルセレクトでそれぞれ処理した場合の、胚様体を分散して得られた回収細胞集団を5日間接着培養した後の細胞回収率(A)、TnT陽性率の変化割合(B)およびバイアビリティ(C)をそれぞれ表すグラフである。
図5図5は、胚様体を3×トリプルセレクト、コラーゲナーゼ+3×トリプルセレクトおよびコラーゲナーゼ+10×トリプルセレクトでそれぞれ処理した場合の、(A)胚様体分散直後の回収細胞集団のバイアビリティ、心筋細胞純度および回収細胞数を表すグラフおよび、(B)前記回収細胞集団を5日間接着培養した後の細胞のバイアビリティ、心筋細胞純度および細胞回収率を表すグラフである。Aのグラフの左軸は割合を、右軸は回収細胞数を表す。viabilityはバイアビリティを、recovery rateは回収率を表す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
本明細書において別様に定義されない限り、本明細書で用いる全ての技術用語および科学用語は、当業者が通常理解しているものと同じ意味を有する。本明細書中で参照する全ての特許、出願および他の出版物や情報は、その全体を参照により本明細書に援用する。また本明細書において参照された出版物と本明細書の記載に矛盾が生じた場合は、本明細書の記載が優先されるものとする。
【0014】
本開示において、「多能性幹細胞」は、当該技術分野で周知の用語であり、三胚葉、すなわち内胚葉、中胚葉および外胚葉に属する全ての系列の細胞に分化することができる能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。通常多能性幹細胞を特定の細胞に分化誘導する際には、まず多能性幹細胞を浮遊培養して、上記三胚葉のいずれかの細胞の凝集体を形成し、その後凝集体を形成する細胞を目的とする特定の細胞に分化誘導させる。本発明において「胚様体」とは、かかる細胞の凝集体を意味する。
【0015】
本開示において、「多能性幹細胞由来の分化誘導細胞」は、多能性幹細胞から特定の種類の細胞に分化するように分化誘導処理された任意の細胞を意味する。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞などを含む。かかる前駆細胞や体性幹細胞の典型例としては、例えば心筋細胞における間葉系幹細胞、多分化性心臓前駆細胞、単能性心臓前駆細胞、神経系の細胞における神経幹細胞、造血系の細胞や免疫関連の細胞における造血幹細胞およびリンパ系幹細胞などが挙げられる。多能性幹細胞の分化誘導は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。例えば、多能性幹細胞から心筋細胞への分化誘導は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358に記載の手法に基づいて行うことができる。
【0016】
また分化誘導細胞は、リプログラミングのための遺伝子以外の任意の有用な遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導された細胞であってもよい。かかる細胞の非限定例としては、例えば、Themeli M. et al. Nature Biotechnology, vol. 31, no. 10, pp. 928-933, 2013に記載のキメラ抗原受容体の遺伝子が導入されたiPS細胞から誘導されるT細胞などが挙げられる。また、多能性幹細胞から分化誘導された後、任意の有用な遺伝子が導入された細胞もまた、本開示の分化誘導細胞に包含される。
【0017】
本開示の一側面は、多能性幹細胞由来の胚様体から分化誘導細胞を調製する方法であって、0.3~4.0リコンビナントプロテアーゼ活性単位(rPU)/ml相当の酵素活性を有するプロテアーゼを用いて胚様体を分散させることを含む、前記方法に関する。
本開示において、「胚様体から分化誘導細胞を調製する」とは、胚様体から所望の分化誘導細胞を含む細胞集団を得ることをいう。また、「胚様体を分散させる」とは、胚様体(凝集体)をより細かな構成体にすることを意味する。かかる構成体の例としては、例えば、単一の細胞および細胞塊などを含み、好ましくは単一細胞である。かかる構成体の大きさは、元の胚様体より小さければいかなる大きさであってもよいが、例えば、直径100μm以下、直径90μm以下、直径80μm以下、直径70μm以下、直径60μm以下、直径50μm以下、直径40μm以下、直径30μm以下、直径20μm以下、または直径10μm以下であり得る。
【0018】
本開示において、「リコンビナントプロテアーゼ活性単位」または「rPU」とは、当該技術分野において公知の酵素量を表す単位であり、例えばNestler et al., Quest 2004;1:42-7などに記載されている。1rPUは、pH8.0および室温(22±1℃)において、1分あたり、1.0mmolのアセチルアルギニンパラニトロアニリン(Ac-Arg-pNA)基質を変換することができる酵素量と定義される。
【0019】
プロテアーゼの酵素量を表す単位としては、他にTAME単位、BAEE単位、USPトリプシン単位などが知られている。1TAME単位は、pH8.2および25℃において、0.001Mのカルシウムイオンの存在下、1分あたり1μmolのp-トルエンスルホニル-L-アルギニンメチルエステル(TAME)を加水分解することができる酵素量と定義される。1BAEE単位は、pH7.6および25℃において、Nα-ベンゾイル-L-アルギニンエチルエステル(BAEE)を基質として用いたときに、1分あたり253nmにおける吸光度(光路長1cm)を0.001増加させる酵素量と定義される。1USPトリプシン単位は、pH7.6および25℃において、Nα-ベンゾイル-L-アルギニンエチルエステル(BAEE)を基質として用いたときに、1分あたり253nmにおける吸光度を0.003増加させる酵素量と定義される。
【0020】
当業者であれば、これらの酵素量の単位を相互に変換することができる。例えば1USPトリプシン単位は3BAEE単位に相当する。1TAME単位は、約57.5BAEE単位または約19.2USPトリプシン単位に相当する。1rPUは約293USPトリプシン単位に相当する。
【0021】
本開示の方法に用いられるプロテアーゼは、0.3~4リコンビナントプロテアーゼ活性単位(rPU)/ml相当の酵素活性を有する。この範囲の酵素活性を有するプロテアーゼを用いて胚様体を分散させることにより、分散後の細胞の培養基材への接着効率を高めることができ、結果として分化誘導細胞を高効率で回収することができる。
【0022】
本発明の範囲の酵素活性を有するプロテアーゼを用いて分散させた細胞の培養基材への接着効率が高まる理由は定かではないが、かかる範囲が胚様体の分散に至適な範囲である、などの理由が考えられる。すなわち、プロテアーゼ活性が下限値よりも低いと胚様体を形成する細胞を十分に分散することができず、逆に上限値よりも高いと分散させた細胞そのものへのダメージが大きくなりすぎると考えられるところ、本発明の範囲であれば細胞に過度のダメージを与えることなく、十分に細胞を分散することができると考えられる。
【0023】
本開示のプロテアーゼ活性の範囲の下限値は、胚様体が単一の細胞に分散可能な程度の活性であれば特に限定されない。非限定例としては、0.3rPU/ml以上、0.35rPU/ml以上、0.4rPU/ml以上、0.45rPU/ml以上、0.5rPU/ml以上、0.55rPU/ml以上、0.6rPU/ml以上、0.65rPU/ml以上、0.7rPU/ml以上、0.75rPU/ml以上、0.8rPU/ml以上、0.85rPU/ml以上、0.9rPU/ml以上、0.95rPU/ml以上、1.0rPU/ml以上などが挙げられる。
【0024】
本開示のプロテアーゼ活性の範囲の上限値は、分散の際に細胞に過度のダメージが与えられない限り特に限定されない。非限定例としては、4.0rPU/ml以下、3.5rPU/ml以下、3.0rPU/ml以下、2.5rPU/ml以下、2.0rPU/ml以下、1.9rPU/ml以下、1.8rPU/ml以下、1.7rPU/ml以下、1.6rPU/ml以下、1.5rPU/ml以下、1.4rPU/ml以下、1.3rPU/ml以下、1.2rPU/ml以下などが挙げられる。
【0025】
したがって本開示のプロテアーゼ活性の数値範囲の非限定例としては、上記例示した上限値および下限値の任意の組み合わせなどが挙げられる。すなわち、例えば0.3~4.0rPU/ml、0.3~3.5rPU/ml、0.3~3.0rPU/ml、0.3~2.5rPU/ml、0.3~2.0rPU/ml、0.3~1.9rPU/ml、0.3~1.8rPU/ml、0.3~1.7rPU/ml、0.3~1.6rPU/ml、0.3~1.5rPU/ml、0.3~1.4rPU/ml、0.3~1.3rPU/ml、0.3~1.2rPU/ml、0.45~4.0rPU/ml、0.45~3.5rPU/ml、0.45~3.0rPU/ml、0.45~2.5rPU/ml、0.45~2.0rPU/ml、0.45~1.9rPU/ml、0.45~1.8rPU/ml、0.45~1.7rPU/ml、0.45~1.6rPU/ml、0.45~1.5rPU/ml、0.45~1.4rPU/ml、0.45~1.3rPU/ml、0.45~1.2rPU/ml、0.6~4.0rPU/ml、0.6~3.5rPU/ml、0.6~3.0rPU/ml、0.6~2.5rPU/ml、0.6~2.0rPU/ml、0.6~1.9rPU/ml、0.6~1.8rPU/ml、0.6~1.7rPU/ml、0.6~1.6rPU/ml、0.6~1.5rPU/ml、0.6~1.4rPU/ml、0.6~1.3rPU/ml、0.6~1.2rPU/ml、0.9~4.0rPU/ml、0.9~3.5rPU/ml、0.9~3.0rPU/ml、0.9~2.5rPU/ml、0.9~2.0rPU/ml、0.9~1.9rPU/ml、0.9~1.8rPU/ml、0.9~1.7rPU/ml、0.9~1.6rPU/ml、0.9~1.5rPU/ml、0.9~1.4rPU/ml、0.9~1.3rPU/ml、0.9~1.2rPU/mlなどが挙げられる。とくに好ましくは、0.6~2.0rPU/mlであり、さらに好ましくは0.9~1.2rPU/mlである。
【0026】
当業者であれば、あるプロテアーゼ活性がrPU/mlに換算してどの程度に相当するかを、当該技術分野において知られた任意の方法および換算方法を用いて容易に算出することができる。例えば上記他の単位との変換によって算出することもできるし、例えばコンフルエントに播種された細胞を所定の時間で剥離可能な個数など、別の指標を設定および計測し、プロテアーゼ活性が既知の基準酵素液の計測値(基準値)と比較することにより算出してもよい。
【0027】
本開示の方法に用いることができるプロテアーゼとしては、接着した細胞同士を分離することができるプロテアーゼ、すなわち細胞間接着を破壊することができるプロテアーゼであれば任意のものであってよい。本開示のプロテアーゼの非限定例としては、トリプシン、キモトリプシン、トロンビン、エラスターゼなどのセリンプロテアーゼ、コラーゲナーゼ、マトリクスメタロプロテアーゼなどの細胞外マトリクス分解酵素、ディスパーゼ、パパイン、プロナーゼおよびこれらと同質の活性を有する酵素、特に細菌や酵素などの非哺乳動物由来の酵素などが挙げられる。これらの酵素は1種のみで用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。
【0028】
また、細胞凝集体の分散に用い得る酵素として市販されている製品を用いてもよい。かかる製品の非限定例としては、例えばTrypLE(登録商標) SelectおよびTrypLE(登録商標) Express(いずれもThermoFisher Scientific)、ディスパーゼIおよびII(合同酒精(株)およびRoche)、リベラーゼ(Roche)などが挙げられる。本開示の好ましい一態様において、プロテアーゼとしてTrypLE(登録商標) Selectを用いる。TrypLE(登録商標) Selectは、動物由来成分を含有しない、微生物発酵により得られる組換え酵素であり、トリプシンの代替品として、ThermoFisher Scientific社から上市されている。
【0029】
本発明者らは、多能性幹細胞由来の胚様体を分散させるためのプロテアーゼとしてTrypLE(登録商標) Selectを用いた場合、分散後の細胞の培養基材への接着効率が高まることを見出した。したがって好ましい一態様において、プロテアーゼはTrypLE(登録商標) Selectである。別の好ましい一態様において、プロテアーゼを用いて胚様体を分散させる工程の後、さらにコラーゲナーゼを用いて多能性幹細胞由来の胚様体を分散させる工程を含む。また、さらに別の好ましい一態様において、コラーゲナーゼを用いて多能性幹細胞由来の胚様体を分散させる工程の後、さらにプロテアーゼを用いて胚様体を分散させる工程を含む。プロテアーゼによる分散処理と併せてコラーゲナーゼも用いることにより、プロテアーゼ単独で分散させる場合と比較して、分散直後の細胞回収率および目的細胞の純度が高まり、またその後の接着培養により目的細胞の純度をさらに高めることができる。かかる態様においては、好ましくは、プロテアーゼがコラーゲナーゼ以外のプロテアーゼである。
【0030】
本開示の一態様において、多能性幹細胞は、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などである。好ましくは、多能性幹細胞は、iPS細胞である。
本開示の一態様において、多能性幹細胞は、任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジ、げっ歯目動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモットなど)、ウサギなどが含まれる。好ましくは、多能性幹細胞は、ヒト細胞である。
【0031】
本開示の一態様において、目的細胞は、それを必要とする対象に適用するための細胞である。対象が特定の動物である場合において、本開示の細胞培養物を製造する方法における一連の工程は、異種由来成分を含まない環境下で行われる。対象がヒトである場合においては、本開示の細胞培養物を製造する方法における一連の工程は、非ヒト由来成分が混入しない環境下で行われる。したがって好ましくは、本開示のプロテアーゼは、ゼノフリーである。また、本開示の多能性幹細胞は、好ましくはフィーダーフリー細胞株が用いられる。
【0032】
本開示の方法は、多能性幹細胞を用いた再生医療において使用する細胞を調製する際に特に好適に用いることができる。したがって特に好ましい一態様において、多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞のフィーダーフリー株細胞であり、全ての工程がゼノフリー環境下で実施される。
【0033】
本開示の方法は、多能性幹細胞由来の胚様体を分散させることを含む任意の分化誘導細胞の調製、特に分散の後接着培養を行うことを含む調製において好適に用いることが可能である。本開示の方法により調製可能な分化誘導細胞の非限定例としては、上記「多能性幹細胞由来の分化誘導細胞」に列挙した細胞などが挙げられるが、特に好ましくは心筋細胞である。以下に分化誘導細胞が心筋細胞である場合を例として、本開示の分化誘導細胞の調製方法をさらに詳細に説明するが、本開示はかかる態様に限定的に解釈されるべきではない。
【0034】
「多能性幹細胞由来の心筋細胞」は、多能性幹細胞由来の分化誘導細胞のうち心筋細胞の特徴を有する細胞を意味する。心筋細胞の特徴としては、限定されずに、例えば、心筋細胞マーカーの発現、自律的拍動の存在などが挙げられる。心筋細胞マーカーの非限定例としては、例えば、c-TNT(cardiac troponin T)、CD172a(別名SIRPAまたはSHPS-1)、KDR(別名CD309、FLK1またはVEGFR2)、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。一態様において、多能性幹細胞由来の心筋細胞は、c-TNT陽性かつ/またはCD172a陽性である。
【0035】
多能性幹細胞から心筋細胞を誘導する手法としては、様々なものが知られている(例えば、Burridge et al., Cell Stem Cell. 2012 Jan 6;10(1):16-28)が、いずれの方法においても、中胚葉誘導因子(例えば、アクチビンA、BMP4、bFGF、VEGF、SCFなど)、心臓特異化(cardiac specification)因子(例えば、VEGF、DKK1、Wntシグナルインヒビター(例えば、IWR-1、IWP-2、IWP-3、IWP-4等)、BMPシグナルインヒビター(例えば、NOGGIN等)、TGFβ/アクチビン/NODALシグナルインヒビター(例えば、SB431542等)、レチノイン酸シグナルインヒビターなど)および心臓分化因子(例えば、VEGF、bFGF、DKK1など)を、順次作用させることにより誘導効率を高めることができる。一態様において、多能性幹細胞からの心筋細胞誘導処理は、BMP4を作用させて形成した胚様体に、(1)BMP4とbFGFとアクチビンAとの組み合わせ、(2)VEGFとIWP-3、および、(3)VEGFとbFGFとの組み合わせを順次作用させることを含む。
【0036】
ヒトiPS細胞から心筋細胞を得る方法としては、例えば、以下のステップ:
(1)樹立されたヒトiPS細胞を、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養するステップ(フィーダーフリー法)、
(2)得られたiPS細胞から胚様体を形成するステップ、
(3)得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養するステップ、
(4)得られた胚様体をWnt阻害剤、BMP4阻害剤およびTGFβ阻害剤を含む培養液中で培養するステップ、および
(5)得られた胚様体をVEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養するステップ、
を含む方法があげられる。
【0037】
(1)のステップにおいて、ヒトiPS細胞は、例えばWO2017/038562や、Nakagawa et al., Sci Rep. 2014;4:3594に記載されるような、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養される(フィーダーフリー法)。具体的には、例えばStemFit AK03(味の素)を培地として用い、iMatrix511(ニッピ)上でiPS細胞を培養して適応させ、維持培養を行う方法、iPS細胞を7~8日毎に、TrypLETM Select(Thermo Fisher Scientific)を使用してシングルセルとして継代を行う方法などが挙げられる。
【0038】
上記(1)~(5)のステップのあとに、任意に(6)得られた心筋細胞を精製するステップを選択的に行うことができる。心筋細胞の精製ステップとしては、例えば、グルコースフリー培地を用いて目的細胞以外を減少させる方法、熱処理を用いて未分化細胞を減少させる方法などが挙げられる。
【0039】
上記手法により、心筋細胞を含む多能性幹細胞由来の胚様体が得られる。得られた胚様体を、さらにプロテアーゼを用いて分散させることにより、心筋細胞を含む細胞集団を得ることができる。かかる分散処理に好適に用い得るプロテアーゼは上述のとおりである。前記プロテアーゼの酵素活性は、rPU/ml換算で0.3~4.0rPU/ml相当であり、好ましくは0.6~3.2rPU/ml相当であり、より好ましくは0.9~2.0rPU/ml相当である。
【0040】
本態様の方法により得られる細胞集団中には、心筋細胞、すなわちトロポニン(c-TNT)陽性の細胞が多く含まれる。得られる細胞集団のトロポニン陽性率は、これに限定するものではないが、例えば50%以上、51%以上、52%以上、53%以上、54%以上、55%以上、56%以上、57%以上、58%以上、59%以上、60%以上、61%以上、62%以上、63%以上、64%以上、65%以上、66%以上、67%以上、68%以上、69%以上、70%以上、71%以上、72%以上、73%以上、74%以上、75%以上などであり得る。
【0041】
また、得られる細胞集団のトロポニン陽性率は、これに限定するものではないが、例えば99%以下、98%以下、97%以下、96%以下、95%以下、94%以下、93%以下、92%以下、91%以下、90%以下、89%以下、88%以下、87%以下、86%以下、85%以下、84%以下、83%以下、82%以下、81%以下、80%以下などであり得る。
【0042】
したがって得られる細胞集団のトロポニン陽性率の範囲としては、上記上限値および下限値の任意の組み合わせであってよい。好ましい一態様において、得られる細胞集団のトロポニン陽性率は、例えば50%~90%、55%~90%、60%~90%、65%~90%、70%~90%、75%~90%、50%~85%、55%~85%、60%~85%、65%~85%、70%~85%、75%~85%、50%~80%、55%~80%、60%~80%、65%~80%、70%~80%、75%~80%などであり得る。
【0043】
本態様の方法により得られる心筋細胞は、好ましくは再生医療用の心筋細胞として、細胞移植に用いられるものである。したがって、多能性幹細胞は、好ましくはヒト細胞、iPS細胞および/またはフィーダーフリー株細胞である。また、分散処理に用いる前記プロテアーゼは、好ましくは、ヒト以外の動物由来成分を含まない、ゼノフリーのプロテアーゼである。
【0044】
本態様の方法により多能性幹細胞由来の胚様体を分散させて得られた細胞集団は、さらにその後接着培養を行うことにより、所望の分化誘導細胞を精製され得る。精製の工程には、所望の分化誘導細胞の含有率を高めることおよび腫瘍形成能を有する細胞を除去することを含んでよい。本開示において「腫瘍形成能を有する細胞」とは、対象に移植された場合、移植後に移植箇所において腫瘍細胞に変化し得る細胞を意味する。「腫瘍形成能を有する細胞」の非限定例としては、分化誘導処理後においても依然として分化多能性を有する細胞(未分化細胞)や、ゲノム異常が生じている細胞などが含まれ、典型的には未分化細胞である。
【0045】
腫瘍形成能を有する細胞の除去は、既知の任意の手法を用いて行うことができる。かかる手法の非限定例としては、腫瘍形成能を有する細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法や腫瘍形成能を有する細胞の表面抗原をターゲットにした薬剤で処理する方法、熱処理を用いて腫瘍形成能を有する細胞を減少させる方法などが挙げられる。好ましい態様において、腫瘍形成能を有する細胞を除去する工程は、腫瘍形成能を有する細胞の表面抗原をターゲットにした薬剤で処理することを含み、非限定例としては例えばWO2014/126146、WO2012/056997に記載の方法、WO2012/147992に記載の方法、WO2012/133674に記載の方法、WO2012/012803(特表2013-535194)に記載の方法、WO2012/078153(特表2014-501518)に記載の方法、特開2013-143968およびTohyama S. et al., Cell Stem Cell Vol.12 January 2013, Page 127-137に記載の方法、Lee MO et al., PNAS 2013 Aug 27;110(35):E3281-90に記載の方法、WO2016/072519に記載の方法、WO2013/100080に記載の方法、特開2016-093178に記載の方法、WO2017/038526に記載の熱処理を用いる方法、WO2016/072519に記載のブレンツキシマブ・ベドチンを用いた処理などが挙げられる。本開示の好ましい一態様において、腫瘍形成能を有する細胞を除去することは、ブレンツキシマブ・ベドチンを用いて処理することを含む。
【0046】
所望の分化誘導細胞の含有率を高める手法としては、所望の分化誘導細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、所望の分化誘導細胞の栄養要求性を利用した方法、すなわち所望の分化誘導細胞以外の細胞の生存に必要な栄養源を除いた培地で培養して所望の分化誘導細胞以外の細胞を駆逐する方法、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法、所望の分化誘導細胞と所望の分化誘導細胞以外の接着タンパク質をコーティングした基材への接着性の違いを用いて所望の分化誘導細胞を回収する方法、さらにはこれらの方法の組合せなどが挙げられる。
【0047】
多能性幹細胞由来の心筋細胞の含有率を高める方法としては、心筋細胞に特異的なマーカー(例えば、細胞表面マーカーなど)を用いた種々の分離法、例えば、磁気細胞分離法(MACS)、フローサイトメトリー法、アフィニティ分離法や、特異的プロモーターにより選択マーカー(例えば、抗生物質耐性遺伝子など)を発現させる方法、心筋細胞の栄養要求性を利用した方法、すなわち心筋細胞以外の細胞の生存に必要な栄養源を除いた培地で培養して心筋細胞以外の細胞を駆逐する方法(特開2013-143968)、低栄養条件で生存することができる細胞を選抜する方法(WO2007/088874)、心筋細胞と心筋細胞以外の接着タンパク質をコーティングした基材への接着性の違いを用いて心筋細胞を回収する方法(特願2014-188180)、さらにはこれらの方法の組合せなどが挙げられる(例えば、上記Burridge et al.など参照)。心筋細胞に特異的な細胞表面マーカーとしては、例えば、CD172a、KDR、PDGFRA、EMILIN2、VCAMなどが挙げられる。また、心筋細胞に特異的なプロモーターとしては、例えば、NKX2-5、MYH6、MLC2V、ISL1などが挙げられる。一態様において、心筋細胞は細胞表面マーカーであるCD172aに基づいて精製される。
【0048】
上述のとおり本開示の方法により得られる分化誘導細胞は、それを必要とする対象の臓器・器官に適用することが想定される任意の細胞である。したがって分化誘導細胞は、非限定的な例として、例えば、心臓、血液、血管、肺、肝臓、膵臓、腎臓、大腸、小腸、脊髄、中枢神経系、骨、眼、または皮膚などに適用される細胞である。また、本発明の分化誘導細胞は疾患を処置するために対象に適用されるものである。したがって、本開示の一側面として、本開示の方法により調製された分化誘導細胞を含む、疾患を処置するための細胞培養物や組成物に関する。疾患としては、限定されずに、例えば、心疾患、血液疾患、血管疾患、肺疾患、肝疾患、膵臓疾患、腎臓疾患、大腸疾患、小腸疾患、脊髄疾患、中枢神経系疾患、骨疾患、眼疾患、または皮膚疾患などが挙げられる。分化誘導細胞が心筋細胞である場合には、心筋梗塞(心筋梗塞に伴う慢性心不全を含む)、拡張型心筋症、虚血性心筋症、収縮機能障害(例えば、左室収縮機能障害)を伴う心疾患(例えば、心不全、特に慢性心不全)などが挙げられる。疾患は、分化誘導細胞、および/または、分化誘導細胞のシート状細胞培養物(細胞シート)が、その処置に有用なものであってもよい。したがって、本開示の一態様において、疾患を処置するための細胞培養物は、シート状細胞培養物である。
【0049】
また本開示の別の側面は、本開示の方法により調製された分化誘導細胞を含む細胞集団をシート化することを含む、シート状細胞培養物を製造する方法に関する。本開示の方法により調製された分化誘導細胞を含む細胞培養物は、任意で、例えば、WO2017/010544などの記載にしたがって、凍結・解凍され、その後シート化される。
【0050】
一態様において、本開示のシート状細胞培養物の製造方法は、以下の工程を含む:
(i)所望の分化誘導細胞を含む細胞集団を調製するステップ、
(ii)ステップ(i)で得た細胞集団を培養基材に播種するステップ、
(iii)ステップ(ii)で播種された細胞集団を細胞培養液中でシート化し、シート状細胞培養物を形成するステップ、および
(iv)ステップ(iii)で形成されたシート状細胞培養物を培養基材から剥離するステップ。
かかる態様における好ましい一態様において、ステップ(ii)で播種される細胞は、コンフルエントに達する密度で播種される。ここで「コンフルエントに達する密度」とは、播種した細胞が実質的に増殖することがない密度を意味し、当業者であれば、各細胞におけるコンフルエントに達する密度を計算することが可能である。コンフルエントに達する密度の具体的な非限定例としては、例えば「培養基材への播種後、細胞が培養基材上に沈降した直後に、培養基材上で互いに接する細胞の割合が全細胞の90%以上となる密度」などが挙げられる。
【0051】
本開示において、「シート状細胞培養物」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、シート状細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(積層(多層)体、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。
【0052】
本開示のシート状細胞培養物は、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、シート状細胞培養物の物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本開示のシート状細胞培養物は、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本開示のシート状細胞培養物は、好ましくは、シート状細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0053】
細胞は異種由来細胞であっても同種由来細胞であってもよい。ここで「異種由来細胞」は、シート状細胞培養物が移植に用いられる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、サルやブタに由来する細胞などが異種由来細胞に該当する。また、「同種由来細胞」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する細胞を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト細胞が同種由来細胞に該当する。同種由来細胞は、自己由来細胞(自己細胞または自家細胞ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する細胞と、同種非自己由来細胞(他家細胞ともいう)を含む。自己由来細胞は、移植しても拒絶反応が生じないため、本開示においては好ましい。しかしながら、異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用することも可能である。異種由来細胞や同種非自己由来細胞を利用する場合は、拒絶反応を抑制するため、免疫抑制処置が必要となることがある。なお、本明細書中で、自己由来細胞以外の細胞、すなわち、異種由来細胞と同種非自己由来細胞を非自己由来細胞と総称することもある。本開示の一態様において、細胞は自家細胞または他家細胞である。本開示の一態様において、細胞は自家細胞である。本開示の別の態様において、細胞は他家細胞である。
【0054】
好ましい一態様において、分化誘導細胞は、上記の調製方法により多能性幹細胞から調製される。多能性幹細胞の非限定例としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、核移植胚性幹細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)などが挙げられる。分化誘導細胞の非限定例は、心筋細胞、骨格筋芽細胞などの筋肉系の細胞、ニューロン細胞、オリゴデンドロサイト、ドーパミン産生細胞などの神経系の細胞、網膜色素上皮細胞などの網膜細胞、血球細胞、骨髄細胞などの造血系の細胞、T細胞、NK細胞、NKT細胞、樹状細胞、B細胞などの免疫関連の細胞、肝細胞、膵β細胞、腎細胞などの臓器を構成する細胞、軟骨細胞、生殖細胞などの他、これらの細胞に分化する前駆細胞や体性幹細胞、分化誘導前または後に他の有用な遺伝子を導入された細胞などを含む。
【0055】
さらに、分化誘導細胞には、上記の細胞、例えば肝実質細胞、類洞内皮細胞、クッパー細胞、星細胞、ピット細胞、胆管上皮細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞などのいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものも包含される。当業者であれば、所望の目的に基づいて、適宜有用な分化誘導細胞を選択することができる。
【0056】
腎組織の再生、腎組織を模擬した人工腎臓の作製、或いは腎機能を評価する細胞を得ることを目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えば腎細胞、顆粒細胞、集合管上皮細胞、壁側上皮細胞、足細胞、メサンギウム細胞、平滑筋細胞、尿細管細胞、間在細胞、糸球体細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。副腎組織の再生、副腎を模擬した人工副腎の作製、或いは副腎機能を評価する細胞を得ることを目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えば副腎髄質細胞、副腎皮質細胞、球状層細胞、束状層細胞、網上層細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。
【0057】
皮膚の再生、或いは皮膚機能を評価する細胞を得ることを目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えば表皮角化細胞、メラノサイト、立毛筋細胞、毛包細胞、血管内皮細胞、血管内皮前駆細胞、線維芽細胞、骨髄由来細胞、脂肪由来細胞、間葉系幹細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。
【0058】
粘膜組織の再生、或いは粘膜組織の機能を評価する細胞を得ることを目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えば頬側粘膜、胃粘膜、腸管粘膜、嗅上皮、口腔粘膜、子宮粘膜の細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。
【0059】
神経系の再生、あるいは神経の機能を評価する細胞を得ることを目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えば中脳ドーパミン神経細胞、大脳神経細胞、網膜細胞、小脳細胞、視床下部内分泌細胞のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。
【0060】
血液を構成する細胞を得る目的とした場合、多能性幹細胞から分化誘導して得られる細胞としては、例えばT細胞、B細胞、好中球、好酸球、好塩基球、単球、血小板、赤血球のいずれか1種、もしくは2種以上の細胞が混合したものなどが挙げられる。
【0061】
培養基材は、細胞がその上で細胞培養物を形成し得るものであれば特に限定されず、例えば、種々の材質の容器、容器中の固形もしくは半固形の表面などを含む。容器は、培養液などの液体を透過させない構造・材料が好ましい。かかる材料としては、限定することなく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられる。また、容器は、少なくとも1つの平坦な面を有することが好ましい。かかる容器の例としては、限定することなく、例えば、細胞培養物の形成が可能な培養基材で構成された底面と、液体不透過性の側面とを備えた培養容器が挙げられる。かかる培養容器の特定の例としては、限定されずに、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられる。容器の底面は透明であっても不透明であってもよい。容器の底面が透明であると、容器の裏側から細胞の観察、計数などが可能となる。また、容器は、その内部に固形もしくは半固形の表面を有してもよい。固形の表面としては、上記のごとき種々の材料のプレートや容器などが、半固形の表面としては、ゲル、軟質のポリマーマトリックスなどが挙げられる。培養基材は、上記材料を用いて作製してもよいし、市販のものを利用してもよい。好ましい培養基材としては、限定することなく、例えば、シート状細胞培養物の形成に適した、接着性の表面を有する基材が挙げられる。具体的には、親水性の表面を有する基材、例えば、コロナ放電処理したポリスチレン、コラーゲンゲルや親水性ポリマーなどの親水性化合物を該表面にコーティングした基材、さらには、コラーゲン、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカンなどの細胞外マトリックスや、カドヘリンファミリー、セレクチンファミリー、インテグリンファミリーなどの細胞接着因子などを表面にコーティングした基材などが挙げられる。また、かかる基材は市販されている(例えば、Corning(R) TC-Treated Culture Dish、Corningなど)。培養基材は全体または部分が透明であっても不透明であってもよい。
【0062】
培養基材は、刺激、例えば、温度や光に応答して物性が変化する材料で表面が被覆されていてもよい。かかる材料としては、限定されずに、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N-エチルアクリルアミド、N-n-プロピルアクリルアミド、N-n-プロピルメタクリルアミド、N-イソプロピルアクリルアミド、N-イソプロピルメタクリルアミド、N-シクロプロピルアクリルアミド、N-シクロプロピルメタクリルアミド、N-エトキシエチルアクリルアミド、N-エトキシエチルメタクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド等)、N,N-ジアルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-エチルメチルアクリルアミド、N,N-ジエチルアクリルアミド等)、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体(例えば、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-プロペニル)-モルホリン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピロリジン、1-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-ピペリジン、4-(1-オキソ-2-メチル-2-プロペニル)-モルホリン等)、またはビニルエーテル誘導体(例えば、メチルビニルエーテル)のホモポリマーまたはコポリマーからなる温度応答性材料、アゾベンゼン基を有する光吸収性高分子、トリフェニルメタンロイコハイドロオキシドのビニル誘導体とアクリルアミド系単量体との共重合体、および、スピロベンゾピランを含むN-イソプロピルアクリルアミドゲル等の光応答性材料などの公知のものを用いることができる(例えば、特開平2-211865、特開2003-33177参照)。これらの材料に所定の刺激を与えることによりその物性、例えば、親水性や疎水性を変化させ、同材料上に付着した細胞培養物の剥離を促進することができる。温度応答性材料で被覆された培養皿は市販されており(例えば、CellSeed Inc.のUpCell(R))、これらを本開示の製造方法に使用することができる。
【0063】
上記培養基材は、種々の形状であってもよいが、平坦であることが好ましい。また、その面積は特に限定されないが、例えば、約1cm~約200cm、約2cm~約100cm、約3cm~約50cmなどであってよい。
培養基材は血清でコート(被覆またはコーティング)されていてもよい。血清でコートされた培養基材を用いることにより、より高密度のシート状細胞培養物を形成することができる。「血清でコートされている」とは、培養基材の表面に血清成分が付着している状態を意味する。かかる状態は、限定されずに、例えば、培養基材を血清で処理することにより得ることができる。血清による処理は、血清を培養基材に接触させること、および、必要に応じて所定期間インキュベートすることを含む。
【0064】
血清としては、異種血清および/または同種血清を用いることができる。異種血清は、シート状細胞培養物を移植に用いる場合、そのレシピエントとは異なる種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清に該当する。また、「同種血清」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清に該当する。同種血清は、自己血清(自家血清ともいう)、すなわち、レシピエントに由来する血清、およびレシピエント以外の同種個体に由来する同種他家血清を含む。なお、本明細書中で、自己血清以外の血清、すなわち、異種血清と同種他家血清を非自己血清と総称することもある。
【0065】
培養基材をコートするための血清は、市販されているか、または、所望の生物から採取した血液から定法により調製することができる。具体的には、例えば、採取した血液を室温で約20分~約60分程度放置して凝固させ、これを約1000×g~約1200×g程度で遠心分離し、上清を採取する方法などが挙げられる。
【0066】
培養基材上でインキュベートする場合、血清は原液で用いても、希釈して用いてもよい。希釈は、任意の媒体、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。希釈濃度は、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0.5%~約100%(v/v)、好ましくは約1%~約60%(v/v)、より好ましくは約5%~約40%(v/v)である。
【0067】
インキュベート時間も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約1時間~約72時間、好ましくは約4時間~約48時間、より好ましくは約5時間~約24時間、さらに好ましくは約6時間~約24時間である。インキュベート温度も、血清成分が培養基材上に付着することができれば特に限定されず、例えば、約0℃~約60℃、好ましくは約4℃~約45℃、より好ましくは室温~約40℃である。
【0068】
インキュベート後に血清を廃棄してもよい。血清の廃棄手法としては、ピペットなどによる吸引や、デカンテーションなどの慣用の液体廃棄手法を用いることができる。本開示の好ましい態様においては、血清廃棄後に、培養基材を無血清洗浄液で洗浄してもよい。無血清洗浄液としては、血清を含まず、培養基材に付着した血清成分に悪影響を与えない液体媒体であれば特に限定されず、例えば、限定することなく、水、生理食塩水、種々の緩衝液(例えば、PBS、HBSSなど)、種々の液体培地(例えば、DMEM、MEM、F12、DMEM/F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、120、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7など)等で行うことができる。洗浄手法としては、慣用の培養基材洗浄手法、例えば、限定することなく、培養基材上に無血清洗浄液を加えて所定時間(例えば、約5秒~約60秒間)撹拌後、廃棄する手法などを用いることができる。
【0069】
本開示の別の側面は、本開示の分化誘導細胞を含む細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の有効量を、それを必要とする対象に適用することを含む、前記対象における疾患を処置する方法に関する。処置の対象となる疾患は、上記したとおりである。
【0070】
本開示において、用語「処置」は、疾患の治癒、一時的寛解または予防などを目的とする医学的に許容される全ての種類の予防的および/または治療的介入を包含するものとする。例えば、「処置」の用語は、組織の異常に関連する疾患の進行の遅延または停止、病変の退縮または消失、当該疾患発症の予防または再発の防止などを含む、種々の目的の医学的に許容される介入を包含する。
【0071】
本開示の処置方法においては、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物の生存性、生着性および/または機能などを高める成分や、対象疾患の処置に有用な他の有効成分などを、本開示の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等と併用することができる。
【0072】
本開示の処置方法は、本開示の製造方法に従って、本開示のシート状細胞培養物を製造するステップをさらに含んでもよい。本開示の処置方法は、シート状細胞培養物を製造するステップの前に、対象からシート状細胞培養物を製造するための細胞(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚細胞、血球等)または細胞の給源となる組織(iPS細胞を用いる場合は、例えば、皮膚組織、血液等)を採取するステップをさらに含んでもよい。一態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の投与を受ける対象と同一の個体である。別の態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等の投与を受ける対象とは同種の別個体である。別の態様において、細胞または細胞の給源となる組織を採取する対象は、細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物の投与を受ける対象とは異種の個体である。
【0073】
本開示において、有効量とは、例えば、疾患の発症や再発を抑制し、症状を軽減し、または進行を遅延もしくは停止し得る量(例えば、シート状細胞培養物のサイズ、重量、枚数等)であり、好ましくは、当該疾患の発症および再発を予防し、または当該疾患を治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、例えば、マウス、ラット、イヌまたはブタなどの実験動物や疾患モデル動物における試験などにより適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。また、処置の対象となる組織病変の大きさは、有効量決定のための重要な指標となり得る。
【0074】
投与方法としては、例えば、静脈投与、筋肉内投与、骨内投与、髄腔内投与、組織への直接的な適用などが挙げられる。投与頻度は、典型的には1回の処置につき1回であるが、所望の効果が得られない場合には、複数回投与することも可能である。組織に適用する際、本開示の細胞培養物、組成物、またはシート状細胞培養物等を対象の組織に縫合糸やステープルなどの係止手段により固定してもよい。
【実施例
【0075】
本発明を以下の例を参照してより詳細に説明するが、これらは本発明の特定の具体例を示すものであり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0076】
以下の実施例において、多能性幹細胞には、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)で樹立された臨床用ヒトiPS細胞を用い、M. Nakagawa et al., Scientific Reports, 4:3594 (2014)を参考に、フィーダーフリー法で維持した。また胚様体は、Miki et al., Cell Stem Cell 16, 699-711, June 4, 2015やWO2014/185358およびWO2017/038562の記載を参考にして、心筋細胞へと分化誘導して得た。具体的には、フィーダー細胞を含まない培養液で維持培養したヒトiPS細胞を、EZ Sphere(旭硝子)上で10μMのY27632(和光純薬)を含有するStemFit AK03培地(味の素)中で1日培養し、得られた胚様体をアクチビンA、骨形成タンパク質(BMP)4および塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含有する培養液中で培養し、さらにWnt阻害剤(IWP3)およびBMP4阻害剤(Dorsomorphin)およびTGFβ阻害剤(SB431542)を含む培養液中で培養し、その後VEGFおよびbFGFを含む培養液中で培養を行った。
【0077】
例1.胚様体の単一細胞への分散した場合の評価
分化誘導後の心筋細胞を含む胚様体に対して、分散液を添加し37℃でインキュベートすることにより単一細胞へと分散した。分散液としては、TrypLETM Select Enzyme (10X), no phenol red(Thermo Fisher Scientific社製)(以下トリプルセレクトあるいはTS)の原液、または1mMのEDTAにて原液を30%濃度に希釈した溶液(3×TS)もしくは10%濃度に希釈した溶液(1×TS)、または2mg/mlコラーゲナーゼとAccumax(innovative cell technologies社製)を用いた。トリプルセレクトの場合には、37℃で10~15分間のインキュベートを、コラーゲナーゼとAccmaxの場合には、コラーゲナーゼ中で、37℃で1時間インキュベートした後、コラーゲナーゼを除去し、Accumaxを添加して10~15分間インキュベートした。分散した単一細胞に対して、トリパンブルー染色を行うことにより、回収細胞数、バイアビリティを算出した。心筋細胞純度は、分散した細胞をBD Cytofix/CytopermTM Fixation/Permeabilization Solution Kit(BD社製)を用いて固定、透過処理した後、抗ヒトトロポニン抗体(Thermo Fisher scientific社製)、標識2次抗体(Thermo Fisher scientific社製)を順次反応させた後、フローサイトメーターにより測定し、トロポニン(TnT)陽性率として算出した。
【0078】
結果を図1および2に示す。図1はコラーゲナーゼ+Accumaxと1×TSとを比較したグラフである。コラーゲナーゼ+Accumaxと比較すると、1×TSの方が回収細胞数、バイアビリティおよび心筋細胞純度はともに良好であった。図2は1×TS、3×TSおよび10×TSの結果を比較したグラフである。1×TSと比較して、3×TSおよび10×TSを用いた場合の方が回収細胞数および心筋細胞純度はともに良好であり、3×TSを用いた場合が、回収細胞数および心筋細胞純度が最も良好であった。
【0079】
例2.胚様体の単一細胞への分散後、接着培養した場合の評価
例1で単一細胞に分散した細胞を、0.1%ゼラチンをコーティングした培養皿に1.8×10個/cmの密度で播種し、5日間の培養を行った。5日後、1×TSを用いて細胞を回収し、トリパンブルー染色により、細胞数のカウント、バイアビリティの算出を行った。播種細胞数に対する回収した生細胞数から回収率を算出した。心筋細胞純度は、分散した細胞を固定した後、上記と同様に抗ヒトトロポニン抗体、標識2次抗体を順次反応させた後、フローサイトメーターにより測定し、トロポニン(TnT)陽性率として算出した。心筋細胞純度(TnT陽性率)の変化割合は、培養皿に播種する前の心筋細胞純度を100とした場合の、5日間培養後の心筋細胞純度として算出した。
【0080】
結果を図3および図4に示す。図3はコラーゲナーゼ+Accumaxで分散した細胞を播種した場合と1×TSで分散した細胞を播種した場合とを比較したグラフである。細胞の回収率はどちらの場合もほとんど差がなかったが、心筋細胞純度および心筋細胞純度の変化率において1×TSの方が良好であった。このことは、胚様体を分散した細胞をさらに接着培養した場合、トリプルセレクトで胚様体を分散した場合に心筋細胞の回収量が顕著に高くなることを示す。また、図4は1×TS、3×TSおよび10×TSでそれぞれ分散した場合の結果を比較したグラフである。1×TSと比較して、3×TSおよび10×TSを用いた場合の方が細胞回収率および心筋細胞純度の変化率はともに良好であったが、細胞のバイアビリティは1×TSおよび3×TSを用いた場合の方が、10×TSを用いた場合よりも良好であった。総じて、3×TSを用いた場合が、細胞回収率、心筋細胞純度の変化率およびバイアビリティいずれにおいても最も良好であった。
【0081】
例3.コラーゲナーゼとの併用
胚様体の分散において、トリプルセレクトを単独で用いた場合と、トリプルセレクトとコラーゲナーゼとを併用した場合との効果の違いを比較した。トリプルセレクトとコラーゲナーゼとの併用は、例1におけるコラーゲナーゼとAccumaxとの併用と同様に、Accumaxに代えてトリプルセレクトを用いて行った。分散直後の比較は例1と同様に、培養後の比較は例2と同様に行った。
【0082】
結果を図5に示す。コラーゲナーゼと併用することにより、トリプルセレクト単独の場合と比較して、分散直後においては、バイアビリティに顕著な差は見られなかったものの、回収細胞数が増加し、心筋細胞の純度も高まる傾向にあった。また接触培養後は、細胞回収率およびバイアビリティに顕著な差は見られなかったものの、心筋細胞純度が高まる傾向にあった。
【産業上の利用可能性】
【0083】
本発明により、多能性幹細胞からの細胞の分化誘導において、胚様体から分化誘導細胞を効率的に調製することが可能となる。とくにフィーダーフリー株においては、オンフィーダー株と比較して、胚様体を単一細胞に分散させた後の接着培養において培養基材へ接着しにくく、結果として接着培養後の細胞回収率が低くなってしまう傾向にあるところ、本発明の方法によれば、接着培養により目的の分化誘導細胞を精製する際に、従来よりも高効率で目的の分化誘導細胞を得ることができる。
図1
図2
図3
図4
図5